民営郵政と郵政公社、社会目的にとってどちらが有効か? ―オーストラリアとニュージーランドの比較研究― Which can carry out social purpose of postal services more efficiently among public corporation or privatized one? ~A Comparative Study between Australia and New Zealand~ 西垣 鳴人 * Abstract This paper verifies which can carry out the social purpose of postal services more efficiently among public corporation and privatized company, through a comparative study between the case of Australia and the case of New Zealand. There was little historical fact that Australia Post, a public corporation, has positively used its surplus got by the advantage of exclusive license or by the result from deregulations for the social purpose fulfillment. In fact in Australia from 1980s to 90s, to some extent, there was deterioration of life infrastructure such as widespread closure of post offices. Thus, according to Nishigaki (2012), we must conclude even in a country maintaining postal public corporation, it also should be necessary to secure an effectual scheme that the results of management stability and development would be distributed to the social purpose fulfillment. However, the degree of deterioration of life infrastructure was much higher in the case of New Zealand, where privatization of postal services was carried into practice. On the other hand, there is another possibility that privatized postal corporation could realize much more surplus than a public corporation only through an exhaustive streamlining as NZ Post did, and it could even recover the level of life infrastructure in only case an effectual scheme mentioned above was secured as the additional condition. 1.はじめに 西垣(2012)では、郵政民営化(株式会社化)を実現した国(ドイツ、イギリス、及びニュージーラン ド)の相互比較から民営郵政会社が生活インフラ維持等の社会目的を履行するための条件を ⅰ.社会目的履行の原資となる利益確保ができるように経営の安定・発展が図られていること、 ⅱ.その結果として得られた余剰が社会目的実現に配分される実効的枠組みが存在すること、 とした。これら条件が普遍性をもち、わが国の場合にも適用可能であるか否かには更に検証が必要 である。しかし他の先進諸国において郵政事業の株式会社化を実行した国はオランダと日本を除い てなく、多くの先進国は郵政公社の段階にとどまっている。 特に社会的義務を目的とする限りにおいて、民営化された郵政事業よりも公社段階にとどまって いる国の郵政事業を高く評価する学説も存在する。松原(1991)は、民営化したニュージーランドと 公社を維持したオーストラリアとを比較し、ニュージーランドの経営改善は公共性を犠牲にしてコ スト削減を図ったのに対して、オーストラリアの場合は郵便独占を維持する一方で経営の自主性を 与えるという「企業性」と「公共性」のバランスをみるうえでの好例と評価している 1 。また、滝川 (2004)は郵政公社について法的バックグラウンド等から効率性と利便性の両立を図る最善の経営形 * Narunto Nishigaki、岡山大学大学院社会文化科学研究科 教授、Professor, Graduate School of Humanity and Social Science, Okayama University, (3-1-1 Tsushima-naka Kita-ku, Okayama, Japan, 700-8530), Tel 81-(0)86-251-7545, E-mail: [email protected] 1 松原(1991),pp.125-127 参照。 1 態と評価した 2 。 民営企業と公社とでは国の政策に対する協調義務、職員の身分、社会義務や官業特典の存在等、 大きな違いが存在する。ただし前述の社会目的履行の二条件との関係でいえば、社会目的履行の原 資が原則的に自らの余剰である点で両者に相違はない。またその余剰が社会目的に配分される枠組 みが重要である点でも同様である。よって社会目的履行の可能性という観点から民営郵政と郵政公 社を比較する場合、どちらが上記二条件を優れて満たすことができるかについて評価することが適 切である。すなわち、民営郵政と郵政公社とでは、どちらが経営の安定・発展が図られ易く、また どちらが利益を社会目的実現に配分する実効的枠組みを実現し易いかについて、国際比較の中で検 証してみることに意義があると考えられる。 本稿は、社会目的履行の二条件という視点から、家森・西垣(2009a,b)および西垣(2012)で検証さ れた民営ニュージーランド郵政の事例とオーストラリア郵便公社の事例とを比較することによって 、上述の松原(1991)でなされた評価を再検証する。当該二か国の比較からわかることは、社会目的 履行の観点からいずれの経営形態が望ましいかは断言が難しいということである。公社であっても 民営企業の様に商業性を高めて経営を安定・発展させることはある程度可能である。一方でオース トラリア郵便公社が独占等で得た余剰を社会目的履行に積極的に配分したという歴史的事実はない 。ただし公社の場合、民営郵政と比較して公務員である職員の整理には自ずと限界があるなど大胆 なリストラができないために、郵便局ネットワークなど生活インフラが後退する範囲は相対的に軽 微にとどまることが指摘できる。 以下本稿では、第2節でオーストラリアにおける郵便公社設立の経緯について述べ、第3節でオー ストラリア郵便による経営合理化の実態を探る。そして第4節で民営化を実行したニュージーランド と生活インフラ維持の観点から比較を行う。第5節は、本稿の結論と今後の課題である。 2.オーストラリア郵便公社誕生までの経緯 2.1 公社維持の思想的背景 一つの疑問は、隣国ニュージーランドで郵便貯金会社と電信電話会社の外資売却を含めたドラス ティックな郵政民営化、あらゆる郵便事業の独占撤廃が断行されたのに比べて、オーストラリアに おいては郵便・電信電話産業について公社形態が維持され、排他的ライセンスについても現在に至 るまで継続されるという、たいへん大きな相違が存在することである。隣国同士でありながら大幅 な政策的相違が存在する例はドイツとフランスなど他にもあるが、オーストラリアとニュージーラ ンドは独仏と異なって英国にルーツを持つ歴史・文化的背景を共有している。政治形態においても オーストラリアはニュージーランドと同様これまで共和制(republic)は採用せず英国君主を元首と してきた。にもかかわらず違いが生じた理由とは、ニュージーランドが一個の立憲君主国なのに対 し、オーストラリアは各々独立性の高い州(State)が集まって出来た連邦国家(Commonwealth)である 点が関係しているように考えられる。Commonwealthとして一定のまとまりを持つためには、独立性 の高いstatesを結び付ける連邦共有の公共インフラの存在意義が大きくならざるを得ないからであ る。少なくとも以下に見るように、Commonwealthであるオーストラリアには民営化に抵抗する思想 的伝統があることは確かである 3 。 オーストラリアにおいても、1980 年代から 90 年代にかけては、他の先進諸国同様に国有企業の 民営化(privatization)が政治的潮流となった時期があった。この時期に民間売却された公共事業体 (utilities)と し て 、 カ ン タ ス 航 空 や 連 邦 銀 行 、 各 州 立 銀 行 お よ び 各 州 立 保 険 会 社 が あ っ た 。 Maddox(2000) は 、 こ れ ら の 処 置 は 常 識 的 な 経 済 学 に 基 づ く も の か も し れ な い が 、 共 和 主 義 (republican)イデオロギーの先鋭的護衛者達がなしたものだとする。彼は「オーストラリアの伝統 とは、集産主義的行動と公有制に対して近年の政治的言辞が許容する以上に寛容」であり、 「人々は 政府が持つ購買力を通じて集団として行動する権利を持つ」という見解を同国が公共投資によって 具現化してきたと述べている。これに対して公共事業の民営化は「社会が依拠する哲学」を改変す るものであると批判し、Commonwealthは「人々は集団的行動と国家の主導とを通じて政治的権力をつ かむことができる」という思想を保持するものであると主張している 4 。 2 滝川(2004),pp.118-119 参照。滝川(2006),pp.246-257 も参照。 Maddox(2000)は、この伝統を‘Australian communal and collectivist tradition’と表現している(p.55)。 4 同上、pp.55-56 参照。Maddox の同著はメルボルン大学など主要な高等教育機関における教養コースの政治学テキ ストとして使用され、約 5 年ごとに版を重ねてきた。Maddox(2000)はその第 4 版。 3 2 またDavis et al.(1993)は、当時世界的潮流となっていた「大きな政府は高い税と不要に高い金利 を人々に課し、インセンティブを破壊し、民間から資本を引き揚げて非生産的な公共経済部門に再 投入する」という「小さな政府」思想に対して、「公共部門は単に民間活動に取って代わる以上のこ とを為すものであり、多くの国々の政府機関が諸集団間の富移転に従事し、民間の資本蓄積を促進 している」と反論している 5 。彼らはまたオーストラリア的構造・政策を形作る多くの要素の筆頭に 国家主導の経済開発の伝統を挙げている 6 。 公共部門の役割を重んじる伝統があるにもかかわらず、後述のように国営企業の商業性を公共の 利益よりも重視する側面がみられることは興味深い事実であり、ニュージーランドと同様に商業国 家イギリスの伝統を受け継ぐ国であることの表れとも考えられる。 2.2 公社化までの豪州郵政改革の流れ オーストラリアの郵便事業は 19 世紀初頭に起源があると言われ、200 年以上の歴史を持つとされ る。1901 年のオーストラリア連邦(Commonwealth of Australia)成立と同時に連邦行政組織とし て郵政庁が設置され、(日本を含む多数諸国の郵政事業の初期段階にしばしば見られるように)郵便 と電信・電話サービスが共に取り扱われた。1975 年に郵便事業と電信・電話事業とを分離独立させ、 75 年郵便サービス法によって規定されたオーストラリア郵便委員会(Australia Postal Commission) が設置された。このとき同委員会の管理する独立行政法人としてオーストラリア郵便(Australia Post)が生まれた。 しかしながら、電信・電話部門から切り離されたオーストラリア郵便の経営は当初から芳しい成 績を残せなかった。そこで 1980 年にオーストラリア会計検査局による郵便局窓口サービス運営の効 率性評価制度(~85 年 10 月)が導入された 7 。加えて制限的労働慣行制度も導入され、①利用可能な 仕事により効率よく配置するための名簿構造見直し、②メールセンターですべてのスタッフが要求 水準に向けて確実に働くことを目的とした労働改善プログラム、③監視スタッフの配備、④集配所 と郵便局の間の輸送による不必要で回避可能な未処理メールの山を防ぐ効率的取扱いプロセスの導 入、⑤不当に冗長なシャワーとティーブレイクのような正当性を欠く時間の廃止、⑥不必要な電話 による支出の除去…等々が実行された 8 。こうした努力にもかかわらず、オーストラリア郵便は決定 的な経営改善には至らなかった。 ひとつの主要な原因は様々な規制によって合理的な経営ができないことにあるとされた 9 。 もう一つの主要な原因として、宅配便分野で激化する競争の存在が挙げられた。オーストラリア 郵便の収入の半分は他企業との直接競争にさらされたサービス分野で稼ぎ出している。信書独占に よってカバーされている事業の一部でさえ、電話やファクシミリなどの他の情報伝達形態からの競 争に間接的にさらされていると指摘された 10 。 したがって、規制に縛られることのない自主的な事業運営によって直接・間接に競争にさらされ ている分野でも十分な競争力とシェアを獲得するために、オーストラリア郵便は公社となる必要が あると、連邦議会において共通に認識されるようになっていった。 2.3 オーストラリア郵便公社の性格 オーストラリア郵便公社を性格づけている法律は「1988 年郵便サービス改正法 (以下、「改正法」 と表記)」と「1989 年オーストラリア郵便公社法(以下、「公社法」と表記)」の二つである。 (1)郵便サービス改正法 11 「改正法」は、公社としてのオーストラリア郵便の新しい企業構造を確立するための法律で、管轄 大臣や経営陣の役割を再定義し、新しい雇用条項を与える。これら改正は、政府事業改革の一環と して、①企業構造と財務構造の見直し、②新しい事業計画と説明責任の仕組み、③主な戦略につい ての統制の軽減、および④日常的統制の除去といった要素からなっている。政府は、オーストラリ ア郵便の行動を細かく監視するのではなく、公社自らが立てた事業計画と財務目標、および諸活動 の実際に現れた結果に関する公社の説明に焦点を合わせるだけにとどめるとした。 5 Davis(1993),pp.114-115 参照。 同上、p.126 参照。Davis の同著もオーストラリア国立大学(ANU)などで政治学の文献として使用されてきた。 7 1986 年 9 月 17 日、連邦上院議事録、Jorges 議員の報告を参照。 8 1987 年 3 月 30 日、連邦上院議事録、Walsh 議員の報告を参照。彼によれば、これらは一定の成果を上げ、特にニ ューサウスウェールズでは郵便サービス水準の大きな改善がもたらされた。 9 1986 年 10 月 9 日の Vigor 上院議員の報告を参照。 10 1987 年 2 月 17 日における Walsh 上院議員の証言。 11 “Postal Service Amendment Bill 1988”,pp.2-4 参照。 6 3 オーストラリア郵便は、契約や提携、合弁、および一つの事業会社に適した正常な投資計画のよ うな標準的事業行動を起す自由が与えられることになる。また、同公社は自らの様々な財産を商業 的に活用できるようになるというだけでなく、 「改正法」は公社に対して保有する土地と建物を健全 な商業的慣行に従って使用する義務を課し、それを為すために必要な権限を与えるのである。 (2)オーストラリア郵便公社法 12 「公社法」は、具体的な経営の在り様を規定するもので、オーストラリア郵便に対し三つの義務 を課す。第一は「改正法」でも強調された商業性で、オーストラリア郵便は、健全な商業慣行に矛 盾しないやり方で自らの機能を果たすことが要求される。第二がコミュニティーサービス義務 (CSOs)である。これは同社に対して、①オーストラリア国内の普通郵便配達に関しては一律料金、 ②国内すべての地域から同じ期間での郵便物配達を義務付けるものである。ただ料金の水準を(例え ば「低位に維持せよ」等)規定するものではなく、また郵便局ネットワークを全国くまなく維持するこ とを義務付けるものでもない。第三は遵守すべき政治的諸義務であり、国際協定や公衆の利益とし て大臣が命じたこと等には服さなければならないとされる。 これらの法規定から導かれる郵便公社の姿とは次のようなものとなろう。公社は基本的に政府方 針に従って経営計画を立てる。しかしながら、政府方針が公社に商業性を強めるよう求めるならば、 公社はこれに従わなければならない。公社化であっても、民営化と同様、政府による郵政改革方針 が、より商業性の高い産業インフラの充実や効率化であったならば、生活インフラ維持は積極的な 企業目的にはならない。CSOs がネットワーク維持/発展を規定するものでない限り、次節で観察す るように、不採算と判断された郵便局が整理・統廃合されるのは自然な成り行きだった。 オーストラリア郵便には 1990/91 年度(公社化後 2 年目)から所得税が課せられ、それによって連 邦収入の増加が期待された 13 。多くの諸外国がそうであったように、オーストラリアにおいても郵 政改革の主要目的の一つは財政再建(の一助)であった。 (3)郵便公社の社会的義務と独占 14 これも公社法で規定されている内容だが、CSOsの見返りとして同郵便公社に、オーストラリア国 内および海外とオーストラリア間における信書 15 の収集、運搬及び配達の排他的権利が与えられた。 但し対象から除外される信書として 500 グラムを超過する信書、商品と一緒に届けられた送り状、 同一企業の事務所間での信書等がある。排他的権利を侵害する事業者に対して、オーストラリア郵 便は連邦裁判所に当該行為の中止命令を要請することができる。 オーストラリア郵便の排他的ライセンスは、すでに 1975 年の郵便サービス法において規定されて いたもので、公社法はその独占維持を認めたものである。しかしながら同法の国会審議のプロセス では独占維持に関する長時間にわたる論争が闘わされていた。主なものとして、次のような反対意 見が表明されていた。 「現政権は、競争と対峙することなしにオーストラリア電信電話やオーストラリア郵便が真に効率 的になることもなく、顧客や利用者に対して利益を与えることもない、ということを理解していな い。…(中略)組織もしくは企業を従前の束縛から自由にすることとそれが操業している市場を自由 にすることとは同じではない」 16 。「世界を見渡せば、残りの世界は競争的環境へと移行してきてい るのに、一人オーストラリアだけがかたくなに独占の骨組みに固執している。…(中略)自然独占の 議論は、光ファイバーの出現以前にはいくらかの正当性があったかもしれない。だが自然独占の正 当性に理解を示している他の国はどこにもないというのが現実である。…(中略)競争こそが効果的 で効率的な結果をもたらす唯一の道である」 17 。 これら独占維持反対の意見に対する政府側の反論は、オーストラリア郵便やテレコムにはCSOsが あるのに対し民間競争者にはそれがない、というものだった 18 。 この CSOs もしくはユニバーサルサービスの中身が、前項で指摘したように郵便料金の低額維持や 郵便局ネットワークの現状維持/発展、さらには配達頻度の維持を約束するものではなかったことに 注意が必要である。しかしながら、反対派の論点は独占が市場原理に反しているという点に集中し、 地域住民の生活インフラが適正に維持されない危険性については最後まで触れられることがなかっ た。公社法は 89 年 6 月に上下両院で可決され、同年 7 月 1 日には豪州郵便公社が発足した。 12 13 14 15 16 17 18 “Australia Postal Corporation Bill 1989”,pp2-5 参照。 同上 p.5。 同上 pp.11-12 参照。 ここでいう信書とは「特定の個人もしくは住所宛の封入されたもしくは封入されない通信文」を指している。 1988 年 12 月 12 日における Luis 上院議員の発言(議事録 p.3976)。 1989 年 6 月 5 日における Alston 上院議員の発言(議事録 pp.3327-8)。 同日における Evans 外務貿易大臣の答弁(議事録 pp.3359-60)等を参照。 4 3.オーストラリア郵便による経営の「合理化」 一つ重要な点は、オーストラリア郵便のネットワーク合理化の流れは、公社化以前から存在した ことである。主に 80 年代の半ばから、経営改善の一環として郵便局の統廃合が行われた。いったん 弱まったかに思えたその流れは、公社化以降再び加速した。 表1 オーストラリア郵政の公社化(89.7)前後における新規開店/閉鎖郵便局数 州/地域 ニューサウスウェールズ 及び首都特別テリトリー ヴィクトリア クイーンズランド 西部オーストラリア 南部オーストラリア 及び北部テリトリー タスマニア 合 計 85-86 86-87 87-88 88-89 89-90 90-91 91-92 92-93 93-94 94-95 1 5 6 5 2 1 5 10 20 35 累 計 90 52 56 32 28 16 10 18 40 74 34 360 △51 △51 △26 △23 △14 △9 △13 △30 △54 1 △270 3 2 0 0 4 4 5 31 32 22 103 8 11 9 4 8 7 13 54 50 27 191 △5 △9 △9 △4 △4 △3 △8 △23 △18 △5 △88 3 9 8 2 2 6 8 34 14 17 103 10 11 7 8 9 19 15 42 58 25 204 △7 △2 1 △6 △7 △13 △7 △8 △44 △8 △101 3 0 1 2 8 6 11 22 11 13 77 4 11 2 3 5 4 12 27 13 3 84 △1 △11 △1 △1 3 2 △1 △5 △2 10 △7 1 3 3 4 0 0 14 16 6 4 51 19 20 16 11 4 7 25 35 57 9 203 △18 △17 △13 △7 △4 △7 △11 △19 △51 △5 △152 0 0 2 2 2 0 0 2 3 0 11 1 6 5 3 3 4 5 5 18 1 51 △1 △6 △3 △1 △1 △4 △5 △3 △15 △1 △40 11 19 20 15 18 17 43 115 86 91 435 94 115 71 57 45 51 88 203 270 99 1093 △83 △96 △51 △42 △27 △34 △45 △88 △184 △8 △658 注:①上段開店/中段閉鎖/下段純増、②各年 7 月 1 日が年度初めに当たる。 出典:豪州連邦議会に提出された各年度資料より作成。 3.1 公社化以前におけるネットワーク合理化の動き 図 1 は全国的な郵便局の整理・統廃合の実際の数値を示しているが、統廃合にあった住民の声を 代弁するものとして、以下、各議員の国会発言を参考資料として提示したい。 「ストラハンの全住民にかかわる問題であり、彼らのほとんどは今私の手元にある請願書に署名を した。署名はストラハン郵便局を現在のドライブ道に建った商業施設内の望ましいロケーションか ら何処かわからない街の他のエリアに再配置しようというオーストラリア郵便の申し出に反対する ものである。20 世紀の初めからそこに郵便局があった商業施設からの再配置は地域住民を著しく不 便にするものである。・・・(中略)現在のロケーションで利用可能なサービスのいくつかは今のように アクセスできなくなる。なぜなら(すぐそばに)郵便局がなくなれば秘密保持性が失われるために移 って行ってしまう店舗が多いからである。・・・人口 530 人のストラハンで 269 人の署名を集めた」19 。 「セントモリスのマジルロード 403 の郵便局を閉鎖するという申請に対して 385 人の市民が抗議を し、営業を継続するように要求している」 20 。 「500 人の住民による申し立てとして・・・(中略)ランセストンのインバーメイ郵便局を閉鎖すると いうオーストラリア郵便のいかなる決定も多くの高齢者と心身虚弱な地域住民の利便性を著しく損 19 1987 年 9 月 23 日における Harradine 上院議員(タスマニア州選出)の国会発言。 1988 年 3 月 16 日における Jones 上院議員(サウス・オーストラリア州選出)の国会発言。同議員は同 3 月 22 日に も同じ発言を繰り返している。 20 5 ない、おまけに公衆に供給される郵便その他サービスを縮小することとなろう。……インバーメイ 郊外の郵便サービスが維持されることを懇請する」 21 。 「191 人の市民による申し立てとして、北タスマニアのローヘッド郵便局を閉鎖するというオース トラリア・ポストのいかなる決定も多くの高齢者と心身虚弱な地域住民の利便性を著しく損ない、 おまけに公衆に供給される郵便その他サービスを縮小することとなろう。ローヘッドタウンの郵便 サービスが維持されることを懇請する」 22 。 1988 年 11 月 28 日、Bjelke-Petersen 上院議員は以下の国会質問を行った。 「(情報産業)大臣は最近メディアが報じた“豪州郵便が地方の 350 郵便局と都市部の 240 郵便局を 閉鎖し、それらを代理店とフランチャイズ店舗に置き換えようとしていること”を知っているか。 大臣はこれらの動きが、豪州郵便を商業ベースに移行させようとする政府からのプレッシャーで為 され、さらに、収益以前に公衆の利益を促進するという基本理念を全く放棄してしまう意図をもっ ていると考えているのか」。 これに対して Evans 情報産業大臣はオーストラリア郵便の立場を代弁し、 「オーストラリア郵便は、上手な経営が行われている事業ならば皆そうであるように、その効率性、 顧客ニーズに対する機敏なレスポンス、そしてオーストラリア経済に対する貢献を最大にするため に自らの業務内容を吟味してきた。オーストラリア郵便はまた、顧客の期待によりよく応える一方 でその商業的計画実行可能性を改善するために、その小売ネットワークの財務状況を強化する方法 を考慮してきた。…(中略)それは、オーストラリア郵便の店舗数に著しい変化があることを予示す るものではない。むしろ意図されているのは、より効率的かつ柔軟なやり方で、コミュニティーの 要求を満たし続けるために、地域ベースでサービスネットワークを再構築することにある。…(中略) その目的は、コミュニティー・サービスの水準を落とすことではなく、サービスを維持/改善する一 方でコストを削減することにある」。 この答弁からうかがえることは、確かに国全体としてはサービス水準の低下は無いかもしれない が、その一方で地域によっては住民が生活インフラとしての郵便局から享受できるサービス水準が 低下する可能性を否定はしていないということである。 3.2 公社化以降におけるネットワーク合理化の動き 80 年代後半までの動きを見れば、オーストラリアにおける郵政事業の公社化は、主たる目的とし て効率性追求をさらに推し進めやすくするための措置であったことが理解できる。問題は、効率性 の追求が、生活インフラの充実に結実するのか、あるいは産業インフラの効率的供給のみのために 行われるのか、どちらであるかである。歴史的事実を見れば、オーストラリアにおける「郵便公社法」 の成立が商業目的追及という大義名分によって、ネットワークの合理化に正当性を与え、加速させ た側面は否定しがたい。ネットワーク合理化は、都市部を中心とした産業インフラの効率的供給に 適っているが、地域住民の生活インフラに関しては後退を余儀なくすることになる。 公社化から数カ月経過した 1989 年 10 月 16 日、ヴィクトリア州選出の Short 上院議員は、オース トラリア郵便が全国の郵便局及び郵便店舗の削減対象リストを保有しているという噂を指摘した。 この噂は全国の郵便店舗の閉鎖に関して申請された政策ガイドラインが存在することが、情報公開 条項によって明らかとなったことに端を発していた。そのガイドラインによれば、地方の主要都市 (1 万人から 10 万人の人口)に関して、小売収益が全小売費用をカバーするのに十分でなければなら ないとされた。また人口 3000 人未満の町に対するガイドラインは、小売収益は全小売費用の 80%を カバーするのに十分でなければならないというものだった。同議員は、 「政府が有権者に対して、国 会を通じて、私が今夜提議した問題に回答を与えることを要求する。なぜならば、つまるところ、 われわれが互いに意思を疎通する能力、取り分けこの国の地方および地域エリア住民が互いに意思 疎通を図る能力といったものはこの国の最も重要なもの、活力源に影響を及ぼすからなのである」 と主張した。 1992 年 5 月 4 日には、Bjelke-Petersen 上院議員が、「オーストラリア郵便がクイーンズランド州 を横断して 110 の郵便局を閉鎖する計画」について言及している。そして「(情報産業)大臣は、これ が 1988 年に宣言された、連邦政府による政府事業会社の改革プログラムであり、それがオーストラ リア郵便の現行における政策方針の主因として働いていると考えるか。大臣はまた、オーストラリ ア郵便に対する最近の変化はすでに地方のコミュニティーを荒廃させる結果となって表れているこ とを知っているか。この申し出は、オーストラリア郵便が利潤よりも先に公衆の利益を促進すると いう基本理念を今や全く放棄してしまったことを意味するのか…(後略)」と詰問した。これに対し て同大臣 Richardson は、「しばしば郵便局が閉鎖されるということは、サービスが終焉を迎えるこ 21 22 1988 年 10 月 11 日における Watson 上院議員(タスマニア州選出)の国会発言。 同 19 日における同議員の国会発言。 6 とを意味しない。それは人々が受けるサービスの種類がシフトすることを意味する。オーストラリ ア郵便にとって、商業的でなければならないという法律が一度できてしまった以上、オーストラリ アのいかなる場所にもサービスを提供するというのはたいへんな問題だ。サービス提供が利益を生 みださなくなってしまったところでは、明らかにそれはすこぶる難しくなる」とはっきり答えている。 これより前、1990 年 11 月 15 日に Collins 上院議員は、「サービスを合理化し、新しいものを創造 するための収入を得るため、オーストラリア郵便は最近、ヴィクトリア州で 30 の郵便局を売却し、 総額 1,600 万ドルの収益となった」と郵便局売却を積極的に肯定する発言をしている。 表 2 に見られるように、直営郵便局は、12 年間でほぼ 2/3 まで削減された。確かにこうしたデー タは、地域住民の集団抗議活動の存在と合わせてみれば、われわれが一般的に国有国営企業(公社) に期待する公共性という観点からは「ドラスティック」なリストラであるという見方が可能だろう。 しかしながら、1993 年から免許郵便局(わが国の簡易局に当たる)に対する収入補助金制度が導入さ れ、免許郵便局数の減少に歯止めがかけられ、一定の回復を見た(表 2 参照)。その結果、郵便局ネ ットワーク全体としては 12%強の減少にとどめることができたことも付記しておきたい。 年度末 89.06.30 90.06.30 91.06.30 92.06.30 93.06.30 94.06.30 95.06.30 96.06.30 97.06.30 98.06.30 99.06.30 00.06.30 3.3 表2 オーストラリアの全国郵便局数と収入補助金額の推移 直営郵便局 免許郵便局 合計 収入補助金(単位:万ドル、過去 1 年間) 1,352 3,070 4,422 -1,349 3,046 4,395 -1,352 3,009 4,361 -1,348 2,977 4,325 -1,301 2,932 4,233 10 1,203 2,789 3,992 640 1,132 2,822 3,954 1,110 1,084 2,873 3,957 1,070 1,009 2,925 3,935 480 957 2,965 3,922 420 905 2,998 3,903 410 902 2,985 3,887 380 典拠:連邦上院議会に豪州郵便が提出した資料(2000・11・29 等)に基づき作成。 郵便局閉鎖以外のサービス劣化 公社化後における合理化は郵便局ネットワークに関するものだけではなかった。 1989 年 10 月 25 日、Evans 情報産業大臣は Sander 上院議員の質問に答え、5 ㌦以上のカバー価格 の定期出版物については以後、従来のような割引郵送しないと明言した。そして登録出版物サービ スの適格性に関する値段その他の条件についてはオーストラリア郵便の取締役会が問題とすべきこ と(郵便公社法)であり、それに対して政府は関与しないとし、「オーストラリア郵便の登録出版物サ ービスで生じた損失を削減しようとする申し出は、健全な商業慣行と一致するやり方でその機能を 果たすことを法的義務とすることと矛盾しない」と答弁した。 1990 年 11 月 27 日、Collins上院議員は、船荷郵便料金の引き上げに関して、公社法の下でオー ストラリア郵便は商業的に行動する義務を負っており、自らの運転費用をカバーするに足る収入を 得なければならないし、政府に対する配当として支払われる満足のいくROEを達成し、継続中の資本 投資計画に資金供給するために十分な利潤を生みださなければならないと正当化した。同議員はま た、サービス内容の劣化が指摘されていることに反論し、 「顧客の視点から、手紙の 94%が時間通り に届けられて、その残りのほとんどは一両日中には届けられるということは重要である」とし、1975 年の設立以来、オーストラリア郵便への巨大な財政支援や配達問題が軽減されてきたことに注目し なければならないとした 23 。 1992 年 4 月 1 日、Richardson 上院議員は、インフレ率が1.5%の時に、18カ月で郵便料金を 30~35%引き上げたことについて、オーストラリア郵便に「商業的組織として事業をし、適切な営 業構想で自らを組織しなさい」と言う法律を与えたのに、 「しかし損失が生じているところでは、そ れは当てはまらない」というのは大変難しいと抗弁している。 いずれについても言えることは、商業的であることを義務付けた郵便公社法によって、あらゆる 社会的サービス水準の低下が商業性の名のもとに正当化されているという事実である。 一方で公社は、窓口サービスの効率化には苦慮していた。たとえば、郵便局にできている長い列 が、国民生産性の損失がどれだけ寄与しているかを推計する研究を行っているのかという質問があ 23 1991 年 11 月 11 日における Collins 上院議員の発言。 7 った時、オーストラリア郵便は、顧客の待ち時間を減らすため、①何らかのセルフ・サービス設備 の提供、②すべての窓口諸君がすべての処理を行えるようなシステムの導入、③営業のピーク期間 に対処するためにパート職員の雇用を増やす、④より戦略的な配置とよりビジネス・ライクな作り の小売店舗といった戦略を企てたとされた 24 。だがこのような営業努力は、競争的産業ではもっと 早期に当然のこととして取り組まれたはずの対処手段であろう。排他的ライセンスを与えられたオ ーストラリア郵便は、独占の利益を顧客の利便性という形で十分還元できないまま、「合理化」を推 し進めることで赤字経営を解消していったのである。 4.ニュージーランド郵政との比較研究 4.1 公社化/民営化後における郵便局数推移の比較 ここで郵便局の減少比率について民営化が行われた隣国ニュージーランドの場合とオーストラリ アの場合とを比較してみたい。 直ちに理解できることは、民営化初期(80 年代末から 90 年代前半)における郵便局ネットワーク のリストラはオーストラリアと比べ物にならないほどドラスティックであった事実である。郵便為 替などのサービスを含むフル営業の郵便局は、民営化実施段階(1,234)から 93-94 年度末(245)まで、 1/5 以下に削減が行われている。ニュージーランドポストは郵便ネットワークを維持するために、 デリバリー・センターという名の郵便取次店をコンビニエンスストアなどに委託して増やしていく 努力をした。このセンターを加えた郵便施設全体の減少は 92 年の 808 拠点が最低値となり減少率で 35%、それでもオーストラリアの直営郵便局だけの減少幅よりも大きい。 年度末 87.06.30 88.06.30 89.06.30 90.06.30 91.06.30 92.06.30 93.06.30 94.06.30 95.06.30 96.06.30 97.06.30 98.06.30 99.06.30 表3 ニュージーランドの全国郵便局数の推移 25 フル営業郵便局 delivery 合計 centers 直営局 免許郵便局 小計 NA NA 1,234 0 1,234 513 220 733 242 975 336 134 470 424 894 NA NA NA NA NA 288 88 376 513 889 275 0 275 533 808 252 0 252 633 885 245 0 245 644 889 NA NA 259 705 964 NA NA 288 683 971 NA NA 297 705 1,002 NA NA 308 717 1,025 NA NA 314 719 1,033 典拠:ニュージーランド年鑑(1989,1990,1992~2000)に基づき作成。 もう一つ両国の違いについて指摘しなければならない。図 1 は、オーストラリアは公社化が行われ た 89-90 年度末を 100、ニュージーランドは民営化が行われた 86-87 年度末を 100 として局数の変 動をグラフ化しものである。ここから分かるように、オーストラリアが、公社化後 10 年間、郵便局 数の全体を減少させ続けたのに対し、ニュージーランドではフル営業局でも郵便施設全体でも、数 をある程度回復させている。西垣(2012)でも述べているように、民営化されたニュージーランド郵 便は、一旦は抜本的な郵便局ネットワークの整理によって合理化・効率化を図ったが、その後に収 益性を再び高めると共に、より効率の良い手段でサービス水準の向上を図った。一方、公社を維持 したオーストラリア郵便は、比較的緩やかなネットワーク整理を行ったが、郵便局数の推移でみる 限り、公社化後 12 年間では下落傾向を改善できなかった 26 。また、オーストラリア郵便がニュージ ーランドのようなフランチャイズ制度を始めたのは今世紀に入ってからで、2009 年 2 月段階で全国 24 1990 年 9 月 11 日における Colston 上院議員の質問に対する Collins 上院議員の答弁参照。 ニュージーランド年鑑では他に切手販売のみを行っている店舗も郵便関連設備として近年もなお統計に載せて いるが、オーストラリアとの比較の観点からは重要度が低いと判断し省略する。 26 2011 年 6 月末の郵便局数は全体が 4,419 店舗であり、オーストラリア郵便は 22 年かけて 89 年 6 月末の郵便局数 をほぼ回復したことになる(Australia Post Annual Report 2010-11,p.13)。 25 8 28 店舗、全体の 0.7%弱、極一部に限られている 27 。 図 1 オーストラリアとニュージーランドの郵便局数の推移比較 120 100 80 Au-CPO Au-Full(whole) 60 NZ-Full NZ-whole 40 20 0 1 4.2 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 郵便産業オンブズマン(PIO)制度 オーストラリアでは、国による行政サービス全体に関するオンブズマン制度が、1975 年の行政改 革後、1976 年オンブズマン法として法制化された。 郵便産業オンブズマン(Postal Industry Ombudsman、以下、PIO)制度は、既に存在した電信電話 産業におけるオンブズマン制度と類似した様式で、郵便事業者たちと満足のいく紛争解決ができな い顧客たちをアシストする制度である。もともと 2001 年の国政選挙で労働党-民主党連立政権が公 約したにもかかわらず、喫緊の問題ではないという理由で 2004 年まで棚上げにされた後、上下両院 でもなかなか議論がまとまらず、2006 年にようやく法制化された。 PIO は、オーストラリア郵便と同スキームに自主登録を選んだ民間業者が提供する郵便サービス に関連した不平不満を調査する。郵便サービス供給者には宅配便業者も含まれる。オンブズマンは、 不平申し立てに基づくだけでなく、自らのイニシアティブに基づいて行動することともでき、幅広 い範囲の顧客からの不満を調査する。PIO はまた、ライセンス郵便局、郵便事業者、郵便代理店に よるオーストラリア郵便との争議を解決する手段も与える。一方、オンブズマンは、一つの事業者 が他の競争相手に対して起こした不平に対して調査する権限は持っておらず、また発生して 12 カ月 以上を経過した案件に関する不平についても調査することはできない。 PIO の調査の結果、オーストラリア郵便や民間郵便事業者が法律に抵触しているか、あるいは不 合理、不公正で耐えがたい、さもなければ間違った行為をしていたと判断されれば、当該郵便事業 者が改善的(もしくは救済的)行動をとるよう忠告がなされる。PIO の忠告の後、当該郵便業者が適 切な行動をとることを拒絶した場合、PIO は情報産業大臣に国会の場で事の詳細に関する報告書を 上程するよう要求することができる。 但しPIOについては、いくつかの問題点が指摘され、議論の対象となった。一つは対象となる民間 業者が自発的に登録を行った者に限られることで、政府側は制度に自主的に参加することが民間事 業者にとって競争上優位になると説明したが、不完全との指摘があった 28 。もう一つは、制度とし て参照した電信電話産業オンブズマン(TIO)が独立の事務所を持ち専業のオンブズマンが配置され ているのに対し、PIOは行政全体を管轄する連邦オンブズマンの事務所スタッフが他の案件と一緒に 兼業するという点であり、これについて政府は、従来も郵便産業における争議は電信電話産業に比 27 2009 年 2 月 5 日の関係大臣(Conroy 上院議員)の国会答弁(SANATE,p.532)を参照。 自主的な登録を行った事業者だけでなく、一定以上の規模を持ったすべての郵便事業者を対象とすべきという修 正法案が上院で出され通過したが(05 年 3 月 8 日)、修正法案は下院で否決され、上院も元の法案を採択した(05 年 9 月 12 日)。 28 9 べて少ないからと説明した 29 。 社会目的履行を担保する一手段として、PIO 制度は重要な役割を果たすはずのものであるが、オ ーストラリアでは公社化から制度が整えられるまで 20 年近い歳月が経過している。これに比較して、 民営化から改革に着手したニュージーランドには 1989 年郵便事業法で規定されたオンブズマン制 度はすでに存在しており、西垣(2012)で指摘されたニュージーランド郵便と政府との『合意』が守 られているか等について監視が行われているのである。国有企業一般に対しても、The Crown Company Monitoring Advisory Unit(CCMAU)という公的な機関が監視を行っている。したがってオーストラリ ア郵便を民営化せず公社段階に留めたことが、PIO 制度の導入を容易にしたとは言えない。 4.3 社会目的の視点から見た公社維持と民営化:一つの仮説 オーストラリア郵便公社は従業員が公務員であるために、ドラスティックなリストラといっても 収益性の高い地域や部署への配置転換であったり、民間との委託契約の解除であったり、できるこ とは限られている。結果として生活インフラの後退は、民営化をして相対的により大きな合理化を 進めたニュージーランドと比べ、社会目的の後退は軽微に留められた。ニュージーランドの場合、 為替サービスなどの金融機能も一旦は大きく後退したことを考慮に入れれば、生活インフラに与え る影響は民営化の場合に相対的に大きくなると言えよう。しかし長期的には余剰を拡大させ、同時 に社会目的履行を促す実効的枠組みが備わっているとすれば、民営化を断行した方が公社を維持し た場合よりも生活者の利便性は高まる可能性も考えられるのである。 図 2 公社化/民営化後の産業インフラ/生活インフラ水準 生活インフラ水準 公社化 民営化 + ? - ニュージーランド オーストラリア + 産業インフラ水準 イギリス ドイツ - 図 2 は産業インフラの水準を横軸に、生活インフラの水準を縦軸に取り、原点を公社化/民営化が 実行された時点の水準として、その後における各国の水準変化を実線矢印(民営化のケース)もしく は破線矢印(公社化のケース)によって表したものである。 民営化は多くの場合排他的ライセンスもしくは独占の排除を伴う。完全自由化に至るまでのモラ トリアム期間が長い場合も短い場合もあるが、郵政民営化を実行した国で独占維持の方針を打ち出 した国は一つもない。早かれ遅かれ民営郵政会社は市場競争と対峙することになるが、同時に規制 も撤廃される分、経営の自由度は増す。相対的に規制が多いが排他的ライセンスに守られた郵政公 社は経営が相対的に安定するが発展の可能性は低い。ローリスク・ローリターンである。これに対 する民営郵政は、ニュージーランド郵便のように経営を軌道に乗せて利潤を確保する場合もあれば、 赤字を累積させ財政支援を受ける英国ロイヤルメールのような場合まで振れ幅は非常に大きい。す なわちハイリスク・ハイリターンな政策選択と言えよう。 5.おわりに 民営化せず郵政公社を維持すれば生活インフラが維持される、あるいは公共性が確保されるとい 29 Conroy 上院議員の指摘(05 年 3 月 7 日)に対する Coonan 情報産業大臣の答弁(同 8 日)等を参照。 10 う主張は、少なくともオーストラリア郵便の歴史的事実を見れば正しいとは言えない。「余剰を社会 目的履行に振り向けるための実効的枠組み」は、民営郵政(郵便)会社だけでなく、郵政(郵便)公社の 場合にも必要な政策的処置であると言わねばならない。今後の課題として、郵政公社を維持してい る他の先進諸国(アメリカ、フランス)の事例に加え、かつて公社として郵政事業を営んでいた先進 諸国の過去の事例を合わせて検証してみる必要があるだろう。 オーストラリア郵便の場合、しかしながら、同時期の郵政改革で民営化を実行したニュージーラ ンドと比較すれば、生活インフラの後退は小さかった。これは公社であることでドラスティックな リストラに自ずと制限がかかることと関係があるように思われるが、結果的に公社維持は民営化を 選択する場合に比べて社会的義務にとって有利である可能性が高い。だが一方、民営郵政は、NZ ポ ストのように公社には不可能な大幅な組織の合理化が実行可能であり、それが実行される場合に限 ってより高い余剰を生みだす可能性が指摘できる。さらに民営郵政においては、獲得されたより多 くの余剰を社会目的履行のために配分させる実効的枠組みが確保された場合には、公社を維持する よりも大きく生活インフラの水準を回復する可能性も潜在させている。ただし、これらの条件をク リアすることはこれまでの国際比較研究から容易なことではなく、また短期には生活インフラ水準 を大幅に落ち込ませる危険も同時に存在することを忘れてはならない。 郵政民営化は、産業インフラの効率的供給という民営化の一次目的にとってもリスクがあるが、 生活インフラ維持にとってはさらに高いリスクを伴う政策選択なのである。 参考文献 滝川好夫,『あえて「郵政民営化」に反対する』,日本評論社,2004 年. 滝川好夫,『郵政民営化の社会経済学』,日本評論社,2006 年. 西垣鳴人, 「民営郵政における社会目的履行の条件」, 『生活経済学研究』第 35 巻, 2012 年. 松原聡,『民営化と規制緩和 転換期の公共経済』, 日本評論社, 1991 年. 家森信善・西垣鳴人, 「ニュージーランドの郵政民営化:失敗についての再検証」, 『会計検査研究』 第 40 巻, 2009 年. 家森信善・西垣鳴人, 「ニュージーランド・キウィ銀行の市場競争への影響―わが国郵政金融事業民 営化への示唆―」, 『生活経済学研究』第 30 巻, 2009 年. Davis, G., Wanna, J. and Weller, P., Public Policy in Australia, 2nd ed., Unwin Hyman, 1993. Maddox, G., Australian Democracy in Theory and Practice 4th ed., Longman, 2000. Australia Post, Annual Report 2010-11 Commonwealth of Australia, Parliamentary Debate, Senate (1986~2009) Commonwealth of Australia, Legislation, Postal Service Amendment Bill 1988 Commonwealth of Australia, Legislation, Postal Corporation Bill 1989 11
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