男性家庭科教師の現状と教育効果 Current Status and Educational

奈良教育大学紀要 第54巻 第 1 号(人文・社会)平成17年
Bull. Nara Univ. Educ., Vol. 54, No.1 (Cult. & Soc. ) , 2005
193
男性家庭科教師の現状と教育効果
―ジェンダーの視点から―
麓
博 之* ・ 杉 井 潤 子
奈良教育大学生活科学教育講座(家族関係学)
(平成17年5月6日受理)
Current Status and Educational Effect of Male Teachers in Home Economics:
From the Viewpoint of Gender
Hiroshi FUMOTO * and Junko SUGII
(Department of Home Economics Education, Nara University of Education, Nara 630 - 8528 , Japan)
(Received May 6 , 2005)
Abstract
It has been pointed out in recent years that entrenched gender consciousness is unconsciously built into the present structure of school education. In particular there is still a biased
consciousness that home economics is a subject for girls, despite its having become a common
subject for boys and girls. In this research we assume this situation arose due to the fact that
home economics teachers are predominantly female. We aimed to investigate the current status
of male home-economics teachers and their educational influences, with a hypothesis that the
gender-biased image of home economics could be eliminated by male teachers giving home economics classes.
Our research revealed the following result. (1) A quantitative study of the present circumstances shows the rate of male home economic teachers is only a few percent. (2) Interviews with
male teachers specializing in home economics clarified that they have characteristic influences
that female teachers do not have and their presence may provide an opportunity for leading
students to a gender-equal way of living. (3) A consciousness survey of junior-high students
who learned home economics from male teachers showed that the classes had the effect of
enhancing their consciousness on gender-equal education.
Key Words :
gender, male teachers in home economics, educational effect
1.問題意識および研究の目的
キーワード:
ジェンダー,男性家庭科教師,
教育効果
的かつ計画的に推進することを目的とする「男女共同参
画基本法」が施行され,2000年(平成12年)には男女
1999年(平成11年)男女共同参画社会の形成を総合
*奈良教育大学大学院修了
共同参画社会基本法に基づく「男女共同参画基本計画」
194
麓
博之・杉井潤子
が策定されるなど,近年,社会におけるジェンダーへの
は高等学校では71名,中学校では10名の男性家庭科教
関心が高まっている.
師を確認している.
そうしたなかで,学校におけるジェンダーにも関心が
貴田ら(1989)は,全国の教員養成大学の家庭科に
よせられてきている.学校そのものも社会が抱えるジェ
在籍する男子学生に対する調査を行い,1988年に在籍
ンダー構造を持っており,学習機会,学習内容,進路,
していた35名の男性のうち半数が家庭科教師を志望し
そして学校生活とあらゆる場においてジェンダー構造が
ていたことを明らかにしている.津止(1993)は1992
内包されている(亀田,2000).さらにはジェンダー概
年度の全国の教員養成大学の家庭科に在籍する男子学生
念の発見により,男女平等であるとの教育理念のなかに
のうち,3名が家庭科教員,9名が小学校教員に就職し
隠されたジェンダーの存在が明らかとなり,教育の場は
たことを明らかにしている.
ジェンダーの再生産を担う働きをしているとの指摘がな
堀内(2001)は,3名の男性教師(3名とも認定講習
されている(天野,2003).こうした指摘のなかで,麓
にて家庭科免許取得)へのインタビュー調査を行い,家
(2003)は中学校におけるジェンダーの再生産構造の分
庭科に関与することによる彼ら自身の意識の変化につい
析を行い,「家庭科は女子の教科である」という意識が
て分析している.それによると,家庭科に関心が向かう
中学生の伝統的な固定的二分法的な性差へのとらわれに
ようになったきっかけは3人とも異なるが,家庭科を学
強い影響を与える要因であることを報告した.そして,
び,教えるなかで,自らの生活を振り返り,自分自身を
家庭科に女性イメージを抱く背景には,家庭科教師が圧
見つめる経験を積み,そのことが,「男」としてのステ
倒的に女性に偏っていることがひとつの大きな要因であ
レオタイプなジェンダー役割から脱出する契機となり,
ると指摘し,男性が家庭科を教えることで,家庭科に対
家庭科教育の当事者となることが彼らの人生にジェンダ
する女性イメージをなくしていくことがジェンダー意識
ーの転機をもたらしているという.そうした経験を持つ
を弱め,払拭していくことにつながるのではないかとい
彼らが,「男性家庭科教師」であるということは,ジェ
うひとつの仮説をたてた.
ンダー・センシティブな生き方の体現者として子どもの
男性家庭科教師に関する研究は非常に少ない.
それは,
前に立つことを意味し,ジェンダー教育の担い手として
男性家庭科教師が誕生してからまだそれほど時間が経っ
子どもたちのジェンダー意識に揺さぶりをかける存在で
ていないことに加え,男性家庭科教師自体が非常に少な
あるという.そして,男性が教師となって家庭科を教え
いことに起因すると考えられる.
るようになることは,今後家庭科を巡るジェンダー・バ
1979年に国連が女子差別撤廃条約を採択したことを受
イアスを変える可能性があるとの見解を示している.
けて,わが国は1985年同条約批准に向けて家庭科の男女
吉野・深谷ら(2001)は,東京都・埼玉県の高等学
共修に本格的に取り組み出した.その結果1993年に中学
校の男性家庭科教師7名,女性家庭科教師3名の担当生
で,1994年に高校で男女共修が実施されたのである.
徒1,216名を対象とした調査をし,男性教師と女性教師
これを背景として,公立学校において初の男性家庭科
が教えることでの生徒たちのジェンダー形成に関わる意
教師が誕生したのは,1989年京都府採用によるもので
識や態度を諸側面から比較している.この7名の男性家
あるといわれている.この頃,日本女子大学の通信課程
庭科教師は,先述した認定講習によって家庭科の免許を
や女子栄養大学の夜間部が男性にも開かれ,愛知県,東
取得したものである.この調査結果によると,男性家庭
京都,埼玉県などでは,現職教諭の認定講習による家庭
科教師に教えられた経験による差はとりわけ男子生徒に
科教員の養成が行われるようになり,多くの現職の男性
強くみられ,家庭科を好むものが多く,学習に熱心なも
教師がこれらを受講し家庭科の教員免許を取得したとい
のも多いという.また男性家庭科教師に教えられた経験
う(田中,2000).さらに,1992年には,「家庭科教員
は,男子生徒,女子生徒双方に,男性家庭科教師と女性
をめざす男の会」という組織が誕生し,同会は「家庭科
....
の男女共教」を掲げ,学習会の開催,様々な集会やイベ
家庭科教師が備える特性を,性別にとらわれずに把握す
ントへの参加,会報の発行による情報交換をするなど,
て,生徒は家庭科を男女どちらの教師に教わってもいい
家庭科教師を目指す男性を支援していた.こうした家庭
と考えるようになるという.これらの結果から吉野らは,
科の男女共修への転換期の流れのなかで,男性家庭科教
男性が家庭科を教えることは生徒たちのジェンダー・バ
師がわずかながらも誕生し,増加していったのである.
イアスの修正につながるとの見解を示している.
現在,男性家庭教師の誕生から10数年が経ち,少しず
る態度を生み,男性家庭科教師に教えられた経験によっ
また木津田(2000)は,男性家庭科教師が教える広
つではあるが研究もまたなされるようになってきている.
島県下の高等学校と,女性家庭科教師が教える沖縄県下
田中(2000)は,中学校・高等学校における男性家
の高等学校での生徒を対象とした調査から生徒の意識比
庭科教師の人数に関する調査を行い,18都道府県のデ
較を行っている.木津田の場合,地域性の違いにより単
ータをまとめている.その結果によると,1999年度に
純に意識は比較できないとしながらも,男性家庭科教師
195
男性家庭科教師の現状と教育効果
が生徒に与える影響として,吉野らと同様に男子生徒に
差でなく,本質的に存在していた差である可能性が考え
は家庭科に対する積極性を養うことができ,女子生徒に
られる.そこで,本研究では,生徒の意識の「差」では
は男性も変化してきているということを実感させること
なく,意識の「変化」を明らかにすることから,男性家
ができると論じている.
庭科教師の教育効果についての検討を行いたい.
以上の先行研究の成果をふまえたうえで,本研究では
2.男性家庭科教師の現状
男性家庭科教師の教育効果と意義を,男性家庭科教師の
現状,男性家庭科教師本人,男性家庭科教師に教えても
らった生徒の3つの側面から総合的に分析していくこと
2.1.調査方法
とする.
2.1.1.公立中学校・高等学校
男性家庭科教師の現状に関しては,田中が1999年の
公立学校における教員の管理は都道府県単位であるの
18都道府県の男性家庭科教師の人数を明らかにしてい
で,各都道府県の教育委員会教職員課を対象とし,中・
るが,対象が全都道府県の半数にも満たないことや,私
高等学校に勤める家庭科教員の人数を男女別にきいた.
立学校における家庭科教員,女性の家庭科教員の人数な
調査は2004年7月に電子メールを用いて行い,研究の趣
どついては触れておらず,全体像をとらえるには至って
旨を伝えたうえで質問を行った.その結果,7〜11月に
はいない.そこで,本研究では家庭科教師における男性
かけて電子メール,電話,FAXにより,45都道府県から
の存在を把握するために,公立の中学校・高等学校に加
回答を得ることができ,回収率は95.7%であった.
え,私立学校や大学など幅広い教育機関を対象とした調
査を行うこととする.
2.1.2.私立中学校・高等学校
また,貴田,津止の調査からは,教員養成大学の家庭
私立学校においては,教員の管理は各学校単位で行わ
科に在籍している男性が全て家庭科の教師を目指してい
れるため,各学校への問い合わせが必要である.全国の
るわけではないことがわかる.家庭科教師を目指す男性,
全ての私立学校を調査することは非常に困難であるた
新たに家庭科教師となる男性の実数は,学生を対象とし
め,今回は近畿圏にある私立の中・高等学校347校を対
た調査では明らかにできないのである.そこで,教員採
象とした.調査2004年10月に,往復はがきを用いて行
用試験の家庭科における男性の受験者数・合格者数か
い,各学校の家庭科の正教員,常勤講師,非常勤講師の
ら,家庭科教師を目指す男性,新たに家庭科教師となる
人数をそれぞれ男女別にきいた.その結果,263校から
男性についての実数を明らかにし,男性家庭科教師の全
回答の返信が得られ,回収率は75.7%であった.
体像把握につなげたい.
さらに,男性家庭科教師自身に関する堀内の研究では,
対象である家庭科教師は家庭科教科以外が専門であり,
2.1.3.教員養成大学
大学については,家庭科教員免許取得カリキュラムを
兼任という形で家庭科を教えていた.また男性教師自身
設けている私立大学では女子のみに門戸を開いていると
の意識の変化は具体的に明かされてはいるものの,生徒
ころが多いため,今回は男女に平等に門戸が開かれてい
に与える影響についてはあまり触れられてはいなかっ
る,全国の国立の教員養成大学56校の家庭科教員養成
た.そこで,本研究では家庭を専科とする男性教師を対
を担う家政教育講座の教員を対象とした.教員養成大学
象とし,さらに中学校・高等学校の2種の学校の教員に
は,家庭科教師を育成する場であるため,そこでの教員
質的調査を行うこととする.そして家庭科教師自身の変
の性比は家庭科教師志望学生に対しても大きな意味を持
化に加え,教師の視点からみた生徒の変化についても分
つと考えられる.調査は,「日本教育大学協会全国家庭
析を行う.
科部門会員名簿2004」を用いて行い,性別のみでなく,
また,吉野らは,男性が家庭科を教える学校と,女性
専門分野別の人数についても集計をおこなった.
が家庭科を教える学校との生徒の意識の比較から男性家
庭科教師の教育効果を分析し,男性が家庭科を教えてい
2.1.4.新たに家庭科教員になる男性
る学校のほうが,男子生徒の家庭科への興味・関心が強
教員採用試験の受験者数から,家庭科教員を志望する
くなること,家庭科教師という職業へのジェンダー意識
人数を,さらに教員採用試験の合格者数の人数から,新
が薄れることを明らかにしている.このように,家庭科
たに家庭科教師となるものの人数を明らかにすることと
教師の性別による比較もひとつの方法ではあるが,その
した.調査は,全国の都道府県の教育委員会を対象に行
一方で問題も考えられる.地域や学校さらには教師個人
い,平成14〜16年度の3年間の教員採用試験の中・高
が異なれば,生徒が受けるジェンダー・バイアスが異な
等学校家庭科の受験者数・合格者数の男女別の人数につ
り,ジェンダー意識の形成要因にも違いが生じることで
いてたずねた.その結果,45都道府県から回答が得ら
ある.つまり,家庭科教師の性別のみからの影響による
れた.
196
麓
表1
博之・杉井潤子
全国男性家庭科教員数・教員採用試験家庭科受験者数
2.2.結果と考察
はあるが,中学校・高等学校の男性家庭科教師の割合に
2.2.1.男性家庭科教師の実数
比べると,大学における男性教員の割合は非常に高いよ
公立中学校の家庭科教員は,回答のあった45都道府
うに思える.しかしながら,専門分野別に見てみると,
県中27都道府県で男性は19人,女性は3,360人であった.
男性では食物学,被服学のほか住居学などを専門とする
公立高等学校の家庭科教員は,31都道府県で男性36名,
ものが多い.それに対し女性は,食物学,被服学のほか
女性4,026名であった(表1)
.家庭科教師における男性
家庭科教育を専門とするものが多い.特に家庭科教育の
の占める割合は中学校で0.6%,高等学校で0.9%と,ど
分野に注目すると,女性が87名であるのに対し,男性
ちらにおいても1%にも満たないわずかな割合であるこ
はわずか3名にすぎない.男性が全体に占める割合は
とが明らかとなった.
3.3%であり,中学校・高等学校と同様に低水準である.
私立学校(近畿圏)では,中学校・高等学校を併設し
「家庭科教育」のみが大学の家政教育講座における科目
ている場合が多く,また中学校・高等学校を兼任する教
であるというわけではないが,中学校・高等学校の教科
師が多いため,中学校・高等学校の教員を合わせた人数
内容との関連が最も深く,家庭科教員を養成するうえで
を示すと,正教員では男性は18名,女性は229名,講師
の影響は大きい.
は常勤では男性0名,女性37名,非常勤では男性7名,
以上の3つの調査結果から,男性家庭科教師の具体的
女性191名であった.正教員,講師を合わせると,家庭
な人数・割合を明らかにしたことで,漠然と「少ない」
科教師に占める男性の割合は5.3%であった.全国の公立
と言われてきた男性家庭科教師への数量的な知見を得る
学校と近畿圏の私立学校との比較ではあるが,私立学校
ことができた.また,家庭科を教えるものが女性に偏っ
のほうが公立学校に比べ,男性の占める割合が高いこと
ているだけでなく,家庭科教員を養成する大学教員もま
から,家庭科への男性の進出が進んでいることがわかる.
た女性に偏っていることが明らかとなった.
全国の教員養成大学の家政教育講座に在籍する教員
は,367人中男性85名,女性282名であった.男性が占
める割合は23.2%であり,女性と比べるとやはり低率で
2.2.2.家庭科教師を目指す男性
平成14〜16年の3年間で,全国で新たに男性家庭科
男性家庭科教師の現状と教育効果
197
教師となったものは,中学校・高等学校あわせてもわず
いる.1名は,もともとは高校の英語の教師であったが,
か5名のみである(表1).それに対して女性は3年間
通信制大学にて家庭科を学び,免許取得後に教員採用試
で394名が新たに家庭科教師になっており,新しく家庭
験を受け,家庭科教員となっている.
科教師となるものに占める男性の割合はわずか1.3%に
すぎない.新たに家庭科教師になる男性が少ないのは受
3.1.2.調査内容
験者数が少ないことがそもそもの要因ではある.採用試
調査内容は以下の4点である.①家庭科教員を志すよ
験の受験者数は家庭科教師を志望するものの人数である
うになった動機,②男性家庭科教師への周囲の反応,
が,こちらも男性は少なく,全体に占める割合は3.4%
③ジェンダーへのアプローチ,④男性が家庭科を教える
である.そして,さらに男性の合格者が少ないのには受
ことの意義である.
験者数以外にも要因がもうひとつある.それは合格率で
ある.女性の合格率が7.7%であるのに対し,男性の合
3.2.結果と考察
格率は2.7%と1/3程度なのである.女性のほうが男性よ
3.2.1.家庭科教員を志すようになった動機
り家庭科に対する能力が高いといわざるをえない状況に
なっている.
男女別学習への不条理さ,家庭生活の中での自分の無
力さの気付き,大学進学時の成績,大学の講義の中での
以上の結果から,毎年新たに男性家庭科教師が数名誕
気付きなど,家庭科に興味を持つようになったきっかけ
生していることは明らかになった.しかしながら,新た
は4者4様である.中・高等学校で家庭科を学ぶ機会が
に家庭科教師となるものに占める男性の割合は非常に低
なかった彼らは,家庭科を学ぶことで新たな価値観を手
く,現職の家庭科教師の性比の偏りを是正するまでには
に入れ,身近な存在でありながら意識が向くことのなか
到底至らない.家庭科が男女共修となって10数年が経
った「生活」について考えるようになっている.さらに,
過し,小・中・高等学校全てで家庭科を男女共修で受け
女子のみ履修という固定的ジェンダーを内包した教科へ
てきた世代が大学を卒業し,採用試験を受ける時代にな
男性が進出したことで,彼らのなかに「つくられたジェ
った.しかしながら,家庭科教師を目指すものは相変わ
ンダー」への気付きが生まれたという.
らず女性なのである.これまでは,家庭科教師の大多数
を女性が占めていたことは,家庭科が女子のみ履修であ
3.2.2.男性家庭科教師への周囲の反応
ったことに要因があるといわれてきたが,男女共修とな
絶対数が極めて少ない男性家庭科教師は,驚きや珍し
った今日でも変わることなく家庭科教師になるのは女性
さの目で見られるようである.しかしながら時間の経過
なのである.このような状況になるのは,男女共修の下
とともに,驚きや違和感はなくなっていくという.
「男性
においても「家庭科は女性の教科」という意識が持ち続
家庭科教師」の経験がないことから違和感や驚き,偏見
けられていることが要因であると考えられる.この「家
が生まれ,一方で教えてもらった経験があると違和感や
庭科は女性の教科」の意識を断ち切らないことには,家
....
庭科の男女共教の日が来ることは期待できないのではな
驚きはないことから,男性が家庭科教師として教壇に立
いだろうか.
ジェンダー意識をなくしていける効果があるという.
3.男性家庭科教師へのインタビュー
3.1.方法
つだけでも,
「家庭科の先生は女性」という教師に対する
3.2.3.ジェンダーへのアプローチ
子どもたちにジェンダーへの興味をもたすためには,
3.1.1.調査方法および調査時期・調査対象者の属性
知識や教師の考えを伝えるのではなく,生徒が自分から
2004年8月,家庭科専科の男性教師4名に個別にイ
問題として考えることができるようなきっかけを与えて
ンタビューを行なった.内訳は,中学校教諭:30代1
やることが大切なのであるという.そして,男性が家庭
名,高等学校教諭:30代2名,40代1名.時間は一人
科を教えるという行為そのものが,その気付きへのひと
あたり40分程度である.あらかじめ質問項目を設定し
つのきっかけとなりうるのである.
た上で被面接者の自由な発言を促すようなかたちで行っ
た.会話は全て録音した後に文章化した.遠隔地に住む
1名のみ,直接会うことが困難であったため,電子メー
ルにより質問及び回答を行った.
3.2.4.男性が家庭科を教えることの意義
男性家庭科教師の影響は男子生徒に多くみられ,男性
が教えることで,男性生徒は「家庭科は男である自分には
この4名は全て,男女共修以前の教育課程を修めてお
関係ない」というような言い訳を使えなくなり,家庭科へ
り,中・高等学校において家庭科を学んだ経験はない.
の取り組みの意識が高まる.また,男子生徒は女性教師よ
3名は大学進学時に家庭科を志望し,大学においては家
り男性教師のほうに話しかけやすく,男子生徒が家庭科に
庭科教育を履修分野とし,卒業後,家庭科教師となって
対する興味を素直に表現できるようになるという.ジェン
198
麓
博之・杉井潤子
ダーについて話すときに,男性と女性とでは説得力が違う
師に授業を受けたときの気持ち,1年後の気持の変化に
ことや,男性教師が実習のなかで見本を見せることで,生
ついて自由記述により回答してもらった.
徒たちに「女性だけでなく,男性も調理,裁縫はできる」
という意識を抱かせることができるという.
4.1.3.分析枠組
以上から,男性家庭科教師は女性にはない特有の影響
分析は性別を媒介変数として,属性1項目,家庭生活
力を持っていることは明らかである.また,彼らが家庭
での実態5項目,学校での実態7項目,学校での性差意
科を学んだことで意識の変化や,家庭科を教える中での
識4項目,性差観尺度得点を用いたパス解析によって行
気付きといったことから,家庭科がいかに重要で意味の
い,性差観を強める要因をみた.さらに,一年間家庭科
ある教科であるということもわかる.
を学んできたことでの意識の変化を明らかにし,男性が
家庭科はジェンダーの再生産の要因にもなるが,ジェ
ンダーにとらわれない考え方を学べる場ともなりうるの
である.どちらに向かうかを決めるのは教師次第である.
家庭科を教えることとの関連性についての分析を行った.
集計・分析はSPSS12.0Jを用いて行い,統計的有意差
の基準はすべて危険率5%とした.
そうした中で,「男性である」ということは,子どもた
ちをジェンダーにとらわれない生き方へと導く,ひとつ
4.2.結果と考察
のきっかけとなる可能性をもっているのではないだろう
4.2.1.家庭科に対する女性イメージ
か.もちろん,ただ男であればよいわけではない.今回
男性教師が一年間家庭科を教えてきた中学生の意識で
の調査対象者である彼らは,家庭科の女子のみ履修時代
あるが,全体として家庭科と女性イメージを結びつける
に,自ら家庭科の世界に飛び込んだものであり,非常に
意識は弱くなっているものの,なお「家庭科は女子の教
ジェンダーセンシティブであると思われる.そういった
科」という意識,あるいは「家庭科は女の先生に教えて
彼らであるからこそ与えられる影響というものもあるこ
もらうのがよい」との意識を持つものが20〜30%みら
とを忘れてはいけないと思われる.
れた(表2).さらにパス解析の結果,男女ともに「家
庭科は女子の教科」という意識が伝統的役割規範に基づ
4.男性家庭科教師に教えてもらった中学生の意識
く固定的二分法的な性差観形成に直接影響を与える要因
となっていた(図1,図2)
.
「家庭科は女子の教科」と
4.1.方法
いう意識は,男性家庭科教師一人が教壇に立つことだけ
4.1.1.調査方法および調査時期・調査対象者の属性
では完全には拭いきれない非常に強固な性差意識であ
2004年3月に奈良県B市の中学校1校で男性家庭科教
り,学校における根強いジェンダー構造はすぐには変わ
諭が担当した1,2年生198名を対象として,クラス単
らないことがわかる.
位の自計式集合調査を行なった.回収率は100%(198
名:男性51.5%,女性48.5%)である.
表2
家庭科に対する女性イメージ
世帯類型は核家族が51.5%を占め,同居者は父86.2%,
母94.6%,祖父29.1%,祖母47.4%,きょうだい約30%
である。また,父親の就労率は98.2%,母親の就労率は
78.7%であり,共働きの家庭は76.6%であった。
4.1.2.調査内容
性別・親の就労などの属性,手伝いの頻度・親からの
躾などの家庭生活での実態,教師の対応・係の振り分け
などの学校生活での実態,「委員長は男子がするほうが
よい」といった学校での性差意識,性差観,男らしさ・
女らしさイメージなどについての項目を回答してもらっ
た.性差観とは男性とはこうあるべき,女性とはこうあ
るべきという伝統的役割規範に基づく固定的二分法的な
性差意識を意味する.さらに一年間家庭科を学んできた
ことでの,家庭科に対する意識の変化,生活面での変化,
性別役割分業意識に対する意識の変化の3つの側面にお
ける変化を問うた.また,具体的にどのような意識の変
化があったかを知るために,4月に初めて男性家庭科教
図1
性差観への影響(パス解析)男子
男性家庭科教師の現状と教育効果
199
変化があったものは,変化のなかったものにくらべ,家
庭科に対する女性イメージが弱い.また,家庭科に対す
る興味関心や,家庭科を重要視する意識が高まり,家事
手伝いをすることが増えたことなど,生活面においても
良い意味での変化がみられた.
4.2.3.男性家庭科教師への思い
自由記述をみてみると,男性教師から,初めて家庭科
を教えてもらったときは,違和感や驚きなどの戸惑い,
不安感や不信感を持つ生徒もいた.
「びっくりした.男の家庭科の先生なんて考えたこ
となかった.
」
図2
性差観への影響(パス解析)女子
「小学校のときは女性の先生だったので,男性がす
るのはおかしいんじゃないかと思っていました.
」
表3
家庭科を一年間学んでの意識の変化
「男の先生なのに家庭科ができるのか不安だった.
」
しかし,男性家庭科教師への思いは,一年後には変化
がみられ,男性家庭科教師に違和感や驚きの思いを抱い
ていた生徒は男性家庭科教師を自然に受け入れるように
なっている.
「今になって,別に男性がしてもおかしくないじゃ
ないかと思っています.
」
「今思うと,男の先生でも普通に思えてきました.
男の先生が家庭科を教えてはいけない決まりはない
し,それは一人一人の自由だからいいと思います.
」
男性が家庭科を教えることは,家庭科教師という職業
表4
家庭科に対する学びの意識の変化
への女性イメージを断ち切り,家庭科は男性にはできな
いとの意識を払拭し,家庭科は男性にも開かれた教科で
あるとの意識を抱かせることができるようである.
4.2.4.男子への影響
4.2.2.一年を通しての意識の変化
男性家庭科教師に教えてもらったことでの意識の変化
家庭科の学びの意識では,4月時点では「女性が主に
のなかで,男子生徒に特徴的にみられたものは,女性教
学べばよい」と回答したものは男子26.3%,女子12.6%
師より男性教師のほうが,授業が受けやすいというもの
であり,性差がみられた(p<.05)。翌年の3月には,
であった.
「女子が主に学べばよい」と回答したものは,男子
「違和感もなくなって楽しく,おもしろく,とても
13.1%,女子5.3%へと減少し,「男女共に学べばよい」
いいです.それに女の人より男の先生のほうが話しか
と回答するものが男女共に増え,性差はみられなくなっ
けやすいのでいいです.
」
た。また,4月と3月の意識を比較すると,男子にのみ
有意な差がみられた(p<.05)
。
「授業内容も変わらないし,女の先生より男の先生
のほうが話したり質問したりしやすくなった.自分自
一年間家庭科を学んだことで,男女ともに,家庭科に
身やっぱり男の先生の方が良い.調理実習のときも話
対する興味・関心,家庭科を重要視する意識,男性の家
しやすいし,色々と質問したり,調理方法を教えても
事・育児参加への意識の高まりや,今後の生き方を考え
らい,女の先生のときよりよく話すようになった.
」
るようになっている(表3)
(表4)
.男子では家庭科を
男性家庭科教師は,男子が内面に秘めた家庭科への興
男女が共に学ぶという意識の高まりが,女子では職業に
味・関心を,素直に表出させることができる存在である
関する伝統的・固定的な二分法的性差意識の薄れ・女性
ようである.
の就業意識の高まりが特徴的なものであった.
また,詳しい分析結果は割愛するが,家庭科に対し
「女性が主に学ぶ」との意識から「男女共に学ぶ」へと
200
麓
博之・杉井潤子
5.まとめ
以上,本研究では男性家庭科教師の現状を明らかにす
るとともに,家庭科に潜む根強い女性イメージの存在を
ふまえて,学校でのジェンダーの再生産を断ち切るため
の,ひとつの可能性として男性家庭科教師の教育効果と
意義をみてきた.
男性が家庭科を教えることだけでは,「家庭科は女性
の教科」という生徒たちの意識を完全には断ち切ること
はできないという結果となった.しかし,家庭科教師と
いう職業への女性イメージを断ち切ること,家庭科への
男女共修の意識を高めることなどの影響がみられた.
家庭科は,表面的には男女共修が浸透し,ジェンダー
にとらわれない教育が行われているかのようにみられる
が,その内実は女子のみ履修時代につくられた女性イメ
ージが今なお色濃く残り,ジェンダーにとらわれたまま
であり,さらにはジェンダーの再生産装置としての働き
をも持っていた.男性が家庭科を教えたことで,生徒の
家庭科への男女共修意識は高まりをみせた.つまりこの
ことから,家庭科の男女共修を実質的に実現するために
....
は,学ぶ側の男女共修に加え,教える側も男女共教とな
ることが必要であることがわかる.
本研究では,あえて性にこだわり,「男性」家庭科教
師の問題を取り上げた.これは,女性が大多数を占めて
いる家庭科教師の現状が,男性にこだわらざるを得ない
状況を生み出したからである.しかし,今後の課題では
あるが,望むべくは性を超えたあるいは性にとらわれな
い教科であり,教育でなければならない.そのためにも,
....
男性が家庭科教師へ進出し,家庭科が男女共教となるこ
とが必要ではないだろうか.
付記
本稿は,平成17年1月提出の修士論文の第2部
「ジェンダーの視点からみた男性家庭科教師」の一部
を書き改めたものである.
引用・参考文献
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