エストロゲン作用の 新知見

15
2012.12 Vol.
〒102-0075 東京都千代田区三番町5-7 精糖会館6階
Tel. 03-3556-3344 Fax 03-3556-4455 URL:http://www.fujipharma.jp/
Infertility
編 集:FUJI Infertility & Menopause News編集委員会
発 行: 富士製薬工業株式会社
Menopause
エストロゲン作用の
新知見
はじめに
エストロゲンは、女性にとって最も重要な性ホルモンである。
卵巣や胎盤で産生され、血中を介して乳腺や子宮内膜に達
した後、標的細胞のエストロゲン受容体に結合してエストロゲ
ン作用をもたらす。排卵や月経、乳腺といった女性特有の形態
と機能を担う。
“エストロゲン”研究のひろがり
このように、エストロゲンは古典的ともいえる内分泌ホルモ
ンであるが、エストロゲン研究はこの30年余にわたって分子生
物学研究の先駆けともいえる役割を担ってきた。受容体蛋白
の同定にはじまり、この受容体自身が転写因子であることが判
生水 真紀夫
千葉大学大学院医学研究院
生殖機能病態学
その後、様々なエストロゲン製剤が開発されてきたが、最
近では剤形の改良がすすみ、副作用を低減した個別化投与が
可能になってきている。
本稿では、エストロゲンについて比較的最近の話題をいく
つか取り上げ、若干の私見を交えて概説する。本特集に述べ
られているエストロゲンの治療応用について理解の一助にな
れば幸いである。
エストロゲンの作用機序
エストロゲン受容体
エ ストロ ゲ ン 受 容 体 として は、ERαとERβの ほ か に、
明し、他の転写因子との相互作用による転写調節作用の解明
GPR30が知られている。エストロゲンは、これらの受容体と
つぎつぎと生み出された。それまで直接の関連が想定されて
伝子のDNA上に移動して、転写を活性化する。
など、驚き胸躍るような新知見がステロイドホルモン研究から
いなかった甲状腺ホルモンとステロイドホルモンが極めて密接
結合した後、さらに他の様々な転写因子とも結合して、標的遺
ERαは、子宮・前立腺・卵巣(莢膜細胞)
、精巣上体、骨、
な関係にあること、ホルモンが直接核内でmRNA転写を調節
乳腺、脳、血管などに広く発現している。これらは従来エスト
きな発見であった。このように分子生物学をリードしてきたエ
ロゲン作用"のおもな担い手である。ERβはERαと少し立体構
することなど、内分泌ホルモンの概念の変更をせまるような大
ストロゲン作用の研究では、最近でも新たな発見が続いてい
る。
一方、1991年に発見されたアロマターゼ欠損症の表現型の
解析が手がかりとなって、エストロゲンの新たな作用が明らか
にされた。骨や脂質代謝に対するエストロゲンの重要性は、
それまでの常識を覆すものであった。エストロゲンは、性ホル
モンの範疇を超えて、いわば代謝ホルモンとしての重要な役割
ロゲン標的臓器と考えられていた組織であり、ERαは"エスト
造の異なるアイソフォームで、大腸、前立腺上皮、精巣、卵巣(顆
粒膜細胞)、骨髄、唾液腺、血管内皮、脳などに発現している。
前立腺や卵巣などERαとERβがともに発現している臓器も多
い。このような例では、ERαが"エストロゲン作用"を担うのに
対して、ERβは抑制的に働くのがふつうである。子宮内膜では、
ERαが増殖を促進し、ERβが増殖抑制に働いている。
GPR30は、ERαやERβの発見から20年あまり遅れて発見さ
を担っていることが明らかとなった。
れた受容体である。7回膜貫通型G蛋白共役型受容体であり、
“エストロゲン”臨床のひろがり
在していて、エストロゲンとの結合によりMAPKやPI3Kなどの
エストロゲンが、性機能の回復を目的に使用されるように
なったのは70年あまり前である。月経不順など婦人科疾患の
治療よりも前に、いわゆるアンチエイジングに近い発想で臨床
ERαやERβと大きく異なる構造を持つ。小胞体膜上などに存
シグナルを活性化する。このGPR30は、おもに腫瘍の増殖進
展に関わっていると考えられている。
に用いられるようになった点は興味深い。
01
Non-genomic action
上述のように、エストロゲンは細胞膜を通過して細胞質内
で受容体と結合したのち、核内に移動してDNAに結合して遺
伝子の転写を亢進させる。 ゲノムDNAへ直接作用して転写を
介して作用を示すという意味で、これをゲノム作用(genomic
action)と呼ぶ。
これに対して、エストロゲンは細胞膜上のエストロゲン受容
体と結合して、様々なシグナル(MAPKやPI3Kなど)を活性化
することで細胞機能の調節を行うこともできる。シグナルはリ
ン酸化を介して、迅速に伝達される。このような転写を(直接
には)介さずに細胞機能を調節するこの作用を、非ゲノム作用
(non-genomic action)と呼ぶ。エストロゲン添加から数分で
認められる細胞の反応である。一方、ゲノム作用では遺伝子の
転写・翻訳を介するため、
効果発現までに6 〜 12時間を有する。
この非ゲノム作用には、GPR30のほかERαやERβも関わっ
ていると考えられている。
SERM
最近では、選択的エストロゲン調節薬(selective estrogen
receptor modulator , SERM、サームと発音される)に分類さ
れる薬剤が複数上市されている。
SERMは、広い意味でエストロゲン受容体に結合する薬剤
を指す。これらの薬剤はエストロゲン受容体と結合後"エストロ
ゲン作用"を発揮するが、この結合の強さや転写活性化などが
薬剤ごとにあるいは細胞ごとに少しずつ異なることを念頭にお
いた用語である。
エストロゲンと受容体の結合は、鍵(リガンドという)と鍵穴
の関係にたとえられる。エストロゲンの立体構造に見合う立体
的な"鍵穴"が受容体蛋白に存在しており、この"鍵穴"にエスト
フェンを少量投与しても、ほとんど生物学的作用は認められな
い。これは、ラロキシフェンのERへの親和性がエストラジオー
ルより低いためである。これに対し、血中エストラジオールが
低い患者にラロキシフェンを大量に投与すると、
エストラジオー
ルが示していたエストロゲン作用
(効果)は弱められる。これは、
大量のラロキシフェンがエストラジオールと競合してERに結合
するものの、ラロキシフェン-ER複合体の転写誘導活性がエ
ストラジオール-ER複合体のそれより弱いためである。血中に
エストラジオールが全く存在しない患者に、ラロキシフェンを
投与すると、状況は一変する。すなわち、ラロキシフェンはER
に結合して弱いながらもエストロゲン作用を示すために、それ
まで認められていなかったエストロゲン作用があらたに認めら
れることがある。
このようにSERMは、エストロゲンとそのエストロゲン作用
(効
果)が1:1で対応する古典的な概念を脱却し、治療薬としての
ステロイドホルモンの作用を深く理解するうえで有用な概念で
ある。タモキシフェンがSERMの代表格であるが、ラロキシフェ
ン、バゼドキシフェンなどもすでに臨床に用いられている。タ
モキシフェンは乳がんでの抗エストロゲン作用を、ラロキシフェ
ンとバゼドキシフェンは、骨でのエストロゲン作用と乳腺や内
膜での抗エストロゲン作用を期待して用いる。いずれも、内因
性エストラジオールの低下した更年期以降の患者に用いられ
る。排卵誘発に用いるクロミフェンもSERMの一種で乳がんの
治療を目的に開発された薬剤であるが、中枢に対する抗エス
トロゲン作用が強く、現在では内因性エストロゲンの比較的高
い性成熟期の排卵誘発に用いられている。
環境ホルモン
環境ホルモンは、ホルモン受容体と相互作用を有するため
ロゲンがはまり込むようにして複合体を形成する。この結合の
に内因性ホルモンの作用を強めたり、弱めたりして内分泌調
因子と結合し、DNAの特定領域と相互作用して転写を開始す
(endocrine disruptor)とも呼ばれる。空気や水あるいは食器
エストロゲンと構造がよく似たラロキシフェンもこの"鍵穴"に
により作られた物質であるため、生物が本質的に有効な分解
結果、受容体の立体構造が変化することで、他の様々な転写
ることができるようになる。
結合して転写を活性化することができる。しかし、
ラロキシフェ
ン-ER複合体の立体構造が、エストラジオール-ER複合体と
は微妙に異なるため、結合できる転写複合体に違いが生じる。
その結果、転写される遺伝子や転写活性化がエストラジオー
ルのそれとは微妙に異なることになる。転写因子の発現スペク
トラムは臓器ごとに異なるため、発現制御も臓器ごとにエスト
節 の 混 乱 をもたらす化 学 物 質 で あ る。 内 分 泌 攪 乱 物 質
や魚介類など環境を介して、体内に入って作用する。化学合成
処理系を持っておらず、環境や動植物の体内に長くとどまる。
脂溶性の高い物質は長く体内の脂肪に蓄積し、食物連鎖の結
果、捕食者側で漸次濃縮される。
エストロゲン様作用を示すものが多く、環境エストロゲンと
いう用語も使われる。1990年代にはDDT、PCB、ダイオキシン、
ラジオールのそれと異なるものとなる。さらに、受容体には、
異なるアイソフォーム(ERαとERβ)
があり、それぞれへの親和
性がエストラジオールとラロキシフェンとで異なること、臓器
分布が両アイソフォームで異なることなどを考慮すると、ラロキ
シフェンはエストラジオールとは、微妙に異なる"エストロゲン
作用"での調節が可能となる。
さらに、SERMには薬剤として用いる際に考慮しておくべきも
うひとつの特徴がある。それは、
SERMの"エストロゲン作用"は、
患者の内分泌環境により異なるという点である。たとえば、
SERMであるラロキシフェンを投与した場合の効果は、患者の
もともとのエストラジオール濃度により大きく異なる。
図を用いて、SERMの作用と内因性エストラジオールとの関
係を説明する。血中エストラジオールが高い患者に、ラロキシ
02
図 内因性エストラジオールとSERMの関係(概念図)
相対血中濃度
1.0
総エストロゲン効果
0.8
0.6
■エストラジオール濃度
■SERM 濃度
0.4
●総エストロゲン効果
0.2
0.0
性成熟期
性成熟期
更年期
閉経期
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2012.12 Vol.
ビスフェノールAなどが次々とマスコミに取り上げられ、注目を
た濃度よりもはるかに低い濃度(ppm百万分の1[百万分率]
減少、肛門-生殖結節間距離の短縮などヒトの疾患との関連
濃度が高まると効果が認められなくなる例も多くあり、統計的
集めてきた。子宮内膜症や腟癌・Muller管形成異常、精子数
が疑われてきた。これらの因果関係は科学的に立証されたと
はいえない状況にあるが、これまでに特筆すべき特徴がいくつ
か明らかになっている。
第1に、これらの環境物質が生物の発生を通じて機能に影
響を与え疾病の発生にも繋がっていることである。胎児期に
合成エストロゲン(diethylstilbesterol)にさらされると、腟や
子宮のエストロゲン反応性が恒久的に変化して成人期の発が
ん に 結 びつく。 これ は、 最 近にわかに注目を 集 めている
Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)の
概念に近い。本シリーズ(Vol.12)で遠藤が紹介している胎仔
期にDHEAを投与して作成するラットPCO モデルもこれに該当
する。
第2に、このような環境ホルモンの影響は従来想定されてい
などで表わされる)で起こりうることである。逆に、ある程度
な観察研究では特に注意が必要である。SERMで説明した現
象と似ている。
毎年1000種類以上の化学物質があらたに作り出されている
現状を鑑みると、この領域の研究の重要性が理解できる。ア
メリカの後塵を拝した感は否めないが、現在環境省が中心と
なって、環境ホルモンの子供への影響調査(いわゆるエコチル)
が始まっている。
おわりに
本稿では紹介しきれなかったが、植物エストロゲンやステロ
イドホルモン間のクロストーク、ホルモン依存性がんでのホル
モン耐性機序、エストロゲン合成酵素阻害剤の排卵誘発への
応用など興味深い知見が集積されている。
03
Infertility
Menopause
望月 善子
ジェル製剤を用いたHRT
はじめに
閉経に伴うエストロゲンの低下により、更年期障害、骨粗鬆
症、泌尿生殖器の萎縮症状、脂質異常症など様々な疾患が出
現する。本邦女性の平均寿命は約86歳であり、閉経の平均年
齢は50歳であるので、閉経後30年以上をエストロゲン欠乏の
状況下で過ごさなくてはならない。エストロゲンの全身に及ぼ
す好作用を考慮すると、自ずとエストロゲン補充を早く始めた
いと考えるのが常套だろうと個人的には思うが、わが国での
HRT普及率は3%弱と極めて低いのが現状である。ホルモン剤
に対する漠然とした抵抗感やHRTに対する誤った認識などが
原因と考えられるが、安全に安心してHRTが行えるように2009
年、
「ホルモン補充療法ガイドライン」が上梓され、さらに新た
な知見を加えて本年9月には改訂版が発刊されている。HRTに
期待される作用・効果としては表1のようにまとめられており、
また、薬剤の選択にあたっては、薬剤の特徴を充分理解したう
えで、年齢やHRTの目的および合併症を考慮して投与薬剤、投
与量、投与方法を決めると記載されている。さまざまなエスト
ロゲン製剤が使用できる現在、本稿ではジェル製剤の可能性も
含め、効果的なHRTにつき概説する。
HRTの見直し -経口から経皮へ-
WHIやMillion Women Study(MWS)の報告により、HRT
は一時かなり否定的に考えられたが、その後の詳細な検討によ
りHRTの副作用を抑え、エストロゲンの有益な効果を発揮する
使用方法が明らかになってきた。現在、安全なHRTを施行する
ためには1)高用量から低用量へ、2)経口投与から経皮投与
へ、3)長期間から短期間、4)合成プロゲストーゲンから天然
型へ、といったことが考慮される。
経皮エストロゲン製剤と経口エストロゲン製剤にはいくつか
表1 HRTに期待される作用・効果
獨協医科大学医学部
産科婦人科
の相違点がある。まず、冠動脈疾患の重要なリスクファクター
である中性脂肪(TG)に対する効果について、経口製剤では上
昇させるが、経皮製剤では低下させる。また、小粒子のLDLは酸
化されやすく、
マクロファージに取り込まれて不安定プラークを
形成するので、LDL粒子の大きさも動脈硬化発症には重要なポ
イントとなるが、経口製剤は粒子サイズを縮小させ、経皮製剤
は有意に大きくさせる。さらに、
マクロファージから分泌される
蛋白分解酵素MMP-3(平滑筋細胞の間隙にあるコラーゲンを
分解し、プラークを覆っている線維性皮膜を破綻させる作用を
有する)を経口製剤は有意に増加させるが、経皮製剤では増加
させないし、血管炎症マーカーであるCRPは経皮製剤では増加
しないが、経口製剤では上昇することが示されている。糖代謝
の面でも、エストロゲンはインスリンの感受性を高める作用が
あるので、HRTは糖尿病の新規発生を抑制するが、メタボリッ
クシンドロームのある女性では、経口製剤でインスリン抵抗性
が悪化し、経皮製剤ではインスリン抵抗性の悪化はみられずア
ディポネクチンの増加がみられたとの報告もある。
このように経皮製剤と経口製剤では心血管イベントに対する
影響が異なる可能性があり、実際に疾患レベルにおいて経皮
製剤と経口製剤を比較した報告が少なからずある。デンマーク
におけるコホート研究の結果では、心筋梗塞リスクは経皮製剤
において低い傾向があると報告されている。静脈血栓症の発症
リスクに関する観察研究のメタアナリシスでは、経口製剤が
オッズ比2.5と有意なリスク増加を示したのに対し、経皮製剤
では1.2と有意な変化は認められなかった(図1)。また、静脈血
栓症は経口製剤の場合、投与1年以内に多く発症し、1年以降は
徐々に低下したのに対し、経皮製剤ではいずれの期間でもリス
クの増加は認められなかった。
イタリアのLombardiaコホート(1998年から2000年にかけ
図1 HRTの投与経路と静脈血栓症の発症リスク - 観察研究のメタ・アナリシス -
経皮製剤
1)更年期症状緩和
2)骨吸収抑制・骨折予防
3)糖・脂質代謝改善
4)血管機能改善
5)血圧に対する作用
6)中枢神経機能維持
7)皮膚萎縮予防
8)泌尿生殖器症状改善
9)大腸癌(結腸癌・直腸癌)
10)口腔における効果
経口製剤
Boston CDSP 1974
Daly 1996
1.9
Daly 1996
2.0
4.6
Jick 1996
Perez-Gutthann
1997
2.1
3.6
Nurses’ health study
1996
Perez-Gutthann 1997
Douketis 2005
0.8
2.4
2.1
Smith 2004
ESTHER 2007
1.7
Douketis 2005
1.1
1.9
ESTHER 2007
全体の推定値
0.1
1
オッズ比 (95%CI)
4.5
全体の推定値
1.2
2.5
10
0.1
1
10
オッズ比 (95%CI)
(Canonico M et al. BMJ 336:1227, 2008)
04
15
2012.12 Vol.
て様々なHRTを施行した73,505例を対象に2005年まで追
ルは2回プッシュで1日分であるので、1回プッシュにして投与量
では経口と経皮で有意差は認められなかったが、乳癌では経
ただし、1プッシュで骨代謝や脂質代謝などに対するエビデンス
跡)では、HRTによる癌発生リスクが検討されている。結腸癌
皮投与の方が有意に発生リスクは低かった(図2)。また、胆嚢
疾患による入院リスクを検討した報告では、経皮製剤の方が経
口製剤よりもリスクが少ないことが示されている。これはエスト
ロゲン投与時に血中E1濃度が0.5pmol/mL以上では胆汁中コ
レステロール飽和指数が著明に増加し、その結果胆嚢疾患が
増えると考えられている。
を調節することが可能であり、低用量HRTには好都合である。
は現在のところ明確ではない。
ジェル製剤を用いたHRTの実際
HRTは結合型エストロゲン(プレマリン錠:妊馬尿からの結
合型卵胞ホルモンで、10数種類のエストロゲン様物質が含ま
れている)の通常量(0.625mg)が長年用いられてきて、その後
エストラジール製剤の貼付剤(エストラーナ)が発売され、次い
ジェル製剤の作用機序およびメリット
ジェル製剤は皮膚に塗布されると、基剤に含まれるアルコー
ルの作用によりエストラジオールが速やかに皮膚の角質層に
浸透し、角質層でいったん保持されて受動拡散により持続的に
角質層から放出され、皮膚中を徐々に移行して脈管系に入るシ
ステムとなる。すなわち、塗布部の皮膚角質層がエストラジ
オールのリザーバーとして機能することで、塗布後のエストロゲ
ンの血中濃度が安定した状態に保たれるのである。ジェル剤で
は単位面積当たりのエストロゲン供給量は貼付剤に比較すると
少ないが、塗布面積が広いため全身への供給量は貼付剤と変
わらない。ル・エストロジェル0.06%塗布後の血中エストロゲン
濃度は比較的ゆっくり上昇し、初回塗布後72時間で定常状態
に達し、塗布量の増加に依存して血中E2濃度は上昇する。2プッ
シュ(1.08g)塗布した場合の平均血中E2濃度は60.8pg/mlで
あり、更年期障害治療の際の至適濃度が得られる。また、塗布
部局所のコラーゲン量が増加したという報告がある。
エストロゲンジェル剤は、ほてり、発汗などの血管運動神経
症状を中心とした更年期症状に対する有効性が示されており、
安全性に対しても経皮剤であるので肝初回通過効果はない。
貼付剤で皮膚刺激症状のある方でも使用でき、貼付後の色素
沈着が問題になるケースや水泳や発汗の多いスポーツではが
れやすいライフスタイルの女性にも至便である。但し、基剤とし
てアルコールが含有されていることには注意を要する。ジェル
剤として、ル・エストロジェルとディビゲルの2種類が使用可能
でジェル剤(ル・エストロジェル、ディビゲル)、そして低用量の
エストラジオール経口剤(ジュリナ)が発売されている。さら
に、エストロゲンと黄体ホルモンを同時に配合した貼付剤(メ
ノエイドコンビパッチ)と経口剤(ウェールナラ)も発売されて
いる。実際的なHRTの方法の一例を下記に示すとともに、エス
トロゲン製剤ごとの薬剤費を表2に示す。どの薬剤を使用する
かは、年齢、合併症、ライフスタイルなど考慮してかなりの自由
度をもって選択することが可能になっており、健やかなQOLを
めざして今後ますますのHRTの普及を期待したい。
○ET持続的投与法
1)ル・エストロジェル 1回1プッシュもしくは2プッシュ 眠
前に連日塗布
2)エストラーナ 2日に1枚貼り替え又は半切して連日貼付
○EPT持続的投与法
1)ル・エストロジェル 1プッシュ 連日眠前に塗布+プロ
ベラ(2.5mg)1錠連日内服
2)ジュリナ(0.5mg)1錠+プロベラ(2.5mg)1錠 連日内
服
○EPT周期的投与法
1)ル・エストロジェル 1プッシュ 連日眠前に塗布、15日
目から2週間プロベラ(2.5mg)1錠内服を併用、28日間
を1周期として繰り返す
2)エストラーナ 半切連日貼り替え、15日目からデュファス
トン(5mg)1錠内服併用、28日間を1周期として繰り返
であり、ディビゲルは1回分ずつの個別包装、ル・エストロジェ
図2 HRTの投与経路による結腸癌・乳癌の累積発生リスク
結腸癌
3.5
経皮吸収 vs 経口 p=0.0098
錠剤
3.0
2.0
製品名
1.5
1.0
0.5
貼付剤
2.0
1.5
0.5
7-12M 13-24M25M≦ 7-12M 13-24M25M≦
経皮吸収HRT
経口HRT
7-12M 13-24M 25M≦ 7-12M 13-24M 25M≦
経皮吸収HRT
経口HRT
(Corrao G et al Ann Oncol 19:150,2008)
配合剤
1日薬価(円)
12.30/錠
40.30
ジュリナ
1錠/日
63.70/錠
91.70
エストラーナ
1枚/2日
112.70/枚
84.35
27.80/g
78.04
2プッシュ
(1.8g)/日
ディビゲル
1包/日
63.70/包
91.70
ウェールナラ
1錠/日
157.50/錠
157.50
メノエイドコンビパッチ 2枚/週
372.30/枚
106.37
0.0
0.0
単位薬価(円)
1錠/日
ジェル剤 ル・エストロジェル
1.0
用量
プレマリン
2.5
ハザード比
ハザード比
表2 通常量使用時のエストロゲン製剤の薬剤費
剤形
乳癌
2.5
す
※1日薬価はエストロゲン剤とプロベラ(2.5mg)1錠(28.00円/錠)を連日投与した場合で算出。
なお、ウェールナラの保険適応は閉経後骨粗鬆症のみ。
05
Infertility
Menopause
生殖補助医療における
エストロゲン製剤の役割
はじめに
近年の生殖医療の現場では高齢患者や治療反復不成功症例
などの難治性患者が増加しつつある。これら難治性患者の生
殖補助医療技術(ART)では、胚の培養環境をさらに向上させ
る努力のみならず、子宮内膜の胚受容能を至適に調節する努力
が重要なポイントとなる。子宮内膜における胚受容能発現は一
塩谷 雅英
医療法人社団
英ウイメンズクリニック
は、経口製剤であるジュリナ錠(バイエル薬品)、経皮製剤で
はエストラーナ(久光製薬)などがあげられる。また近年にな
り、皮膚刺激症状の少ない経皮製剤として、ル・エストロジェル
(富士製薬)をはじめとするゲル製剤も用いられるようになっ
てきている。
以下に、当院にて実際に用いている方法を交えながら、ART
過性であり、“window of implantation(WOI)”と呼ばれる。ヒ
におけるE補充方法について記載する。
れた子宮内膜にプロゲステロン(P)が作用して初めて出現する
■補充経路
目には消失するとされている。従って、胚移植にあたっては、胚
ともに血中E2値に変動が認められるが、いずれの投与方法にも
トでは、この「WOI」はエストロゲン(E)によってプライミングさ
ものであり、Pが作用し始めてから6日目に出現し、9から10日
の着床能獲得のタイミングと子宮内膜のWOIを同調させること
が重要である。本稿では、ARTにおける性ステロイドホルモンの
重要性、とくにEの役割とその補充方法について確認したい。
エストロゲン(E)の代謝
Eは主に、Estrone(E1)、Estradiol(E2)、Estriol(E3)の3種
E補充は経口、あるいは経皮による方法がある。両投与経路
メリットとデメリットが見受けられる(表参照)。
経口投与されたEは、腸管から吸収された後、門脈循環を経
て肝臓に到達する。すなわち、経口剤を用いた場合、Eは肝臓
での初回通過効果(hepatic first pass effects)によりE2→E1
の変換が促進されることで、その大部分が失活してしまう。
一方、経皮製剤では皮膚症状の発症に注意する必要はある
類からなる(図1)。卵巣から産生されるEは主にE2であり、肝臓
が、E2が皮膚から直接体循環に吸収されることで、肝臓による
る。
べて経皮製剤では血中E2が安定する3)ことから、子宮内膜にお
や他の器官によってE 2よりも生理活性の低いE1へと変換され
Eの前駆体はアンドロゲンであり、17β-ヒドロキシステロイド
の脱水素酵素の活性化によりアンドロステンジオンはテストス
テロンへと変換される。次いで、E生成酵素(P450 arom)の活
初回通過効果を回避することができる2)。また、経口製剤に比
ける「WOI」発現、維持に優れていることが示唆されている。ゲ
ル製剤には皮膚症状を軽減できるメリットを期待できる。
性により、不可逆的にEの中で最も生理的活性が高いE2へと変
■補充プロトコール
からも可逆的に生成される。一方、E3は卵巣から分泌されるEで
然周期、ホルモン補充周期のいずれかで行われる。排卵誘発
い。
的なホルモン環境になりやすく、満足のいく妊娠率が得られな
換される。また、E2は、P450 aromの働きにより代謝されたE1
はなく、E1の代謝産物であり排泄型であるため生理活性は低
周期では卵巣刺激によってE過剰やPの早期上昇という非生理
いことが多い。図2に、当院における新鮮胚移植および凍結融
補充方法の選択
Eの中でも生理活性が高いとされるE 2を主成分とする製剤
17β-Hydroxysteroid
dehydrogenase
解胚移植における妊娠率を示した。移植あたりの妊娠率は凍
結融解胚で高く、移植胚数を1個に制限し、なおかつ高い妊娠
率を求めるならば凍結融解胚を用いた胚移植を行う方が有利
である。この様な事情から当院では、凍結融解胚移植周期の比
図1 Estrogenの代謝
Androstenedione
胚移植は排卵誘発周期に、あるいは凍結融解胚を用いた自
表 経口製剤と経皮製剤のメリット・デメリット
Testosterone
経口製剤
P450arom
Estrone (E1)
Estriol (E3)
06
17β-Hydroxysteroid
dehydrogenase
経皮製剤
P450arom
Estradiol (E2)
メリット
■初回通過効果の回避
■(一過的な)血中E2 値の補充
■用量の調節が容易
■研究データなどが豊富
■安定した血中E2 値の維持
■初回通過効果
デメリット ■血圧が上昇することがある
■血中E2 値の維持が困難
■貼付部位の刺激症状
■入浴時などに邪魔になる
15
2012.12 Vol.
率が年々高くなってきている(図3)。その結果、ARTによる妊
娠例に占める凍結胚移植例の比率も年々高くなり、2011年で
は1136周期の内904周期が凍結胚移植で妊娠に至り、全体の
◎E補充にあたっての至適血中濃度の検討
ホルモン補充周期で凍結胚盤胞1個を融解移植した患者を
対象に、着床期(CD23)の血中E2値と、その後の妊娠率および
90%以上を占めるようになってきた(図4)。凍結による胚のダ
流産率について検討を行った。その結果、血中E2値が200pg/
ホルモン環境下での移植を避けて胚を一旦凍結しておき、別の
有意に高く、かつ流産率が有意に低い結果となった(図6、P<
メージも考慮に入れる必要があるが、卵巣刺激後の非生理的
周期にEおよびPのホルモン補充によって子宮内膜を調整して
凍結胚を移植する方法は、妊娠率の向上を期待でき、難治症
例にも活路を見出すことができる可能性がある。今日ではART
における重要な治療戦略となりつつある。
Eの補充方法には、E製剤を漸増・漸減する方法4)(図5-上)
と、投与量を始めから固定して行う方法 (図5-下)があるが、
5)
mlよりも高い群では、200pg/ml未満の群に比べて妊娠率が
0.05)。これらの結果から、当院では着床期の血中E2値を1つの
指標とし、E2値が200pg/mlを下回らないように補充を行って
いる。
◎P補充にあたっての至適血中濃度の検討
以前我々は、着床期(CD23)における血中P値が9ng/ml未
妊娠率にそれぞれ差はないと報告されている6)­。いずれの方法
満の群では9ng/ml以上の群と比較して有意に低い妊娠率にな
たっては漸増・漸減法を採用している。図5-上段に当院のプロ
血中P値が9ng/ml未満の患者に対してはP製剤の追加補充を
を用いるかは施設によって異なるが、当院ではEの補充にあ
とコールの一例を示した。
凍結融解胚移植を行うにあたって、E補充期間をどれくらい
に設定するか未だ統一した見解は定まっていない。多くの施設
において、10-14日間のE補充が行われているが、最短では5-7
日間で十分とする報告も見受けられる7)。また補充量や目的と
する血中濃度についても十分なコンセンサスが得られていな
い。そこで、当院ではホルモン補充周期におけるEおよびPの至
適血中濃度を検討した。
100
■凍結融解胚移植
新鮮胚移植
60
50
臨
床 40
妊
娠 30
率
(%)20
10
2007
1.1
ml以上の群と同等の臨床妊娠率および流産率を得ることがで
きている(図8)。
以上から、EおよびPの補充にあたっては血中濃度を至適に
保つことが重要であると考えている。
おわりに
本稿では経口製剤と貼付型経皮製剤によるE補充について
特記したが、皮膚刺激症状の少ない経皮製剤として、ゲル剤に
図2 新鮮胚移植および凍結融解胚移植における妊娠率
2006
1.1
行っている。その結果、血中P値が9ng /m l 未満であっても
CD23からP製剤の追加補充を実施することで血中P値が9ng/
■補充期間と補充量
0
ることを報告した8)(図7)。そのため、当院ではCD23における
2008
1.1
2009
1.1
2010
1.1
2011
1.1
年
月日
図3 新鮮胚移植周期数および凍結融解胚移植周期数の変遷
図4 妊娠例に占める凍結胚移植例の割合の推移
100
80
460例
妊
娠
周 60 245例
期
数
69.5%
の 40
割
53.5%
合
46.5%
(%) 20
30.5%
0
2005年
2006年
603例
80.8%
3000
周 2500
期
2000
数
(件) 1500
1136例
90.4%
89.1%
19.2%
15.5%
14.9%
2007年 2008年
10.9%
9.6%
2009年 2010年
2011年
図5 漸増・漸減法(上)と固定法(下)
エストラーナの枚数(枚)
2
2
2
2
E2 補充開始後(日) 8
3
4
胚移植
3
10 12 14 16
3
3
妊娠判定日
着床期
3
3
3
3
3
18 20 22 24 26 28 30
プロゲステロン補充
E2 補充開始後(日) 8
1000
500
0
1018例
84.5%
85.1%
6
総移植周期数
凍結融解胚移植周期数
新鮮胚移植件数周期数
921例
新鮮胚移植
凍結融解胚移植
4000
3500
838例
3
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
(年)
3
3
10 12 14 16
18 20 22 24 26 28 30
3
3
3
エストラーナの枚数(枚)
3
3
3
3
胚移植
3
3
着床期
3
3
3
妊娠判定日
07
よる補充も行われるようになってきている。ゲル剤は貼付型に
比べて安価であり、同様のE2補充効果が期待されることから、
本邦においても今後ARTへの応用が期待される。
ARTは患者にとって身体的、精神的、そして経済的な負担を
伴う治療である。そのため、より安全で、より安心で、そしてより
安価な製品の開発が期待される。
引用文献
of percutaneous estradiol; A crossover study using a gel
and a transdermal system in comparison with oral
micronized estradiol. 1991; Obstet Gynecol 77: 758764.
2)Steingold KA, Matt DW, DeZiegler D, Sealey JE, Fratkin
M, Reznikov S. Comparison of transdermal to oral
estradiol administration on hormonal and hepatic
parameters in women with premature ovarian failure. J
Clin Endocrinol Metab. 1991; 73: 275-280.
3)K rasnow JS, Lessey BA, Naus G, Hall LL, Guzick DS,
Berga SL. Comparison of transdermal versus oral
estradiol on endometrial receptivity. Fertil Steril. 1996;
65: 332-336.
図6 月経23日目における血中E2値と妊娠率および流産率
100
(%)
(*間で有意差あり(P<0.05))
妊娠率
流産率
60
20
42.1%
(83/197)
*
*
<200
100
(%)
血中E2 値 (pg/ml)
17.2%
(54/314)
200≦
妊娠率
臨床妊娠率
(*間で有意差あり(P<0.01))
60
57.6%
(34/59)
40
37.2%
(55/148)
08
Nature. 1984; 307: 174-175.
5)S erhal PF, Craft IL. Ovum donation--a simplif ied
6)東口篤司・逸見博文・金澤朋扇・斉藤学・高階俊充・島野敏
司:卵胞ホルモン固定のホルモン補充周期による凍結胚移
植.受精着床誌、2005; 22: 118-122.
7)Navot D, Laufer N, Kopolovic J, Rabinowitz R, Birkenfeld
A, Lewin A, Granat M, Margalioth EJ, Schenker JG.
A r t if icia lly induced endomet ria l cycles a nd
establishment of pregnancies in the absence of ovaries.
N Engl J Med. 1986 Mar 27;314(13):806-11.
8)泉陽子・後藤栄・橋本洋美・吉村由香理・笠原優子・江口素
子・小森江利子・田中里美・藤澤弘子・古橋孝祐・水田真
平・渡部純江・松永雅美・姫野清子・棚田省三・苔口昭次・
塩谷雅英:ホルモン調節周期での凍結融解胚移植における
血中E2値,P値の妊娠率への影響.受精着床誌、2007;24:
155-159.
図8 月経23日目における血中P値と妊娠率および流産率
100
(%)
23.0%
(34/148)
44.1%
(26/59)
*
*
<9 ng/ml
(P補充なし)
血中P値
妊娠率
臨床妊娠率
60
40
図7 月経23日目における血中P値と妊娠率および流産率
0
donation in a patient with primary ovarian failure.
64.7%
(176/272)
9 ng/ml≦
22.2%
(8/36)
18.8%
(33/176)
20
0
0
20
pregnancy using in vitro fertilization and embryo
57.1%
(36/63)
49.4%
(314/636)
24.1%
(20/83)
Renou P. The establishment and maintenance of
approach. Fertil Steril. 1987; 48: 265-269.
1)Scott RT, Ross B, Anderson C, et al : Pharmaco-kinetics
40
4)L utjen P, Trounson A, Leeton J, Findlay J, Wood C,
<9 ng/ml
(P補充あり)
血中P値
9 ng/ml≦
15
2012.12 Vol.
Infertility
Menopause
ル・エストロジェル0.06%の開発について
1.出会い
ル・エストロジェル0.06%(以下、ル・エストロジェル)の開
発は、資生堂社長宛の一通の手紙をきっかけとして1995年に
始まった。差出人である海外在住の日本人女性は、閉経後の
女性のヘルスケアにとって海外では既に一般的であったホルモ
ン補充療法(HRT)を実践されていた。手紙では、多くの製剤
を試しに試して本剤(海外では既に発売済)に行き着いたこと、
HRTの普及が進まない日本の女性が可哀相で仕方がないこと、
本剤の日本における開発を資生堂に手がけて欲しいことを訴え
られていた。
HRT製剤開発の検討が始まり、その有用性を学ぶにつれて、
女性の最高の美しさを実現し、心まで豊かにする女性ホルモン
(エストロゲン)に大きなポテンシャルを感じた。
「HRTの普及を
通じて日本の女性を救いたい」
。全社一丸となったこの想いか
ら開発はスタートした。
2.こだわり
開発に当たってはユーザーである“女性視点”へトコトンこだ
わった。
① 自然であること
有効成分は閉経前に卵巣が分泌していたものと同じ天然型
エストラジオール(E2)であり、投与経路も卵巣から分泌され
たエストロゲンが直接全身循環系に運ばれるのと同様に、皮
佐藤 征嗣
株式会社資生堂
に置いても素敵なデザインとした。スキンケア感覚で使える心
地よいジェルタイプの製剤であることからも、HRTを“うしろめ
たい。出来れば隠したい。”から“かっこいい。友人に薦めたい。”
に変えていきたいと考えた。
3.製品の特徴
① 経皮吸収メカニズム
ル・エストロジェルは1日1回、一定量のジェルを両腕に出来
るだけ広く塗擦することにより、E2が経皮吸収され、直接全身
循環系に供給される。投与部位の皮膚、特に最外層である角
質層がE2の連続的放出のための貯蔵場所(リザーバー)
の役割
を果たしており、血中濃度が安定する。貼付剤のような放出
制御を期待した製剤によるデリバリーシステムとは異なり、ル・
エストロジェルは皮膚の角質層を利用した“天然のデリバリー
システム”と捉えることが出来る。
日本人閉経後女性を対象とした1日1回14日間反復投与試験
において、平均血清中E2濃度は、初回投与後徐々に上昇し3
~ 4日で定常状態に達し、2プッシュ(1.8g)投与時の平均血清
中E2濃度は60.8pg/mLであった。最終投与後は徐々に減少し、
概ね5日後には投与前値に回復した。
② 有効性
更年期障害又は卵巣欠落症状を有する患者にプラセボ又は
膚から直接全身に運ばれる経皮吸収製剤を選択した。経口剤
本剤1.8g(2プッシュ)を1日1回8週間投与した結果、Hot flush
の発生が指摘されている。パッチ製剤は皮膚刺激が問題にな
意差が認められた(表1)
。
は肝臓で一度代謝され、様々な物質を産生することで副作用
ることから、より低刺激のジェル製剤とした。
② 用量調節可能であること
ホルモン剤に対する反応性には個人差があり、通常用量より
も少ない投与量で効果を示す場合が少なくない。副作用発現
予防の観点から少ない用量(=個々人に適した用量)を用いる
ことが望ましい。我々は、定量吐出式の容器を採用し、通常
用量を2プッシュに設定することで用量調節が簡便に出来るよ
うにした。
③ フェミニンであること
日本でHRTが普及しない理由の一つに、
「更年期障害」や「ホ
ルモン治療」に対して、“我慢すべきもの”“出来れば隠したい”
という通念や漠然とした恐怖が背景にあるのではないかと考え
た。他剤がいかにも薬っぽい製剤である中、資生堂の最高級
化粧品ラインを手がける敏腕デザイナーを起用し、ドレッサー
回数の最終改善度はプラセボ群と比較して1.8g群において有
また、本剤1.8gを1日1回8週間投与後に著明改善が認めら
れた患者にプラセボ又は本剤0.9g(1プッシュ)を1日1回16週
間投与した結果、Hot flush回数の最終改善度はプラセボ群と
比較して0.9g群において有意差が認められた(表2)。本剤は
現在国内で患者の臨床症状に応じて減量することが認められ
ている唯一の経皮製剤である。
③ 安全性
国内臨床試験において、承認時の副作用発現率は229例中
136例(59.4%)で、主な副作用は、腟分泌物34.5%(79/229)、
乳 房不快 感23.1%(53/229)
、性器出血8.3%(19/229)、骨
盤痛5.7%(13/229)、投与部位そう痒感5.7%(13/229)等で
あり、用法・用量追加承認時の副作用発現率は209例中74例
(35.4%)で、主な副作用は、骨盤痛13.4%(28/209)、性器出
血7.2%(15/209)
等であった。
09
本剤の特徴を以下にまとめる。
ノエイドコンビパッチ」等が承認され、いずれも薬価収載され
(肝初回通過効果を受けない経皮吸収製剤、皮膚刺激
療機関に限定して本剤を販売する理由が希薄になるとともに、
◆ 安全性への徹底した配慮を行っている
を軽減するジェル製剤、用量調節可能な定量吐出式ボト
ルを採用し減量が可能)
◆ 女性視点に立った設計としている
(目立たない、臭わない、親しみやすい剤形、素敵な
デザイン)
◆ 実績が豊富
(1974年にフランスで承認を得て以来、71の国や地域
で販売され、40年弱の使用実績を有する)
た。対象女性への正しい情報提供のために自由診療を行う医
市販後に実施した臨床試験結果より、2011年11月には症状に
応じて適宜減量できる現在の用法・用量が承認された。国内
で承認されているHRT製剤中、減量することの出来る唯一の
経皮製剤となり、医療機関や学会等から保険適応が望まれる
ようになった。
更年期医療における時間をかけたカウンセリングが重要であ
ると考えることに変わりはないが、広く処方機会を提供できる
薬価基準収載をすることで、遅れているHRTの普及への貢献、
ひいては日本の更年期医療へ貢献していきたいと考え、2012
4.自由価格から薬価基準収載への転換
2007年8月の発売以来2012年5月まで、ル・エストロジェル
は薬価を取得せず、自由価格で販売を行ってきた。
HRTの診療においては、大部分の疾病と異なり保険適用に
年5月末に薬価を取得し、6月より富士製薬工業㈱を通じて販
売を開始した。富士製薬工業㈱は現在、有子宮者へのHRTで
併用される「天然型黄体ホルモン」を開発中である。
よる治療のほかに自由診療による治療も行われており、時間
をかけた詳細なカウンセリングを重視した場合、自由診療が
選択されている。当時、日本のHRTの普及率は世界の中で大
きく遅れをとっており、欧米で30 ~ 40%に達しているのに対
して、日本では2%程度であった。普及が進まない原因の一つ
として、対象女性への正しい情報提供の不足があげられ、カ
ウンセリングを通じて、長期に亘り啓蒙活動を継続的に行って
いくことが重要であると考えた。また、本剤は、発売当時新
剤型(ゲル製剤)であり使用方法を含めて詳細なカウンセリン
グのもとに使用すべきであると考えた。
このように発売以来自由価格(薬価未収載)にて販売を継続
してきたが、時代の変遷とともに医療環境が変化してきた。当
初は日本で初のゲル製剤であったが、本剤発売後に同じゲル
製剤である「ディビゲル1mg」を始め、
「ジュリナ錠0.5mg」
「
、メ
表1 用量設定試験におけるHot flush 回数の最終改善度(投与8週後又は中止時)
Steel 検定c)
最終改善率
(中等度改善以上)
(%)
2.2±1.10
-
34/48(70.8)
2.8±0.55
p = 0.0072
50/53(94.3)
投与群
著明改善a) 中等度改善a) 軽度改善a)
(%)
(%)
(%)
不変a)
(%)
悪化a)
(%)
計
平均値b)±
標準偏差
プラセボ群
27(56.3) 7(14.6) 10(20.8)
3(6.3)
1(2.1)
48
43(81.1) 7(13.2)
0(0.0)
0(0.0)
53
1.8g 群
3(5.7)
a)
:Hot flush 回数(1日発現回数)の改善度の判定基準
著明改善:回数が投与前の1/3 未満に減少
中等度改善:回数が投与前の1/2 以下に減少
軽度改善:回数が投与前の1/2 より多いが減少
不変:回数が不変 悪化:回数が増加
b):著明改善:3、中等度改善:2、
軽度改善:1、不変:0、悪化:-1
とスコア化して算出
c):プラセボ群との比較
表2 低用量維持療法試験におけるHot flush 回数の最終改善度(投与24 週後又は中止時)
投与群
著明改善a) 中等度改善a) 軽度改善a)
(%)
(%)
(%)
悪化a)
(%)
判定
不能
計
最終改善率
2 標本
(中等度改善以上)
b)
Wilcoxon 検定
(%)
プラセボ群
67(77.0)
9(10.3)
4(4.6)
2(2.3)
5(5.7)
2
89
-
76/87(87.4)
0.9g 群
79(90.8)
6(6.9)
1(1.1)
1(1.1)
0(0.0)
1
88
p = 0.0097
85/87(97.7)
a)
:Hot flush 回数(1日発現回数)の改善度の判定基準
著明改善:回数が投与前の1/3 未満に減少
軽度改善:回数が投与前の1/2 より多いが減少
b)
:プラセボ群との比較
10
不変a)
(%)
中等度改善:回数が投与前の1/2 以下に減少
不変:回数が不変 悪化:回数が増加
15
2012.12 Vol.
5.おわりに
本剤の日本での開発が終了し、当局へ承認申請を行ったの
が2003年12月であった。通常申請から1.5 ~ 2年で承認され
るが、本剤は2006年10月に承認されるまで約3年かかってい
る。2002年に発表されたWHI研究の中間報告によりHRTはメ
リットよりもデメリットが大きいという論調の論文が多数を占め
したらリスクを最小限に抑えることが出来るのか」の観点から、
投与ルート、薬剤の種類、薬剤の量、HRT開始年齢等の検討
が進んでいる。ル・エストロジェルはHRTのベストプラクティ
スを考える上で時代の趨勢に合致した製剤であり、今後保険
適応のもとで伸び伸びと育っていってほしいと願っている。
「美しい50歳が増えると、日本は変わると思う」。10年以上
る最中であり、審査が難航したためである。
も前の化粧品のキャッチコピーであるが、現在でも全く色あせ
価格戦略のもとで約5年間育ての苦しみを味わった。しかしな
たいと願うと同時に、低迷する日本の経済活性化策としても、
難産の末に産まれてきたル・エストロジェルは、生後も自由
がら徐々にではあるが右肩上がりで処方数を伸ばし続けており
本剤のポテンシャルの高さを実感していた。WHI研究のその
後の再解析が進むにつれて、
「HRTのリスクを認めつつもどう
ていない。HRTの恩恵を一人でも多くの日本人女性に享受頂き
「HRTの普及」にステークホルダー(規制当局、医師・コメディ
カル、富士製薬工業㈱)と協同で取り組んでいきたい。
11
Congress Schedule(2012年12月~ 2013年5月)
2012年
月
12月
日
学会名
開催地
会場
8日
第17回日本生殖内分泌学会
東京都
東京ステーションコンファレンス(サピアタワー)
8日―9日
第27回日本生殖免疫学会総会・学術集会
大阪府
大阪医科大学
学会名
開催地
会場
12日―13日
第18回日本臨床エンブリオロジスト学会
静岡県
アクトシティ浜松
18日―19日
第34回日本エンドメトリオーシス学会学術集会
栃木県
栃木県総合文化センター
3日
第10回日本生殖医療心理カウンセリング学会学術集会
宮城県
ホテルメトロポリタン仙台
6日―8日
The Best of ESHRE & ASRM
バハマ
10日
第8回日本生殖再生医学会学術集会
東京都
シェーンバッハ・サボー
13日―16日
World Congress on human reproduction
イタリア
ベネチア
31日
第8回日本レーザーリプロダクション学会
兵庫県
新神戸ANAクラウンプラザホテル
10日―12日
第65回日本産科婦人科学会学術講演会
北海道
ロイトン札幌、ホテルさっぽろ芸文館、
札幌プリンスホテル、札幌市教育文化会館
25日―26日
第54回日本哺乳動物卵子学会総会・学術集会
東京都
学術総合センター(一橋記念講堂)
31日
第12回日本不妊カウンセリング学会学術集会
東京都
ニッショーホール(日本消防会館)
2013年
月 日
1月
3月
5月
12
――