ゴルフスイング時におけるスイング動作姿勢と 左右上肢の

ゴルフスイング時におけるスイング動作姿勢と
左右上肢の力発揮パターンの解析
Analysis of golf swing motion
and force exerting pattern of right and left arm
03M40260 矢澤周一郎 Shuichiro YAZAWA
指導教官 丸山剛生 助教授
審査員 中原凱文 教授 須田和裕 助教授
ゴルフスイングにおいて,左右の上肢は最終的にクラブに力を加える部分であり,そのエネル
ギー伝達において最も重要であると考えられる.そこで本研究では,左右上肢がスイング中にど
のように活動しているのかに注目した.そして,どのような左右上肢の使い方をしてスイングを
行えば高いパフォーマンスが発揮できるか,またプロゴルファーは,アマチュアゴルファーに比
べて,上肢の挙動にどのような特徴があるのかを明らかにする.
プロ及びアマチュアゴルファーのドライバーショットについて動作撮影,筋電位の測定,地面
反力の測定を行った.被験者は,プロゴルファー8 人,アマチュアゴルファー7 人を起用した.
その内,筋電計測には,プロゴルファー7 人,アマチュアゴルファー2 人を起用した.動作撮影
には 10 台の三次元モーションキャプチャーシステム(Vicon)を用い,サンプリング周波数 250Hz
で計測した.マーカーを被験者に 40 カ所,クラブに 4 カ所取り付けた.
左右の大胸筋,広背筋,腕橈骨筋,尺側手根屈筋,計 8 カ所のスイング中の筋電位をサンプリ
ング周波数 1kHz で測定した.また,得られた筋電位の値を力に変換するために,各筋について
10kg の荷重を保持し,等尺性収縮時の筋電位を計測した.
逆動力学解析により両手が発揮する合計トルクを算出した.スイング時のクラブの挙動から,
ダウンスイングに要した時間,最大ヘッドスピードを算出した.前腕の姿勢を表現する角度とし
て,コック角など,体幹の姿勢を表現するために,捻転角度を算出した.また,筋電位データか
ら,左右上肢の力発揮パターンを推定した.
これらの結果より,スイング中の両手首が発揮するトルクと,腕橈骨筋,尺側手根屈筋の力発
揮パターンを比較し,両手の筋発揮がどのような動作に貢献しているのかを考察した.両手首の
発揮トルクとヘッドスピードの相関,プロアマ間でのコック解放のタイミングの差について統計
的解析を行った.その結果,スイングで高いパフォーマンスを発揮するには,手首の橈屈・尺屈
方向のトルクが重要であることが示唆された.また,プロゴルファーは,アマチュアゴルファー
に比べて,手首のコックを解放するタイミングがインパクト直前であることが示唆された.
Analysis of golf swing motion
and force exerting pattern of right and left arm
Left and right arm are the most important part in golf swing because they finally
transmit force to the club. So, in this study, we take notice of how left and right arm
contribute to the swing. Then we reveal that how we use left and right arm to exhibit
high performance and that professional golfers have what kind of characteristic arm
moving pattern comparing with amateur golfers.
About professional and amateur golfers’ driver shot, we shoot high speed movie,
measure EMG and grand reaction force. Subject is 8 professional golfers and 7
amateur golfers. For EMG measurement, subject is 7 professional golfers and 2
amateur golfers. The measure of kinematics’ data during swing was established with
the optical motion capture system (VICON 612), and sampling frequency is 250Hz.
We attached marker to subject 40 points and club 4 points.
Left and right pectoralis major, latissimus dorsi, brachioradial muscle, and flexor
carpi ulnaris is measured when sampling frequency are 1kHz. To transform EMG
value to force value, each muscle keep 10kg weight, and measured EMG under
isometric contraction.
Using Inverse dynamics, we analyzed torque exerted left and right wrist. Down
swing time and maximum head speed is analyzed club’s movement. Cock angle to
explain fore arm posture, and angle of torsion to explain trunk posture is measured.
And using EMG data, we estimate left and right arm’s force exerting pattern.
As this conclusion, we compared torque exerted left and right arm with EMG
pattern exerted brachioradial muscle, and flexor carpi ulnaris in swing, we examine left
and right muscle activation contribute what kind of motion. Relationship between
torque exerted left and right arm with head speed and difference of cock release timing
about professional and amateur golfer is analyzed. So, to exert good performance, it is
important to use radial flexion and ulnar flexion torque. And it is cleared that
professional golfer released cock immediately before the impact than amateur golfer.
第 1 章 背景・目的
ゴルフスイングは,
地面からうけた反力を,
下肢,体幹,上肢,クラブ,ボールへと順番
に伝えていく動作である.左右上肢は,ゴル
ファーが発揮した力をクラブに伝達するのに
重要な部分である.
しかし,ゴルフは両手でクラブを握るとい
う競技の特性上,右腕−打具−左腕で構成さ
れる閉ループ構造が存在するため,画像デー
タをもとにした逆動力学計算による動作解析
では,プレーヤーの左右上肢が打具にどのよ
うな力を作用させているのかを計測すること
は不可能とされている.
この問題を解決し,ゴルフスイング時にお
ける左右上肢の力発揮パターンを測定するの
に,生体指標である筋電位を用いた.また,
スイングを撮影した画像データから逆動力学
解析を行い,両手が発揮する合計トルクを算
出する.
本研究では,スイング時における左右上肢
の力発揮パターンについて,画像撮影による
逆動力学解析と,筋電解析によって明らかに
する.そして,得られたトルクや筋電波形と
ヘッド速度の関係について解析し,どのよう
な特徴を持ったゴルファーが高いパフォーマ
ンスを発揮できるのかを考察する.また,高
いパフォーマンスを発揮できるとされている
プロゴルファーのスイングは,アマチュアゴ
ルファーのスイングとどのような違いがある
かを明らかにする.
第 2 章 方法
2.1 被験者
撮影実験の被験者はプロゴルファーとアマ
チュアゴルファーの 2 群を起用した.アマチ
ュアゴルファーは,普段からゴルフをプレー
しており,十分に慣れている者である.被験
者は全員右打ちの健常な成人男性である.詳
細は,Table 1 に示すとおりである.
筋電実験に起用した被験者は,2.1.1 の被験
者の中のプロゴルファー7 人,アマチュアゴ
ルファー2 人である.アマチュア,プロをま
とめて一つのグループとして扱った.
2.2 試技
スイング実験では各被験者が通常使ってい
る 1W に反射マーカーを取り付けたものを使
用した.反射マーカー,電極を被験者に取り
付けた後,スイング試技を行うまでに十分な
練習をさせた.被験者のスイングに対して特
別な指示は行わず,普段通りに打たせた.そ
して,各被験者の試技を 7 回ずつ測定し,被
験者の満足のいった試技を解析に用いた.
Table 1 Subjects and golf clubs data for
kinetics and kinematics analysis (mean ± SD)
プロ
被
験
者
ク
ラ
ブ
アマチュア
人数 [人]
8
7
年齢 [歳]
33.5 ± 6.1
39.3 ± 10.2
身長 [cm]
170.4 ± 4.0
169.9 ± 3.6
体重 [kg]
71.2 ± 8.4
72.5 ± 6.9
重心位置[m]
0.577 ± 0.008
0.595 ± 0.003
重量 [kg]
慣性
モーメント
[kgm2]
0.376 ± 0.005
0.308 ± 0.017
0.163 ± 0.004
0.163 ± 0.002
等尺性収縮下における筋電位と筋発揮力の
間には線形関係があることが知られている.
この事実から,筋電位と筋発揮力の関係式を
求めれば,スイング中の筋電位から筋発揮力
を推定することができる.
そこで,10kg の荷重を保持させ,大胸筋,
広背筋,腕橈骨筋,尺側手根屈筋が等尺性収
縮した時の筋電位を計測した.これを以降キ
ャリブレーション試技とよぶ.この結果から,
筋発揮力と筋電位の関係が求まる.この関係
を用いて,スイング中の筋電を筋発揮力に変
換し,それを力換算値とした.
2.3 実験装置とその設定
2.3.1 3 次元座標データ
マーカーは,直径 25mm のものを用いて,
Fig. 1 に示すような位置に被験者の全身40 点,
クラブに 4 点取り付けた.画像は光学式モー
ションキャプチャーシステム (Vicon) を 10
台用いて撮影を行った.サンプリング周波数
は 250Hz に設定した.
2.3.2 筋電データ
筋電位は,塩化銀の皿電極を用いて導出し
た.アンプ (Nihon Kohden AB621G) を用いて,
5.3∼1000Hz の帯域で増幅し,サンプリング周
波数 1kHz でデータを収集した.データの収集
には Power Lab を,解析には Chart を用いた.
筋電位の測定部位は,大胸筋上部,広背筋,
腕橈骨筋,尺側手根屈筋について,左右 4 カ
所,計 8 カ所測定した.
左右上肢は閉ループ系を構成しているため,
画像による逆動力学解析によって,それぞれ
がどのような力発揮をしているのか解析する
ことは出来ない.しかし,上肢の力発揮の際
に活動する筋の筋電位を計測するによって,
上肢の力発揮パターンを推定することが出来
る.
X
Z
Y
a. Left forearm
Fig. 1 Definition of local coordinate system
2.4 解析方法
第 3 章 結果と考察
2.4.1 スイングのフェーズ分け
3.1 両手首が発揮するトルク
Table 2 Swing phase
Phase 番号
範囲
Phase 1, 2
トップの位置∼地面と水平
Phase 3, 4
地面と水平∼インパクト
Phase 5, 6
インパクト∼再び地面と水平
2.4.2 局所座標系の設定
動作解析で得られた三次元座標データから
逆動力学解析を行い,クラブと前腕の間に働
くトルクを算出するのに,クラブと前腕に局
所座標系を設定する必要がある.
Fig. 1 に局所座標系の設定を示した.Fig. 1a
に示したように,左前腕については,長軸方
向を Z 軸,手関節の掌屈,背屈軸に平行な方
向に X 軸を,X, Z 軸それぞれに垂直な方向に
Y 軸を設定した.Fig. 1b に示したように,ク
ラブについては,長軸方向を Z 軸,シャフト
にとりつけたマーカーの軸の方向を Y 軸,そ
れぞれに垂直な方向を X 軸と設定した.
手首が発揮するトルクの計
算には Body Builder を用いた.
トルクは Fig. 1a の左前腕に取り
付けた局所座系で表記した.X
軸回りのトルクは,正は左手首
の背屈,負は掌屈方向のトルク,
X
Y 軸回りのトルクは,正は左手
Y
首の橈屈,負は尺屈方向のトル
クを,Z 軸回りのトルクは,正
Z
は左前腕の回内,負は回外方向
のトルクを主に表している.
Fig. 2 に両手首が発揮するトルクを示した.
これは,プロゴルファーの被験者 1 名の代表
例である.
Fig. 2a に X 軸回りのトルク,すなわち左手
の背屈・掌屈方向のトルクを示した.背屈は
正,掌屈は負を示している.矢印で示したよ
うに,トルクは大きく背屈方向から掌屈方向
へ変化している.
Fig. 2b に Y 軸回りのトルク,すなわち左手
の橈屈・尺屈方向のトルクを示した.橈屈は
正,尺屈は負を示している.矢印で示したよ
うに,トルクは尺屈から橈屈方向に変化して
いる.
Fig. 2c に Z 軸回りのトルク,すなわち左手
の回内・回外方向のトルクを示した.回内は
正,回外は負を示している.矢印で示したよ
うに,トルクは回外から回内方向へ変化して
いる.
それぞれのトルク成分において,背屈,尺
屈,回外方向のトルクは,クラブを加速させ
る方向のトルクである.このことより,矢印
方向のトルクの変化によって,スイングをブ
レーキするトルクが発揮されていることを表
している.この原因の一つとして,ヘッドの
加速をブレーキすることによって,インパク
トの精度を高めていると考えられる.
Phase 1
Phase 2
4
40
max
20
0
0
Impact
-20
-40
-60
-0.22
min
-0.17
-0.12
-0.07
Time[s]
b. Golf club
3
60
Wrist Torque X [N・m]
スイングにおいて最も重要なのは,トップ
からインパクトまでであると考えられる.フ
ェーズは,Table 2 に示すようにクラブの姿勢
を中心に分けた.Phase1 と 2 は同じ時間の長
さであり,3,4 と 5,6 についても同様である.
a.About X axis
-0.02 Impact
Phase 1
Phase 2
3
4
40
20
max
0
Impact
-20
min
-40
-60
-0.22
X
-0.17
-0.12
-0.07
-0.02
Impact
Time[s]
b.About Y axis
Phase 1
Phase 2
3
4
60
Wrist Torque Z [N・m]
Y
Z
4000
40
max1
max2
20
Wrist Torque・Time [N・m・s]
Wrist Torque Y [N・m]
60
差は見られなかった.これより,ヘッド速
度をスイングのパフォーマンスと考えると,
本実験のプロゴルファーとアマチュアゴル
ファー被験者の間にはパフォーマンスとし
て大きな差はないと考えられる.この結果
より,プロゴルファーとアマチュアゴルフ
ァーを一つの群として扱った.
2000
0
-2000
**
*
Fig. 3 Integrated wrist torque
(n=15, mean ± SD, *p<0.01, **p<0.001)
-4000
0
Impact
-20
min
-40
-60
-0.22
-0.17
-0.12
-0.07
-0.02
Impact
Time[s]
c.About Z axis
Fig. 2 Torque act on wrist
Table 3 Maximum head speed
(n=15, mean ± SD)
被験者
最大ヘッド速度 [m/s]
プロ
39.886 ± 2.401
アマ
37.091 ± 3.367
0.084
P値
3.2 クラブに伝達される角運動量
Fig. 3 は,X, Y, Z 各軸回りのトルク成分
を時間積分したものを示した.トルクの時
間積分は手首がクラブに伝える運動量を示
しており,この運動量によってクラブが加
速する.積分区間はトップからインパクト
までの時間である
横軸 X の正方向は背屈,負方向は掌屈方
向のトルク,横軸 Y の正方向は尺屈,負方
向は橈屈方向のトルク,横軸 Z の正方向は
回内,負方向は回外方向のトルクを表して
いる.その結果より,Y の尺屈方向のトル
クが,橈屈方向と比べて大きいことが示さ
れた.尺屈はヘッドを加速させる方向のト
ルクであり,重要な役割を持っていると考
えられる.
3.3 トルク特徴点と最大ヘッド速度の相関
Table 3 に,スイング中のヘッドの最大速
度を示した.最大ヘッド速度について,プ
ロ群とアマ群のデータを比較したところ,
Table 4 Characteristic wrist torque
(n=15, mean ± SD, *p<0.05, **p<0.01)
特徴点 トルク [N・m] 相関係数
Max
0.017
20.485±6.155
背屈
Min
-0.523*
-33.111±8.446
掌屈
Impact
-0.149
-13.768±6.759
Min
0.659**
-22.629±6.172
橈屈
Max
0.531*
-0.928±10.998
尺屈
Impact
0.577*
-14.247±8.742
Max1
0.464
21.704±6.531
回内
Min
-0.134
-30.728±17.698
回外
Max2
-0.283
5.536±7.294
Impact
-0.556*
-2.769±8.203
Table 4 に,被験者全員の手首が発揮する
トルクついて特徴点を抽出したものを示す.
そして,スイング中の最大ヘッド速度と,
抽出された各トルク特徴点との相関係数を
算出したところ,橈屈・尺屈トルクの全て
の特徴点と最大ヘッド速度において有意な
相関が見られた.これより,スイングで高
Fig. 4 に,左右手首のコック角について,
プロの代表例を示した.右手首のコック角
度がダウンスイング中に減少し,最小値を
向かえたあとに大きく増加することが,被
験者全員において観測された.このことか
ら,Table 5 には,トップからインパクトの
間の右手首のコック角度の最小角度と,そ
れが起こる時間を示した.プロゴルファー
被験者とアマチュアゴルファー被験者の間
で,コック角度の最小値に有意な差は見ら
れなかったが,時間に有意な差が見られた.
アマチュアゴルファーに比べて,プロゴル
ファーはコック角度の最小値が起きる時間
がインパクトの直前であることが示された.
この結果から,プロゴルファーは手首をス
イング開始からコックした状態を維持し,
さらにコックさせていき,インパクト直前
に急激にコックの解放する動作パターンを
行っていることが示唆される.
Phase 1
Phase 2
3
Angle [Deg]
: Left
: Right
400
300
200
100
0
1
2
3
4
Phase
Impact5
6
a. Brachioradial muscle
3000
: Left
: Right
2000
1000
4
180
150
Fig. 5a に示したように,腕橈骨筋について
は,右側と比べて,左側が大きく活動してい
る.これは左上肢が大きな力を発揮し,クラ
ブの慣性力に対抗して,前腕を回内させてい
ることを示している.
Fig. 5b に示したように,尺側手根屈筋につ
いては,大きく活動している時間が,フェー
ズ 3 以降で左右交替し,以降右が大きく活動
している.これは,インパクトの前に右手の
尺屈動作でクラブを加速させているためと考
えられる.
Estimated Force[N]
3.4 手首のコック角度の特徴点
3.5 フェーズごとの RMS 筋電位
Estimated Force[N]
いパフォーマンスを発揮するのに,手首の
橈屈・尺屈方向のトルクは重要な要素であ
ることが示唆される.この結果は,Fig. 3.2
において,橈屈・尺屈方向のトルクの積分
値が最も大きくなったことと併せて,橈
屈・尺屈方向のトルクの重要性を示唆して
いる.
0
1
: Left
: Right
2
3
4
Impact 5
6
Phase
b. Flexor carpiulnaris
120
90
Fig. 5 EMG about each phase (mean ± SD)
min
60
参考文献
30
0
-0.22
-0.17
-0.12
-0.07
-0.02
Impact
Time[s]
Fig. 4 Wrist cock angle
Table 5 Minimum right hand cock angle
and it’s time (n=15, mean ± SD, *p<0.05)
最小コック
被験者
時間 [s]
角度 [deg]
プロ
86.759±10.597 -0.091±0.021
アマ
94.059±12.703 -0.185±0.101
0.2462
0.0223*
P値
・ MARILYN PINK, MS, PT, FRANK W.
JOBE, MD, AND JACQUELIN PERRY,
MD, Electromyographic analysis of the
shoulder during the golf swing, The
American Journal of Sports Medicine, 1990,
Vol. 18, No. 2, P.137-140
・ 小池関也,白木仁,藤井範久,阿江通良,
作用力測定用ゴルフクラブの開発,社団
法人日本機械学会ジョイント・シンポジ
ウム講演論文集,No.03-12,2003 年,
P.88-92