-1- 直轄事業負担金の制度史と見直し論議の展開* ~公共事業を巡る政府間関係の一考察~ 三原岳** 目次 第1節 直轄事業負担金制度の概要と構造 ..................................................................- 2 - 第2節 直轄事業負担金制度の歴史 .............................................................................- 7 - 第3節 地方のスタンスと主張 ..................................................................................- 13 - 第4節 橋下氏の発言を契機とした見直し論議の進展 ..............................................- 22 - 第5節 全国知事会の圧力と衆院選マニフェストへの記載 .......................................- 26 - 第6節 政権交代の影響と議論の決着 .......................................................................- 30 - 第7節 財源論に傾いた地方の主張 ...........................................................................- 34 - 第8節 まとめに代わる政策提言~国・地方協議の充実を .......................................- 35 - はじめに 国の実施する直轄公共事業の費用の一定割合を地元自治体に支出させる「直轄事業負担 金制度」については、2009 年に大阪府の橋下徹知事(肩書は当時全て)ら地方側が見直し を強く求めたため、世間の注目を集めた。直轄事業負担金の制度改革は国と地方自治体の 間で対立の火種となり続けて来た経緯があり、公共事業を巡る政府間財政関係や地方分権 改革を考察する上で、制度の歴史や見直し論議の系譜を考察する意味合いは大きい。 しかし、維持管理費に関する負担金を原則廃止する法律の成立は新聞記事で小さく取り 扱われた1だけで、メディアの検証が十分に行われているとは言えない。また国の財政再建 や地方分権改革の観点から、国庫補助金や財源・権限移譲の問題を取り上げた研究は多い が、直轄事業負担金制度の構造や歴史、国・地方の論争の経緯が考察されているとは言い 難い。このため、本稿では直轄事業負担金制度の歴史や変遷、見直しが進まなかった背景 を検証するとともに、2009~2010 年の政策形成過程を詳述することを通じて、制度が僅か 1 年で一気に見直された理由として、橋下氏の発言や全国知事会の衆院選マニフェスト(政 権公約)採点、民主党への政権交代が与えた影響を考察する。中でも、政権交代という政 治変動の中で、どういった形で政策が形成されたのかを検証する意味合いは小さくない。 * 本稿の執筆に際しては、赤井伸郎大阪大学教授、中里透上智大学准教授から示唆を頂いた。 さらに、国・地方自治体の関係者、学識者から日々の交流や意見交換を通じて資料・情報 を提供して頂いた。ここに記して感謝の意を記したい。 ** 東京財団研究員兼政策プロデューサー。1995 年早大政経卒。時事通信に入り、経済部、 高知支局を経て、2002 年度から内政部記者として、財務省、国土交通省、全国知事会など を担当し、税財政や地方財政、公共事業改革の政策形成過程を取材。2011 年 4 月から現職。 メールアドレスは [email protected]。なお、今回の発表は個人の意見であり、財団を 代表したものではない。 1 例えば、 『日本経済新聞』2010 年 4 月 1 日。以下、全国紙の引用は都内最終版。特に但し 書きのない場合は朝刊。 -2- さらに、維持管理費負担金が廃止された意義も考察したい。直轄事業負担金制度を巡る 論点や見直し論議を振り返ると、当初は地方財政の負担軽減を求める意見が主流を占めて いたのに対し、1990 年代以降には地方分権改革が進む過程で「地方分権を阻害する制度」 との批判が高まった結果、分権的な観点での主張が加わり、制度の見直しを迫る地方の主 張に「地方分権の確立」 (分権論)、 「地方負担の軽減」(財源論)という 2 つの側面が今も 混在している。前者に力点を置くのであれば、直轄事業のスリム化など分権改革に繋げる 「一里塚」として、今回の制度改革を評価することができる。その半面、後者の側面に焦 点を当てると、補助率の上乗せや地方交付税措置などと同じ性格を持つのに過ぎなくなる。 しかし、制度改革を国に迫る地方の主張が「分権論」的なスタンスよりも、往々にして「財 源論」に立脚する傾向が見られた点を提起しつつ、現状で考えられる制度改正を提案する。 第1節 直轄事業負担金制度の概要と構造 1. 直轄事業負担金と財政制度との関係 まず、直轄事業負担金の仕組みから見る。道路、河川、港湾、砂防などの直轄事業で利 益を受ける都道府県、政令指定都市に対して義務付けられている負担金であり、国は建設 国債を財源とする一般財源に付け足す形で直轄公共事業を執行する。国土交通省(以下、 国交省)の社会資本整備事業特別会計2の構造は図 1 の通りである。また、公共事業を巡る 政府間関係は図 2 の通りになる。1 級河川に代表される通り、複数の都府県をまたぐ大規模 な河川改修や道路整備に関しては国が直轄事業を進め、その一定額を地元自治体から直轄 事業負担金を徴収している3。国が自治体に対し、直轄事業負担金を求める根拠については、 地方財政法に加え、道路法、河川法など個別法にも規定されており、地方の費用負担、俗 に言う「裏負担」の割合は事業の種類・性格によって差異がある4。図 3 に見る通り、建設 2 急傾斜地崩壊対策、海岸など特別会計を持たない事業の直轄事業負担金については、税外 収入として国の一般会計歳入に計上されている。通常国会に提出されている特別会計法改 正案では、2013 年度に社会資本整備事業特別会計を廃止するとしている。 3 一般市町村が直轄事業負担金を支出するケースが例外的に存在する。 国または都道府県が 受益者負担を求めるもので、 「市町村負担金」の範疇に含まれる。2010 年度決算では 22 都 道県 70 市町村が計 156 億円余を支出している。直轄事業負担金の改革を受けて、新潟、和 歌山、福岡の各県が市町村負担金を 2010 年度から原則全廃。北海道、石川、大阪、岡山、 長崎、熊本の 6 道県が維持管理費負担金の徴収を廃止し、都道府県の実施する公共事業の 事務費も 32 道府県が市町村からの負担金徴収を取り止めた。詳しくは時事通信『iJAMP 官庁速報』2010 年 4 月 8 日。 4 整備新幹線の建設費も公共事業費を含めた国の負担が 3 分の 2、 沿線道県が 3 分の 1 を負 担しており、直轄事業負担金制度と似た仕組みになっている。しかし、独立行政法人の鉄 道建設・運輸施設整備支援機構が工事を担当しており、直轄事業負担金に分類されない。 東京国際空港(羽田空港)再拡張事業は東京国際空港緊急整備事業円滑推進特別措置法に 基づき、東京、神奈川、横浜、川崎の 4 都県市が費用の一部を無利子貸付金で負担してい るが、直轄事業負担金と位置付けられていない。、関西国際空港、中部国際空港も地元自治 体が整備費の一部を負担しているが、整備主体が関空は特殊会社、中部は第三セクターで あり、直轄事業負担金とは考えられていない。 -3- 費では新直轄高速道路の整備が 4 分の 1 になっているのを除けば、ダムや堤防、国道、砂 防施設、海岸、都市公園、治山は 3 分の 1。一方、維持管理費負担金は 2009 年度まで新直 轄 4 分の 1、その他は 10 分の 4.5 となっていた5。 図 1 直轄事業負担金と公共事業予算の関係(2011 年度予算) (出所)財務省主計局編『特別会計のガイドブック 平成23年版』172ページから引用。 http://www.mof.go.jp/budget/topics/special_account/fy2011/index.htm 図 2 公共事業を巡る国と地方の財政関係 国(直轄事業を実施) = 国庫補助金 国庫補助金 直轄事業負担金 都道府県(国庫補助事業、単独事業を実施) 単独補助金 市町村負担金 市町村(国庫補助事業、単独事業を実施) (注)筆者作成。政令指定都市は直轄事業負担金のほか、市町村負担金も課されているが、 分かりやすく示すために省略した。 5 北海道、沖縄は開発の遅れた歴史的な経緯に配慮し、国庫負担率の上乗せ措置がある。そ れとは別に、財政力指数の弱い自治体に配慮するため、後進地域開発公共事業負担割合特 例法(後進地特例法)に基づく算定式によって国庫負担率を引き上げている。 -4- 図 3 直轄事業負担金の主な負担割合(2009 年度まで) (出所)全国知事会ホームページ 2010 年 4 月 18 日、直轄事業に関する意見交換会「国土 交通省提出資料 参考資料」から引用。 http://www.nga.gr.jp/news/3koltukousyou.pdf 2. 地方財政との関係 次に地方財政との関係である。直轄事業負担金の必要額は地方交付税でカバーされてお り、各団体に配分される普通交付税、所謂「ミクロベースの地方交付税」(以下、ミクロベ ースの地方交付税で統一)に含まれている。まず、各団体が直轄事業負担金を支払う際の 財源内訳は地方債が 7 割以上を占める一方、一般財源は 2 割前後にとどまる。このうち、 地方債充当分を見ると、地方債を充てられる比率(充当率)は事業によって異なるが、新 直轄高速道路を例に取ると地方負担の 9 割をカバーできるとともに、元利償還金の所要額 が「事業費補正」6の形で地方交付税の基準財政需要額に算定されており、新直轄高速道路 の場合は元利償還金の 50%を地方交付税で受け取ることができる7。一般財源充当分につい ても、「単位費用×測定単位×補正係数」の計算式で計算される基準財政需要額を算定する 際、「河川費」「道路橋りょう費」などに分類されて国庫補助事業、単独事業の所要額と一 緒に措置されている。例えば、2011 年度都道府県の道路橋りょう費8を見ると、道路延長 3100 万平方メートル、道路延長 3900 キロメートルを標準団体9の規模と位置付けた上で、 「道路面積」 「道路延長」を測定単位に設定しており、このうち道路延長に関しては 20 億 7500 万円を単位費用としている。これらの過程で直轄事業負担金も地方交付税の措置額に カウントされており、理屈上では留保財源分を除けば、自治体が受け取るミクロベースの 地方交付税に直轄事業負担金の所要額が確保されていることになる。 行政刷新会議による「事業仕分け」を経て 2010 年度予算から原則廃止となった。 地方債制度研究会編『平成 23 年度版事業別地方債実務ハンドブック』 (2011 年)17~20 ページ。 8 総務省編『平成 23 年度地方交付税制度解説(単位費用篇) 』(2011 年)31~33 ページ。 9 都道府県の人口規模は 170 万人で設定されている。 6 7 -5- 表 1 地方財政計画と直轄事業負担金 (出所)総務省編『地方財政白書 平成 24 年版』第 130 表「地方財政計画」から引用。 一方、表 1 の 2012 年度地方財政計画に見る通り、毎年度の地方交付税総額(以下、マク ロベースの地方交付税)を決定付ける地方財政計画のうち、「国直轄事業負担金」の項目が 歳出で計上されており、マクロベースの地方交付税でも所要額が担保されている。つまり、 義務的経費に近い性格を持つ直轄事業負担金はミクロ、マクロの両面で地方財政制度にビ ルトインされており、理屈上では所要額を担保10しているのである。 全国知事会は義務的経費に関する基準財政需要額と決算額の間で 3 兆円前後の乖離が存 在しており、直轄事業負担金に対する地方交付税措置額の割合を 2008 年度決算ベースで見 ると、国道維持管理で 68.9%、河川維持管理で 30.9%に止まると主張している。全国知 事会ホームページ 2010 年 7 月 2 日「第 21 回地方交付税問題小委員会 地方財政と地方交 付税の確立に関する提言(案)に係る図表」。 10 -6- 3. 制度の相違点 次に制度の詳細を見ると、事業の特性や歴史的な経緯によって違いを見て取れる。例え ば、維持管理費負担金の有無に着目すると、中央省庁再編前の旧建設省系事業である道路、 河川、砂防に関しては、建設費、維持管理費の両方で負担金を取っていたが、旧運輸省の 港湾、空港は維持管理費負担金を徴収していない。港湾事業は戦後の民主化改革によって 港湾の管理者が国から自治体に移管された結果、維持管理費の全額を自治体が負担してい るためである。国管理の空港についても、建設費負担金が 3 分の 1 であるのに対し、維持 管理費の負担金を徴収していなかった。表 2 の通り、自治体との協議手続きも異なる。河 川法、道路法は意見を聞くだけなのに対し、港湾法、空港法は協議を義務付けており、自 治体に配慮した規定となっている。 表 2、自治体協議手続きに関する個別法の規定 <道路法第 50 条 5> 国土交通大臣が著しく利益を受ける他の都道府県に国道の所在する都道府県の負担すべき負担 金の一部を分担させようとする場合においては、関係都道府県の意見を聞かなければならない。 <河川法第 63 条 2> 国土交通大臣は当該利益を受ける都府県に河川の管理に要する費用の一部を負担させようとす るときは、あらかじめ、当該都府県を統轄する都府県知事の意見をきかなければならない。 <港湾法第 52 条> 国際戦略港湾、国際拠点港湾又は重要港湾において一般交通の利便の増進、公害の発生の防止 又は環境の整備を図り、避難港において一般交通の利便の増進を図るため必要がある場合にお いて国と港湾管理者の協議が調つたときは、国土交通大臣は、予算の範囲内で港湾工事を自ら することができる。 <空港法第 6 条 3> 国土交通大臣は、工事を施行しようとするときは、あらかじめ費用を負担すべき都道府県と協 議しなければならない。 (出所)筆者作成。 では、事業ごとに制度の内容が異なるのは何故か。これは公共事業を所管する省庁が個 別に制度を創設した結果である。大蔵省(2001 年から財務省)の国会答弁11を見れば、制 度間の整合性が取れていないことは明らかだろう。 ▽ 公共事業の国と地方との負担率は、それぞれ相当長い歴史にわたるいきさつというもの がございます。この違い(筆者注:負担金の地方割合の相違。当時は砂防事業 3 分の 2、 11 第 34 回国会衆院会議録 1960 年 3 月 4 日衆院建設委員会。 -7- 国道 4 分の 3、海岸は 2 分の 1 となっていた)は何かということになりますと、これは なかなか簡単に割り切った説明というのはむずかしいと思います。 (中略)何分にも、そ れぞれ相当長い歴史を持っております負担率のことでございますので、これを調整する ということになりますと、これは大へんな準備を必要とするわけでございます。 第2節 直轄事業負担金制度の歴史 1.明治期に淵源 では、直轄事業負担金制度はどういう経緯をたどって発展したのか。表 3 に掲げた通り、 初めて具体的な形で明文化したのは明治初期の 1873 年 6 月に制定された「河港道路修築規 則」に遡ることができる12。 「澱(筆者注:淀)刀根(筆者注:利根)信濃川ノ如キ一河ニシテ其利害数県ニ関スル者ヲ一 等河トス。横浜神戸長崎新潟函館港ノ如キ全国ノ得失ニ係ル者ヲ一等港トス。東海中山陸羽ノ如 キ全国ノ大経脈ヲ通スル者ヲ一等道路トス。右工事ノ費用、従来官民混淆ノ分響ハ六分ハ官ニテ 出テ四分ハ地民ニ出シ者。其ノ四分ハ大蔵省ニ収メ其更正(河港ノ形態ヲ変更シ新タニ堤塘ヲ築 造シ屈曲セル路線ヲ直線ニシ新タニ路傍ニ溝渠ヲ設クル類ヲ云以下之ニ倣フ)、修繕(暴風霖雨 等ノ為崩潰セル河港道路ヲ修ムル等ヲ云以下之ニ倣フ)ノ工事ハ図面並目論帳添同省ヘ可伺出 事」 つまり、河港道路修築規則では複数の府県にまたがる河川を「1 等河川」、1 県のみに止 まる河川を「2 等河川」などと定めたほか、1 等河川は国が 10 分の 6 を、残りは国の総合 出先機関としての機能を持っていた府県が負担すると規定していた13。また港湾についても 同様に等級付けと修築主体が明確になった14。この時に直轄事業費の一部を地元府県が負担 する制度が初めて明文化されたのである。その後、間もなく河港道路修築規則は廃止され て体系的な法令の根拠規定は消滅したが、1873 年に発足した内務省(後の自治省、建設省。 現在の総務省、国交省など)の下で国直轄による公共事業が進められるようになり、1874 年から淀川、利根川、信濃川、木曽川、北上川などで国による改良工事が相次いで実施さ れた15。砂防工事も 1878 年に淀川上流で初めての直轄工事がスタートした16。計画的な治 水事業が進んだのは 1910 年頃からである。東日本に被害を与えた 1910 年の大水害を受け て、内務省の臨時治水調査会は 1911 年、 「河川改修計画ニ関スル件」 「砂防計画ニ関スル件」 を決議し、直轄管理河川を 65 河川に拡大するとともに、1928 年までに 20 河川を優先的に 12 自治省編『地方財政制度資料 第一巻』 (1965 年)25~27 ページ。句読点は筆者による 補足。 13 建設省五十年史編集委員会編『建設省五十年史(Ⅰ) 』(1998 年)881~882 ページ。 14 運輸省 50 年史編纂室編『運輸省五十年史』 (1999 年)23 ページ。 15 『建設省五十年史(Ⅰ) 』882 ページ。 16 『建設省五十年史(Ⅰ) 』883 ページ。 -8- 整備する方針を決めた17。これは計画的に全国の治水水準を向上させる先駆けである18とと もに、富士川や吉野川、鬼怒川、信濃川などで直轄砂防工事を展開する端緒にもなった19。 こうして見ると、戦前の政府が経済・生活基盤を安定化させる治山・治水対策を重視して おり、大規模河川の改修や砂防対策を優先的に進めたことが分かる。この結果、直轄事業 負担金制度も河川、砂防で制度化されており、自治体の負担規定を盛り込んだ河川法は 1896 年、砂防法は 1897 年に制定されている。さらに、自動車の普及を受けて 1919 年に道路法 が施行された。この法律では、国庫負担割合を直轄国道は 3 分の 2、その他の国道は 2 分の 1 と定めていた20。一方、港湾は戦前に法律が制定されなかったが、内務省に設置された港 湾調査会が 1907 年、「重要港湾ノ選定及ビ施設ノ方針」を決定し、横浜や神戸、関門、敦 賀の各港を「第 1 種重要港湾」に指定した上で国が建設・管理し、一部費用を自治体に負 担させた21。しかし、現代と比べると公共事業における国の役割は相対的に小さく、関東大 震災や太平洋戦争に伴う財政難などで国直轄によるインフラ建設も進んでおらず、現代と 比べると当時の事業個所の少なさや存在感の低さを指摘できる。 その後、1945 年 8 月の敗戦を受けて、制度の一部が修正された。戦前の府県は国の総合 出先機関の役目も持っており、内務省が官僚を知事として送り込んでいたが、地方自治法 の制定に伴い、官選知事制度が廃止されて民選知事に切り替わるなどの制度改正が実施さ れた。これを受けて、直轄事業負担金を地方に求める際の根拠規定が 1948 年制定の地方財 政法に加えられた。次に、1949 年の地方財政法改正では自治体の財政自主権に配慮し、着 手前の自治体に対する予定額の通知規定や負担金予定額に不服がある際の申し立て規定も 加わった。さらに、港湾に関する国・地方の役割分担が大幅に見直された。1950 年に制定 された港湾法はアメリカの強い意向を踏まえて、港湾管理に関する権限が国から自治体に 移譲されたが、建設費に関する直轄事業負担金は継続された。また 1952 年の改正道路法で は「国の機関」の資格で道路を管理していた都道府県や市町村の性格が変更された22ほか、 主要国道を「1 級国道」 、都道府県所在市などを接続する「2 級国道」に区分けした上で、 都道府県が国からの機関委任事務として 1 級国道と 2 級国道の管理に当たる制度が採られ た。その後、1958 年の道路法改正に際して、1 級国道の維持管理権限が国に移管された23ほ か、1964 年の道路法改正では 1 級国道と 2 級国道の区分を廃止して「一般国道」に統一さ れ、国道の管理に関する国の責任が強化されたのである24。 『建設省五十年史(Ⅰ)』886 ページ。なお、この時の計画は第 2 次世界大戦の混乱も重 なり、実行されていない。 18 虫明巧臣「治水・水資源開発施設の整備から流域水循環の健全化へ」 『社会資本の未来』 (1999 年)54 ページ。 19 『建設省五十年史(Ⅰ) 』887 ページ。 20 『建設省五十年史(Ⅰ) 』691~692 ページ。 21 『運輸省五十年史』23~24 ページ。 22 『建設省五十年史(Ⅰ) 』697~698 ページ。 23 『建設省五十年史(Ⅰ) 』725 ページ。 24 『建設省五十年史(Ⅰ) 』725 ページ。 17 -9- 河川分野でも 1964 年に抜本改正が実施された。それまでは戦前に制定された河川法に基 づき、原則として区間ごとに各都道府県が管理していたため、上下流を通じて水系を一貫 して管理する考え方を取っていなかった25。そこで、河野一郎建設相が 1962 年 9 月、河川 法の抜本改正を表明し、1963 年 2 月に示された建設省の案では河川を水系ごとに国管理の 「1 級河川」、知事管理の「2 級河川」に区分した上で、1 級河川の工事・維持管理に関する 費用は原則として国が全額を負担し、都道府県の収入である「流水占用料」26を国に帰属さ せるよう提案した27。しかし、河川の管理権限や流水占用料の収入を失うことに自治省や全 国知事会が反発。一方、大蔵省も「河川流域の住民は利益を受けるのだから、工事・維持 管理費の一部は地元負担すべきだ」として全額国庫負担案に反対した28。通商産業省(現経 済産業省)、厚生省(現厚生労働省)、農林省(現農林水産省)などの利水関係省も建設省 への権限集中を恐れて、各省の事前協議または第 3 者的機関を作るよう要請する29など、利 害調整は難航を極めた30。最終的に池田勇人首相が 1963 年 4 月に裁定し、1級河川の管理 費用は原則として国庫負担としたものの、建設省の全額国庫負担案は見送られ、直轄事業 負担金制度を維持することになった。その一方、流水占用料は都道府県の帰属を維持する ことで決着31し、これらの内容を盛り込んだ河川法が 1964 年 6 月に成立した。このほか、 1956 年制定の海岸法によって直轄工事の根拠規定が整備され、建設省は 1960 年度から有 明海岸(佐賀県)などで直轄公共事業を実施した32。 表 3 直轄事業負担金を巡る歴史 年月 1873 年 「河港道路修築規則」の制定 1896 年 河川法制定 1897 年 砂防法制定 1907 年 重要港湾ノ選定及ビ施設ノ方針 1911 年 河川改修計画ニ関スル件、砂防計画ニ関スル件 1919 年 道路法制定 1945 年 25 出来事 出来事の意義 直轄事業負担金 の制度化が進展 終戦、地方自治制度の民主化 『建設省五十年史(Ⅰ) 』931~932 ページ。 国が管理している1級河川であっても、都道府県は発電や工業用水などを利用する事業 者から使用料として流水占用料を徴収しており、2010 年度決算では「発電水利使用料」と して 324 億円が都道府県の収入となっている。 27 『日本経済新聞』1963 年 2 月 27 日。 28 『全国知事会続十年史』32~33 ページ。 29 『全国知事会続十年史』33 ページ。 30 『日本経済新聞』1963 年 3 月 1 日、3 月 17 日夕刊、3 月 19 日夕刊、4 月 9 日、4 月 11 日、4 月 19 日。 31 『日本経済新聞』1963 年 4 月 23 日夕刊。 32 『建設省五十年史(Ⅰ) 』922 ページ。 26 - 10 - 1948 年 地方財政法制定。地方自治制度の民主化 1949 年 地方財政法改正。不服申し立て規定を追加 1949 年 土地改良法制定 1950 年 港湾法制定 1952 年 道路法改正。1 級道路などの区分制定 1953~1961 年度 地方財政の困窮を受けて「交付公債」で予算確保 1956 年 海岸法、空港整備法制定 1959 年 全国知事会が制度廃止を初めて提言 1962 年 全国知事会が維持管理費負担金の廃止を提言 1963~1964 年 河川法の抜本改正。1 級河川は原則国が管理 1965 年 財政難で負担金を払えない自治体が続出 1985~1992 年 国の財政再建で国庫負担率を暫定引き下げ 地方分権推進委員会が直轄事業の縮小を提言 1998 年 地方分権推進委員会が維持管理費負担金の縮減提言 2003 年 骨太方針に維持管理費負担金の縮減を規定 2004 年 全国知事会が維持管理費負担金の廃止を国に提言 2008 年末~ 2009 年 3 月 2009 年 4 月 2009 年 5 月 2009 年 6 月 し要請 地方分権の観点 から見直しを促 す動きが加速 全国知事会が政府への意見具申権を使い、維持管理 費負担金の廃止を要請 大阪府の橋下徹知事が制度見直しを要求。世論の関 心が高まる 全国知事会がプロジェクトチームを設置 国と全国知事会の意見交換会。知事会が内訳明細の 公表を要請 国交省が負担金の内訳明細を公表 全国知事会が支払い基準を策定。国が支出範囲を見 直さない場合は「不払い」を宣言 2009 年 8 月 全国知事会が衆院選マニフェスト採点を公表 2009 年 8 月 国交省が 2009 年度分の負担金請求見送り 2009 年 9 月 的なスタンスで見直 現在の負担率がほぼ確定 1997 年 2006 年 ※地方は「財源論」 道路法改正。1 級道路の区分を廃止 1975~1976 年 1993 年度~ 地方自治制度が 民主化されたが、 制度は維持 負担金の見直し に向けて地方の 行動が活発化 ※総選挙・政権交代を 見据えて政党にプレ ッシャー 自民、公明の連立政権から民主党主導の政権に交代 2009 年 11 月 政権交代後初の国と全国知事会の意見交換会 2009 年 12 月 関係省が維持管理費負担金の原則廃止を合意 2010 年 1 月 関係省が制度改革の工程表を決定 2010 年 3 月 維持管理費負担金を廃止する法律が成立 制度見直しに向 けた政府の検討 が進展 - 11 - (注)国交省、全国知事会ホームページ、『建設省五十年史(Ⅰ)』、『運輸省五十年史』、 『全国知事会 続十年史資料編』、新聞記事などを基に筆者作成 空港については、航空需要の高まりを受けて、運輸省が 1956 年に空港整備法33を施行し、 第 1 種空港と第 2 種空港は国、第 3 種空港は地方自治体という役割分担を明確にした34。同 時に、空港整備法では国の費用負担割合も明記し、「国際航空路線に必要な飛行場」と定義 された第 1 種空港は国費 100%、「主要な国内航空路線に必要な飛行場」と定義された第 2 種空港は建設費負担金を徴収する仕組みが採られた。農業分野の直轄事業は河川、港湾、 道路よりも少し遅れて 1929 年から始まる。農業分野では 1927 年に策定した食糧増産に向 けた開墾計画で、500 町歩以上の大規模な集団開墾事業のうち、主要水路や用排水設備など の建設工事を国営で実施する方針を決定し、三本木原(青森県)や矢吹原(福島県)、巨椋 池(京都府)、川南原(宮崎県)などで国営の土地改良事業を進めた35。これが国営土地改 良事業の嚆矢であり、1949 年制定の土地改良法で国営事業の法的根拠が明確になったほか、 受益者負担のルールが制度化された36。農林省による直轄砂防事業も 1932 年から開始した37。 2. 直轄事業負担金の規模の変遷 では、直轄事業負担金の規模はどう変わったのだろうか。本稿は 1960 年度以降の変遷を 見る。後に触れる通り、直轄事業負担金の支払い方法が 1960~1961 年度に大きく変更され ており、その前後で金額が大きく変わるためである。その結果が図 4 であり、2000 年代前 半まで殆ど一本調子で増えている点を確認できる。これはインフラ整備を優先した歴代自 民党政権のスタンスが反映した結果と言える。第 1 の増加期は高度成長期に当たる 1960~ 1970 年代である。直轄事業負担金は約 6 倍に増えており、経済成長のボトルネックとされ ていた社会資本整備の遅れを解消するための動きである。次に、1970 年代も直轄事業負担 金が 3.6 倍に増えている。これは田中角栄内閣による「日本列島改造論」の影響に加え、 海外から内需拡大を求められた福田赳夫内閣の積極財政による影響が想定される。その後、 第二次臨時行政調査会(第二臨調)の財政再建路線で歳出が抑制されたが、1980 年代中盤 以降に伸びが再び顕著になる。この時期は日本の経常黒字拡大を背景に、アメリカから内 需拡大が指摘された時期と重なる。さらに、上下を繰り返しながら増加する 1990 年代中盤 は景気対策の影響と見られる。中でも、直轄事業負担金がピークを迎えた 1998 年度につい ては、当時の橋本龍太郎、小渕恵三両政権が景気対策を相次いで実施した時期である。し 2008 年 6 月の改正で「空港法」と改称し、第 1 種、第 2 種の区分が廃止された。 『運輸省五十年史』217~218 ページ。 35 農林水産省百年史編纂委員会編『農林水産省百年史(中)大正・昭和戦前編』 (1980 年) 269~279 ページ。 36 農林水産省百年史編纂委員会編『農林水産省百年史(下)昭和戦後編』 (1981 年)164 ~165 ページ。 37 『農林水産省百年史(中)大正・昭和戦前編』389~392 ページ。 33 34 - 12 - かし、2001 年 4 月に発足した小泉純一郎政権が公共事業費を厳しく抑制し、右肩上がりの 傾向に変化が見られる。4 年ぶりの増加を記録した 2009 年度は前年秋の「リーマン・ショ ック」による需要減に対応するため、麻生太郎内閣が史上最大の景気対策を打ったことが 影響しており、2010 年度の大幅減は後述する通り、維持管理費負担金の廃止と政権交代に 伴う公共事業費の大幅減が原因である。 図 4 直轄事業負担金の推移 (注)『地方財政の状況』 、『地方財政白書』を基に筆者作成。縦軸は兆円。 3. 国費負担割合削減問題 直轄事業負担金が現在の姿として概ね確定するのは 1993 年度のことである。第二臨調の 提言を受けた国の財政再建の一環として、政府は国庫負担率の高い事務事業の国庫負担割 合を引き下げることを決めて、道路整備は 1985 年度限りの暫定措置として 4 分の 3 から 3 分の 2、河川整備は 3 分の 2 から 10 分の 6 に引き下げられた。しかし、負担増となった全 国知事会を含めた地方六団体は猛反発し、1984 年 10 月に「一律カットは国の責任を放棄 した地方への負担転嫁である」とする決議を採択した38ほか、自治省も同様の趣旨で批判し た39。しかし、国の厳しい財政事情を受けて、政府は負担率の引き下げ措置を 1986 年度も 継続した上、1987 年度からは道路整備の国庫負担率を 10 分の 6、河川整備を 10 分の 5.5 に引き下げた40。これに対し、地方六団体は 1988 年 12 月に「国庫補助負担率復元総決起 大会」を開催して 1984 年度の水準に戻すよう求めた41が、1989 年 1 月の関係閣僚折衝で は国庫負担率を抑制する暫定措置を 1989~1990 年度まで 2 年間継続するとともに、1991 年度から国費負担率を 1986 年度の水準に戻すことも決まった。しかし、引き下げ措置が導 38 全国知事会編『全国知事会四十年史』(1987 年)104~106 ページ。 財務省財務総合政策研究所財政史室編『昭和財政史―昭和 49~63 年度 第 2 巻 予算』 (2004 年)525~526 ページ。 40 地方の負担増を穴埋めするため、臨時特例債の発行や元利償還費の地方交付税措置など の地方財政対策が実施された。例えば、初年度の 1985 年度は将来の元利償還を地方交付税 で措置する「臨時特例債」で 2000 億円、建設地方債で 1200 億円を対応している。 『全国知 事会四十年史』104~119 ページ、『全国知事会五十年史』(1997 年)181~198 ページ。 41 『全国知事会五十年史』187 ページ。 39 - 13 - 入される以前の 1984 年度と比べると、地方の負担割合が高止まりしているため、地方六団 体は 1990 年 12 月、国費負担率を 1984 年度以前の水準への復元を求める決議を採択した42。 その後、1990 年 12 月の閣僚折衝の結果、1991 年度予算では 1986 年度の水準まで復元す ることになり、最終的に 1993 年度から直轄事業の国費負担率を概ね 3 分の 2、地方負担率 を 3 分の 1 で恒久化する方針を決定し、現在まで継続されている。 第3節 地方のスタンスと主張 1. 地方側の主な主張 次に、直轄事業負担金制度に対する自治体の対応を見る。全国知事会は 1959 年 9 月、初 めて制度廃止を国に求めている。当時は 1955 年度で都道府県の約 4 分の 3 が赤字に転落す る43など地方財政は深刻な危機に陥っており、全国知事会が 1953 年 6 月に提出した要望書 では、財源不足を理由に直轄事業負担金の未払いが 116 億円、工事の繰り延べによる支払 いの延期が約 320 億円に上ると指摘している44。このため、1953 年度から交付公債によっ て、年利 6.5%、額面 3 年据置、以後 10 年間均等で分割払いする方法が暫定的に採られ た45。しかし、発行額は高水準46となり、残高も 1957 年度末現在で 491 億 4900 万円、1958 年度末現在で 595 億 7800 万円に達した47。さらに、直轄事業負担金の支出拡大が予想され る中では償還額の累増が地方財政を圧迫する可能性があったため、全国知事会は交付公債 制度だけでなく、直轄事業負担金制度の廃止を国に要請し、交付公債制度は 1961 年度まで に全廃された48。なお、国家公務員人件費の転嫁廃止を求める要望49は 1958 年 1 月、維持 管理費負担金の廃止を求める要望50は 1962 年 8 月から確認できる。これらの主張は一貫し ており、1972 年 4 月には長野県の西沢権一郎知事が以下のように述べている51。 ○ 西沢権一郎長野県知事 直轄事業の負担金(中略)はどうもわかったような、どうもなかなか納得がいかないという制 度でありまして、少なくも国の事業というのは全国的な見地に立って、(中略)大きな仕事をや 42 『全国知事会五十年史』192 ぺージ。 全国知事会編『全国知事会十年史』 (1957 年)76 ページ。 44 全国知事会編『全国知事会十年史 資料編』 (1957 年)235~236 ページ。 45 全国知事会編『全国知事会続十年史 資料編』 (1967 年)151 ページ。 46 各年度の発行額は 1953 年度 84 億 5500 万円、1954 年度 91 億 2500 万円、1955 年度 92 億 6900 万円、1956 年度 70 億 8500 万円、1957 年度 88 億 9500 万円、1958 年度 117 億 8000 万円。『全国知事会続十年史 資料編』154~156 ページ。 47 自治庁編『地方財政の状況』 (1960 年)84~85 ページの第 33 表。 48 この問題では地方制度調査会(首相の諮問機関)も 1958 年 11 月、岸信介首相に提出し た「地方税財政に関する当面の措置についての答申」で、交付公債制度の廃止や利子免除 を提言した。 49 『全国知事会続十年史 資料編』133~134 ページ。 50 『全国知事会続十年史 資料編』64~68 ページ。 51 第 68 回国会参院会議録 1972 年 4 月 25 日参院地方行政委員会。 43 - 14 - るのでありますから、たまたまそこの県に行って行なわれるからそこの県で負担せよというよう なことは、これはいまの時代にちょっとそぐわないのではないかと思う。(中略)特に直轄の負 担金のうちで、維持管理費というものを出しているのですね。だから国道なら国道の道路を維持 するために、あるいは修繕するために費用がかかったから、さあ地方自治体、これを出せという 割り当てがくるのですね。これはどうも納得ができませんね。少なくとも維持管理費くらいは国 が全部出してもらうということでなくては、とても自治体は納得がいかない。 また岡山県の長野士郎知事も 1977 年 4 月に以下のように述べている52。 ○ 長野士郎岡山県知事 私ども直轄事業負担金制度については、その廃止を強く要望してまいっておるところでござい ますが、いまだにその実現を見ていないのはまことに遺憾でございます。(中略)制度の運用面 におきましても、事業の計画とか実施変更に当たりまして、地方公共団体との間に十分な事前協 議が行われないなどいろいろ問題があるわけでございます。したがいまして、国と地方の責任分 担と財政秩序を確立する見地からも、直轄事業負担金制度はぜひ廃止することにしていただきた い。特に維持管理費につきましては管理主体が負担すべきものでありまして、早急に廃止をして いただかなければならないというふうに思っておるのでございます。(中略)たとえば直轄事業 の維持管理費だけは地方が負担するということは、いまの補助制度から、それでは府県道や市町 村道の維持管理費の一部を国が持つか、持ちやしないですから、これは一方通行なんですね。 (中 略)われわれの負担金で建設省の出張所の職員の月給を養っておるわけです。ここまではちょっ とひどいではないかということは言えるのじゃないか。 2. 地方財政の自由度を奪う直轄事業負担金 直轄事業負担金が地方財政の自由度を狭めていることに対し、自治体の不満が強まった こともあった。第 1 次石油危機を受けた不況で地方税収が大幅に減ったため、1975 年度の 負担金支出を渋る自治体が増えたのである53。1975 年 11 月の衆院建設委員会では以下のや り取りが交わされている54。 ○ 北側義一衆議員 地方自治体のいわゆる知事会あたりでは、この直轄事業に対する負担金制度、この問題につい て、廃止してもらいたいとか、また繰り延べをしてもらいたいとか、こういう要望が非常に強い わけです。 (中略)9 月 10 日納期分のものにつきましては 44.2%のいわゆる納入状況、こうい う状況です。いまいただきました資料によりますと、 (中略)それでも 73%、こうなっておるわ 52 53 54 第 80 回国会衆院会議録 1977 年 4 月 13 日衆院地方行政委員会。 『日本経済新聞』1975 年 10 月 12 日。 第 76 回国会衆院会議録 1975 年 11 月 19 日衆院建設委員会。 - 15 - けですね。これはやはり地方財政の逼迫した状況が明らかに出てきておるのじゃないか。 ○ 仮谷忠男建設相 (中略)知事会からも要請があっておりまして、あるいは分納、延納といったようなことも言 ってきております。どうしてもできない場合に、年度内であるいはやりくりするといったことは 最悪の場合にはやむを得ないこともあるかと思うのですけれども、 (中略)大変まじめに、とに かく納めるべきものは納めるということでやっておる県が大部分でありまして、 (中略)そうい う意味ではぜひひとつ御協力を願いたいと思っております。 自治体の裁量でコントロールしにくい直轄事業負担金の存在が地方財政の自由度を奪っ た結果、不満を募らせた自治体が軽減を要求した構図が窺える。同様の構図として、2009 年度に見直し論議が盛り上がった背景として、負担金の存在が地方財政の重荷となってい た点は見逃せない。図 5、図 6 を見ると、ここ数年は特に直轄事業負担金が公共事業に関す る地方財政の自由度を奪い、財政構造を硬直化させていたかが良く分かる。 図 5 自治体の普通建設事業費と単独事業費の推移 (注)縦軸の単位は兆円。『地方財政の状況』 『地方財政白書』を基に筆者作成。 図 6 普通建設事業費に占める直轄事業負担金の比率 (注)縦軸の単位はパーセント。『地方財政の状況』『地方財政白書』を基に筆者作成。 自治体の単独事業はバブル期の 1989 年度に初めて 10 兆円を突破した後、1990 年代前半 - 16 - の景気対策で急増したが、自治体の財政難を反映して 1990 年代中盤から減少に転じている。 一方、直轄事業負担金と補助事業、単独事業を合算した地方全体の普通建設事業費を見る と、2002 年度まで 20 兆円台をキープするなど、単独事業に比べてピークが遅れて到来し ている。つまり、財政難を受けて地方が 1990 年代中盤から単独事業を削減し始めたにもか かわらず、国は 1990 年代後半以降の景気対策で公共事業を増大させたため、直轄事業負担 金が減少しなかったことが分かる。この点は図 6 からも立証される。地方の普通建設事業 費に占める直轄事業負担金の割合は 1980 年代後半の一時期を除けば比率は概ね 3~5%台 で推移しているが、直轄事業負担金がピークを迎えた 1998 年度以降、その比率は上昇の一 途を辿っており、法律で支出が義務付けられている直轄事業負担金の存在が地方財政の自 由度を奪っていたことが良く分かる55。つまり、地方財政が苦境に追い込まれると、各自治 体は直轄事業負担金を「地方財政の重荷」と見なして不満を高める傾向が見て取れる。 3. 分権改革の焦点として浮上 1990 年代以降は地方分権を阻害する制度として、直轄事業負担金の見直しが検討課題に 浮上し始める。例えば、橋本内閣の設置した「行政改革会議」は 1997 年 12 月の最終報告 で、公共事業に関する国の役割を全国的な政策・計画の企画・立案、全国的見地から必要 とされる事業に厳しく限定する方針を規定し、直轄事業の縮減を求めた56。地方分権推進委 員会でも直轄事業負担金の存在は焦点として浮上した。全国知事会は 1996 年 7 月の地方分 権推進委員会に対する意見表明で、2 兆円程度の補助金を一般財源化するよう求めるととも に、直轄事業負担金の廃止を訴えた57。これを受け、地方分権推進委員会は 1997 年 9 月の 第 2 次勧告で維持管理費負担金の段階的な縮減を、1998 年 12 月の第 5 次勧告では直轄事 この点は全国知事会の調査を見ても明らかである。1998~2007 年度の都道府県の普通建 設事業決算額を見ると、減少率は直轄事業負担金 32.4%に対し、単独事業は 51.7%、補 助事業は 56.3%となっている。全国知事会ホームページ 2009 年 4 月 8 日、直轄事業に関 する意見交換会 全国知事会提出資料「普通建設事業費の推移(土木費)」より引用。 55 56 この規定は中央省庁等改革基本法に受け継がれた。 『全国知事会五十年史』169~170 ページ。全国知事会編『全国知事会六十年史』 (2007 年)405 ページ。 57 - 17 - 業の範囲を線引きする基準の明確化や維持管理費負担金の段階的縮減を訴えた58。地方分権 改革推進会議も 2002 年 10 月、公共事業の進め方などに関して国・地方が事前協議する仕 組みを要請59し、2003 年 6 月に閣議決定された「骨太方針 2003」は維持管理費負担金につ いて、「引き続き段階的縮減を含め、見直しを行う」と定めたほか、「直轄事業負担金に係 る事務費については、(中略)引き続き、国直轄事業と国庫補助事業の事業執行の在り方等 も踏まえつつ、対象となる経費の内訳や範囲等について均衡のとれたものとなるよう、更 に見直しを行う」との考えを盛り込んだ。さらに、小泉内閣が三位一体改革の議論をスタ ートさせると、全国知事会は 2004 年 8 月、総額 3 兆 2000 億円に及ぶ補助金の廃止・税源 移譲を国に求めた要望書で、「国家的政策として実施されながら、個別に財政負担を課す直 轄事業負担金は極めて不合理」「本来、管理主体が負担すべき維持管理費について、直轄事 業負担金として地方公共団体に財政負担させることは極めて不合理であり、早急にこれを 廃止すべきである。」と指摘した。さらに、2005 年 7 月に示した国庫補助負担金改革案で も直轄事業負担金の廃止を掲げた60。ポスト三位一体改革を睨んで全国知事会など地方六団 体が創設した「新地方分権構想検討委員会」でも直轄事業負担金の廃止が取り沙汰され、 2006 年 5 月の中間報告では維持管理費負担金の早急な廃止を訴えた。さらに、地方自治法 に定められた意見提出権に基づき、地方六団体が 2006 年 6 月、政府に提出した意見書でも 「国直轄事業負担金については、自治体に対して個別に財政負担を課する極めて不合理な ものであることから、これを廃止する。特に、維持管理費に係る国直轄事業負担金は、本 来、管理主体が負担すべきことから、早急にこれを廃止する」と求めた61。2007 年 7 月の 全国知事会議では山田啓二京都府知事の提案が示されて分権改革の方向性を巡って議論し たが、この時の提言でも「直轄事業負担金については、事業主体が負担すべきであり、責 任の明確化のためにも廃止すべきである」との考えが盛り込まれた62。同様の文言は近年の 各種要望書に継続して盛り込まれており、地方分権改革を阻害する制度として批判の的に なったのである。 さらに、負担金の内訳明細に関する情報開示や国・自治体の意思疎通が不十分だった点 も自治体の不満を招いた。地方分権が進んだ結果、自治体が住民・議会に対するアカウン タビリティ(説明責任)を重んじるようになったことが大きいと言える。こうした意識に ついては、地方分権推進委員会も 1997 年 9 月の勧告で、情報開示を要請したことからも窺 える。実際、国から自治体に示される資料には事業の詳細や費用の内訳が記されていない ため、自治体は不満を持っていた。その一端については、北海道知事から転出した横路孝 これらの考え方は 1998 年 5 月閣議決定の「地方分権推進計画」、1999 年 3 月閣議決定 の「第 2 次地方分権推進計画」に反映されている。 59 同様の内容は 2004 年 5 月の意見書にも盛り込まれた。 60 全国知事会『全国知事会六十年史』510~514 ページ。 61 全国知事会ホームページ 2006 年 6 月 7 日「地方分権の推進に関する意見書」 。 http://www.nga.gr.jp/news/20060607_01.pdf 62 『全国知事会六十年史』595~599 ページ。 58 - 18 - 弘衆議院議員の発言から覗える63。 ○ 横路孝弘衆議員 例えば北海道ですと 5000 億ぐらいが直轄事業ですが、大体 3 割ぐらい、1500 億円ぐらい。 (中 略)これはもう明細書なしの請求書ですよ。どういうふうに使ったか関係なしにポンと請求書が 来て払わぬといけないというお金。直轄事業に地方はほとんど発言ができません。国がみんな全 部内容を決めてしまって、そのかわり、後始末ですね。例えばダムをつくったときにいろいろ出 てくる地域住民対策みたいなものは地方がやる、大体こんな仕組みになっています。 図 7 直轄事業負担金に関する手続きの流れ (出所)全国知事会ホームページ 2009 年 3 月 16 日、第 1 回直轄事業負担金問題プロジェ クトチーム会議「直轄事業制度に関する都道府県調査」 http://www.nga.gr.jp/news/shiryou3090316.pdf では、実際に現場レベルでの運用はどうだったのだろうか。事務手続きの流れを図 7 に 挙げた。毎年 8 月に締め切られる国の来年度予算概算要求を踏まえて、国は毎年 10~11 月 頃、出先機関(国交省の場合は地方整備局長)と自治体の部長クラスの「調整会議」を開 催し、国が来年度の事業計画や直轄事業負担金の予定額などを協議していたほか、必要に 応じて知事と出先機関のトップが毎年 6 月頃に意見交換する場も開催された64。しかし、事 業の概要や直轄事業負担金の内訳明細、人件費や庁舎建設費の詳細などを示しておらず、 口頭によって事業の詳細や負担金の内訳などを説明している点を強調する国交省の主張65 63 64 65 第 159 回国会衆院会議録 2004 年 4 月 21 日衆院内閣委員会。 これらの仕組みは地方分権改革推進会議の提言を受けて 2003 年から始まった。 第 80 回地方分権改革推進委員会議事録 2009 年 4 月 2 日。同委の議事録は内閣府ホーム - 19 - は説得力を持っていなかった。むしろ、自治体が不満を持つのは当然であり、こうした対 応が橋下氏から「ぼったくりバー」と激しく批判される原因となったのである。 4. 「分権論」と「財源論」の相克 こうした歴史を見ると、直轄事業負担金の論議は公共事業予算・制度を巡る長年の課題 だったことが分かる。同時に、これまでに取り上げた地方の主張や争点を挙げると以下の 通りになるだろう66。 ▽ 国は複数の都府県をまたがる広域的な事業や国家プロジェクトに専念するべきであ り、国が全額負担するのが基本。建設費を地方が負担するのはおかしい。 ▽ 維持管理費の負担金については、その水準に地方は内容に関与できない上、国庫補 助金には国が維持管理費を財政支援する仕組みがないので、責任明確化の上から問 題がある。 ▽ 退職手当など国家公務員の人件費を負担すべきではない。 ▽ 直轄事業負担金の内訳明細が不透明。 ▽ 直轄事業負担金の存在が地方の財政自由度を奪っている。 直轄事業負担金制度の見直しを求める地方の主張を整理すると、以下のように大別する ことができるだろう。 (1) 地方財政の重荷となる負担金の見直し。 (2) 地方財政の自由度を奪う負担金の見直し。 (3) 地方分権を阻害しかねない直轄事業の縮減と負担金の見直し。 (4) 住民・議会への説明責任を果たせない負担金の見直し。 このうち、 (1)(2)は地方負担の軽減に主眼を置いた「財源論」、 (3)(4)は地方分 権や自治権の確立を目的とした「分権論」と整理することが可能であり、中里(2009)が 指摘する67通り、負担金の見直しには 2 つの側面があることが分かる。これに対し、負担金 の必要性を唱える国のスタンスは一貫していた。受益者負担を当然視するとともに、地方 の負担金を廃止すれば事業費ベースの公共事業費が減るため、制度の抜本改正には消極的 ページで公開されている。 直轄事業の高コスト体質を指摘する声も出た。東京都の猪瀬直樹副知事は 2009 年 4 月 15 日、第 81 回地方分権改革推進委員会の席上、管路延長当たりの道路清掃費(2007 年度 事業費ベース)を国道と都道で比較した場合、国道は 400 万円、都道は 308 万円だったと 批判した。 67 中里透「地方分権推進につなげよ」 『日本経済新聞』2009 年 6 月 12 日「経済教室」参照。 66 - 20 - だったのである。そうした判断は以下の発言から覗える68。 ○ 田中角栄蔵相(池田勇人内閣) 受益のあるところに負担が生ずる、これはもう近代法律の当然な基本でございます。それから、 地方の裏負担の問題でありますが、これは地方財政計画の上で十分な配意をいたしておりまして、 地方交付税、地方起債等によって、十分の財政的な確保がはかられておるわけであります69。 ○ 仮谷忠男建設相(三木武夫内閣) 負担金はもう廃止してはどうかという御意見もいろいろあることも承知をいたしております。 ただ、じゃ直轄事業とは一体どういうものかという問題。なるほど国家的な見地から国がやると いうことで、そういうたてまえは持っておりますけれども、これは地元にも非常に受益がある。 逆に言えば、地元の方からできる限り直轄にしてくださいという陳情が非常に多いわけでありま す。それは直轄にすることによって負担金も少なく済むわけでありますから、そういう面から考 えますと、全国の各県を見ますと、直轄の多い県、少ない県といったような面もあるわけであり まして、そういう意味から、一律にじゃ直轄負担を廃止するということになりますと、これまた 行政上非常に不公平が出てくるわけであります。 (中略)あるいは直轄事業負担金をどうするか、 補助率をどうするかという問題は、これは再検討しなきゃいかぬ時期は必ず来ると思うんであり ますが、いまのところやはり公平の原則から考えてみましても、直ちに負担金を廃止するという ところまでなかなか踏み切れる段階ではないという実態でありますことを御理解いただきたい と思います70。 ○ 竹下登蔵相(中曽根康弘内閣) 社会資本の整備に要します費用を国が負担するほかに地方公共団体が負担するという問題は、 国の財政、地方財政のあり方と、それから地元の受益の程度等諸般の情勢を考慮して合理的に決 定さるべきものでございます。(中略)廃止するという考え方には私は同意することはできませ ん。直轄事業に係ります地方分担金等につきましては、地方財政計画上一応措置が講じてあるわ けでございますから、やはりこれはこの制度の方がベターじゃないかなというふうに理解してお ります71。 68 この間の国による制度見直しとしては、1993 年度から赴任旅費と賠償償還金、1999 年 度に休職者給与、2001 年度に恩給負担金などを負担金の対象から除外したほか、負担金の 内訳として 2004 年度から事務費、2005 年度から人件費の金額を公表するようになった。 地方分権改革推進会議の意見書を受けて、国交省の地方整備局長と各知事が直轄事業の進 め方などを話し合うための場も 2003 年から開かれている。 69 第 43 回国会参院会議録 1963 年 6 月 7 日参院本会議。 70 第 76 回国会参院会議録 1975 年 12 月 11 日参院建設委員会。 71 第 101 回国会衆院会議録 1984 年 3 月 5 日衆院予算委員会 - 21 - 負担金見直し論議が取り沙汰され始めた 2009 年 4 月の段階でも、金子一義国交相は「直 轄事業の実施に要する経費については、事業によって直接的な利益を受ける地元公共団体 が一部を負担するのが合理的」と説明した72ほか、自民党内でも公然と批判が出ていた73。 一方、直轄事業負担金制度に対する自治体サイドの不満が必ずしも直接行動として現れな かった点も指摘できる。この背景としては、予算編成や直轄事業の採択、補助金交付とい った権限を握る中央省庁に対し、自治体が気兼ねしたことが考えられる。さらに、整備の 遅れた団体にとっては事業費減少の可能性があるため、制度見直しに賛同しにくい。これ らの事情から自治体同士の足並みが一致しないため、国に強く主張できなかった側面も指 摘できる。直轄事業に採択されると、国庫補助を受けるよりも安上がりに済むため、地方 側が直轄事業化を積極的に要望して来た経緯もある。村井仁長野県知事が 2009 年 4 月に以 下のように述べている74。 ○ 村井仁長野県知事 補助事業でやれば 2 分の 1 負担をしなければならないのが、直轄事業でやってもらえれば 3 分の 1 で済むから、これは得ではないか。ぜひやってもらおうではないかという精神がなかっ たと言えば、嘘になります。そういうことで、私どもは、それを大変便利に使ってきたというこ とは言えるでしょう。 実際、こうした判断は各自治体に共通しており、高度成長期に地方道を国道に昇格させ る「国道昇格運動」が広がった経緯がある。全国知事会も 1959 年 8 月の要請文で、「地方 的幹線道路網を構築する 2 級国道は、1 級国道と同様にその整備の必要を痛感しているので あるが、(中略)現在のように補助工事として県が実施したのでは、その整備は遅々として 進まず、産業経済の発展に多大の支障をきたしている。 (中略)政府は 2 級国道を 1 級国道 と同様に国の直轄として施工されたい」と要請している75。この事情は西尾(1997、1999) の指摘からも説明できるだろう。 ▽ 国道の中で 40 号線ぐらいまでが幹線道路としてふさわしく、40 号線以下は国道でなくても よい、という人もいる。仮に 40 号線以下を都道府県道にすると、仕事がどっと都道府県に 下り、建設省地方建設局の仕事がどーんと減る。河川も(中略)1 級河川の中には 1 つの都 道府県内で水源から河口まで水系が完結しているものが結構ある。これを 2 級河川に格下げ し、都道府県が責任を負う河川にしてもよいのではないか、という考え方がある。(中略) ところが、そうした要望は地方公共団体から出なかった。道路、河川で言えば、実際に起き 第 171 回国会参院会議録 2009 年 4 月 8 日参院本会議。 『産経新聞』2009 年 4 月 22 日によると、自民党では「かなりの部分が地元で『直轄で』 と言っている。大阪の直轄事業をなくせばいいのでは」との批判が出たという。 74 第 80 回地方分権改革推進委員会議事録 2009 年 4 月 2 日。 75 『全国知事会続十年史 資料編』544 ページ。 72 73 - 22 - たことはまったく逆だった。戦後の長い間、国道への格上げ運動が全国各地で行われ、格上 げが決まると祝賀パーティーが開かれ、知事がテープを切って祝った。(中略)知事会も、 国道、河川を格下げてしてくれなんていえない。それが今までの実態なのだ76。 ▽ なぜそういう要望(筆者注:道路・河川管理権限の地方移譲)が地方六団体から出てこなか ったのだろうか。(中略)地方道であったものを国道に格上げしてくださいという陳情を全 国各地でやってきた。2 級河川も 1 級河川にしてくださいというお願いをしてきた。 (中略) それをいまさら知事会が、今度は道路を見直して(筆者注:権限を)下ろしましょう、河川 を見直して下ろしましょう、と言ったならば、各個別の県は賛成しない。むしろ、国道とし てやってもらった方がいいのだと言ってやってきたのですから、なぜそんなものを下ろさな ければならないのかという話になるでしょう。それ以上に建設省から歯牙にもかけられない でしょう。「あなたたちが引き取れ引き取れと言うからこんなに増えてきてしまったので、 われわれももう 1 級河川を増やすつもりなどないのですよ。それなのにまだ 1 級河川にして 下さいと運動しているところがあるではないですか。それを下ろせとは何を寝ぼけたことを 言っているのだ」と言われてしまう77。 こうした経緯があったからこそ、表立って直轄事業負担金の廃止・縮減を主張しにくか ったのである。道路・河川の整備を促進するため、地方負担の少ない直轄事業を国に陳情 した以上、地方負担を当然視する見方があり、制度は抜本的に見直されないまま、半世紀 以上も残されていたことになる。 第4節 橋下氏の発言を契機とした見直し論議の進展 1. 世論を動かした過激な発言 しかし、半世紀以上に渡って膠着状態の続いていた直轄事業負担金制度の見直し論議は 橋下氏の発言で大きく進む。過激な言動と派手なパフォーマンスでメディアの露出機会が 多い橋下氏は 2008 年末ごろから、淀川水系大戸川ダム(滋賀県大津市)の建設事業や関空 の連絡橋買い取り予算78などについて、「国と地方では優先順位が異なる」として負担金の 支払い拒否を示唆しつつ、地方分権の観点から負担金制度の不合理性を批判するようにな る79。橋下氏が初めて直轄事業負担金を批判したのは 2008 年 7 月 3 日の府議会で、「一方 的に負担を求められたら、支払い拒否も辞さない」と述べた時である80。その直前の 2008 年 6 月 27 日、国交省の近畿地方整備局長と会談し、淀川河川整備計画に関する説明を受け 76 自治・分権ジャーナリストの会編『分権社会のデザイン』 (1997 年)60~61 ページ。 西尾勝『未完の分権改革』(1999 年)142~143 ページ。 78 経営難の関空を支援するため、関空会社の所有していた連絡橋を国、大阪府、阪神高速 道路会社が費用を出し合って購入した。 79 読売新聞大阪本社社会部編著『徹底検証 橋下主義』 (2009 年)304~305 ページ。 80 産経新聞大阪社会部編著『橋下徹研究』 (2009 年)231 ページ。 77 - 23 - た後、「国と地方の優先順位が違う時、どうすり合わせをしたらいいのだろうか。国と地方 の関係において矛盾が生じている」と話している81ため、この頃から直轄事業負担金に不満 を持ち始めたと見られる。その後、橋下氏は 2008 年 11 月 28 日に開かれた府内市長との懇 談会で、「国は暴力団以上の組織。負担金を上納させられるので、やろうと思っていること ができない」と過激な発言で批判82し、批判のトーンを強めて行くとともに、2009 年度予 算でも建設費負担金を 20%、維持管理費負担金を 10%それぞれカットした83。主な発言は 以下の通りである。 ▽ 府職員の人件費をカットしながら道路だけピカピカなのはおかしい。今後払う必要のないも のは支払わない(2008 年 12 月 3 日、府の部長会議での発言)84。 ▽ 国の仕組みが全く機能していない典型例としまして、この国直轄負担金の問題があります。 大阪府は行政サービスを削り、職員の人件費も削り、(中略)赤字脱却、借金の返済にも取 り組んでいく。国は何もそういう取り組みもやらず、天下りの給料はぼんぼん上げて、自分 たちの給料は下げずに、借金はどんどん増やして、将来世代にどんどんツケを残していくと。 そんなことをやっている国の事業をやることに大阪府が無計画につき合うなんていうこと は、これは絶対に府民は許しません。ですから、今回、大阪府がいわゆる都市整備事業にお いて、建設費等 2 割カットをやっていますので、やっぱり、それに合わせてもらわなきゃ困 ると。(中略)議会のコントロールもない、住民からのコントロールもない、国の出先機関 が勝手に住民の生活を考えず、ばんばかばんばか好き勝手に事業をやっていくと。この府民 の声を反映している僕の意見に基づいて、国直轄負担金というものは大阪府の方針に従って 削減をしてもらわなきゃ困るということで、今回、建設費は原則 20%のカットをしており ます85。 ▽ 国と地方の関係は奴隷制度ですよ。地方は奴隷で、催眠術に掛けられて奴隷になっているこ とすら分からない。政権与党の自民、公明に奴隷解放してもらわないと(2009 年 2 月 20 日、金子国交相との面談で)86。 ▽ 国交省は詐欺集団。江戸時代じゃない。ええ加減にしろという感じだ。請求書だけで内訳を 81 『橋下徹研究』227 ページ。 『橋下徹研究』76 ページ、280 ページ、 83 その後、大阪府は 2009 年 5 月補正予算で、当初予算時点で盛り込まなかった直轄事業 負担金として、27 億 97400 万円を追加計上した。 84 『橋下徹研究』284 ページ。 85 大阪府ホームぺージ「2009 年 2 月 17 日知事記者会見内容」 http://www.pref.osaka.jp/koho/kaiken/20090217.html 86 『徹底検証 橋下主義』306 ページ。 82 - 24 - 書かないなんて詐欺集団。言語道断。霞が関が自滅してくれた。(筆者注:学力テストの公 開問題で以前に「バカ」と批判していた)文部科学省以上にバカで助かった(2009 年 3 月 18 日、香川県に請求された負担金に河川国道事務所の庁舎建設費や職員の退職手当が含ま れていたことに関する感想で)87。 ▽ ここに請求書があるのですが、(中略)大阪の「新地」の請求書でもこんなひどいものはな いです。こんな「ぼったくりバー」みたいな請求書で、普通だったら店は廃業になる。(中 略)これほどひどい行政慣行なのに、誰もこれに対して文句を言わないできた。それは地方 側も悪いと思うのです。地方の職員も完全に催眠術にかけられているのです。(中略)飲み に行ったときにこんな請求書がきたらみんな大騒ぎするはずなのに、これが当たり前となっ ている。そこのところを職員にもっと気付け、こんなのはおかしいから、払えるのかと言っ ているのです(2009 年 3 月 26 日、地方分権改革推進委員会で)88。 ▽ 言われたままの請求書を何のチェックもせずに払っていた。(中略)あんな請求書で何百億 というお金を払うなんということは信じられない。(中略)国の直轄事業負担金という形で 取られる内訳の中には国家公務員の職員の退職金が入っていたり、逆に地方が国からもらう 補助金の中には地方公務員の退職金は当然含まれておりません。また、地方が国からもらう 補助金には、事務経費についてはいろいろパーセンテージで上限の設定があるにもかかわら ず、国が地方から取っていくお金には事務経費の上限設定が全くなかったり、庁舎について も、地方が国からもらう補助金については現場の土木事務所等についての分しかもらえない にもかかわらず、国が地方からお金を取っていく場合には、ありとあらゆる、土木事務所に 限らず、総合事務所についてもお金を取っていく。やはりこれは地方と今の国の関係という ものが端的にあらわれている事例なのかなというように思っております。 (2009 年 4 月 21 日、衆院総務委員会で)89 ▽ 行政経験が長い知事ほど国から求められた請求書は「支払って当然」と考えていたのではな いでしょうか。初めて行政に携わった時、「中身の分からないものに金は払うな」と言いま した。当然のつもりで言ったのですが、「法律違反になる」など各方面から非難や反対を受 けました。それぐらい皆、中央の催眠術にかかっていた(雑誌の対談で)90。 地方側の主張の系譜を考えると、発言自体に目新しさはない。しかし、「奴隷制度」「ぼ ったくりバー」「詐欺集団」といった言葉遣いは多くのメディアに取り上げられ、世間の関 『朝日新聞』2009 年 3 月 19 日。 第 79 回地方分権改革推進委員会議事録 2009 年 3 月 26 日。 89 第 171 国会衆院会議録 2009 年 4 月 21 日衆院総務委員会。 90 江口克彦、橋下徹「霞が関の通達 開封は不要」 『VOICE 2009 年 6 月号』154~157 ページ 87 88 - 25 - 心を集めた。橋下氏の手法については賛否両論あるが、直轄事業負担金の見直し論議が 1 年余で急速に進展した背景には、橋下氏の積極的な行動があったことは間違いない。 2. 全国知事会は PT を設置 負担金問題に世論の注目が集まるのを受けて、全国知事会は 2009 年 3 月に「直轄事業負 担金問題プロジェクトチーム(PT)」(座長・二井関成山口県知事)を設置し、維持管理費 負担金の即時廃止、直轄事業の縮減や権限・税源移譲を講じた上での制度全体の将来的な 廃止を求める提言をまとめた。その後、2009 年 5 月の全国知事会議で採択された「地方分 権改革の実現を求める緊急アピール91」では「国からの十分な説明がなければ、自治体が住 民への説明責任を果たせず、直近の負担金の支払いができない重大な事態を迎えている」 として、直轄事業負担金の内訳明細を公表するよう求めるとともに、維持管理費負担金の 廃止を強いトーンで国に迫り、2009 年 5 月の関係閣僚と地方六団体代表の定期意見交換会 でも全国知事会の麻生渡会長(福岡県知事)が同様の趣旨を求めた92。政府の地方分権改革 推進委員会も 2009 年 4 月、▽経費内訳と積算根拠に関する情報開示▽事業の実施・変更に 際しての事前協議▽維持管理費負担金の即時廃止▽直轄事業の縮減―などを要請した93。 特に批判が集中したのが維持管理費負担金の在り方だった。第 1 の理由としては、国が 管理水準・内容を決める直轄事業は水準や費用に地方が意見を差し挟めないにもかかわら ず、地方が負担金を払わなければなかったためである。第 2 に、地方が主体となる国庫補 助事業には維持管理を支援する制度が整備されておらず、国庫補助事業に比べても直轄事 業の制度が不均衡となっているという点。第 3 に、建設費の負担割合が 3 分の1であるの に対し、維持管理費負担金の地方負担率が 10 分の 4.5 と高かったことも指摘できる。さ らに、国の情報開示が不十分なことも地方の不満を増幅させた94。国庫補助事業では規格や 設計を国から細かくチェックされるのに対し、直轄事業の内訳明細が自治体に示されない まま、出先機関の職員人件費や退職金、庁舎建設費などが負担金に含まれている点に対し て不満が広がった。中でも国交省が 2009 年 3 月、2008 年度に建て替えなどを行った 44 の 事務所で自治体に説明していなかったことを公表すると、各自治体から批判を招くことと なった。不満が広がった背景には、義務的経費の存在として自治体財政を圧迫していた直 轄事業負担金に対する潜在的な不満、不透明な内訳明細で支出を義務付けられる不合理さ 全国知事会ホームページ 2009 年 5 月 18 日「全国知事会議 地方分権改革の実現を求め る緊急アピール(確定版)」 http://www.nga.gr.jp/news/kyougi13.pdf 92 第 5 回国と地方の定期意見交換会 2009 年 5 月 27 日議事概要。なお、定期意見交換会は 三位一体改革を契機に 2007 年 11 月から開催され、現在は法律に基づく協議の場に改組さ れている。 93 内閣府ホームページ 2009 年 4 月 24 日「地方分権改革推進委員会、国直轄事業負担金に 関する意見」 。 http://www.cao.go.jp/bunken-kaikaku/iinkai/torimatome/090424torimatome1.pdf 94 『朝日新聞』2009 年 6 月 6 日。 91 - 26 - に対する不満などが挙げられる。さらに、厳しい財政事情が続く中、 「住民や議会に対する 説明責任を果たせない」との判断も背景にあった。 こうした地方の攻勢と批判を受け、麻生政権は 2009 年 4 月、全国知事会の麻生会長の要 請を受け入れる形で、総務、国交、農林水産(以下、農水省)各相と 12 道府県知事による 会議を開いた。会議では、金子国交相が橋下氏に対し、「『ぼったくり』と言うのも無理は ない」と理解を示した95ほか、負担金の内訳詳細を 5 月中に開示する方針を表明するなど低 姿勢に終始した96。さらに、金子国交相は 2009 年 6 月、出先機関職員の退職手当や国家公 務員共済組合負担金(年金)について、2010 年度の負担金請求から除外する方針を表明し た97。一方、鳩山邦夫総務相も維持管理費負担金を 2010 年度に廃止する方向で調整する考 えを示した98ほか、2009 年 6 月の地方分権改革推進本部で麻生首相も直轄事業負担金の見 直し問題を念頭に、「政治的リーダーシップを発揮してほしい」と全閣僚に指示した99。こ れらの背景には解散総選挙で少しでも有利に戦いたいとの思惑があったと見られる100。 ただ、それでも制度の抜本的な見直しにまで至らなかった。当時の政府・与党には負担 金廃止による公共事業費の減少を恐れる声が強かったためである。例えば、2009 年 6 月に 閣議決定された「骨太方針 2009」では「直轄事業について検討を行い、情報開示の充実等 必要な措置を講じる」との文言にとどまったほか、2009 年 7 月に閣議了解された 2010 年 度当初予算の概算要求基準(シーリング)も「国と地方の役割分担の明確化等の観点から、 引き続き直轄事業及び補助事業の見直しを行う」と記したに過ぎなかった。政権交代直前 の 2009 年 8 月末に提出された国交省の 2010 年度予算概算要求も「事業費要求額は現時点 の地方負担制度を前提とした計数である」と注記した上で、維持管理費負担金を含めて公 共事業費をカウントしていた。 第5節 全国知事会の圧力と衆院選マニフェストへの記載 1. 内訳明細に相次いだ不満の声 それでも地方側の要請を受けて、直轄事業負担金の情報開示は一定程度進められた。国 95 『徹底検証 橋下主義』309 ページ。 『毎日新聞』2009 年 4 月 9 日。 97 『東京新聞』2009 年 6 月 2 日夕刊。 98 『東京新聞』2009 年 4 月 25 日。 99 『日本経済新聞』2009 年 6 月 12 日夕刊。 100 2009 年度第 1 次補正予算に 1 兆 3790 億円を計上した「地域活性化・公共投資臨時交付 金も地方の不満をかわす一環として見逃せない。リーマン・ショックを契機とした景気低 迷を公共事業で浮揚させようと、麻生政権は東京外郭環状道路の建設費などを 2009 年度第 1 次補正予算に計上した。しかし、財政難に陥っている自治体が直轄事業負担金を支払えな いことが予想されたため、直轄・補助事業に関する地方負担を実質的に 1 割に抑える交付 金が創設されたのである。交付金を充てられる直接の対象は地方単独事業や予算補助事業 に限定されたが、これらの事業に交付金を充当することで地方負担が浮くため、その分だ け玉突きで自治体は同額を直轄事業負担金の支出に充てるようにした。しかし、民主党政 権による補正予算の見直しを通じて、900 億円の執行が凍結された。 96 - 27 - 交、農水両省は 2009 年 5 月、直轄事業負担金の 2008 年度分精算額を公表し、内訳明細を 初めて公表した。工事費や業務取扱費(人件費や旅費、事務費などを含んだ会計区分)、人 件費の内訳、50 万円以上の備品取得実績、庁舎建設費の詳細といった直轄事業負担金の内 訳明細に加え、事業計画の詳細や出先機関の職員構成・内訳などを公表しており、情報開 示を求めた全国知事会による要請は一定程度実現したと言える。しかし、内訳明細の結果 に対し、各自治体から不満の声が上がった。例えば、「(詳細に使途をチェックされる)国 庫補助事業と同じぐらいの情報開示が実現していない」(岩手県)、「府事業とコストを比較 できる詳細の開示が不十分」(大阪府)、「新規事業ではないのに測量・試験費が計上されて いる例があり、内容が不明確」(佐賀県)といった不満や疑問の声が次々と挙がったのであ る101。特に不満が集中したのは、国の出先機関職員の退職手当や共済組合負担金(年金) に関する地方負担だった。国交、農水両省が公表した資料によると、事業実施との因果関 係が薄いにもかかわらず、地方は 39 億円(国交省分 32 億円、農水省分 7 億円)を支出を 求められていた。同時に、開示資料を基に以下の点に対しても、疑問の声や見直しを求め る意見が相次いだ。 (1) 業務取扱費が国庫補助事業に比べて高い。 (2) 出先機関の事務所について、工事の指揮を司る現場事務所だけでなく、事業実施に 無関係な恒久的な庁舎の建設費にも直轄事業負担金を求めていた。 (3) 複数の自治体をまたがる広域的な事業に関する直轄事業負担金を関連自治体に案分 する考え方が不明確である。 (4) 茨城県つくば市と神奈川県横須賀市に拠点を置く「国土技術政策総合研究所」の経 費に関して、研究所と無関係な地域に負担を求めていた。 こうした意向を踏まえ、全国知事会の直轄事業負担金問題 PT は 2009 年 6 月、図 8 で掲 げた通り、負担金を支払うべき範囲を限定する基準を取りまとめた。ポイントは公共事業 の実施に直接関係のない分野については、直轄事業負担金を支払わないとしたことである。 具体的には、出先機関職員の退職手当や年金を直轄事業負担金の対象から除外するよう求 めた。また庁舎建設費に関しても、現場の工事指揮や職員の宿舎に使う庁舎に対象を限定 し、恒久的に使用する庁舎の建設費を負担金の対象から除外する考えを示した。業務取扱 費についても、国庫補助事業と同程度しか支払わない方針を強調した。その上で、こうし た見直しがなされない場合、2009 年度の負担金を支払わないと宣言した。同時に、維持管 理費負担金を 2010 年度からの廃止を求める方針も改めて確認され、これらの基準と方針は 2009 年 7 月の全国知事会議で了承された。全国知事会が「不払い」という強硬姿勢に出た のは、住民・議会に対する説明責任を果たす目的に加え、目前に迫っていた総選挙や民主 党への政権交代を意識し、国に圧力を掛けることで直轄事業負担金制度の見直しを迫る狙 101 地方の意見は原則として全て時事通信『iJAMP 官庁速報』2009 年 6 月 12 日。 - 28 - いがあった。実際、全国知事会の思惑は奏功し、国交省は 2009 年 8 月、2009 年度分の負 担金請求を見送った102。国は例年ならば 8 月までに当該年度の直轄事業負担金を請求する のだが、2009 年 8 月 30 日の総選挙で民主党への政権交代が確定的となり、請求の是非を 次期政権の判断に委ねたのである。 図 8 全国知事会のまとめた負担金支払い基準 (出所)全国知事会ホームページ 2009 年 7 月 15 日全国知事会議「直轄事業負担金の支払 い基準及び今後の廃止方針について(確定版) 」 http://www.nga.gr.jp/news/shiryou1saido.pdf 2. 知事会による衆院選マニフェスト採点 全国知事会が地方分権改革に限って、当時の政権与党である自民、公明両党と、最大野 党だった民主党の 2009 年衆院選マニフェストを採点したことも直轄事業負担金制度の見直 しを国に迫る手段となった。元々、世論やメディアの関心を集める橋下氏に対しては、各 党幹部が競うように面会するなど、主要政党が「人気者」を奪い合う様相を呈していた103。 こうした状況の下、橋下氏が「分権改革を政治的に認めさせるため、地方がどう政治パワ ーを持つかを考える必要がある」と促した104。これを受けて、全国知事会は 2009 年 7 月、 地方分権改革に限って 2009 年衆院選マニフェストを評価することを決定し、表 4 の 100 点満点の採点基準では直轄事業負担金の改革に 10 点を配分した。これに対し、自民、民主、 公明の各党は総選挙での地方票獲得を狙って、全国知事会の採点基準に沿って、直轄事業 負担金の改革などを衆院選マニフェストに盛り込んだ。例えば、民主党は直轄事業負担金 の廃止を明記したほか、自民党も従来の消極的な姿勢を改めて、衆院選マニフェストに当 たる「政策 BANK」では「直轄事業の維持管理費負担金を 2010 年度から廃止するととも 102 103 104 『毎日新聞』2009 年 8 月 14 日夕刊。 『毎日新聞』『産経新聞』2009 年 7 月 9 日。『日本経済新聞』2009 年 7 月 20 日。 『読売新聞』2009 年 7 月 16 日。 - 29 - に、直轄事業を基礎的・広域的な事業に限定し、制度を抜本的に見直す」と規定した。公 明党も当面の維持管理費負担金廃止と将来的な制度廃止を盛り込んだ。結局、全国知事会 によるマニフェスト採点105のうち、直轄事業負担金制度に関しては、制度廃止の時期を明 記した民主党と公明党が 10 点のうち 8.7、8.0 と高得点をマークした一方、全廃時期を 掲げなかった自民党は 6.9 にとどまった。この結果、主要政党は負担金の見直しで足並み を揃え、どんな政党が多数を占めた場合でも、負担金の見直しは規定路線となったと言え る106。さらに、全国知事会は 2009 年 8 月、各党の衆院選マニフェストが出揃った段階で、 自民、公明、民主各党の政策責任者を招いて公開討論会も開き、麻生会長や橋下氏らと論 戦を交わした。ここでも、会議終了後に橋下氏が「もし公約が実現しなければ、うそつき 政党を呼び続ける」と述べている107。以上の経過を見ると、橋下氏や全国知事会が「分権 論」を掲げて政党にプレッシャーを掛けた効果は大きかった。 表 4 全国知事会の衆院選マニフェスト採点基準 (出所)全国知事会ホームページ 2009 年 7 月 15 日全国知事会議「追加配付資料 政権公 約評価基準(確定版)」 http://www.nga.gr.jp/news/shiryou1saido.pdf 最終的に 29 人の知事が採点作業に参加を希望し、その採点結果を単純平均した結果、 公明党 66.2、自民党 60.6、民主 58.3 となった。民主党が掲げていた揮発油税(ガソ リン税)などの暫定税率を廃止した場合の代替財源について、民主党マニフェストの言及 が不十分だったとして減点対象となった。 106 選挙後に連立政権に加わった社会民主党は採点対象から外れたものの、マニフェストに 制度廃止を盛り込んだ。 107 『東京新聞』2009 年 8 月 8 日。 105 - 30 - 第6節 政権交代の影響と議論の決着 1. 修繕費問題が急浮上 2009 年 8 月の総選挙で民主党が大勝を収め、同年 9 月に鳩山由紀夫政権が発足すると、 直轄事業負担金制度の見直しに向けた動きが加速した。まず、概算要求を 2009 年 10 月 15 日までに出し直すことを決定し、この過程で前原誠司国交相が 2009 年 10 月、 「維持管理費 の負担金廃止を前提とした概算要求を出す」と表明した108。実際、再提出された国交省の 2010 年度予算概算要求では「仮置き」としつつも、維持管理費負担金を計上しなかった。 その後、全国知事会の要請に応じる形で、2009 年 11 月に開かれた関係閣僚との意見交換 会を開催し、原口一博総務相は負担金制度の改革に向けた工程表を年内に作成する考えを 示した109。さらに、維持管理費負担金の廃止に向けて協議するため、2009 年 11 月に総務、 財務、農水、国交各省の政務官で構成するワーキングチーム(WT)も設置された。しかし、 WT での調整は難航する110。国交省が「修繕費は起債対象とされており、性格が建設費に 分類される改築に近い。修繕費を維持管理費から切り離して考えるべきだ」として、維持 管理費負担金のうち、修繕部分(約 750 億円)の負担金を建設費負担金として残すよう主 張した。維持管理費負担金を全廃した場合、公共事業費が急激に減ることを恐れたためと 見られる。これに対し、原口総務相は「どうして修繕費だけ残すことになるのか」と不快 感を表明した111。全国知事会も国交省のスタンスに反論した。これまで修繕費は維持管理 費負担金に含まれていたため、地方は維持管理費負担金として公共事業費の 10 分の 4.5 を負担していたが、修繕費に関する負担金を「建設費に近い性格」という理由で存続させ る場合、修繕費は建設費の範疇に含まれることとなり、地方の負担は建設費負担金の割合 (3 分の 1)で済んでいた計算になるため、 「過去に過払いが起きていたことなる」として、 修繕費を維持管理費から切り離すことに反対したのである112。地方分権改革推進委員会も 2009 年 12 月、国交省の案を「改革から遠ざかる制度変更だ」と批判する委員長名の緊急 声明を発表した113。 2. 地方側の「完勝」 国交省ホームページ 2009 年 10 月 9 日の大臣記者会見。 http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin091009.html 109 『朝日新聞』2009 年 11 月 3 日。 110 修繕費の問題に加えて、流水占用料の問題も浮上した。前原国交相が「維持管理費負担 金を廃止するのならば、維持管理費に回す財源である流水占用料を国に移管すべきだ」と 主張したが、全国知事会は「流水占用料は一般財源であり、負担金の見直し問題とは切り 離して議論すべきだ」と反論した。 111 総務省ホームページ 2009 年 12 月 8 日の大臣記者会見。 http://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/22384.html 112 全国知事会ホームページ 2009 年 12 月 4 日「直轄事業負担金制度改革について」 。 http://www.nga.gr.jp/news/chokatu.PDF 113 内閣府ホームページ 2009 年 12 月 11 日 「地方分権改革推進委員会委員長の緊急声明」。 http://www.cao.go.jp/bunken-kaikaku/iinkai/torimatome/091211torimatome01.pdf 108 - 31 - 膠着した議論は予算編成の大詰めで一気に決着した。決め手となったのは、民主党の小 沢一郎幹事長が 2009 年 12 月、政府に提出した 2010 年度予算編成に関する要望書114だっ た。ここでは、「国直轄事業が担うべき範囲の抜本的見直しに応じて、同事業に対する地方 負担金を廃止する。その第一歩として、維持管理負担金の廃止を決定すべきである」との 考えが示されていた。当時の民主党は年末の予算編成や税制改正を控え、業界や自治体の 要望窓口を幹事長室で一元化していたため、自治体や業界の要望窓口となっていた小沢幹 事長が予算編成・税制改正の要望書を政府に提出したのである。この行動については様々 な批判が出た115が、2010 年度予算編成の論議は大きく進展した116。政権運営に乏しい民主 党政権にとって、要望書は「渡りに船」となったのである。結局、総務、財務、農水、国 交の関係各省が 2010 年度当初予算案の閣議決定寸前に合意を見た117。具体的には、2010 年度予算については、トンネルや橋の補修など安全確保のため、緊急性の高い事業に関す る維持管理費負担金 579 億円を維持したものの、維持管理費負担金を残す事業は「特定事 業」という経過措置として関連法で明記することになった。言い換えれば、どの事業を対 象に維持管理費負担金を暫定的に残すのかが法律上で示され、2010 年度での維持管理負担 金を原則廃止し、2011 年度に全廃する方針が明確となったのである。その後、この内容を 反映させた 2010 年度当初予算が 2010 年 3 月 24 日に成立したほか、図 9 に見る通り、維 持管理費負担金を原則廃止する法律も 2010 年 3 月 31 日に改革クラブを除く全会派の賛成 多数で成立した118。これにより、地方財政計画ベースで 2010 年度の直轄事業負担金は前年 度比 31.5%の大幅減となった。さらに、国交省の一般公共事業予算も国費ベースが 15.4% 減だったのに対し、直轄事業負担金を加味した事業費ベースでは 17.6%減と大幅減となっ た。さらに、2011 年度予算では法律に沿って維持管理費負担金が全廃され、直轄事業負担 金の見直し論議は一応の決着を見た。こうした見直し論議が短期間で一気に進んだ背景と しては、民主党への政権交代が大きいだろう。 「コンクリートから人へ」を掲げた民主党へ の政権交代がなければ、これだけの事業費減を伴う制度改革は有り得なかったかもしれな い。さらに、伝統的に制度見直しに慎重だった自民党も含めて、主要各党が 2009 年の衆院 選マニフェストの時点で、「維持管理費負担金の廃止」の方針で足並みを揃えていたことも 民主党ホームページ 2009 年 12 月 16 日「平成 22 年度予算重要要点」。 http://www.dpj.or.jp/news/files/20091216.pdf 115 民主党は 2009 年衆院選マニフェストで、 「政府と与党を使い分ける二元体制から内閣の 下の政策決定に一元化へ」を掲げ、政権獲得後も党の政策調査会を一時的に廃止するなど、 党が内閣の政策にタッチしない方針を掲げていた。このため、小沢氏の行動は「内閣一元 化方針に反する」などの批判が出た。 116 民主党の要望書を受けて、民主、国民新、社民の連立 3 党の幹事長は重要要点とほぼ同 じ内容を盛り込んだ「国家予算与党三党重点要望」を政府に提出した。民主党ホームペー ジ 2009 年 12 月 17 日「平成 22 年度国家予算与党三党重点要望」。 http://www.dpj.or.jp/news/files/yobo.pdf 117 『朝日新聞』2009 年 12 月 24 日。 118 なお、衆院は 2010 年 3 月 25 日に全会一致で可決された。 114 - 32 - 見逃せない。全国知事会の衆院選マニフェスト採点を通じて、直轄事業負担金制度につい ては主要政党間での意見対立が消滅し、採決では殆ど全ての議員が賛成に回ったのである。 図 9 通常国会で成立した維持管理費負担金廃止のための法律 (出所) 「国の直轄事業に係る都道府県等の維持管理負担金の廃止等のための関係法律の整 備に関する法律案」国交省ホームページ http://www.mlit.go.jp/common/000057599.pdf さらに、2009 年度分の負担金については、全国知事会の主張に沿って国が出先機関に関 する職員の退職手当や庁舎建設費を除外して請求することで決着し、これを評価した全国 知事会は 2010 年 1 月の知事会議で、直轄事業負担金の不払い宣言を解除することを決定し た119。直轄事業負担金に含まれていた事務費についても、国が 2010 年度から業務取扱費の 請求を取り止めた120。これらの結果を見ると、全国知事会の主張は全て実現したと言って 119 120 『東京新聞』2010 年 1 月 22 日。 国から地方に支出する国庫補助事業に関しても、事務費を補助金の対象から除外するこ - 33 - も良い121。世論を動かした橋下氏の過激な発言、総選挙を意識した全国知事会の衆院選マ ニフェスト採点が奏功した結果と言える。最終的に、これらの考え方は図 10 に掲げた通り、 2010 年 1 月の WT で「工程表」として明記された。では、こうした制度改革は自治体の予 算編成にどういった影響を与えたのだろうか。2010 年度は「特定事業」が残存している経 過措置期間に当たるが、地方の支払った直轄事業負担金は前年度比 33.7%減の 8499 億円 となり、普通建設事業に占める割合も 6.4%に低下した。政権交代に伴う公共事業費の大 幅カットに加えて、維持管理費負担金の廃止が影響しているのは言うまでもない。 図 10 関係 4 省による負担金制度改革に関する工程表 (出所)国交省ホームページ 2010 年 1 月 15 日直轄事業負担金制度等に関する WT「直轄 事業負担金制度の廃止に向けた工程表」 http://www.mlit.go.jp/common/000056487.pdf とになった。補助金の事務費については、物品を架空発注して業者に代金を保管させる「預 け」などの不正経理が続いていたため、会計検査院が改善を勧告したが、その後も 14 県市 で不正経理が続けられるなど全都道府県、政令市で不適切な経理が見付かり、不正経理の 温床となっていた。『朝日新聞』2010 年 6 月 12 日、『毎日新聞』2010 年 10 月 3 日。 121 流水占用料の収入も引き続き都道府県の帰属とされた。 - 34 - 第7節 財源論に傾いた地方の主張 ここでは、見直しを迫った地方の主張を再考したい。地方側の主張を子細に見ると、「地 方分権の確立」(分権論)だけでなく、事業費の減少や地方交付税の削減につながることを 恐れる「地方負担の軽減」(財源論)に傾いた側面は否めない。まず、維持管理費分の負担 金を廃止すると、その分だけ国の公共事業予算が維持管理費に割かれ、事業費ベースの公 共事業費が減少する可能性があった。しかも、2011 年度までの財政再建目標を掲げる「骨 太方針 2006」に基づいて公共事業費は 3%減が続いており、総額を抑制される中で新規事 業に回せる予算が減る可能性が極めて高かった。このため、島根県の溝口善兵衛知事が「整 備がおくれているわけですから、今の段階で直轄事業を減らしたり、負担金を減らしたり すると、事業費が全体縮小することになりはしないか」と述べる122など、インフラ整備の 遅れた地域からは維持管理費負担金の廃止が公共事業費に与える影響を恐れる声が公然と 出ていた。次に、地方交付税への影響である。各団体に配分される地方交付税の算定に当 たって基準財政需要額をカウントする際、直轄事業負担金の支出額を考慮しているため、 維持管理費の負担金を廃止すれば各団体に配分されるミクロベースの地方交付税が計算上 では減る可能性があった。勿論、ミクロベースの地方交付税の算定に際しては、国の予算 編成や税収の動向に加え、他の行政需要などが複雑に絡み合う。実際にはマクロベースの 地方交付税総額が政治レベルで決定された後、ミクロベースの地方交付税算定が固まる実 態がある123ため、維持管理費負担金の廃止だけが地方交付税の増減に直結するとは限らな い。しかし、徳島県の飯泉嘉門知事が「交付税にも影響していく。(中略)三位一体改革の 時のように、名を取って実を失うよりは、やはり実をしっかりと取っていくことが必要」 と述べる124など、直轄事業負担金の見直しが地方交付税削減に繋がることを懸念する声も 出ていた。各知事にとっては、三位一体改革を進めていた 2004 年度予算で出口ベースの地 方交付税を急激に削減されたことが苦い経験として共有されており、地方交付税の減少を 恐れる声が高まったと見られる。結局、2 つの点は予算編成全体の中で有耶無耶に終わった 125が、 「分権論」を掲げて維持管理費負担金の廃止を主張するのであれば、直轄事業負担金 の支出を拒否しつつ、「財源論」に依拠した考え方が出ることは整合性が付かない。確かに 表向きでは「分権論」に立った見直し論議が活発であり、橋下氏も「国から一方的にお金を 支払わされるこの直轄事業の負担金ということを一つ突破口として、 (中略)もはや霞が関 島根県ホームページ 2009 年 5 月 22 日の知事記者会見。 http://www.pref.shimane.lg.jp/kochokoho/kaiken/21/0522QA3.html 123 赤井伸郎、佐藤主光、山下耕治『地方交付税の経済学』 (2003 年)68~69 ページ 124 徳島県ホームページ 2009 年 6 月 1 日の知事記者会見。 http://www.pref.tokushima.jp/governor/press/record/2010030200552/details/8/ 125 公共事業費への影響については、民主党政権が 2010 年度予算の公共事業関係費を前年 度比 18.3%と、維持管理費負担金の廃止による影響額を大きく上回る削減に踏み切った。 地方交付税に関しても、維持管理費負担金の廃止とは無関係に、地域活性化・雇用等臨時 特例費(9850 億円)による加算を含め、出口ベースで約 1 兆 700 億円増えたため、地方交 付税削減の懸念は杞憂に終わった。 122 - 35 - 一極集中で全国津々浦々を仕切るような国ではなく、色とりどりの日本のありようを目指 していく」と主張していた126。しかし、全体的に分権論よりも目先の財源論を重視する傾 向があった点は否めず、こうした形で財政負担の最小化を重んじる意識や傾向が残ってい る中で、維持管理費負担金の廃止が直轄事業を拡大する誤ったインセンティブとして働け ば、公共事業の効率化や財政再建から逆行する結果になりかねないことに留意しなければ ならない。 第8節 まとめに代わる政策提言~国・地方協議の充実を 1. 総括 直轄事業負担金は官選知事時代の色合い残した制度として、明治期から殆ど変わら ないまま続いており、全国知事会など地方側は不満を上げ続けていた。しかし、半世紀 以上も動かなかった制度が僅か 1 年で大きく動いた背景として、橋下氏の問題提起と 行動力、全国知事会の 2009 年衆院選マニフェスト採点を通じた主要政党に対する圧力 が挙げられる。制度の見直しに慎重姿勢を一貫させた自民党が 2009 年 8 月の総選挙で 政権から退き、制度廃止を掲げた民主党に与党の座が移った影響も無視できない。以 上の観点に立てば、今回の維持管理費負担金の廃止が分権改革の年表に載る歴史的な 出来事だったと評価することができる。具体的には、維持管理費に関する地方負担が 軽減された点だけではなく、国と地方の役割分担の見直しを考える上で、大きな前進 となったと言える。負担金の内訳明細を開示することなどを通じて、国と地方の意思 疎通が図られやすい環境が整ったことも意義深い。2000 年 4 月施行の地方分権一括法 を通じて、国と地方の関係が「上下・主従」から「対等・協力」に変わった今、地方に 納得して直轄事業負担金を支出してもらうため、国が関係自治体の理解を求めるよう 努めなければならないのは当然である。 その半面、制度改革に対する国の後ろ向きのスタンスに加え、地方自身も「総論賛成、 各論反対」の対応を取り続けており、抜本改革には程遠い状況と言わざるを得ない。さ らに、建設費負担金の見直しに当たっては、直轄事業の縮減、国庫補助事業の見直し、 出先機関のスリム化など多様な課題が関連するため、現時点での廃止は困難と思われる。 こうした中、国が自治体の意向や財政事情とは無関係に直轄事業を進めた場合、直轄事 業負担金の支出を余儀なくされる自治体が不満を持ち、事業の推進に関して対立が起 きることも想定される 127 。そこで、本稿を締め括るに当たって、直轄事業に関する 第 171 回国会衆院会議録 2009 年 4 月 21 日衆院総務委員会。 逆に、負担金不払いを交渉材料に、地方が国を揺さぶる場面もあった。民主党が 2009 年衆院選マニフェストに中止を掲げた「八ツ場ダム」(群馬県長野原町)の建設問題に関し ては、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京の 6 都県知事は 2010 年 7 月、「国が事業中止 の是非について判断を示さないのは治水・利水の安全度を下げる」として、2010 年度分の 直轄事業負担金と利水者負担金(計 88 億円)の支払いを留保する要望書を国に提出した。 その後、6 都県の強硬姿勢で資金が枯渇するリスクが高まっていたことを問題視した馬淵澄 126 127 - 36 - 国・地方協議機関の設置を提案したい。確かに最近では国交省の地方整備局長と各知 事がブロックごとに話し合う場が恒常的に開かれているほか、今回の内訳明細によっ て地方に理解を求める取り組みが進んだ。しかし、現状は国による事業の説明に力点 が置かれており、両者の意思疎通は十分とは言えない。このため、国と自治体の代表 者が個別プロジェクトの進め方に関して、国・地方が緊密に連携したり、意見交換し たりできる場にしなけれならない。 2. 協議の場のイメージ では、どういった制度設計128が求められるのだろうか。個別プロジェクトの実施に関す る協議の法制化に関しては、全国知事会が 2009 年 7 月、現行制度の改善に向けた要望事項 として、「事業の採択・実施等に関しては、国と地方が対等な立場で十分に協議し、地方の 意見が反映できる制度の法定化を国と協議」する必要性を強調している129。総務省も来年 度概算要求と同時期に公表する「地方財政措置についての申入れ」で協議の場の制度化を 求めている130ため、これらの提案が制度化に際しての叩き台となり得るだろう。まず、協 議の場の性格である。今回の見直し論議を通じて、内訳明細が公表されるなど意思疎通を 図る機運が盛り上がったとはいえ、現時点では国による一方的な報告に過ぎない。このた め、国・地方が相互協力できる環境づくりに向けて、もう一歩取り組みを進めることが必 要になる。具体的には、事業の計画立案、予算計上、着工決定、事業執行、事業費の増加 や工期延長などに伴う事業計画の変更・見直し、完成、直轄事業負担金の請求といった各 段階で、プロジェクトごとに国・地方が事業の必要性や進捗状況などを協議できる場が望 ましい。対等な立場で協議できるよう双方に会議請求権を与えることも重要になる。 構成メンバーとしては、各自治体や出先機関の部局長クラスを中心にして、日常的な情 報交換の場としての性格を持たせるべきである。小滝(2009)の指摘する131通り、制度化 に際しては事業実施部門だけでなく、事業計画の可否や支出決定の是非などを総合的に判 夫国交相は同年 11 月、地元首長との意見交換会で、予断を持たずにダムの必要性を検証す る考えを言明。国の方向転換を評価した 6 都県は同年 12 月、2010 年度分の負担金支払い に応じた。『朝日新聞』2010 年 11 月 12 日、『東京新聞』2010 年 12 月 2 日夕刊など参照。 128 現在も各ブロックで出先機関のトップと知事が話し合う「地方行政連絡会議」 、河川整 備に関して自治体の首長が意見陳述できる河川法に基づく「河川整備計画」、閣僚と地方六 団体トップが意見交換する「国と地方の協議の場」が存在しており、これらを活用するこ とも一案である。 129 全国知事会ホームページ 2009 年 7 月 15 日「直轄事業負担金の支払い基準及び今後の 廃止方針について(確定版)」。 http://www.nga.gr.jp/news/shiryou1saido.pdf 130 例えば、2009 年 7 月の要請文では「地方公共団体に対する説明責任の観点から、直轄 事業の計画・実施・変更に係る地方公共団体との事前協議については、早急に法定化され たい」と求めた。これは 2010 年、2011 年の要請文でも継続している。 131 小滝敏之「直轄事業の計画・実施に係る国・地方協議の仕組みと精神」 『都市問題』2009 年 8 月号を参照。 - 37 - 断する上で、企画部門や財政部門の担当者による参加が望ましいと言える132。 付言すると、計画や事業執行、完成など事業の各段階で自治体の同意を義務付ける統一 的な規定を道路法や河川法、砂防法、港湾法、空港法などの個別法に設けるのも一案と思 われる。直轄事業負担金は事業ごとにバラバラに制度化されたため、自治体との協議に関 する法律の規定は異なる。もし負担金の支出を求められる関係自治体との協議・同意手続 きを法律で一律に義務付けることを明記すれば、国と自治体の意思疎通が図られやすくな り、国・地方の相互協力による円滑な事業実施が可能になるだろう。一方、負担金見直し を迫る地方の主張が「分権論」よりも、負担軽減に重きを置いた「財源論」に傾いていた 点は見逃せない。こうした「国任せ」の意識が自治体関係者に内在したまま、維持管理費 負担金が廃止されると、負担を軽減された自治体が今後、直轄事業の拡大を陳情するよう な結果さえ懸念される。協議の場については、地方に会議開催の請求権を付与しつつ、国 と地方が対等な立場で協議・調整できる会合にしなければならない。 参考文献(新聞記事は除く) ▽ 赤井伸郎、佐藤主光 、山下耕治『地方交付税の経済学』有斐閣 2003 年 10 月 ▽ 朝日新聞政権取材センター編『民主党政権 100 日の真相』朝日新聞出版 2010 年 1 月 ▽ 今井勝人『現代日本の政府間財政関係』東大出版会 1993 年 6 月 ▽ 今井勝人「直轄事業分担金に関する論点整理」東京市政調査会『都市問題』2009 年 8 月号 ▽ 上村敏之、平井小百合『空港の大問題がよくわかる』光文社新書 2010 年 3 月 ▽ 運輸省 50 年史編纂室編『運輸省五十年史』運輸省 50 年史編纂室 1999 年 12 月 ▽ 江口克彦、橋下徹「霞が関の通達 開封は不要」PHP 出版社『Voice』2009 年 6 月号 ▽ 小滝敏之「直轄事業の計画・実施に係る国・地方協議の仕組みと精神」東京市政調査会『都 市問題』2009 年 8 月号 ▽ 片山善博「日本を診る 直轄事業負担金は憲法違反である」岩波書店『世界』2009 年 7 月 号 ▽ 建設省五十年史編集委員会編『建設省五十年史(Ⅰ) 』建設広報協議会 1998 年 7 月 ▽ 神戸都市問題研究所地方行財政制度資料刊行会編、足立忠夫、柴田護、星野光男、宮崎辰雄、 山田幸男監修『戦後地方行財政資料 第 1 巻』勁草書房 1984 年 12 月 ▽ 小林航、石田三成「河川・道路行財政の政府間機能配分」財務省財務総合政策研究所『フィ ナンシャル・レビュー』通巻 105 号 2011 年 3 月 ▽ 小西砂千夫「変貌する地方行財政制度のポイントを見抜く 132 直轄事業負担金の財政問題」ぎ このほか、協議の場には直轄事業負担金の支出を義務付けられている政令指定都市の代 表者も参加することが望ましい。なお、2009 年の見直し論議に際して、指定都市市長会は 4 月に維持管理費負担金の廃止に加え、国との協議機関設置を求めたほか、テーマを直轄事 業負担金制度改革に絞った要望書を 8 月、12 月、2010 年 2 月に提出している。しかし、 2009 年 7 月に指定都市市長会の代表が金子国交相と意見交換会を開催したのを除けば、国 との協議は十分とは言えなかった。 - 38 - ょうせい『地方財務』2009 年 7 月号 ▽ 小西砂千夫『地方財政改革の政治経済学』有斐閣 2007 年 7 月 ▽ 財務省主計局編『特別会計のガイドブック』2011 年 8 月 ▽ 財務省財務総合政策研究所財政史室編『昭和財政史―昭和 49~63 年度 第2巻 予算』 東洋経済新報社 2004 年 3 月 ▽ 産経新聞大阪社会部編『橋下徹研究』産経新聞社 2009 年 2 月 ▽ 自治省編『地方財政の状況』1961~1964 年 ▽ 自治省編『地方財政制度資料 第一巻』地方財務協会 1965 年 3 月 ▽ 自治省編『地方財政白書 昭和 39 年度~平成 12 年版』 ▽ 自治庁編『地方財政の状況』1956~1960 年 ▽ 自治・分権ジャーナリストの会編『分権社会のデザイン』ぎょうせい 1997 年 11 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会十年史』1957 年 10 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会十年史 資料編』1957 年 10 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会続十年史』1967 年 10 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会続十年史 資料編』1967 年 10 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会三十年史』1977 年 10 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会四十年史』1987 年 10 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会五十年史』1997 年 10 月 ▽ 全国知事会編『全国知事会六十年史』2007 年 10 月 ▽ 総務省編『市町村別決算状況調 平成 16 年度~平成 22 年度』 ▽ 総務省編『地方財政白書 平成 13 年~平成 24 年版』 ▽ 総務省編『都道府県決算状況調 平成 16 年度~平成 22 年度』 ▽ 副田義三『内務省の社会史』東大出版会 2007 年 3 月 ▽ 高木健二「民主党マニフェストと地方財政」地方自治総合研究所『自治総研通巻第 373 号』 2009 年 11 月号 ▽ 高寄昇三『大正地方財政史(上) 』公人の友社、2008 年 1 月 ▽ 高寄昇三『大正地方財政史(下) 』公人の友社、2009 年 1 月 ▽ 高寄昇三『明治地方財政史 第三巻』勁草書房 2003 年 1 月 ▽ 高寄昇三『明治地方財政史 第四巻』勁草書房 2004 年 5 月 ▽ 高寄昇三『明治地方財政史 第六巻』勁草書房 2006 年 10 月 ▽ 田島義介『地方分権事始め』岩波新書 1996 年 3 月 ▽ 田中角栄『日本列島改造論』日刊工業新聞社 1972 年 6 月 ▽ 地方交付税制度研究会編『平成 23 年度地方交付税制度解説(単位費用篇)』地方財務協会 2011 年 12 月 ▽ 地方債制度研究会編「平成 23 年度版事業別地方債実務ハンドブック」ぎょうせい『地方財 務』2011 年 8 月号別冊付録 - 39 - ▽ 地方自治百年史編集委員会編『地方自治百年史 第一巻~第三巻』 ▽ 東京市政調査会編『地方自治史を掘る』東京市政調査会 2009 年 9 月 ▽ 中里透「地方分権推進につなげよ」日本経済新聞 2009 年 6 月 12 日「経済教室」 ▽ 西尾勝『未完の分権改革』岩波書店 1999 年 11 月 ▽ 農林水産省百年史編纂委員会『農林水産省百年史(中)大正・昭和戦前編』農林水産省百年 史刊行会 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