最高裁によるスクイーズ・アウトに関する価格決定が示唆すること(PDF

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PLUTUS+ MEMBER’S REPORT
No.76
最高裁によるスクイーズ・アウトに関する価格決定が示唆すること
July 29, 2016
株式会社プルータス・コンサルティング
公認会計士 中嶋克久
(要約)
上場会社の非公開化の手段としてスクイーズ・アウトにより上場廃止する場合の会社法
第 172 条第 1 項に基づく価格決定を求める裁判例は、相当数が蓄積されてきた。株式価値
が客観的価値と期待価値により構成されるものと捉えて、裁量により価格決定する点は多
くの裁判例に共通するところであるが、客観的価値の算定方法として、一定期間の平均株
価を採用してきた従来の裁判例とは異なり、マーケットモデルを用いた回帰分析により価
格補正を行う裁判例がでてきた。
回帰分析による客観的価値の補正は、雑駁に言うと、評価基準日の市場株価は、上場廃
止により存在しないところ、参照すべき時期の平均株価は、評価基準日におけるマーケッ
トの市況が好転しているなら、参照すべき時期の平均株価も評価基準日に置き換えたなら
ば上昇しているとの前提にたつものである。
このように事後的に株式市場全体が好転すると客観的価値も上昇するといった主張が認
められるならば公開買付価格が公正な手続により決定したされたものであっても、事後的
に補正を受ける可能性が常につきまとい、M&A 取引の安定性が著しく損なわれる。また、
インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ及びネットアセット・アプローチの 3 つ
の評価アプローチによる評価実務を排除する流れにもなりかねない。
しかしながら、このようなマーケットモデルを用いた回帰分析による補正を採用した裁
判例は、今年、上級審においてその採用が否定され(最決平成 28 年 7 月 1 日ジュピターテ
レコム最高裁決定、東京高決平成 28 年 3 月 28 日東宝不動産高裁決定)、上記の危惧が払
拭された。ジュピターテレコム最高裁決定は、公開買付価格の決定が公正な手続によるも
のと認定ができ、取引の基礎とした事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段
の事情がない限り、公開買付価格と同額の価格決定をすべきことを示唆している。
1. はじめに
株主価値評価においては、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ及びネット
アセット・アプローチの 3 つの評価アプローチによる評価実務が定着している。この実務
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は、我が国のみならず国際的に定着しており、日本公認会計士協会が公表した「企業価値
評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告第 32 号)1では、3 つの評価アプローチによ
る検討を行い、総合的な評価結果(総合評価)を導くべきことが解説されている。国際評
価基準委員会(INTERNATIONAL VALUATION STANDARDS COUNCIL)が公表した(「IVS
105:VALUATION APPROACHES AND METHODS EXPOSURE DRAFT」(2016 年 4 月 7 日)
6 頁 10.1)2においても同様である。
一方、非公開化するスクイーズ・アウトの株式価格決定が裁判所に申し立てられた近年
の事案においては、株式価値が客観的価値と期待価値により構成されるものとの裁判例に
基づき、株主が 3 つの評価アプローチのいずれにも属さないマーケットモデルを用いた回
帰分析により客観的価値の補正を主張する事案が散見されている。後述するとおり、裁判
所が回帰分析に基づいた補正を採用し、これに一定の期待価値を加算することにより価格
決定をする裁判例もあらわれ、回帰分析による補正を主張する株主が増加する兆しも見え
ていた。このように、回帰分析により補正された客観的価値に期待価値を加算する手法は、
確立した評価実務・評価理論にない手法であり、M&A 等の取引価格決定の基礎となる評価
の考え方が根底から否定されることになりかねず、私は実務の混乱が生じる可能性に危惧
を抱いていたところである3。
しかしながら、このようなマーケットモデルを用いた回帰分析により分析した価格で決
定した裁判例は、今年、上級審においてその採用が否定され(最決平成 28 年 7 月 1 日ジュ
ピターテレコム最高裁決定、東京高決平成 28 年 3 月 28 日東宝不動産高裁決定)、上記の
危惧が払拭された。
本稿では、これらの裁判の中から今後の価格決定において配慮すべき点が多く含まれて
いるジュピターテレコム株式取得価格決定申立事件を取り上げ解説したい。
2. 裁判例における株式価値
ジュピターテレコム株式取得価格決定申立事件(以下、「JCOM 事案」という。)を取り
上げる前に、平成 18 年施行の会社法に基づくスクイーズ・アウトの価格決定に関する裁判
として、最初に注目されたレックス・ホールディングス株式取得価格決定申立事件(以下、
「レックス事案」という。)の概要を紹介したい。レックス事案は、株式価値の評価アプ
ローチそのものに焦点をあてておらず、上場時の株価を基礎にして価格決定され、その後
の価格決定に関する裁判の方向性に大きな影響を与えた事案であり、JCOM 事案の東京地裁
における決定においてもレックス事案の考え方を踏襲している。
1
https://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/files/2-3-32-2a-20130722.pdf 平成 28 年 7 月 25 日閲覧
https://www.ivsc.org/files/file/view/id/648 平成 28 年 7 月 15 日閲覧
3
この問題意識は、「株式価値をめぐる近時の裁判をどう読むか 中嶋克久著、山田昌史著」(旬刊経理
情報 2015.12.10 No.1432)にて解説している。
2
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(1)レックス事案
この事案は、MBO の過程で行われた全部取得条項付種類株式の取得価格について、当該
取得に反対した株主が会社法第 172 条第 1 項第 1 号に基づいて裁判所に取得価格の決定の
申立てを行ったものである。
第一審では、東京地裁が平成 19 年 12 月 19 日に決定(原々決定)を出し、第二審では、
東京高裁が平成 20 年 9 月 12 日に決定(原決定)を出し、地裁と異なる結論であったが、
平成 21 年 5 月 29 日に最高裁は会社側の抗告を棄却し、原決定が確定した。
① 原決定と原々決定
取得価格の算定は、制度趣旨から、(ⅰ)取得日における当該株式の客観的価値(以下、
「客観的価値」という。)に加えて、(ⅱ)強制的取得により失われる今後の株価の上昇
に対する期待を評価した価額(以下、「期待価値」という。)を考慮するのが相当である
としている。原決定と原々決定との違いは、(ⅰ)の客観的価値と(ⅱ)の期待価値との
決定方法にある。
(ⅰ)客観的価値
原決定及び原々決定共に、客観的価値は基本的には市場株価に反映されるものと考えて
いるが、原決定及び原々決定共に、公開買付け公表日以降の市場株価が公開買付価格に拘
束されて形成されている場合には、同日以降の市場株価を考慮することは相当ではないと
している。したがって、原決定及び原々決定共に、公開買付けの公表日の前日から一定期
間の市場株価の平均値を客観的価値とする考え方を採用しているが、この平均値を算出す
る期間の起算日については、原決定と原々決定の間に違いが生じており、客観的価値を算
定する際の市場平均株価の対象期間が争点となっている。
市場平均株価の対象期間
H18.11.10
H19.5.19
(公開買付けの公表日)
(取得日)
市場平均株価の対象期間の起算
市場平均株価の対象期間の起算日は?
起算日は?
市場平均株価
算定方法
原々決定(東京地裁)
202,000 円以下(注)
平成 18 年 10 月 10 日~同年 11 月 9
日までの終値の単純平均値(注)
原決定(東京高裁)
280,500 円
平成 18 年 5 月 10 日~同年 11 月 9
日まで(6 ヶ月間)の終値の単純平
均値
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市場平均株価の算定期間の起算日については、次の違いが生じている。
原々決定(東京地裁)
業績下方修正等の発表がなされた平成 18
年 8 月 21 日の翌日を起算日とする。
株価形成に影響を与える情報が同質であ
る期間を対象にすべきとの考え方を採る。
原決定(東京高裁)
公開買付けの公表日の前日である平成 18 年
11 月 9 日から 6 か月間の期間を対象とし、起
算日は平成 18 年 5 月 10 日とする。
業績下方修正等の公表は、MBO の実施を念
頭において、特別損失の計上に当たって、決
算内容を下方に誘導することを意図した会計
処理がされたことは否定できないため、これ
らの影響を排除し、6 ヶ月間の市場平均株価を
採用するとの決定をしている。
(ⅱ)期待価値
期待価値は、原決定と原々決定とでは、次のように異なっている。
市場平均株価
算定方法
原々決定(東京地裁)
28,000 円以下
公開買付価格を尊重し、公開買付
価格と市場株価(複数の平均値)と
を比較し、その乖離率を期待価値と
みなした。
原決定(東京高裁)
56,161 円
本件 MBO に近接した時期におい
て MBO を実施した各社の例などを
参考にして客観的価値の 20%とし
た。
原決定と原々決定ともに、客観的価値の一定割合を期待価値とみなしている。原々決定
は「強制的取得により失われる期待権を評価するための評価方法においては確立された評
価方法が存在しないことが認められる。」としつつも、「市場において一定の合理性を有
するものとの評価を受けたと推認することができ」るものとし、上記の決定を行っている。
このように、期待価値を算定する理論は存在しない。M&A の実務では、一般的な株価算
定結果を参考にして決定された公開買付価格と市場株価との乖離率をプレミアムとして分
析し、その結果を参考にして株式価値を水面下で検討することもあるが、このプレミアム
は、DCF 方式等により決定した価格と市場株価との差額に過ぎない。したがって、期待価
値を個別に算定するのではなく、DCF 方式等により決定した価格が客観的価値と期待価値
から構成されると考えるのが理論的である。東京地裁による原々決定は、DCF 方式等によ
り算定した価値に基づいて決定した公開買付価格に依拠して価格決定している4のであって、
これを客観的価値と期待価値の概念にて分析し説明しているのである。
東京地裁による原々決定は、期待価値を単独に算定して客観的価値に加算する方法が存
在することを示したものではないのに対して、東京高裁による原決定は、期待価値を裁量
4
後述するジュピターテレコム株式取得価格決定申立事件の最高裁による価格決定は、この考え方を採用
し公開買付価格 123,000 円と同額の価格決定をしている。
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によって決定しており、期待価値が一人歩きし価格決定の調整弁として利用されているよ
うに見え、その後の類似の裁判においてもその傾向が続いている5。
(3)JCOM 事案
① 東京地裁及び東京高裁の決定
東京地裁民事 8 部は、平成 27 年 3 月 4 日、
JCOM 事案で、
取得価格を、公開買付価格 123,000
円を上回る、1 株につき 130,206 円とする決定を行った。
当該事案は、株式会社ジュピターテレコム(以下、「JCOM」という。)がその発行する
普通株式を JASDAQ スタンダード市場に上場していたところ、住友商事株式会社及び KDDI
株式会社が JCOM 株式の公開買付けを実施した後、レックス事案と同様に全部取得条項を
付してこれを取得するにあたり、当該取得に反対した株主が会社法第 172 条第 1 項第 1 号
に基づいて裁判所に取得価格の決定の申立てを行ったものである。
本決定は、レックス事案と同様に、「客観的価値」と「期待価値」とを考慮しているが、
レックス事案以降の裁判例では、公開買付けの公表以前一定期間の平均株価をもって「客
観的価値」としたのに対し、本決定は、従前の裁判例にないマーケットモデルを用いた回
帰分析を採用し、「客観的価値」を以下のように示している。
「本件株式の客観的価値を評価するための基礎として本件報道(公開買付の憶測報道平成
24 年 10 月 20 日)後の株価を用いることは相当ではなく、評価基準時点に最も近接した本
件報道の前日である同月 19 日以前の市場株価を基礎として評価すべきである6。」
「一方、評価基準日時点は、本件取得日と解されるところ、本件株式の客観的価値を評価
するための基礎として用いることのできる市場株価が評価基準日時点よりも 9 か月以上も
前のものであり、その間に本件株式にも影響を与えるものと推認されるような事情により
市場全体の株価の動向を示す指標が大きく変動(ジャスダック指数は 74.9%、日経平均株
価は 60.7%上昇)したのであるから、本件においては、平成 24 年 10 月 19 日以前の市場株
価そのものをもって本件株式の客観的価値と認めることは好ましいといえず、同日から本
件取得日までの市場全体の株価の動向を踏まえた補正を行うことが可能であればこれを行
うことがより正義に適うというべきであり、補正を行うための手法としては、本件におけ
る当事者の主張、証拠において、回帰分析の方法が示されており、そのほかに合理的な方
法は見当たらないとした7。(以下略)」
上記については、取得日の市場株価は上場廃止により存在しないところ、取得日におけ
る株式市況の好転を勘案すると、JCOM 株式の平均株価も取得日に置き換えたならば上昇し
5
6
7
JCOM 事案における東京地裁及び東京高裁の決定は、この原決定(東京高裁)の考え方を踏襲している。
旬刊商事法務 No.2063 94 頁
同上
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ていると思われるとの心証をもっていたことが伺える。
また、「期待価値」については、「増加価値分配価格」と称して次のように示している。
「一方、増加価値分配価格については、まず、裁判所が認定するに当たっては、会社の非
公開化の目的や非公開化実施後の事業計画から想定される収益や業績の見込み等の諸事情
を総合的に考慮して決するのが相当であるとした。
その上で、本件取引は、特に不当な目的を有するものではなく、利益相反関係を抑制す
るための措置が講じられていたこと等を認定し、また、本件公開買付けの公開買付価格は、
類似の公開買付けにおけるプレミアムに比しても不当に低いものとはいえず、本件公開買
付け開始当時において、少なくとも適正な増加価値分配価格を織り込んだものであったと
認めるのが相当であるとしたが、本件株式の本件取得日における客観的価値について補正
を行う必要のない場合を前提として公正な価格と認められる公開買付価格を、補正後の客
観的価値を基に相応の増加価値分配価格が付加されたものとしてそのまま採用することは
できないとした。
そして、株式の取得日において前記のとおりその客観的価値が補正された場合、補正後
の株価を前提として取得価格を検討、交渉したとすればそこで決定される金額において付
加されるべきプレミアムは、公開買付価格の決定時の差額ないしその割合と同じであると
は当然にはいえず、かえって、取得日において補正後の株価を前提とした検討・交渉が行
われるとすれば、その後の株価上昇による利得の期待分を含むものとして定められるであ
ろう株式の価格と市場価格との差額ないし割合は、当初公開買付時のそれよりは低額ない
し低率になるのが通常と考えられるとした上、本件に現れた諸般の事情にかんがみると、
増加価値分配価格は、本件株式の客観的価値に対して 25%と認めるのが相当であるとした
8
。」
すなわち、スクイーズ・アウト(全部取得条項付種類株式の取得)による上場廃止がな
かったと想定した場合の回帰分析により推定した「客観的価値」に対し、その 25%を「期
待価値」(増加価値分配価格)として加え、取得価格を、1 株につき 130,206 円とする決定
を行っている。
マーケットモデルを用いた回帰分析は、市場株価と株価指数の過去の連動性を数値化し、
仮にその連動性が維持されたならば、株価はこうなっていたであろうという推測を示すも
のに過ぎず、特に長期の推測を行うことは困難であり、これを「客観的価値」ととらえる
のは、およそ合理的とは言い難い。よって、東京地裁で採用された客観的価値に期待価値
を加算する形での価格決定は、株式価値の評価アプローチによる検討を一切排除する流れ
になりかねない決定であったが、東京高裁もこの決定を是認していた。
8
旬刊商事法務 No.2063
94 頁
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②
最高裁が取り消した東京地裁及び東京高裁の決定
最高裁は、平成 28 年 7 月 1 日に東京地裁及び東京高裁による公開買付価格 123,000 円を
上回る、1 株につき 130,206 円とする決定を取り消し、公開買付価格と同額の 123,000 円と
する決定をした9。これは、一般に公正と認められる手続により公開買付けが行われた場合
には、原則として、裁判所は、その決定する取得価格を当該買付け等の価格と同額とする
原則として、裁判所は、その決定する取得価格を当該買付け等の価格と同額とする
のが相当であるものと判示したものである。
のが相当であるものと判示したものである
当該最高裁決定における小池裕裁判官の補足意見においては、次のように M&A における
株式価値算定及び価格決定の性質を述べた上で、本件のような事案において、裁判所は価
格形成に関わる手続の公正について的確に認定するという点で特に重要な機能を果たすも
のと述べている。
それ故、公開買付価格が公正な価格形成に関わる手続によるものと認定されたならば、
認定する取引の基礎とした事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情の
ない限り、公開買付価格と同額の価格決定が相当である旨を示されている。
裁判所は合理的な裁量に基づいて株式の取得価格の決定をするが,その判断におい
ては,まず,関係当事者間の取引において一般に公正と認められる手続が実質的に行
われたか否か,買付価格がそのような手続を通じて形成された公正な価格といえるか
否かを認定することを要し,それが認定される場合には,原則として,公正な手続を
原則として,公正な手続を
通じて形成された取引条件である買付け等の価格を尊重し,取引の基礎とした事情に
予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情のない限り,当該買付け等の価
予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情のない限り,当該買付け等の価
格をもって取得価格とすべきものであると解するのが相当である。
格をもって取得価格とすべきものであると解するのが相当である
株式価格の形成には多元的な要因が関わることから,種々の価格算定方式が存する。
そのため,株式価格の算定の公正さを確保するための手続等が講じられた場合にも,
将来的な価格変動の見通し,組織再編等に伴う増加価値等の評価を考慮した株式価格
について一義的な結論を得ることは困難であり,一定の選択の幅の中で関係当事者,
株主の経済取引的な判断に委ねられる面が存するといわざるを得ない。このような株
このような株
式価格の算定の性質からすると,本件のような事案において,裁判所は,買付け等の
式価格の算定の性質からすると,本件のような事案において,裁判所は,買付け等の
価格という取引条件の形成に関わる手続の公正について的確に認定するという点で特
に重要な機能を果たすものといえる。
に重要な機能を果たすものといえる
さらに、マーケットモデルを用いた回帰分析について、以下の補足意見がある。
9
当決定は、以下のサイトで公表されている。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/989/085989_hanrei.pdf 平成 28 年 7 月 27 日アクセス
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このような株式価格の算定の性質からすると、本件のような事案において、裁判所
は、買付け等の価格という取引条件の形成に関わる手続の公正について的確に認定す
るという点で特に重要な機能を果たすものといえる。そして、公正な手続等を通じて
買付け等の価格が定められたとは認められない場合には、裁判所が取得価格を決定す
ることになるが、その算定方法は市場株価分析10によらざるを得ないこともあろう。た
だし、裁判所が裁量権の行使に当たり、関係当事者等の経済取引的な判断を尊重して
これに委ねるべきか否かを判断するに当たっては、この方法が株式価格に関する多元
この方法が株式価格に関する多元
的な要因を広く捉えるものとはいい難いという点も考慮する必要があろう。
的な要因を広く捉えるものとはいい難い
最高裁による補足意見は、マーケットモデルを用いた回帰分析に関する注意喚起であり、
当該手法の限界を示したものに他ならない。すなわち、マーケットモデルを用いた回帰分
析は、市場株価と株価指数の過去の連動性を数値化し、仮にその連動性が維持されたなら
ば、株価はこうなっていたであろうという推測を示すものにすぎず、将来のキャッシュ・
フローの獲得能力やそのリスク、対象会社の属する業界における市場の評価といった多く
の株価の形成要因を捉えることができないのである。
3. 最高裁決定が示唆すること
平成 18 年施行の会社法に基づくスクイーズ・アウト(全部取得条項付種類株式の取得)
価格決定に関する初の裁判例とも言えるレックス事案における東京地裁決定は、公開買付
価格と同額の価格決定をしたものであり、JCOM 事案の最高裁決定は、この考え方を採用す
るものである。
そして、以下の認定ができる場合には、公開買付価格と同額の価格決定をすべきことを
示唆している。
関係当事者間の取引において一般に公正と認められる手続が実質的に行われたか
否か、買付価格がそのような手続を通じて形成された公正な価格といえるか否か
を認定することを要し、それが認定される場合
取引の基礎とした事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情の
ないこと
前者は、公開買付価格の決定が、第三者委員会による意見や第三者機関による価値算定
の取得等による公正な手続を通じて決定されることであり、公開買付価格の決定が不公正
でないことを意味する。後者は、公開買付価格決定後に、株式価値に重要な影響を与える
事象(新製品の開発に成功し業績が好転すること、制度改正により市場環境が変化し業績
が好転すること等)が生じていないことを意味する。
10
市場株価分析は、マーケットモデルを用いた回帰分析を指すものと考えられる。
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上記の認定ができない場合には、改めて株式価値の算定を要することになるものと考え
られる。
JCOM 事案の最高裁決定は、上記 2 点が充足されるならば、公開買付価格と同額の価格決
定をすべきことを示唆するのであり、レックス事案で示された公開買付価格を概念上、客
観的価値と期待価値との総和として捉えた分析について、これが独り歩きして、客観的価
値と期待価値を裁量により決定することを否定したものと考えられる。
したがって、公開買付価格決定においては、公正な手続により決定することが肝要であ
り、公開買付価格が不公正であったとしても、裁判における価格決定では、3 つの評価アプ
ローチを前提にした株式価値算定が基本になるのであり、マーケットモデルを用いた回帰
分析は基本的に採用されないことを示唆しているのである。
以上
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