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海外体験記
海外体験記
ト ロ ント 留 学
名古屋市立大学大学院医学研究科麻酔・危機管理医学分野 学内講師 平手 博之
カナダ・トロントにあるThe Hospital for Sick Chil-
他的な雰囲気や疎外感は全くありません。プロ野球選
drenに属する研究室で 1 年間の研究生活を経験するこ
手の川﨑宗則選手の所属しているメジャーリーグのト
とができました。いろいろ思い出のある海外研究生活
ロント・ブルージェイズの本拠地として、ご存知の方
でしたが、今回、そのカナダでの生活、研究室での研
もいらっしゃるでしょう(現地では、アイスホッケーの
究生活について紹介させていただきます。
トロント・メイプルリーフスの方が、ブルージェイズ
より圧倒的に人気が高いです)。このような環境のた
トロントの街の紹介
トロントは、カナダ最大の都市で五大湖の一つであ
るオンタリオ湖の北岸に位置しています。冬は非常に
め、日本人にも大変生活しやすい街だと思います。
研究生活について
寒く、10月から 4 月までは雪を経験しますが、夏は意
私がお世話になったのは、トロント大学のDr. Brian
外に気温が高く、30℃を超えることもあります。ただ
Kavanagh教授の研究室
(ラボ)
で、メインテーマは「炭
夏の期間は短く、7 月になって夏が来たと思ったら8
酸ガスの肺保護効果」でした。私は、人工呼吸器関連
月には少し秋の気配を感じる、そのような気候です。
肺傷害の研究をさせていただきました。スタッフはフェ
移民を多く受け入れている国のため、トロント市民は
ローの自分を含め 4 名(途中からカナダ人研究生も加
多民族で成り立っており、そのおかげで外国人に非常
わり 5 名)でした。実際にBrian(ラボ内ではファース
に優しいというか、外国人慣れしているというか、排
トネームで呼び合っていました)と会うのは、週 1 回
Fig.1. トロントアイランドから見たトロントのダウンタウン
Fig.2. The Hospital for Sick Children(SickKids)
中央がトロントの象徴の CNタワー、その左のドームがブルージェ
イズの本拠地ロジャース・センター。
写真の右側、渡り廊下を渡ったところに研究棟がある。さらにそ
の横で新しい研究棟を建築中。
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A net
Vol.19 No.1 2015
のミーティングで実験の報告をする時ぐらいで、多く
は他の 2 名のスタッフから指導を受けていました。
実験は出来不出来に関わらず、基本週 1 回のミーティ
ングで報告をしなくてはなりません。英語で伝えるの
は大変でしたが、一方で他のスタッフのプレゼンテー
ションを聞くと、学術発表特有の表現手法を学ぶこと
ができました。それが非常に参考になるとともに、そ
の表現を頂きつつ徐々に発表のパターンを作れるよう
になっていき、ミーティングに参加するだけで勉強に
なりました。
カナダのラボのスタッフは日本人のように長く仕事
をするという感じではなく、完全に裁量労働制でした。
初日に朝何時に出勤すれば良いか聞いたところ、「自
分で決めていい」と言われ、私が帰る時にはスタッフ
Fig.3. 冬のトロント大学
2 名とも不在で(午後 3 時半〜 4 時に 2 名とも帰ってし
あるため、困ることはありませんでした。日本人になじ
まうことが後日分かりました)、先に失礼する旨の置
みの食材もほぼ手に入ります。いろいろなものにメー
き手紙をして帰宅しました。翌日には「断りなしで好
プルシロップをかけるカナダ流の食べ方もなかなかい
きな時間に帰っていい」と言われ(もちろん会えば挨拶
けます。ただ「Sushi」は国際化の影響で「寿司」とは
をしますが)、日本との違いに戸惑いも感じました。
少し異なる面もあります。
スタッフはあまり長くラボにいないのに、ミーティン
街で開催されるイベント、博物館や動物園など、家
グの時は実験結果を示していて、その効率の良さ、時
族で休日を過ごすのに困ることはありません。7 月 1 日
間のやり繰りの上手さに感心したことを覚えていま
のカナダデーは街中にぎやかになりますし、夏のオン
す。スタッフが帰った後は、機器の故障や試薬の場所
タリオ湖での湖水浴やトロントアイランドの散策など
が分からず困ることもありましたが、覚悟を決めて他
が、気分をリフレッシュさせてくれます。有名なナイ
のラボのスタッフに聞くと、優しく助けてくれました。
アガラの滝には日帰りで行けますし、日本のハッピー
このようにして少しずつ話のできる人が増えていきま
マンデーのように、月曜が祝日になる 3 連休が年に何
した。皆、時間に支配されている感じがなく、わざわ
回かあるため、そこを利用して、地方に旅行に行った
ざ別のフロアの共用機器に案内してくれるなど、気さ
りしました。ドラマ「花子とアン」のオープニングの
くに対応してくれる方ばかりで、よそ者を邪険にする
ような風景のひろがるプリンスエドワード島は、3 連
雰囲気は全く感じませんでした。そこで学んだのは、
休で十分楽しめます(ラボのスタッフは多くの日本人
下手な英語でもいいので、とにかく意思表示をしない
がプリンスエドワード島に行きたいと言うのを不思議
と始まらないということでした。
がっていましたが…)
。
生活と休日
多くの日本人にとってカナダの気候は寒いと思いま
英語について
学生時代から英語は決して得意ではありませんでし
すが、寒さが苦手な方でも実はあまり苦になりません。
た。しかし、英語が不得意という理由で海外への壁を
冬、ウェザーチャンネルで気温マイナス10℃、体感マ
作らない、扉を閉じない方がよいと思います。多くの
イナス20℃などといつもキャスターが放送しています
人にとって英語は学問ではなく、コミュニケーション
が、暖房が発達していて、室内はぽかぽかです。家に
ツールでしかありません。上手くしゃべることが目的
帰るとTシャツで過ごせます。外にいる時は実際かな
ではありませんし、ラボのスタッフも意思疎通ができ
りの寒さですが、現地で調達したコートや手袋は非常
れば細かいことは気にしません。海外に行けば、英語
にあたたかく、長時間外にいるのでなければ何とかな
を使って言いたいことを伝える、必要な情報を得るし
ります。日本に戻った時、家の中は日本の方がカナダ
かありません。そのために時間をかけてコミュニケー
よりも寒く感じました。
食事に関しても多民族がいて、いろいろな食べ物が
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ションをとるというだけの話です。留学期間の海外生
活で英語ができるようになるというよりは(長くいる
海外体験記
なら別ですが)、英語を使用することにためらいがな
に話せるようになるには音読で運動神経を鍛えること
くなるに過ぎないと思います。ただそうは言っても、
も必要です。ただし、音読すると運動に意識が行って
留学が決まれば英語を勉強するでしょう。その勉強方
感覚がおろそかになり、とたんに意味を理解するのが
法に関して、自分なりに分かったこと、海外に行く準
難しくなります。私の場合、実験の合間に現地の新聞
備をしている方に伝えたいことがあります。それは、
を読んでいました。難しい記事は無理なので、子供が
英文をたくさん読むことの大切さ、多読による英語の
さらわれたとか暴動があったとか、そんな想像力を働
基礎力の確立です。ネイティブの英語を電車内で聞く
かせやすい記事ばかりでした。とにかく、新聞でも雑
ことは、実際私もやりましたが、それが特別役立った
誌でも論文でも小説や漫画でも何でもいいので、たく
とは感じていません。むしろ、英文を読む時に、話す
さん英文を読んで、しかもなるべく読み返すことなく
のと同じスピードで、読み返すことなく最後まで読ん
読めるようにトレーニングを積んで語彙を増やし、英
で、その文の意味が理解できるようになることが聞き
語の基礎力を高めておくことが重要です。そうすれば、
取りには必要です。それができなければ、その文は聞
現地で耳が慣れやすいと思います。
いても理解できません。音声として聞き取れても、意
味を理解できないことがあります。英語の音声のまま、
日本語に訳すことなく、英語で意味を理解することが
最後に
必要になるのです。そのためにはとにかくひたすら多
教室の祖父江和哉教授をはじめ、多くの方の支えが
くの英文を読み続け、多数の英文パターンに慣れ、多
あって貴重な経験を得ることが出来ました。今後、
くの英語表現をインプットしておく必要があります。
外国を志向する皆様に、この経験が参考になれば幸い
聞き取りの上達には黙読でかまいませんが、スムース
です。
Profile
平手 博之 ひらて ひろゆき
略歴
1995年 3 月:名古屋市立大学医学部卒業
同 年 4 月:名古屋市立大学医学部麻酔・蘇生学教室 研修医
1996年 4 月:名古屋第二赤十字病院 常勤嘱託医師
1997年 7 月:名古屋第二赤十字病院麻酔科集中治療部 医師
1998年 4 月:安城更生病院麻酔科 医師
2003年 8 月:名古屋市立大学大学院医学研究科麻酔・危機管理医学分野 助教
2011年 4 月:Canada, Toronto University The Hospital for Sick Children
Physiology & Experimental Medicine Research fellow
2012年 4 月:名古屋市立大学大学院医学研究科麻酔・危機管理医学分野 助教
2013年10月: 同 学内講師
現在に至る
趣味:ビートルマニア(ビートルズのマニア)
、ハワイでの休暇
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