東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年) 幼児における描画構成の発達と空間認知の関連 進 藤 将 敏 本研究は幼児の描画構成の発達が大きさと位置を捉える空間認知と関連するか否かについて検討 した。実験には 5 歳児 23 名および 6 歳児 25 名が参加し,描画課題と空間認知課題が実施された。結 果として, (1)描画課題では 6 歳児の方が 5 歳児よりも本来描かれ難いタイプである対象の非標準 型を多く描き,このことから幼児期後半では描く大きさと位置を意識した構成が可能であることが 示唆され,(2)空間認知課題では 6 歳児の方が 5 歳児よりも認知得点が高く,年齢と共に大きさと位 置の空間関係を捉える能力が向上することが示された。しかし,(3)非標準型を描いた参加児の認 知得点は標準型を描いた参加児の得点よりも高いとは言えなかった。以上より,描画構成の発達と 空間認知の間に明確な関連性は示されなかったが,想定した空間認知は描画構成の発達と無関係で はなく,むしろ必要条件として関わる可能性が考えられた。 キーワード:幼児,描画構成,空間認知 問題と目的 幼児の描画を扱った発達心理学研究では,幼児が描画対象をどのように描き,その表現が年齢と 共にどのように変化するかという点に着目してきた。特に描画課題を用いた多くの実験によって, 幼児期の子どもは描画対象の特徴的な側面を強調して描く知的リアリズム期(Luquet, 1927/1979) から,対象の見えに基づいて忠実に描く視覚的リアリズム期(Luquet, 1927/1979)へ移行すること が明らかとなっている(例えば Davis, 1983, 1985; Freeman, 1980; Freeman & Janikoun, 1972; 平 井・竹中 , 1995; Ingram, 1985) 。まず,知的リアリズム期では対象の実際の見えに関係なく,対象の 内的モデルに基づいた反応が優勢であるため,パターン化された型が描かれ易いと言える。例えば, 車や魚のほとんどは横向き,人物は正面向きで描かれ(Ives, 1980; Thomas & Silk, 1990/1996),こ のようなタイプの描画は「標準型」 (canonicality)と呼ばれる(Freeman, 1980)。そして,幼児期後 半になると,対象の見えに基づいて描く視覚的リアリズム期への移行に伴い,対象のパターン化さ れ た 標 準 的 な 見 え だ け で は な く,状 況 に 応 じ て 対 象 の 特 殊 な 見 え を 表 す「 非 標 準 型 」 (noncanonicality)を意識した描き分けが可能になる(Freeman, 1980)。正面から見た車や魚の描画 教育学研究科 博士課程後期 ― 85 ― 幼児における描画構成の発達と空間認知の関連 は非標準型の例として挙げられる(Ives, 1980; Thomas & Silk, 1990/1996)。このように,知的リア リズム期と視覚リアリズム期の規定因として,前者には対象の内的モデルに基づく標準型の反応が 支配的であることが関係し,後者には本来意識され難い非標準型への捉え直しが可能であることが 関係すると考えられる。 ところが,従来の描画発達研究の多くは描画表現の発達過程に焦点を当てたものであり,そのた め,非標準型が描けるといった表現の質的変化がなぜ生じるのか,あるいは,それがどのような能 力によって顕在化するのかについて調べた研究は少ない。そこで,Thoams & Silk(1990/1996)が 主張するように,描画を一種の構成活動として捉え直した場合,実際の描画課題では提示された対 象を見て,それを紙面に移し変える活動を経て描画が産出されるはずである。つまり,描画は知覚 した対象のイメージを紙面に投射するプロセス,すなわち「対象と紙面の対応づけ」を通じて構成さ れると考えられる。これに関連する先行研究として,Ingram(1985)は手前のブロックが背後のブ ロックを部分的に遮蔽するように奥行配置した見えを 3 歳児から 7 歳児に描かせた。その結果,6 歳 児になると多くの子どもが一貫して手前のブロックから描き始める傾向が見られた。このような奥 行配置の場合,もし先に背後のブロックから描いてしまうと遮蔽部分まで描いてしまうことになり, 実際の見えと紙面上の表現が不一致となる。つまり,幼児期後半の子どもは手前ブロックから描く 方が実際の見えに即した描画をする適切な方略として認識しており,それは「対象と紙面の対応づ け」 に起因した反応であると解釈できる(岩木・吉田・中村 , 2003)。 このように,幼児期後半になると対象と紙面の対応づけを経た描画構成がなされるようになり, この時期は先述した非標準型の描画が可能になる時期と概ね一致すると推測される(Ingram, 1985; Ingram & Butterworth, 1989; Picard & Durand, 2005)。しかし,上記の描画構成の発達に伴い非 標準型の描き分けが可能となるという知見は,あくまで現象の記述に過ぎない。発達のメカニズム の解明に迫るためには先の議論から一歩進み,描画構成が具体的にどのような認知的側面と関連性 を持つのかを捉える試みが重要と思われる。 描画構成の過程に関わる認知の例として,対象を描く大きさや向きなどの要素の決定や,対象を 場当たり的に描くかあるいは見通しを立てて描くかといったプランニングなどの関与が想定されて いる(van Sommers, 1989) 。このことから,描画構成に関わる認知を探るにあたって,幼児は対象 の一部を全体的に大きく描き過ぎ,続きを残りの余白に描けなくなる事態に直面する(Goodnow, 1977/1989)といった特徴が手がかりになるだろう。そこでは,単純に興味のある対象を場当たり的 に描き入れることや(Matthews, 2003) ,その対象を描き入れる余白の位置との兼ね合いに注意して 描くことの難しさ(Thomas & Tsalimi, 1988)が反映していると推察され得る。そして,それらの 制約がその後次第に克服されることを示唆する実験として,Bouaziz & Magnan(2007)では幼児 期の子どもに対し,いくつかの幾何学図形を組み合わせた複雑な模様を描かせた。その結果,諸々 の図形の大きさとそれらを配置するための余白の位置を考慮した描画が,年齢と共に産出されるこ とが示唆された。すなわち,幼児期後半に差し掛かると単に興味や関心の対象を場当たり的に描き 入れるのではなく,対象の大きさ及びそれを描き入れる余白の位置関係を意識化できると考えられ ― 86 ― 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年) る。このことから,描画構成の発達には描く「大きさ」と「位置」を捕捉する空間認知能力が関連す ると予想される。 以上より,本研究では幼児期における描画構成の発達が大きさと位置を捉える空間認知能力と関 連するか否かを検討する。具体的には, (1)対象の「大きさ」と余白の「位置」の関係から「通常は描 かれ難いタイプの対象(非標準型)だけが適切に描ける状況」を設定することにより,描画構成の発 達が推定可能である描画課題を実施する。すなわち,対象と紙面の対応づけを通して,もし「大きさ」 と「位置」 の関係が意識化されるならば,たとえ本来描き難いタイプである非標準型であっても結果 として描かれることが予想される。加えて,(2)大きさと位置の関係を捉えるための空間認知能力 を評価する認知課題も併せて実施する。すなわち,この空間認知能力が先に述べた発達的な描画反 応(非標準型)の出現頻度に伴うか否かについて検討する。 仮説 幼児期後半になると対象の大きさと余白の位置関係に即した描画構成が可能であり,その反応は 大きさと位置を捉える空間認知能力と関連する。 方法 参加児 仙台市内の保育所に通う 5 歳児 23 名(平均 5 歳 5 ヶ月,範囲 5 歳 2 ヶ月~ 5 歳 8 ヶ月,男児 12 名, 女児 11 名) ,及び 6 歳児 25 名(平均 6 歳 4 ヶ月,範囲 6 歳 1 ヶ月~ 6 歳 8 ヶ月,男児 12 名,女児 13 名) が参加した。 課題 描画課題(描画対象と用紙) 描画対象として,厚紙で作成し輪郭に沿って切り抜 いた 3 つの動物画(牛,兎,豚)を用い,描画用紙(A4 サイズ)には動物を載せた台を同寸で予め記した(図 1) 。また,この用紙の余白には,豚だけが実寸大で収 まるように設定されている。各々の描画対象の説明と して,牛と兎の 2 つは正面顔であり,それらの特徴が 分 か り 易 い こ と か ら,描 か れ 易 い 正 当 な 向 き (canonical orientation) (Freeman, 1980)と見なせるだ ろう。実際,動物の正面顔は好んで描かれ易いと考え られるため(岩木・吉田・中村 , 2003) ,これら 2 つの動 物画を「標準型」 と定義した。一方,豚は正面顔ではな く,代表的な特徴である鼻も横向きとなっており,且 ― 87 ― 図1 描画対象(標準型と非標準型) と 描画用紙(A4 サイズ) 幼児における描画構成の発達と空間認知の関連 つ体の進行方向が右を向いている。Goodnow(1977/1989)の報告を参考にすると,このようなタイ プは動物画としては描かれ難い特殊な向き(noncanonical orientation) (Freeman, 1980)と考えられ る。そこで,豚を「非標準型」と定義した。なお,これらの描画対象は無色透明のプラスチック製ス タンド(H 11cm × W 7cm × D 5cm) によって背後から支えられるため, 提示時においては直立する。 認知課題 大きさと位置の関係を捉える空間認知能力 を評価する目的から,図形のペアの大きさと 位置関係の異同を尋ねる課題を作成した(図 2) 。PC 画面上に提示される刺激図形には円 (○)のペア,三角(△)のペア,四角(□)のペ アが用いられており,それらの大きさと位置 関係が共に同一である場合を 9 パターン,異 なる場合を 9 パターン設け,計 18 試行を作成 した。特に,異なる 9 パターンについては,大 きさは同じだが位置関係が異なる場合,位置 関係は同じだが大きさが異なる場合,両者と も異なる場合が各図形ペアにつき1 パターン ずつ設けられている。また,図形ペアの提示 図 2 認知課題の概要(例示した〇のペアの場合、大きさと 位置が共に同じであるため、「同じ」と答えれば正答、△のペ アの場合は大きさが異なるため「異なる」 で正答、□のペアの 場合は位置が異なるため「異なる」 で正答となる。) 直前に注視点を 1000 ミリ秒表示し,その後図形ペアが 2000 ミリ秒表示されるよう設定した。なお,図 形の提示順序はランダムである。そして,各図形ペアの提示直後にブランク画面を提示し,この間に 先ほどの提示した図形ペアの異同判断を参加児に行わせるようにした(時間制限無し) 。すなわち,大 きさと位置の両関係が共に同一である場合に対しては「同じ」 ,それ以外に対しては「異なる」と応答 すれば正答となる。本研究では,以上の課題のルールを説明するための刺激を 9 パターン作成し,そ の後に実施する練習試行を 9 試行作成した。また,本試行は 18 試行作成し,それらをランダムに配列 した系列を5系列作成した。なお, 刺激図形の作成, 及び提示には Microsoft PowerPoint 2010を用いた。 手続き 描画課題 幼児期の子どもは課題の意図や要求特性を了解しない限り,標準型の描画反応に固執し易いと考 えられる(例えば Davis, 1983; Picard & Durand, 2005)。そのため,描画課題では,描く大きさと位 置の空間関係の意識化を促す手続きが必要だろう。まず,はじめに参加児の目の前に 3 つの動物画 が並べて提示される。この時の並び順は参加児ごとにカウンターバランスを取った。次に,実験者 が描画用紙を提示する。この時, 「 (大きさが)同じになるように台を前もって用紙に描いた」こと を説明した。そして, 動物の大きさと余白の関係を意識化させる試みとして,以下の手続きを取った。 ― 88 ― 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年) すなわち,別に用意したもう一つの台(用紙に記した台と動物を載せた台と同寸)を用い,用紙上の 台と動物の台のそれぞれへ実際に重ね合わせることによって,視覚的に同じ大きさであることを確 認させた。このような視覚提示の後, 「3 つの動物の中から 1 つを選んで続きを同じように描くこと」 を教示した。つまり,上記の視覚的手がかりを伴わせることで, 「同じように描く」という教示の意 味が「同じ大きさに則って描く」 という意味で受け取られることを期待した。実際に,このような手 がかりの有効性は Silk & Thomas(1988)の報告からも推察される。ところで,手続きの中で「大 きさ」という言語教示を直接行わなかった理由として,幼児期における「大きさ」の意味の受け取り 方の多様性が挙げられる。Maratsos(1973)によれば,幼児期後半の子どもにおいても,状況によっ て「大きさ」の意味を一辺の長さなのか,あるいは対象の大きさ比率であるのかの判断が左右され易 い可能性がある。そのため,課題では視覚提示のみで反応形成を促す試みをした。なお,参加児は 自分が描こうと思う対象を指さす,あるいは宣言した後で描画に取り組んだ。描画には黒色サイン ペンが使用され,描画が終了したと実験者が判断,あるいは参加児が終了を宣言した時点で課題は 終了する。描画課題に要した時間は一人当たり約 3 分であった。 認知課題 描画課題に続いて図形の異同判断を尋ねる認知課題を実施した。PC 画面の左右に提示された 2 つの図形が「同じ大きさ且つ同じ位置」 で提示された場合は「同じ」と判断し,それ以外の場合は「異 なる」と判断すれば正答となる。このルールを説明するため,本試行に先立ち,上記した「同じ」と 判断すべきパターンと「異なる」と判断すべき例を参加児に 9 パターン紹介し,その後で練習試行を 3 試行実施した。そのような,ルール説明と練習試行に限り,参加児に対して正誤のフィードバッ クを与えた。練習試行と同様,本試行においても最初に PC 画面中央に注視点が 1000 ミリ秒提示さ れる。その後,図形のペアが 2000 ミリ秒提示され,その後ブランク画面に切り替わる。ここで,先 ほど提示された図形のペアの大きさ及び位置関係が同じであったか,あるいは異なっていたかとい う異同判断を参加児に求 めた。なお,解答時間に 制限は無く,参加児が答 え終わった時点で次の試 行へ移るようにした。本 試行は計 18 試行あり,1 試行の正答につき 1 点が 与えられる(得点範囲は 0 ~ 18 点) 。以上の認知 課題に要した時間は一人 当たり約 5 分であった。 図3 各課題の配置図(先に描画課題が行われ、続いて認知課題が実施された。) ― 89 ― 幼児における描画構成の発達と空間認知の関連 作業仮説について 描画課題では,対象を描く大きさと余白の位置を意識した場合,結果として豚(非標準型)が描か れるはずである。先行研究より,非標準型の反応は 5 歳児から 6 歳児にかけて増加すると考えられ (Morra, 2008; Picard & Durand, 2005) ,これには大きさと位置を捉える空間認知能力が関連すると 予想される。よって,以下の作業仮説が導かれる。 作業仮説(1) 描画課題において,6 歳児は 5 歳児よりも非標準型(豚)を描く。 作業仮説(2) 認知課題において,6 歳児の得点の方が 5 歳児より高い。 作業仮説(3) 非標準型を描いた者の認知課題得点は,標準型を描いた者よりも高い。 結果 描画課題 標準型と非標準型の描画(図 4 参照)をした人数を年齢別に集計し,人数の割合データを示した (図 5)。 図 4 実際の描画反応の例 図5 年齢別に見た描画反応の人数割合 6 歳児における非標準型の描画は 5 歳児に比して増加しており,χ ² 検定を行ったところ,有意差 が見られた(χ ² = 7.06, df = 1, p < .01)。残差分析の結果,標準型を描いた 5 歳児と,非標準型を 描いた 6 歳児の割合にそれぞれ有意な偏りが示された(ともに p < .01) 。したがって,誘導有り条 件において,6 歳児は 5 歳児よりも豚を描く割合が高いことが示唆された。 なお,標準型の対象である牛あるいは兎が描かれた割合に偏りがあったかどうかをχ ² 検定で検 討した結果,有意差は見られなかった。つまり,参加児にとって標準型の牛と兎に対する魅力の程 度に偏りは無かったと言える。 認知課題 図 6 は,認知課題の得点を年齢別に集計した結果である。5 歳児,6 歳児の平均得点はそれぞれ ― 90 ― 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年) 11.95(SD = 3.31) ,14.33(SD = 2.84)であり,t 検定を行った結果,6 歳児の得点は 5 歳児よりも有意 に高いことが示された(t = 4.65, df = 46, p < .01)。 図6 年齢別に見た認知課題の平均得点 また,5 歳児の中には,描画課題で非標準型を描いた参加児もおり(23 名中 5 名) ,6 歳児であって も 25 名中 9 名が標準型を描いた。そのため,非標準型を描いた参加児と標準型を描いた参加児の間 に認知得点に差異が認められるかどうかを検討する目的から,描画反応別の認知得点について調べ た(図 7) 。その結果,標準型を描いた 5 歳児(n = 18)と非標準型を描いた 5 歳児(n = 5)による認知 課題の平均得点はそれぞれ 11.67(SD = 1.94),13.00(SD = 0.71)であり,標準型を描いた 6 歳児(n = 9)と非標準型を描いた 6 歳児(n = 16)による認知課題の平均得点はそれぞれ 14.00(SD = 1.41) , 14.56(SD = 1.83) であった。 図7 描画反応別に見た認知課題の平均得点 考察 本研究の目的は,幼児期における描画構成の発達が,大きさと位置を捉える空間認知能力と関連 するか否かを検討することであった。具体的には,対象の「大きさ」と余白の「位置」の関係から「対 象の非標準型だけが描ける状況」を設定し,その課題を通じて描画反応の質的変化が認められるか 否かを検討した。加えて,大きさと位置の空間関係を捉える能力を評価するための認知課題を併せ て実施した。研究仮説としては「幼児期後半になると対象の大きさと余白の位置関係に即した描画 ― 91 ― 幼児における描画構成の発達と空間認知の関連 構成が可能であり,その反応は大きさと位置を捉える空間認知能力と関連する」ことが予想された。 そこで,以下では作業仮説(1) ~ (3) の検証と議論を進め,研究仮説を検証する。 作業仮説(1)の検証とその考察 描画課題では「6 歳児は 5 歳児よりも非標準型(豚)を描く」ことが予想された(作業仮説 1) 。結果と して,非標準型の豚を描いた割合は 6 歳児の方が 5 歳児よりも有意に多く,作業仮説(1) が支持された。 幼児期後半になると,本来描かれ難い非標準型を描き分けることができ(Davis, 1983; Light, 1985; Picard & Durand, 2005) ,結果もそのような描画発達研究における諸々の報告と整合すると 言えよう。ただし,非標準型が描かれた結果を単純に「課題の意図を読み取る感受性」 (Davis, 1983; Light, 1985)といった従来から主張されてきた側面に帰属させる解釈は本研究の立場には当たらな い。その理由として,本研究の課題では,予め台が記されている紙面の布置と対象の対応づけを促 す手続きが行われており,この誘導によって対象と紙面を対応づける反応形成が整ったことが推察 されるからである。つまり,非標準型の描画が産出された背景には描画構成における空間関係(対 象の大きさと余白の位置) の意識化が寄与していたと解釈できる。 作業仮説(2)の検証とその考察 対象の「大きさ」と余白の「位置」関係を捉える空間認知が描画構成の発達を顕在化する能力であ るという仮定に基づき,その評価指標として認知課題を実施した。認知課題では「6 歳児の得点の 方が 5 歳児よりも高い」 ことが期待され(作業仮説 2),予想通り,6 歳児の得点は 5 歳児よりも有意に 高かった。このことから,年齢と共に大きさと位置の空間関係を捉える能力がより向上すると評価 できる。したがって,作業仮説(2) が支持された。 この結果について,課題解決に要する複数の情報の処理能力に関しては,しばしば作業記憶容量 との関連で研究がなされている(例えば Case, 1995; Morra, 2008; Pascual-Leone & Johnson, 2005)。 特に Pascual-Leone & Johnson(2005) によると,個人が同時に活性化できるスキーマの数は年齢と 共に増加し,6 歳頃には少なくとも 2 つの事象関連スキーマの活性化が可能と考えられる。この知 見に基づくならば,大きさと位置の 2 つの視空間情報に注意を向け,それらの関係を統合的に認識 することは 6 歳児でより容易になると解釈できる。 作業仮説(3)の検証とその考察 幼児期における描画構成の発達は,非標準型が描かれることから推察されるが,そのことが空間 認知の発達と明らかに関連するか否かを検討するためには,年齢に関わらず,標準型を描いた者と 非標準型を描いた者の空間認知能力を比較する必要がある。このことから, 「非標準型を描いた者 の認知課題得点は,標準型を描いた者よりも高い」ことが予想されたが(作業仮説 3),この仮説を支 持する結果は得られなかったと言える。 したがって,本研究における認知課題は年齢差を捉えているものの,描画構成の発達を顕在化させる ― 92 ― 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 61 集・第 2 号(2013 年) 決定的な変数ではないと考えられる。その理由の一つに,認知課題には次の問題点が含まれていた可 能性が挙げられる。すなわち,課題では提示された大きさと位置の関係図が全く同じか異なるかといった 単純な知覚判断を求めたに過ぎないという解釈もできるため,実際の描画構成において要求される能力 を適切に反映し得る内容であったかどうかについては疑わしい。さらに, もう一つとして,描画構成の発達 には空間認知の側面だけでなく, それ以外の認知的側面も重要な寄与をしていた可能性が挙げられる。 すなわち, 実際の描画構成のプロセスでは標準型といった本来優勢な反応を抑え, 特殊な非標準型を描 くことへ反応を柔軟に切り換える能力も要求されるのかもしれない。実際,幼児期後半以降に認められる 認知的柔軟性の要因が,パターン化した描画からの脱却に寄与することが指摘されている(KarmiloffSmith, 1990)。つまり, 描画構成には最終的に非標準型へ反応を切り換える能力が求められると考えら れるため,空間認知能力は描画構成の発達の必要条件に過ぎない, と解釈できるだろう。したがって,今 後は「空間認知」 と「反応の切り換え」 といった 2 つの要因へのアプローチが必要と思われる。 研究仮説の検証 本研究は描画構成と空間認知との年齢差を捉えるに留まっており,両者の明確な関連性については 示 さ れ な か っ た。 そ の た め,研 究 仮 説 は 支 持 さ れ な か っ た と 言 わ ざ る を 得 な い。 し か し, McCormack & Atance(2011)によれば,幼児期後半における柔軟な問題解決行動の背景には「状況 の見通し(prospection) 」 がなされており,そこには視空間的作業記憶(visuospatial working memory) といった一種の空間認知が関わると言う。であるならば,この主張は「非標準型の描画が適切である といった構成上の見通しが可能になるには,大きさと位置といった複数の視空間情報の意識化が求め られる」といった本研究の観点と合致するように思える。つまり,本研究が想定した空間認知能力は 描画構成の発達にとって無関係ではなく,むしろ,発達の必要条件として関与することが推察される。 描画構成の発達の特徴と本研究の意義について 一般に年少の幼児は,対象と紙面を対応づけて描くというよりは,対象を場当たり的に描き入れ, 残りの余白に続きを描くことが困難になるといった構成上の葛藤に直面する(Goodnow, 1977/1989) 。 ところが,幼児期後半に差し掛かる頃には提示された対象を見て,それを紙面に照らし合わせて描く 反応が認められるようになる(Ingram, 1985) 。そのため,本研究のように,対象と紙面の対応づけを 要求する一定の条件下では,幼児期の子どもであっても描く大きさや位置を考慮した構成が可能であ ると結論付けられる。したがって,描画構成の実態に即した反応として「対象と紙面の対応づけ」を 仮定し,そのような対応づけに関わる認知として一種の空間認知能力を取り上げ,さらにその能力が 描画構成の発達の必要条件である可能性を示唆した点に本研究の意義があると言えよう。 今後の課題 描画を構成するに当たり,通常好んで用いる方略とは別の方略を導出するプランニングは,6 歳 以降で可能であることが推測される(Morra, 2008; Morra, Angi, & Tomat, 1996)。このことから, ― 93 ― 幼児における描画構成の発達と空間認知の関連 本研究でも同様の解釈が可能かどうかを改めて検討したところ,いくつかの問題点が残されている ように思える。特に,描画課題で用いた非標準型の豚は,標準型の 2 つの動物(牛と兎)に比して複 雑な形状と見なすことができ,幼児の運筆技能の限界を考慮すれば,仮に非標準型が適切であると 判断されたとしても,上手に描くことが難しいと判断され兼ねない。そのため,標準型では適切な 大きさで描けないことを認識していたとしても,それを縮小して描き入れることで解決を試みるこ とも可能だったはずである。実際,描かれた標準型の描画を見ると,予め大きさを縮小して描くこ とを取り決めた上で描いた印象が見受けられる(Figure 4 参照)。但し,それらの描画表現は,対象 の特定部分(例えば角や耳)が極端な寸詰まりになることは無く,むしろ対象の部分間の釣り合い (例えば顔面部と角あるいは耳とのバランス)はある程度保たれていると見なせる。例えば,幼児は 対象を構成する部品間の大きさの比率に注意して描けることからも(Thomas & Tsalimi, 1988), 今後の課題設定としては描画対象の大きさを問う際,輪郭全体の大きさではなく,部品間の大きさ 関係を扱う課題が有効と思われる。また,描く際に運筆技能の要求も可能な限り取り除けるような 描画対象の選定が望ましいだろう。 一方,認知課題では描画構成の発達を顕在化させる決定的な変数ではない可能性が示唆された。 既に述べた通り,課題では提示した図形の大きさと位置関係の単純な知覚判断を求めたに過ぎない という見方も可能であるため, 描画課題との関連性に乏しいと言わざるを得ないだろう。したがって, 今後は描画課題で要求される反応との関連がより明確となるような工夫が求められる。加えて,実際 の描画構成の過程では標準型のような本来優勢な反応を抑え,最終的に非標準型を描くことへ反応 を切り換える能力も要求されると考えられる。したがって,描画構成の発達のメカニズムを解明する ためには,本研究が着目した空間認知の他に,反応を柔軟に切り換える能力についても着目する必要 があるだろう。今後は, 「大きさと位置を捉える一定の空間認知能力」 と「状況に応じて柔軟に反応を 切り換える一定の能力」 が共に描画構成の発達に関与するといった仮説の検証が必要と思われる。 文献 Bouaziz, S., & Magnan, A. 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(2) The score of spatial cognitive task in 6-year-olds was significantly higher than 5-year-olds. (3) There was no difference in the score of spatial cognitive task between children who produced noncanonical drawing and those who produced canonical one. Although these results did not show clear relationship between construction of drawing and spatial cognition, it was suggested that spatial cognition was a necessary condition in the development of construction of drawing. Keywords:young children, construction of drawing, spatial cognition ― 96 ―
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