愛晃会文化賞・最終審査会に出席して 知性と感性の結晶としての愛晃会文化賞 田 近 洵 一 (東京学芸大学名誉教授・前早稲田大学教授) 最終審査会に出席して 今年も、愛晃会文化賞の応募作品を、校長先生やPTAの役員など、審査委員の皆さ んといっしょに、たのしく読ませていただきました。 中学校二年生の作品が中心で、三年生や高校生の応募の少ないのが残念でしたが、し かし今年もおもしろい作品がたくさんありました。特に、最終審査に残った作品には、 知性と感性のきらめきを感じさせるものが多く、さすが晃華学園の皆さんの作品だなあ と感心しました。 実際に経験したことや、頭の中で考えていることは、ことばにすることで初めて存在 します。ことばにしなければ、なかったも同然、「無」です。頭の中で考えていること をことばにしましょう。ことばにすることで、私たちは、人として存在するのです。 文化賞は、皆さんの頭の中の出来事をことばで取り出し、皆さんの存在(アイデンテ ィティ-)を確かにしようとするものです。私は、そう思って、毎年、最終審査に参加 させてもらっています。 総評 中二の皆さんの作品の多くは、今年も小説でした。今流行の近未来のファンタジー風 のものが多いのが近年の特徴ですが、今年は特にそれが目立ちました。小説はフィクシ ョンとして自由に書けますから、今の中学生や高校生にとっては書きやすいのかもしれ ません。だから、場面の設定やストーリーの展開が、中学生なりにおもしろく考えられ た作品がたくさんありました。しかし、題材のおもしろさだけを追求していて、小説の 中でどんな問題を取り上げるかについてはあまり考えられていない作品が多いように思 いました。小説を書くのなら、おもしろさだけを狙うのではなく、まずは、「どんな問 題とぶつかっている人物を描くのか」をしっかりと考えて書いてほしいと思います。 なお、中二以外の応募作品は、最優秀賞になった高二の川本絢子さんの作品だけでし た。せっかくの文化賞なのですから、中三や高校の皆さんにも是非応募してほしいと思 います。 高一の海外研修を題材とした作品は、ホームステイの苦労と楽しさ、そして何よりも ホストファミリーとの心の繋がりが描かれていて、いずれもおもしろく読みました。こ のような貴重な体験は、晃華学園の皆さんだけのものです。楽しかったこともつらかっ たことも、こうして記録として残しておくと、とてもいい思い出のよすがとなることと 思います。来年も、海外研修に参加したら、是非それを記録として残しておいてほしい と思います。 作品評 愛晃会賞 「マツバボタンからの手紙」 (エッセイ) 高校二年 筆者は、中学校一年生の時に、家庭科の課題でマツバボタンの種を蒔き、それをベラ ンダで大事に育ててきました。普通、暖かい地方でしか冬越しをしないはずマツバボタ ンが、もう四回の冬を越して生き続けています。この作品は、そのマツバボタンにこと よせて、筆者の晃華での四年半を振り返って書いたエッセイです。 中学から入ってきて、友達作りをがんばろうと思っていた筆者は、オリエンテーショ ン合宿のバーベキュウで、友達と半生の玉ねぎをかんだときの食感と辛さとが懐かしく 思い出されます。それはなんと言うこともない出来事なのですが、筆者は、その時のこ とを生き生きと思い出しています。また、理科でたんぽぽの生態を三ヶ月にわたって観 察したり、マツバボタンの双葉をピンセットで起こしてやったり、クラスメートとお弁 当を友達と「ひなたぼっこする猿山のサル」のようになって食べたり……と、ここに描 かれている事柄は、特に劇的な出来事ではないのですが、しかし、いずれも晃華学園で の楽しい学園生活の一こまです。全部で三十近いエピソードの中には、京都奈良学習旅 行や東日本大震災などの大きな出来事もありますが、いかにも中・高生らしくておもし ろいのは、日焼けを気にしたり、鯵の三枚おろしに自信をつけたり、自分の口調を反省 したりするところです。そのような日常的なエピソードを通して、中学生から高校二年 生までの生活が、ベランダのマツバボタンとともに、素直な筆致で生き生きと描き出さ れています。特に強烈に記憶に残るような劇的な出来事はないのですが、屈託なく過ご してきた晃華での四年間の、明るく素直な思い出の記となっています。 審査委員長賞 「日向に若葉」(小説) 中学二年 主人公の「私」の名前は「ひなた」で、妹は「わかな」。「私」は、本当は仲がいい のに仲たがいをしていた妹に、自分からあやまって仲直りをします。そして、その妹に 言われて、疎遠になっていた親友との仲を取り戻します。つまり、「私」は、妹との仲 を取り戻し、その関係で、友達との仲も取り戻すことができました。他愛もないことで 生じた妹や友達との心理的葛藤が、自分から思い切って仲直りを求めることで、一挙に 解決し、明るい人間関係が回復するのです。ここには、姉と妹との仲直りと、親友との 仲直りを連動させて一つの物語とし、心のつながりを求めながらも途切れがちな、また 途切れながらもつながりを求め続ける少女の複雑な心理が描き出されています。しか も、登場する少女たちは、みんな明るく素直で、心にわだかまりなく行動します。そん な少女たちが、題名の「日向に若葉」のイメージのように、優しく、そして明るく描き 出されているので、読者の心を明るくしてくれます。中学生らしい、前向きで明るい生 き方が生み出した作品だと言っていいだろうと思います。 なお、明るい日向に、生き生きと広がる若葉をイメージさせるような「日向に若葉」 という題名は、姉のひなたと妹のわかばとの物語を象徴する題名として、この物語にふ さわしく、とても効果的であり、また印象的です。 メープル賞 「新境地カナダ」(体験記) 高校一年 カナダでの語学研修を、筆者は「いろいろな意味で壮絶な滞在だった」として振り返 ります。この作品は、その二週間にわたる「壮絶な」体験を、日を追って回想し、四〇 〇字詰め原稿用紙にすると五四枚に及ぶ体験記としてまとめたものです。 筆者は、最初なかなかホストファミリーとうちとけることができませんでした。「ホ ストファミリーは私に話そうともせず、ただ家族だけで家族だけの会話をしている」と 思った筆者は、「泣きそうになって、一言も話せず、片付けの手伝いのみして、自分の 部屋に逃げ込んでいた」といった状態でした。実は、そこには手違い、あるいは思い違 いがあったのですが、筆者は時差も考えずに日本の家族に電話して「愚痴を母に吐き出」 したりします。そのような、容易にホストファミリーになじめないままのホームステイ の様子を、筆者はありのまま正直に書いています。 しかし、筆者は、ホームステイに不満を持っているだけではありません。ファミリー になかなか馴染めないでいる自分自身を振り返り、自分の内側の声に耳を傾け、自分自 身に語りかけています。それが、ところどころに挟まれた〈Heart's Voice〉です。こ の心の内なる声(インナーボイス)を記すことで、ホ-ムステイに馴染めずに苦しんで いる自分を相対化して描き出しています。 ホストファミリーと別れる日、筆者の心はホストファミリーへの感謝の思いでいっぱ いになります。そして、いろいろありましたが、最後は感動的な涙の別れをします。こ の作品は、ハートボイスを挟み込みながら、そこまでの心の葛藤を描き出した、リアリ ティーのある体験記となっています。 優秀賞 「かるたバカ日記」(小説) 中学二年 主人公の「私」杉下遙は、競技かるたに熱中し、最後は、団体戦のメンバーに選ばれ て合宿に参加するようにまでなります。この作品は、そのかるたバカの八ヶ月間を描い たものですが、競技の様子や練習の様子など、また友達との関わりなど、その内容は作 者自身でなければ描けないもので、これは競技かるたに熱中した自分自身のことを描い た体験記だと思われます。 「私」はかるたとの出会いから語り始めます。中一の「私」は、かるた会予選で素早 い札取りを見てかるた取りにあこがれてかるた会に入会します。最初の練習会は七枚差 負けで先生から「決まり字リスト」を渡されるところから始まり、小学生に大敗、全国 大会にに向けて猛練習、E級の「私」がA級の人と「ハンデ有り」で接戦、自陣の札の 「定位置」というものを教えてもらい、さらに練習、E級で優勝。次は団体戦のための 選考会で友達が敗退する中で勝ち残り、遂にD級で優勝、次は、選ばれて団体戦へ……、 というように、かるたのことを知らない人にでも、その競技の仕方がわかるように細か く正確に書かれていますし、また、その競技に臨む緊張の様子もしっかりと描かれてい ます。 優秀賞 「緑の地球」(小説) 中学二年 近未来の地球防衛物語が、女子高校生を主人公として展開しています。地球は植物の 絶滅によって、滅亡の危機に瀕しているという設定には、森林の無制限な伐採や砂漠化 現象という現実があることから、現実味があります。人々はドームの中で、限られた酸 素によって生きており、ドームの外は植物の絶滅により酸素が失われた世界です。人類 滅亡へのカウントダウンが始まっているのですが、そのことに対する人々の自覚は薄い といった中に登場するのが、植物の遺伝子を持つ如月翠という少女です。植物が絶滅し た世界に、植物の遺伝子を持つ少女が一人存在するというところにこの物語は生まれま す。この世界観と人物設定の発想によって、この作品の枠組みはできあがっています。 後は、行動力と人脈のある水野舞衣が登場すれば、ハリウッド映画さながらの悪の組織 との戦いが展開することになります。その物語を貫くのは、翠と舞衣との友情です。 そして、結末ですが、単なるハッピーエンドではありません。翠は舞衣を助けるため に、人間としての生を捨てて、植物に変身します。舞衣や人類を生かすための自己犠牲 です。この翠の自己犠牲によって、地球の再生が図られ、人類は救われます。実に感動 的な結末となっています。 原稿用紙で五〇枚の中編ですが、ストーリーに破綻がなく、冒頭から結末まで、スピ ード感のある文体で物語が展開していきます。悪の組織との戦いのための作戦にいささ か安直なところも見られますが、エンターテインメントとしてのおもしろさがあります。 中学二年生としてはなかなかの力作です。 優秀賞 「ドイツ紀行とエネルギー問題」(エッセイ) 中学二年 筆者は、夏休みの家族旅行でドイツに行き、ミュンヘンに連泊して、そこを拠点に地 方の街に日帰りで出かけますが、その旅行を通して、バイエルン地方の風景が、六年前 に来たときと変化していることに気づきます。それは、ミュンヘンから汽車で南下し、 アルペン風の家が混ざり始めたあたりから、「チロリアンハウスの屋根に設置された大 量の太陽光パネル」が目に入ってきたことによるものでした。そのことがきっかけとな って、筆者は、太陽光パネルの利用について調べ始めます。この作文は、ここから紀行 文から調査報告文へと、内容も書きぶり一転します。 まず、世界の主要国の電源の割合を調べます。そして、石油危機と環境への影響が問 題になって以降、原子力発電が推進されてきましたが、ドイツは再生可能なエネルギー が推進され、風力発電と太陽光発電が導入されてきているといった現状や、バイエルン 州の再生可能エネルギーの買い取り制度の実情などについて、資料を基に調べ上ていき ます。その上で、我が国の再生可能エネルギーの買い取り制度を調べ、気候風土に合わ せたエネルギー事業や再生可能なエネルギーへの移行などの必要を提言しています。こ の調査が評価できるのは、筆者が具体的な資料やデーターに基づいてなされているとこ ろです。 作品としては、ドイツ紀行の前半と、エネルギー問題の調査の後半とに分かれていて、 まとまりに欠けています。しかし、旅行を通してとらえた問題を、改めて追究したもの で、中学生らしい問題意識に支えられた作品として評価できます。 優秀賞 「カナダ体験記」(体験記) 中学二年 成田から出国し、成田に到着するまでの語学研修旅行を、日記風に書き記した体験記 で、その点では、他の海外研修記と同じなのですが、この筆者は、毎日の自分のしたこ と、体験したことを、事実に即して実に生き生きと描き出しています。それは、毎日を、 それこそ生き生きと、楽しく、心おどらせて過ごしたからでしょう。ホストマザー、フ ァザーの心遣いをうれしく思い、また楽しく交わり、たくさん会話し、……いろんなこ とがあって毎日毎日が充実していたということがよくわかります。本当にすばらしいホ ームファミリーとの二週間だったのだなあと思います。そんな中で、天ぷらづくりをし、 大根おろしを作るなど、日本食を喜んでもらおうとするところなど、筆者の気持ちがよ くわかります。 この作品は、そのような日を追っての体験記ですが、ユニークなのは、ところどころ に実際の英語の会話文を引用しているところです。引用された会話文によって、カナダ 滞在の短い期間に、だんだんと英会話に慣れていく様子が具体的にわかります。英会話 の引用が、事実の正確な記録としても価値がありますが、作品としても体験記のリアリ ティーを高めていて、きわめて効果的です。作品としては、メープル賞に匹敵するほど のいいものを持っていると思います。 優秀賞 「自信を失ったその先で」(体験記) 高校一年 語学研修に出かける時、筆者は、カナダの授業にもホストファミリーとのコミュニケ ーションにも自信満々で出発したのでしたが、二日目、ホストファミリーとのやりとり やミランダ先生のガイドを聞いているうちに、すっかり自信をなくしてしまいます。そ して筆者は、夜、ベッドの中で一日を思い返し、自分がこれまでの「根拠のない自信」 を失い、「不安に支配されていること」に気づきます。そんな筆者でしたが、四日目、 畑先生のことばで心に救いの光が差し込みます。そしてようやく一〇日目、「先週まで とどこか違う感覚を覚え」ます。「『英語がスッと入ってくる時』が私にもやって来た のだ」ということばには、その時の筆者の喜びが、端的に表されています。 この作文は、短いけれど、研修旅行を通して「根拠のない自信」から脱却して「真実 の自信」を手に入れることのできた自己成長の記録となっています。 補記 優秀賞にはならなかったけれど、O・Aさんの「紅い卵」は、自己を見つめる目と優 れた文章力とを感じさせる作品でした。全編語り手の独白で、自らが、なぜ、どのよう に苦しみ、いかに人生に絶望していったかが綴られています。紅い卵は、主人公の自意 識を象徴するものであって、血に染まった紅い卵は決して孵ることはないのでしょう。 語り手には、障害のある兄がいて、家庭では障害者の問題と向き合い、学校ではいじめが あって語り手には居場所がありません。この作品は、家族の問題やいじめの問題など、重 いテーマと取り組み、心の世界を切り開いて見せた意欲作です。自己の世界に埋没し、 独りよがりの自己主張になっている感も否めませんが、この作者には、今後さらに読書 などで心を開き、人として生きることの可能性を追究していってほしいと思います。 田近洵一先生 略歴 昭和八年三月生まれ 横浜国立大学、東京学芸大学教授、早稲田大学教育学部特任教授などを歴任 所属学会 全国大学国語教育学会、日本国語教育学会、日本文学協会、日本教 科教育学会、日本読書学会、日本教育技術学会 研究テーマ 日本近代国語教育史研究、読書行為の理論的・実践的研究、言語 情報受容・活用の研究、児童・生徒のコミュニケーション活動の研究
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