"山酔い"、“高所脳浮腫"、“高所肺水腫”の 発症メカニズム 原題:High-altitudeIllness Tribhuvan大学医学部教授ヒマラヤレスキュー隊医師 BuddhaBasnyat,DavidRMurdoch 高山病とは1)"1-1.1酔い"(AMS)、2)"高所脳浮 めにアジア高地に駐屯している軍隊もあります。 腫"(HACK)、3)"高所肺水腫"(HAPE)を総称 した病名です。これらの病態生理は完全には解明 高山病とは、高度順化されていない人が高地到 されていませんが、“山酔い”や“高所脳浮腫” 着直後に催る病状を総称した病名です。高山病と にみられる脳腫脹の役割や発生機序、“高所肺水 は1)“山酔い"、2)“高所脳浮腫"、3)“高所肺水 腫”における肺高血圧悪化の機序、“高所肺水腫” 腫”などをいいます。“高所脳浮腫”や“高所肺 における炎症や肺胞液クリアランスの役割など、 水腫”は“山酔い”に比べて発生する頻度は稀で 研究成果により既に解明されている分野もありま すが、一旦,隈ると死に至る恐れがあります。 す。高山病の遺伝的要因に関して入手できる情報 は少なく、遺伝子と高山病発症リスクの関連性に 本稿では、高山病の病態生理、予防、治療法の ついては明らかではありません。高山病の予防策 最新情報を記載します。 として登高速度を落とすことは鉄則ですが、予防 ◆疫学的調査 薬が有効な場合もあります。いくつかの薬剤があ りますが、予防薬にはアセタゾラミドが一般的に 高山病のリスクファクターで最も重要なものは 使われています。数年後には高山病の原因や治療 登る速度、到着地点の高度(特に睡眠をとる地点 に関してかなりの進歩が期待されています。 の高度)、そして個人差です。米国コロラド州の 中程度の高地(1,920∼2,957m)で開催された会議出 高山病に関係する重要な2つの記念日が、2003 席者のうち“山酔い”を発症したのは25%でした。 年5月に重なりました。5月29日はEdmundHillary ネパールのエベレスト付近で4,000mより高所に5 と'PenzingNorgayのエベレスト初登頂50周年記念 日間以上登ったトレッカーの“山酔い”発症率が 日であり、5月8日はRenholdMessnerとPeter 約50%であるのに対し、飛行機で一気に3,860mの Habelerの無酸素エベレスト初登頂25周年記念日 地点に到着したときの発症率は84%です。高山病 です。どちらもかつて人には実現不可能と思われ は2,500mを超えると発症率が高まると考えられて ていましたが、その後何人もの登山家が登頂を成 いますが、1,500m∼2,500mの高度でも高山病を発 功させています。低酸素状態に対する準備をしっ 症するケースが増加しています。“高所脳浮腫” かりと行えば、登頂が成功することが証明されま や“高所肺水腫”の発症率は“山酔い”よりかな した。 り低く、およそ0.1∼0.4%と考えられています。 その他の高山病に対するリスクファクターは高 人が高地に登る理由はさまざまですo2,500mJ: り高地に居住する人はおよそ1億4千万人おり、南 山病の既往歴、居住地点が900m未満などです。 米の標高6,000m地点で働く鉱山労働者も多数いま 運動は“山酔い”のリスクファクターですが、運 す。しかしほとんどの人は登山、トレッキング、 動不足はリスクファクターではありません。高山 スキー等のレジャー目的で高地に行きます。その 病発症のリスクに関して大人と子供に差はないと 他にカシミール、アフガニスタンの地域紛争のた 考えられていますが、50歳を超えると“山酔い” −45− "山酔い"、"高所脳浮腫'、"高所肺水腫’の発症メカニズム を発症しにくくなると考えられています。高山病 “高所脳浮腫”は、広義では“山酔い”の末期 発症リスクに性差はないと考えられていますが、 症状とみなされており、ふつう“山酔い”症状の 女性の方が男性よりも発症率が高いことを示した 延長線上に発症します。“高所脳浮腫”は運動失 報告もあります。頚部の放射線治療歴または手術 調、意識変容状態から発症し、その後昏睡状態あ 歴、呼吸器感染症は高山病リスクファクターの可 るいは脳ヘルニアにより死亡の危険性がありま 能性を秘めており、さらなる研究が必要です。 す。“高所肺水腫”を併発すると、病態が急変し "山酔い”と脱水症との関連性も指摘されていま て“山酔い”から“高所脳浮腫”に重症化する危 すが、脱水症が“山酔い”発症の独立したリスク 険性があります。うっ血乳頭、運動失調、網膜出 ファクターであるか否かは不明です。ハイリスク 血、あるいは局所性の神経学的欠落症状が見られ 群としてポーターや巡礼者が挙げられます。 る場合があります。 ◆検索方法と選択基準 ◆病態生理 PubMedの検索キーワードに、altitude、acute “山酔い”および“高所脳浮腫”の病態生理に m o u n t a i n s i c k n e s s 、 h i g h a l t i t u d e c e r e b r a l e d e m a 、 h i g h - ついては、いくつかのスタディが行われています。 a l t i t u d e c e r e b r a l o e d e m a 、 h y p o x i a 、 m o u n t a i n e e r i n g の これらの原因となる機序は正確には解明されてい 文字を入力して検索を実行しました。また、雑誌 ませんが、中枢神経系内でのプロセスを指摘する の参照リスト及び国際科学会議の抄録も検索し、 報告があります。確立された“山酔い”の特徴に 本分野における主要な論文から情報を引用しまし は、(1)相対的な換気不足、(2)ガス交換障害、 た。優先順位としては、高山病に関して現存する (3)交感神経活動の冗進、(4)水分の貯留および 知識に大きく貢献した研究論文や報告例を選びま 再分布、(5)頭蓋内圧冗進(中等症例∼重症例の した。 み)などがあります。 【"山酔い”および“高所脳浮腫"】 HackettとRoachは、“山酔い”と“高所脳浮腫” ◆臨床所見 の病態生理を説明するモデルを提示しました(図 “山酔い”の症状は非特異的で、身体所見が乏 1)。本モデルによると、低酸素血症から様々な神 しいことが挙げられます。その主症状は頭痛、食 経体液性反応及び血液動態反応が生じ、その結果、 欲不振、吐き気、暇吐、疲労、めまい、睡眠障害 脳血流の増加、血液脳関門透過性の変化、脳浮腫 ですが、これらの症状すべてが現れる訳ではあり が起こり、それにより脳腫脹や頭蓋内圧冗進が起 ません。最も多くみられる症状は頭痛ですが、際 こります。本モデルでは、脳腫脹の影響を和らげ 立った特徴はなく、その他の原因から生じる頭痛 る脳脊髄液の容量が少ないハイリスク群は“山酔 との鑑別が難しいです。“山酔い”は、高所到着 い”を発症し、脳全体の体積に対する脳脊髄液の 後6∼12時間後に発症します。診断の決め手とな 割合が高い人は腫脹にうまく対応できるため、 る症状はありませんが、神経学的な異常所見や呼 "11」酔い”を発症しにくくなります。これは魅力 吸器症状のある場合は“山酔い”の重症化、ある 的な仮説ですが、推測の域を出てはいません。 いは“高所脳浮腫"、または“高所肺水腫”の発 症が疑われます。“山酔い”の徴候・症状は非特 <高所性脳腫脹の発症機序〉 異的であるため、疲労、脱水症、低体温症、二日 酔い、片頭痛などとの鑑別が難しいです。 脳内に水分が貯まると、細胞障害性浮腫(頭蓋 内の浸透圧上昇による細胞浮腫)や血管原性浮腫 −46− "山酔い"、"高所脳浮腫"、"高所肺水腫の発症メカニズム 起こる血液成分漏出、低酸素による脳血管拡張の 存在下で生じる脳の自己調整能の障害、低酸素時 低酸素症 に放出される化学伝達物質(ブラジキニン、ヒス ▼ タミン、一酸化窒素、アラキドン酸、血管内皮成 低酸素血症 長因子など)による血液脳関門透過性の変化など ’ が示唆されており、個々の因子単独で経過を説明 ▼ ▼ することはできません。血管形成に必須のサイト 脳血液量の増加 脳血流の増加 カイン血管内皮成長因子は特に注目を集めていま ▼ す。低酸素状態においては遺伝子発現が冗進して 血液脳関門 透過性冗進 細管圧の上昇 血管内皮成長因子の過剰産生が起きるため、毛細 11 管外漏出が促進されます。“山酔い”や“高所脳 脳腫脹 ︲l▼ 浮腫”発症において、この機序は重要な役割を果 たしています。マウスを使った実験でも、血管内 髄液の緩衝能低下 皮成長因子は低酸素刺激下のマウスの脳内で毛細 血管外漏出を増大されます。ただし、いくつかの ↓ "山酔い” 研究の中間報告によると、登山者から採取した血 "高所脳浮腫” 築中の血管内皮成長因子濃度は上記の所見と一致 しておらず、高山病との関連性は示されませんで 図1“山酔い”および"高所脳浮腫”の病態生理 した。“山酔い”治療薬であるデキサメタゾンが、 モデル 低酸素下にサイトカイン分泌の充進を抑えること (血液脳関門の破錠により蛋白の血管外桶出及び、 が観察されています。これは、高山病における血 間質への水分漏出)を引き起こす可能性がありま 管内皮成長因子の関与を示唆するエビデンスで す。細胞障害性浮腫は、脳脊髄液圧上昇、脳潅流 す 。 圧低下、局所性脳虚血が起こる“高所脳浮腫”末 期にみられますが、“山酔い”や“高所脳浮腫” <"山酔い”の発症原因としての軽度脳浮腫〉 初期にはみられません。“山酔い”の場合、細胞 “山酔い”発症において脳浮腫が存在している 内イオンホメオスタシス障害や細胞浮腫を生じさ という客観的な証拠はありません。人における中 せる程の低酸素血症が起こることは殆どありませ 等度∼重度の“山酔い”に相当する動物モデルの ん。反対に、“高所脳浮腫”の場合は血管原性浮 うち、“高所脳浮腫”を併発する羊モデルでは脳 腫が起きている可能性がありますo高所脳浮腫” 浮腫を認めます。脳の画像スタディでは中等度∼ 患者のMRI所見は、血管原性浮腫にみられる異常 重度の“山酔い”患者数名に脳浮腫を認めました 所見と一致しています。他にも血管原性浮腫の存 が、これらの患者が“高所脳浮腫”を併発してい 在を裏付ける所見としては、発症からの経過所見、 たか否かは不明です。MH検査では、高所到着時 羊モデルにおける所見、コルチコステロイド投与 に脳脊髄液の減少、'¥'2強調画像による脳梁の高信 に対する反応(ステロイドに反応するのは血管原 号城、脳の容積増大が示されました。これらは脳 性浮腫のみ)があります。 腫脹を示唆する所見ですが、それが脳浮腫に起因 高所における血管原性浮腫は、様々な因子が複 するかは不明です。さらに、“山酔い”,患者以外 合的に組み合わさった結果起こると考えられま にも同様の所見が得られていることから、登山者 す。たとえば脳内毛細管圧の上昇により機械的に 全員にある程度の脳腫脹が生じているとも考えら −47− "山酔い"、"高所脳浮腫"、"高所肺水腫"の発症メカニズム れます。高所で最初に起こる症状は腫傷などの占 呼吸の有無は、“山酔い”発症と関連性がないと 拠性病変の症状であるというレポートがあり、高 考えられます。 所における脳腫脹の理論を裏付けています。 ROSSは、解剖学的な個人差による脳内および 脊髄内における脳脊髄液産生能の違いから“山酔 <高所性頭痛〉 い”発症の個人差を説明しました。脳全体の体積 “山酔い”で最も顕著にみられる症状は頭痛で に対して頭蓋内の髄液量が少ない人は、多い人に すが、その発生機序は明らかではありません。 比べて髄液の移動による、脳腫脹から受ける力の SanchezdelRioとMoskowitzは、高所性頭痛の原因 緩和能が低いという説です。その結果、このタイ は多因子性であり、様々な化学刺激や機械刺激が プの人は軽度の脳腫脹症状を起こし易く、“山酔 加わり、痛みの最終共通経路である三叉神経血管 い”を発症しやすいと述べています。髄液量の少 系がそれに反応するという考えを提唱しました。 ない脳と“山酔い”の重症度には関連性があると 高所における低酸素下で放出される化学物質に いう仮説を裏付ける画像データの中間報告があり は、一酸化窒素、アラキドン酸代謝物、セロトニ ます。この仮説が正しいと仮定すると、加齢によ ンおよびヒスタミンがあり、それらが小径の無髄 り脳は萎縮することから、高齢者は若者よりも 神経線維を刺激し痛みが伝達されると同時に、三 "山酔い”を発症しにくいことになります。同様 叉神経下の血管線維周辺に蓄積して頭痛を引き起 に、乳児は頭蓋内組織が未発達で泉門が開いてい こします。非ステロイド系の抗炎症薬やステロイ るため脳腫脹に順応し易く、“山酔い”に確り難 ド薬に対する反応性は、アラキドン酸経路や炎症 いと考えられます。 作用が高所性頭痛に関与していることを間接的に 示しています。高所性頭痛、所謂“山酔い”の一 ◆予防および治療 般症状は、片頭痛と多くの点で共通した特徴を呈 ゆっくりと高度を上げ、高度順化に十分な時間 していますが、両者の発生機序に共通点があるか を割くことが、高山病を発症させないための最善 否かはわかりません。ただし、高所性頭痛の5ヒ 策です。しかし最適な登山速度については個人差 ドロキシトリプタミン作動薬スマトリプタンに対 があるため、一定のスピードを定めることはでき する反応は片頭痛と異なる点は注目に値します。 ません。3,000mを超える山は300in毎に宿泊し、 2,3B毎(または1,000m毎)に│司じ地点に連泊すべき <発症の個人差〉 というルールがあります。しかしこれは大抵の人 “山酔い”に‘隈り易い人もいれば、躍り難い人 にとって遅すぎると思われます。登山速度を考慮 もいます。多くの研究者が、この個人差の解明及 したうえで、6㈹m毎に宿泊すべきという勧告もあ び発症リスク予知の方法の開発に向けて努力を重 ります。どれにしても強調しているのは睡眠をと ねています。特に、低酸素換気反応の役割が注目 る地点の高度であり、推奨される1日の登山高度 されていますo山酔い”に確り易い人は低酸素 以上登るのは構いませんが、その場合は、後で睡 に対する換気反応が低いという仮説があります。 眠をとるため高度を下がるようにと書かれていま 低圧室を用いた人工的高地環境下での実験を総合 す(より高く登り、より低く降りて休む)。高所を 的に検討すると、“山酔い”に確り難い人に比べ 訪れる前に中間地点(1,500∼2,500m)で1泊するの て、“山酔い”に握り易い人の低酸素換気反応は も高度順化に有効です。たとえば、海抜0メート わずかに低下がみられるものの、低酸素換気反応 ルに居住している人がスキー目的でアスペン(標 と“山酔い”の関連性は低いことが示されていま 高2,400m)に行く前にデンバー(1,625m)で1泊する す。二酸化炭素に対する換気反応や夜間睡眠中の と効果があります。すべての旅行者はあらかじめ −48− "山酔い"、"高所脳浮腫,、"高所肺水腫の発症メカニズム 高山病の症状を知っておく必要があり、症状が現 3回服用し、海抜地点から4,205mに一気に上った れたら決して登り続けてはいけません。フレキシ 場合、う°ラセボ服用群と比較して“山酔い”の重 ブルなトレッキング計画を立てることも重要であ 症度は抑えられましたが、発症率には差異があり り、必要に応じて休息日を増やせるようにしまし ませんでした。反対に、4,248mから始める登山の よつ◎ 場合、“山酔い”予防作用はイチョウエキスとプ 状況によっては予防薬も服用すべきです。たと ラセボは同等でした(BB未発表データ)。この予防 えば3,000mを超える高所に一気に行く場合(例: 作用はイチョウが有する抗酸化作用によるもので 標高3,625mのボリビア、ラパスに飛行機で行く場 あると考えられます。これを裏付けるものに、抗 合)や、“山酔い”ハイリスク群がこれに該当しま 酸化ビタミン剤の服用は、“山酔い”発症率およ す。アセタゾラミドがよく使用されますが、至適 び重症度を抑える可能性が示唆するデータがあり 用量はいくつかの案があります。昔の推奨される ます。 “山酔い”治療の原則は、①症状が消失するま 標準投与法は、250mgを1日2回投与で、登山前日 から服用するものでした。一般に、125mgを1日2 でそれ以上高度を上げてはいけない、②症状が改 回投与で服用するケースが増えています。あるレ 善されない、或いは悪化した場合は下山する、③ ポートでは、アセタゾラミドは1日投与量が 脳浮腫または肺浮腫の兆候がみられたら直ちに下 750mg未満だと予防効果がないというデータもあ 山する、です。軽症の場合は休養をとるだけで十 りますが、これは臨床経験とは相反するもので、 分です。鎮痛薬と制吐薬で症状が治まることがほ 恐らく試験対象に組み入れる基準が厳しすぎた とんどです。中等症∼重症の治療選択肢には酸素 か、登山速度が異なる症例で比較が行われたなど 吸入と下山があります。400m∼500m下りるだけ のファクターが反映されていると考えられます。 でも症状がかなり緩和されることがあります。酸 アセタゾラミド投与量を変えて直接比較する臨床 素吸入も下山も不可能な場合は、上記の治療に加 試験の場合、登山速度が同じ対象同士を比べる必 えて薬物治療を行います。アセタゾラミド250mg 要があります。デキサメタゾンも“山酔い”予防 1日2∼3回服用とデキサメタゾン4mg6時間毎の に有効であり(通常1日投与量8mgを数回に分けて 服用により、“山酔い”症状の悪化を抑える効果 服用)、アセタゾラミドを処方できない場合に使 があります。下山が出来ない場合は、携帯用プレ 用されることがあります。効果においてはアセタ ッシャーバッグを用いて下山した状態を作り出す ゾラミドの方がデキサメタゾンよりも若干勝りま こともできます。“高所脳浮腫”の治療法は、酸 すが、両剤を併用すると単独で使用するよりもさ 素吸入を行いながら直ちに下山することです。デ らに効果が高まります。 キサメタゾンがあれば、これも服用します。 イチョウGin蛇Dbilobaには“山酔い”を予防す 【"高所肺水腫" る作用があることを示す中間報告データがありま す。1,800∼5,200mを10日間で登山中、イチヨウ エキス80mgl日2回服用群は“山酔い”発症率が ◆臨床所見 ゼロであったのに対し、プラセボ服用群は発症率 “高所肺水腫”は、ふつう2,500mを超えた高所 が41%でした。登山開始前にイチョウエキス に到着後2∼4日以内に発症する病気で、“山酔い” 120mgを1日2回で5日間服用すると、1,400 4,300mを2時間で登山した場合の“山酔い”発症 の発症がなくても起こりますo高所肺水腫”の 率および重症度を抑えることができましたo3つ 同じですが、他に男性であること(女性よりも多 目の試験では、前日にイチョウエキス60mgを1日 い)、風邪ひきなどがあります。片側肺動脈欠損 リスクファクターは“山酔い"、“高所脳浮腫”と −49− "山酔い"、"高所脳浮腫"、"高所肺水腫"の発症メカニズム 症、原発性肺高血圧などで肺血圧が上昇する等の 心肺循環異常がある人は“高所肺水腫”ハイリス HV助y低い 片1硫…lH 交感神経 肺胞低換気 冗進 ク群で、中程度の高所でも発症する恐れがありま す 。 内皮細胞の HVFW'高い 一 肺高巾庄悪化 “高所肺水腫”の初期症状は、労作時の呼吸困 機能不全 風邪 遺伝背景 難および運動能力の低下です。セキは乾性咳鰍か ら始まり、_次第に血痕を伴った湿性咳噺へと変化 毛細管汗卜昇 激しい運動 します。身体的所見はほとんどありません。進行 ↓ するにつれ、安静時にも頻呼吸と頻脈が現れます。 内皮細胞に 外力負荷 発熱もみられますが、38.3℃を超えることは滅多 感染 にありません。胸部の聴診では、ぱちぱち音(ク ラックル音)が聞こえます。“高所肺水腫”は“高 肺胞のナトリ 所脳浮腫”症状を伴うことがよくあります。“高 リアランス低下 ウム・水分ク 毛細管外漏出 串 高所性肺水腫 所肺水腫”に特異的なX線検査所見はなく、心電 図には右心室の負荷が示されることがあります。 無症候性“高所肺水腫”については、Cremona 炎症 ’ 図2高所性肺水腫の病態生理モデル らの報告があります。ロサ山(4,559m)の登山者群 の77%は、クロージングボリューム(CV)測定に 腫”の治療と予防に効果があります。この肺動脈 より肺血管から漏出した水分の貯留が示唆されま 圧上昇は“高所肺水腫”発症時の毛細管圧上昇が した。海抜ゼロメートル地点での激しい運動でも 原因で起こり、19niniHgが“高所肺水腫”発症の闘 肺動脈圧上昇や血管外漏出が生じることもありま 値です。 すが、この結果に激しい運動と低酸素が関与して いくつかの肺高血圧の原因が考えられます。 いる否かは不明です。これらの所見が無症候性肺 Hultgrenは、不均一な低酸素性肺血管収縮におい 水腫に関連があるとしても、“高所肺水腫”発現 て最も収縮の小さい動脈の毛細血管に局所的な過 の予見に利用可能かどうかは不明です。 血流が生じ、毛細管圧上昇と血液漏出が起こると 考えました。これを裏付ける証拠として、凪によ ◆病態生理学所見 る肺血流検査の結果が示されました。また、限局 “高所肺水腫”は非心原性の肺水腫で、重度肺 的な肺血管床で過血流による肺循環異常がみられ 高血圧の過潅流による血液漏出や血管破綻を特徴 る患者に“高所肺水腫”発症リスクが高いことも とします。低酸素性肺血管収縮の機序は明らかで 報告されました。 ありませんが、いくつかのファクターが組み合わ さり“高所肺水腫”は発症します(図2)。 内皮機能障害は血管弛緩因子の分泌障害と血管 収縮因子の分泌過多を招き、“高所肺水腫”にみ られる過度の肺高血圧を引き起こす一因と考えら <肺高血圧悪化の機序〉 れます。内皮細胞由来血管弛緩因子である一酸化 “高所肺水腫”では肺動脈圧と肺血管抵抗の上 窒素を吸入すると、“高所肺水腫”ハイリスク群 昇がみられますが、左心不全が原因で起こること の肺動脈収縮期圧を“高所肺水腫”ローリスク群 はありません。また、“高所肺水腫”に催り易い の値まで下げることができます。そして、低酸素 人は低酸素やエクササイズが肺動脈圧を上昇させ 性肺血管収縮の冗進は一酸化窒素合成の障害に関 るので、肺動脈圧降下薬を使用すると“高所肺水 連して生じます。これらの所見は、その他の遺伝 −50− "山酔い"、"高所脳浮腫"、"高所肺水腫"の発症メカニズム 子研究所見と合わせて、“高所脳浮腫”ハイリス 管支肺胞洗浄液所見では、炎症性メデイエータ及 ク群が恐らく一酸化窒素合成活性の低下による一 びサイトカインの濃度上昇と顕著な細胞性反応が 酸化窒素合成障害を持っていることを裏付けてい 示され、“高所肺水腫”回復後に正常に戻ってい ます。内皮細胞も血管収縮の一因です。エンドセ ます。“高所肺水腫”小児,患者の原疾患に、呼吸 リンー1は肺血管の緊張度調節に重要な役割を果た 器感染症を有する割合の高さ、主要組織適合抗原 していると考えられています。高所においては、 系(HLA)の特定の遺伝子座と“高所肺水腫”発症 "高所肺水腫”ハイリスク群の方が、“高所肺水腫” リスクとの関連性、“山酔い”と“高所肺水腫” ローリスク群よりもエンドセリンー1濃度が高い傾 を併発した低酸素血症の登山者にみられる血葉E 向にあります。また、高所で測定された血蕊エン セレクチン濃度の上昇は、“高所肺水腫”の炎症 ドセリンー1濃度と肺動脈収縮期圧に相関性があり、 性を示すエビデンスです。 炎症は“高所肺水腫”発生過程の一次イベント 高所で生じる血策エンドセリンー1濃度上昇と肺動 ではないことを示した研究報告があります。 脈収縮期圧上昇とは相関性があります。 低地における短時間の低酸素呼吸や高所に行く Swensonらは、スイス、アルプスの4,559m地点で、 ことで、“高所肺水腫”のハイリスク群には交感 小グループの登山者から気管支肺胞洗浄液を採取 神経活性冗進が見られました。これにより、交感 しました。分析の結果、好中球や炎症性メディエ 神経活性冗進は“高所肺水腫”における肺高血圧 ータの増加は認められませんでした。マッキンリ を悪化させる可能性が示唆されました。これは、 ー山および日本で行われた研究との違いは、気管 "高所肺水腫”にαアドレナリン遮断薬を使用した 支肺胞洗浄を行うタイミングだと考えられます。 場合に、その他の血管拡張剤よりも血液動態と酸 以前の研究では、“高所肺水腫”発症から1∼2日 化が改善されるという事実とも一致しています。 経過し、“高所肺水腫”が確立した後に気管支肺 運動や風邪は肺血管内圧を上昇させ、“高所肺 胞洗浄が行われるケースがほとんどでした。 水腫”を引き起こすことがあります。人間を含め Swensonらは、病気の初期段階(発症後3∼5時間 た動物は、きつい運動により肺血管系に過度の圧 以内)で気管支肺胞洗浄を行っています。“高所肺 力が加わり、高蛋白性肺水腫を引き起こすことが 水腫”による炎症は二次イベントであり、肺水腫 あります。風邪による交感神経刺激により肺動脈 発症の後に起こると説明されています。それを裏 圧上昇が起こる可能性があり、コロラドでは“高 付けるエビデンスとして、プロスペクテイブに行 所肺水腫”のリスクファクターとして報告されて った試験では、各種炎症マーカー(血薬サイトカ います。 イン、尿中ロイコトリエンE、生体内のトロンビ ン及びフイブリン形成を示すマーカー等)を用い た検査で、“高所肺水腫”発症前に炎症を示すデ <炎症の果たす役割〉 “高所肺水腫”において肺胞毛細管から漏出が ータは得られておりません。 起こるのは、急性呼吸促迫症候群(ARDS)と同様 炎症は“高所肺水腫”ハイリスク群の一次イベ に炎症プロセスによるものか、或いは微小血管圧 ントでないとしても、ローリスク群に炎症など血 上昇によるものかは明らかではありません。“高 管壁透過冗進を促進する因子が存在すると“高所 所肺水腫”患者に炎症を認めた報告がいくつかあ 肺水腫”を発症する可能性があります。たとえば、 ります。“高所肺水腫”患者の多くには発熱、末 ウイルス性下気道感染発症後に、このような例が 梢血白血球増加、赤血球沈降速度上昇がみられま みられます。 す。“高所肺水腫”患者2グループ(マッキンリー 山登山者群および日本の入院患者群)から得た気 −51− "山酔い"、"高所脳浮腫"、"高所肺水腫"の発症メカニズム <肺胞液クリアランス〉 することで生じるはずの気管支肺胞洗浄液中のロ 肺胞上皮は肺の水分バランスに重要な役割を果 イコトリエンB,増加の無いことや脈管内血液凝固 たしています。ナトリウムは肺胞細胞の突起表面 活性が起こらないことで、初期の毛細管の破綻が から吸収され、側底膜上のナトリウムーカリウム 防がれています。血液漏出はまず、肺胞-毛細管バ ポンプ(Na¥IC-ATPase)の働きで細胞外に排出 リアーの高分子物質に対する正常の選択の非外傷 されます。この機能が衰える、と肺胞液のクリア 性変化から始まり、毛細管の破綻は後期に起こる ランス障害をきたし、肺水腫が起こる可能性があ 現象です。血管漏出が、さらに近位の肺血管系に ります。 生じている可能性も否定できません。 “高所肺水腫”の発症原因のひとつとして、肺 胞液クリアランス障害の研究報告があります。 <遺伝的要因〉 "高所肺水腫”ハイリスク登山者群を対象とした 主要な酵素の活性を規定する遺伝子型は“高所 二重盲検ランダム化プラセボ対照試験では、βア 肺水腫”発生機序に大きく関わっていると考えら ドレナリン作動薬サルメテロールの予防吸入によ れていますが、現在入手できるデータは限られて り、“高所肺水腫”発症率が50%低減しています。 います。内皮細胞に存在する一酸化窒素合成酵素 動物実験では、βアドレナリン作動薬は肺胞液ク の遺伝子型と“高所肺水腫”発症リスクとの関連 リアランスを充進し、肺水腫発症を軽減させるこ 性について、日本では「有る」という結果が、欧 とが示されています。ただし、サルメテロールに 州では「無い」という結果が発表されています。 はその他にも“高所肺水腫”を予防する薬物動態 "高所肺水腫”と原発性肺高血圧は、発症リスク 学的特性があります。同試験で、低地における鼻 において生理学的な共通点がいくつかみられます の経上皮電位差(遠位気道における経上皮的ナト が、今あるデータでは両疾患は遺伝的背景がまっ リウム・水輸送のマーカー)は、“高所肺水腫”ハ たく異なることが示唆されています。 イリスク群の方がローリスク群よりも30%低値で した。これにより、“高所肺水腫”ハイリスク群 ◆予防および治療 はナトリウム依存的に気道から水分を吸収する機 “山酔い”と“高所脳浮腫”と同様に、“高所肺 能に障害があることが示唆されました。この所見 水腫”発症を予防するためには、高度順化のため は、肺胞液クリアランスが肺水腫発症に重要な役 の十分な時間をかけ、ゆっくり登ることが最善策 割を果たしていることを裏付けています。 です。“高所肺水腫”の病歴がある人が、20mgニ フェジピン除放剤を8時間間隔で服用してから <"高所肺水腫”における血管外漏出の特性〉 4,559mの山を速い速度で登りましたが、“高所肺 微小血管に高い圧力が加わることで肺毛細管が 水腫”は発症しませんでした。βアドレナリン作 破綻し、血液細胞および血薬が血管外に漏出する 動薬の吸入も“高所肺水腫”予防に効果がありま というのが“高所肺水腫”の全容であると推察さ す 。 れます。高圧に暴露した潅流ウサギ肺と高所に暴 “高所肺水腫”治療における重要ポイントは、 露したラット肺には、肺胞上皮細胞と内皮細胞の 早期発見です。発症に気付いたら、下山と酸素吸 崩壊が見られました。これが“高所肺水腫”患者 入が最善の治療法です。なるべく体力は消耗しな にみられる軽度の肺胞出血の原因と考えられます いようにします。酸素吸入と下山が不可能な場合 が、“高所肺水腫”でみられる血管壁透過充進が に備えて、携帯用う.レッシャーバッグという救命 すべてこの概念で説明できるか否かは分かりませ 具があります。ただし、狭い袋の中で臥位になる ん。“高所肺水腫”の初期に、基底膜が高所暴露 必要があるため、耐えられない人もいます。持続 −52− ‘’山酔い"、"高所脳浮腫"、"高所肺水腫‘の発症メカニズム 的気道内陽圧も“高所肺水腫”治療に有用であり、 るようになるべきです。発症リスク診断マーカー 現在は山で使用できる携帯用器具も開発されてい の特定や、“山酔い”発症リスクを予測するため ます。下│││、i駿素吸入に併せて、補助剤としてニ の数学的モデルといった研究も必要です。そのた フェジピン除放剤をlOmg服用後、20∼30mgを12 めには、ダイビング分野の潜水実態データベース ∼24時間毎に服用すると有効です。 に習って、患者背景データと個々の登山情報と "山酔い”測定値をリンクさせたデータベースを 【今後に向けて】 構築する必要があります。高山病の予防や治療に 効果がある可能性がある薬(イチョウ、シルデナ 高山病の疫学的研究は活発に行われております が、まだまだ解明されていない問題があります。 フイル)についても、さらなる調査・研究が必要 です。 "山酔い”及び“高所肺水腫”発症リスクにおい て年齢、性別、運動、呼吸器感染症がどのように 関与しているかは正確にはわかっておりません。 高│││病の遺伝的要素に関しても、さらなる研究を 続ける必要があります。研究を重ねることで、 "Ill酔い"、“高所脳浮腫”及び“高所肺水腫”の 病態生理学的理解が深まり、高山病リスクの診断 マーカーが同定されるはずです。 高山病の病態生理学研究は、高所到着の直後か らの経過に焦点を当てて、低圧低酸素環境に対し て生じる一連の変化を詳しく観察することです。 MRI、PET、SPECT等の高解像度スキャンを用い て“高所肺水腫”における肺の変化(例:不均一 な低酸素性血管収縮)、“山酔い"、“高所脳浮腫” における脳の変化を(例:血液脳関門における血 液漏出の定量化、頭蓋内体積と脳体積の比率)の 特徴を明らかにすることができます。動物モデル を用いての研究では、血管外漏出、炎症マーカー に陽性が示されるまでの経過、ナトリウム・水分 再吸収の役割、各種予防薬及び治療薬の有効性な ど様々な問題を解明することができるでしょう。 肺胞のナトリウム輸送に選択的な刺激を与える実 験では、“高所肺水腫”発生段階で何が起きてい るかを明らかにすることができるでしょう。“山 酔い”及び“高所脳浮腫”の場合、血液脳関門の 透過性を変化させる物質が同定されれば、新しい 治療法が見つかる可能性があります。 今後、われわれは旅行者に、“山酔い”の個人 リスクや最適な登山速度についてアドバイスでき −53− (訳者吉ill栄)
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