平成 27 年度輸出に取り組む事業者向け対策事業(ジャパン・ブランドの確立に向けた取組) イタリアにおける高級牛肉流通・販売状況等調査報告書 平成 28 年3月 日本畜産物輸出促進協議会 は し が き EUは古くから牛肉を食する文化があることから、日本産和牛の輸出にとって重要な市 場である。このため、日本畜産物輸出促進協議会(以下、 「協議会」)では、2014 年6月に EU向けの日本産牛肉輸出が解禁されて以降、英国、フランス、ドイツでプロモーション を積極的に展開してきた。 さて、イタリアでは、2015 年に食をテーマとするミラノ国際博覧会が開催され、日本館 では官民一体となって伝統文化の一つである和食の魅力を発信した。本協議会でも、同年 9月にミラノの有名レストランで和牛フェアを実施し、現地シェフにより和牛料理を考 案・紹介し、イタリアの消費者や観光客に向けて和牛のPRを行った。 本書は、その和牛フェアと時を同じくして実施した、ミラノやトリノなどイタリア北部 地域での高級牛肉の流通・販売実態等調査の結果を取りまとめたものである。イタリアは 独自の食文化や郷土料理を大切にする。牛肉料理についても季節にあったさまざまなもの が存在するが、いずれも、さしの多い和牛とは対極に位置するピエモンテ牛に代表される ような赤身の牛肉にあった料理である。現地シェフには「イタリア産の牛肉は品質がよく おいしい。普段、外国産は使用しない」という頑固な者もいるが、今回、和牛を体験した シェフや消費者からは、和牛のおいしさへの賞賛の声も聞かれ、和牛を受け入れる素地は 確実にあると実感したところである。 このようなイタリア市場で必要な視点は、他の外国市場で行っている外国産 Wagyu と の差別化を求めるマーケティングではなく、まず、和牛をイタリアの牛肉文化の根底にあ る食材とは別のものとして、正しく理解してもらうことである。また、イタリアの食文化・ 牛肉文化は長い時間を経て育まれてきたものであることから、ここに和牛を普及定着させ ていくためには、それなりの長い時間が必要であるということも理解しておかなければな らない。 本書では、和牛フェアに参加したシェフや消費者の声を含む、イタリアにおける和牛の 今後の普及定着に向けた活動展開のヒントが盛り込まれているので、今後の和牛の輸出に 携わる関係各者の参考になれば幸いである。 なお、本調査の実施にあたっては、現地レストランや精肉店、ピエモンテ牛生産者協会、 生産者など、多くの方々に快く調査に応じていただいた。また、ジャパン・ブランド確立 検討委員長である櫻井 研氏のほか、現地で通訳者・翻訳者として活躍する高梨真江氏、 コーディネーターの石井美絵氏に多大なる協力を得た。この場をお借りして、深く感謝の 意を表したい。 平成 28 年3月 日本畜産物輸出促進協議会 目 次 第1章 イタリアの農業・畜産と牛肉消費の動向 ・・・・・・・・・・・・・・・ 1 1.イタリア農業の概観 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.イタリアの食料自給率の現状 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3.食料の消費動向と消費パターン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 4.食肉需給の概況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 5.牛肉の国内生産の動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 6.牛肉および牛(生体)の輸入の動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 7.牛肉の消費動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 第2章 イタリア北部・中部主要都市の牛肉流通・販売状況・・・・・・・・・・・13 1.流通している牛肉の特徴-脂肪の少ない赤身肉 ・・・・・・・・・・・・・13 2.牛肉の部位名称にみるイタリアの地方色 ・・・・・・・・・・・・・・・・14 3.牛肉の食べ方にみる多様性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 4.牛肉の流通・販売で重要な表示事項 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 5.調査地域における牛肉の流通・販売実態 ・・・・・・・・・・・・・・・・21 5-1 ミラノ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21 5-2 トリノ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 5-3 フィレンツェ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 第3章 イタリアを代表するピエモンテ牛の生産・流通事情 ・・・・・・・・・・37 1.ピエモンテ牛の品種の特徴と発展の歴史 ・・・・・・・・・・・・・・・・37 2.ピエモンテ牛の飼養動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 3.飼養形態 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 4.飼養管理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 5.ピエモンテ牛の改良 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 6.地元の消費者の食肉購買動向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 7.ピエモンテ牛の流通・販売 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 8.ピエモンテ牛を使った料理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46 <トピックス> イタリアでの Wagyu 生産事情 ・・・・・・・・・・・・・・49 1.海外での Wagyu 生産 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49 2.イタリアの Wagyu 生産事情 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49 第4章 日本産和牛の可能性と課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53 1.ミラノで日本産和牛と出会える場所 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・53 2.現地の調理方法で日本産和牛を味わう「和牛フェア in ミラノ」の開催 ・・・57 3.日本の調理方法で日本産和牛を紹介するイベントでの反応と評価 ・・・・・60 4.食肉卸売業者の日本産和牛についての見方 ・・・・・・・・・・・・・・・63 5.まとめ―異なる牛肉文化の融和化の課題― ・・・・・・・・・・・・・・・64 (参考)調査の実施場所 (第2章 牛肉の流通・販売実態調査) ミラノ トリノ (第2章 (第3章 牛肉の流通・販売実態調査) ベネト州 (トピックス wagyu 生産事情調査) ピエモンテ州 ピエモンテ牛生産事情調査) フィレンツェ (第2章 牛肉の流通・販売実態調査) <執筆者> 第1章 第2章 第3章 第4章 櫻井 櫻井 高梨 櫻井 研 研 真江および協議会事務局 研 第1章 イタリアの農業・畜産と牛肉消費の動向 1.イタリア農業の概観 イタリアは、アルプス山脈に連なる大陸部、地中海に突き出たブーツ(長靴)型の半島 部、そしてシチリア島とサルデーニャ島からなり、国土の総面積は 30.1 万㎢、日本の約5 分の4の面積である。中央に山脈が背骨状に走っており平坦部が少ない地形は日本と似て いるが、丘陵地や山岳部も農用地として利用されているため国土面積に占める農用地の割 合は 45.6%にのぼる(日本 12.0%)。 北部のアルプス山麓は冬季にマイナス 20℃以下になる地域もあり、スキー天国と言われ るほどのスキー場が 200 以上存在する一方、南部は冬でも海水温が 12℃を下回らない地 中海に三方を囲まれ、地中海性亜熱帯の特徴を有する。地形、気象条件がまったく異なる それぞれの地域で、適地適作あるいは厳しい環境なりの農法によって畜産物をはじめ軟質 小麦、硬質小麦、米、ぶどう、オリーブ、柑橘などの農産物が生産されている。 EU 主要国および日本を比較してみると、イタリアでは、農用地のうち永年作物地の面 積が 17.8%を占め、他国よりも際立って高い(表1-1)。 表1-1 人 口 国土面積 国内総生産(GDP) 1 人当たり GDP 農用地面積 うち耕地 永年作物地 永年採草・放牧地 イタリアおよび EU 諸国・日本の農業関連基本指標(2012 年) 単位 万人 万 ha 10 億㌦ ㌦ 万 ha 万 ha 万 ha 万 ha イタリア 6,089 3,013 2,014 33,915 1,373 712 244 417 フランス 6,394 5,491 2,613 41,223 2,885 1,828 100 956 ドイツ 8,280 3,572 3,428 42,569 1,666 1,183 20 463 イギリス 6,278 2,436 2,484 38,999 1,718 621 5 1,092 日本 12,725 3,780 5,938 46,530 455 425 30 - 資料:FAOSTAT、農林水産省「ポケット農林水産統計」 イタリアの特徴である永年作物地の 47%はオリーブ、28%がぶどう農園、23%が柑橘 やりんごなどの果樹である(2010 年世界農林業センサスより)。オリーブはスペインに次 いで世界2位、ぶどうは中国、米国に次いで世界3位(EU で1位)の生産量を誇る。 もうひとつの日本農業との違いは、永年採草・放牧地の広さである。417 万 ha の面積 があり、日本の農用地面積全体(425 万 ha)とほぼ同じである。 昔々の話。古代ギルシャが隆盛をきわめていたころ、シチリア辺りの豊かな資源を求め てやってきたギリシャ人が見たのは、イタリアの南部、カラブリア地方でたくさんの牛が 放牧されている光景であった。そこで、古ラテン語の vitulus(子牛)にちなみ、この地を “vitelia”と呼んだのが Italia という国名の由来だという説がある。はるか紀元前から土着 の牛が盛んに飼われていた様子がうかがえる話である。 今日、我々は写真などで、イタリアを代表する牛の品種・ピエモンテーゼやキアニーナ が山岳高地や山麓に放牧されている光景を目にすることがあるが、広大な採草・放牧地の 有効利用の実情をうかがい知ることができる一枚である。 1 表1-2 小麦 とうもろこし 米(もみ) てん菜 オリーブ トマト ぶどう オレンジ りんご 生乳 牛肉 豚肉 2009 年 653 788 162 331 329 688 824 242 233 1,056 105 163 2010 年 685 850 152 355 317 602 779 239 220 1,050 107 167 主要農産物の生産状況 生産量(万t) 2011 年 664 975 149 355 318 595 744 247 241 1,048 100 160 2012 年 777 819 158 250 302 513 582 177 199 1,058 96 165 2013 年 728 790 134 216 294 493 801 171 222 1,040 84 163 生産額(百万㌦) 2013 年 2,790 2,367 711 136 5,750 4,466 3,740 991 1,671 5,964 3,065 n.a. 資料:農林水産省「海外農業情報」、FAOSTAT 表1-2で牛肉の生産額に注目すると、主要農産物の中で重要な位置にあることが分か る。しかし、その生産量は、直近において 20%近くも減少している。今回の調査の範囲を 超えることではあるが、牛肉の生産が厳しい問題に直面しているように思われる。 2.イタリアの食料自給率の現状 イタリア農業の特徴を食料自給率の面から見てみる。 イタリアは EU の中で有数の農業国であるが、2011 年の総合食料自給率は 61%であり、 イギリス(72%)よりも低い。野菜類、果実類、卵の自給率は高いが、穀類は 76%、肉類 は 79%、牛乳・乳製品は 66%となっている(表1-3)。 表1-3 イタリアおよび EU 諸国・日本の食料自給率(2011 年) (単位:%) 国名 イタリア フランス ド イ ツ イギリス 日 本 穀類 76 176 103 101 28 野菜類 136 78 41 40 79 果実類 108 62 28 5 38 肉類 79 102 113 69 54 卵 100 98 70 91 95 牛乳・乳製品 66 128 119 81 65 総合 61 129 92 72 39 資料:農林水産省「ポケット農林水産統計」 (注)「総合」とは供給熱量総合食料自給率を略した表記である。総供給熱量に占める国産供給熱量の割合を示す。 この場合、畜産物については、飼料自給率を考慮したものである(同資料の注による)。 3.食料の消費動向と消費パターン 表1-4によると、イタリアの国民1人・1日当たり総供給熱量は非常に大きいという 特徴がある。 供給熱量のうち肉類などの動物性食料から供給される熱量と穀類などの植物性からの熱 量の比率という視点でみれば、イタリアでは 74%が植物性であり、フランスやドイツの約 65%という数値に比べれば、パスタを多食するイタリアの植物性比率は高い。コメを主食 とする日本の 80%とフランスやドイツの中間という比率である。 2 日本との大きな違いは肉類の消費量がフランスやドイツ並みに多いことである。牛肉の 消費量は近年やや減ったが、ドイツよりも多く、日本の 2.5 倍の消費量である。豚肉の消 費量は増えてきており、日本の消費量の約2倍、フランスの消費量を追い越してドイツ型 に近づいている。鶏肉だけは日本の消費量とほぼ同じである。ちなみに、牛・豚・鶏以外 の肉類は日本の 0.4kg に対してイタリアは 6.9kg である。今回、肉の売り場で特に目につ いたのはうさぎ肉であった。 表1-4 1人・1日当 たり供給食料 熱量 (kcal) イタリア 1970 1980 1990 2000 2010 フランス 1970 1990 2010 ドイツ 1970 1990 2010 日本 1970 1990 2010 動物性・植物性熱量比率と肉類の消費動向 熱量比率 (%) 動物性 植物性 肉類の1人・1年当たり消費量(供給ベース) (㎏) 肉類 牛肉 豚肉 鶏肉 3,854 3,603 3,584 3,670 3,556 17 23 26 26 26 73 77 74 74 74 54.5 75.5 85.6 88.7 89.5 25.8 26.2 27.2 24.9 23.1 12.9 24.9 31.9 37.5 41.9 11.8 18.1 19.6 18.9 17.6 3,306 3,506 3,548 36 38 34 64 62 66 86.5 98.7 90.5 30.0 33.0 25.9 30.5 33.8 34.5 12.0 20.8 23.1 3,101 3,262 3,500 33 35 31 67 65 69 77.3 94.3 87.5 23.4 21.7 12.6 44.9 59.5 54.2 7.4 11.1 17.8 2,738 2,949 2,692 15 21 20 85 79 80 17.6 38.3 47.7 2.9 8.4 8.9 7.1 15.4 20.2 4.7 13.6 18.3 資料 FAO ”Food Balance Sheets”(日本も同資料による) イタリアにおける食料消費の特徴を把握するために、穀類、肉類、牛乳・乳製品に野菜 類を加えて、4品目の1人・1年当たり消費量(供給粗食料ベース、牛乳・乳製品は生乳 換算値)を図示してみる。 図1-1では、植物性食料である穀類と野菜類の消費量を横軸に、動物性食料である肉 類と牛乳・乳製品を縦軸に示した。こうして比較対照する各国は、 “ヨコ”型、 “タテ”型、 “正方形”型の3つのパターンのいずれかに分類されるはずである。 図に見るとおり、フランスはおおむね“正方形”型、ドイツは“タテ”型、イタリアと 日本は“ヨコ”型となっている。イタリアは日本と同じ“ヨコ”型ではあるが、一見して 異なるパターンである。すなわち、イタリアの形は“大きくて、堂々としている”のに対 し、日本の形はいかにも小さく、貧相に見える。これに日本食の特徴である魚介類を加え れば日本型も多少見栄えが良くなるものの、基本形は変わらない。もっとも、見方を変え てミラノ万博でも注目された日本食を「健康食」の基準にするならば、日本以外は「肥満 型」ともいえる。 イタリア型の特徴は、穀類と野菜をたくさん消費し、そして肉類も牛乳・乳製品もたく さん消費するという、ヨコ型の特徴とタテ型の特徴の双方を有していて、結果、日本と同 じヨコ型であるものの、日伊の差異となっている。ましてや日・仏独における食のパター 3 ンの差異は明らかである。 <フランス> <イタリア> <日 本> <ドイツ> (注)牛乳・乳製品の単位は 1/2 に縮尺してある 資料:農林水産省「ポケット農林水産統計」により作成 図1-1 穀類・野菜・肉類・牛乳乳製品の1人・1年当たり供給量(2011 年) 4 4.食肉需給の概況 イタリアでは過去に、牛肉の消費が過半を占める時期もあったが、現在は豚肉の消費が 半分近くを占めている。2010 年では牛肉が 26%、豚肉 47%、鶏肉 20%、その他7%と いう内訳で、その他は羊肉、馬肉、鹿肉、うさぎ肉などである。 牛肉の国内生産量は、年間 100 万tを維持し、おおむね安定的な範囲で推移している(表 1-5)。2016 年1月現在、FAO の食料需給表(=Food Balance Sheets)は 2011 年までの 統計であるが、翌 12 年を境に生産量が大幅に減少しているので、今後公表される統計で は、変化した状況を反映したものになるであろう。 豚肉の国内生産量は、40 年前は牛肉の6割ほどであったのが 80 年代に牛肉の生産量と 肩を並べ、追い越して、近年はさらに増大している。輸入量も増えており、2011 年では国 内生産量の約 70%に当たる 112 万tの豚肉が輸入されている。 鶏肉は、国内生産量、輸入量ともに大きな変化はなく推移している。 表1-5 イタリアにおける食肉需給の動向 国内生産量 輸入量 在庫増減 輸出量 国内供給量 (千t) (千t) (千t) (千t) (千t) 国内供給量に占める 国内生産量の割合 (%) 牛肉 1970 1980 1990 2000 2010 2011 1,077 1,148 1,165 1,153 1,075 1,011 312 374 478 430 555 515 0 27 -4 0 -2 4 10 75 95 163 229 222 1,378 1,474 1,545 1,420 1,400 1,308 78.2 77.9 75.4 81.2 76.8 77.3 1970 1980 1990 2000 2010 2011 593 1,085 1,333 1,479 1,673 1,602 106 348 524 813 1,112 1,120 0 -10 0 0 0 0 13 27 47 157 251 286 687 1,397 1,810 2,134 2,534 2,436 86.3 77.7 73.6 69.3 66.0 65.8 1970 1980 1990 2000 2010 2011 626 1,013 1,103 1,089 1,177 1,212 4 11 39 80 70 77 0 0 0 0 0 0 3 4 27 73 167 170 687 1,020 1,115 1,095 1,080 1,119 91.1 99.3 98.9 99.5 109.0 108.4 豚肉 鶏肉 資料:FAO“Food Balance Sheets” 5 5.牛肉の国内生産の動向 (1)牛の飼養頭数の推移 イタリアでは過去に 900 万頭規模の牛が飼養されていたが、現在は水牛を含めた牛の 総飼養頭数は約 600 万頭である(表1-6)。 表1-6 牛の種類別飼養頭数 (単位:千頭) 2005 年 1 歳齢未満牛 と畜用子牛 その他 1歳齢未満おす牛 1歳齢未満めす牛 1~2 歳齢牛 おす牛 と畜用めす牛 その他めす牛 2歳齢以上牛 2 歳齢以上おす牛 2 歳齢以上めす牛 繁殖用未経産牛 と畜用未経産牛 乳用経産牛 その他経産牛 牛総飼養頭数 水牛(めす)総飼養頭数 牛および水牛総飼養頭数 1,892 495 1,397 621 776 1,555 798 165 592 2,867 71 2,796 430 39 1,848 479 6,314 237 6,551 2010 年 2012 年 1,455 381 1,074 397 677 1,316 510 192 614 2,756 59 2,697 476 54 1,800 367 5,527 387 5,914 1,704 522 1,182 421 761 1,525 685 230 610 2,827 79 2,748 450 51 1,851 397 6,056 282 6,338 2013 年 1,522 492 1,030 321 709 1,409 517 214 678 2,760 62 2,698 436 49 1,828 385 5,691 363 6,054 2014 年 1,630 494 1,136 366 770 1,373 519 194 660 2,809 90 2,719 470 71 1,853 325 5,812 385 6,197 2015 年 1,621 489 1,132 386 746 1,320 483 191 646 2,832 81 2,751 539 73 1,827 312 5,773 378 6,151 資料: http://agri.istat.it 繁殖基盤の脆弱性が指摘されており、年間 40 万頭以上の子牛が輸入されている。種 類別飼養頭数の内訳を見ると 50 万頭に及ぶ子牛がと畜用であり、子牛肉の需要に仕向 けられるという実態になっている。子牛を輸入しても、肥育用もと牛が増えない構造に なっている。 図1-2は牛(水牛を含む)の飼養頭数の推移である。80 年代では 900 万頭前後の 牛が飼養されていたが、90 年代に入ってから急激に減少傾向に転じ、2000 年以降はお よそ 600 万頭半ばで推移している。11 年を底に、いくぶん上昇する動きも見られる。 6 2011 年 619 万頭 M=Million 資料:http://faostat3.fao.org/compare/E 図1-2 牛(Cattle and Buffaloes)の飼養頭数の推移 (2)牛のと畜頭数と牛肉生産の動向 90 年代初頭まで、年間およそ 500 万頭の牛がと畜されていた。その後は減少の一途 である。2013 年では 300 万頭近くまで落ち込んでいる(図1-3)。と畜頭数の減少と 短期的な飼養頭数の上昇は相関性が高いものの、長期的には低下傾向にあり、飼養頭数 の維持・回復はなかなか容易ではない。 K=Thousand 資料:http://faostat3.fao.org/compare/E 図1-3 牛(Cattle and Buffaloes)のと畜頭数の推移 7 表1-7によれば、2014 年ではさらにと畜頭数が減少しており、2012 年の 353 万頭 が 2014 年には 259 万頭と、2年間で 100 万頭、29%も減少する状況にある。子牛のと 畜に注目すると、2005 年の 99 万頭から 2014 年には 67 万頭に減少し、全と畜頭数の4 分の1を占めている。 と畜頭数が減少すれば牛肉の生産量も減少する。2011 年までは 100 万t台を維持し ていたが、最近3年間で 70 万tを切るところまで急減している(表1-8)。 では、国内生産量の減少を補うために輸入が増えているかどうか、輸入の動向を次項 でみる。 表1-7 2002 年 2003 年 2005 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 子牛 1,074,940 1,031,051 988,187 921,739 845,232 804,684 744,358 674,782 去勢若齢牛 2,017,137 1,963,335 1,949,290 1,686,204 1,515,584 1,379,142 1,165,070 917,050 牛のと畜頭数の動向 若齢雌牛 657,737 597,576 564,924 662,139 635,005 660,329 546,458 448,536 去勢牛/雄牛 34,719 34,760 34,316 51,898 64,962 59,306 43,718 35,106 乳用経産牛 547,704 583,145 541,243 508,072 498,650 506,523 507,953 436,315 水牛 8,130 5,913 27,956 41,654 56,597 118,653 57,570 77,988 (単位:頭) 合計 4,340,367 4,215,780 4,105,916 3,861,706 3,616,030 3,528,637 3,065,128 2,589,777 資料:http://agri.istat.it 表1-8 2002 年 2003 年 2005 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 子牛 153,209 147,164 142,364 136,706 125,398 119,565 106,011 96,862 牛肉の国内生産量の動向(枝肉重量) 去勢若齢牛 660,095 664,201 661,161 585,794 536,426 490,324 426,163 338,056 若齢雌牛 163,610 151,261 145,328 188,904 179,155 187,176 158,738 130,867 去勢牛/雄牛 12,875 12,834 12,348 19,377 23,352 21,000 17,052 12,878 乳用経産牛 142,975 151,409 140,772 138,114 136,043 139,723 134,159 115,972 水牛 1,991 1,352 6,091 6,433 10,644 23,873 11,858 14,793 (単位:t) 合計 1,134,756 1,128,221 1,108,062 1,075,328 1,011,019 981,660 853,980 709,427 資料:http://agri.istat.it 6.牛肉および牛(生体)の輸入の動向 牛肉の国内生産量が大幅に減少した 2010 年から 2014 年の期間に注目して牛肉および牛 (生体)の輸入状況を見てみる。 冷蔵(チルド)、冷凍を合わせた牛肉の輸入数量は 2010 年が 46 万t、2011 年が 43 万 t、2012 年~2014 年の間は約 40 万tの輸入であり、増加していない(表1-9)。 一方、生体での輸入をみてみると、 「生きている牛計」の輸入は 2010 年が 136 万頭で最 大、2014 年は 116 万頭になっている。内訳の「繁殖用」は5万頭から 10 万頭に増えてい るので、子牛も含めて、と畜用となる生体での輸入も増えていないことが分かる(表1- 10)。 8 表1-9 牛肉の輸入の動向 (単位:t) 2005 年 牛肉・子牛肉計 冷蔵牛肉 冷凍牛肉 417,789 369,060 48,729 2010 年 2011 年 459,266 419,574 39,692 2012 年 434,112 393,291 40,821 2013 年 402,747 359,884 42,863 2014 年 397,952 353,571 44,381 412,704 370,613 42,091 資料: http://agri.istat.it 表1-10 牛(生体)の輸入の動向 (単位:頭) 生きている牛計 子牛 未経産めす牛 乳用経産牛 その他 純粋種の繁殖用 2005 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 1,349,378 498,136 142,468 5,776 643,637 59,361 1,364,927 438,981 192,869 5,587 670,621 56,869 1,362,776 430,803 219,330 9,557 650,159 52,927 1,233,830 476,722 190,698 18,096 444,650 103,664 1,193,194 479,761 174,754 13,102 431,972 93,605 1,157,092 443,901 173,838 10,286 420,032 109,035 資料: http://agri.istat.it 牛肉の輸入先はフランス、ポーランド、オランダ、ドイツ、アイルランド、豪州、スペ インなど各国に及んでいる(表1-11)。 一方、牛(生体)の輸入先は過去にはポーランドやドイツからの輸入も多かったが、近 年は 70%以上がフランスからの輸入となっている(表1-12)。 表1-11 冷蔵牛肉輸入計 フランス ポーランド オランダ ドイツ アイルランド オーストリア スペイン ・・・ 豪州 冷凍牛肉 輸入計 ブラジル ウルグアイ オランダ アイルランド ドイツ ポーランド フランス 資料:“Global 牛肉の国別輸入数量の動向 2008 年 399 80 47 74 70 30 26 25 2009 年 408 81 60 72 67 30 26 16 2010 年 419 89 57 70 67 34 25 17 2011 年 385 92 42 69 59 32 21 19 2012 年 360 93 43 63 51 25 -19 18 1 32 9 5 5 1 3 1 2 1 41 10 7 6 1 3 1 2 2 40 14 7 4 1 3 1 2 2 41 17 6 3 2 3 1 1 2 44 19 7 3 2 3 1 1 Trade Atlas” 9 (単位:千t) 2013 年 2014 年 371 352 89 84 71 60 56 60 47 45 24 20 19 19 16 17 3 45 24 6 2 1 3 2 1 6 42 22 4 2 2 2 2 1 表1-12 生きている牛計 フランス ポーランド ドイツ オーストリア スペイン アイルランド うち繁殖用の牛 フランス スペイン オーストリア ドイツ 繁殖用以外の牛 フランス ポーランド オーストリア アイルランド ドイツ ルーマニア スペイン 2000 年 1,611,133 951,244 237,742 81,285 89,711 53,353 52,713 62,846 34,730 764 11,893 12,035 1,548,287 916,514 237,742 77,818 52,416 69,250 41,743 52,589 牛(生体)の国別輸入頭数の動向 2005 年 1,428,385 925,845 202,510 74,297 58,582 24,656 37,589 61,804 19,330 949 6,238 15,563 1,366,581 906,515 201,415 52,344 35,929 58,734 7,496 23,707 2010 年 1,372,275 963,814 121,180 36,480 68,281 22,074 64,456 57,374 31,529 1,893 7,995 9,162 1,314,901 932,285 120,524 60,286 61,980 27,318 23,153 20,181 資料:Global Trade Atlas 10 2011 年 1,342,817 982,747 96,245 38,093 68,715 23,603 48,435 53,187 30,190 1,475 6,697 8,993 1,289,630 952,557 96,121 62,018 46,560 29,100 24,677 22,128 2012 年 1,217,371 911,001 79,850 19,581 61,622 20,120 35,079 91,948 73,478 3,063 6,022 3,417 1,125,423 837,523 79,273 55,600 33,264 16,164 36,673 17,057 (単位:頭) 2013 年 2014 年 1,149,555 1,159,270 847,640 871,977 52,461 62,973 23,275 17,628 73,203 65,019 31,370 21,654 25,238 23,223 120,660 95,170 86,558 74,082 14,219 3,776 7,375 7,476 5,649 3,082 1,028,895 1,064,100 761,082 797,895 52,205 62,788 65,828 57,543 23,270 21,574 17,626 14,546 34,926 40,999 17,151 17,878 7.牛肉の消費動向 FAO の食料需給表(=food balance sheets)で 2011 年における国民1人・1年当たり 牛肉の消費量(=供給量)を見てみる(図1-4)と、フランス 25.4kg、イタリア 21.5kg、 英国 18.8kg、ドイツ 13.4kg である。1990 年と比べるとフランス 7.6kg(23.0%)、イタ リア 5.7kg(21.0%)、英国 1.9kg(9.2%)、ドイツ 8.3kg(38.2%)の減少となっている。 イタリアに関しては、今後、直近の動向を反映した統計によって、牛肉の消費量が変わっ ている状況が明らかになるであろう。 1990 年代において牛肉の消費が減少するきっかけが BSE(牛海綿状脳症)の発生であ ったことは疑いない。1986 年にイギリスで確認されて以来、発生数は増え続け、他の諸国 にも感染が広まっていった。図1-4に各国における BSE 発生(確認)年次を示した。 EU および各国における信頼回復、安全安心に向けた取り組みによって消費の減少は止ま り、とくにイギリスでは U 字型の消費回復を示していたが、そのイギリスも、そしてフラ ンスやイタリアでも最近は低下傾向で推移しているところである。なお、イタリアにおけ る牛肉の消費量は日本と比べれば2倍以上である。もう1つ付け加えるならば、牛肉の消 費量に加算されていない内臓類の消費である。イタリアの精肉店やスーパーマーケットで は、日本では目にすることが少ないさまざまな内臓部位が定番の商品となっている。 フランス 1991 年 イタリア 1994 年 英国 1986 年 料 ドイツ 1992 年 資料:http://faostat3.fao.org/compare ※それぞれの矢印は当該国での BSE 発生年次を示している 図1-4 牛肉の国民一人・1年当たり消費量(=供給量)の推移 11 第2章 イタリア北部・中部主要都市の牛肉流通・販売状況 1.流通している牛肉の特徴-脂肪の少ない赤身肉 イタリア北西部のピエモンテ州で主に飼育されている牛の品種「Razza Piemontese」 (ピエモンテ種、以下「ピエモンテ牛」という)の保護活動に中心的な役割を担っている COALVI(ピエモンテ牛保護組合)は2つの貴重な資料を編纂している。2009 年に刊行し た“ORO ROSSO-IL LIBRO DELLA PIEMONTESE”(赤い宝物-ピエモンテーゼの本)と 2013 年に刊行した“ORO ROSSO – LA GUIDA DELLA PIEMONTESE” (赤い宝物-ピエモン テーゼのガイド)である。ROSSO(=赤)はピエモンテ牛の特徴である赤身肉の象徴にほ かならない。 この刊行物の中でピエモンテ牛の歴史が述べられている。昔は“Latte, Carne e Lavoro” すなわち「牛乳、牛肉と労働」のために飼育されていた。 「歴史は、3重の適正を持つピエ モンテ牛を私たちに継承させた:特徴のあるチーズ生産の利益と牛乳、質の高い牛肉、そ してトラクターの登場を待つ間の畑仕事」(高梨真江訳)。戦後になって耕作機械が登場す ると、飼育目的は“Latte e Carne”すなわち「牛乳と牛肉」に変わった。1970 年代にな ると牛乳は専用種に譲り、ピエモンテ牛は“Carne”すなわち牛肉に特化し、母牛の乳は 子牛を育てるためにのみ用いられることになる。 「ピエモンテ牛は食肉生産のため、この方 向に向けてのみ選抜を特化する品種になった」(高梨訳)。現在はさらに良質の牛肉(= Carne di Qualità)の生産を目指している。肉質がやわらかく良質な赤身肉の生産である。 図2-1は、右からピエモンテーゼ、キアニーナ、シャロレー、アンガス、ホルスタイ ン種の赤身の割合を説明している。ピエモンテ牛はとりわけ脂肪が少ない赤身肉である。 資料:COALVI:“CONSORZIO DI TUTELA DELLA RAZZA PIEMONTESE” 図2-1 品種別の赤身の割合 13 2.牛肉の部位名称にみるイタリアの地方色 イタリアでは、牛肉の「かたロース」を何と言うのか。その言い方は地方によってまっ たく異なる。また同じ地方でも、実際に今回調査した小売店舗での表示をみると、店舗に よっても異なるのである。 『イタリア料理用語辞典』 (白水社)の巻末付録に掲載されている「牛肉の部位」による と、かたロースのことをミラノ地方では reale(レアーレ)、フィレンツェ地方では giogo (ジョーゴ)、ローマ地方では armone(アルモーネ)と呼ぶようである。 まず、“reale” について『小学館伊和中辞典』を引くと3つの用例がある。①リアルというカタカナ日本 語にもなっている意味(実在の、ほんとうの、など)の用例、②「国王の」とか「王にふ さわしい」など古き昔に使われていた用例、③「スペインの昔の銀貨」 「シチリア、ナポリ 地方に一時流通した昔の貨幣」という用例である。①や②の意味をかたロースに関連づけ るのはいささか無理があると思われる。では、③の「昔の銀貨の呼び名」に起因するとす れば、ロース(金貨)に準じる価値(銀貨)をもつ部位という意味ならば、その評価に納 得もできるし、昔の取引や販売のやりとりが面白いように想像できるのである。 フィレンツェ式の“giogo”とはどういう意味か。インターネットで検索すると、次々に 無数の画像が現れる。牛が使役目的で飼育されていたころの貴重な画像である。伊和辞典 は「一対の牛を首の所で連結する“くびき”」という意味だと教えてくれる。 カットの仕方が違えば呼び方もまた違うものになる。 『イタリア料理用語辞典』によると、 全国標準(Nazionale)というカット方式があり、かたロースの部位は前と後部に分割し、 前(ネック側)を“Costate”、後(リブロース側)を“Sottospalla”と呼んでいる。ミラノ 式の “reale” は厳密には前部の呼び方であって後部は“Coste della Croce”という。イタリ ア語で costa は肋骨のこと。英語の rib と同じなので、 『伊和中辞典』では「ローマ方式に よる牛肉の部位:リブロース」と説明している。一方で、本の背表紙の背を costa と呼ぶ 用例も載っている。Croce(十字架)と「背」の意味を結びつけて解釈すると、 「十字架(く びき)を背負った背部」ということになる。別の単語だが、costo(コスト:費用、代償、 犠牲)の用例として“a cost della vita”を「生命を賭して」と訳している。まことにイタ リアでの“Coste della Croce”には深い意味があり、我々がかたロースと呼ぶ部位は、牛 が農耕の使役用に飼育されていた時代に、十字架(croce)を背負い“くびき” (giogo)に 耐えて金貨に準じる銀貨(レアーレ)の称号を得た部位なのであろうか。関西でいうとこ ろの「くら(鞍)下」がその部位に相当する。 では、ローマ式の“armone”とは? 古ラテン語を使っていたローマ人ゆかりの名称で あるに違いない。 『研究社羅和辞典』に“armus”という単語が載っている。意味は「肩胛 14 骨、(獣の)肩肉」とある。紛れもなくこれは解剖学的呼称である。 もう一例。ピエモンテ地方では、かたロースを“reale”と呼んだり、 “tenerone”と呼ん だりもする。”tenero”は「柔らかい」の意。二つの呼称を連ねて“reale o tenerone” と名 付け、ネックの部位(一般にはずばり“collo”(首)と呼ぶ)には“brutto e buono”と名 付けているのである。これを直訳すれば、「見た目は良くない(醜い)けれどもおいしい、 良い肉」の意だ。頭を落とした端っこ、整形しても形が整っていないということになる。 でも、おいしく食べられるという部位名である。どんな部位も粗末にせず、韻を含んだ造 語にしてしまうところが面白い。こうしたピエモンテ独特の呼称は、 『イタリア料理用語辞 典』には載っていない。それどころか、店舗によっては、その表記さえも“Brut e Bun” などと省略しているので、どの部位なのかますますわからなくなるのである。 写真 調査したピエモンテ州の精肉店における部位表示の事例 “ORRO ROSSO-IL LIBRO”に、それぞれの部位について、ピエモンテ地方だけでなく近隣 他州や諸外国(フランス、ドイツ、スペイン、英国)ではどのように呼ぶかも記載されて いる。表2-1にその一部を整理してみた。参考としてイギリスと日本の部位名も記した。 日本の部位名は英語、仏語の該当する名前を参考にした(表2-1脚注を参照)。 ロンバルディア州もエミリア・ロマーナ州も、ピエモンテ州の隣の州だ。それでも名称 が違う。イタリアという国の地方色をうかがい知ることができる。もっとも、牛肉だけで はないらしい。池上俊一著『パスタでたどるイタリア史』(岩波ジュニア新書)によると、 同じようなパスタなのに、その「名前」が地方によって全然違う。それぞれの地方で、異 なった名で呼ばれ、しかも呼び名へのこだわりは驚くほどである。そして、 「名前の語源は 不明なものが多い」というのである。牛肉の部位名もまさに同じである。 15 表2-1 ピエモンテ州 北部・中部地方(州)における牛肉の部位名称と英日対照 ロンバルディア州 トスカーナ州 エミリア・ ロマーニャ州 参 考 米 or 豪 (日本) primo taglio o noce noce soccoscio bordone thick flank しんたま infuori o sottofesa fetta di mezzo lucertolo culatta top beef なかにく fesa rosa sccanello scannello top side うちもも scamone scamone melino, groppa fetta rump らんいち rotunda-magatello magatello girello girello eye round しきんぼ fiocco spinaccino - fianchetto rump tail ともさんかく gallinella pesce callo del campanello gamba heel muscle はばき geretto geretto-posteriore muscolo posteriore lanterna shank ともすね filetto filleto filleto filetto tenderloin ヒレ sottofiletto roast beef lombata lombo strip loin サーロイン costata roast beef costata costata regular roll リブロース muscolo geretto anterire muscolo anteriore gamba antteriore shin まえすね fermo di spalla fesone rotondino di spalla arrosto della vene fesone cotennotto polpa di spalla scholder clod うで fusello cappellodel prete soppello sorra polpa di spalla polpa di spalla chuck tender blade とうがらし みすじ punta di petto punta di petto punta di petto punta di petto brisket かたばら tenerone o reale collo giogo guido chuck カタロース brutto e buono collo giogo guido chuck ネック scaramella scalfo falda finta cartella flank steak ともばら後 biancostato scalfo falda finta cartella flank steak ともばら前 資料:ORO ROSSO-IL LIBLO DELLA PIEMONTESE (注)日本の部位名称は原資料の英、仏語表記、『イタリア料理用語辞典』(白水社)、中央畜産会編「和牛 Cutting Guide Book」等を参考にした。判別の難しい部位はスターゼンインターナショナル㈱江口和男氏の協力を得た。 16 3.牛肉の食べ方にみる多様性 “ORRO ROSSO-LA GUIDA”には、各部位に適した用途、食べ方について写真を添えて詳 細に説明しているところがある。その一部を表2-2に整理してみた。 牛肉を生で食べる“Battuta al Coltello”とは、Battuta=たたく、Coltello=包丁、つま り「牛肉のたたき」である。もう一つが“Carpaccio”、前者がたたきならば、これは「牛 肉の刺身」である。西村暢夫著『イタリア食文化こぼれ話』によれば、 「生肉を食べる習慣 はゲルマン民族がもたらしたものである。」と書かれている。そして、「ヴェネツィアが誇 るルネサンス期の画家の名前が付くと野蛮な感じが消え、優雅な一品になるのが妙である」 と。すなわち、15 世紀の大画家ヴィットーレ・カルパッチョが描いた絵画は赤の目立つ作 品が多く、その赤が雄牛の赤身の肉色を連想させることから、生肉の料理にカルパッチョ という名前が付けられたという由来のことが書かれている。ピエモンテ牛のシンボル・カ ラーも「赤」。カルパッチョと名付けられた赤と一脈が通じているように思われる。伝統的 な赤身志向の文化ともいえる。 表2-2で対照的なのは、生で食べる、あるいは焼いて食べるのに適した部位はもも肉 やロインであるのに対し、煮込み料理は主にかた(うで)やすねなどの部位を使った料理 であること。内臓類も煮込み料理になる。様々な部位を、それぞれの部位に適した料理に よって余すことなく食べるのが郷土料理である。ブラサート(=Brasato)は「塊りの肉 を弱火でじっくり時間をかけて蒸し煮、煮込む」という料理。ピエモンテ州の有名な赤ワ イン・バローロで煮込めば特別な料理名になる。もう一つがボッリート(=Bollito) 。別 稿で高梨真江氏が「塩と香草を加えて煮込み、香り立つオリーブ・オイルを垂らしていた だく茹で肉」と紹介している郷土料理である。トリノのスーパーマーケットで牛肉の食べ 方を質問したところ、真っ先に挙げられたのがボリート。通訳の石井美絵氏は「もつ鍋の ようなもの」と説明してくれた。郷土料理だけに、いろいろなレシピがあるのであろう。 牛肉を焼いて食べる料理も、薄切り肉を焼く“Fettine”、それよりもやや厚め(5mm ほど)に切った肉を焼く“Scaloppine”、薄切り肉を巻いて焼く“Rolata ”など、それぞれ に料理名が付いている。切るという意味の「タッリアータ」 (=Tagliata)は厚めの肉もし くは塊りの肉をグリルで焼いてから食べやすい大きさ(薄さ)にそぎ切りして(切り分け て)供される料理。Web 上にはたくさんのレシピが紹介されている。 表2-2の黒丸3つ<●●●>はそれぞれの料理に最も適している部位を示している。 17 表2-2 部位 Noce Sottofesa Fesa Battuta al coltello 生肉たたき Carpaccio ●●● ●● ●● ●●● ●● Scamone ● Rotunda ●● Fiocco カルパッチョ Fettine 薄切り を焼く ●● ●● Tagliata タリアータ 焼く料理 ●●● ●● ●●● 牛肉の部位と用途例 ●●● Bistecca ai ferri ステーキ Milanese ● ●● ●●● ●● ●●● ●●● ●● ●● カツレツ Brasato ワイン煮込 Bollito 煮込み Stinco/ Ossibuch 脛煮込み ●● ● ●● Gallinella ●●● Geretto ●●● Filletto ●● ●●● ●●● Sotto-filetto ●●● Costata ●●● Muscolo Fermo di spalla Rotondino di apalla Arrosto della vene Punta di petto Tenerone ●●● ● ●●● ●● ●● ●● ●●● ●● ●●● ●● Brutto e buono Scaramella ●● ●● ●●● ●●● ●●● Biancostato ●●● 資料:ORO ROSSO LA GUIDA DELLA PIEMONTESE(写真も同資料による) Battuta al coltello Tagliata 18 Brasato ●●● 4.牛肉の流通・販売で重要な表示事項 EU の中でもとくにイタリアは、消費者に対して食品の特質や原産国などについて明確 な情報の提供を政策課題としていることで知られる。 「食品の原産国表示を義務付ける法律」 の制定もその一つである。 スーパーマーケットのセルフサービスの棚に並んでいる牛肉のラベルで確認してみる。 [事例1]特定品種のイタリア産牛肉を販売するラベル(販売店 A) (販売店) (商品名・用途) 成牛肉 ロット番号:920 耳標番号:IT004991282354 品種:ピエモンテーゼ 出生地:イタリア 月齢:16 ヵ月 肥育地:イタリア/イタリアで 16 ヵ月間肥育 と畜地:イタリア 2015 年 9 月 7 日 2535M(と畜場コード) 部分肉加工地:イタリア 2015 年 9 月 11 日 N6W50(加工場コード) [事例2]一般的なイタリア産牛肉を販売するラベル(販売店 B) (販売店) (商品名・用途) 成牛のヒレ肉 個体識別コード:IT048990053403 出生地:イタリア 肥育地:イタリア と畜地:イタリア IT2417M(と畜場コード) 部分肉加工地:イタリア IT2417M(加工場コード) ロット:111 [事例3]フランス生まれの子牛をフランスとイタリアで飼育した牛肉を販売するラベル(販売店 B) (販売店) (商品名・用途) 成牛もも肉 月齢 15 ヵ月 個体識別コード:FR1534071546 出生地:フランス 肥育地:フランス/イタリア と畜地:イタリア 38063M(と畜場コード) 部分肉加工地:イタリア 138063M(加工場コード) 19 事例1、2、3にみるとおり、①耳標番号または個体識別コード、②出生地、③肥育地、 ④月齢、⑤と畜地(と畜場コード)、⑥部分肉加工地(加工場コード)などのトレーサビリ ティに関する基本情報が明確に、わかりやすく表示されている。フランスで生まれた子牛 を輸入してイタリアで肥育した牛についても、フランスの出生地で取得したパスポート情 報がわかる仕組みである。 事例4は、米国産の輸入牛肉を販売する場合のラベルである。追跡可能コードが表示さ れているが、これは「トレーサビリティ」コードとは性格が異なる。日本産の牛肉であれ ば、EU 基準の正確なラベル表示との接続が可能である。 [事例4]アメリカ産の輸入牛肉を販売するラベル(販売店 C) (販売店) (商品名・用途) 成牛 出生地:米国 飼育地:米国 と畜地:米国 と畜場コード EST27 部分肉加工地:米国 加工場コード EST27 追跡可能コード:1500040092000 [事例5]精肉店でラベル無しで販売する場合の店頭表示 ラベル無しで、すなわち精肉店あるいはスーパ ーマーケットの対面販売カウンターで販買する場 合には、ラベルに準じた情報を記載したパネルな どを店頭に掲示しなければならない。事例5では、 A4サイズの大きさで、①ロット、②牛の登録番 号、③牛の性別、④出生地、⑤肥育地、⑥と畜時 月齢、⑦と畜地、と畜場コード、⑧部分肉加工地、 加工場コードなどが表示されている。 店舗によっては、販売に供する牛肉のロットが 数種類に及ぶため、ロットを記載した用紙が何枚 も店頭に掲示されている。 20 5.調査地域における牛肉の流通・販売実態 5-1)ミラノ ミラノはイタリア北部ロンバルディア州の州都。人口は約 130 万人でローマに次ぐイタ リア第二の都市であるが、周辺部を含む都市圏人口は 520 万人の大都市である。2015 年 にミラノ万博が開催され、出展した日本館は大盛況で日本への関心が大いに高まったとこ ろである。「ローマやフィレンツェは歴史を楽しむ街、ミラノは現代のイタリアを楽しむ 街」と言われるが、世界遺産の「最後の晩餐」はじめ絵画・芸術の宝庫でもある。現代で は、とりわけ最先端を走るファッションやデザインが際立ち、世界に向けて発信地となっ ている。音楽の分野でもオペラの殿堂「ミラノ・スカラ座」があり、ウィ-ン国立歌劇場 やニューヨーク・メトロポリタン歌劇場と共に世界3大歌劇場の一つとして名高い。 このような国際都市では伝統料理的な要素は薄まっているとも考えられるが、ミラノを 代表する由緒ある老舗リストランテ「サヴィーニ」のメニューを検索してみると、なんと 「伝統料理を試食するメニュー」 (=Menu Degustazione Tradizionale)というのがある。 このリストランテは、有名なガッレリア(アーチ型ガラス天井のアーケード街)ができた ころに創業され(1867 年)、著名な文豪や芸術家のサロンとなり、また伝説のマリア・カ ラスらの名を冠したメニューが今に残るほど近接のスカラ座の歌手や聴衆にとっても親し まれてきた店である。サヴィーニの伝統料理 2016 年冬のコースメニューとは次のような ものである(http://www.savinimilano.it/sites/default/files/page-attach/food_1.pdf)。 まず前菜はブラサート。イタリア北部の伝統料理であ る。子牛のほほ肉(=guancia)をじっくり煮込んだもの がサヴィーニ特製のソースで供される。プリモピアット (一皿目)は、これこそミラノ風を冠した伝統的なサフ ラン風味のリゾット。次に子牛の胃(=trippa)の料理 は、メインの前なのでスープ仕立てであろうか。そして メインは子牛のオッソブーコ(すね肉の煮込み)。骨の 髄をスプーンですくって食べるのが通であるとか。これ も当地の郷土料理の一つである。 サヴィーニの定番アラカルト・メニューを見てみると、 ミラノ名物「子牛のカツレツ」が載っている。このカツレツは、ここサヴィーニの厨房か ら生まれたものだと、厨房のシェフたちの自慢なのだそうだ。似た料理がオーストリアに もある。ウィーン名物のよく知られた料理“Wiener Schnitzer”である。 「シュニッツェル」 とは、薄切り肉もしくは薄切り肉を使った料理の意味。北イタリア起源の料理が 15~16 世紀ごろにウィーンに伝わったという説もあり、それは 19 世紀中葉のサヴィーニの厨房 から生まれたという説とは矛盾するが、ミラノが本家であることに変わりはない。 次は、もう少し一般的なリストランテの日本語のメニューである。肉のメイン料理の最 初にあるのがミラノ風子牛肉のカツレツ、三番目にあるのがオッソブーコとミラノ風サフ ランのリゾット添え。これらの北イタリア料理の定番に加えて、フィレンツェ風 T ボーン ステーキまで楽しめるものになっている。 21 http://www.ristorantepeppino.it/index.php?pagina=menu_jp 『イタリア地方料理の探求』(柴田書店)では、ミラノ料理について、次のように特徴 づけている。「とろ火で気長に時間をかけるものが多く、オッソブーコしかり、コストレ ッタもバターの中でじっくり焼き上げるのが伝統的な技法である」。平成 27 年9月に日 本畜産物輸出促進協議会主催で実施された和牛フェア in ミラノに協力してもらったミラ ノの高級レストラン「クラッコ」のシェフから提案された“Brasato di Wagyu”(和牛の ブラサート)も、時間をかけて赤ワインで煮込んだ料理であった。 こうした伝統料理を背景にして、ミラノの精肉店やスーパーマーケットでは、どのよう な牛肉を販売しているのかをみてみたい。調査したのは、高級精肉店4店舗、高級食材店 1店舗、スーパーマーケット3店舗である。 精肉店 A の牛肉はもっぱらピエモンテ牛である。店主によれば、縁者がピエモンテ牛を 生産しており、当店では代々、牛肉はピエモンテーゼが一番良いという信念で販売してい るという。店内には、ピエモンテ州カッルーの町で行われていた昔の生体取引市場を描い た絵画が掲示されている。A 店のピエモンテ牛の小売価格は、今回3都市で調査したすべ ての店舗な中でも一、二を競う高値であった。それでも店内はなじみ客で大変賑わってい た。牛肉のたたき(カルネ・クルーダ)を注文すれば、生食に適した部位を選んで、注文 した量を手慣れた包丁さばきで細かく切り刻み、ていねいに包装してくれる。勘定をする 番台には年配の奥さんが座っている、そういう店であった。 22 [事例 1] 高級精肉店 A 部位表示名 Fillet 販売形態 Scottona Piemontese(若雌ピエモンテ牛・ヒレ) 量り売り 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 68.50 935 Costata Disossata (骨をはずしたリブロース) 同 61.00 832 Roastbeef Piemontese(ピエモンテ牛・サーロイン) 同 49.00 669 Fioretina(骨付きロース) 同 52.00 710 同 42.50 580 同 39.50 539 Scamone(らんいち) ※ピモンテ牛 ※ピエモンテ牛 Polpa di Coscia(もも肉) ※ピエモンテ牛 (注)円換算は 1€=136.47 円(2015 年 9 月末、TTS)で計算。以下同様 (2015.9.19 調べ) ピエモンテ牛の T ボーン付きロースは 1kg52€、フィレンツェのキアニーナ牛 の同部位よりも高い。 精肉店 B も特徴のある店で、イタリア産だけでなくドイツ産やポーランド産の牛肉を扱 ったり、馬肉を販売したり、店内に熟成庫をおいてドライエイジングにも取り組んでいる。 エイジングの仕方も独自の工夫でヒマラヤの岩塩を使い、肉にたっぷり塩をすり込み、庫 内にもふり付けて、長いもので 60 日間もエイジングするという。ドイツ産を使う理由は、 赤身のイタリア産よりも脂肪分が多いからだそうで、熟成に適し、熟成によって肉がやわ らかくなり、塩の効果で長期間熟成してもカビが生えないという。 B 店では、昔から馬の肉を扱っていて、「日本でも食べますよ」と言えば、「日本人が馬 肉を食べることはよく知っている。馬肉の消費量は日本が一番多く、次いでフランス、3 位がイタリアだ。アメリカ人やオーストラリア人は食べないよ」と笑って話してくれた。 日本産和牛にも興味があり、我々の誘いに応えて和牛フェアのイベントにも参加してくれ た店である。 [事例2]高級精肉店 B 部位表示名 Fioretine(骨付きロース 販売形態 ドライエイジド) 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り 41.00 560 同 33.00 450 Carpaccio(牛もも肉:カルパッチョ用) 同 27.00 368 Tagliata(牛ロース:タッリアータ用) 同 26.00 355 fesa(うちもも) 同 25.00 341 Lombata(ロース) 同 25.90 353 Roastbeef(サーロイン) 同 23.20 317 Tagliata di Puledro(子馬のロース:タッリアータ用) 同 355 26.00 (2015.9.19 調べ) Costata (リブロース ドライエイジド) 23 熟成中の骨付きロース 牛ロース 子馬のロース 精肉店 C を訪問すると、思いがけず日本産和牛 PR パン フレットと和牛のサーロインが通りに面したガラス越しに 見えた(写真)。イタリアでも豪州経由で WAGYU の生産が 始まっており、その肉を扱っているとの事前の情報があっ たが、日本産和牛との出会いは予想していない出来事であ った。各国の高品質の牛肉に興味があると言い、スペイン・ ガリシア地方産の牛肉も和牛とともに店内の冷蔵庫に入っ ていた。パリの高級百貨店でも取り扱っているので良質の 牛肉なのであろう。 [事例3]高級精肉店 C 部位表示名 販売形態 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り *** Vacca Vecchia Galiziana(ガリシア産雌牛・サーロイン) 同 58.00 792 Costate di Fassona Piemonntese(ピエモンテ牛・ロース) 同 43.00 587 Carpaccio di Fassona Piemontese( 同 478 35.00 (2015.9.19 調べ) 和牛ロース 同・カルパッチョ) 店内冷蔵ケース内の和牛ロース スペイン・ガリシア地方産は パリ高級百貨店も最高級扱い 24 精肉店 D もミラノ市内の高級精肉店で、店内は非常に清潔だ。牛、豚、鶏肉のほか内臓 類やさまざまな加工品、チーズ、そう菜などの種類が豊富である。この店にかぎらずイタ リアの精肉店は単に肉を売るのではなく、 「家庭料理の前処理のお手伝い」を担っている商 品が多いように思われる。 [事例4]高級精肉店 D 部位表示名 Filetto 販売形態 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り 55.50 757 Roastbeef (サーロイン) 同 39.50 539 Fiorentina(骨付きロース) 同 32.50 444 Bisteche Piemontese 同 30.00 409 Costate (リブロース) 同 29.50 403 Scamone (らんいち) 同 29.50 403 Ossi Buchi di Vitello (子牛・オッソブーコ用骨付すね肉) 同 32.00 437 Nodini e Cotoletto Vitello 同 29.50 403 同 27.50 375 同 22.00 300 同 12.00 164 同 9.50 130 (ヒレ) (子牛) Fesa di Vitello (子牛・ロース) (子牛・もも) (内臓) Rognone di Vitello Fegato (子牛の腎臓) (牛の肝臓) Trippa (牛の胃) (2015.9.24 調べ) 事例5および6はイタリアを代表する大型スーパーマーケットである。E 店はトリノに 本店がある EATALY のミラノ店。主要な牛肉はピエモンテ牛である。部位の表示を見ると、 Entrecote(リブロース)というフランス風の呼び名が目につく。トリノ本店では見かけな かった表示である。F 店でも Entrecote の表示があり、国際都市ミラノであるからといえ よう。ただし、F 店ではピエモンテ牛のほかに米国産牛肉も多く陳列されていた。 事例7の G 店は、街中にあるコンビニ型の小型スーパーマーケットである。 [事例5] スーパーマーケット E 部位表示名 Filetto Piemontese 販売形態 (ピエモンテ牛・ヒレ) 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り 39.80 543 Fioretina Piemontese (ピエモンテ牛・骨つきロース) 同 36.80 502 Entrecote Piemontese (ピエモンテ牛・リブロース) 同 35.90 490 Roastbeef Piemontese(ピエモンテ牛・サーロイン) 同 26.40 360 Costata con Osso 同 26.50 362 Cuore di Scamone (らんいちの芯) 同 29.80 407 Cuore di Noce 同 29.80 407 (骨付きリブロース) (しんたまの芯) (2015.9.20 調べ) 25 [事例6]スーパーマーケット F 部位表示名 販売形態 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) American Beef Roastbeef a Fette (サーロイン・2 切 234gカット) 36.99 505 同 36.99 505 同 32.59 445 Roastbeef a Fette(サーロイン・246g カット) 同 20.49 280 Fettine Sottili (薄切り肉・154g パック) 同 21.99 300 Costata (リブロース・442g カット) 同 19.60 267 Codone 同 16.90 231 トレーパック Entrecote a Fette (リブロース・186g カット) Piemontese Filetto a Fette (ヒレ・282g カット) (もも・1,304g カット) (2015.9.20 調べ) [事例7] 小型スーパーマーケット G 部位表示名 販売形態 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) Agrobio(有機)Roastbeef (サーロイン・3 切 273g パック) トレーパック 34.91 476 Roast Beef (サーロイン:3 切 404g パック) 同 21.20 289 Fettine Sottile(スライスした牛肉・180g パック) 同 20.90 285 Lombatina Vitello(子牛のロース肉・434g 薄切りパック) 同 24.20 330 (2015.9.26 調べ) 高級食材店 H の牛肉は主にドイツ産で、子牛肉はオランダ産である。原産地が消費者に も分かるように、写真のように表示されていた。個体の ID 情報はないが、トレーサビリ ティ・コード、出生地、肥育地、と畜場などの情報が掲示されていた。 [事例8] 高級食材店 H 部位表示名 販売形態 Fillet“cuobe”(ヒレ・中心) 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り 65.00 887 Roastbeef (サーロイン) 同 62.00 846 Fioretine (骨付きロース) 同 55.00 751 Costate (リブロース) 同 52.00 710 Scamone (もも) 同 50.00 682 同 70.00 955 Costletto di Vitello (子牛・カツレツ用) 同 50.00 682 Arosto di Vitello (子牛・ロースト用もも肉) 同 50.00 682 Ossobuco di Vitello (子牛・オッソブーコ用すね肉) 同 42.00 573 Filetto di Vitello (子牛・ヒレ) (2015.9.24 調べ) 26 トレーサビリティ・コード ロット:2256 と畜地:ドイツ 分割地:イタリア 1739S 原産地: 出生地:ドイツ 肥育地:ドイツ と畜地:ドイツ (子牛) ロット: 2272 と畜地: オランダ 分割地: イタリア 出生地: オランダ 飼育地: オランダ 薄切り肉需要に対応する昔のスライサー (H 店に展示、ヴァン・ベルケル社 1930 年製) 27 5-2)トリノ 世界的に著名な自動車ブランド、 「フィアット」の本社と主要工場のある企業城下町とし て発展してきたという工業都市を想像するイメージがあるが、実際に訪問して受ける印象 とはまったく異なるのがトリノである。ミラノから西に向けて車を走らせトリノに近づく と、車窓に雪を頂くアルプス連峰を望み、左右には広大な稲作地帯の光景が展開する。日 本では、2006 年の冬季オリンピックで知られるピエモンテ州の州都であり、人口約 91 万 人で、ローマ、ミラノ、ナポリに次ぐイタリアで4番目に大きな都市である。 歴史的には、1861 年にイタリア統一国家が実現したときの首都でもあった。17 世紀の サヴォイア家が華やかな時代に造られたバロック様式の建築物や美しい街並みが今に残り、 博物館あり、美術館ありと観光資源も数多く存在する。 食の分野では、トリノが「スローフード発祥の地」と書きながら思い出したことがある。 ミラノにおいてガッレリア(アーケード)の中をドゥオーモ広場に向かって歩いていたと きに、右に PRADA、左に LOUIS VUITTON を見る位置で前方のアーケードの空間にカ メラを構えると、真正面(アーケードを抜けた通りの向こう側)に Mc Donald’s の店名が 大きく写るのである。それが、元祖ファーストフードのねらいなのであろう。 これに対し、トリノにある、ピエモンテ牛の生産者や組合が協同で運営するハンバーガ ー店“M BUN”は「スローファーストフード」を謳っている。ピエモンテ牛 100%のハン バーガーやカルネ・クルーダを食べられる店である。 BUN のカルネ・クルーダ http://www.mbun.it/sito/top-menu/men.html 上質のピエモンテ牛があり、チーズがあり、ジビエ類も豊富、コメが採れて、秋には白 トリュフをはじめキノコ類が、そしてぶどう、極上のワイン等々、イタリア 20 州の中で も傑出して名産品が多い州だけに、ピエモンテの郷土料理は多種多様。その一端をここで は 1757 年創業の老舗リストランテのメニューで見てみよう。初代宰相カブールも通った という「デル・カンビオ」である。 デル・カンビオのメニューを Web で検索すると、各種の前菜の次に、地元で採れる旬の 白トリュフ(=Tartufo Bianco)を味わう特別メニューが載っている。その一つが“Carne cruda, nocciole, acciughe e tartufo bianco”、まさにピエモンテならではの牛生肉を味わう もので「ナッツ、アンチョビーソースと白トリュフ添え」、95€(約 13,000 円)という高 価な料理だ。子牛のヒレ肉、骨髄(=midollo)と白トリュフを味わう“Filetto di vitello, midollo e tartufu bianco”という贅沢な料理(110€)もある。 次に、デル・カンビオの肉のメイン料理は次のようなものである。 28 http://delcambio.it/a-la-carte.html 最初はシャトーブリアン(ヒレ・ステーキ)なので分かりやすい。シャトーブリアンと 呼ぶところは、フランス料理にも影響を受けているといわれるトリノ料理の一面であろう。 以下が郷土食豊かな料理になる。まず菊芋を詰物にした鳩肉のグリル、次が子牛の腎臓(= Rognone)と海の幸、4番目がうさぎ、うずら、鹿肉の煮込み料理、次が子牛の胸腺 (=Animella)ミラノ風、そして La finanziera “Del Cambio”。これは看板メニューらしいが、 デル・カンビオを冠した「フィナンツィエラ」とはどういう意味かを調べてみた。 ジャ ーナリスト池田匡克氏のサイトにこれを食べたときの感想が書かれている。 「子牛の胸腺肉、 子羊の脳みそ、雄鶏のとさか、揚げ物2種類などが入った、それは豪華な、家庭料理を昇 華させた素晴らしいハレの料理である」と。そして、最下段にあるのが「ボッリート・ミ スト」、高梨真江氏は第3章で「力仕事をする人も多いピエモンテ地方で愛される、元気の 出る一品です」と紹介している(老舗レストランの本格派ボッリート・ミストとはどうい う料理なのであろうか)。 精肉店やスーパーマーケットでも、トリノならではの特徴があるに違いない。我々はト リノ生まれのスーパーマーケット“EATALY”(本店)で話を聞く機会を得た。 広報担当のシルヴィアさんによると、2007 年に最初の店がここトリノにできて、現在は 国内に 18 店舗、国外に 8 店舗あり、日本にも東京と横浜に大きくはないがイタリア食材 のコーナーを設けている。一号店はもともと工場があった場所で、見捨てられていた建物 を解体するのではなく、残せるものはできるだけ残してリメイクし、改装してスタートし たので、歴史を感じられる部分が店内のあちこちにある。その上に当店の新たな歴史を積 み上げていくようなアイディアで作られた店なのだという。それは、スローフードの考え 方にも通じることである。世界中で生産される農産物の影響で困っている弱小生産者の産 品や、大きな工場ができたために生産が立ち行かなくなる加工食品など、地域において絶 滅の危機にある状況の優れた農産物や食品を庇護し、後世に残せるように取り組んでいる スローフード協会の活動を当店も称賛し、そういう部分も含めて、生産者の顔が見える食 材を消費者に提供するとともに食育にも力を入れているという。 29 次に肉セクションのヴァレリアさん。ピエモンテ牛は昔から食べられてきたが、特別視 するほどの価値のある牛という扱いではなかった。20 年前は、ピエモンテ牛を飼っている だけでは(肉を売るだけでは)利益がでないので牛乳を搾ってカバーするような経営が少 なくなかったという。15 年前にスローフードの運動が立ち上がって、ピエモンテ牛を保護 する価値のあるプレシディオ(庇護)の一つとして称賛したことから人気がでるようにな った。それだけでなく、消費者にもっとピエモンテ牛のことを知ってもらい、もっと食べ てもらうように熱心にプロモーションをした人の存在も大きい。セルジョ氏といい、単に PRだけでなく、クオリティを高める上でも貢献した人である。食べさせるエサの品質、 エサの与え方、牛のサイズを従来よりも大きく育てて肉質を高めること、雄を去勢するこ となど、現在の飼育体系のベースになることを関係者と共に研究し指導した。例えばとう もろこしの長期保存に防腐剤を使っていたのを止めさせ、牧草もどういう種類が良いか、 どのように与えれば良いかなど、牛の食べ物から徹底して改善し、健康な牛を育ててその 肉を食べられるように、牛の健康を保つのに望ましい飼養に取り組んだのである。牛に与 える牧草は、人が肉をボイルするときにスープの代わりに香草として一緒に入れても安全 でおいしくなるものであるとの説明であった。こうした取り組みを EATALY も支援して、 安心して消費者に提供していると言う。売り場の主力商品となっている。 ピエモンテ牛の食べ方について聞いてみたところ、一番に挙げられたのはなんども出て くるボッリート・ミスト、二番はカルネ・クルーダ(生肉)、三番がヴィテッロ・トンナー トであった。トンナートの“tonno”はまぐろ。まぐろをソース状にして、ボイルした子 牛肉を薄切りにしたものに野菜を添えツナソースをかけて食べる冷製の伝統料理である。 このスーパーでは健康なピエモンテ牛の内臓も称賛している。日本の店頭ではめったに 見ることのない部位まで定番の品ぞろえになっている。これが「ボッリート・ミスト」の 食材に加わるのであれば、石井美絵氏のいう「もつ鍋」であり、高梨真江氏のいう「元気 の出る一品」であることは確かだ。 (精肉の手前、左から)肝臓、腎臓、横隔膜 (左から)睾丸、膵臓、骨髄、脳みそ 30 ピエモンテ牛は内臓部位も推奨されているだけに、豚肉などに比べてもなかなか高価で ある。図2-1は、ピエモンテ牛とその内臓部位、豚肉、鶏肉、うさぎ肉の小売価格を事 例9、事例 10 および 11 に基づき分布図で示したものである。 (注)10、11 に基づき作成 図2-1 トリノにおける牛肉等の小売価格の分布 31 [事例9] トリノのスーパーマーケット“Eataly” 部位表示名 販売形態 販売価格 円換算 (€/㎏) (円/100g) (すべてピエモンテ牛) 39.80 543 Frollocto(サーロイン 熟成したもの) 同 37.90 517 Fiorentina Piemontese(骨付ロース ピエモンテ牛) 同 35.50 484 同 28.50 389 同 Filetto (ヒレ) Controfiletto Sottofiletto 量り売り (サーロイン) 28.50 389 Carpaccio/ALBESE (アルバ風カルパッツィオ 204g パック) トレーパック 25.30 345 Bisteche Al Ferrig(ビーフステーキ網焼き用 250g パック) 同 25.50 348 Costata 同 24.50 334 同 15.80 216 17.90 244 Taglitata C/OSSO(骨付きロース 822g パック) Ossobuco (オッソブーコ用スネ肉 802g パック) Animella(膵臓) 量り売り Cervella (脳みそ) 同 14.50 198 Filoni (骨髄) 同 14.50 198 Granella (睾丸) 同 14.50 198 Fegato (肝臓) 同 9.80 134 トレーパック 14.30 195 量り売り 10.20 139 7.80 106 8.50 116 Filetto di Suino(豚ヒレ肉、3切 438gパック) Lonza di Suino (豚肉ロース) Costine di Suino (豚バラ肉) 同 Bistecche di Suino (豚もも肉、2切 390gパック) トレーパック Petto di Pollo (鶏むね肉、2枚 368gパック) 同 13.20 180 Coscetta di Pollo (鶏もも肉・骨つき、2本 708gパック) 同 9.50 130 13.80 188 12.80 175 Carre di Coniglio (うさぎの背肉) 量り売り Coscette di Coniglio (うさぎのもも肉) 同 (2015.9.23) [事例 10] トリノ近郊の精肉店 A(ピエモンテ牛生産者の組合が運営する店) 部位表示名 Filetto 販売形態 (ヒレ) 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り 25.60 349 Scamone (らんいち) 同 18.90 258 Sottofiletto (サーロイン) 同 17.80 243 同 13.90 190 同 11.90 162 Arosto della vene(みすじ) Brut e Bun (ネック) (2015.9.21) [事例 11] トリノ近郊の精肉店 B(ピエモンテ牛生産者直営の店) 部位表示名 Filetto 販売形態 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り 31.50 430 Sottofiletto (サーロイン) 同 23.80 325 Tenerone (かたロース) 同 18.90 258 Spezzatino 同 17.80 243 同 17.80 243 (ヒレ) (かた ぶつ切り肉) Tritata crudo (もも 刻んだ生肉) (2015.9.23) 32 5-3)フィレンツェ イタリア中部トスカーナ州の州都。言わずと知れたルセサンスの華が開いた「花の都」 であるこの地を今回調査地域にしたのは、あの名高いキアニーナ牛の販売実態を調べてお くべきと考えたからである。ただし、産地の実態や飼養状況については調査することはで きなかった。 キアニーナ牛は、野生種が家畜化されたころの最古の牛の祖先がルーツと言われるよう に古代エトルリア時代でも飼育されており、古代ローマ時代にはキアニーナの白さや大き な躯体が神聖なものと崇められ、生贄に奉げられたという。現代では、ピエモンテ種のよ うに一定の規模で飼育されるほどの頭数はなく、トスカーナ州のキアーナ渓谷周辺で飼育 されているだけの希少な存在となっている。トスカーナ州で飼育されている他の2種とと もに、IGP(イタリアにおける地理的保護表示制度)により保護されている。 キアニーナ牛を販売する際は、IGP認定証を店頭に 表示することで一般の牛肉とは差別化がなされている。 認定証は当然、1頭ごとに発行される。右の写真は、フ ィレンツェの精肉店に掲示されていたその認定証である。 これには、キアニーナ種であることの証明のほか、繁殖 者名、肥育者名、誕生時の ID 登録番号、出生日、性別、 そして枝肉重量、と畜場名、と畜日、と畜番号などが記 載されている。この牛は 2013 年 11 月8日に生まれ、 2015 年9月 10 日にと畜されたものである。したがって 22 ヵ月齢であること、また販売状況を調査したのが9月 25 日であるから、と畜後2週間が経過していることがわ かる。キアニーナ種であってもキアニーナ牛として出荷 できる牛は 12~24 ヵ月齢であることがIGPで規定されていて、と畜後も一定日数の間、 冷蔵庫で熟成するように(10~14 日ほど)基準を設けてあるようである。 フィレンツェでは、スーパーマーケット1店と多数の精肉店が店舗を構えている2つの 屋内市場を調査したが、スーパーマーケットではキアニーナ牛の取り扱いはなく、精肉店 においても取り扱っているのは一部の店舗であった。 フィレンツェ中央駅から 300mほどの至近距離に位置する中央市場(メルカート・チェ ントラーレ)は大きな建物で、1階は肉、野菜、果物、乾物、魚などの売り場、2階はフ ードコートになっている。 精肉店 A 店で販売している Fiorentina(Tボーンステーキになるロース部位)には “CHIANINA”の表示があり、小売価格は1kg 当たり 29.50€。 B 店ではキアニーナ牛が同 32.90€、キアニーナでないものが同 21.98€であった。 33 A店のキアニーナ牛 (29.50€/kg) C店のキアニーナでない牛 (22.80€/kg) キアニーナ牛を販売する店主 C 店のキアニーナの表示がないものは 22.80€、他店でも 20€前後なので、正真正銘のキ アニーナ牛とは約 10€の価格差がある。 しかし、IGPに守られたキアニーナの Fiorentina が 30€程度であるということは、トリノにおけるピエモンテ牛の小売価格と比べても特別 に高いわけではない。Eataly で販売されているピエモンテ牛の同部位は 35.50€であり、 ピエモンテ牛の方がむしろ高い。キアニーナ牛を著名にしたのはその食べ方の贅沢さにあ るようだ。 フィレンツェ名物の“Bistecca alla Fiorentina”(フィレンツェ風Tボーンステーキ)で ある。精肉店に行くと、写真のように切ってくれる。骨と骨 の間にナイフが入るので、3cm ほどの厚さになり、1枚で 1kg を下らない。 イタリア出身の料理指南、アンジェロ・ペッレグリーニ著 『イタリア式料理の知恵』によれば、 「ステーキを買うときは、 安物買いの銭失いにならないように。Tボーンとかポーター ハウスは避ける。こういった切身にはむだが多すぎる。一番 いい買い物はトップ・サーロイン(ニューヨーク・カット)、 それから肉屋が柔らかいと保証するなら、トップ・ラウンド である。柔らかなトップ・ラウンドはほかの部位よりも味が あると思う」(北村美和子訳)。 ステーキを食べるなら銭を惜しむなは是としても、うまいなら多少のむだには目をつぶ ると、ペッレグリーニ氏に逆らって、贅沢にも「ビステッカ・アッラ・フィオレンティー ナ」に魅了される人は少なくない。 「分厚くカットしたTボーンを、樫かオリーブの木の炭 火で表面をパリっと、中は超レアに焼き上げます。焼く前に下味はつけず、焼けてから塩 胡椒とたっぷりのオリーブオイルだけで味付けし、レモンをギュッと搾りかけます。厚さ は指1本半分=3cm」(http://abebeeno.blogspot.jp/2013/07/より引用)。 34 街中のレストランで、1kg のビステッカが 35€で食べら れるような看板が出ているが、これはキアニーナではない。 正真正銘のキアニーナ牛を食べられるレストランではセコ ンドピアット(第二の皿)の各種メニューが 15~25€で食 べられるのに、Bistecca alla Fiorentina は 50~60€(1kg) と高価な料理なのである。 キアニーナでない店 左:炭火(carbone)で焼いたキアニーナ を食べさせる店のメニューより 昔ながらのフィレンツェの食文化について、前掲『イタリア地方料理の探求』は次のよ うに記述している。 「鴨のオレンジ煮に見られるような宮廷料理の流れが残る一方、あらか たを占める農家料理の流れをくむトスカーナ料理は、素材本来の味を重んじ、炭火の上で 焼いたり、フリットする極めてシンプルなものだ。しかもバターなどの動物性油脂ではな く、オリーブ油を使用する。ソースや長時間煮込んだ複雑な味わいより、簡潔にわかりや すいおいしさを求める傾向である。炭火で焼くぶ厚いTボーンステーキ、言わずと知れた ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナは、キヤーナ渓谷の原生種、おいしい肉質のキ ヤーナ牛から生まれ、云々」。イタリア北部の郷土料理に多い「長時間煮込んだ複雑な味わ い」とは違った文化を象徴するのが“Bistecca alla Fiorentina”である。 35 [事例 12] フィレンツェの精肉店 部位表示名 販売形態 A 店(Fiorentina)CHIANINA(キアニーナの表示あり) 量り売り Scanello うちもも 日本円換算 (円/100g) 29.50 403 同 16.50 225 同 32.90 449 Fiorentina (※キアニーナではない) 同 21.98 300 B 店(Fiorentina)CHIANINA(キアニーナの表示あり) C店 販売価格 (€/㎏) Scanello うちもも 同 14.90 203 Fiorentina (※キアニーナではない) 同 22.80 311 Scanello うちもも 同 13.80 188 Girello そともも 同 13.80 188 D店 Fiorentina (※キアニーナではない) 同 20.50 280 F店 Fiorentina Costata(※キアニーナではない) 同 19.50 266 Grappa らん 同 15.90 217 Girello そともも 13.90 190 (2015.9.25 調べ) [事例 13] フィレンツェのスーパーマーケット 部位表示名 販売形態 Groppa/Bicchiere(らん) Fette Sceltissime(特選ランプ) Fiorentina (※キアニーナではない) 販売価格 (€/㎏) 日本円換算 (円/100g) 量り売り 21.15 289 同 20.13 275 同 19.56 267 トレーパック 31.90 435 Bistecca nel Filetto (ビーフステーキ ヒレ) 同 19.50 266 Filetto(ヒレ・シャトブリアン 154gカット) Carpaccio(カルパッチョ:牛薄切り肉 134g パック) 同 22.15 302 Fette Sottili(薄くスライスした牛もも肉 148gパック) 同 21.15 289 Fette per Milanese (ミラネーゼ用薄切り 204gパック) 同 15.11 206 2015.9.25 調べ) (注)各都市の調査事例により作成 図2-2 イタリア北部・中部3都市における牛肉小売価格の分布 36 第3章 イタリアを代表するピエモンテ牛の生産・流通事情 1.ピエモンテ牛の品種の特徴と発展の歴史 西をフランス、北をスイス国境と隣接し、「アルプスの麓」を意味する北イタリア・ピ エモンテ州で主に飼育されているのは、「ゼブー」に起源を持つとされる土着品種(在来 種)「ピエモンテ牛(Bovino Razza Piemontese)」である。古くから酪農と共に農耕の動 力として人々の暮らしを支え重宝されてきたこの牛は、その役目を終えると肥育され、長 く厳しい冬を迎える当地での大切な栄養源となり、再び人々の原動力となってきた。 現在の食肉用に特化したピエモンテ牛の歴史は、1886 年、州内クーネオ県の Guarened’ Alba(グアレーネ・ド・アルバ)近郊で発見された“倍の臀部を持った”、つまり過栄養 で筋肉質な特徴ある1頭のピエモンテ牛の突然変異に始まったとされる。 かつての標準形態であった「Normale(ノルマーレ)」と区別し、現在この特徴ある体 型を受け継ぐピエモンテ牛は、 「Fassone(ファッソーネ)」または「Della coscia(デッラ・ コーシャ)」などと呼ばれることもある。その際立つ筋肉のたくましさは、特に雄牛の隆 起するほどの首周りに見られる。白い毛並みの品種で、粘膜、舌、口蓋、爪、尾房、角の 先が黒い。雄牛の目、首、肩回り、四肢、腿の側面、胴回りはグレーの毛並みをしている。 ピエモンテ牛の雄牛(左)と去勢牛(右)(2015 年9月撮影)。 雄牛は 10 ヵ月齢前後とみられるが、すでにももの辺りに筋肉の隆起がみられる。また、本文中にもあるとおり、ピ エモンテ牛の雄牛は白い毛並みの一部がグレーである。しかし去勢後は、全体的に白くなり、筋肉隆起が特徴的だっ た体つきも変わって来るので興味深い。 もともとこの地では、風土を活かした特徴あるチーズ生産の原料ともなる生乳生産用、 そしてトラクターの導入以前は耕地やぶどう畑での役用、そして質の高い牛肉生産用とし て 1932 年に3重の品種標準適性を定義したが、1958 年には「第1に乳用、次に肉用」と 2重の適性に変更された。1976 年には生乳を販売や乳製品加工から分離し、主に子牛の 栄養補給に充てられるようになり、以来、ピエモンテ牛は「食肉生産」に特化して選抜さ れる品種となった。 イタリア国内で肉用に特化しているその他の品種は、キアニーナ牛(Chianina、キアニ ーナ地方の品種)、ロマニョーラ牛(Romagnola、ロマーニャ地方の品種)、マルキジャー ナ牛(Marchigiana、マルケ地方の品種)、マレンマーナ牛(Maremmana、マレンマ地方 37 の品種)、ポドリカ牛 Podolica(南伊の品種)。また、フランスに起源を持つシャロレー (Charolaise)、リムーザン(Limousine)、ブロン・ド・アキテーヌ牛(Blonde d’Aquitaine)、 ベルギアン・ブルー(Blu Belga)や、英国に起源を持つショートホーン(Shorthorn)、 ヘレフォード(Hereford) 、アバディーン・アンガス(Aberdeen-Angus)が飼育され、そ の牛肉も流通している。 ピエモンテ牛の肉質の特徴は、その「赤身の多さ(筋肉量)」とやわらかさ」にある。 いくつかの代表的な肉用牛と比較すると、体の大きさと筋肉量の多さについては、「ピエ モンテ牛→キアニーナ牛→シャロレー→アンガス」の順である。キアニーナ牛の体の大き さは主にその骨の太さによるものだが、ピエモンテ牛は見事な筋肉発達によるものである。 一方、脂肪の量は逆の順で示され、ピエモンテ牛が最も低い。皮下脂肪の量や脂肪交雑の 度合いは、飼料の種類や摂取量によっても異なるが、遺伝的要因が大きい。脂肪は、①筋 肉繊維内(細胞内部)、②繊維と筋肉の周囲(細胞内部)、③筋肉外(脂肪貯蓄)に存在す る。②および③の脂肪は、健康の害になる飽和脂肪酸を形成する。ピエモンテ牛に内在す る遺伝子特徴は、②および③を産出する能力に欠けている。 トリノ大学の研究により、「ピエモンテ牛肉のやわらかさは、他の品種に比べて最もや わらかい」と示されている。調理の際に脂身が溶けてやわらかくなり肉の味わいとなるた め、「より脂肪分の多い肉は、よりやわらかい」概念がある。しかしピエモンテ牛肉は脂 肪分がごくわずかであるにもかかわらず、とてもやわらかい。ピエモンテ牛の筋肉繊維中 に結合組織ごくわずかしか存在しないためであり、これによって少ない脂肪でも肉質のや わらかさをとどめているのである。また、脂肪内のコレステロール値が低く、とりわけ雄 の子牛(vitelloni maschi)に少ない。去勢牛(castrati) 、成牛(manzi)、肥育去勢牛(buoi) も同様とのことである。 2.ピエモンテ牛の飼養動向 このように赤身が多く、かつ枝肉歩留りの高い肉用に特化した改良が進められてきたピ エモンテ牛は、その特性により、イタリア国内のみならず、他品種との交配などを目的に、 欧州圏(アイルランド、英国、オランダ、スイス、デンマーク、ドイツ)、北中南米大陸 (米国、カナダ、コスタリカ、ニカラグア、メキシコ、アルゼンチン、ブラジル)、中国、 豪州、ニュージーランドへも普及している。 イタリア国内に目を向けると、その約 97%がピエモンテ州内で飼育される。なかでも山 岳部とその裾野に広がるクーネオ県(62%)、トリノ県(24%)が上位を占め、次いで丘 陵地のアスティ県(9%)が続く。 ピ エ モ ン テ 牛 保 護 組 合 ( COALVI : CONSORZIO DI TUTELA DELLA RAZZA PIEMONTESE)によると、2008 年のイタリア国内におけるピエモンテ牛の飼養頭数は 35 万頭、うち雌牛が 26 万頭(繁殖用 15 万頭)、雄牛が9万頭となっている。イタリアで は、ホルスタインとアルプス地方の乳用種に次ぐ第3位の飼養頭数であり、肉用種として は第1位である。 なお、2003 年から 2008 年にかけてピエモンテ牛の飼養頭数は緩やかに上昇していたと のピエモンテ州政府の報告iもあるが、2013 年には 33 万頭に減少し、雌牛が 23 万 8000 頭、雄牛が9万 2000 頭となっている。 38 3.飼養形態 ピエモンテ州は山岳・丘陵・平地から成り、牛の飼養環境や飼養形態も異なる。 山岳部の農場は、主に牛や羊の酪農を生業とする原住民族「Margari(マルガリ)」によ って経営され、一般的に、雌牛を含む平均 100 頭飼育する。春から秋にかけては、牛群の 約 15%を高地放牧し、冬場には牧舎で飼育する。高地放牧は主にクーネオ県とトリノ県の 開けた谷間で行われる。平地や谷底を起点とし、海抜 800~2,500mの土地で3~4ヵ月、 地域によっては5ヵ月間放牧し、9月の最終週に農場へと戻る。 クーネオ県、トリノ県のほか、リグーリア州やロンバルディーア州の丘陵地では、土地 や生産の細分化により、小規模なパートタイム(兼業)農場が多く、2~30 頭ほどの雌牛 を保有している。また、ピエモンテ州南部の丘陵地帯ランゲ地方や州中心部に位置するア スティ県では、ピエモンテ牛の生産は、ぶどう栽培のような主要農業活動の脇に位置づけ されている。アスティ県は、「ピエモンテのぶどう畑の景観」として世界遺産にも登録さ れた3つの丘陵地ランゲ、ロエロ、モンフェッラートに囲まれ、森と共存する美しいぶど う畑の合間を縫うように、冬場を除いてほぼ通年で放牧の様子が見られる。「セミブラー ドii」と呼ばれるこの放牧スタイルは、もともとピエモンテ州の南に位置する温暖なリグー リア州iiiで行われていたものである。しかしながら、冬にはマイナス 20℃を下回ることの あるアスティ県でも、ここ 30 年ほどの気候の変化によって夏には 40℃近くになるため、 動物の健康や農業景観、持続可能なエコシステムを重視して、近年積極的に取り入れられ ているiv。 州内にはイタリア最長のポー川をはじめ、その支流も多く、クーネオ県、トリノ県、ア レッサンドリア県、ヴェルチェッリ県の広範囲に平野部が広がる。そこでは米作や畑作に 並びピエモンテ牛の飼育も盛んで、農業経営の約5割を占め、30~150 頭の雌牛を擁す中・ 大規模農場もある。 4.飼養管理 ピエモンテ牛の飼養サイクルは、4~6ヵ月齢で離乳し、18 ヵ月齢までにと畜されるの が一般的であるが、一部の去勢牛は4歳齢まで飼養されるものもあり、日本と異なり画一 的ではない。ここでは、まず農場の経営形態別に、次に牛のカテゴリー別にピエモンテ牛 の飼養管理について説明する。 (1)経営形態別 ① 一貫経営 ピエモンテ牛を飼養する生産者の約7割が、繁殖および肥育の一貫経営である。一般 的に、牛舎は母牛のいる繁殖用と 18 ヵ月齢までの子牛がいる育成・肥育用とに分かれ ている。 繁殖雌牛の飼料は牧草や乾牧草、トウモロコシサイレージであり、肥育用は大麦、ト ウモロコシ、ふすま、大豆、乾牧草である。一貫経営では、耕作と組み合わせたより複 合的な経営によって、より効率的に栄養供給を行っている。トウモロコシは、挽いて小 粒にして給与し、繁殖用には飼料用サイレージ(トウモロコシサイレージ)にもしてい る。大麦栽培は、子牛への栄養供給面でとても重要である。牧草地と放牧地では繁殖牛 に新鮮で最高品質の牧草を供給するほか、繁殖用と肥育用の乾牧草生産を思う存分可能 39 にする。肥育用にはこのほか、大豆とふすまを購入して補完している。また、大部分の ケースで補助飼料の購入を必要とし、成長段階での必要な栄養を満たすため、完全に飼 料を購入に委ねる場合もある。 ② 繁殖専門経営 繁殖専門経営は、全体の約2割を占める。離乳期前の puparin(プーパリン) と呼ば れる子牛、または約6ヵ月齢の mangiarin(マンジャリン)と呼ばれる子牛の飼育・販 売を目的とする。 家畜小屋では、雌牛とともに子牛が飼養され、人工授精を行っていない場合は自然交 配のための雄牛もいる。 繁殖経営では、繁殖雌牛の飼養頭数に応じて、耕作も含めた飼料生産を行っている。 雌牛の飼料は主に牧草や乾牧草、トウモロコシサイレージである。よって大部分がトウ モロコシなどの耕作地と、春と秋には新鮮な牧草と冬場の乾牧草を刈入れるための牧草 地・採草地、牧区間移動型の放牧を組み合わせている。一方、子牛たちは離乳期まで母 乳を飲み、飼料の基礎となる特別な固形物栄養を経験してから、売りに出される。 ③ 肥育専門経営 残りの約1割が、肥育専門経営である。puparin(1ヵ月齢以上)と mangiarin(6 ヵ月齢)を繁殖農家から購入し、雄牛は 14~18 ヵ月齢まで、雌牛は 13~15 ヵ月齢まで 肥育された後、と畜場に販売される。 肥育専門の農場においても、飼育頭数に応じて主要な耕作と結びついた経営を行って いる。一般的に、肥育牛には穀類を混合した飼料やマメ科植物、牧草を不断給餌される。 大部分の経営では十分に自給できず、原料を調達している。トウモロコシや大麦などの 耕作地や乾牧草の刈入れのための牧草地は、飼料を自給できるためとても有効である。 大豆やふすまといったその他原料は、通常購入される。 (2)牛のカテゴリー別 ① 初産以降の繁殖雌牛 Vacca(ヴァッカ) 繁殖雌牛は、妊娠期は出産前の不適切な肥満を避けるため、最小限の栄養補給とする ことが必要である。一方、出産直後から次の受胎までの授乳期は、体力増進のため栄養 供給量の増加が要求される。このように、繁殖雌牛には飼養ステージに合わせた適切な 飼料設計に基づき、粗飼料や濃厚飼料が与えられている。また、放牧や高山放牧は、今 なお繁殖雌牛にとって重要な栄養補給源となっている。 ② 25 ヵ月齢以上の種雄牛 Toro(トロ) 種雄牛は、脂肪の少ないやせた体型を維持する必要がある。このため、ピエモンテ牛 の種雄牛には一般的に、粗飼料7割、濃厚飼料3割の混合飼料が1日当たり 14kg 与え られている。 ③ 生後7ヵ月齢以上の子牛 Vitellone(ヴィテッローネ) Vitellone には、脂肪蓄積ではなくタンパク質合成代謝の遺伝的資質を重要視する肉用 品種として研究された、基準となる栄養摂取モデルが存在する。粗飼料は過度でなく、 しかし第一胃に良い作用を満たす量にすることが必要である。そして、より多く用いら れるのは、トウモロコシや大麦、ふすま、大豆またはその他タンパク質飼料である。ま た、飼料が絶えず用意されていることが重要とされている。 40 7ヵ月齢以上 24 ヵ月齢までの去勢牛 Castrato(カストラート) 去勢牛は、去勢されていない牛と比べて日々の成長に乏しいため、トウモロコシなど 濃厚飼料の配合割合を粗飼料よりもやや多めにする。通常、仕上げ期間は出荷前の2ヵ 月である。 ⑤ 24 ヵ月齢以上4年未満の去勢牛 Manzo(マンツォ) Manzo には、体を太らせるではなく体型を維持するため、濃厚飼料を抑え、粗飼料を 増やした設計で、飼料が給与される。と畜前の仕上げ期間においては、トウモロコシの 給与量を増やして活力を与える。 ⑥ 4年以上の去勢牛 Bue(ブエ) Manzo と同様にいわゆる体型維持のため、エネルギー含量の高い濃厚飼料はごく少量 とし、多量の粗飼料が与えられる。と畜の何ヵ月も前から肥育体型に仕向けるため、飼 料は変更され、トウモロコシや大麦でエネルギーを与える。本格的な仕上げ期間は、6 ヵ月にも及ぶ。 ④ 5.ピエモンテ牛の改良 ピエモンテ牛の赤身の多くやわらかい肉質や高い産肉性といった特徴については、前項 までにも言及してきたが、ここで、ピエモンテ牛と黒毛和種の比較を示してみた(表3- 1)。これを見ると、ピエモンテ牛の1日当たり増体量や枝肉歩留りはとても高く、赤身生 産を重視するピエモンテ牛とサシを重視する黒毛和種との違いを改めて理解できるのでは ないだろうか。 表3-1 出生時体重 と畜時体重 1日当たり平均増体量 枝肉歩留り 部分肉留り 精肉留り 枝肉成績 ピエモンテ牛と黒毛和種の比較 ピエモンテ牛 黒毛和種 40~45kg 29.9kg 雄 15~18 ヵ月齢 550~650kg 去勢 29 ヵ月齢 755kg 雌 14~16 ヵ月齢 350~450kg 1.4kg 0.77kg 67~68%、最高 72% 63% - 45%(枝肉の 71%) - 41%(部分肉の 90%) EUROP 等級(枝肉の形状) 肉質等級 3.7 S および E 資料:ピエモンテ牛は ANABORAPI ウェブサイト、黒毛和種の出生時体重は「日本飼養標準『肉用牛』(2008 年度版)」、 歩留まりは農林水産省「畜産をめぐる情勢(平成 28 年3月)」、それ以外は同「家畜改良増殖目標(平成 27 年度8月)」 注1:増体重は、ピエモンテ牛が離乳後からと畜までの平均、黒毛和種が去勢肥育もと牛の平均数値となっている。 注2:日本の歩留りは和牛全体の数値。 注3:EUROP 等級は、EU の牛肉格付け制度によるもので、”S”は”Supeior”、”E”は”Excellent”を表し、枝肉の 全体像はそれぞれ「枝肉全体の輪郭が大変ふくよかで、筋肉の発達が著しい」 「枝肉全体の輪郭がふくよかで、 筋肉の発達が著しい」とされている。S を使用するのはほかにベルギー(ベルジアンブルー種を輩出)など限 られている。 41 ピエモンテ牛は、出生時の体重が軽く、かつ、枝肉および部分肉の可食肉量が多くなる よう筋肉増加面で高い能力を有する個体を生産することを目標に、選抜が進められてきた。 雌牛の場合は、繁殖形質に優れ、良い四肢を持ったものである。 ピエモンテ牛の改良を実施するのは、ピエモンテ牛生産者協会(ANABORAPI: Associazione Nazionale Allevatoridi Bovino Razza Piemontese)である。ANABORAPI は、ピエモンテ牛の品種の確立と遺伝的改良を目的に、ピエモンテ州クーネオ県カッル (Carrù)の町に 1960 年に設立され、選抜基準の確立、改良に重要な役割を果たす血統 登録、遺伝子センターやAI(人工授精)センターの運営などを担う組織である。ピエモ ンテ牛の品種登録を担う機関として、法律上で認められている。活動の資金源は協会に所 属する生産者からの会費収入や政府からの資金援助であり、このほか凍結精液の販売収入 も得ている。 ANABORAPI は、ピエモンテ牛の品種登録を担う機関として認められている。血統登 録を行うかは生産者自身が任意で決めることができる。2013 年 12 月末時点でのピエモン テ牛の登録頭数は 26 万 3000 頭と、イタリア国内では、登録頭数がホルスタイン・フリー ジャンに次いで第2位の品種に位置付けられているv。 図3-1には、ピエモンテ牛のAI種雄牛の造成の流れを示した。ANABORAPI は、 交配計画により優秀なAI種雄牛と繁殖雌牛を掛け合わせて生産された候補種雄牛を、毎 月 18 頭ずつ ANABORAPI 内のテストステーションに受け入れている。この交配計画に参 加する繁殖農家は 220 戸、経産牛は 1800 頭にのぼる(2012 年)。 候補種雄牛は、個々の生産者の飼養環 境の影響を受けることがないよう1~ 2ヵ月齢で引き取られ、パフォーマンス テスト(45 日齢前後の開始時体重、12 ヵ月齢前後の終了時体重、1日当たり平 均増体量、体高、体長、胸囲)の成績に よって 35~40 頭に絞られる。こうして 選抜された検定済種雄牛からは1頭当 たり年間 400~500 本の精液が採取され、 これが繁殖農家に配布されて、産まれた 子牛のデータや娘牛の分娩成績から繁 殖形質のデータが収集される。最終的に 図 3-1 ANABORAPI による種雄牛造成の流れ は産肉 INDEX と繁殖 INDEX の成績上 資料:ANABORAPI ウェブサイトおよび聞取りにより作成 位3%のものが選抜されて、AI種雄牛 となる。 これらAI種雄牛からは年間 40 万本を超える凍結精液が生産されている。2014 年には、 うち約1万 1000 本のストローが輸出され、EU 域内ではスイスやオランダなど、域外で はマレーシアやブラジルなどに仕向けられた。海外では、ピエモンテ牛の増体や飼料効率 の良さといった利点を見込んで、交雑種の生産用にも使用されている。 なお、2014 年にテストステーションでパフォーマンステストを受けた 226 頭の候補種 雄牛は、うち 49 頭が検定済種雄牛となり、117 頭が自然交配用に仕向けられたとのデー 42 タがある。繁殖農家は、自然交配用の種雄牛を元のオーナーから購入することも可能であ る。最近では、テストステーションはAI種雄牛だけでなく自然交配用の種雄牛生産とい う点でも重要な役割を担っているのである。 テストステーションの候補種雄牛(2015 年9月撮影)。 候補種雄牛たちは同条件で飼養され、離乳後の飼料は、濃厚 飼料としてトウモロコシ粉5割、ペレット(大麦ふすま、大 豆、ビタミンなどを混合)5割の割合で給与されるほか、麦 かんが与えられる。体重測定は毎月実施されている。 ANABORAPI は、2013 年に公表したレポートviの中で、ここ数年で増体、繁殖ともに 成績が着実に向上している状況を踏まえてレビューを重ねてきた結果、これまで微修正は 加えながらも 15 年間に渡って使用してきた選抜基準について、より産肉性に重きを置い た内容に修正すると報告した。また、これまでのアニマルモデルによる遺伝的評価に加え、 ゲノム選抜にも取り組んでいることにも言及していることからも、赤身という特徴を重視 したピエモンテ牛の改良は、今後さらなる進展がみられるものと思われる。 (参考)AI 種雄牛カタログからの抜粋 資料:ANABORAPI の季刊誌「Razza Piemontese / Magazine N.1 – 2013」より抜粋 補足:選抜されたAI種雄牛は季刊誌で「新しい種雄牛」として紹介され、ANABORAPI のウェブサイトにも掲載され る。繁殖農家は精子の購入の際に、これをみて選ぶことができる。 43 6.地元の消費者の食肉購買動向 筆者は、アスティ県に移り住んで間もない頃、体調を崩して食欲のない日が続き、医師 を訪ねた。「何から口にしたらよいでしょう?」。胃にやさしいものを想定して尋ねると、 「良いから肉だ、肉を食べなさい。それもピエモンテ牛のカルネ・クル-ダ(生肉)かビ ーフステ-キを」という思いがけない答えが返ってきた。正直それまで肉を生で食べるこ とに抵抗があったが、とにかくみるみる力が湧いてくるように感じられ、肉の滋養を感じ た。 アスティ県アスティ市中心部を例に挙げると、郊外に複数の大型スーパーマーケットが あるにもかかわらず、屋内市場 22 軒中の8軒を精肉店が占める。ピエモンテ牛肉の専門 店、他品種の牛肉や豚・鶏・馬・ウサギなどの肉を扱う店などである。個人経営の精肉店 は常に顧客でにぎわい、同じ通りにある小規模スーパーマーケットの精肉コーナーも番号 札を取って待つほど、肉食文化が浸透している。こだわりを持って肉の部位や切り方を細 かく注文する人(特に年配男性に多い)の姿を見かけることが多い。 地元の人々の食肉の購買動向を以下にまとめた。 消費者は、お気に入りの個人経営の精肉店でリピーターとして購入する人が多い。 kg 単位で購入する人も多い。その理由は、日曜のランチなど週末に家族や友人らと 食卓を囲む習慣があるためである。大量に挽肉を購入して、詰め物入りのパスタな ど手の込んだ料理をする人もいる。 個人経営の精肉店では、あらかじめ肉をカットして並べていることもあるが、部位 やスライスの仕方を指定して注文する客も多い。 精肉店には男性客も多く訪れ、牛肉を買う際にこだわりを見せるのは特に男性であ る。 しかし、これだけピエモンテ牛を好む人が多い地域において、若い世代を中心に肉食を 避ける傾向にある人が増えているのも事実である。動物愛護の観点など、その理由はさま ざまだが、「ベジタリアン」「ヴィーガン」といったメニューを用意するレストランも増え ている。中には、筆者が共進会の写真を Facebook に載せるだけで明らかな嫌悪感を示し たり、慈悲のコメントを寄せる人もいる。 7.ピエモンテ牛の流通・販売 では、ピエモンテ牛およびその牛肉はどのように流通し、どのような場所で販売されて いるのか。昔は、卸業者や家畜市場を通じて、あるいは生産者との直接取引を通じて、精 肉店で販売されるのが一般的であったが、今日では次のような流通経路がみられるように なった。 生産者組合経由による大規模流通網(GDO:Grande Distribuzione Organizzatavii) での販売 生産者と精肉店との直接取引を通じた伝統的な精肉店での販売 生産者組合が経営する伝統的な精肉店での販売 販売店を所有する農場による直接販売 ここで、上記流通経路のうち、販売店を所有する農場による直接販売の例として、 「Agrimacelleria(アグリマチェッレリーア)」と呼ばれる精肉店を紹介する。 44 アグリマチェッレリーアは任意の呼称で、飼料栽培から牛の繁殖・育成・肥育に加え、 牛肉販売までをも手掛ける畜産業と一体型の精肉店である。こうした経営形態は、ピエモ ンテ牛に限らず、イタリア全土でみられる。 ピエモンテ州アスティ県にある1軒のアグリマチェッレリーアでは、もともと農場経営 のみを行っていたのだが、現在は家畜の世話(畜舎、放牧)、飼料となる牧草地やトウモ ロコシ畑の手入れと刈入れなど、60 代になるご主人を中心にその親族と外国出身の男性3 人が従事している。肉の販売は奥さんひとりで切り盛りしている。週に一度のペースで牛 をと畜場へと送り、地方保健衛生局(Azienda Sanitaria Locale、通称 A.S.L)の検査を 通った牛肉のみ販売許可が下りる。牛肉は他の店にも卸している。ちなみに、ブエ(前述 の4年以上の去勢牛)の肥育も手掛けている。 店内の様子を見ると、自家農場で生産したピエモンテ牛は一年中販売され、ショーケー スにはブロックのまま置かれ、調理法や注文に応じて切り分けられるviii。また、農場内で 飼養された豚やウサギ、アヒル、子ヤギも季節や行事に応じて販売されている。豚は十分 に脂肪がのった冬場に生鮮肉および加工肉となるほか、香草をまぶしたラードも置かれ、 子ヤギは復活祭にふるまわれる伝統料理などに使われるため、こうした時期に店頭に並ぶ。 EU からの支援策により、現在では徐々に若者が先祖伝来の土地に還って来ていると言 われるが、アスティ県の周辺では、ルーマニアやマケドニアといった外国出身の労働者が 多く移り住み、農畜産業を支えているのが現状であるix。第二次世界大戦後、このぶどう 畑広がる丘からも多くの若者が仕事を求めて都会へと出て行き、自動車産業などで栄えた 州都トリノ近郊で家庭を築き、受け継ぎ手のない畑が長い間放置された。一方で、定年退 職後の世代を中心に、「平日は都市部で暮らし、週末を田舎で過ごす」ライフスタイルxが 定着し始めている。昔ながらの慣習で日曜の食卓を大家族で囲んだり、週明けの暮らしに 向けて、牛肉を大量に購入して冷凍保存(真空パック)する。 先述のアグリマチェッレリーアでは、週末の駆け込み客が多い。 また、「La Granda(ラ・グランダ)xi」についても紹介する。ラ・グランダはピエモンテ 牛生産者組合のひとつであり、そのほぼすべての生産者が、ピエモンテ牛保護協会(Coalvi) 出身である。同組合は、20 年以上に渡り スローフード協会xiiの畜産分野の責任者 を務める獣医 SergioCapaldo 博士の提 唱を受け、ピエモンテ牛の品種の見直し と良質な食肉消費の再活性化プロジェ クトを信じて、1996 年に発足された。 “小規模生産者を地域で直接支援し、彼 らが伝統的な市場を開拓するのを助け る”ことを目的としたスローフード協会 の「Presidio(プレシディオ、イタリア 語で「援助」の意)xiii」を受けており、 スローフード協会の基本理念である EATALY 内で販売される同組合の商品(2015 年9月撮影) 「“buono(おいしい), pulito(きれい) e giusto(ただしい)”」に共鳴するイタ 45 リア食材店「EATALY(イータリー)」内に設けられた「Presidio」製品販売スペースにお いても、同組合の牛肉や加工品が販売されている。 イタリア国内でも、都市部に限らず、その郊外においても大型スーパーや冷凍食品のみ 扱う店が増えている一方で、現在でも、都市部・農村部共に各地で青空市場が開かれてい る。なかでも、都市部近郊の生産者が出店する生鮮野菜直売市の人気が高いことは、産地 と消費者との距離が近いことを示す「km 0(キロメートル・ゼロ)」と呼ばれる「地産地 消」の意識が根付いていることを象徴している。必要なものを必要な分だけ、必要な時に、 信頼できる生産者から手に入れる。 アグリマチェッレリーアの普及やラ・グランダの例は、こうした意識が食肉へも同様に 向けられている証拠ではないだろうか。 8.ピエモンテ牛を使った料理 赤身が多く、非常やわらかい肉質のピエモンテ牛肉。この牛肉を使った地元の料理を、 ここにいくつか紹介したい。 (1)カルネ・グルーダ(生肉) ピエモンテ牛の肉質の特徴が感じられる「カルネ・クルーダ」は、土地の人が最も好 む食べ方のひとつである。当地で「アルベーゼ」と呼ばれる薄切りのカルパッチョ・タ イプ、または包丁でたたいた「バットゥータ」と好みは分かれるが、いずれもエクスト ラ・ヴァージン・オリーヴ・オイルをかけてレモンを絞るのが基本で、肉本来の味を活 かして楽しむ。精肉店では、包丁でたたく代わりに挽くタイプもある。 「マチナータ」と 呼ばれ、1度挽き、2度挽きと好みが分かれる。 (2)ヴィッテロ・トンナート 海から離れたこの地で魚を使った料理といえば「干し鱈の塩漬け」 「アンチョビー」 「ツ ナのオイル漬け」を使ったものが主で、郷土料理にも登場する。 前菜のひとつ「ヴィテッロ・トンナート」は、子牛のしり肉表面に火を通してスライ スしたものに、ツナ・マヨネーズ・ソースをたっぷりと乗せる。肉と魚を合わせた地域 を代表する一皿である。 (3)ボッリートおよびボッリート・ミスト 塩と香草を加えて煮込み、香り立つエクストラ・ヴァージン・オリーヴ・オイルを垂 らしていただくシンプルな茹で肉「ボッリート(Bollito) 」は、力仕事をする人も多い この地域で愛される元気の出る一品で、年中食べられる料理である。 一方、牛肉の各部位を盛り合わせた「ボッリート・ミスト」は、長く厳しい冬を迎え るこの地方の冬の風物詩のひとつである。11 月に入ると肉屋の店頭には目立つように 「クリスマス用、肥育去勢牛肉(Bue Grasso)予約承ります」の知らせが張り出される。 ボッリートやボッリート・ミストには、ブエの肉が使われることも多い。去勢された 牛「マンツォ」のなかでもとりわけ体格の良さを見込まれた牛は4歳以上まで肥育され、 呼び名も「ブエ」へと変わる。ブエは、イタリア国内では頭数の多いピエモンテ牛の中 でもわずか 500 頭しか飼育されていない。ブエの肉は通常の肉と比べて赤色が濃く、脂 身も多い。通常の肉同様に非加熱・加熱調理されるが、とりわけ伝統的な「グラン・ボ ッリ-ト・ミスト」、 「地域の赤ワイン“バローロ”の煮込み」との相性が良いとされる。 46 家庭やレストランでクリスマスの特別な食卓を彩るために、ブエは 12 月に各地で開か れる共進会に出品され、そのまま精肉店へと渡る。ブエの肉は、いわば、一年に一度こ の季節だけに手に入るクリスマス・プレゼントのような存在である。 「“見事な”ゆで肉の盛り合わせ」と言う意味の「グラン・ボッリート・ミスト」。そ の伝統的なレシピは、世界遺産に登録された丘陵地ランゲ、ロエロ、モンフェッラート 地域のプロモーション・サイト「ASTIGIANDO(アスティジャンド)xiv」の中で、こ う説明されている。 「7つの部位(しり肉、すね肉、もも肉、ともばら肉、かたばら肉、 かた肉、かた肉に香草やハムなどを詰めて巻いたもの)をそれぞれ鍋で茹で、7種のソ ース(にんにくなどのみじん切り、西洋パセリ・ニンニク・アンチョビなどのみじん切 り、トマト・ニンニクなどのみじん切り、酢に浸したパンくずとラディッシュ、それぞ れにオリーヴ・オイルを加えたもの。はちみつ・クルミなどを合わせたもの、アルコー ル発酵前のぶどう果汁を煮詰めて乾燥イチジクなどを加えたジャム)を用意する。ただ し、部位は厳密なものではなく、ほほ肉やタン、テールなどを使うこともある。」 イタリア料理は郷土料理の集大成と言われる。各地のクリスマスや正月を彩る代表的 な料理は、以下のように、季節柄いずれも脂肪分を蓄えた肉や魚料理である。 去勢雄鶏(Cappone、カッポーネ)や野菜で取った出汁に、詰め物入りパスタを浮 かべた料理 豚肉、脂身、皮で作る濃厚な腸詰(Cotechino、コテキーノ) 、またはそれらを詰め た豚足(Zampone、ザンポーネ)の厚切りをレンズ豆に添えた料理 大ウナギ(Capitone、カピトーネ)のフライやトマト煮込みなど ピエモンテ州政府(2010) 「Piano strategico regionale di indirizzo per lo sviluppo e la valorizzazione della zootecnia bovina da carne piemontese(ピエモンテ牛肉による牛の開発および強化に取り組むための地域戦略計画)」ピエモンテ 州政府ウェブサイト (http://www.regione.piemonte.it/governo/bollettino/abbonati/2010/06/attach/dgr_13133_040_25012010_a1.pdf) ii Semibrad: 「(動物の)野放しに近い、冬だけ牧舎飼育した」状態を意味するイタリア語。牧草地に移動式水飲み設備 を配す。繁殖にあてられた雌牛の群れに雄牛が 1 頭放され、時に子牛の姿も見られる。 iii ピエモンテ州に隣接した丘陵地帯から、地中海に面した温暖な地域へと広がる。 iv 2015 年 11 月 14 日、アスティ市庁舎において「ピエモンテ牛のセミブラード飼育:持続可能なエコシステム」と題し た集会が開催された。ANABORAPI(l’AssociazioneNazionaleAllevatoriBovinidiRazzaPiemontese)の博士、トリノ大学 教授、獣医、飼育家ら、それぞれの立場からのセミブラード放牧飼育についての報告がなされた。 v ANABORAPI「Relazione Tecnica e Statistiche 2014」 vi ANABORAPI の季刊誌「Razza Piemontese / Magazine N.1 – 2013」 vii Grande Distribuzione Organizzata とは、大型スーパーチェーンまたは個人の小売の小売販売店への商品供給を目的 とした大規模流通網のことで、しばしば GDO と略称で示される。 viii 常連客からの注文に応じて、農場で飼育する鴨やウサギ肉を予約販売することもある。 ix アスティ県では EU 域内・域外から単身・家族での移住者が増加しており、また例年 8 月中旬から始まるぶどうの収 穫期には東欧方面からのバスやキャンピング・カーでやって来る季節労働者の姿も見られる。 x トリノ-アスティ間は、高速道路を利用して約1時間の距離。 xi 正式名称:CONSORZIO LA GRANDA QUALITY FOOD、本部はピエモンテ州・クーネオ県・Fossano xii 本部は、ピエモンテ州・クーネオ県・Bra。以下、Slow Food Japan ホームページより抜粋 (http://www.slowfoodjapan.net/) ; 「1986 年にファストフードへの反対をきっかけに起こった、食を中心とした地域の 伝統的な文化を尊重しながら、生活の質の向上を目指す世界運動です。スローフードの提唱者はカルロ・ペトリーニ現 スローフード協会会長です。」 xiii 以下、Slow Food Japan ホームページより抜粋(http://www.slowfoodjapan.net/ajinohakobune/) ; 「プレシディオ計 画とは、小規模生産者を地域で直接支援し、彼らが伝統的な市場を開拓するのを助けることにより、伝統的な生産方法 を守るものです。わずか 2 つのプロジェクトから始まりましたが、今では世界中で 314 のプロジェクトを包括していま す。プレシディオは、生産者を集め、生産自身が販売促進を調整できる環境を整え、彼らの商品の品質と評価の基準づ i 47 くりを支援することで、小規模生産者による食品の生産技術を安定させ、厳格な生産基準を設定し、伝統的な食物に発 展力のある将来を保証しようというものです。プレシディオ食品は、料理人や専門家たちを魅了しただけでなく、一般 的な消費者にもその価値を認知させることができました。プレシディオの成功により、意識を持った消費者は良質な食 品に対しては、生産が経済的に成り立つような公正な価格を支払うことが証明されました。」 xiv ASTIGIANDO(アスティジャンド)(http://www.astigiando.it/place/gran-bollito-misto-alla-piemontese/)は、世界 遺産に登録された丘陵地ランゲ、ロエロ、モンフェッラート地域のプロモーションのために、有志が立ち上げたサイト である。 48 <トピックス>イタリアでの Wagyu 生産事情 1.海外での Wagyu 生産 海外に初めて和牛遺伝子が持ち出されたのは 1976 年で、米国の大学に研究用として黒 毛和種および褐毛和種がそれぞれ2頭輸出されたのが始まりである。その後は、1991 年の 牛肉輸入自由化とともに、和牛遺伝子の海外への持ち出しの動きが一部活発化し、1993 年から 2000 年までに生体や遺伝資源の輸出が数回行われた。現在は、日本でのBSEや 口蹄疫発生による衛生条件上の理由から、停止したままであるi。 米国や豪州では、1990 年代に輸出された和牛遺伝子を利用して、Wagyu 生産が行われ てきた。米国においても豪州においても、当初、その目的は、日本に輸出する牛肉の脂肪 交雑を高めることにあった。米国では、現在その目的は薄れ、米国内の交雑も含めて約5 万頭とされる Wagyu は、主に国内市場に向けた付加価値産品として生産されているii。 一方、豪州でも現在は、日本以外の市場に向けてフルブラッドおよび他品種との交雑が 生産されているのは米国と同様である。豪州 Wagyu 協会(AWA)の推計によると豪州 国内の Wagyu 飼養頭数は牛全体の約1%、つまり、約 25 万頭程度存在するとみられ、こ の大半は交雑であるものの、日本国外では最大の Wagyu の飼養国となるまでに発展して きたiii。国内の市場規模が小さい豪州では生産された Wagyu の8~9割がアジアを中心と する海外市場に仕向けられており、日本産和牛の輸出拡大の取り組みを開始した日本より も先んじて、海外の高価格帯の市場を開拓してきたのである。 米国や豪州以外の状況はというと、主にこれら2国から Wagyu の遺伝資源を導入して、 南米ではブラジルやウルグアイ、欧州ではオランダやドイツ、英国、スペインなど、その ほか南アフリカ共和国や中国などでも生産されているのが現状である。 2.イタリアの Wagyu 生産事情 今回、イタリアで調査をするにあたり、豪州の Wagyu 生産者のウェブサイトからイタ リアでも Wagyu が生産されていることを知り、これをきっかけに、農場を訪問すること ができた。ミラノから車で3時間半、ベネト州ロヴィーゴにある Tenuta Ca’Negra(カネ グラ農園)である。 オーナーであるボレッティ家が同農場を所有したのは 1939 年、牛を飼い始めたのは 1960 年代とのことである。2ヵ所で計 500ha の農場のうち 473ha は耕作地、残りの敷地 に 1100 頭まで飼養可能な牛舎を有している。 農場を経営するボレッティ氏によると、日本の和牛に最初に興味を持ったのは同氏の父 親で、イタリアを訪問した日本人から紹介されたのがきっかけであったそうだ。1980 年代 のことであり、父は実現に向けた第一歩として 1990 年代に日本へ和牛の調査にも訪れた ことがあるのだという。2009 年には、オランダから生体で Wagyu を導入し肥育を開始。 その牛肉は赤身で脂肪は黄色く、肉のやわらかみがあまり感じられなかったものの、味自 体はおいしかったという。 現在は、Wagyu の雄牛 52 頭と未経産牛 74 頭、ドナー用のアンガス経産牛を飼養して いる。1頭の種雄牛から精子を採取し、AIと受精卵移植によりフルブラッド Wagyu を 49 生産する。2回目までの試みで受胎しなかった場合は、自然交配に切り替える。このため、 生産する Wagyu の約1割がF1とのことである。 子牛は3ヵ月の間、母牛と一緒に飼養される。最後の1ヵ月は固形物も与え、その後は 完全に離乳する。フルブラッド Wagyu は 30~33 ヵ月齢に 720~740kg で出荷し、F1は 22~24 ヵ月齢、650kg 前後で出荷されている。 2015 年9月に撮影。牛は牛舎で飼養し、Wagyu には敷きわらを敷いている(左上、左下、右上)。 農場ではビートを生産し製糖工場に販売しており、余剰分をペレット状にしてえさにしている(真ん中)。 右中の写真は小麦ふすまのペレット、右下はとうもろこしを荒挽きにしたもの、真ん中下は飼料および敷き 料となる麦わらである。 農場内の耕作地では、小麦や大豆、ビーツなどを生産しており、牛には細断した小麦や 小麦ふすまのペレット、ビーツのペレット、とうもろこしを挽いたもの、麦わらなどを給 与し、F1にはとうもろこしサイレージも与えている。さまざまな種類の飼料を配合して いるため、50km 圏内の生産者組合から購入するものもある。 なお、飼料の内容や繁殖方法については、日本から定期的に訪問するコンサルタントの 指導を受けているとのことである。 ボレッティ氏によると、Wagyu はピエモンテ牛の約3倍の価格で販売することができる。 しかしながら、この価格には満足していないという。理由は、繁殖にコストが掛かり、歩 留りも悪いためである。出荷した Wagyu の肉は、ベネツィアやミラノ、パルマのリスト ランテに卸しているが、現状では、出荷できるのは月に数頭程度で、安定的な供給が難し いのだという。 ボレッティ氏の話では、イタリア北部にも Wagyu 生産に興味を持っている生産者がい るとのことだが、まだ飼養していないのだという。こういう状況のため、イタリアには 50 Wagyu 協会が存在していない。ボレッティ氏は豪州 Wagyu 協会(AWA)に会員として所 属しており、AWA が発行する血統登録書(Registration Certificate)を見せてくれた。 豪州などと比べると、イタリアでの Wagyu 生産はまだまだ道半ばといった印象が強い。 その一方で、同農場では、日本からコンサルタントを招いて指導を受け、日本と同様の舎 飼いで飼料にもこだわって生産しているのだという。今後、同農場の Wagyu の品質が高 まり供給が安定してくれば、イタリア国内で唯一といっていい“国産 Wagyu”つまり出生 地も肥育地もイタリアの“Italian Wagyu”供給者として、国内での一定のマーケットシ ェアを獲得することがあるかもしれない。 カネグラ農園で生産した Wagyu(2015 年9月撮影)。 同氏がパソコンに保存した画像である。 カネグラ農園では預託肥育も行っている。写真は、フラ ンスから預かったシャロレー(2015 年9月撮影)。300kg 程度でカネグラに導入され、6~7ヵ月の仕上げ期間を 経て、520~550kg でイタリア国内のスーパーEsselunga や Billa、カルフールなどに販売される。販売者はあくま で預託者で、カネグラ農園では飼料代などに応じた代金 を受け取っている。 i 公益社団法人全国和牛登録協会「これからの和牛の育種と改良 改訂版」 独立行政法人農畜産業振興機構 畜産の情報 2015 年2月号「米国の Wagyu 生産の現状」 http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2015/feb/wrepo01.htm iii 同 畜産の情報 2015 年3月号「豪州の Wagyu 生産および流通の現状」 http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2015/mar/wrepo02.htm ii 51 第4章 日本産和牛の可能性と課題 1.ミラノで日本産和牛と出会える場所 (1)高級精肉店「Macelleria Masseroni」 ミラノの精肉店「マッセローニ」での和牛との出会いは思いがけない出来事であった。 イタリア産の Wagyu を売っているかもしれないとの情報は知らされていた。そのつもり で訪ねると、通りに面したウインドウ越しに、我々がプロモーション用に配布している 小冊子「和牛」のイタリア語版とともに陳列されている和牛ロースのブロック肉が目に 入った。 ウインドウ越しに和牛が展示されていた ミラノの数ある精肉店の中でも5本指に入ると言われる 高級精肉店である。店に入ると冷蔵ケースにも和牛が数ブ ロック収められていた。店主の話では、以前にイタリア産 Wagyu を販売したことがあるが、品質が良くなかったので 取り止め、現在は日本産の和牛だけにしているのだと言う。 和牛が輸入解禁になったときから取り扱いを始めたようで ある。 <冷蔵ケースの中の和牛:上段> 和牛を買ってくれる人は必ずしもお金持ちというわけではなく、半数は日本に行った ことがある人だという。つまり和牛の美味しさを経験している人たちである。残りの半 数は当店の高級牛肉に興味・関心をもっている人。レストランで和牛を食べようとすれ ば、メニューで食べる量が決まっているため相当高い支払いになるが、小売店ならば値 段が高い肉でも試しに少しだけを買うこともできる。そうして美味しさを味わった人が 顧客になるとの話である。現在はロース部位だけの取り扱いであるが、店主によれば、 今後は「かたロース」を仕入れたいのだという。かたロースの方がいろいろな料理に使 えるし、値段も安い。しかし「脂肪が多く付いた状態で届くため歩留りが良くない」。こ の問題が解決すれば、「もっといろいろな料理で食べてもらえる」と店主は考えている。 53 (2)日本食レストラン「リスランテ YAZAWA」 レストランで和牛に出会える場所の一つが 「リストランテ YAZAWA」である。ホームペ ー ジ に は 「 We at "YAZAWA" only serve Japanese Wagyu」と書かれている。和牛の輸 入解禁を機に開店することを計画していたが、 テーブルごとにロースターを置き、ガスを使用 する焼肉店はイタリアには存在しない業態であるため複雑な許認可がからみ、排気ダク ト設備も難工事、立ち上げるのに半年もかかってようやく開店できたのは 2014 年 12 月 であった。 マネジャーの山口氏によると、和牛を食べた客の感想は「口の中で溶ける」 「まるでバ ターやチョコレートが溶けるよう」と、普段食べている肉とは違う食感を、お酒を飲み ながら楽しんでいるという。イタリアの人たちは食に対して意外に閉鎖的で、イタリア 料理が一番との思いが強く、メニューのことが分かっていないレストランにはなかなか 挑戦しようとしない。当店は値段もそれなりに高いのでなおさらこと。週末を家族とゆ っくりディナーを味わって過ごしてもらえるようになるのはもう少し日数がかかるとい う。 使う部位の特徴は、メニューに載っている順に挙げると、ミスジ、ザブトン、トウガ ラシ、サンカク、芯ロース、イチボ、ランプ、シンシン、トモ三角、ナカニク、カルビ、 サーロインと希少部位も含めほとんどを使っているとのことである。焼肉に使えない部 位はひき肉に、あるいはカレーや煮込み用にしている。いろいろ部位を楽しめるメニュ ーになっている。 興味深いのは「日本風」の表出である。牛肉の赤ワイン煮はイタリアの伝統料理なの で客はそういうものを当店で客は食べようとは思わない。あえてそういう料理は出さず に、メニューは「和牛の赤味噌煮 “MISO NIKOMI” Stufato di “WAGYU” al “ MISO” rosso」と、日本風を出したものになる。メニューにある「たたき」は、イタリアの「牛 生肉のたたき」 (カルネ・クルーダ・バットゥーダ・アル・コルテッロ)とは違ってロー ストビーフに近い料理なのだが、これを「ローストビーフ・バルサミコソース」という 名前にすると、客はこの店で食べようとは思わない。イタリア語で適切な料理名があっ ても、あえてイタリア人が分からない日本風の名前にする。何かと聞かれれば説明をす る。その方が、日本食レストランに食べに来たことを実感してもらえるというのである。 54 「リストランテ Yazawa」の料理-前菜と焼肉のメニューより 肉味噌の冷奴 ピリ辛味 芯ロース・しゃぶ しゃぶ風サラダ (中央)和牛の 赤味噌煮 牛ロース・たたき バルサミコソース すし サーロイン http://www.yazawa.it/menu.php (3)日本食レストラン「SUSHI B」 高級寿司店でも和牛を使っている店があるはずだという思いで調べてみると、日本人 の調理師がいる「SUSHI B」という日本食レストランのメニューに、和牛のすしやたた き、鉄板焼きという3品が載っていた。同店は伝統とモダンをデザインした高級日本食 レストランである。 SUSHI のメニューより(一部) http://www.sushi-b.it/cena/ 55 (4)リストランテ「ボティネーロ(Botinero)」 イタリアサッカーリーグ・セリエ A のミラン本田選手、インテル長友選手らの活躍が 和牛をアシストしてくれる事例がある。長友選手が尊敬している元インテルのキャプテ ン、サネッティ氏がオーナーのレストランがミラノにある。 「ボティネーロ」という名前 のレストランである。 「彼はアルゼンチン出身なのでメインには肉料理が多い。最近、和牛も始めたようです」 というネット情報を見つけたので調べてみたところ、確かに牛肉料理のメニューの一番 上に和牛が載っていた。二番目に豪州産 Wagyu もあるが、それと区別するために、「日 本の和牛(Giappone Wagyu)」には特別な説明が付記されている。世界で一番価値のあ る牛肉であり、Wagyu の“Wa”は日本を意味し、gyu とは“bue”すなわち牛のことで あると記載してあった。メニューは客が必ず目にするもの、これに勝る宣伝効果はない と思われる。 http://www.botinero.com/botinero/menu-botinero.do 56 2.現地の調理方法で日本産和牛を味わう「和牛フェア in ミラノ」の開催 (1)現地シェフの着想と創作 ミラノでは日本産和牛と出会える場所がまだまだ限られている。そうした中、ミラノ を代表するレストラン5店舗の協力を得て、ミラノ万博開催中の 2015 年9月 19~25 日 の1週間、イタリア伝統の調理方法で日本産和牛を味わうフェア(日本畜産物輸出促進 協議会主催)の「和牛フェア in ミラノ」が開催された。和牛に合う料理をイタリアの シェフに開発してもらい、店を訪れた客に和牛のおいしさを知ってもらうための試みで ある。 ミシュラン2つ星の「クラッコ」のシェフが今回のフェアのために創作したメニュー は赤ワインを使った和牛の煮込み(Brasato di Wagyu)であった。このメニューについ て、シェフは次のように語っている。 「イタリアではよくあるメニューの一つである。前回のイベントでは、サーロインを 使って、表面をかるくあぶったタタキをつくって出したところ、味はおいしいが、独特 の脂肪分が口の中に残った。和牛を食べた後にほかの料理を食べても、ワインを飲んで も、どうしてもその脂肪分の違和感が残ってしまう感じであった。脂肪が和牛の特徴な のだけれども、ほかの料理のじゃまをしてしまうことがあったので、お客様のリクエス トに応えて、なるべく小さいポーションにして提供した。その経験があったので、今回 はほかの部位(かたロース)を使って、イタリア料理の手法により作ってみようと考え た結果、赤ワイン煮にトライすることにした。長く煮込むことで脂肪分が肉をやわらか くしてくれる。ワインとのハーモニーで和牛の特徴が口の中にいい形で残ることを期待 したわけである。イタリアにはいろいろな牛肉料理があるが、赤ワイン煮はかたロース にいちばんマッチした料理である。今回も和牛で試してみたところうまくいき、お客様 にも好評であった。煮込み時間は、和牛にかぎらず、肉の質に応じて微妙な調整が必要 である。イタリアの牛肉だと、ちょっと間違えるとやわらかくならずに硬いままという リスクがあるのだが、その点和牛は、脂肪があるおかげで簡単にやわらかくなり、助け てくれる良さがあります」 今回のフェアのために3種のメニューを開発してくれたリストランテ「イノチェンテ ィ・エヴァジオーニ」もミシュラン星付きの有名店である。メニューの一つは“Scottadito di Wagyu”。かるく茹で煮した和牛をパプリカの甘いソースとこしょうを効かせたロビ オラチーズ で味付けしたものに郷土菓子ズブリゾローナを添えた料理である。二つ目が コニャックでしゃぶしゃぶのようにした和牛を包み込んだラビオリに、レモングラス、 タイム、しょうがのブロード(ソース)をかけてドライトマト、ズッキーニ、グラーナ・ パダーナチーズを添えた料理。三つ目が和牛のタッリアータ。赤カブ甘酢ソース、青リ ンゴ(グラニースミス)、ココア風味マスタード添えという料理である。シェフは、次の ように語っている。 「和牛は脂肪が多く、試食してみてその脂肪分が気になっていました。 和牛がもつ特有の甘味と、イタリアの食材の酸味をうまくバランスさせることを考えた わけです。ロビオラチーズやコニャックを使ったのは、和牛の甘味に合わせる酸味に着 目したからです。和牛を食べやすくするために、和牛のために考えた料理です」と。 57 Cracco の創作料理 Innocenti Evasioni の創作料理 Scottadito di Wagyu, sbrisolona (Brasato di Wagyu ) (Ravioli di shabu shabu) ……(ズブリゾローナはとうもろこし 粉やアーモンド等を使った郷土菓子) リストランテ「オルティ・ディ・レオナルド」と「ミオ」では、写真のような創作料理 を提供してくれた。カルパッチオ、タタキ、タッリアータなど伝統料理の手法を使いなが ら、それぞれ工夫を凝らしたソースで味を付け、野菜を添えた料理である。 Orti di Leonardo の創作料理 Mio の創作料理 (2)現地シェフの日本産和牛に対する評価 「オルティ」のシェフは我々のアンケートに対し次のように回答してくれた。 「和牛は 引き続き使用してみたい食材であり、高いクオリティーには非常に良い印象がある。唯 一の難点と言えば、値段の高さである。イタリアの一般家庭ではなかなか手が出せない ものだと思います」「豪州産 Wagyu のことは知りません。使うなら、日本の和牛が良い です!」と。そして「ミオ」のシェフは言う。 「今後、和牛料理を店のメニューにするの が良いかを決めるのはお客さまである。客が望むならば、提供することになる」 「クラッコ」のシェフは我々のアンケートに対し次のように回答してくれた。 「ふだん 使っている牛肉はイタリア産、ピエモンテ州のピエモンテ牛です。外国産のものは使用 していません。イタリアの牛肉は非常に品質も良く、おいしいからです。和牛について ですが、和牛自体は素材としてとても興味がわく食材ですが、私たちイタリア人の口に はやはり脂肪分が多いところがたくさんの量を食べるという感じではないと思われます。 一口というような感じで、コースメニューのひとつとして取り入れるのは有りだと思い ます。お肉の味が非常に濃いこと、そして脂肪分が多いことがやはり特徴としてあり、 口の中にいつまでも味が残るような感じがすることが好きな方と好きでない方とはっき り違いが出るかもしれません。和牛を調理するという点では特に難しいということはあ りませんでした」。 同シェフは日本に来たことがあり、日本の食材や調味料のことは日本で見て知ってい るという。 「ゆず、しそ、しょうゆ、酒などいくつかは当店でふだんスパイスとして使っ ています。創作料理になるけれども、その中に一つアクセントのような感じで使ってい 58 ます。日本のものは信頼しているので、これからもいろいろと取り扱ってみたいと思い ます」。そして、和牛については「おそらく、コースメニューの中のひとつの料理として 提供する可能性はあるかもしれませんが、メニューに加えるという感じではないですね。 理由は上記のとおりです」。念のため、豪州産 Wagyu について聞いてみたところ、 「使っ たことはありません。売り込みがあったといった話も聞いたことがありません。おそら くイタリアでは、日本の和牛が豪州 Wagyu と競合しているというような話はほとんどな いと思う。日本が国として和牛の輸出に取り組んでいるのは非常にすばらしいことだと 思う」とのことであった。 「イノチェンティ」のシェフはこう語っている。「和牛は高価なので、食べ方、作り 方がわからない一般の人は失敗を恐れて挑戦する冒険ができない。しかし、いろんな国 の食材を食べてみたい人がいることも事実なので、和牛のような高級な食材を使った料 理はレストランならば提供することができます。その場合、メニューに加えることは料 金設定の問題から難しいとしても、なんらかのメニューの中の一品としてならば考えら れないことではない。例えばラビオリに少しだけ入れることはできるかもしれない」 59 3.日本の調理方法で日本産和牛を紹介するイベントでの反応と評価 和牛フェアの一環として、 「オルティ・ディ・レオナルド」において、食に関わる有力者、 メディア、レストラン関係者などを対象に日本の調理方法の一つ「しゃぶしゃぶ」で和牛 を食べてもらうイベントが開催された。今回は「そともも」を食べてもらう試みであった 点が重要であった。 スターゼンインターナショナル㈱江口和男氏によるカッティングの実演では、 「そともも」 をすじを取り除いて「はばき」、「しきんぼ」、「なかにく」に分割、整形した。また、しゃ ぶしゃぶにするため肉を薄く切って見せるところにも大いに関心が高まった。 そともものカット実演 (彫刻家みたい!と感嘆の声がかかる) カットしたしきんぼ(しゃぶしゃぶ、たたき、カルパッチョに使えると説明) 日本の包丁は「片刃」なので薄く切れるとの 説明があり、参加者も「薄切り」に挑戦した。 ちょっとおしゃれに盛り付けた しゃぶしゃぶに野菜を添えて、 胡麻だれと醤油のポン酢風味の 2種類で食べてもらった。 テーブルのランチョンマット の上も「和牛」を印象づけた 60 以前にもこの店で和 牛を味わうイベント があり、おいしいス テーキをいただきま した。 すばらしい! しゃぶしゃぶは とてもおいしい です。 おいしい肉を 野菜と一緒に いただいたの が良かった。 私は塩味が効い たほうが好きな ので、ちょっとも の足りなかった かな。イタリア料 理は結構塩を多 めに使うのです。 でも、ソースをか けたので、おいし かったです。 私 は す き 焼きの 大 フ ァ ン です。醤油、砂糖、野菜と の相性も抜群です。日本に 行ったとき、生タマゴも一 緒に食べました。もちろん イ タ リ ア 産のタ マ ゴ だ っ て生で食べられますよ。ま ったく問題ないです。イタ リアでも、生の牛肉のタル タ ル は 生 タマゴ を 加 え る のですから。 醤油が大好きなので、醤 油とポン酢で食べまし た。おいしかったです。 胡麻だれもおいしいと思 いました。 今日のしゃぶしゃ ぶは、もっとレアな 状態で食べたかっ たですよ。多分、キ ッチンの関係で目 の前で調理できな かったのだと思い ますけれど。 そともも(なかにく、しきんぼ) のしゃぶしゃぶ 胡麻だれと醤油・ポン酢で 口では言えないほど おいしかったです。 やわらかくて。最高 のものだとわかりま す。牛肉がこんなに もおいしいならば、 豚肉も鶏肉も、日本 のものはきっとおい しいのでしょうね。 箸で食べるのは大丈夫 です。とてもおいしかっ たです。でも、私は、こ の肉を焼いたほうが肉 のよさが出たのではな いかと思いました。これ はこれで、胡麻だれが気 に入りました。イタリア にはない味です。 (注)カット実演と調理を指導した江口和男氏の話: 「今回は和牛のそとももを食べての感想だから、ロースなら、どういう感想だったか?」 61 和牛料理「しゃぶしゃぶ」を試食するイベントに参加していたレストラン関係者の意見 を聞いてみた。 A氏「イタリア人は脂肪分が少ない肉を好みます。上等な肉ほど脂肪分が少ないので す。なので、今日のお客さんが脂肪の多い和牛を好まれるか、はじめ心配でした。 しかし、自分でもいろいろ試してみて、脂肪があることによって柔らかくもなり、 味がまろやかにもなることがわかりました。すばらしい肉です。イタリアのバージ ンオリーブオイル、イタリアの野菜、イタリアのキノコ類などと合わせることによ り、すばらしいイタリア料理にもなると思います」 B氏「塊りの肉を低温で、じっくり時間をかけて焼くと、和牛の香りが肉に移って、 香りがたち、おいしくなると思う。イタリアの塩とオリーブオイルを使って、長時 間焼くことをお勧めします。すばらしい料理になると思います」 C氏「イタリアでも Wagyu を手に入れて自分のものにしました。自分たちの創造力で もって、日本産を負かすことになるかもしれませんよ!」 A氏は和牛の脂肪に注目している。イタリア人は上等な肉ほど脂肪分が少ないと思って いる。そのため、 「脂肪の多い和牛がイタリア人の嗜好にあうのか」と心配していたそうだ。 しかし、今回、 「ロース」ではなく「もも」の部位を使ったことが功を奏してA氏の和牛に 対する認識が変わり、「すばらしいイタリア料理になる」ことを予感したようである。 B氏は和牛の香りに注目している。 「焼くことで香りがたち、おいしい料理になるはずだ」 と語った。消費者の中にも「この肉は焼いたほうが肉のよさが出たのではないか」という 感想を述べる者もおり、 「イタリアの塩とオリーブオイルを使って、低温でじっくり時間を かけて焼くイタリア料理」がイタリア人向きと考えている。それがローストビーフのよう なものであるなら、もちろん和牛のローストビーフが美味であることは言うまでもない。 チャーリー・チャップリンが日本に来たときにいつも食べていた料理である。 C氏は、「イタリアでも Wagyu の生産を始めた生産者がいますよ」と言う。和牛の価値 とイタリアでの受容可能性を認めているからこそ、 「イタリアの創造力で日本産を負かすこ とになるかもしれない」とジョークめいたコメントをしていた。 ある消費者からは「牛肉がこんなにもおいしいならば、豚肉も鶏肉も、日本のものはき っとおいしいのでしょうね」と、望外の反応もあった。 62 4.食肉卸売業者の日本産和牛についての見方 食肉卸売業者S社は食肉のほか、食肉加工品、水産物、野菜、コメなどの食材も取り扱 っている。扱う牛肉のほとんどがイタリア産であり、輸入牛肉はアイルランド産が少々で ある。高級な部位をレストラン向けに卸しており、年に 500tほどの取り扱いであるとい う。 和牛の取り扱いについて聞いてみたところ、 「日本産和 牛は 2014 年 10 月から、A5等級のみを取り扱うように なった。最近の消費者の傾向として、牛肉の消費が少な くなっている。和牛を拡大したいが、消費減退の問題が ある」とのことである。 「和牛は、イタリアの伝統的なレシピとは合わないと 思う。イタリアの料理は脂肪が少ない肉の料理だからで ある。消費者は、脂肪の少ないものを選ぶ。これは見た 目の問題である。脂肪が多いか少ないかを、消費者は見た目で判断する。しかし、レス トランでは見た目は問題ないはずである。食べておいしいかどうかである。よって、和 牛はレストラン向きといえる。レストランでの問題は値段である。消費者にとってはそ れが一番の課題である」とも加えた。 「和牛を食べる人は、以前に和牛を食べたことがありおいしいと思っている人、おい しい肉の味は脂肪にあることが分かっている人だと思うが、そういう人は非常に少ない。 そのことが和牛の拡大を阻んでいます」 「肉の外周部にある脂肪とマーブリングの脂肪が違うという点については、イタリア の消費者は、マーブリングについても好まないと思う。なぜなら、子牛の肉を好むから である。子牛の肉にはマーブリングはない」 「イタリアの消費者は、脂肪の部分は健康によくないものと思っています。ゆえに、 脂肪が付いていると、その部分は捨ててしまう。大切なことは和牛の脂肪は捨てるもの ではなく、必ず使うべきものだということを、消費者だけでなくレストランのシェフも 理解しなければならない。それが分からないと消費の拡大は難しいと思う。マーケティ ングは消費者だけでなく、レストランのシェフも対象にすることが重要である。カッテ ィング、切り方が分からないので今回のようなイベントを継続して実施することがとて も大切です」 63 5.まとめ―異なる牛肉文化の融和化の課題― (1)赤身の文化とサシの文化 ピエモンテ牛の生産農家を訪問したときに、牛の大きな臀部を自慢げに見せられた。 尻の肉付きによって赤身が多いか少ないかが分かり、毛並みや指先でつまめるような皮 膚のやわらかさによって繊維質がきめ細やかで赤身の肉質が柔らかいことが分かるとい う説明であった。訪問先の組合の壁にも臀部側を写した写真が飾られていた。要するに、 ピエモンテ牛の真価は臀部にあり、良質の赤身肉の歩留りで決まる。これを「赤身の文 化」と呼べば、日本の和牛は「サシ(霜降り)の文化」だ。イタリア人のシェフたちは 「文化の違いである。それぞれ別のものである。比較すべきものではない」と主張して いる。 農家自慢の牛の臀部 壁に飾られた牛たちの臀部の写真 臀部を見せる共進会の光景 (『畜産コンサルタント』2016.1) シェフのアンドレア・アプレア氏はイタリアの食材を使ったイタリアの伝統料理を継 承していくとの強い思いを抱いて南イタリアからミラノにやってきた人物である。彼が エグゼクティブシェフを務めるのが高級ホテル、 「パークハイアットミラノ」内の「VUN」 と「MIO」という2つのレストランである。VUN はイタリアの食材だけを使うと決めて いる店なので、今回の和牛フェアは MIO の方でのみ実施された。 彼は以前、豪州の Wagyu に興味をもったのがきっかけで日本の和牛についても自分で調べてみたことがあり、和 牛の育て方を知り、動物にやさしく、まじめに育てている日本の農家を尊敬していると いう。その彼に、イタリアの牛肉に比べて和牛の肉の違い、評価を聞いてみた。 「イタリ アの牛肉と和牛の肉を比べて云々言うことはできない。それぞれ別のものなのだ。イタ リア人は、赤身のしっかりとした肉の食感を良しとする。日本人は口の中でとろけるよ うな和牛をおいしいと思う。これは文化の違いである。和牛のおいしさも和牛の育て方 も、日本の文化である。一方、イタリア人が食べたいと思うキアニーナのTボーンステ ーキは和牛では作れない」 リストランテ「イノチェンティ」のシェフ、トマゾ・アッリゴーニ氏は「和牛の背景 には日本の文化がある。しかし、一般の人は、それは分からない。ピザでさえも値段で 選ぶ人が多いのだから、和牛を理解できる人は少ない」と語った。 (2)イタリアの伝統料理との融和の試みと成果 異なる文化を理解し尊重して、日本の和牛とイタリアの食材、伝統料理の技法をどの ように融和させ、どのような共同作品(コラボレーション)に仕立てればイタリアの人々 においしく味わってもらえるか。今回の和牛フェアはそうした目的の試みであった。5 人のシェフはそれぞれ、イタリアの食材と伝統料理の技法を駆使して融和と調和の創作 に協力してくれたのである。イタリアのシェフたちが工夫していたのは、 「食べたときに 64 気になる和牛の脂肪」に対するイタリア食材の酸味による合わせ技であった。 MIO のアンドレア氏は言う。「客はおいしいと言ってくれた。今後、当店のメニュー に加えるかどうかは食べてくれる客が決めてくれる。けれども、新しい食べ方が受け入 れられるためには「時間」が必要であり、プロモーションも重要だ。日本が個々の企業 ではなく国としてプロモーションを行おうとしていることは素晴らしいことだと思う」 と。 プロモーションの成果として2つの事例を紹介する。ひとつは、冒頭の「和牛と出会 える場所」において取り上げたリストランテ「ボティネーロ」である。日本の長友選手 を応援してくれるオーナーのサネッティ氏の好意が大きいとしても、直接的にはこのレ ストランで全農グループが和牛を紹介するプ ロモーションを実施したことがあり、それを 機にメニューに載ったものと思われる。 もう一つは、我々の和牛フェアの成果であ る。フェアが終わって5ヵ月後、あらためて 実施店舗だった「イノチェンティ」のメニュ ーを検索してみると、 「冬メニュー」の前菜の 1品に「Wagyu」が加わっていた。一歩ずつ ながら確かな手ごたえを感じる成果である。 http://www.innocentievasioni.com/wp-content (3)和風料理による日本産和牛の訴求と成果 一昨年ミラノに進出した「リストランテ矢澤」の和牛の焼肉も徐々にイタリアの人々 に親しまれるようになってきた。 日本の伝統とイタリアのモダンをデザインした「SUSHI B」の和牛を使った“肉ずし” も、SUSHI のメニューに定着したようである。 昨年9月に実施した我々の和牛フェアでは、 「牛肉は赤身が一番いい」 「サシ(霜降り) は見ただけで食べたくなくなる」と思うイタリアの人々に、和牛のそとももを“しゃぶ しゃぶ”で食べてもらい、和牛のおいしさを堪能させた。フェアに参加していた一人が、 「脂肪の多い和牛が好まれるか、はじめ心配でした」という和牛を知るレストラン関係 者に対しても、和牛の可能性について再考させる効果があったようである。 (4)和牛フェアの教訓と課題 和牛のロースは確かに見た目が美しい。しかし、見た目で脂肪を嫌う赤身文化の人々 に「いきなり、A5等級のロース」を提案することは最善ではないかもしれない。今回 の和牛フェアの教訓は「まず、ももの部位」をじっくりと味わってもらい、 「徐々に、ロ ース」へと誘導していく時間をかけた取組みが重要、ということではないか。フェアの 実施店舗 MIO のアンドレア氏が述べていた。 「和牛の普及に必要なのは「時間」」である と。 65 (5)ブランディングの課題 オーストリアに国境を接し、イタリア 20 州中一番北に位置するトレンティーノ=アル ト・アディジェ州の中でも最北に位置する観光地“アルプスの真珠”と呼ばれる美しい 街のメラーノに程近い所に、日本産和牛を食べられるレストランがある。大都市ミラノ においても和牛を提供しているレストランはごく限られている現状では、特筆すべきこ とである。 和 牛 を 食 べ ら れ る 所 と は 、 Hidalgo suites & restaurant といい、滞在型ホテル兼レストランに なっている。メニューを見ると、地元産牛肉のドラ イ・エイジド・ビーフのほか米国産アンガス牛やニ ュージーランド産、アルゼンチン産牛肉のステーキ、 特別のテイスティング・ビーフとして、和牛のメニ ューが載っている。 特筆されるのは、ホームページの画面で和牛統一 マークを付けて和牛を紹介していること、また画面の赤く丸で囲んだ中も“Giapponese Wagyu”と日本産和牛であることが分かるように書いていることである。 ミラノのリストランテ「ボ ティネーロ」は、前述のとお り元インテルのキャプテン、 サネッティ氏と彼のチームメ イトが経営している店であり、 監督以下、長友をはじめ多く http://www.restaurant-hidalgo.it/ の選手やスタッフらも折々デ ィナーを楽しみにやって来る。彼らは、当然、この店のメニューのことはよく知ってい るはずだ。メニューを見て、元キャプテンの母国アルゼンチン産や地元イタリア産の牛 肉のほか、Giappone Wagyu と Australian Wagyu があること、そして日本産和牛には “Wa=Gipponese, gyu=bue”(bue は牛)という説明が書いてあることを知っているに 違いない。この店に来るサッカーファンらも、和牛に対するこの明確にして極めて適切 なブランディングを目にしていると思われる。すなわち、Wagyu という言葉はもともと 日本語なのであり、「日本の牛肉」を意味しているのであって、豪州の Wagyu と区別す るためのブランディングの名称は決して“Kobe Beef”ではないということを強調してい る。 上記の2つの事例は、イタリアのレストランでありながら、いずれも和牛の適正なブ ランディングに寄与している好例である。 そしてまた、ミラノの二つの日本食レストラン、「リストランテ YAZAWA」において は“We at YAZAWA only serve Japanese Wagyu”という説明によって、 「SUSHI B」 は“Wagyu=和牛”と簡潔に、それぞれ顧客に本物の日本産和牛をアピールしており、 イタリアにおける和牛の可能性を拓く先駆的な役割を果たしている。 今回のミラノ万博も、日本館のレストランですき焼きの提供など日本食・食文化の魅力 66 を発信する良い機会となった。ミラノ万博日本館副館長を務められた農林水産省の久保牧 衣子氏は「2016 年は日伊国交 150 周年記念です。ミラノ万博の盛り上がりが続く今のうち に、イタリアへの輸出拡大やさらなる日本食の普及に向けて熱い鉄を打たなければならな い」と書いておられる(『全水卸』2016.1)。我々の和牛の輸出についてもさらなる取り組 みを検討する必要がある。 67
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