自治体の情報システム化による NPMの効果の検証1

ECO-FORUM Vol. 31 No. 4
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自治体の情報システム化による
NPMの効果の検証1
吉
田
浩
東北大学大学院経済学研究科教授
陳
鳳
明
東北大学大学院経済学研究科博士後期課程
1.は じ め に
本稿の目的
本稿の目的は、地方自治体の行政事務のIT化とその効果の検証を通じて、NPMの効果を
検証することである。NPM行政の特徴として岡本・頼・矢澤(2003、p.1)では大隅(1999)
の知見を引用して、
① 経営資源の使用に関する裁量を広げる代わりに、業績と成果による統制(政策評価)
を行う、
② 市場メカニズムを可能な限り活用するため、民営化、エイジェンシー化、組織内部へ
の契約型システムの導入、民間委託等を積極的に進める、
③ 顧客主義へ転換する(住民をサービスの顧客とみる)、
④ 組織をフラット化する(ヒエラルキーの簡素化)などが挙げられる。
ということを挙げている。これらに加えて、最近のインターネットやIT技術の進歩を踏ま
え、2000年前後より電子政府化が進められており、総務省(2016)では、IT化も重要な
要素であることが指摘されている。
電子政府のあゆみ
総務省によれば電子政府とは
「行政内部や行政と国民・事業者との間で書類ベース、対面ベースで行われている業
務をオンライン化し、情報ネットワークを通じて省庁横断的、国・地方一体的に情
報を瞬時に共有・活用する新たな行政を実現するもの」
1
本稿のもととなった研究にはJSPS科研費25245025の助成を受けている。
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図1
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日本の電子政府の経緯
(出所)総務省資料。
とされている。政府は図1に示すように1994年に「行政情報化推進基本計画」を策定し、
2003年より「行政手続オンライン化法」を施行している。
以上を前提に、本稿では特に行政効率化における相対的に新しいムーブメントであるIT
化の効果を定量的に検証し、NPMの効果に関するエビデンスを確認することを目的とする。
このため、ここでは電子政府の地方版である「電子自治体」について日本の全国の地方自
治体における業務のIT化の程度と業務予算の削減に焦点をあて、回帰分析を行って検証す
るものとする。
2.地方自治体のIT化の状況
地方公共団体における行政情報化の推進状況調査結果
本研究の基本的な研究対象である全国の地方自治体のIT化の状況については、総務省の
行っている平成27年の「地方自治情報管理概要:地方公共団体における行政情報化の推進
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状況調査結果2」を用いるものとする。本調査は地方公共団体における行政情報化の推進状
況について、都道府県47団体、市区町村1,741団体を対象に実施した調査の結果を平成27
年4年1日現在の状況として取りまとめたものとされている。
同調査の個別の調査項目は多岐にわたっているが、本稿の研究対象の観点から、今回注
目した調査項目は、
(1)クラウド技術及び外部のデータセンターを活用した情報システムの利用(単独団体
によるもの)のうち、導入した業務システムの種類
①
住民情報関連業務システム
②
税業務システム
③
国民健康保険業務システム
④
国民年金関連システム
⑤
福祉業務システム
である。これらのシステムが導入された自治体は1、そうでない自治体は0としてダミー変
数を作成している。
一方、IT化の成果に関するデータとしては、同じ調査の
(2)導入によるコスト削減効果
①
4割程度以上削減(35%以上の削減率)
②
3割程度削減(25%以上35%未満の削減率)
③
2割程度削減(15%以上25%未満の削減率)
④
1割程度削減(0%超え15%未満の削減率)
⑤
削減効果なし(0%)
を順序変数として、運用・導入コスト全体と運用コストのみで収集した。
データの概要
以下では、本分析に用いた調査データの概要を示す。
表1に示されたデータのうち、人口(対数値)と高齢化率は自治体の特性を調整するた
めの変数である。総務庁調査のうち、住民情報関連業務システム、税業務システム、国民
健康保険業務システム、国民年金関連システム、福祉業務システムのいずれかが欠損なく
導入されている自治体は、271であった。この271自治体について、導入されているシステ
ムの内容をみると、表2の通りとなる。
表2を見ると、住民情報や税など基幹的システムは電子化が進んでいるのに比し、福祉
業務システムは相対的に導入率が低くなっていることがわかる。
2
http://www.soumu.go.jp/denshijiti/060213_02.html
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表1
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データの基本統計量
平 均
分 散
最 小
最 大
標本数
システムの内容
住民情報関連業務システム
0.974
0.159
0
1
271
税業務システム
0.963
0.189
0
1
271
国民健康保険業務システム
0.948
0.222
0
1
271
国民年金関連システム
0.941
0.236
0
1
271
福祉業務システム
0.900
0.300
0
1
271
0.256
0
1
271
0.305
0
1
271
0.397
0
1
271
0.493
0
1
271
0.221
0.416
0
1
271
0.070
0.256
0
1
271
0.074
0.262
0
1
271
0.151
0.359
0
1
271
0.439
0.497
0
1
271
0.266
0.443
0
1
271
導入によるコスト削減効果(運用・導入コスト全体)
4割程度以上削減
0.070
(35%以上の削減率)
3割程度削減
0.103
(25%以上35%未満の削減率)
2割程度削減
0.196
(15%以上25%未満の削減率)
1割程度削減
0.410
(0%超え15%未満の削減率)
削減効果なし(0%)
導入によるコスト削減効果(運用コストのみ)
4割程度以上削減
(35%以上の削減率)
3割程度削減
(25%以上35%未満の削減率)
2割程度削減
(15%以上25%未満の削減率)
1割程度削減
(0%超え15%未満の削減率)
削減効果なし(0%)
人口(対数値)
人口 (千人)
高齢化率
9.796
1.361
5.118
13.988
271
43.171
952.118
0.167
1,188.398
271
0.316
0.071
0.150
0.549
271
資料: 平成27年の「地方自治情報管理概要:地方公共団体における行政情報化の推進状況調査結
果」
(総務省)より筆者らが集計。人口と高齢化率は平成27年1月1日の住民基本台帳年齢階級
別人口(市区町村別)のデータを用いた。
表2
内
容
自治体数
割
合
住民情報関連
業務システム
導入されているシステムの内容
税業務
システム
国民健康保険
業務システム
国民年金関連
システム
福祉業務
システム
264
261
257
255
244
97.42%
96.31%
94.83%
94.10%
90.04%
資料: 平成27年の「地方自治情報管理概要:地方公共団体における行政情報化の推進状況
調査結果」(総務省)より筆者らが集計。
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表3
システム導入による事業経費削減
導入・運用全体コスト
4割程度以上削減(35%以上の削減率)
運用コストのみ
7.0%
7.0%
3割程度削減(25%以上35%未満の削減率)
10.3%
7.4%
2割程度削減(15%以上25%未満の削減率)
19.6%
15.1%
1割程度削減(0%超え15%未満の削減率)
41.0%
43.9%
削減効果なし(0%)
22.1%
26.6%
資料: 平成27年の「地方自治情報管理概要:地方公共団体における行政情報化の推進状況
調査結果」(総務省)より筆者らが集計。
図2
システム導入による事業経費削減
50%
40%
30%
20%
10%
0%
4割程度以上削減
3割程度削減
2割程度削減
導入・運用全体コスト
1割程度削減
削減効果なし
運用コストのみ
資料: 平成27年の「地方自治情報管理概要:地方公共団体における行政情報化の推
進状況調査結果」(総務省)より筆者らが集計。
次に、導入に対する評価を表3および図2で示している。
図2を見ると、業務システム導入により事業経費の削減に関しては、4割以上の自治体が
「1割程度の削減」しか評価しておらず、次いで2割の自治体が「効果なし」と答えるなど、
不芳な結果となっている。
3.実 証 分 析
本項では、実際に導入されたシステムの種類と事業経費削減効果の関係をみることとする。
変数の説明
表4のうち、Model 1とModel 2は導入・運用コスト全体の推定結果を表す。係数が正に
大きくなると、削減率が高くなる。Model 3とModel 4は運用コストのみの推定結果を表す。
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表4
業務システム導入による事業経費削減の推定結果
住民情報関連業務システム
税業務システム
国民健康保険業務システム
国民年金関連システム
福祉業務システム
(1)
Model1
0.509
(0.569)
0.456
(0.673)
-0.385
(0.414)
-0.319
(0.496)
-0.424
(0.275)
高齢化率×税業務
高齢化率×国民健康保険業務
高齢化率×国民年金関連業務
高齢化率×福祉業務
疑似決定係数
サンプル数
41
0.0245
271
(2)
Model2
0.443
(0.607)
-6.952
(5.729)
11.364**
(5.402)
-4.706***
(1.741)
-1.168
(0.864)
21.896
(16.485)
-35.180**
(16.564)
13.170***
(4.974)
2.205
(2.613)
0.0323
271
(3)
Model3
-0.111
(0.612)
1.352*
(0.693)
-0.519
(0.359)
-0.223
(0.490)
-0.334
(0.295)
0.0305
271
(4)
Model4
-0.141
(0.650)
-4.796
(5.054)
9.311*
(4.927)
-4.765***
(1.813)
0.277
(0.942)
18.366
(14.240)
-29.435*
(15.204)
13.950**
(5.692)
-2.165
(2.989)
0.0377
271
資料: 平成27年の「地方自治情報管理概要:地方公共団体における行政情報化の推進状
況調査結果」(総務省)より筆者らが行った推計係数を掲載。括弧内の数値はロバス
トな標準誤差を表す。都市ダミー、町ダミー、人口対数値、高齢化率及び高齢化率の
2乗は掲載を省略。* p<0.1、** p<0.05、*** p<0.01
点数が高くなると、削減率が大きくなることを表す。住民情報関連業務システム、税業務
システム、国民健康保険業務システム、国民年金関連システム及び福祉業務システムにつ
いては、いずれも導入した場合に1、導入していない場合に0を表す2値変数である。地域
(都市)ダミーと地域(町)ダミーについては、平成27年の「住民基本台帳年齢階級別人
口(市区町村別)」
(総務省)のデータにより、
「都市」または「町」である場合に1、そう
ではない場合に0を表す2値変数である。レファレンスグループは「村」である。人口の対
数値は平成27年の「住民基本台帳年齢階級別人口(市区町村別)
」
(総務省)のデータによ
り、総人口の対数値を表す。高齢化率は同じデータの65歳以上の人口の割合を表す。
結果の説明と解釈
表4には業務システム導入による事業経費削減の推定結果を表す。まず初めに、運用コ
スト全体の推定結果Model 1を見ると、情報関連業務システムと税業務システムの推定係
数が正であり、これらに関連した業務システムの導入により、事業経費削減率を高める傾
向があることがわかる。これに対して、国民健康保険業務システム、国民年金関連システ
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ムと福祉業務システムの推定係数はすべて負であり、これらの業務システムの導入により、
事業経費削減率を低める可能性がある。ただし、この5つの業務システムの推定結果のうち、
いずれも統計的に有意な結果はない。ここでは、今後高齢化がさらに進化することを見込め
るため、高齢化率も説明変数に投入した。また、高齢化率の非線形の影響も考慮し、高齢化
率の2乗項も説明変数に加えた。さらに、各地域の人口規模(総人口の対数値)や市区町村
の固有な属性(地域ダミー)を考慮し、調整項目として説明変数に追加した。
続いて、Model 2の結果を見よう。Model 2はModel 1の結果に、高齢化率と各業務シス
テムの交差項を追加した。国民健康保険業務システムの推定係数は統計的に有意に正であ
り、このシステムの導入により、事業経費削減率を高める確率が高いことがわかる。しか
し、高齢化との交差項の結果をみると、統計的に有意に負である。つまり、高齢化率が高
くなると、国民健康保険業務システムの導入による事業経費削減効果は小さくなる可能性
が高い。1つの解釈としては、高齢化の進展とともに、医療費の増加による国民健康保険
業務が複雑になり、事業経費削減効果の低下に繋がっていると考えられる。次に、国民年
金関連システムの推定結果をみると、統計的に有意に負である。ただし、高齢化率との交
差項の推定結果は統計的に有意に正である。解釈としては、年金業務は健康保険システム
より定型的であるため、システムにより効率的に管理し、事業経費削減に繋がっていると
考えられる。
運用コストのみの推定結果は、表4のModel 3とModel 4に表される。Model 3の結果を
見ると、税業務システムの導入により、事業削減経費効果を高める確率は高くなる。ほか
の変数については、いずれも統計的に有意の結果が得られていない。Model 4はModel 3
の上で、高齢化率と各業務システムの交差項を追加した。Model 4の推定結果はModel 2
の推定結果と一致し、高齢化率と国民健康保険業務システムの係数は統計的に有意に負で
あり、高齢化率と国民年金関連システムの交差項は統計的に有意に正である。つまり、今
後高齢化の進展により、各情報システム導入による事業経費削減効果に異なる影響を及ぼ
す可能性があることがわかる。
4.まとめと今後の課題
本稿では行政効率化の相対的に新しいムーブメントであるIT化の効果を、定量的に検証
し、NPMの効果に関するエビデンスを得ることを目的としていた。そこで、総務省の行っ
た平成27年の「地方自治情報管理概要:地方公共団体における行政情報化の推進状況調査
結果」を用いて、順序プロビットモデルにより、日本の全国の地方自治体における業務の
IT化の程度と業務予算の削減に焦点をあて、回帰分析を行って検証した。
主な結果としては、国民健康保険業務システム導入により、統計的に有意に事業経費を
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減らす結果が得られている。しかし、高齢化率との交差項を回帰分析に入れると、結果は
正反対になっていることがわかる。つまり、今後高齢化の進展により、各情報システム導
入による事業経費削減効果は同じではないことも明らかになった。
本稿では、全1,741市区町村のうち、何らかのシステムを導入した271市区町村を分析対
象とした。したがって、導入していない自治体は事業削減評価が取れなかったため、今後
一般的な住民1人当たりの行政経費などでも追加検証するべきといえる。
【参考文献】
大住莊四郎(1999)「ニュー・パブリック・マネジメント:理念・ビジョン・戦略」日本
評論社.
岡本裕豪・頼あゆみ・矢澤真裕(2003)「わが国におけるNPM 型行政改革の取組みと組
織内部のマネジメント」
『国土交通政策研究第17号』国土交通省国土交通政策研究所.
総 務 省 ( 平 成 27 年 1 月 1 日 )「 住 民 基 本 台 帳 年 齢 階 級 別 人 口 ( 市 区 町 村 別 )」
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei02_03000062.html
2016.07.04
総務省(平成27年度)「地方自治情報管理概要(地方公共団体における行政情報化の推進
状況調査結果)」http://www.soumu.go.jp/denshijiti/060213_02.html
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