ISSN 0286-813X 山形県工業技術センター報告 REPORTS OF YAMAGATA RESEARCH INSTITUTE OF TECHNOLOGY No. 38(2006) 山形県工業技術センター YAMAGATA RESEARCH INSTITUTE OF TECHNOLOGY 目 次 超音波振動を援用した電解めっきによる CNT 複合 Ni めっき被膜の開発 ……………… 鈴木庸久 今野高志 衣袋光 CNT 複合 Ni めっき被膜によるダイヤモンド電着砥石の砥粒保持力の改善 …………… 鈴木庸久 今野高志 1 6 衣袋光 単結晶ダイヤモンド工具を用いた旋削加工における加工形状の補正方法 ……………… 11 高橋俊広 小林庸幸 ダイヤモンド電着軸付き砥石によるアルミナセラミックスの微細穴加工 ……………… 14 芦野邦夫 ゼロ膨張鏡材の高精度研削加工技術の開発 松田丈 田中善衛 半田賢祐 伊藤斉 家正則 二宮啓次 佐藤修二 江端潔 栗田光樹夫 ………………………………………………… 21 半田賢祐 直交ツルアとカップツルアによる切断砥石成形機構 江端潔 一刀弘真 ………………………………………………… 18 金田亮 レーザ加工機へのオンマシン計測機の開発 鈴木庸久 半田賢祐 江端潔 田中善衛 ……………………………………… 25 田中善衛 二宮啓次 金田亮 松田丈 刺繍機の針にかかる荷重の測定と各部の動き ……………………………………………… 29 小林誠也 大沼広昭 太田豊 若木勝也 高内光義 プラスチック成形品粉砕装置の低騒音化 …………………………………………………… 33 小林誠也 佐藤健夫 スペクトルドメイン型光波干渉計の開発 …………………………………………………… 37 髙橋義行 佐藤敏幸 三井俊明 渡部善幸 橋本智明 MEMS 技術を用いた生体用インピーダンスプローブの開発 阿部泰 金子誠 佐藤学 渡部裕輝 …………………………… 42 三井俊明 渡辺満生 渡部善幸 早坂藤晴 佐藤敏幸 鈴木典夫 Z 軸単振動および X, Y 軸傾斜機能を有する光 MEMS ミラーの開発 渡部善幸 三井俊明 ………………… 47 金子誠 阿部泰 鋳放し面への溶融アルミニウム合金めっき処理を施した片状黒鉛鋳鉄の耐酸化性 …… 52 松木俊朗 槙寛 菅井和人 無電解ニッケルめっき皮膜を利用した鋳鉄と超硬合金の接合 …………………………… 57 藤野知樹 小林誠也 山田享 金型用次世代鋳造材料の開発と応用 ………………………………………………………… 62 山田享 佐藤昇 中野哲 晴山巧 鈴木剛 藤野知樹 矢作徹 松木和久 高橋裕和 渡辺利隆 石井和夫 渋谷宇一郎 悪原正敏 山口友広 渡辺隆介 星時夫 内藤一美 建具業界とデザイナーによる製品開発支援 柴田泉 滝口正康 麻生節夫 久松徳郎 堀江皓 ………………………………………………… 68 藤田壽夫 武井呉郎 大谷光成 福井克 伊藤成克 コンクリート工場の洗浄水等による休廃止鉱山排水の中和処理 ………………………… 72 松木和久 矢作徹 豊田匡曜 前田直己 五十嵐利行 工藤敏正 大泉裕一 森仁 紅花色素吸着微粉末の開発 …………………………………………………………………… 77 野内義之 飛塚幸喜 焼畑栽培温海かぶと普通畑栽培温海かぶの区別化 菅原哲也 平田充弘 渡辺健 ………………………………………… 82 安食雄介 村岡義之 石塚健 ラ・フランスパウダーの開発 …………………………………………………………………… 88 飛塚幸喜 三浦靖 小林昭一 CONTENTS Development of Ni-Based CNT Composite Coatings by Electroplating with Ultrasonic Vibration ………………………………………………………………………………… 1 Tsunehisa SUZUKI Takashi KONNO Hikaru IBUKURO Improvement of Grain Retentivity of Electroplated Diamond Tools by Ni-Based CNT Composite Coatings ………………………………………………………………… 6 Tsunehisa SUZUKI Takashi KONNO Hikaru IBUKURO Improvement Method of Form Accuracy for Machining the Spherical Lens Molds with Diamond Tools ……………………………………………………………………………………… 11 Toshihiro TAKAHASHI Tsuneyuki KOBAYASHI Micro Drilling of Alumina Ceramics with Electroplated Diamond Tools ………………………… 14 Kunio ASHINO Tsunehisa SUZUKI Hiromasa ITTO Development of High Accuracy Grinding in ZERO EXPANSION PORE FREE CERAMICS … 18 Takeshi MATSUDA Ryo KANEDA Zen-ei TANAKA Hitoshi ITOH Keiji NINOMIYA Kiyoshi EBATA Kenyu HANDA Masanori IYE Syuji SATO Mikio KURITA Development of On-machine Measurement Machine with Laser Beam Machine ……………… 21 Kenyu HANDA Kiyoshi EBATA Zen-ei TANAKA Truing Mechanism of Cutting Blade with Cross-feed rotary Truer and Cup-Truer …………… 25 Kiyoshi EBATA Kenyu HANDA Zen-ei TANAKA Keiji NINOMIYA Ryo KANEDA Takeshi MATSUDA Load Measurement of Needle and Motion Observation for Sewing Machine …………………… 29 Seiya KOBAYASHI Hiroaki OHNUMA Yutaka OHTA Katsuya WAKAKI Mitsuyoshi TAKAUCHI Noise Reduction Technique Applied to Crusher for Molded Plastics …………………………… 33 Seiya KOBAYASHI Takeo SATO Development of Spectral Domain Type Interferometer …………………………………………… 37 Yoshiyuki TAKAHASHI Toshiyuki SATO Toshiaki MITSUI Yoshiyuki WATANABE Tomoaki HASHIMOTO Manabu SATO Yuuki WATANABE Development of an Impedance Probe for a Biological Use by MEMS Technology …………… 42 Yutaka ABE Makoto KANEKO Toshiaki MITSUI Yoshiyuki WATANABE Toshiyuki SATO Maki WATANABE Hujiharu HAYASAKA Norio SUZUKI Development of an Optical MEMS Mirror with the Functions of Z-axis Simple Harmonic Vibration and X, Y Bi-directional Tilting …………………………………………………………… 47 Yoshiyuki WATANABE Toshiaki MITSUI Makoto KANEKO Yutaka ABE Oxidation Resistance of Aluminized Flake Cast Iron on As-cast Surface ……………………… 52 Toshiro MATSUKI Hiroshi MAKI Kazuto SUGAI Bonding of Cast Iron and Cemented Carbide Using Electroless Plating Ni-P Alloy Film as Filler Metal ………………………………………………………………………………………………… 57 Tomoki FUJINO Seiya KOBAYASHI Toru YAMADA Development and Application of New Casting Materials for Injection Molds ………………… 62 Toru YAMADA Noboru SATO Satoshi NAKANO Takumi HAREYAMA Takeshi SUZUKI Tomoki FUJINO Toru YAHAGI Kazuhisa MATSUKI Hirokazu TAKAHASHI Toshitaka WATANABE Kazuo ISHII Uichiro SHIBUYA Masatoshi AKUHARA Tomohiro YAMAGUCHI Ryusuke WATANABE Tokio HOSHI Kazumi NAITO Masayasu TAKIGUCHI Setsuo ASO Tokuro HISAMATSU Hiroshi HORIE Development of Wood Products by Fitting Makers Cooperated with Designers ……………… 68 Izumi SHIBATA Hisao FUJITA Goro TAKEI Mitsunari OTANI Masaru FUKUI Narikatu ITO Examination into Neutralization for Mine Drain by Concrete Wastewater …………………… 72 Kazuhisa MATSUKI Toru YAHAGI Masaaki TOYODA Naomi MAETA Toshiyuki IGARASHI Toshimasa KUDO Hiroichi OIZUMI Hitoshi MORI Development of Colored Powder with Carthamin …………………………………………………… 77 Yoshiyuki NOUCHI Koki TOBITSUKA Tetsuya SUGAWARA Mitsuhiro HIRATA Takeshi WATANABE Differentiation Between Slash-and-Burn Atsumi Turnip and Usual Atsumi Turnip ……… 82 Yusuke AJIKI Yoshiyuki MURAOKA Ken ISHIZUKA Development of Powdered La France Pear …………………………………………………………… 88 Koki TOBITSUKA Makoto MIURA Syoichi KOBAYASHI 超音波振動を援用した電解めっきによる CNT 複合 Ni めっき被膜の開発 【平成 17 年度超精密加工テクノロジープロジェクト共同研究事業】 鈴木庸久 今野高志* 衣袋光* Development of Ni-Based CNT Composite Coatings by Electroplating with Ultrasonic Vibration Tsunehisa SUZUKI 1 緒 Takashi KONNO* Hikaru IBUKURO* 言 機械的特性,熱伝導性,電気伝導性等に優れるカーボンナノチューブ(CNT)を樹脂や金属等の 材料に混合させた新たな機能性材料の開発が進められている。CNT 複合金属材料の応用としては, 高熱伝導性を利用したヒートシンク 1) ,電気伝導性を利用した配線・接点部材 2) ,機械的特性を高 めた摺動部品 3) ,金型 2) や表面研磨用砥石 4,5) などが提案されている。めっき法を用いた CNT の複 合材料化について,L. Y. Wang ら 6) は無電解めっき法により,L. Shi ら 7) および新井ら 8) は電解 めっき法により CNT 複合ニッケルめっき被膜を形成し,耐摩耗性,表面潤滑性等が改善すること を報告している 6,7)。しかし,CNT はめっき浴中で凝集しやすく,また導電性を有するため, 電解 めっきでは CNT の凝集体がめっき被膜に取り込まれ,ポーラスなめっき被膜になりやすい。この ため,緻密で平滑なめっき被膜が求められる小径電着砥石に用いることが困難であった。 本研究では,近年,需要の高まっている硬脆材料の微細穴・溝加工用小径軸付ダイヤモンド砥石 へ応用することを念頭におき,超音波振動を援用した電解めっきによる緻密な CNT 複合 Ni めっき 被膜の形成手法を検討した。スルファミン酸 Ni 浴を用い,CNT 量,攪拌方法,浴温度,電流密度 を L9 直交表に割り付けて実験を行い,めっき条件が被膜の表面粗さおよび硬さ等に与える影響を 調べた。さらにめっき浴中の CNT 量と硬さおよび引張強度の関係を調べた。 2 実験方法 実験には,図 1 に SEM 写真を示す直径 60∼100 nm,長さ 1∼2 μm の多層 CNT(NTP 社製) を用いた。表 1 に実験に用いた CNT の合成方法,寸法,物性値を示す。予備実験において,めっ き浴への分散性およびめっき被膜への共析率が良 かったカチオン系界面活性剤を用いて,CNT を純 水 に 分 散 さ せ た の ち , ス ル フ ァ ミ ン 酸 Ni 浴 (NiHSO 3 ・NH2: 500 g/L,NiCl・6H2O: 4 g/L, H3BO3: 33 g/L)に導入した。図 2 に構成を示す実 験装置を用い,被めっき母材である φ 0.8 mm の SUS 丸棒を 24 min -1 で回転させ,スリップリング を介して電流を流した。CNT は再凝集しやすいた め,マグネティックスターラを用いた回転攪拌また は超音波振動により,常にめっき浴を撹拌しながら 1μm めっき処理を行った。めっき浴中の CNT 量[g/L], 撹拌方法,めっき温度,電流密度を制御因子とし, 表 2 に示す 3 水準を L9 直交表に割り付けて実験を *ジャスト株式会社 − 1 − 図 1 直径 60~100 nm,長さ 1~2 μm の カーボンナノチューブ(NTP 製)の SEM 写真 鈴木 表1 今野 衣袋:超音波振動を援用した電解めっきによる CNT 複合 Ni めっき被膜の開発 実験に用いた CNT の仕様 生成法 種類 モーター 24rpm Ni板 流動方式 CVD 法 スリップリング (-) 多層カーボンナノチューブ 直径 nm 60−100 長さμm 1−2 電源装置: (有)日厚計測製 NPGS-2501 (+) 母材 ウォーターバス 95−98 純度% 熱伝導率 W/mK 1812±300 耐熱温度℃ 450−600(大気中) 密度 g/mL 0.143 比表面積 m2 /g めっき浴 超音波振動子 42kHz 30W 40−300 図2 行い,それぞれの条件で約 20 μm の被膜を形 表2 成した。被膜の評価は,表面粗さ Ra の望小特 性 SN 比およびビッカース硬さの望大特性 SN 制御因子 水準2 水準3 0.10 0.25 0.40 スターラ 200 min -1 スターラ 500 min-1 超音波 40 kHz C. 浴温度 低 中 高 D. 電流密度 低 中 高 A. CNT 量 g/L 微鏡(Zygo 製 NewView200)で測定し,硬さ B. 攪拌方法 カ ー ス 硬 度 計 ( Akashi 製 HM-124: 荷 重 49 mN)で行った。さらに,めっき条件を電流 制御因子と水準 水準1 比で行った。表面粗さは 3 次元表面構造解析顕 試験はめっき被膜断面に対してマイクロビッ 電解めっき処理装置の構成 密度 5A/dm2,めっき浴温度 50 ℃,超音波攪 拌と固定し,めっき浴中の CNT 量を 0∼10 g/L 表3 引張試験の実験条件 まで増加させ形成した被膜のビーカース硬さ, CNT 量を 0∼1.0 g/L まで増加させ形成した被 膜の引張強度を測定した。引張強度の測定は, 板状ダンベル試験片(下図) 最小幅 1.5 mm,厚さ約 30 μm サンプル R25mm 厚さ約 30 μm で最小幅部が約 1.5 mm の平板 1.5mm ダ ン ベ ル 試験 片 を 作 製 し , 繊 維 引張 試 験 機 (TOYO BALDWIN 製 TENSILON/UTM− 4−100)を用い,引張速度 4 mm/min で試験 TOYO BALDWIN 製 TENSILON/UTM−4−100 測定機 4 mm/min 引張速度 した。引張試験の実験条件を表 3 に示す。 Max. 20 kgf ORIENTEC 製 TLB-20L-FB1 ロードセル 3 実験結果および考察 図 3 に表面粗さ Ra から望小特性の SN 比を 求めた要因効果図を示す。図 3 より,CNT 量 波振動による攪拌方法が表面粗さの向上に効 果的であることが分かった。図 4(a),(b),(c) に,それぞれ回転攪拌 200 min -1,500 min -1, SN比[db] を多くすると表面粗さは大きくなること,超音 超音波攪拌の 3 条件で形成しためっき被膜表 面の SEM 写真を示す。図 4(a),(b)の回転攪拌 10 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 -8 -10 ずれもポーラスな被膜であった。これは CNT CNT量 A1 0 により形成しためっき被膜は,回転数を上げる ことで若干の表面粗さの改善は見られるが,い 攪拌方法 図3 が凝集したまま被膜中に取り込まれたためで − 2 − A2 2 A3 温度 B1 4 電流密度 B2 B3 C1 8C2 C3 10 D1 D2 12D3 6 制御因子と水準 めっき被膜の表面粗さ Ra の要因効果図 (望小特性の SN 比) 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 10μm 10μm (a) 回転数 200 min-1 図4 10μm (b) 回転数 500 min -1 (c) 超音波振動 42 kHz 攪拌方法の異なるめっき被膜の表面 SEM 写真 あると考えられる。一方,図 4(c)の超音波攪拌 母材 を用いて形成しためっき被膜は,緻密であり, めっき被膜 表面粗さも 0.28 μmRa が得られたものがあっ た。図 5 に超音波攪拌を用いて形成しためっき 被膜の断面 SEM 写真を示す。図 5 からも,ポ ーラスでない緻密なめっきであることが分か る。回転攪拌に比べ,超音波攪拌は CNT の分 散を維持するために効果があり,CNT が凝集 10μm したまま,取り込まれなくなったため,表面粗 さが向上したと考える。 図 6 にビッカース硬さから望大特性の SN 比 図5 を求めた要因効果図を示す。図 6 より,CNT CNT 複合めっき被膜の断面 SEM 写真 量を多くすることによりめっき被膜が硬くな 56 ことにより,硬さが向上することが分かった。 55 また,攪拌方法は,めっき被膜硬さへの影響が 54 少ないことが分かった。図 7 は,超音波攪拌を 用いて形成しためっき被膜を,酸でエッチング SN比[db] ること,電流密度を低くしめっき速度を落とす 53 52 攪拌方法 温度 電流密度 51 し CNT を露出させた状態の SEM 写真である。 50 図 7 より,長さ 1∼2 μm の CNT が観察でき, 49 超音波を加えた状態でも CNT がめっき被膜中 48 A1 A2 D1 D2 12 D3 0 2 A3 B1 4 B2 B3 6 C1 C2 8 C3 10 制御因子と水準 に取り込まれることが確認できた。 CNT 量が被膜硬さに及ぼす影響が大きいこ とが分かったので,さらに CNT 量を増量した CNT量 図6 ときの被膜硬さ(CNT 量: 0∼10 g/L)と引張 めっき被膜のビッカース硬度 HV の要因 効果図(望大特性の SN 比) 強度(CNT 量: 0∼1.0 g/L)を調べる実験を行 った。図 8 に,めっき浴中の CNT 量とめっき被膜のビッカース硬さの関係を示す。図 8 より,CNT 量が 1.0 g/L までは,CNT 量の増加に伴いめっき被膜が硬くなり,CNT 量が 1.0 g/L を越えると約 500HV でほぼ一定の値となることが分かった。被膜硬さは被膜中の CNT 含有量と関係があると考 えられ,めっき浴中の CNT 量が 1.0 g/L を越えると CNT の共析機構が変化し,めっき浴中の CNT 量と被膜中の CNT 含有量の関係が線形でなくなると考えられる。 − 3 − 衣袋:超音波振動を援用した電解めっきによる CNT 複合 Ni めっき被膜の開発 600 600 500 500 HARDNESS [HV] 今野 ビッカース硬さ [HV] 鈴木 400 300 200 100 300 200 100 0 1μm 図7 400 0 0 エッチング後のめっき被膜の SEM 写真 0.5 1 1.5 8 8.5 2 2.5 9 めっき浴中のCNT量 [g/L] 9.5 . 10 10.5 11 めっき浴中の CNT 量とめっき被膜の ビッカース硬さ 図8 図 9 に,引張試験による荷重−伸び曲線から得られた破断荷重および試験片の断面積から求めた 引張強度を示す。図 9 より,めっき浴中の CNT 濃度が上がるにつれて,被膜の引張強度が下がる ことが分かった。図 10(a),(b)に,それぞれニッケルめっき被膜,CNT 複合ニッケルめっき被膜 (めっき浴中の CNT 量 1.0 g/L)の引張試験 140 図 10(a)より,ニッケルめっき被膜の試験片 120 は,延性的に破断していることが分かる。一 方,図 10(b)より,CNT 複合ニッケルめっき 被膜の試験片は,脆性的な破断が見られ,こ れが引張強度の低下に関連していると考え られる。この一因は,CNT の分散に用いて 引張強度 [kgf/mm2] 後 の 試 験 片 破 断 部 の SEM 写 真 を 示 す。 1.5mm 100 96.0 80 65.5 60 48.8 40 いる界面活性剤の影響があると考える。しか 20 し,めっき浴に市販の光沢剤を添加すること 0 42.9 ▲:平均値 0 により,光沢剤無添加浴を用いて作製した ※光沢剤増量浴 0g/L 1 0.5g/L 2 図9 1.0g/L※ 4 5 めっき浴中の CNT 濃度と引張強度の比較図 5μm 5μm (a) ニッケルめっき被膜 図 10 1.0g/L 3 めっき浴中のCNT濃度 [g/L] CNT 複 合 ニ ッ ケ ル め っ き 被 膜 に 比 べ 約 1.5 倍の引張強度の改善が見られた。 R25mm 【ダンベル試験形状】 膜厚:約30μm (b) CNT 複合ニッケルめっき被膜 引張試験後の試験片破断部の SEM 写真 − 4 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 4 結 言 本研究では,CNT を含有した緻密な機能性複合 Ni めっき被膜の形成手法を検討した。超音波振 動を援用したスルファミン酸 Ni 浴による電解めっき法を試みた結果,以下のことが明らかとなっ た。 1) 超音波攪拌が CNT 複合 Ni めっき被膜の表面粗さ改善に効果的であることが分かり,電解めっ き法による緻密な CNT 複合 Ni めっき被膜を形成できた。 2) めっき浴中の CNT 量が増えることによりめっき被膜は硬くなり,CNT を 1.0 g/L 以上添加した スルファミン酸 Ni めっき浴で形成しためっき被膜はビッカース硬さ約 500HV を有する。 3) CNT を含有させることで被膜の引張強度が低下するが,めっき浴に光沢剤を添加することで改 善する。 文 献 1) 酒井豊明, 若林信一, 深瀬克哉 : “放熱部材および製造方法”, 特開 2005-89836 号. 2) 坂田稔, 秋葉朗, 後藤博史, 藤井充, 本間敬之, 齋藤美紀子 : “被覆層形成方法,被覆層を有 した部材”, 特開 2004-253229 号. 3) 新井進, 遠藤守信: “めっき構造物とその製造方法”, 特開 2004-156074 号. 4) 山本竜之, 土岐正治, 森田利夫 : “研磨用複合材料及び砥石, 研削材料, 研磨材料並びに電子 部品の加工方法及びシリコンの加工方法”, 特開 2004-181584 号. 5) 山本竜之, 土岐正治, 森田利夫 : “複合材料及びそれを用いた加工方法”, 特開 2004-202681 号. 6) L. Y. Wang, J. P. Tu, W. X. Chen, Y. C. Wang, X. K. Liu, Charls Olk, D. H. Cheng and X. B. Zhang : “Friction and wear behavior of electroless Ni-based CNT composite coatings”, Wear, 254(12)(2003)1289-1293. 7) L. Shi, C.F. Sun, P. Gao, F. Zhou and W.M. Liu : “Electrodeposition and characterization of Ni–Co–carbon nanotubes composite coatings” Surface and Coatings Technology, 200(16-17)( 2006) 4870-4875. 8) 新井 進 他; “スルファミン酸浴を用いた Ni-CNT 複合めっき”, 第 113 回表面技術協会講演 大会要旨集, 161-162 (2005). − 5 − CNT 複合 Ni めっき被膜によるダイヤモンド電着砥石の砥粒保持力の改善 【平成 17 年度超精密加工テクノロジープロジェクト共同研究事業】 鈴木庸久 今野高志* 衣袋光* Improvement of Grain Retentivity of Electroplated Diamond Tools by Ni-Based CNT Composite Coatings Tsunehisa SUZUKI 1 緒 Takashi KONNO* Hikaru IBUKURO* 言 近年,需要が高まっているバイオチップや光学部品などの石英ガラス製品の微細穴加工・溝加工 において,工具寿命が長い小径軸付きダイヤモンド電着砥石が求められている。工具寿命を左右す る大きな要因の一つは,加工に作用するダイヤモンド砥粒の脱落である。電着砥石はダイヤモンド 砥粒をニッケルなどのめっき被膜で保持する構成であるため,めっき被膜の砥粒保持力の改善は工 具寿命を向上させる。砥粒保持力とは,砥粒とめっき被膜の界面密着性およびめっき被膜の機械的 特性(剛性,耐摩耗性等)を反映した複合的な能力であると考える。本研究では,後者の被膜の機 械的特性の改善に着目し,前報 1)で報告したカーボンナノチューブ(CNT)複合 Ni めっき被膜を電 着砥石に応用し,砥粒保持力の改善を図った。前報 1~3) において,CNT 複合 Ni めっき被膜は,通 常の Ni めっき被膜に比べ被膜硬さが向上することを確かめており,電着砥石に応用することによ り,砥粒に加わる加工抵抗に対する剛性や加工屑に対する耐摩耗性が向上すると考えられる。さら に,CNT 複合 Ni めっき被膜は,CNT の高熱伝導性による加工熱排出性や表面潤滑性による加工屑 排出性などが向上し,加工が進行しても高い砥粒保持力を維持できる可能性がある。 本研究では,まず平板母材に CNT 複合 Ni めっき被膜によりダイヤモンド砥粒を固定した試料を 作製し,本報告で提案するシェア試験法を用いて,めっき被膜の単粒保持力を定量的に評価した。 次に CNT 複合 Ni めっき被膜を用いたφ 0.5 mm,φ 3 mm の軸付きダイヤモンド電着砥石を試作し, 実際のガラス加工試験により工具寿命を評価した。 2 実験方法 めっき被膜の単粒保持力の定量化は,佐藤ら 4), 5)が特 殊な工具先端に砥粒を一つだけ電着し,研削加工を行う ロードセル ことにより評価している。しかし,砥粒は一つ一つ形状 が異なるため同一条件での繰り返し実験が必要となる ため,複数埋め込んだ砥粒を一つ一つ選択し短時間で評 価できる手法が望ましい。そこで,図 1 に示すシェア試 ツール シェア方向 験による単粒保持力の評価方法を提案し,ボンドテスタ (Dage 社製 series4000)によるシェア強度による評価 を行った。シェア試験ツールは,テスト面を被膜面に対 して垂直に,かつツール先端を被膜面の 10 μm 上方に 評価めっき被膜 設置した。ツールをめっき被膜面に沿って平行に速度 下地めっき被膜 100 μm/s で動かして,めっき被膜から露出した砥粒を テスト面で押し,砥粒が脱落するときの最大シェア強度 をツール側に取り付けたロードセル(最大測定強度 20 N) *ジャスト株式会社 − 6 − 50μm 10μm 砥粒 20μm 30μm 母材 図1 シェア試験による単粒保持力の 評価方法 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) により測定し,これを破壊強度とした。ツールは,単結晶ダイヤモンド製で,テスト面の幅が 150 μm のものを用いた。シェア試験の試料は,S45C ブロック材の 1 端面に,複数個のダイヤモンド砥粒 (GE 社製ブロッキータイプ,平均粒径 100 μm)を 2 層の Ni めっき被膜で固定し作製した。総めっ き膜厚 50μm のうち,最表面めっき層 20 μm を評 価めっき被膜とし,CNT 添加量の異なる表 1 に示 表1 すめっき条件で形成した。ボンドテスタでは付属の 可能で,複数の砥粒の試験を短時間に行うことがで きる。図 2 にダイヤモンド砥粒をめっき被膜で埋 め込んだ試料の SEM 写真を示す。 スルファミン酸 Ni 浴 めっき浴 顕微鏡を用いて容易にツール先端の位置合わせが めっき条件 直径 60∼100 nm, 長さ 1∼2 μm CNT CNT 量 g/L 0 1.0 超音波振動 40 kHz 攪拌方法 次に,表 1 のめっき条件のうち,めっき浴中の 0.5 50 ℃ CNT 量が 0 g/L,1.0 g/L の条件で,表 2 に仕様を 浴温度 示すφ 0.5 mm,φ 3 mm の軸付きダイヤモンド電着 電流密度 5 A /dm2 砥石を試作し,図 3 に試験方法を示すガラスの側面 加工および穴加工試験により工具寿命を比較した。 電着砥石は,平均砥粒径 50 μm のダイヤモンド (GE 社製クラッシャータイプ)を 2 層の Ni めっ き被膜により埋込率 60 %で超硬軸に固定し作製し た。総めっき膜厚 30 μm のうち,最表面めっき層 15 μm を評価めっき被膜とした。工具寿命の評価 は,表 3 に示す加工条件で,φ 3 mm の電着砥石に 50μm よる白板ガラス(厚さ 1 mm,加工長さ 75 mm/パ ス)の側面加工および φ 0.5 mm の電着砥石による 石英ガラスの穴加工により行った。側面加工では, めっき被膜が剥離し加工不能となった研削距離を 表2 図 2 シェア試験前のめっき被膜に埋め込まれ たダイヤモンド砥粒 #200 の SEM 写真 評価砥石の仕様 評価砥石 シェア試験用平面砥石 側面加工用 φ 3 電着砥石 穴加工用 φ 0.5 電着砥石 台金 S45C ブロック材 直径 3.0 mm 超硬軸 直径 0.4 mm 超硬軸 ダイヤモンド砥粒 粒径 GE 社製ブロッキータイプ #200(平均粒径 100 μm) GE 社製クラッシャータイプ #400(平均粒径 50 μm) 総めっき膜厚 膜厚 50 μm(埋込率 50%) 膜厚 30 μm(埋込率 60 %) 比較めっき膜厚 表面から 20 μm 表面から 15 μm 穴加工 表3 電着砥石による加工条件 側面加工 被加工物 工具動力計 図3 ガラスの側面加工試験および穴加工 試験の構成 側面加工条件 穴加工条件 加工方法 ダウンカット ステップ加工 主軸回転数 5,000 min -1 15,000 min -1 送り速度 500 mm/min 1.5 mm/min 切り込み量 50 μm 60 μm 加工液 日石三菱製 EDF-K2 加工機 牧野フライス製 HYPER5 被加工物 − 7 − 白板ガラス 溶融石英ガラス 鈴木 衣袋:CNT 複合 Ni めっき被膜によるダイヤモンド電着砥石の砥粒保持力の改善 今野 14 工具寿命として評価し,穴加工では,石英ガ ラスに直径 0.5 mm,深さ 4 mm の穴を 10 穴 破壊強度[N] 加工した後の工具状態を電子顕微鏡 で観察 し,砥粒脱落やめっき被膜の損耗を評価した。 3 ○:測定値 ▲:5回の平均値 12 実験結果および考察 10 9.00 N 8 6 図 4 に最大シェア強度による単粒保持力の 2 試験結果を示す。図 4 より,CNT なしの場合 0 に比べ,めっき浴中の CNT 量 0.5 g/L の場合 4.78N 4.39N 4 なし 0.5g/L 1.0g/L 1 2 3 0 4 めっき浴中のナノカーボン繊維の量 [g/L] の砥粒保持力はほとんど変化がないが,CNT 量 1.0 g/L の場合では平均値で約 2 倍の砥粒保 図4 最大シェア強度による単粒保持力試験結果 持力を有することが分かった。図 5 にφ 3 mm 35,000 ける工具寿命の比較を示す。図 5 より,CNT 30,000 含有電着砥石(めっき浴中の CNT 量 1.0 g/L) 25,000 研削距離[mm] の電着砥石による白板ガラスの側面加工にお は,CNT を含有しない通常の電着砥石に比較 して平均約 8 倍の工具寿命を有することが分 かった。図 4,5 の実験結果にばらつきが見ら れるのは,砥粒形状・サイズ,加工に作用す ▲:平均値 ○:測定値 20,000 18,150mm → 15,000 10,000 る砥石の埋め込まれた位置,被膜中の CNT 含 5,000 有量等のばらつきが要因として考えられ,こ ← 2,325mm 0 れらのばらつきの改善が課題となる。図 6(a), 0 なし 1.0g/L 0.5 1 1.5 2 (b),(c)に加工後の通常電着砥石の SEM 写真, 図 7(a),(b)に加工後の CNT 含有電着砥石の 図5 SEM 写真を示す。図 6(a),(b),(c)より通常 加工前 (a) 2.5 3 めっき浴中のCNT量 [g/L] CNT 含有電着砥石と通常電着砥石を用いた 白板ガラスの側面加工における工具寿命 (b) (c) 加 工後 100 μm 図6 20 μm 20 μm 加工後の通常電着砥石の SEM 写真 加工前 (a) (b) 加 工後 20 μm 100 μm 図7 加工後の CNT 複合めっき電着砥石の SEM 写真 − 8 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 100 μm 100 μm (a) 通常電着砥石 図8 (b) CNT 含有電着砥石 10 穴加工後のφ0.5 mm 電着砥石の SEM 写真 電着砥石には,加工屑による被膜の損傷および (b)より,CNT 含有電着砥石には,被膜の損傷 が少ないことが分かる。 図 8(a),(b)に,石英ガラスに直径 0.5 mm, 深さ 4 mm の穴を 10 穴加工した後の電着砥石 底面部の SEM 写真を示す。図 9 にφ 0.5 穴加工 時の最大研削抵抗の推移を示す。図 8(a)より, 最大研削抵抗(スラスト)[N] 顕著な砥粒脱落痕が見られる。一方,図 7(a), 25 CNT を含有しない通常電着砥石は,砥石底面 【石英ガラスの穴加工】 電着砥石 φ0.5mm ダイヤモンド #400 送り速度 1.5mm/min 回転数 15,000min-1 ステップ量 0.06mm 加工深さ 4.0mm 20 15 10 5 Ni-CNT Ni 0 0 の中央部において砥粒の脱落が見られ,工具動 2 4 力計により測定した図 9 に示すスラスト加工 図9 抵抗も 8 穴目以降で急激な増加が見られた。一 6 穴数 8 10 12 φ0.5 穴加工時の最大研削抵抗の推移 方,図 5(b)より,CNT を含有した電着砥石は 砥粒の脱落がほとんどなく,加工抵抗の増加も緩やかであり,工具寿命が長いことが予想できる。 CNT を含有させることで被膜硬さが向上することを確認しており 1),被膜硬さの向上により加工抵 抗に対する剛性が向上し,さらに切り屑などに対する被膜の耐摩耗性が向上したため,工具寿命が 向上したと考えられる。 4 結 言 本研究では,カーボンナノチューブ(CNT)複合 Ni めっき被膜を電着砥石に応用し,砥粒保持 力の強化を試みた。まずシェア試験による単粒保持力の評価方法を提案し,砥粒保持力を定量的に 評価し,次にφ 0.5 mm,φ 3 mm の軸付きダイヤモンド電着砥石を試作し,加工試験により工具寿 命を評価した結果,以下のことが分かった。 1) シェア試験による単粒保持力の評価方法により,めっき浴中の CNT 量 1.0 g/L で作製した CNT 複合 Ni めっき被膜は,通常 Ni めっき被膜の約 2 倍の砥粒保持力を有することが分かった。 2) 上記 CNT 複合 Ni めっき被膜を用いた電着砥石は,φ 3 mm 電着砥石による白板ガラスの側面加 工において通常の約 8 倍の工具寿命が得られ,φ 0.5 mm 電着砥石による石英ガラスの穴加工に おいても砥粒脱落,被膜損傷が少ないことが分かった。 文 1) 鈴木庸久 他 : 献 超音波振動を援用した電解めっきによる CNT 複合 Ni めっき被膜の開発 , 第 69 回山形県工業技術センター研究・成果発表会講演要旨集, (2006). − 9 − 鈴木 今野 2) 鈴木庸久 他 : 衣袋:CNT 複合 Ni めっき被膜によるダイヤモンド電着砥石の砥粒保持力の改善 CNT を含有した機能性複合 Ni めっき被膜の開発(第 1 報)― スルファ ミン酸 Ni 浴による複合めっき条件の検討 ― , 第 114 回表面技術協会講演大会要旨集, 13-14 (2006) . 3) 鈴木庸久 他 : CNT を含有した機能性複合 Ni めっき被膜の開発(第 2 報)―小径軸付き ダイヤモンド電着砥石への応用― 4) 佐藤金司 他 : , 第 114 回表面技術協会講演大会要旨集, 15-16 (2006) . 電着ダイヤモンド砥粒における単粒電着およびその研削機構の研究 , 表 面技術, 40(1989) 1031-1036. 5) 佐藤金司 他 : 電着ダイヤモンド砥石におけるニッケル膜の単粒に対する保持力 , 表面 技術, 46(1995) 371-374. − 10 − 単結晶ダイヤモンド工具を用いた旋削加工における加工形状の補正方法 【平成 17 年度超精密加工テクノロジープロジェクト推進事業】 高橋俊広 小林庸幸 Improvement Method of Form Accuracy for Machining the Spherical Lens Molds with Diamond Tools Toshihiro TAKAHASHI 1 緒 Tsuneyuki KOBAYASHI 言 光ディスク用ピックアップレンズやデジタルカメラ用レンズに代表される光学部品では,軽量化 や低価格化に対応するためプラスチック化が進められており,高精度な金型加工技術が求められて いる。 形状精度を向上させる方法として,一般的には目的形状と測定結果から形状誤差量を計算し,NC プログラムへ反映させる補正加工が行なわれる。しかし,その方法では,形状誤差要因を特定する ことが難しいことと補正加工プロセスを繰り返すことになりかねない。 本研究では,光軸に対し軸対称なレンズ形状を対象とした旋削加工試験を実施し,旋削スピンド ルの回転中心と工具刃先先端とのずれ量による形状誤差及び NC データ作成時に設定するノーズ半 径誤差による形状誤差の 2 つの要因について,幾何学的に計算した理論値と加工結果からの形状誤 差量を比較し,検討したので報告する。 2 実験方法 2.1 加工条件 表1 加工機は,超精密複合マイクロ加工機 (FANUC 製:ROBOnanoUiA)を使用し, 切込量 用いた。加工形状は,形状誤差の要因が解 (μm/1 回当り) 析しやすい球面形状(半径 10 mm,深さ 送り速度 (mm/min) 0.46 mm,加工範囲 6.0 mm)を選択した。 加工条件を表 1 に示す。工具は,単結晶ダ イヤモンドバイトを使用した。ノーズ半径 は,画像測定機 (ミツトヨ製 SQV303-PRO) ノーズ半径 0.990mm すくい角 0 度,逃げ角 7 度 工具形状 被削材は,無電解ニッケルリンめっき膜を 加工条件 0.5 1.0 回転数 3,000 (min-1) 加工液 放電加工油(新日本石油製 EDF-K2) 1 回(0.09cm 3)/10 秒 を用いて測定した結果,0.990 mm であっ た。1 回当りの切込量を 0.5 μm,送り速度 を 1.0 mm/min,旋削スピンドルの回転数 旋削スピンドル を 3000 min-1 とし,加工液は,放電加工油 を用いた。 2.2 Z 実験方法 旋削加工を行う場合,旋削スピンドルの X 回転中心と工具刃先先端の位置合わせは, 工具 Y 図 1 に示すとおり X 方向及び Y 方向の調整 が必要である。Y 方向の調整は,無酸素銅 を用いた平面加工を行い,マイクロスコー プ(HIROX 製 KH-3000)で観察しながら 図1 − 11 − 工具位置合わせ 高橋 小林:単結晶ダイヤモンド工具を用いた旋削加工における加工形状の補正方法 表2 削り残しが無くなるまで調整を行った。X 方向の調整は,Y 方向と同様に調整した後, 工具シフト量 球面形状を加工し,その形状誤差量から旋 削スピンドルの回転中心の X 座標を求めた。 つぎに上記方法で求めた X 座標値を基準 -2.5,-1.0,0,1.0,2.5 (μm) ノーズ半径設定値 (mm) 実験条件 0.988,0.990,0.992 (X=0)とし,表 2 に示すシフト量分だけ 工具を X 方向に移動させ,それぞれに NC Z プログラムで設定するノーズ半径設定値ご とに加工し,理論値と比較した。加工面の 形状測定は,非接触 3 次元測定機(三鷹光 器製 NH-3SP)を使用した。 3 X 形状誤差 工具ずれ量 実験結果 3.1 工具シフト量による形状誤差量 工具刃先先端と旋削スピンドル回転中心 とのずれによる形状誤差は,図 2 に示すよ 旋削スピンドル うに加工形状が X 方向にシフトすることで 回転軸 発生すると考えられる。 今回実験した加工形状の幾何学的な理論 形状誤差は,NC プログラムで設定するノ 図2 工具刃先先端のずれによる加工形状誤差 ーズ半径設定値が実際のノーズ半径値と合 致していると仮定すれば図 3 のとおりとな X-2.5μm ほぼV字形状の誤差曲線となり,プラス方 向は,それと逆の誤差曲線となる。X 方向 に-2.5 μm ずれがある場合,その理論形状 誤差は,0.786 μm となり,大きく形状精度 に影響することになる。 形状誤差(μm) る。 工具刃先がマイナス方向にずれた場合, X-1.0μm X0μm X1.0μm X2.5μm 3.2 ノーズ半径設定値による形状誤差量 NC プログラムで設定するノーズ半径設 加工範囲(mm) 定値と実際のノーズ半径の値が異なる場合, その誤差分だけ加工形状に反映されること 図3 になる。今回の実験では,球面形状である 工具シフト量による理論形状誤差 ことから実際のノーズ半径よりプラス 値より 1.0 μm 小さくなり,半径 9.999 mm となる。しかし,加工範囲 6.0 mm を考慮 すればその形状誤差量は 0.05 μm 以下とな る。 ノーズ半径設定値の誤差が 2.0 μm の場 合の理論形状誤差は,図 4 に示すとおりと 形状誤差(μm) 1.0 μm 誤差がある場合,加工形状は,設計 誤差 2.0μm 誤差-2.0μm なる。工具刃先先端が旋削スピンドルの回 転中心と合致していると仮定すれば 加工範囲(mm) 0.0965 μm となり,工具シフト量に比べ形 状精度に与える影響が少ないと言える。 図 4 ノーズ半径設定値誤差による理論形状誤差 − 12 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 3.3 加工結果 図 5 から図 7 にそれぞれのノーズ半径設定値で加工した時の形状誤差を示す。これらの結果は, 図 3 の工具シフト量による理論形状誤差と図 4 のノーズ半径設定値誤差による理論形状誤差を合わ せて比較すればその違いは,0.1 μm 程度である。このことから形状誤差の曲線の形から誤差要因を 特定できると思われる。また,工具シフト量をさらに微調整し加工した結果,図 8 に示す形状誤差 0.1 μm 以下が得られた。 X-2.5μm X-1.0μm X0μm X1.0μm 形状誤差(μm) 形状誤差(μm) X-2.5μm X-1.0μm X0μm X1.0μm X2.5μm X2.5μm 加工範囲(mm) 図5 加工範囲(mm) 工具シフトによる形状誤差 ノーズ半径設定 0.988 mm 図6 工具シフトによる形状誤差 ノーズ半径設定 0.990 mm X-1.0μm X0μm X1.0μm X2.5μm 形状誤差(μm) 形状誤差(μm) X-2.5μm 加工範囲(mm) 図7 4 結 加工範囲(mm) 工具シフトによる形状誤差 ノーズ半径設定 0.992 mm 図8 形状誤差 ノーズ半径設定 0.990 mm 工具シフト量 -0.15 μm 言 旋削スピンドルの回転中心と工具刃先先端とのずれ量による形状誤差及び NC データ作成時に設 定するノーズ半径誤差による形状誤差の 2 つの要因について検討を行い,次のことが明らかとなっ た。 1) 旋削スピンドルの回転中心と工具刃先先端とのずれ量による形状誤差は,幾何学的に計算した理 論値とおり大きく形状誤差に影響することが分かった。また,その理論値と実験で行なった工具 シフト量による加工結果からの形状誤差を比較するとその違いは,0.1 μm程度であった。 2) NC データ作成時に設定するノーズ半径誤差による形状誤差は,本研究で行なった球面形状(半 径 10 mm,深さ 0.46 mm,加工範囲 6.0 mm)においては,理論値とおり形状誤差に与える影響 が旋削スピンドルの回転中心と工具刃先先端とのずれ量による形状誤差に比べ小さい。 3) 最終的には,旋削スピンドルの回転中心と工具刃先先端を調整することで補正加工を実施するこ となく形状精度 100 nm 以下が得られた。 − 13 − ダイヤモンド電着軸付き砥石による アルミナセラミックスの微細穴加工 【平成 17 年度超精密加工テクノロジープロジェクト推進事業】 芦野邦夫 鈴木庸久 一刀弘真 Micro Drilling of Alumina Ceramics with Electroplated Diamond Tools Kunio ASHINO 1 緒 Tsunehisa SUZUKI Hiromasa ITTO 言 近年,情報通信,半導体,バイオ医療分野では,製品・部品のダウンサイジング化,微細化の進 行に伴い,微細形状加工に対する要望が高まっている。この微細形状加工のなかで,耐食性,低熱 膨張性,耐摩耗性,光学特性等に優れているガラスやセラミックスの微細穴加工は困難とされてい る。このため,セラミックスの形状加工では,仮焼結体のときに形状を加工し,その後本焼結が行 われるが,加工精度の点で問題があるため焼結体を直接加工することが求められている。 本研究では,焼結体アルミナセラミックスについて微細穴(直径 0.1 mm)加工試験を行ない, 電着砥石条件及び加工条件が加工特性に及ぼす影響を調べたので報告する。 2 実験方法 2.1 実験用砥石 実験用砥石は,石英ガラスの高アスペクト 比微細穴加工用に開発したダイヤモンド電着 軸付き砥石 1) とし,この砥石のシャンク先端 先端径 カット幅 形状と電着後の SEM 像を図 1 に示す。シャ ンク先端には図 1(a)に示すように平坦面(長さ 傾斜角度 0.02 mm)と傾斜面を設け,シャンク側面は平 20 μm μm 均砥粒径だけ削ぎ落としたカット面を設け た。シャンクの先端径は 0.075 mm,材質は 超微粒子超硬合金,電着用めっきは Ni 系とし た。図 1(b)はダイヤモンド砥粒を Ni 系めっき 平坦部長さ (a) シャンク形状 (b) 電着後 図 1 実験用砥石例 により電着した後の SEM 像であるが,平坦 面,傾斜面,側面カット面のエッジ部にも良 好に電着されていることが観察される。本試 空気静圧 軸受け主軸 験では,下線を記した値を標準条件として, 傾斜面の角度(0,20,40 度),砥粒埋込量(6, 7,9 μm),平均砥粒径(10,15 μm)が加工特 加工液 電着砥石 性に及ぼす影響について調べた。 2.2 アルミナ セラミックス 加工試験方法 加工試験に用いた機器の構成を図 2 に示 真空チャック す。加工機は,東芝機械㈱製高速立型加工機 工具動力計 F-MACH442 を使用し,エアータービン空気 静圧軸受けの主軸(60000∼120000 min -1 ) に取り付けられたダイヤモンド電着軸付き砥 加工抵抗 測定 − 14 − チャージアンプ 図2 試験機器の構成 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 石により,真空チャックに固定された被削材 のアル ミナ セラ ミッ クス (純 度 99.5 % , スラスト 1 HRA92.5)を加工し,工具動力計(9272 キ 定した。研削抵抗はスラストとトルクを測定 したが,図 3 に示すようにトルクの値はノイ 研削抵抗 スラー㈱製)を用いて加工時の研削抵抗を測 0.5 ズと区別できないほど小さかったためスラ 0 30 ストのみを評価した。加工試験は,下穴(直 -0.5 プ送りにより深さ 1.0 mm の穴あけを目標と 図3 して実施した。この時のステップ量は 2.5 主軸に取り付けた砥石シャンクの把持部付 2 は,被削材表面が加工中常に加工液中に浸漬 されている,いわゆるドブ漬けで行った。加 スラスト(N) 0.008 mm,送り量は 0.04 μm/rev である。 に調整後試験を実施した。加工液の供給方法 工液は,ガラス加工専用研削液(CG-50P50 0度 〃 〃 20度 〃 〃 1 40度 〃 〃 0.5 0 0 0.5 1 加工深さ(mm) 実験結果および考察 3.1 研削抵抗波形 1.5 倍希釈ノリタケクール㈱製)を用いた。 3 50 加工時間(秒) 径 0.2 mm,深さ 0.1 mm)を加工後,ステッ 近の振れは,静的回転時において 1 μm以下 40 トルク 図4 傾斜角度の影響 傾斜角度の影響 砥石先端の傾斜面の角度とスラストの関 0度 〃 〃 係を図 4 に示す。試験は各条件 3 本ずつの砥 石を用いて行った。傾斜角度 0 度,つまり先 端がフラットな通常タイプの砥石では,加工 20度 〃 深さ 0.5 mm 付近までに全ての試験砥石でス 〃 ラストが急増したのに対し,20,40 度の砥 40度 〃 〃 石では一部例外は見られるものの 0 度の砥石 に比べて比較的緩やかな推移を示している 1 0 0.5 工具寿命(mm) ことから,砥石先端の傾斜面はスラストの低 減に効果があると判断される。図 4 の結果を 図5 スラストが 2 N に達するまでに加工できた深 を 2 N としたのは,予備試験からこの値を超 えると研削抵抗が急増し折損に至るという 結果が得られたことによる。図中の→印は, さらに加工が可能であることを示している。 ここで加工可能であった深さを工具寿命と すると,傾斜角度 0 度(フラット面)の砥石が 超音 波洗浄後 1 mm の加工を終了した時点で 2 N に達せず 傾斜角度と工具寿命の関係 加 工後 さで整理した結果を図 5 に示す。ここで閾値 1 最も工具寿命が短く,次が 40 度,最も良好 20 μm 20 μm 20 μm 20 μm 20 μm 20 μm (a) 0 度 なのは 20 度の砥石という結果となった。 (b) 20 度 (c) 40 度 傾斜角度 この時の各傾斜角度の電着砥石先端の SEM 像を図 6 の上段に示す。0 度,20 度, 図6 − 15 − 加工後の砥石先端の SEM 像 芦野 鈴木 一刀:ダイヤモンド電着軸付き砥石によるアルミナセラミックスの微細穴加工 40 度いずれの場合も加工屑と思われる微粉が底面と側面に著しく付着している様子が観察される。 さらに 0 度の砥石では底面の中心部で電着層が消失し,40 度の砥石では,砥石底面と側面カットの 交差部に盛り上がりが形成されている。これらの砥石を強力な洗浄液で超音波洗浄した結果が, 図 6 の下段の SEM 像である。0 度の砥石の場合は,底面の中心では電着層が失われ,シャンクの 母材が露出している。この状態では中心部での加工能力はないことから,加工が進展するとスラス トは急増することになる。これが,0 度の砥石でのスラスト急増の原因と推測される。40 度の場合 では,砥石底面と側面カットの交差部の盛り上 がりの剥離が観察され,これは外観から判断す るとめっき層が剥離したものと推測される。一 方,20 度の砥石では底面とその周辺部に砥粒 が存在しており,加工能力を保持していること が観察される。比較的加工深さが浅い 0.35 mm の場合の各傾斜角度の砥石先端の様子を図 7 20 μm 20 μm に示す。このような比較的加工深さが浅い時点 0度 加工前(20 度) で,0 度の場合は底面の中心部で電着層の消 失,40 度の場合は電着層が剥離したと思われ るものがすでに発生していることが観察され る。以上の結果から,砥石先端角度は 20 度が よいことが判明した。なお,砥石先端の傾斜の 効果として加工屑の円滑な排出効果を期待し たが,20 度,40 度の砥石でも加工屑と思われ 20 μm る微粉が著しく付着していることが観察され, 20 度 加工屑排出について砥石先端の傾斜の効果は 確認できなかった。 3.2 20 μm 40 度 図 7 加工後の砥石先端の SEM 像(深さ 0.35mm) 砥粒の埋込量の影響 つぎに,砥粒の埋め込み量とスラストとの関 2.5 粒の埋込量 6 μm,7 μmでは,加工深さが大き くなるに伴いスラストが急激に増加するのに 対し,砥粒の埋込量が大きい 9 μmでは比較的 安定して推移していることが観察される。深さ スラスト(N) 係について調べた。その結果を図 8 に示す。砥 6μm 〃 〃 7μm 〃 〃 9μm 〃 〃 2 1.5 1 1 mm まで加工できた各傾斜角度の砥石先端 0.5 の SEM 像を図 9 に示す。埋込量 6,7 μmの砥 0 石では,底面中心部の砥粒層が剔られ凹状態に 0 なっており,さらに加工が進展すればスラスト 0.5 加工深さ(mm) 図8 の急増により砥石の折損に至ると推測される。 1 砥粒埋込量の影響 一方,埋込量が 9 μmの砥石では,このような 底面中心部の凹みは観察されない。以上の結果 から,今回のアルミナセラミックスのような硬 脆材料の穴加工の場合,加工時の抵抗による砥 粒の脱落を抑制する強い砥粒保持力が期待で きる大きい埋込量の砥石が適していることが 判明した。 3.3 砥粒径の影響 平均砥粒径(以下砥粒径と略す)とスラスト − 16 − 20 μm 20 μm 6 μm 7 μm 9 μm 砥粒埋込量(平均砥粒径 10 μm) 図9 砥石先端の SEM 像(埋込量) 20 μm 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) の関係を図10 に示す。砥粒径が 10 μmの場合, 2 が,砥粒径 15 μmでは 3 本の砥石とも加工開 始から加工終了まで安定して加工が推移した。 1 mm まで加工できた砥石の SEM 像を図 11 に示す。砥粒径 15 μmでは加工終了時点でも底 スラスト(N) 0.6 mm 程度を超えるとスラストは急増する 10μm 〃 〃 15μm 〃 〃 1.5 1 0.5 面,側面に砥粒が突き出ている様子が明瞭に見 0 られるが,10 μmでは砥粒は加工屑の微粉に埋 0 0.5 1 加工深さ(mm) もれている。このような砥粒の突出状態の相違 図 10 は,砥粒径 15 μmでの突出量そのものが砥粒径 平均砥粒径の影響 10 μmに比べて計算上約 3 μm大きいこと,ま た砥粒の突出量が大きいことから加工屑の排 出に影響するチップポケットが大きいため,加 工屑の排出が砥粒径 10 μmの場合に比べて円 滑に行われたことによるものと推測される。以 上のことから,加工中のスラスト増加の抑制に は砥粒径 15 μmが有利であると言える。 3.4 20 μm 20 μm 主軸回転数の影響 10 μm 試験は,各回転数とも 3 本の砥石を用いて実 15 μm 平均砥粒径 施した。使用した砥石が折損せずに加工できた 深さ 0.85 mm 迄について,回転数とスラスト 図 11 砥石先端の SEM 像(平均砥粒径) の関係を調べた。その結果を図 12 に示す。図 2 最小値を表している。スラストの平均値を比較 すると,加工深さ 0.54 mm 迄は,120000 min -1 の値は 60000 min -1 の値のほぼ半分であり,ま た最大値と最小値の幅も狭くばらつきも少な い。このことから加工前半においては, スラスト(N) 中の〇は 3 本の砥石の平均値,┬ は最大値, ┴は 60000min-1 120000min-1 1.5 1 0.5 0 120000 min -1 で良好な加工が行われているこ 0 0.5 加工深さ(mm) とが推測される。加工深さが 0.64 mm 以降で は,60000 min-1 とほぼ同じ傾向を示した。 4 結 図 12 1 主軸回転数の影響 言 直 径 0.1 mm の ダ イ ヤ モ ン ド 電 着 軸 付 き 砥 石 に よ る ア ル ミ ナ セ ラ ミ ッ ク ス の 穴 加 工 試 験 (深さ 1 mm)を行った結果,以下の事柄が明らかになった。 1) 砥石先端に傾斜面を設けることは工具寿命の改善に効果があり,傾斜角度 20 度と 40 度を比較 すると,改善効果は 20 度の方が大きい。 2) 砥粒埋込量は,9 μmで安定した加工が行われる。 3) 平均砥粒径 10 μmと 15 μmを比較すると,15 μmで安定した加工が行われる。 4) 主軸回転数 120000 min-1 では 60000 min-1 に比べ,加工前半ではスラストの平均値,最大値, 最小値とも少なく安定した加工が行われる。 5) 今後,加工屑を円滑に排出するシステムを確立する必要がある。 文 献 1) 芦野邦夫, 鈴木庸久 : 2005 年精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集, p.1263∼1264. − 17 − ゼロ膨張鏡材の高精度研削加工技術の開発 【平成 17 年度山形県超精密加工テクノロジープロジェクト共同研究】 松田丈 金田亮 田中善衛 * 家正則 伊藤斉 佐藤修二 二宮啓次 ** 江端潔 栗田光樹夫 半田賢祐 ** Development of High Accuracy Grinding in ZERO EXPANSION PORE FREE CERAMICS Takeshi MATSUDA Ryo KANEDA Zen-ei TANAKA Hitoshi ITOH Keiji NINOMIYA Kiyoshi EBATA Kenyu HANDA Masanori IYE* Syuji SATO** Mikio KURITA** 1 緒 言 現在,国立天文台を中心としてすばる望遠鏡に代わる 30 m 級の超大型望遠鏡を製作するプロジ ェクトが進行しており,平成 16 年度より名古屋大学と共に,主鏡の高精度研削加工について超精 密非球面研削盤を用いて共同研究を実施している。主鏡には形状誤差が 1 波長以下でかつ良好な鏡 面が求められている。より高精度な加工を行うために,加工方式および研削砥石の走査方向を変化 させて加工精度に及ぼす影響を検討した。 2 加工方法 主鏡の材料として用いたのは,熱膨張率が 0.02×10-6 /K と非常に小さいセラミックス ZPF(Zero Expansion Pore Free Ceramics)である。主な物性値を表 1 に示す。直径 100 mm,厚さ 20 mm の素材形状に対して曲率半径 333 mm の凹型球面研削加工を表 2 に示した研削条件で行い,形状精 度と加工面粗さを評価した。使用した砥石は,# 200,# 1500 および# 3000 のレジノイドボンドダ イヤモンド砥石である。研削加工は, 図 1 に示すように,素材を連続回転させながらX軸,Y軸の 同時 2 軸制御で行う研削方式(以後,ロータリ方式という)と図 2 に示すように,素材を固定して X 軸,Y 軸,Z 軸の同時 3 軸制御で行う研削方式(以後,ステップ方式という)の 2 つの方式で行 った。また,ステップ方式では砥石を走査させる方向を変化させて加工を行い,その際の形状精度 および加工面粗さについて評価を行った。本研究で使用した加工機は超精密非球面研削盤(㈱ナガ セインテグレックス製 N2C-53US4N4)である。概略を図 3 に示す。本加工機は,全ての駆動軸に 油静圧案内面を採用しており,最小分解能は 1 ナノメートルである。加工後の形状測定には,非接 触三次元測定装置(三鷹光器㈱製 NH-3SP)を,加工面粗さの測定には三次元表面構造解析顕微鏡 (Zygo 製 New View200)をそれぞれ用いた。 ZPF の物性値 表1 ヤング率 表2 ロータリ方式 150 GPa 密度 2.54 g/cm3 熱膨張率 0.02×10-6 /K 曲げ応力 240 MPa 硬さ HV700 700∼800 m/min 砥石周速度 テーブル回転数 ステップ方式 SD1500B, SD3000B 砥石 50 min-1 − 加工ピッチ − X:0.2 mm :0.05 mm 加工速度 5 mm/min 500 mm/min 切込み量 研削液 *国立天文台 研削加工条件 **名古屋大学大学院理学研究科 − 18 − 0.001~0.002 mm/1パス 水溶性(50倍希釈) 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) Y Y Y Z B X X X Z 図1 3 ロータリ方式 図2 ステップ方式 (X 走査加工) 図3 超精密非球面研削盤の構造 加工結果および考察 3.1 ロータリ方式 粗加工は # 200 のレジノイドボンドダイヤモンド砥石で行い,その後 # 1500 により仕上げ加工を 行った。仕上げ加工後に形状測定を行った結果,形状誤差は 14 μm であった。目標値の 0.6 μm が 得られなかったため,測定した結果をもとにした補正加工を行った。形状測定を行った結果を図 4 に示す。形状誤差は 10 μm に向上したが中心部分は補正が困難であった。これは,ロータリ方式の 場合,外周部から中心部にかけてテーブル周速度が減少し特に回転中心では周速度が 0 になるため, 研削に作用する砥粒切れ刃が変化することから,補正が困難であると考えられる。補正加工後の曲 率半径はこの形状誤差が影響し,設計値 333 mm に対し 332.953 mm であった。一方,加工面粗さ 形状誤差 , μ m PV は 図 5 に示したように約 30 nm と良好な鏡面が得られた。 2 0 100 -8 測定位置, mm 図4 3.2 補正加工後の形状誤差曲線 図5 加工面粗さ ステップ方式 使用した砥石は,粗加工・仕上げ加工ともにロータリ方式と同様である。X 方向(砥石径方向) に砥石を走査させる加工(以後,X 走査加工という)および Z 方向(砥石軸方向)に砥石を走査さ せる加工(以後,Z 走査加工という)をそれぞれ行った。加工に使用した NC データは,専用の ソフトウェアを作成し生成した。 表3 表 3 に # 1500 のレジノイドボン ドダイヤモンド砥石による加工結 果を示す。形状測定した結果,Z 走査加工時の誤差量が小さかった ため,加工面粗さの向上を目的と 加工結果(#1500) X方向形状誤差 Z方向形状誤差 加工面粗さ(PV) X走査加工 1 μm 8 μm 55 nm Z走査加工 0.5 μm 5 μm 75 nm − 19 − 松田 金田 田中 伊藤 二宮 江端 半田 家 佐藤 栗田:ゼロ膨張鏡材の高精度研削加工技術の開発 して # 3000 のレジノイドボンドダイヤモンド砥石による Z 走査加工を行った。X 方向, Z 方向に 測定した形状誤差曲線を図 6, 図 7 にそれぞれ示す。形状誤差はそれぞれ約 0.4 μm および 3.5 μm であった。X 方向,Y 方向の曲率半径は設計値 333 mm に対しそれぞれ 332.995 mm,333.016 mm であった。 加工面粗さの測定結果は図 8 に示すように 26 nm であり良好な鏡面を得ることができ た。 図 9 に加工品を示す。# 1500 および # 3000 のレジノイドボンドダイヤモンド砥石で Z 走査加 工を行ってみたものの,形状誤差はいずれの場合も X 方向測定時の方が小さく,Z 方向測定時は比 較的大きくなるという結果が得られた。これは,加工前に設定した砥石軸方向の半径値と加工時の 半径値が異なっているために発生するものと考えられる。また,ステップ方式の場合は砥石と工作 物の接触する研削点が砥石軸方向に移動する。つまり,砥石の断面形状が工作物に転写されること になるので,砥石を高精度に成形する必要がある。加工条件に加えて,砥石成形も重要になってく る。さらに結合度,集中度,結合剤を変化させた砥石で同様の加工を行ってみたものの,砥石軸方 向の形状誤差量は大きい結果となった。 1 形状誤差, μm 形状誤差, μm 100 0.2 0 -0.2 4 結 -2.5 X 方向測定時の形状誤差曲線 図8 0 測定位置, mm 測定位置, mm 図6 100 図7 Z 方向測定時の形状誤差曲線 加工面粗さ 図9 加工品 言 ゼロ膨張鏡材を研削加工して得られた主な結果は次の通りである。 1) ロータリ方式では,加工面粗さは良好であるが形状誤差が大きく,特に回転周速度が 0 になる中 心部分での補正が重要となる。 2) ステップ方式では # 3000 のレジノイドボンドダイヤモンド砥石を使用し Z 走査加工を行うこと で,形状誤差の小さい良好な鏡面を得ることができた。 今後,より形状誤差の小さい鏡面に仕上げていくために,砥石の仕様と高精度な砥石成形技術を 課題とし,取り組んでいく予定である。 − 20 − レーザ加工機へのオンマシン計測機の開発 半田賢祐 江端潔 田中善衛 Development of On-machine Measurement Machine with Laser Beam Machine Kenyu HANDA 1 緒 Kiyoshi EBATA Zen-ei TANAKA 言 現在,デジタルカメラ,プロジェクター等の映像関係やピックアップレンズ等の光学レンズの需 要が増加している。特に高精度な光学レンズは光学ガラスを材料として使用している。 様々な光学レンズの製造工程はガラスを直接機械加工する方法と金型にて成形する2方法で行わ れている。しかし,ガラスの機械加工による方法は大量生産が難しい。金型による成形方法では金 型材として超硬合金等の高硬度材を使用しているが,更なる映像の鮮明化,記憶容量の大容量化に 対応したレンズの大量生産には耐摩耗性に優れ,熱変形が小さく高硬度であるセラミックス等を型 材として使用する必要があり,加工がますます困難になる。 そこで,セラミックス材の加工法として YAG レーザによる加工を試みる。レーザによる加工は 材質の硬さに関わらず加工が可能であるためセラミックスなどの高硬度材の加工もできる利点があ る。しかし,非接触で加工を行うため加工量を推定することが困難といった問題もあり,加工量を 測定する必要がある。本実験は予備試験(平成 16 年度)の実験結果を基に加工用 YAG レーザの光 学系を利用したオンマシン測定機構を試作・改良し測定精度を確認した。 2 測定原理 受光素子 今回使用した測定原理は共焦点法である。共焦点法 ピンホール の原理を図 1 に示す。 集光レンズ② まず,平行光がビームスプリッターによって反射さ れ集光レンズ①にて測定面に集光される。このとき集 光レンズ①の焦点位置 a に測定面があれば反射光は集 ビームスプリッター 光レンズ①を通った後,平行光となる。測定面が焦点 位置からずれた位置 b などにあれば反射光は平行光に 集光レンズ① ならない。この反射光を集光レンズ②で集光し,焦点 b a 位置にピンホールを置く。このことにより反射光は平 行光の場合に最も光量が多い状態でピンホールを通り 抜けることができる。そのため測定面とレンズの相対 図1 共焦点法による測定原理 位置を焦点方向に動かした時の位置と受光素子で反射 光の輝度を測定すれば,輝度が最も大きいとき焦点位 置に測定面があることになり,相対的な位置関係が分 CCD カメラ ピンホール 反射ミラー 最大 640×480 15フレーム かる。 共焦点用集光レンズ コリメータレンズ 3 測定システムの構成 差分用 PD 図 2 に測定システムの構成を示す。YAG 発振源より 出た光はコリメータレンズを通り広げられ透過率 3 % の反射鏡で直角に反射される。その光を集光レンズに YAGレーザ使 用波長:532nm 最大発振出力: 2.0w(5kHz) て集光して測定物(加工物)に照射する。このときの 反射光を捕らえるために測定物と反対側に反射鏡およ − 21 − 図2 集光レンズ Z ステージ 測定システム構成(17 年度) 半田 江端 田中:レーザ加工機へのオンマシン計測機の開発 び共焦点法に用いる集光レンズ,ピンホール,CCD カメラを配置した。CCD カメラに入力された データは PC に送り解析を行う。 昨年度 1)は図 3 に示すように CCD とピンホール間に集光レンズを配したが今回は光学系を簡略 化した。図 4 は本研究に使用した共焦点測定部である。 CCD カメラ ピンホール 最大 640×480 15フレーム 反射ミラー 共焦点用集光レンズ コリメータレンズ 3%透過反射ミラー YAGレーザ使 用波長:532nm 最大発振出力: 2.0w(5kHz) 図3 4 集光レンズ 測定システム構成(予備試験) 図4 共焦点測定構成(17 年度) 実験結果および考察 4.1 CCD カメラの輝度分析 YAG レーザ反射光が CCD によってどのようなデータとなるかを調べた。 今回使用した CCD カメラは画素数 320 × 240,RGB 色 24 Bit(各画素 8 Bit 256 段階)にてデー タを取り込んだ。CCD カメラによって得た画像を図 5 に,その時の RGB それぞれの感度について 図 6 に示す。 図 5 において CCD カメラ画像の中心部に緑色の反射光が映し出されている。図6では輝度 50 以 下の画素が各 RGB とも多い。これは背景の黒を表していると思われる。そのため,画像中心部の 輝度を表しているのは 50 以上に画素数が多い G の画素と考えられる。この CCD カメラ画像の中 心部緑色の反射光は R,B ではほとんど感光していないと思われる。そこで本研究では G の画素の データにおける輝度を測定することとした。 30 R G B 平均値 画素数 20 10 0 0 50 100 150 200 250 輝度 図5 4.2 CCD カメラの画像 図6 輝度画素分布 安定性および安定化 YAG レーザ反射光の安定性について実験を行った。 図 7 は同一点からの反射光を 1 秒間隔で 500 秒測定したものである。また,輝度値は受光素子で 輝度が大きい順で 10 番目から 20,40,60,80 番目までの 10,30,50,70 ピクセルの平均値であ る。この時の反射光輝度は約 50%変化している。そのため今回の実験で光源の変動を確認するため, 図 2 で示す通り透過反射ミラーで光源より直接透過する光を捕らえるためにフォトダイオード − 22 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) (PD)を設置し実験を行った。図 8 はその時の光源からの直接光を PD,反射光を CCD で捕らえ た時の変動を示す。図より,得られたデータの波形の変化に相関性は見られない。これは CCD と PD の同期,PD のサンプリングタイムや光軸との角度など調整が必要かと思われる。 160 -0.162 60 140 輝度 輝度 80 60 20 40 60 80 40 20 50 -0.168 45 -0.17 -0.172 40 0 -0.174 CCD フォトダイオード 35 0 100 図7 200 300 時間(秒) 400 -0.176 500 安定性(500 秒-5 秒間隔) PD出力電圧(V) -0.166 100 4.3 -0.164 55 120 0 20 40 60 時間(秒) 80 100 CCD・PD の安定性比較(100 秒-1 秒間隔) 図8 輝度と焦点位置の関係 鏡面試料を測定物とし焦点位置を変化させ予備試験の構成にて得られた反射光の輝度と焦点位置 の関係を図 9 に示す。図よりピークが数カ所現れていることがわかる。 理論上は図10 のようなある一点をピークにした山形の波形を示すはずである。これは反射光を集 光するレンズとピンホールの位置をうまく調整出来なかった事が大きな原因と思われた。また,ピ ンホールと CCD カメラの間に集光用レンズを配置したことによってピンホールを通過した光が本 来は拡散し CCD に捕らえられない光もレンズによって集光され CCD に捕らえられてしまった事も 考えられる。 そのため本試験ではピンホールと集光レンズは 同一ステージ内に設置し,どちらも光軸が垂直に と CCD の間にあったレンズを無くした。 これにより得られた波形は図 11 に示すように 輝度 入射するよう改良を行った。さらに,ピンホール なり理論値と形状が近くなった。しかし,波形に は光源のゆらぎと思われる高周波の波形が含まれ ている。 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 また,測定の安定性を調べるため同じ場所を 20 10番目 20番目 30番目 40番目 0 200 400 600 Z軸(μm) 800 1000 図9 焦点位置と輝度(予備試験) 回測定した。その結果を図 12 に示す,ピーク検出 による位置測定では 20 回のズレは±2 μm 以内を 輝度 輝度 得ることが出来た。 0 焦点位置 図 10 80 70 60 50 40 30 20 10 0 焦点位置と輝度(理論値) − 23 − 50 100 焦点位置 (μm) 150 半田 江端 田中:レーザ加工機へのオンマシン計測機の開発 100μmピン ホール 15μmピン ホール 250 80 60 輝度 50 40 1回 2回 3回 4回 5回 6回 7回 8回 9回 10回 11回 12回 13回 14回 15回 16回 17回 18回 19回 20回 200 150 輝度 70 100 30 50 20 10 0 0 0 50 100 150 200 0 250 100 200 焦点位置(μm) 図 12 4.4 300 400 500 焦点位置 (μm) 図 13 繰り返し性 ピンホール径と波形 ピンホールによる影響 ピンホールの径による影響を検討した。 図 13 にピンホール直径 15 μm と 100 μm で得られた焦点位置と輝度の関係を示す。 図から 100 μm の波形は裾野が広がった山形を示し,15 μm では鋭角な山形になっている。しか し,測定試料に照射した光量は設定ではほぼ同じ輝度ぐらいになっているが CCD にて捕らえたピ ークの輝度は約 4 分の 1 になっている。 このため,ピンホールの径を小さくするとピークが先鋭化し焦点位置を特定し易くなるが,検出 感度は落ちるためノイズや光源の不安定性に埋もれ検出出来ない可能性がある。 ここで,ピンホールの径が小さくなると集光レンズの焦点とピンホール中心の位置合わせが本実 験装置では困難となる。 4.5 段差測定 80 段差測定を行った。二つの鏡面試料を使用した。 70 この試料を貼り合わせて段差を作り上面と下面で焦 60 下面 上面 50 輝度 点位置を前後させ輝度との関係を求めた。 図 14 に示すように上面,下面での焦点位置のピー 40 30 ク波形がはっきり確認できる。ピークを抽出し,求 20 められた焦点位置の差は 638 μm であった。 10 精度を確認するため,三次元測定機(ミツトヨ 0 BrightApex 504)にて測定した上面,下面の差は 0 623 μm であり,その差は 15 μm であった。 200 400 焦点位置(μm) 図 14 5 結 600 800 段差測定 言 1) YAG レーザ加工機に加工用レーザを使用し共焦点原理を利用したオンマシン測定装置を試作・ 改良を行った。 2) レーザ出力の安定性を調査し,5 分で 50 %の変動が認められた。 3) ピンホール径による波形の違いを確認した。 4) 段差測定を本研究測定装置にて行い,ピーク抽出により他の測定機との差 15 μm を得ることが 出来た。しかし,波形には光源の不安定性と思われるノイズが載っているため今後このノイズを 取り除く必要がある。 文 献 1) 半田賢祐, 江端潔, 田中善衛:山形県工業技術センター第 68 回研究・成果発表会 講演要旨集 2005 − 24 − P.11-12. 直交ツルアとカップツルアによる切断砥石成形機構 江端潔 半田賢祐 田中善衛 二宮啓次 金田亮 松田丈 Truing Mechanism of Cutting Blade with Cross-feed rotary Truer and Cup-Truer Kiyoshi EBATA Kenyu HANDA Ryo KANEDA Zen-ei TANAKA Keiji NINOMIYA Takeshi MATSUDA On the machine truing of the OD-Blade is indispensable for the precision groove machining. In this research, the influence of grinding fluid quantity and cross-feed direction on the truing of 0.5mm width resinoid-bonded diamond blade using a cross-feed rotary truer was experimentally investigated. As the experimental results, they had considerable influence on the dressing effect and truing efficiency. 1 緒 言 情報通信や検査分析の分野を中心に,硬脆材料への高精度研削溝加工のニーズが高まっている。 外周刃切断機による角溝加工では,あらかじめ刃先が角形に成形された切断砥石を取り付けて使 用することが多いが,より高精度な溝を加工するには,切断砥石を機上で成形(ツルーイング)す る技術が不可欠である。 しかし,切断砥石は横剛性が低いため,平形砥石のようにダイヤモンド工具等で成形することは 困難である。そこで,本研究では通常砥石を成形工具とする直交ツルアについて実験を試みた。直 交ツルアは R 形成形に適したツルアである。 前報では,直交ツルアを用いて 0.5 mm 幅レジノイドボンドダイヤモンド切断砥石の外周を成形 する実験を行い,切込み量や切断砥石周速等が成形精度に与える影響について把握した 1)。本報で は,さらに研削液供給量とクロス送り方向について実験を行い,ツルーイング比とドレッシング効 果について検討を行った。 また,直交ツルア,および平形成形用として普及しているカップツルアのそれぞれについて,切 断砥石の成形と石英ガラスの溝加工を行い,ドレッシング効果を比較した。 2 実験方法 実験は,マイクロスライサー(㈱ナガセインテグレックス製 SPG150-ALS3)を用いて実施した。 切断砥石には,#1200 レジノイドボンドダイヤモンド砥石を使用した。 直交ツルアは切断砥石にクロス送りを与えながら回転する成形工具(GC 砥石)の外周面で成形 を行う装置であり,機上搭載されている(Fig. 1)。一方,カップツルア(㈱リード製 RS-40)は切 断砥石に縦送りを与えながら回転する成形工具(GC 砥石)の端面で成形を行う装置であり,マイ クロスライサーの加工テーブルに固定して使用する(Fig. 2)。 成形実験条件を Table 1 に示す。直交ツルアでは研削液供給量とクロス送り方向を,カップツルア では研削液供給量のみを変更して実験を行った。成形後には,切断砥石の表面性状をマイクロスコ ープ(㈱キーエンス製 VH-6300)および環境制御型電子顕微鏡(FEI 製 Quanta400)で観察した。 ま た , Table 2 の 条 件 で 石 英 ガ ラ ス に 溝 を 加 工 し , 三 次 元 表 面 構 造 解 析 顕 微 鏡 ( Zygo 製 NewView200)を用いて溝底粗さを,画像測定機(㈱ミツトヨ製 QV303PRO)を用いてチッピング の大きさを測定した。さらに,直交ツルアで成形した切断砥石については,研削抵抗計(キスラー ㈱製 5019A,9257B)を用いて溝加工時の研削抵抗を測定した。 − 25 − 江端 半田 田中 二宮 金田 松田:直交ツルアとカップツルアによる切断砥石成形機構 Blade Truer Rotation Grinding fluid Down-cut Blade Up-cut Truing tool (GC cylindrical wheel) Cross-feed rotary truer. Fig. 1 Blade Grinding fluid Truing tool (GC cup wheel) Table feed Cup-truer. Fig. 2 Table 1 Conditions of truing experiment. Cross-feed rotary truer Blade Truing tool 3 Cup-truer SD1200B OD100 × 0.5 mm Table 2 Groove machining conditions. Work piece Vitreous Silica 100×100 mm Blade speed 25 m/s GC1000F(cylinder) GC1000G(cup) Grinding method Plunge (down-cut) OD35×L16 mm ID50×OD90 mm Table feed speed 100 mm/min Blade speed 5.2 m/s Depth of cut Truer speed 3.0 m/s Grinding fluid Table feed speed − 400 mm/min Cross feed speed 30 mm/min − Cross feed direction Up-cut ,Down-cut − Depth of cut 0.005 mm/pass Grinding fluid Chemical solution (×50) Fluid quantity 50,500 ml/min 0.1 mm Chemical solution 実験結果及び考察 Fig. 3 は,直交ツルアで成形した切断砥石の表面をマイクロスコープで観察した写真である。切 断砥石回転の逆方向と成形工具回転方向との合成方向に,成形工具による研削条痕が発生している。 この条痕が明瞭であるほどボンドの起伏が大きい1)。このことから,研削液供給量は 50 ml/min の 方が,クロス方向はダウンカットの方が起伏が小さく,ドレッシング効果が高いことがわかった。 − 26 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) Fig. 4 に成形条件と石英ガラス溝加工時の研削抵抗の関係を示す。前述した起伏の大きい条件ほど 研削抵抗が大きいことがわかる。 Fig. 5 は,成形条件とツルーイング比(切断砥石の摩耗体積と成形工具の摩耗体積の比)の関係 を表したものである。摩耗体積は,切断砥石と成形工具の直径の減少量を測定して算出した。直交 ツルアとカップツルアのいずれにおいても,研削液供給量は 50 ml/min の方が,クロス方向はダウ ンカットの方がツルーイング比が大きいことがわかった。 カップツルアでは,Fig. 6 のように成形工具による研削作用のほかに成形工具からの脱落粉によ るラッピング作用が生じていることが明らかにされているが 2),以上の結果から,直交ツルアにお いても同様の成形機構が作用していると考えられる。 研削液供給量が少ない方が,脱落粉は成形工具上に滞留する。また,Fig. 7 に示すようにアップ カットでは切断砥石側面が,ダウンカットでは切断砥石外周が研削点となり,後者の方が脱落粉は 2.0 Cross feed direction (Case of up-cut) Up-cut,50ml/min Blade rotation Down-cut,50ml/min Grinding force(thrust)[ N] Truing tool rotation up-cut, 500ml/min up-cut, 50ml/min down-cut,500ml/min down-cut,50ml/min 1.5 1.0 0.5 0.0 2 Up-cut,500ml/min Down-cut,500ml/min Fig. 3 Relationship between truing conditions and blade surface(Cross-feed rotary truer). 4 6 8 Number of grooves Fig. 4 Relationship between truing conditions and grinding force(Cross-feed rotary truer). Slurry(Shaded powder from truing tool) 0.16 0.14 Blade rotation Cup-truer Table feed Truing tool rotation 0.12 Truing ratio 10 0.10 Fig. 6 Lapping effect of cup-truer. 0.08 Cross-feed rotary truer Down-cut 0.06 Blade Cross feed Grinding Point Cross-feed rotary truer Up-cut 0.04 0.02 Cross feed Grinding Point Truer 0 Fluid quantity[ ml/min] 500 Fig. 5 Relationship between truing conditions and truing ratio. t Up-cut ti Down-cut Fig. 7 Lapping effect of cross-feed rotary truer. − 27 − 江端 半田 田中 二宮 金田 松田:直交ツルアとカップツルアによる切断砥石成形機構 滞留する。脱落粉が滞留する条件ほどラッピング作用が生じ,ツルーイング比が向上するとともに, 溝加工方向と交差するボンドの起伏が小さくなって研削抵抗が減少すると考えられる。 さらに,直交ツルアよりカップツルアの方がツルーイング比が高いことがわかる(Fig. 5)。これ は後者の作用面が平面であり,スラリー状となった脱落粉が滞留しやすいためと考えられる。 成形後の切断砥石の SEM 写真を Fig. 8 に示す。直交ツルアとカップツルアのいずれにおいても, 砥粒の破砕は少なく,適切な突出し量でドレッシングされていることがわかる。 石英ガラスに溝加工を複数回行ったところ,溝底の粗さは 0.10 ~ 0.15 μmRa,最大チッピングの 大きさは 9 ~ 12 μm で,成形方法による差異はみられなかった。チッピングの例を Fig. 9 に例を示 す。 Maximum chipping Cross-feed rotary truer,down-cut,50ml/min Fig. 8 4 結 Cup-truer,50ml/min SEM image of blade surface after truing. (Cup-truer, 50ml/min) Fig. 9 Edge chipping observation on vitreous silica. 言 1) 直交ツルアでは,研削液供給量とクロス送り方向が切断砥石の表面性状に影響を与える。 研削液供給量が少ない方が,またアップカットよりダウンカットの方が,ドレッシング効果 およびツルーイング比ともに高い。 2) 直交ツルアでは,カップツルアと同様に,成形工具からの脱落粉によるラッピング作用が生じて いると考えられる。 3) 直交ツルアよりカップツルアの方がツルーイング比が高い。これは後者の作用面が平面であり, スラリー状となった脱落粉が滞留しやすいためと考えられる。 4) 機上搭載された直交ツルアを用いて,普及しているカップツルアと同じドレッシング効果と石英 ガラスに対する加工品位を得ることができることがわかった。 文 献 1) 江端 潔 他:薄型切断砥石による高能率, 高品位溝加工技術の開発(第1報), 山形県工業技術センター報告, No.37(2005) p.27-31. 2) 庄司克雄:研削加工学, 養賢堂, 2004, p.114-121. − 28 − 刺繍機の針にかかる荷重の測定と各部の動き 【平成 17 年度技術開発支援共同研究】 小林誠也 大沼広昭* 太田豊** 若木勝也** 高内光義** Load Measurement of Needle and Motion Observation for Sewing Machine Seiya KOBAYASHI Hiroaki OHNUMA* Yutaka OHTA** 1 緒 Katsuya WAKAKI** Mitsuyoshi TAKAUCHI* * 言 刺繍機やミシンなど縫製機器の縫い上がり品質には,縫製時の各部の動きや荷重により生じる変 形が影響している。縫い不良をなくし品質を向上させるには,各部を設計通りの動きにコントロー ルすることが必要であり,そのためには縫製時に各部に働く力や動きを把握することが不可欠であ る。しかし,これまで行ってきた測定は,針や糸の静的な荷重測定や装置全体の動きの観察であり, 実縫製時の荷重変化と異なっていたり,釜や天秤など各部の動きの変化がとらえられていないなど, 測定結果を縫い上がりに対応付けるのは困難であった。 本研究は,業務用小型刺繍機を対象に,布と糸を用いた実縫製時に,針にかかる荷重と各部の動 きを測定する方法を確立し,それらの関係を把握することを目的とした。 2 実験方法 2.1 実験に用いた刺繍機 実験には,図 1 に示す小型刺繍機(ハッピー工業 HCS-1201-30)を用いた。縫い目を形成する メカニズムは家庭用ミシンとほぼ同様であるが,刺繍パターンは布を固定した枠を前後左右に動か すことにより形成する。8 種類の糸が使用できるよう上糸の供給部が 8 系統あり,切り替えて使用 可能となっているほか,下糸を供給する釜の回転軸が針に対し垂直であること,上糸の張力を調整 する糸調子が 2 段階になっていることなどが,家庭用ミシンとは異なっている。 実験条件を表 1 に示す。設定した糸調子での張力は,上糸が繰り出されるときの荷重を,針穴近 くに設置したテンションメータにより計測して求めた。 表1 糸 ポリエステル 布 キャラコ 主軸回転数 500 rpm 縫い幅 2 mm 縫い方向 糸調子 図1 実験に用いた小型刺繍機 *山形県産業創造支援センター **ハッピー工業株式会社 − 29 − 実験条件 前 後 左 張力 ≒ 1 N 右 小林 大沼 太田 若木 高内:刺繍機の針にかかる荷重の測定と各部の動き PB 後(ε2) A A θ 左(ε4) 右(ε3) L PB ひずみゲージ 前(ε1) PA A−A断面 図2 2.2 ひずみゲージの針に対する取り付け位置 針にかかる荷重の測定 針にかかる荷重は,図2 に示すとおり刺繍機用針根元に中心軸に対し 90 °間隔で接着したひずみ KFR-02-120-C1-11N10C2) 4 枚により求めた。各ひずみゲージの出力を 4 ch ゲージ(共和電業 センサインタフェース(共和電業 PCD-300A M19)を介し PC に取り込み,ひずみを測定した。 針の軸方向荷重(PA)と曲げ荷重(PB)および曲げ荷重作用角度(θ)を,針根元のひずみ量から 求めるため,式(1),(2),(3)を導出し,この 3 式により計算した。曲げ荷重作用角度は正面右方 向に荷重が加わる場合を 0° とし反時計回りにとった。 PA = E ⋅ A ⋅ PB = ε1 + ε 2 + ε 3 + ε 4 E⋅Z ⋅ θ = tan −1 (1) 4 (ε 1 − ε 2 )2 + (ε 3 − ε 4 )2 (2) 2⋅ L ε1 − ε 2 ε4 − ε3 (3) PA:軸方向荷重,E:ヤング率,A:針根元の断面積,ε1 ∼ 4:各ゲージのひずみ量 PB:曲げ荷重,Z:断面係数,L:ゲージ中心と荷重作用点の距離,θ:曲げ荷重作用角度 主軸回転角度は,主軸に取り付けてある光学式エンコーダの信号を電圧入力用インターフェース (共和電業 PCD-320)に入力し,ひずみ測定との同期検出を可能とした。 2.3 各部の動きの測定 縫製時の針と釜,天秤,糸 取りバネの動きは高速度ビデオカメラ(フォトロン FASTCAM ultima-2)を用い,C マウントアダプタを介し f = 100 mm マクロレンズを取り付けて撮影した。 撮影条件は毎秒 4500 コマとし,毎秒 30 コマで再生し動きを解析した。 高速度ビデオカメラ撮影開始時の信号をトリガとしてセンサインターフェースに入力し,ビデオ 映像と主軸回転角,荷重変化の測定開始タイミングを一致させ,高速度ビデオカメラによる動きお よび主軸回転角に対する針荷重の変化を調べた。 − 30 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 2.5 360 曲げ荷重作用角度 300 ピーク 240 180 -0.5 0 60 120 180 240 300 120 -1.5 軸方向荷重 -2.5 60 300 ピーク 曲げ荷重 240 0.5 180 -0.5 0 60 120 0 -2.5 0 180 300 120 -1.5 軸方向荷重 60 1.5 360 ピーク 300 曲げ荷重 240 荷重 (N) 240 0.5 240 2.5 曲げ荷重作用角度 300 曲げ荷重 荷重 (N) 360 曲げ荷重作用角度 (deg) ピーク 180 60 (b) 針移動方向:左 1.5 120 300 主軸角度 (deg) 曲げ荷重作用角度 60 240 軸方向荷重 -1.5 (a) 針移動方向:右 -0.5 0 180 120 主軸角度 (deg) 2.5 360 0.5 180 -0.5 0 60 120 180 240 300 120 -1.5 60 曲げ荷重作用角度 (deg) 荷重 (N) 曲げ荷重 0.5 1.5 荷重 (N) 1.5 曲げ荷重作用角度 (deg) 曲げ荷重作用角度 曲げ荷重作用角度 (deg) 2.5 軸方向荷重 -2.5 0 -2.5 0 主軸角度 (deg) 主軸角度 (deg) ( c ) 針移動方向:前 図3 3 (d) 針移動方向:後 針に作用する曲げ荷重と軸方向荷重および曲げ荷重作用角度の変化 実験結果および考察 布に対する針の移動方向を右,左,前,後と変えた場合の,針にかかる軸方向荷重と曲げ荷重お よび曲げ荷重作用角度の変化を図 3(a)(b)(c)(d)に示す。 図は針が上死点位置にあるときの主軸 角度を 0 °として 1 回転を示している。いずれの移動方向の場合も,①上死点から針が布に達する まで(主軸角度 0 °∼120 °)の糸の張力のみが針に作用する領域,②針先端が布面より下部にある (120 °∼ 240 °)布と糸が針に荷重を加える領域,③針が布から抜け上死点に至る(240 °∼ 360 °) 荷重の加わらない領域,に分けることができた。 ①の領域について,曲げ荷重を詳細に見ると 2 つのピークが存在していた。高速度ビデオカメ ラの画像を観察したところ,20 °付近のピークは上糸が外釜から抜ける時,60 °付近のピークは天 秤による糸締めのタイミングと一致していることがわかった。どちらのピークも針移動方向が後の 場合がもっとも高く,前の場合がもっとも低かった。60 °付近にある 2 つ目のピーク前後での曲げ 荷重作用角度の変化を比較すると,移動方向が右の場合 260 °→ 240 °,左の場合 280 °→ 320 °, 前の場合 270 °→ 290 °,後の場合 280 °→ 270 °と異なっていた。 ②の領域で軸方向荷重に注目すると,下死点( 180 °)近くまで圧縮荷重が増し,下死点を過ぎ ると急激に減少した。曲げ荷重,軸方向荷重とも,針の移動方向による差異はあまりなかった。③ の領域は糸がゆるんでいるため,曲げ,軸方向いずれも荷重はほとんど加わらなかった。 ①の糸締め時について,針の移動方向によりピーク位置での曲げ荷重作用角度が変化したのは, 布に対する針の位置が異なるため,糸の張力の作用方向が変化しているためであると考えられる。 そこで,針の縫い目に対する位置と高さから求めた糸の角度と,同一の糸調子での張力から,針と − 31 − 小林 大沼 太田 若木 高内:刺繍機の針にかかる荷重の測定と各部の動き 表2 曲げ荷重,作用角度の計算値と実測値の比較 曲げ荷重(N) 作用角度(deg) 針移動方向 計算値 実測値 計算値 実測値 右 0.21 0.16 244 258 左 0.22 0.16 300 304 前 0.12 0.087 270 284 後 0.32 0.27 270 280 図 4 糸の角度と曲げ荷重, 作用角度の関係 糸の間の摩擦を無視して針に加わる荷重を計算した。このときの糸の角度を図 4 に示すようにとる と,曲げ荷重(PB)は式(4),曲げ荷重作用角度(θ)は式(5)で表される。 PB = (T ⋅ sin α 1 ) 2 + (T ⋅ sin α 2 ) 2 θ = tan −1 (4) sin α1 +π sin α 2 (5) 主軸回転角 60 °における曲げ荷重,作用角度の計算結果と実測値を表2 に示す。荷重,角度とも 計算値と実測値がほぼ一致した。 4 結 言 刺繍機の針に加わる荷重と各部の動きを計測することにより,以下のことが明らかになった。 1) 糸張力は天秤による糸締めの際だけでなく,上糸が外釜を抜ける際にも増す。 2) 針の布に対する移動方向により,糸締め時の曲げ荷重作用方向が異なる。 3) 針先端が布面より下部にあるとき,下死点までは圧縮荷重が増し,下死点以降減少する。 4) 針が布から抜け上死点に至る間は,糸に張力がかからない。 5)針位置から計算した曲げ荷重と作用角度は測定値とほぼ一致する。 文 献 1) 日本縫製機械工業会 : 工業用ミシンかま編−人材育成研修用テキスト−, 2002. 2) 高橋賞, 河合正安 : ひずみ測定入門, 大成社, 2005. 3) 鵜戸口英善, 川田雄一, 倉西正嗣 : 材料力学, 裳華房, 1978. − 32 − プラスチック成形品粉砕装置の低騒音化 【平成 17 年度技術開発支援共同研究】 小林誠也 佐藤健夫* Noise Reduction Technique Applied to Crusher for Molded Plastics Seiya KOBAYASHI 1 緒 Takeo SATO* 言 成形後不要となったプラスチックを未使用のプラスチックと混合し再利用することは,廃棄物低 減や原材料節約などの点から重要な技術である。この工程では,成形後のプラスチックを未使用の ペレットと均一に混合するため,成形品やランナ部をペレット程度の大きさに粉砕する必要がある。 粉砕に用いるプラスチック成形品粉砕装置は,超硬の刃物により成形品を破砕する機構を持ち,稼 働時に大きな騒音を発生する。その騒音レベルは作業位置で 100 dB を越える場合があり,作業環 境を著しく悪化させている。 本研究は,成形品粉砕装置の騒音と振動の測定を行うことにより,騒音源の推定と音源から作業 位置までの騒音伝播経路の推定を行い,遮音による騒音低減法を確立して装置の低騒音化を図るこ とを目的とした。 2 実験方法 2.1 実験装置 実験に用いた粉砕装置と,騒音測定用マイク, 振動測定用加速度ピックアップの設置位置を図 1 に示す。粉砕する成形品は投入部より内部に導 かれ,本体下部にある回転刃で粉砕後,吸引機 構により連続的に排出される。 騒音測定は,コンデンサマイク(リオン NH-06) , 精密騒音計(リオン NA-40 )および 2 chFFT アナライザ(小野測器 CF-350)を接続して行っ た。精密騒音計は聴感補正回路を用いず, FFT アナライザによりオーバオール音圧レベルと周 波数スペクトルを記録した。さらに,記録した 補正なしの周波数スペクトルを FFT の聴感補正 ( A 特性)機能を用い,騒音レベル( LA)と補 正後の周波数スペクトルを求めた。 振動は,圧電型加速度ピックアップ(エミッ ク 730-A)を投入部上面に貼り付け,アンプ(小 野測器 PS-510)を介し FFT アナライザに接続 し,周波数スペクトルを測定した。 2.2 図1 騒音源と伝播経路の特定 はじめに,騒音源とその伝播経路を調べるた *株式会社相田商会 − 33 − 粉砕装置とマイク, 加速度ピックアップ設置位置 小林 佐藤:プラスチック成形品粉砕装置の低騒音化 め,作業位置での騒音と筐体上部の振動を,樹脂粉砕時と樹脂のない状態で測定した。マイクは図 1 ①に示す通り,高さ 1 m,樹脂投入部中央位置から 1 m で正面から 45 °方向に,樹脂投入部を向 くよう設置した。加速度ピックアップは図 1 ②の樹脂投入部上部に両面テープにより貼り付けた。 FFT アナライザの 2 つのチャンネルに騒音と振動の信号を入力し,同時に計測できるようにし た。 2.3 騒音低減対策による騒音の変化 2.2 の 実験 結 果 を も と に , 騒音 低 減 法 と し て , 1)樹脂投入部への遮音板の設置 2)筐体への遮音防 ウレタンフォーム 遮音ゴム アルミ板 振シートの貼付 3)地下ピットへの吸音材の設置 が 考えられた。 1)については,遮音板を作製し,樹脂投入部へ設 置した。遮音板の構造は,図 2 に示すように 3 mm 騒音 厚のアルミ板に,ゴムの両側を発泡ポリウレタンの 層でサンドイッチした構造の遮音シート(ハマダン パー UR-2U)を接着したものである。 20 3 10 3 2)は,3 mm 厚さの遮音ゴム(ハマダンパー R-2K) 図2 を筐体のリブを避けるよう切り出し,隙間がないよ 遮音板の構造 う全面に貼り付けた。 3)は, 25 mm 厚さのウレタンフォーム(カーム 100 フレックス F-2)を地下ピットの底面を除く 5 面に 樹脂なし LA=98.6dB 樹脂あり LA=102.4dB 騒音の変化は, 1)のみ,1)+2), 1) +2)+3)につい て樹脂のない状態で測定した。マイク位置は,図1 ③ に示す樹脂投入部正面と,④に示す正面から 45 °で 投入部のエッジから 1 m の 2 箇所で,高さはいずれ 音圧レベル (dB) できるだけ隙間がないよう貼り付けた。 80 60 の場合も 1 m とした。 40 3 0 実験結果および考察 3.1 5000 10000 周波数 (Hz) 15000 20000 騒音源と伝播経路の特定 図3 樹脂粉砕時と樹脂のない状態の,騒音レベル( LA) 樹脂の有無による騒音レベルと 周波数スペクトルの変化 と周波数スペクトルを図 3 に,筐体上部の振動の周 波数スペクトルを図 4 に示す。騒音レベルは,樹脂 のない場合に比べ樹脂粉砕時に約 4dB 高くなった。 5 周波数スペクトルを見ると樹脂粉砕時は 1.5 kHz 以 4 以上高くなったが, 1.5 kHz 以下ではほとんど違い がなかった。 これに対し,振動の周波数スペクトルは樹脂の有 加速度 (m/s 2) 上の音圧レベルが増し,特に 5 kHz 以上では 10 dB 樹脂なし 樹脂あり 3 2 1 無によりほとんど変化がなかった。騒音の周波数ス ペクトルで 10 dB 以上変化した 5 kHz 以上の周波数 0 0 5000 域でも差はなく,騒音と筐体上部の振動の間に明確 10000 周波数 (Hz) 15000 な相関がないことがわかる。さらに,騒音レベルに 大きな影響を与えている 1.5 kHz 以下の振動加速度 図4 樹脂の有無による振動の 周波数スペクトル変化 は小さかった。 これらの結果から,粉砕装置の騒音の主な原因は, − 34 − 20000 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 粉砕,吸引部で生じる音が開口部である樹脂投入口を通して装置外部に伝播するものであると考え られる。この音の発生原因としては,樹脂の有無に関係なく生じる粉砕用刃物や吸引ブロアの回転 騒音,樹脂粉砕時のみ発生する樹脂の破砕音や筐体への衝突音が考えられる。粉砕用刃物や吸引ブ ロアの回転騒音は低周波,破砕音や衝突音は高周波の音と思われる。 装置内部で発生するこれらの音は,筐体内部に吸音材や制振材を設置することにより低減を図る ことができる。しかし,本装置では樹脂種類を変えることが多いため,コンタミネーションの問題 や清掃の困難さから,内部の吸音処理を行うことができない。そこで開口部である樹脂投入口に遮 音板を設置して騒音レベルを低減を図ることとした。 投入部を遮音することにより,内部発生音の筐体壁面の透過および筐体振動による騒音や,地下 ピットからの騒音の影響が出てくることが考えられる。そこで,筐体への制振遮音ゴムの貼付と地 下ピットの吸音処理による効果も確認することとした。 3.2 騒音低減対策による騒音の変化 樹脂投入部への遮音板設置の有無による騒音の 100 遮音板あり LA=80.6dB 果を図 5 に,45 °方向での変化を図 6 に示す。いず れの場合も,10 kHz 以下の周波数帯域で音圧レベ ルが減少しており,騒音レベルは,正面方向で約 20 dB,45 °方向で約 15 dB 下がった。45 °方向での 音圧レベル (dB) 周波数スペクトル変化を,正面方向で測定した結 減少幅が小さいのは,遮音板取り付けにより樹脂 80 遮音板なし LA=101.0dB 60 40 投入部を通して伝播する音が減少したため,これ 0 5000 までマスキングされていた筐体壁面を透過する音 や壁面振動により発生する音などが影響するよう 図5 10000 周波数 (Hz) 15000 20000 遮音板の設置による騒音レベルと になったためと考えられる。 周波数スペクトルの変化(正面) 筐体壁面に遮音ゴムを貼付したとき,加えて地 100 下ピットに吸音材を設置したときの騒音レベルを, 遮音板あり LA=82.5dB を筐体に貼り付けた効果は特に 45 °方向で大きく, この方向では壁面を透過する音や壁面振動が減少 することによる影響が大きいと言える。一方,正 面方向では地下ピットへの吸音材貼り付け時の騒 音減少幅が大きかった。筐体への遮音ゴムの貼付 音圧レベル (dB) 遮音板のみの場合と比較して表1 に示す。遮音ゴム 80 遮音板なし LA=97.3dB 60 40 と地下ピットへの吸音材の設置により,遮音板の 0 5000 みの場合に比べ,正面で約 7 dB,45 °方向で約 4 dB 図6 騒音レベルを低減することが可能となった。 10000 周波数 (Hz) 15000 20000 遮音板の設置による騒音レベルと 周波数スペクトルの変化(45°方向) 表1 遮音対策による騒音レベルの変化 (dB) マイク位置 遮音板なし 遮音板のみ 遮音板+遮音ゴム 遮音板+遮音ゴム+吸音材 正面 101.0 80.6 78.6 76.0 45 °方向 97.3 82.5 76.7 75.3 − 35 − 小林 4 結 佐藤:プラスチック成形品粉砕装置の低騒音化 言 プラスチック成型品粉砕装置について,騒音源と伝播経路の探索および騒音低減対策を行い,次 のことがわかった。 1) 騒音は,樹脂粉砕部で発生し樹脂投入口を通して伝播する音が主な原因である。 2) 樹脂投入部への遮音板設置により騒音レベルが 15 ∼ 20 dB 減少する。 3) 筐体壁面への遮音ゴムの貼付と地下ピットへの吸音材の設置により遮音板のみの場合に比べ騒 音レベルが 4 ∼ 7 dB 減少する。 文 献 1) 日本音響材料協会 : 騒音対策ハンドブック, 技報社 1973. 2) 五十嵐寿一 : 音響と振動, 共立出版, 1968. − 36 − スペクトルドメイン型光波干渉計の開発 髙橋義行 佐藤敏幸 三井俊明 佐藤学 * 渡部善幸 渡部裕輝 橋本智明 * Development of Spectral Domain Type Interferometer Yoshiyuki TAKAHASHI Toshiyuki SATO Yoshiyuki WATANABE Manabu SATO 1 緒 * Toshiaki MITSUI Tomoaki HASHIMOTO Yuuki WATANABE* 言 通常の光波干渉計において,光源をレーザーなどの可干渉性光源から LED や Super luminescent diode (SLD),または,ハロゲンやキセノンランプなどの白色光源などの広い帯域幅を持った低干渉 性の光源に置き換えると干渉計の参照側光路と試料側光路が一致する近辺でのみ干渉が確認される 低コヒーレント干渉計を構築できる。このため,試料内部の後方散乱光を得られるような光学系を 利用すれば参照光路長を走査することにより試料の断層情報が得られる。この計測原理は,山形大 学の OCT (Optical coherence tomography)と呼ばれる光断層画像計測法の技術シーズであり,既に 眼科の分野では実用化され,応用研究も盛んに行われている。 我々は,これまでこの低コヒーレント干渉計の原理を応用した超精密距離計測の研究を進めてき た。低コヒーレント干渉計では参照光路長と試料光路長が一致したときに最大の干渉信号を得られ るという特徴があり,従来からある光波干渉計と同等の距離計測精度を持ち,且つ光波干渉計では 実現できない絶対距離計測を行うことができる。この計測が実現すれば,段差を持つような試料で も,その形状を絶対距離で精密に計測することが可能になる。これと併せて,干渉計の小型化も進 め,機械加工機の上で絶対距離計測を行い,超精密加工の支援を実現することを目指している。こ れまでに,試作した計測システムで繰り返し距離計測精度の評価実験を行い,試料の板厚を6時間 に渡り 500 回計測を繰り返し,計測距離の標準偏差 70 nm 程度の絶対距離計測精度を得ている 1)。 広帯域光源を利用した光波干渉計測法は大別して,タイムドメイン(TD)型と呼ばれる機械的に参 照光路長を掃引する方式と,フーリエドメイン(FD)型と呼ばれる,光のスペクトル情報から距離を 計測する方式に分類される。この FD 型は更に,光源の波長を時間的に掃引し,これと同期して単 一受光素子で分光スペクトル情報を取得して解析を行う swept source 型と,広帯域光源による干渉 状態を分光器で計測して解析を行うスペクトルドメイン(SD)型に分類される 2)。SD 型では一般的な 広帯域光源と分光器により計測を行うことができ,取得したスペクトルデータに時間的なズレがな く位相情報が正確に取得できるという特徴がある。 今回,SD 型光波干渉計の構築を行い,その性能評価を行って工業計測への応用の可能性を検討 した。また,干渉計の試料側照射光の横方向走査を行うために,MEMS 技術を用いて試作した電磁 駆動型の微小ミラー3)を使用し,その実働実験も行ったので報告する。 2 計測原理 これまで研究を進めてきている TD 型光波干渉計では,干渉波形を分析してピーク位置を推定す ることで非常に高い精度で絶対位置の特定が可能であったが,測定には参照距離の機械的な掃引が 必要であり,1 本のプロファイル計測に数秒程度の長い測定時間を必要とする。上に示した繰り返 *山形大学大学院理工学研究科 − 37 − 髙橋 佐藤 三井 渡部 橋本 佐藤 渡部:スペクトルドメイン型光波干渉計の開発 し精度評価実験では,1 プロファイルあたり約 10 秒である。これに対して,SD 型光波干渉計の場 合,測定精度やコスト面に課題はあるものの,機械的な走査なしに深さ方向のプロファイル信号が 取得でき,測定時間はカメラのフレームレート程度にすることが可能であり非常に高速である。 干渉計で参照側光路長と試料側光路長が一致している状態では,光源から照射された光の全ての 波長で互いに強め合う干渉状態を示すが,2 つの光路長の不一致が生じると,それぞれの波長の干 渉には少しずつズレが生じてしまう。このため,全波長の光量を単一素子で計測する TD 型では光 路長の不一致は干渉信号の減衰となって現れる。しかし,個々の波長を見ればレーザー同様に延々 と干渉を繰り返しており,これを個別に計測して解析すれば個々の波長の干渉状態から試料の散乱 面の位置と散乱光強度信号が得られ,これが深さ方向のプロファイルとなる。 分光器で干渉状態を観測した信号は,光源のパワースペクトル分布と,試料の断層情報のフーリ エ変換のコンボリューションを波長軸上で計測した結果であり,これを波数軸に変換した結果は次 式で表される。 I (k ) = S (k ) ⋅ FT [aˆ ( z )] (1) ここで,I(k)は干渉信号の波数軸上のパワースペクトル分布,S(k)は波数軸上の光源のパワースペ クトル分布,a(z)は試料の断層方向の反射強度情報,FT[]はフーリエ変換である。I(k)を逆フーリエ 変換(IFT)すると, IFT [ I (k )] =γ(k ) ∗ aˆ ( z) ≈ aˆ ( z ) (2) となり,光源のスペクトル分布の IFT つまり Point spread function(PSF, 点像強度分布)と試料の 断層プロファイルのコンボリューションが得られる。ここで,光源スペクトル幅が十分に広ければ PSF は擬似的に点と見なすことができるため,IFT の結果はそのまま試料の深さ方向プロファイル と見ることができる。 3 計測システム 計測システムの構成を図 1 に示す。干渉計部分は空間光を用いたマイケルソン干渉計である。主 要デバイスとして,光源は SLD(中心波長 1.31 μm, スペクトル幅 44 nm)を使用し,検出系にはミ ラー(M),グレーティング(DG; 1200 line/mm),アクロマティックレンズ(AL; f=100 mm),ライン スキャンカメラ(CCD; InGaAs, 512 pixel, 最大フレームレート 19 kHz)を使用,試料(S)への照射光 の横方向走査用 MEMS ミラー(SM),対物レンズ(OL)として f = 35 mm の平凸レンズ,参照光の光 量調整用に可変濃度フィルター(ND)を使用している。 光源は光ファイバー出 力となっており,ファイ RM バー出力光をレンズ(CL) S でコリメートする。この AL コリメート光は,ビーム CCD DG OL ND スプリッタ(BS)によって SM 1:1 に分波され,固定ミ BS M ラー(RM)のある参照側光 PC 路と,横方向走査用の MEMS ミラーと対物レン ズを配した試料側光路を それぞれ往復し,再びビ FG SLD DAC 図 1 スペクトルドメイン型干渉計構成図 − 38 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) ームスプリッタで合波する。この光はグレーティングにより光の波長に依存した角度で反射して, 集光用レンズによりカメラ上に結像する。こうしてカメラでは,光源のスペクトル分布と個々の波 長の干渉状態が重畳した信号が観測できることになる。この信号は CameraLink 経由で PC に実装 したフレームグラバボード(FG)で取得する。この信号は波長軸上の光強度分布を示すパワースペク トル信号となる。この計測信号を前述の計測原理に沿って,波数軸へ変換し,離散フーリエ逆変換 (IDFT)することによって深さ方向プロファイルを得ることができる。 また,この計測と同期して PC に実装した D/A 変換ボード(DAC)によって MEMS ミラーを制御 し,試料へ照射するプローブ光を横方向に走査することで断層画像が取得できる。MEMS ミラーで 3) 。この際にコリメート光 は,電圧制御によりリニアな角度変位が得られることが確認済みである を対物レンズによって試料上へ集光するため,試料と対物レンズ間の距離はレンズの焦点距離 f に なるように設定する。また,ミラー走査により円弧状 に照射光が走査されるために,これを試料へ垂直に照 f 射して横走査するため,ミラーと対物レンズ間の距離 f も同様に f になるよう配置する。分光器側も同じで, グレーティングとアクロマティックレンズの間,アク ロマティックレンズとカメラの間の距離はそれぞれ アクロマティックレンズの f になるよう配置する。対 Mirror 物側の配置イメージを図 2 に示す。ミラー制御とカ Sample メラからのフレーム取得及び演算処理は Microsoft Visual C++で開発したソフトウェアで行った。 4 OL 図 2 レンズ配置図 測定結果 最初に,単一反射面であるミラーを試料として配置し,干渉信号及び深さ方向プロファイルの 計測を行った。この結果を図 3 に示す。 感度を向上させるため,観測信号の直流成分とホワイトノイズ成分を除去する目的で非干渉時 のスペクトルを保持しておき,予めそのデータとの差分処理を行っている。こうして得られた波 形が,図 3(a)の点線で表されているスペクトル干渉信号である。これは分光器の出力信号である ため,波長軸上の干渉信号である。これを波数軸上の干渉信号へ変換するが,横軸は等ピッチの 波長であり,波数への変換はこの逆数に変換するという離散データの非線形な変換となる。この ため,強度情報は補間処理により波長軸上での強度情報が失われないようにしている。この軸変 80 -40 70 -50 60 -60 50 -70 Intensity [dB] Intensity a.u. 換の結果が図 3(a)の実線で示した干渉信号である。この波形から,干渉波形は等間隔の波に変換 40 30 20 10 -80 -90 -100 -110 -120 0 -130 -10 -140 0 -20 0.5 Wave number (solid) / Wave length (dot) 1 1.5 2 Depth [mm] (a) 干渉波形の軸変換処理 (b) 深さ方向プロファイル 図 3 干渉信号分析結果 − 39 − 2.5 髙橋 佐藤 三井 渡部 橋本 佐藤 渡部:スペクトルドメイン型光波干渉計の開発 1mm 1mm (a) IDFT 処理による画像 (b) MEM 処理による画像 図 4 ネジの OCT 画像 (W6.0 mm × D2.7 mm) され且つ信号強度の劣化が非常に少ないことが分かる。こうして得られた波数軸上の干渉信号を IDFT することにより,試料の断層プロファイルと光源の PSF のコンボリューションが得られる。 この演算を行った結果を図 3(b)に示す。ミラー表面の信号が 0.25 mm の位置に明確に認められる。 この波形から測定した信号の分解能はピーク部の半値全幅から約 18.8 μm であり,これは光源の 中心波長とスペクトル幅から得られる理論値 17.2 μm に近い値であった。尚,測定全深度 Z は, 分光器の中心波長 λ0 と分光器の波長視野 Δλ,素子数 N から次式で求まり, Z = λ 0 N (4Δλ ) 2 (3) この実験系では,λ0 = 1.31 μm,Δλ = 80 nm,N = 512 から Z = 2.7 mm が得られる。これはミラ ーの位置を移動した際の干渉信号の観察可能範囲から計測される実測の測定全深度と一致した。 IDFT により得られる深さ方向プロファイルのデータ数は N/2 で 256 となり,光軸方向のデータ 分解能は約 10.5 μm となる。また,試料への照射光のビーム径 D は,コリメート光の径と対物レ ンズで決まる NA = 0.0286 と光源の中心波長 λ 0 により次式で求まり約 17.2 μm となり,これが横 方向分解能となる。 D = 2 ln 2 ⋅ λ0 (π ⋅ NA) (4) 感度は測定時の試料照射光の減衰分(光源の余裕分と見なせる値)が約 57 dB,信号のノイズフロ アからの強度が約 50 dB であることから,全体で 107 dB と見ることができ,非常に感度帯域の 広い測定が可能であることが確認された。 次に,カメラのフレーム取得と同期して MEMS ミラーによる横走査を行い,M6 ネジの OCT 画像計測を行った。測定結果を図 4 に示す。図の上側が空間で下側がネジである。この際の MEMS ミラーの制御信号は 10 Hz の三角波である。横方向走査はミラーで Y 軸と定義されている軸の走 査を利用し,電圧制御による偏角は θy = 2.27×V の実特性が与えられており,±2.2 V 駆動で 35 mm の対物レンズを経由した際の横走査範囲は Y = 2 × 35× sinθy から約 6.0 mm と見積もられる。こ の横方向走査中に 480 フレームのラインスキャンデータを取得して画像化するため,横方向のデ ータ分解能は 12.3 μm となる。図 4(a)はスペクトル干渉信号を IDFT して得られた画像,図 4(b) は高分解能化の手法として検討している最大エントロピー法(MEM: Maximum entropy method) によりプロファイル解析を行った結果の画像であり,同一のスペクトルデータを解析した結果で ある。両方の画像ともネジ表面のプロファイルが明瞭に描画できている。また,MEM 処理では IDFT 処理に比べて干渉位置が精細に得られており,高分解能な計測ができているものと思われ る。尚,ネジの谷の部分では,迷光によると思われるゴースト信号が生じており,形状計測時に は何らかの注意が必要になる。次に,MEMS ミラーによる横走査の直線性について見てみると, − 40 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 画像横方向に歪みなどは生じておらず,この測定条件下では MEMS ミラーの走査が制御信号に対 してリニアに動作していることが確認できた。しかし,制御周波数を 20 Hz 程度まで上げた場合 には画像両端にブレが生じ,走査方向の切り替え時にミラーの微振動が発生しているものと思わ れる。このため,制御周波数を上げた際の走査では極性反転時の制御信号の波形成型などの対策 が必要である。 このときのプロファイル取得時間は約 100 μs/line であり, 従来の TD 型の距離計測装置の約10 s/line に比べ× 105 程度の大幅な高速化となっている。この短時間の測定であるにも関わらず測定感度は 非常に高く,散乱面や傾斜面の干渉信号も明瞭に描画できており,SD 型干渉計の特徴を十分確認 できる結果となった。 5 結 言 広帯域光源を用いたスペクトルドメイン型光波干渉計を構築し,動作確認を行った。 ミラーを試料にスペクトル干渉信号を取得し,軸変換を行い,IDFT 処理によりプロファイル信 号を得ることができた。試料位置を移動させて測定全深度を測定したところ 2.7 mm となり,分光 器側の設定から求められる理論値と一致することを確認した。この際のデータ分解能は約 10.5 μm であった。尚,深さ方向の空間分解能は,信号の半値全幅から 18.8 μm となり,理論値に近い値が 得られた。横方分解能は実験条件から 17.2 μm となる。 M6 ネジを試料に MEMS ミラーで± 5 °,10 Hz の三角波による横走査で OCT 画像計測を行った。 この結果,ネジ山のプロファイル画像が得られ,画像横方向に歪は認められず MEMS ミラーによ るリニアな横走査が実現できていることが確認できた。但し,横走査を 20 Hz 程度まで上げると直 線性に乱れが認められることから,走査速度を上げる際には制御電圧の波形成型などの対応が必要 である。感度に関しては,低反射域と思われるネジ山の傾斜面も明瞭に描画できており非常に高感 度な測定ができている。また,計測時間は,従来のタイムドメイン型に対して×105 程度高速にプロ ファイルが取得でき,非常に短時間で OCT 画像計測ができることを確認した。 超精密計測手法への SD 型干渉計の応用を検討するため,MEM 処理による画像化も行い従来 の IDFT 処理と比較して精細な画像が得られることを確認した。今後,厳密な分解能の比較や繰 り返し精度などの信頼性評価を行い,実用の可能性を検討する。 文 献 1) 佐藤, 髙橋, 橋本:山形県工業技術センター報告, No.36 (2004) 71-74. 2) M.A. Choma, et al. :Optics Express, 11(2003) 2183-2189. 3) 三井, 阿部, 渡部:山形県工業技術センター報告, No.37 (2005) 65-68. − 41 − MEMS 技術を用いた生体用インピーダンスプローブの開発 【平成 16・17 年度技術開発支援共同研究事業】 阿部泰 金子誠 三井俊明 渡部善幸 佐藤敏幸 渡辺満生* 早坂藤晴* 鈴木典夫** Development of an Impedance Probe for a Biological Use by MEMS Technology Yutaka ABE Makoto KANEKO Toshiyuki SATO 1 緒 Toshiaki MITSUI Maki WATANABE * Yoshiyuki WATANABE Hujiharu HAYASAKA* Norio SUZUKI** 言 脳研究の分野において,動物の脳細胞が発する活動電位の計測が行われている。中でも,針状の 電極を脳に差し込んで電位を測定する方法は,測定原理が古典的で簡明であることや空間分解能が 優れていることから,重要な研究手法である 1) 。先端的脳研究分野では神経細胞の集団的挙動を解 明するために,微小領域に複数の測定電極を備えたプローブが使用されている2~3) 。 複数の測定電極を備えたプローブとしては,石英に Pt-W 合金のワイヤー 4)を埋め込んだものが よく用いられている。このプローブは非常に高価であるが,数回使用での使い捨てであるために手 軽に用いることのできる低コストなプローブが求められている。そこで易使用性,低コスト化を目 的として MEMS 型プローブの開発を行った。平成 16 年度にプローブの構造及びプロセス設計を 行い5),平成 17 年度にプロセスの改善により歩留まり向上を達成したので報告する。 2 構 造 開発した生体用インピーダンスプローブは,MEMS プローブとそれを覆う SUS パイプ,I/F(イ ンターフェース)基板,コネクタから構成されている(図 1)。 MEMS プローブは,Si を基板とした□ 0.1 mm × 40 mm の角柱形状をしている。活動電位計 測用の複数の Au/Cr 配線を備え,配線の先端部と後端部を残して樹脂によって絶縁されている。 配線の先端開口部は脳内に刺入され神経細胞の近傍で電位を測定する電極となり,後端開口部は I/F 基板との接続用ボンディングパッドとなる。 SUS パイプは内径 0.14 mm,外径 0.2 mm で先端を注射針状にカットしたものであり,脳の硬膜 を突き破るのに十分な強度を与え,同時に MEMS プローブの折損を防止するために用いられる6)。 I/F 基板は 10 mm × 2 mm × t 0.33 mm の両面プリント配線基板を用い,MEMS プローブの固 定,ワイヤボンディングおよびコネクタへの配線が接続されている。 3 作製方法 作製方法を図 2 に示す。MEMS プローブは,MEMS 技術を用いて φ 2 インチ Si ウェハ上に 170 本 を一括して作製する。Si ウェハは,結晶面(100),P ドープ n 型,比抵抗 1 ∼ 10 Ωcm,厚さ 100 μm のものを用いて作製した。 (a)Si ウェハに水蒸気酸化を行い,酸化膜(厚さ 600 nm)を形成する。 (b)Au/Cr 積層膜をスパッタリングにより成膜する(膜厚 Au 300 nm,Cr 50 nm)。配線はウェッ トエッチングにより作製する。Au エッチャントの組成は I2: NH4I:2-propanol:H2O = 1.2:8 :60:40,Cr エッチャントの組成は K3[Fe(CN)6]:NaOH: H2O = 30:5:100 である。 *山形電子株式会社 **山形県産業技術振興機構 − 42 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 先端部(計測用電極) ボンディングパッド (a) MEMSプローブ SUSパイプ に挿入 (c) I/F基板 (b) SUSガイド先端 コネクタ 配線 I/F基板 SUSパイプ (d) MEMSプローブとSUSパイプ、I/F基板などを組み立てたインピーダンスプローブ 図 1 生体用インピーダンスプローブの構造 (c)表面の酸化膜にパターンを形成後,TMAH (Tetramethylammonium hydroxide)水溶液を 用 いて 結晶 異方 性 エッ チン グを 行い ,深 さ 10 μm の V 溝を作製する。 Si (a) (b) Si酸化膜 Au/Cr ( d) 絶 縁 樹 脂 ( 感 光 性 ポ リ イ ミ ド 東 レ 製 PW-1270 又は フォトレジスト 東京応化製 (c) OMR85)を用いて,先端と後端の開口部を除 いて配線を被覆する。感光性ポリイミドを使 絶縁樹脂 (d) 用する場合は窒素雰囲気中で 350 ℃ 60 分, フ ォ ト レ ジ ス ト を 使 用す る 場 合 は 大 気中 で 150 ℃ 30 分のハードベークを行う。 ダイシングブレード(ベベルカット) ダイシングブレード(フルカット) (e)ダイシングテープに貼り付けてベベルカッ トとフルカットを行い,MEMS プローブを分 (e) ダイシングテープ 割する。 (f)MEMS プローブを Ag ペーストを用いて基 (f)ボンディング (g)樹脂ポッティング 板に仮固定した後,Au ボールを介して Au ワ イヤーにより超音波ボンディングを行う。 (g)ワイヤー部分に樹脂をポッティングする。 (h)専用治具を用いて MEMS プローブを SUS パイプに挿入する。 (i)MEMS プローブと SUS パイプをエポキシ (h)SUSパイプに挿入 (i)樹脂でパイプと 基板を固定 樹脂により I/F 基板に固定する。 図 2 作製方法 (j)I/F 基板にコネクタを取り付ける。 − 43 − (j)基板にコ ネクタを取付 阿部 金子 三井 渡部 佐藤 渡辺 早坂 鈴木:MEMS 技術を用いた生体用インピーダンスプローブの開発 4 プロセスの改善 試作初期のプローブの歩留まりは 2 割程度と低かった。ダイシング工程において MEMS プロー ブが折損すること,ボンディング工程において MEMS プローブのボンディングパッドと Au ボー ルの接合不良が歩留まりを低下させていたため,以上の 2 点について詳細に検討を行った。 4.1 ダイシングによる破損の低減 ダイシング工程において MEMS プローブが折損する状況を観察すると,ダイシングによって生 じたチッピングを起点として折損することがわかった。MEMS プローブは非常に細長いデバイス であるために,わずかなチッピングであってもデバイスの破損に至る。そこで,チッピングの低減 の検討を行った。 チッピングを顕微鏡で観察したところ,ブレードの砥粒の粒径からは想定されないような大きな チッピングが生じていた。これは,切削性の低い砥石で加工したために,被削材を十分に除去する ことができず,被削材を押し切るような状況となって Si ウェハが脆性破壊したために発生したと 考えられる。 そこで,切削性を向上させるために,ブレードのプリカットの条件を検討した。砥粒あたりに与 える仕事量を増やして十分な目立てを行うことを意図して,スピンドル回転数および送り速度をと もに遅くする条件を検討したところ,チッピングの発生を抑えることができた(表 1)。 また,粒径#3500 と粒径#4800 のブレードでのチッピングの発生状況を比較した。この結果,粒 径の小さい #4800 のブレードを使用することによりチッピングを低減することができた(表 2)。 以上により,砥粒の小さいブレードを用いたプリカットと併せて,被削面の平滑化およびチッピン グの低減が可能な条件を抽出することができた。 表1 カット 条件 ブレード 砥粒粒径 プリカット 条件 プリカット条件の変更によるチッピング発生の軽減 スピンドル回転数 50000 rpm 送り速度 30 mm/s スピンドル回転数 50000 rpm 送り速度 30 mm/s #4800 #4800 スピンドル回転数 30000 rpm スピンドル回転数 20000 rpm 送り速度【 mm/s】 10 20 30 40 50 60 送り速度【 mm/s】 1,3,5,...,25 カット本数【 本 】 10 10 10 20 20 180 カット本数【 本 】 各5 Total 250 本 27,29,31,...,39 40 各 10 150 Total 285 本 外観 100μm 表2 カット 条件 ブレード 砥粒粒径 100μm ブレード砥粒粒径の変更によるチッピング発生の軽減 スピンドル回転数 50000 rpm 送り速度 30 mm/s スピンドル回転数 50000 rpm 送り速度 30 mm/s #3500 #4800 外観 100μm − 44 − 100μm 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 4.2 ボンディング不良の解消 ボンディング工程において,Au ボールと MEMS プローブのボンディングパッドとの接合不良 が発生したため,ボンディングパッドの表面を XPS(光電子分光分析装置)で分析した。その結 果,パッドの極表面には Au が存在せずに Cr,O が存在しており,Ar イオンスパッタにより表面 層を除去したところ Au が検出された。このため,極表面層に存在する Cr 酸化物がボンディング を妨げる原因であることが予想された。 Cr は Si 酸化膜との密着性を向上させるために Au 配線の下地として使用しているが,MEMS プローブの絶縁樹脂を硬化させるための加熱工程で,Cr が Au 層に拡散し,Cr 酸化物が表出した ものと考えられる。そこで,加熱条件とボンディングパッド表面の Cr 酸化物の量との関係を明ら かにし,最適な加熱条件を選定することとした。 実験には MEMS プローブと同じ厚みの Au/Cr 積層膜及び酸化膜を形成した Si ウェハを用いた。 ウェハを 5 つの条件で加熱して比較を行った。表3 に加熱条件とその結果を示す。これまで用いて きた加熱条件は表中 5 であり,表面層に多量の Cr および O が存在していることがわかる。最高温 度を低くした表中 2 の条件(150 ℃,30 分)では Cr 酸化物が表面にほとんど存在せず,ボンディ ング試験を行った結果良好に接合可能であった。 これらの結果から低温加熱が必要であるが,絶縁用のポリイミド膜(東レ製 PW-1270)は 150 ℃では十分に硬化しないため,ポリイミドに替わる絶縁材料が必要とされた。そこで 150 ℃での 硬化が可能なゴム系のフォトレジスト(東京応化製 OMR85)を絶縁樹脂として使用することによ り,良好にボンディング可能であった。 ボンディングパッド表面の XPS 分析結果 表3 加 熱条 件 分 析 結果 150℃ 250℃ 300℃ 350℃ C/% O/% Cr/% Au/% ワイヤー ボ ンディング 1 - - - - 35.3 5.6 0.0 59.1 OK 2 30min - - - 32.8 5.7 0.3 61.2 OK 3 30min 30m in - - 37.4 21.6 7.1 34.0 NG 4 30min 30m in 30min - 18.4 49.9 29.0 2.7 NG 5 30min 30m in → 60m in 18.3 51.1 29.3 1.3 NG 絶縁樹脂の変更により絶縁性の経時変化が懸念されるが,生理食塩水中でのインピーダンスは 1 ケ月を経過しても変化がないことから問題がないと思われる。以上の改善を行うことによりプロ ーブを高歩留まりで作製できるようになり,試作したプローブを用いて東北大学工学部にて海馬ス ライスでの生体計測を行ったところ,神経電位の計測が可能であることを確認した。 5 結 言 MEMS 技術を用いて生体用インピーダンスプローブを作製した。これまでの試作では歩留まり が課題であったが,以下の変更により歩留まりの向上を達成し,神経電位の計測に成功した。 1) 砥粒の粒径の小さいブレードを使用し,プリカットの送り速度とスピンドル回転数を小さくす ることでチッピングを軽減し,ダイシング工程の歩留まり低下を解消した。 2) 絶縁樹脂をポリイミドからフォトレジストに変更して高温に加熱するプロセスを回避し,ボン ディング工程の接合不良を解消した。 − 45 − 阿部 金子 三井 渡部 佐藤 渡辺 早坂 鈴木:MEMS 技術を用いた生体用インピーダンスプローブの開発 文 献 1) 竹中敏文, 平本幸男 : 実験生物学講座 9 (1986)155. 2) Yannick Jeantet, Yoon H. Cho : J. Neuroscience Methods , ( 2003)129. 3) Kensall D. Wise, et al. : IEEE Transactions On Biomedical Engineering, 8( 2001)911. 4) Thomas RECORDING 社ウェブサイト http://www.thomasrecoding.com 5) 渡辺満生他 : 山形県工業技術センター第 68 回研究・成果発表回講演要旨集, (2005)35. 6) 小柳光正他 : 公開特許公報, 2006-68403( 2006). − 46 − Z 軸単振動および X,Y 軸傾斜機能を有する光 MEMS ミラーの開発 【低コヒーレント光計測用光 MEMS デバイスの開発】 渡部善幸 三井俊明 金子誠 阿部泰 Development of an Optical MEMS Mirror with the Functions of Z-axis Simple Harmonic Vibration and X, Y Bi-directional Tilting Yoshiyuki WATANABE Toshiaki MITSUI Makoto KANEKO Yutaka ABE 1 緒 言 低コヒーレント光を用いた光波干渉計測法は,非侵襲で生体断層を画像化する光波コヒーレント 断層画像化法(OCT: Optical Coherence Tomography) 1,2) が実用に供されており,同方式を応用 し た絶対 距離計 測法 や板厚 計測法 が期待 されてい る。いず れの場合 も,光 源に SLD( Super Luminescent Diode)を用いたマイケルソン干渉計により構成され,光変調を与える全反射ミラー はピエゾアクチュエータで駆動されている。このアクチュエータは安定した振動を与えることがで きる反面,駆動に高電圧回路が必要であることや,単振動のみの動きであるため光軸調整などのア ライメント機能を有していない。そこで,小型,低消費電力で光変調用の Z 軸振動を与え,さら には光軸調整用の傾斜機能がある素子があれば従来のアクチュエータに比べて利点があることに加 え,干渉計自体の小型化にも有益である。 われわれはこれまで,MEMS 技術を用いた 2 軸光スキャナの開発を行ってきたが 3∼6) ,この 2 軸傾斜機能に加えて,SLD 光の波長程度(約 1 μm)の高周波微小振動機能を有する光 MEMS ミ ラーを開発した。これは,干渉光の同期検波検出のための Z 軸方向単振動と,光軸調整のための X,Y 2軸傾斜を与えるものであり,MEMS 技術を用いた試作および諸特性評価を行ったので報告する。 2 素子の構造と動作原理 光 MEMS ミラーの構造を図 1 に示す。素子は,ミラーや平面コイルなどの可動構造体が形成さ れたシリコン層と,セラミック台座および永久磁石の 3 層構造である。シリコン層には光を反射 するミラー,それを支える梁と各フレームおよび電磁力発生用の平面コイルから構成されている。 光を全反射する矩形の Au/Cr ミラ ーが中央に配置され,十字形状の Z Au/Crミラー 軸単振動用梁で Y フレームに固定 されている。Y フレームは,X 軸方 向に伸びた折り返し形状の Y 軸傾 斜用梁で X フレームに固定され, この X フレームは同様に Y 軸方向 Zコイル Y−コイル 電極パッド Y+コイル X+コイル Xフレーム 固定フレーム に伸びた X 軸傾斜用梁で固定フレ ームに支えられている。ミラーおよ び各フレームには,永久磁石の磁場 との相互作用を発生させる 2 層平面 X−コイル シリコン(300μm厚) セラミック台座 Z N S 永久磁石 X コ イ ルが 形 成さ れ てい る。 MEMS ミラーの動作を図 2 に示す。無通電 Yフレーム では図 2(a)のように平坦な状態であ Z軸単振動用梁 X軸傾斜用トーション梁 Y軸傾斜用トーション梁 図1 るが,ミラーを周回する Z コイルに − 47 − Y 素子の構造 渡部 三井 金子 阿部:Z 軸単振動および X,Y 軸傾斜機能を有する光 MEMS ミラーの開発 数十 kHz の通電を行うと Z 軸単振動用梁とミラーからなるレゾネータが共振し,Z 軸方向に単振 動する(図 2(b))。この単振動は,ミラーに SLD 光を照射,反射させることにより干渉計の光変 調を与える機能となる。Y フレーム上には Y+コイルおよび Y-コイルが形成されており,互いに逆 向きに通電すると発生するトルクにより Y フレームが Y 軸方向に傾斜する(図 2(c))。同様に,X フレーム上の X+コイルおよび X-コイルに逆向きに通電すると X フレームが X 軸方向に傾斜する (図 2(d))。この X,Y 2 軸傾斜は,干渉計の光軸調整を目的としており,動的光スキャンも可能 である。 Z X Y N N S S (a)無通電状態 (c)Y コイル通電状態(Y 軸傾斜) Z X Y Y N N S S (b)Z コイル通電状態(Z 軸微小振動) 図2 3 X (d)X コイル通電状態(X 軸傾斜) MEMS ミラーの動作 作製プロセス (a) TMAH( 20 wt.% aq.)をエッチャ Au/Cr ポリイミド 素子の作製プロセスを図 3 に示す。 SiO2 (a) ントとしてウェハ裏面からシリコンの 結晶異方性エッチング(深さ 260 μm) Si を行い,表面に 1 層目の Au/Cr コイル (厚さ 1 μm)を形成する。その上に 2 Au/Crミラー (b) 層目のコイルとの絶縁用に塗布型感 光性ポリイミド膜(東レ PW-1200, 約 4 μm)を形成する。 (b) 2 層目の Al コイル(厚さ 1 μm) フォトレジスト (c) を形成した後,全反射ミラーとなる Au/Cr ミラーをリフトオフ法で形成す る。 (c) 表面側からシリコンを深さ 20 μm (d) プラズマエッチングすることにより, ミラー,梁,フレーム形状を形成する。 セラミック台座 さらに裏面から深さ 20 μm シリコンの プラズマエッチングを行い構造を周囲 から切り離して可動状態とする。 N 永久磁石 S ( d) チップ状に分割したあと,台座と 図3 永久磁石を固定する。 − 48 − 作製プロセス Al 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 作製した素子の写真を図 4 に示す。φ 2 インチの Si ウェハの中に 12 素子をレイアウトして作製 した(図 4(a))。拡大図を図 4(b)に示す。Z コイルに囲まれている中央の 2 × 2 mm2 のミラーが十 字形状の梁で支えられ,平面コイルが形成された Y フレームおよび X フレームに支えられている 様子がわかる。このシリコン層は 10 × 10 mm2 に分割し,セラミック台座(厚さ 2 mm)および 永久磁石(厚さ 2 mm)を固定することにより素子を完成させた。 (a) ウェハ全体図 (b) ミラー部拡大図 図 4 作製結果 4 特性評価 4.1 ミラーの平坦性 作製した素子のミラーの平坦性を 3 次元構造解析顕微鏡(Zygo.co New View 200)を用いて測 定した。その結果,ミラーは X,Y 軸方向に反っており,その曲率半径は X 軸方向で約+0.6 m(下 に凸),Y 軸方向で約-0.7 m(上に凸)であった。これらの凹凸は絶縁膜や金属配線の膜応力によ るものであり,今後この膜応力抑制によるミラーの平坦化が課題である。 4.2 コイルのインピーダンス 作製した素子の各コイルについてインピーダンスの周波数特性(0.01 k ∼ 1 MHz)を測定した。 Z コイルを代表として測定結果を 図 5 に示す。インピーダンスは低周波側では 0.6 k Ω であり, 約 100 kHz までほぼフラットな 特性であった。測定帯域では誘 0 1.1 導性の変化は見られず、100 kHz った。特に Z コイルの振動領域 である数十 kHz 帯は,フラット な領域であるため駆動には影響 がないものと思われる。その他 の X および Y コイルは数百 Hz までの駆動が必要であるが,イ ンピーダンス特性は Z コイルと 1.05 -4 -6 1 -8 -10 0.95 0.9 -14 -16 0.85 -18 0.8 0.01 0.1 ほぼ同様であるため駆動には影 響がないものと思われる。 -12 * DC∼100kHzまでフラットな特性 1 10 周波数 (kHz) 100 -20 1000 図 5 コイルのインピーダンス特性(Z コイル) − 49 − 位相 (deg) ンピーダンスの低下が顕著であ -2 規格化したインピーダンス (a.u.) を越えると容量性が支配するイ 渡部 三井 金子 阿部:Z 軸単振動および X,Y 軸傾斜機能を有する光 MEMS ミラーの開発 X,Y 2 軸方向の傾斜特性 4.3 作製した素子についてミラーの X および Y の2軸方向の静的傾斜特性を測定した。その結果を 図 6 に示す。± 10 mA の駆動電流における光学角は X 軸方向が± 10 °以上,Y 軸方向が± 5 °以上 に傾斜可能であった。クロストークは, X 軸傾斜ではほとんど見られなかったが(< 0.5 %), Y 軸傾斜では約 10 %他軸に影響することがわかった。この原因は,Y 軸駆動の途中配線が各フレー ムを横断しているが,それらに働くローレンツ力がクロストークに起因しているものと考えられる。 次に各方向の動的傾斜特性を測定したところ, X および Y 軸方向傾斜の共振周波数はそれぞれ 40Hz および 100 Hz であり,DC から 20 Hz の帯域において 3 dB 以内の変化で傾斜可能であった。 6 6 機械角:0.53deg./mA (光学角:1.06deg./mA) 4 4 機械角:0.26deg./mA 2 X 0 -10 -8 -6 -4 -2 0 2 4 6 8 10 Y軸へのクロストーク -2 機械傾斜角(deg.) 機械傾斜角(deg.) (光学角:0.52deg./mA) Y 2 Y X 0 -10 -8 -6 -4 -2 0 -2 <0.5% 4 6 8 10 X軸へのクロストーク ∼10% -4 -4 -6 -6 電流(mA) 電流(mA) (a ) X 軸方向傾斜特性 図6 4.4 2 (b ) Y 軸方向傾斜特性 ミラーの静的傾斜特性 Z 軸高周波微小振動 Z 軸方向の高周波振動特性について,共振周波数および振動振幅を測定した。ネットワークアナ ライザ出力の交流電圧振幅および周波数を変化させながら Z コイルに印加して振動させ,その振 動振幅をレーザードップラー振動計(東北大 VBL)を用いて測定した(図7 (a))。特性評価結果 を図7(b)に示す。共振周波数は 30.81 kHz 付近であるが,駆動電圧の増加に伴い高周波側にシフ トするハードスプリング効果が見られた。共振の尖鋭度を示す Q 値は,大気中動作ながら約 1000 と鋭い振動状態で,駆動電圧 6.54 Vpp ,周波数 30.825 kHz における振動振幅は 1.98 μ m pp (± 0.99 μm)であった。これは目的としていた SLD 光の波長の 1/4 程度(200 nm)をクリアし ており,今後干渉計への組み込み評価を検討する予定である。 10 Vs sin(ωt+Δθ) 振幅: 20 log( Vs /Vref )[dB] Vd sinωt 駆動電圧 ・ 6.54Vpp ・ 3.81Vpp ・ 2.30Vpp ・ 1.32Vpp ・ 0.75Vpp レーザードップラー振動計 ネットワークアナライザ 0 光ファイバ 位相: Δθ[deg.] レーザ光 λ=633nm Amplitude (dB) -10 ※Vref:基準電圧 ・ 0.41Vpp -20 -30 -40 -50 30.5 30.6 30.7 30.8 30.9 Frequency (kHz) (a)振動測定系 (b)評価結果 図7 高周波微小振動特性評価 − 50 − 31 31.1 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 5 結 言 電磁力を用いて Z 軸方向に高周波微小振動を与えながら,光軸調整のための X,Y 2 軸傾斜可能 な光 MEMS ミラーの開発を行った。作製した素子の X,Y 2 軸傾斜特性は光学角± 5 °以上,Z 軸 単振動は約 30.81 kHz において振幅約 1 μm であり,光干渉計への組み込み可能な特性であること を確認した。 文 献 1) 丹野直弘 : 光波コヒーレンス断層映像法, 光学, 31(4)(2002)106-108. 2) 春名正光, 近江雅人 : 低コヒーレント光干渉を用いた生体機能検出, 計測と制御, 45(11) (2006)915-921. 3) Toshiaki Mitsui et al. : Proceedings of the 22nd Sensor Symposium, 2005, pp.33-36. 4) 阿部泰, 三井俊明, 渡部善幸 : 熱バイモルフアクチュエータによる非共振駆動 2 軸光スキャ ナの開発, 山形県工業技術センター報告, No.37(2005)59-64. 5) 三井俊明, 阿部泰, 渡部善幸 : 平面コイルによる非共振駆動 2 軸光スキャナの開発, 山形県 工業技術センター報告, No.37(2005)65-68. 6) T.Mitsui et al. : A 2-axis Optical Scanner Driven Nonresonantly by Electromagnetic Force for OCT Imaging, J. Micromech. Microeng. 16( 2006)2482-2487. − 51 − 鋳放し面への溶融アルミニウム合金めっき処理を施した 片状黒鉛鋳鉄の耐酸化性 【平成 17 年度山形県産学官連携共同研究】 松木俊朗 槙寛 菅井和人 Oxidation Resistance of Aluminized Flake Cast Iron on As-cast Surface Toshiro MATSUKI 1 緒 Hiroshi MAKI Kazuto SUGAI 言 近年の環境規制の強化に伴い,山形県内の企業においても規制への対応が求められている。この 中で,焼却炉はダイオキシン対策により燃焼温度が従来より高くなったため,ロストル等の消耗部 材にも耐熱性の良いステンレス鋼が用いられるようになった。しかし,構造が溶接と機械加工によ るためにコスト高となるのに加え,高温環境での熱変形により結果的に短寿命となることがあるな ど,ステンレス鋼の使用は必ずしも最適とはいえず,代替材料が求められている。 そこで,優れた耐熱性を持つことで知られている鉄系材料への溶融アルミニウムめっき処理 1),2) に着目し,この処理を一般鋳鉄の鋳放し面(非加工面)に施すことを最大のポイントとして,研究開 発を行うこととした。 溶融アルミニウムめっき処理は,鉄系母材と表面アルミニウム層の界面に鉄−アルミニウム系の 合金層を形成させるものであり,この合金層の存在により優れた耐熱性(耐酸化性)を持つことが知 られている。従来,この処理は鋼の機械加工面に対して行われることがほとんどであった 3) ~9) が, 鋳鉄鋳放し面へのめっき処理技術が確立されれば,加工工程の省略,形状の自由度増大といった鋳 鉄の特長を活かすことができる。 著者らはこれまで,片状黒鉛鋳鉄についてアルミニウム溶湯への浸漬実験を行い,溶湯成分や浸 漬条件(温度・時間等)を制御することにより,鋳放し面へのめっき処理が可能であることを明らか にしてきた 10),11)。 本研究ではめっき処理材料の耐酸化性評価を目的として大気中での加熱試験を行い,加熱保持に おけるめっき層の変化と表面酸化の度合いについて検討した。 2 実験方法 2.1 鋳鉄鋳放し面への溶融アルミニウムめっき処理 鋳鉄材料として,高周波大気誘導溶解炉(10 kHz,30 kW)により溶製した FC200 相当のねずみ 鋳鉄を用いた。はじめに 35 mm × 250 mm × 5 mm の板を作製し,これらを幅 10 mm に切断後, サンドブラスト処理により表面の錆を除去して供試体とした。 アルミニウム材料は,工業用純アルミニウム(99.9 mass%Al,以下 mass は省略),アルミニウ ム−マグネシウム合金(Al-5 %Mg,AC7A)を用いた。 これらのアルミニウム材料を電気炉で溶解し,脱ガス処理を行った後,ステンレス鋼製ワイヤで 吊した鋳鉄材料を溶湯中に浸漬した。溶湯温度は 1073 K,浸漬時間は 6.0 × 102 s とした。 めっき処理試験片断面の電子顕微鏡(SEM)写真を図 1 に示す。図より,鋳鉄母材と表面のアル ミニウム層との界面に厚さ 70 μm ∼ 100 μm 程度の合金層が形成されていることがわかった。 2.2 溶融アルミニウムめっき処理試験片の加熱試験 溶融アルミニウムめっき処理を施した試験片および非めっき試験片(鋳鉄生材)について大気中での 加熱試験を行い,めっき処理の効果を調査した。 − 52 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) (a) 純 Al めっき 図1 (b) Al-Mg 合金(AC7A)めっき めっき処理試験片の断面写真(SEM-組成像) 浸漬温度 1073K,浸漬時間 6.0 × 102 s 試験にはマッフル炉を用い,保持温度を 873 K ∼ 1273 K,保持時間を 3.6 × 103 s ∼ 8.6 × 104 s の間で変化させた。また,最大 10 回までの繰り返し試験を行った。 加熱処理後の試験片についてめっき層の状況を確認するため,断面を切り出し,樹脂包埋・研磨・ 琢磨の後,電子顕微鏡(組成像)による断面観察を行った。また,エネルギー分散型エックス線分析装 置(EDS)により,合金層近傍の元素分析を行った。 酸化の度合いは「酸化増量」により評価した。酸化増量は,加熱試験前後での質量変化を表面積(加 熱試験前の試験片寸法から算出)で除した値である。 3 実験結果および考察 3.1 加熱時間によるめっき層の変化 加熱時間によるめっき層の変化を調べるため, 1073 K で 3.6 × 103 s ∼ 8.6 × 104 s の加熱保持を 行った。 加熱試験片の外観を観察した結果,非めっき処 理材は全面が黒色となり,表面が酸化したことが わかった。めっき処理試験片の表面は光沢が無く なり,純 Al めっき試験片では灰色に,AC7A めっ き試験片では白色となった。また,AC7A めっき 試験片では,表面に粒状の残留物が存在した。 (a) 純 Al めっき 図 2 に,1073 K で 3.6 × 103 s 保持しためっき 処理試験片の断面写真を示す。図より,加熱保持 により合金層の厚さが増し,対照的に表面アルミ ニウム層が減少することがわかった。過去の研究 9) において,めっき処理材料の加熱保持により鉄− アルミニウム界面で拡散反応が生じることが報告 されているが,本研究でも同様の現象により合金 層が成長したと考えられる。 図 2(b)において見られる付着物は,AC7A めっ き試験片の表面に残留していた粒状物質である。 EDS 分析により,この部分に Mg が偏析してい ることがわかった。 − 53 − (b) Al-Mg 合金(AC7A)めっき 図 2 加熱試験片の断面写真 SEM-組成像 保持温度 1073 K,保持時間 3.6 × 103 s 松木 槙 菅井:鋳放し面への溶融アルミニウム合金めっき処理を施した片状黒鉛鋳鉄の耐酸化性 図 3 に,加熱保持時間に対する酸化増量の推移を示す。めっき処理試験片の酸化増量は,非めっき 処理試験片と比較して大幅に小さくなった。このことから,溶融アルミニウムめっき処理により鋳鉄 へ耐酸化性を付与できることがわかった。また,めっき材料として AC7A を用いた場合は,純 Al を用いた場合より短時間で酸化増量が大きく 104 ため表面が酸化しやすかったことが原因と考え られる。一方,8.6 × 104 s 経過すると両者の酸 化増量はほぼ同等となったことから,ある程度 酸化が進行すると表面層が安定すると考えられ る。 3.2 長時間の加熱保持によるめっき層の状況 長時間の加熱保持におけるめっき層の状況を Weight Increase, mg/dm2 なった。これは,AC7A に Mg が含有している 調べるため,873 K ∼ 1173 K での 8.6 × 104 s No Aluminize Treatment Aluminized in Pure Al Ba Aluminized in AC7A Bath 103 2 10 101 保持を 3 回繰り返した。 4 10 Holding Time, s 図 4 に,873 K および 1073 K で加熱保持し ためっき処理試験片の断面写真を示す。1073 K 5 10 図 3 加熱時間に対する酸化増量の推移 保持温度 1073 K で加熱した場合は合金層の厚さが増し,表面 層の大部分を占めた。一方,873 K で加熱した 場合は合金層の厚さはほとんど変化せず,ア ルミニウム層と合金層の間で剥離が見られた。 図 5 に,各温度での酸化増量の推移を示す。 図より,973 K 以上で加熱保持を行った場合に は,めっき処理試験片の酸化増量が非めっき処 理試験片より小さくなり,めっき処理の効果が 確かめられた。また,使用したアルミニウム材 料の違いによる酸化増量の差は小さいこともわ かった。一方,873 K で加熱保持しためっき処 理試験片の酸化増量は,973 K 以上で保持した 場合よりも大きくなり,めっき処理の有無によ Weight Increase, mg/dm2 る差も小さくなることがわかった。 図 4 長時間加熱後の断面写真 保持時間 8.6 × 104 s × 3 回繰り返し 104 3 10 No Aluminize Treatment Aluminized in Pure Al Ba Aluminized in AC7A Bath 102 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 Number of TimesNumber of TimesNumber of TimesNumber of Times (a) 873 K 図5 (b) 973 K 加熱保持温度ごとの酸化増量の推移 (c) 1073 K (d) 1173K 保持時間 8.6 × 104 s × 3 回繰り返し − 54 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 以上の結果より,めっき処理試験片は 973 K ∼ 1173 K で長時間の加熱保持を行った場合にも, 耐酸化性を有することがわかった。 一方,873 K で保持した場合にはめっき層において剥離が生じ,酸化増量も大きくなったことか ら,耐酸化性が低下したことがわかった。この剥離現象は 773 K ∼ 923 K の範囲で長時間加熱し たときに発生しやすいことが知られており 12),原因としてアルミニウム層と合金層の熱膨張率の差 のほか,拡散の際に界面に生じる空格子点(Vacancy)の存在によるめっきの密着性低下が考えられ ている。また,この温度域での使用における剥離を防ぐ方法として,事前に 1073 K 以上での加熱 処理を行い,十分に合金層を成長させてから当該温度で使用することが有効とされているため, 今後めっき処理材料の加熱拡散処理の温度や時間,雰囲気等についての詳細な検討を行う予定で ある。 3.3 高温・繰り返し加熱によるめっき層への影響 高温域(1273 K)での加熱保持,および繰り返 し加熱によるめっき層への影響を調べるため, 1073 K および 1273 K での 2.2 × 104 s 保持を 10 回繰り返した。 図 6 に加熱試験後の断面写真を示す。いずれ の条件でも合金層は残留していたが,1273 K で 加熱保持した場合には合金層に部分的な亀裂が 生じ,それを起点として鋳鉄が浸食(酸化)され ている箇所が見られた。これは,試験において 膨張・収縮が繰り返されたことや,鋳鉄に含ま れる黒鉛あるいは空隙がきっかけとなり,試料 表面と鋳鉄母材との間に開気孔が生じて,鋳鉄 に酸素が供給されたことが原因と考えられる。 図 7 に各温度での酸化増量の推移を示す。図 より,1273 K で繰り返し加熱をした場合におい 図 6 繰り返し加熱後の断面写真 SEM-組成像 保持時間 2.2 × 104 s × 10 回繰り返し ても,めっき処理試験片の酸化増量は非めっき かし,試験回数を重ねるにつれ酸化増量の増加 率が大きくなる傾向も見られた。これは,図 6 で示した合金層の割れによる鋳鉄母材の酸化が 影響しているものと考えられる。 以上の結果より,本研究で作製しためっき処 理試験片は,1273 K 程度での使用において耐酸 化性が十分ではないことがわかった。本研究で は,焼却炉のロストルを応用例のひとつとして Weight Increase, mg/dm2 処理試験片より小さくなることがわかった。し 視野に入れているが,ロストルを設置する炉床 部は燃焼時に 1273 K 程度となることもあるた め,実用化にあたっては耐酸化性の改良が必要 と考えられる。今後は,鋳鉄母材としてより耐 酸化性の良い球状黒鉛鋳鉄の利用を検討すると ともに,鋳鉄の低合金化や加熱拡散処理による 合金層の安定化を試み,広い温度域で利用でき る材料の開発を目指す予定である。 − 55 − 104 103 2 10 0 No Aluminize Treatment Aluminized in Pure Al Ba Aluminized in AC7A Bath 2 4 6 8 10 0 2 4 6 8 10 Number of Times Number of Times (a) 1073 K (b)1273 K 図 7 加熱保持温度ごとの酸化増量の推移 4 保持時間 2.2 × 10 s × 10 回繰り返し 松木 4 結 槙 菅井:鋳放し面への溶融アルミニウム合金めっき処理を施した片状黒鉛鋳鉄の耐酸化性 言 片状黒鉛鋳鉄鋳放し面への溶融アルミニウムめっき処理を施した材料について,大気中での加熱 試験を行い,耐酸化性を評価した。結果は以下の通りである。 1) めっき処理材料を加熱したところ合金層が成長し,めっき層のほぼ全面を占めた。 2) 溶融アルミニウムめっき処理材料は,非めっき処理材料と比較して加熱保持における酸化増量 が小さく,めっき処理の効果があることがわかった。また,使用したアルミニウム材料(純 Al, AC7A)による酸化増量が差は小さいこともわかった。 3) 873 K での加熱試験の結果,表面アルミニウム層と合金層との間に剥離が生じた。このことか ら,使用前に 1073 K 程度での加熱拡散処理が必要であることがわかった。 4) 1273 K での加熱試験の結果,合金層に亀裂が生じ,鋳鉄母材の酸化が見られた。 文 献 1) (社)金属表面技術協会:金属表面技術便覧(改訂新版), 日刊工業新聞社, 1976, 488. 2) JIS H 8642:溶融アルミニウムめっき(1995). 3) 森永卓一, 加藤良雄:日本金属学会誌, 19(1955)578. 4) 幸田成康, 諸住正太郎, 金井章:日本金属学会誌, 26(1962)764. 5) V. N. Yeremenko, Y. V. Natanzon, V. I. Dybkov: J. Mater. Sci., 16( 1981)1748. 6) G. Eggeler, W. Auer, H. Kaesche: Z. Metallkde., 77( 1986)239. 7) L. Yajiang, Z. Yonglan, L. Yuxian: J. Mater. Sci., 30( 1995)2635. 8) K. Bouche, F. Barbier, A. Coulet: Mater. Sci. Eng., A249( 1998)167. 9) S. Kobayashi, T. Yakou: Mater. Sci. Eng., A338( 2002)44. 10) 松木俊朗, 菅井和人, 槙寛, 堀江皓:鋳造工学, 78(2006)158 11) 松木俊朗, 菅井和人:山形県工業技術センター報告, NO.37(2005)89. 12) (社)日本防錆技術協会編:防錆技術学校めっき科教科書. − 56 − 無電解ニッケルめっき皮膜を利用した鋳鉄と超硬合金の接合 【平成 17 年度山形県産学官連携共同研究】 藤野知樹 小林誠也 山田享 Bonding of Cast Iron and Cemented Carbide Using Electroless Plating Ni- P Alloy Film as Filler Metal Tomoki FUJINO 1 緒 Seiya KOBAYASHI Toru YAMADA 言 異種材料の複合化に関する研究は近年益々盛んに行われており,延性,靭性に優れ複雑形状部品 の製造が容易である鋳鉄と,耐熱性,耐食性,耐摩耗性に優れている超硬合金の複合化に関する報 告も幾つか見られる 1)~4)。これらの研究では,鋳ぐるみによる複合化の検討を行っているが,まだ 技術的課題も残されている。 我々は,表面処理として広く用いられている無電解 Ni-P 系合金めっき皮膜をろう材として鋳鉄 と異種材料の接合を行い 5),めっき皮膜中のりん含有量(皮膜組成),加熱温度及び加熱時間が接合 強度に影響することを明らかにした。本研究では,鋳鉄と超硬合金の複合化技術の確立をめざし, これらの組合せにおいてもこの接合技術が適用可能であること確認するとともに,皮膜組成や加熱 条件が接合状態に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。 2 実験方法 2.1 試験片 接合用の試験片には,□ 6 mm × 30 mm の角 棒状の Ni-Mn 系マルテンサイト球状黒鉛鋳鉄 6) 及 びタング ステンカ ーバイト −コバル ト( WCCo)系の超硬合金を用いた。 表 1 に超硬合金の物 表 1 超硬合金の物性及び化学成分 硬さ 抗折力 (HRA) (GPa) 90.8 3.0 比重 14.8 化学成分(mass %) WC Co その他 Bal. 7.0 − 性値等を示す。試験片は,接合面を平面研削盤で 研磨した後めっきして用いた。ただし予備試験で は,□ 6 mm × 5 mm に切断した試験片を研磨 せずに用いた。 2.2 めっき皮膜条件 皮膜組成は 3, 6, 11 及び 13 mass%P(以下 mass は省略)の 4 水準とした。ここで, 3 及び 6 %P は亜共晶,11 %P は共晶,13 %P は過共晶 の組成である。皮膜中のりん含有量は,試験片と 一緒にめっき処理を施した鋼材上の皮膜を酸で溶 解し,溶解液中の Ni と P を定量することによっ て確認した。めっき膜厚は 20 μm を目標値とし, 蛍光 X 線膜厚計で確認した。 2.3 加熱方法及び加熱条件 図 1 に,実験で用いた加熱炉の模式図を示す。 ヒーターには管状のシリコニット(炭化けい素)発 熱体を用い,外側にグラスウールを挟んだ二重の − 57 − 図1 加熱炉の模式図 藤野 小林 山田:無電解ニッケルめっき皮膜を利用した鋳鉄と超硬合金の接合 アルミナ管,内側にもアルミナ管を設置した。接合試験片は,接合部がずれないよう四方にアルミ ナ製絶縁管を介し,アルミナ管内に設置した。加熱温度は,鋳鉄試験片の接合部側面に溶接した熱 電対を指示調節計に接続することによって確認及び制御した。予備試験では,設定温度を 1173 ∼ 1373 K の範囲で 50 K ずつ 5 段階に変化させ,設定温度より 2 K 低い温度に達してからの保持時 間を 600 s とした。1323 K 以上では短時間(150 s)の保持時間も設定した。これらの条件の接合部 断面を観察して接合状態を確認し,曲げ試験を実施する条件を決定した。本実験で使用した加熱炉 は,いずれの条件の場合にも,加熱開始から約 600 s で設定温度に達した。 2.4 接合状態の評価 接合強度は,接合試験片を液体窒素で冷却した後室温に戻し,4 点曲げ試験によって破断強度を 測定し,最大曲げ応力を求めて比較した。また,接合部断面及び曲げ試験後の破断部断面を EPMA 及び金属顕微鏡で観察し,接合条件と接合状態及び接合強度の関係を検討した。予備試験では,剥 離の有無により接合状態を評価した。 3 実験結果 3.1 予備試験結果 表 2 に予備試験の結果を示す。加熱温度 1323 K 以上では,保持時間 150 s 以上で,すべて接合 することが分かる。そこで,加熱温度が低く保持時間が短い条件として 1323 K-150 s(条件Ⅰ), 加熱温度が高く保持時間が長い条件として 1373 K-600 s(条件Ⅱ)をそれぞれ選択し,接合強度を 比較した。 3.2 表2 接合強度試験 図 2 に,各皮膜組成における,加熱条件と 接合条件と接合状態 加熱条件 りん含有量(mass%) 最大曲げ応力の関係を示す。3 %P の場合以外 温度(K) 時間(s) 3 6 11 13 条件Ⅰに比べ,条件Ⅱで大きな接合強度が得 1173 600 × × × × られ, 11 %P で最大となった。しかしこれま 1223 600 × × × × での実験では, 11 %P の場合,加熱時間が長 1273 600 △ ○ ○ × くなると接合強度が低下するとの結果 5)が得ら 1323 150 △ ○ ○ ○ 600 △ ○ ○ ○ 150 △ ○ ○ ○ 600 △ ○ ○ ○ れている。本実験結果は,接合材料の組合せ 1373 により最適な加熱条件が異なることを示して いると考えられる。 3.3 ○:接合 △:接合しているが簡単に剥離 ×:接合せず ※各条件とも2組の試験片を作製 接合部断面及び破断部断面の観察 図 3 に,条件Ⅰにおける 6 %P の接合部断面 の反射電子像(BEI)及び特性 X 線像を示す。 BEI より,接合部は接合層と拡散層の 2 層に 400 条件Ⅰ(1323K-150s) 分かれていることが分かる。( a)に接合層(約 分である Fe,超硬合金の主成分である Co が 存在し,超硬合金側への拡散層(約 100 μm)に は,Ni,P 及び Fe が存在していることが確認 ,MPa めっき成分である Ni,P に加え,鋳鉄の主成 条件Ⅱ(1373K-600s) 最大曲げ応力 50 μm)として示す領域には,特性 X 線像から 300 200 100 できる。さらに,超硬合金の W は,接合層及 び鋳鉄へ拡散していないことが分かる。図 4 0 に,同じ条件Ⅰにおける 13 %P の接合部断面 3 の BEI 及び特性 X 線像を示す。BEI から観察 される接合層は約 50 μm で,構成成分も Ni, 図2 − 58 − 6 11 皮膜組成,mass%P 13 接合条件の違いによる接合強度の変化 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) (a) BEI (b) Ni-Ka (c) P-Kα (d) Fe-Kα (e) Co-Kα (f ) W-Mα 図 3 接合部断面の EPMA による観察(1) (皮膜組成:6 mass%P,加熱温度:1323 K,保持時間:150 s) (a) BEI (低倍率) (d) P-Kα (b) BEI (高倍率) (e) Fe-Kα (c) Ni-Kα (f ) Co-Kα 図 4 接合部断面の EPMA による観察(2) (皮膜組成:13 mass%P,加熱温度:1323 K,保持時間:150 s) P,Fe 及び Co であり 6 %P の場合と同じである。これに対し,超硬合金への拡散層は約 200 μm に拡大している。 図 5 に,各皮膜組成での代表的な接合部断面の BEI を示す。超硬合金への拡散層は,(a),(b), (c)の順に約 400, 200 及び 100 μm と狭くなっている。(d)では,局部的な拡散領域のみが確認で − 59 − 藤野 小林 山田:無電解ニッケルめっき皮膜を利用した鋳鉄と超硬合金の接合 鋳 鉄 超硬合金 〔拡散層〕 〔拡散層〕 超硬合金 100μm 100μm (a) 11 mass%P,条件Ⅱ (b) 13 mass%P,条件Ⅰ 鋳 鉄 超硬合金 〔拡散部〕 〔拡散層〕 超硬合金 100μm 100μm (c) 6 mass%P,条件Ⅰ (d) 3 mass%P,条件Ⅱ 図 5 拡散層形成に及ぼす皮膜組成と加熱条件の影響 (条件Ⅰ:加熱温度 1323 K,保持時間 150 s 条件Ⅱ:加熱温度 1373 K,保持時間 600 s) きる。Ni-P の平衡状態図では,各皮膜組成における液相温度はそれぞれ,1143,1213,1423 及び 1583 K である。本実験の加熱温度では,11 及び 13 %P では皮膜が完全に溶融しているため,6, 3 %P よりも拡散が進行したと考えられる。6 %P では固相は残っているもののほとんどが液相で あるのに対し,3 %P では半分以上が固相であるため,液相温度に達しない 6 %P でも,3 %P に比 べて拡散層が形成されやすかったと考えられる。(a),(b),(c),(d)各条件での最大曲げ応力は 353, 98,88 及び 3 MPa であり,拡散層深さが接合強度に大きな影響を与えていること分かる。 図 6 に,各皮膜組成の代表的な破断部断面を示す。(a)は最大曲げ応力が 353 MPa で,全体で最 も大きい数値が得られた試験片であり,(b)は次に大きい試験片(187 MPa)である。これらの試験 片では超硬合金の母材側の広い範囲で破断していることが確認できる。鋳鉄と超硬合金の間には明 確なめっき層は残っておらず,均一に形成された拡散層が接合界面になっていることから,拡散 が十分に進んだ状態であると考えられる。それに対し,( c )及び( d )の最大曲げ応力は 151 及び 88 MPa であり,一部破断した超硬合金が見られるがまだ拡散していないめっき層が鋳鉄と超硬合 金の間に残っている。(e)は 3 MPa と最大曲げ応力が最も小さい試験片であり,めっき同士が十分 に接合せずにその接合面で破断したと思われる。 以上のことから,めっき成分が十分に拡散し鋳鉄と超硬合金が接する状態まで加熱することが, 超硬合金側で母材破断する条件であると考えられる。しかし,超硬合金に形成された拡散層は Co と Ni,P 及び Fe の化合物となっているため強度が低下し,接合前の超硬合金の抗折力には及ばな かったと思われる。 − 60 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 超 硬合金 超硬合金 拡散層 拡散層 鋳 鉄 鋳 鉄 50μm 50μm (a) 11 mass%P,条件Ⅱ 超硬合金 めっき層 (b) 6 mass%P,条件Ⅱ 超硬合金 めっき層 めっき層 鋳 鉄 鋳 鉄 鋳 鉄 50μm 50μm (c) 13 mass%P,条件Ⅱ (d) 6 mass%P,条件Ⅰ 50μm (e) 3 mass%P,条件Ⅱ 図 6 破断部断面の組織写真 (エッチング液:5 %ナイタール) 4 結 言 1)無電解ニッケルめっき皮膜をろう材として,鋳鉄と超硬合金を接合することができた。 2)20 μm のめっき膜厚の場合,1323 K 以上の加熱温度で 150 s 以上保持加熱すれば,皮膜組成に 関係なく接合できた。 3)11 %P の皮膜組成で,加熱温度 1373 K,保持時間 600 s の条件で最も接合強度が大きかった。 4)接合される材料によって最適な加熱条件が違うことが明らかとなった。 5)接合強度には,超硬合金への拡散層深さが大きな影響を与えていることが分かった。 6)めっき皮膜がなくなるまで十分に拡散する条件で接合すれば大きな接合強度が得られ,超硬合 金側で破断することが分かった。 文 献 1)堀川紀孝, 伊藤高志, 王立松, 野口徹, 鴨田秀一 : 鋳造工学, 73(2001)668. 2)麻生節夫, 後藤正治, 池浩之, 勝負澤善行, 小西信夫 : 鋳造工学会全国大会概要集, No.148 (2005)53. 3)池浩之, 佐藤唯史, 勝負澤善行, 麻生節夫, 後藤正治 : 鋳造工学会全国大会概要集, No.148 (2005)54. 4)小堀裕太, 麻生節夫, 後藤正治, 池浩之, 勝負澤善行, 小西信夫 : 鋳造工学会全国大会概要集, No.148( 2005)55. 5)藤野知樹, 山田享 : 鋳造工学, 78(2006)164. 6)石井和夫, 渋谷宇一郎, 渡辺利隆, 晴山巧, 山田享 : 鋳造工学, 77(2005)769. − 61 − 金型用次世代鋳造材料の開発と応用 【平成 16・17 年度 地域新生コンソーシアム研究開発事業(中小企業枠)】 山田享 佐藤昇 中野哲 渡辺利隆 星時夫** 晴山巧 石井和夫 * 内藤一美** * 鈴木剛 藤野知樹 渋谷宇一郎 悪原正敏 滝口正康*** * 麻生節夫**** 矢作徹 * 松木和久 山口友広 * 久松徳郎***** 高橋裕和 渡辺隆介* 堀江 皓****** Development and Application of New Casting Materials for Injection Molds Toru YAMADA Noboru SATO Tomoki FUJINO Satoshi NAKANO Toru YAHAGI Toshitaka WATANABE * Kazuhisa MATSUKI Kazuo ISHII * Setsuo ASO**** 1 緒 Takeshi SUZUKI Hirokazu TAKAHASHI Uichiro SHIBUYA Tomohiro YAMAGUCHI* Tokio HOSHI** Takumi HAREYAMA * Masatoshi AKUHARA* Ryusuke WATANABE* Kazumi NAITO** Masayasu TAKIGUCHI* ** Tokuro HISAMATSU***** Hiroshi HORIE****** 言 プラスチック成形用金型材料としては,プリハードン鋼と呼ばれる特殊鋼が広く用いられている。 しかし,金型材料としてプリハードン鋼を用いる場合には,①材料費が高い,②機械加工の工数が 多い,③冷却水路が直線的であるため希望通りの金型温度調節(以下,温調)ができない,などの問 題を抱えている。中でも,金型温調の問題を解決することができれば,生産性向上(ハイサイクル 化)と品質の安定化(不良率低減)を同時に達成することができるため,数多くの試み 1)~19)がなされて いる。 そのため,鋳造材料や焼結材料を用いて,素材段階で冷却水孔を配置する研究や試作 1)~16)が行わ れているが,いずれの材料を用いても,金型材料として必要な機械的・物理的・化学的特性を具備 できないため,量産金型としては用いられていないのが現状である。また,焼結材料を用いる場合 には,材料費が高いことに加え,小型の金型にしか適用できないという問題も生じている。 換言すれば,プリハードン鋼と同等の特性を有する鋳造材料を開発することができれば,上記の すべての問題を同時に解決できると言うことができる。 そこで,まず筆者らの開発材料(シーズ)である「焼入れ処理が不要なマルテンサイト球状黒鉛鋳 鉄」 20)を改良し,新たな金型材料の開発を目指した。さらに,温調用配管を鋳ぐるむことによって, 自由な温調を実現できる金型への応用に取り組んだ。 なお,本事業は,地域新生コンソーシアム研究開発事業(平成 16・17 年度経済産業省委託事業) で実施したものである。 2 研究体制と研究テーマ 本事業を推進するに当たっては,材料供給側(鋳造)の産学官研究グループと材料利用側(金型・ 成形)の産学官研究グループとが一体となった研究コンソーシアムを形成した。山形県工業技術セ ンターが両グループに参画し,グループ間の連携を深めることにより,研究開発の効率的な推進を 図った。 本事業で実施した研究テーマは,次の 4 テーマで,それらの下に合わせて 23 のサブテーマを設 定し,参加機関が分担・協力して研究開発に当たった。 *(有)渡辺鋳造所 **(株)コアタック ***(株)山形チノー ****秋田大学工学資源学部 *****山形大学大学院 VBL(現.山形県工業技術センター) ******岩手大学工学部 − 62 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) ①材料開発と熱処理技術(山形県工業技術センター,秋田大学,渡辺鋳造所,岩手大学) ②温調配管鋳ぐるみ技術(渡辺鋳造所) ③金型設計・加工技術(山形チノー,コアタック,山形県工業技術センター,山形大学) ④品質管理・保証のための検査技術(渡辺鋳造所,山形県工業技術センター) 3 研究開発結果 3.1 開発材料の特性 開発材料の最大の特長は,焼入れ処理をすることなく,サブゼロ処理のみでマルテンサイト組織 が得られることである。 本事業で開発した 2 種類の材料のサブゼロ処理温度とロックウェル硬さ(HRC)との関係を 図 1 に示す。また,198 K におけるサブゼロ処理後のミクロ組織を図 2 に示す。 サブゼロ処理温度が低くなるにつれてわずかに硬さは上昇するが,193 K 以下での変化は小さい。 また,鋳放し状態での硬さとサブゼロ処理後の硬さとの間に大きな違いが見られない。すなわち, 部分がマルテンサイトであり,193 K における サブゼロ処理でマルテンサイト変態がほぼ完了 すると考えられる。 プラスチック成形用金型として使用する場合 には,用途に応じて予め硬さを調整する必要が ある。そこで,サブゼロ処理材( 60 ∼ 62HRC) をプリハードン材にするための熱処理条件を検 討し,35 ∼ 50HRC に調整できることを明らか ロックウェル硬さ(HRC) 開発材料は,鋳放し状態ですでに基地組織の大 にした。プリハードン材として最も需要のある 64 62 60 開発材料A 58 56 73 40HRC に調整したときのミクロ組織を図 3 に 示す。焼戻しマルテンサイト組織になっている ものと考えられる。 図2 × 100 サブゼロ処理(193 K)材のミクロ組織 開発材料B 123 173 223 サブゼロ処理温度,K 鋳放し 図 1 開発材料のサブゼロ処理温度とロック ウェル硬さの関係 × 100 図 3 プリハードン材(40HRC)のミクロ組織 開発材料 A と 3 種類の市販プリハードン鋼(市販材料 A ∼ C)の機械的・熱的性質を表 1 に示す。 市販材料のデータはカタログから引用したものであり,いずれの材料も 40HRC の硬さに調整した ものである。開発材料の強度,線膨張係数及び熱伝導率については,市販材料のそれらとほぼ同等 の特性を得ることができた。一方,伸びと衝撃値は市販材の 1/2 ∼ 1/3 にとどまっている。今後, 延性や靱性を向上させるための研究を行う予定である。 − 63 − 山田 佐藤 中野 晴山 鈴木 藤野 矢作 松木 高橋 渡辺 石井 渋谷 悪原 山口 渡辺 星 内藤 滝口 麻生 久松 堀江:金型用次世代鋳造材料の開発と応用 表1 開発材料と市販材料の機械的・熱的性質 機械的性質 熱的性質 引張強さ 伸び 曲げ強さ 衝撃値 線膨張係数 熱伝導率 MPa % MPa J/cm 2 10-6 /K W/m ・K (at 473K) (at 293K) 開発材料A 1250 5 2210 12 11.8 21.5 市販材料A 1225 15 2190 20 11.4 28.6 市販材料B 1250 − 2520 25 12.5 38.9 市販材料C 1420 12 2320 − 11.0 16.0 金型材料としては耐摩耗性も重要な特性で 0.16 ある。そこで,スガ式摩耗試験により開発材 料 A と市販材料 A ∼ C との耐摩耗性を比較 した。その結果を 図 4 に示す。試験条件にか 同等であることがわかる。 機械加工性(切削,穴開け,研削,放電加工, 磨き加工)についても市販材料と比較・検討を 行った。40HRC に調整した試験片を用いて, 0.12 質量減少量,g かわらず,開発材料の耐摩耗性は市販材料と 0.08 開発材料A 市販材料A 0.04 市販材料B 市販材料C 同一の条件で加工試験をし,工具の摩耗状態, 加工面の粗さ,寸法精度のいずれにおいても, 0 開発材料と市販材料との間に大きな違いは見 0 られなかった。一例として,鏡面加工を施し た試験片表面のノマルスキー像及び表面粗さ 5 図4 測定結果をそれぞれ,図 5 及び表 2 に示す。 開発材料 A 10 15 荷重,N スガ式摩耗試験結果 市販材料 A 図 5 鏡面加工面のノマルスキー像 表2 鏡面加工試料の表面粗さ (単位:μm) 開発材料 A 市販材料 A 市販材料 B 市販材料 C 最大高さ,PV 0.393 0.369 0.398 1.495 算術平均高さ,Ra 0.005 0.004 0.003 0.008 − 64 − 20 25 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 3.2 温調配管の鋳ぐるみ 自由な温調を実現するためには,冷却管を予め鋳ぐるむ必要 がある。そこで,さまざまな材料の管を用いて鋳ぐるみ実験を 行った。 まず,曲げ加工性及び冷却水に対する耐食性を考慮して,銅 管(融点 1356 K)及びステンレス鋼管(融点 1693 K)を選定した。 管内に大量の空気を流して冷却したものの,注湯温度(約 1800 K) に対して融点が著しく低いために,管が溶融してしまった。 次に,チタン管(融点 1943 K)を用いたが,融点は高いもの の,溶湯に対してきわめて活性であったため,銅管やステンレ ス鋼管と同様に管が溶融してしまった。溶湯から Fe が瞬時に 拡散し,Fe-Ti の共晶点(1358 K)まで融点が下降したためと考 えられる。 そこで,注湯温度と融点が近い低炭素鋼管を配管材料として 選定し,鋳ぐるみ実験を行った。その結果,図6 に示すように,U 図6 低炭素鋼管鋳ぐるみ部の 断面 字形に曲げた管の鋳ぐるみに成功した。 3.3 鋳ぐるみ温調配管の効果 温調管を三次元的に配置することが金型温調制御に有効であることを実証するため,箱形成形品 をターゲットとして三次元配管を適用し,試験用金型の設計を行った。 図 7 に,CAE・ CAD を用いて,金型コア部に温調管を配置したモデルを示す。これに従って実 際に製作した試作金型を図 8 に示す。 図 7 CAD を利用して作製した配管図 図 8 試作した金型 試作金型で試験成形を行ったところ,無温調では,表面温度が安定するまでに 35 ショットを要 したのに対して,鋳ぐるみ温調回路を作動させると 5 ショットで平衡に達し,鋳ぐるみ温調が高 い温調能力を有することを確認することができた。また,成形品の変形量を測定したところ,従来 温調品に比べて,鋳ぐるみ温調品では変形量が 1/2 以下に小さくなっていることがわかった。こ れらのことから,当初金型温度を高く設定して樹脂の流動性と転写性を確保し,その後金型温度を 下げて冷却時間を短縮するとともに成形品の変形量を抑制することができる可能性を見出した。 3.4 補修溶接 金型として使用するためには,補修溶接が可能であることも必要である。そこで,溶接棒を自作 し,TIG 溶接によるビード・オン・プレート試験を実施した。溶接部のマクロ組織を図 9 に示す。 その結果,溶接金属及び熱影響部ともにマルテンサイト組織を呈し,かつ十分な硬さを保持して いることがわかった。図 10 に,熱影響部のミクロ組織を示す。 − 65 − 山田 佐藤 中野 晴山 鈴木 藤野 矢作 松木 高橋 渡辺 石井 渋谷 悪原 山口 渡辺 星 内藤 滝口 麻生 久松 堀江:金型用次世代鋳造材料の開発と応用 図 10 熱影響部のミクロ組織 × 200 図 9 溶接部のマクロ組織 3.5 簡易硬さ計による実体硬さの推定 金型材料の硬さは,ロックウェル硬さ C スケール(HRC)で表記するのが一般的である。しかし, 硬さ試験機の大きさの問題から,金型材料実体で HRC を測定することは事実上不可能である。そ こで,簡易硬さ計(エコーチップ硬さ計)で測定し,HRC に換算した値と HRC 実測値とを比較し た。その結果を図 11 に示す。 両者の間には高い相関関係があり,次式を用いて実体硬さを推定できることがわかった。 y=1.1659+0.7422x R=0.99019 ここで,y:HRC 実測値,x:エコーチップによる HRC 3.6 迅速分析の検量線 新規な材料であるため,蛍光 X 線分析(XRF)や発光分光分析(発光分析)用の標準試料は市販さ れていない。そこで,これら迅速分析装置用の標準試料を溶製し, ICP 発光分光分析(ICP-OES) により値付けを行うとともに,迅速分析用の検量線を作成した。 ICP-OES では,分析精度向上の ための前処理技術に検討を加え,高精度分析技術を確立した。また,XRF 及び発光分析では,適 切な補正を施すことにより,精度の高い検量線を作成することができた。一例として,発光分析に おける炭素(C)の検量線を図 12 に示す。 70 12 65 10 発光強度比 60 55 50 6 y=1.1051+10.238x R=0.99519 2 40 図11 8 4 45 35 35 波長:193.0 nm 40 45 50 55 60 65 70 エコーチップによる硬さ,HRC HRC 実測値と簡易硬さ計による換算値 との関係 − 66 − 0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 C% 図 12 発光分析における C の検量線 1.0 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 4 結 言 プリハードン鋼に代わる新規の鋳造材料を開発し,鋳ぐるみ配管による自由な温調機能を有する 金型への応用を試みた。 その結果は次のとおりである。 1) 焼入れ処理を施すことなく,サブゼロ処理のみでマルテンサイト組織になる新たな鋳造材料を 開発することができた。 2) 開発材料の硬さを 35 ∼ 50HRC に調質するための熱処理条件を確立した。 3) 開発材料の強度特性,熱的性質,耐摩耗性及び機械加工性は,プリハードン鋼のそれらに匹敵 する。 4) 開発材料の延性や靱性は,プリハードン鋼に比べて 1/2 ∼ 1/3 であり,今後改良する必要があ る。 5) 鋳ぐるみ配管を有する金型を使用することにより,成形時間の短縮及び成形品の変形量低減を もたらす可能性があることを見出した。 6) 今後量産する上で必要になる周辺技術(補修溶接,迅速分析,実体検査など)を確立することが できた。 文 献 1) 宇部興産株式会社:公開特許公報平 6-71408(1994). 2) 宇部興産株式会社:公開特許公報平 6-320252(1994). 3) 宇部興産株式会社:公開特許公報平 6-335763(1994). 4) 宇部興産株式会社:公開特許公報平 7-236963(1995). 5) 宇部興産株式会社:公開特許公報平 7-238304(1995). 6) 宇部興産株式会社:公開特許公報平 7-256433(1995). 7) 松下電工株式会社:公開特許公報平 09-057808(1997). 8) 松下電工株式会社:公開特許公報平 10-202663(1998). 9) 東北ムネカタ株式会社:公開特許公報平 11-291300(1999). 10) 東北ムネカタ株式会社:公開特許公報平 11-348080(1999). 11) 株式会社スギヤマ:公開特許公報 2000-42717(2000). 12) 諏訪熱工業株式会社:公開特許公報 2001-162350( 2001). 13) 諏訪熱工業株式会社:公開特許公報 2002-200620( 2002). 14) 諏訪熱工業株式会社:公開特許公報 2003-039437( 2003). 15) 諏訪熱工業株式会社:公開特許公報 2003-103324( 2003). 16) 諏訪熱工業株式会社:公開特許公報 2004-174606( 2004). 17) 米山, 香川, 鈴木, 阿部, 宮丸, 中村, 五香, 角南:型技術, 19, 13(2004)18. 18) 阿部, 不破, 東, 峠山, 吉田, 太田:松下電工技報, 53, 2(2005)5. 19) 諏訪熱工業株式会社:公開特許公報 2006-198816( 2006). 20) 石井, 渋谷, 渡辺, 晴山, 山田:鋳造工学, 77(2005)769. − 67 − 建具業界とデザイナーによる製品開発支援 柴田泉 藤田壽夫 武井呉郎* 大谷光成** 福井克*** 伊藤成克*** Development of Wood Products by Fitting Makers Cooperated with Designers Izumi SHIBATA Mitsunari OTANI** 1 緒 Hisao FUJITA Masaru FUKUI*** Goro TAKEI* Narikatu ITO*** 言 山形県庄内地域の建具業界は,全国の展示会において毎年多くの作品が受賞するなど全国トップ レベルの技術を有している。しかし,近年は,住宅着工数の減少や大手メーカーの工場生産による 建具の台頭,さらに,住宅工法の変化や生活様式の洋風化による和室や木製建具の需要が減少し, 一層厳しい経営を迫られている。また,事業所のほとんどが小規模であり,組合での共同受注や個 人取引が多く,業者単独での製品開発や展示会の開催も難しい。 このような情況から,業界の活性化を支援すべく,建具業界と地元デザイナーが連携し,「庄内 つなぎの会」が発足した。会では,建具技術を活用した新製品開発を目指し,その第一段として, 照明器具の開発に取り組んだ。その結果,平成 17 年 12 月に「あかり」シリーズとして製品化に至 ったことから,この開発経緯と,新たに地スギを活用した家具の提案を行ったので報告する。 2 庄内つなぎの会の概要 平成 14 年 6 月,庄内地区の建具組合と NPO 法人山形県デザインネットワークの地区会員に呼び かけ,賛同者からなる「庄内つなぎの会」を発足した。会は,①会員同士の「つながり」を大切に する,②伝統的な技術を将来にわたって「つないで」いく,③人と技術の架け橋を庄内から発信す る,ことを目的とし,継承を意味する「つなぎ」の言葉に地名の庄内を加えて命名した。 平成 17 年度末現在,建具業者 6 名とデザインネットワーク庄内地区会員を主とした 5 名に素材 供給者の温海町森林組合が参加している。行政からは,県庄内総合支庁産業経済部産業企画課,森 林整備課,工業技術センター庄内試験場が加わり,会を支援している。 特に,庄内支庁産業経済部産業企画課は産学官連携推進事業により,発足当初から会を「建具技 術活用新製品研究会」として位置付け,製品開発費や情報提供など多方面にわたり支援を行ってい る。当試験場は,会の立ち上げから事務局を務め,月例会の運営に加え,製品開発における技術指 導を行ってきた。 3 新製品開発の取り組み 会では当初,建具技術を活用した製品の開発にあたり,①照明・灯り,②空間・窓・間仕切り, ③壁面・インテリア,の 3 班に分かれ,各々の班で製品化したい品目の選定に向けて討議を行った。 しかし,議論を重ねる中,会として製品を一つに絞りこむことが望ましいとの意見がだされ,①の 照明・灯りによる「癒し空間の演出」をテーマにした照明製品の開発に全員で向かうことにした。 開発にあたり,デザイナー側から様々なアイディアが出された。提案を建具業者が試作し,例会 で求評,意見交換を繰り返し製品の改良にあたった。その結果,組子や井ぐみの技術を活かした 10 数種の製品が誕生した。代表的な製品としては,炭素原子の集合体構造をイメージし,組子で立体 に表現したフラーレンライト(図 1),また,躯体に絹を貼り,映される灯りのシルエットが星型のス *山形県産業創造 支援セン ター **山形県庄内 総合支庁 産業経済部森 林整備課 ***山形県庄内総 合支庁産 業経済部 産業企画課 − 68 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) ターツリー(図 2),さらに,井ぐみ技術を活かした行灯など(図 3,図 4)の様々な製品が作り出され, 独特の雰囲気を持った製品に仕上がった。 これらの製品を一堂に集めた展示会を,酒田市の財団法人本間美術館本館並びに鶴岡市の NHK 鶴岡支局展示ホールを会場に開催した。この展示会を通して,作品に対する普及啓発と来場者から のアンケートによる求評を実施し,作品の改良や価格設定の参考にした。さらに,大手百貨店生活 商品のバイヤーを招いて製品に対する講評をいただき,商品化に向けた消費者の要求や購買層,価 格の設定方法など多くの情報や知見を得ることができた。なお,製作に向けた討議や大手百貨店バ イヤーとの意見交換会の様子を図 5,図 6 に示す。 図1 図3 図5 フラーレンライト 図2 庄内井ぐみ行灯 製作討議風景 図4 図6 − 69 − スターツリー 行灯,あかり各種 大手百貨店バイヤーとの意見交換会 柴田 3.1 藤田 武井 大谷 福井 伊藤:建具業界とデザイナーによる製品開発支援 あかり製品の商品化に向けて 照明器具を販売するには,電気用品安全法に基づく東北経済産業局への届出が必要である。照明 器具の開発は,会員にとって初めての試みであったことから,財団法人電気安全環境研究所(JET) から講師を招き法令や申請手続き,性能試験の検査手法について指導をいただいた。その後,性能 試験を行う装置を有する置賜試験場で,製品の性能検査手順や計測に関する注意点など細部にわた りアドバイスを受けた。検査方法や製造管理,品質の向上に努めた結果,3 事業者が平成 17 年 12 月に照明器具製造事業者としての届出を行うことができた。製造事業者の認可を受け,酒田市中 町にある「交流ひろば」に常設展示スペースを確保し,製品の普及や活動への啓発を図っている。 さらに,製品カタログを作成し,商品の販路拡大に向けた取り組みを実施している。 3.2 新たな展開(地元のスギを利用した家具の提案) 「あかり」の製品化に一区切りついたことから,会では新たな取り組みとして,家庭を中心に公 共空間や店舗などの色々な生活環境の中で使われるテーブル,イス,建具,遊具,照明などの道具 の開発に着手した。これらの様々な道具は,デザイナー業界を中心に「環具」と呼ばれており,会 ではこの名称を用いることにした。製品開発には,身近で豊富に存在する山の財,スギの利用を図 ることにした。スギは材面が柔らかく傷がつきやすい欠点がある反面,軽くて木目が美しく,加工 がし易いなどの特長を有している。会では,これまで利用されなかった曲がり材・切り株などの利 用を視野に入れ,スギの特長を活かした製品の製作にあたった。開発された製品は,平成 18 年 3 月に「環具展」と銘打った展示会を開催し,発表を行った(図 7)。「環具展」には,学校用机・椅 子や道具入れ,切り株を活用した遊具,木の曲がりを利用したカウンターテーブル・イス(図 8),フ ロアーにおける畳ソファ兼ベッド(半畳・1 畳用),AV ボード,小物置台付きの業務用イス,玄関ド ア,洗面台や「あかり」照明器具など数多くの製品が会場に並んだ。 図7 4 環具展の出展製品 図8 カウンターテーブル・イス 庄内試験場における開発支援 定例会の開催など会の運営に携わるだけでなく,製品の開発にあたっては,材の乾燥や切削・加 工に関する技術指導のほか,デザイン面から現在の生活スタイルにあった製品の提案を行い,もの づくりの積極的な推進役を務めてきた(図 9)。 また,商品化に向けた取り組みとして,電気用品安全法など関係法規・制度に関する講習や大手 百貨店のバイヤーを招いた意見交換会を行った。さらに,開発した製品について繰り返し強度試験 による性能評価などを実施し,品質の向上を図る指導を行ってきた(図 10)。 − 70 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 図9 5 提案図面 図 10 学童用椅子に対する繰り返し強度試験 今後の活動 「庄内つなぎの会」では,あかり製品の販売と環具展などの開催により,多くの人に製品と活動 について理解を深めていただくことができた。今後は,庄内地域から県内外に向けて一層の浸透を 図るため,展示会の継続的な開催を行う必要がある。 また,技術の伝承や後継者の育成を考え,技術講習会の開催や東北芸術工科大学生との交流も図 っていく。さらに,企画力・販売力を強化するため,建築家や設計者,家具製造業者,家具販売業 者との「つながり」を広げていくことが課題である。 6 結 言 建具事業者,デザイナー,素材供給者,行政からなる「庄内つなぎの会」を発足し,低迷する建 具業界活性化の取り組みを行った。 1) 建具事業者とデザイナーの新たな連携による照明器具「あかり」シリーズを商品化した。 2) 「あかり」シリーズの販売に向けて,3 事業者が電気用品製造事業者として認可された。 3) 新たに,スギの利用促進を図る生活用具の提案,「環具展」を開催し,地域材の利用を図り,製 品化の取り組みを始めた。 − 71 − コンクリート工場の洗浄水等による休廃止鉱山排水の中和処理 【平成 16 年度技術開発支援共同研究】 松木 和久 五十嵐 利行 * 矢作 徹 工藤 敏正 豊田 匡曜 ** 大泉 裕一 前田 直己* *** 森 仁**** Examination into Neutralization for Mine Drain by Concrete Wastewater Kazuhisa MATSUKI Toshiyuki IGARASHI* 1 緒 Toru YAHAGI Masaaki TOYODA Toshimasa KUDŌ** Naomi MAETA* Hiroichi ŌIZUMI*** Hitoshi MORI**** 言 休廃止鉱山から湧出する酸性の排水にはカドミウム等の有害な重金属を含むものがあり,これら は国や地方公共団体等が鉱害防止事業として長期間継続して中和処理を実施している。一方,生コ ンクリート製造業やコンクリート製品製造業では,強アルカリ性の廃水やスラッジが産業廃棄物と なっている。 筆者らは,これら副生アルカリを鉱山排水処理の中和処理剤とすることができれば,資源の有効 利用が図られるとともに,鉱山排水処理事業の維持管理コストの削減や生コンクリート製造業等の 廃棄物処理コストの削減につながると考えた。今回,休廃止鉱山排水の中和処理と重金属の凝集沈 殿処理にコンクリート廃水等が適用可能であるかについて,ビーカー規模の実験に加えて現地試験 を実施し,有意な結果が得られたので報告する。 2 実験方法 2.1 鉱山 試験の対象とした鉱山は,山形県上山市楢下地内の(旧)赤山鉱山1)と同県尾花沢市南沢地内の (旧)尾花沢鉱山の2ヶ所とした。いずれも坑道内に耐圧密閉プラグが設置され,抜水のためのパ イプを通じて坑内水が排水される。赤山鉱山では坑内水に加えて坑道周辺から複数の酸性湧水もあ り,集水して浸透水と称して併せて処理を行っている。排水の性状は表1に示すとおり,銅(Cu) や亜鉛(Zn)等の重金属を含有し,特に赤山鉱山坑内水は強酸性で酸度が高い。 表1 2.2 鉱山排水の性状 試 料 名 水量 (m3/min) pH 主な重金属 酸度 (meq/L) 赤山坑内水 0.10 1.9 Fe, Cu, Zn 120 赤山浸透水 0.08 2.7 Fe, Cu, Zn 18 尾花沢坑内水 0.12 3.8 Zn, Cu, Pb, Cd 1.8 中和資材の評価 生コンクリート製造や 2 次製品製造時の副生アルカリには,ミキサーや型枠等の洗浄水,セメン トペーストや骨材を含んだスラッジ等がある。これらは固液分離した上で,固形分は産廃として, *前田製管株式会社 **前田建材工業株式会社 ****(現)山形県庄内総合支庁農村整備課 ***(現)山形県置賜総合支庁農村整備課 − 72 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 上澄水は工場内で再使用されるか,または硫酸等を用いて中和処理を行った後に場外に排出されて いる。複数の工場から試料を採取し性状調査を行った(表 2)。本文中の用語として,レイタンス は排水処理槽内に浮遊する微細な固形分を指し,スラッジ水は製品の表面仕上げを行う際のセメン トペーストを多量に含む排水に対して用いている。比較対照資材は,現在,両鉱山の中和処理施設 で用いられている消石灰を用いた。表中の副生アルカリは,工場の操業状況に応じて間欠的に排出 され,特に,スラッジ水は固形分とアルカリ度ともに濃度の変動が大きい。 これら中和資材の評価は,ビーカー規模のバッチ処理で中和試験を行い,中和曲線,中和資材の 所要量,反応時間,処理水の水質等から評価した。具体的には,1 L ポリビーカー中でマグネチッ クスターラーにより撹拌した鉱山排水中に,ガラス電極法により pH を測定しながら中和資材を滴 下した。設備面から澱物の沈降性等の評価を行っていないが,目視では差異は認められなかった。 表2 2.3 供試した中和資材の性状 アルカリ度 (meq/L) pH 試 料 名 状態 洗浄廃水 液 レイタンス乾燥物 粉末 スラッジ水 スラリー 12.3 数 10∼1000 スラッジ上澄水 液 12.3 50 消石灰飽和水 液 12.7 53 11.8 9 (スラリーとして) 8 6 (meq/g) 現地試験 中和資材の搬送から鉱山排水の酸度が高すぎないことと,現地の設備を変更せずに試験可能なこ との 2 条件を考慮し,対象鉱山は(旧)尾花沢鉱山を選定,中和資材にはコンクリート製品工場の スラッジ水を用いることとした。 処理系は,鉱山排水を処理施設に導く水路を利用した連続処理とした。図 1 の中,試験のため仮 設した部分を太線で示した。具体的には,上流部の集水マスをスラッジ水の投入口とし,その下流 の水路に邪魔板を多数設置して攪拌を促進すると共に中和反応の場とした。投入口から試料溶液採 取地点までは水平距離で約 150 m あり,水量は毎分 120 L,流下時間はおよそ 5 分であった。試験 では,スラッジ水の添加速度を段階的に変えて,pH 等の変化や処理水の組成等を調べた。 坑内水 スラッジ水タンク 集水マス 調整弁 150 m 浸透水 試料採取 中和攪拌槽 水路には攪拌のため 邪魔板を設置 沈殿池 スラリー攪拌槽 消石灰 凝集剤溶解槽 凝集剤 澱物 放流 図1 現地試験の処理系統図 − 73 − 松木 矢作 3 豊田 前田 五十嵐 工藤 大泉 森:コンクリート工場の洗浄水等による休廃止鉱山排水の中和処理 実験結果および考察 3.1 中和実験 両鉱山の坑内水は,重金属の組成は近いが,pH や酸度は 100 倍程度異なった。特に赤山鉱山坑 内水は酸性が強く,表 2 の洗浄廃水ではアルカリ度が 8 meq/L と坑内水の酸度の 1/15 であること から事実上中和が不可能である。一方,スラッジ水は多量の固形分を含みアルカリ度が高いことか ら,鉱山の排水に対する所要量が少なく中和資材として有効と考えられる。しかし,工場の操業状 況によりスラッジ固形分の含有量が大きく異な 9 カー実験においてはサンプリングが著しく困難 8 であることから,試験値のバラツキが大きく,定 7 量的な検討ができなかった。 6 そこで,工場の排水処理槽中のレイタンスを乾 燥,粉末化して用いることを試みた。乾燥物の添 pH ること,固形分の沈降速度が大きく小規模のビー 5 0.5h 4 1h 70 g/L,尾花沢坑内水 10 g/L)として調製,被検 3 24h 排水に段階的に添加し,pH 及びその経時変化を 2 観察した(図 2,3)。スラリーの pH は 9 程度と 1 加方法は,消石灰と同様にスラリー(赤山浸透水 0 低いものの,添加量とともに pH は単調に上昇し, 2 4 6 8 添加量 (g/L) 定量的な中和操作が可能であることが示された。 図2 先の報告書 1)では中和処理試験の反応時間を, 消石灰を用いる場合で 20 分間,炭酸カルシウム (CaCO 3)では 30 分間としている。継続して pH レイタンスによる中和と 経時変化(赤山浸透水) 9 測定を行うと,低 pH では変化が認められないこ 8 とから,速やかに反応が完了したと考えられる。 7 ところが,pH4を越えた試料では,経時的に pH 6 pH の上昇が認められ,反応終了までに長時間を要す 5 0.5h 減量から計算される CaCO 3 相当量は 50 wt%,酸 4 1h 消費量から計算すると 33 wt%であった。主成分 3 6h は CaCO 3 やケイ酸カルシウムと考えられ,中和 2 ることがわかった。レイタンスの化学分析や強熱 10 の機構は明らかではないが,消石灰に比較して鉱 山排水との反応に時間を要する形態となってい ると推測された。特に,中性付近での反応が遅い ことは,図 3 から明らかなように原水の pH が 4 程度の尾花沢鉱山では利用が困難となるもので 1 0 0.2 図3 0.4 0.6 0.8 添加量 (g/L) 1 1.2 レイタンスによる中和と 経時変化(尾花沢浸透水) ある。 3.2 2 段階中和実験 レイタンス乾燥物は,低 pH 域では中和反応も速やかに進行し,定量的な操作が可能であり有効 に作用した。しかし中性以降の領域では効果が低いことから,多量に用いる必要が生じた。そこで, レイタンスを低 pH 域で用い,高 pH 域では消石灰とする 2 段階の中和方法を検討した。図 4 は赤 山浸透水を対象とした場合,図 5 は尾花沢坑内水を対象とした試験である。それぞれ,レイタンス スラリーで特定の pH まで中和した後,消石灰スラリーを追加して中和操作を行った。 中和の状況は図に示すとおり,消石灰の中和曲線がレイタンスの中和曲線上を右に平行移動する ように,定量的に中和が進行した。高 pH 域では消石灰の傾きが大きく,明らかに消石灰が有利で あることがわかる。しかし低 pH 域では,レイタンスの中和曲線の傾きが消石灰と近く,このこと − 74 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) は現行の消石灰を代替する可能性を示唆している。 ビーカー試験における処理水は,原水に含有する重金属が除去されて排水基準を満足し,かつ, セメントに含まれ処理過程で処理水に混入する恐れがある 6 価クロムは検出されなかった。 10 10 8 8 6 pH 12 pH 12 消石灰のみ pH3.5から消石灰 pH4.5∼ pH6.5∼ レイタンスのみ 4 2 6 消石灰のみ 5.6から消石灰 6.4∼ 6.7∼ 6.8∼ レイタンスのみ 4 2 0 0 0 1 2 3 4 5 6 0 0.2 0.4 添加量(g/L) 図4 3.3 0.6 0.8 1 添加量(g/L) レイタンスと消石灰の 2 段階中和 (赤山浸透水) 図 5 レイタンスと消石灰の 2 段階中和 (尾花沢坑内水) 現地試験 レイタンス乾燥物を中和資材とする場合には,定量的な反応性と消石灰の代替の可能性の 2 つの 利点を見いだしたが,一方,製造の困難さや反応速度の低さなどの課題も明らかとなった。現地試 験では,反応時間を確保するための設備が設置できないことから,中和資材にスラッジ水を用いる こととした。用意したスラッジ水は,アルカリ度が 120 meq/L 程度であることから,pH7 までの 中和に必要な添加速度はビーカー試験の結果から毎分 1.9 L 程度と計算された。固形分の沈降によ る濃度変化の影響を極力小さくするために,試験開始から終了まで十分な容量を確保すると共に撹 拌を継続した。 試験の状況は,スラッジ水の添加開始から 5 分経過後に試料採取地点での pH の上昇が認められ, 20 分程度で一定値を示した。pH 値が安定したことを確認して試料採取を行った。処理水の性状は 表 3 のとおり pH は計算値と良く一致し,定量的に中和処理ができることを確認した。重金属の処 理は,pH7.4 にて基準値を満足することが確認された。現地の処理施設ではカドミウム(Cd)の沈 殿生成を十分に行うために,目標 pH を高めに設定している。表の実験 3 は溶解度積から計算され 表3 試 料 名 処理水の性状 pH 添加速度 組 成 (mg/L) (L/min) (実測) (計算) Cu Zn Cd Pb Cr 6+ 原水注) − 3.8 − 4.4 11.0 0.10 0.58 − 実験 1 0.9 5.7 5.7 1.2 6.7 0.25 0.040 <0.005 実験 2 1.9 7.4 7.2 0.02 0.10 0.009 0.002 <0.005 実験 3 2.3 8.9 9.7 0.04 0.04 0.002 0.011 <0.005 1 5 0.1 0.1 排水基準 5.8∼8.6 注)原水の組成分析試料の採取日は,現地試験日と異なる。 − 75 − 0.5 松木 矢作 豊田 前田 五十嵐 工藤 大泉 森:コンクリート工場の洗浄水等による休廃止鉱山排水の中和処理 る pH9.5 以上を中和目標とした試験である。実験 2 の pH7.4 でも基準値を満足しており,他の金 属元素の水和物との共沈やスラッジ水懸濁物質への吸着等が起こっているものと推測される。 蛍光 X 線分析法により,中和処理にて除去した重金属の確認を行った(表 4)。スラッジ水の固 形分と澱物を比較すると,Ca 濃度が大幅に低下しており,石灰分の溶解により原水が中和されてい ると考えられる。これを裏付けるように,pH が高くなるに伴って未反応の Ca が増加している。一 方,処理対象の重金属元素はスラッジ水中の固形物には認められないが,処理水中の濃度低下に対 応して澱物中の濃度が増加することがわかる。Cd は,分析手法から十分な確認はできなかったが, 処理 pH の上昇と共に澱物中の濃度が増加する傾向が認められた。 表 4 澱物の組成 試 料 名 4 組 成 (wt%,酸化物換算) 澱物量 (g/L) SiO2 実験1 0.07 42 25 7.0 実験2 0.15 30 14 8.7 実験3 0.16 29 12 スラッジ水 固形分 − 20 結 Al2O 3 CaO 5.9 CuO 9.0 ZnO 2.4 CdO PbO Cr 2O3 <0.1 0.8 <0.1 13 21 0.1 2.0 <0.1 12 12 21 0.1 1.9 <0.1 55 <0.1 <0.1 − − <0.1 言 生コンクリート製造業やコンクリート製品製造業で排出される洗浄水等の副生アルカリが,鉱山 排水処理の中和剤として適用可能であるか検討を行ったところ,以下のことが明らかとなった。 1)レイタンス乾燥物をビーカー規模のバッチ処理系で用いる場合,反応終了まで長時間を要する が,定量的な中和操作が可能であった。 2)スラッジ水は,高濃度であることから特に赤山鉱山のような強酸性排水の処理に有利である。 しかし工場の操業状況によりアルカリ濃度の変動が大きいこと,スラッジが分離しやすいことな ど利用上の課題がある。 3)鉱山排水処理施設内における連続処理試験では,スラッジ水を中和剤に用いて,計算値と一致 する中和操作が可能であることが確認できた。処理水は排水基準を満足した。 試験に際して御助力いただきました (当時)山形県工業技術センター 丹 ひろみ氏,独立行政法 人石油天然ガス・金属鉱物資源機構 田村 宗之氏,他関係各位に感謝申し上げます。 文 献 1) 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構 : 赤山鉱山(山形県)調査報告書, (2004). − 76 − 紅花色素吸着微粉末の開発 野内義之 飛塚幸喜 菅原哲也 平田充弘 渡辺健 Development of Colored Powder with Carthamin Yoshiyuki NOUCHI Koki TOBITSUKA Tetsuya SUGAWARA Mitsuhiro HIRATA Takeshi WATANABE 1 緒 言 本県の県花である紅花は古くより「最上紅花」として染料,化粧品等に利用されてきた。紅花は 江戸時代には全国出荷量の約半分が山形で生産されており,現在においても山形を代表する特産物 である。食品用途としては主に花弁および花弁から抽出される黄色素が利用されている。しかし, 紅色素については熱や光により退色し易く,加熱工程が必要な食品への利用は限られたものとなっ ている 1)。紅色素の主成分であるカルタミンの構造は解明されており,現在は金属塩を用いた耐光 性の向上に関する研究等が進められている段階である 2)。本研究では,食品素材として紅色素の用 途を広げるため,各種基材に紅色素を吸着させた色素粉末を開発し,それらの耐熱性,耐光性につ いて検討した。 2 実験方法 2.1 試料 紅色素は県産紅花より常法 3) にて抽出, 精製を行った。基材は表 1 に示す 6 種類の粉末を使用した。 表1 材質 紅花色素の粉末化に使用した基材 商 品 名 (製 造 者 ) 粒 子 サ イズ そ の 他 ア ッ プ ル ア ッ プ ル フ ァ イ バ ー (東 亜 化 成 ㈱ ) 果 汁 絞 り 後 の 残 渣 ; 平 均 繊 維 長 3 0μ m 未 満 オ レ ン ジ オ レン ジファイバ ー(東 亜 化 成 ㈱ ) 果 汁 絞 り 後 の 残 渣 ; 平 均 繊 維 長 3 5μ m 未 満 セ ル ロ ー ス NPフ ァイ バ ー (日 本 製 紙 ケ ミカ ル ㈱ ) 平 均 粒 子 径 約 1 0μ m シ ル ク Silk P ow der(㈱ ト ス コ 中 央 研 究 所 ) 絹 を 粉 末 化 し た も の ; 平 均 粒 子 径 1 0μ m 以 下 キ チ ン キ チ ン (関 東 化 学 ㈱ ) 試薬 キ ト サ ン Ch itosan P o w der(㈱ ト ス コ 中 央 研 究 所 ) 平 均 粒 子 径 1 5μ m 2.2 色素粉末の調製 色素粉末の調製は久保川の方法 4) に従った。すなわち紅色素 41.2 mg に蒸留水 200 ml,炭酸水素 ナトリウム 100 mg を加え溶解させた。これにクエン酸 1 水和物 0.12 g を加えメンブレンフィル ター(0.45 μm)でろ過後,さらにクエン酸 1 水和物 0.1 g を加えて色素溶液とした。色素溶液 32 ml に各基材 5.0 g 加えて撹拌し,基材を充分に分散させた後,静置した。沈殿した基材を凍結乾燥し, 色素を吸着した粉末(以下,色素粉末)を得た。 2.3 色素粉末の測色 積分球方式分光測色計(X-Rite 社製;SP88)にて光源 D65,10°視野で測色し,L*a* b* 表色系 における色差(⊿E* ab)の測定を行った。 2.4 色素粉末の耐光試験 キセノンアーク灯光に対する染色堅牢度試験法(JIS L0843)に準じて耐光試験を行った。6 種類 の色素粉末をプラスチック製円筒容器(φ 20 mm×8 mm)に入れ,塩化ビニル樹脂フィルムにて 上面を覆った。これを試料として耐光試験機(スガ試験機(株)社製;FAL-25AX-HC-EC)により − 77 − 野内 飛塚 菅原 平田 渡辺:紅花色素吸着微粉末の開発 2 時間 30 分間照射した後,粉体表面を測色した。同試験を 7 回くり返し,色調の変化を色差 (⊿E* ab)にて表した。 2.5 色素粉末の耐熱試験 色素粉末 1.0 g をアルミ製円筒容器(φ 55 mm×15 mm)に入れ,ドライオーブンにて 100 ℃, 125 ℃,150 ℃の各温度で 1 時間加熱した。デシケーター内で室温まで放冷後,2.4 と同様に色調の 変化を色差(⊿E*ab)にて表した。 2.6 色素粉末水懸濁液の耐熱試験 色素粉末 0.5 g に蒸留水 5 ml を加え懸濁した後,ドライオーブンにて 100 ℃,30 分間加熱した。 加熱前後に液体用セルを用いて測色し,色調の変化を色差(⊿E*ab)にて表した。 3 実験結果および考察 3.1 色素粉末の色調 色素溶液に各基材を混合することで,上澄みの色は無くなり着色した基材が沈殿した。紅色素が 各基材に対し良好に吸着したものと考え,沈殿した基材を凍結乾燥し色素粉末とした。各色素粉末 の色調を L* a*b* 表色系にて表 2 に表す。セルロース,シルクでは鮮やかな桃色,キトサンでは紫 色,キチンでは淡い紫色の色素粉末が得られた。アップル,オレンジからは濃い赤色の粉末を得る ことができた。また,各色素粉末は 520∼530 nm 付近に吸収極大を示した(図 1)。 色素粉末の色調 L * a * 100 b * アッ プ ル 49.7 30.0 18.6 オ レン ジ 57.7 38.5 11.0 セ ル ロー ス 73.4 35.3 -6.9 シルク 75.2 28.6 -0.1 キチン 68.8 29.1 4.1 キ トサ ン 62.8 30.5 -5.9 アップル 80 反射率 (%) 表2 オレンジ 60 セルロース 40 シルク キチン 20 キトサン 0 400 図1 500 600 波長 (nm) 700 各色素粉末の反射率 紅色素は pH により色調が変化する 5)ため,各色素粉末の色調と pH の関係について検討した。 基材および色素粉末 5.0 g に蒸留水 10 ml を加えた懸濁液の pH を表 3 に示す。色素粉末,基材の 各懸濁液は,基材の種類により弱酸性から中性付近まで様々な値を示した。そこで,色素粉末 0.5 g に pH の異なる 3 種類の水溶液(①フタル酸水素カリウム(0.050 mol/l,pH 4.18),②リン酸一カ リウム,リン酸二ナトリウム(各 0.025 mol/l,pH 6.86),③ホウ酸二ナトリウム(0.001 mol/l, 表3 基材および色素粉末水懸濁液の pH 基材 色素吸着粉末 アップル 3 .6 9 4 .0 8 オ レンジ 4 .0 0 4 .4 1 セルロース 4 .3 4 5 .8 4 シルク 4 .8 3 6 .3 0 キチン 6 .6 9 7 .0 5 キ トサ ン 7 .2 5 7 .4 0 表4 色素粉末水懸濁液の pH と色調 セル ロ ー ス キチン シルク − 78 − pH L* a* b* 4.0 43.8 44.4 -16.4 6.9 44.9 45.8 -16.2 9.1 41.6 31.4 -20.4 4.5 35.3 35.4 -6.2 6.8 34.4 29.3 -4.8 9.0 35.1 22.8 0.4 4.4 49.8 39.0 -1.4 6.7 50.1 39.3 -1.2 8.4 50.0 39.0 -1.5 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) pH 9.18))5.0 ml を加えた。得られた懸濁液の pH と色調の変化において異なる傾向を示すセルロ ース,キチン,シルクについて表 4 に示す。シルクを基材とする色素粉末の色調は pH 変化の影響 を受けなかった。セルロースとキチンを基材とする色素粉末は pH の変化に対する b*の変化傾向が 逆であった。以上のことを考慮すると各色素粉末の色調は,基材の pH に起因する変化ではなく, 基材と紅色素との相互作用によると考えられる。 3.2 色素粉末の耐熱試験 各色素粉末の加熱温度と加熱前後の色差の 30 関係を図 2 に示した。各色素粉末とも加熱温 25 度の上昇にともない色調の変化が大きくなっ 20 ⊿E*ab た。125 ℃,150 ℃加熱区においてキトサン を基材とする色素粉末の色調が最も大きく変 15 10 化した。シルクを基材とする色素粉末は色調 の変化が小さく,良好な耐熱性を示した。 5 加熱処理による基材自体の色調変化を調べ 0 るため,各基材について同様の加熱試験を行 100 90 い,加熱前後の色調の変化を色差(⊿E ab) * 図2 にて表した(図 3)。アップル,オレンジ,キ 125 加熱温度 (℃) 150 150 加熱による色素粉末の色調変化 ○アップル,●オレンジ,△セルロース, ▲シルク,□キチン,■キトサン トサンの各基材は加熱温度が上昇するにつれ 色調が変化していった。シルク,セルロース, キチンの各基材には色調の変化が見られなか 30 った。 25 ⊿E*ab アップル,オレンジ,キトサンは加熱によ り各基材の色調が大きく変化するため,それ ぞれの色素粉末の色調変化にも影響するもの と考えられる。 20 15 10 そこで,基材の影響を除くため,520 nm 5 における色素粉末と基材の光学濃度( K/S )520 0 の差⊿( K/S )520 を求めた。⊿( K/S )520 は紅色 90 100 素の光学濃度を表し,色素濃度に比例するも 125 150 加熱温度(℃) のである。色素粉末と基材の( K/S )520 は以下 図3 に示す Kubelka-Munk の式より求められる。 ○アップル,●オレンジ,△セルロース, ▲シルク,□キチン,■キトサン Kubelka-Munk の式 7 ( K/S )λ =( 1−Rλ )2/2Rλ 6 Rλ:反射率 0<Rλ <1 ) 各加熱試験区における,紅色素の光学濃度 ⊿( K/S )520 を図 4 に示す。色素粉末により光 ⊿(K/S)520 (λ:波長 加熱による基材の色調変化 学濃度が異なるのは紅色素と基材の吸着様式 5 4 3 2 1 に起因すると考えられる。セルロース,シル 0 ク,キチン,キトサンの色素粉末は,加熱に 対照 50 75 100 (非加熱) より色が褪せ,⊿( K/S )520 が減少した。アッ 125 150 17 加熱温度(℃) プルの色素粉末は 125℃加熱区で⊿( K/S )520 図4 の値が減少し,150 ℃加熱区で増加した。ア 加熱による⊿(K/S)520 の変化 ○アップル,●オレンジ,△セルロース, ▲シルク,□キチン,■キトサン ップルの色素粉末は 150 ℃加熱区で褐色に − 79 − 野内 飛塚 菅原 平田 渡辺:紅花色素吸着微粉末の開発 20 ンジの色素粉末についても加熱温度の上昇にとも 15 ⊿E*ab 変化しており,多少焦げたものと思われる。オレ ない若干ではあるが褐変が見られた。 色素粉末水懸濁液の耐熱試験 3.3 10 水に懸濁させた各色素粉末の加熱試験を行い, 5 色素の分解における水の影響について検討した。 0 アップル 各色素粉末の色調の変化を図 5 に示す。水分を 含んだ状態での各色素粉末の耐熱性は,3.2 の結 オレンジ セルロース シルク キチン キトサン 図 5 加熱による色素粉末水懸濁液の色調変化 果とは大きく異なり,キチンを基材とする色素粉 20 また,オレンジとアップルは色素粉末の加熱試験 15 ⊿E*ab 末水懸濁液の色調が,他に比べ大きく変化した。 において,ほぼ同じ耐熱性を示していたが,懸濁 液では耐熱性に差違が見られた。セルロース,シ 10 ルクの懸濁液は色調の変化が小さく,良好な耐熱 5 性を示した。 0 アップル 水に懸濁させた各基材について同様の加熱試験 を行い色調の変化を色差(⊿E* ab)にて表した 図6 オレンジ セルロース シルク キチン キトサン 加熱による基材水懸濁液の色調変化 (図 6)。キチン,キトサンの色調は変化したもの の,他の基材については大きな色調の変化はみら 30 れなかった。 25 基材の懸濁液ではキチンとキトサンの色調の変 てはキチンに比べキトサンの色調は変化が小さく, 20 ⊿E*ab 化は同程度であったが,色素粉末の懸濁液におい 15 10 耐熱性が優れていた。 5 色素粉末の耐光試験 3.4 色素粉末の照射時間と照射前後の色差の関係を 0 0 図 7 に示した。色調の変化には 3 つの傾向があっ 5 図7 色素粉末は色調がほとんど変化せず,良好な耐光 30 ⊿(K/S)520 ⊿E*ab 25 15 10 5 0 0 5 10 15 20 0 図9 耐光試験による基材の色調変化 ○アップル,●オレンジ,△セルロース, ▲シルク,□キチン,■キトサン − 80 − 耐光試験による色素粉末の色調変化 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 照射時間(h) 図8 20 ○アップル,●オレンジ,△セルロース, ▲シルク,□キチン,■キトサン 末は徐々に色調が変化し,オレンジ,アップルの 20 15 照射時間(h) た。キチン,シルクを基材とする色素粉末は色調 の変化が大きく,キトサン,セルロースの色素粉 10 5 10 照射時間(h) 15 20 耐光試験による⊿(K/S)520 の変化 ○アップル,●オレンジ,△セルロース, ▲シルク,□キチン,■キトサン 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 性を示した。 耐光試験による基材自体の色調の変化を色差(⊿E* ab)にて表した(図 8)。アップルは色調が 徐々に変化していくのに対し,他の基材はほとんど色調に変化が見られなかった。 耐光試験における色素粉末の色調の変化から基材の色調の変化を除くために,照射時間ごとの色 素粉末と基材の( K/S )520 の差を求め,紅色素の光学濃度⊿( K/S )520 とした(図 9)。 全ての色素粉末について⊿( K/S )520 が減少した。各色素粉末とも淡い色に変化しており,光によ る色素の分解が起きたものと考えられる。 4 結 言 1) 紅色素は各基材に対し良好に吸着し,基材の種類により様々な色調の色素粉末を得ることができ た。 2) 基材の種類により色素粉末の色調は変わるが,これは基材の pH に起因する変化ではなく,基材 と紅色素との相互作用によると考えられる。 3) 耐光試験および耐熱試験において,各色素粉末の耐光性,耐熱性に差違が見られた。 4) 各色素粉末の色調は,桃色から紫色まで幅があることから,複数の基材を混合することにより, 様々な色調の色素粉末が得られると考える。 文 献 1) 森岡裕人, 他:山形県工業技術センター報告, No.18 (1986) 6-11. 2) 織田博則:FFIJOURNAL, Vol.210, No.3 (2005) 207-213. 3) 吉岡幸雄:自然の色で染める, 紫紅社, 90-93. 4) 久保川博夫:群馬県繊維工業試験場研究報告, (2003) 40-42. 5) 高宮和彦:色から見た食品のサイエンス, サイエンスフォーラム, 292. − 81 − 焼畑栽培温海かぶと普通畑栽培温海かぶの区別化 【平成 17 年度庄内総合支庁「食の都庄内」づくり推進事業 ブランド候補産品の開発(焼畑栽培温海かぶ)】 安食雄介 村岡義之 石塚健 Differentiation Between Slash-and-Burn Atsumi Turnip and Usual Atsumi Turnip Yusuke AJIKI 1 緒 Yoshiyuki MURAOKA Ken ISHIZUKA 言 山形県鶴岡市温海地区(旧温海町)では 300 年以上前から焼畑による赤かぶ栽培が行われ,「温海か ぶ」として広く知られている。「温海かぶ」はそのほとんどが甘酢漬けに加工され,鮮やかな色調と独 特の味,食感が珍重され,庄内地域を代表する特産品となっている。以前は他地区での赤かぶ栽培 は少なく,「温海かぶ」の甘酢漬けが赤かぶ漬けの代名詞となっていた。近年,温海地区以外で普通 畑による赤かぶの栽培が増加し,この甘酢漬けが大量に市場に出回り通年販売されるようになって きたことから,赤かぶ漬けに以前のような希少価値はなくなりつつあり,「温海かぶ」の希少価値ま で脅かされる事態となってきている。 このような状況下,山形県庄内総合支庁では平成 17 年度に「食の都庄内」づくり推進事業を立ち 上げ,「焼畑栽培温海かぶ」を地域ブランド産品として確立するため,焼畑栽培と普通畑栽培の赤か ぶの成分の差異による区別化を検討していた。しかし温海かぶの成分に関する報告はほとんどなく, 栽培条件による成分差異の分析とその結果に基づいた区別化方法の開発について支援要請があった。 そこで,「焼畑栽培温海かぶ」と「普通畑栽培温海かぶ」について,一般成分,糖,遊離アミノ酸, ミネラル,総ポリフェノールなどの成分分析および分光測色計による外観の色調測定を行い,栽培 条件との関わりを把握し,区別化方法を検討した。 2 実験方法 2.1 試料 試料は,同一品種の種子を用いて旧温海町内で栽培され,山形県庄内総合支庁産業経済部農業技 術普及課で採取した温海かぶ 7 種を用いた。栽培区を下記に示す。 焼畑区 :通常の焼畑で栽培した区(焼畑①,焼畑②,焼畑③) リサイクル畑区 :焼畑栽培を行った後,3 年程度休作し雑草を生育させ,その後雑草を刈り払 い,乾燥後に火入れを行った畑で栽培した区(リサイクル①,リサイクル②) 転換畑区 2.2 2.2.1 :水田の転換畑で栽培した区(転換畑①,転換畑②) 分析・測定方法 一般成分分析 一般成分として,水分,たんぱく質,脂質,灰分,炭水化物の分析を行った。温海かぶは,ミル で粉砕した後に測定に用いた。水分は減圧加熱・乾燥助剤法(70 ℃ , 5 h , ケイ砂添加),たんぱく 質はサリチル酸添加マクロ改良ケルダール法,脂質は酸分解法,灰分は 550 ℃灰化法,炭水化物は 差し引きで求めた。 2.2.2 糖分析 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた。糖を蛍光誘導体化して検出を行うポストカラム蛍 光検出法で分析を行った。温海かぶをミルで粉砕した後に遠心分離(10000 rpm,10 min)を行い,そ の上清を孔径 0.45 μm のメンブランフィルターでろ過したものを糖分析試料とした。カラムは − 82 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) Finepak GEL SA-121 6.0 mmI.D.×100 mm(日本分光),移動相は bufferA (250 mM ホウ酸,pH 8.0), bufferB (600 mM ホウ酸,pH 8.0),流量は 0.5 mL/min,カラムオーブン温度は 80 ℃,検出器は 蛍光検出器(励起波長 310 nm,測定波長 415 nm)とした。 2.2.3 遊離アミノ酸分析 HPLCを用いた。o-フタルアルデヒドを用いたポストカラム蛍光検出法で分析を行った。温海か ぶをミルで粉砕した後に遠心分離(10000 rpm, 10 min)を行い,その上清を孔径 0.45 μmのメンブラ ン フ ィ ル タ ー で ろ 過 し た も の を 遊 離 ア ミ ノ 酸 分 析 試 料 と し た 。 カ ラ ム は Shim-Pack ISC-07/S1504(Na) 4.0 mmI.D.×150 mm(島津製作所),移動相はbufferA (0.2Nクエン酸三ナトリ ウム,70 mL/Lエタノール(99.5 %),16.6 mL/L過塩素酸(60 %),pH 3.2),bufferB(0.6Nクエン酸 三ナトリウム,12.4 g/Lホウ酸,pH 10.0),流量は 0.2 mL/min,カラムオーブン温度は 55 ℃,検 出器は蛍光検出器(励起波長 348 nm,測定波長 450 nm)とした。 2.2.4 ミネラル分析 誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP)を用いた。温海かぶをミルで粉砕した後,ホウ珪酸ガラ ス製のコニカルビーカー(200 mL)に約 15 g 取り,電気炉を用い 95 ℃で水分を蒸発させた後に, 200 ℃で炭化した。その後に原子吸光分析用硝酸(関東化学)を 10 mL 加え湿式分解を行った。乾固 寸前まで蒸発させた後,0.1N 硝酸で 100 mL にメスアップし,ろ紙 5 種 C でろ過(はじめの 30 mL は 廃 棄 ) し た も の を ミ ネ ラ ル 分 析 試 料 と し た 。 標 準 液 は Multi-element standard solution IV(Merck),Na 標準液,K 標準液,Ca 標準液,Mg 標準液(いずれも関東化学,化学分析用)を混合, 0.1N 硝酸で希釈し,Na : 5 mg/L,K : 450 mg/L,Ca : 45 mg/L,Mg : 15 mg/L,(Li , B , Al , Cr , Mn , Fe , Co , Ni, Cu , Zn , Ga , Sr , Ag , Cd , In , Ba , Tl , Pb , Bi):1mg/L に調整したものを原液 とした。これを適宜 0.1N 硝酸で希釈し検量線作成用の標準とした。測定は,感度を高めるために 軸方向観測とした。 2.2.5 総ポリフェノール分析 Folin-Denis 法を用い 1),(+)-カテキンの換算値として算出した。 2.2.6 色調測定 分光測色計(コニカミノルタセンシング CM-2500d)を用いて L*a*b*を測定した。測定部位 :測定部位 は色調のムラが大きい主根部と側根部を除く根の :主根部 下部の一部(図 1)とし,1 サンプルにつき 2 ヶ所, 1 栽培区で 10 サンプル測定した。測定条件は JISZ8722 条件 c(d-n),光源 D 65,10°視野,分光 :側根部 測色方法(波長間隔 10 nm)とした。 図1 3 色調の測定部位 実験結果および考察 3.1 一般成分 一般成分は,食品分析の主要項目である。一般成分の分析結果を表 1 に示す。リサイクル畑区と 転換畑区では,試料により差異が見られたが,焼畑区では試料間の差異はほとんどなかった。焼畑 区は,他の栽培区よりたんぱく質が少なく,脂質が多く,この 2 成分で焼畑区を区別できる可能性 が示唆された。 3.2 糖 糖は,農作物の品種,栽培条件,採取時期などで含有量や組成が変動すると考えられた。糖分析 の結果を表 2 に示す。すべての試料からグルコース,フラクトース,マルトースが検出された。畑 によりマルトースの量が大きく異なっていたが,マルトースはでんぷんの生合成,分解過程で量が 変動することから,収穫時期の違いによるものと推測される。糖含有量,糖組成には,栽培区の特 徴は見られなかった。 − 83 − 安食 村岡 石塚:焼畑栽培温海かぶと普通畑栽培温海かぶの区別化 表 1 温海かぶの一般成分 単位:g/100g 試料 水分 たんぱく質 脂質 炭水化物 灰分 焼畑① 92.4 0.60 0.13 6.3 0.50 焼畑② 92.3 0.60 0.13 6.5 0.48 焼畑③ 92.1 0.66 0.13 6.7 0.45 リサイクル① 92.1 0.83 0.10 6.6 0.39 リサイクル② 92.7 0.56 0.09 6.2 0.41 転換畑① 91.9 0.72 0.10 6.8 0.41 転換畑② 92.2 0.76 0.11 6.3 0.60 表 2 温海かぶの糖含量結果 グルコース フラクトース マルトース (g/100mL) (g/100mL) (mg/100mL) 焼畑① 2.7 2.3 7 焼畑② 2.6 1.9 16 焼畑③ 2.9 2.3 33 リサイクル① 2.9 2.2 4 リサイクル② 2.7 2.1 11 転換畑① 2.8 2.4 15 転換畑② 2.9 2.8 12 試料 表 3 温海かぶの遊離アミノ酸含量結果 単位:g/100mL 試料 Asp Pro Gly Ala Cys Val Met Ile Leu His Lys Arg 焼畑① 6.4 2.6 2.5 10.6 9.5 0.2 1.1 2.5 2.8 1.2 3.6 2.1 焼畑② 8.2 2.9 2.4 12.1 10.8 0.3 1.2 2.2 3.5 1.3 4.4 2.5 焼畑③ 11.2 4.8 2.9 14.4 15.6 0.3 1.6 3.9 7.2 1.9 6.0 3.5 リサイクル① 13.4 5.4 3.5 13.3 18.2 0.3 1.9 4.3 5.7 2.4 6.7 4.0 リサイクル② 7.9 2.6 2.7 10.4 13.6 0.3 1.6 3.6 4.4 1.7 5.8 3.3 転換畑① 5.7 2.4 2.8 12.4 14.3 0.3 1.5 3.5 4.5 1.8 5.6 3.3 転換畑② 8.7 3.1 4.2 13.5 16.6 0.4 1.8 4.0 5.4 1.9 7.1 4.0 3.3 遊離アミノ酸 遊離アミノ酸は,糖と同じく農作物の品種,栽培条件,採取時期などで含有量や組成が変動する と考えられた。遊離アミノ酸分析の結果を表 3 に示す。今回の分析条件では,12 種のアミノ酸が定 量でき,すべての試料で Ala と Cys が主要な遊離アミノ酸であることがわかった。遊離アミノ酸含 量は,たんぱく質の量と比例する傾向が見られたが,各遊離アミノ酸のバランスから栽培区の特徴 を示す結果は得られなかった。 3.4 ミネラル ミネラルは,産地や土壌により含有量や組成が変動すると考えられた。ミネラル分析の結果を 表 4 に示す。栽培区ごとに見ると,焼畑区で Na が少なく,転換畑区で Fe が多く,Sr が少ない傾 向が見られ,これらのミネラルを分析することで焼畑区と転換畑区を区別できる可能性が示唆され た。一方,元素ごとに含量を見ると,Mg は全区でほぼ同じで,B,K,Ca,Mn,Cu,Zn,Ba は 試料により大きく異なり,栽培区の特徴は見られなかった。これらの結果から,温海かぶのミネラ − 84 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 表4 試料 B Na Mg 温海かぶのミネラル含量 K Ca Mn Fe 単位:g/100g Cu Zn Sr Ba 焼畑① 0.16 5 10 240 19 0.07 0.11 0.01 0.14 0.18 0.10 焼畑② 0.15 4 10 180 28 0.14 0.11 0.02 0.18 0.20 0.09 焼畑③ 0.17 5 10 180 28 0.34 0.12 0.01 0.22 0.20 0.07 リサイクル① 0.14 20 11 210 20 0.34 0.12 0.01 0.29 0.20 0.18 リサイクル② 0.10 16 10 180 20 0.09 0.10 0.00 0.25 0.18 0.12 転換畑① 0.12 13 9 170 31 0.06 0.14 0.10 0.18 0.12 0.11 転換畑② 0.15 3 8 280 27 0.07 0.17 0.02 0.19 0.03 0.01 ル量は,栽培方法の違いよりも土壌のミネラルや収穫時期など他の要因により影響を受ける可能性 が高いといえる。今回の実験では,Na,Fe,Sr が栽培区の特徴を示すことがわかったが,栽培区 を確実に区別するためには,土壌のミネラルや収穫時期などのデータを取りながら,より多くの試 料を分析する必要がある。 3.5 総ポリフェノール 表5 温海かぶには,鮮やかな赤い色素であるルブロ 温海かぶの総ポリフェノール含量 総ポリフェノール ブラッシンを始め,様々なポリフェノールが含ま (mg カテキン/100mL) れており,これらのポリフェノールは食品に苦味 試料 や色調を与える。温海かぶは,栽培条件により色 焼畑① 36.3 調が大きく異なることが知られており,総ポリフ 焼畑② 35.6 ェノール含量に差異がある可能性が高い。総ポリ 焼畑③ 38.7 フェノール分析の結果を表 5 に示す。総ポリフェ リサイクル① 37.6 ノール含量は炭水化物と比例関係が見られた。転 リサイクル② 36.8 換畑①で他の栽培区より高い量となったが,これ 転換畑① 44.7 は転換畑①の温海かぶの多くが側根部で亀裂を生 転換畑② 35.8 じていて,その亀裂を修復するためにケルセチン 類を蓄積したことが原因と思われる。 3.6 色調 温海かぶの甘酢漬けは,鮮やかな赤色が特徴である。この赤色色素は,生鮮品では皮の部分に偏 在することで暗紫色を呈しており,この色調が生鮮品の品質指標のひとつとなっている。色調によ る品質管理は通常目視で行われており,定量的な評価を行うことで品質のよい焼畑栽培を区別でき る可能性が高い。色調測定の結果を表 6 に示す。L*は色の明るさ,a*は赤み,b*は黄みを示す数値 である。 表6 温海かぶの色調 L* a* b* 焼畑① 43.4±5.4 30.5±3.0 -12.7±3.2 焼畑② 43.9±2.4 28.5±2.9 -14.4±1.8 焼畑③ 43.6±3.1 29.3±3.4 -13.9±3.1 リサイクル① 47.3±6.1 29.4±2.8 -14.9±1.4 リサイクル② 45.5±4.8 28.5±2.5 -13.3±2.6 転換畑① 41.6±3.6 21.0±5.1 -7.2±4.8 転換畑② 52.2±8.5 26.0±5.4 -13.3±4.3 試料 n = 20,平均値±標準偏差 − 85 − 安食 村岡 石塚:焼畑栽培温海かぶと普通畑栽培温海かぶの区別化 温海かぶの色調(L*)の有意差 表7 試料 焼畑① 焼畑① 焼畑② 焼畑③ * 転換畑② *** 転換畑① 転換畑② *** * *** − * * *** * − *** * − ** ** リサイクル② 転換畑① リ② * − * リ① * − 焼畑② リサイクル① 焼畑③ * * *** ** − *** *** *** * ** *** − *:危険率 5 %で有意,**:危険率 1 %で有意,***:危険率 0.1 %で有意 表8 試料 温海かぶの色調(a* )の有意差 焼畑① 焼畑② 焼畑① − * 焼畑② * − 焼畑③ 焼畑③ リ② 転換畑① 転換畑② * *** ** *** *** − リサイクル① リサイクル② リ① *** − * 転換畑① *** 転換畑② ** − *** *** *** *** * * *** − ** ** − *:危険率 5 %で有意,**:危険率 1 %で有意,***:危険率 0.1 %で有意 表9 試料 焼畑① 焼畑① 焼畑② 焼畑③ リ② ** リサイクル② *** 転換畑② *** *** − *** 転換畑① *** − 焼畑③ 転換畑① リ① ** − 焼畑② リサイクル① 温海かぶの色調(b* )の有意差 *** − * *** * − *** *** *** − *** 転換畑② *** − *:危険率 5 %で有意,**:危険率 1 %で有意,***:危険率 0.1 %で有意 転換畑①と転換畑②は他の栽培区と比べ平均値が異なる傾向が見受けられたため,有意に差があ るか T 検定を行った。T 検定の結果,焼畑区とリサイクル畑区には有意な差があまりなかったが, 転換畑①と他の試料ではすべての組み合わせで a*(赤み)と b*(黄み)に有意な差があった (表 7,表 8, 表 9) 。また,転換畑②と他の試料ではすべての組み合わせで L*(明るさ)に有意な差があり,色調 測定で転換畑区を区別できる可能性が高い。 分光測色計による色調測定は,前処理なしに非破壊で簡便に行え,短時間で結果を得られること から,赤かぶの区別化方法の一つとして非常に有効と思われる。 − 86 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 4 結 言 焼畑栽培と普通畑栽培それぞれの栽培区において生産された温海かぶの糖,遊離アミノ酸,ミネ ラルなどの分析を行うとともに,色調の測定を行い,区別化方法について検討した結果,以下の知 見が得られた。 1) 一般成分では,焼畑区でたんぱく質が少なく,脂質が多いという特徴が見られ,この 2 成分によ り焼畑区と他の栽培区を区別できる可能性がある。 2) 糖,アミノ酸,総ポリフェノール量では,栽培区の特徴を示す結果が得られず,データを継続し て収集する必要がある。 3) ミネラルでは,焼畑区では Na が少なく,転換畑区では Fe が多く Sr が少ないという特徴が見ら れ,ミネラル含量により栽培区を区別できる可能性がある。 4) 色では,転換畑区で L*(明るさ),a*(赤み),b*(黄み)の値が他の栽培区と有意に異なるという特 徴があり,色測定で転換畑区と他の栽培区を区別することが可能と思われる。 文 献 1) 篠原和毅, 鈴木建夫, 上野川修一:食品機能性研究法, 光琳(2000)318. − 87 − ラ・フランスパウダーの開発 飛塚幸喜 三浦靖* 小林昭一* Development of Powdered La France Pear Koki TOBITSUKA 1 緒 Makoto MIURA* Syoichi KOBAYASHI* 言 山形県の西洋ナシ生産量は全国第 1 位(平成 17 年全国収穫量の 62 %,20000 t)であり,主力品 種の「ラ・フランス」は,本県を代表する特産農産物の 1 つである。本県において,ラ・フランス の収穫量は西洋ナシ全体の 88 % (17500 t) を占める。現在,ラ・フランスは生食の他には主に飲料 等に利用されているが,生産者からはラ・フランスの更なる消費拡大および用途開発,食品製造業 者からはラ・フランスを用いた本県特産の加工食品開発への要望が数多く寄せられている。これら に応えるため,我々は平成 11 年度より,ラ・フランスの香気成分を保持したままで果実を粉末状 に加工する「ラ・フランスパウダー」の開発に取り組んできた。開発した技術を応用して,平成 18 年 2 月,県内企業においてラ・フランスパウダーおよびこれを原料とした洋菓子(パイ)の試験製造お よび試験販売が行われた。ラ・フランスパウダーは無色の粉体であることから用途が極めて広く, 新規の食品素材として期待されている。本報告では,シクロデキストリン(以下 CD と略記)と各種 香気エステルの親和度の比較, CD-エステル複合体の構造解析およびラ・フランスパウダーの香気 エステル放出特性について検討した。 2 実験方法 2.1 試料 塩水港製糖(株)製の α-CD( α-100,α-CD 含量 98 %以上),β-CD( β-100,β-CD 含量 98 %以上) および γ-CD( γ-100,γ-CD 含量 98 %以上)を 6.7 kPa, 70 ℃で 7 日間乾燥して供試した。マルト ヘキサオースおよびマルトヘプタオースには,和光純薬工業(株)製の生化学用試薬を用いた。 ラ・フランス果汁には,寒河江市産ラ・フランスの果肉をホモジナイザー( AM-10 型,(株)日本精 機製作所)で均質化した後,遠心分離(4220 × g,20 min,4 ℃)した上清を用いた。 2.2 ラ・フランス果汁のヘッドスペースガスの香気成分分析 25 mL 容量のガラス製バイアルにラ・フランス果汁 10 mL を入れて密栓した後,バイアルを 40 ℃ に保温しながらマグネチックスターラーで 10 分間撹拌した後,ガラス製シリンジでヘッドスペー スガス 1 mL をとり,ガスクロマトグラフ(GC-17A 型,(株)島津製作所)に注入した。GC 分析 条件は以下のとおり:キャリアガス,He( 18 kPa);カラム,CBP20-W25-100(内径 0.53 mm × 長さ 25 m,フィルム厚 1.0 μm,(株)島津製作所);カラム温度,100 ℃;検出器,FID。 2.3 CD と酢酸エステル類との相互作用評価 蒸留水 1 L に酢酸エチル,酢酸プロピル,酢酸ブチル,酢酸ペンチル,酢酸ヘキシルおよび酢酸 ヘプチルを各 5 mg 加えた後,ホモジナイザー( GLH-115 型,ヤマト科学(株))で激しく混合し てこれらを溶解した。酢酸エステル水溶液と CD 水溶液(2.5,5.0,7.5 mM)各 0.5 mL をガラス 製バイアル(10 mL)に入れて密栓し,オートサンプラ(AOC-5000 型,(株)島津製作所)を用い て 40 ℃で 500 rpm,10 分間撹拌した後,ヘッドスペースガス 1 mL を GC に注入した(GC-17A 型, (株)島津製作所)。GC 分析条件は 2.2 と同じ。 *岩手大学農学部 − 88 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 2.4 ヘッドスペースガスの酢酸エステル濃度の速度論的解析 ヘッドスペースガスの酢酸エステル濃度が,共存する CD 濃度についての 1 次反応速度式に従っ て減少すると判断されたため,次式で定義したヘッドスペース濃度減少定数( k)を用いてヘッド スペースガスの酢酸エステル濃度の減少挙動を定量化した。 log I = -kc log I0 ( 1) ここで,c:CD 濃度〔mM〕,I:GC ピーク面積値,I0:C=0 の時の I,k:ヘッドスペース濃度減 少定数〔mM-1〕である。 2.5 粉末化ラ・フランス果汁の調製 ラ・フランス果汁 2 mL に α-CD,β-CD または対照としてのマルトヘキサオース,マルトヘプタ オース 0.5g を加え,ウオーターバスにて 45 ℃で 5 分間(β-CD の場合には 80 ℃で 5 分間)加温 溶解した後,乾燥温度 20 ℃,圧力約 20 Pa で凍結乾燥した(FD-5N 型,東京理化器械(株))。 2.6 粉末化ラ・フランス果汁に保持された酢酸エステル類の定量 粉末化ラ・フランス果汁 0.8 g に蒸留水 2 mL および塩化ナトリウム 0.7 g を加えて混合した。こ れにジエチルエーテル 1 mL を加えて 10 分間激しく混合した後,遠心分離(1200 × g,20 min) して,ジエチルエーテル層を分取した。この操作を 3 回繰り返してジエチルエーテル層を合わせ, ジエチルエーテルに溶解した酢酸エステル類を GC 分析した。GC 分析条件は 2.2 と同じ。 2.7 粉末化ラ・フランス果汁の酢酸エステル放出速度の測定 粉末化ラ・フランス果汁 0.8 g に蒸留水 2 mL を加えて溶解した後,ナス型フラスコ(100 mL) に入れ,40 ℃に保温しながら窒素ガス(100 mL/min)で 60 分間パージした。パージ時間が 15 分 間経過(0~15,15~30,30~45,45~60 分)するごとに香気成分捕集管を交換して,パージガスに 含まれる酢酸エステルを捕集した。捕集した酢酸エステルを揮発性成分濃縮導入装置(CP4020 型 , Chrompack 社)で GC-MS( QP5050 型,(株)島津製作所)に注入した。香気成分捕集管の組成お よ び GC-MS へ の 注 入条 件 は以 下の と おり : 香気 成分 捕 集管 ,内 径 4 mm( Carboxen-569, Carbotrap, Carbotrap-C の 3 層充填,Supelco 社 );酢酸エステルの脱着,280 ℃,10min;コー ルドトラップ温度,-150 ℃。GC-MS 分析条件は以下のとおり:キャリアガス,He(150 kPa); カラム,DB-WAX(内径 0.32 mm ×長さ 60 m,フィルム厚 0.5 μm,J&W Scientific 社 );カラム 温度,40 ℃(5 min),40 → 200 ℃(7 ℃/min);検出器,EI( 70 eV)。なお,エステルの定量に は 61 m/z におけるシングルイオンクロマトグラムのピーク面積値を用いた。 2.8 α-CD-酢酸エステル複合体の調製 飽和 α-CD 水溶液(室温,約 20 ℃)に,α-CD に対して 10 倍モル量の酢酸ブチルまたは酢酸ヘ キシルを加え,マグネチックスターラーを用いて室温で 24 時間撹拌した。生成した沈殿をろ紙濾 過(No.5A)し,乾燥ろ紙で水分を除去した後,乾燥温度 20 ℃,圧力約 15 Pa で凍結乾燥(FD-5N 型, 東京理化器械(株))して α-CD-酢酸エステル複合体とした。 2.9 α-CD-酢酸エステル複合体の 1H-NMR 分析 α-CD-酢酸エステル複合体を重水に約 1 %( w/w)濃度で溶解して試料とした。フーリエ変換核 磁気共鳴装置(JNM-A620 型,日本電子(株))で NMR スペクトルを採取した。測定条件は以下 のとおり:測定方法,回転座標系 NOE 相関二次元スペクトル(rotating frame nuclear overhauser and exchange spectroscopy; ROESY)法;測定温度,22 ℃;積算回数,128 回。 3 実験結果および考察 3.1 CD と酢酸エステル類との相互作用 西洋ナシの香気成分は,エステル類,アルコール類,アルデヒド類およびその他から構成される ことが知られているが1,2),中でも酢酸エスエル類が香りに最も強く寄与する成分であることを我々 は報告した 1 )。そこで酢酸エステル類と α-, β-,γ-CD との親和性を比較するために以下の検討を 行った。なお,ラ・フランス果汁のヘッドスペースガスに含まれるエステル類のうち,酢酸エチル − 89 − 飛塚 三浦 小林:ラ・フランスパウダーの開発 ( 5.03 %),酢酸ブチル( 35.25 %)および酢酸ヘキシル ( 58.34 %)がエステル成分全体の約 99 %を占める主要 な成分であり(Table 1),また酢酸ブチルおよび酢酸ヘキ シルがラ・フランスの香りに特に大きく寄与する成分であ ることから,これらを含む 6 種類の酢酸エステルを試験 に用いることとした。 酢酸エステルの水溶液に CD を溶解すると,水溶液中 で酢酸エステルの一部が CD と複合体を形成する。一方, 酢酸エステル水溶液のヘッドスペースガスの酢酸エステ Table 1 Ester composition of La France pear juice in headspace gas. %(w/w) 0.35 5.03 0.44 0.01 35.25 0.03 0.54 58.34 0.01 100.00 Ester Methyl acetate Ethyl acetate Propyl acetate 2-Methyl-1-propyl acetate Butyl acetate 3-Methyl-1-butyl acetate Pentyl acetate Hexyl acetate Heptyl acetate Total の酢酸エステル濃度に応じた値となる。したがって,ヘ ッドスペースガスの酢酸エステル濃度を測定することに より,水溶液中で CD と複合体を形成している酢酸エス テルの量を間接的に知ることができる。この原理を応用 して CD と酢酸エステルとの親和性を比較した。 Fig. 1 に,試料溶液の CD 濃度とヘッドスペースガスの Relative GC peak area 〔% 〕 ル濃度は,水溶液中の遊離(CD と複合体を形成しない) 100 80 60 40 (a) 20 0 0 1.25 ヘッドスペースガスの酢酸エステル濃度が大きく低下し, CD 濃度 3.75 mM における酢酸ヘプチル濃度は,α-CD 添 加区で対照区の約 11 %,β-CD 添加区では約 28 %であっ た。これに対して,γ-CD 添加区ではヘッドスペースガス の酢酸エステル濃度の低下は小さく, CD 濃度 3.75 mM Relative GC peak area 〔% 〕 酢酸エステル濃度(相対濃度,GC ピーク面積比)の関係 を示した。α-, β-CD 添加区では,CD 濃度の増加に伴い 80 60 40 (b) 20 0 0 1.25 らヘッドスペース濃度減少定数(k)を算出した(Table 2)。 k は Fig. 1 のグラフの縦軸を対数とした時の回帰直線の 傾きに相当し,この k が大きいほど CD と酢酸エステル との複合体形成能(単位 CD 量当たり)が高いことを示 い酢酸エステルとより多くの複合体を形成することを意 味しており,疎水性の高い酢酸エステル分子が,疎水的 環境である CD 分子の空洞によりなじみやすいためであ ると解釈出来る。一方,各酢酸エステルにおける α-,β-, 3.75 100 80 60 40 (c) 20 0 0 1.25 2.5 3.75 CD concentration 〔mM〕 している。α-,β-,および γ-CD とも,疎水性の高い酢酸 エステルで k が大きくなった。これは,CD が疎水性の高 2.5 CD concentration 〔mM〕 Relative GC peak area 〔% 〕 度の減少挙動を定量化するため,Fig. 1 に示したデータか 3.75 100 における酢酸ヘプチル濃度は対照区の約 82 %であった。 Fig. 1 における,ヘッドスペースガスの酢酸エステル濃 2.5 CD concentration 〔mM〕 Fig. 1 Effect of CD concentration on the relative quantity of esters in the headspace gas. (a) α-CD, (b) β-CD, (c) γ-CD. ○ Ethyl acetate, ● propyl acetate, △ butyl acetate, ▲ pentyl acetate, □ hexyl acetate, ■ heptyl acetate. および γ-CD の k を比較すると,全ての酢酸エステルにお いて α-CD の k が最も大きく,次いで β-CD の順であり, γ-CD では α-,β-CD と比較して著しく小さかった。これ は α-,β-,および γ-CD のうち,α-CD が酢酸エステルと 最も多くの複合体を形成する(単位 CD 量当たり)こと を意味しており,CD にラ・フランスの香気成分を保持さ せた粉末化ラ・フランスの調製では,α-CD の使用が最適 であると思われた。 − 90 − Table 2 Apparent constant of retention (k) of ester concentration in headspace gas of ester aqueous solution with CDs. Ester Ethyl acetate Propyl acetate Butyl acetate Pentyl acetate Hexyl acetate Heptyl acetate α-CD 0.03 0.05 0.10 0.15 0.20 0.32 k 〔mM-1〕 β-CD 0.02 0.03 0.05 0.09 0.14 0.19 γ-CD 0.01 0.01 0.01 0.01 0.02 0.03 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 3.2 粉末化ラ・フランス果汁の酢酸エステル保持量 3.1 の試験結果から,CD とラ・フランスの香気成分とが水溶液中で複合体を形成することがわか った。そこでラ・フランス果汁の凍結乾燥加工において,CD の添加が香気成分の保持に有効であ るかどうかを検討するために以下の試験を行った。試験には α-,β-CD の他に,比較対照として CD と分子量がほぼ等しい直鎖状マルトオリゴ糖であるマルトヘキサオースおよびマルトヘプタオース を用いた。なおラ・フランスに含まれる香気成分のうち,ラ・フランス香に強く寄与し,また含有量 の多い 3 種類の酢酸エステル(酢酸エチル,酢酸ブチル,酢酸ヘキシル)について検討した。 Table 3 に,粉末化ラ・フランス果汁のエステル含有量(相対量)を示した。マルトヘキサオー ス,マルトヘプタオース添加区では,マルトオリゴ糖を添加しない対照区と比較して約 1.1 倍から 1.7 倍量のエステルを保持したのに対し,CD 添加区では,約 1.2 倍から最大 3.5 倍量のエステル を保持した。α-,β-CD の分子構造が環状であり,マルトヘキサオース,マルトヘプタオースの分 子構造が直鎖状であることを考慮すると,この結果はエステルの保持に CD の環状構造に起因する ホスト分子とゲスト分子との親和性が大きく 関係していることを示すものと考えられた。 一方,α-CD と β-CD とを比較すると,α-CD 添加区でより多くの酢酸エステルが保持され た。この結果は,α-,β-,γ-CD のうち α-CD が 酢酸エステルと最も多くの複合体を形成する とした,3.1 の試験結果と良く一致している。 3.3 Table 3 Relative ester contents of freeze-dried La France pear juice with 20% (w/w) malto-oligosaccharides. Ester Without Ethyl acetate 1.00 Butyl acetate 1.00 Hexyl acetate 1.00 α-CD 1.77 3.46 3.40 β-CD 1.24 2.46 2.07 Maltohexaose Maltoheptaose 1.10 1.32 1.58 1.67 1.24 1.27 酢酸エステルの放出速度 3.1, 3.2 の試験では,CD によるラ・フランス香気成分の保持に着目して検討したが,保持され た香気成分が「香り」として感知されるためには,香気成分が気相に放出されることが必要である。 そこで粉末化ラ・フランス果汁からの酢酸エステルの放出挙動を検討することとした。Table 3 の試 を添加して調製した粉末化ラ・フランス果汁を試料とした。 Fig. 2 に,パージ時間(0~60 分間,15 分間毎)とエステ ル放出量の関係を示した。マルトヘキサオース添加区では,0 から 15 分の間に多くの酢酸エステルが放出され,15 分以 4 (a ) 8 果汁(α-CD 添加)および,比較のためマルトヘキサオース GC-MS peak area 〔×10 〕 験で最も多くの酢酸エステルを保持した粉末化ラ・フランス 3 2 1 0 降では酢酸エステルはほとんど検出されなかった。これに 0∼15 含まれる酢酸エステルと α-CD が複合体を形成し,パージに 伴い酢酸エステルが徐々に放出された結果と考えられる。 α-CD 添加区の各酢酸エステルの放出挙動を比較すると,酢 酸エチルではパージ時間の経過に伴い放出量が大きく減少 して 30 分以降ではわずかしか検出されないのに対して,酢 酸ブチルでは 0~60 分まで放出量が徐々に減少し,酢酸ヘキ シルでは 0~60 分まで放出量に大きな変化は見られなかっ た。これは,疎水性が低い酢酸エステル(酢酸エチル)は CD から速やかに放出され,疎水性が高い酢酸エステル(酢酸 ヘキシル)は徐々に放出されることを示すものであり,CD と疎水性が高い酢酸エステルとの親和性が高いとした Fig. 1,Table 2 の結果と良く一致している。以上の結果は, − 91 − 30∼ 45 45∼60 4 (b ) 8 きく異なる結果となった。これは,α-CD 添加区では果汁に GC-MS peak area 〔×10 〕 対して α-CD 添加区では,0~60 分までの全ての時間帯で酢 酸エステルが検出され,マルトヘキサオース添加区とは大 15∼30 Purge period 〔min〕 3 2 1 0 0∼15 15∼30 30∼45 45∼60 Purge period 〔min〕 Fig. 2 Relationship between the quantity of esters in the headspace gas and the purge period. (a) maltohexaose, (b) α-CD. Black bar, ethly acetate; gray bar, butyl acetate; and white bar, hexyl acetate. 飛塚 三浦 小林:ラ・フランスパウダーの開発 マルトヘキサオースを賦形剤とした粉末化ラ・フランス果汁は初期の香りは強い反面,香りの持続 性に欠けており, α-CD を賦形剤とした粉末化ラ・フランス果汁は香りの持続性に優れていると解 釈することが出来る。 3.4 α-CD-酢酸エステル複合体の 1H-NMR 分析による構造解析 (a) これまでの試験結果から, CD は酢酸エス 〔ppm〕 テルと複合体を形成することがわかったが, 1.8 1.6 1.2 1.4 1.0 0.8 3.4 複合体の形成が酢酸エステルの CD 空洞内へ ←H-2,4(CD) ←H-5(CD) 3.8 め, 1H-NMR 分析により CD-酢酸エステル複 3.6 の包接によるものかどうかを明らかにするた 合体の構造解析を試みた。 ←H-3(CD) 4.0 CD は α-D-グルコピラノースの 3,5 位上の 4.2 プロトンが空洞の内側に位置し,2,4 位上の 3~7) 。よってゲスト分子が CD 分子空 4.4 れている 洞の内部に包接されていれば, α-D-グルコピ ラノースの 3,5 位上のプロトンとゲスト分子 (b) のプロトンとが空間的に近接するため,核オー 〔ppm〕 バーハウザー効果(nuclear overhauser effect 1.8 1.6 1.2 1.4 0.8 1.0 3.4 ; NOE) が観測され ると考えられる 。 NOE ←H-2,4(CD) 3.6 り,双極子 -双極子緩和機構によって起こるた ←H-5(CD) 3.8 とは 1 つの共鳴シグナルを飽和させた時に, め,化学結合していなくても空間的に近接し ←H-3(CD) 他の共鳴シグナルの強度が変化する現象であ 4.0 ているだけで起こる 。この NOE の測定によ 8) 4.2 れまでにも数多く報告されている 9~12) 。 α-CDROESY 法により NOE を測定し,得られたス ペクトルを Fig. 3 に示した。なお本試験では, 〔ppm〕 り CD-ゲスト包接体の構造を解析した例はこ 酢酸エステル複合体を重水に溶解して 〔ppm〕 プロトンは空洞の外側に位置することが知ら Fig. 3 2D ROESY spectra of α-CD-ester complexes. (a) α-CD-butyl acetate complex, (b) α-CD-hexyl acetate complex. ラ・フランス香に最も強く寄与する成分であ る,酢酸ブチルおよび酢酸ヘキシルと α-CD との複合体について測定した。参考として, 6 CH2OH H-6(CD) O H-1(CD) α-CD-酢酸ブチル複合体の一次元 1H-NMR ス 5 4 OH 3 ペクトルを Fig. 4 に示した。 H-3(CD) H-2,4(CD) O O 2 ∥ 1 O CH 3-C-O-CH2-CH 2-CH2-CH3 1' OH 1 1' α-CD-酢酸ブチル複合体,α-CD-酢酸ヘキシ H-5(CD) ル複合体ともに,α-D-グルコピラノース 3,5 4 1 位上のプロトンとエステルのアルキル鎖のプ ロトン間に交差ピークが見られた。一方, CD 分子の空洞の外側に位置する α-D-グルコピラ ノース 2,4 位上のプロトンとの間には交差ピ ー ク が 見 ら れ な か っ たこ と か ら , こ れら の α-CD-酢酸エステル複合体は,エステルが CD 分子の空洞内に包接された構造であると思わ れた。 2 3 4 〔b〕 〔a〕 5 2 4 3 2 3 1 0 Chemical shift 〔ppm〕 Fig. 4 1H-NMR spectrum of α-CD-butyl acetate complex. The designations H1-H6 (CD) indicate the proton numbers of the glucose unit of α-CD (a). Numbers (1-4) or primed number indicate the proton numbers of butyl acetate (b). − 92 − 山形県工業技術センター報告 No.38 (2006) 4 結 言 ラ・フランス果汁およびラ・フランスの主要な香気成分である酢酸エステル類を試料として, CD とラ・フランス香気成分との相互作用を検討し,以下の結果を得た。 1) α-, β-, および γ-CD と 6 種類の酢酸エステル類との複合体形成能を比較したところ,全ての酢 酸エステルについて α-CD > β-CD > γ-CD の順であった。また,全ての CD は疎水性の高い酢 酸エステルとより多くの複合体を形成した。 2) ラ・フランス果汁に α-CD,β-CD,マルトヘキサオースまたはマルトヘプタオースを溶解して粉 末化ラ・フランス果汁を調製したところ, α-CD を添加した粉末化ラ・フランス果汁が最も多く の酢酸エステル類を保持した。また α-CD で調製した粉末化ラ・フランス果汁は,水溶液中で酢 酸エステル類を徐放した。 3) α-CD-酢酸ブチル複合体および α-CD-酢酸ヘキシル複合体を 1H-NMR 分析(回転座標系 NOE 相 関二次元スペクトル(ROESY)法)したところ,α-D-グルコピラノース 3,5 位上のプロトン とエステルのアルキル鎖のプロトン間にのみ交差ピークが見られた。よって,これらはエステ ル分子が CD 分子の空洞内部に包接された構造であると思われた。 文 献 1) 飛塚幸喜:日本農芸化学会誌, 77(8)(2003)762. 2) H. Shiota: J. Sci. Food. Agric., 52( 1990)421. 3) 齋藤勝裕:超分子化学の基礎, 化学同人, 2001, 160. 4) 亀和田光男:食品素材の開発, シーエムシー, 2001, 98. 5) T. Nakakuki: Trends in Glycoscience and Glycotechnology, 15( 2003)57. 6) 池田博, 上野昭彦:化学工学, 62(1998)585. 7) M. L. Bender, M. Komiyama:シクロデキストリンの化学, 学会出版センター, 1979, 6. 8) 安藤喬志, 宗宮創:これならわかる NMR, 化学同人, 2002, 100. 9) R. G. Joel, J. L. John, Stephen A. Schroeder: J. Agric. Food Chem., 49( 2001)2053. 10) S. Svetlana, S. Hans-Jorg : J. Chem. Soc., Perkin Trans., 2( 2000)1717. 11) C. Federico, D. Rosario, F. Giovanni, F. Claudio, M. Luciana, Mele. Andrea: J. Agric. Food Chem., 46( 1998)1500. 12) D. Soundar, J. Agric. Food Chem., 38( 1990)940. 13) J. Nimmagadda, S. R. Candadai, D. Soundar: J. Agric. Food Chem., 39( 1991)2123. − 93 − 研究成果広報委員 梅 津 勇 栗 山 伊 藤 斉 田 中 中 川 郁 太 郎 山 田 久 松 徳 郎 山 澤 君 好 森 岡 裕 人 藤 田 壽 夫 菅 井 和 人 山 口 道 雄 仁 藤 庸 一 山形県工業技術センター報告 卓 善 衛 享 No.38( 2006) 2007 年(平成 19 年)1 月 発 行 山形県工業技術センター 〒 990-2473 山形市松栄二丁目 2 番 1 号 Tel. (023)644-3222 印 刷 株式会社片桐印刷
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