日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014) イタリアの火山と地震の教育プロジェクト「EDURISK」の概要 An Outline of "EDURISK" - Educational Project for the Volcano and Earthquake in Italy 土田 理 TSUCHIDA, Satoshi 鹿児島大学教育学部 Faculty of education, Kagoshima University [要約]イタリアは日本のように火山が多くある国であり,これまでも火山噴火にともなって歴史的な 災害を経験している。そのような状況のもと,国家市民保護局と国立地球物理学火山研究所が,民間団 体とも連携をとって,幼児から大人までを対象とした防災教育プロジェクト EDURISK を開発し,展開 している。EDURISK プロジェクトの事例は,日本において火山と地震の教育を幼年期から中等段階ま で系統的に行うための知見を与えるものである。 [キーワード]火山,地震,防災教育,イタリア,K-12 1.はじめに 史上最初の水蒸気噴火を起こしている。そしてこ 現在の日本列島には,北から南まで 110 の活火 の噴火を境にして,1970 年代まで用いられてい 山と 200 以上の第四紀火山の存在が確認されてい た「死火山」という言葉は使われなくなった。 る。日本列島を形作る5つの島弧上の火山分布の また 2003 年に火山噴火予知連絡会は,国際的 海側限界である火山フロントは,大きく東日本火 な動向にそって「概ね過去 1 万年以内に噴火した 山帯と西日本火山帯に区分され,二つが出会う場 火山及び現在活発な噴気活動のある火山」を活火 所はフォッサマグナ付近である。そして,これら 山と定義し直した。そして,それ以外は「活火山 東西の火山帯は,千島−カムチャッカ海溝,日本 以外の火山」としている。つまり,噴火活動がな 海溝,南海トラフ,琉球海溝とほぼ平行であるこ い火山が,今後も噴火しないという保証は,誰に とから,大陸プレートへの海洋プレート沈み込み もできないのである。 が火山活動と深い関係があるとされている。四国 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災以来,津波や と中国地域の一部を除いて,日本列島は,まさに 地震に対する防災教育の必要性と事例が関係学 火山からなる島弧と陸域である。 会においても多く取り上げられているが,火山に 火山活動は,熱水鉱床や温泉,国立公園に代表 関する教育や防災に関した研究事例は,まだ少な される風光明媚な地形など,沢山の恩恵を私たち い現状にある。特に,幼年・初等期の子どもに火 に与えてくれるが,一方で多くの災害ももたらし 山や地震に関する正しい知識を与えることは,そ ている。火山活動に関連した災害は,噴火活動に の後の中等段階や成人になってからの自然災害 ともなう火砕流,噴石,火山砕屑物(降下火山灰, に対する意識を継続させる基盤になると筆者は 降下軽石)による災害から,火山ガス噴出,火山 考えている。 性地震,火山性地殻変動による災害,土石流によ 本研究では,小学生を対象とした火山教育実践 る災害など,様々な種類が含まれる。重要なこと の事例調査の後,イタリアの EDURISK プロジェ は,これらの災害は,現在も火山活動によって引 クトの概要を調べ,日本の小学校理科における火 き起こされるという事である。 山と地震の教育について提言を行う。 この事実は,2014 年 9 月 27 日に長野県と岐阜 県の県境にある御嶽山が噴火し,多くの登山者が 2.日本における小学生に対する火山教育事例 被害に遭遇されたことが示している通りである。 昭和 52 年改訂の小学校学習指導要領では理科 今回大きな被害を出した御嶽山は,1979 年に有 から火山に関する内容が無くなっているが,昭和 ― 19 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014) 33 年改訂以来,火山は小学校第 6 学年理科の内容 (2011)は,博物館と学校との連携授業で色チョ で扱われている。そして,地震に関する内容は平 ークを使った水槽中での火山噴火モデル実験授 成 10 年改定から小学校理科に加わっている。し 業を,小学校 5,6 年生を対象に行っている。 かし,土地のつくりと土地のでき方が中心である いずれの研究においても,火山と地震に関する ため,火山の噴火や地震によって土地は変化する 専門的知識をもった研究者と学校教員が連携し ことは指導内容に入っているものの,火山活動に て,具体的題材を通した授業を行うことで,児童 関連した災害に関する内容は少ない。 の火山に対する意識が高まったことが示されて 過去 10 年程の間に報告されている,小学校の いる。一方,小学校理科の現行学習指導要領で最 理科授業で火山を扱った研究事例をあげる。林, 初に火山が扱われるのは小学校 6 年であることか 高橋,浦野(2002)は,学校教育の中での火山防 らも,これらの貴重な実践事例が他の地域でも広 災教育事例として,秋田大学教育文化学部附属小 く一般の学校にまで広がっているとは言えない 学校 6 年生を対象として,立体地形モデルとココ 現状があること,また幼年・初等前期からの火山 アを使った泥流や溶岩流の実験を行い,児童の会 と地震の学習についての国内事例は見当たらな 話プロトコル記録を行っている。佐藤,境(2010) い。 は,羅臼岳山麓の小学校において羅臼岳に関する 授業を行い,噴火時の溶岩流イメージの作画,立 3.イタリアにおける火山と地震の教育 体地図上で児童の家と過去の火山災害地域との (1)イタリアの火山について 比較などを通した火山減災プログラムを行って いる。大野(2010)は,新潟県糸魚川市内の公立 小学校 5,6 年生を対象に,地域の火山である新 潟焼岳と妙高火山を題材にした総合的な学習プ ログラムを行っている。安野(2010)は,北海道 の有珠山を題材にした,小学校社会科授業におけ るハザードマップを活用した防災教育実践例の 紹介を行っている。川村(2011)は,2011 年霧 島山新燃岳噴火を題材に,2 地域の小学校から高 等学校の理科担当教員に火山と災害の教材に関 するアンケート調査を行い,教材化を促進するた めの方策を提示している。そして川村,田口(2011) は,新燃岳噴火の映像や火山降下物を素材に秋田 県内公立小学校の 4 年生と 6 年生を対象として, 火山に関する知識と理解を深める授業実践を行 っている。 一方,地域センターと学校連携や林間合宿など を通して火山を扱った事例としては,吉川他 (2006,2013)は,阿蘇の火山地域で生活してい る子どもへ火山に関する噴火やそれに伴う災害 の知識を提供するための火山博物館と学校連携 の取り組みを行っている。山崎,高橋,安藤(2009) は,小学校高学年から中学校の児童・生徒を対象 とした野外宿泊体験を通しての火山,特に富士山 図1:イタリア南部の活火山 の学習プログラムを行っている。また,笠間他 (http://vulcani.ingv.it/it/より引用) ― 20 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014) イタリアのサルデーニャ島からシチリア島と Sperimentale di Trieste:トリエステ地球物理実 イタリア半島の海峡付近は,アフリカプレートと 験観測所)が関わってきた。 ユーラシアプレートが接する場所である。その影 先に示したように,幼児から大人まで広く市民 響を受けて,イタリアだけでも10を越える火山 に情報を提供することと,その獲得を促すために, があり,INGV(Instituo Nazionale di Geofisica e プロジェクトには,地質学者,地震学者だけでな Vulcanologia:国立地球物理学火山研究所)が中 く,地震ハザードマネージャー,地震歴史学者, 心となり,24 時間の火山監視を行っている。 耐震エンジニア,心理学者,教育学者,関係企業, 出版社,絵本作家,イラストレータなども加わっ ている。 絵本作家も加わっているので,幼稚園 4 歳児ク ラス以上を対象とした「地震が起きるとどうなる のか」などは,幼児にも分かりやすい絵本として 提供されている(図3,4)。 図2:INGV Osservatorio Vesuviano Napoli の 監視室(筆者撮影) この研究所は,ナポリのヴェスビオス火山観測 所を中心とした,4つの研究所・観測所で構成さ れている。火山活動の監視だけではなく,火山研 究や教育資源の供給も行っており,EDURISK プ ロジェクト開発にも関わっている。 図3:幼児向け地震に対応するための絵本 (EDURISK2005 テキストより引用) (2)EDURISK プロジェクトについて EDURISK プロジェクトは,過去にも多くの火 山や地震災害に見舞われているイタリアですら, 多くの市民が滅多に起こらない災害と考えてい る現状への対策,として企画されたものである。 目的は教育ツールの開発と提供であり,「火山 と地震リスクに対する正しく正確な知識の提供」 「自分自身を守る多様な方法の提供」「幼児から 大人までを対象としたプログラムの提供」を目指 している。 EDURISK プロジェクトの構想は 1999 年に GNDT(del Gruppo Nazionale per la Difesa dei Terremoti:国立地震防災グループ)の研究者が 立ち上げて,その後,2002 年から 2009 年(途中, 1 年間は中断)の間,国家市民保護局の支援を受 図4:猫の Spillo が対応方法を解説 けて,INGV と OGST( l’Osservatorio Geofisico (EDURISK2005 テキストより引用) ― 21 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014) この絵本では,Spillo という名前の猫がリード 図6は,8 歳以上を対象としたテキスト「私た 役となり,「家の中」「公園」「町の通り」「学校」 ちと火山」である。このテキストでは,博士とそ の 4 カ所で,平常時の様子と地震が起きたときの の助手で Anna という名前のガチョウ,主任助手 様子,対処の方法を,子どもに語りかける設定と のトランペットが,以下の項目を文字とイラスト なっている(図4)。 でわかりやすく説明していく。 また,教師用テキストが用意されており,ゲー テキストで扱っている内容: ムを行う中で,災害時の対応方法を考える事例も 「地球の内部構造」「火山の成り立ちと火山の 紹介されている(図5)。 種類(図7)」 「火山噴火の種類と溶岩,火山岩(図 8)」 「海底火山とホットスポット」 「火山の災害」 「イタリアの火山と噴火の歴史」「予測できない 危険(数値の比較)と危険を減らす方策(図9)」 「火山のモニタリング」 「火山の恵み(地熱発電, 温泉)」「火山に関する問題」 図5:Teachers’ Guide の事例 (EDURISK2005 テキストより引用) 図7:火山の種類についての記述 (EDURISK2007 テキストより引用) 小学校 3 年生以上を対象としているが,火山に 関する内容は多岐にわたっている。対象とする児 童に興味関心を持ってもらうようなテキストの 作りをしているが,日本では高等学校地学で初め て扱うような内容についても,正しく知識提供が されている点,また火山に伴うリスクとリスクを 図6:8 歳以上対象の「私たちと火山」 (EDURISK2007 テキストより引用) ちいさくするための取り組みを紹介している点 に特徴がある。 ― 22 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014) 4.小学校理科での火山と地震の教育試案 先にも述べたように,現在の理科教育では小学 校 6 年生になって初めて火山についての学習が行 われる。火山災害に対する防災意識を啓発するた めにも,6 年生では過去の火山災害の記録という 視点でも地層観察を行うことが求められる。そし て,現在,私たちが暮らすこの地も火山活動で大 きく変化する可能性があることに気づかせるこ とが大切である。 また,先行研究でも示されているように,6 年 生の「土地のつくりと変化」の単元以外の学習場 面でも,火山と私たちの生活,火山がもたらす恵 みと災害とを関連づけた,発展的な知識の提供を 教師が行うことが求められる。そして,小学校段 階でも可能な観察や実験を行いながら,正確な情 報収集の重要性に児童が気づく場面を積極的に 作っていくことが求められる。 以下に,現在の小学校理科で扱う内容と火山を 関係づけるための試案を示す。 図8:火山岩の種類(噴火のモデル実験) [第 3 学年] (EDURISK2007 テキストより引用) 磁石の性質 ・火山降下物中の磁鉄鉱探し 日なたと日かげの温度 ・もし火山噴火が日光を遮ったらどうなるのか [第 4 学年] 金属,水,空気と熱の伝わり方, ・地球の内部での熱の伝わり方 水の三態変化 ・水は水蒸気になると体積が急に大きくなる事 天気の様子 ・定点継続観測の必要性 月と星 ・星が光っている理由 [第 5 学年] 流水の働き ・水の浸食作用と火山地形,温泉水の源,河原 の石の供給源 天気の変化 ・台風進路予測は視覚情報も含めて多くのデー タ収集ができるが,火山噴火では地面の下は見 えずデータ収集も困難であること 図9:予測できない危険について (EDURISK2007 テキストより引用) ・台風や梅雨時期などの大雨と土石流 ― 23 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 1(2014) [第 6 学年] 佐藤真太郎,境智洋:児童の火山噴火イメージを 燃焼の仕組み 変える火山減災教育,北海道教育大学釧路分校 ・火山ガスの危険性・火山性ガスの成分 研究報告 42, pp.109-115, 2010 大野綾子:地域の特色を生かした防災教育 : 地域 水溶液の性質 ・温泉水の性質と種類 の火山との共生を目指した学習活動,理科の教 電気の利用 育 59(9), pp.14-17, 2010 ・地熱資源の活用 安野功:小学校 自然災害の防止〜「火山の噴火」 人の身体のつくりと働き 〜にかかわる新教材の着眼点,社会科教育 ・硫化水素などの火山性ガスの危険性 47(8), 明治図書出版,pp.114-117, 2010 生物と環境 笠間友博他:水槽実験を活用した小学生向け火山 ・噴火後の植物相と動物相の変遷 学 習 プ ロ グ ラ ム , 地 学 教 育 64(1), pp.1-12, 月と太陽 2011 ・太陽の表面,大昔の地球 川村教一:火山噴火と災害の教材に関する実態と ニーズ:2011 年霧島山新燃岳噴火についての 5.今後の展望 教 員 ア ン ケ ー ト か ら , 地 学 教 育 , 65(3) , EDURISK プロジェクトは現在も継続されて pp.97-101,2012 いるが,2010 年以降はギリシャ,イタリア,ブ 川村教一,田口瑞穂:火山噴火と災害についての ルガリア,フランスが共同で行っている RACCE 小学校理科における授業実践 : 2011 年霧島山 プロジェクト(Raising earthquake Awareness 新燃岳噴火を例として,秋田大学教育文化学部 & Coping Children’s Emotions)へ,発展的に移行 教育実践研究紀要 34, 35-43, 2012 している。年内に RACCE プロジェクトの概要調 吉川他:火山地域にくらす子どもたちの学習(火山 教育・阿蘇火山,日本火山学会 2006 年秋季大 査と現地学校視察を行う計画である。 会),日本火山学会講演予稿集 2006, 46, 2006 [謝辞]本研究を進めるにあたり,INGV Osser- 吉川美由紀,児玉史郎:地域の特色を生かした小 vatorio Vesuviano Napoli の Dr. Rosella Nave 氏 学校理科地球科学分野の学習指導計画開発と には,多忙にも関わらず,多くの助言,資料提供, 実践(防災・教育),日本火山学会講演予稿集 施設見学を頂き,感謝申し上げる。 2013, p.94, 2013 山崎良雄,高橋 典嗣,安藤 康行:「地球探検隊」 ※本研究は,平成 25 年度,平成 26 年度の JSPS の試み-富士山,千葉大学教育学部研究紀要 57, 基盤研究(C)(23501023) (26350196)の一部であ pp.347-354, 2009 気象庁 web ページ; る。 http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/toky 引用及び参考文献 o/STOCK/kaisetsu/katsukazan_toha/katsuka 米倉他:日本地形 1「総説」,東京大学出版会,2001 zan_toha.html(2014 年 9 月 29 日確認) 日本土木学会編:火山とつきあう Q&A 99, (社) INGVweb ページ;http://www.ingv.it/it/(2014 年 9 月 29 日確認) 土木学会,2001 拙著:小学校防災教育資料 教科・道徳で取り組 Costa, N., Giraldo, M.,L.,; What if there’s an earthquake?, む防災教育,東書教育シリーズ,p.12,2012 Progetti Educativi, Firenze/ INGV, 2005 林信太郎,高橋健一,浦野弘:学校教育の中の火 山防災教育 : 秋田大学教育文化学部附属小学 Giunti Luciani, R.,:Noi ei vulcani, Giunti Progetti 校における授業実践例,日本火山学会講演予稿 集 2002(2), p.105, 2002 ― 24 ― Educativi, Firenze/ INGV, 2007
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