第 12 回 保険システムの利用-被害者救済の保険・社会政策のための

亜大学経営学部「保険論」
2014 年度前期 第 12 回 7 月 11 日
損保ジャパン総合研究所 小林
第 12 回
篤
保険システムの利用-被害者救済の保険・社会政策のための保険システム
保険システムは、民間保険市場で取引される保険サービスを提供するために使われているが、その他にも被害者救済のために、あ
るいは社会政策のためにも利用されている。
今回は、二つの事例を取り上げる。ひとつは、保険システムが被害者救済に利用できる事例として日本の強制加入の自動車賠償責
任保険・任意加入の自動車保険制度、もうひとつは社会政策のための保険システムが利用されている事例である。
1 自衛のための保険と被害者救済のための保険
2
保険システムと賠償責任制度
3
自動車事故被害者救済のための自動車保険制度
4
強制加入の自動車保険制度の多様なモデル
5 社会政策のための保険システム
キーワード 自衛、被害者救済、任意保険 強制保険 社会保険 選択・多様性 強制・画一性 公私分担モデル
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亜大学経営学部「保険論」
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2014 年度前期 第 12 回 7 月 11 日
自衛のための保険と被害者救済のための保険
・自分が保険金を受け取る自衛のための保険と被害者が金銭(賠償金)を受け取る第三者のための保険(賠償責任保険)がある。
<特定の者の自衛のための保険>
被
害
者
保
険
契
= 約
者
保険契約
保険
会社
保険金
<不特定第三者(被害者)のための保険(賠償責任保険)>
保
険
契
約
者
保険契約
保険
会社
保険金
賠償金
損害
賠償責任
被害者
損害
被害者への賠償金を保険金として支払う賠償責任保険
賠償責任保険は、被保険者が被害者に賠償するための賠償金を、保険金として支払う保険。
保険金は、被害者に賠償金として支払われる。
特定の被害者と不特定の被害者
自衛のための保険では、保険契約者・被保険者が損害を被り保険金を受け取る。保険金を受け取る者は保険契約時にはっきり特定され
ている。
賠償責任保険は、保険契約者・被保険者が、保険契約者・被保険者、保険会社以外の第三者である被害者に賠償金を払うために保険に
加入する。保険会社から支払われる保険金は、賠償金の支払に利用され、被害者は賠償金を受け取ることができる。保険金を賠償金と
して被害者に最終的に支払われる。賠償金を受け取る被害者は、
保険契約時に特定されていない(被害者は不特定多数の中にいる)。
賠償責任保険は、不特定多数の者のために準備された保険ともいえる。
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保険システムと賠償責任制度
(1)法律制度としての損害賠償責任
賠償責任 ・・・民法に基づく責任 。故意・過失がある場合のみ責任を負う 「過失主義」
。
過失とは、
「注意すれば当然結果の発生を予見し、あるいは一定の事実に気づくはずであるのに、不注意によってこれ
を認識しないこと。」
(日本国語大辞典)
(2)損害賠償責任が発生して賠償金の支払が必要なときに、賠償責任保険の保険事故になる
賠償責任を対象にする賠償責任保険の例
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自動車事故被害者救済のための自動車保険制度
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自動車事故被害者救済のための自動車保険制度
(1)自動車事故の賠償額
高額賠償判決例(人身事故)
認定総損害額
態様
判決日
事故日
性別年齢
職業
52,853 万円
死亡
H23.11.1.
H21.12.27.
男 41 歳
眼科 開業医
39,725 万円
後遺
H23.12.27.
H15.9.14.
男 21 歳
大学生
38,281 万円
後遺
H17.5.17.
H10.5.18.
男 20 歳
大学生
37,886 万円
後遺
H19.4.10.
H14.12.11.
男 29 歳
会社員
36,750 万円
後遺
H18.6.21.
H14.11.9.
男 23 歳
会社員
36,551 万円
死亡
H21.11.17.
H16.1.21.
男 38 歳
開業医
(出典)損害保険料率算出機構「自動車保険の概況 平成 24 年度」
・もし、裁判をして高額の賠償金を支払えとの判決を勝ち取っても、実際に賠償金を得られない場合どうなるか?
自動車保険から保険金が支払われるならば、被害者には確実に賠償金が支払われる。賠償の実効性の担保。
(2)日本の自動車保険制度
・補償内容:賠償金を支払う賠償保険、搭乗中の傷害事故の時に支払う搭乗者傷害保険、車両が破損した場合に支払う車両保険がセットさ
れた内容になっている。
・任意加入と強制加入:任意加入の任意保険と強制加入の自賠責保険の二つがある。
「2 階建て」といわれている。
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〈対人賠償〉
〈対物賠償〉
〈車両保険〉
自賠責保険の補完
自動車保険
(任意に加入)
対人賠償損害(自賠責の支払限度を超え
る部分)の補完、対物賠償損害、運転者
自身のけが、車両損害など
自動車保険
(任意に加入)
自賠責保険
(強制保険)
法律で基づいた被害者救済が目的
人身事故による対人賠償損害のみ
<加入例>
〈対人賠償〉
自動車保険
限度額
無制限
自賠責保険
(強制保険)
限度額 死亡
3000 万、後遺障
害 4000 万
〈対物賠償〉
自動車保険
(任意に加入)
〈車両保険〉
自動車保険
限度額
無制限
自動車保険
(任意に加入)
200 万円
(3)日本の任意加入の自動車保険
- 自動車保険 ― もっとも消費者に広く認知されている保険のひとつ。
- 自動車保有台数
うち任意自動車保険(対人賠償)普及率
:7,963 万台(2013 年 3 月末)
:87.1%(同:保険・共済計)
(法律により加入が義務づけられている自賠責保険は 100%)
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(出典:損害保険料算出機構
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自動車保険の概況(平成 25 年度)
)
- 任意自動車保険の基本的な補償内容 → 多様な補償パターンを選択できる
○代表的な任意自動車保険の基本的な補償内容
補償の種類
対人賠償保険
対物賠償保険
搭乗者傷害保険
車両保険
【対物賠償保険の事故例】
保険金が支払われる場合
自動車事故により歩行者、同乗者、他の自動車に乗車中の者などを死亡または負傷させて
法律上の損害賠償責任を負った場合(自賠責保険で支払われる保険金を越える部分)
。
自動車事故によって、相手の自動車・建物・電柱など他人の財物に損害を与えて損害賠償
を負う場合。
自動車事故によって、契約した自動車に乗車中の運転者および同乗者が死亡しまたは傷害
を被った場合。
契約した自動車自体が、衝突、接触、火災、盗難等の偶然な事故により損害を被った場合。
【対人賠償保険の事故例】
○示談交渉サービス 事故となった被保険者に代わって、事故の相手と示談交渉を保険会社が行う
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【車両保険の事故例】
他の自動車との衝突
盗難
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強制加入の自動車保険制度の多様なモデル
(1)日本の強制加入の自動車保険:「自動車損害賠償責任保険」
○「自動車損害賠償責任保険」
:自賠責保険と略称される。
・賠償責任保険: 自動車事故で他人を死傷させた加害者が「法律上の損害賠償責任」を負担する場合支払われる保険
・人身事故のみ
・補償内容・・・選択はなく1パターンのみ
損害の種類
対比 任意加入の自動車保険
損害の範囲
支払限度額
ケガによる損害
治療関係費、文書料、休業損害、慰謝料等
120万円
後遺障害による損害
逸失利益、慰謝料等
後遺障害の程度に応じて4,000万円~75万円
死亡による損害
葬儀費、逸失利益、慰謝料
3,000万円
(2)先進国の強制自動車保険制度の比較
国名
法律
対人 1 名
対人 1 事故
対物 1 事故
保険者の引受義務
日本
自賠責法
3000 万円
無制限
なし
あり
1.5 万ドル
3 万ドル
5 千ドル
なし、自動車保険プランあり
米国(加洲)
賠償資力法・強制賠
償責任保険法
英国
道路交通法
無制限
無制限
100 万ポンド
なし
ドイツ
義務保険法
750 万ユーロ
同左
112 万ユーロ
あり
フランス
保険法
無制限
無制限
100 万ユーロ
なし、救済措置あり
(出典)損害保険料率算出機構「自動車保険の概況 平成 24 年度」
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各国比較の視点
・どの範囲を強制するか 人身被害だけか 財物損壊も含めるか
・保険に確実に加入できるか
・保険未加入者が生じないか
(3)日本の自賠責保険の強制方法
・法律に基づく保険制度
自動車損害賠償保障法(自賠法)
(1955 年)
-自賠責保険 -自賠責共済
・強制加入の実効性:法律で規定したら全部の車が自賠責保険に加入するか
・全部の車が自賠責保険に加入することを実現するために、保険加入と車検制度とをリンクさせている。
日本では、自動車の登録と自動車の検査制度(車検制度)があり、
車検を受けなければ自動車の登録(=ナンバープレートの交付を受ける)ができず、
登録をしなければ公道を走行できない。
車検を受けるためには、自賠責保険加入の証明書が必要である。
公道で走行可能 ←自動車登録 ←自動車検査(車検) ←自賠責保険加入・証明書
・保険会社に自賠責保険の引受義務
自賠責保険の保険期間が車検期間を満たすことが義務づけられている。保険会社も契約引受義務が課されており、車検制度にリン
クした保険期間の設定が適切に行われるようになっている。
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番 号 00608
平成 20年 1月 18日
関東運輸局 東京運輸支局長
自 動 車 検 査 証
自動車登録番号又は車両番号
多摩 800 せ 6789
登録年月日/交付年月日
平成20年1月18日
初年登録年月
平成20年1月
自動車の種別
用途
普通
特種
車 名
乗車定員
車 台 番 号
長さ
自家用
最大積載量
3人
いすゞ
NKR85-7001234
コンクリートミキサー車 【555】
車両重量
3000kg
幅
519cm
原動機の型式
型 式
車体の形状
自家用・事業用の別
188cm
総排気量又は定格出力
高さ
車両総重量
3180kg
前前軸重
285cm 1560kg
燃料の種類
前後軸重
6345kg
後前軸重
-kg
型式指定番号
-kg
後後軸重
1620kg
類別区分番号
kw
BDG-NKR85N
所有者の氏名又は名称
株式会社損害保険ジャパン
所有者の住所
東京都新宿区西新宿1丁目26-1
使用者の氏名又は名称
***
使用者の住所
***
使用の本拠の位置
***
有効期間の満了する日
2.99 L 軽油
4JJ1
平成22年1月17日
年 月 日
備 考
車検証サンプル
(4)日本の自賠責保険のいくつかの特徴
◎被害者保護の徹底
・賠償責任保険による補償制度の追求
賠償責任保険で、自動車事故で障害を負った人、死亡した遺族の全てを救済できるか?
過失に基づく賠償責任だけで被害者救済は万全か?
無過失責任に酷似する賠償責任(「過失責任」の修正)制度の創出
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運転者(加害者)が次の3点全てについて証明できない場合は損害賠償責任を負う(自賠法第3条)
1)自己および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと
2)被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があったこと
3)自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったこと
自動車損害賠償責任保険
自動車損害賠償責任保険
保険会社
保険金
被害者からの直接請求制度
加害者が保険金を貰ったが、被害者に支払わないことが起きないか?
加害者が不誠実であったり、金額面で折り合いがつかずに示談が成立しない場合など
には、保険金の請求ができない。しかし、そのような被害者を保護するために、被害
自動車事故
賠償金
者が損害賠償額を直接保険会社に支払うように請求できる。
被害者
(人身)
政府による保障事業
ひき逃げなどでは加害者が分からないので被害者は救済されないではないか?
自動車損害賠償保障法に基づき、ひき逃げや無保険車による被害者救済のため、自賠責保険とは別に、
政府が「自動車損害賠償保障事業」を行っている。
◎No Loss, No Profit
・保険料が、利潤や不足が生じないように計算されている
・保険会社は収支差額と運用益を全額準備金として積立なければならない
・積立てた準備金は、保険収支の不足のてん補と被害者救済のための支援等に充てる場合以外は取り崩せない
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直接請求
自動車利用者
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社会政策のための保険システム
(1)公的保険と私的保険
【社会保険】
【民間保険】
保険料・税金
強制 加入
保険者
=
加入者
=
個人・企業
サービス
サービス
手数料
給付金
国・地方自治体・
健康保険組合
等
私的保険・・・事例 生命保険・海上保険・火災保険
当事者が任意に加入する場合が多い
公的保険・・・事例 健康保険・労災保険・厚生年金保険
加入は強制または当然適用(反対は、任意適用) ; 社会保険
(2)社会的な問題解決のための保険システムの利用の事例
実例1 高齢者・障害者の生活保障→年金保険
実例2 失業者の生活保障→失業保険
実例3 労働者の業務上の災害の補償→労働者災害補償保険
実例4 疾病に対する治療の保障→健康保険・医療保険
日本・欧州は公的な医療保険制度があるが、米国では公的制度は限定的、私的保険が中心
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;民間保険
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(3)社会保険の特徴
・ 社会保険は、社会保障上または社会政策上の目的を達成するために保険技術を利用する保険
・ 私的保険と社会保険の共通性
リスクを計量し、大数の法則、収支相等の原則などが適用される保険制度を用いる 技術的な側面は共通
・民間険と社会保険の違い
・ 社会保険;強制保険 ←→ 民間保険;任意保険
・ 社会保険=法律を制定して 被保険者(適用範囲)、保険料(拠出)、保険金(給付水準、内容)が定まる
←→ 民間保険;任意保険=法律を制定することなく契約によって決まる
・社会保険:所得の再分配機能 資産のある者が、現在所得がない失業者・年金受給者などのために支払う
健康な者が疾病を患っている者のために支払う
(4)公的保険と私的保険との関係・接点
①一般的な議論:公私分担論
私的保険は、公的保険を補完する役割
・年金保険
年金保険における公的保険、企業年金保険、個人保険(三層構造)の役割分担論公的な保険制度である厚生年金では不足する分
を、私的保険である企業年金保険(企業が保険料を支払、退職した従業員が年金を受け取る)
、個人年金保険(個人で保険料を
支払い、年金を受け取る)で補完する。公的年金・企業年金・個人年金の三つがある三層構造になっているという議論
②公的社会保険と民間保険の接点;自然災害の被害者救済における公私分担負担の様々な形態
・米国における洪水保険 保険会社は窓口・事務代行
・日本は先進国では突出して地震リスクが高い国→巨額の地震リスクを安定的に引き受ける再保険者がいない。
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(出典:The Global Seismic Hazard Assessment Program (GSHAP))
・日本の家計用地震保険制度(政府の再保険特別会計、民間との負担割合のスキーム)
地震保険は「地震保険に関する法律」に基づき、損害保険会社は、政府と再保険契約をしている。政府には「地震保険特別会計」
がある。地震保険の保険料は将来の保険金支払に備え積立てられており、保険会社は利潤を得ていない。
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(出典)日本損害保険協会「日本の損害保険 2013」
〈家計用地震保険とは・・・〉火災保険では地震・噴火・津波による損害(地震により発生した火災も含む)は補償されない。した
がって火災保険に地震保険をセットして契約する。地震保険は単独では契約できない。契約金額は火災保険の契約金額の30~
50%の範囲内、建物:5,000万円、家財:1,000万円が限度額。保険料は建物の構造(鉄筋コンクリート、木造・・・)、
所在地(主に都道府県別)によって異なる。
・任意保険の存在意義
公的な強制保険では、おおむね画一的 これに対して民間保険;任意保険では、利用者に対して選択・多様性の確保、提供
議論:選択的な保険は説得に費用を要して、画一的な保険よりコストがかかるがどう考えるべきか
・多様なモデルの存在
ドイツにおける健康保険制度
ドイツも公的保険制度として健康保険がある。健康保険加入は強制だが、加入時に健康保険の保険者を選択できる。
日本における政府と民間が分担する家計地震保険の仕組み 単純な補完関係ではない
→年金保険・健康保険等の社会保険モデルが存在する一方、私的保険である民間保険を公的に支援する地震保険モデルも存在。
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