フランス菓子に導かれて

会 員 だ よ り
フランス菓子に導かれて
筒
会員の大多数が男性である中で、お菓子について
井
章
子(無名会)
その由来を調べてみたいと思うようになり、気にな
興味を持たれている方はほとんどおられないと思う
ればフランス語やフランス菓子の辞典を引いている。
が、皆さんが一度は口にしたことのある身近なお菓
例えばご存知のシュークリーム。
“シュー(chou)
”と
子(ここではフランス菓子に限る)の一つひとつが
はフランス語で“キャベツ”のこと。焼きあがった
それぞれに意味を持ち、国の文化や歴史と深くかか
皮がキャベツの葉のように割れているのをあらわし
わる一面を持っていることを少しお話させて頂こう
ている。素材はシュークリームと同じなのになぜか
と思う。
形が違う“エクレア”
。これはフランス語で“雷光”
料理の得意な母のもとに産まれたこともあって、
の意味。その細長い形はその名の通り、あっという
料理は母親の専売特許と幼いころから思っていた。
間に一口で食べられるようにしたからだとか。確か
そのせいかは分からないが小学生の頃初めて手にし
にシュークリームに比べて断然食べやすく、納得で
た料理本というのがお菓子の本で、毎日のようにそ
きる。
の本を取り出しては何度も読んだものである。
こうして辞書から由来を知ることもあるが、むし
高校生の頃、手先が多少器用なところに目をつけ
ろ全くわからない名前の方が多いように思う。例え
た母親に半ば強制的に自宅近くの洋菓子教室に入学
ば“マドレーヌ”。これは単に発案した人の名がマド
させられて以来、下手の横好きが高じて、数回の中
レーヌだから(予想していたパリのマドレーヌ寺院
断を経ながらも10年以上その教室に通い続けている。
とは全く無関係)ではあるが、人名が残されるもの
ショートケーキに代表される基本のお菓子を習い、
はたいてい、それを食べた王が気に入って命名され
慣れてきた頃、
“ポワソン・ダブリル(4月の魚)
”
ることが多いようである。少しストーリーがあるも
という平目の形をしたパイを作ることになった。授
のとしては、お菓子好きの人ならたいてい知ってい
業で作るお菓子に由来があると必ず説明してくださ
る“タルト・タタン(底にだけパイ生地が敷いてあ
る先生が、「エイプリルフールの意味なのよ。
」と説
るりんごのパイ)”。オーベルジュ(美味しい料理を
明してくれた。なぜ魚ろがエイプリルフールに結び
出すレストラン付きの宿であり、グルメな会員なら
つくのかは今もって明らかではないが (平目が
一度は訪れておられるかも知れない)を経営するタ
ちょっととぼけた顔をしているからという説もある)、
タン姉妹が、忙しさのあまりアップルパイの作り方
ものの本によれば、それまで4月1日としていた年
を間違えてりんごだけを先に焼いてしまった後に、
始の日をシャルル9世が1564年に1月1日に変更し
慌ててパイ生地をかぶせて焼き、仕方なくひっくり
たことに由来するらしい。4月1日にお年玉を贈ら
返して客にサーブしたものが好評となったことが由
なくなった代わりに、びっくりすることをプレゼン
来。こういった人気のあるお菓子の場合、作者の名
トするようになったのが始まりで、フランスでは魚
前がつけられることが多く、よく壁にぶつかるが、
の形を模したチョコレートやサブレ、パイなどを食
うまくいけば逸話にたどり着けるので面白い。
べるため、この名がついたらしい。
この話がきっかけで、習うお菓子の名前をもとに
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これら私たちがよく知るフランス菓子の歴史は美
食家の国王ルイ14世の17世紀に始まるが、イタリア
会 員 だ よ り
から輿入れした王妃に連れてこられた腕利き職人の
アーモンドを多用したりと、フランスらしさも残し
影響が大きかったり、イギリスによる統治の名残で
ながら様々に個性を放つ地方菓子が存在していて、
イギリスにちなんだお菓子とその名前が登場したり
更なる興味を沸かせている。
と、歴史が大の苦手な私にとって、フランス菓子は
フランス菓子の名をたどることから始まったフラ
単にフランスに留まらずヨーロッパの歴史理解の糸
ンス菓子の旅は、洋菓子自体の知識を深めるだけで
口にもなっている。
なく、フランスという国への興味を沸かせ、実際に
また、国境を隔てて複数の国と隣接するフランス
当地を訪れることはもちろん、フランス語の習得意
には、北はドイツやオーストリアのお菓子の特徴を
欲もかきたてている。フランス菓子が次にどんな世
受け継ぎ、南は地中海のフルーツや、スペイン産の
界を広げてくれるのか、これからも楽しみである。
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