ラテンアメリカ「左派」政権の現在的位置づけ 小倉英敬 1999年2月に反「新自由主義」を掲げたチャベス・ベネズエラ政権が登場して以来、 2002年2月にルラ・ブラジル政権、同年5月にキルチネル・アルゼンチン政権、20 05年3月にバスケス・ウルグアイ政権、2006年2月にモラレス・ボリビア政権、2 007年1月にコレア・エクアドル政権とオルテガ・ニカラグア政権、2008年8月に ルゴ・パラグアイ政権、2009年6月にフネス・エルサルバドル政権と、ラテンアメリ カにおいては続々と反「新自由主義」を掲げる諸政権が発足した。 社会主義国であるキューバや、ALBA(米州ボリーバル主義同盟)に加盟するスケリ ット・ドミニカ政権(2005年5月成立) 、ゴンザルベス・セントビンセント・グレナデ ィーン政権(2001年3月成立) 、スペンサー・アンティグア・バーブーダ政権(200 4年3月成立)を加えれば、反「新自由主義」を掲げる政権は13カ国に増加している(但 し、2008年8月にALBAに加盟したセラヤ・ホンジュラス政権は、2009年6月 28日に発生したクーデターで打倒され、本年1月に同国国会は ALBA からの離脱を決議 した) 。また、ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、ボリビア、エクアドル においては、現役大統領が再選され、後継候補が大統領選挙で勝利するなど、これらの諸 政権が長期政権化する傾向が顕著になっている。 このような反「新自由主義」を掲げる政権の増加と長期政権化を踏まえて、日本のラテ ンアメリカ研究界においては、これらの諸政権や社会主義インターナショナルに加盟する 政党が政権を掌握したチリ、コスタリカ、ペルーを含めて、ラテンアメリカ諸国における 「左派」政権の台頭と位置づける傾向が存在する。しかし、このような「左派」政権論に は「左翼・左派」の定義に関して曖昧さが見られる。本稿では、このような「左翼・左派」 論が有する問題点を指摘するとともに、あらためてラテンアメリカ「左派」政権の現在的 な位置づけを考察する。 1.ラテンアメリカ「左傾化」論 日本において、チャベス政権の登場以後の反「新自由主義」を掲げる政権の増加を「左 傾化」と捉えて本格的に論じたのは、2007年5月に発行された『ラテンアメリカ・レ ポート』に掲載された松下洋氏の論文「ラテンアメリカの左傾化をめぐって:ネオポピュ リズムとの非核の視点から」であり、その後2008年11月にアジア経済研究所から出 版された『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』の序章として、遅野井茂雄・ 宇佐見耕一両氏が執筆した「ラテンアメリカの左派政権」において議論が継続された。 これらの議論は、 『フォーリン・アフェアーズ』2006年5/6月号に掲載されたホル ヘ・カスタニェーダの論稿「ラテンアメリカの左翼回帰」と、同年に発行された米国民主 主義基金が発行する『ジャーナル・オブ・デモクラシー』が「ラテンアメリカにおける“左 傾化” 」と題する特集を組んだことに刺激を受けたものと推測される。即ち、日本において も、国際的に展開されているラテンアメリカ「左傾化」論の流れに連動する研究が発表さ れるようになったものと理解できる。 カスタニューダは、1993年に『武装解除されたユートピア:冷戦後のラテンアメリ カ左翼』を出版して、ポスト冷戦期におけるラテンアメリカ左翼勢力の変化を指摘したが、 『フォーリン・アフェアーズ』に掲載された論稿の中において「左翼」を、①マクロ経済 的な正統論への社会的改善、②富の平等主義的な分配、③国際協力における主権の重視、 ④(少なくとも野党である間は)統治上の効果における民主主義の4点を強調する思想、 政治、政策の潮流であると定義し、ラテンアメリカにおいてはロシア革命やコミンテルン に由来する伝統的な左翼勢力と、ラテンアメリカ特有のポピュリズムの潮流に発する勢力 という二つの「左翼」の流れがあると指摘した。 一方、 『ジャーナル・オブ・デモクラシー』の特集は、ラテンアメリカにおける「左傾化」 現象を比較政治学の分野でも分析・検証されるべき重要な現象であると認識され始めた証 左であると評価できる。H.E.シャミスは「多様な左翼」をどのように分類するかを論 じ、M.R.クレアリーは労働組合などの大衆動員に向けた組織基盤の有無や、体制変革 に参加した様々な政治勢力の穏健化の程度や外的環境の変化などから、「左翼」の勝利とい う地域的な趨勢のタイミングと持続可能性を論じた。 他方、松下論文はカスタニューダの分類に依拠するとして、 「左派」を社民型とポピュリ ズム型に分類し、伝統的左派は「新自由主義」に対して受容的で、ポピュリズムに区分さ れる左派政権は「新自由主義」に批判的であるとの共通性が見られると指摘している。し かし、松下論文は、カスタニェーダがロシア革命とコミンテルンに由来する伝統的左翼を 必ずしも社民型に限定しているわけではないのに対して、社民型に恣意的に限定している ことに問題がある。確かに、社会主義インターナショナルに加盟する社民型政党が政権を 掌握している場合には、チリ、ペルー、コスタリカに見られるように「新自由主義」を受 容もしくは修正して受容する傾向が見られるのは事実である。しかし、ラテンアメリカに おいてはベネズエラ共産党をはじめとして、社会主義路線を放棄していない伝統的な左翼 勢力の大半は反「新自由主義」を掲げている事実を無視すべきではない。従って、ロシア 革命やコミンテルンに由来する政党のすべてを「新自由主義」に受容的な社民型と識別し、 ラテンアメリカの「左派」を社民型とポピュリズム型に二分する図式にそもそも問題があ ると言えよう。 次に、遅野井/宇佐見論文は、 「左派の定義としては、カスタニェーダやクリアリーが用 いた歴史的定義を採用することにする。すなわち社会党や共産党などの伝統的左派政党に 起源をもつ政権、民族主義とポピュリズムに起源をもつ政権、そして農民運動や先住民運 動など社会運動に起源をもつ政権が、そこに含まれる。それらの政権は、各国の政治地図 のなかで中道左派ないし左派と自己認識し、何らかの形で現状変革をめざし、また社会的 公正の実現を政策の目標としている」と論じている。これではカスタニューダとクリアリ ーの歴史的定義を採用すると述べているものの、一般的な「左翼」論との関連を考察する 作業を抜きにすれば、両者の準拠枠を便宜的に折衷したものにすぎない結果となろう。そ もそも、カスタニェーダとクリアリー依拠して「左翼」論を論じること自体に問題があろ う。ラテンアメリカの「左翼」を論じるにせよ、ラテンアメリカを対象に論じられている 「左翼」論だけでなく、世界的に展開されている「左翼」論を考慮に入れるべきである。 2、 「新自由主義」受容と左翼性の関係 特に、アジア経済研究所が出版した『21世紀ラテンアメリカの左派政権』は、 「新自由 主義」に対するラテンアメリカ諸国の政権の姿勢に関する評価において問題を有する。同 書は、 「急進左派度」を見るデータとして、各国の「左派」政権の「経済・外交政策を、国 際機関からの自律、反米州統合、反新自由主義言説、経済民族主義、民営化企業の再国営 化を実施したか否か、経済規制強化、拡張的財政支出(財政規律が弱い)の8点で見た評 価を図表化して掲げている。問題はここで言及されている反新自由主義言説の分析にある。 その図表では、キューバ、ベネズエラ、エクアドル、ボリビア、アルゼンチンの諸政権 では反自由主義言説が見られるのに対して、ブラジル、ペルー、チリ、コスタリカではそ れが見られないと表示している。また、急進左派に分類されるアルゼンチンやボリビアに おいても自由貿易の枠組みは維持されていると指摘している。しかし、そこで言及されて いる反新自由主義言説とは、このように自由貿易の枠組みや市場経済メカニズムを受容し ているかどうかに集約される議論にすぎない。それ故に、「左派」政権には「新自由主義」 を受容する政権と、これを否定する政権が混在することになる。しかし本来、反「新自由 主義」であることと「左派」であることは一致すべきなのではなかろうか。反「新自由主 義」か、「新自由主義」受容かの区別は、単に自由貿易の枠組みや市場経済メカニズムを受 容しているか否かに限定されるものではない。反「新自由主義」か、 「新自由主義」受容か の準拠枠は、社会格差の是正に政策的な重点を置いているか否か、さらには経済成長の基 盤を国内需要の拡大に依拠しているのか否かに見るべきである。 特に、問題となるのはルラ・ブラジル政権に対する評価である。前出の松下論文におい ても、 「ルラ政権は、選挙キャンペーン中にPT(労働者党)やその支持母体であるCUT が掲げた新自由主義反対の姿勢を大きく後退させ、それを基本的に受容する方向を打ち出 した」、 「ルラ政権が新自由主義路線にシフトし、変身した」と論じられている。しかし、 そこで言及されている「新自由主義」路線とは、 「市場経済の尊重」である。他方、前記の 通り、遅野井/宇佐見論文に掲げられた図表では、ブラジルには反「新自由主義」言説は 見られないと表示されている。しかし、同書に所収されている近田亮平論文「ブラジルの ルラ労働党政権――経験と交渉調整型政治に基づく穏健化――」は、ルラ政権の穏健化し た現実主義的な国家運営を強調している一方で、 「不平等是正の2000年代」とのタイト ルで、ルラ政権が実施した社会政策の実績を取り上げて、社会格差、平均寿命、乳幼児死 亡率、平均就学年数、生活インフラ整備、若年労働人口の減少などにおいて成果を上げた と論じている。就中、 「飢餓ゼロ計画」と「ボルサ・ファミリア(家族支援プログラム)が 社会格差の是正において大きな成果を上げた事実を指摘している。「飢餓ゼロ計画」とは、 憲法で保障された基本的人権の一つである「食糧に関する権利」に基づいて、低所得家族 の食糧購入のための所得補助を基軸とし、その他の多種多様な社会政策を統合した政策で あり、 「ボルサ・ファミリア」は子どもがいる低所得家族に生活補助金を給付する制度であ る。これらの社会政策の結果、2008年9月に米国で生じたリーマン・ブラザーズの破 綻を契機として発生した米国発の金融・経済危機からの回復が、ブラジルでは国内需要の 拡大を基盤に早期に実現された。 このような国内需要の増大をもたらす社会政策を実施する政権は、平等主義的な所得配 分を志向する反「新自由主義」型の政治を実践していると言える。その意味合いにおいて、 ルラ政権は自由貿易の枠組みや市場経済メカニズムを受容しながらも、社会政策面を通じ て脱「新自由主義」化を推進している。従って、ルラ政権も反「新自由主義」を実践して いると捉えるべきであり、ルラ政権が自由貿易の枠組みや市場経済メマニズムを受容して いるからと言って、反「新自由主義」言説は見られないと評価することは間違いであろう。 要は、平等主義的な所得再分配を目指すことに「左派」政権のあり方が示されているので ある。 3. 「左翼」の定義 「左翼」とは、周知の通り、フランス革命期に共和派が勝利した後、共和派が穏健派と 急進派に分裂し、穏健派のジロンド派が国民議会の議場の右側に、急進派のジャコバン派 が左側に陣取ったことに由来する。 ラテンアメリカには、1990年7月にサンパウロでブラジル労働者党の呼びかけによ って48の政党・組織が参加して連帯会議が開催されて以後、毎年ラテンアメリカ各地で 開催されているサンパウロ・フォーラムという「左翼」政党・組織のネットワークが存在 するが、これには社会主義インターナショナル系の政党・組織も一部参加しており、すべ ての参加政党・組織が「左翼」と区分しうる政党・組織であるわけではない。なお、社会 主義インターナショナルにはラテンアメリカの26政党・組織が加盟しており、2009 年3月にグアテマラで開催された社会主義インターナショナル・ラテンアメリカ委員会会 合には加盟団体である19政党・組織と招待された3政党・組織が参加している。 世界的に展開されている「左翼」論に依拠して整理すれば、「左翼」の定義に関しては、 イタリアのN.ボッビオが『左と右:政治的区別の理由と意味』 (片桐薫・片桐圭子訳)に おいて展開している分析を重視すべきである。ボッビオは同書の中で、「“右”と“左”と いう二つの概念は、絶対的なものではない。相対的な概念である。実質的もしくは実体的 な概念ではないし、政界の内在的な質でもなく、 “政治的空間”における場である」、「左右 の区別の“再建”、すなわち派生的諸基準の“再編成”は、“平等のもつ不動の意味”もし くは“意味としての平等のもつ重要性から出発すること”でのみ、可能であろう」と述べ、 「左右の区別は、平等の思想についての異なった見解、つまり肯定的か否定的かの違いに もとめられ、またそれは最終的に、人間を平等または不平等と見なすことへの認識や評価 の違いからきている」と論じている。 さらにボッビオは、 「私が強調したいのは、こうした歴史的事例を通じて“左翼”とよば れ、また少なくともそのようなものとして認識されてきた理論と運動を、より特徴づける 要素は、平等主義だということだ。繰り返すと、それは、万人が完全に平等である社会と いうユートピアではなく、ある面では、人々を不平等にすることよりも、平等にすること を賞揚し、さらに他面では、実践の場で、不平等をより平等にすることを目指す政策を優 先すべき政治傾向として理解された平等主義である」と述べ、「左翼」とは完全な平等な社 会というユートピアを目指すのではなく、「実践の場で、不平等より平等を目指す政策を優 先すべき政治傾向である」と論じた。 この「実践の場で、不平等よりも平等を目指す政策を優先する政治傾向である」とのボ ボッビオの立論を「左翼」の準拠枠とするならば、ラテンアメリカの反「新自由主義」諸 政権はほぼすべてを「左派」に分類することができる。すなわち、「左派」政権と反「新自 由主義」は、自由貿易や市場経済メカニズムを受容しているとされるルラ政権においても 社会政策の推進を通じて格差是正を追求する政策を展開しているが故に、 「実践の場で、不 平等よりも平等を目指す政策を優先する政治傾向」とする点において共通点を有するので ある。 このような準拠枠に依拠するのであれば、遅野井/宇佐見論文が、①社会党や共産党な どの伝統的左派政党に起源をもつ政権、②民族主義とポピュリズムに起源をもつ政権、③ 農民運動や先住民運動など社会運動に起源をもつ政権を「左派」政権と位置づけたことは、 結果的には間違ってはいないと言える。特に、注目すべきは③の農民運動や先住民運動な ど社会運動に起源や基盤をもつ政権を「左派」政権と見なしている点である。このカテゴ リーに属する政権として遅野井/宇佐見論文は掲げているのは、チャベス・ベネズエラ政 権、ボラレス・ボリビア政権、コレア・エクアドル政権である。これら3政権のうち、チ ャベス政権とモラレス政権は社会主義路線を掲げており、コレア政権も同様の姿勢を有し ていると見られている。だが、チャベス政権やモラレス政権で掲げられている社会主義は、 もはやソ連・東欧社会主義型の旧来のマルクス・レーニン主義的な社会主義ではない。ア ソシエーショニズムと呼ぶことが適切と思われる新しい社会主義モデルである。 4.チャベス政権はポピュリズム型か? 日本におけるラテンアメリカ研究者の間には、松下洋氏のように、チャベス政権を「非 政党的ポピュリズムを代表する」としてポピュリズム型と評価する向きがある。しかし、 チャベス政権をポピュリズム型と見なすことは適切ではないだろう。 ポピュリズムの一般的な定義は、 「政治過程において有権者の政治的選好が直接的に反映 されるべきだとする志向を指す」と解されるが、ラテンアメリカに見られたポピュリズム の定義として日本で最初に体系的に提示されているのは、松下洋氏が『ペロニズム・権威 主義と従属 ラテンアメリカの政治外交研究』(1987年)の中で示した定義である。同 氏は、ポピュリズムを「ナショナリスティックで多階級的な同盟を通して、現状の打破を 目指す運動」であり、 「①現状に批判的な上・中流階層の存在、②都市の工業労働者と農村 大衆の支持、③リーダーと大衆を結びつけるものとしての社会正義といった不明確だが社 会的要請に応えるイデオロギーの存在、④民族主義、特にショヴィニズムと経済的、民族 主義との合体、⑤カリスマ的リーダーの存在、⑥上・中・下層間の選挙同盟、⑦階級闘争 の明確な否定、などが挙げられるであろう」と指摘した。 他方、松下○(注: 「にすい」に「列」)氏は、『現代ラテンアメリカ政治と社会』(19 93年)において、ポピュリズム型の運動、政党あるいは国家に見られる特徴は、 「ポピュ リズムの基本的性格としての階級同盟、その政府や国家のボナパルティズム的特徴とその 調停機能、指導者のカリスマ的性格とデマゴギーの利用、さらに“社会平和”や“社会階 級間の調和” 、ナショナリズム、反帝国主義、開発主義、社会福祉、等々のイデオロギーや 政策がそれである」と論じている。 これらの研究者のポピュリズムに関する考察を踏まえつつも、議論をより精緻化すれば、 筆者はポピュリズムを、①1930~1970年代に登場した、②産業資本家、中間層、 労働者、農民の階級同盟であった、③カリスマ性のある政治指導者が登場した時に運動が 高揚し、政権に到達する場合も見られた、④輸入代替工業型の経済発展モデルを採用した、 という4つの共通点を有するアジア、アフリカ、ラテンアメリカに生じた政治運動や政権 を指すものと理解すべきであると考える。ナセル・エジプト政権(1953~70年)や スカルノ・インドネシア政権(1950~65年)は、バルガス・ブラジル政権(193 0~45年) 、カルデナス・メキシコ政権(1934~40年)、ペロン・アルゼンチン政 権(1946~55年、1973~74年) 、ベラスコ・ペルー政権(1968~75年) と同様に、典型的なポピュリズム型政権であった。 上記のいずれの定義に依拠したとしても、チャベス政権をポピュリズム型と分類するこ とは適切ではない。遅野井/宇佐見論文が指摘する、社会運動に基盤を置く新しいタイプ の「左派」政権であると捉えるべきである。 なお、ラテンアメリカ研究においては、ネオポピュリズム論も展開されている。ネオポ ピュリズムとは、サリナス・メキシコ政権(1988~94年)、フジモリ・ペルー政権(1 990~2000年)に典型的に見られる、「新自由主義」経済モデルを採用する一方で、 選挙における勝利を目的として特定の地域や特定の集団に対してバラマキ的な経済・社会 的支援を投入して、大衆的支持の確保を目指す統治方法を指す。従って、ネオポピュリズ ム論に関しても「新自由主義」経済モデルが支配的であった1980年代から2000年 代の30年間に時期を限定すべきであろう。ポピュリズム論にせよ、ネオポピュリズム論 にせよ、相対的な年代規定を軽視して、歴史貫通的な概念として使用するのは適切ではな いだろう。この意味において、反「新自由主義」を掲げて1999年に登場したチャベス 政権を、ポピュリズム型、あるいはネオポピュリズム型のいずれに分類することも適切で はない。 5.ラテンアメリカ「左派」政権の現在的位置づけ 上記の通り、日本におけるラテンアメリカ「左派」政権論には種々の問題点が存在する。 だが、これらの分析以上に重要なことは、反「新自由主義」を掲げて登場してきた「左派」 政権が、たとえ貿易面では自由貿易を廃棄していない政権もあるにせよ、社会政策面にお いては貧困層を対象とした諸政策を実行し、国内需要の拡大を経済成長の基盤にするとい う脱「新自由主義」化の方向性を明確に示してきたことを認識することである。 2008年9月に生じたリーマン・ブラザーズの破綻を契機として発生した米国発の金 融・経済危機の克服を目指す動向の中で、同年11月にワシントンで開催された第1回G 20金融サミット、2009年4月にロンドンで開催された第2回G20金融サミット、 同年9月に開催された第3回G20金融サミットにおいて、ドイツやフランス等の欧州諸 国や中国、インド、ブラジル等の新興諸国から金融市場の規制強化等、脱「新自由主義」 化を示す方向性が提示されてきている。また、オバマ政権が提示している公共投資を軸と してエコ産業の立ち上げにより雇用の拡大を図ろうとする政策もまた、脱「新自由主義」 化の方向性を示すものであると捉えるべきである。 このようなラテンアメリカ「左派」政権の動向や、G20金融サミットの動向、さらに オバマ政権の経済危機克服策を考慮すれば、国際社会において脱「新自由主義」化が進ん でいることは明白な事実である。このような脱「新自由主義」化の先駆けとなってきたの が、1999年に登場したチャベス政権をはじめとして続々と成立してきたラテンアメリ カの「左派」政権なのである。これらの諸政権が展開している諸政策は一様ではなく、各 政権に特有の特徴が見られることは事実である。しかし、このような差異を強調しすぎて、 これらの「左派」政権が、総体として持つ歴史的意味を軽視することは本末転倒の議論で ある。 重要なのは、 「新自由主義」モデル、あるいは「新自由主義」段階がどのように克服され ていくのか、その実態を冷静に見てとるとともに、世界資本主義システムの今後の方向性 を大胆に予測していくことである。このような脱「新自由主義」化の実践が、より顕著に 見られ、政治基盤を強化してきているのは、ラテンアメリカ「左派」政権の中でも、ベネ ズエラ、ボリビア、エクアドル等の社会運動を基盤とする諸政権である。これらの諸政権 が社会主義志向を強めつつことも注目に値する。だが、これらの諸政権に関しては、社会 運動と政権との関係において、社会運動が政権に対する自律性を維持していけるのか、大 衆の日常生活に根差す意識を重視する視点から、この点について分析していくこともまた 重要である。言うなれば、 「左派」政権に関する机上の分析だけでは不十分なのであり、そ れらの社会運動が政権からの自律性を維持していけるのかどうかという点を、実態に即し て把握していくことが、 「左派」政権を適切に評価し、他の地域に向けた教訓を引き出す上 でも必要となろう。 (ラテンアメリカ思想史)
© Copyright 2024 Paperzz