「ミサイル防衛と国民保護」シリーズ

「ミサイル防衛と国民保護」シリーズ
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元防衛研究所 主任研究員
喜田 邦彦
ガスマスクと検知器
日本では硫化水素ガスによる自殺の多発から、ガスマスク・検知器の準備や近隣
住民の避難が問題になっている。化学攻撃に対しては、風上への避難かガスマスク
装着しかないわけだが、自治体は化学テロに備えてハイパーレスキュー隊に装備さ
せているものの、住民や個人用の備蓄まで手が回っていない。一方、化学兵器廃絶
をめざす禁止条約は 1993 年に発効したが、北朝鮮・シリア等の化学兵器保有の疑
惑国は調印保留のままである。
湾岸戦争が始まる3ケ月前、サダム・フセインが化学攻撃を警告したことからイスラ
エル国民はパニックに陥り、政府にガスマスクの配布を求めた。イラク軍はクルド人
に対するガス攻撃の実績を持っていたためである。
そこで政府は、各個人への「化学防護キット(ガスマスク・アトロピン・化学検知紙・
防護軟膏)」の配布を決定し、全国民の 65%・290 万人に「無償配布」した。この手際
よさは、二次大戦でドイツが製造した旧式タイプや、80 年代に米国が製造した新式タ
イプの 400 万個(約 500 億円)を、社会保険料の一部をもって備蓄していたことに因る。
しかし、全住民に行き渡らせるには数が足りなかった。そこで、社会保健料の未払
者には一個 18 ドルの「有料配布」とし、非イスラエル国籍のヨルダン川西岸やガザ地
区のパレスチナ人は「配布の対象外」とした。
ところが、開戦直前の 1991 年1月上旬、イスラエル最高裁はパレスチナ人にも人道
見地からマスクの「無料配布」を勧告した。やむなく政府は、パレスチナ人全員、外
国特派員、外国人旅行者に対し、約 100 万個のマスクを追加配布した。
次に、マスクの「質」が問題になった。乳幼児には授乳のため、保育器全体を覆う
装置と哺乳瓶の取り出し口が欠かせない。小児用には、視界制限が恐怖を招くので
眼ガラス式でないものや、肺活量が弱いので加給気付きが必要とされた。眼鏡をか
ける人達は、気密性に問題が生じた。日本ではペツト用が必要になるのかもしれな
い。
さらに訓練を通じ、長時間のマスク装着が窒息を招きかねないとされた。そこで、ガ
スの侵入を少しでも遅らせるため目張りしたシールドルームの準備が促され、ガス攻
撃が判明した後にマスクを装着する方法に変更された。また、屋外で化学攻撃を受
けた場合や、マスクを付ける時間がない場合を考慮し、自分の太股に注射して解毒
を促すアトロピンや、神経ガスやマスタードガスを検知・判別する化学検知紙の使用
も教育された。
だが戦争が終わってみれば、化学攻撃がなかったにもかかわらず、アトロピンの誤
用やガスマスクによる窒息死が多発していた。この問題は戦後に国会で取り上げら
れ、マスクの改良・開発、空気清浄機のないシェルター・地下室の改修に拍車がか
けられた。
空気より重いサリン等の神経剤は地を這うように広がるし、マスクも各種の化学剤
に万能ではない。なお日本では、集客施設やターミナルに被害判定用の監視カメラ
や、化学センサー(検知器)の設置を検討している都市がある。