ニンテンドー3DS による立体視標の試作

一般口演 No.13
ニンテンドー3DS による立体視標の試作
○小原 隆博,林 則次
専門学校ワールドオプティカルカレッジ
Prototype of stereoscopic target on Nintendo 3DS
Takahiro Ohara, Noritsugu Hayashi
World Optical College
1.はじめに
液晶画面
ニンテンドーの
携帯型ゲーム機
3DS(図 1)は、専
視差バリア
用メガネをかける
ことなく裸眼で 3D
のゲームを楽しむ
ことができ、さらに
図 1 ニンテンドー3DS
専用の簡易立体画
像作成ソフトを用いて簡単に 3D 画像を作る
ことができる。今回、このゲーム機で使える
左眼
右眼
図 2 3DS 画面の仕組み
左右眼で別々の画像を見る
両眼視機能測定用の立体視標を試作するとと
もに、標準的な立体視測定ツールであるチト
マスサークルテストと比較して、実用性を検
討した。
○ニンテンドー3DS について
こ れ は 3.53 イ ン チ の 画 面 を も つ 携 帯 ゲ ー
ム機で、裸眼のまま 3D 立体画像のゲームが
楽しめる。その仕組みはパララックスバリア
方式と呼ばれ、パララックスバリア(視差バ
リア)という電気的に制御される格子状の薄
いフィルターを通して、左右眼に別々の画像
を見せる方式である。
まず、視差のついた左眼用、右眼用の画像
を細かい短冊状に分割し、それを交互に並べ
て液晶モニター上に表示する。このモニター
には格子状の視差バリア(障害物)が貼り付
けられ、左眼からは左眼用の、右眼からは右
眼用の画像しか見えないようになっている
(図 2)。こうして右眼と左眼に視差のついた
異なる画像を見せることで、裸眼のままでの
立体視を可能にしている。この方式はメガネ
を必要としない優れた仕組みであるが、基本
的に真正面から見なければその効果がうまく
得られないというデメリットもある。
2.実験 1.サークルテスト視標の測定
ニンテンドー3DS の試作視標と比較するた
めに、チトマスステレオテストのなかのサー
クルテストを使用した。これは偏光メガネを
かけて、4 つのサークルのなかで浮き上がっ
て見えるのはどれかを答えるもので、検査距
離 16 インチ(約 41cm)で検査する。No.1(公
称視差 800 秒)から No.9(視差 40 秒)まで 9
段階の視標がある。図 3 に No.1 視標の拡大図
を示す。4 つの黒いサークルのうち、下のサ
ークルには両眼視差がついているので偏光メ
ガネをかけると、これだけが浮き上がって見
える。
この左右のズレ
量が Z( m)の視標
P を、眼から S(m)
の距離に置いて見
たとき、視標が dS
(m)浮き上がった
Q の位置に見えた
とすると、これらの
間には以下のよう
図 3 サークルテスト No.1 視 標
(両 眼 視 差 800 秒 )
な関係がある。ただし、両眼視差を dθ(=
その結果、左右画像のズレ量の実測値は、
θ 2 -θ 1 )(ラジアン)とする (図 4)。
2
S・
d
dS 
PD
Z/2
平均 1.50mm であった 。視差 800 秒の公称値
をもとにしたズレ量の計算値は 1.63mm であ
り、両者には約 0.13mm の誤差が認められた。
Z/2
( 式 1)
今回、ニンテンドー3DS で試作する視標の
サイズは、サークルテストとの比較を行うた
めに、実測値をもとに計算して作成すること
PD・dS
Z
( 式 2)
S  dS
仮に PD 65mm(=
0.065m)の人が、サー
にした。表 1 に、サークルテストの視標ごと
に、PD 65mm の人が見 たときの、浮き上がり
クルテスト No.1 視標
を、視距離 41 cm(=
量とズレ量の計算値、およびズレ量の実測値
をまとめた一覧表を示す。No.2 以下の値はい
0.41m)で見たときの
ずれも、No.1 の結果から比例計算して求めた。
浮き上り量 dS は、
3.実験 2 3DS 用視標の作成と見え方の比較
dθ=800 秒=0.00388
ラジアンを式 1 に代
入して計算すると、
dS =
0.41 2
図 4 立 体 視 関係 図
サークルテストと同じ浮き上がり量をもつ
×0.00388/0.065 = 0.01003 m
= 10.0 mm
3D 視標を、ニンテンドー3DS の画面上に作成
となる。
し、両者の成績を比較した。
視標はサークルテストと同じくドーナツ型
のサークルで、レイアウトは 3DS の画面に合
また、No.1 視標の左右のズレ量 Z は、同
様に式 2 を用いて計算すると、
Z = 0.065×0.01/(0.41-0.01)
= 0.001625 m = 1.63 mm
わせて上下 2 段 6 個からなるデザインとした。
画面中の 6 つのサークルのうち任意の 1 つに、
となる。
表 1 の実測値から計算したズレ量(両眼視差)
両眼視差 800 秒の No.1 視標は、左右眼で
を与えた。3DS で実際に作成した視標は、サ
1.63mm ずらして作成されていると予想され
るので、実際のサークル視標を拡大してズレ
ークルテストに合わせて、視差 400 秒、200
<結果 1>
図 5 に、両眼視差のある No.1 視標の拡大図
秒、100 秒、50 秒、および 40 秒とし、比較の
ために、浮き上がるタイプの視標だけでなく、
同じ視差で沈み込むタイプの視標も作成した。
それぞれの視差で作成した左右 1 組の視標画
像をステレオフォトメーカー(専用ソフト)
を示す。ドーナツ状の 2 つの黒いサークルの
ズレ量(間隔)を、同時に映しこんだスケー
ルをもとに、中心線上の 4 か所(黄色の矢印)
に取り込み、3DS に表示できるファイル形式
(MPO ファイル)に変換した。
出来上がった 3D 視標を実際に 3DS の画面
量を実測し、これと比較した。
の長さを精密に測定し、平均して求めた。
図 5 視 標 間 隔の精 密測 定
表 1 サークル視標 の両 眼 視 差 とズレ量の関 係
サークル
テス ト
視標N o .
公称値
計算値 *
実測値
視差
浮き 上がり量
( mm)
サークルの
ズレ量( mm)
サークルの
ズレ量( mm)
N o .1
800秒
10
1 .6 3
1 .5 0
No.2
400秒
5.0
0.80
0.75
No.3
200秒
2.5
0.40
0.38
No.4
140秒
1.8
0.29
0.26
No.5
100秒
1.3
0.21
0.19
No.6
80秒
1.0
0.16
0.15
No.7
60秒
0.8
0.13
0.11
No.8
50秒
0.6
0.10
0.09
No.9
40秒
0.5
0.08
* PD = 6 5 mmのとき
0.08
作成した3D視標
に表示し、立体視できる限界を求めて、サー
クルテストの結果と比較した。被験者は、立
体視が可能な学生および職員 31 名である。
<結果 2>
3DS 用にデザインした右眼用と左眼用の画
像をステレオフォトメーカーに入力して 3D
画像ファイルに変換し、出来上がった立体画
像を 3DS の画面に表示した(図 6)。
両眼視差のわかっているサークルテストの
400~40 秒の 5 種、および今回試作した 3DS
の 400~40 秒(浮き、沈み)の 5×2= 10 種 、
計 15 種の視標を、視差の大きいものから順に
提示して、判別できる人数を調べた結果 を図
7、8 に示す。被験者 31 名について、視差が
小さくなるにつれてサークルテスト、3DS と
も、判別できる人数は減少したが、その減少
傾向はほぼ同じであった。視差 400 秒の視標
は全員が判別できたが、視差が小さくなるに
つれて徐々に判別できる人数は減少し、視差
40 秒の視標を判別できたのはそれぞれ同一
の 6 名であった。
サークルテストの視差 200 秒が判別できな
い 被 験 者 は 2 名 い た が、 彼 ら は 3DS の 浮 き 、
沈みのいずれも判別できなかった。また同じ
視差の 3DS 視標でも、浮きと沈みで結果に差
が生じる被験者が見られた。
4.考按
携帯型ゲーム機「ニンテンドー3DS」を用
いて立体視標を試作した。まず、チトマスサ
ークルテストを詳しく観察し、両眼視差と左
右画像のズレ量の関係を検証した。その結果、
図 7 立体 視 標を判 別 できた人数(視 差 別)
図 6 作 成した 3DS 立 体 視 標(上)
両眼視差 800 秒の視標において、PD 65mm と
仮定して計算した値と実測値の間に約
0.13mm のズレ量の誤差が認められた。
サークルテストとの比較を行うため、実測
値をもとに左右画像のズレ量を計算して 3DS
用の立体視標(浮き、沈み)を試作した。被
験者 31 名に、これらの視標で立体視できるか
どうかの判定をおこなったところ、両眼視差
100 秒において若干の人数差が認められたも
のの、それ以外では 3DS(浮き)とサークル
テストはまったく同じ結果となった。すなわ
ち、3DS はサークルテストとほぼ同等の精度
で立体視のスクリーニングが可能であると考
えられる。
また 3DS の浮きと沈みの違いについて、両
眼視差 100 秒と 50 秒では、浮きと沈みを判定
できた人数にわずかな違いが生じたが、両眼
視差 40 秒ではその違いはなかった。浮きの視
標と沈みの視標では、視標の配置、周囲の明
るさなどの影響で結果に違いが出るものの、
有意差はないと考えられる。
図 8 立体 視 標を判 別 できた人数(積 算)
ドットサイズについて、3DS の画面の大き
さはヨコ 76.8mm×タ テ 46.1mm であり、その
中にヨコ 800×タテ 240 ドットが配置されて
いる。すなわち、1 ドットのサイズは、ヨコ
0.10mm×タテ 0.19mm となる。
図 9 に 3DS 画面の拡大写真を示す。上段は
液晶画面の拡大で、タテに並んだ RGB の 1
組が 1 ドットである。下段は同倍率で撮影し
た視差バリアで、白く見える格子部分を通し
て右眼用の画像と左眼用の画像を分けてみる
ことができる。
図9
3DS 画 面 の 拡 大 写真
上:液晶画面
下 : 視 差バ リ ア
一方、視距離 41 cm にお ける視角 40 秒は約
0.08mm にあたり、視 角 50 秒は約 0.10mm に
相当する。視角 40 秒の視差は、3DS のヨコ方
向のドットサイズ(0.10mm)より小さいため、
3DS の画面上で視差がほんとうに実現できて
いるかどうかは不明である。さらに、視差バ
リア方式では、立体表現のためにヨコ 800 ド
ットを右眼用・左眼用に半分ずつ割り当てて
いるので、横方向の解像度はさらに悪くなる
と考えられる。
しかし、実際には 6 名の被験者が 40 秒の視
差を感じて立体視標を判別していた。この理
5.結論
ニンテンドーの携帯型ゲーム機 3DS を用
いていろいろな視差をもつ立体視標を作成し、
チトマスステレオテストと比較検証したとこ
ろ、両者の視角別視認者数は同様の低下傾向
を示し、スクリーニング用の立体視標として
使用できることがわかった。眼鏡店において
ゲーム感覚で立体視の確認や体験ができるツ
ールとして有効に活用できると考えられる。
由について、3DS の 1 ピクセルは RGB の 3
色で分割され、サークルのエッジの位置によ
ってはこの 3 色の配分が異なり、視差 40 秒や
50 秒 で も 左 右 差 が 感 じ ら れ た の で は な い か
と考えられる。
PD について、本研究では PD 65mm を基準
としたが、これは男性の平均的な値であるた
め被験者の正確な PD による視差の変化に対
応して、測定距離や姿勢、場所などを厳密に
定めて測定すれば、より正確な検証が行える
と考えられる。
<参考文献>
1) 和 泉 行 男 、 風 見 俊 成 : 両 眼 視 機 能 の 検 査 。 早 稲 田
眼 鏡 専 門 学 校 。 1982.
2) 川 端 秀 仁:眼 鏡 光 学 Ⅰ 。早 稲 田 眼 鏡 専 門 学 校 。1989.
3) 機 械 シ ス テ ム 振 興 協 会 : 自 然 な 立 体 視 を 可 能 と す
る 空 間 像 の 形 成 に 関 す る 調 査 報 告 書 。 2008.
4) ス テ レ オ フ ォ ト メ ー カ ー の 使 い 方
http://stereo.jpn.org/spm/index.htm