終了報告書 - グローバル理工人育成コース

オーストラリア超短期海外派遣プログラム報告書
2016 年 5 月
Mrs Macquarie’s Chair
Australia
Sydney
1
報告書目次
1.
派遣プログラムの目的(担当:管原星弥)…………………………………………….4
2.
参加学生紹介と研修日程………………………………………………………………….5
3.
2.1
概要・日程 (担当:大野馨子)…………………………………………….….5
2.2
学生紹介 (担当:管原星弥)…………………………………………….…….6
オーストラリアの概要…………………………………………………………………….8
3.1
シドニーの概要(担当:中村俊貴、山浦大滋、手塚沙也可)……….……….8
3.1.1 位置づけ………………………………….…………………………………….8
3.1.2 歴史……………………………………………….…………………………….8
3.1.3 地理・気候………………………………………………………………….….8
3.1.4 国民・文化……………………………………………………….…………….9
3.1.5 街の様子、交通情報等……………………………………….……………….9
3.2
シドニー観光(担当:黒沢侑子、佐々木凌太、管原星弥、手塚沙也可).....10
3.2.1 オペラハウス………………………………………………………………….10
3.2.2 ハーバーブリッジ…………………………………………………………….11
3.2.3 Mrs. Macquarie Chair………………………………………………….…...12
3.2.4 タロンガ動物園………………………………………………………...……..13
3.2.5 セントメリーズ大聖堂……………………………………………….…...….13
3.2.6 Mardi gras………………………………………………………………….…14
3.3
メルボルンの概要(担当:大野馨子、山浦大滋)….………………………....15
3.3.1 位置づけ……………………………………………….………………...…….15
3.3.2 歴史………………………………………………….……………….…..…….15
3.3.3 地理・気候………………………………………….…………………..….….15
3.3.4 国民………………………………………………………….…………..….….16
3.3.5 文化………………………………………………………………….…..….….16
3.3.6 街の様子………………………………………………………………...……..16
3.4
メルボルン観光 (担当:石曽根香菜、岩崎康大、大野馨子、佐々木凌太、
管原星弥、手塚沙也可、船津光平)……………………………………..…..….17
3.4.1 グレートオーシャンズロード………………………………………...….….17
3.4.2 アボリジニ………………………...…………………………………..………19
3.4.3 フリンダースストリート駅…………….……………………..………….….20
3.4.4 キャプテンクックの家…………….……………………………..…………..21
3.4.5 旧メルボルン監獄………………….……………………………...………….21
3.4.6 メルボルン博物館………………………………………...…………..………22
3.4.7 St Patrick's Cathedral…………………………………..……………..……23
3.4.8 AAMI パーク…………….………………………………………………..…..24
3.4.9 クイーンビクトリアマーケット……………………………………….…....25
2
3.4.10
3.5
4.
ストリートパフォーマー……………….………………..……………….25
食事(担当:黒沢侑子)…………………………..…………………………..….26
訪問大学詳細………………………………………………..……………………….……32
4.1
マッコーリー大学(岩崎康大)……………………...……………………..……32
4.1.1 概要……………………………………………………………………..……...32
4.1.2 キャンパスツアー………………………………………………...…..………32
4.2
メルボルン大学 (担当:石曽根香菜、佐々木凌太、管原星弥、手塚沙也可、
中村俊貴、他)…………………………………………………………………….33
4.2.1 概要……………………………………………………………………...…..…33
4.2.2 キャンパスツアー……………………………………………………….....…34
4.2.3 ラボツアー…………………………………………………………………….36
4.2.4 プレゼンテーション……………………………………………………..…...37
4.2.5 講義………………………………………………………………………..…...38
4.2.6 日本語クラス……………………………………………………………..…...44
4.2.7 その他交流………………………………………………………………..…...45
5.
所感…………………………………………………………………………………....…...47
6.
参考文献…………………………………………………………………………….……...54
3
1. 海外派遣プログラムの目的(担当:管原星弥)
本プログラムは、東京工業大学におけるグローバル理工人育成コースの一環として実施
された。ここで言う「グローバル理工人」とは、高い英語力のみに留まらず、文化を超え
て相手を理解し、自分をアピールしながら仲間と共に同じ目的に邁進できる、そのような
力を身に付けた実践的なグローバル人材のことを指す。このコースでは、このような人材
育成のために 4 つのプログラムを掲げており、中でも海外派遣プログラムはコースの集大
成として位置付けられている。
表 1-1 グローバル理工人育成コース 4 つのプログラム
国際意識醸成プログラム
世界の課題に関しての意識向上、
国際的視点で物事を考える能力、協調性を養う。
英語力・コミュニケーション力
海外の大学で学ぶために必要な英語力、
強化プログラム
コミュニケーション力を養う。
科学技術を用いた国際協力
実践プログラム
実践型海外派遣プログラム
国や文化を越えて共同で活動できる能力、
複合的な課題について、その本質を見極めて解決策を
提示できる能力を養う。
自らの専門性を基礎として、海外での危機管理も含め
て主体的に行動できる能力を養う。
本プログラムの目的とはつまり、「グローバル理工人」を育成すること。そのために、海
外での経験を積み、コースを通じて修得した能力を海外で実践していくことである。
2
プログラムの概要と日程
2.1
概要・日程表(担当:大野馨子)
本プログラムでは、シドニー郊外のマッコーリー大学を一日間とメルボルン市内の
メルボルン大学を五日間訪問する。二つの大学はそれぞれ郊外型と都市型で立地環境
が異なり、対照的である。大学では、キャンパスや工場を見学し授業を聴講する。そ
の他の時間は、全員でバスに乗りグレートオーシャンロードやアボリジニの展示ショ
ップ等に行く他、残りの時間は各自計画を立てて、異文化体験・見学を行う。行程表
は以下の通りである。
4
表 2-1 プログラム行程表
日付
時間及び行程
滞在先
3 日(木) 22:00 羽田発
09:35 シドニー着
4 日(金)
機内泊
午後:バスでマッコーリー大学へ移動
Rydges World Square
Sydney
キャンパス見学
夕方:Mrs. Macquarie Chair 見学
午前:日の出を見にオペラハウスへ
パンケーキカフェ bills 本店へ U ターン
10:45~ オペラハウスツアー(予約制)
5 日(土) 午後:タロンガ動物園へフェリーで移動
図書館、博物館、セントメアリー大聖堂等
Rydges World Square
Sydney
シドニー市内を各自見学
夜:マリディグラ見学
08:00 シドニー発
09:35 メルボルン着、ペンギンツアー予約
6 日(日) 昼:ヤラ川周辺でお昼
吉川先生のメルボルン市内案内
夕方:フィリップ島へ ペンギンツアー
午前:Welcome session
7 日(月)
午前:講義
午後:講義, Language Exchange Club の学生と交流
夜:Language Exchange Club の学生と夕ご飯
午前:講義
9 日(水)
午後:講義、日本語クラスに参加
夕方:各自市内見学(Graffiti street, 州議会議事堂等)
10 日(木)
11 日(金)
Melbourne
Mercure Welcome
Melbourne
Mercure Welcome
Melbourne
Mercure Welcome
午前:講義
午後:Lab tour, 講義
Melbourne
午前:講義
午後:各自市内見学(St Kilda Beach, 市庁舎等)
夕方:化学工学科パーティー
06:45 グレートオーシャンズロードへ出発
12 日(土)
Melbourne
Mercure Welcome
Campus tour
午後:講義、各自市内見学(監獄、州立図書館等)
8 日(火)
Mercure Welcome
アボリジニ展示見学
Mercure Welcome
Melbourne
Mercure Welcome
Melbourne
19:40~ラグビー観戦
午前〜 各自市内見学
13 日(日)
14 日(月)
19:05 メルボルン出発
Mercure Brisbane
20:15 ブリスベン着
09:45 ブリスベン出発
機内泊
18:00 成田着・解散
5
2.2
参加者学生の紹介(担当:管原星弥)
山浦大滋(リーダー)
3 年 化学工学科応用科学コース
黒沢侑子
3 年 生命科学科
大野馨子(エディター)
3 年 建築学科
佐々木凌太
3 年 制御システム工学科
手塚沙也可
2 年 有機材料工学科
中村俊貴
3 年 制御システム工学科
管原星弥
3 年 無機材料工学科
船津光平
3 年 生命科学科
岩崎康大(副リーダー)
4 年 経営システム工学科
石曽根香菜
2 年 無機材料工学科
6
(引率教職員)
吉川史郎
化学工学科化学工学コース 准教授
高本亜希子
教務課グローバル人材育成推進支援室
7
3.
オーストラリアの概要
3.1
シドニーの概要
3.1.1 位置付け(担当:中村俊貴)
南半球の中でも最大の観光都市とされ、オーストラリアの中でも最大の
400 万人以上の人口を誇るニューサウスウェールズ州の州都である。オペラ
ハウスやハーバーブリッジなどの世界的に有名な名所を中心に様々な観光
名所が存在し、また歴史的建造物が多いことでも有名である。シティの中心
部にあるクイーン・ヴィクトリア・ビルディングは世界で最も美しいショッ
ピングアーケードと呼ばれており、豪華な内観が特徴的である。シドニー全
域に電車が走っており,opal カードにチャージをするか切符を買うことで利
用できるため、交通の便も良い。他の観光場所としては、オーストラリア博
物館、セント・メアリーズ大聖堂、州立美術館、シドニータワーなどが挙げ
られる。
3.1.2 歴史(担当:中村俊貴)
アボリジニが古くから定住していたが,18 世紀後半にイギリスによって植
民地とされた。当初は流刑地として使用されたため囚人が多かったが、移民
の割合が徐々に増えていき,19 世紀前半には都市として発展をしていった。
19 世紀後半にゴールドラッシュが起きると人口が増えていくも、地理的条件
に恵まれたメルボルンと対立しオーストラリア最大都市の座を奪われた。20
世紀になると再び立場が逆転しオーストラリア最大の都市となり、現在に至
る。移民が多かったことで多様な文化や価値観が形成され、国際色豊かであ
ることが特徴。
3.1.3 地理・気候(担当:中村俊貴)
シドニーはオーストラリア南東の港を中心とするシドニー堆積盆地であり、
港を拠点として発展していった。オーストラリア自体が大陸であり、世界で
6 番目に大きな国であるが、人口は都市部に集中しているため開発具合はま
ちまちである。その中でもシドニーは最初の植民地ということでインフラ整
備が他の場所に比べ進んでいる。またビーチも発展していることで有名であ
り、中でもボンダイビーチは約 1km にも及ぶ広大なものであり、地元の方だ
けでなく観光客にも人気である。シドニーは温帯性気候のため、四季がはっ
きりとしているが、南半球に属しているため日本とは季節が逆になる。また
1 日の中での気温差が激しく、夏でも上に着るものが 1 枚無いと夜が寒く感
じられる。また紫外線が非常に強く、日焼け止めやサングラスは必須である。
8
3.1.4 国民・文化(担当:山浦大滋)
オーストラリア最大の人口を有するシドニーは 4 人に 1 人が海外出生者と、
移民の多い都市である。その多様性の中でも、オーストラリア人一般のフラ
ンクな国民性をもっている。毎年 1 月に 3 週間にわたって開催される芸術の
祭典であるシドニーフェスティバルや、ゲイとレズビアンの祭典である
Mardi gras など、オーストラリアで行われる社会的・文化的祭典がシドニー
で行われることは多い。また、1850 年に創立されたオーストラリア最古の大
学であるシドニー大学や今回訪問したマッコーリー大学など、複数の有名大
学がある。
図 3-1 訪問中に行われたマルディ・グラの様子
3.1.5 街の様子・交通情報等(担当:手塚沙也可)
東京に比べて中心地であるにも関わらず公園が多く、自然が豊かであった。
また、クイーンズビクトリアビルディングやセントメアリー大聖堂のように、
洗練された街並みにも歴史を感じさせる建物が多く見られた。交通手段は電
車とフェリーである。これら公共の交通機関は全てオパールカードという電
子マネーで乗ることができ、1 日 15 ドルで市街地から離れた路線も含めて全
ての交通が乗り放題になる。オパールカードを購入しチャージすればどちら
も乗ることができる。シドニーの真ん中に大きな川が流れているため、シド
ニーには電車やバスだけではなく多くのフェリーも運航しており、タロンガ
動物園はフェリーで行くことができた。
また、街で見かけた電柱の多くに図 3-2 のような鉄製の輪がついていて不思
議に思われた。どうやら、自転車の鍵をつけるための輪であるようだ。
図 3-2 自転車停め
9
3.2
シドニー観光情報
3.2.1 オペラハウス(担当:黒沢侑子)
オペラハウスには大小 5 つの劇場があり、オペラや演劇、コンサートなど
年間 1600 以上のショーが上演されている。劇場のほかに、レストラン、カ
フェ・バー、ギフトショップ、リハーサル室や図書館、ギャラリーなどが併
設された複合施設である。シドニー湾のベネロング・ポイントに建ち、20
世紀を代表する近代建築物のひとつといわれる。
オペラハウスのデザインは、デンマークの建築家ヨーン・ウォッツオン
氏によるもの。世界中から集まった応募の中から選ばれた。しかし、デザ
インの複雑さにより工事は難航し建設費もはね上がった。工期は当初の予
定だった 4 年から最終的には 16 年にのび、1 億 200 万ドルをかけて 1973
年に完成した。
私たちは、オペラハウスの中を見学できるツアーに参加した。オペラハ
ウスは近くで見ると思ったより小さく感じたが、そのデザインや屋根表面
のパネルの様子など、見どころはたくさんあり、圧倒的な存在感があった。
オペラの劇場に設けられた休憩スペースは、すぐ目の前に海が広がってい
るのが見え、景色を楽しむことができた。
コンサートホールは音の反射や吸収を考慮し 2 種類の木が用いられてい
たり、席が 1 席ずつ取り外し可能であったりと機能性の面も充実していた。
図 3-3 オペラハウス
図 3-4 海の見える休憩スペース
10
3.2.2 ハーバーブリッジ(担当:管原星弥)
1920~1930 年代に造られたこのハーバーブリッジ、広さでは世界一。8
つの車線に加え線路まで 2 本引かれている。車で渡る際は有料となってし
まうが、徒歩なら無料。30 分程で渡り切れるらしい。オペラハウスと同じ
くシドニーの北側に位置し、ハーバーブリッジ側からはオペラハウスと日
の出を同時にみることが出来た。またハーバーブリッジの頂上には、2 つの
旗が立てられている。1 つがオーストラリアの国旗(図 3-5 左)、もう 1 つ
はこの橋の位置するニューサウスウェールズ州の旗(図 3-5 右)である。
私はこのような大きな橋を近くで見たことも渡ったこともなく、この橋を
車で渡ったときはとても気持ちが昂ったことを覚えている。高い建物を見
上げたり、その建物に入ったりするときとは違い、巨大な橋の骨組みの中
を貫通していくような感覚があり、遠くで見ている時とはまるで違う印象
であった。それは後ろも左右も、動く車の速度も、その空間にあるからこ
そ感じられることであり、写真では決して伝わらないだろうということを
とても感じた。
ハーバーブリッジではブリッジクライムというツアーも行われている。
簡単に言えば、橋の上を歩くアトラクション。ツアーにも種類があり、頂
上まで登らないものも存在するが、今回私たちは参加していない。
この橋にはまた、「パイロンルックアウト」という展望台もある。南側の
柱がそれに当たり、その中はハーバーブリッジの歴史博物館にもなってい
る。こちらも私たちは行くことができなかったが、機会があれば今度はぜ
ひ行ってみたい。
The Flag
Harbour Bridge
図 3-5 ハーバーブリッジ
11
3.2.3
Mrs. Macquarie Chair(担当:佐々木凌太)
Mrs. Macquarie Chair (図 3-6) は, Mrs. Macquarie Point と呼ばれる場
所にある椅子のことである。シドニーの観光名所であるハーバーブリッジ
とオペラハウスを一度に見渡せるポイントとして有名である。この椅子は
図 2 の赤いピンが示す場所に位置しており、ロイヤルボタニカルガーデン
に隣接している。
ニューサウスウェールズ州の初代総監である Macquarie 氏はイギリスと
オーストラリアを仕事で往復することが多かった。当時、イギリスにオー
ストラリアから向かうには手段は海路しかなく、片道半年程かかるような
長旅になったという。Macquarie 氏の不在が多く、少しでも早い氏の帰り
を待ち望んだ Macquarie 夫人のために氏が岬に椅子を作り、夫人が船の行
き来を見渡せるようにしたと言われている。元来、イギリスの囚人たちの
流刑地としてオーストラリアは利用されていた。そのため、オーストラリ
アの様々な建築物などは囚人たちによって作られた物が多いが、この椅子
も例外ではない。また。この岬からデニソン砦と呼ばれる監獄があり、実
際に 1841 年までは独房として使われていた。実物を岬から見てみると、泳
いで渡ることができる距離であり、脱獄が容易なのではないかと思ってし
まったが、ガイドさんに聞いてみると海には多くの鮫が生息していたため
に脱獄者は 1 人も出なかったそうである。現在この砦は博物館になってお
り、年に数回はこのシドニーの海に浮かぶこの砦で結婚式をあげるカップ
ルやパーティーをする団体もいるらしい。
図 3-6 Mrs. Macquarie’s Chair
図 3-7 Mrs. Macquarie’s Chair の所在地
12
3.2.4
タロンガ動物園(担当:管原星弥)
オーストラリアでも最大規模を誇る動物園。園内は生息地域によりエリア
分けがされており、その広さから私たちは半日では回り切ることは出来なか
った。シドニー中心より海を挟んだ北側に位置する。
タロンガ動物園までの移動手段として、私たちはフェリーを使用した。フ
ェリーはオペラハウスとハーバーブリッジの間の Circular Quay から出てお
り、到着後無料バスにより動物園入口まで案内された。
園内には 4000 頭を超える動物が飼育されており、毎日 20 種類以上のイベ
ントが開催されているようだ。
私たちはイベントを気にせず園内を回ったが、バードショーは見ることが
出来た。鳥たちが観客スレスレで飛んで見せたり、石を使ってモノを割って
見せたり、とても訓練されていることが伝わるショーであった。観客を巻き
込んだ演出や、途中鳥以外の動物も登場するなど、驚き、感心、笑いの詰ま
った楽しめるものだった。また機会があれば、他のイベントも回ってみたい。
オーストラリアならではの動物が多く揃っていることもまた魅力の一つで
ある。カンガルー、コアラはもちろん、ワラビー、ウォンバット、エミュー、
タスマニアンデビル、カモノハシなど、私にとってあまり親しみのない動物
も見ることが出来た。カンガルーやワラビー、エミューは放し飼いになって
おり、間近で見ることで来た。エミューの体調は 2m 近くあり、迫力満点だ。
Bird Show
Emu
図 3-8 タロンガ動物園のバードショーとエミュー
3.2.5
セントメリーズ大聖堂(担当:手塚沙也可)
オーストラリアで最初に建てられたカトリックの教会である。外から見る
だけでも十分に迫力があったが、ステンドグラスの施された内装は外観より
も華やかであった。私たちが見学しに行ったときは、ミサを行っておりとて
も厳かな雰囲気であった。
13
図 3-9 セントメリーズ大聖堂の内観と外観
3.2.6
Mardi gras(担当:佐々木凌太)
Mardi gras は観光スポットではないのだが、私達がシドニーに滞在した日
に偶然このパレードが重なったために見ることができたために、本レポート
に記載することにした。
Mardi gras とは世界最大のゲイとレズビアンの祭典である。1 年に 1 度シ
ドニーで開かれる祭りであり、世界中から参加者が集まりシドニーは異様な
雰囲気に包まれる。ゲイやレズビアンの参加者はもちろんのこと、一般市民
までが大騒ぎするような日であり、交通規制も起きる。
Mardi gras という言葉自体はもともとフランス語で「肥沃な火曜日」とい
う意味であり、謝肉祭の最終日、灰の水曜日の前日を意味する。英語の Shrove
Tuesday に相当する語である。この Mardi gras は世界の様々な所で開催され
るが、ゲイやレズビアンの参加が目立つのはシドニーのみである。また、こ
のシドニーで行われる Mardi gras の正式名称は”Sydney Gay + Lesbian
Mardi Gras”である。もともとは同性愛者たちが自分たちのアピールをするた
めにデモ行進をしたのが発端である。今では、国旗を掲げ、それぞれの国ご
とに行進する様子も見られる。
以下にパレードの様子や日本人の集団の写真を挙げる。
14
図 3-10 Mardi gras の様子 図 3-11 日本人集団の様子
3.3
メルボルンの概要
3.3.1
位置づけ(担当:大野馨子)
シドニーがニューサウスウェールズ州の州都であることは先述の通りで
あり、メルボルンはその南側に位置するビクトリア州の州都である。ビクト
リア州の人口の 75%が集中しており、10 の大学と 18 の政府が運営する職業
訓練専門学校がある。中華街やリトルイタリーもあり、多様な国民性のオー
ストラリアのニーズに応える各国のレストランが建ち並ぶ。
3.3.2
歴史(担当:大野馨子)
かつて 40,000 年に渡って、アボリジニを含め 250 もの先住民が暮らして
いた。イギリスからの罪人の流刑地とされ、街の監獄の一部が今でも残っ
ており、歴史を感じる重厚な石造の壁とユニークな高層ビルや交通量の多
い四車線道路が対照的である。その後、金が発掘され、世界中から金を求
めてメルボルンに人が集まった。各施設の建築が大変荘厳で豪華な作りで
あるのは、この Gold rush の金によってメルボルンが財政的に潤ったから
である。イギリスの影響を受けた石造りのゴシック様式の教会や古代ロー
マのスタイルの建築が残る一方で、オーストラリア自体は 200 年の歴史の
浅い国でもあるため、街の中心部には奇抜でユニークな建築が多い。オー
ストラリアは移民の国と呼ばれ、国民の約四分の一が海外生まれだと言わ
れる。メルボルン大学の学生も、過半数までは行かないかもしれないが半
数近くはアジア系の人達に思われた。多様な人種に対応するため、街にも
中華料理やベトナム料理、日本料理や韓国料理と各国の料理のレストラン
が立ち並んでいた。学食にも日本食やタイ料理、インドカレー、ベジタリ
アンメニューのお店等、本当に多様なお店があった。
3.3.2
地理・気候(担当:大野馨子)
メルボルンはビクトリア州の州都であり、シドニーよりも南に位置する。
メルボルンは基本的にはグリッド上に都市計画されており、ヤラ川北側の無
料トラムゾーン内は、ほとんどが四車線にトラムが通る道路となっている。
そのため街の通りさえ覚えれば、目的にたどり着ける。無料トラムゾーン内
はショッピングモールや公共施設、小規模の大学等が多いが、シティ中心部
を出るととても大きな規模の植物園やガーデン、公園が広がる。
メルボルンは気候区分としては温帯に属する。3月はオーストラリアの夏
の盛り過ぎであり、メルボルンはシドニーほど気温が暑くはなく日本の夏程
度であるが、湿度が高く蒸し蒸ししていた。涼しい日は日本の春秋と同じく
らいの気温であり、過ごしやすい。日差しが強いので日焼け止めとサングラ
スは必須である。
15
3.3.3
国民(担当:大野馨子)
国民の約四分の一が海外生まれとも言われるオーストラリアであるが、メ
ルボルン大学の学生も様々な場所からきているように思われた。特に、我々
と交流した日本語クラブや日本語クラスの学生は、幼少期や高校時代に親と
共にアジアの国々からオーストラリアに移住した人が多かった。大学の学生
名簿にもアジア系の名前が多く記載されており、街の看板には色々な国の言
語が飛び交っていた。メルボルンの人達は陽気で、とても親切であった。ジ
ョークが好きなのか、町中で冗談を言われ笑わされたことが何回かあった。
町中の人の服装はとてもカジュアルである。食べ物も後述するが種類が豊富
なので、生活に困ることはない。
3.3.4
文化(担当:山浦大滋)
世界で最も暮らしやすい都市ランキング 1 位のメルボルンは、人口 400
万人のうち約四分の一が外国生まれで、毎年多くの移民を受け入れる、国際
色豊かな都市である。その多様性から、チャイナタウンやイタリアン街、ベ
トナム街など、世界中の料理を食することができる食の都でもある。ヨーロ
ッパからアジアまで様々な国から留学生が訪れるオーストラリア第二の都
市は、その大学の質の高さや学習施設の充実ぶりと相まって、教育の街とし
ても認知されている。また、メルボルン市内には博物館・美術館・劇場とい
った文化・芸術の発信地があり、文化や芸術の都としても知られている。
3.3.5
街の様子(担当:山浦大滋)
飲食店が林立する通りやショッピング街、庭園の広がる地域まで、少し
歩けば全く違う表情を見せるメルボルン市内であるが、総じてヨーロッパ
風の美しい建物といわゆる碁盤の目状に張り巡らされた道路が特徴的であ
る。州議会議事堂・州立図書館・フリンダースストリート駅などの美しい
建造物の中にあって、時折目にする奇抜なデザインの建造物も芸術の都と
呼ばれる所以だろう。区画整備された道路にはトラムが走っており、フリ
ーゾーンの区間内であれば、トラムを無料で利用できる。フリーゾーン外
へ出る際には日本の Suica にあたる myki が必要である。
街中で道を尋ねれば非常に丁寧に教えてくれるフレンドリーさはシドニ
ーだけでなくメルボルンでも。その優しさはとどまるところを知らず、ト
ラム乗り場で待っていると、我々の話していた日本語から行き先を聞き取
って、乗り場の間違いを正してくれることもあった。
16
図 3-12 州議会議事堂
3.4
図 3-13 奇抜なデザインの建造物
メルボルン観光
3.4.1
Great Ocean Road(担当:佐々木凌太)
Great Ocean Road はオーストラリア南東部に位置し、ビクトリア州の海岸
沿いの道のことを指し、
“世界一美しい海岸道路”と呼ばれる (図 3-14)。東西
に 243km を誇り、日本に置き換えると東京から郡山市(福島県)までの距離
と等しい。名前の通りこの長さすべてが海岸線であり、奇怪な形をした岩な
どが続いている。この道は第一次世界大戦と第二次世界大戦後の間の大恐慌
の時期に政府が戦争から帰還した仕事の無い兵士向けの公共事業として計画
した。243km の全てがつるはし、ダイナマイト、シャベルなどを使用し 16
年の歳月をかけ作られた。豊かな自然に恵まれていることも特徴の一つであ
り、豊富な野生動物の住処となっている。また、車の CM に Great Ocean Road
を優雅に走行する様子が使用されることは多い。
図 3-14 Great Ocean Road の所在
17
図 3-15 入り口にて集合写真を撮影
Great Ocean Road において最も有名な景色と言えば十二使徒 (図 3-16)が
挙げられる。訪れた日の天候が曇りだったために、海が澄んでないように見
えるが、近辺の海は非常に透明度が高く綺麗である。十二使徒とは海から 70m
以上も突きだした 12 個の岩々のことを指す。この景観があまりにも神々しか
ったという理由から十二使徒と呼ばれるようになったという。この奇岩群が
作られた理由としては、この大地の成分に大きく関係している。元々Great
Ocean Road 近辺の大地は石灰岩であるライムストーンが主成分であり、石灰
岩は海底に積もった生物たちの死骸が長い年月をかけてかたまり、岩になっ
たものである。この地では南極からもたらされる激しい海流と強い風により、
大地が侵食され、それが何千万年も続き、十二使徒と呼ばれるような地形と
なった。侵食は時々刻々進んでおり、ペースとしては年間約 2cm だと言う。
十二使徒のうち、4 本の石柱が侵食により崩壊し、現存するのは 8 本のみであ
る。直近での崩壊は 2005 年であり、50m もの使徒が崩れてしまった。
図 3-16 十二使徒の一部分
18
3.4.2
アボリジニ(担当:船津光平)
私たちは「Original & Authentic Aboriginal Art」という展示場を訪れた。
この展示場はバークストリートとエキシビジョンストリートの交差している
ところにある。我々が宿泊したホテル「マキュアウェルカム」からおよそ徒
歩 10 分ぐらいである。展示場の広さは東工大本館の H101 よりちょっと狭い
ぐらいである。この展示場で私たちは様々なアボリジナルアートを見ること
ができた。
図 3-17 展示場の外観
図 3-18 展示場内の様子
展示場内に飾られていた写真の持ち合わせがなかったので、次のページに
示す写真は「Original & Authentic Aboriginal Art」のホームページから引用
したものである。
アボリジナルアートとは、オーストラリアの先住民アボリジニが描く独特
な絵のことである。アボリジニには文字がなかったので、この絵は文字の代
わりになっていた。アボリジナルアートの特徴として、まず一つ目に「ドッ
ト絵」が挙げられる。ドットの集合によってカンガルーなどの動物などを描
いたり、模様を描いたりしている(図 3-19)
19
図 3-19 お土産用に買ったブーメラン。ドットでカンガルーや模様が描かれている。
二つ目に「レントゲン画法」が挙げられる。動物の体の中が透けて見える
ように書かれている(図 3-20)。アボリジニには文字がなかったので、アボリジ
ニはこのレントゲン画法を用いて動物のどの部分を食べてよいのかを伝えて
いた。
図 3-20 レントゲン画法の例。動物の消化管が描かれている。
3.4.3
フリンダースストリート駅(担当:石曽根香菜)
メルボルンの中心となる駅。オーストラリアで最初に作られた駅であり、
黄金色の壁面とモスクのような屋根が特徴である。一説によるとジブリ映画
の「魔女の宅急便」に登場しているとも言われている。この駅からはメルボ
ルン郊外への電車が数多く出ており、多くの人が利用している。駅の地下に
はいくつかショップがあり、私たちが訪れたときにはバイオリンを演奏して
いる人もいて大変にぎやかな駅だと感じた。
昼間に太陽に照らされているところも大変綺麗だが、夜ライトアップされ
ているところは幻想的だった。
20
図 3-21 昼のフリンダースストリート駅
3.4.4
キャプテンクックの家(担当:石曽根香菜)
ハワイ諸島を発見したことで有名なジェームズ・クックの家。彼がイギリ
スにいたときに住んでいた家であるが、ビクトリア州 100 年祭のときにメル
ボルンに移築された。2 階建ての家の中には当時使われていた家具も並び、ク
ックが生きていた時代の生活の様子を知ることができた。また、大航海時代
の服装を試着できるコーナーもあり、1700 年代の生活を体験できた。
図 3-22 キャプテンクック像と当時の服装
3.4.5
旧メルボルン監獄(担当:大野馨子)
無料トラムゾーン南端のフランクリンストリート沿いからメルボルン工科
大学(通称 RMIT)の中を歩いて行くと、騒がしい道路沿いに重厚な石造り
の旧メルボルン監獄がある。かつては、多くの監獄の他、運動場や病院、教
会、浴室、職員の住居棟もあったが、現在はその一部しか残っておらず、独
房棟と少し離れた囚人の留置所へは入ることができる。庭や監獄のチャペル
と浴室は、現在 RMIT の校舎の一部となっており、入ることはできない。独
房棟では、厚い壁に囲まれた落書きだらけの牢屋の他に、首つり台、拷問用
のむち打ちの道具や台が展示されており、当時の囚人の生活が垣間みられ、
恐怖すら感じる。何とまあ、監獄の部屋の壁は、私の片腕の長さ程度であり、
扉の厚さですら私の手の縦の長さ程もあった。一人一人の囚人や死刑執行人
21
のエピソードも顔写真付きで展示されているのも他ではなかなか味わうこと
のできない点である。時間が決まっている独房棟ツアーでは、守衛官が我々
を囚人として扱う’囚人体験ツアー’があり、大変面白い。
図 3-23 監獄内部 図 3-24 大学構内の旧メルボルン監獄
3.4.6
メルボルン博物館(担当:管原星弥)
メルボルン中心より北東に位置する博物館、隣にはロイヤルエキシビジョ
ンビルが並ぶ。南半球最大の総合博物館であり、その豊富な展示物には私も
夢中になってしまった。とても広く、じっくり見て回るには半日以上必要だ
と感じた。私たちもすべては回り切れていない。
総合博物館と言うことで、本当に様々なものが展示されていた。入ってす
ぐ目に飛び込んできたのは恐竜の骨。恐竜の真下にまで行くことができ、や
はり巨大、とても迫力的を感じた。その他動物に関しては、はく製がとても
充実していた。見渡す限りはく製の並ぶ空間もあり、不思議な感覚であった。
他にも、植物や生きた魚なども見ることが出来る。
虫の標本なども充実していた。ただ標本ばかりでは無く、拡大化して虫ど
うしの顔を比べた模型や、同じく拡大化してカブトムシの内部を解説したも
の、映像があるもの、ドームに入って間近に観察できるものなど、とても工
夫されていて楽しむことが出来た。ただとてもリアルであるため、ゾッとす
るようなものもしばしばある。
生き物ばかりではなく、鉱物も展示されていた。とてもきれいなものが多
いのは想像がつくとは思うが、それが大きく加工されず、取れたその状態で
展示されていることでより魅力を感じたのだと思う。岩の中に結晶が詰まっ
ているものがあり、とても感動した。形の不思議なものも多かった。
人間についてのエリアもあった。脳に関する話が主である。錯覚の体験が
出来るところや、映像を使ったもの、クイズや性格診断のようなものまで様々
であった。全体を通して、1 つの博物館でこのようにジャンルの違う様々なも
のを見ることが出来る点が、とても魅力的であった。
22
図 3-24 メルボルン博物館の展示物
3.4.6
St Patrick's Cathedral(担当:石曽根香菜)
ビクトリア州のカトリックの総本山の教会であり、1939 年に建設された。
ゴシック様式の大聖堂であり、メルボルンの建物の中でも一際存在感を放っ
ている。私たちが訪れたのは閉館時間に近かったので、人は少なかったが、
地元の人たちがお祈りに訪れていた。この大聖堂の見どころは綺麗なステン
ドグラスである。側廊に沿ってたくさんのステンドグラスが並んでいる。ど
れも聖書の有名な一場面を描いたものであり、聖書を読んだことがない人で
も楽しめるだろう。また、私たちは夕方に訪れたので、夕日がステンドグラ
スを通して教会内に差し込み、とても幻想的な景色となっていた。閉館が 16
時 30 分までと早いが、訪れるならぜひ夕方をお勧めする。私たちは閉館時間
を過ぎていたためか見つけられなかったが、教会に付属してギフトショップ
もあり、記念品やキリスト教に関するグッズが売られているそうだ。また、
毎週日曜日の午後にはミサをやっていて、聖歌隊の歌声や大きなパイプオル
ガンの音色を聴くことができるそうである。
23
図 3-25 最後の晩餐を描いたステンドグラスと教会内に夕日が差し込む様子
3.4.7
AAMI パーク(担当:石曽根香菜)
私たちはメルボルンレベルズとのスーパーラグビーの試合を観戦した。こ
こは 3 万人を収容できる会場で、スーパーラグビーの他にもサッカーや NRL
のチームの本拠地でもあり、非常に大規模な会場となっている。観戦する人
たちはビールを片手に、ポテトを片手に持って応援していた。海外でのスポ
ーツ観戦というと罵声が飛び交う光景を想像していたが、結構静かで落ち着
いて観戦することができた。
図 3-26 試合の様子
24
3.4.8
クイーンズビクトリアマーケット(担当:手塚沙也可)
約 1000 軒ものお店が入っている巨大な市場。肉や魚介類、野菜など地元の
人も利用する生鮮食品から、観光客向けのお手軽価格なお土産まで実に様々
なものが売られている。オーストラリアのお土産はここで買うのがおすすめ
で、食料品を扱う店も、日本では見慣れないようなものが多数並んでおり楽
しめる。メルボルン大学から徒歩 20 分くらいで行くことができるので、空コ
マを利用して回ることができた。あまりにも敷地が広すぎるため迷子になり
やすいが、困ったときにはフリーWi-Fi が飛んでいるので活用しよう。
図 3-27 クイーンビクトリアマーケット
3.4.9 ストリートパフォーマー(担当:岩崎康大) メルボルンには、博物館や歴史的建造物、展望台など様々な観光スポット
が存在する。しかし、そのようなスポットは雑誌に掲載されており、インタ
ーネットで調べれば誰でも簡単に情報を取得できてしまう。その点を考慮し
て、本レポートでは、調べても情報が手に入りにくいメルボルンのストリー
トパフォーマンスに着目して紹介する。メルボルンの中心街では、これでも
かというくらい道端でパフォーマンスをする人たちがいる。多いところでは、
50 メートル間隔ほどでパフォーマンスをするひとが見られる。それは昼間に
限らず、夜中の 0 時を過ぎても楽器を演奏している人もいるほどであった。
たいていパフォーマーは、帽子などをおいてお金を入れてもらうシステムで
その点は日本のそれと同じであった。しかし、帽子を覗いてみると中に入っ
ている金額は日本での場合より相当多いように感じられた。これは、日本に
比べメルボルンでは、ストリートパフォーマンスがより市民に受け入れられ
ていることを表しているのではないかと考えられる。以下、撮影したストリ
ートパフォーマーの写真を添付する。
25
図 3-28 ストリートパフォーマー
3.5
食事(担当:黒沢侑子)
オーストラリアでは多様な食文化が根付いており、各国の料理を楽しむことがで
きた。今回は、国ごとにまとめた。
3.5.1
和食
シドニー、メルボルンともに寿司を売る店がいたる所で見られた。ショッ
ピングセンターのフードコート、キャンパス内や空港、街角でも寿司を買う
ことができ、ファーストフードとして予想以上に人気だった。
にぎり寿司のバリエーションは非常に限られており、ほとんどがサーモンで
あった。
手巻き寿司も人気で、こちらはアボカドとサーモンの組み合わせの他に
cooked tunaやエビフライなども売られていた。味は日本のものとほとんど変
わらなかった。醤油は魚の形の醤油入れに入れられていることが多かった。
米は、白米の他に、黒米も用いられていた。日本でも黒米などを少量まぜた
雑穀米は人気だが、黒米100%の寿司はオーストラリアで初めて見た。メルボ
ルン大学の学生にたずねたところ、彼も黒米100%の寿司を見たことがないと
答えたことから、オーストラリアで新たに流行し始めているところなのかも
しれない。
また、いなり寿司も売られていた。カラフルで目を楽しませてくれるいな
り寿司は、日本では見かけることのないものだった。
寿司と並んでキムチなどの韓国料理や、中華料理も一緒に売られているこ
とが多かった。日本食と韓国料理、中華料理の区別はあまり厳密ではないよ
うだ。
26
図3-29 和食
寿司の他には、ラーメン屋もしばしば見られた。具を全部トッピングした
ラーメンを注文した。20$と少々高額だが、店内は混みあっていた。店員さん
は日本の方が多く、味も日本のラーメンと変わらなかった。
うどんや丼ものの店もあった。親子丼や焼肉丼など種類は豊富だったが、
味つけや具材は日本のものと異なることが多かった。
図3-30 麺類
3.5.2
(ア)
オーストラリア料理
朝食
海外セレブから「世界一の朝食」と絶賛されるカフェ、billsは日本にも七里ヶ
浜、お台場などに出店しており、行列もできているそうだが、シドニーのダー
リンハースト店が本店ということで訪れた。メニューは20$前後。
フルオージーブレックファーストという朝食を注文した。スクランブルエッ
グにソーセージ、ベーコン、ローストトマト、マッシュルームと、ボリューム
たっぷりだった。
27
図3-31 bills本店と朝食メニュー
メルボルンでは、カフェがたくさん集まる通りで、朝にコーヒーを楽しむ人
が多く見られた。
図3-32 朝食メニューとコーヒー
(イ)
昼食
キャンパスで昼食をとる学生は、サンドイッチや寿司などのファーストフード
を利用する人が多いようだった。特にサンドイッチは具材だけでなくソースやパ
ンの種類もえらべることも多く、バリエーションは豊富だった。
また、スムージーも人気だった。
28
図3-33 学食のサンドイッチ
(ウ)
夕食
オーストラリアでは肉料理がよく食べられている。分厚い肉を、パンやご飯で
はなくポテトと一緒にいただく。
図3-34 ステーキ」 (エ) 韓国料理
メルボルン大学の学生に連れて行ってもらった。冷麺やビビンバなど、日本と
同様の韓国料理が食べられた。
図3-35 日本語クラブの学生と一緒に韓国料理
29
(オ) ベトナム料理
オーストラリアでは、フォーも人気だった。チキンのフォーは様々な臓物が入
っていた。客はアジア系の方が多かった。
図3-36料理のフォー
(カ) イタリア料理
メルボルン大学の学生に連れて行ってもらった。イタリア料理店が集まる一角
の中のお店だった。
図3-37 イタリアン
30
(キ)
中華料理
シドニーでは中華街で先生方とメンバーと楽しんだ。机の中央がまわる円卓は
なかった。
メルボルンでは、メルボルン大学の学生に中華街のデザート屋さんに連れて行
ってもらった。かき氷にフルーツソースがかかっているものや、ゼリーにタロイ
モや黒豆がのったものがあった。
図3-38 台湾料理のかき氷
(ク)
スーパーマーケット
牛乳が2ℓ、3ℓと大容量で売られているのが印象的だった。
図3-39 スーパー
(ケ)
アルコール
お酒はスーパーマーケットでは売っておらず、専門店でしか手に入らない。さ
らに購入者だけでなく同伴者もパスポートによる年齢確認を要求されることもあ
り、非常に厳重だった。パブでもパスポートを提示しないと入店できないなど、
日本に比べ厳密だった。
31
4.
訪問大学詳細
4.1
マッコーリー大学(担当:岩崎康大)
4.1.1 マッコーリー大学の基本情報 プログラム初日に訪問したマッコーリー大学は、オーストラリア連邦シドニー
の北東部郊外、ノースライドに位置する公立大学である。学生数は 30000 人以上
であり、そのうち大学院生が 10000 人以上在籍する、オーストラリア有数の大学
院重点化大学である。創立は 1964 年であり、連邦政府による"マッコーリー大学
議定書" の通過とともに設立され、1967 年に学生に開かれた。文系、理系、アー
トなど様々な分野を備えており数多くの学科が存在する。 4.1.2 マッコーリー大学訪問の報告 滞在したホテル(シドニー中心街)からバスで数十分かけ、マッコーリー大学
へ訪問した。講義の受講などはなく、マッコーリー大学の職員、学生によるキャ
ンパスツアーに参加した。第一印象として、日本の大学とは規模や概念が違うと
感じた。大学キャンパスがまるで 1 つの町であるかのような風景であった。敷地
の広さが格段に広いことはいうまでもなく、学食はまる大型ショッピングモール
のフードコートのようで、数多くの店が並んでおり、中にはバーまでもがあった。
また他にも学内に美容院があるなど、学生が大学で生活するのに必要な設備等は
非常に整っていると感じた。大学院重点化大学という点では東京工業大学と似て
研究性が多く、泊まり込みで研究をする学生も多いと思われる。そのような学生
にとっては、生活面での設備が整った学生にやさしい大学といえるだろう。また
キャンパス内には、広大な草原のような何に使われているわけでもないスペース
や大きな噴水があり、精神的にもリラックスできるような作りになっている。学
内には巨大な駐車場も存在し、車で登校する学生もみられ、文化の違いを肌で感
じることもできた。 上記以外にも、日本の大学では見られないような点が多く存在し、日本でも取
り入れるべきものが多く見られたので、非常に勉強になった。 図 4-1 広々としたマッコーリー大学 図 4-2 キャンパス内のカフェ 32
4.2
メルボルン大学
4.2.1
メルボルン大学の概要(担当:石曽根香菜)
メルボルン大学はオーストラリアで 2 番目に歴史のある国立の総合大学である。
メルボルン大学には以下の 8 つのキャンパスがある。
l
Parkville
l
Southbank
l
Burnley
l
Creswick
l
Dookie
l
Shepparton
l
Werribee
今回私たちが訪問したのは、8 つの中で最も規模が大きい Parkville Campus で
ある。このキャンパスはメルボルンの中心街に近いところに立地しているため、
とても交通の便がよい。フリートラムゾーンからは少し外れているので、学生た
ちはフリートラムゾーン内でトラムを下車し、徒歩で大学に通っていた。
キャンパス内は古典的な建物と現代的な建物が混在しており、独特の雰囲気が
あった。私たちが訪れたときには、キャンパス内のところどころで工事が行われ、
建物を増築していた。
東工大の食堂に値する建物は Union House と呼ばれ、中にはフードコートがあ
る。学生たちはそこでサンドウィッチやマフィン、スムージーを購入し、建物内
や外の芝生で食べていた。また、フードコート以外にもキャンパス内のいたると
ころにカフェが置かれ、こちらを利用する学生も多く見受けられた。また、キャ
ンパス周辺の Swanston St.などには多くのレストランがあるため、講義が終わっ
た後には学生たちで食事をとることもあるそうだ。
お昼時にはいつも芝生の付近で、専攻やクラブが BBQ をやっていた。また、芝
生は学生たちの憩いの場となっており、そこでお昼寝したりおしゃべりをしたり
している光景が見られた。
講義を受ける教室は Theatre と呼ばれ、階段教室となっている。東工大にも階
段教室は存在するが、Theatre は階段がとても急なため前の人の頭が気にならず、
どの席からも前のスクリーンが見える構造となっていた。
キャンパスに付属して college が建てられている。日本で college と言うと大学
を指すが、ここでは学生寮のことを指す。それぞれの college にはリーダーが存在
し、一つのコミュニティが出来上がっているそうである。なお、college はキャン
パスの隣に立地していることもあって利便性が高く人気が高いため、上位の成績
の学生しか利用できないそうだ。
33
図 4-1 Theatre の様子
図 4-2 Trinity College
4.2.2
キャンパスツアー(担当:手塚沙也可)
2,3 人に分かれて、メルボルン大学の学生に学内を案内していただいた。
メルボルン大学には、現代建築を始めとする新しい建物だけではなく、レンガ
造りの趣のある歴史的な建築物が講義棟になっている。Old Arts(写真)のように古
い講義棟には Old-という名前が付いている。
大学内には、複数のカレッジもあり、今回特別に Trinity College に入らせても
らった。カレッジとは大学入学するための準備学校であり、ここに通う生徒は寮
生活をしている。柵で仕切られた敷地内は、庭園のような雰囲気を醸し出してい
た。
大学内は緑で溢れており、Union Square では、ポプラ並木を見ることもできた。
案内してくれた学生のおすすめスポットは、Law Building の最上階で、そこから
はメルボルンの町並みが一望できる。
34
図 4-3 ポプラ並木 Union Square
図 4-4 Old Arts
図 4-5 建築学科の建物
35
図 4-6 Trinity College
4.2.3
ラボツアー(担当:管原星弥)
電気系の機械を扱う部屋では、各机に PC、電源装置、オペアンプなどが用意さ
れており、とても装置に充実していた。部屋にあるロッカーなどの表面がホワイ
トボードになっていることにも驚いた。
加工装置関連も見せていただけた。装置を知っている仲間からは「こんなに大
きなものがあるなんて!」と言う言葉が漏れるほど。3D プリンターも、見ただけ
で 6~7 台程あったと思う。
土木系と思われる実験室も見せてもらえた。観察しやすそうな大きな流動実験
の装置や、引張試験の装置も何台も、また見上げるほど巨大な装置まであり、と
ても驚いた。セメントの破壊・腐食などの試料も見せていただいたが、かなりの
数があったように思われる。
他にも簡単に動かせる作業台や、電気炉や薬品も充実しているようであった。
食のことを研究する部屋は、電子レンジがあるなど私には新鮮だった。大きな実
験装置にも驚いたが、全体を通して私が一番魅力的に感じたことは実験装置の数
である。同時に複数人が同じ作業を出来ることは、授業に際も研究の際でも、本
当に幸せなことだと思う。これも広い敷地があってこそだと感じた。
図 4-7 ラボツアーで見た実験道具
36
4.2.4
プレゼンテーション(担当:佐々木凌太)
メルボルン滞在の4日目に日本に興味がある学生、東工大に留学を考えている
学生向けに班員全員で 30 分ほどのプレゼンテーションをシアター教室で行った。
初めに東工大の歴史、場所、専攻の分類やグローバル理工人コースなどをメルボ
ルン大学と比較しながら発表した。その後、日本文化・観光地について説明をし、
班員二人の専門分野や研究についての発表を行った。自己紹介を織り交ぜて発表
をしたので班員の管原くんは少林寺拳法部所属のために道着を着ながらプレゼン
をし、班員の岩崎くんと軽いコントを交えて少林寺拳法のことを説明し、会場を
わかせていた。東工大への留学に興味がある学生には資料を持参したので、プレ
ゼンテーション後に取りに来てくださいというアナウンスをしたところ、予想を
遥かに上回る人数の学生が先生のところに殺到し、資料が不足してしまっていた。
個人的にはメルボルン大学のことも学生たちのプレゼンテーションによる紹介
があった方が交流自体もっと進んだのではないかと思っている。(実際には化学工
学専攻の教授の方々に説明をしていただいた。正直なところ早口かつ自分たちが
訛りに慣れていない初日に説明されたために満足に理解できなかった部分も多か
ったのではないか。)
図 4-8 発表したシアターの様子 図 4-9 実際の発表の様子
図 4-10 コントの様子
37
4.2.5 講義
l
全体の感想(担当:石曽根香菜)
講義は基本的に 1 コマ 60 分、階段教室である theatre で行われ、スライドを用い
る授業がほとんどであった。学生たちはタブレットでスライドを表示してそこに書
き込んだり、パソコンを用いたりノートに書いたりして授業を受けていた。全体的
に授業中にも先生に質問や意見を出す学生が多く、東工大の授業よりも活発な印象
を受けた。
l
教養科目(担当:中村俊貴)
Engineering Practice and Communication - Dr Philip Mackinnon
この授業では技術者がどのような社会貢献をしていくべきか、また社会を変えて
いく時に技術者がどうやって情報を発信していくべきかについて学習した。まず初
めに独自の技術は何によってもたらされるかについて解説し、その後に最も社会に
影響を与えた技術について周囲の学生と議論を交わした。この時学生たちは積極的
に意見交換しており、また議論が終わった後も発言が多かった。印刷技術や方位磁
石、インターネットの開発などが挙げられたが,それらの技術に対し分類わけをし、
どういった発想や環境の中で技術が作られたのかを解説していた。世の中を変える
ような発明をするにはどのような習慣を身に着けておくべきかなど、具体的なアド
バイスが多くとても参考になり、また日本ではあまり無いような授業であり新鮮だ
った。
Engineering Systems Design 1 - Dr Gavin Buskes
この授業では様々な課題に対しどのように取り組むか、またどのように解答を見
つけ出すかについて学習した。一例として年齢算を応用した連立 4 元 1 次方程式を
用い、多項式についての展開の容易性と因数分解の難解性を扱った。他にもパズル
として認知されている問題である。左上と右下の端が欠けたチェッカーボードを 31
個のドミノ牌で埋められるかどうかといったものや、トーナメントの合計試合数を
数え上げる方法の検証など、どちらも発想の転換が必要な問題が扱われた。この授
業で特徴的だったこととして、講義に参加している生徒にオンラインで投票を行っ
ていたことである。実際に選択式のクイズ問題を出題し、学生の解答のパーセンテ
ージをその場で発表していた。また講義自体も先生がジョークを挟むなど、終始和
やかな雰囲気で行われていた。
Engineering Computation - Professor Alistair Moffat
この授業では C 言語の基礎的な文法について学習した。初めによく使われる演算
子を復習したのち,if 文と switch 文を用いた条件分岐について学習し、またプログ
ラムを作成する際によくあるバグを多く例示していた。=と==の勘違いや,switch
文はバグを起こしやすいので注意すべきであること、また実際にバグを残したまま
プログラムをコンパイルした際、どのようなエラーが生じるのか、コンパイル時に
38
エラーが生じない潜在的なバグについても日付表示プログラムを用いて詳しく解説
していた。2015/12/32 などと表示された時にはシアターが笑いに包まれ、先生のリ
アクションの大きさも含めて非常に面白い講義であった。
l
材料系の授業(担当:石曽根香菜)
Design for Manufacture
この授業は自分の作りたいデザインを作る際、より適切な製造プロセスを選択で
きるようになることを目的とした授業である。修士学生向けで、内容は材料力学で
ある。私たちが聴講した回では、木材やセラミックス、高分子系、金属などの材料
によるヤング率と密度の関係の違いや、部材の断面の形状による断面係数の違いな
どを学んだ。授業はスライドを用いて進められ、グラフや図が多く用いられていた
ので分かりやすい授業だと感じた。この授業では学生たちはノートを熱心にとって
おり、東工大の授業と似た雰囲気の授業だった。
l
化学系の授業(担当:山浦大滋)
Reactor Engineering
まず、非可逆的な三分子関与の反応、A,B,D の三分子が反応して生成物を与える
系を考えて、様々な条件を丁寧に検討しながら微分方程式を導いた。続いて、A 一
分子と B 二分子が反応する系(これも同様に三分子反応系)を考え、反応速度式の
導出を試みた。最後に n 分子反応系を考えた。微分方程式を導き、それを各条件を
検討しながら積分計算で解くことによって、一般式の導出を行った。
(その一般式に
具体的な数値を入れてみると、その一般式が正しいことはすぐに分かった。)全体を
通して、式を一つ一つ追っていく形式の講義であった。
l
制御系の授業(担当:中村俊貴)
Fluid Mechanics - Marco Ghisalberti
この授業は流体力学の演習問題を先生と一緒に解いていく授業であった.生徒に
はあらかじめ問題を配っておいて,プロジェクターで先生の手元にあるノートを用
いて手書きで解説し,生徒は自分が作ってきた解答にコメントや訂正を加えていく
といった形式をとっていた.主に2つの問題を扱い,一つの流れを二つの流れに分
けた際に流体にかかる力を求める問題と,ダムや貯水池などで用いられるような排
水管での水の速度を求める問題を扱った.どちらも基本的な流体の公式は扱える前
提で,実際の値まで手計算で求めていくという,珍しい形式をとっていた.他の授
業ではほとんど必ず用いられているようなパワーポイントも使っておらず,演習重
視の授業で周囲の学生も PC よりもノートや配布された問題用紙をもとにメモをと
っていた.
39
l
経営系の授業(担当:岩崎康大) 講義全般の所感として、自分の専攻と直接的に関係のある分野ではなかったこと
と、オーストラリア英語の訛りのせいで、講義内容を理解するのに苦心した。問題
解決のアルゴリズムをつくっていく講義は、東工大の経営システム工学科における
オペレーションズリサーチ(以下 OR)に通じるものがあり、理系学生には興味深い
ものであった。あくまでエンジニアリングの授業なので、直接的に経営やファイナ
ンスの講義を受けたわけではないが、全般的に授業内容は東工大のほうが高度であ
ることは間違いないと思う。ただ、授業の行い方として、学生も積極的に参加(自
由に発言)できる雰囲気が整っており、また学生に問いかけるような授業構成にな
っていたので、東工大に比べて授業が受けやすく理解しやすいと感じた。その点は、
見習うべき点ではないだろうか。 l
建築系の授業(担当:大野馨子)
Urban Design Studies
Urban Design とは何であろうか。最初に皆で紙に書いて前に提出し、見せ合った。
その後に先生が世界各地の都市から集めた町づくりや文化の写真を紹介し、街の歴史
や生活の様子の話を交えながら、写真や地図、古代の資料を見ていく。最終的に、
Urban Design とは何であったのか、その授業で見てきてきたことを含めて書く、と
いうスタイルの授業であった。世界各地の面白い慣習には驚き、笑いが漏れる場面も
あった。トルコ文化の紹介のときには、トルコ人の学生から意見を求めるという移民
の国だからこそできる授業であった。対話形式で誰でも自然と参加してしまう授業で
あり、いい解答をした生徒には教授がご褒美の品物を投げるところが面白かった。
l
生命系
Bioprocess Engineering (担当:黒沢侑子)
Bioprocess Engineering とは、バイオテクノロジー、化学工学、農業工学が合わ
さった分野。今回の授業ではたんぱく質の構造や、それに伴う性質について基礎か
ら学んだ。はじめに、アミノ酸のペプチド結合を導入部としてとりあげていた。そ
の後も、二次構造や三次構造を具体例とともに紹介していた。インスリンなどなじ
みのあるホルモンを例としてあげることによりわかりやすく、身につきやすい授業
になっていると思った。また、イラストも多かった。
Biosystems Modeling(担当:船津光平)
私が受けた時は「酵素反応」についての説明をしていた。内容については 2 年生
の春頃に学習していたので、英語の授業であったがよく理解できた。スライドショ
ーを用いて先生が説明する授業形態であった。授業の流れは、酵素の反応速度論で
はミカエリス・メンテン式の導入が説明されていた。式の導出過程が一つ一つ丁寧
に示されていた。酵素反応について基礎から説明しており、初心者にもわかりやす
いと感じた。また、図が的確に用いられていて、とても見やすいスライドであった。
40
4.3
日本語クラス(担当:石曽根香菜)
私たちは Japanese7 というアドバンストなクラスに参加させてもらった。このク
ラスは非常に日本語が上手な人が集まっており、授業中も日本語しか使ってはいけ
ない決まりになっているそうだ。学生は中国からの留学生が最も多く、他にもベト
ナムからの留学生などアジアからの留学生が多いと感じた。
彼らが日本に興味を持つようになったきっかけは、アニメや漫画、ドラマやアイド
ルであるそうで、日本独自のカルチャーが受け入れられているのだなと感じた。一
方で、オーストラリアでも大学以前に日本で言う第二外国語が必修となっているそ
うで、日本語を学ぶ人数が多いため自分も何となく日本語を選んで勉強していると
いう学生もいた。
前述のとおり、彼らの日本語はとても流暢で、話していて違和感がなかった。彼
らに本当に日本語が上手だということを指摘すると、聞くことと話すことはできる
が、読み書きはできないと言われた。日本人の場合、英語を読むことや書くことは
できるが、話すことはなかなか難しいことが多い。この違いは彼らと私たちの言語
の学び方の違いによるらしい。私たちは、大学入学以前にも英語の授業があり、多
くの文章を読んで英語を勉強している。一方、彼らのほとんどは日本語の授業を受
けてきてはおらず、好きなアニメやドラマを観て勉強してきたようだ。彼らと話し
ていて若者の使う表現が多いな、という印象を受けたのもこのためだろう。
授業は 1 クラスにつき 20 名前後で、4 人で一つのグループを作ってグループワー
クを行う形式だった。この日の授業テーマは「グローバル化について」で、オース
トラリアと日本のグローバル化について話し合った。オーストラリアの人にとって
のグローバル化は何なのかを聞いてみると、多くの異なる国の人と触れ合って、彼
らの文化を知って受け入れること、だと教えてもらった。日本については、最近で
は 2020 年の東京オリンピックに向けて標識が英語に変わったり、最近では外国のマ
ーケットが色々なところで開かれていたりすることを話した。
正直私にはまだグローバル化とは何か分かっていない中で、学生たちが日本語で
ディスカッションしている姿を見て、私も英語でこの話題を共有できるようになり
たいと強く思った。
図 4-11 日本語クラスの様子
41
4.4
l
交流(担当:石曽根香菜)
日本語クラブ
私たちはメルボルン大学にある日本語クラブの活動に参加させてもらった。ここ
には、日本語を学ぶメルボルン大学の学生が集まってみんなで日本語を学んでいる。
この中には日本出身の学生や日本からの交換留学生がおり、彼らが日本語を教える
という形をとっている。私たちは、日本語を始めてまだ少ししか経っていない学生
と話した。彼らの日本語は不得意と言っても、会話をする上では問題ないので、レ
ベルが高いなと感じた。
クラブ活動に参加したのち、日本語クラブのみなさんにご飯に連れて行ってもら
った。そこでは最近の日本のドラマや俳優の話で盛り上がり、とても楽しい時間を
過ごすことができた。
図 4-12 日本語クラブの学生との食事
l
化学工学科パーティー
メルボルン大学に通学した最終日の夜には、化学工学科主催のパーティーに参加
させてもらった。学生たちはみんなお酒を飲みながら盛り上がっていた。私たちも
それぞれ学生のみなさんに話しかけて勉強の話やお互いの国のことについて立ち話
をした。しかし、なかなか英語で話しかけることが難しく、私たちのいる場所に来
てくれた学生と話すという恰好だったので、もう少し自分から移動して話しかける
べきだったな、と反省が残った。
図 4-13 パーティーにて、学生を囲んで
42
l
その他
メルボルン大学に登校した初日のキャンパスツアーで仲良くなった学生に夕飯に
連れて行ってもらった。大学のそばにはイタリア料理店がひしめく通りがあり、そ
のうちの一店でピザとパスタをいただいた。
その後には散歩に連れて行ってもらい、メルボルン大学周辺の様々なところを案
内してもらった。王立展示館やビクトリア州議事堂、落書きストリートなどを案内
していただいた。また、散歩中には私たちが気になっていたオーストラリア人の所
作についても教えてもらった。例えば、よく外国人が両手でピースサインを作って
人差し指と中指を曲げ伸ばしする air quotes の使い方について、基本的にはダブル
クォーテーションマークの意味で、強調したいときに用いるが、時には皮肉を込め
たいときにも用いるようだ。今回の留学中でも幾度か見かけたので、適切に用いて
みたいと思った。他にも、スーパーに立ち寄り、チョコやマシュマロなどの現地の
美味しいお菓子を教えてもらい、オーストラリアのことについて沢山知ることがで
きて有意義な時間だった。
図 4-14 メルボルンの落書きストリート
43
5.
所感
l
石曽根香菜
今回の留学は 12 日間ととても短かったが、その中でも得られるものが多く、非常に有意
義な日々を過ごすことができた。特に、オーストラリアで日本に興味を持つ学生と接し色々
な話ができたのは非常に楽しかった。
オーストラリアの人が話す英語はオージーイングリッシュと呼ばれ、話すスピードがと
ても速いことが特徴である。私は留学する前にこれを知り、聞き取れるだろうかという不
安があった。実際に行ってみると、確かに速く話す人もいて、英語を理解するのが大変だ
ったという印象がある。しかし、現地の方々は皆優しく、もう少しゆっくり話してほしい
とお願いすると喜んで丁寧に説明してくれたので、現地での生活への弊害はなかったよう
に思える。ただし、今回の留学では終始自らが日本人であることに甘えてゆっくり話して
いただいていたので、現地の方と隔たりなく話すためにはもっとリスニング能力を向上さ
せなければならないと反省した。
今回のプログラムで最も感心したことは、オーストラリアの方々のコミュニケーション
能力の高さである。街を歩いていて道を聞いても笑顔で教えてくれるし、メルボルン大学
で隣の学生に質問しても丁寧に説明してくれ、この光景を日本で見ることは難しいだろう
なと感じた。特に、メルボルン大学での講義の中で隣の人とディスカッションをするとき、
学生たちはお互い知らない人とでも白熱した議論をしていた。日本でこれをやるとどうし
てもぎこちない雰囲気が流れてしまうので、ここにオーストラリアの人と日本の人の性格
の違いを見たような気がした。
現地の学生に日本人についてどういう印象があるのかを聞いてみたところ、真面目、ち
ゃんと働く、という答えが得られた。これはステレオタイプな回答と捉えられ賛否両論あ
るかもしれない。しかし、私はこの印象を持ってもらうことは必ずしも悪くないことだと
考えている。日本人だからできること、重宝されることもきっとあるはずで、そこに日本
人の足りない積極性などが加われば真のグローバル化が得られるのではないか。
このように、このプログラムで短い期間ではあったもののとても濃い日々を過ごすこと
ができた。
l
岩崎康大
オーストラリアに行ったのは初めてのことだったので、日本との文化的な違いや似てい
る点を肌で感じることができたという点で、非常に勉強になった。オーストラリアは世界
的に見ても、非常に治安のよい国として知られていることは知っていたが、実際に行って
みて危険だと感じられることは一度もなくとても過ごしやすかった。シドニーもメルボル
ンも町が整備されていて、景観がよく、過ごしやすい都市として有名であることも納得が
いった。文化的な違いとしては例を挙げればきりがないが、国民性がのんびりしているこ
とによる相違点が目立った。ほとんどのレストランは夕方頃にはしまってしまうことなど
は日本では考えられないし、スーパーに行って商品が開封されて棚に並んでいたりするこ
とも日本では考えられず、興味深かった。酒やたばこに関する規制は非常に強かった。酒
44
に関しては、スーパーやコンビニなどでは売っておらず、酒屋さんに行かないと購入でき
ず、また購入の際には身分証明が厳しく行われていた。たばこはもはや店頭に並んでいる
ことはなく、店員に言って裏から出してきてもらわないといけないほどであった。(空港の
免税店でさえも店頭には並んでいない)また、物価の高さも目立った。我々のような海外
からきた人たちにとっては、物価の高さに慣れるまで時間がかかり、コンビニで水を買う
だけでもかなりの抵抗があるだろう。その点からオーストラリア経済の一端を垣間見るこ
とができた。上記のような新しい発見があり、良い経験ができた。 l
大野馨子
オーストラリアの日本にはない自然を見て、英語を試せるだけ試すというのが今回の渡
航の目標であった。今回の渡航はあまり時間制限がなく、比較的自由で安全なプログラム
だったので、自分が行きたところを見つけて、スケジュールを立てて行動するのがとても
楽しかった。面白そうな場所を、地図を見ながら街を歩きながら見つけ、近くの人に訪ね
て、どうにかしてたどり着くということを自分達で行うことができた。今回は街中やマー
ケットで知らない人に話しかけて、お勧めを教えてもらい、行動を起こすということが一
番楽しくて心に残った。メルボルンやシドニーは、もちろん日本ではないので貴重品等の
管理を怠っては行けないが、夜までとても安全であった。街の人もとても親切だった。
今回初めて英語圏の大学の授業を受けたが、ディスカッションをして生徒と教授が対話
する授業の形式は、個人的にとても好きだった。授業はほぼ内容が聞き取れるものもあっ
たが、フィリップ島へのバスガイドの早い英語はほぼ聞き取れず、自分の勉強不足を痛感
した。次はもっと英語が話せるようになってから、ペラペラになってから飛行機乗りたい
と思う。
メルボルン大学では、授業中に積極的にノートを取り、話を聴く学生の熱意あふれる授
業態度に刺激を受けた。学生に聞いたところ、メルボルン大学ではほとんどの講義で録画
されており、インターネットで自宅で見られるようだ。だが、学生は友達に会うのが楽し
いから大学まできて講義を受けるそうだ。廊下や空き教室でも熱心にディスカッションし
たり、問題を解いて教え合ったりする学生の姿が見られ、いい刺激になった。
今回のプログラムでは、勉強に対するモチベーションが上がり、豊かなオーストラリア
の文化を体験し、本当に有意義な時間を過ごすことができた。引率してくださった吉川先
生と高本さん、一緒に行動した友達、現地でお世話になった方々に心から感謝している。
l
黒沢侑子
オーストラリアでは、生まれた国や育った国が様々な人が集まり、多民族国家を形成し
ていた。
しかし、町中で見かけるグループでも大学の友人同士でも、アジア系、欧米系などと同
様の人種で集まっていることが多かった。
その点を不思議に思い、中国出身のメルボルン大学の学生にたずねたところ、「アジア系
のほとんどは中国語を話すことができるため、仲間同士は中国語で会話することが多い。
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それが原因ではないか」という意見が返ってきた。共通言語である英語を話すことができ
ても、親しみ慣れた母国語を仲間内で使っていたら他人種同士の仲を深めることは難しい
のだろう。改めて、国際交流の難しさを感じた。
一方で、私達は英語を充分に話すことができないが、メルボルン大学の院生にメルボル
ンの街を案内してもらい仲良くなることができた。観光スポットやおすすめの食事を紹介
してもらったり、お互いの好みや意見を交換したりして楽しい時間を過ごすことができた。
これは、彼が私達の話すことを理解しようと耳を傾けてくれ、また私達も、彼とコミュニ
ケーションをとろうと努力した結果だと思う。
この体験を通し、国際交流において重要なのは互いに交流しようとする姿勢なのではな
いかと考えた。言葉が通じる、通じないに関わらず、まずは相手に興味を持って接しない
ことには、関係を築けない。これから海外へ行く機会、また海外から来た人を迎える機会
があったら、ぜひ今回の経験を活かしたいと思う。
しかし、より親交を深めスムーズにコミュニケーションをとるには、もちろん英会話能
力が重要である。今回のオーストラリアでのプログラムを通し、自分のリスニング能力、
スピーキング能力の乏しさを痛感した。相手の話す内容を理解できているか自信が無い、
伝えたいことがあってもどのように表現していいかわからないといったことが何度かあり、
とても悔しかった。今後はこのようなことを無くしていけるよう、よりいっそう英語学習
に励んでいきたいと思う。
l
佐々木凌太
12 日間で様々な場所に観光に行くことができ非常に良い経験となった。過去 2 回の海外
渡航では治安の面からも自分たちで予定を立てて観光をするといったことはしたことがな
かった。そのため、友人たちと計画を立てて観光をするというのは非常に新鮮だった。自
由に行動することができたからこそ、現地の人達が行くようなスーパーや市場に行くこと
ができ、文化を実際に肌で感じ、学ぶことができたと思う。
このオーストラリア超短期派遣は人生で 3 度目の海外渡航だった。今までにタイへ 5 日
間のホームステイ、スリランカへはこのプログラム同様の超短期派遣で行った。今回は人
生初めての英語圏への渡航となった。今回は英語圏で、第二言語として使う自分の英語が
どれほど伝わるかが非常に不安であり、実際に現地の学生たちと会話する時まで緊張して
いた。だが、実際に学生たちと話してみるとそこまで苦労せずに英語で意図することを伝
えることができたので自信を持つことができた。なので、ラボツアーでは自分の分野に関
係する所では積極的に質問することができた。メルボルン大での授業の聴講は考えていた
よりも遥かに楽だった。大学で自分が一度学習したことのある分野はすんなりと教授の言
っていることがわかり、内容をしっかりと追うことができた。メルボルン大学では非常に
多くの国の人が学んでおり、休み時間やカフェテリアなどでは様々な言語が飛び交ってい
た。しかし、その学生たちも授業中の質問などは英語ですることができ、自分たちが遅れ
ていることを痛感した。授業に参加してみての感想だが、授業がその期で 2 回目というこ
ともあり、非常に簡単に感じた。東工大の授業では省略されてしまう内容もかなり時間を
46
割いて説明していた。こういった状況を体験し、自分たちは英語ができればもっと世界で
活躍できるのではないかと思い、なおさら自分たちの英語力の低さを嘆いた。将来は多国
籍的環境で自分の分野の勉強だったり、仕事をしたりしてみたいなと強く思うようになり、
今回の聴講は良いきっかけになったと思う。
大学での英語にはあまり不自由しなかった一方、自分たちで申し込んだツアーなどでの
ガイドの英語は非常に聞き取り辛く、終始何を言っているのかわからない場面もあり、他
の客が笑っている中で自分たちだけ笑えないといったことが何度もあり、非常に歯がゆか
った。この原因として考えられるのがオージーイングリッシュ独特の発音であるとわかっ
た。”a” を“あ”と発音するので”Monday”が”まんだい”になるのである。こういった発音
方法などにより、自分が理解できないまま会話が流れていき、理解できなかったのだろう
と思う。リスニング力には自信があったので非常に悔しかった。このような状況でも対応
できるような確固たる英語力をつけるために、これからも勉強を続けていきたい。
今回の超短期派遣では貴重な体験を数多くすることができ、非常に充実していた。同行
してくださった先生方と行動を共にした班員には感謝の気持ちでいっぱいである。
l
管原星弥
この短期留学で自分はより良く変われたり、何か身に付けることが出来たり、僕にはそ
こまで上手くこの短期留学を利用することはできませんでした。それでも「今回のプログ
ラムに参加して良かった」それは心から感じています。
僕が思う、この短期留学で一番良いと感じたことは「実感、体感できること」です。僕
は今回初めて海外を経験させていただきましたが、このような経験は、本を読んでも、話
を聞いても、絶対に得られなかった経験だと、改めて感じています。特に大切に感じたの
は、その経験に至るまでの過程です。
簡単な例を上げますと、例えば現地で「どこかに行こう」となったとき、現実には多く
の壁が存在しました。どこに駅があるのか、どれに乗ればよいのか。降りる駅を間違えた
ことに気づかなかったり、途中で道に迷ったり。
今までとは異なる空間の中で、今自分が持っている情報、道具、能力を使いながら、自
分の足で目的地までたどり着く。面白いものを見つければ寄り道もする。
実感、体感したことは、単発ではなくそれまでの過程と繋がった経験になると思います。
見たもの、聞いたこと、その時の感情も、その前後の感情も。だからその記憶は、生きた
記憶になると思います。想像しきれない感覚まで含んだ、生きた豊かな経験になると思い
ます。
この短期留学で身に付けたことはないかもしれませんが、身に付けたいことなどはでき
ました。英語で会話すること、自分の長所とその上手な伝え方、行動力・積極性、大きく
はこの 3 つです。これらの課題も、全て現地で必要だと感じたからここで上がっています。
現地での感情があるから、
「やらなきゃ!」というより「出来るようになりたい、やりたい!」
と思えています。特に英語に関しては、前からやらなきゃいけないと分かっていましたが、
今は、「今度行くときには話せるようになっていたい」と思えているので、前より英語に触
47
れやすくなりました。今の僕には、この短期留学だけでは多くを身に付けることは難しか
ったです。しかし多くのことを学ぶこと、経験することは出来ました。今の自分を変える
ことは難しかったですが、こうして得た知識、感じたことから、これからの自分がどうな
りたいか、なりたい自分に近づけるよう努力していきたいです。今回の経験を、今後の自
分に活かします。
最後に、この短期留学プログラムは非常にためになりました。短期であることで、その
短い期間を有効に使おうと、僕たちはとても行動できたと思います。いっぱい行動して、
いっぱい経験して、いろんなことを感じて、たとえその期間で変われなくても、帰ってき
てから現地で感じたことを頼りに、次はもっと楽しめるように変わっていく。これから短
期で何かをするときも、現場では考え込まず積極的に行動できるよう、意識していきます。
l
手塚沙也可
個人旅行ではなかなか得られない、留学体験や現地学生との交流がしたかったため、今
回オーストラリアの派遣プログラムに参加した。英語圏に出るのは初めてだったが、日本
語クラブの学生など日本語が使える学生と交流することができ、彼らの日本に対する関心
の強さや私自身の日本に対する理解の浅さを知ることができた。一方で、一度学生たちが
英語で会話を始めるとほとんど付いていくことができなかったり、現地での英語のやり取
りなどに苦労したりしたことからも、改めてコミュニケーションの道具としての英語の大
切さを学んだ。
派遣前はシドニー・メルボルンに対して比較的新しい、洗練された街というイメージを
持っていた。しかし実際にはそれだけではなく、歴史的な建築物や広大な植物園などの自
然、現代建築が共存しており、見るものすべてが新鮮だった。また、市街地から少し離れ
るだけで、そこには広大なオーストラリアの地が広がっており、大自然に触れることがで
きた。今回のオーストラリア派遣を通して、一番印象に残っているのは文化の多様性であ
る。街を歩いていると非常に日本語や中国語を始めとして英語以外の言語をよく耳にした。
また、多くの人種が生活しているにもかかわらず治安はよく、様々な国籍のレストランな
ども数多く存在しており、それぞれの文化が互いを尊重しているように感じられた。私は、
このような雰囲気が、多文化の街に住むメルボルンの人々の寛容さにあるのではないかと
思っている。メルボルンでは、初対面の人と打ち解けやすく、また稚拙な英語でも頑張っ
て理解しようとしてくれているように感じた。
国際的なのは、街だけではなく大学も同様で、関わった学生のほとんどがアジア圏から
の留学生であったり様々な国を背景とする在校生であった。今回のプログラムを通して、
メルボルンのように国際的な刺激のある環境での勉強、いずれは研究に携わりたいと考え
るようになった。
l
中村俊貴
自分は家族旅行でオーストラリアに行ったことがあるため、2 回目のオーストラリアの生
活はそれほど刺激を受けないと初めは思っていました。しかしいざ行ってみると様々な部
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分を感じることができ、とても充実した 12 日間でした。家族旅行ではただ両親の後ろをつ
いてきただけであり、英語もほとんどしゃべらないまま終わってしまいましたが、今回は
短期留学ということもあり自ら授業を受け、英語を理解していく経験は日本ではできない
ことでした。観光地としてのシドニーやメルボルンも非常に魅力がありましたが、個人的
にはメルボルン大学の授業や雰囲気に一番興味を持ちました。自分自身日本の他大の授業
に興味があり、様々な大学の授業を聴講しているのですが、メルボルン大学の授業は今ま
でにないようなタイプの授業を受けることが出来ました。学生が自ら発言し先生と一緒に
授業を進めていくという授業や、生徒に問題の答えを選択式にして毎回集計し、その場で
結果を発表する形式などは新鮮でした。また先生の授業に対する熱意が大きく、スライド
はもちろん発言にも様々なネタや裏付けなどがしっかりしており、聞いていて飽きないよ
うな作りにしているところが凄いと思いました。階段教室のような場所で行う授業が多い
こと、50 分授業が基本で先生によっては延長すること、先生が事前にスライドを生徒に配
布し、学生がそれを読んできていることを前提に授業が進むにもかかわらずじっくり内容
を掘り下げて解説していることなどが特徴的だと感じました。特に先生が学生に向けて授
業で扱う内容を 5 分間議論してくださいと言った際、活発な議論が展開されている風景は
今まで見ることができなかったことであり、またメルボルン大学の授業ではそれが当たり
前の風景であることが印象に残りました。研究環境も非常によく、3D プリンターなどの最
新の設備が揃っていることが自分の目で確かめられました。短い期間でしたが、非常に密
度の濃い経験をすることができました。
l
船津光平
今回の留学によって得られた様々な経験が自分の価値観を大きく変えた。留学する前、
私は消極的なところがあり、やや主体性に欠ける部分があった。そういった部分は以前か
ら直したいと思っていた。今回,一緒に留学したメンバーは、以前の私とは違ってとてもエ
ネルギッシュでアクティブだった。そのようなメンバーと 10 日間行動を共にしたおかげで、
自分も少し明るくポジティブな人間になれた。留学中、至らない部分がいくつかあったが、
みんなのサポートによりうまく切り抜けられた。彼らが留学メンバーだったので、今回の
留学はとても楽しい経験になった。どうもありがとう。
メルボルン大学の授業を一通り受けて感じたことは、授業内容が東工大で学習する内容
よりも簡単だったということだ。メルボルン大学では 3 年生で学習することが、東工大で
は 1 年生で学習するといったことが多々あった。東工大の方が勉強レベルは上だと感じた。
しかし、世界大学ランキングではメルボルン大学の方がずっと上である。授業内容を考慮
すると、東工大生の方がより専門的な知識を有しているのに、なぜランクが下になってい
るのか。自分なりにこのようなランキングになった原因を考えた。結論は、英語を用いた
教育環境の違いにあるのではないかということだ。東工大ではほとんどの授業が日本語で
行われており、留学生を招きにくい。そういった学習環境が順位を下げているのではない
かと考えた。学門のレベルでは、メルボルン大学には負けてないので、英語を用いた教育
環境を充実させていけば、評価も変わってくるのではないかと思った。グローバル化の必
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要性を感じた。
日本語クラスの学生や日本語サークルの学生と交流したとき、彼らが流暢に日本語を話
すことに驚いた。私は彼らが日本語を話すのと同じレベルで英語を話すことができない。
私は中学生から今まで学校で英語を勉強しているが、あまり上手には話せない。オースト
ラリアの語学教育は優れているのではないかと感じた。日本人は英語の読み書きは得意だ
が、会話が苦手な傾向にある。何故このようなことになるのかを考えた。我々は子供のこ
ろ両親が話しかけてきた言葉を聞き取り、その儘まねしていくことで日本語を習得してい
く。日本語にはすべての言葉に母音がついており、子音だけの発音がない。そのため、子
音の多い英語は聞き取りにくい。我々が日本語を身につけたときのように、言葉を聞き取
りそれをまねしていくことは困難だ。ゆえに英語を話すことが苦手になるのではないかと
思った。日本人が英語を自由自在に話せるようになるためには、他国の人々よりも一生懸
命勉強しなくてはならないと思った。
l
山浦大滋
今回の留学の主な目的は、英語圏への留学、海外の大学で実際に学生が受けている講義
を聴講すること、昨年に同様のプログラムでフランスに留学して感じた課題の改善・実践、
の 3 点であった。これら全てを今回の留学で達成できたことを嬉しく思う。
留学前に心配していたオージーイングリッシュには確かに慣れが必要であった。個人的
にはシドニーよりもメルボルンの方が訛りが強い印象だが、それは単に滞在期間の問題か
もしれない。メルボルン着直後に参加したフィリップ島へのツアーのガイドアナウンスの
聞き取りには非常に苦労した。訛りがあることは分かるのだが内容が聞き取れないことに
もどかしさを感じた。当然、大学での講義やメルボルン市内での買物・観光の際にもオー
ジーイングリッシュには直面するが、徐々に慣れていった。最終的には滞在当初と比べて
格段に聞き取れるようになっていたと感じる。
マッコーリー大学・メルボルン大学双方とも、学びの場の中にリラックスする場所も同
時に設けることで、充実した学生生活を送れる環境づくりが成されているように感じた。
メルボルン大学で聴講した講義においては、既習の内容では自分の知識と照らし合わせな
がらそれを英語でどのように表現するのかを実感でき、一方で未習の内容では初めての情
報を英語で取り入れることに新鮮さを感じた。今回の講義聴講は、既習・未習に関わらず、
非常に有意義な経験であった。また、日本語クラスや Language exchange club の学生との
交流、化学工学科の学生とのパーティーなどで現地の友人と過ごした楽しい時間は大切な
思い出である。
今回の留学は前回のフランス留学とは全く違った経験になった。自惚れかもしれないが、
あらゆる面で確実にステップアップしている自分を確認できたように思う。日本を飛び出
して世界を肌で感じることは自分を成長させてくれる最良の方法であることを再確認した。
素晴らしい友人たちと共に過ごした二週間弱は忘れることのできない財産となった。今回
一緒に留学した最高のメンバーとプログラムに関わってくださった先生方、現地で出会っ
たすべての人々に感謝したい。
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6.
参考文献
l
P.20 図 3-20 アボリジニアート
http://originalandauthenticaboriginalart.com
l
P.35 図 4-3 ポプラ並木 Union Square
https://www.flickr.com/groups/melbourneuni/pool/sneedleflipsock/
l
P.35 図 4- 4 Old Arts
http://www.weeklytimesnow.com.au/news/farm-courses-bounce-back-at-melbourne
-university-la-trobe-university-and-longerenong-college/story-fnkf0qeh-122680682
9245
l
P.35 図 4-5 建築学科の建物
http://www.smh.com.au/entertainment/art-and-design/architecture-review-melbou
rne-school-of-design-20140918-10ilgz.html
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