訴 東京地方裁判所 状 御中 2004年3月12日 原告ら訴訟代理人弁護士 大 橋 毅 埼玉県川口市●●● 原 告 サルマン・ タスク ン 原 告 ●●・ベルトラン 原 告 ジラン・ベルトラ ン 同所 同所 (送達先)〒171-0014 東京都豊島区池袋二丁目55番13号合田ビル2階 池袋市民法律事務所 ℡03-5951-6077 fax03-5951-6944 原告訴訟代理人弁護士 大 橋 毅 東京都千代田区霞が関一丁目1番1号 被 告 法 務 大 臣 野 沢 太 三 告 東京入国管理局主任審査官 東京都品川区港南五丁目5番30号 被 山 退去強制令書発付処分等取消訴訟 訴訟物の価額 貼用印紙 算定不能 追完予定 中 政 法 請 1 求 の 趣 旨 被告法務大臣が、2004年1月28日までに、原告らおのおのに対してなし た、出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく原告らの異議の申出は理由がな い旨の各裁決を取り消す。 2 被告東京入国管理局主任審査官が、2004年1月28日、原告らおのおのに 対して発付した、各退去強制令書を取り消す。 3 訴訟費用は被告らの負担とする。 との裁判を求める。 請 第1 求 の 原 因 原告たちの紹介 (1)原告サルマン・タスクン 原告サルマン・タスクン(以下「原告タスクン」といいます。)は、197 5年●月●日生まれの男性です。 民族はクルドであり、出生地は、クルディスタン(クルド人の土地)です。 クルド人は、独自の言語と文化を持つ中東の先住民族です。クルド民族は、 現在の国境で言えば、トルコ南東部、イラン北西部、イラク北部、シリアとアルメ ニアの一部にまたがる地域に紀元前より居住してきました。彼らは自分たちの住む 地域を「クルディスタン」と呼んでいます。その面積は50万平方キロメートルに も達し、フランスの国土にも匹敵する広さを持っていますが、クルディスタンは第 一次世界大戦後、オスマン帝国崩壊にともなう欧州列強の中東分割統治のため新た に引かれた国境線によって、トルコ、イラン、イラクなどの国境地帯という場所に 組み込まれることになってしまいました。 原告タスクンは、トルコ共和国の領内に位置するクルディスタンで生まれて おり、国籍はトルコ共和国です。 2500万人から3500万人ともいわれる、国を持たない民族としては世 界最大であるクルド人たちは、それぞれの国の中で同化を求められ、抑圧されてき ました。 トルコでは共和国建国の1923年以来、トルコ単一民族国家の国是のもと でクルド人の存在を否定してクルド語やクルド文化を禁止し、激しい同化政策を展 開しました。 1970年代に始まるクルド解放運動の高まり等に対し、1980年にトル コ軍によるクーデターが起こりました。その前後に、多くのクルド人が弾圧され、 逮捕、拷問、虐殺されました。 そして、国家の最高機関を国家安全保障会議とする体制が作られ、トルコ共 和国南東部諸州には非常事態が宣せられました。 1984年、クルディスタンの独立を主張したクルディスタン労働者党(P KK)が武装蜂起し、トルコ政府軍との間で内戦が勃発すると、トルコ政府はクル ドの村に、「村落防衛隊」という民兵組織に加わることを強制しました。 都市や町でも、クルド人が些細なことで逮捕され、拷問される、ということ が横行しており、それらは現在に至るまで続いています。 さらに、トルコ共和国南東部では、1990年代、トルコ軍の軍事行動によ って、一般のクルド人が大量に強制移住させられました。また、もともと遊牧部族 民であったクルド人は、羊飼いの仕事に従事している人たちも多いのですが、トル コ軍はその牧草地を燃やし、立ち入りを禁じるなどしました。破壊された町や村の 数は3000を超えました。 この状況下で、原告タスクンは、クルド人に対して抑圧を行うトルコ軍に加 わって協力することを望まず、兵役のための健康診断を目前にした1992年、兵 役から逃れるために出国、来日しました。 現在も、トルコ共和国では、憲兵隊が原告タスクンの行方を捜しています。 (2)原告●●・ベルトラン 原告●●・ベルトラン(以下「原告ベルトラン」といいます。)は、196 6年●月生まれの女性です。 出生地は、フィリピン共和国です。 フィリピンで大学を卒業したのち、1991年5月に1度目の来日をしまし た。日本語学校入学が可能であると聞かされて来日したところが、日本側でそのよ うな準備はされておらず、在留資格の更新・変更ができないまま、オーバーステイ となり、1994年退去強制を受けて帰国しました。 1995年頃、フィリピン在住中に、友人の紹介で日本国籍男性と知り合い、 1996年11月同男性と結婚するために再度来日しました。ところが同男性は家 族に反対されて結婚を翻意し、原告ベルトランは裏切られました。傷心、恥ずかし さ、またそのことで家族を心配させたくないために帰国できず、心ならずも再びオ ーバーステイとなりました。 原告ベルトランはその後、日本において教会のワーカーとして、またKAFIN という団体のボランティアとして活動をしてきました。同団体は、埼玉県川口 市に本拠を置き、フィリピン国籍を主とする外国人に対してカウンセリング、 日本語教室、健康診断などを実施し、自立を支援するボランティア団体です。 原告の姉は、日本国籍男性である訴外田中氏と結婚して、在留資格を持って 日本に住んでいます。 (3)原告ジラン・ベルトラン 原告ジラン・ベルトラン(以下「原告ジラン」といいます。)は、2001 年●月●日生まれの、現在3歳の女性です。 出生地は、日本です。 第2 1 原告らの家族 原告タスクンと原告ベルトランの結びつき 原告タスクンと原告ベルトランは、1998年日本で出会い、1999年か ら事実上の婚姻関係となり、2001年●月●日には長女をもうけ、2001年● 月●日には鳩ヶ谷市役所に婚姻届を提出しました。 ふたりの共通言語は日本語です。 今日まで、良好な婚姻関係を継続しており、両原告の間には、夫婦としての 強い結びつきがあります。 2 原告タスクン、原告ベルトランと、原告ジランとの結びつき 原告タスクン、原告ベルトランは、原告ジランに対し、愛情を持って育ててき ました。原告ジランもまた両親をよく慕っています。 両親と原告ジランとは、親子としての強い結びつきがあります。 そのため、今回両親が収容されて仮放免されないことによって原告ジランが 両親と引き離されている状況の下で、原告ジランは、耐え難いストレスを受け ています。 原告ジランは、両親と分離された2004年1月28日、ショックでほとん ど食事をとりませんでした。 同年1月29日、訴外田中(妻)と、原告らの友人が施設に行ったところ、 原告ジランは、顔つきが能面のように無表情になっていました。 しばらく訴外田中(妻)に抱かれ、声をかけられているうちに、一筋の涙が こぼれ、少しずつ感情を取り戻し、訴外田中(妻)の頬をぶったりするなど、怒り の感情も吐き出しはじめ、1時間ほどの面会の間に、ようやく笑顔をみせました。 その後、原告ジランが訴外田中(妻)や原告ベルトランの友人らと共に、母 親である原告ベルトランと面会していますが、面会はガラス越しに行われ、母子が 直接接することは許されていません。 また、原告タスクンの友人らが、3月3日、原告ジランを連れて、原告らの 自宅に戻りました。そうしたところ、両親が残した衣類を見て、原告ジランは父母 が戻ったのかと勘違いし、「あ、パパ?」「ママいる?ママどこ?」と声を発し、 いっとき興奮して喜び、期待がふくらんでしまい、そのあと父母がいないことがわ かって、再び精神的ショックを受けました。 以後、夜になると、「ママ、どこにいるの。ママ、行かないで」といって泣 き、午前1時頃まで寝つけない状態になっています。 このような原告ジランの状態は、原告ら相互の結びつきの強さを示していま す。 第3 原告らと、日本社会との結びつき 原告タスクンは、来日後日本で約12年生活をしています。日本語会話能力 は、十分あります。また原告ベルトランは、2度の来日で合計約10年になります。 日本語会話能力は相当程度あります。両原告とも、日本の食生活や文化になじんで います。 また原告ジランは、日本で生まれ、日本で育ち、日本以外の環境を知りませ ん。 原告ら家族は、お互いの間では日本語を使っており、他に共通の言語はあり ません。特に原告ジランは、日本語以外の言語能力はありません。 原告ベルトランは、前述のとおり、日本において教会のワーカーとして、ま たKAFIN という団体のボランティアとして活動をしてきました。また日本在住 の姉もいます。 このように、原告らは、地域社会に適応し、また地域社会もまた原告らを受 け入れてきました。 第4 処分の経緯 1 一般に、オーバーステイの容疑のある外国人は、出入国管理及び難民認定法 (以下「入管法」といいます。)第5章が定める退去強制手続きを受けます。 このような外国人は、特別審理官による口頭審理という審理を請求すること ができます(入管法48条)。 口頭審理の結果、特別審理官からオーバーステイであるとの認定が誤りがな いという判定(入管法48条7)を受けた者は、さらに、退去を強制すること が著しく不当であることを理由にして、法務大臣に異議の申出をすることがで きます(入管法49条1項、同法施行規則42条4号)。 異議の申出を受けた法務大臣は、異議の申出が理由がないと認めたときでも 、特別に在留を許可すべき事情があると認めたときは、その外国人の在留を特 別に許可することができます(入管法50条)。 しかし法務大臣が、異議の申出は理由がない旨の裁決をした場合には、これ に引き続いて、地方入国管理局主任審査官によって、退去強制令書が発付され ます(入管法49条5項)。主任審査官は退去強制令書に、送還先を記載しま す(同法施行規則45条)。 退去強制令書が執行されると、対象である外国人は、その意思にかかわらず 送還先に送還されます。 日本社会と結びつきをもち、日本を生活の本拠とし、送還先に生活の基盤が ないなどの事情のある者にとっては、退去強制は、重い刑罰にも等しい大きな 不利益であり、苦痛です。 2 原告ら一家は、在留特別許可を求めて、東京入国管理局に任意に出頭しまし た。 これに対して、特別審理官加藤剛氏は、2003年9月22日、原告ら全員 に対して、口頭審理の結果、特別審理官からオーバーステイであるとの認定が 誤りがないという判定(入管法48条7)をしました。 原告らは、これに対して、被告法務大臣宛、異議の申出をしました。 被告法務大臣は、2004年1月28日までに、原告らの異議の申出には理 由がないと判断し、さらに、在留特別許可をしないことをも判断して、原告ら おのおのに対して、出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく原告の異議 の申出は理由がない旨の裁決を下しました(以下「本件各裁決」といいます。)。 そして、被告東京入国管理局主任審査官は、2004年1月28日、原告ら に退去強制令書を発付しました。 原告らは同日東京入国管理局に呼び出され、本件各裁決の通知書を渡された 上、退去強制令書が発付されたことを口頭で伝えられ、そのまま収容されまし た。 そして原告ジランは、両親と引き離され、入国警備官によって、児童相談所 の施設に連れて行かれました。入国警備官は、事情の詳細な説明をしないまま、 原告ジランの入所を要請し、両親の意思に反して、施設に入所させられました。 原告ベルトランの姉は、原告らが収容されたことを知り、同月29日、友人 と共に施設に行いて原告ジランと面会し、退所の手続をして原告ジランを引き 取りました。 翌1月30日は、原告ジランの誕生日でした。 現在原告タスクンと原告ベルトランは同じ東京入国管理局収容場に収容され ていますが、房が別であるのはもちろん、希望しても夫婦で会うことが許可さ れません。 第5 原告タスクンに対する各処分の違法性 以下のように、原告タスクンの在留を正規化すべき法的な要請、同原告をト ルコ共和国に送還するべきでない法的な要請があります。 1 兵役忌避 前述のように、原告タスクンは、クルド民族としての意識を持ち、そしてトル コ軍の行動がクルド民族に敵対し、クルド人の人権を侵害していると考える故に徴 兵を逃れてきました。これは、原告タスクンの政治的意見です。しかし、トルコ共 和国では、良心的徴兵忌避者が兵役に代わる義務を履行することで兵役義務を免れ る制度はなく、かえって、徴兵忌避者に対する処罰規定があります。また原告タス クンが帰国すれば、10年以上も徴兵を拒んだ理由が政治的な者ではないかを疑わ れ、拷問を伴う尋問を受ける恐れもあります。 これら事態は、政治的意見を理由とする迫害に該当します。原告タスクンは、 帰国した場合に、政治的意見を理由として、迫害を受けるおそれがあるという十分 に理由がある恐怖を有する者として、難民に当たります。難民を迫害を受けるおそ れのある国に送還することは、難民の地位に関する条約33条、難民の地位に関す る議定書によって禁じられています。 この難民に関する各条約からすれば、原告タスクンをトルコ共和国に送還す る退去強制令書を発付することは許されません。また、原告タスクンの日本に おける在留を正規化することが要請されます。 2 家族の保護 (1)自由権規約17条1項は、何人も、その家族に対して恣意的に干渉されな い、と定め、同条2項は、全ての者はこのような干渉に対する法律の保護を受ける 権利を有すると定めています。 被告東京入国管理局主任審査官は、原告タスクンに対する退去強制令書に、 送還先としてトルコ共和国と記載しました。これは、原告タスクンを、原告ベルト ラン及びジランと引き離すものです。 これは、この家族に対して破滅的な、不幸な、著しい変更をもたらすもの であって、この家族に対する干渉です。 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」といいます。) 17条には、家族に対する恣意的な干渉をしてはならないことが定められています。 この条約を批准したことによって、日本政府は、家族に対する恣意的な干渉をして はならないことを約束しており、この約束は憲法98条2項によって、誠実に履行 しなければならないものとなっており、たとえ日本の国会が、政府が家族に対する 恣意的な干渉をすることを許す法律を制定したとしても、そのような法律よりも家 族の保護が優先されます。 ここに恣意的(原文はarbitrary)という言葉は、国内法に合致しているかど うかという意味ではなく、不適切や正義に反するという要素をも含む広い概念です。 たとえ形式上国内法に合致していても、不正義な、不適切な干渉を家族関係に対し て行うことは、許されません。 前述のような、原告ら家族の結びつきは、自由権規約17条にって保護さ れるものです。このことを考慮すれば、原告タスクンを家族と引き離す退去強制を することが恣意的な処分とならないためには、単に入管法の規定に形式上合致して いるというだけでなく、それが適切で、正義にかなうものであることを示す事情が なければなりません。 本件において、そのような事情は存在しません。 ですから、自由権規約17条によれば、本件の事情の下では原告タスクン を妻子と引き離す退去強制令書を発付することは許されません。 (2) 自由権規約23条1項は、家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、 社会及び国による保護を受ける権利を有する、と定めています。 仮に原告ら家族がトルコ共和国に渡っても、原告タスクンは徴兵忌避者と して拘束されて取り調べを受け、その際拷問を受ける恐れもあります。また 徴兵忌避を理由として投獄される恐れもあります。取調べのための拘束の後、 自らの意思に反して、18ヶ月の徴兵に送られることは必至です。その間、 原告ベルトランとジランは、全く言葉の通じない土地で、原告タスクンの援 助なしで生活をしなければなりませんが、これは到底困難です。さらに、原 告タスクンがトルコ共和国の同化政策に反対する者であるという嫌疑をトル コ政府が持ち続ける限り、憲兵などによる監視が続き、平穏な生活を送るこ とは困難です。 また、仮に原告ら家族がフィリピン共和国に渡っても、原告ベルトランの 故郷は保守的なカトリックの町であるうえ、2001年9月11日以来、フ ィリピン政府や軍は同国内のイスラム教徒を危険視し続けているため、イス ラム教徒である原告タスクンおよびその妻子は、フィリピン社会に受け入れ られないおそれがあり、また治安当局から圧迫を受けるおそれもあり、平穏 な生活は困難です。 つまり、原告ら家族の平穏は、日本社会においてのみ維持できるものです 。それゆえ、自由権規約24条によって、原告ら家族について、その在留を 正規化して家族の統合を維持することが、要請されます。 3 以上のとおり、原告タスクンに対する退去強制令書は、難民の地位に関す る条約33条、難民の地位に関する議定書、自由権規約17条に違反します。 4 また、被告法務大臣は、原告タスクンに対し、在留を正規化しない決定を して、本件裁決を下した際に、上記1,2の要請を考慮しませんでした。 そして、これらの要請に優越する特別な事情がないのに、在留の正規化を しない決定をしました。 このように、原告タスクンに対する本件裁決は、考慮すべき事由を考慮せ ず、あるいは事由の重要性の評価を誤り、その結果人道に反する自体を招くもので あり、違法です。 第6 原告ベルトランに対する各処分が違法であること 以下のように、原告ベルトランの在留を正規化すべき法的な要請、同原告を フィリピン共和国に送還するべきでない法的な要請があります。 1 家族の保護 (1)被告東京入国管理局主任審査官は、原告ベルトランに対する退去強制令書 に、送還先としてフィリピン共和国と記載しました。これは、原告ベルトランを、 原告タスクンと引き離すものです。 これは、この家族に対して破滅的な、不幸な、著しい変更をもたらすもの であって、この家族に対する干渉です。 原告ベルトランを夫と引き離す退去強制をすることが恣意的な処分となら ないためには、単に入管法の規定に形式上合致しているというだけでなく、それが 適切で、正義にかなうものであることを示す事情がなければなりません。 本件において、そのような事情は存在しません。 ですから、自由権規約17条は、本件の事情の下では原告ベルトランを夫 と引き離す退去強制令書を発付してはならないことを要請します。 (2) 自由権規約23条1項は、家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、 社会及び国による保護を受ける権利を有する、と定めています。 前述のとおり、原告ら家族の平穏は、日本社会においてのみ維持できるも のです。それゆえ、自由権規約24条によって、原告ら家族について、その 在留を正規化して家族の統合を維持することが、要請されます。 2 以上のとおり、原告ベルトランに対する退去強制令書は、自由権規約17条 に違反します。 3 また、被告法務大臣は、原告ベルトランに対し、在留を正規化しない決定を して、本件裁決を下した際に、上記1,2の要請を考慮しませんでした。 そして、これらの要請に優越する特別な事情がないのに、在留の正規化をし ない決定をしました。 このように、原告ベルトランに対する本件裁決は、考慮すべき事由を考慮せ ず、あるいは事由の重要性の評価を誤り、その結果人道に反する自体を招くもので あり、違法です。 4 なお、本件各退去強制令書は、原告ら家族を引き離す者ですが、仮に原告タ スクンをも原告ベルトランと共にフィリピン共和国に送還する退去強制令書が発付 された場合には、原告ベルトランの故郷は保守的なカトリックの町であるうえ、2 001年9月11日以来、フィリピン政府や軍は同国内のイスラム教徒を危険視し 続けているため、イスラム教徒である原告タスクンのみならずその妻である原告ベ ルトランは、フィリピン社会に受け入れられないおそれがあり、また治安当局から 圧迫を受けるおそれもあり、平穏な生活は困難です。 第7 1 原告ジランに対する各処分の違法性 自国にとどまる権利 自由権規約12条4項は、何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われないと 定めます。 この自国という言葉は、国籍国に限られるものではありません。 原告ジランは、日本に生まれ、日本語のみを使用し、また前述のとおり、原 告ジランにとって不可欠の家庭環境は、日本においてのみ成り立ち得ます。 このような事情を考慮すれば、日本こそが原告ジランにとって自国といえま す。 それゆえ、原告ジランの在留を正規化することが要請されます。 2 子どもの最善の利益 子どもの権利条約は、その前文で、家族が、社会の基礎的集団として、並び にその全ての構成員特に子どもの成長及び福祉のための自然的環境として、そ の責任を地域社会において十分に果たすことができるように必要な保護及び援 助が与えられるべきである、と述べます。 そして同条約3条は、子どもに関わる全ての活動において、その活動が裁判 所、行政機関または立法機関によってなされたかどうかにかかわらず、子どもの最 善の利益が第一次的に考慮されることを義務づけます。 さらに、同条約9条1項は、締約国は、子どもが親の意思に反して親から分 離されないことを確保する、と定めます。 具体的事情において、退去強制の結果、子どもが親の意思に反して親から分 離されることがやむを得ない場合もあります。しかし、難民条約前文及び3条から すれば、在留の正規化の決定や退去強制の決定に際しても、子どもの最善の利益が 第一次的に考慮されるべきことは明らかです。 また同条約10条1項は、家族再会を目的とする子どもまたは親の出入国の 申請は、第9条1項に基づく締約国の義務に従い、締約国によって積極的、人 道的及び迅速な方法で取り扱われるべきであるとしています。家族の再会のた めの出入国の申請が、出入国管理事務の上で人道的な方法で取り扱われるので すから、在留の正規化の決定や退去強制の決定に際しても同条約前文、3条、 9条1項を遵守することが必要であることは明らかです。 また、家族の再会は、すでに実状として国境に隔てられた家族の問題ですが 、在留の正規化、退去強制は、実状として統合されていた家族に対して、政府 が自ら積極的作為をもって、家族の間を引き裂き引き離すかどうかという、よ り不利益や苦痛が大きな場面ですから、このような場面において子どもの最善 の利益の尊重を考慮すべきことは当然です。これを考慮しないときは、まさに 非人道的な扱いとなってしまいます。 それゆえ、在留の正規化の判断においては、子どもの最善の利益を第一次的 に考慮する必要があります。第一次的に考慮するということは、次のような意 味です。まず子どもの最善の利益が在留の正規化を要請するときは、単に入管 法に形式上合致しているというだけではなく、このような子どもの最善の利益 にさらに優越する、在留を正規化することができない消極的事情がない限りは、 在留を正規化するべきであるということです。 本件において、原告ジランの最善の利益を考慮すれば、原告ら家族の在留を 正規化するべく在留特別許可をすることが要請されます。原告ジランの出生・ 生育してきた場所は日本だけです。一家の共通言語をみても、原告ら家族は文 化的に、日本と結びついています。また原告ら家族は埼玉県の地域社会にも結 びついています。前述のとおり、日本社会だからこそ結びつきを維持している 原告ら家族について、その在留を正規化して家族の統合を維持することが、原 告ジランのために要請されます。 被告法務大臣は、原告タスクンに対し、在留を正規化しない決定をして、本 件裁決を下しました。しかし、その際には、原告ジランの最善の利益を第一次 的なものとして考慮しませんでした。 そして、原告ジランの最善の利益に優越する特別な事情がないのに、このよ うな決定をしました。 3 家族の保護 (1)被告東京入国管理局主任審査官は、原告ジランに対する退去強制令書に、 送還先としてフィリピン共和国と記載しました。これは、原告ジランを、原告タス クンと引き離すものです。 これは、この家族に対して破滅的な、不幸な、著しい変更をもたらすもの であって、この家族に対する干渉です。 原告ジランを父親と引き離す退去強制をすることが恣意的な処分とならな いためには、単に入管法の規定に形式上合致しているというだけでなく、それが適 切で、正義にかなうものであることを示す事情がなければなりません。 本件において、そのような事情は存在しません。 ですから、自由権規約17条は、本件の事情の下では原告ベルトランを夫 と引き離す退去強制令書を発付してはならないことを義務づけます。 (2) 自由権規約23条1項は、家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、 社会及び国による保護を受ける権利を有する、と定めています。 前述のとおり、原告ら家族の平穏は、日本社会においてのみ維持できるも のです。それゆえ、自由権規約24条によって、原告ら家族について、その 在留を正規化して家族の統合を維持することが、要請されます。 4 以上のとおり、原告ジランに対する退去強制令書は、難民の地位に関する条 約33条、難民の地位に関する議定書、自由権規約17条に違反します。 5 また、被告法務大臣は、原告ジランに対し、在留を正規化しない決定をして 、本件裁決を下した際に、上記1∼3の要請を考慮しませんでした。 そして、これらの要請に優越する特別な事情がないのに、在留の正規化をし ない決定をしました。 このように、原告ジランに対する本件裁決は、考慮すべき事由を考慮せず、 あるいは事由の重要性の評価を誤り、その結果人道に反する自体を招くものであり、 違法です。 6 なお、本件各退去強制令書は、原告ら家族を引き離す者ですが、仮に原告タ スクンをも原告ジランと共にフィリピン共和国に送還する退去強制令書が発付され た場合には、原告ジランの母原告ベルトランの故郷は保守的なカトリックの町であ るうえ、2001年9月11日以来、フィリピン政府や軍は同国内のイスラム教徒 を危険視し続けているため、イスラム教徒である原告タスクンのみならずその子で ある原告ジランは、フィリピン社会に受け入れられないおそれがあり、また治安当 局から圧迫を受けるおそれもあり、平穏な生活は困難です。 第7 以上の次第なので、本件訴えを提起します。 添付書類 委任状3通
© Copyright 2026 Paperzz