東アジア社会における家族政策と男女間所得格差

東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 63 集・第 1 号(2014 年)
東アジア社会における家族政策と男女間所得格差
三
輪
工
藤
哲*
沙
季**
本稿の目的は,次の二点である。第一に,先行研究で示されてきたように,家族政策が男女間の
所得格差を縮める役割を担っているかどうかを確かめることである。第二に,男女間の所得格差と
家族政策の関係性において,日本を含む東アジアの国や地域を分析に加え,他地域と比べることで,
東アジアが相対的にどの位置にいるのかを把握することである。本稿では,国レベルデータ内に存
在する,個人レベルデータの依存性を考慮するために,マルチレベル分析による実証分析を行った。
分析の結果,⑴家族政策は,男女間の所得格差を縮める役割があること,⑵東アジア諸国は,他国・
地域に比べて,家族政策があまり発達しておらず,男女間の所得格差が大きいこと,が明らかになっ
た。
これらの結果から,東アジア諸国における男女間所得格差の問題が深刻であることが分かった。
また,男女間格差を縮めるために「家族政策の拡充」が示唆された。
キーワード:所得格差,ジェンダー,家族政策,マルチレベル分析
1.
はじめに
第二次世界大戦後の民主国家成立の歴史的展開のなかで,性別など属性的な要因による差別が問
題視されるようになり,
「男女間格差」が世界的に注目を集めるようになった。特に,1960 年代には
「第二派フェミニズム」と呼ばれる,女性に対する差別・抑制が起こる要因を女性の経験や視点から
解明する動きが,欧米を中心に拡大した(古田 2001,木村 2010)。第二派フェミニズムでは,女性
への抑圧を資本主義との関わりにおいて分析しようとし,女性差別の体系である「家父長制度」と階
級抑制の体系たる資本主義システムとの関連が論じられてきた。
どれだけ問題視されども,男女間の所得格差は男性に優位な形で社会に根付いてしまっている。
OECD のレポートによると,OECD 諸国では,女性は男性に比べ平均で 16% 賃金が低いことが報
告されている(Organization for Economic Cooperation and Development 2012)。特に,高賃金層
のなかで男女比較すると,女性は 21% も賃金が低いことが明らかになっている。また,男女間の社
会的不平等が生じているのは,賃金だけではない。職種や業種,従業上の地位といった面でもジェ
*
**
教育学研究科
教育学研究科
准教授
博士課程前期
― 1 ―
東アジア社会における家族政策と男女間所得格差
ンダー間の不平等は生じている。女性の高学歴化が進み,職業を得て自立したいという女性が増え
ているにもかかわらず,
「女性」というだけで門戸を閉じる企業も多く,昇給の機会が少なく,職種
も限られることが多いといわれている(笹谷 2001)。世界人権宣言や,夫人の参政権に関する条約
など,男女間格差の問題は様々な取り組みによって,改善の兆しを見せている。しかし,どんなに
改善の大きい国であっても,
「男女完全平等」を実現した国はこれまで一つもない。
先進国は比較的に男女間格差が小さいと言われているが,その中でも東アジア諸国は「男女格差
が顕著な社会」として知られる。特に男女間の経済格差の問題は深刻であり,韓国と日本は,2000 年,
2007 年,2010 年の全ての年において,男女間の経済格差が OECD 諸国の中で最も大きい国々とし
て示されている(Organization for Economic Cooperation and Development 2013)。
それではなぜ,東アジア諸国では男女間の経済格差が大きいのだろうか。この問題に迫る手がか
りを与えてくれるのは,マンデルとスミノフの研究である(Mandel and Semyonov 2005)。それに
よれば,男女間の経済格差の大きさは家族政策に依存するという。すなわち,家族政策の充実した
国ほど,男女間格差は小さくなる傾向があると論じられた。それが正しければ,東アジア社会にて
男女間経済格差が大きいのは,家族政策の貧弱さゆえということで,少なくとも部分的には説明可
能となろう。だが残念なことに,同研究では東アジア諸国を対象としていないため,この点につい
てはいまだ検証の余地を残している。
そこで本稿では,東アジア社会にまで射程を拡げて,家族政策と男女間所得格差との関係を実証
的に検討する。異なった社会システムを持つ他国・地域を分析対象に含めた国際比較調査データを
用いて,家族政策が男女間所得格差を抑制しうる要因となりうるかどうかを問う。
2.
既存研究と問題の焦点化
2.1
既存研究の到達点
男女間所得格差の国家間変動の規定要因に関する研究のうち,本稿とかかわりの強いものに関し
て概観する。まず,家族政策要因についてである。家族政策の整った国々では,男女間の所得格差
が小さい傾向があるという報告がある。ここでいう家族政策とは,育児休業や保育サービスの提供
など,女性の就労を促進するための政策を意味する。家族政策により,子育てと仕事の両立が可能
になり,女性が労働市場に参入しやすくなり,ひいては女性も経済的に自立できるようになるとさ
れる。
男女間所得格差の要因として,職種・地位に注目する見方がある。女性は,就く職種が限られ,昇
給の機会が少なく,非正規社員が多いため,男性に比べ所得が低いという考え方である(Wharton
2011)。だが,こうした男女の職種・地位における男女間格差は,比較的に男女間の賃金格差が小
さいとされる北欧でも見られる傾向である。だとすると,この見解から,職種・就業地位における
男女間差異を考慮することの必要性が確認されるが,それが異なる社会のあいだでの男女間所得格
差の大きな散らばりをつくりだすとまでは言い難い。
家族政策と男女間所得格差の関連は,しばしば福祉国家論との関係の中で論じられることが多い
― 2 ―
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 63 集・第 1 号(2014 年)
(Esping-Andersen 2000=2001)
。家族政策が,男女間の所得格差を縮めているとする典型例として,
社会民主主義国に分類される,北欧諸国が挙げられる。北欧諸国は,福祉国家として,積極的かつ
意識的に社会サービスの拡大を行ってきた。社会サービスは,女性の労働を可能にし,女性が雇用
される大きな労働市場を創出していると言える。結果,他国に比べ,女性の労働力が極めて高くな
る傾向にある(Esping-Andersen 1990=2001, Korpi 2000)。これら北欧諸国では,家族政策は子育
てを支援するための孤立した政策ではなく,労働市場政策・男女平等政策・教育政策などほかの社
会政策との連動によって発展してきた。すなわち,親の就労支援と,子どもの発達保障という二つ
の次元を同時追求したことでサービスの普遍化につながったと言える(訓覇 2010)。一方,男女間
格差の大きい東アジア諸国では,女性の就労を支援するような家族政策が整っていないという見解
が主である(福田 2003, 宮本 2009)
。
マンデルとスミノフは,家族政策を直接にとりあげて,それと男女間所得格差の研究に関して国
際比較研究を展開した(Mandel and Semyonov 2005)。同研究ではヨーロッパ諸国とアメリカ合衆
国を分析対象とし,家族政策の充実度とそれによる賃金格差の関係性について実証分析をした。そ
の知見によれば,家族政策の整っている国では,男女間の賃金格差が小さくなる傾向がある。しか
しながら,同研究において,家族政策において特異な位置にある東アジア諸国が分析対象に入って
いなかった。そのため,東アジア社会まで射程を広げ,家族政策の充実の程度の範囲を拡張しての
再分析が求められる。
2.2
仮説
以上より,本稿での分析のねらいを,大きく以下の二点に定める。第一に,日本を含む東アジア
の国や地域を分析に加えたうえで,家族政策が男女間の所得格差を縮める役割を担いうるかどうか
を確かめる,追試をおこなうことである。第二に,その分析結果に基づき,男女間の所得格差と家
族政策の関係性に関して,東アジアが相対的にどの位置にいるのかを把握することである。
第一のねらいに対応するものとして,家族政策と男女間の所得格差の関係性において,次のよう
な仮説が導き出される。
仮説 1:家族政策は,所得に対する性別の効果を調整する役割を担う
所得に対する性別の効果は,予想される通りならば,女性よりも男性が高いという結果になるだ
ろう。家族政策が充実している国ほど,その性別効果が弱めになるという,クロスレベルの交互作
用がみられることを,仮説 1 は含意している。
では第二のねらいに対応して,他国・地域と比べた際の,東アジアの相対的位置づけはどのよう
になると予測できるだろうか。東アジアでは,
「家族中心的福祉」
,すなわち,女性が家族や子ども
の世話を無償で請け負う社会であると指摘されている。特に日本では,社会保障が高齢者に偏りが
ちであり,家族・住宅・生活保護に対する保障が弱いという(訓覇 2002)
。そうした先行研究と仮説
― 3 ―
東アジア社会における家族政策と男女間所得格差
1 を考慮すると,次のような第二の仮説が導かれる。
仮説 2:東アジアは,家族政策が乏しく,男女間所得格差が大きい類型へと分類される
これら二つの仮説を焦点として,以降,実証分析を進めていきたい。
3.
データと変数
3.1
データ
本稿で使用する個人レベルデータは The International Social Survey Pogramme(以下,ISSP)
により得られたデータセットである1)。ISSP は毎年実施される反復クロスセクション調査であるが,
それらのうち,本稿では 2009 年のデータを用いる。2009 年の調査テーマは「社会的不平等」であり,
本分析で扱いたい「所得格差」を考慮することができる適切なデータであるからだ。また,個々の
国々においてそれぞれ適切な無作為標本抽出がなされているため,対象の代表性が保たれている信
頼できるデータであると言える。すべての国をあわせたデータの有効回答数は 55,238 である 2)。
本稿で扱うデータの対象年齢は 18 歳以上で上限がない。ただし,最終学歴達成の年齢段階や生産
年齢の範囲内であることを考慮して,
本分析での分析対象年齢は25歳以上64歳以下に絞った。また,
賃金労働者のみを分析対象としたいため,就業時間 1 時間以上の者に分析対象を限定した。
国レベルデータには,世界銀行の「Gender statistics」および「Education Statistics」,経済協力開
発機構(OECD)の「Government at a glance」,国際労働機関(ILO)の「ILO employment statistics」
を用いる 3)。個人レベルデータの調査年度に合わせ,2009 年のデータを使用する。2009 年のデータ
が得られない場合は,可能な限りそれと近い年のデータで代用した。
3.2
変数
従属変数は,個人レベル変数の「個人所得」である。本人の月間の所得を問う項目である「先月の
収入はいくらですか(What was your personal income last month?)」という質問への回答に基づ
き,対数所得変数を作成した。ISSP における所得データは各国の通貨単位で入力されているため,
比較可能な形にするために,対数を取って無名数に変換し,単位による影響を除いた。
本稿のねらいはジェンダー格差の析出にあるゆえ,最も重要な個人レベルの独立変数は,性別で
ある。性別は,男性を 1,女性を 0 とした男性ダミー変数として用いる。所得の高さには,性別以外
の個人属性も影響すると考えられる。そのため,統制変数として,結婚ダミー変数,高等教育進学
ダミー変数,本人年齢,週あたり就業時間,社会経済的地位 4),公務員ダミー変数を加えた。
マクロレベル独立変数は,先に挙げた国レベルデータにより算出された「家族政策変数」である。
マンデルとスミノフ(2005)
の研究において,家族政策変数は,
「育児休暇の長さ」,
「公的施設に通っ
ている就学前児童の割合」
,
「公務員の割合」の 3 変数により構成された。本分析では同 3 変数に主成
分分析による重みづけを行い,得られた主成分得点をもとに、新たに「家族政策変数」を作成した。
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第 63 集・第 1 号(2014 年)
ここで表 1 に,上記 3 変数の値を示しておきたい。
表1
データセット
国レベル変数データセット
育児休業の長さ(週)
就学前教育公的施設(%)
公務員割合(%)
World Bank
a
Gender Stat.(2009)
World Bank
b
Education Stat.(2009)
OECD Government
d
at a Glance(2011)
アルゼンチン
オーストラリア
オーストリア
ベルギー
ブルガリア
チリ
チェコ共和国
デンマーク
エストニア
フィンランド
フランス
ドイツ
ハンガリー
イスラエル
イタリア
日本
韓国
ニュージーランド
ノルウェー
フィリピン
ポーランド
ポルトガル
スロバキア
スロベニア
南アフリカ
スペイン
スウェーデン
スイス
トルコ
ウクライナ
イギリス
アメリカ合衆国
12.9
52.1
16.0
15.0
19.3
18.0
28.0
7.4
20.0
15.0
16.0
14.0
24.0
14.0
21.9
14.0
12.9
14.0
56.0
8.6
16.0
17.1
28.0
15.0
17.4
16.0
68.6
14.0
16.0
18.0
7.4
12.0
67.6
23.8
71.8
47.5
99.2
42.6
98.5
79.2
97.0
91.6
87.0
35.6
94.2
91.4
69.6
31.0
21.0c
2.2
55.5
63.2
88.1
51.8
96.7
97.9
94.7
64.1
84.3
90.3
91.2
98.3
71.9
65.9
15.6e
15.6
11.4
17.1
23.6e
9.1
12.8
28.7
18.7
22.9
21.9
9.6
19.5
16.5
14.3
6.7
5.7
9.8
29.3
8.2e
9.7
12.1
10.7
14.7
15.4e
12.3
26.2
9.7
11.0
22.4
17.4e
14.6
平均値
標準偏差
最小値
最大値
N
20.1
13.5
7.4
68.6
72.4
25.2
2.2
99.2
32
15.3
6.4
5.7
29.3
a)World Bank, "number of maternity leaves(week)", Gender Stat.
b)World Bank, "enrollment rate(%): pre school(private)" Education Stat. を 100% から引いた値を用いる。
c)1997 年度データ
d)‌Organization for Economic Cooperation and Development(OECD), "Employment in general government and
public cooperations", Government at a Glance
e)International Labor Organization(ILO),"Employment distribution by sex and institutional Sector", ILO stat.
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東アジア社会における家族政策と男女間所得格差
さらに,これらマクロ独立変数をただ 1 つの変数へと縮約するための,主成分分析の結果も表 2 に
示そう。結果より,第一主成分の寄与率が 50%を超えていることが確認され,主成分を 1 つに絞っ
ても,かなりの程度情報を保持できていることがうかがえる。主成分負荷量はおしなべて正の大き
な値をとっていることから,すべての変数が第一主成分に対して寄与していると言える。この結果
より,第一主成分を,先行研究同様に家族政策の充実度を意味する変数になっていると言えるだろ
う。本分析でも,これ以降,第一主成分得点を家族政策変数として用いることにする。
表2
主成分分析得点
第一主成分
0.464
0.500
0.731
0.152
0.507
育児休業(週)
就学前教育公的施設(%)
公務員割合(%)
固有値
寄与率
注)値は主成分負荷量である。絶対値 0.4 以上のものを太字にした。
4.
分析結果
始めに,分析で使用する変数の記述統計量を表 3 にまとめる。
表3
対数所得
結婚ダミー
高等教育進学ダミー
年齢
就業時間(週)
公務員ダミー
社会経済的地位
個人レベル変数 記述統計量
Mean
S.D.
Min.
Max.
8.446
0.564
0.171
44.364
41.972
0.301
42.135
3.126
0.496
0.377
11.214
14.285
0.459
16.990
0
0
0
25
1
0
16
17.687
1
1
64
96
1
90
これら変数を用いて,
仮説の検証を進めていこう。本稿では,国レベルデータ内に,個人レベルデー
タが内在する入れ子型構造のデータを使用する。そのため,国レベルデータ内に存在する,個人レ
ベルデータの依存性を考慮するためにマルチレベル分析を用いる。その結果を表 4 に示す。
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東北大学大学院教育学研究科研究年報
表4
第 63 集・第 1 号(2014 年)
本人所得におけるマルチレベル分析結果
係
数
標準誤差
【 個人レベル効果】
結婚ダミー
高等教育進学ダミー
年齢
就業時間(週)
社会経済的地位
公務員ダミー
男性ダミー
0.104
0.280
-0.002
0.013
0.013
0.019
0.349
0.020
0.025
0.001
0.001
0.001
0.021
0.034
**
**
*
**
**
【国レベル効果(家族政策)】
男性ダミーに対して
-0.076
0.024
**
切片
7.428
0.469
**
1549.960
12694
32
**
χ2
n(個人レベル)
N(国レベル)
**
**p<.01,*p<.05,† p<.10(両側検定)
まず,個人レベル変数の分析結果に着目してみよう。公務員ダミー変数を除き,統制変数として
加えた本人属性変数は全て所得に影響していることが分かる。例えば,結婚ダミー変数,高等教育
ダミー変数に着目すれば,結婚している人,高等教育へ進学した人のほうが,所得が高くなってい
ることが分かる。就業時間,社会経済的地位に関しては,週当たりの就業時間が長いほど,社会経
済的地位が高いほど,所得が高い。年齢の係数がマイナスであるのは,世界規模で考えれば,必ず
しも年功序列で所得が高くなっていく国ばかりではないことが影響している可能性がある。
先行研究と同様に,本稿で着目している「男女間所得格差」はやはり生じている。男性ダミー変数
の係数が正であるということは,男性のほうが女性に比べ,所得が高い傾向があることを示す。所
得は,対数値に変換されているため,男性は女性に比べ 34.9%分だけ所得がより高いことになる。
なお,男性優位の傾向は,今回分析対象とした全ての国において見られるものであった。
次に,本分析のメインである国レベルの家族政策変数が,男女間所得格差にどのような影響を及
ぼしているのか検討したい。表 4 での国レベル変数の結果では,男性ダミー変数の係数に対する家
族政策変数の効果は,-0.076 と推定されている。つまり,個人レベルで生じている「男女間の所得
格差」
は,国レベルでの家族政策が整っていれば,より小さくなると考えられる。以上より,仮説 1「家
族政策は,所得に対する性別の効果を調整する役割を担う 」は支持されたといえよう。
最後に,家族政策が男女間所得格差に及ぼす影響について,図 1 の散布図を用いて東アジアの相
対的位置を把握する。横軸は,主成分分析の結果より作成された家族政策指標,縦軸は「男女間の
所得格差」である 4)。なお,所得格差を求めるにあたって,個人属性(結婚ダミー,高等教育進学ダ
ミー,年齢,週あたり就業時間,社会経済的地位,公務員ダミー)を統制している。
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東アジア社会における家族政策と男女間所得格差
図1
家族政策の充実度と男女間所得格差の関係
この二変数の相関係数は R=-0.251 であり,二変数の間には家族政策が充実するほど,男女間所得
格差が小さくなるという,負の相関があることが分かる。
では,東アジアは他国と比べた場合,どこに位置するのだろうか。上記散布図において,東アジ
アを菱形でプロットした。これを見ると,他国と比べた場合,東アジア二国は,家族政策があまり
充実しておらず,かつ,男女間の所得格差が大きいことが読み取れる。以上を踏まえると,仮説 2 で
示した「東アジアは,家族政策が乏しく,男女間所得格差が大きい類型へと分類される 」も今回の分
析結果より,支持されたといえる。
一方,先行研究で家族政策が充実しているという一貫した見解を得ている,北欧諸国の位置づけ
はどのようになっているだろうか。北欧諸国は,図 1 において,三角で示されている。この図から
も分かるように,北欧諸国の家族政策指標の値は他国に比べて高いことが分かる。すなわち,先行
研究での指摘通り,これらの国々では家族政策が充実していると同時に,男女間の所得格差も比較
的小さいことが明らかである。
以上の結果から,①男女間の所得格差は,世界各国で男子が女子よりも高いという形で表れてい
る,②家族政策は,男女間の所得格差を縮小する役割を担う,③東アジアは他国と比較した場合に,
家族政策があまり充実しておらず,所得格差が大きい,という知見が得られた。
5.
考察
以上の分析結果は,
家族政策が男女間所得格差を縮める役割を果たしていることを示唆している。
また,他国と比較して,東アジア諸国は,他国に比べ家族政策が充実しておらず,かつ,男女間の所
得格差が大きいことが改めて示された。マルチレベル分析の結果は,世界中の国や地域において,
男女間の所得格差が男性に優位な形で生じていること,その所得格差は,政府による家族政策によっ
― 8 ―
東北大学大学院教育学研究科研究年報
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て小さくなっていることを明確に示した。これは,所得に影響すると考えられる他の要因,例えば,
婚姻状況,教育水準の高さ,
週あたりの就業時間,社会的地位などを統制しても見られる効果である。
図 1 の家族政策の充実度と男女間所得格差の関係性についての散布図も,北欧など家族政策の充
実した国では男女間の所得格差は小さく,逆に,東アジアのように,家族政策の乏しい国では格差
が大きいことを示唆している。なぜ,家族政策の充実した国の方が,充実していない国に比べて男
女間の所得格差が小さくなるのだろうか。
第一に,家族政策が,女性の就労を促進していることが考えられる。例えば,育児休業や就学前
児童への公的な施設の提供は,子育てと仕事の両立を可能にする。こうした家族政策が整っている
ことで,子育てと仕事を天秤にかけたときに,どちらか一方を選択するのではなく,両立できるよ
うになるのである。
第二に,給与体系が男女平等である公務員の割合が高いために,女性が男性と同様に稼ぐことが
できることも,男女の所得が平等になる一要因になりえる。表 1 を見ても分かるように,北欧諸国
では,公務員の割合が他に比べて非常に高い。こうした公的セクターへの就職口が広ければ広いほ
ど,男女が同等の給与の職を得やすくなるといえるだろう。
第三に,社会福祉保障や税制度の基本理念の違いが挙げられる。家族政策の充実した国,すなわ
ち北欧諸国では,社会保障の伝統的な家族主義的・男性中心主義的な性格を廃し,男女平等を基本
想定として社会保障や税制の個人的再編などを行っていると言われている(吉崎 2001,高橋
2001)
。それに対し,家族政策が充実していないとされる,東アジア諸国の社会保障や税制度は,家
族主義的な性格が強い。例えば,日本の社会保障や税制度は,男性が安定した雇用に就いているこ
とを前提に組み立てられており,女性・外国人は排除される傾向があると指摘されている(宮本
2009)
。福祉国家の社会政策は,ジェンダーバイアスがある場合には,性別分業を強化する働きがあ
る反面,ジェンダー中立的な政策を推し進めることによって,男性主体のモデルからの脱却を促す
ことができると言われている(武川 2011)。これら基本理念の違いが,労働市場における女性の働
きやすさを決定づけていると考えられる。
6.
おわりに
本稿の目的は,以下の二点であった。第一に,家族政策に男女間の所得格差を縮小する役割があ
るかどうかを検証すること,第二に,家族政策の充実度と,男女間の賃金格差の関係において,東ア
ジアが相対的にどの位置にいるのか確認すること,であった。
分析結果より,先行研究で示されてきたように,家族政策の充実した国の方が男女間の所得格差
が小さいことが明らかになった。そして,東アジア諸国は,他国と比べた場合に,家族政策が整っ
ておらず,男女間所得格差が大きいことが示された。表1の国レベル変数統計量からも分かるように,
日本や韓国では,0 - 6 歳児に向けた公的な施設が他国に比べ少なく,公務員の割合は大幅に小さい
といえる。既に述べたように,男女間の賃金格差が少ない北欧諸国では,子どもの就学支援と,働
く女性の就労支援という二つを同時に追求することで,ジェンダー平等に寄与することになったと
― 9 ―
東アジア社会における家族政策と男女間所得格差
いう。今回の分析結果を見ても,東アジアの二国では,それらに対する公共政策が整っていないと
言える。今日の日本では,男女平等を実現するために「女性の就労促進」が叫ばれているが,本稿で
の分析結果と北欧諸国の政策を考慮して考えると,我々は,
「女性の就労促進」だけではなく,
「就
学前児童への公的支出」
も必要であるだろう。
最後に,本稿の限界と課題を述べる。本稿では,「男女間の所得格差」を検討するうえで,所得の
絶対的な格差を検討するにとどまった。だがそうした所得の絶対的な格差だけでなく,その国々に
おける相対的な賃金格差も考慮する必要があろう。また,今後の分析課題として,「所得」データで
はなく,
「賃金」データを用いて再検討することが挙げられる。
「所得」には,労働で稼いだお金だけ
ではなく,他要因での臨時収入も含まれている可能性が高いので,分析結果が正確性を欠く。そこ
でより精緻な検証のために,
「労働の対価として稼いだ金額」での再分析が求められる。
【謝辞】
本稿における分析で使用した「2009 年 ISSP 調査(社会的不平等 IV)
」の個票データは,GESIS よ
り提供を受けました。記して感謝申し上げます。
【注】
1) ISSP は,様々な社会科学系事象を主眼に置きながら,1985 年以降毎年実施されている国際比較調査である。設立
当初は,四か国(オーストラリア,ドイツ,イギリス,アメリカ)のみであったが,現在では約 50 か国が参加している。
2)
有効回収率は各国で異なるために,本稿では省略した。調査設計や回収状況の詳細は,ISSP 調査プロジェクト
のウェブサイト(http://www.issp.org/)にて確認可能である。
3)
それぞれ,世界銀行のデータカタログ(http://data.worldbank.org/data-catalog),OECD の政府データ(http://
www.oecd.org/gov/govataglance.htm),ILO の LABORSTA(http://laborsta.ilo.org/)のウェブサイトからデータ
を入手できる。
4)
男女間の所得格差は,各国ごとの男性ダミー変数の回帰係数の推定値である。
【文献】
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東アジア社会における家族政策と男女間所得格差
Family Policies and Gender Income Difference in East Asia
Satoshi MIWA
(Associate Professor, Graduate School of Education, Tohoku University)
Saki KUDO
(Graduate Student, Graduate School of Education, Tohoku University)
For a long time, the gender inequality has been discussed throughout the world. Although
the number of female workers has been expanded, the gender income difference still exists. Many
researchers argue that the gender earning gaps in Nordic countries are smaller than those in
other countries; on the other hand, it is wider in East Asian countries. The Macro-level
determinant of gender income gap is mainly emphasized by “family policies”, which are legislated
by government to encourage women’s work. In this research paper, we would like to discuss the
fact that how family policies moderate the income gap between men and women.
We use hierarchical linear model to analyze with different levels of data, that is, individuallevel(the International Social Survey Programme)and country-level(World Bank, Organization
for Economic Cooperation and Development, and International Labour Organizaion database)
. We
make “family policy” indicator for country-level data using principal component analysis. The
purposes of this study are mainly two-forward, the first purpose is to investigate the trend which
family policies decrease gender income gaps is confirmed or not in contemporary society and
another purpose is to specify the East Asian countries’ position in the relationship between family
policies and gender income inequality relatively in the world. The result shows that countries
with developed family policy have less gender inequalities. In addition, the scatter diagram about
the relationship between family policy and income gap represents the features in East Asian
countries as following. Firstly, the family policies are not well constructed comparing with other
regions and secondly, the gender income gaps are greater than other countries.
In conclusion, family policies have a significant role to decrease the income gaps between
men and women. The better family policy the country has, the smaller gender income difference
is. Also, East Asian countries have huge gender income difference with less developed family
policies. These findings provide us with insight that East Asian countries need to make more
family policies in order to make the gender income difference smaller.
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東北大学大学院教育学研究科研究年報
Key Words:Income difference, Gender, Family policy, Multilevel analysis
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第 63 集・第 1 号(2014 年)