集中治療室の入門テキスト 読んだら今夜の当直から早速応用を 基本を

● 集中治療室の入門テキスト ●
この本は,後期研修を含む期間中に,集中治療室で研修を受ける医師を主な対象
として企画しました.医学生の高学年や,ICU の管理を担当する麻酔科医の先生,
しばらく離れていて今後また集中治療室で臨床に携わることになった先生にも役立
つようになっています
内容は多岐にわたりますが,集中治療室で日常行われていることばかりを,日々
第一線の集中治療室で治療に当たっている先生方にお願いして,外してはいけない
基本事項,現場で重要な医学知識や,日常的に研修医からよく出る質問をまとめて
もらい,一冊のテキストにしました.
● 読んだら今夜の当直から早速応用を ●
各項目ともベーシックなものばかりです.読み切り形式にはなっていますが,で
きれば1つの項目は一気に読み切ってもらった方が後で役立つと思います.患者さ
んが来たら早速その項目をその日のうちに読んで知識を集積し,明日のカンファレ
ンスで,いや今夜の当直からすぐ応用してください.ただしこの本だけで終わるこ
となく,さらなる専門知識や技術を身につけるための時間を惜しまないようにお願
いします.
症例検討編では,実際の現場で起こりそうなシチュエーションにして,その時そ
の場で経験のある臨床医がどう判断しどう対処したかを時間を追って紹介していま
す.みなさんも一緒に考え,その中で新たな発見があれば幸いです.
● 基本をおさえて経験を積もう ●
この本はほぼ入門書といえます.現場の先生方の経験を凝縮して,みなさんが失
敗する前に紹介したものと思ってもらってもいいくらいです.この本では,できる
だけ広範囲の重症患者管理に触れていますが,代謝性疾患や神経内科疾患などの重
要な部分が誌面の関係で割愛されています.基本的なところをこの本で学んだ後に,
必ず時間をつくりほかの成書にあたって知識を深めてください.この本はすぐ役立
ち,すぐその次に進めるための導入本です.サクサク読んで日々の診療の支えとな
っている間にあなた自身の経験と技能,知識を増やして,あなたが重症患者治療に
当たり,決して臆することなく立ち向かえるようになってください.さらに進んで,
先生方が少しでも集中治療に興味を持って,もう少し本格的に集中治療に従事して
みようかな,なんて思ってもらえれば,この本を書いたものとしては 瓢箪から駒 ,
してやったりというところです.
<三宅康史>
34
手
技
人工呼吸はICU入室者に全例行うべきですか?
抗重
菌症
薬感
染
症
・
人工呼吸にはメリットとデメリットがあります.目的を
明確にして得失を考えて実施するべきです
1 人工呼吸のメリット
2 人工呼吸のデメリット
すでにガス交換ができていないか,あるいは今後
一方失うものもあります.機械的人工呼吸は気道
予想される場合に早期に手助けをすることによって
内に陽圧をかけている間だけ効果がある,いわば対
メリットが得られます.すなわち① 動脈血の酸素化,
処療法であり一時しのぎに過ぎません.それだけで
② CO2の除去,そして③ 患者さんの呼吸仕事量の
なく気道内陽圧換気は肺胞構築を壊すように働く場
軽減です.これらは呼吸機能に対する直接的な利益
合がありますし,気管挿管がかえって肺炎(VAP:
ですが,これらを介して他の臓器への悪影響を防止
ventilator-associated pneumonia)の原因にな
ったりします(
するという間接的な効果もあります.
Q 0 1 「 気 管 挿 管 の 適 応 は ? 」,
.人工呼吸には気道内陽圧
Q13「ICUでの真菌感染症」)
に伴うデメリットと気管挿管に伴うデメリットがあ
ることを強く認識しなければなりません.
肺
気
量
・
肺
酸
素
化
の
調
節
能
働きかけ
Pmus
+
Pvent+PEEP
困難さの定数
エラスタンス
レジスタンス
換気力学過程
3 人工呼吸は目的を明確に
したがって,何を目的にして人工呼吸を実施する
かを明確に認識する必要があります.
結果を得る
肺胞の大きさを保つ
肺胞換気量を確保する
ガス交換過程
肺血流
SaO2↑
換
気
の
補
助
能
図 に呼吸の階層性を示しました.呼吸筋Pmusの
働きで,患者肺胸郭のエラスタンス(硬さ),レジス
タンス(気道抵抗)に打ち勝って肺胞の大きさや肺
胞換気量を得ます.ここまでが換気力学過程であり,
重急
症性
不心
整不
脈全
・
電急
解性
質腎
異不
常全
・
人呼
工吸
呼不
吸全
器・
頭
蓋蘇
内生
圧後
・脳
脳
梗症
塞・
血
糖
異
常
これが肺血流を介して動脈血の酸素化とCO 2の除去
を行うわけです.エラスタンスやレジスタンスは人
工呼吸では直せません.患者の呼吸筋Pmusがこれら
PaCO2↓
に対抗できないときに,Pvent(吸気相陽圧)や
PEEP(呼気相陽圧)を付け加えるのが人工呼吸です.
栄輸
養液
管・
理
図◆人工呼吸の階層性
腹
部
救
急
メリットが上回る患者さんに対して,目的を明確にして実施します
1)Marino, P.L.:人工呼吸.
「The ICU Book 第3版」
(Marino, P.L.)
,393–454,メディカルサイエンスインターナ
ショナル,2008
<繁田正毅>
知識・対処 編
脳鎮
死静
判・
定鎮
痛
・
63
症例
腰椎穿刺が必要な患者
A
症
例: 72歳
主
訴: 意識障害
現
症: 3日前から発熱と咳を認めた.本日,朝から傾眠傾向が続いていたが,
女性
1
腰椎穿刺するとき,どのようなことに注意が必要でしょうか?
1 腰椎穿刺の意義
既往歴・入院歴など
61歳:糖尿病
腰椎穿刺は脊椎麻酔だけでなく,くも膜下出血の有無の確認,感染症や中枢神経疾患の診断・治
療に不可欠な手技です(表).脳圧亢進患者に対して腰椎穿刺を施行することは脳ヘルニアを生じる
危険性があるため禁忌です.
嘔吐頻回となり意識障害を認めたため救急隊要請となった.
入院後経過: 救急隊病着時,意識レベル 200/JCS,瞳孔 3/3 +/+,血圧 105/70 mmHg,
体温 40.1℃,脈拍 120/分,SpO2 96%(room air)であった.頭部CTを
外観
CRP 10.2 mg/dLと炎症反応の上昇を認めた.項部硬直を呈しており髄
膜炎が疑われたため腰椎穿刺を施行した.髄液は混濁(図1)しており,
3
細胞数 7,100/mm ,糖定量 20 mg/dLと細菌性髄膜炎の所見を認めた.
ウイルス
結核
真菌
悪性腫瘍
混濁
clear
日光微塵
日光微塵
clear
圧(mmH2O)
高度上昇
(>400)
細胞(/mm3 )
25〜10,000
(多核白血球)
施行したが,異常所見は認められなかった.血液ガス分析,胸部X線や
心電図でも特に異常は認められなかった.血液検査にてWBC 15,000/μL,
細菌
タンパク( mg/dL)
50〜1,500
糖(mg/dL) 低下(20以下)
上昇
(200〜600)
上昇
(150〜500)
10〜400
(単核球)
25〜500
(単核球)
10〜500
(単核球)
10〜300
(単核球,腫瘍細胞)
正常から軽度増加
正常
上昇
(200〜300)
増加(500以下)
低下(20〜40)
増加(500以下)
低下(20〜40)
40以下
低下(0〜30)
抗体価上昇
結核菌検出
ADA上昇
墨汁染色
真菌培養同定
細胞診で悪性細胞
グラム染色
細菌培養
特記事項
上昇
(200〜600)
表◆髄液所見
2 腰椎穿刺の実際
手
技
抗重
菌症
薬感
染
症
・
重急
症性
不心
整不
脈全
・
電急
解性
質腎
異不
常全
・
人呼
工吸
呼不
吸全
器・
頭
蓋蘇
内生
圧後
・脳
脳
梗症
塞・
体位は患者を側臥位とし,背面をベッド
に垂直にしてできるだけ穿刺部を突き出す
ような形で体を丸くします.穿刺部位の決定
には左右腸骨稜の最上端を結んだJacoby線
が用いられ,第4腰椎の棘突起とほぼ一致
血
糖
異
常
します(図2).局所麻酔後,穿刺針を垂直
または少し頭側に向けて刺入します.
硬膜を
貫く感じがあったところで内筒を抜きます.
初圧測定後に髄液を採取し,終圧を測定し穿
刺針を抜去します.圧の正常値は70〜
図1◆混濁した髄液
180 mmH 2Oですが,200 mmH 2O以上に上昇
するときは頭蓋内圧亢進症と考えられます.
来院後の経過
髄液の細菌塗抹検査よりグラム陽性球菌が検出された.日本神経感染症学会による細菌性
髄膜炎の診療ガイドラインに従ってカルバペネム系抗生剤の投与を施行した.第2病日には
図2◆Jacoby線
左右腸骨稜の最上端を結んだJacoby線は第4腰椎の棘突起
とほぼ一致する.
頭蓋内圧の亢進,出血傾向の有無,穿刺部付近に感染がないか
注意します
腹
部
救
急
解熱傾向を示し,血液検査でも炎症反応が
低下した.第3病日には意識レベル改善し,
指示動作が入るまでに至った.第7病日に
髄膜炎の起炎菌は肺炎球菌と判明した.
136
ICUでの 病態管理と急変時に役立つ Q&A 改訂第2版
この症例をもとに次ページからの
Q1を
自分で診断するつもりで解いてみよう!
頭蓋内圧の亢進,出血傾向,穿刺部付近に感染がある患者には腰椎穿刺は
禁忌です
1)林峰栄,氏家良人:腰椎穿刺. 救急医学 27:1235–1237, 2003
2)福田充宏,熊田恵介:リコールの検査.救急医学 25:1236–1242, 2001
3)「細菌性髄膜炎の診療ガイドライン」(細菌性髄膜炎の診療ガイドライン作成委員会 編).医学
書院,2007
<早野大輔>
症例検討 編
栄輸
養液
管・
理
137
脳鎮
死静
判・
定鎮
痛
・