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Marine Mammals of Monterey
∼カリフォルニアのラッコとイルカ∼
(2007 年 8 月 27 日∼9 月 5 日)
帯広畜産大学
段麻優子
A)プロジェクトについて
モントレー湾の海棲哺乳動物、カリフォルニアラッコ(Southern sea otter)とバンドウイルカ
(Bottlenose dolphin)を調査する。
ラッコ(Enhydra lutris)
ラッコは食肉目の最小の海棲哺乳類で絶滅危惧種に指定されて
いる。北海道からアラスカにアジアラッコ、北アメリカ西海岸に
カリフォルニアラッコが分布する。1700 年代には 150,000∼
300,000 頭いたが、毛皮を目的とした乱獲により急激に数を減らし
1900 年代には 1,000∼2,000 頭となった。その後、1911 年に狩猟
が禁止されるようになったが、乱獲前の数には戻っていない。ま
た、餌となる貝類の減少でここ数年再び数を減らした。このこと
からラッコは海の環境および生物の生態のバロメーターともなる。このプロジェクトではモント
レー湾沿岸からカリフォルニア海岸で 2 番目に大きい湿地である Elkhorn Slough の曲がりくね
った海峡でカリフォルニアラッコの数、分布、行動、カヤックなど人によるラッコの行動パター
ンへの影響を調べた。モントレー湾沿岸ではボートやカヤックの往来が多く、Elkhorn Slough の
季節による海水と淡水のバランスの変動もラッコの分布に変化を与えると言われている。
今回行った調査
① Slough count
モントレー湾沿岸から Elkhorn Slough を 17 個のエリア(Area1∼17)に区分して調査を行う。
ボートで湿地の奥まで行き、その後モントレー湾へ降りてくるときに発見したラッコの個体数を
調査した。Census data sheet に以下の項目を記録した。
・ 性別(ラッコのオスはテリトリーを持つ)
・ 年齢(adult, juvenile)→年を取るにしたがい、毛の色が白っぽくなることで判別。
・ 緯度、経度(GPS で測定)
・ ボートからの距離、方角
・ 行動(以下の行動を頭文字で記録)
-Resting(R、休憩)
-Grooming(G、毛づくろい)
-Foraging(F、捕餌) -Playing(P、遊ぶ)
-Mating(M、交配)
-Alert(A、警戒)
-Traveling(T、移動)
② 15-minute sea otter behavior scan
North Beach にて 15 分毎、ラッコの行動を観察した。2 人組みで行える作業で 1 人が双眼鏡で
ラッコがどのような行動をしているかを言い、以下の項目を1人が記録した。
・気温、風速、風温
・行動(forage, rest, groom, mate, travel, interaction, other、それぞれの数を数えた)
※夜の調査では行動が見えないので inactive, active の数を 30 分毎にそれぞれ数えた。
・raft tightness(分布を loose, medium, tight で判断)
また、地図上のどこにどのような行動をしているラッコがいるかについて記入。
③ 5-minutes vessel traffic count
North Beach にて 5 分毎に調査域に入っている船舶(sailboat, dinghy, powerboat, kayak,
yacht, other)の数を数え、それに対してラッコに反応があれば記録した。
④ Boat-sea otter interaction
ボートによるラッコの行動に変化があれば、その時間、ボートの種類、ボート名、登録番号を
双眼鏡で見て、ボートとラッコの最小距離を記録する。ボートとラッコの距離はラッコの体調を
1mと換算する。最小距離にいるラッコの行動を観察した。
※②∼④は North Beach で座りながらの観察。North Beach は Slough count での Area2 にあた
る。
イルカ(Tursiops truncatus)
モントレー湾周辺にも多種のイルカが見られるが、今回は
沿岸に生息するバンドウイルカを調査した。現在中央カリフ
ォルニア沿岸では 200∼300 頭のバンドウイルカが確認され
ている。背ビレによる個体識別調査、群れの大きさ、数の増
減などを観察した。バンドウイルカの調査に関してはモント
レーが最北の地域である。エルニーニョや温暖化の影響でバ
ンドウイルカの生息地の北限が上がってきている。ロサンゼ
ルスで調査しているグループと背ビレの写真を共有することで移動範囲も調べている。
今回行った調査
①
ボートでの調査方法
操縦者、その横で記録する人、カメラで背ビレを撮る人、
観察者と役割分担する。観察者はバンドウイルカを発見し
たら船首を時計の 12 時として位置を操縦者に知らせる。
緯度、経度、海底までの深さ、風力、雲量、風速、風向を
記録しボートを停め、最小・最大個体数(正確な数はわか
らない)、また子どもの有無およびその最小・最大数を見る。
行動や移動している方角も観察した。
調査域に入ってから 15 分ごとに測定し、その間に発見したバンドウイルカ以外の動物(ラッコ、
マンボウなど)も記録した。アザラシ、アシカについてはよく見かけるため、記録しないことが
多い。
②
背ビレの写真
背ビレの写真カタ ログと調査で撮った背ビレが一致す
るかを一つずつ照らし合わせる。背ビレの切れ込み、傷な
どで識別され、1 頭ずつ名前が付いている。
・Team3 のメンバー
スタッフは本調査の長でマサチューセッツ大学教授
Dr. Daniela Maldini、コーディネーターの Cyndi、マサチューセッツ大学の学生 Steph、Andrew、
Mark の 5 人でボランティアは 2 人(イギリスからの Andrew M.と日本からの私)、今までで最
も少ないボランティア数のチームとなりすべての作業・調査を全員で行った。人数が少ないため
部屋も一人部屋が与えられた。
〔プロジェクト内容・日誌〕
Day1(8 月 27 日)
10:00A.M. beach resort hotel ロビー集合。これから 10 日間生活する家に着き、リビングでイ
ントロダクション。環境に慣れるためと自由時間を与えられ Andrew M.と周辺散策、ビーチへ。
アザラシ、クラゲとたくさんの鳥の死骸を目にした。夜、Daniela からラッコについてのレクチ
ャー。カタログを見ながら一致するイルカの背ビレを探す作業。みんなでヨガをして就寝。
Day2(8 月 28 日)
11:00A.M.から SPYHOP に乗り、Slough Count。モ
ントレー湾沿岸で多くのラッコを確認。17∼19 時まで
North beach にてラッコ調査(15-minute sea otter
behavior scan、5-minutes vessel traffic count、
Boat-sea otter interaction)。ここには約 50 頭のラッコ
がいた。このエリアにはまだ若くてテリトリーを持たな
いオスと年を取ったオスがいる。家に戻り調査データー
をパソコンに入力して作業終了。
Day3(8 月 29 日)
朝 7 時からボートに乗ってイルカ調査を行う予定
であったが濃霧のため延期になり、Daniela から
イルカのレクチャーを受ける。10 時、霧が上がって
きたので Moss landing(港)から 2 チームに分かれ
てボートに乗り込む。SPYHOP で Andrew、Steph、Cyndi が港から北部を調査、NEREIS で
Mark、Daniela、Andrew M.と私が南部を調査。北部で調査中の SPYHOP は、ビーチで監視し
ていたライフセーバーが何かを尋ねてきたが、聞こえないと手を振ったら、ライフセーバーはサ
ーフィンで船まで来たようだ。またパトロール船にも止められたようだ。新聞に載っていたが、
前日にサメがサーファーを襲う事件があったのも関係するかもしれない。北部ではイルカが見ら
れなかったが南部ではいくつかの群れを確認した。
Day4(8 月 30 日)
24 時間ラッコ調査の日。2∼3 人で 4 時間ずつシフトを組む。早朝 5 時からのシフトに Andrew
と Daniela と入った。まだ暗い中で寝転びながら観察した。ビーチで寝ているラッコもいたが日
が昇ってくると海水に入っていき、餌を捕りに行くラッコが増えた。9 時に調査が終わりコーヒ
ーショップに寄り、買い物について行った。お昼頃に家に戻り、再び 13 時から Cyndi とシフト
に入りラッコの調査となり忙しい1日であった。
Day5(8 月 31 日)
レクリエーションの日。Andrew M.とモントレー観光を楽しむ。9∼13 時、フィッシャーマン
ズウォルフからホエールウォッチング船に乗る。残念ながらクジラは見られなかったがカマイル
カ(Pacific white-sided dolphin)とセミイルカ(northern right whale dolphin)を見た。
また、モントレー水族館にも訪れた。モントレー水族館は、館内の展示物だけでなく実際に外
に出て海も見られるように工夫がされていた。そこから見るモントレーの海にはジャイアントケ
ルプの森が広がっていた。大きな水槽で魚たちと泳ぐサメはモントレーで最近捕獲されたホホジ
ロザメ(white shark)だった。実際にエイ、ヒトデなどに触れたり、子どもも楽しく海を知るこ
とができる展示がたくさんあった。各場所にボランティアがいて質問があれば気軽に声をかける
ことができる。
Day6(9 月 1 日)
朝 7 時からイルカ調査の予定がまた霧のため 10 時からの調査となる。Daniela 除いた皆で
NEREIS に乗り南部の調査。途中、ボートのモーターが故障し、アンカーを下ろし助けを呼ぶと
いうハプニングもあったが、無事モーターが回復し調査が続行できた。Daniela、Steph、Andrew
が新しいハードウェアを買いに行った。夜は全員でサンタクルーズまで寿司を食べに行った。
Day7(9 月 2 日)
朝 7 時からイルカ調査の予定が濃霧で 8∼11 時ラッコ調査に変更。North beach から Andrew M.
と 2 人で調査。日曜で天気もよくなったのでカヤックを楽しむ人が多く行き来していた。15 時か
ら再びラッコの調査であったが、観光客、ビーチに向かう車で道が大渋滞となり予定変更。車で
北へ向かい GIS を使って地図を作るための調査を行うことになった。マッピングは 15 時から 20
時までひたすらビーチを歩いて行った。船で遭難した時に目印になりそうな建物、木などの位置
を写真に撮り、緯度・経度を測定した。夜、イルカの背ビレをカタログとあわせる作業を行い、
カタログにはまだないイルカに Kai(ハワイ語でも海という意味)と名前をつけた。
Day8(9 月 3 日)
予定ではラッコ調査の日であったが、前日イルカの調査ができなかったためイルカの調査にな
る。9 時からボートで海に出るが霧が濃くなってきて、沿岸でのバンドウイルカの調査を打ち切
り、沖にオルカを探しに行くツアーに変更。オルカは現れなかったが、ハナゴンドウ(Risso’s
dolphin)が見られた。ハナゴンドウもなかなか見られない種らしく、スタッフも大喜びしていた。
午後はフリータイムでビーチに行った。イルカの背ビレ合わせをし、再び名前のないイルカ 2 頭
に名前を付けた。名前は、Nii(背びれに 2 つ切り込みがはいっているので 2 という意味)と San
(背びれに3つ切れ込みがあることと日本語の山(さん)と英語の Sun(太陽)をかけて)とした。
Day9(9 月 4 日)
朝 7 時からイルカ調査。この日も霧のため 9 時からの調査になった。今期は南にイルカが多い
ということで南に行く。イルカ 50 頭くらいの大きな群れと遭遇し、どこを向いてもイルカ、船の
下にもぐって先導するイルカなどすごい光景だった。Steph と Andrew は新学期が始まるという
ことで夜の飛行機でボストンに戻った。スタッフが空港に見送りに行っている間、Andrew M.と
イルカのデーター整理、背ビレ合わせをした。
Day10(9 月 5 日)
出発の日。出発時間までフリータイムでビーチに行ったりして最後のモントレーを楽しんだ。
B)学んだこと・得たことをどのように共有するか
ラッコの調査をした North beach はモントレーの中心部につながる唯一の道で、車の通行量が
多い。夏の晴れた日にはビーチに向かう車、街に出かける車で大渋滞となる。ラッコの休憩する
場所は道路からよく見える。毎日モクモクと煙の出ている 2 つの煙突も近くにある。モントレー
では人の生活と隣接した地域で野生動物が見られる。アザラシやアシカは船の横で寝ていたり、
岩の上で群れをなして吠えていた。日本ではアザラシが海岸にいれば大きく取り上げられる。私
の住む北海道でも豊頃(とよころ)にアザラシが出現し、コロちゃんと名付けられ話題になった。
豊頃の静かだった港にコロちゃんを見ようと多くの見物人が来るようになり、観光客がアザラシ
に触れようとして噛まれるという事故も起こった。また、キタキツネも観光地の周りでは車で接
近しても逃げず、餌をねだって近づいてくるものもいる。野生動物との接し方を考えていく必要
があると思う。モントレーでは日常の生活の中に野生動物がいるのが特別ではなく、普通の光景
となっていた。野生動物と何か隔てるものがなくても、ある程度の距離以上は立ち入らない。瀕
死のトリがいても報告に来るだけで触れようとはしない。日本とアメリカでは野生動物に対する
考え方、接し方の違いがあるように思えた。
エルニーニョ、温暖化による水温の上昇でバンドウイルカの生息地の北限が変わってきている。
これは、バンドウイルカだけでなく、自然界のすべてのバランスに影響する。また、15 度以下の
冷たい水で生活するラッコも水温の上昇が進めば生息地がさらに狭くなる。これからもモントレ
ーでイルカやラッコが普通に見られる環境を守っていかないといけないと強く思った。
調査中、近くでサーファーがサメに襲われて大怪我をする事故が報じられた。新聞にはサメに
大きく噛みちぎられたサーフボードの写真が掲載された。目撃者によるとイルカたちが周りを泳
いでいてサーファーからサメが遠ざかるように警戒しているかのようだったとのことである。イ
ルカたちが自らの子どもを守るために取っていた行動か、人間を守るために取った行動かはわか
らないが興味深い話だった。この情報は、私たちが調査していることを知っている地域の人から
得た。調査中も観光客、地域の人と話す機会が多く、スタッフが丁寧に対応していた。レンジャ
ーを含め、周りの人々の理解があるからこそ調査はスムーズに行うことができ、貴重な情報を得
ることができた。フィールド調査では地域と密着して、周りからの理解と協力が大切であると感
じた。
日本に帰国して、野生動物、自然と離れた生活のなかで、今回見てきたこと・感じたこと、変
化しつづけている野生動物の生活環境をどのように伝えていけるかが大きな課題である。この貴
重な体験で得たことを一人で抱えているのではなく、家族、友達など身近なところから伝えてい
きたいと思う。
C)今回の体験がこれからの人生や社会にどのような意味を持つか。
私は将来獣医師として、何らかの形で動物と関わっていくと思う。温暖化、環境汚染などで野
生動物の生活環境は変化し続けている。ヒトの生活が豊かになるのと反対に自然の本来あるべき
姿は壊れていっている。野生動物の取り巻かれる環境の変化は無視できるものではない。プロジ
ェクトで出会ったスタッフ、Andrew、Mark、Steph は同じ大学生として、将来どういうことを
していきたいのかを話すことができた。3 人ともとても熱心に調査に取り組んでいて、フィール
ドでの調査・研究が大好きでとても楽しんでいるのがよくわかった。大学を卒業して社会に出て
も、いつか必ず大学院に戻って調査を続けたいと語っていた。私にとっても、今後どのように動
物と関わっていくか多いに考えさせられた。
カリフォルニア・モントレーでの 10 日間はあっという間であったが、内容がとても意義深いも
のであった。海棲動物の調査・研究がどのように行われているか、アメリカの大学生の研究に対
する取り組みを学ぶことが出来た。
今回、プロジェクトに参加して、貴重な体験をたくさんした。海でのフィールド調査の方法お
よびそのデーターの解析方法が学べたことは大きな収穫であった。ともに 10 日間生活をし、協力
して調査を行ったメンバーたちとの出会いはかけがえのない財産となった。このような素晴らし
い機会を与えてくださった日本郵船、アースウォッチおよび関係者の方々に心より感謝致します。