連載「誰も書かなかった GIS」

連載「誰も書かなかった
GIS」第6回
佐賀空港・腐敗警察・多田牛乳・007
(株)エヌ・シー・エム 代表取締役社長 柳田聡(やなぎだ
さとし)
1982年東京大学工学部土木工学科卒業。同大学院修士,博士課程を経て1985年より
現職。工学博士。専門は画像処理及び地理情報システム。
1
はじめに
前回に引き続き、今回も日常生活の中からネタを拾って、 GIS や地図について考えてみ
る。色々なテーマを取り上げているので、若干話しが支離滅裂になっている点を御容赦頂け
ると有り難い。
2
佐賀空港
先日、
「朝生(朝まで生テレビ)」を見ていたら、佐賀空港の建設が税金の無駄遣いとし
て俎上にのぼっていた。批判していたのは確か作家の猪瀬直樹氏で、擁護していたのは地元
選出の国会議員だったと思う。攻める側のロジックは、
「近くに福岡空港があり、殆どの佐
賀県民は福岡空港に行ってしまうのに、なぜわざわざ佐賀県に空港を作るのだ。
」と言う内
容であった。
猪瀬氏が怒ると言うよりも「もういい加減にしろよなぁ。全く嫌になっちゃう。
」と言い
たげな、うんざりとした表情で批判していたのは非常に印象的であった。勉強不足ゆえ、真
実はいずれにあるのかは正確には判断出来ないのだが、直感的に言うと、どうも攻撃側(批
判する側)の主張が正しい様な気がする。
と言うのは、一月ほど前の大学の同窓会で琵琶湖空港について、友人の建設官僚から以
下の様な話しを聞いたからである。
「今滋賀県では、琵琶湖空港を建設しようと言う気運が
盛り上がっているが、その需要予測には問題がある。と言うのは、京都府民が軒並み、関西
空港や大阪空港でなく琵琶湖空港を利用する様な前提に立っている。共産党の議員が、この
不合理さを取り上げて議会で質問していたが、
確かに彼らの言うことの方が余程まともであ
る。」。概略その様な内容であり、
当の建設官僚は苦笑いしながらこの話しを披露してくれた。
似た様な話しを続けて見聞したせいか、
段々腹が立って来た。余談だが歴史は繰り返す様だ。
たとえ、それが愚行であっても。
連鎖反応の如く、その昔学生時代に大学の講義で聞いた、農林水産省の果物消費予測の
件を思い出した。日本がかつて高度経済成長に邁進していた時代、農林水産省が果物の消費
予測を行っていた。ところが、みかん担当はみかんの消費予測を、バナナ担当はバナナの消
費予測を各々別々に独立して行うものだから、結局全ての果物の予測消費合計を計算する
と、およそ有り得ない非現実的な数字になった。にも関わらず、その様な過大な誤った数字
に基づいて行政を行うものだから、果物の価格暴落などの憂き目に会うのであった。
要は、需要予測の際に自分の庭ばかり見て周りを見ないのは議員や役人の性なのだ。
「つ
まるところ頭が悪いんだ。
」と悪態をつきたくなる。一体なぜこの様なことになるのだろう。
要は、定量的な議論が出来ていないからではないか。
それならば議論を定量的にすれば良い。
ここで GIS の登場となる訳である。
先程の例のうち果物の需要予測のケースは救えないが、GIS を用いれば空港の利用者数
の矛盾は簡単に証明出来るような気がする。 GIS の基礎データとしては、メッシュ形式の
人口データ、建設予定の空港の座標及び周辺の空港の座標、後は主要道路や鉄道などの代表
的な交通ルートの座標、これだけ揃えばある程度の議論が出来ると思う。
例えば、建設推進派の言う利用者予測の結果を GIS で地図表示するのである。具体的に
は各々の人口メッシュを既存の空港と、
新規空港との利用者の比率に基づいて色分けしたら
どうだろうか。この様な簡単な処理だけでも、もし彼らの言う利用者予測が荒唐無稽なもの
であるならば、明確にそれが証明されるであろう。逆に言うと、この程度の簡単な解析で否
決される様な理屈は、最初から主張してはいけないのである。
佐賀空港や琵琶湖空港の場合、どの様な分析結果になるのか、或いは実情がどうである
のかは分からないが、GIS を上手く利用すると客観的で誰もが納得出来る様な議論が出来
る気がする。要は、GIS をデスクトップに置いて討論するのである。PowerPoint(マイク
ロソフトのプレゼンテーションソフト)の替わりかもしれない。そうすれば曖昧な議論が払
拭されそうだ。恐らく、こう言う分野が GIS の一番面白い使い道なのだろう。無駄な税金
浪費が GIS で防げたら、こんなに素晴らしいことはない。 GIS の有効性を世の中に知らし
める、絶好のチャンスの様な気がする。今からでも遅くはない、誰かやらないだろうか。
3
腐敗警察
日曜日と言うか、月曜日の真夜中の0時20分から約1時間、TBS で「CBS ニュースド
キュメント」と言う番組が放送されているのを皆さん知っていますか。日本のマスコミには
なかなか取り上げられない世界各国の問題が、極めて明快にテンポ良く料理されているの
で、毎週欠かさず見ている。この番組の中で先日、典型的な GIS の活用事例に遭遇した。
舞台はとあるアメリカ中部の田舎町である。申し訳ないが、どこの都市であるか忘れて
しまった。ここでは警官の腐敗、堕落が非常に激しい。賄賂は取るわ、犯罪者の検挙率は低
いわで、市民からの信頼を完全に失っていた。
そこへ確かニューヨークからであったと思うが、颯爽と乗り込んだ改革屋、この男風采
は上がらないが、小太りのエネルギッシュな体にものを言わせて、次々と矢継ぎ早の改革を
行った。その中の1つが GIS の利用なのである。要は、警官達に情報戦略の重要性を訴え、
非効率、無駄からの脱出を目指したのである。
具体的には GIS で犯罪多発地帯をあぶり出して、従来の勤務体系の問題点を明白にした。
従来の勤務体系では、多くの警官が休みを取る週末の警備が手薄になっていた。ところが、
犯罪が多いのはこの週末なのである。その様な勤務体系の非効率さを GIS を用いて証明し、
もって犯罪に即応出来る勤務体系を導入したのである。
これ以外にも警官の給料の引き上げ
など、必要な手を次々と打つことにより、見事腐敗と堕落の激しかった警察を立ち直らせた。
その中で、GIS が中心的な役割を果たしたと言う点は、我がことの様に嬉しかった。と
同時に前節の話しと合わせて思ったのは、GIS は少なくとも、間違っていることははっき
りと証明してくれると言うことである。
前回の原稿において、GIS が最適解を提供してくれることに対して、私は若干疑問を呈
したつもりであるが、最適解は無理としても、少なくとも間違っていることは容易に明確に
証明出来ると思う。しかも、この様な一見消極的な使い方であっても、世の中を良くする為
には非常に役立つのである。その意味で GIS の痛快な使い方であると思う。
4
多田牛乳
私は酒を余り飲まない。と言うか肥満体質ゆえ、付き合いに必要な量以上は飲まないこ
とにしている。ジュース類も「あんな物は色付き水だ。
」と、喝破なさっている教授に指導
して頂いたお陰か、これまた余り飲まない。従って、
「妻に半強制的に飲まされるお茶と牛
乳で生活している。」と言っても過言ではない。
さて、「多田牛乳」の名前を知っている方は、どの位いるのだろうか。知らない方は是非
とも探し出して挑戦して欲しい。感動すること請け合いである。インターネットでこの牛乳
の生産者である「多田克彦」をキーワードとして検索したら、何件か引っ掛かって来て色々
なことが分かった。
生産者の多田克彦氏は、河北新報(仙台に本社のある地方紙)にも取り上げられたこと
があり、要は農協の自主生産調整に反発して、従来の農協ルートには頼らず自力で東京、そ
の他への販路を開拓した努力と執念の方である。また、この牛乳の美味しさを賛美する人の
意見もネットには掲載されており、同じ意見を持つ人がいることを知って嬉しくなった。
よく牛乳への誉め言葉として、
「濃い。
」とか「乳脂肪分が多い。」などが用いられるが、
そんなこと以前に牛乳としての匂いがあるのである。
「あぁ、これが食べ物の本当の匂いな
のか。」と、思い出させる様な匂いである。これにハマってしまった。
若干、他の牛乳と比べると 値段が高めなので、家計をやりくりしている妻は余り買いた
がらないが、自分が買い物をする時は例外なく多田牛乳にしている。
インターネットである程度のことは調べがついたが、例えば「牧場はどこにあるのだろ
う。
」とか、
「どの様な流通経路を辿って来るのだろう。
」などの情報や、牧場や多田克彦氏
自身の画像などは入手することが出来なかった。
GIS は、誰かが「データベースだ。
」と言っていたが、確かにそういう面は強い。誰か牛
乳情報を集めた牛乳 GIS と言うか、牛乳データベースを作ってくれないだろうか。多分牛
乳オタクは、新しい牛乳との出会いを求めて、泣いて喜んで検索してくれるに違いない。無
論、牛乳でなくてお酒でも良い、と言うかそっちの方がはるかに喜ぶ人が多いだろう。
そう言えば、食物と言うのは人間生活の基本であって、GIS で食物情報を整理しても良
いのではないか。
「GIS と食物の組み合わせって結構面白いな。
」と思うのは僕だけであろ
うか。
5
007:Tomorrow Never Die
久し振りに映画を見て来た。007の最新作「Tomorrow Never Die」である。007シ
リーズはその時々の技術、話題を取り入れるのが決まり事となっているので、
見ていて参考、
話しのネタになる点が多い。
今回は、悪役によって GPS(Global Positioning System)が狂わされる話しが出ていた
し、また敵のステルス艦の潜伏地を007が GIS で、絞り込み条件検索により推理してい
た。
GPS の方は字幕でもしっかりと名前が出て来て、用語として市民権を得た様な気がする
が、GIS の方は少なくとも字幕には登場していなかった。英語力がないので、もしかした
ら台詞では出て来たのかもしれないが分からなかった。こういう所で、GIS の用語を明確
に台詞として使ってもらえるならば、GIS もより一層一般に認知されるであろう。
「次回作では、GIS をもっと強調して演出して貰えればなぁ。
」と思った。
ちなみに、今回の悪役はメディア王、ソ連が崩壊した今悪役に足る人物は消えつつある。
あと残っているのは、言わずと知れたパソコンソフトの帝王「ビルゲイツ」
、彼がネットワ
ークと GIS で、世界征服を企むなんて筋書きとして無理かなぁ。