3-2-9 与えられた単旋律に対するマリンバ用楽譜の自動生成* ○三浦 雅展(龍谷大・理工) 1 はじめに これまでマリンバ演奏のための独習支援シ ステムの実現を目指して,その概念設計を行 ってきた[1].マリンバ[2]はピアノなどの鍵盤 楽器が持つ音楽表現の自由度と,打楽器が持 つ本質(リズム表現,身体動作の自由度など) のどちらも兼ね備えた楽器であり,それを制 御するにはマレットと呼ばれる打鍵用具を両 手で合計2~4本(稀に6本)用いて演奏す る楽器である.これを習得するには専門家か ら直接教示を受けることが多いが,練習用楽 譜が他の楽器と比べると少なく[3],そのため 既存の楽曲を専門家が適宜編曲し,それを初 心者に与えることが多い.この状況に対して, 本研究ではマリンバ用楽譜の自動生成に関す る技術の開発を目的とする.この技術が開発 されることで,専門家の負担を軽減し,また 初心者の独学をサポートできることが期待さ れる. 現段階では単旋律のみに対応し,それを2 本のマレットで演奏する状況のみを扱う.具 体的には各音に対する左/右手の選択,ロー ル演奏の付与,旋律音と固定音程(例えば3 度,4度,5度など)の付与,あるいは装飾 音の付与などが該当する.また単旋律に対し て編曲を行なうことで,さらに音楽的に豊か な演奏が得られるが,それを計算機で自動処 理するには高度な音楽理解が必要となるため, 現段階では考慮の対象から外す. 2 自動生成される楽譜について 想定しているため,学習者が後者のような即 興演奏を行う技術を有している状況は稀であ るので,そのような楽譜は研究対象とせず, 演奏内容が具体的に書かれている楽譜を対象 とする.表1に提案システムが生成する楽譜 に含まれるべき項目の例を列挙する. 表1 自動生成されるマリンバ用楽譜に含ま れる項目の例 五線,休符,小節線,開始線,終了線 進行に関する記号(リハーサル記号など) 各音の音高,音価,開始時刻 楽曲の調,拍子記号 各音に対する打叩手(左/右) 特殊奏法(ロール演奏など) 装飾音符(フラム,トリルなど) 3 単旋律演奏のための要請項目 与えられた単旋律からマリンバ用楽譜を自 動生成するには,以下に列挙する項目につい て考慮しなければならない. 3.1 運手 与えられた単旋律を右手左手のどちらで打 叩するのかを決めなければならない.これは ピアノやギターにおける運指に相当するが, マリンバではそれらに比べて選択の幅は狭い. 3.2 ロール マリンバは単一打叩では減衰音のみを発す る楽器であるため,単音を持続させて奏でる には繰り返し打叩(ロール奏法と呼ばれる) する必要がある.ピアノやビブラフォンでは この操作の代わりにダンパーペダルで持続音 を奏でることができる. 3.3 装飾音,重音 単旋律を音楽的に豊かにするために,フラ ム音やトリル音などの装飾音や,単旋律の音 高から固定音度(3,4,5,6,8度など) が付与される場合がある. 楽譜は演奏に関する記号列であり,音楽演 奏に用いるためのタスク進行表とも言える. 楽譜には演奏内容を忠実に記載したものもあ れば,演奏内容があまり具体的に記載されて いない場合もある.例えばポピュラー音楽の 場合であればコードネーム(Cm, G7 など)の みが記載されているだけであり,演奏者はそ れを即興演奏で参考とするだけの場合もある. 4 運手決定アルゴリズムの構築 3.1 で述べた運手について,その自動決定に 本研究では初心者の練習課題に用いる楽譜を * Realizing an automatic generation system of musical scores for given melodies on playing a Marimba. By Masanobu MIURA (Fac. of Sci. and Tech., Ryukoku Univ.). 日本音響学会講演論文集 −733− 2006年3月 は以下の基準を用いるものとする. 4.1 経験則に基づいた運手決定基準 マリンバ初心者のための運手決定の基準を マリンバ演奏の専門家へのアンケートに基づ いて設計した.これらの基準は計算機による 自動決定での評価基準として用いられるもの である.以下にそれらを列挙する. ・ 強拍はなるべく利き腕で打叩する. ・ 腕の交差による難易度は連続2音の打叩 位置の距離に依存する.例えば「2,3 度であれば許容されるが,4度以上の交 差はなるべく避ける」などが設定できる. ・ なるべく左右手交互で打叩するのが望ま しい. なお,上記の基準は演奏練習状況での基準で あり,実演奏の場合では必ずしもこれに従う とは限らない.実演奏では奏者が所望の演奏 を実現するために運手を決定することが多く, 左右手の制御能力で決定することがある.例 えば,同一フレーズ内での運手の場合,自身 の左右手による打叩操作の制御し易さによっ て運手を決定することが多い. 4.2 自動決定 与えられた単旋律に含まれる音系列の音高 情報 T からマリンバ上の打叩位置系列 P に変 換する(式1,2).p(n,x)および p(n,y)はそれぞ れマリンバの鍵盤上の相対位置の座標で,演 奏位置からの横座標および縦座標である(図 1 参照).ここで抽出されるのは各音の開始時 刻と音高情報であり,音価は含まれない. T = {t1 , t 2 ,..., t n } n:総音数 { P = {p1 , p 2 ,..., p n } pn = p( n, x ) , p( n, y ) (1) } (2) 図1 単旋律楽譜への運手付与の概念図 ここで得られた打叩位置系列から,打叩にお ける負荷を4.1で述べた基準に従って求め 日本音響学会講演論文集 る.音系列の総音数を横軸に,縦に左または 右の2状態から構成されるラティスにおいて, 求められた負荷値は各アークに与える.これ により,与えられた単旋律に対する運手付与 問題をこのラティスに対する最適経路探索問 題として扱うことにする.ここで,マリンバ 運手付与問題に Bellman の最適性原理が適用 できると仮定すれば,最適経路は単純な DP(Dynamic Programming)アルゴリズムによ り求めることができる. 4.3 負荷の計算 ・ 強拍判定 各音の打叩時刻から強拍判定を行なう.例 えば 4/4 拍子において,四分音符=q とすると, q/2, q, 4q の倍数となる時刻を強拍とし,その 音を利き手で演奏していなければ演奏負荷が 高いと判定する. ・ 交差判定 ある音度以上離れた連続する2音を演奏す る場合に,両手に持つマレットの交差は演奏 負荷が高いと判定する. ・ 交互打叩判定 連続2音を共通の手で連続して打叩する双 方は演奏負荷が高いと判定する. 5 まとめと今後の課題 本報告では与えられた単旋律をマリンバで 演奏する場合に打叩操作を行なう手(左/右) の自動決定を目指し,運手による演奏負荷を 音楽経験者から抽出し, アルゴリズム化した. また,運手ラティスの最適経路探索において 単純な DP アルゴリズムを適用し,探索を試 みた.今後は本アルゴリズムのマリンバ初心 者への有効性を検討する予定である. 謝辞 研究を進める上で多くの助言をいただいたフ リーの打楽器演奏者 中路友恵女史に感謝し ます.本研究の一部は科研費補助金若手B(課 題番号 16700154),カシオ科学振興財団研究 助成,龍谷大学 HRC 第 2 プロジェクト,お よび龍谷大学理工基金の援助を受けた. 参考文献 [1] 三浦,音講論(秋), 723-724,2005. [2] 音楽之友社編,“新編 音楽中辞典, ”音 楽之友社,2002. [3] 吉岡孝悦編曲,「ソロ・マリンバ 50 曲集」, p.2,全音楽譜出版社,1998. −734− 2006年3月
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