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EurekaⅢ
六年制通信
№ 28
平成 27 年 12 月 19(土)号
朝のコーヒータイム
最近自然と朝早く目が覚めるようになって、そう言えば老人の早起きという言い方
があったのを思い出して苦笑しています。それでは朝から計画的に勉強すればいいで
はないかと思うのですが、生徒には言えても自分ではできないわけで、仕方ないから
コーヒーを淹れて、志賀直哉の随筆なんかを読んでいるのですが、これが結構面白い
んですね。志賀が生前、日本語を廃止して我が国の国語をフランス語にすればよいと
書いたことがあるのですが、それが昭和 21 年、
『改造』という雑誌に投稿した短い文
章にありました。あの人本当にそんなこと考えていたのですね。
日本語を棄てよ、とは乱暴すぎてちょっと賛成しかねることですが、志賀の主張は
日本語の曖昧さが困るということと、もし国語が英語なりフランス語なりになったと
したら源氏物語でも今より広く読まれるのではないか、科学の進歩もはるかに進むは
ずだというものです。源氏を英語で読んで感動したのは正宗白鳥ですが、これは正宗
さんだからそうなのであって、私たちが真似できるとは思えませんし、科学の進歩に
ついて日本語が足を引っ張っているとは思えません。ただ、日本語の持つ曖昧さ、少
なくとも外国人が日本語を学ぶ際に感じる非論理性と、日本語を読む場合の非常な困
難については、学生時代から何度も質問されたり議論したりしました。確かに、言わ
れてみれば曖昧なところがあります。というか、西洋の文法を当てはめては無理が生
じると言いますかね。
ここで言う曖昧さとは、いわゆる本音と建て前の問題ではありません。建前では「善
処します」と言いながら、本音では「やるつもりはない」、だから日本語あるいは日本
人はわからない、といったことではないのですね。
例えば、これは阿川弘之が挙げている例ですが、
「拳銃を構えて逃げる犯人を追いか
ける警察官」という文章では、どっちが拳銃を構えているのかわかりません。あるい
は「猫はイタチは食べない」では、どっちが食べないのか、両方に取れます。有名な
ところでは、
「象は鼻が長い」は外国人には謎(主語がわからないらしい)で、定食屋
で「僕はラーメンだ」というのは更に謎だと。I am a Ramen.と、まさかそうは思いま
せんが、自分たちの常識では決して言えない文章なのだそうです。こんなのもありま
す。日本語を習いたての外国人がスーパーで仰天した「猫の缶詰あります」の話。も
ちろん、私たちは缶詰に猫が入っているとは思わないですが、彼は一瞬ひるんだそう
です。確かに言葉の上では缶を開けたら猫が出てきてもいいわけです。これは笑い話
の類ではないけれど、
「私は彼のように英語を話すことはできません」では、彼は英語
が話せるのか話せないのか。また、これは有名でしょうが、
「私は人の嫌がることをす
るのが好きです」には「人の嫌がること」の内容に矛盾した 2 種類が含まれますよね。
ちょっと考えてごらん。
「子どもにしか見えない」は、大人なのだが幼い顔をしている
から子どものようだ、あるいは子どもの純真な目にしか見えないものがあるのか。こ
ういった複数の意味にとれる文章は本当に厄介ですね。しつこいですが、
「私は妹と子
どもの世話をした」では、主語が「私」だけなのか「私と妹」なのか曖昧です。こう
いうのをとっさに英語に訳そうとすると慌てふためくことになります。
むろん、すべての言語でこのようなことはあるのでしょうが、面白いですね。さら
に、日本語の場合は、読むとなったら外国人には謎だらけです。これまた有名な例で
すけれども、
「十月十日の祝日は日曜日で、とてもいい日でした」では、「日」が5回
出てきますが、全て発音が違います。
「か」
「じつ」
「にち」
「び」
「ひ」ですからね。君
たち、これを何故だと言われて答えられますか。困りますよね。これもよく外国人に
聞かれたことなのですが、
「来た」というのは「来る」の過去形と習いますよね。でも
「彼が来た時」という言葉は、その次に「一緒に映画を観たんだ」と過去形をつけて
も、
「この手紙を渡してね」と未来形をつけても日本人には違和感ないですが、時制の
一致の文法を持つ彼らには一種不可思議な現象でしょ。
「彼が来た時」とは過去のこと
か未来のことかわからないわけですから。日本人は「彼が来た時」を一体いつだと思
って聞いているのか。これ、学生の時に何度も質問されましたね。
君たちも、自分の日常の中にある曖昧な日本語を探してごらん。役に立つかどうか
は知らないけど。きっと、楽しいですよ。
話は変わりますが、野矢茂樹『他者の声 実在の声』も面白かったですよ。この人、
以前に紹介した「アキレスと亀」問題をしつこく書いているのですが、その流れで「超
ランプ」について触れているのです。これは本質的に「アキレスは亀に追いつけない」
という命題と同じですが、紹介しておきましょう。超スピードで点滅できるランプが
あるとします。スイッチを入れると、まず 2 分の 1 分光ります。30 秒ですね。次の瞬
間、4 分の 1 分消えます。さらに続けて、8 分の 1 分光ります。時間は半分ずつになっ
ていき、点いたり消えたりを繰り返します。想像できたでしょうか。最初の 30 秒点い
て、次の 15 秒消えて、次の 7.5 秒点いて…。その後は超スピードで点いたり消えたり
を繰り返すはずですね。では質問。このランプは、スイッチを入れてから 1 分後には
点灯しているのでしょうか、消えているのでしょうか。無限という概念にとらわれて
結論の出ない話になりそうですね。詳しくは野矢さんの本を読んでみて下さい。本屋
さんを探して、なかったらお貸ししますよ。
朝早くからこういう話を読んでみると、一日中頭から離れなくなりますが、楽しい
のは間違いないです。皆さんも、時間を作っていろんな人のいろんな考え方に触れる
べく、少し背伸びした読書をしてみるといいですね。6 年生の諸君は、本の気分転換程
度にしなきゃだめですけど。
もうすぐ年が明けますね。お正月をどんな気持ちで迎えるかが大切です。新しい年
は前の年の自分より成長しよう。そう強く望んでほしいと思います。