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Contribution
海外の読書調査と読書文化から何を学ぶか
── 読解力は豊潤な読書文化にこそ育まれる ──
●
足立幸子[新潟大学教育人間科学部助教授]
P
ISAの読解力調査とその結果は
日本の教育界に大きな波紋を投げかけたが、
あだち
各国では読書力についてのさまざまな調査や評価が試みられている。
さちこ
●
新潟大学教育人間科学部助教授。
各国における読書力概念の多様性について、
静岡大学大学院教育学研究科修士課程修了、
筑波大学大学院教育学研究科博士課程単位取得
及びメキシコ、南アフリカなどの読書文化とそこから得られる
満期退学。
日本の読書教育の可能性について、
山形大学講師を経て現職。
主な論文に「海外の読書教育」
読書指導の在り方を提言している足立先生に寄稿していただいた。
(
『今、教育の原点を問う』勉誠出版)
、
「
〈読解力〉をどう捉え評価するか」
(
『教育フォーラム38号』金子書房)などがある。
読書力概念及び読書教育の多様性
調査である。第 4 学年を対象とし、5 年ごとに調査を行う。
2001 年には 34 か国・地域が参加した。06 年は、41 か国・
OECD の PISA における読解力は、わが国の読書力概念に
地域に拡大しているが、日本は参加していない。PISA との大
大きな違和感を与えた。そして現在、この PISA 型読解力に
きな違いは、① 第 4 学年という初等教育の段階の子どもの状
対応するための教育政策が進行中である。しかし、PISA は
態を評価できることと、② 読書力だけを扱っているため報告
国際学力調査の一つにすぎない。他の国際調査や、外国の国
書などに読書力概念について詳しく書いてあることの 2 点が
内調査・読書力評価を見てみると、読書力の概念はより多様
挙げられる。ここでは、PIRLS の質問紙調査と読書力のフレ
であることが分かる。本稿ではまず、PIRLS(Progress in
ームワークについて述べた後、テストの例を一つ示す。
International Reading Literacy Study /パールズと発音)
してみたい。次に、アメリカ、メキシコ、南アフリカの例を
PIRLS では、子ども、教師、校長、親の 4 者に対して、質
用いながら、現代の読書教育の多様性について述べることに
問紙調査を行う。そこでは、子どもの抱えている読書の背景
する。そして、これらから何を学びわが国の読書教育に生か
から、具体的な読書活動の有無、読書に対する態度(考え方)
すべきかを論じていく。
などを調べている。特に教師に対しては 43 項目もの質問があ
なお、海外では一片の文章を読むのにも、一冊の本を読む
り、子どもがどのように学級文庫や学校図書館を利用してい
のにも、日々の読書にも、すべて reading =読書という言葉
るか、家庭と学校の連携はどうか、教師の経験年数や教員研
が用いられる。本稿では、海外の状況をより正確に反映する
修、教師自身の読書習慣はどうかなど、詳しく調査している。
ために「読解力」ではなく「読書力」という言葉を用いる。
これは、子どもの読書力が単にカリキュラムだけではなく、
広い背景の中から培われることを示唆している。
PIRLS の読書力概念
PIRLS は、 IEA ( International Association for the
Evaluation of Educational Achievement /国際教育到達度
評価学会)によって行われている読書力(reading literacy)
2006
(1)質問紙調査
NO.06
や、外国の評価を示しながら、読書力概念の多様性を描き出
(2)読書力のフレームワーク
読書力のフレームワークについて、まず、PIRLS では、読
書力を次のように定義する。
社会から要求されている、あるいは自分で価値があると思う
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海外の読書調査と読書文化から何を学ぶか
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形で書かれた言語を理解したり使用したりする能力。年少の読
者たちは、さまざまなテクストから意味を構成すること
(construct meaning)ができる。学習するために、また読者の
コミュニティーに参加するために、そして楽しみのために読む。
図表[1] 各調査における読書の目的とその割合
PIRLS
文学的体験のための読書
50%
情報の獲得と使用のための読書
50%
ここで注目したいのは、
「意味を構成する」というところで
ある。これは、数多くの読書研究に基づいた理論を反映させ
アメリカ、NAEP(第 4 学年)
たものである。読書力を相互作用的で構成的な過程と捉え
文学的テクスト
55%
る。すなわち、読者自身が自分の目的に応じて意味を構成し
情報的テクスト
45%
ていくことを、読むことと捉えるのである。したがって、
PIRLS では、なぜ読むのか、読者自身の目的を重視する。ま
スペイン、統一国内調査EEP
た、意味を構成していく過程も重視する。さらには、読書に
対する行動と態度についても重視する。以下、読書力の三つ
の側面と位置付けられている「読書の目的」「理解の過程」
「読書行動・態度」のうち、
「読書の目的」
「理解の過程」を示
し、諸外国のテストと比較してみる。
〈読書の目的〉
PIRLS では、読書の目的として、「文学的体験のための読
文学的テクスト
34%
情報的テクスト
31%
画像テクスト
35%
PISA
教育
28%
連続型テクスト
63%
職業
16%
非連続型テクスト
37%
個人
18%
公共
38%
書」
「情報の獲得と使用のための読書」を設定する。
「文学的体験のための読書」とは、子どもたちが、出来事、
時代・場所・人物などの設定、行動、結果、登場人物、雰囲
表、図などの形式のものも含まれる。時間順・非時間順テク
気、考え、感情、使われている言語それ自体を楽しむために、
ストが、テストの残りの 50 %を占める。
文学を読むことを想定している。テストでは、主にフィクショ
ンの物語を扱い、これがテストの 50 %を占める。
16
このような「読書の目的」は、各国の調査によって異なる。
例えば、アメリカの NAEP ( National Assessment of
「情報の獲得と使用のための読書」とは、子どもたちが、情
Educational Progress)調査では、「文学的テクスト」「情報
報を読むことを通して、世界がどのようであるかを知り、な
的テクスト」
「課題的テクスト」の三つの目的に基づいたテク
ぜ物事は進んでいくのかを知るということを想定したもので
ストをテストの対象とするが、第 4 学年には課題的テクスト
ある。読者は単に情報を獲得するだけでなく、自らも使いこ
はなく、文学的テクストが 55 %、情報的テクストが 45 %と
なすようになっていくという読書を想定している。情報の獲
なっている。スペインの小学校 6 年生終了時の統一国内調査
得と使用のために読むものは、時間順(chronological)テクス
EEP(Evaluación de la Educación Primaria)では、「文学
トと非時間順(non-chronological)テクストに分けられる。
的テクスト」
「情報的テクスト」
「画像テクスト」の三つを設
時間順テクストとは、テクストが時間に沿ってすなわち事が
けており、それぞれの割合は、34 %、31 %、35 %である。
起こった順に積み重なってできていくもので、例えば日記、
PISA は、テクストが使用される状況・目的として「教育」
伝記、料理のレシピなどである。非時間順テクストとは、時
「職業」
「個人」
「公共」という分類を設けており、それぞれの
間よりも論理がテクストを組織するものであり、何かの事柄
出題の割合は、28 %、16 %、18 %、38 %となっている。ま
を記述したり説明したりするもの、議論したり反論したりす
た同時にテクストを「連続型テクスト」
「非連続型テクスト」
るものなどが、証拠を伴って示される。説得的(persuasive)
と分けており、問題数の割合はそれぞれ 63 %、37 %である。
テクストもここに含まれるが、読者の見解に直接影響を与え
以上のように、各調査の対象や性格によって、読書の目的と
ることを狙いとする。非時間順テクストには、リスト、図式、
テクストのタイプとその分類は多様である(図表 1)
。
特集 読解力(reading literacy)
、日本の教育の何が問われているのか
図表[2] PIRLS の問題例(川沿いの道のサイクリング)
配布されるパンフレット
設問
番号 設問
理解の過程
トレール」と名付けられているこの ④ 各要素の評価
1 「リバー・ノード・
セクションの主要な目的は何ですか。
(4択)
2
リーフレットのこのセクションの主要な目的は何で ④ 各要素の評価
すか。
(4択)
3
リバー・ノード・
トレールはどこから始まりますか。
(4択) ① 情報の引き出し
4
リバー・ノード・
トレールを最初から最後まで行くと ② 直接的推論
すると、次のものはどの順番で現れますか。1番目
だけ番号が書いてあるので、後を続けなさい。
5
10歳の子どもが1日自転車を借りるとしたら、
いくら ② 直接的推論
かかりますか。
6
ジッピー・レンタル自転車は、子ども用の自転車を ① 情報の引き出し
貸してくれます。子ども用のものを二つ書きなさい。
7
よい状態の自転車を借りるためには、
ジッピー・レ ② 直接的推論
ンタル自転車のどんな情報が必要ですか。
8
問8と問9は、2人の大人と、10歳と3歳の2人の子 ③考え・情報の統合
どもからなる家族についての設問です。家族は、
リ
バー・ノード・
トレールにそって、1日サイクリングを
することを計画しています。
どの自転車が家族には必要ですか。リーフレットを
読んで分かることを書きなさい。
9
リバー・ノード・
トレールのどの場所を家族は訪れる ③ 考え・情報の統合
ことができたでしょうか。なぜそこに彼らが行きそう
だと考えたか説明してください。
10 ジェーン、アレックス、ジョン、カリルのコメントを読 ③ 考え・情報の統合
みなさい。それぞれリバー・ノード・
トレールのどこの
ことを言っているのか、地図の場所とコメントを線
で結びなさい。一つ例が示してあります。
11 それぞれの質問に対する答えがどこに書いてある ④ 各要素の評価
のか、質問と書いてあるところとを線で結びなさい。
一つ例が示してあります。
すること」の五つを設定しており、出題上の割合はそれぞれ
PIRLS の理解の過程は、読者が自分にとっての意味を構成
17 %、19 %、28 %、21 %、15 %である。PISA では、「情報
していくときの働きを表したものである。以下の四つがある。
の取り出し(30 %)
」
「解釈(50 %)
」
「熟考・評価(20 %)
」
①明示的に規定された情報に焦点を当て、情報を引き出す
の三つのプロセスがよく知られている。しかし、PISA のもと
②直接的な推論をする(30 %)
もとのフレームワークでは、
「広く全般的な理解を形作ること」
「情報を引き出すこと」
「解釈を発達させること」
「テクストの
③考えと情報を統合し総合する(30 %)
内容を熟考すること」
「テクストの形式を熟考すること」の五
④内容と言語とテクストの要素を考察し評価する(20 %)
つの側面としていた。このように、読んでいく過程を測るため
これも同様に外国の国内テスト等と比較してみる。NAEP
のフレームワークも、各テストによって異なるのである。
2006
(20 %)
NO.06
〈理解の過程〉
は、
「全般的な理解を形作る」
「解釈を展開する」
「読者とテク
ストのつながりをつける」
「内容と形式を吟味する」の四つを
(3)問題例「川沿いの道のサイクリング」
設定している。EEP では、
「文字通りに理解すること」
「再編
図表 2 は、
「情報の使用と獲得」を目的とした非時間順テク
成すること」
「推論して読むこと」
「批判的に読むこと」
「評価
ストである。子どもたちに身近な活動としてサイクリングを行
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海外の読書調査と読書文化から何を学ぶか
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い、貸し自転車屋で自転車を借りる。その貸し自転車屋の三つ
な評価に着目してみたい。アメリカは、実に多くの教育評価
折りにして使うパンフレットを読む、という想定だ。パンフレ
のツールが開発されている国である。まず、ここではコンピ
ットの裏には、川沿いの道の地図があり、重要な観光ポイント
ューターを用いた読書力評価について述べる。
が書き込まれており、図中の設問が添付されている。
DIBELS(Dynamic Indicators of Basic Early Literacy
Skills)は、すらすら音読できること(fluency)に着目した、
以上、概観したように、PIRLS の読書力概念は、読むこと
低年齢の子ども用の評価ツールである。手の平サイズのコン
を読者の「意味の構成」と考える、構成的な理論に基づいて
ピューターで、そこに個々の子どもの音読速度のデータを入
作られている。読者の幅広い目的や多様なテクストを用い、
力していき、進歩を測定していくというものである。我々は
意味の構成過程をたどった 4 段階のフレームワークで、読書
読書力というと黙読のことばかりを考えるのだが、英語圏で
力を測定しようとしているといえる。そして、このような読
はある程度の速度で音読できるということは、文章や本を読
書力概念は、NAEP、EPP、PISA とは微妙に異なるもので
んでいく上で極めて重要なことと位置付けられている。特に、
あった。しかし一方で、いずれも読者が自分の目的意識に基
最近は、読むことに関して落ちこぼれてしまう子どもは低学
づいて自分の考えと情報を統合し、テクストの言語、内容、
年に改善の鍵があるという研究(Clay,1991)の発展や、落
形式などについて評価を下すという共通点も見える。また、
ちこぼれの子どもをつくらないようにする法律(No child
全国テストレベルでの読書力概念の世界的な傾向を描き出せ
left behind)の整備などが効を奏し、低学年での音読は非常
たようにも思う。
に重要視されてきている。
Accelerated Reader は、子どもが読んだ本について 10 問
アメリカの多様な評価
18
ほどの設問に答えることで、その子どもがどのように読書を
しているかを評価するコンピューター評価である。本は難易
次に、このような国際及び国というマクロな教育政策的評
度によって段階付けられており、子どもは自分の読書レベル
価から、教師が自分の教室の子ども一人ひとりに行うミクロ
に基づいて本を選ぶ。あるいは教師の方で、難しい本なら何
特集 読解力(reading literacy)
、日本の教育の何が問われているのか
冊、容易な本なら何冊と冊数を課題として決めている場合も
ある。設問は基本的に読んだ内容を問う簡単なものであるが、
子どもが間違ったところをデータとして蓄積できる。また、
子どもが選んだ本のデータも蓄積できるので、教師の側で子
どもの読書の傾向、癖、弱点などを把握できるのである。わ
が国では、読書(この場合は、子どもが自分で本を選んで読
むこと)の評価は、まったく開発されていない。読解と読書
の間に線を引いてきてしまったこともあり、読書は家庭や学
校外で補うもので、教師が厳密に評価しないものという先入
観がある。しかし、Accelerated Reader のような評価ツー
ルを使えば、子どもの自由な読書を評価・把握できる。この
ように評価を開発していくことは、子どもの読書力を育てる
ために重要なことである。
メキシコの読書教育事情
今度は目を転じて、やや体験記的に、あまり紹介されない
国々の読書教育事情について記してみたい。昨年、メキシコ中
部の人口 13 万人ほどの小さな市にある二つの学校を見学する
機会を得た。市の中心部にあり比較的教育熱心な親を持つ子ど
もが集まる私立の A 小学校(写真上/小学校 1 年生の教室)
と、市の郊外にあり経済的に困窮している子どもが集まる公立
の B 小学校(写真中/小学校 1 ・ 2 年生の合同の教室)である。
(上)メキシコの私立小学校1年生の教室
(中)メキシコの公立小学校1・2年生の教室
(下)メキシコの私立学校のポケット学級文庫
は、市立図書館があるからそれでよいと考えていた。それは
いる関係で、英語の本の書店は何軒かあるが、スペイン語の
普通の市立図書館ではなく、寄付で運営されている充実した
本を置いている書店は一軒しか見つけられなかった。しかも、
市立図書館だという。そこで、私はその図書館に行ってみた。
スペイン語の本はとても古いものか、他の国(主にアメリカ)
確かにそこの蔵書は素晴らしいものであった。しかし、主に
の翻訳本で、値段も非常に高かった。すなわち、この町の子
寄付をしたのがカナダ人ということで、英語の本が多く、特
どもも大人も、本を読まない文化の中に生きているのである。
に子どもの本はほとんどが英語であった。A 小学校はスペイ
さらに驚いたのは、A 小学校にも B 小学校にも学校図書館
ン語と英語のバイリンガル教育を行っているので、子どもた
がないということだった。B 小学校には三つの教室(1 ・ 2 年
ちは、英語の本を読むこともできるかもしれない。しかし、
生、3 ・ 4 年生、5 ・ 6 年生の合同クラス)と、3 人の教師し
私はまずは第一言語であるスペイン語に、子どもがアクセス
かいなかった(それぞれの合同クラスの担任教師。校長は
できることが必要だと考える。A 小学校ではスカラスティッ
5 ・ 6 年生のクラスの担任教師が務めている)ので、これは
ク社の子どもの本のカタログ販売を行っているという。つま
理解できる。しかし、A 小学校には比較的裕福な層の子ども
り、スカラスティック社が英語で出版した本をスペイン語に
たちが学んでいるため理解できなかった。
翻訳して、販売しているのである。教室には、スカラスティッ
私は、A 小学校ならば学校図書館を置くことができるので
はないかと考え、置いていない理由を校長にたずねた。校長
NO.06
がないということである。アメリカの退役軍人が多く住んで
2006
私がまずショックを受けたのは、この市にはほとんど書店
ク社の壁掛けポケット式の学級文庫(写真下)があったが、
子どもの読む本としては不十分であると思った。
19
海外の読書調査と読書文化から何を学ぶか
Contribution
諸外国の子どもの本を研究していて思うのだが、子どもの
本の中には、その国や文化の中で生きていくにふさわしいも
のごとの感じ方・考え方・振る舞い方が描かれている。それ
らを読みながら、子どもたちはその国でふさわしい考え方や
日本の読書教育の可能性
以上、国際調査や諸外国の国内調査、読書教育事情から、
我々は何を学ぶことができるだろうか。
振る舞い方を身に付けていくものであり、それは読書力の一
まず、読書教育を教科書から発想することをやめたいと思
部ともいえる。翻訳の本を読むことも悪くはないが、自国の
う。読書力は、幅広い読書文化の中から出てくるのであり、
文化を育てる自国の子どもの本が必要である。したがって、
子どもだけでなく大人も読書を行っていく文化・社会を築き
メキシコのこの現状は残念である。本を読まない文化の中で、
上げていく努力が必要である。また、読解と読書を分離せず、
読書力を育てることは非常に難しい。メキシコの子どもたち
これまで活発に行われてこなかった読書指導を充実させてい
の屈託のない笑顔を見ていると、スペイン語の子ども用の本
く必要がある。わが国は、日本独自の児童文学も生まれてき
に子どもたちがアクセスできるようになって、アメリカの文
ており、出版文化も充実している。しかし、子どもは実際に
化的な支配を脱し、メキシコ人独自のものごとの感じ方・考
本にアクセスしているだろうか。学校図書館は活用されてい
え方・振る舞い方を身に付けるための読書教育が実現するこ
るだろうか。子どもがどのように読むかを、教師や大人がき
とを願ってやまない。
ちんと見届ける必要がある。見届けるというのは別の言い方
をすると、評価をするということである。
南アフリカの読書教育事情
多様な側面を捉え、子どものさまざまな読書行動を把握でき
もう一つ、最近行った南アフリカの事情について述べたい。
るような評価を開発していく必要がある。評価の開発には、
南アフリカは 11 言語もの公用語(home language)がある。
データの積み重ねが必要であり、資金も必要である。しかし、
11 言語のうち一つは英語、もう一つはアフリカーンスという
教師や教育関係者、教育関連の民間企業が、共に子どもの読
オランダ語を起源とする言語で、残りの九つはズールー語やコ
書評価のツールを作り出すよう、手を携えていきたい。
ーサ語など部族の伝統的な言語である。国としては多言語教育
最後に、国際テストで測られる読書力は、わが国で育てたい
政策をとっており、子どもたちは少なくとも二つ以上の言語を
子どもの読書力の一部であるということも認識しておきたい。
学ぶことになっている。それぞれの子どもの親がその言語を選
つまり、国際テストでも高い能力を育てることと、日本人独特
択する。国の教育省は、この難しい状況を克服するために努力
のものごとの感じ方・考え方・振る舞い方を充実させていくこ
を重ねている。例えば、南アフリカの学習指導要領改訂版は最
とを、同時に平行させていかなければならない。しかし、平行
近の英語圏の研究成果が反映された、非常に優れたものとなっ
させていくときの両者の関係については、今後教育界でもっと
ている。多言語教育政策に対する考え方の示し方や、アウトカ
議論していく必要があるだろう。PISA に参加したことを、わ
ムという能力を身に付けた子どもの状況を示すという手法、評
が国の未来に上手に役立てていきたいものである。
価規準を含んでいることなど非常に興味深い。
しかし、最も印象的だったのは、英語と一部のアフリカー
ンスの本を除いては圧倒的に本が足りないということであっ
た。読むことを教えるために、大学も NPO もさまざまな研究
を重ねている。まずは多くの資金を投入して、本を作るとこ
ろから始めなければならないのだ。九つの部族語はアルファ
ベットの書き言葉があるそうだが、綴りが長いなど、子ども
にとって学習しにくい言語であるということも知った。改め
て、読書教育の前提として読書文化を作り上げていくことの
20
それから、PISA の内容だけに捉われず、読むということの
重要性を認識した。
Reference
●『今、教育の原点を問う』諏訪春雄編/勉誠出版/2005年
●『教育フォーラム38 号』人間教育研究協議会編/金子書房/2006年
● “Becoming Literate: The construction of inner control” Clay, M. M. Heinemann.
1991.
● “Revised National Curriculum Statement Grades R-9 (Schools)” Department of
Education, Rep. 2002.
● “The Nation‘s Report Card: Reading 2002” Grigg, W. S., Daane, M. C., Jin, Y., &
Campbell, J. R. National Center for Education Statistics. 2003.
●『生きるための知識と技能〜 OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)2000 年調
査国際結果報告書〜』国立教育政策研究所/ぎょうせい/2002年
● “PIRLS 2006 Assessment Framework and Specifications: 2nd Edition” Mullis, I. V.
S., Kennedy, A. M. Martin, M.O., & Sainsbury, M. TIMSS & PIRLS International
Study Center Lynch School of Education, Boston College.
● “Evaluación de la Educación Primaria 2003” Pérez Zorrilla, M. J. Ministerio de
Educación y Ciencia. Instituto Nacional de Evaluacióny Calidad del Sistema
Educativo. 2005.