海外で育つ子ども達 9 中学生・高校生の「うつ」 ある大規模調査で、中学生の中には、抑うつ状態を疑われるケースが少なくないと発表さ れました。 乳幼児も抑うつ反応と考えられる症状を示すこともあると言われています。 うつは、大人だけのものではないのです。 シンガポールの心療内科の外来には、子ども達の受診もあります。比率とすると、大人の 受診のほうが圧倒的に多いのですが、これからまだまだ成長してゆく子ども達の診察には、 こちらも自ずと力が入ってしまいます。高校1年生(1 5歳)の A 君は、6月頃に、担任の先 生に付き添われて心療内科に来てくれました。実は、ここ4日間登校ができていないという ことです。 「勉強が出来ない。 」 「宿題が終わらない。 」 「夜中に急に胸が苦しくなり、息が出来 ない。 」A 君のご両親は、別の外国に海外赴任中で、A 君は高校入学と同時にシンガポールで 寮生活を始めました。学校では友人も出来、寮生活も落ち着きを持って出来るようになった 6月の夜、A 君は初めて、呼吸の苦しさを覚え、不安で一睡も出来ない夜を過ごしたのです。 そして、夜が明けてきた頃に、疲労と安心で深い眠りに落ち、次の朝は起きることができ ずに学校を休んでしまいました。そこから睡眠のリズムがすっかり崩れ、登校する時間に起 きられなくなっているのです。 高校生2年生の B 君は、8歳から両親とシンガポールで生活し、高校からインターナショ ナルスクールに入学しました。最初は、授業についてゆくことで精一杯でしたが、すこし精 神的余裕が出てくると、自分の高校生活、特に友人関係が全然楽しくないことに気付いたの です。 「楽しくない…」だけど、勉強はどんどん大変になってゆくので、学校中心の生活は変 えられない。どうやって、気分転換したらよいか分からない。友達がやっている「夜遊び」 には、ついて行きたいとも思わない。もやもやとしているうちに、どんどん食事量が増え、 体重が1年間で2 0Kg も増加してしまいました。そんなある日、急に動悸を覚え、息苦しさを 自覚するようになったのです。内科でいくら調べても、 「異常なし」 。 「異常なし」と言われて も、動悸はあるし、何故か嬉しくない B 君。こんな状況で心療内科を受診してくれることに なりました。 中学生の C 子さんは、 夫婦仲の悪い両親と生活することにうんざりしている中学3年生。 友達とワイワイすること・学校で盛り上がること、そして、寮がある高校に合格して親から 自立することを目標にしています。中学3年生になって、学校から塾に直行する毎日が始ま りましたが、5∼7月は大変順調でした。両親も、C 子さんの激しい反抗期が終わり、この順 調さにホッとしていたところもあったようです。8月夏期講習では成績も上がり、周囲の大 17 人が安心し始めた矢先、9月の実力テストで期待したとおりの結果が出なかった C 子さん は、親の前で涙を見せるようになりました。 「緊張すると急にお腹が痛くなる…」 「お腹が痛 くなると、テストに集中できない。 」 「こんなんじゃ、私、ダメかも。 」今までは、反抗的で手 に負えなかった C 子さんの変化に、親のほうもすっかり戸惑ってしまったそうです。親の口 から出た言葉は、 「自分で決めた目標でしょ。 」 「今投げ出してどうするの…」強気の C 子さん が弱くなればなるほど、親は不安になり、叱咤激励してしまいます。すっかり元気がなくな った C 子さんは、親に不安すら言わなくなってしまい、弱り果てたお母さんが心療内科受診 を勧めてくれたそうです。 中学生・高校生にも、年齢にあった色々な悩みが存在します。大人から見ると、 「もっとこ う考えれば、簡単なのに…」と思うことでも、彼らにとっては重大な悩み。 「長い人生で考え れば、あと数カ月我慢すれば、上手くいくのに…」と説得されたって、1 0代の彼らにとって は、 「日々」が大切なのだから数カ月先・数年先のために、今の時間を妥協することが難しい 時だってあるのです。 外来で、中学生・高校生と接していると、彼らの精神力はまだまだ発達途中なんだな∼と 実感します。感情は常にストレートで、そして脆くもある。些細なきっかけで、あっという 間に「登校したくない。 」 「生きていたくない。 」と言うこともあれば、友達の一言でさっと立 ち直っていることもあるのです。 思春期の子供は、親以外・家族以外の依存対象を求めています。親への依存を断ち切り、 本当の自立に向けて、他の依存対象を探すのです。中学生で考えると、同学年の友人・先輩・ 親以外の大人、例えば、塾の先生などが一時的に、大きな信頼感を獲得することが、この一 例です。海外では、親以外の依存対象の選択肢が少なく、親と子供が密着した関係になりや すいのです。 一番難しいケースは、この依存関係が急速に崩れたり、年齢にあった適切な依存関係を形 成できなかったりする場合です。C 子さんの場合は、典型的な例と言えるでしょう。居場所 がない家庭から外の世界に居場所を求めようと努力している C 子さんですが、その不安に負 けそうになってしまっているのです。 2 0年先を考えれば、A 君も B 君も C 子さんも、必ず、親から自立し自分の人生を歩んでい るでしょう。その時に、 「中学生の頃・高校生の頃、自分は辛かったけど、あの時、自分の人 生を投げ出さなくて良かった。 」 「あの時の自分の苦労があってよかった。 」と思ってもらえる ようなそんな診療でありたいと思います。 18
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