ISSN1881-574X 特 別 支 援 教 育 コ ー デ ィ ネ ー タ ー 研 究 第 JSSEC 2012. FEBRUARY 兵庫教育大学大学院 特別支援教育コーディネーターコース (第 8 号) 号 8 ■ 巻頭言 宇 野 宏 幸 …… 1 特別な教育的ニーズのある児童が在籍する通常学級における 良好な関係作りに関する研究 太 田 聡 子 …… 7 ユニバーサルデザイン(UD)の授業・学級作りを校内に広める取り組み 髙 田 善 彦 …… 13 特別支援学校高等部生徒の資格取得支援に関する研究 ̶ 調査研究とワープロ実務検定受検を通した自尊感情の育成̶ 西 田 一 裕 …… 25 認知特性を生かした読み書きの指導について ̶ 学習への意欲づけを考慮して ̶ 福 森 隆 司 …… 31 特別な教育的ニーズのある子どもの中学校への移行支援に関する研究 ̶ 適応に向けた個別指導と担任との連携を中心に ̶ 米 澤 公 子 …… 41 中学校教師における発達障害児の自尊感情の支援に関する実践状況 小 島 道 生 …… 49 デンマークにおける地方分権とインクルーシブ教育の推進 ̶ カルンボーコムーネの動向に注目して ̶ 是 永 かな子 …… 55 発達障害児を持つ保護者の小学校の養護教諭に対するニーズ 中 島 育 美・水 内 明 子・水 内 豊 和 …… 65 井 上 和 久 …… 71 イギリスの学校訪問から学ぶ ̶ 特別支援教育と学校づくり・人材活用 ̶ ■ 実践報告 2 0 1 2 ■ 研究論文 942-1 Shimokume, Kato-city, Hyogo 673-1494 Japan 兵 庫 教 育 大 学 Hyogo University of Teacher Education 特別支援学校のセンター的機能を活用した保育所への支援 ̶ 難聴・知的障害のある自閉症児のための巡回相談の事例から ̶ Hyogo University of Teacher Education 兵 庫 教 育 大 学 兵庫教育大学大学院 特別支援教育コーディネーターコース 特別支援教育コーディネーター研究 The Japanese Journal of Special Support Education Coordinator ( 8 号 )2012 年 兵 庫 教 育 大 学 巻 頭 言 イギリスの学校訪問から学ぶ 〜特別支援教育と学校づくり・人材活用〜 兵庫教育大学大学院特別支援教育コーディネーターコース 宇 野 宏 幸 昨年の 1 月末に岐阜大学の小島道生先生に誘われ 夏休みなどの長期休暇を楽しめるということで教職に て、イギリス(イングランド)の学校を訪問した。特 ついている人も多いとのことだった。なぜ、金融とか 別な教育ニーズをふまえて、実際にどのような授業が 実入りの良い仕事をしないのかと聞かれてしまうそう イギリスの学校でおこなわれているのか自分の目で確 である。また、一般教師であっても、授業のなかで多 かめたいとも考えていた。小島先生の知人が、ロンド 感覚的な手法を使用することが求められていて、その ンの公立中学校で日本語を教えていて、この方の縁で チェックもあって結構大変とのことだった。 それから、 特別支援教育において評価の高い取り組みをおこなっ 日本と考え方が異なると感じたのは、一般教師が対応 ている学校を紹介してもらえた。通訳もお願いできた できない子どもがいた場合は、コーディネーター(イ おかげで、教育関係の用語に不自由することなく、訪 ギリスでは SENCOと呼ばれる)がクラスから取り出 問先とやり取りが出来たのも有り難かった。最近は大 して授業や指導をすると聞いたことだった。 日本では、 学の業務が忙しいこともあり、ロンドン 3 泊という弾 保護者が通常学級で子どもに授業を受けることを強く 丸出張となったが、私自身にとって収穫の大きな学校 希望しているとしたら、あくまで通常学級でというこ 訪問となった。イギリスの教育事情や特別支援教育に とを前提に対応を考える。イギリスの一般教師は、あ ついては数多くの専門の先生がいらっしゃるので、今 くまでクラスでの授業担当者であって、それを越える 回は大学院でコーディネーターコースを担当している 対応はコーディネーターがするということである。日 立場で考えたこと、感じたことを書き留めておこうと 本で、発達障害のある子どもが通常学級にいるという 思う。 ことを前提にした授業づくりや学級経営が求められて 数年前だったか、NHK の番組で公立の小学校を見 いることは、諸外国と異なる事情と言える。また、一 事に再生した校長先生を紹介していたことを思い出し 斉授業での工夫や学級経営に重点を置いてきたことが た。イギリスでは、サッチャー政権が教育へ市場原理 我が国の教育の特色でもあるので、今後もこの強みを に基づく自由競争を導入し、その後のブレア首相に 活かした特別支援教育を展開していくことが望まれる よって教育最重点の政策がとられたことはよく知られ だろう。 ている。このおかげで、地方さらには学校の裁量権が 見学した学校はロンドン近郊の 2 校で、いずれも 大きく広がった。例えば、校長先生は赴任校で特定の 政府の教育水準局(OFSTED) 任期はない。2 、3 年で学校を変わる我が国とはまる から outstanding(顕著な、際 で違う。一般教師も定期的に学校を異動するのではな だった)の評価をもらってい く、空席が出たときに公募があり、それに応募するそ る。一つは公立のコミュニティ うである。したがって、校長先生は自分の学校経営の 型の小学校で(写真 1) 、もう ビジョンに沿った優秀な人材をスカウトしてくること ひとつは特別学校のセカンダ ができる。おそらく、ビジョンとマネジメントに長け リ ー ス ク ー ル( 日 本 の 中 学・ た校長がいる学校は成果が上がり評価もされることに 高校に相当)であった。二つ なるが、そうでないと教師にもやる気が起きないし、 目の学校は、日本で言えば高 学校評価も低迷したままという状態になってしまうだ 等 特 別 支 援 学 校 に 似 て い て、 ろう。 おもに軽度の知的障害(イギリスでは学習障害)の生 小島先生の知人によれば、教師の給料は日本と比べ 徒が在籍している。2 つの学校に共通して見られた特 ると少なく、この点で多くの大学卒業者にとっては魅 徴で印象深かったのは、女性の校長先生が学校経営の 力的なものではないとのこと。給料は低いけれども、 ビジョンをしっかりと持ち、マネジメントを教頭や 1 コーディネーターと一緒にチームでおこなっていたこ と〝ステートメント〟が発行されるが、このステート とだった。コーディネーターの役割は学校ごとに違 メントあたりいくらの予算がつくかが決まっている。 い、 校長の意向が反映されるということである。また、 ステートメントを持つ子どもが多くなると、それだけ その校長先生のもと教職員の雰囲気もとても良さそう 予算の上でゆとりが出るようであった。 だった。実際、彼女たちは、先生方のやる気を引き出 この学校では、ステートメントを持つ子どもは日本 すために、居心地のよい職場づくりを心がけていると で言えば特別支援学級にあたるクラス 2 つに在籍し、 のことであった。 それぞれ 8 名程度の人数であった。驚いたことに、正 職場環境に関連する二番目の共通点は、休憩時間に 規の担任はそれぞれ 1 名ずつであったが、アシスタン 使えるソファや椅子が置いてあるラウンジがあったこ トが 4、5 名ずついた。グループ全体をアシスタント とで、コーヒーやお茶が飲めるようになっていた。日 が見ている合間に、 担任は一人ずつ取り出したりして、 本で見られるような職員室が存在するかどうかはわか それぞれの子どもの指導計画に沿った指導を個別的に らなかった。ここは、お決まりのグレーの事務机が整 おこなっていた。子どもの反応を記録するのもアシス 然と並んでいる日本の職員室では見られないゆったり タントの役割である。指導計画は、評価をともなわな した雰囲気を醸し出していた。おそらくは、このよう いとその意味はないわけで、このような分担になって な雰囲気のなかで支援対象になっている子どもについ いるのだなと感心した。このアシスタントのほとんど て、 今日はがんばっていたとか、 こんなトラブルがあっ は、近隣に住む主婦ということだったので、学校の保 たとか情報交換をしているのだろう。また、正規の教 護者も多いのだろう。一貫して同じ子どもを見ている 員でない(教員資格をもたない)アシスタントの方も ようで、それが効果的な支援につながっているよう ここでお茶していることが多い様子だった。読み書き だった。日本では、授業が空いている先生が変わるが が困難な子どもを対象にした授業の担当教師にアシス わるクラスに入って支援に回っていたりするが、先生 タントとの情報交換はどうしているか尋ねたら、とく によって対応が当然違ってくるので、思うような効果 にしていないと答えていたが、ラウンジで休憩してい が出ていない場合が多いのではないだろうか。 るときに何となく話をしているのだろうと思った。 〝情 通常のクラスでも、読み書きの学習でニーズを持つ 報を共有しましょう〟とよく言われるが(もちろん大 子にはそのための授業クラスがあり、いくつかのクラ 切であるが) 、このような雰囲気の場を学校内に設け スから対象の子どもがその時間に集まって来ていた。 ることが必要なのではないだろうか。 また、同じ学年でも基本的に習熟度別に授業が行われ 最初に訪問した Princes Plain Primary School は、 るのに加えて、クラス内でもニーズに合わせたグルー 昔からの住宅地にあ プ授業が行われていた。授業時間の前半は正規の教員 る小規模の学校で、 が一斉授業の形で学習内容を説明し、アシスタントは 本館は写真のように ニーズのある子どものそばで指導をする。通常のクラ 煉瓦づくりの建物 スでも 4 人くらいのアシスタントがおり、後半はグ であった(写真 2) 。 ループにアシスタントがつく形で学習が進められてい 近隣の学校からの転 た。また、教室の後ろでは一人でヘッドフォンを装着 入希望が増加してい してパソコン学習をしている子どもがいた。一人だけ るとのことで、校舎 パソコンで学習している子どもが教室にいるのは、日 が増築されていた。 本ではちょっと想像できないが、彼のニーズに合った イギリスの学校予算 学び方をしていたのだろう。アシスタントは、子ども は子どもあたりいく のワークブックの○付けも担当していたが、これも日 らで計算されるよう 本では考えられない。このような仕事分担をしてもら で、子どもの数が増 うことで、正規教員の負担はだいぶ軽減されている。 えるだけ予算も増え さらに、この学校で校長先生の手腕がすごいと感じ る仕組みになってい たのは、 〝新しく保育園を創ったんですよ〟と聞いた る。特別な教育ニーズをもつ子どもとして認定される 時だった。日本では、公立小学校が保育園を経営する 2 というのはまずあり得ない。真新しい保育園には、1 真 4) 。日本の学校では、部活動が盛んに行われてい 歳児くらいの赤ちゃんも在籍していた。幼児期から小 るが、精神を修練するというよりは、このようなねら 学校に至るまで一貫したサポート体制を目指している いをもってやっていくことに大きな意義があるのでは とのことであった。 ないかと思った。 翌日訪問した学校は軽度の知的障害を対象とした 訪問した学校は非常に評価の高い学校であったの The Park School で、 基本的にすべての子どもがステー で、今回見学した内容がイギリス全体の学校教育につ トメントを持っているようであった。ホームページ いて言及できるものではない。このような素晴らしい (http://www.thepark.surrey.sch.uk/) が 充 実 し て い 学校が育っていることは見習わないといけないが、形 るので、ぜひご覧いただきたい。この学校も、マネジ だけを導入しても日本の教育事情に沿ったものでない メントのうえで様々な運営の工夫がされていた。学校 と、うまくいかない。もう一度、日本の教育の良さも の看板には、校長の名前が書いて 見つめなおした上で、我が国の文化や考え方にふさわ あった(写真 3) 。アスペルガー障 しい特別支援教育を自ら創造していくことが重要であ 害や近隣の一般学校での不適応な るとあらためて考えることができた視察旅行であっ ど、実際には多様なニーズをもつ た。 子どもが在籍していた。日本の高 等特別支援学校では、就労を見据 えた教育に重点が置かれるが、こ の学校ではどちらかというと個々 の興味を活かしたクラブ活動を重 視していて、昼休みに映画鑑賞な どの行事もおこなわれていた。とりわけユニークだっ たのは、音楽を通して自尊感情を高めるプログラム だった。音楽療法だというので、一体どんな活動なの かと思っていたら Mac の音楽ソフト Garageband を 使っていて、ギターの弦の押さえ方を映像で見て練習 できるような配慮をおこなっていた。このプログラム では、楽器を楽しく使い、好きな歌をうたうという活 動に加えて、地域のコンクールを目指すことをねらっ ていた。担当教師曰く、 〝このドラムは多動の子ども が好んで使うよ。集中できるみたいだ。 〟アフリカの 珍しい太鼓も楽器のコレクションにあった。この活動 で、BBC に行っこともあるという。防音室つきの音 楽スタジオを持っていたが、企業(たしか、HSBC) からの寄付によって建設されたとのことであった(写 3 実 践 報 告 5 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.7-12 特別な教育的ニーズのある児童が在籍する通常学級における 良好な関係作りに関する研究 太 田 聡 子 Satoko Ohta 要旨:特別な教育的ニーズのある児童が在籍する学級において、CSST の介入を行い、良好な関係作り の取り組みを行った。担任が実際の日常生活で起こる場面を取り上げること、ロールプレイでの練習が 効果的であった。定着に向けた取り組みでは、より目に見える形が学級の児童にとって有効であった。 特別な教育的ニーズのある児童が在籍する学級においては、本人の支援とともに、学級における大きな 環境要因である学級の児童の状況を良くすることが、良好な関係作りの取り組みとして必要である。 キーワード:通常学級、社会的スキル、CSST Ⅰ . 問題と目的 ぐ口に出し、乱暴な言葉、人を否定するような言葉、 特別支援教育の本格的実施に伴い、通常学級に在籍 ちょっかいやからかいなどで、児童同士のトラブルに する特別な教育的ニーズのある児童への支援や教育的 なる場面があった。そこで学級の児童に対し、温かい 配慮が全国で進められてきている。その特性は様々で ことばかけスキルの獲得及び日常生活での定着をねら あり、適切な理解と支援が行われないと、学級の中で いとした支援計画を立てた。具体的な内容は、担任へ その力を発揮できないばかりか、様々なトラブルにつ のコンサルテーションにより、担任の学級経営観や育 ながってしまうことも多い。特別な教育的ニーズのあ てたい児童観などとの調整を行い、決定や変更を行っ る児童の対人関係の困難に対し、社会的スキル教育 た。 (SST)が行われている。しかし SST は、児童が主と 2)手続き して対人関係を築く場所である学校生活での般化が難 (1)実施期間 X 年 2 月〜 X 年 3 月 しい(是枝・小谷 , 2006) 。般化の困難の理由としては (2)内容 ①相互作用上の問題②日常場面との乖離③強化される 機会の不足が考えられる。 これらを解決するためには、 「もうすぐ 2 年生」という単元を設定し、計 4 回の 学級単位の社会的スキル教育(CSST)が有効である。 授業を行った(表 1) 。授業案は筆者が考え、授業の CSST は、学級の課題や児童の実態によって進めてい 実施は担任に依頼した。授業のねらいと内容、構成、 くことが効果的である(佐藤・畠山, 2009)とされて 手立て等は、筆者と担任との話し合いの上、調整し決 いる。 定した。 そこで本研究では、特別な教育ニーズを持つ児童の 学級の児童の実態から、長時間集中することが難し 在籍する学級へ、担任へのコンサルテーションによる い、新奇なものに興味を持ちやすいという様子が見ら CSST の介入を行い、学級の児童の相互関係にどのよ れたため、毎回の授業ではプレゼンテーションソフト うな影響を及ぼすか検討した。 で作成した映像を使用し興味を持たせることで、集中 と理解を促した。また、 映像では、 学級で実際に起こっ Ⅱ . 第 1 期介入 ている場面のイラストを用い、イメージを持たせるよ 1. 方法 うにした。 1)対象 練習場面では、SST の基本要素である「教示」 「モ Y 市立 Z 小学校 1 年生、約 30 名。学級には、学習 デリング」 「リハーサル」 「フィードバック」の流れに 面や行動面で配慮が必要だと思われる児童が複数名在 沿って行った。 籍していた。素直な児童が多い半面、思ったことをす 授業毎に振り返りカードを使用した。カードは、約 7 太 田 聡 子 束は守れたか、練習等に参加したか、内容が理解でき 2)定着に向けた取り組み たかの 3 つの項目があり、これと授業の様子の観察を 取り組みを始めたのが 4 回の授業終了から 1 週間ほ 合わせて、授業への参加や理解の状況を評価した。 どたった後であり、 取り組みの期間が短かった。また、 また、授業で獲得したスキルの定着を図るため、4 授業で取り上げたスキル(ふわっとことばで仲間を応 回の授業終了後に「なかよしの木」の取り組みを行っ 援すること)の使用だけでなく、 「何かいいことをし た。模造紙に木のイラストを書いたものを教室に貼っ たらシールを貼る」という使い方であった。一部の女 ておき、授業で学んだスキルが使えたらシールを貼っ 子は積極的にシールを貼っていたが、全く貼らない児 ていくようにした。 童もいた。 3)評価 3)評価 (1)①介入前②個別指導と学級への授業終了直後③定 (1)アンケート 着に向けた取組み後の 3 回、アンケートを行った。 授業前と授業後、 定着に向けた取り組み後の変化を、 (2)週 1 回、学級の児童の行動観察を行った。特別な ニーズのある児童を中心に関わりの場面を記録した。 (3)介入前と介入後に担任への聞き取りを行った。 2. 結果 1)学級への授業 授業の導入での、学級で実際に起こっている場面の 映像では、挙手や発言が活発であった。また良い例と 悪い例の提示では、比較して考えるような発言が見ら れた。授業後半に集中が続かなくなると、私語が増え る場面があった。スキルの練習は全員が行えるように ペアで練習を行った。取り組みは概ね良かったが、一 部参加していない児童も見られた。 振り返りカードでは、多くの児童が「理解」 「参加」 の項目に「とてもできた」 「できた」を選び、授業へ 図 1 第 1 期アンケート結果 の参加状況は良好であった。 8 特別な教育的ニーズのある児童が在籍する通常学級における良好な関係作りに関する研究 授業で取り上げた「やさしい言葉を言う」と「応援す たことやほめられたことを喜ぶ感想も見られ、スキル る」の 2 つの項目について、学級にいるか、友達にさ を練習するモチベーションになったと考えられた。 れるか、自分でしているかの計 6 つの質問について分 アンケートからは、周りがスキル(やさしい言葉、応 析した(図 1) 。 援すること)を使っていると答えた児童が増えた。し 授業の後では「やさしい言葉を言う」 「応援する」 かし自分は使っていると答えた児童は減った。 これは、 人が学級にいるかという質問では「はい」と答えた数 スキルの説明を受けたり練習を行ったりしたことで、 が 48 から 56 に増えた。友達から「やさしい言葉を言 具体的なイメージが付き、自己の行動を振り返ったも う」 「応援する」ことをされるかという質問は「はい」 のと思われる。 と答えた数が 45 から 51 に増えた。自分が「やさしい 「なかよしの木」の取り組みでは、担任からは、友 言葉を言う」 「応援する」をしているかについては「は 達のことを報告するような様子が増えたことが報告 い」と答えた数は 46 から 45 へ減った。 された。しかし、実際に取り組みを始めたのが、4 回 定着に向けた取り組み後は「やさしい言葉を言う」 の授業終了から 1 週間ほどたった後で、児童の意識が 「応援する」人が学級にいるかという質問では「はい」 途切れてしまったこと、修了式まで 2 週間ほどしかな と答えた数が 56 から 52 に減った。友達から「やさし く、取り組みの期間が短くなってしまったこと、授業 い言葉を言う」 「応援する」ことをされるかという質 で取り上げたスキル(ふわっとことばで仲間を応援す 問は「はい」と答えた数が 51 から 49 に減った。自分 ること)の使用だけでなく、 「何かいいことをしたら が「やさしい言葉を言う」 「応援する」をしているか シールを貼る」という使い方にしたため、ねらいが絞 については「はい」と答えた数は 45 から 53 へ 増えた。 られなかった。また、 「誰が」 「何をして」 「どのくらい」 (2)行動観察 貼ったかがわからないシステムで行ったため、児童が 介入前は頻繁に見られていた、特別な教育的ニーズ フィードバックをしづらかったようであった。その結 のある児童と学級の児童間のトラブルは、ほとんど見 果、シールを貼るのは女子の一部に限定され、学級全 られなくなった。学級の児童が、特別な教育的ニーズ 体でのスキルの活用にはつなげられなかった。 のある児童とのトラブルを避けるような関わりをする 学級では、特別な教育的ニーズを持つ児童に対し、 様子があった。また、児童の一部にスキルを活用する トラブルになりそうな場面でそれを避けるような関わ 場面も観察された。 しかし、 トラブルが見られなくなっ りをする様子があった児童は、 アンケートの結果や 「な た一方、特別な教育的ニーズのある児童と学級の児童 かよしの木」の様子などから、スキルを使用すること 間の関わりは一方的なものが多く、相互的なやり取り に対して好意的であった。授業後にお互いに強化し合 の様子が見られなかった。 うようなことばかけや、特別な教育的ニーズを持つ児 (3)担任への聞き取り 童に対しても温かい言葉をかけたり応援したりするな 担任からは、授業が一つのステップ(声かけの仕方 ど、スキルを使用する様子が見られた。また、特別な など変わるきっかけ)になったこと、 「なかよしの木」 教育的ニーズを持つ児童に対する乱暴な言葉など、不 で友達のことを報告するような様子が増えたことなど 適切な関わりをしていた児童についても、一部スキル が報告された。 の使用が見られた。 しかし、 トラブルが見られなくなっ 3. 考察 た一方、関わりは一方的なものが多く、相互的なやり 学級で実際に起こり得る場面のイラストの映像を 取りの様子は見られなかった。以上のことより、引き 視聴した時は、児童の反応があり日常生活の場面に 続きスキルの定着のための取り組みを行うことが必要 結び付けるような発言や振り返りが見られた。佐藤 であると判断した。 ら(2009)の提言のように、学級で必要とされるスキ ルについて実態に合わせた活動を組むことで、より実 Ⅲ . 第 2 期介入 際に即した指導ができたと考える。また、授業中にス 1. 方法 キルの練習を行う場面で、児童同士が良いところを発 1)対象 表し合う場面があった。皆の前で行うことが、全員の Y 市立 Z 小学校 2 年生児童約 30 名。クラス替えな フィードバックになった。また、練習で前に出て行っ しで 2 学年に進級した。特別な教育的ニーズのある児 9 太 田 聡 子 童と学級の児童が一緒に遊ぶ場面が増えていた。関わ (3)介入前と介入後に担任への聞き取りを行った。 りが広がると、必然的にやり取りをする機会も増えて 2. 結果 くる。そこで、第 1 期で定着のための取り組みで残っ 1)学級への授業 た課題と、まだ学級内で乱暴な言葉が見られるという イラスト提示後の状況か話し合いでは、理由まで考 担任の聞き取りより、再度スキルの活用と定着をねら えた意見が多くでた。スキルの練習は参加しない児童 いとして取り組みを行うこととした。 もいたが、ワークシートにはよく記入していた。授業 2)手続き の感想では、 「○○ちゃんの言い方が良かった」 という、 (1)実施期間 友達の意見に注目したものや、 「前に出て褒められた X 年 4 月〜 7 月 からとても楽しかった」 「先生に褒められてよかった」 (2)内容 「いっぱいあたって楽しかった」という感想があった。 道徳の時間に「なかまをだいじにしよう」という単 振り返りカードでは多くの児童が「理解」 「参加」の 元で 2 回の授業を行った(表 2) 。日常で行っている 項目に「とてもできた」 「できた」を選んだが、 「でき 道徳の授業と同じ流れで、まず 1 枚のイラストを見せ なかった」を選ぶ児童も数名いた。 て、どのような状況であるか話し合った。その後に教 2)定着のための取り組み 材文を読み、どのような行動をとればよかったか意見 授業終了後に、模造紙と花びらの形の紙片を教室の を出し合って考えを深めていった。 後ろに設置し、そこから児童が紙片を取り、自由に書 内容は、担任との打ち合わせにより、学習場面や生 き込んでいくという方法で行った。設置してすぐに休 活場面で課題になっている場面(授業①では、声が小 み時間等に記入をする児童の姿が見られた。2 週間で さい児童の音読に対して周りが聞いていない場面、授 合計 76 枚の書き込みがあり、そのうち 11 枚は担任に 業②では、遊び係の提案に文句を言う場面)を取り上 よる書き込みであった。学級の児童のうち 15 名が書 げた。筆者が打ち合わせの内容から教材のイラストや きこみを行っていた。書き込みの中に名前が挙がった 文章を考えて提案し、再度話し合って調整を行った。 児童は 28 名であった。ふわっとことばに関わる記述 授業後に、定着に向けた取り組み「ふわっとことば は 36 枚で、自分が人に言ったもの 9 枚、人から言っ の花をさかせよう」を行った。模造紙と花びらの形の てもらったもの 22 枚、 教員による書き込み 5 枚であっ 紙を教室内の後ろの黒板に設置し、ふわっとことばが た。 使われたら(友達に言った、友達に言われた、友達が 3 )評価 言っているのを見た) 、児童がその内容を書きこんで、 (1)アンケート 花が咲くように貼っていくようにした。担任も書きこ 介入前に 1 回目を、定着のための取組後に 2 回目を み評価するようにした。 行った(図 2) 。1 回目と 2 回目の結果の変化を、授業 3)評価 で取り上げた「やさしい言葉をいう」と、 「応援する」 (1)①介入前②学級への授業と定着に向けた取組み後 の 2 つの項目について、学級にいるか、友達にされる の 2 回、アンケートを行った。 か、自分でしているかの計 6 つの質問について分析し (2)週 1 回、学級の児童の行動観察を行った。特別な た。授業と定着に向けた取組を経た後では、 「やさし ニーズのある児童を中心に関わりの場面を記録した。 い言葉を言う」 「応援する」人が学級にいるかという 10 特別な教育的ニーズのある児童が在籍する通常学級における良好な関係作りに関する研究 質問では「はい」と答えた数が 52 から 54 に増えた。 があった。アンケートからは、自分がやさしいことば 友達から「やさしい言葉を言う」 「応援する」ことを や応援をしているかという質問で、5 名の児童が介入 されるかという質問は、 「はい」と答えた数が 56 から 前の「している」から「していない」に変わった。こ 50 に減った。自分が 「やさしい言葉を言う」 「応援する」 の中には、 「ふわっとことばの花をさかせよう」で名 をしているかについては、 「はい」と答えた数は 53 か 前があまり上がらなかった児童が多かった。スキルの ら 47 へ減った。 成果を視覚化し、モニタリングできるようにすること が、客観的な自己評価につながったのではないかと考 えられた。たくさん名前が挙がった児童については、 学級にもよく言っている人がいると答える割合も増え る傾向があった。相互の良好な関わりを促進する手立 てとして有効であったと考えられる。 行動観察では、特別な教育的ニーズのある児童から 学級の児童への関わりが増え、双方向のやり取りが観 察された。これは、特別な教育的ニーズのある児童へ の、学級の児童の肯定的評価によるものであり、学級 の児童間の良好な関係作りに向けたステップになっ た。 Ⅳ . 総合考察 CSST の介入では、特に映像で実際に日常生活で起 図 2 第 2 期アンケート結果 こる場面を取り上げたこと、ロールプレイで練習をさ (2)行動観察 せて皆の前でほめたということが、児童の意欲につな 学級の児童にスキルの活用が見られた。また、特別 がっていた。また授業では、担任が実際の日常生活場 な教育的ニーズのある児童から学級の児童へ発信する 面と関連付けるように話をすすめた。活動を持続させ 関わりが見られるようになった。発信に対して学級の るための動機づけとして、子どもの心に響く提示の仕 児童がこたえ、 それにまたこたえていくというように、 方、 「なぜ」 「何のために」 「生活にどうつながるか」 特別な教育的ニーズのある児童と学級の児童間に相互 を子どものことばにして伝えたことと、活動名を、学 的なやり取りが見られた。特別な教育的ニーズのある 級の実態、内容に合ったものにしたこと(佐藤・畠 児童から学級の児童の話がでてくる様子があった。 山 , 2009)が効果的であったと考えられる。 (3)担任への聞き取り また、 対象校は単学級でクラス替えがなかったため、 学級への授業では、視覚的な提示を行うことや、実 学年が変わっても全員がスキルのことを知っていた。 際に 2 人組で練習させることが有効であった。 「ふわっ そのため、1 学年の続きのような形で授業を行うこと とことばの花をさかせよう」の取り組みは、多くの書 ができたことは、定着のために効果的であったと思わ き込みがあり、意欲の高さがうかがえた。学級は、集 れる。 団のトラブルが減った。 関わりの声が増えてきている。 しかし、行動観察やアンケートの結果より、スキル 子ども同士のつながりを意図的にコーディネートする が定着しやすかった児童としにくかった児童がいるこ ことは、学級経営に必要である。 とが分かった。より個別的な配慮が必要な場合がある 3. 考察 ことが推察された。 2 回の授業では、前年度の取り組みを覚えている発 定着に向けた取り組みでは、より目に見える形が、 言があった。場面設定が学級の課題となっていること 小学校低学年の対象学級の発達段階に合っていたと思 を取り上げたので、担任による実際に即した指導がで われる。スキルの定着のための実際の場面への般化の きた。特に、授業後の関わりの中で、 「ちくっとこと 促進には、日常生活の中で学習したスキルを使い、本 ばやで」という言葉が担任や学級の児童から出ること 人の頑張りが認められる環境が重要である(植村ら、 11 太 田 聡 子 2009) 。このことから、 「ふわっとことばの花をさかせ プローチ ― . 特別支援教育コーディネーター研究 , よう」の取り組みは、対象児と学級の児童にとって有 (5), 37- 45 . 効なものであった。 小澤(2006)が述べる「学級適応が高い児童は比較 的受容的な関わりが多く、他児自身の状況も発達障害 児に大きく影響している」のように、発達障害児の在 籍する学級においては、本人の支援とともに、在籍す るすべての児童の状況を良くすることが必要である。 1 年生時の担任の振り返りからは、学級への授業が、 児童が温かい言葉がけの存在を知り、使用を意識する きっかけとなったことがあげられ、仲間同士や対象児 に対しての声かけに変化がみられたと報告された。2 年生時の担任からは、集団のトラブルが減ったこと、 関わりの声が増えてきていることが報告された。矢田 (2009)は、対象児が主に対人関係を築く場所である 学級において、周囲の児童が本人の頑張りを認め、理 解するための環境づくりを行わなければならないと述 べている。学級における大きな環境要因である仲間関 係を整える取り組みの一つとなったと考える。 学級の児童間のトラブルは相互作用のない中では起 こりにくく、 むしろ関わりたいという気持ちと、 間違っ た解釈からの不適切な対応の間で起こるのではないか と考える。だからこそ、お互いを正し理解し、対応を 知ること、そしてその技能(スキル)を身につけるこ とが必要であるのではないかと思う。 【文献】 是枝佳代 , 小谷祐美(2006)軽度発達障害児に対する ソーシャルスキルトレーニングの効果 ― 社会的コ ンピテンスの視点から ― . LD 研究 , 15 , 160 - 170 . 佐藤敬子 , 畠山孝男(2009)小学校での SST 実践の検 証 ― 人間関係を創り出す力を育てる ― . 日本学校 心理士会年報 , 第 2 号 , 95 -102 . 植村里香 , 岩坂英巳 , 宮崎瑠璃子(2009)友達とのか かわりが苦手な子どもに対するソーシャルスキルト レーニング(SST)の試み . 奈良教育大学教育実践 総合センター研究紀要論文 , 18 , 211- 216 . 小澤満玲(2006)通常学級集団における特別なニーズ のある児童の行動観察研究 ― アスペルガー症候群 に対する他児の関わりについて― . 人間科学研究 , 19 , 46 - 46 . 矢田憲子(2009)広汎性発達障害児への社会性スキ ル支援 ― 個別指導と通常学級との連携によるア 12 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.13-23 ユニバーサルデザイン (UD)の授業・学級作りを 校内に広める取り組み 髙 田 善 彦 Yoshihiko Takata 要旨:本研究では、教師の指導技術をユニバーサルデザイン(以下 UD)の授業・学級づくりの視点で捉 え直して、校内で指導技術を蓄積・共有し、最終的には全校的な UD の授業・学級づくりを推進するこ とを目的とする。指導技術を蓄積するために、まず教師が毎月の指導の工夫を指導技術カードに書き、 それを筆者が UD の視点から捉えなおした学校独自の支援ファイルを作成し、現在できている支援の現 状を共通理解する。さらに指導技術を共有するために、支援ファイルを活用した校内研修会を実施して 2学期からの実践に生かしていく、 という手だてを行った。 教師の指導技術を校内のリソースとして蓄積・ 共有するための、ワークショップや支援ファイル、チェックリストなどは、全校的な UD の授業・学級 づくりを行うにあたって、教師の UD に対する意識の向上を図る上では有効であるということが示唆さ れた。 キーワード:UD の授業・学級づくり 通常の学級 指導技術カード 支援ファイル ワークショップ Ⅰ . 問題と目的 さを抱える児童生徒たちを「特別な教育ニーズのある 「特別支援教育」が始まって 3 年が経過した。体制 子」と捉え、 「個に応じた支援」を行う UD の授業・ 整備が進み、通常学級に在籍する LD、ADHD、高機 学級作りの必要性が生じている現状がある。 能自閉症等の児童生徒への支援が進むなどの成果が見 しかし、UD の授業・学級作りをコンサルテーショ られる。しかし一方では、通常学級に在籍するそのよ ンに用いる場合には、教師の抵抗感を伴うことが予想 うな児童に対しては、学級担任の個別的な配慮に依る される。この理由として教師の負担感が増している現 ところが大きく、その負担感は大きくなっているとい 在、さらに新しい視点である UD の取り組みを促すこ う現状がある(全国連合小学校長会 , 2009) 。さらに、 とについて抵抗感があるのではないかと考える。今後 団塊の世代の退職や教師の年齢構成のアンバランスな は、校内のリソース(教師各個人の指導技術)を生か どの実態から、優れた教材の工夫や指導技術・指導プ しながら、UD の授業・学級づくりについて、教師の ログラムが共有・継承されにくい(加藤 , 2008)とい 負担感を増やさずに取り組むことができる方策を行う う課題もある。 ことが大切である。さらに、学校の全ての教師が同じ このような課題を踏まえ、 今後の特別支援教育では、 視点で取り組み指導技術の共有と蓄積をし、学校全体 教師個々の力量に委ねられていた支援の工夫を良いも の支援のレベルを向上させていくことが大切である。 のは共有化し、みんなで考え、協力体制のもとで子ど そこで、まず Step1 では、教師の日々の実践例を筆 も一人ひとりのニーズに応じた教育を保証していくこ 者や実習校のコーディネーター(以下 Co)が UD の視 とが大切であると考える(笹森 , 2008) 。では、どの 点から捉え直し、校内で優れた指導技術の蓄積を行 ような手だてを講じれば担任の負担感を増やすことな う。次に Step2 では学校全体で指導技術の共有を図る く、学校全体で優れた指導技術や指導プログラムが継 ための研修会を実施する。さらに Step3 では 2 学期に 承されるのであろうか。 教師全員が UD の授業・学級づくりを実践する。その 特別支援教育が進む中で、新たに発達障害がなくて Step1 , 2 , 3 の関係図を図 1 に示す。本研究は、このよ も学習面や行動面に困難を抱える児童生徒が多く存在 うな手だてを打つことで、UD の授業・学級づくりを することが分かってきた(花熊 , 2010) 。このような 全校的に実践し、その効果を検証することを目的とす 状況の中で、発達障害のある児童生徒に限らず、困難 る。 13 髙 田 善 彦 2. 方法:期間 X 年 4 月〜 6 月 1)具体的事例の提示と指導技術カードについて 新学期始め、全校の教師の協力を得るために研究趣 旨説明を行った。その場で「つまずきのある子どもに とってなくてはならない支援策で、かつ、どの子にも あると便利な支援策」が UD であると説明し、そのよ うな支援策を教えて欲しいと提案を行った。しかし、 「日常 UD を意識して指導を行っていない。切り分け るのは難しい」との意見が挙がった。そこで、月ごと にテーマ(4 月:学級のスタート、5 月:学習場面、6 図 1 研究概要図 月:生活指導場面)とサブテーマを決め、UD の授業・ 学級づくりの具体的事例を事前に示すようにした(表 Ⅱ .Step1 指導技術の蓄積を目指す取り組み 1) 。指導技術カード(図 2)に記入してもらう事例につ 1. 対象:A 小学校の全学級担任 32 人、専科の教師 いても UD にこだわらず、1 ヶ月間で教師が行なった 3 人計 35人 「指導の工夫」 という視点で提出してもらうように再提 全校児童が 900 名を越える大規模小学校 案を行った。 表 1 UD の指導の具体的事例(5 月分)抜粋 メインテーマ「学習場面での取り組み」と サブテーマ「授業の土台づくり」「授業づくり」 14 ユニバーサルデザイン(UD)の授業・学級作りを校内に広める取り組み また、指導技術の蓄積のために行った手だてについ て、アンケートを行った。結果は次の通りである。 (1)「毎月の具体的事例は参考になったか」の問いに は、「参考になった」が 79%、「あまり参考になら なかった」が 21%であった。 (2) 「月ごとの速報は実際の指導場面では役に立った か」の問いには、 「役に立った」が 68%、 「役に立 たなかった」が 31%であった。 (3)「指導技術カードは書きやすかったか」の問いに は、 「書きやすかった」の 26%に比べ、 「書きにくかっ 図 2 指導技術カード(5 月分) た」と答えた教師が 74%にも上った。 2)支援ファイルの作成 2)支援ファイル作成について 指導技術カードで提出された事例を、筆者や A 小 日 常 の 日 々 の 実 践 に 生 か し や す い よ う に、UD 学校の Co が協力し合いながら、UD の視点で意味づ チェックリストと具体的な事例を付け加えた支援ファ けを行った。その結果を月ごとの速報として知らせ、 イル「A 小学校版 明日から使える支援のヒント〜 教師にフィードバックを行った。また、UD の授業・ UD の授業・学級作り〜」 (図 3 ①②)を、先行研究な 学級作りを身近に感じてもらうため、筆者が直接研究 ども参考にしながら作成した。 授業を参観し、授業作りにおける UD の効果的な指導 を実際に意味づけたり、学校中の UD の掲示物探しな どを行ったりして、その結果も速報に反映させた。最 終的に 4 月, 5 月, 6 月の指導技術カードを包括的な学 級支援の視点(村田・松崎, 2008)を参考に、5 つの 視点(①受容的な雰囲気作り、②規律ある学級環境、 ③学習・生活環境の UD 化、④つまずきのある子への 個別的な支援、⑤他児への具体的な支援)で指導事例 の分類整理を行った。 3. 評価 指導技術カードの集積状況や書きやすさなどを検討 するためにアンケートを実施した。 4. 結果 1 )指導技術カードで集積できた支援策の数は 3 ヶ月 で 103 事例であった。前述の包括的な学級支援の 5 つ の視点で分類すると、表 2 のような結果になった。 表 2 視点別提出事例数と割合 図 3 ①支援ファイル目次 15 髙 田 善 彦 図 3 ②支援ファイル(抜粋) 担任とコンサルテーションを行いながら実践した。 5. 考察 3 ヶ月間の指導技術カードの収集状況は、A 小学校 (1)学級の実態について の教職員規模から見ると決して多い数とは言えず、ア 男子 18 名、女子 16 名。計 34 名 ンケート結果からも、指導技術を言語化して残してい 担任:女性 教職経験年数が 20 年をこえるベテラン くことの難しさが表れている。また、1 学期という学 5 月下旬に「楽しい学級生活を送るためのアンケー 期の特性上、指導技術の事例は学級全体指導上の事例 ト」 (以下 Q − U)を実施した。Q − U の「学級満足度 が多かった。月初めに提示した UD の具体的指導事例 尺度」の結果は図 4 にあるように、学級生活満足群 や月ごとの速報は約 7 割の教師が実践の「参考になっ 47%、非承認群が 18%、学級生活不満足群が 20%、侵 た」と答えていることから、UD の授業・学級づくり 害行為認知群が 15%であった。全国平均と比べると満 が日々の教師の実践の中にあり、特別な方法論ではな 足群が高い状態であった。承認得点の割合は高いが、 いことが理解でき始めたのではないかと考える。 被侵害得点の占める割合も若干高く、その中でも、女 子の占める割合が高いという状況であった。 Ⅲ .Step2 指導技術の共有を目指す取り組み 総合的なアセスメント結果は、クラスのルールが確 1. UD の授業・学級づくりのモデル提示 立し、仲間づくりが進んでいる学級であることが伺え 1 )対象:A 小学校 6 年 B 組、C 児 た。しかし、友だち同士の承認や、友だちの発言を大 2 )方法:期間 X 年 4 月下旬〜 7 月中旬 切にするということに課題があるではないかという検 UD の授業・学級づくりの効果を実証するために、 査結果であった。 16 ユニバーサルデザイン(UD)の授業・学級作りを校内に広める取り組み することが難しかった。個別的に声を掛けるとその時 は課題に取り組むことはできるが、絶えず気に掛けて おかないと集中力が続かなかった。また、黒板の文字 をノートに書き写す時には、黒板に目を向け、あまり 手元を見ないで書くことが多いので、 文字が雑になる。 漢字は読むことはできるが、書くことは苦手である。 2 年生段階の漢字も書けないことが多かった。C 児の 強みと弱みを表 3 に示す。 表 3 C 児の強みと弱み 図 4 Q − U 結果( X 年 5 月) (2)対象児 C 児(男児)の実態について ① Q − U の結果から学級生活不満足群に属していて、 承認得点が低く、被侵害得点が高い状態であった(図 4 参照) 。 ②心理検査結果(X − 1 年 7 月下旬) (3)担任との連携について 筆者が WISC −Ⅲ、K − ABC、LDI − R、絵画語 C 児の強みと弱みを担任に説明した。また、Q-U の 彙検査を行った。 結果も踏まえながら、C 児にとってなくてはならない 検査を受ける場面では集中力が続かず、指示に従え 支援策を、クラス全体での指導に生かす手だてを包括 ずに検査道具で遊んでしまうことが多かった。動作性 的支援の 5 つの視点をもとに表 4 の支援策を考えた。 検査の「絵画配列」や「組み合わせ」 「迷路」などに また、それぞれの支援策についてどの程度実施できた は集中力を発揮できた。 かを、担任に自己チェック (それぞれの支援について、 ③授業・行動観察 1 日にどれだけの回数を実施したか) をしてもらった。 授業中は手遊びをしていることが多く、課題に集中 表 4 包括的支援の視点での支援策 17 髙 田 善 彦 3)評価 は 5 月と比較して有意に減少した(t=2.089 , p=0.044) 。 Q − U の変化(クラス全体)やエピソード記録の 下位項目では、特に「友だちはしっかりと発表を聞い 変化(C 児) 、児童用コンピテンス尺度の変化(C 児) てくれるか。 」の問いにはより高い割合で上昇してい などで総合的に評価を行った。 る。また、 「グループに入れないで孤立してしまう。 」 4)結果 や「クラスにいたくないことがある。 」の問いは 5 月 (1)取り組みの経過(筆者の観察記録から) と比較すると低くなっていた。 ①視覚支援について Q − U のもう一つの検査である 「学級生活意欲尺度」 主に総合や社会の時間にプロジェクターやピク でも 5 月と 7 月の比較を行った。その結果、7 月では チャーカードなどを使っての視覚支援を行う。C 児だ 5 月と比べて有意に増加した(t=2.154 , p=0.039) 。 けでなく、他の児童もよく注目していた。 ② C 児について ②発表への意欲づけについて ・承認得点 1 ポイント上昇し、被侵害得点 4 ポイント 発表の回数を視覚的に提示する。それと共に、発表 減少するが、依然として学級生活不満足群に属してい する時の声の大きさ、聞く側の姿勢や態度、発表をつ た。 なげていく手だてなども同時に意識づけて指導する。 ・ 「学級生活意欲尺度」の友だち関係では 3 ポイント ③グループ活動について 上昇していた(5 月は 6 点→ 7 月は 9 点) 。 修学旅行も取り組み期間中に計画されていたことも ・ 児童用コンピテンス尺度(桜井 , 1992)では学習、社 あり、グループでの話し合い活動は確保されていた。 会、運動、自己価値の四つの尺度全てで向上が見られ 同じ班の児童も、C 児によく声をかけていた。 た (表 5) 。 ④当人への励ましと宿題の個別化 表 5 コンピテンス尺度の変化 C 児についても他児と同様、できることはしっかり と取り組ませると同時に、課題の量を調節して行わせ る。教師ばかりが声をかけるのではなく、友だちの関 わりも促す。 ・学級内でのエピソードとして、授業中に自ら手を挙 げて発表したり、友だちに積極的に関わって行ったり する態度が少しずつではあるが見られるようになっ た。宿題も自分なりに取り組んでいて、苦手な漢字も 努力して練習するようになった。 5 )考察 担任とのコンサルテーションの中で話し合って実施 した、特に「発表への意欲づけ」は、全員が「自分の 意見を進んで発表しよう。 」という雰囲気の中で、C 児も堂々と自分の意見を発表することが出来だしたと 思われる。これは C 児の強みを生かして弱みをカバー することができる有効な手だてであった。また、Q-U 図 5 取り組み後の変化(X 年 7 月中旬) の結果を踏まえて要支援児童への具体的対応策を担任 (2)取り組み後の Q − U の結果について に伝え、C 児だけではなくその他の要支援児童のニー ①クラス全体の Q − U の結果について ズにもあった支援策を行った結果、被侵害得点が有意 5 月と 7 月の結果について t 検定を行った。 その結果、 に減少し、学校生活意欲総合点が増加したと考えられ 承認得点は有意差が見られなかったが、被侵害得点 る。C 児のコンピテンス尺度の特に社会コンピテンス 18 ユニバーサルデザイン(UD)の授業・学級作りを校内に広める取り組み の得点が増加していることから、学級内の友だち関係 が良好になってきたことを示している。 以上のような結果から、C 児の特性に対する支援を 一斉指導に生かすことで、C 児だけではなく学級全体 の受容的な雰囲気が高まり、友だち同士の関係づくり も進んだのではないかと考える。 2. 校内研修会の開催 1)対象:A 小学校教師 35 人と管理職 2)方法:期間 X 年 7 月下旬 1 学期の取り組みをまとめ(支援ファイルづくりや 6 年 B 組での取り組み) 、2 学期の実践に生かすため に夏休みに筆者が司会をして校内研修会を開催した。 事前に研修会のメニューや留意事項を配布し、Co か ら全職員に説明してもらった。 (1)校内研修会メニュー 図 6 ワークショップ用ワークシート ①支援ファイルの説明とクラス(6 年 B 組)での取り 組みの発表(30 分) ②支援ファイルを活用しての、 ワークショップ(50 分) 学級づくりのポイントは理解できたかの問いには、3 ③ 2 学期に向けて(10 分) 割近くの教師があまり理解できないという結果があっ (2)校内研修会の詳しい内容 た。 ①支援ファイル作成のポイントや活用の仕方などの説 (3)事例提供者からのインタビュー結果(抜粋) 明は筆者が行った。6 年 B 組での取り組みの成果は担 ・学年のクラス数が多く、日ごろ子どものことを相談 任が発表を行った。 することは少人数でしかできない。この研修会のよう ②ワークショップ に、学年団が集まって一人の子どもについて事例研究 各学年がグループを組み、一人の教師が一人の困り をする機会は、共通認識をする上で効果があった。 感を持つ児童の事例を発表する。その事例に対して、 ・困り感を抱いている子どもの様子を報告する機会は 支援ファイルを参考に UD の授業・学級づくりの視点 他にもあるが、このように具体的なアドバイスを受け で支援策をワークシート(図 6)に記入していく。話 られるような機会は他になかった。 し合った内容を全体の場でグループごとに発表を行っ 5 )考察 た。 アンケート結果から、6 年 B 組での UD の授業・学 ③ 2 学期からの実践に向けて、 UD チェックリスト(表 級づくりの報告が参考になったのは、身近な教師によ 6)で自己評価と目標設定を行った。 る身近な実践発表であったためだと思われる。また、 3 )評価 支援ファイルを用いたワークショップは 2 学期からの 研修会の効果を検討するためのアンケートを実施し 実践の参考になると答えた教師がほぼ 9 割であった。 たり、事例提供者から直接インタビューを行ったりし 事例提供者からのインタビューでも効果的であったと た。 いう意見が多かった。これらのことから校内リソース 4 )結果 を UD の視点から蓄積した支援ファイルを用いたワー (1)ワークショップ用ワークシートの記入例 クショップが、教師の 2 学期からの UD の授業・学級 (2)校内研修会アンケート結果 づくりの実践に対して、より意欲を高めたと考察でき 6 年 B 組での取り組みは 90%近くの教師が参考に る。 なったと答えていた。また、支援ファイルやそれを用 いたワークショップは 2 学期の実践の参考になる、と Ⅳ .Step3 UD の授業・学級づくりの実践を促す取り 答えた教師もほぼ 9 割であった。しかし UD の授業・ 組み 19 髙 田 善 彦 表 6 A 小学校版 UD チェックリスト 1. 対象 返り、それを踏まえて 2 学期の目標を立ててもらった。 Step1 と同様、A 小学校の全教師 この UD チェックリストは指導技術カードで提出が多 2. 方法:期間 X 年 9 月〜 10 月 かった事例や、実践しやすいと思われるポイントなど 1)UD チェックリストを使って を先行研究なども参考にしながら作成した(表 6 ) 。教 Step2で行った研修会の最後に、 教師全員に支援ファ 師全員に 2 学期に取り組みたい項目に印を記入しても イルの UD チェックリストを使って自身の実践を振り らった。 20 ユニバーサルデザイン(UD)の授業・学級作りを校内に広める取り組み 3. 評価 れたし、私自身もそのような言葉を耳にすると、その ・全教師が設定した目標を把握し、2 ヶ月間の取り組 場で子どもたちに考えさせる時間を作るようになった。 みの状態をアンケートで聞く。 ・3 年生担任:使ってはいけない言葉、人に対して言っ ・UD の授業・学級づくりがどのような効果をもたら てはいけない言葉を日々伝えていくうち、クラス内で したのかをアンケートで聞き、研究の手だてが有効で の暴言が聞かれなくなった。 あったかを考察する。 ・3 年生担任:目標に向かってみんなが取り組んでい 4. 結果 ることに反した行動をとった時や生活上のルールが守 1)UD の授業・学級づくりアンケート結果 れなかった時などは掲示物を振り返り、何度も共通意 (1)UD チェックリスト目標達成状況 識させるように努めた。 UD チェックリストは全 25 項目である(表 6 参照) 。 ・6 年生担任:クラス全体に配慮している点だけを言 教師自らが目標を立て 2 ヶ月間取り組み、その目標が うのではなく、つまずきのある子も同じ視点で駄目な どれくらい達成できたかを 4 段階 (4:大変出来た、3: ことは駄目とはっきり叱る場面を作ったこと(目の前 できた、2:あまりできなかった、1:できなかった) でそれを見ること)が、一部の子にとっては納得でき で評価してもらった。全教師 35 名が目標として設定 る部分だったようです。 した項目は 214 項目であり、その項目に対する自己評 5. 考察 価の結果を図 7 に示す。 図 7 から全教師が目標設定を行った 214 項目のうち 65%の項目で「大変出来た」 「できた」という結果であっ た。また、具体的事例からも教師がUDチェックリスト の項目を意識しながら授業・学級づくりを行った結果、 その効果が実感できだしたのではないかと考察する。 Ⅴ . 最終アンケート結果 1. 最終アンケート結果 4 月から行った取り組みを検証するために、2 学期 図 7 目標達成の割合 の実践が終わった 11 月初旬に最終アンケートを行っ た。内容は Step1 では指導技術の蓄積、Step2 では指 (2)UD の授業・学級づくりの具体的な効果があった 導技術の共有、Step3 では UD の授業・学級づくりの 事例 (抜粋) 実践をねらって取り組んだ手だてが、それぞれのス ・2 年生担任:きつい言葉を使う児童がいたので、 「チ テップの目標を達成する上で効果的であったかを、A クチク言葉」 「フワフワ言葉」について考える時間を設 小学校の全教師 35 名を対象に 4 件法で聞いた。その結 けた。その後そういう言葉を意識している児童も見ら 果を図 8 ①②③に示す。 図 8 ① 指導技術の蓄積に関して 21 髙 田 善 彦 図 8 ② 指導技術の共有に関して 図 8 ③ UD の授業・学級づくりの実践について 2. 考察 提出→返却 (筆者からのコメント入り) →月ごとの速報 Step1 の指導技術を使っての指導技術カードを蓄積 配布→来月への実践へというサイクルを経ることで、 していく手だてとしては約 4 割が効果的でなかったと 全教師の UD の授業・学級づくりへ取り組もうとする 回答している。しかし、指導技術カードの各月のまと 意識の向上をねらった。負担感を軽減することをね め(速報)は 85%の教師が「大変有効であった」 「有効で らった指導技術カードであったが、アンケート結果か あった」と回答している。この結果から、教師の指導 ら教師自身が自分の実践を言語化して蓄積していくこ 技術を書いて残していくという手だては改善の必要が とに関しては難しいということがわかった。しかし、 あるが、第三者である筆者が教師の指導技術をまとめ その一方で、教師自身の振り返りや、UD の授業・学 て蓄積していく方法は有効であることが明らかになっ 級づくりに対する意識付けにおいては効果的であった た。Step2 において取り組んだ校内研修会においては、 という意見もあり、指導技術カードを集める期間や回 指導技術を共有していくという点では有効であった。 数などを考慮する必要がある。 特に、ワークショップは学年での連携を促す意味でも 2. 校内リソースを生かした校内研修会について 効果的であったと考える。Step3 においても、どちら 校内研修会では、まず UD の授業・学級づくりの効 の手だても UD の授業・学級づくりにとっては効果的 果を実証するために、あるクラスで取り組んだ実践の であったということが明らかになった。 発表を行った。 身近なクラスの実践発表であったので、 指導の参考になったと考えられる。また、各学年で困 Ⅵ . 総合考察 り感を抱く子どもたちの実際の支援策を UD の授業・ 1. 教師の負担感を考慮した指導技術の蓄積について 学級づくりの視点から考えるワークショップを行っ 本研究では教師の指導技術を蓄積する手だてとして た。その際、Step1 で作成した「A 小学校版 明日か 「指導技術カード」 を使用した。記入にあたってはより ら使える支援ヒント(支援ファイル) 」を資料にして各 焦点化しやすいように月ごとのテーマ、サブテーマを 事例に対する支援策を考えることで、教師間での指導 決め、UD の授業・学級づくりのポイントを提示した。 技術の共有を図った。アンケート結果より、大部分の また、記入する内容も UD とはこだわらないで、教師 教師が参考になったと答えており、自校で作成した支 の 「指導の工夫」 という視点で提出してもらうように再 援ファイルを資料に使ったり、教師一人ひとりの指導 提案を行った。ポイント提示→実践→カードに記入・ 経験から考え出された支援のアイデアを出したりする 22 ユニバーサルデザイン(UD)の授業・学級作りを校内に広める取り組み ことで、教師間で指導技術の共有が図れたのではない 教育 , 学研 , No 417 , P2 〜 3. かと考える。 笹森洋樹(2008)小・中学校における特別支援教育 村川(2010)が述べているように、 「各学校における に期待すること . 特別支援教育研究 , 日本文化科学 授業や生徒指導、生活指導、学校経営等に関わる多様 社 , No 611, P22 〜 25. な問題に対して、様々な年齢や専門性からなる教職員 笹森洋樹 (2010) 小・中学校等における発達障害のある が互いの経験や知識、技能を持ち寄って解決を図って 子どもへの教科教育等の支援に関する研究 . 独立行 いく」ワークショップを校内研修に位置づけて計画的 政法人国立特別支援教育総合研究所 . に実施していくことが大切であると考える。 佐藤愼二(2010)通常学級の授業ユニバーサルデザイ 3. 全校的な UD の授業・学級作りの取り組みについて ン―「特別」 でない支援教育のために―. 日本文化科 Step1、Step2 の成果を踏まえ、2 学期の 9・10 月の 2 ヶ 学社 . 月間に期間を絞り、全校で UD の授業・学級づくりを 花熊 曉(2010)通常の学級における特別支援教育 . 特 行った。手だてとしては A 小学校版 UD チェックリス 別支援教育の実践情報 , 明治図書 , No134 , P8 〜 11. トを活用し、教師一人ひとりに 1 学期の自身の実践を 藤井茂樹 , 齊籐由美子(2009)通常学級へのコンサル 振り返って評価を付けてもらい、その評価を踏まえて テーション〜発達障害児及び健常児への教育的効果 の目標を設定してもらった。11 月上旬に実施したア (4)―「授業についての自己チェックリスト」と「学 ンケートにより、藤井・齊籐 (2009) の先行研究の通り、 級経営についての自己チェックリスト」の活用 ― . 日 チェックリストを活用して、教師各自がそれぞれに目 本 LD 学会第 18 大会発表論文集 , 345 . 標を設定して UD の授業・学級作りに取り組む手だて 向山行雄(2010)開始 3 年目の成果と課題をふまえて . は有効であったと考える。 特別支援教育の実践情報,明治図書, No . 133 , P6 〜 7. 村川雅弘(2010) 「ワークショップ型校内研修会」で学 校が変わる 学校を変える . 教育開発研究所 . Ⅶ . 課題 教師各個人の指導技術をリソースとして位置づけ、 村田朱音 , 松崎博文(2008)特別支援児が在籍する通常 UD の視点から意味づけ蓄積した支援ファイルを用い 学級における包括的な学級支援(1)― 通常学級にお て実践を行っていくという今回の研究は、全教師の ける現状と課題― , 福島大学総合教育研究センター UD に対する意識の向上が図られ、その効果も実感で 紀要第 5 号 , P55 〜 61 . きだしたのではないかと考える。しかし、これは教師 村田朱音 , 松崎博文(2009)特別支援児が在籍する通常 の立場からの見方に過ぎない。今後は、子どもたちの 学級における包括的な学級支援(2)― 雑誌及びア 側から見た効果の検証を行って行かなくてはならな ンケート調査にみる実践例の分析から― , 福島大学 い。 総合教育研究センター紀要第 6 号 , P25 〜 32 . また、今回の研究では筆者が第三者的な視点で意味 づけを行ったが、校内で意味づけることが出来る人材 の育成やそのための校内体制の整備なども課題である。 「はじめから(つまずきのある児童が)集団の一員と して学ぶことを期待するのではなく、個別的な配慮の 必要な子どもの実態把握を十分に行い、個別の指導計 画を作成して指導に取り組む中で、集団の中で可能な 個別的支援と集団の中では難しい支援についても見え てくる。 」 と笹森 (2010) が述べている。より個に応じた 教育を行っていく上で UD の授業・学級づくりはとて も大切なステップであると考える。 引用・参考文献 加藤哲文(2008)職人芸を継承するために . 実践障害児 23 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.25-30 特別支援学校高等部生徒の資格取得支援に関する研究 _ 調査研究とワープロ実務検定受検を通した自尊感情の育成 _ 西 田 一 裕 Kazuhiro Nishida 要旨:本研究は、特別支援学校高等部生徒の資格取得支援に関する研究として、2 つの研究を行った。 研究 1 では、資格取得について、他の特別支援学校の動向を知るために、A 県内の特別支援学校を対象 に調査を実施した。調査内容は、取り組まれている資格の種類や指導方法、効果等についてである。研 究 2 は、特別支援学校高等部生徒にワープロ実務検定 4 級の指導を実施し、指導法が対象生徒の特性に 有効であるのか、また合格により、対象生徒の自尊感情は向上するのか等について検証した。コンサル テーションは、対象生徒の WISC- Ⅲの検査結果と授業内容を踏まえて、ワープロ実務検定 4 級の指導法 に関する改善や提案を行った。そして、合格により、対象生徒は、自分に自信を持ち、自尊感情は向上 したのかを、対象生徒の作文の内容、担任からの聞き取り、コンピデンス尺度等から検討した。研究 1 と研究 2 の結果から、特別支援学校における資格取得の取り組みは有効であるものと判断した。 キーワード:特別支援学校、資格取得、自尊感情Ⅰ Ⅰ . 問題と目的 研究Ⅱ:特別支援学校高等部生徒に、ワープロ実務 特別支援学校高等部の生徒のなかには、小中学校時 検定 4 級(全国商業高等学校協会主催)の資格取得に 代、読み書き等に困り感が目立ち、そのことで「でき ついて、生徒の特性に応じた支援を行う。授業担当者 ない自分」であると痛感している生徒がいる。 の授業記録、生徒の授業におけるエピソード記録、児 このような生徒は成功体験を積ませることや、少しで 童用コンピテンス尺度等から、資格取得支援の指導が もよい結果がでたときには褒める等、適切な対応や評 生徒の特性に適切であるのか、また生徒の自尊感情の 価によって自尊感情を育むことができる(近藤、2010) 。 育成に有効であるのかを検討・考察を行う。 その成功体験のひとつに資格取得がある。資格取得 の学習は、検定試検に合格するという明確な目標があ Ⅱ . 研究Ⅰ 資格取得に関する実地調査 るため、生徒にも理解しやすく取り組みやすい学習で 1. 目的 ある。また検定試検に合格することで達成感や満足感 特別支援学校で取り組まれている資格取得の種類、 を得られ、自尊感情の向上が期待できる。 カリキュラム、効果等について調査することで、資格 特別支援学校における資格取得に関する取り組みに 取得の取り組みが生徒の特性や実態に有効であるのか ついて、実践レポートや調査報告書等といった形でこ 明らかにする。 こ最近目にするようになってきた。しかしながら、特 2. 方法 別支援学校での資格取得に関する取り組みについて、 A 県の特別支援学校のなかで、資格取得に取り組 実態や効果については十分に明らかにされていない。 んでいる知的障害の特別支援学校の概要は表 1 に示し そこで、本研究は、以下の 2 つの研究を実施する。 た。これらのうち、調査の了解を得られた特別支援学 研究Ⅰ:限定された数ではあるが、A 県の特別支援 校 4 校(表 1 の B , C , D , I )を調査の対象とした。調 学校において、どのような種類の資格取得が取り組ま 査は各特別支援学校に訪問し半構造化面接法で実施し れているのか、またカリキュラム等について調査する。 た。 25 西 田 一 裕 了証が得られる。正式には免許証ではないが、写真付 表 1 特別支援学校における資格取得に向けた取組例 きで自動車免許証と同じような形式である。自分の免 許証を手にした時、生徒はとても喜ぶようである。 表 2 調査項目および回答 3. 結果と考察 調査結果は表 2 に示した。調査を実施した特別支援学 校の資格取得の効果や必要性として、共通して生徒の自 尊感情の高まりや自信が挙げられていた。就労との関係 については、就労には繋がらないという意見の他に「資 格取得が就労の範囲を狭める」という意見もあった。生 徒が資格を取得できたことで、進路選択時に資格に関連 した就労先を保護者が強く望み、そのため、他の業種に 興味を持たないケースがある。 資格を受ける対象の生徒は、教師側が合格できそうな 特定の生徒を選ぶのではなく、全員に情報を流し、その なかから希望する生徒がいれば、指導を行う。ただ、力 があるのに希望しない生徒には声を掛けることもあるよ うである。あくまでも保護者の判断のもと受検を決定し ている学校もあった。 各学校、資格の種類はまばらである。資格の選択理由 は、指導によって合格可能な資格の種類を選択していた。 各学校、指導期間については、概ね 2 〜 3 ヵ月程度で ある。学校によっては、教育課程のなかで資格取得に 関する指導は行わず、長期休業中等に、民間の業者に 依頼し、資格取得のための講習会を実施している学校 もあった。二日間の講習会に参加し、最終日に実施さ れる試験に合格すれば、フォークリフトの特別教育修 26 特別支援学校高等部生徒の資格取得支援に関する研究 Ⅲ . 研究Ⅱ ワープロ実務検定の支援 を正確に読み正確に入力し正確に変換し正確にその体 1. 目的 裁を整える事が求められている。そのすべての過程に A 県立 X 特別支援学校高等部 1 年生の生徒に、ワー おいて「大体」は、許されず「正確」が求められるこ プロ実務検定 4 級(全国商業高等学校協会主催)の資 とになる。 検定合格を目指す事により、 国語の力やワー 格取得の支援を行い、指導方法および支援内容が生徒 プロ操作の技術に加え、 「雑」になりがちな部分を矯 の特性に適切なのか検討・考察を行う。また、ワープ 正できればと思われる。 ロ実務検定 4 級の取得によって、対象生徒の自尊感情 アセスメントの結果を基に、筆者とコーディネー が変容するかどうか検証する。 ターとの話し合いの結果、4 級であれば、急ではある 2. 方法 が、3 ヶ月(7 月受験)で検定合格レベルに達するこ (1)手続き とができるのではないかと考えた。 図 1 は、指導の全体像である。担任とコーディネー 対象生徒は、卒業後の進路は一般就労の意思を持っ ターは連携しながら対象生徒にワープロの指導を行っ ていた。ワープロができることは一般就労に役立つと た。そして筆者は、担任とコーディネーターへのコン 担任から聞かされた対象生徒は、ワープロ検定の勉強 サルテーションを行った。 を積極的に行う意思を示した。 ② 4 級受験までの指導について 検定には「速度」と「文書」があるが、 当該級の「速 度」 が合格水準に達しなければ 「文書」 へは発展しない。 そのため「速度」練習(10 分間で 200 文字入力できる) を重視した。 表 3 は、コーディネーターが考えた指導計画である。 4 月〜 7 月初旬の検定試験までのスケジュールを計画 した。漢字学習とタッチメソッドについては、ワープ ロ入力技能を支える基礎となる。漢字学習とタイピン グ練習は、登校後 HR が始まるまでに実施した。ワー 図 1 指導の全体像 プロ学習は、作業学習と国語の時間に実施した。また、 1 )対象 着替え終了後などの空き時間を利用して入力練習など 特別支援学校高等部 1 年生の男子生徒。一般中学校 も行った。タイピングソフトは、 美佳タイプを使った 1)。 通常学級に在籍していたが、中学校 3 年 2 学期に特別 支援学校中学部に転校した。知的障害と診断されてい 表 3 指導計画 る。漢字の読みは、小学校高学年レベルである。書き 取りは中学年レベルであるが、雑になる事があり、細 部で間違う事がある。計算は、小学校中学年レベルで あるが、落ち着けないと記号や数字を読み違えて間違 う事がある。 ローマ字については殆ど理解できている。 2 )実施期間 X 年 4 月〜 X 年 7 月 3 )支援計画 ① ワープロ実務検定 ワープロ機能の基本的操作の理解および技術につい ては、社会生活を営む上でのインフラとしてとらえ、 ③ 学習メニュー 来るべき自立に向けて必要な力のうちの一つと捉えて 漢字、タイピング練習、ワープロ入力練習について いる。検定受検について、各級合格のためには、文章 の学習メニューは図 2 〜 4 に示した。 27 西 田 一 裕 図 2 漢字について 図 3 タイピング練習について 図 4 ワープロ入力練習について 2 )トークン・エコノミー 3. 結果 対象生徒は、ワープロ実務検定の勉強は必要である (1)担任・コーディネーターへのコンサルテーション ことは理解していた。ただ、時折モチベーションが低 1)フラッシュカード 対象生徒にとって、ワープロ実務検定の試検に合格 下する現象が見られた。 そんなときは担任も声掛け するためのもっとも大きな課題は、 漢字の読みである。 を行ない、やる気を喚起させたりしていたが、担任の そのため筆者は、担任にフラッシュカードによる学習 声掛けでは長続きはしないこともある。 方法を提案した。フラッシュカードの制作には、ワー そこで、担任とのコンサルテーションのなかで、筆 プロ検定問題 3 級と 4 級全ての文章から読めない漢字 者はトークン・エコノミーを提案した。担任は、対象 をピックアップし、55 枚のフラッシュカードが作ら 生徒と話し合って、いろいろな目標を設定した。例え れた(図 5) 。 ばキー入力のスピードが、あらかじめ決めていた目標 に到達できたら、担任からシールを 1 枚貰うことや、 シールが 5 枚集まったら、 ご褒美を貰うこと等である。 ご褒美の内容は、農作業の時間に栽培したキュウリで サンドイッチをつくる、大好きなチョコレートを担任 から貰うことである。この取り組みは、対象生徒のや る気が萎えそうになり出したときなど、担任の声掛け と合わせて、モチベーション維持に効果は高かったよ うである。 図 5 フラッシュカード 28 特別支援学校高等部生徒の資格取得支援に関する研究 表 4 フラッシュカードの効果 3 )模造紙による記録の表示 が分るように定規を行に当てていたが、慣れるに伴 4 月当初は、10 分間に 100 文字程度しか入力できな い不用になった。 かったが、日々の練習のなかで、徐々に記録は向上し ていった。 筆者は、対象生徒も自ら記録を意識するために、記 録をグラフ化したものを模造紙等に大きく描き、教室 の壁に貼ることを提案した(図 6) 。これは、本人の やる気を喚起するための、有効な方法のひとつである と思われた。しかしなから対象生徒は、ほとんどグラ フに興味を示さなかったという。 これに対して担任は、グラフの表し方が対象生徒に は難しかったのではないか、 対象生徒にも分かるよう、 もっと簡単にグラフを描いていたなら興味を示し、何 らかの効果があったかも知れないと話していた。 図 7 入力文字数の変化 (3)検定試験の結果 検定は、7 月上旬に、近隣の高校を会場に行われた。 初めての場所に、多少の不安と緊張は隠せない様子で あったようだが、受験教室に入ると、やや落ち着きを 取り戻し、検定に取り組んでいたようである。結果は 合格であった。後日、試験の感想を聞くと、緊張した ものの自信を持って取り組めたようであった。 (4)児童用コンピテンス尺度の結果 ワープロ実務検定 4 級の検定試検に合格したことで、 図 6 文字入力のグラフ 対象生徒の自尊感情に向上があったのかを確認するため、 児童用コンピテンス尺度 (桜井、1982) によって測定した。 (2)速度の向上 図 7 は、ワープロ実務検定 4 級の速度問題の文字 ワープロ実務検定 4 級の学習指導前に実施したデー 入力数をグラフにしたものである。10 分間にどれだ ターと検定試検合格発表から約 1 週間後に実施した け入力できたか表している。変遷を見ると、当初は、 データーと比較して変化を調べた。学習コンピテンス 100 文字程度だったものが、約 1 ヶ月で 4 級合格水 は、ワープロ実務検定指導前は 20 であった。ワープ 準の 200 文字に達していることが分かる。これによ ロ実務検定 4 級合格後は、28 に変化していた。従って、 り、速度面は、4 級合格水準に達したと判断した。 対象生徒の学習における自尊感情は向上したものと判 検査により視覚的に弱い傾向があると思い、入力行 断した。 29 西 田 一 裕 別支援学校 4 校である。各学校の担当者からは、資格 表 5 対象生徒のコンピテンス尺度の変化 取得は就労には結びつかなかったが、生徒の自尊感情 向上には有効であったと回答が得られた。 研究 2 では、特別支援学校に在籍する生徒に対し、 検定受験に向けた支援を実施するために、担任、コー ディネーターにコンサルテーションを実施した。対象 生徒がワープロ実務検定 4 級に合格し、自尊感情が向 (5)対象生徒の感想と担任の意見 上することを目標とした。児童コンピテンス尺度の結 対象生徒はワープロ検定に取り組み、そして検定試 果および対象生徒が書いた作文の内容、担任からの聞 験に合格したことをどのように感じているのか。その き取り等から対象生徒の自尊感情は向上したものと判 ことを知るために、筆者は、担任に、対象生徒に感想 断した。 文を書いてもらうことと(表 6) 、対象生徒の変化に 研究 1 の調査で得られた各学校からの担当者の「資 ついて担任の意見(表 7)を書いてもらうことを依頼 格取得は生徒の自尊感情向上に有効であった」との回 した。 答および研究 2 の「ワープロ実務検定 4 級の資格取得 によって対象生徒の自尊感情が向上したという」こと 表 6 対象生徒の感想 等、これらを総合的に考えると、特別支援学校高等部 の資格取得の取り組みは有効であると判断できる。努 力すれば自分にもできるんだという気持ちが芽生え、 それが自分に自信を持つきっかけとなる。そして、そ のことで自尊感情も向上するものと推察できる。 取得した資格が直接それに関係する就労に結びつけ 表 7 担任の意見 ばベストである。しかし、例え結びつかなくても、企 業の人事担当者にとって「どの程度のことができる か」という生徒の力量を見る目安になるものと考えら れる。 4. 考察 註欄 ワープロ実務検定 4 級の結果は、試験日から約 10 1) 日後に学校に報告された。合格の結果を担任から聞い 練習用に開発されたフリーウェアのタイピングソフト た対象生徒はかなりの喜びようで、他の学年の教室に である。通称は美佳タイプ。 美佳のタイプは、今村二朗によりタッチタイピング 行って、教師や生徒たちに嬉しそうに合格したことを 報告していたという。そして、3 級も受けたいと担任 文献 に言ったそうである。対象生徒の能力やこれまでの状 兵庫県教育委員会(2010)特別支援学校生徒の卒業後 況等を考えると、おそらく自分の力で、このような喜 の自立に向け、就労を見据えた職業教育等の充実に びを勝ち得た経験は非常に少なかったものと思われ 関する調査研究 . る。ワープロ実務検定 4 級の合格を目指して頑張った 近藤卓(2010)自尊感情と共有体験の心理学金子書 経験と合格できたことの喜びは、対象生徒の目標達成 房 p45・明官 茂(2010)清掃技能検定をとおし 感や成就感に大きく影響を及ぼしているものと考えら たキャリア教育の実践 . 実践障害児教育 . 学研教育 れる。 出版 , 448 , p . 2 . 全国特別支援学校知的障害教育校長会キャリアトレー Ⅳ . 総合考察 ニング編集委員会(2009)キャリアトレーニング事 研究 1 は A 県下の特別支援学校に調査研究を実施 例集Ⅱ事務サービス編 . ジーアス教育新社 , p . 55 . した。調査を実施した特別支援学校は、知的障害の特 30 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.31-39 認知特性を生かした読み書きの指導について _ 学習への意欲づけを考慮して _ 福 森 隆 司 Takashi Fukumori 要旨:読み書きにつまずきの見られる小学 2 年生男児に対して , 読み書き習得のための個別指導をおこ なった。男児は読み書きが十分できなかったので , 学習やその他の活動についても意欲的に取り組む姿 があまり見られなかった。そこで , 意欲を引き出しながら , 読み書きを修得していくことをねらいとして 指導に取り組んだ。指導を進める中で , 少しずつ対象児童は読み書きができるようになり , 学習を始めそ の他の活動についても意欲的に取り組む姿が見られるようになった。 キーワード:認知特性、学習意欲、発達障害、個別指導、アセスメント Ⅰ . はじめに また , 同じ課題であっても , 子どものやる気を引き 読み書きのつまずきは , 学校での学習全般におけ 出せた時 , 子どもは主体となりどんどん力を出しよ る多様な困難へと波及する可能性が高い , 学習を阻 い結果に結びついていく(野口 , 2009)。認知特性 害する主要な要因の一つである。また , 読み書きの にこだわりつつも , それを子どもと指導の中で教育 困難から二次的な問題を来たすことや , 将来的には 的にどのように取り入れていくのかが重要な鍵にな 社会参加において不利益や制限が生じることの可能 る。楽しんで読んだり書いたりできるようになるこ 性も指摘されており(宇野・春原・金子他 , 2006), とは , 文字の書き方だけを指導された時よりも発達 読み書きのつまずきに対応することは急務の課題と を含んだより大きなものを獲得することができ , 次 いえる(田中・惠羅・馬場 , 2010)。 の発達へとつながっていくと報告している。 読み書きを習得することの重要性としては以下の 本研究では , 小学 2 年生男児の個別指導をおこなっ ような報告が挙げられている。読み書き障害の問題 た。対象児童は , ひらがなをはじめとする文字の読 は , 神経生物学的な原因が一次的障害を引き起こす。 み書きが十分にできないために , 学習やその他の活 その際 , 発達性読み書き障害の児童・生徒の困難は 動に対する意欲も低かった。そこで活動に対する意 文字を読むことだけにとどまらない。読み書きはす 欲を喚起しながら , 文字の読み書きを習得させてい べての学習における基礎となるものであり , 学習の くという実践を進めた。その取組について報告する。 導入時においてつまずきを有することで後続の学習 対象児童へは , アセスメントで認知特性を把握した を阻害する可能性がある(福田・小高 , 2009)。大伴・ 上で , 個別の取り出し指導によって , その認知特性 Hirayama(2008)は , 仮名文字の習得は就学後の学 に応じた文字の読み書きの指導方法を研究していっ 習の基盤であり , 文字を介した知識の蓄積だけでな た。そして , その指導を通して文字を習得させ , そ く , 作文などの自己表現においても重要なスキルで れと同時に , 対象児童の意欲を喚起し , 活動に自ら あることを指摘している。 進んで取り組める態度を育てることによって対象児 読み書きの指導における先行研究では , 読み書き 童の学習能力を高めようと考えた。 困難のケースについては個別指導で対応することが 多い(福田・小高 , 2009)。個別指導では個々の児童・ Ⅱ . 方法 生徒の状況に応じた柔軟な対応が求められ , 指導者 1. 対象児童 と対象児の関係性が大きく影響するものと思われる 小学 2 年生の男児児童は , 本研究開始時の生活年 ため , 関係性との相乗効果で読み書きへの取り組み 齢は 8 歳 0 ヶ月であった。小学校入学時より通常学 姿勢が前向きになったと考えられると述べている。 級に在籍していたが , 文字の読み書きをはじめ , 他 31 福 森 隆 司 の人とのコミュニケーションや描画などにおいて発 表 2 NU 式行動チェックリスト 検査結果 達の遅れが見られた。1 年生でも言語面での個別指 導を受けていたが , 2 年生でも引き続き個別指導を行 うことになり , 2 年生の 10 月から 3 年生の 7 月まで , 筆者がその指導を担当した。 2. アセスメント 対象児童の認知特性を把握するため LDI - R , PVT -R 絵画語い発達検査 , NU 式行動チェックリスト(中井・宇 野 , 2005), フロスティッグ視知覚発達検査(DTVP), フロスティッグ視知覚発達検査(DTVP) K − ABC , WISC −Ⅲの 6 つの発達検査をおこなった。 表 3 フロスティッグ視知覚発達検査(DTVP) 検査結果 ○発達検査の結果 LD I − R 判定 C 型 LD の可能性はある 「聞く」 「話す」 「読む」 「書く」 「計算する」 「推論す る」の 6 領域のうち「聞く」だけが「つまずきの疑い」 で , 他の領域が「つまずきあり」という結果だった。 表 1 PVT-R 絵画語い発達検査 検査結果 Ⅱ(図形と素地), Ⅲ(形の恒常性)の検査結果か ら形を整えることが難しいという実態がうかがえる。 知覚指数(PQ)は 66 だった。 K − AB C 「模様の構成」や「位置さがし」の得点の低さから PVT − R 絵画語い発達検査 空間認知の弱さが見られ , そのことが文字の読み書き 表 1 で表されているように生活年齢 8 歳 0 ヶ月に対 の苦手さにつながっていると考えられる。 「手の動作」 して , 語い年齢は 6 歳 8 ヶ月である。語いの理解力の や「視覚類推」の得点の高さが , 強みとしてとらえる 遅れが見られる。 ことができる。 表 2 で表されているように文脈理解や器用さに困り 感が感じられる。 表 4 K-ABC 得点プロフィール表 32 認知特性を生かした読み書きの指導について 指導を始めたときには , 図 2 のようにひらがなの 50 音表で丸印で囲んだ 15 個の文字を読むことができな かった。また , 読めない文字があるだけではなく , 読 むことができる文字も一字一字区切りながら読む状態 で , 言葉のまとまりとしてとらえることが難しかった。 図 1 WISC- Ⅲ下位検査結果 図 3 指導を始めた頃書くことができなかったひらがな WISC −Ⅲ ひらがなを書くことについては , 指導を始めたとき 図 1 から言語性知能の弱さがわかる。動作性検査で には図 3 のように 50 音表で丸印で囲んだ 22 文字が書 は絵画配列の落ち込みが見られる。記号探しの得点が くことができなかった。 高いところから , 処理速度を要求される作業が比較的 カタカナと漢字については「できない」と言って , 得意であることが見受けられる。 読むことも書くこともしなかった。 3. 指導時間と指導者 IQ は, VIQ が 61 , PIQ が 93 , FIQ が 74 だった。群指 数は , 言語理解が 62 , 知覚統合が 87 注意記憶が 73 , 処 本研究は , X 年 10 月から X+1 年 10 月までおこなっ 理速度が 120 だった。 た。週 1 単位時間または , 週 2 単位時間の割合で個別 発達検査の結果 , 理解や視覚的な概念の形成の能力 指導をおこなった。指導者は , 筆者がその役割を担っ は高いということがわかった。一方 , 読み書きが苦手 た。 ということや語彙数が少ないなど , 言語面での遅れが 4. 個別指導 見られる。言葉での説明を理解するのは苦手 , 聴覚的 読み書きの指導 な概念の形成能力が低いという弱い部分も把握できた。 ○ひらがなの読みの指導 聞き取り調査の中から , 好きなお話のキャラクターの 対象児童の場合 , 理解や視覚的な概念の形成の能力 性格や相関関係 , ストーリーなどはきちんと把握でき , が高いことに比べて語彙数が少ないといったアンバラ 記憶できているという強みもみつけることができた。 ンスな面が見られたので , そのアンバランスさを打ち 消していくことが必要だと考えた。 そこで , まず身の回りにあるものや対象児童が好き ひらがなの読み書き なものなどの名前を文字とマッチングさせることに よって , 読めない文字を減らし , 名称など言葉のまと まりとして文字を読むことができるようにした。その ための方法の 1 つとして使用したのが 「野菜・果物カー ド」 「生活用品カード」などである。 それらのカードには片面に具体物の絵や写真があ り , もう一方の面にひらがなでその名前が書かれてい る。まず絵や写真の方を見せてその名前を言わせ画像 図 2 指導を始めた頃読むことができなかったひらがな と名前を一致させる。その後 , その名前を表すひらが なを見せて , 文字と文字が表す音を結びつけていくと 33 福 森 隆 司 いう方法である。よく知っているものの名前とそれを うに少し大きめのマスのなぞり書きをした。大きめの 表すひらがなを合わせていくことで , ひらがなを読め マスを段階的に小さくしていくことで , 小さな文字も るようにすることをねらった。 形を整えて書けるようにしていった。50 音表を書か せることで, 50 音の並びをきちんと記憶させるという ねらいもあった。 図 4 3 回目の個別指導の時に書いたもの 図 6 中心リーダー線の入ったマスに文字を書く ○ひらがなの書きの指導 読みとほぼ並行して書く練習もした。 「つくえ」と なぞり書きの次に自分で 50 音表に文字を書き入れ 読んだものをノートに書き記していくという方法を用 ていった。ただ , 真っ白なマスに書き入れるのではな いた。書いてある文字を見て写すことは比較的簡単に く, 図 6 のように中心線を入れ同じマスに書かれた手 できた対象児童である。しかし , 聞いた言葉をひらが 本となる 50 音表を用意し , それを見ながら書くよう なで書く場合に文字が出てこないことがあった。50 にした。その後手本を見ないで書くようにし , 中心線 音表を書かせてみると , 並びがわからなかったり , 音 の無いマスに書くという段階を踏んでいった。 でわかっていても書くことができなかったりしたの 学習への意欲を引き出すために で , 50 音表を書くことを何度も行い , 積み重ねていっ 学習への意欲を引き出す以前に大事なことは対象児 た。 童との信頼関係を築き上げることである。そのために また図 4 のように , 個別指導を始めたばかりの頃は , は第一印象が肝心だと考えた。そこで , 対象児童の所 書ける文字も形としてはまだまだきちんと整っておら 属する通常学級で対象児童をはじめ学級の児童と顔合 ず , 本人は書いたつもりでも他の人には読めないとい わせをする際 , 第一印象でできるだけ子どもたちの中 うものもあった。そのため書く指導をする中でそのこ に入り込もうと考えた。それで英語での自己紹介を行 とについても修正をしていった。 い , 対象児童や他の多くの児童がよく知っているテレ 字の形を整えて書けるようにするために , 図 5 のよ ビ番組の主題歌の歌詞と映像を用意し , あいさつの代 わりにみんなで一緒に歌って盛り上がった。対象児童 も笑顔で歌を歌っている姿が見られた。 対象児童は , 初めての個別指導の時に「勉強きらい や」と筆者に訴えかけてきた。その思いは , これまで の小学校生活で積み上げられてきた重いものだと感じ られた。そのために個別指導の場は楽しいところだと いう感覚を身につけさせることにした。例えば学習を 始める前に彼が好きなシューティングケームをした り , 彼の好きなテレビ番組の話題から学習を導入した りした。 また対象児童は , 普段テレビゲームなどもよくして いて , ゲーム性のあるものが大好きだったので , 先に 図 5 大きめのマスを使ったなぞり書き 述べたカードを使った学習でも , カルタのように名前 34 認知特性を生かした読み書きの指導について の出たカードを取り , 最終的にどれだけカード取れた 導のふりかえりである。まず個別指導の終わりに , そ か比べるといった活動もおこなった。 の日の授業で感じたことを書くようにした。はじめは このような取り組みの効果もあってか , 対象児童は 「何を書くの」と言って書けなかったので ,「今日は何 個別指導をとても好んでいて , 時間割の都合などで個 をしたかな ?」と尋ねて , 答えた言葉を書くようにし 別指導が無くなると「やりたかったな」と少し落ち込 ていった。どのようなことを書けばよいか意識づける むなどする様子が見られた。 ためである。すると「じをかいた。 , 「かーどをよんだ。 」 」 個別指導以外でも , 同室複数指導で対象児童への支 という文が書けるようになった。 援をおこなったり , 給食を同じグループで食べたりす さらに , 活動して思ったことや感じたことを付け加 るなどして密接な関係を作れるようにした。校外学習 えていくようにした。書くことをふくらませて , より や社会見学 , 遠足なども同行できるときはできるだけ 話題を広げたり , より内容の深いところに迫ったりす 行動を共にして , 活動の支援をするように心がけた。 るためである。また , その日の活動をふりかえるとい 文章の読み書きの指導 う中で, 次への活動への意欲を引き出すこともねらっ ○文章の読み ていた。 1 文字→言葉→文章という流れで , 次に文章の読み ○カタカナの読み書き 書き指導について述べる。文章の読みについては , 個 ひらがながほぼ読み書きできるようになった後 , カ 別指導の場であった特別支援教室に置いていたひらが タカナの読み書きの指導をおこなった。手順について なばかりの幼児から低学年向きに書かれたやさしい絵 はひらがなとほとんど同じ流れである。まずカタカナ 本から読むようにした。例を挙げれば「おじさんのか の読みから入り , 次に書くことを指導していった。 さ」 (作・絵 佐野洋子),「おまえうまそうだな」 (作・ 教材として , 対象児童がポケットモンスターを好ん 絵 宮西達也)等である。絵本なので絵を見ながら場 でいたので , ポケットモンスターのキャラクターグッ 面も想像することができ, 対象児童にとって読みやす ズであるカルタを用いた。カルタを使っての学習は彼 かったようである。同じような本を読むことを嫌がる の好きなゲーム性も含まれていて , 何回も繰り返し活 こともなく , たくさんの本を一緒に読んだ。 動をしようと要求するなどとても意欲的に取り組む姿 絵本と同時に , 国語の教科書も読んだ。漢字にふり が見られた。 がなをつけて読めるようにしていった。文章が多いの で , はじめは少し抵抗感を持っていたが , 個別指導を Ⅲ . 結果 進めることによって , 読むことができる文字が増えた。 図 7 はひらがなの読み書きに関するグラフで第 2 介 すると , 読むことにも意欲が出始め , 詰まらずに読め 入期( 3 年生の 4 月)と第 3 介入期( 3 年生の 10月) るようになった。3 年生では毎日 , 家庭学習として音 におこなった「小学生読み書きスクリーニングテス 読が課題になっていたが , その課題にも毎日真面目に ト」の結果を表している。第 1 介入期(2 年生の 10 月) 取り組む姿が見られた。 に取ったデータと比べると第 2 , 第 3 介入期の結果に 字が読めるようになってくると家庭でも自分からい は伸びが見られる。音読に関しては, 3 年生男児の平 ろいろなものを読むようになってきたとお母さんから 均値(19.7)を上回っている。 も教えていただいた。 ひらがなの書きに関しては , 文字を整えて書くとい ○文章の書き 自分で考えたことや思ったことを書けるようにして いくことを , 個別指導での目標としていた。個別指導を 始めたばかりの頃は , あまり自分から話しかけることも なかった対象児童であるが , 個別指導を進める中で筆者 との信頼関係もできてきて , 学校や家であったことなど 話してくれるようになった。そうした外言語を文字に記 していくことで文章を書いていくようにした。 個別指導の中でおこなったことは , その日の個別指 図 7 ひらがな 1 文字の読み書き(小学生読み書きスクリーニング検査) 35 福 森 隆 司 うことも , この実習での課題だった。図 8 のように実 習を始めたばかりの字と10ヶ月経ってからの字を比べ ると , 確実に変化が見られた。 はじめはマスの中に書く位置や濁点とのバランスな どあまり整えられていなかったが , 10 ヶ月後に書いた 文字ではそれらのことに気をつけて書くようになって 図 10 ふりかえりで書いたこと いる。それから , はじめの頃と比べると , 小さなマス 前述のような個別指導を積み重ねていくことで , 少し に文字を書き込むことができるようになっている。 ずつ自分で文章を綴ることができるようになっていく 図 9 はひらがなと同時期におこなったカタカナの 姿が見られるようになった。 個別指導の一環として, 遠足や社会見学などの学習 にも同行した。一緒に活動できたので , 学習後のふり かえりでも対象児童にアドバイスをすることができ た。例えば社会見学の活動をまとめる新聞を作成する ときなどに , 見学した市議会場の様子を想起させて書 図 8 ひらがな書きの変化 図 9 カタカナ 1 文字の読み書き(小学生読み書きスクリーニング検査) 図 11 2 年生の 3 学期 , 国語の授業の中で書いた物語(1ページ/3 ページ) 「小学生読み書きスクリーニングテスト」である。個 かせたり , 市役所やその他の施設を見学した中で , 書 別指導を始めたときに , カタカナについては「でき いていく内容を精選したりすることで文章を書くこと ない」と言って , 読むことも書くこともしなかったの への支援をおこなった。 で , 第 1 介入期は 0 とした。そこから第 3 介入期には 図 11 の物語づくりでは , 自分一人で文章を書き始 読みが 20 , 書取が 13 になっている。ただ 3 年生の平 め , 3 ページの話を作り上げたということである。 均(書き 16. 8)と比べるとまだまだ及ばないという その文章のさし絵が図 12 で, ちょうどその 1 年前 実態が見られる。 文章を書くことについては「ひらがなをかいた」や 「かるたをした」といった文が , 次第に図 10 のような かるたをした回数を入れたり, 絵本の感想を書いたり する文になっていった。 個 別 指 導 を 始 め た 日 , 国 語 で『 こ ん な も の が あったらいいな』という学習をしていて , ワー クシートに「何を書いたらいいかわからない」と書く ことをとても嫌がっていた対象児童であった。しかし , 図 12 図 11 の物語のさし絵 36 認知特性を生かした読み書きの指導について ようなことからも伺える。 3 年生の春の遠足に一緒に行ったときに , 各グルー プごとに配られた探検ボードを回収するように指示 が出された。その時彼は自分から進んで自分とは違う 学年やクラスのものまで率先して集めていた。これも 意欲的に活動する姿と言えるであろう。 最後に本人の言葉を挙げたいと思う。対象児童は 「字が読めるようになって , 勉強がわかってきて , 楽し くなりました。書くこともできるようになりました。 」 と述べてくれた。この実習を通して , 改めて文字を読 み書きできることの大切さを感じた。 図 13 1 年生の 3 学期国語の授業の中で描いたかるた に描いた絵が図 13 である。これらの絵を見比べてみ Ⅳ . 考察 ると, 1 年生の頃の絵では顔から手や足が出ているが, 2 ①結果の妥当性 年生の絵では , ウサギの身体が描かれ , さらに周りの 本研究の中で , 対象児童の文字を読み書きする力や 風景もしっかりと描かれている。このようなところか 活動への意欲が向上していったと考えられる。しかし , らも対象児の成長が伺える。 これが今回の個別指導だけで向上したものかどうか 文字が読めるようになったことで , 他の学習や学習 は , はっきりと証明することは難しい。他にも通常学 以外の活動に対しての意欲も向上してきている。 級での学習や家庭での指導など , 多くの要素が絡んで いると考えられるからである。 表 5 は 2 年生の学級担任と母親からのインタビュー をまとめたものである。また , 3 年生の学級担任は「授 ただ , 彼が成長したことに多少なりとも影響を与え 業中によく手を挙げて発表をしてくれます。黒板をよ たとは感じている。指導の回数が増えるごとに , 彼の く見て , ノートに写しています。放課後に友だちと一 読んだり書いたりできる文字が増えたことや , 文章を 緒になかよく遊ぶようになりました。 」 とインタビュー スラスラ読むことができるようになったことは , 彼の に答えてくれていた。個別指導をおこなってから , 対 認知特性や興味に応じた指導ができたからだと考えて 象児童に少しずつ少しずつ変化が見られることがこの いる。 もし , はじめに発達検査をきちんとしていなければ , 表 5 個別指導を受ける前と受けてからの対象児童の変わってきた様子 対象児童に文字を教えていくために , 1 文字 1 文字を 徹底的に読ませたり書かせたりして文字を覚え込ませ ようとしたかもしれない。しかし彼にとってそのよう な指導法は , 苦痛を感じるだけで効果が得られる可能 性は低い。明らかに意欲を失った対象児童を目の前に しながら無駄に時間を費やしていたかもしれない。 今回の実習において彼が , 楽しそうに個別指導につ いてきてくれたのは , やはり彼のやりやすい方法を追 求し , その方法で指導をしてきたからだと考えている。 その上彼の注意力や興味を引きつけるために , 彼の興 味をそそるような仕掛けをできるだけ多く用意をし た。そして, あらかじめ用意したものがあまり効果が なければ , また違う方法でアプローチするようにして いった。彼が笑顔で学習できることが , 何よりも大切 だと考えていたからである。そのような指導の仕方に 彼もついてきてくれたのだと感じている。 37 福 森 隆 司 アセスメントの大切さは , 今さら言うまでもない。 おこなう上で大切なことである。意欲がなければ , 学 やはり一人ひとりの特性をつかんで , その特性に応じ 習効果も十分に高めることができない。本研究におい た指導をしていくことは大きな成長を促すことができ ては G 児の学習意欲を引き出すために , 学習活動にお るし , 無駄なコストを最小限に抑えることができる。 いて G 児の興味関心のあるものを用いるなどの工夫 そしてもう一つ大切なのが個別指導である。多くの人 をするようにした。そのために事前に担任の先生から 数の中では , どうしても一人ひとりの教育的ニーズに 情報を得たり , お母さんからお話をうかがったりした。 合った指導をしていくことは難しい。逆言えば , 個別 そのようにして準備をしたことで , 初対面の際の障壁 指導であれば一人ひとりの特性に応じた指導をしてい はずいぶんと低くなっていたと感じた。個別指導を始 くことは非常に簡単である。 めてからも, G 児と直接話をすることで, 今 , 最も興味 個別指導は , 場合によってはデリケートな問題もは を持っているものは何か情報を得て, それを指導に生 らんでいる。だから , それほど簡単にはできないこと かすなどした。G 児が本研究の中で力を伸ばしたこと かもしれないが , やはり一人ひとりの子どものニーズ や , 1 年以上に及ぶ個別指導を継続できたのは , この に合わせるためには , 個別指導を行っていくことが望 ような取り組みが要因の一つであると考えている。 ましいと今回の実習で実感した。今後もできる場面で ④ 今後の課題 は , 子どもの立場を考えて個別指導を行っていくつも 対象児童における今後の課題は , やはり漢字の読み りである。 書きである。ひらがなやカタカナの読み書きを習得し これまでにも述べてきたように , 学習やその他の活 ていく過程で , 漢字にも興味を持ち始め, 自分で読ん 動に対する意欲の向上と文字の読み書きの能力が向上 だり書いたりするようになってきている。しかし , ま したことは密接につながっている。どちらも強く絡ま だ , 現在の学年で学んでいる漢字をきちんと読み書き りながら伸びてきたと言える。 できるまでには達していない。そこまで追いつけるよ ②認知特性を生かした指導について うにしていくことは , 並大抵のことではない。だから 子どもの認知特性を把握することは , ある程度経験 こそ早期発見 , 早期対策が重要なのだと感じる。でき を積んだ教師であれば , おそらくほとんど的確につか れば , 一気にその距離を縮められるような指導法を編 めるはずである。ただそれはあくまでも経験則から み出すことができればよいのだが, なかなかそう簡単 見い出されるものであって , 他の人を納得させるため にはいかない。 の根拠は乏しい。本研究において G 児のアセスメン ただ , 漢字はすべて読み書きできなくても読み仮名 トをしっかりとおこなったことで , G 児の認知特性が を書くなどして , 何とか乗り越えていくことは可能で データとして明らかになった。そこでそのデータに基 ある。今対象児童に対して考えているのは , 一気にそ づいて指導目標を定め , 指導計画を立てた。アセスメ の距離を縮めなくてもよいので , 一歩一歩確実に前進 ントをおこなわなくても , 同様の指導をしていた可能 していってほしいということである。少しずつでも進 性もある。しかし , データに基づいて指導計画を立て んでいけば , その距離は必ず縮まる。自分から歩み続 たので , 自信を持って指導をおこなうことができた。 けていくことを身につけるようにすることが今後の課 逆に考えれば , きちんとアセスメントをおこなわな 題である。 ければ , ただ文字習得のために書く回数を増やせばい いという指導方針で指導をしていたかもしれない。G 文献 児の場合 , そのような指導方法があまり効果的ではな 福田由紀・小高佐友理(2009)発達性読み障害のアセ いことも , アセスメントから明らかになっている。き スメントと指導 . 法政大学文学部紀要 , 51- 62. ちんとアセスメントをおこない , 認知特性を把握した 海津亜希子(2009)通常学級における学習につまず 上で指導していくことの大切さを本研究を進める中で き の あ る 子 ど も へ の 多 層 指 導 モ デ ル(MIM) 開 実感した。 発に関する研究 .(平成 18 - 20 年度 文部科学省科 ③学習への意欲を引き出すことについて 学 研 究 費 補 助 金( 若 手 研 究(A)) 研 究 成 果 報 告 G 児に限らずすべての子どもたちにとって , 意欲を 書), 94 - 98 . 持って学習に取り組めるようにすることは学習指導を 中井富喜子・宇野宏幸(2005)教師用子どもの行動 38 認知特性を生かした読み書きの指導について チェックリスト作成に関する調査研究 ― 注意欠陥 多動性障害と広汎性発達障害に焦点をあてて―. 特 殊教育学研究 , 43 , 183 -192 . 野口法子(2009)音韻意識に困難を持つ発達性読み書 き障害児の指導方法に関する研究 . 滋賀大学大学院 教育学研究科論文集 , 12 , 67- 79 . 大伴潔・Hirayama , M(2008)仮名特殊拍の書字困難 への指導に関する予備的研究 ― 音韻意識プログラ ムによる継時的変化 . 東京学芸大学紀要 総合教育 科学系 , 59 , 475 - 480 . 田中栄美子・惠羅修吉・馬場広克(2010)小学生にお ける読み書き困難の主訴と WISC −Ⅲの関連性 . LD 研究 , 19 , 167-173 . 宇野彰・春原則子・金子真人・Wydell .T.N(2006) 小学生の読み書きスクーリング検査−発達性読み書 き障害(発達性 dyslexia)検出のために . インテル ナ出版 . 39 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.41-45 特別な教育的ニーズのある子どもの中学校への移行支援に関する研究 _ 適応に向けた個別指導と担任との連携を中心に _ 米 澤 公 子 Kimiko Yonezawa 要旨:本研究では , 特別な教育的ニーズのある子どもに中学校適応に向けた個別指導を実施し , さらに移 行支援シートを活用したコンサルテーションを行い , 適応を促すことで効果的な移行支援のあり方につ いて検討することを目的とした。移行準備期では,小学校の個別指導で事前に中学校の生活や授業のルー ルの学習を中心に行った。移行期は移行支援シートを活用した引き継ぎを行った。適応期は中学校入学 後 ,A 児の実態や具体的な支援方法についてコンサルテーションを行うとともに , 個別指導を行い A 児の 中学校適応を図った。その結果 , 中学校の一貫した指導もあり , 授業や学校生活のルールにも適応するこ とが出来た。さらに , 感情をモニタリングすることもできるようになり , 友だちとトラブルになることも 減った。これらのことから , 特別な教育的ニーズのある子どもに中学校進学に向けた指導を事前に行う ことが中学校適応を促したと考えられる。また , 中学校の指導方針等が対象児の特性にあっていること も適応を促した一因となった。 Ⅰ . 問題と目的 場から通常学級に在籍する広汎性発達障害児に , 小学 文部科学省の調査報告によると , 小学校 6 年生から 校から中学校の移行期に不安を解消するための支援を 中学校 1 年生で不登校児童生徒が約 3 倍に増えている 行い , 小学校で関わりを持った人物が中学校にいると (文部科学省 , 2010) 。それは発達障害の子どもたちに いうことが保護者や生徒の安心の材料となり , さらに とっても同様である。小学校から中学校へ大きな環境 中学校での具体的な支援を促すことになったことを明 移行は , 変化や変更が苦手な発達障害のある子どもに らかにしている。 とってはさらに適応することが難しい。 そこで , 本研究では , ①特別な教育的ニーズのある子 小学校から中学校へ移行後不登校やいじめ等が増加 どもに , 中学校適応に向けた個別指導を実施する , ②小 するという課題に対して , 新潟県教育委員会 (2007) は, 学校で行われている支援を中学校に引き継ぐため , 移 中 1 ギャップを解消する取り組みを行い , 引き継ぎの 行支援シートを活用したコンサルテーションを行い , ために「小中連携シート」を作成し , 活用している。 特別な教育的ニーズのある子どもの理解を深め , 支援 また , 小林・小野(2005)は不登校の未然防止で「小 につなげ , 適応を促す , という 2 点を実施することを通 中連携支援シート」を用いて中学校移行での子どもの して , 特別な教育的ニーズのある子どもの効果的な移 情報を共有している。このように , 子どもの状態を共 行支援のあり方について検討することを目的とする。 通理解し , 小学校 , 中学校間の段差を少なくし , 円滑 に移行する取り組みが行われている。 Ⅱ . 方法 毛利 (2008) は , 小学校と中学校間の段差をなくして , 1. 対象校 移行をスムーズにする努力が必要であることを指摘す Y 小学校( X − 1 年 10 月〜 X 年 3 月), Z 中学校(X る一方 , 子ども自身に小学校と中学校の間の段差を乗 年 4 月〜 7 月) り越える力(たくましさ)をつける努力が必要であり , 2. 対象児 二方向からの努力が求められていると述べている。特 A児 別な教育的ニーズのある子どもについても , 段差を乗 小学校 6 学年〜中学校 1 学年 り越える力をつけるために , 子どもたちの実態に合わ 通常学級在籍 診断なし せた個別での指導も重要だと考える。 X − 1 年 5 月にクリニックを受診時 , WISC −Ⅲを 西川・生島(2010)は , スクールカウンセラーの立 受ける。X − 1 年 7 月に K − ABC と , 絵画語彙検査 41 米 澤 公 子 表 1 A 児の課題と対応策 を筆者が実施した。 した教材を作成した。A 児の課題である「学校生活 A 児の実態から , 表 1 に示す対応策を中心に支援を のきまり」と ,「授業のルール」を取り上げた。 行うこととした。 (2)担任へのコンサルテーション 担任と連携をし , 個別指導で指導した課題が般化で 3. 手続き 1)移行準備期(X − 1 年 10 月〜 X 年 3 月) きるように , A 児が目標とした行動を行った時に認め (1)個別指導 ることを助言した。 A 児が中学校進学に向けて身につけたいと選んだ 2 )移行期(X 年 3 月〜 X 年 4 月) 課題と, Z 中学校の Co に聞き取りを行った内容から , 移行支援会議等で , 移行支援シートを活用し , 具体的 ①友だちと関わる方法を身につける, ②基本的な学習 な支援や特性について引き継ぐことをねらいとした。 習慣を身につける , ③中学校進学に向けての準備指導 (1)移行支援シート といった内容で指導を行った。 具体的で簡潔なものを用いることが大切だと考え , 指導は , X − 1 年 10 月〜 X 年 3 月までの週 1 回。1 山中(2008)のサポートシートを一部改良したものを 回 50 分で, 合計 15 回放課後に実施した。 作成した(図 1) 。内容については , 筆者が原案を考え 中学校に向けての指導は , 中学校から入学時オリエ さらに , 小学校の Co や担任と検討を行った。 ンテーションで使われる冊子を視覚的に分かりやすく 図 1 移行支援シート 42 特別な教育的ニーズのある子どもの中学校への移行支援に関する研究 表 2 適応期における個別指導の目標と内容 (2)移行支援会議 行った。視覚的に分かりやすくしたこともあり , 取り 前半は教員だけで引き継ぎを行い , 後半は保護者参 組みも良かった。 画の上で行った。 2 )担任へのコンサルテーション 参加者は小学校から, 担任 , Co( 2 名) , 保護者 , 筆者 , 個別指導で気持ちの温度計の学習を行い , 感情が高 中学校からは , 新 1 年生代表 , Co(2 名)である。X 年 ぶってしまう前に担任に相談することを対処方法とし 3 月 , Y小学校で行われた。移行支援シートを用いて, A て考えたことを担任に伝えた。A 児が相談した時は , 児の具体的な支援方法を引き継ぎ , さらに保護者と中 その行動を認めることも助言した。A 児は気持ちが 学校をつなぎ, 保護者の願いを知ることを目的とした。 イライラした時に , 担任に相談して対処することが出 3)適応期(X 年 5 月〜 X 年 7 月) 来ることもあった。また ,A 児が自分の感情を数値化 (1)個別指導 して表わすこともあった。 中学校での個別指導は ,A 児に中学校で取り組みた 2. 移行期 (X 年 3 月∼ X 年 4 月) いことを聞き取り , 中学校でのルールを学び定着を図 1)移行支援シート ること , 友だちとの関わり方を身につけることを目標 移行支援シートは , 効果的な支援のポイントを絞っ 設定して個別指導を行った。さらに担任との連携し , て記入しているため , 時間が限られている移行支援会 個別指導で指導した内容の定着図るとともに , 担任が 議等では , 特に必要な情報を伝えることができ効果的 課題と考えることを個別指導の課題にして取り組んだ に活用できた。移行支援会議に参加した中学校の Co (表 2) 。 からも ,「分かりやすかった。 」と評価をうけた。 指導は , X 年 5 月〜 X 年 7 月までの週 1 回。1 回 30 2)移行支援会議 分で , 合計 11 回放課後に実施した。 移行支援シートを中心に引き継ぎを行ったので , ポ (2)担任へのコンサルテーション イントを絞って A 児の実態を伝えることが出来た。 個別指導の内容や , 週 2 回 A 児の学級の授業観察 参加をした中学校の教員からは , 事前に児童の様子を を行った内容をもとにコンサルテーションを行った。 細かく引き継ぎ , 指導に生かすことが出来ているとい 4. 評価 う意見が主だった。ただ , 新しい学年体制や担任が決 行動観察 , 関係者へのインタビュー , アンケート 定してから行う方が良いという意見もあった。 保護者は , 多くの教員が関わることでかえってプ Ⅲ . 結果 レッシャーになったようだった。 1. 移行準備期 ( X − 1 年 10 月∼ X 年 3 月) 3. 適応期 (X 年 5 月∼ X 年 7 月) 1)個別指導 1)個別指導 感情のコントロールを身につけるために ,「気持ち 小学校で行った中学校の授業や学習のルールを再学 の温度計」を使い , 感情のモニタリングをするととも 習し , 現在出来ているか確認を行ったところ , A 児自 に , 感情が高ぶってしまうまでの対処方法を考えた。 身できていると判断していた。 A 児に, 出来る時で良いから担任の先生に相談すると , 感情のコントロールの学習では , 中学校の先生に相 実際に A 児が困った時に担任に相談している場面も 談することで安心感を持ち , 落ち着いて自分の感情や 見られるようになった。 状況を判断することができるようになっていた。A 中学校での授業のルールや生活のルールの確認を 児も「学校生活で困ったことはない。 」と , 学校生活 43 米 澤 公 子 表 3 中学校での変化 に適応するとともに , 自己理解が促されている様子が Ⅳ . 考察 見られた。 1. 個別指導 個別指導の効果を保護者 , 担任 , Co にインタビュー 本研究では , 中学校適応に向けて , 小学校と中学校 を行ったところ , 個別指導を行う筆者の存在が , 保護 で個別指導を行い , どのような指導が必要なのか実践 者にとっても安心感を与えていること , また個別指導 を試みた。 を行ったことで, A 児が落ち着いて学校生活を送るこ まず個別指導では , 移行期前後で中学校のルールの とが出来たと言う意見があった。 事前学習を行ったが , 進学後 , 授業の取り組み方や , 生 A 児自身も , 個別指導で適応に向けて学習したスキ 活のルールは定着し , スムーズに中学校生活をスター ルを使うことができるようになったことが増えたと評 トさせることが出来た。これは , 事前に学習すること 価していた。 で中学校のルールの見通しが持てる一助となったと考 2)担任へのコンサルテーション える。 コンサルテーションについて担任にインタビュー 小学校の個別指導で A 児の困難さや , 中学校に進学 を行ったところ, A 児の理解が深まったという意見が 後 , 課題となると考えられる項目を取り入れ ,「友だ あった。 ちとの関わり方」,「基本的な学習習慣」という課題を 3)小学校と中学校での A 児の変化 設定したが , A 児の苦手なことでもあるため , 課題に (1)行動観察 取り組むことが難しかった。 中学校に入学した A 児の様子を小学校の状態と比 一方 , 中学校では , 前述の「中学校のルールの学習」 較すると , 表 3 のような変化が見られた。 と,「友だちとの関わり方」 を中心に個別指導を行った。 (2)インタビュー 「友だちとの関わり方」では , A 児が学校生活の中で 保護者に A 児の小学校と中学校の様子を比較して 課題になったことを担任から聞き取り個別指導で行っ もらい , 変化についてインタビューを行ったところ , たのだが , A 児自身の成長もあり, 自分の行動を振り トラブルになった時 , 冷静に対応することが出来てい 返ったり, モニタリングしたりする場面が増えた。矢 ることや , 学習態度が大きく変化し , 落ち着いて話を 田(2009)は ,「担任へのコンサルテーションにおいて , 聞くことができるようになったことを挙げていた。 対象児の認知特性理解 , 通常学級における行動上の具 A 児は , 中学生になってできるようになったことが 体的な課題について共通理解を図ることが効果的であ 増えたと認識していた。特に , 授業の姿勢 , 態度に関 る」と述べている。本研究でも同様に , 担任と行動上 することは行動観察からも , 大きな変化が見られた。 の具体的な課題の共通理解を図り, 個別指導で取り組 さらに , 自分自身ががんばっていると評価もしていた。 んだ内容を , 担任と連携をして日々の生活の中でも取 友だち関係でも , 相談できる友だちがいると認識して り組むことで, A 児の中学校生活のルールが定着した いた。 り , 自己理解が進んだりして効果があがったのだろう。 44 特別な教育的ニーズのある子どもの中学校への移行支援に関する研究 中学校の個別指導では , A 児自身の成長に伴い , 自 矢田憲子(2009)広汎性発達障害児への社会性スキル 己理解の深まりが見られた。さらに , 周囲の子どもた 支援 ― 個別指導と通常学級との連携によるアプロー ちも進学後 , 落ち着いた環境でルールを守って生活を チ . 特別支援教育コーディネーター研究 , 5 , 37- 45 していた。周囲に良いモデルがあったことで , 担任の 山中久美子(2010)小学校生活を円滑にスタートさせ 声かけで自分自身を振り返ることが出来 , A 児が自分 るための幼稚園における取り組み ― 有効な連携で 自身の課題に取り組みやすくなったと考える。特別な 「具体的支援」を小学校につなぐ― . 特別支援教育 教育的ニーズのある子どものスキル獲得については , コーディネーター研究 , 6 , 51- 63 学級での安定した環境が重要であると考える。 2. 中学校適応を促す移行支援 事前に A 児の支援を引き継ぐことで , 学年体制や , 支援体制 , 指導に生かすことが出来 , スムーズな移行 につながると考える。しかし , インタビューにもあっ たように , 新担任と保護者が会う機会が設定されない ことが課題である。保護者は不安な時に , 相談しやす い教師が分かっていれば , 安心して相談することが出 来るだろう。 3. 今後の課題 本研究は , 筆者が小学校と中学校で個別指導を中心 に移行支援を行った。小学校での様子を知っている人 材が中学校へ行き , 支援を行うことはとても効果的で あるだろう。しかし , 実際の学校現場では , 筆者のよ うに小学校 , 中学校両校で個別指導を行うことは難し い。そこで , 中学校ブロックの Co 会議等で , 各学校の Co が密に連携を行うことで , Co が中心となり, 進学前 に向けての必要な支援を行い , 進学後のフォローアッ プを適切に行うことが可能になると考える。 文献 小枝達也(2002)心身の不適応行動の背景にある発達 障害 . 発達障害研究 , 23(4) , 258 - 266 小林正幸・小野昌彦(2005)教師のための不登校サポー トマニュアル . 明治図書 文部科学省(2010)平成 21 年度児童生徒の問題行動等 生徒指導上の諸問題に関する調査 毛利猛(2008)香川県における「小中連携」の取り組み に関する研究 . 香川大学教育実践総合研究 , 16 , 1-13 西川絹恵・生島博之 : 小学校から中学校への変換期 を支える特別支援に関する実践研究―広汎性発達 障害児に対するスクールカウンセラーの関わりを 中心に― . 愛知教育大学教育実践総合センター紀 要 , 13 , 225 - 231 新潟県教育委員会(2007)中 1 ギャップ解消に向けて ― 中 1 ギャップ解消プログラム― . 文書館 45 研 究 論 文 47 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.49-53 中学校教師における発達障害児の自尊感情の支援に関する実践状況 Current status in educational practice about self-esteem for children with developmental disabilities in middle schoolteachers 小 島 道 生 Michio Kojima (岐阜大学教育学部) 要旨:本研究の目的は、中学校教師を対象として、発達障害児に対する自尊感情の支援の実践状況につ いてアンケート調査と面接調査により明らかにすることである。アンケート調査では、A 県内の中学校 教師 214 名の調査協力が得られ、そのうち 116 名が分析対象となった。そして、自尊感情を低下させな いための工夫として、 「個別の関わりの支援」 と 「達成経験の確保」 が通常学級と特別支援学級に共通して 報告されていた。また、自尊感情を高める授業実践については、通常学級では 「道徳」 などが取り上げら れていたものの、特別支援学級では特に自尊感情に焦点をあてた授業を実施するというよりも、日々の 教育実践の中で自尊感情について配慮しながら様々な支援を展開している実態が明らかとなった。面接 調査は、A 県内の中学校教師 10 名を対象に実施された。その結果、既に自尊感情を低下している生徒 に対する支援に苦慮しており、褒めたり認めたりすること以外の具体的な支援の在り方について情報を 求めていることが示された。 キーワード:自尊感情、発達障害、中学校教師 Ⅰ . 問題と目的 発達障害児の自尊感情を低下させず、より効果的な 発達障害児の支援においては、二次症状の予防のた 支援へとつなげていくためには、まずは中学校教師の めにも、自尊感情を低下させないことが、大切である 発達障害児に対する自尊感情の支援の実態について明 と数多く指摘されている (例えば、小島 , 2007) 。特に、 らかにし、効果的な支援方法について明らかにする必 思春期・青年期を迎えた発達障害児の支援において 要があろう。そこで、本研究では、中学校教師の発達 は、自尊感情が低下してしまい、何事に対しても意欲 障害児に対する自尊感情の支援の実態について、アン や自信をなくしてしまっている事例に遭遇することも ケート調査と面接調査により明らかにする。そして、 ある。したがって、学校教育現場においても、発達障 通常学級と特別支援学級という担当学級による比較を 害児の自尊感情を低下させない配慮や支援が求められ 行い、それぞれの学級によって取り組まれている発達 ていると言えよう。 障害児に対する自尊感情支援の実態について明らかに しかし、これまでの先行研究において、発達障害の し、効果的な支援の在り方について考察する。 ある中学生を対象とした自尊感情に関する研究結果は いくつか報告されているものの、中学校という学校教 Ⅱ . 方法 育現場における発達障害児に対する自尊感情の支援の 1. 対象者 実態についてはほとんど示されていない。 したがって、 アンケート調査については、A 県内の中学校 81 校 日本の教育現場では、中学校教師における発達障害児 を調査対象学校とした。そして、各学校宛に郵送に の自尊感情の支援に関する実態が不明なまま、自尊感 よりアンケート調査の記入を依頼し、中学校各学年 情の大切さや低下させない支援の必然性のみが叫ばれ の担任の教師 1 名と特別支援学級、通級指導教室の教 ていると言えよう。 師に記入を依頼した。その結果、中学校 55 校(回収率 49 小 島 道 生 67.9%)から回収でき、中学校教師 214 名の調査協力が 1 )自尊感情を低下させないための工夫 得られた。そして、自由記述に記述が認められた対象 質問項目に記述のあった対象者は 111 名であり、こ 者のみを分析対象とした結果、116 名(通常学級教師 れは調査協力が得られた中学校教師全体の 51.9%で 57 名、 特別支援学級 57 名、 通級指導教室 2 名) となった。 あった。同様の調査を行った小学校では、43.18%であ 面接調査については、A 県内における現職の中学校 り、中学校の方が 8%程度高い結果となった。 通常学級の担任の教師 10 名(男性 4 名、女性 6 名)を対 次に、通常学級と特別支援学級に分けて、分析した。 象として、個別に半構造化面接を行った。10 名の現 なお、通級指導教室に関しては、2名と少数であったた 在の担任学級は、中学 1 年生と 2 年生が 3 名ずつで、3 め、分析対象から除外した。まず、通常学級の回答は 年生が 4 名であった。なお、10 名の所属学校は全て異 55 名認められていた。回答内容を分析したところ、そ なっていた。 れらは①「個別の関わりの支援」 (42名) 、②「達成経験 2. 調査時期 の確保」 (11名) 、 ③ 「その他」 の大きく3つに分類された。 アンケート調査は、2010 年 1 月〜 2010 年 3 月に実施 ① 「個別の関わりの支援」 では、その子自身を褒める された。面接調査は、2010 年 4 月〜 2011 年 3 月にかけ という賞賛に関する記述が多く認められていた。具体 て実施された。 的には「できるようになったこと、できるように努力 3. 調査内容 していることを褒める」といった記述が認められてい アンケート調査については、記入者のプロフィール た。その子自身を褒めたり認めたりすることに関して を尋ねる質問項目として、教員経験年数、現在の担当 は、小学校で取り組まれている実践(小島 , 2011)と共 学年及び担当学級等について尋ねた。そして、自由記 通するものである。小学校から引き続いて中学校にお 述の質問として、項目 1「発達障害児やつまずきのあ いても褒めることが大切に意識されていると考えられ る児童・生徒の自尊感情を低下させないために、工夫 る。また、 「他の子どもと比較をしない」 という記述も をしていること」と質問項目 2「児童・生徒の自尊感 多く認められており、他の生徒との比較により、本人 情を高めるような授業を行った経験とその内容」につ の自尊感情が傷つくことを防止しようとしている取り いて尋ねた。その他、調査用紙には、本研究の分析対 組みも認められた。さらに、 「本人と 1 日の中で、少 象となっていないが、教師の発達障害児の自尊感情の しでも話をするようにしている」 「できるだけ対話を 支援に関する意識について尋ねる質問項目などが含ま するようにつとめている」といったコミュニケーショ れていた。 ンの大切さに関する記述が認められていた。これら 面接調査については、 「発達障害児の自尊感情の支 2 点については、小学校を対象とした先行研究(小島 , 援に関する現状と課題」に関する質問として、小学校 2011)では報告されていない事柄であった。したがっ 教師を対象とした先行研究 (小島 , 2010) と同様に、 「自 て、自尊感情の支援に関して中学校では小学校に比べ 尊感情を高める必要性の認識」 「発達障害児の自尊感 て、他者との比較に対する配慮や生徒とのコミュニ 情を高める、あるいは低下を予防するための支援の内 ケーションそのものを大切にすることが求められてい 容」 「発達障害児の自尊感情を支援する上での困難性」 ると考えられる。 「発達障害児の自尊感情を支援する上で必要となる情 ②「達成経験の確保」に関しては、 「スモールステッ 報」 の 4 点について調査を行った。 プを実践する」 「できることを与えるようにし、継続 4. 分析方法 的に達成経験を得られるようにする」 「小さな努力や アンケート調査については、まず質問項目の記入の 成果を認め、 達成経験が少しでも得られるようにする」 有無を分析した。次に、各質問項目の内容に基づき整 といった記述が認められていた。 こうした取り組みは、 理し、代表的な回答例としてまとめることにした。 小学校を対象とした先行研究(小島 , 2011)においても 面接調査については、回答を全て記録し、その内容 取り上げられており、小学校と同様、中学校において について分析した。 も、教材・教具の工夫や座席位置など物的・人的環境 設定を工夫することで、改善を試みていると考えられ Ⅲ . 結果と考察 る。 1. アンケート調査 ③「その他」に関しては、主には「学級経営」と「保護 50 中学校教師における発達障害児の自尊感情の支援に関する実 践状況 者との連携」 に関する記述が認められていた。 「学級経 が明らかとなった。 営」 に関する記述では、 「どの生徒の良さも取り上げる ②「達成経験の確保」に関しては、 「生徒に役割や活 学級経営」 「周りの生徒ともよくコンタクトをとりな 動を意図的に与えて、達成経験を得られるようにして がら、本人の自尊感情が低下しないように支え合う生 いる」 「生徒一人で、できる教材開発や環境設定をす 徒を育てる」などが報告されていた。小学校を対象と るようにし、達成経験を味わえるようにしている」と した先行研究(小島 , 2011)においても、一人一人を大 いった記述が認められていた。このように、中学校特 切にした学級集団作りの実践が報告されていた。自尊 別支援学級においては、教師が意図的に達成経験を実 感情低下を予防するための支援の工夫として一人一人 感できるような機会を設けるとともに、自分一人で取 を大切にした集団づくりは大切な観点であり、中学校 り組むことができる教材教具も含めた環境設定を大切 においても取り組まれつつあると言えよう。なお、本 にしていると言えよう。 調査において示されていた 「周りの生徒を育てる」 とい ③ 「その他」 に関しては、 「学級経営」 や 「交流学習」 に う観点については、小学校の研究(小島 , 2011)では認 関する内容が認められていた。小学校特別支援学級を められておらず、思春期を迎える中学校においては、 対象とした研究(小島 , 2011)では、交流学習に関する こうした周りの生徒も一緒に含めた支援について、よ 内容が数多く認められていたものの、本研究ではわず り一層大切になってくると考えられる。 か 1 名による記述にとどまっていた。自尊感情を低下 また、 「保護者との連携」に関しては、 「同じ事象に させないための支援として、交流学習の重要性が小学 対して共通理解をして、褒めるように連携をした」と 校と中学校の特別支援学級では異なっているのかもし いった記述がみられた。小学校を対象とした研究(小 れない。 島 , 2011)においても、本児を取り巻く人々と連携す 2 )自尊感情を高める授業実践 ることで、共通理解に基づく効果的な支援を展開しよ 自尊感情を高める授業について尋ねたところ、記述 うとする実践が示されており、中学校においても少数 が認められた回答は 51 名であり、これは調査協力が ではあるものの、同様の結果が示されていた。 得られた中学校教師全体の 44.0%であった。小学校を 特別支援学級の回答は 57 名認められていた。回答 対象とした先行研究(小島 , 2011)で記述が認められた 例を分析したところ、 ① 「個別の関わりの支援」 (38名) 、 のは 16.9%であり、本研究では 27%程度も高い結果が ② 「達成経験の確保」 (9 名) 、 ③ 「その他」 に整理できた。 得られた。したがって、小学校よりも中学校において ① 「個別の関わりの支援」 では、通常学級と同様、褒 自尊感情を高めることに関する授業実践の取り組みが めること、失敗経験をできるだけ減らすことなどの賞 盛んに行われているのかもしれない。 賛・叱責に関する記述がみられた。具体的には、 「少 通常学級と特別支援学級にわけて、記述内容につい しでも、 できるようになったことを褒める」 「 『ちがう』 て分析を行う。まず、通常学級における回答例を分析 という否定的な言葉をなるべく使わない」 や 「生徒の話 したところ、 「エンカウンター」という回答が最も多 を聴いて、できる限り共感している」といった回答が かった。具体的内容としては、 「自分の良さを見つけ 認められていた。賞賛・叱責に関しては、小学校特別 る取り組み」 「周りの人から、無記名で良い点を指摘 支援学級を対象とした先行研究(小島 , 2011)において されるような取り組み」 などが報告されていた。 「エン も報告されており、こうした傾向は中学校においても カウンター実践テキスト」 (明治図書 , 2007)では、実 類似していることが明らかとなった。さらには、 「一 際に自尊感情を育てるエクササイズが示されており、 人一人に毎日がんばったことを書いて伝えている」や 教育実践に向けて有益な手がかりが得られる。中学校 「不安定な時には過去の成功した経験を思い起こさせ、 では 「エンカウンター」 の普及が、自尊感情の支援にも 目標を修正させるようにしている」といった心理的な 影響を与えているのかもしれない。 支援を展開していることが明らかとなった。小学校特 次に、保健体育や道徳、さらには進路指導の場面と 別支援学級を対象とした先行研究(小島 , 2011)では、 いった記述がなされていたが、 いずれも少数であった。 本人の想いを大切にした支援が報告されていたが、中 具体的な内容としては、 「自分の良さについて自分自 学校になると過去の成功経験を想起させたり自らの成 身で見つめ直すとともに、仲間からも良さを指摘され 果に気づかせるような心理的支援を展開していること るような授業」 「自分の成長を知るとともに、成長し 51 小 島 道 生 た姿を踏まえた上で、将来の進路を考える授業」など いる生徒もおり、自尊感情を回復させるような支援が が報告されていた。小学校を対象とした先行研究(小 必要になると認識している」という意見があった。こ 島 , 2011)では、道徳の授業を取り上げた回答が最も の点は、小学校と異なっており、中学校教師では自尊 多かった。しかし、中学校になると、道徳の授業はむ 感情を既に低下させた生徒に対する支援の必要性をよ しろ減少し、少数ではあるものの保健体育や進路指導 り強く認識していると推察される。ただし、小学校教 などでも取り組まれていることが明らかとなった。 師を対象とした先行研究(小島 , 2011) と同様に、 「実際 そして、このように自尊感情に焦点を当てた授業を の現場では、 発達障害のある生徒だけに焦点を当てて、 行うのではなく、日々の授業の中で自尊感情に配慮し 自尊感情を考えているわけではなく、全ての生徒を対 た授業実践を行っているという回答も多かった。具体 象としている」といった意見もあった。したがって、 的には、 「机間巡視を行い、必ず自尊感情の低下をし 中学校においても特に発達障害児に焦点をあてて自尊 ている生徒に対して、褒めたり認めたりするような対 感情の支援を行うというよりも、生徒全員に対して取 応を行っている」 「学級通信などを活用して、本人の り組んでいくという状況も認められると考えられる。 良さを紹介し、周りの生徒からも認められる機会を確 発達障害児の自尊感情を高める、あるいは低下を予 保している」 といった取り組みが報告されていた。 防するための支援内容については、10 名中 7 名が「褒 しかし、その一方で「自尊感情を意識して取り組ん めることを大切にし、過度な注意・叱責などを避ける」 だことは、ない。 」 といった記述も認められていた。こ といった賞賛・叱責に関する報告があった。しかし、 うした記述は、小学校を対象とした先行研究(小島 , なかには 「なかなか褒めることも難しい現状がある」 と 2011) においても認められており、中学校においても、 いった実態も報告されており、褒めることの支援に苦 まだ自尊感情に焦点を当てた支援が十分に取り組まれ 慮している実態も明らかとなった。また、小学校教師 ていない可能性があると言えよう。 の先行研究と同様に、 「本人の得意な領域をいかして 特別支援学級の回答例について分析したところ、通 活躍の場を与える」といった活躍の場を意図的に確保 常学級の取り組みと同様に、エンカウンターや道徳で するという回答が認められていた。さらに「部活など 取り組んでいるという回答が認められていたが、少数 本人が好きで取り組んでいることに対して、褒めて認 であった。そして、 「日々の指導の中で、自尊感情を めるようにしている」 や 「その生徒なりの良さを見いだ 傷つけないようにしている」 「授業の中に、生徒の得 し、認めるようにしている」という意見もあった。活 意な活動を取り入れ、自尊感情を高めるようにしてい 躍の場を与えて、周囲の友人などから認められるよう る」 「日々、満足感や達成感を味わえるような授業実 な機会を確保しようとしたり、本人の好きな活動や得 践をしている」といったように直接自尊感情に焦点を 意な領域を生かして積極的に認めようとする教師の試 当てた授業を行うのではなく、日常的に授業を中心と みが中学校においても取り組まれていることが明らか して意識して取り組んでいる現状が明らかとなった。 となった。しかし、 「褒めることや認めることを意識 こうした傾向は、小学校を対象とした先行研究(小島 , して取り組んではいるものの、それ以外の方法につい 2011)においても一致しており、特別支援学級では自 ては、なかなか思いつかない」といった意見も認めら 尊感情を直接的に取り上げて授業を行うのではなく、 れていた。 既に自尊感情を低下している生徒に対して、 教師のかかわり方や教材教具の工夫、さらには心理的 どのような支援を行っていけばよいのか苦慮している な支援などによって、自尊感情を低下させないような 実態と、褒めたり認めること以外の方法論についても 工夫が行われていると考えられる。 なかなか見いだすことが難しいと認識していることが 2. 面接調査 明らかとなった。小学 5 , 6 年生を対象とした自尊感情 発達障害児の自尊感情を高める必要性の認識につい の低下を防ぐための授業の効果について検討した先行 ては、10 名全員の教師が「自尊感情を高める必要性は 研究 (川井・吉田・宮元・山中 , 2006) からは、ネガティ 感じることがある」 「自尊感情を低下させないように ブな事象に対する自己否定的な認知への反駁の促進に 予防することは必要である」 といった回答をしていた。 よって、一定の効果が報告されている。こうした方法 この点は、 小学校教師の結果 (小島, 2011) と同様であっ が、中学生においてどの程度効果を発揮するかは分か た。そして、 「もう既に自尊感情が低下してしまって らないものの、生徒自身の認知的な変容を促す試みも 52 中学校教師における発達障害児の自尊感情の支援に関する実 践状況 支援の一つの方法論として取り組まれていくべきであ ること以外に、自尊感情を改善していく具体的な方法 ろう。 論について情報を必要としていることも示された。 発達障害児の自尊感情を支援する上での困難性につ いては、10 名中 6 名が「既に、低下している生徒の自 文献 尊感情を改善することが、難しい。 」 という低下した生 川井栄治・吉田寿夫・宮元博章・山中一英(2006)セ 徒への対応について、苦慮している点が多くの教師か ルフ・エスティームの低下を防ぐための授業の効果 らあげられていた。そして、 「自尊感情が低下し、意 に関する研究 ―ネガティブな事象に対する自己否 欲が低い生徒に対する効果的な支援について、日々悩 定的な認知への反駁の促進 ― . 教育心理学研究 , 54, んでいる」という回答もあり、具体的な解決策が見い 112 -123. だせない状況もあることが明らかとなった。小学校教 小島道生(2007)軽度発達障害児の自己概念 . テキスト 師を対象とした先行研究(小島 , 2011)では、 「自尊感 特別ニーズ教育 . 日本特別ニーズ教育学会(編)荒川 情の把握の仕方」が指摘されていたが、本研究におい 智・高橋智 (編集代表) , ミネルヴァ書房 , 149 -155. ても 10 名中 2 名にこうした意見が認められており、小 小島道生(2011)小学校教師における発達障害児の自 学校教師と共通していると考えられた。 尊感情の支援に関する実践状況 . 岐阜大学教育学部 発達障害児の自尊感情を支援する上で、必要となる 研究報告 教育実践研究 , 13 , 119 -126. 情報については、10 名中 9 名が「自尊感情の低下した Lawrence, D.(2006)Enhancing self - esteem in the 生徒に対して、どのような効果的な支援方法があるの clasroom(3rd ed.)Sage Publications of London. 小 か知りたい」という回答であった。したがって、多く 林芳郎訳 (2008) 教室で自尊感情を高める . 田研出版 . の教師が自尊感情の低下した生徒に対する実践的な取 八巻寛治・古澤克彦編 (2007) エンカウンター実践テキ り組みに関する情報を求めていると考えられる。 既に、 スト 7 号 . 明治図書 . 教室で自尊感情を高める具体的な方法論や実態把握の 方法などは示され(ローレンス , 2008) 、わが国でも中 付記 学校を対象とした自尊感情支援の実践報告が示されて 本研究は、文部科学省科学研究費補助金(若手研究 B きている。したがって、小学校教師と同様に、自尊感 課題番号 21730723) の助成をえた。 情を高める具体的な方法論に関する情報の幅広い共有 と普及が求められていると言えよう。 Ⅳ . まとめ 本研究の結果から、中学校教師の発達障害児の自尊 感情に関する支援の工夫や授業実践の取り組み状況、 さらには現在求められている情報などが明らかとなっ た。アンケート調査からは、通常学級と特別支援学級 における支援工夫の共通点として、 「個別の関わりの 支援」と「達成経験の確保」があった。次に、自尊感情 を高める授業実践について分析したところ、通常学級 では 「エンカウンター」 や 「道徳」 で取り上げていること が多かったが、特別支援学級では自尊感情に焦点をあ てた授業の取り組みは極めて少なく、むしろ日々の教 育実践の中で様々な工夫を行い、自尊感情を低下させ ないように取り組んでいる実態が明らかとなった。そ して、面接調査からは、小学校とは異なり、既に自尊 感情を低下している生徒への対応について苦慮してい る現状が明らかとなった。また、褒めたり認めたりす 53 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.55-63 デンマークにおける地方分権とインクルーシブ教育の推進 _ カルンボーコムーネの動向に注目して _ Decentralization and the promotion of inclusive education in Denmark: Focusing on the Kalundborg municipality 是 永 かな子 Kanako Korenaga (高知大学) 邦文要旨:本論文では、日本の県に相当する 「アムト」 廃止後のデンマークにおけるインクルーシブ教育 の展開について分析する。2007 年改革以降、市町村に相当する「コムーネ」が重度・重複障害を含めた 特別教育に責任を負うことになった。各コムーネは地域性を考慮して、独自のインクルーシブ教育を推 進している。本稿では、具体的に 1 コムーネを分析することとし、多領域のコーディネーター的役割を 担う機関などに着目しつつ、その実相を明らかにする。特にコムーネ改革後の新コムーネ地域内差異の 克服、新コムーネにおける特別教育組織編制および新たな方略の決定、インクルーシブ教育における特 別学校の位置づけと通常教育改革、 新コムーネにおける各機関のコーディネーションについて検討する。 結果は以下である。 コムーネ改革後の新コムーネ地域内差異の克服としては、特別教育としての分離的教育措置の割合の 違いが顕著であった。これらの差異をいかに解消するかもコムーネ統合の課題となっていた。 新コムーネにおける特別教育組織編制として、当初は旧コムーネの教育的蓄積の整理統合の議論を 行っていた。そのため 2008 年の特別支援教育組織編制では、各地域の教育資源を総合化・整理した上 で各教育機関の役割を明示したにとどまった。2007 年以前のコムーネ外の資源利用、コムーネ内の特 別学校、国民学校内の特別学級、通常学級支援という枠組みに大きな変更はなかった。 その後行政当局を中心に議論が継続され、インクルーシブ教育における特別学校の位置づけと通常教 育改革に関する新たな方略が 2011 年に示された。特別学校、特別学級就学は否定しないものの、通常 学級環境改善によって、より 「包括的な国民学校」 を創造するビジョンを子ども数や予算の移行の数値目 標とともに明示した。通常学級環境改善や必要に応じた個別支援を含め、多様性と柔軟性を融合させた 教育制度への転換を目指すのである。 新コムーネにおける各機関のコーディネーションについては、政策のコーディネーションは行政当局 が行い、 就学前の子どもの担当部局も含めて合意形成を行っていた。 また各学校の実践におけるコーディ ネーションでは、コムーネ立心理教育研究所 PPR が中心となって教育相談や巡回相談、予算申請の支 援を行っていた。 キーワード:デンマーク、地方分権、インクルーシブ教育 1. 問題の所在と研究の目的 271 あったコムーネは人口 3 万人以上を目処に 98 に再 デンマークは 2007 年 1 月から日本の「県」に相当す 編された(Indenrigs-og Sundhedsministeriet , 2005) 。 る 14 のアムト(amt)を廃止し、生活・教育の基本単 デンマークでは、特別教育に関して各コムーネがその 位を日本の「市町村」に相当するコムーネ(kommune) 責任で対応する場合と、国やアムトが特別な予算を に移行させ、一層の地方分権を進めている。この改革 用意して対応する場合とがあった。後者は国民学校 ではアムトは 5 つの広域行政区域レギオン (region) に、 法(Folkeskolelovens)の第 20 条第 2 項(§20.2)規 55 是 永 かな子 定に基づき、比較的重度の特別な教育的ニーズのある る資料、 コムーネ公式ホームページの情報を検討する。 子どもを対象にしている。この規定の内容は「拡大 特にコムーネ改革後の新コムーネ地域内差異の克服、 特別教育(vidtgående specialundervisning) 」と呼ば 新コムーネにおける特別教育組織編制および新たな方 れ、通常学級における「個別的統合(enkeltintegreret 略の決定、インクルーシブ教育における特別学校の位 undervisning) 」 、 「 特 別 学 級(specialklass) 」もしく 置づけと通常教育改革、新コムーネにおける各機関の はアムトまたはコムーネが運営する特別教育のセン コーディネーションについて検討する。 ターとしての「センタークラス(centerklass) 」 、視 3. 聞き取り調査地域の概要 覚障害・聴覚障害・重度重複障害などの専門教育を カルンボーコムーネは人口 48,657人(2012 年 1 月 保 障 す る「 特 別 学 校(specialskole) 」 、 「 治 療・ 入 所 1日) (http://www.kalundborg.dk/Om_kommunen/ 施 設(opholdssteder og behandlings-institutioner) 」 Kommunen_i_tal/Indbyggertal_Kalundborg_ に お け る 教 育 の 四 つ に 大 別 さ れ る(DANMARKS Kommune.aspx , 2012)、 面 積 604 km²、 首 都 コ ペ ン EVALUERINGSINSTITUT , 2009) 。これらの「拡大 ハーゲンから西に約 60km、デンマークのほぼ中央に 特別教育」は、アムト単位で実施・評価されていたた 位置する(図 1 参照) 。0 − 6 歳の子どもの数は若干 め(UNI・C Statistik&Analyse , 2008) 、アムトの廃 減少しつつあり、60 歳以上の数は増加しつつある。 止が各コムーネのインクルーシブ教育に影響を与え 義務教育学校としての国民学校区と同様にコムーネは ることは必至である。一方で、2007 年改革以前にも 17 に区分される。 (図 2 参照)そのうち Tømmerup、 インクルーシブ教育の展開には特別学校中心、特別 Gørlev、Høng、Firhøj、Svebølle、Herredsåsen、 学級・センタークラス中心、通常学級中心のコムー Rynkevang Kirke Helsinge 地 区 に は 新 興 住 宅 地 も ネなどの地域差があった(Folkeskolens vidtgående あり、人口が増加している。一方で、Løve Ørslev、 specialundervisning 1991/92−2003/04http://pub.uvm. Nyrupskolen、Rørby、Årby、Sejerø、Raklev、 dk/2005/vidtgaaende/hel.html) 。よってデンマーク Buerup、Hvidebæk、Røsnæs は人口が減少している のインクルーシブ教育の進展を分析する際には、多様 (Kalundborg Kommune , 2011) 。コムーネ内には企業 な地域差を踏まえて検討する必要があると考える。 や工場が多く、労働者が多い地域である。 よって本研究では、アムト廃止後のデンマークにお 2007年コムーネ改革においては Bjergsted コムーネ、 けるインクルーシブ教育の展開について、コムーネに Gørlev コ ム ー ネ、Hvidebæk コ ム ー ネ、Høng コ ム ー おける改革動向を分析することとする。その際には地 ネ、Kalundborg コムーネの 5 コムーネが統合され現 域の多様性を考慮して、具体的に1つのコムーネを分 在のカルンボーコムーネとなった。ちなみに各コムー 析することとし、多領域のコーディネーター的役割を ネの 2007 年以前の「拡大特別教育」対象児の割合は 担う機関などに着目しつつ、 その実相を明らかにする。 Bjergsted コ ム ー ネ 2,66 %、Gørlev コ ム ー ネ 1,08 %、 2. 研究の方法 Hvidebæk コ ム ー ネ 2,69 %、Høng コ ム ー ネ 2,21 %、 本研究では、聞き取り調査と文献検討の方法を用い Kalundborg コムーネ 3,28%であり、最も人口の多かっ る。本研究で分析するコムーネは、2007 年コムーネ た旧カルンボーコムーネは分離的教育措置が多く、 改革において 5 コムーネを統合したカルンボーコムー Gørlev コムーネの約 3 倍あった。これらの差異をいか ネ(Kalundborg Kommune)とする。聞き取り調査 に解消するかもコムーネ統合の課題となった。 を行ったのは、コムーネ改革約 2 年後の 2008 年 12 月 4.聞き取り調査結果 11 日(第一回)と改革約 5 年後の 2011 年 11 月 11 日 1)カルンボーコムーネにおける特別教育組織編制 (第二回)である。調査対象者は、第一回は市長、教 カルンボーコムーネは 2008 年には以下の特別教育組 育長、第二回は教育長であった。文献は主に聞き取り 織編制を行っていた(図 3 参照) 。 調査時に提供された資料およびコムーネが公刊してい 各学校は子どもの知的能力や障害種に応じて役割分担 56 デンマークにおける地方分権とインクルーシブ教育の推進 図 2 カルンボーコムーネにおける 17 学区 (Tømmerup, Gørlev, 図 1 カルンボーコムーネの位置 Høng, Firhøj, Svebølle, Herredsåsen, Rynkevang, Kirke Helsinge, Løve Ørslev, Nyrupskolen, Rørby, Årby, Sejerø, Raklev, Buerup, Hvidebæk, Røsnæs) 出 典:Indenrigs-og Sundhedsministeriet(2005) KOMMUNALREFORMEN–KORT FORTALT, p.14. 出 典:Kalundborg Kommune(2011)Den rummelige folkskole En bevægelse fra specialiserade til mindre specialiserade tilbud, Kalundborg Kommune,p.49. 図 3 カルンボーコムーネにおける特別支援教育体制 出 典:2008 年 12 月 11 日聞き取り調査時教育長提出資料 , Kalundborg Kommune(2011)Den rummelige folkskole En bevægelse fra specialiserade til mindre specialiserade tilbud, Kalundborg Kommune,p.10. 注 1:デンマーク語ではユグドラシル、北欧神話にちなんだ特別学級名である。 57 是 永 かな子 表 1 カルンボーコムーネにおける障害と能力に応じた教育的措置 出 典:Kalundborg Kommune(2011)Den rummelige folkskole En bevægelse fra specialiserade til mindre specialiserade tilbud, Kalundborg Kommune,p.11. 注 1:Adfærd, kontakt og trivsel と表記されており、英語訳は、Behaviour, Contact, Welfare である。ここでは、 その意味内容から行動情緒障害とした。 注 2:Hvidebæk 学校は特別学校には位置づけられていないが、20 人を定員として 0 年から 9 年の軽度知的障害児、 学習困難児の特別学級対応を行っている。 をしている。次に各学校や特別な教育の場の一覧を示す を有する場合は Sigrid Undset 学校に就学する。2008 (表 1 参照) 。 年の段階では 94 人が Sigrid Undset 学校を利用して 基本的には 2007 年以前のコムーネ外の資源利用、 いた。 コムーネ内の特別学校、国民学校内の特別学級、通常 他の特別学校としては Tejbjerg 学校、Svallerup 学 学級支援という枠組みは変えていない。各地域の教育 校、Kathøj 学校がある。初等・前期中等教育段階で 資源を総合化・整理した上で各教育機関の役割を明示 は、Tejbjerg 学校が自閉症スペクトラムと社会・情 したのである。上記の図表に基づいてカルンボーコ 緒 障 害 の 対 応 を 行 い、Svallerup 学 校 は 社 会・ 情 緒 ムーネにおける教育措置について説明する。 障害と ADHD の対応を主に行う。後期中等教育以 レギオンや他のコムーネの資源利用とは、以前の国 降は Kathøj 学校が全ての障害に対応する。明確に 民学校法第 20 条第 2 項規定に基づいており、重度・ 診 断 が あ る 場 合 は、 社 会・ 情 緒 障 害 は Tejbjerg 学 重複障害児や、カルンボーコムーネでは教育が保障で 校、ADHD は Svallerup 学校、自閉症スペクトラム きない障害種の子どもを対象として、カルンボーコ は Kathøj 学 校 に 措 置 す る 傾 向 が あ る(Kalundborg ムーネ以外の場で教育を受けることを意味する。2008 Kommune , 2011) 。2008 年の段階では Tejbjerg 学校 年の段階では約 60 人の子どもが他地域の資源を活用 は 50 人、Svallerup 学 校 は 20 人、Kathøj 学 校 は 20 していた。他地域の支援利用は、多額の交通費や教育 人の子どもが就学していた。 費の支出を意味するため、地方分権の推進とともに減 義務教育学校としての国民学校においても特別な支 少する傾向がある。 援が行われる。特別な場による支援としては、国民学 次に特別学校における対応である。カルンボーコ 校内で通常の能力ではあるものの学習困難(学習障害 ムーネには 4 校の特別学校があり、担当する学年や を含む) 、対人関係困難、行動情緒障害、ADHD、自 障害種で役割分担している。拡大特別教育としての 閉症のある子どもに対応する Rørby 学校にあるユグ Sigrid Undset 学校は、特別な学童保育や保育園、教 ドラシル、Gørlev 学校にある A 学級が対応する。ユ 育センターの機能も有している。よって重度知的障害 グドラシルと A 学級は行動面の支援を行う学級であ 58 デンマークにおける地方分権とインクルーシブ教育の推進 り、後述する AKT 教員が配置されている。知的障害 り、子どもや学級の問題の特定、関連情報の収集、教 の併存が想定される場合は特別学級に措置される。特 員間の省察、対応策の具体化と実施、評価を教員の 別学級は 0 年から 3 年までは地域の学校に設置され 同僚性や外部からのスーパーバイズに基づいて行う。 るが、4 年から 10 年は Hvidebæk 学校、Firhøj 学校、 スーパーバイズや教員研修を含め、学校や自治体は 2 Kirke Helsinge 学校、Rynkevang 学校の 4 つに集約 − 3 年間単位で LP モデルの導入を契約する。契約で される。通常の能力であり、学習困難、対人関係困難、 は、 子ども数に応じてコンサルテーション料を支払う(是 行動情緒障害、ADHD のある子どもは Årby 学校の 永 , 2012) 。カルンボーコムーネでは特別学校を含む全 言語学級において対応する。2009 年の時点ではユグ ての学校に LP モデルを導入している(前掲 7 , p . 32 .) 。 ドラシル措置定員は 20 人、対象学年は 0 学年から 6 先行的に 5 つの学校で LP モデルを導入し、その成果を 学年、就学時間は 7 時 50 分から 16 時、教員 2 人と 6 踏まえて、17 通常学級、4 特別学校に導入したのである。 人の保育士 が配置されていた。A 学級措置は 18 人、 以下は各学校の子ども数と子ども数に応じて支払うLP 0 学年から 9 学年を対象とし、就学時間は 8 時 20 分 モデル使用料の一覧である。 から 14 時、4 人の教員と 3 人の保育士が配置されて LP モデルの使用には他に E ラーニング、研修、初 いた。言語学級は定員 25 人、0 年から 3 年を対象と 期経費などもかかるが、インクルーシブ教育も想定し し、 就学時間は 6 時 30 分から 15 時 (学童保育を含む) 、 た教育環境改善のために、経費が支出されている。 教員 1 人、保育士 1 人、言語聴覚教員 0, 7 人、必要に カルンボーコムーネでは学校現場と行政当局のコー 応じて理学療法士や職員が配置される(Kalundborg ディネーターとして PPR の役割が注目されていた(図 Kommune , 2009)。言語障害(ディスレクシア)支援 4 参照) 。PPR(Pædagogisk Psykologisk Rådgivning) は 2008 年の調査時には 10 人、特別学級措置は 260 人 とは、教育心理カウンセリングを行うコムーネ立の機 であった。個別統合は週 12 時間が一つの目安とされ 関であり、全コムーネに設置されている。教員や保育 ており、週 12 時間以上の統合、週 12 時間未満の統合 士、教育コンサルタント、心理士、作業療法士、言語 を行う形態がある(前掲 7 , p . 31 . )。 療法士、理学療法士などが所属する。主たる業務は、 また Hvidebæk 学校は、0 年から 9 年の軽度知的障 特別なニーズのある子どもやその保護者への助言、特 害児、学習困難児の特別学級対応を主に行っている。 別なニーズのある子どもにかかわる学校や機関への 特別学級ではあるが通常学級教育への参加を意識しつ 助言や指導、特別教育に関する相談、言語療法、ア つ、デンマーク語、算数・数学、英語の補償教育を行 セスメントの実施や指導方法・内容の提示などであ う。定員は 2 0 人、就学時間は 8 時から 15 時までで、 る(http://www.kk.dk/Borger/PasningOgSkolegang/ 必要に応じて教職員が配置される(前掲 9 , p . 17 . ) 。 RaadgivningOgVejledning/PPR . aspx , 2012) 。公立 通常学級における支援として、AKT 教員の配置 学校は分配された予算に基づいて教育内容を考え、何 がある。AKT 教員は行動情緒障害のある子どもに が最も良いか自らで具体化する。その際特別な予算が 対応する専門教員である。旧 Høng コムーネ(Høng 必要であれば教育委員会に学校が予算を申請するが、 学校、Løve/Ørslev 学校、Buerup 学校)では先行 その手続きも PPR は援助する。カルンボーコムーネ して AKT 教員を活用した実践を行っていた。その では、日常的に PPR の 7 − 9 人の心理士が学校を巡 結果として低学年と中・高学年など学年を意識した 回している(前掲 7 , p . 26 .) 。0 − 6 歳は幼児のための AKT 教員のかかわり、通常学級教員との連携を強化 特別センターや社会福祉当局が主に担当するが事例に した AKT 教員配置モデル「Høng モデル」が開発さ よっては協働する。 1) 。カルンボーコムーネでは れた( 前掲 7 , pp . 51- 52 . ) 特別な教育が必要な子どもは増えている。またコ このモデルを継承し、コムーネ内の学校に AKT 教 ムーネが統合された結果、措置待ちの子どもは増え 員を配置している。 た。2008 年現在、措置審議待ちの子どもは約 300人、 また通常学級の教育環境をよりインクルーシブにす 全ての措置が決定されるまで約 2 年の期間がかかる るために教育環境開発・分析のための「LP モデル」 そうである。そのため特別な教育の整備とインクルー も活用している。ノルウェーで開発された LP モデル ジョン推進の両方が必要であると、教育長は指摘し は、全ての子どもを対象とした学習環境の開発であ ていた( 教育長に対する聞き取り調査 , 2008)。 59 是 永 かな子 表 2 子ども数と LP モデル使用料(2011 年) 出 典:Kalundborg Kommune(2011)Den rummelige folkskole En bevægelse fra specialiserade til mindre specialiserade tilbud, Kalundborg Kommune,p.53. 注 2:1 デンマーククローネは約 13,4 円である(2012 年 1 月 20 日)。 図 4 カルンボーコムーネの特別教育に関する支援組織 出 典:2011 年 11 月 11 日聞き取り調査時教育長提出資料 . 注 1:Vesterbjerggård 特別学校は通常の能力がある自閉症スペクトラムの子 どもを中心に必要に応じて設置される小規模学校である。 60 デンマークにおける地方分権とインクルーシブ教育の推進 2)コムーネ改革後の動向 的には特別教育対象児・特別教育予算を減らし、通常 2008 年の聞き取りにおいては以下の方向性が示さ 教育対象児・通常教育予算を増やすのである、と( 教 れた。新カルンボーコムーネは、5 つのコムーネを統 育長に対する聞き取り調査 , 2011)。 合して創出された。教育においては 5 つの文化を統合 2011 年現在は図 5 のように、 可能な限り 「特別」 な 「分 することが課題であり、当面大きな変更を行う予定は 離」形態を解消し、通常学校に資源を移行することを ない。よって、他地域の特別学校の利用も維持する。 めざしている。2016 年には特別学校対象児を現在の 肢体不自由や自閉症などカルンボーコムーネだけで対 90 人から 70 人に減らし、20人分の 450 万クローナの 応出来ない障害種も存在する。また特別学校の経験や 予算を特別学級に移行させる。特別学級就学児は現在 専門性は維持しなければならないが、現在は通常学級 の 170人から 85 人国民学校の通常学級に移行させる で対応できる方略を検討中である。肢体不自由対応は ことによって 105人とし、850万+αクローネの予算 準備中であるが、自閉症に関して新たな資源を開発す を通常学級に移行させるのである。他にも全体として る計画はない。特別学校は経費がかかるため、特別教 20 人の特別教育対象児を特別な学校や学級から通常 育予算はますます増加する傾向がある。よって新しい 学級に移行させることも含めて予算移行の計画を立て ビジョンを持つべきである。学校の統合も政治の論点 ている。そのために通常教育環境を変化・改善させる である。学校はコミュニティの中心であり、市民のセ ことによって、 対応できる子どもの数や範囲を増やす。 ンターである。もし閉校になったら地域全体が反対す 特別学校の対象が 0 にはなることはないであろうが、 るであろう。しかし規模が小さすぎると学校自身がつ 国民学校で対応できる子どもを増やすことをめざすの ぶれてしまう。インクルージョンを考えなければなら である、と( 教育長に対する聞き取り調査 , 2011)。 ない状況にある、と( 市長、教育長に対する聞き取り 今後は通常学級においてもグレーゾーンの教育を意 調査 , 2008)。つまり、改革後 2 年たっても統合の推 識する必要がある。通常学級は IQ80 の子どもも教え 進事態に苦慮しており、新たな方向性は見いだされず なければならないし、通常学級が整備されるのであれ にいたのである。 ば IQ70 の子どもにも対応できるようになる。環境を 2011 年 の 聞 き 取 り に お い て は 以 下 の 方 向 性 が 変えれば子どもの能力は伸びるのである。学校は「子 示 さ れ た。 「 包 括 的 な 国 民 学 校(Den rummelige どもの問題」に注目するのではなく、子どもが困難 folkeskole) 」が改革の基本方針であり、通常学校とし な「状態」にあるととらえることが重要である。よっ ての国民学校がより 「包括的」 になることにより 「特殊」 て通常学校が変わる必要がある。特別学校に就学する を減少させる運動を行っている(前掲 7, p . 36 . )。具体 子どもが増えて資源が特別学校に使われることによっ 図 5 カルンボーコムーネにおける特別教育対象児措置の現状と目標 出 典:Kalundborg Kommune(2011)Den rummelige folkskole En bevægelse fra specialiserade til mindre specialiserade tilbud, Kalundborg Kommune, p. 63. を参考に作成 . 61 是 永 かな子 て、通常学校の資源が貧弱になる。一方で特別学校の の動向を鑑み、より民主主義的で経済的な具体案を政 教員が異動することによって特別教育の専門性が発揮 策として示すのである。実践における各機関のコー できなくなることも懸念される。教員の専門的な能力 ディネーションでは、PPR が中心となり、子どもや が発揮されないことも資源の消失であり、特別学校対 保護者、教員、関係者に対して助言を行ったり、情報 象児がいなくなることも想定されないため、特別学校 収集やアセスメント、指導に関するスーパーバイズを の廃止は考えてはいない、と( 教育長に対する聞き取 行ったりする。学校は教育委員会から配分された予算 り調査 , 2011)。 の範囲内で自由裁量を発揮し、必要に応じて PPR と 5. 考察 連携しつつインクルーシブ教育を具体化するのであ 2007 年のコムーネ改革を受けて、各コムーネは旧 る。 コムーネ間差異や文化の統合が必要になった。カルン ボーコムーネでは 2007 年改革後は 5 つのコムーネの 註欄 文化や教育的蓄積を「調整」することが主題であった。 1) ペダゴー pædagoger といわれる資格であり、就学 そのため、通常学校や特別学校も統廃合や改善を検討 前教育のみならず国民学校の低学年を中心にアシス するよりも現状の把握や維持に時間を費やしていた。 タント教員として学校教育にかかわる。放課後の学 基本的には 2007 年以前のコムーネ外の資源利用、コ 童保育活動 SFO の職員として勤務する場合もある。 ムーネ内の特別学校、国民学校内の特別学級、通常学 級支援という枠組みは変化させなかったのである。 引用文献 コムーネ改革の際、これまで重度・重複障害や専門 Indenrigs-og Sundhedsministeriet(2005) 性の高い特別教育を提供していたアムト立学校はコ KOMMUNALREFORMEN– KORT FORTALT. ムーネ立に移行されたり、より広範囲のレギオン立に DANMARKS EVALUERINGSINSTITUT 移行されたりした。そのため各コムーネは従来就学指 (2009)Visitationsprocessen til vidtgående 導のみで経済的負担を検討することがなかった他コ specialundervisning Kommunernes ansvar for ムーネの教育資源利用について検討する必要性に迫ら opgaven efter kommunalreformen. UNI・C Statistik&Analyse(2008)Folkeskolens れることとなった。特別教育対象児の増加は、通常教 育予算の逼迫を招き、 通常教育の環境のさらなる悪化、 vidtgående specialundervisning Skoleårene 不適応を示す子どもの顕在化・増加によって、いっそ 1996/97-2006/07. Folkeskolens vidtgående specialundervisning うの排除・分離を招くという悪循環も生じていた。 行政当局における継続的な審議の結果、2011 年に 1991/92-2003/04http : //pub.uvm.dk/2005/ 新たな方略が示された。分離的な教育形態から統合的 vidtgaaende/hel.html な教育形態へと移行させるビジョンが打ち出されるに カルンボーコムーネ HP: いたったのである。特別学校、特別学級就学は否定し http://www.kalundborg.dk/Om_kommunen/ ないものの、通常学級環境改善によって、より包括的 Kommunen_i_tal/Indbyggertal_Kalundborg_ な学校を創造する目標を明示した。そのために全学校 Kommune. aspx(2012 年 1 月 20 日参照) Kalundborg Kommune(2011)Befolkningdprognose に LP モデルを導入したり、AKT 教員の養成配置を 2011- 2026 , Kalundborg Kommune p . 4 進めたりしている。また恒常的に設置されている学級 のみならず必要に応じて支援を行う教育方法も保障す Kalundborg Kommune(2011)Den rummelige るように、多様性と柔軟性を融合させた教育制度をめ folkskole En bevægelse fra specialiserade ざすこととなった。 til mindre specialiserade tilbud , Kalundborg 新コムーネにおいて関係機関間のコーディネート的 Kommune , p . 22 . 役割を担っているのは、政策立案や予算措置に関して Kalundborg Kommune(2009)Specialtilbud i は行政当局、実践に関してはコムーネ立教育心理研究 Kalundborg Kommune Forår 2009 , pp . 8 - 9 , p . 27. 所 PPR であった。行政当局の会議には必要に応じて 是永かな子(2012)通常学校におけるインクルーシブ 就学前の子どもの担当部局が参加する。その中で全体 教育のための教育方法―ノルウェーの LP モデルと 62 デンマークにおける地方分権とインクルーシブ教育の推進 デンマークのギフテッドプログラムを中心に―, 高 知大学教育学部研究報告 , 72 , 印刷中 . コペンハーゲンコムーネ HP: http://www.kk.dk/Borger/PasningOgSkolegang/ RaadgivningOgVejledning/PPR . aspx(2012 年 1 月 20日参照) 2008 年 12 月 11 日、市長に対する聞き取り調査。 2008 年 12 月 11 日、教育長に対する聞き取り調査。 2011 年 11 月 11 日、教育長に対する聞き取り調査。 63 「特別支援教育コーディネーター研究」第 8 号 2012 年 2 月 p.65-70 発達障害児を持つ保護者の小学校の養護教諭に対するニーズ Qualitative research for investigating the parents needs about school nurse's education and care for their children with developmental disabilities in elementary school 中 島 育 美 水 内 明 子 Ikumi Nakajima Akiko Mizuuchi (富山大学大学院医学薬学研究部) (発達支援サークル マリオクラブ) 水 内 豊 和 Toyokazu Mizuuchi (富山大学人間発達科学部) 要旨:保健室を利用する子ども達の中には発達障害のある児童生徒も少なくなく、養護教諭は通常学校 において特別支援教育のキーパーソンになることが期待されている。しかし、保護者は養護教諭との関 係性が薄い傾向にあり、発達障害児をめぐって有効な連携や支援へとつながりにくい。そこで、本研究 では発達障害児の保護者が養護教諭にどのようなことを期待しているのか 8 名の保護者に対するインタ ビュー調査を通して明らかにし、養護教諭の役割を検討した。調査項目は、①発達障害児との関わりに おいて養護教諭に求めること、②教職員との関わりにおいて養護教諭に求めること、③クラスメイトと の関わりにおいて養護教諭に求めること、④きょうだい児との関わりにおいて養護教諭に求めること、 ⑤発達障害児の保護者との関わりにおいて養護教諭に求めること、の 5 項目である。調査の結果、子ど も一人ひとりの特性を理解して関わる個別の対応、子どもと保護者の思いを理解し繋げるコーディネー ト能力、発達障害のある子どもやきょうだい児、保護者に対するメンタル面での対応、子どもや保護者 が来室しやすい保健室作りが求められていることが示唆された。 キーワード:発達障害児、保護者、きょうだい児、養護教諭、保健室 Ⅰ . はじめに そこで、本研究では発達障害児の保護者が養護教諭 淡路らは「児童生徒はけが以外にパニックやクラス にどのようなことを期待しているのか、保護者に対す になじめない等の理由で保健室に来室している」淡 るインタビュー調査を通して明らかにすることを目的 路・郷間(2005)と述べているように、保健室を利用 とする。 する子ども達の中には発達障害のある児童生徒も少な くない。養護教諭はその職務と特性から発達障害のあ Ⅱ . 調査研究の方法 る子ども達と関わることも多い。そのため、保健室は 1. 対象 子ども達にとってほっとできる場であると同時に、養 T 県の小学 1 〜 3 年生で通常学級に在籍する発達障 護教諭は得た情報を提供し教職員間で情報共有するな 害のある子どもをもつ保護者のうち、研究の趣旨に同意 ど特別支援教育のキーパーソンになることが期待され が得られた 8 名を対象とした。この保護者たちは全員が る。 筆者たちが監修する発達障害児の発達支援サークル(親 しかし、古川・内藤・松島(2009)は「学校との連 の会) のメンバーであった。対象者の属性を表 1 に示す。 携は担任が中心に行われており、養護教諭の関与につ 2. 調査方法、時期および内容 いてはわからないとするものが多く、保護者は養護教 第 1 筆者と個別の対象者による半構造化インタ 諭との関係性が薄い傾向にある」 と述べているように、 ビュー法により、平成 23 年 4 月〜 6 月にかけて T 大 特別支援教育において有効な人的リソースであるにも 学の個別相談室において調査した。調査内容は①発達 かかわらず、保護者と養護教諭との直接関わる機会の 障害児の関わりにおいて養護教諭に求めること、②教 少なさが子どもにとって有効な作用を十分に発揮でき 職員との関わりにおいて養護教諭に求めること、③ ない可能性は否めない。 クラスメイトとの関わりにおいて養護教諭に求めるこ 65 中 島 育 美 水 内 明 子 水 内 豊 和 表 1 対象者とその子どもの属性 と、④きょうだい児との関わりにおいて養護教諭に求 れるであろう。 めること、⑤発達障害児の保護者との関わりにおいて 具体的に養護教諭に期待することとしては、 「保健 養護教諭に求めること、の 5 項目について調査した。 室以外でも『 どうしたの ? 』などこまめに声をかけ、 3. 倫理的配慮 日頃から話しやすい関係を作るようにしてほしい。 」 調査対象者には、研究の目的および方法、プライバ (C 氏) 、 「保健室に入りやすく、いてもいいんだよと シーの保護及び守秘義務の厳守、研究への参加は任意 いう温かい雰囲気が必要だと思う。 」 (F 氏) 、 「子ども であり途中で参加を拒否することもできること、研究 が気軽に保健室に相談にいけるかが問題だと思うの 終了後はデータを適切に廃棄することを口頭で説明 で、クラスに養護教諭が顔を出して子ども達が養護教 し、同意を得た上で面接を実施した。 諭に相談してもよいことが分かるようにしてほしい。 」 (G 氏) 、といった養護教諭との信頼関係の構築や保健 Ⅲ . 結果と考察 室の雰囲気作りがあげられた。また、 「健診の場面な 1. 発達障害児への関わりについて ど子どもが分かり、不安にならないような配慮を知っ 発達障害児への関わりにおいて養護教諭に求めるこ てもらえるとよい。 」 (A 氏) 、 「健康診断の説明はし ととして、 「保健室に行くことができるようになるま てもらえるとどの子どもにとってもわかりやすいと思 で時間がかかることや初めてのことには恐怖や不安が うが、内容はより詳しく、実物を見せながらどのよう 大きいことを知ってほしい。< 中略 > 大勢の人がい に行うのかやってほしい。 」 (C 氏) 、 「健康診断時にみ ると集中力に欠けてできないこともあることを知って んながいて集中力に欠けてできないこともあるので、 ほしい。 」 (E 氏) 、 「発達障害と言っても一人ひとり違 実施時の環境も整えてほしい。 」 (E 氏) 、 「健康診断な う。 」 (D 氏) 、 「その子にあった対応を知ってほしい。 」 ど初めてすることはやり方が正しいか確認したくなる (C 氏)といったように第一に発達障害児の特性に関 ので、その度に『あっているよ』と声をかけてほし することがあげられた。このことから、養護教諭には い。 」 (D 氏)とあり、発達障害のある子ども達が安心 適切に子どもの特性を理解して対応することが求めら して健康診断を受けることができるような配慮や工夫 66 発達障害児を持つ保護者の小学校の養護教諭に対するニーズ が期待されている。この他にも「メンタル面での対応 に促していく役割が期待されていると考えられる。 をしてもらいたい。相談にのってもらったり、話を聞 3. クラスメイトとの関わりについて いてもらったりするだけでよいこともきっとある…略 クラスメイトとの関わりについて養護教諭に求める …ちょっとした嫌だったことなど吐き出せる場である こととしては、 「親でも理解するのは大変なのにクラ とうれしい。 」 (E 氏) 、 「苦手な場面や困っているとき スの子ども達に理解してもらうのは難しいと思う。し に見方を変えることのできるような言葉がけをするな かし、苦手な面を知ってもらうのではなく、できる部 どして支えてほしい。 」 (H 氏)といった子どものメン 分など伝えていってほしい。 」 (E 氏) 、 「できないこと タルヘルスに関することも期待していた。 もあることは知ってほしいが、クラスの中で『 障害が このように、養護教諭には、発達障害のある子ども あるのはお前だ』と特定されるのは嫌だ。 」 (H 氏) 「世 、 達一人ひとりの特性を理解した上で、養護教諭との信 の中には障害をもった人もいるんだという授業がある 頼関係の構築や保健室の雰囲気作り、健康診断の工夫 と、頭の片隅にでも残るのではないかと思う。 」 (G 氏) や配慮、メンタル面での対応など一人ひとりが安心し という意見や、 「隠すことではないけれど、 『この子は て学校生活を送ることができるようにサポートするこ こういう子』 『マイペースな子』というように子ども とが求められていると考えられる。 達は自然に思ってくれたらいい。あえてこんなことが 2. 教職員への関わりについて 苦手ということを伝える必要はないと思う。 」 (B 氏) 発達障害児への関わりにおいて教職員間での関係で という意見も得られた。このことから、クラスの子ど 養護教諭に求めることとして、 「サポートブックを持っ も達が障害のある子どもが特定されたりできない面が て行ったが、担任しかサポートブックのことを知らな 注目されたりするのではなく、自然な形で得意な面に いことがあった。サポートブックに書いてあること 注目できるようにクラスの子ども達と関わることが養 は子どもの周囲の先生方に共通理解してほしい。 」 (B 護教諭に求められると考えられる。 氏) 、 「こころの不調が体調の不調としてあらわれると また、 「保健室に子どもが相談に行ったとしても、 思うのでそれに気がつけるのは養護教諭だと思う。 」 クラスメイトには相談しに保健室に行っていることが (A 氏)という子どもの特性などの情報の共通理解と 分からないようにしてほしい。 」 (C 氏)ということが メンタル面での理解が挙げられた。 あげられた。これらのことから、クラスメイトとの関 具体的に養護教諭に期待することとしては、 「保育 係性に配慮しながら健康相談活動を進めていくことが 園などの入学前の様子が学校にも伝わるように教職員 養護教諭に求められると考えられる。 間でも共通理解してほしい。 」 (A 氏) 、 「担任の先生 4. きょうだい児への関わり が変わったときに子どもの情報が引き継がれていな 6 年という小学校生活においてはきょうだい児と在 かったことがあったので、学校内の教職員の間でも情 学期間が重なることも少なくない。きょうだい児との 報や対応をそろえてほしい。 」 (G 氏) 、 「養護教諭は就 関わりとして養護教諭に求めることは、 「きょうだい 学相談の段階から一緒に話を聞き保護者との信頼関係 のことでしんどくなったら、全体を知っている養護教 を築いていけると、どんなときに保健室を利用してよ 諭には親には言えないことであっても一言でも相談で いのかが分かり、保護者や子どもが保健室の利用をし きるといい。 」 (A 氏) 、 「話を聞いてもらえる存在や やすくなる。 」 (E 氏)といった保育園からの引継ぎや 気にかけているということが養護教諭であったり学校 教職員間での情報共有・共通理解など学校の体制を含 の職員の中でいるとよい。 」 (F 氏) 、 「今はあまり必要 めて保護者や子どもが安心できるような環境を整える 性は感じていないが、担任の先生はクラス全員を見て 役割が期待されている。また、 「お腹が痛いなどの背 いるけれども、保健室が学校全体を把握していると思 景にこころの問題があるのではないかという視点を養 う。< 中略 > 保健室では自分 1 人と対応してくれる 護教諭以外の先生方にも知ってもらえるようにしてほ と思う。 」 (B 氏)という意見が得られた。このことは、 しい。 」 (B 氏)といった、教職員への身体的・精神的 養護教諭がクラス単位ではなく学校の児童・生徒全体 な健康についても啓発など求められている。 を把握することができるという養護教諭の特性やここ これらのことから、保護者の思いを学校全体につな ろの健康やメンタルヘルスなど養護教諭の専門性が期 げて体制を整えたり、メンタル面などの理解を教職員 待されているためであると考えられる。 67 中 島 育 美 水 内 明 子 水 内 豊 和 このように、きょうだい児が自分の思いを相談でき 無駄話をしたい。 」 (F 氏)という意見が得られた。こ る場や相談できる人が学校の中に必要であり、それは のように、保護者は養護教諭に保護者自身の精神的な 保健室や養護教諭に期待されているといっても過言で 支えを期待していることが示唆された。 はなく、きょうだい児のメンタル面でのサポートをし ていくことが求められるだろう。 Ⅳ . 総合考察 5. 発達障害児の保護者との関わりについて 1. 対象者の属性からみた養護教諭への期待 発達障害児の保護者は養護教諭や保健室に対して 今回は小学校 1 年生の保護者と小学校 3 年生の保護 「保健室は子どもにとって相談できる場所だとは思う 者それぞれ 4 名にインタビューを行った。小学校 3 年 が、保護者も相談してよいのか分からない。 」 (C 氏) 、 生よりも小学校 1 年生の保護者では、健康診断や身体 「養護教諭がどんな知識を持ってどのようなことに対 測定時の配慮についての意見が多くみられた。 それは、 応してくれるのか分からない。 」 (B 氏)という思いを 健康診断や身体測定が、小学校に入学し幼稚園・保育 抱いていた。そして、 「相談してよいということが分 園の時よりも実施回数や検査項目が増え、さらには、 かっているのでのであれば相談したい。 」 (H 氏) 、 「養 今まで実施したことのない初めて行う健診があること 護教諭がどのような人か分かれば相談したい」 (E 氏) が要因の一つであると考えられる。池永・津島(2010) という意見もあげられた。このことから、保護者の多 は、 「発達障害のある児童生徒は集団での実施する定 くは可能であれば養護教諭に相談したいと思っている 期健康診断においてさまざまな困難点をもっており、 ものの、はたして相談していいのか分からない状態で 困難点は発達障害の特性の一つである感覚過敏による あると考えられる。その背景には、養護教諭と保護者 ものや、児童生徒が個別にもつ過去のトラウマ、検診 との関係性が薄いことや、保護者に養護教諭の職務や に対する慣れの有無、集団という環境下で影響を受け 活動が伝わっていないことがあるのではないかと思 たものなど関連している」 と述べている。このように、 う。 集団での健康診断が増える小学校段階において、分か 具体的に養護教諭に期待することとして、 「保健だ りやすく、安心して健康診断を受けることができる環 よりにおいて保護者向けに『何か相談のある人はどう 境や子ども達への説明や練習、準備といったことが養 ぞ』など一言書いてあれば相談していいことが分かり 護教諭に期待されると考えられる。一方で、小学校 1 助かる。 」 (H 氏) 、 「養護教諭がどのような人か知りた 年生の保護者より小学校 3 年生の保護者では、子ども いので授業参観など保護者が学校に来ているときに声 と養護教諭の関係性に注目している傾向がみられた。 をかけてもらいたい。 」 (C 氏) 、 「保護者懇談会の時な 学校生活を重ね、学年が上がる中で、子ども達が自ら どに養護教諭も個別の相談会など設けてもらいたい。 」 困ったときに相談にいくことを大切に考え、その行動 (G 氏)など、養護教諭との関係性を築くことや養護 を起こしやすくしていくためには子どもと養護教諭の 教諭に相談できる環境を整えてほしいと考えている。 信頼関係が大切であると保護者は考えている。 また、相談したい内容としては「養護教諭には健康 また、きょうだい児の支援については、特に現在同 に関することを相談したい。 」 (A 氏) 、 「集団生活の じ学校にきょうだい児が在籍している場合において、 中での子どもの姿についてではなく、子どもの成長に きょうだい児の精神的なサポートがより求められてい ついて話や相談がしたい。 」 (B 氏)ということがあげ る。このことからも、養護教諭は学校全体を把握する られた。これは、健康面やその子どもの経年的な成長 ことができるという職務の特性を活かし子ども達を支 など、養護教諭の職務の専門性や子どもの成長を把握 えることが求められると考えられる。 している養護教諭であるからこそ期待されるものであ なお、今回、インタビューとあわせて育児ストレス ると考えられる。そのほかにも、 「小学校に入学して インデックス(PSI)を行った。育児ストレスインデッ から担任の先生には困りごとの要点だけ話をするが、 クス(PSI)の総点の平均は 191 点であり、それに比 養護教諭には子どもの困りごとで親自身も悩んでいる して今回実施した 6 名の保護者全員において総点が高 という感情面についても話ができると思う。 」 (C 氏) い結果となった。このことから、発達障害のある子ど や、 「担任の先生には要点を絞り無駄話はしないけれ も達をもつということは子どもの特性や周囲の理解な ど、子どもの悩みや今後の不安だけでなく、世間話や どの要因から育児ストレスを感じやすいことが示唆さ 68 発達障害児を持つ保護者の小学校の養護教諭に対するニーズ れる。この結果からも、育児ストレスを軽減すること えられる。このことから、養護教諭が行う健康相談活 ができるようなかかわりや働きかけが求められると考 動の充実を図り、発達障害のある児童生徒やきょうだ えられる。 い児、保護者に対する丁寧なサポートを行うことが期 2. 養護教諭に期待される役割 待される。 今回のインタビューを通して養護教諭に期待される 三つ目に、 「思いを理解し繋げるコーディネート能 こととして、以下の 4 点が挙げられる。一つ目に、 「一 力」があげられる。 小林・竹下(2009)の調査によれば、 人ひとりの特性を理解し関わるといった個別性への配 「9 割近い学校において、養護教諭は特別支援教育に 慮」である。保護者の望む一人ひとりの特性を理解す 関する校内委員会の構成メンバーに入っている」とい るということにおいては、発達障害のある児童生徒の う結果が得られている。また、養護教諭は日頃の関わ 苦手なことや場面、パニックになったときの対応方法 りや健康相談活動、健康に関する情報など養護教諭の といったことだけではなく、発達障害のある児童生徒 職務の特性から知り得る情報も多く、発達障害のある の得意なことや好きなことにも注目し一人ひとりを理 児童生徒、きょうだい児、保護者の思いを知ることが 解してほしいという思いがあった。このように、発達 できると考えられる。このことから、発達障害のある 障害のある児童生徒の特性を理解し、困った時に支え 児童生徒と教職員、発達障害のある児童生徒の保護者 ることができるだけではなく、自己肯定感を下げない と学校、教職員間、学外の関係機関においてそれぞれ よう、得意なことにも注目し、積極的に高めていく関 の立場や思いを理解し伝えてコーディネートしていく わりを日頃から行っていくことが必要である。また、 ことで子ども達を様々な方向から捉えることができ、 苦手なことや得意なことなど特性を理解することで、 より一人ひとりの個別性に応じた関わりやサポート体 発達障害のある児童生徒にとって分かりやすく、健康 制を学校の中で築くことができると考えられる。 診断や身体測定、保健指導を行うことができると考え 四つ目に、 「子ども達や保護者が利用しやすい保健 られる。そして、そのことは発達障害のある児童生徒 室づくり」があげられる。今回、保護者へのインタ だけではなく多くの児童生徒に分かりやすい健康診断 ビューから、保護者、特に発達障害児の保護者にとっ や保健指導につながるのではないかと考えられた。 て保健室はまだまだ利用しやすい場所となりえていな 二つ目に、 「発達障害のある児童生徒、ならびにきょ いことが示された。保護者が保健室を利用しやすくな うだい児、保護者に対するメンタル面での対応」の役 ることで、保護者の子育てや教育に関する不安や悩み 割が期待されている。今回のインタビューを通して、 を軽減することにつながるのではないかと考えられ 多くの保護者は発達障害のある児童生徒、きょうだい る。また、保護者が養護教諭のことをもっと知ること 児が学校の中で相談できる相手が存在することを望ん が子どもの保健室の利用につながる。このことから、 でおり、同時に保護者自身も相談できる相手がほしい 保健室を「利用しやすい」と保護者や子ども達が感じ と望んでいた。そのことから、養護教諭は、普段から るために、保護者への保健室の開放や養護教諭から保 発達障害のある児童生徒やきょうだい児と関わり、心 護者への積極的な声かけなど養護教諭との信頼関係の 身の状態の観察を大切にすると共に、子ども達が相談 構築や養護教諭の役割や活動の周知が必要であること することができる関係性の構築が必要であると考えら が示唆された。 れる。そして、保護者も相談できる体制を整えること 今回のインタビューを通して、以上の 4 点が特に養 やメンタル面での対応が求められよう。今回のインタ 護教諭に期待されていると考えられる。 ビューからは、保護者が担任教諭に相談する内容は学 3. 特別支援教育や発達障害への対応を考慮した今後 習面に関することが多く、一方で養護教諭に相談する の保健室の活かし方 内容は精神面・健康面や発達に関すること、というよ 今回のインタビューを通して、保護者の多くが、保 うに違いが見られ、こころの健康や体の健康への対応 護者自身の悩みや不安を保健室に相談しに行くという といった養護教諭の職務の特性が見られたと考えられ ことを考えていないという結果であった。同時に、多 る。そして、担任だからこそ知ることができる発達障 くの母親は保健室に相談しに行ってよいのであれば相 害のある児童生徒やきょうだい児、保護者の情報と、 談したいという思いを持っていた。このように、養護 養護教諭だからこそ知ることができる情報があると考 教諭を相談相手と認識していない背景には養護教諭と 69 中 島 育 美 水 内 明 子 水 内 豊 和 保護者の関係性の薄さがあると考えられる。しかし、 池永恵理子・津島ひろ江(2010)発達障害のある児童 保護者の思いをじっくり聴き、発達障害のある児童生 生徒の定期健康診断における困難点とそれに対する 徒への学校での対応や家庭での対応を保護者とともに 養護教諭の対応 ― 通常学級に在籍する児童生徒を 考えていくことで、より発達障害のある児童生徒が安 中心として―. 日本養護教諭教育学会誌 , 13 , 73 - 83 . 心して楽しく学校生活を送ることにつながるのではな 小林磨由子・竹下誠一郎(2009)養護教諭の特別支 いかと考える。また、今回の調査からも、発達障害の 援教育へのかかわりについて― 養護教諭が行う支 ある児童の保護者の育児ストレスは平均よりも高く、 援の現状と課題 ―. 茨城大学教育学部紀要 , 58 , 237- 就学後は相談できる相手が少なくなったと感じている 245 . 保護者も多いことから、保護者の精神的なサポートを 行っていくことの重要性が示唆された。 謝辞 また、今回のインタビューから、養護教諭に対しては 本研究に協力してくださった、発達障害のある子ど 子どものメンタルヘルスへの対応や、保健室という場所 もを持つ親の会 M の保護者の方に感謝申し上げます。 を利用して発達障害のある児童生徒がパニックになっ た時に落ち着くことができる非難場所としての機能が 付記 求められていた。発達障害のある児童生徒がこころの問 本研究は、文部科学省概算要求事項による富山大学 題への対応や安心できる場所の提供となるだけでなく、 研究推進事業「障害とその代償性潜在能力の生命融合 自分自身の健康に関心を持つことができるように、けが 科学的研究」 (研究代表:森寿)を受けて実施した研 や体調不良で来室したときには工夫した問診表を用い 究成果の一部である。 て、自身のこころとからだの両面と向き合うことができ るようにするなど保健室の機能を活かして自己管理能 力を育んでいくことも求められるであろう。 古川・山本・松島(2010)は「養護教諭の役割とし て、子どもや保護者の辛さをじっくり聞くための保健 室経営を行い、発達障害全般の知識を習得することが 重要である」と述べている。このように、これからの 養護教諭には、発達障害に関する知識を得て一人ひと りを理解して関わることや子どもたちや保護者の思い に耳を傾け、きめ細やかに対応することができるよう な保健室経営を行い、保健室の機能を最大限に活かす ことが求められていると考えられる。 引用文献 淡路はるか・郷間英世(2005)軽度発達障害の保健室 利用に関する調査研究 . 日本特殊教育学会第 43 回 発表論文集 , 178 . 古川恵美・内藤考子・松島紀子(2009)LD 等の発達 障害のある高校生を持つ保護者の心配 . 川崎医療福 祉学会誌 , 19(1), 47- 58 . 古川恵美・山本八千代・松島紀子(2010)LD , ADHD, 高機能自閉症等の発達障害のある子どもをもつ保護 者の思いと養護教諭の役割の検討 ―保護者へのイ ンタビュー調査を通して―. 日本養護教諭教育学会 誌 , 13 , 97-111. 70 「特別支援教育コーディネーター研究」第 7 号 2011 年 2 月 p.71-76 特別支援学校のセンター的機能を活用した保育所への支援 _ 難聴・知的障害のある自閉症児のための巡回相談の事例から _ Support for the nursery school which utilized the center function of the special support school - From the example of the round consultation for multiple-handicaps child support - 井 上 和 久 Kazuhisa Inoue (兵庫県立赤穂特別支援学校) 要旨:本研究では、保育所に通う重複障害児の支援のため特別支援学校がそのセンター的機能を活用し た保育所への継続的な支援を試みた。対象は難聴・知的障害のある自閉症児であり、保護者は子育てに 苦労しており、保育所の入所を希望した。保護者、保育士からの聞き取り、相談室での行動観察、発達 検査などによりアセスメントを行い、保育所への支援を開始した。保育所へは 1 年 7 ヶ月に渡り継続的 な巡回による相談を行い、本児の行動観察を基に保育での配慮や具体的な支援への助言を行った。その 結果、保育士と信頼関係、集団活動、他児への関心に改善・成長が見られた。 キーワード:特別支援学校、センター的機能、保育所、巡回相談 Ⅰ . 問題と目的 織的に行うことが示されている。 このようなことから、 1. 特別支援学校のセンター的機能 幼稚園、小学校等において特別な支援が必要な子ども 平成 17 年に、 「特別支援教育を推進するための制度 への教育を行う上で、特別支援学校は地域のセンター の在り方について(答申) 」 (中央教育審議会 , 2010)が として重要な役割を担うことになった。 出されるとともに、 「学校教育法等の一部を改正する 「特別支援教育を推進するための制度の在り方につ 法律」が平成 19 年 4 月に施行され、幼稚園、小中学校 いて(答申) 」 (中央教育審議会 , 2010)では、特別支援 等において、教育上特別の支援を必要とする子どもに 学校のセンターとしての取組の具体的内容として、① 対し、特別支援教育を行うことが位置づけられた(文 小・中学校等の教師への支援、② 特別支援教育等に関 部科学省 , 2007) 。また、この法令改正において、養護 する相談や情報提供、③ 障害のある児童生徒等への指 学校は多様な障害種に対応した特別支援学校に改めら 導や支援、④医療、福祉、労働等の関係機関等との連 れ、幼稚園、小学校等の要請により、障害のある幼児、 絡・調整、⑤小・中学校等の教師に対する研修協力、 児童、生徒、教師等に対して必要な助言または援助を ⑥ 障害のある幼児児童生徒への施設・設備等の提供な 行ったり、地域の実態や家庭等の要請により保護者等 どがあげられており、各学校の実情に合わせて弾力的 に対して教育相談を行ったりするなど、学校の専門性 に対応できるようにすることが適当であると示されて や施設・設備を生かし、地域における特別支援教育の いる。 センターとしての役割を果たすよう努めることとなっ 2. 保育所における特別な支援が必要な子どもの現状 た。幼稚園教育要領(文部科学省 , 2010)においては、 厚生労働省が全国の保育所に行った調査では、平成 障害のある幼児の指導に当たっては、集団の中で生活 19 年度の障害児保育実施か所数は 7,120 所で障害児保 することを通して全体的な発達を促していくことに配 育対象児数は 10,749 人で、平成 6 年度の 6,373 人と比 慮し、特別支援学校等の助言又は援助を活用しつつ、 較すると 68.6%の増加が見られ、保育所に置いて、発 例えば指導についての計画又は家庭や医療、福祉など 達障害児をはじめとした障害児の数が増えつつあると の業務を行う機関と連携した支援のための計画を個別 している。 に作成することなどにより、個々の幼児の障害の状態 保育所保育指針(厚生労働省 , 2008)では、障害のあ などに応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的、組 る子どもの保育について、一人ひとりの子どもの発達 71 井 上 和 久 過程や障害の状態を把握し、適切な環境の下で、障害 相談、園・学校等への巡回による相談、研修会の企画・ のある子どもが他の子どもとの生活を通して共に成長 実施及び講師派遣、広報の作成、関係機関との連携な できるよう、 指導計画に位置付けることと示している。 どである。 全国保育協議会 (2008) が全国の保育所に行った調査で 本事例は、保育所入所前に保育所長から相談の依頼 は、78.5%の保育所で障害児加配保育士の配置がされ があり開始した。初回面接は保育所長、担任保育士、 ており、十分とはいえないまでも、人的な整備は徐々 保護者、本児の 4 名が相談室に来て行った。保育所か に進んできている。しかし、幼稚園のような特別支援 らの主訴は、対象児の障害が重たく、4 月からの入所 教育コーディネーターの配置や個別の支援計画・支援 にあたって、保育所でどのように支援すればいいのか 計画の作成、園内研修会の実施など保育所内の支援体 教えてほしいということであった。 制については全国的な実態調査も行われておらず、未 2. 初回面接と対象児の様子 整備の状態であると推測される。 対象は難聴と知的な遅れのある自閉症の 4 歳男児で 3. 保育所と専門機関との関わり あった。2 才から療育を受けていて、聴力は人工内耳 保育所保育指針解説書(厚生労働省, 2008)では、障 の手術後 35dB 程度である。母親からは、 「簡単な言葉 害のある子どもの保育にあたっては、地域の専門機関 をいくつか理解できるが言葉は出ない。危険なことが と連携し、適切なアドバイスを受けながら取り組んで わからずにふらふらと飛び出してしまう。くるくる回 いくことが必要であると述べられており、保育所で障 る物が好きで長時間見続ける。自分の思い通りになら 害を持つ子どもや発達が気になる子どもに関わる保育 ないと怒って泣く。 」 とのことであった。保育所長から 士 54 人に行った調査(大村 , 2010)でも、 「対象児の理 は、 「試し通園では、ことばでの指示がほとんど理解 解や対応、保護者との共通理解や環境改善に役立つと できない。集団活動に参加しないでブランコに乗り続 思うこと」の質問項目に 44 人(81.5%)が巡回相談をあ けていた。 」と言うことであった。担任保育士は、 「保 げていた。このことから、保育所で障害のある子ども 護者と連携して本児への適切な支援を行いたい。 」 とい を適切に保育することに当たっては、専門機関との連 うことであった。 携が必要であると考えられる。特別支援学校学習指導 相談室での本児の様子は、最初はうろうろしていた 要領解説(文部科学省 , 2010)では、地域の幼稚園や保 が、くるくる回る玩具を見つけて、10 分以上自分で 育所等の要請に応じ、障害のある子どもや担当する教 回して遊んでいた。音声は 「アー、アー」 の様な喃語を 師等の助言や援助を行うこと、その際学校として組織 出していた。新版 K 式発達検査の結果は、姿勢・運動 的に取り組むことと示されている。このことから、地 面で 2 才程度、認知・適応面で 1 才 3 ヶ月、言語・社 域の専門機関の一つとして、特別支援学校が保育所と 会面で 1 才前の発達であった。検査中は着席を維持で 連携して障害のある子どもを支援することが考えられ きずに、床の上でいくつかの課題を行った。積木を 3 る。 個積むことができたり、簡単な型はめ、なぐり描きは 4. 研究の目的 できたが、言語は「ちょうだい」 「バイバイ」など数語 そのため、本研究では、特別支援学校がセンター的 理解できる程度で、 表出言語や指さし行動はなかった。 機能を活用して保育所への継続的な巡回相談を実施し 本児のアセスメントの結果から、本児が保育所で保 た事例を通して、保育所と特別支援学校のコーディ 育を実施するためには、保育所への継続的な相談が必 ネーターとの連携による特別支援保育への有効性を検 要と判断し、保育所に対して巡回による相談を行うこ 討することとした。 ととした。 Ⅱ . 方法 Ⅲ . 結果 1. 相談の経緯 保育所への巡回による相談は、20 ××年 4 月から 20 A 特別支援学校は兵庫県の瀬戸内海側に位置する B ×○年 10 月までの 1 年 6 ヶ月にかけて 6 回実施した。 市にある。小学部、中学部、高等部の児童生徒約 100 保育所巡回ごとの、本児の様子、保育士の関わり、特 名が通学している中規模の学校である。A 特別支援学 別支援学校のコーディネーターの助言を表1に示した。 校が行っているセンター的機能の内容は、来室による 1 回目の巡回(20 ××年 4 月)では、本児は室内の目 72 特別支援学校のセンター的機能を活用した保育所への支援 表 1 保育所の巡回ごとの相談等の内容 73 井 上 和 久 に写った物に反応してしまい室内のあちらこちらを走 斉に動く流れを取り入れる、②友だちと手をつないで り回っていた。加配保育士は本児の行動を理解できず 歩く内容を取り入れる、③できにくい活動は一部だけ に困惑しながら関わっている様子であった。言葉で指 でも参加させるという 3 点を伝えた。着席での遊びに 示をするが、本児はほとんど理解できない様子であっ ついては、①毎日、時間帯(15 分程度)を決めて遊ば た。加配保育士が本児の後を追うことが多く、行動を せる、②複数の遊びを空白時間なしで行う、③できた 制止しようとして本児が大きな声で泣く場面も見られ ときはすぐにアイコンタクトをとって笑顔で短くほめ た。自由遊びの場面では、一人で走り回っているか、 るなどとした。 友だちの遊んでいる周りをうろうろしていた。設定あ 3 回目の巡回 (20 ××年 10 月) では、自由あそびなど そびにはほとんど参加できず、遊戯室の片隅で遊具の の場面で、本児が加配保育士の手を取って自分のして 車輪を回し続けていた。絵本の読み聞かせでは、内容 ほしいことを伝えようとする場面が何度も見られた。 がわからず、子どもの周囲をうろうろ歩いていた。ア 集団で円になって歩く遊びにも保育士と一緒に 15 分 セスメントの結果から、本児への支援の方針として、 程度参加ができていることが確認できた。加配保育士 言語理解、注意や記憶の弱さに配慮しながら、①保育 は気持ちに余裕を持って関わるようになっており、リ 所を生活の場所として認識する、②保育所の一日の活 トミックの場面で本児の行動を理解して参加を促す場 動を知る、③部分的に活動に参加することに取り組む 面が見られた。着席の遊びをする場所として、保育室 ことを共通理解した。保育所での様子から、当面は 2 の奥に机と椅子があるスペースが作られ、周囲の刺激 〜 3 ヶ月に1回の継続的な訪問相談を行うこととした。 を受けないよう衝立が置かれていた。そこに型はめな 1 回目の巡回では、次のような助言を行った。本児 ど複数のあそびが用意されており、加配保育士が短時 の目標として保育所の流れを知ること、担当保育士と 間で複数のあそびを行い 10 分程度取り組んでいた。 の信頼関係を築きながら指示を理解して行動できるよ 3 回目の相談では、一定時間着席できるようになっ うになることとした。具体的な手だてとして、① 1 日 てきていたので、あそびの内容について助言を行っ の大きな流れを写真やイラストカードで示す、②リト た。①絵本や型はめなど、あそびの課題のいくつかを ミックなどの動きのある集団活動を行い、一部でも参 レベルをアップしていく、②療育機関で行っている内 加させていく、③保育士と座って遊ぶ場面を作る、④ 容についても取り入れることを検討する、③姿勢づく 本児が適切な行動を行ったときにはすぐに言葉とサイ りのため、手をつないで歩いたり一定時間立ち続ける ンやジェスチャーなどでほめることとした。 ような活動を意図的に取り入れる、④できたこと、で 保育所では、保護者の希望のもと個別の指導計画が きにくいことを記録して整理することを伝えた。本児 作成され、目標に従って支援が行われた。 の保育所での適応が進んできたので、巡回相談の間隔 2 回目の巡回(20 ××年 7 月)では、保育士との信頼 を 4 ヶ月程度にすることにした。 関係が少しずつ構築され、保育士のそばに自分から行 4 回目の巡回(20 ×○年 2 月)では、リトミックで友 くようになった。保育士の説明では、カードやジェス だちと手をつないで輪になって歩いたり、加配保育士 チャーを加えた指示を理解して行動できることが少し と一緒であれば発表劇の練習に一部参加できるように ずつできているとのことであった。観察場面では、短 なっていた。 担任保育士は本児の状態を確認しながら、 時間なら保育士と手をつないでリトミックに参加でき 余裕を持って本児に指示をしている場面が印象的で るようになっており、保育士が本児をほめる場面が何 あった。保育士からの情報では、保育士と手をつない 度も見られた。絵本の読み聞かせや着席しての遊びは でブランコの順番を待つことができ、事前に写真カー ほとんど座ることができないようであった。 家庭では、 ドなどで約束をすれば、ブランコ遊びを終えることが 保育所に行きたい気持ちを、保育所の写真カードを母 できるようになったとのことであった。着席してのあ 親に示すことで表現するようになったとのことであっ そびの内容も本児に合わせた 4 つのあそび(絵本、コ た。 マ回し、型はめ、ロンディーブロック)が組み入れら 2 回目の相談では、本児が集団の中で参加できるこ れていた。絵本の読み聞かせ場面においては、最初の とが多くなっていたので、集団参加と着席しての遊び 1 冊目は本児に合わせた 1 才程度の本をみんなで読む への助言を行った。集団参加については、①集団で一 ように工夫されていた。しかし、絵本に注意を向ける 74 特別支援学校のセンター的機能を活用した保育所への支援 時間は短く、読み聞かせの間、その場に座り続けるこ 体運動面、他者との関わりに成長が見られていること とは難しく、他の子どもの近くに寄って身体を触るな を確認すると共に、①引き続き友達との関わりをサ どの行動が見られ、保育士は対応に困っている様子で ポートしていく、②叩く等の不適切な関わりについて あった。 も引き続き対応を継続していくことも伝えた。次年度 4 回目の相談では、①読み聞かせの参加の仕方(本 の特別支援学校入学に向け、保育所での取組が続いて 児の座る場所、どれぐらいの時間参加させるのか、タ いる。 イムアウトの仕方など)を再検討する、②行動の切り 替えをよりスムーズにするため、遊びの終わりと次に Ⅳ . 考察 することが本児によくわかるように「あと 1 回で終わ 本事例では、知的障害、自閉症、難聴の複数の障害 り」 「次は部屋に入ります」 などカードやサインなどの がある子どもに対し、本校の巡回による相談を通して 提示を細かくするなどの助言を行った。 保育所と家庭が連携した支援を行った。その結果、保 5 回目の巡回(20 ×○年 6 月)の保育場面では、タイ 育士との信頼関係が深まり、保育所での集団活動への ムアウトしやすい中央の一番後ろに加配保育士と座 参加が進んだ。大村 (2010) は、保育の場での発達支援 り、本児が気に入っている絵本を 1 冊読んで、その の中で、何よりも大切に育てたいことは人への確かな 後、加配保育士と 1 〜 2 分であれば、他児と一緒に絵 信頼と集団活動に入ろうとする意欲であり、そのため 本に注視する場面が見られるようになった。他の子ど に関係機関との役割分担と協働が必要であると述べて もが「A さん(本児) 、絵本よく見ていたよ。 」と保育士 いる。本事例の場合、保育士との信頼関係を基盤とし に伝える場面が見られた。また、集団の動きの中で、 て、集団活動への参加が促進され、同年代の子どもへ 担任保育士の指示(声かけと肩を触って方向を示すな の関心の高まりが見られた。その成長の流れは、大村 どの簡単支援)で行動を修正できる場面が多く見られ が大切にする人への信頼と参加への意欲が培われた物 た。本児が他の子どもの後をついて行ったりする場面 と推測できる。その要因となるのは、保育所の専門性 が見られる一方、近くにいる子どもを軽くたたくこと と特別支援学校の専門性の協働であると考えられる。 もあった。保育士によると機嫌がよくテンションがあ 保育所は、本児の保育所での困難さの改善のため、入 がったときに多く見られるとのことであった。他児へ 所前から積極的な準備を行った。担任保育士は、本校 の関心が高くなっているが、表現方法が未熟なため、 での保護者の相談に同行したりするなど、保護者との そのような行動がでてきていると推察された。 信頼関係を築くことに努めるとともに、個別の指導計 5 回目の相談では、発達や集団適応の成長を確認し 画の作成をし、本児への対応方法や保育内容の改善を た。また、①本児の叩く行動については、叩いた後に 計画的に行った。これらのことが、本児の保育所での 叱ることで行動が定着する可能性があるため反応をで 活動の参加を促すだけでなく、保護者への安心感と保 きる限りしない、他の子どもへ理解を促してよけるな 育所への信頼に繋がったと推測される。一方、特別支 どの対応をさせる、叩こうとしたときに保育士が手を 援学校は、本児へのアセスメントと継続的な巡回によ 握って 「握手」 などをする、②リトミックなどでの集団 る相談を行った。実態把握により、子どもの発達の状 活動の場面で、担任保育士や他の子どもとの関係が深 態を保育所と保護者が共通理解でき、子どもの困って まってきているため加配保育士はできる限りサポート いることの軽減に向け、互いにできるところから取り に徹するようにする、③他の子どもの動きを見てまね 組むことができたと思われる。また、継続的な巡回相 るサポートを進めるなどの助言を行った。 談は保育士の心理的な安定にもつながり、担任と加配 6 回目の巡回 (20 ×○年 10 月) では、担任保育士の指 保育士がコーディネーターの助言を参考にしながら支 示 (言葉、カード、サイン) により、ブランコでの遊び 援の改善を段階的に行えたのではないかと考えられ から教室への移動にスムーズに切り替える場面が見ら る。 れた。他児への関心と共に他児と一緒にしようとする 全国の保育所実態調査(全国社会福祉協議会・全国 など、他者との関わりの成長が見られた。他児を叩く 保育協議会 , 2008) では、障害者手帳を持つ子どもが在 行動は見られなかったが、減ってはいるが時折あると 籍する保育所の割合は全回答数数の 42.0%であり、重 のことであった。6 回目の相談では、言語の理解、身 複障害や重度の知的障害の子どもの受け入れが困難な 75 井 上 和 久 保育所が存在している可能性があると推測される。本 育所実態調査報告書 . 事例のように障害が重度で重複している子どもを保育 所等が受け入れる場合、障害や発達の状況に応じた支 援が必要であり、保育所側が対応に苦慮することが十 分に予測できる。このような場合、保育所での適切な 支援を行うため、 専門家の助言が不可欠である。また、 保育所保育指針解説書(厚生労働省 , 2008)には、保育 所と専門機関が定期的に、または必要に応じて話し合 う機会を持ち、子どもの理解を深め、保育の取り組み について確認し合うことが大事であるとも示されてい る。本事例のように障害のある子どもの発達や状態の 変化に対応しながら支援の改善を行うためには、継続 的な相談が必要である。しかし、小規模の自治体の場 合、療育機関が地域に設置されておらず、障害のある 子どもの保育等への対応について助言できる専門家が 少なく、継続的に保育所等への巡回相談をできること が困難であると推測できる。本事例から、特別支援学 校がそのセンター的な機能によりその専門性を発揮 し、地域の保育所・幼稚園等に継続的な助言等を行う ことで、子どもへの適切な支援が実施できれば、重度 の障害のある子どもが早期から地域の同年代の子ども と生活できる場が提供できるのではないか。近年の特 別支援教育の浸透により発達障害等の子どもへの支援 がクローズアップされる傾向がある。しかし、特別支 援学校で歴史的に培われてきたのは、中度・重度の障 害のある子どもへの実態把握やニーズに対応した教育 的支援である。その専門性を地域に提供することで、 インクルーシブ社会の実現に、一定の貢献ができるの ではないかと考える。 引用文献 厚生労働省(2008)保育所保育指針 . 保育所保育指針 解説書 . 文部科学省(2007)学校教育法等の一部を改正する法 律. 文部科学省 (2010) 特別支援学校学習指導要領解説 . 文部科学省 (2010) 幼稚園教育要領 . 大村禮子(2010)保育の場に置ける発達支援 ― 協働体 制の確立に向けて―. 淑徳短期大学研究紀要第 49 号 . 141-159 中央教育審議会 (2005) 特別支援教育を推進するための 制度の在り方について (答申). 全国社会福祉協議会・全国保育協議会 (2008) 全国の保 76 77 78 79 80 「特別支援教育コーディネーター研究」編集・執筆要領 平成 19 年 1 月 30 日 平成 19 年 10月 24 日 改正 平成 22 年 7 月 21 日 改正 1. 本誌は、以下の目的に貢献する研究の発表にあてる。 (1)特別支援教育コーディネーターの活動に関する優れた実践事例を広く公にすること (2)特別支援教育コーディネーターの養成に関する実際的研究を広く公にすること (3)国内外の専門家による基礎的研究の発表の場を確保すること (4)特別支援教育コーディネーターについて研究、あるいは特別支援教育コーディネーターを養成する大学院に在籍する 学生の研究成果を公表する場を確保すること (5)特別支援教育コーディネーターに関する様々な情報の収集・整理・提供を行う場 2. 発行は、毎年 1 回(2 月)とする。 3. 本誌編集のため、編集委員会を設ける。編集委員会は、兵庫教育大学特別支援教育コーディネーターコースを担当する 教員をもって構成する。 4. 一論文の長さは原則として刷り上り 10 ページ以内とする。 5. 本誌に掲載された論文等は、兵庫教育大学学術情報リポジトリに登録し、また兵庫教育大学特別支援教育コーディネー ターコースのホームページに掲載し、インターネットを通じて学内外に公開するものとする。このことについては、投稿時 に著者の承諾があったものとして取り扱う。ただし、何らかの理由によりリポジトリで公開できないと編集委員会で判断し た場合は、公開しないこともありうる。 〈執筆要項〉 1. 原稿はワープロで作成し、原稿とともに電子ファイルを提出する。詳細については、執筆者に対して、別途説明書を送付する。 2. 図表、写真は、執筆者が刷り上り寸法を指定する。 3. 論文は原則として横書きとし、論文の体裁は、原則として次のようにする。 表題、著者名、所属、邦文要旨、キーワード 英文表題、アルファベット表記著者名 本文 注 引用文献 81 編 集 委 員 宇 野 宏 幸 岡 村 章 司 石 橋 由紀子 特別支援教育コーディネーター研究第 8 号 平成 24 年 2 月発行 編集発行 特別支援教育コーディネーター研究編集委員会 兵庫県加東市下久米 942-1 印 刷 株式会社ジャイロ 兵庫県加東市山国 2013-109 83 ISSN1881-574X 特 別 支 援 教 育 コ ー デ ィ ネ ー タ ー 研 究 第 JSSEC 2012. FEBRUARY 兵庫教育大学大学院 特別支援教育コーディネーターコース (第 8 号) 号 8 ■ 巻頭言 宇 野 宏 幸 …… 1 特別な教育的ニーズのある児童が在籍する通常学級における 良好な関係作りに関する研究 太 田 聡 子 …… 7 ユニバーサルデザイン(UD)の授業・学級作りを校内に広める取り組み 髙 田 善 彦 …… 13 特別支援学校高等部生徒の資格取得支援に関する研究 ̶ 調査研究とワープロ実務検定受検を通した自尊感情の育成̶ 西 田 一 裕 …… 25 認知特性を生かした読み書きの指導について ̶ 学習への意欲づけを考慮して ̶ 福 森 隆 司 …… 31 特別な教育的ニーズのある子どもの中学校への移行支援に関する研究 ̶ 適応に向けた個別指導と担任との連携を中心に ̶ 米 澤 公 子 …… 41 中学校教師における発達障害児の自尊感情の支援に関する実践状況 小 島 道 生 …… 49 デンマークにおける地方分権とインクルーシブ教育の推進 ̶ カルンボーコムーネの動向に注目して ̶ 是 永 かな子 …… 55 発達障害児を持つ保護者の小学校の養護教諭に対するニーズ 中 島 育 美・水 内 明 子・水 内 豊 和 …… 65 井 上 和 久 …… 71 イギリスの学校訪問から学ぶ ̶ 特別支援教育と学校づくり・人材活用 ̶ ■ 実践報告 2 0 1 2 ■ 研究論文 942-1 Shimokume, Kato-city, Hyogo 673-1494 Japan 兵 庫 教 育 大 学 Hyogo University of Teacher Education 特別支援学校のセンター的機能を活用した保育所への支援 ̶ 難聴・知的障害のある自閉症児のための巡回相談の事例から ̶ Hyogo University of Teacher Education 兵 庫 教 育 大 学
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