ミリ波帯で優れた伝送特性を持つ高周波伝送路を開発

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研究・技術情報
150012
技術分野
タイトル
電子・情報・通信
ミリ波帯で優れた伝送特性を持つ高周波伝送路を開発注)
-ミリ波帯デバイスの高精度な性能評価を安価に実現-
キーワード
ミリ波帯、高周波伝送路、コプレーナ導波路、銀ナノ粒子インク、
スクリーン印刷技術、低損失、高安定性、標準伝送路
【概要】
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測
標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】電磁気計測研究グループ 堀部 雅弘 研究グループ長とフレ
キシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】印刷デバイスチーム 吉田学
研究チーム長は、印刷技術を利用して、100 GHz を超えるミリ波帯で優れた伝送特性を示す高周波
伝送路(コプレーナ導波路)を開発した。
(図1)
導電率が高い銀ナノ粒子インクを用いた印刷技術によって、導体の導電率が高く寸法精度の良い
コプレーナ導波路を作製した。この導波路は、100GHz を超える高周波帯域まで低損失特性を示し、
特に 60GHz 以上では、従来のコプレーナ導波路の約半分の伝送損失であった。また繰り返し使用に
よる特性劣化も小さいことから、ミリ波帯デバイスの電気的な性能を評価する「標準伝送路」とし
て利用できる。さらに、一度に多くのパターン形成が可能なスクリーン印刷技術の活用により、導
電膜形成、露光およびエッチングによる従来の作製法に比べて作製時間の短縮と低コスト化を実現
した(作製時間:約 1 時間注1、従来比 20 分の 1 以下。作製費:約 6000 円注1、従来比 10 分の 1 以
下)
。
この技術の詳細は、フランスで開催される European Microwave Week 2015(EuMW2015)にて 2015
年 9 月 9 日に発表された。
図1
注1
印刷技術で作製したコプレーナ導波路、
100GHz を超えるミリ波帯電磁波の伝送が可能。
作製に要する消耗品費、人件費や光熱水費などから試算。30~40 本の標準伝送路が 1 枚の基板に作
製されており、その 1 枚の基板当たりのコスト。
【開発の社会的背景】
電波の中でも 30GHz 以上の高い周波数であるミリ波は、高い分解能で距離を測定できることや、
大容量のデータを高速に伝送できるといった利点がある。これまで、ミリ波帯を利用するデバイス
(ミリ波帯デバイス)が高価であったため普及の妨げとなっていたが、近年では安価なシリコンデ
バイスがミリ波帯で動作できるようになり、自動車衝突防止レーダー、近距離無線通信技術、第 5
世代(5G)携帯電話といったミリ波帯デバイスの開発が進んでいる。それに伴い、ミリ波帯デバイ
スの性能評価に用いる「標準伝送路」が重要となっている。
標準伝送路には、長期間使用しても安定した特性が求められる。しかし、高周波プローブを標準
伝送路に接触させて測定を行うため、繰り返し使用すると接触点の状態が変化し、伝送特性や反射
特性が劣化してしまう。そのため、ミリ波帯デバイスの高精度な性能評価には、高価な標準伝送路
(数万円~数十万円注2)を、頻繁注3に交換する必要があり、安価で繰り返し使用による性能劣化の
少ない標準伝送路が求められている。
注2
注3
30~40 本の標準伝送路が 1 枚の基板に作製されており、その 1 枚の基板当たりのコスト。
標準線路としては 10 回程度、基板としては 300 から 400 回程度。ただし、使用の条件により
異なる。
【研究の経緯】
産総研では、ミリ波帯デバイスの性能評価技術の研究開発を行っている。ミリ波帯で高精度な性
能評価を行うには、損失・反射特性に優れた標準伝送路が必要である。また、高精度なデバイス性
能評価を継続して実施するには、標準伝送路のコストを低減して交換し易くすることが必要である。
また、産総研では、プリンテッドエレクトロニクスの実現を目指した研究開発を行っており、印
刷法による電子デバイスの形成に適した印刷プロセスの開発や高度化に取り組んでいる。そこで、
高性能の高周波伝送路を印刷技術によって安価に作製する研究開発を行うこととした。
【研究の内容】
コプレーナ導波路の伝送特性と反射特性はそれぞれ、導波路導体の導電率と導波路寸法の精度に
より決まるため、高性能のコプレーナ導波路を作製するには、高い導電率と寸法精度の高い作製技
術が必要となる。今回、110 GHz まで信号を伝送できるミリ波帯のコプレーナ導波路を設計し、導
電率の高い銀ナノ粒子インクと高精細なスクリーン印刷技術を用いて、アルミナ基板上にコプレー
ナ導波路(信号線幅が 50 µm、信号線と接地線の間隔が 25 µm)を作製した。
今回開発した印刷法によるコプレーナ導波路と従来のコプレーナ導波路について、110 GHz まで
の信号の伝送特性と反射特性を評価した(図2a、2b)。伝送特性は、値が 0 に近いほど損失が低
く高性能だが、印刷法による伝送路の伝送特性は、従来の伝送路と同等か、それ以上であった。60 GHz
以上の高周波数領域では、従来のコプレーナ導波路よりも低損失となり、特に 100 GHz 以上では約
半分の低損失を実現している。また、反射特性では、負の数字が大きいほど信号の反射が少なく性
能がよい。今回開発した導波路は、反射特性においても従来とほぼ同等の性能を示した。これらの
評価結果は、従来技術に比べて導電率と寸法精度が同等か、それ以上である伝送路を、印刷技術に
より作製できることを示している。
(a)
(b)
図2
コプレーナ導波路の高周波電気特性の評価結果
(a)伝送特性、(b)反射特性
また、高周波伝送路を標準伝送路として利用するには、高周波プローブで繰り返し接触しても、
特性を安定に維持できることが求められる。今回開発したコプレーナ導波路に、高周波プローブを
10 回接触させ、伝送特性の位相変化を測定したところ(図3a、3b)、印刷法によって作製したコ
プレーナ導波路は、従来のコプレーナ導波路に比べて位相変化が 3 分の 1 程度であり、安定性が増
していることが分かった。これは、繰り返しの接触による導体金属表面の変形が少ないためと推測
される。
これらの評価・測定結果から、今回開発したコプレーナ導波路は、伝送特性・安定性の面にお
いて、従来のものより優れており「標準伝送路」として利用できる。また作製コストも安価なこと
から、ミリ波帯デバイスの性能評価用の「標準伝送路」として非常に有望である。
(a)
(b)
図3 高周波プローブの繰り返し接触に対するコプレーナ導波路の特性の安定性評価結果
伝送路の位相測定結果の再現性(1 回目の測定値で規格化)(a) 印刷技術、(b) 従来技術
【今後の予定】
今後は、反応条件を最適化することで、反応のさらなる効率化を図る。また、さまざまなアミン
やアルコールへの適用性について検証する。さらに、スケールアップの検討も進め、早期の実用化
を目指す。
【用語の説明】
◆ミリ波
周波数が 30 GHz から 300 GHz の電磁波のこと。主に、自動車衝突防止用のミリ波レーダーや、短距
離無線通信などに用いられている。
◆高周波伝送路
電磁波を伝送する伝送路(配線)のことで、テレビのアンテナケーブルに代表される同軸構造、水
道管のようなパイプの中を伝送させる導波管構造、そして平面基板上に信号線や接地線(あるいは
接地面)を配置した平面回路がある。平面回路には、信号線と接地線を同じ面内に配置したコプレ
ーナ導波路や、基板の表面に信号線、裏面に接地面を配置したマイクロストリップ導波路などがあ
る。
◆コプレーナ導波路
セラミックや樹脂等の誘電体でできた板状の基板表面に、導電体薄膜で信号線とその両側に接地線
を配置した構造の電磁波を伝播する伝送路のこと。主に、高周波プローブの特性を校正するために
使われる線路形状である。
◆ミリ波帯デバイス
ミリ波の周波数帯で動作・機能するデバイスのこと。信号を分配、切り替え、伝送方向を制限する
などの受動デバイスと、電磁波信号を発生、受信、増幅するなどの能動デバイスに分けられる。無
線機器、放送機器や計測器に利用されてきたが、近年では自動車衝突防止レーダーなど生活に身近
なデバイスにも使用されている。
◆標準伝送路
ミリ波帯デバイスの電気的な性能を評価するために、伝送・反射特性の測定の基準値を与える伝送
路(配線)のこと。標準伝送路の長さや導体の導電率により決まる伝送特性(振幅と位相)と、配
線の寸法などから決まる反射特性(理想値はマイナス無限大デシベル(dB)
)を、測定の基準値とす
る。実際に作製される標準伝送路では、配線の加工精度のために理想的な寸法や形状からのずれを
生じ、配線内部で信号の反射を生じる。また、繰り返し使用すると高周波プローブとの接触部の状
態が変化して伝送・反射特性が劣化し、測定の精度が低下する。
◆自動車衝突防止レーダー
自動車周辺の人や障害物や、車間距離などを検出するためのレーダーのこと。検出結果は、ブレー
キの補助や速度の調整、運転者への警告をするために用いられる。主に、カメラや赤外線、ミリ波
が用いられる。特に、ミリ波を利用した自動車衝突防止レーダーは広範囲に検出できることと、天
候に左右されにくいといった利点があるが、これまでは低コスト化が課題とされてきた。
◆近距離無線通信技術
電車やバスなどの乗車カードや電子マネーなどの機能がついた非接触型 IC カードやスマートフォ
ンに用いられる、近距離での通信を可能とする技術のこと。また、ヘッドホンなどとスマートフォ
ンとの通信などに用いられている Bluetooth®や、超高速近距離無線伝送方式である 60 GHz 帯の電
波を利用する WiGigTM(Wireless Gigabit、ワイギグ)なども近距離無線に分類されることがある。
◆第 5 世代(5G)携帯電話
2020 年の実用化が目標とされている次世代の携帯電話規格のこと。通信速度は 10 Gbps 以上(現在
主流の第 4 世代の最大 10 倍)を目標としており、日本では、2020 年の東京オリンピックまでの実
用化を目指した研究開発が進められている。また、現在は最大 70 GHz の電波利用の実験も進められ
ている。
◆伝送特性と反射特性
伝送特性とは、配線、デバイスや回路に入力される信号の情報(強度や位相)と、出力端から出力
される信号の情報(強度や位相)との比で表される。一般的に、測定される対象物に信号の増幅機
能がない場合は、出力される信号の強度は入力信号より小さく、損失が発生する。
また反射特性とは、配線、デバイスや回路に入力される信号の情報(強度や位相)と、入力端に戻
される信号の情報(強度や位相)との比で表される(説明図 1 を参照のこと)。
(説明図 1)伝送特性と反射特性
【参考文献】
(1)「ミリ波帯で優れた伝送特性を持つ高周波伝送路を開発-ミリ波帯デバイスの高精度な性能評価
を安価に実現-」
、産総研プレスリリース、2015 年 9 月 9 日発表
(2) Masahiro Horibe and Manabu Yoshida, “Reliability of Transmission Lines Fabricated by
Screen Printing for On-wafer Measurements at Millimeter-wave”, Proceedings of the 45th
European Microwave Conference, 1007-1010 (2015).
注)
:本技術シーズは、産総研プレスリリース(H27.9.9)に掲載の「ミリ波帯で優れた伝送特性を持
つ高周波伝送路を開発 -ミリ波帯デバイスの高精度な性能評価を安価に実現-」と関連文献
に基づき、TCI が加工し、本文については、研究者の追加説明とチェックを得、図表及び写真
については当該研究所の転載認可を得て、紹介するものである。
研究者所属
産業技術総合研究所 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門
電磁気計測研究グループ
(IEC TC46 国内委員長 SC46F 国内主査 IEC TC113WGS 国内副主査)
氏
研究グループ長 堀部雅弘
名
TSNET コメント
近年、自動車衝突防止レーダーや近距離無線通信などミリ波の特徴を活用したデバイスが開発さ
れている。それに伴ってデバイスの性能評価のために、伝送特性や耐久性に優れた安価な伝送路の
開発が重要になってきた。今回はそれに関する極めて有効な技術を紹介した。
従来の伝送路の製造では、そのコアとなる導電膜形成にスパッタリング技術や露光とエッチング
技術等が利用されたが、一般に高価であると共に繰り返しの使用によって性能が劣化するなどの問
題があった。
それに対して今回の紹介技術は、銀ナノ粒子インクを用いたスクリーン印刷技術等を採用するこ
とで、従来の問題点を大幅に改善することが出来た。
すなわち、銀ナノ粒子が本来有する高い導電率性に加え、印刷技術の採用およびインク乾燥処理
技術の工夫によって低損失を実現し特性劣化を防止することが出来た。また印刷技術の採用によっ
て短時間に多くの導電膜の形成が可能となり、その結果、作業時間は 1/20 以下、作業費は 1/10 以
下に抑えることが出来た。
開発した伝送路(コプレーナ導波管)は、100 GHz を超える高周波帯域まで低損失特性を示し、
特に 60 GHz 以上では、従来のコプレーナ導波路の約半分の伝送損失であった。また繰り返し使用に
よる特性劣化も小さいことから、ミリ波帯デバイスの電気的な性能を評価する標準伝送路として十
分に利用できる。
今後の実用化に向けて、担当研究者は次のような課題、希望を挙げている。
①技術的には、狭い個所や形状の複雑な個所での本伝送路の使用に向けて、その設計技術や製造技
術および評価技術等を開発したい。
②本伝送路の製造コストはランニングコスト、設備コストとも低く中小企業向けであるので、技術
スペックを明確にしたニーズの提案を強く希望している。
研究者は、今後、具体的ニーズに基づいた技術開発を希望している。これらについて何らかの構
想や希望等をお持ちの企業を始め、本技術全体について少しでも興味を持たれた企業におかれまし
ては、是非、積極的なご提案やご質問を頂ければ誠に幸甚です。
連絡・質問等
・本技術情報について、ご関心・ご質問・ご要望等がありましたら、
当センターのコーディネーターがフォローします。
・連絡・問合先
つくば研究支援センター
産学官連携コーディネーター
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E-mail: tsnet-j@tsukuba-tci.co.jp