気管支喘息患者の周術期呼吸管理 〜術前評価から術後管理まで

周術期呼吸管理
気管支喘息患者の周術期呼吸管理
〜術前評価から術後管理まで
Perioperative Respiratory Management of
Patients with Bronchial Asthma
岩手医科大学医学部麻酔学講座 助教
相澤 純
Jun Aizawa
気管支喘息は,気道の慢性炎症性障害である.
術前に現在の治療で十分喘息のコントロールが得られている場合にはその治療を維持し,コン
トロールが不十分な場合は治療を強化して手術にのぞむ.
局所麻酔で可能な手術は局所麻酔で,全身麻酔でも気管挿管が回避できるものはマスクやラリ
ンジアルマスクを用いて麻酔管理をする方が良いといわれているが,必要と思われたら躊躇なく
気管挿管に踏み切るべきである.麻酔では,ヒスタミン遊離作用の少ない薬物を選択し,気管挿
管を行なう場合には麻酔深度を十分深くしてから挿管する.
麻酔中に気管支喘息発作が発生した場合は,β2 刺激薬,ステロイド,抗コリン薬,アミノフィ
リン,アドレナリンなどで治療する.喘息患者の人工呼吸管理で最も重要な点は,肺の過膨張の
予防である.
抜管時にも,発作が起きる危険性がある.また術中に発作がなくても,術後 1 週間は注意が必
要である.
はじめに
ンに対する IgE 抗体が存在する.しかし、IgE 抗体を持
たない患者でも同様の気道炎症とリンパ球の活性化を認
めている.平成 6 年の本邦の累積有症率は乳幼児 5.1%,
気管支喘息は,気道の慢性炎症性障害である.臨床的
小児 6.4%,成人 3.0%(ただし,15 〜 30 歳では 6.2%)程
には繰り返し起こる咳,喘鳴,呼吸困難,生理学的には
度である.喘息の有症率は地域差が著しいため,年度比
可逆性の気道狭窄と気道過敏性の亢進が特徴的で,気道
較を明確にしにくいが,過去の文献上で平均値をたどる
が過敏なほど喘息症状が著しい傾向にある.喘息症状が
と,小児では 1960 年代で 1 %程度であったものが,最近
なくても,気道過敏性の亢進は認められる.組織学的に
は 6 %程度まで,成人は 1 %弱〜 3 %程度まで増加した
は気道の炎症が特徴で,好酸球,リンパ球,マスト細胞
と推定される 1).
などの浸潤と,気道上皮の剥離を伴う慢性の気道炎症が
麻酔下の手術症例が喘息に罹患している率は 1.5〜2.5%
特徴的である.免疫学的には多くの患者で環境アレルゲ
と報告されている.全身麻酔中に喘息発作を起こす頻度
Perioperative Respiratory Management of Patients with Bronchial Asthma
は,全体で 0.1 〜 2 %,喘息を有している場合は 2 〜 10%
術前治療薬
術前治療薬
である 2).
本稿では,成人の喘息発作について述べる.
長期管理薬(コントローラ)と,発作治療薬(レリー
バー)に分けられる.喘息症状の軽減・消失とその維持
1)
重症度分類
重症度分類
1)
および呼吸機能の正常化とその維持をはかる薬物を喘息
の長期管理薬という.長期管理薬は,抗炎症薬と長時間
現在どのような治療が行なわれていて,その結果どの
ような症状があるのか(ないのか)が重要である.喘息
作用性気管支拡張薬に分けられる(表 3 ).術前からの治
療薬は,手術当日も継続して使用する.
発作の重症度は,喘息症状の強度,頻度,および日常の
発作治療薬として用いられる薬物は,主として短時間
最大呼吸流量値(peak expiratory flow:PEF),1 秒量
作用性β2 刺激薬,ステロイド薬,テオフィリン薬である.
とその日内変動,日常の喘息症状をコントロールするの
その使用方法については,後述する.
に要した薬物の種類と量により判断され,軽症間欠型,
軽症持続型,中等症持続型,重症持続型に分類される.
麻酔計画
麻酔計画
各重症度に応じて治療ステップ 1 〜 4 までの内容によ
.また,現在の治療ステッ
る治療が推奨される(表 1 )
プ下で,なお認められる症状から重症度を判定し,治療
術前診察
方針を決定することが必要であるとされている(表 2 ).
予定手術の場合はもちろん,緊急手術の場合でもでき
表 1 喘息治療ステップ(文献 1 より引用・改変)
治療ステップ 1
吸入ステロイド薬
(低用量)
上記が使用できない場合
以下のいずれかを用いる
基 本 治 療
長 期 管 理 薬
ロイコトリエン受容体拮
抗薬(LTRA)
テオフィリン徐放製剤
(症状が稀であれば必要
なし)
治療ステップ 2
吸入ステロイド薬
(低∼中用量)
上記で不十分な場合に以
下のいずれか 1 剤を併用
長時間作用性β2 刺激薬
(LABA)
(配合剤の使用可)
LTRA
テオフィリン徐放製剤
治療ステップ 3
吸入ステロイド薬
(中∼高用量)
上記に下記のいずれか 1
剤,あるいは複数を併用
LABA
(配合剤の使用可)
LTRA
テオフィリン徐放製剤
治療ステップ 4
吸入ステロイド薬
(高用量)
上記に下記の複数を併用
LABA
(配合剤の使用可)
LTRA
テオフィリン徐放製剤
上記のすべてでも管理不
良の場合は下記のいずれ
かあるいは両方を追加
抗 IgE 抗体*b
経口ステロイド薬*c
追加
治療
発作治療*d
LTRA以外の
抗アレルギー薬*a
吸入短時間作用性β2 刺激薬
(SABA)
LTRA 以外の
抗アレルギー薬*a
LTRA 以外の
抗アレルギー薬*a
LTRA 以外の
抗アレルギー薬*a
吸入SABA
吸入SABA
吸入SABA
*a:抗アレルギー薬とは,メディエータ遊離抑制薬,ヒスタミン H1 拮抗薬,トロンボキサン A2 阻害薬,Th2 サイトカイン阻害薬を指す.
*b:通年性吸入抗原に対して陽性かつ血清総 IgE 値が30∼700 IU/mL の場合に適用となる.
*c:経口ステロイド薬は短期間の間欠的投与を原則とする.他の薬剤で治療内容を強化し,かつ短期間の間欠投与でもコントロールが
得られない場合は,必要最小量を維持量とする.
*d:軽度の発作までの対応を示す.
る限り,患者もしくは家族から十分な情報を得る.
作の既往があれば NSAIDs は使用するべきではない 3).
(1)喘息の詳細
発作時の対応などについては,厚生労働省の重篤副作用
まず,その喘息の診断が信頼できるかどうかを確認す
疾患別対応マニュアル「非ステロイド性抗炎症薬による
る.どのような症状に対して,どこでどのような検査を
喘息発作(http : //www.info.pmda.go.jp/juutoku/file/
受け,喘息という診断に至ったのかを確認し,必要で
jfm0611008.pdf )」も参考にしていただきたい.
あれば診断や治療を受けた医師や施設に直接確認する.
(3)気道感染の有無
また,発作の頻度や強さ,使用している薬物とその使
上気道感染を発症して 2 週間後は,低濃度のアンモニ
用方法(発作時,非発作時),および効果,最終発作日
アでも気道反射が誘発される 4)という報告もあるため,
についての情報も聴取する.
感冒症状が治癒した後も,2 週間は発作の危険性が高い
(2)アスピリン喘息の有無
と思われる.可能であれば,手術延期を考慮する.
成人喘息の約 10%は,アスピリン様の薬効をもつ非ス
(4)アレルギー性疾患の有無
アレルゲンが明らかであれば,確認しておく.可能で
テロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory
drugs:NSAIDs)の内服や注射,坐薬の使用直後から 1
時間程度までの間に発作を起こす.ときに意識障害を伴
あればアレルゲンを除く周術期環境を整える.
(5)喫煙の有無
少なくとも術前 4 〜 8 週間の禁煙をすべきである 5).
う大発作となり,死亡症例もある.小児にはまれである
が,思春期以降に発症が見られ,多くは 30 〜 40 歳代に
(6)症状の有無
発症する.2 回目以降の使用で発作が起きることもあれ
現在喘鳴などの喘息症状があれば,今が発作中なのか
ば,繰り返し使用しても発作が起きないこともあるが,発
否かを確認する.もし発作中であれば可能であれば手
表 2 現在の治療を考慮した喘息重症度の分類(成人)
(文献 1 より引用・改変)
現在の治療ステップ
現在の治療における患者の症状
ステップ 1
ステップ 2
ステップ 3
ステップ 4
コントロールされた状態
・症状を認めない
・夜間症状を認めない
軽症間欠型
軽症持続型
中等症持続型
重症持続型
軽症間欠型相当*b
・症状が週 1 回未満
・症状は軽度で短い
・夜間症状は月に 2 回未満
軽症間欠型
軽症持続型
中等症持続型
重症持続型
軽症持続型相当*c
・症状が週 1 回以上,しかし毎日ではない
・月 1 回以上日常生活や睡眠が妨げられる
・夜間症状が月 2 回以上
軽症持続型
中等症持続型
重症持続型
重症持続型
中等症持続型
重症持続型
重症持続型
最重症持続型
重症持続型
重症持続型
重症持続型
最重症持続型
*a
中等症持続型相当*c
・症状が毎日ある
・短時間作用性吸入β2 刺激薬がほとんど毎日必要
・週 1 回以上日常生活や睡眠が妨げられる
・夜間症状が週 1 回以上
重症持続型相当*c
・治療下でもしはしば増悪
・症状が毎日ある
・日常生活が制限される
・夜間症状がしばしば
*a:同一治療継続 3 ∼ 6 カ月でステップダウンを考慮する.
*b:各治療ステップにおける治療内容を強化する.
*c:治療のアドヒアランスを確認し,必要に応じ是正してステップアップする.
Perioperative Respiratory Management of Patients with Bronchial Asthma
術を延期し,治療による喘息症状の安定化を優先する.
しかし,治療にも関わらず平素から症状があれば,手術
時期の判定が困難になる.
ビデンスはほとんどない).
手術前 6 カ月以内に気管支喘息の治療のために全身性
ステロイド薬を投与した患者(経口ステロイド薬常用者
以上の情報に加え,理学的所見,呼吸機能検査所見,
も含む)に対しては,術前,術中にステロイド薬の点滴
PEF 値,血液ガス所見などから,喘息の重症度を判断する.
静注を行なう.投与量は術前にヒドロコルチゾン 100 〜
術前の薬物療法
300mg,またはメチルプレドニゾロン 40 〜 80mg,術中は
ヒドロコルチゾン 100mg,またはメチルプレドニゾロン
現在の治療で十分喘息のコントロールが得られている
40mg を 8 時間ごとが 1 つの目安として示されているが,
場合にはその治療を維持し,コントロールが不十分な場
投与量,投与間隔に関してはさらなる検討が必要である.
合は治療を強化する.ただし,無治療状態の患者,ある
高用量の吸入ステロイド薬を常用している患者で,周
いは短時間作用性β2 刺激薬の頓用しか行なっていない
術期に吸入が行なえない場合は,全身性ステロイド薬に
患者では,たとえ症状がまれにしか見られていなくても,
切り替え,吸入が可能になったらできるだけ早期に減量,
手術までに時間的余裕があるのなら,吸入ステロイド薬
中止する.
を開始したほうがよい.
症状のコントロールが不十分な場合や,1 秒量あるい
は PEF 値が予測値の 80%未満の場合は,経口ステロイド
薬の短期集中内服(プレドニゾロン換算 0.5mg/kg,3 〜
β2 刺激薬に関しては,吸入薬の使用が困難になった
場合,短時間作用性吸入β2 刺激薬のネブライザ吸入で
対処する.
テオフィリン徐放性製剤を常用している患者では,内
7 日)が考慮される.手術まで時間の余裕がないとき,
服が再開できるまで,アミノフィリンの点滴静注を行な
あるいは経口投与が不可能な場合には,点滴静注による
う 1).その場合,テオフィリンの血中濃度の測定をして,
投薬を考慮する(ただし,投与量や投与期間に関するエ
中毒域にないことを確認することが望ましい.
表 3 喘息長期管理薬の種類と薬剤(文献 1 より引用・改変)
1. 副腎皮質ステロイド薬
1)吸入ステロイド薬
ⅰ)ベクロメタゾンプロピオン酸エステル
ⅱ)フルチカゾンプロピオン酸エステル
ⅲ)ブデソニド
ⅳ)シクレソニド
ⅴ)モメタゾンフランカルボン酸エステル
2)経口ステロイド薬
2. 長時間作用性β2刺激薬
1)吸入薬
サルメテロールキシナホ酸塩
2)貼付薬
ツロブテロール
3)経口薬
プロカテロール塩酸塩
クレンブテロール塩酸塩
ホルモテロールフマル酸塩
ツロブテロール塩酸塩
マブテロール塩酸塩
3. 吸入ステロイド薬 / 吸入長時間作用性β2 刺激薬
配合剤
1)フルチカゾンプロピオン酸エステル/
サルメテロールキシナホ酸塩配合剤
2)ブデソニド/ホルモテロール配合剤
4. ロイコトリエン受容体拮抗薬
ⅰ)プランルカスト水和物
ⅱ)ザフィルルカスト
ⅲ)モンテルカストナトリウム
5. テオフィリン徐放製剤
6. 抗IgE抗体
オマリズマブ
7. ロイコトリエン受容体拮抗薬以外の抗アレルギー薬
1)メディエーター遊離抑制薬
クロモグリク酸ナトリウム,トラニラスト,アンレキ
サノクス,レピリナスト,イブジラスト,タザノラス
ト,ペミロラストカリウム
2)ヒスタミンH1受容体拮抗薬
ケトチフェンフマル酸塩,アゼラスチン塩酸塩,オキ
サトミド,メキタジン,エピナスチン塩酸塩
3)トロンボキサン阻害薬
ⅰ)トロンボキサンA2 合成阻害薬
オザグレル塩酸塩
ⅱ)トロンボキサンA2 受容体拮抗薬
セラトロダスト
4)Th2サイトカイン阻害薬
トシル酸スプラタスト
8. その他の薬剤・療法(漢方薬,特異的免疫療法,
非特異的免疫療法)
麻酔計画
んを誘発する可能性が高いといえる.ただし,プロポ
局所麻酔で可能な手術は局所麻酔で,全身麻酔でも気
フォールにおいても気管支けいれんが誘発されたという
管挿管が回避できるものはマスクやラリンジアルマスク
報告があるので,注意が必要である.ミダゾラムは,問
を用いて麻酔管理をするほうがよいとされている 1).し
題なく使用することができる.
かし,麻酔中の喘息発作による死亡や不可逆的脳損傷は
局所麻酔中でも起こりうるので,注意が必要である 6).
筋弛緩薬
また,マスクやラリンジアルマスクでは誤嚥の危険性が
スキサメトニウムは,ヒスタミン遊離作用があるため
常にあり,また誤嚥によって喘息発作を誘発するだけで
使用しないほうがよい.パンクロニウム(製造中止)
,
なく誤嚥性肺炎を発症する可能性もあるため,必要と思
ベクロニウム,ロクロニウムは,いずれも喘息患者に安
われたら躊躇なく気管挿管に踏み切るべきである.
全に使用できるが,拮抗薬として抗コリンエステラーゼ
局所麻酔のみで行なうときは,痛みや不安が強くなる
薬は気管収縮作用があり使用できないため,スガマデク
と間接的に発作が誘発される可能性がある 7).また,脊
スがより効果を発揮できるロクロニウムが,安全性が高
髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔の場合,麻酔範囲が Th5
いと思われる.
以上になると胸部交感神経が遮断され発作を誘発する危
鎮痛薬
険性がある.
オピオイドの一部はヒスタミンを遊離させるので,そ
術後鎮痛
の作用が少ないものを選択すべきである.フェンタニル
硬膜外麻酔を併用した場合は,術後も使用する.また,
は副交感神経刺激作用があり,添付文書でも喘息に禁忌
使用できない場合も麻薬や麻薬拮抗性鎮痛薬を用いて除
となっており,レミフェンタニルも喘息には慎重投与と
痛をはかる.ただし,NSAIDs やヒスタミン遊離作用の
なっているが,どちらもモルヒネよりもヒスタミン遊離
あるモルヒネの使用は避けたほうがよい.
作用が少ないため,比較的安全に使用できる.
ペンタゾシン,エプタゾシン,ブプレノルフィン,ブ
トルファノール(製造中止)は添付文書では気管支喘息
麻酔導入,および維持の注意点
麻酔導入,および維持の注意点
に対し記載がない.
NSAIDs は気管支けいれんを誘発しやすいと考えるべ
ヒスタミン遊離作用の少ない薬物を使用し,特に気管
きであるが,アセトアミノフェンは比較的安全である.
挿管を行なう場合には麻酔深度を十分深くしてから挿管
する.以下,各種薬物について述べる.
揮発性吸入麻酔薬
一般に,現在使用されている揮発性吸入麻酔薬は,ど
全身麻酔中の喘息発作の症状
全身麻酔中の喘息発作の症状
①患者に意識がないため,自覚症状の聴取ができない,
れも気管支平滑筋弛緩作用があると考えられているが,実
②聴診上,両肺野にて喘鳴が認められることが多い,従
験モデルや揮発性吸入麻酔薬によってその効果は異なる.
量式換気中は気道内圧が上昇し,従圧式換気中は 1 回換
また,イソフルランとデスフルランには気道刺激性があ
気量が減少する.カプノグラムでは,呼気相の立ち上が
り,咳込みやすいことが確認されている .気道刺激性が
りが緩徐になる(図 1 ).フロータイムカーブでは呼気時
8)
少なく,導入覚醒も速やかなセボフルランが最適である.
間の延長が認められる(図 2 ).これらの現象がみられた
場合,まず,気管チューブや蛇管などの機械的な狭窄や
静脈麻酔薬
痰などによる狭窄,片肺挿管や自発呼吸の出現などがな
プロポフォールとケタミンは,気管支拡張作用がある
いことを確認する必要がある 9).呼気時間が十分確保で
ことが判明している.一方,チアミラールに関しては,
きていない場合,吸気終末の気道内圧に増減がみられた
議論はあるものの,プロポフォールよりは気管支けいれ
り,吸気の 1 回換気量が一定なのに対して,呼気の 1 回
Perioperative Respiratory Management of Patients with Bronchial Asthma
換気量に変動がみられたりすることもある(吸気より呼
術室に常備しておくことが望ましい.一度に高用量を使
気の換気量が少ない呼吸が数呼吸続いた後に,吸気以上
用するより,少量を一定時間ごとに反復投与するほうが
の換気量の呼気が 1 回みられるという換気が繰り返され
治療効果が優れているという報告があるので,加圧噴霧
る)
.フローボリュームループでは,吸気と呼気の 1 回
式定量吸入器で 1 〜 2 パフ,20 分おきに使用する( 2 回
.
換気量が異なってくる(図 3 )
繰り返し可能).
麻酔中に発生した気管支喘息発作の治療
麻酔中に発生した気管支喘息発作の治療
F(L/min)
全身麻酔導入中の意識消失前や,区域麻酔のみで手術
を行なっている場合は,患者の自覚症状によって発作(急
性増悪)の強度が推定できるため,それに応じた対応が
V(mL)
可能であるが,全身麻酔中であるとそれができないため,
各種臨床所見をみながら治療していくことになる.
(1)β2 刺激薬
まず,β2 刺激薬を吸入させる.吸入のほうが,静脈
内投与に比べて作用発現時間が短く,副作用も少なく,
より有効である 10).また,ネブライザよりもスペーサ
図 3 フローボリュームループでの吸気と呼気の
換気量の不一致と変動
ETCO(mmHg)
2
(図 4 )のほうが,より短時間で効果が得られるため,手
Paw
(hPa)
図 1 カプノグラムの変化
F(L/min)
0
0
図 2 フロータイムカーブでの
呼気の延長
(2)ステロイド
溶解し,1/2 量を 15 分程度,残りを 45 分程度で投与,中
ステロイドの全身投与は,最も軽症の患者以外では考
毒症状(全身麻酔中は頻脈や期外収縮で判断)があらわ
慮すべきである.ヒドロコルチゾン 200 〜 500mg,また
れたら中止する.この量は,発作前にテオフィリン薬が
はメチルプレドニゾロン 40 〜 125mg,あるいはデキサメ
十分に経口投与されておらず,テオフィリンのクリアラ
タゾンか,ベタメタゾン 4 〜 8 mg を点滴静注する.以
ンスが正常であることが前提であり,テオフィリン薬が
後,ヒドロコルチゾン100 〜 200mg,メチルプレドニゾロ
1 日 600mg 以上投与されていたり,テオフィリン血中濃
ン 40 〜 80mg を 4 〜 6 時間ごとに,あるいはデキサメタ
度が 8μg/mL 以上の場合,あるいはクリアランスが減
ゾンか,ベタメタゾン 4 〜 8 mg を必要に応じて 6 時間
少していると考えられる場合は,アミノフィリンを半分
ごとに点滴静注,またはプレドニゾロン 0.5mg/kg/day
もしくはそれ以下に減量する.一方,β2 刺激薬に静注の
を経口投与する 1).アスピリン喘息の場合は,コハク酸
アミノフィリンを使用しても有益性がなく,副作用の発
エステル型ステロイド薬の使用を回避するが,ヒドロコ
生頻度を増加させるだけであるという報告もあり 12),テ
ルチゾンリン酸エステルナトリウムは喘息での適応がな
オフィリンやアミノフィリンをルーチンに使うことを推
いため,デキサメタゾンかベタメタゾンを使用する.ま
奨していないガイドラインもある 13).
た,アスピリン喘息の有無が不明の場合や初回投与では
約 1 時間を目安にした点滴投与が推奨される 1).
ただし,1 日量 800mg 以上のヒドロコルチゾンや,160
(5)アドレナリン
薬物性や他のアレルゲンによる喘息発作が予想される
場合や,気道の浮腫が著明な場合,β2 刺激薬の吸入でも
mg のメチルプレドニゾロンが上限となり,それ以上の
十分な効果が得られない緊急時などに,不整脈や高血圧,
投与は意味がないとされている 11).
心筋虚血や心停止などの副作用に注意をしながら使用す
(3)抗コリン薬
β2 刺激薬の代わりではなく,β2 刺激薬に加えて使用
る.アドレナリンも,ルーチンの使用を推奨していない
ガイドラインがある 13).β作用による気管支平滑筋の弛
すべき薬物である.初期治療に反応がよくないときに,
緩と,α作用による気道粘膜浮腫の除去によって気管支
β2 刺激薬に加えてイプラトロピウム 80μg( 4 パフ)を
拡張が期待される.
10 分おきにスペーサーで投与するか,500μg を 20 分お
きにネブライザで投与する.
(4)アミノフィリン,テオフィリン
アミノフィリン 6mg/kg を等張補液剤 200 〜 250mL に
アドレナリン 0.1%溶液を 0.1〜 0.3mL 皮下注し,心拍数
が 130 bpm を超えないようにモニタリングしながら 20 〜
30 分ごとに反復投与 1)するか,0.0001%溶液と 1 mL ずつ
静注する.心臓に関する副作用を考慮して,β2 刺激薬吸
入療法のできない状況に限られるべきとの意見もある 11).
エアロベント
(6)その他
マグネシウム,ロイコトリエン拮抗薬,リドカイン,
ニコランジルなどが,喘息発作に有効であるという報告
がある 2, 11).
エアロチャンバ
喘息患者の人工呼吸管理
喘息患者の人工呼吸管理
重要な点は,肺の過膨張の予防である.そのためには,
① 1 呼気時間の確保,②気管支の閉塞の解除,の必要が
図 4 スペーサの例(トゥルーデルメディカル社 エアロベント / エアロチャンバ)
http://www.amco.co.jp/medical/icu/aero_chamber_
aero_vent.html
ある.
喘息予防・管理ガイドライン 2009 には,『呼気時間の
確保に関しては,1 回換気量 5 〜 8 mL/kg,I:E 比 1:3
以上として両相の換気量をなるべく一定になるように
Paw
(hPa)
Perioperative Respiratory Management of Patients with Bronchial Asthma
0
ETCO(mmHg)
2
−5
F(L/min)
V
20
800
15sec
80
20
50
0
F
15sec
50
0
800
15sec
−50
P
V
−50
図 5 COPD合併64歳男性の麻酔中の換気状況(PEEP 増加前)
Paw
(hPa)
TV600mL,RR10/m,I:E = 1:4,EIP20%,PEEP 3cmH2O,I:E 比を変更し呼気時間を延長しても,まだ気道内圧や呼気 1 回
換気量の変動が残存している.
0
ETCO(mmHg)
2
−5
F(L/min)
V
20
800
15sec
80
20
50
0
0
−50
図 6 COPD合併64歳男性の麻酔中の換気状況(PEEP 増加後)
F
15sec
50
800
15sec
P
V
−50
TV600mL,RR10/m,I:E = 1:4,EIP20%,PEEP 5cmH2O,PEEP を 3cmH2O から 5cmH2O に変更したことにより,気道内圧
や呼気 1 回換気量のばらつきが見られなくなった.
Perioperative Respiratory Management of Patients with Bronchial Asthma
する.気道内圧は最大 50cmH2O 未満,平均気道内圧が
更し,呼気時間を延長したが,それでも気道内圧や呼気
20 〜 25cmH2O 未満になるようにし,PEEP は基本的に
1 回換気量の変動が残存していたため(図 5 ),PEEP を
避ける』
と記載されている .麻酔器にグラフィックディ
3 cmH2O から 5 cmH2O に増加させたところ,気道内圧と
スプレイがある機種であれば,呼気流速や吸気 / 呼気の
呼気 1 回換気量,およびフローボリュームループの安定
1 回換気量をみながら,換気条件を調整することが可能
化がみられた(図 6 ).
1)
である.またその際,従圧式換気のほうが過剰圧を予防
しながら,より肺を均一に膨らませると考えられる 14).
気道内圧や呼気時間の制限のために分時換気量が少な
術後の注意点
術後の注意点
くなり,PaCO2 の上昇がみられる場合もあるが,PaO2
の維持と圧外傷の予防を重視して容認する.PaCO2 <
90mmHg,pH > 7.20 程度であれば通常問題ない
.
11)
また,呼気終末陽圧(positive end-expiratory pressure:
PEEP)にも様々な意見があるが,おおよそ PEEP はかけ
術中に喘息発作が発生した場合は,喘息発作の症状が
改善するまで覚醒や抜管をせずに,治療を行なう.必要
であれば,集中治療室での管理や,早期の専門医へのコ
ンサルテーションも考慮する.
ないほうがよいという報告が多い.しかし,空気トラッ
術中に発作がみられなくても,麻酔終了後,気管チュー
ピング(air trapping)による内因性 PEEP が存在して
ブの抜管時に喘息発作が発生することも多いので,注意
いるために,人工呼吸器と患者の同調をよく観察しな
が必要である.患者が覚醒した後に抜管したほうが,深
がら,5 cmH2O 程度の低圧の PEEP を付加していると
麻酔下で抜管したときより気道合併症が発生する頻度が
いう報告もある 14).図 5 ,6 は,喘息発作ではないが,
高い.手術終了後にラリンジアルマスクを挿入してから
慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary
気管チューブを抜管し,その後,麻酔から覚醒させる方
disease:COPD)を合併した 64 歳男性の麻酔中に,PEEP
法を推奨する報告もあるが 2),完全覚醒前の抜管には誤
の変更によって呼気の安定をみた症例である.最初は 1
嚥のリスクも指摘されている 9).
回換気量 600mL,呼吸回数 10 回/分,I:E 比 1:2,吸気
喘息を有する 105 症例の報告において,麻酔中に発作
終末ポーズ 20%,PEEP 3cmH2O で換気していた.最大
を起こしたのは全身麻酔症例で 7 %であったが,術後 1
気道内圧と呼気 1 回換気量に呼吸ごとの変動がみられ,
週間以内では 20%の症例が発作を起こしていたという
呼気の延長も認められていたため,I:E 比を 1:4 に変
報告 15)があるので,術後にも注意が必要である.
■ 参考文献
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