非流動性ディスカウントに関する判例の考察

From Independent Valuation to Customized Solutions
PLUTUS+ MEMBER’S REPORT
No.63
非流動性ディスカウントに関する判例の考察
June 30, 2015
プルータス・コンサルティング
公認会計士 中嶋克久
1. はじめに
日本経済新聞は、平成 27 年 3 月 31 日朝刊に「将来の収益性で計算なら…非上場株の減
額認めず 最高裁、株主訴え認める M&A、算定法統一へ」の記事を掲載した。
報道された裁判は、非流動性ディスカウントを考慮しない収益還元法による算定結果を
採用し、株式の価格決定を行ったものであり、株価を巡る裁判では、収益還元法を採用す
ると非流動性ディスカウントを考慮しないものと受け止められ、M&Aの実務家の間で話
題になるとともに疑問を感じるものも少なくなかった。
本稿では、非流動性ディスカウントの概念と実務上の取扱い、過去の判例における非流
動性ディスカウントの取扱いを解説した上で、上記裁判の考え方について考察する。
2. そもそも非流動性ディスカウントとは何か
株主価値の算定にあたっては、実務の参考に資する研究報告として、日本公認会計士協
会が公表した「企業価値評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告第 32 号)がある。
「企業価値評価ガイドライン」は、評価アプローチには、インカム・アプローチ、マーケ
ット・アプローチ及びネットアセット・アプローチの 3 つをあげ、これら 3 つのアプロー
チによる検討を行い、総合的な評価結果(総合評価)を導くべきことが解説されている。
それでは、3 つのアプローチと非流動性ディスカウントとの関係は、どのように整理され
るのであろうか。それぞれのアプローチによる評価結果を出した上で、第 2 のステップと
して総合的な評価結果を導く過程で考慮されるのが非流動性ディスカウントである。
非上場株式は、上場株式と異なり市場で株式を売却することができないため、売却先候
補を探し価格交渉等にコストをかけざるを得ない事情があり、投下資本の回収にリスクが
あるため一定のディスカウントを受け入れざるをえない。このような事情から非上場株式
の取引価格を決定する際には、非流動性ディスカウント1を考慮することが実務では一般的
1
「企業価値評価ガイドライン」52 頁では、「上場会社の株式と比較して、非上場会社の株式の流動性は
低い。非上場会社の株式を換金しようとするときには追加的なコストがかかるため、非上場会社の株価は
上場会社よりも低く評価される。これは、非流動性ディスカウントと呼ばれている。我が国において、非
上場会社の評価においては、どの程度の非流動性ディスカウントを見込むべきかに関して合意された水準
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である。
すなわち、非流動性ディスカウントとは、買い手による将来の売却にかかる見積もりコ
ストを考慮したディスカウントであり、交渉により決定されるものである。交渉により決
定される以上、客観的な算式により決定されるものではないが、米国のスタンダードな教
科書においては「一般則としては、非流動性割引率は推定価値の 20%から 30%に設定され
る2」とある。我が国でも、実務上、非流動性ディスカウントを 30%程度にして株主価値を
算定する実務が定着しており、米国のデータとも整合しており不合理なものではないと考
えられる。
なお、ネットアセット・アプローチは、貸借対照表の資産負債を時価で評価し直して純
資産額を算出し、一株当たりの時価純資産額をもって株主価値とする方法であるが、個々
の資産の時価評価にあたって、非流動性ディスカウントが考慮されるため、ネットアセッ
ト・アプローチによる評価結果に、さらに非流動性ディスカウントを考慮することはない。
したがって、非流動性ディスカウントを考慮するのは、将来に生み出すと期待されるキ
ャッシュ・フローに基づいて評価対象会社の価値を評価するインカム・アプローチと、上
場している類似する会社と比較することによって相対的な価値を評価するマーケット・ア
プローチの 2 つのアプローチである。
3. そもそも株主価値はどのように決定されるのか
株式投資は、株式の保有によって得られる経済的利益を期待して行われるものである。
この経済的利益の主たる源泉は、対象会社が将来に生み出すと期待されるキャッシュ・フ
ローであり、株主価値は、インカム・アプローチによる評価が基本となる。
しかしながら、将来の期待キャッシュ・フローは、見積りによるものであり不確実性が
伴うことから、多数の投資家が参加するマーケットで形成された取引価格を参考にして株
主価値を算定することが客観性の点で優れていることから、マーケット・アプローチによ
る評価結果を参照することも重要である。
マーケットに参加する投資家は、インカム・アプローチにより算定する株主価値等を参
照しながら取引の意思決定をするのであり、概念上は、インカム・アプローチによる株主
価値とマーケット・アプローチによる株主価値は、長期的には同水準に収束するものと考
えられる。ただし、非上場の評価対象会社の株式の取引事例を参照するマーケット・アプ
ローチを採用する場合は、取引事例の価格が非流動性ディスカウントを考慮して形成され
る可能性がある。したがって、非流動性ディスカウントを考慮した取引事例を参照する場
合は、マーケット・アプローチによる株主価値とインカム・アプローチによる株主価値と
の間には、非流動性ディスカウントの分だけ差異が生じる。
ネットアセット・アプローチは、保有する資産負債を時価評価することによる時価純資
があるわけではないが、評価の際には類似取引等を参考に考慮する必要がある。」と解説されている。
2
アスワス・ダモダラン著、山下恵美子訳『資産価値測定総論 3』パンローリング、42 頁
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産額をもって株主価値とする方法であるが、事業からの期待キャッシュ・フローが見込め
ず、超過収益力がない(時価純資産額を上回る経済的利益を期待できない)場合等に適用
されるアプローチであり、M&A においては、上記2つのアプローチに較べて適用される場
面は少ない。
4. 判例における非流動性ディスカウントの取扱い
非流動性ディスカウントを考慮しない判例には、カネボウのスクイーズアウトの事案が
ある。当事案は、スクイーズアウトによる株式の価格決定を求める裁判であるが、この判
例では、「本件鑑定人は、本件株式買取価格の決定においては、株式売却を意図していな
い少数株主が会社から離脱することを余儀なくされた場合に少数株主に対する売却を前提
とする非流動性ディスカウントを考慮する必要はないこと」から、非流動性ディスカウン
トを考慮しない価格決定がなされている。
株式を売却する意図がない株主から、強制的に買取る場合には、非流動性ディスカウン
トを考慮する必要がないとの考え方が採用されているのである。
したがって、譲渡制限のある非上場株式の譲渡承認を求めたところ承認されず、会社が
買取ることになり、その際の価格決定を求める裁判では、株式を売却する意図があり、強
制的に株式を手放すわけではないので、非流動性ディスカウントを考慮する余地があると
考えられる。
5. 最高裁判例の考察
報道された最高裁の判例は、裁判所のホームページに公表されている(平成 26 年(許)
第 39 号 株式買取価格決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件 平成 27 年 3 月 26
日 第一小法廷決定)3。
当判例は、合併に反対した株主が有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが,
その価格の決定につき協議が調わないため、反対株主が、会社法 786 条 2 項に基づき、価
格の決定の申立てをした事案である。
合併に反対した株主は、合併により新会社の株式を交付されることを拒否し、株式の買
取請求を求めたものであり、保有する株式を合併により新会社の株式に交換されることを
望まず、止むを得ず手放すことになったものであると考えられる。この事案は、自らの意
思で株式の売却を望んだのではないことから、カネボウ事案のスクイーズアウトと同様に、
非流動性ディスカウントを考慮しない決定がなされるべきものと考えられる。
判例は、「吸収合併等に反対する株主に公正な価格での株式買取請求権が付与された趣
旨が、吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決
により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに、
退出を選択した株主には企業価値を適切に分配するものであることをも念頭に置くと」と
3
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85016
平成 27 年 6 月 30 日アクセス
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の説明があり、自らの意思で株式の売却を望んだものではない事情を考慮しており、妥当
な考え方である。
しかしながら、「非上場会社の株式の価格の算定については、様々な評価手法が存在す
るが、どのような場合にどの評価手法を用いるかについては,裁判所の合理的な裁量に委
ねられていると解すべきである。しかしながら、一定の評価手法を合理的であるとして、
当該評価手法により株式の価格の算定を行うこととした場合において、その評価手法の内
容、性格等からして、考慮することが相当でないと認められる要素を考慮して価格を決定
することは許されないというべきである。非流動性ディスカウントは、非上場会社の株式
には市場性がなく、上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものであ
るところ、収益還元法は、当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で
還元することにより株式の現在の価格を算定するものであって、同評価手法には、類似会
社比準法等とは異なり、市場における取引価格との比較という要素は含まれていない。」
「したがって、非上場会社において会社法 785 条 1 項に基づく株式買取請求がされ、裁判
所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウントを行
うことはできないと解するのが相当である。」とある。これらを要約すると以下のように
なる。
収益還元法(インカム・アプローチ)は、類似会社比準法等とは異なり、市場におけ
る取引価格との比較という要素は含まれていないため、同評価手法に要素として含
まれていない市場における取引価格との比較により更に減価を行うことは、相当で
ない。
したがって、非上場会社において会社法 785 条 1 項に基づく株式買取請求がされ、裁
判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウ
ントを行うことはできないと解するのが相当である。
上記の結論は、
類似会社比準法(マーケット・アプローチ)
時価と比較して算定する手法であり、その結果は流動性を前提とするため、非
流動性ディスカウントを考慮すべきである。
収益還元法(インカム・アプローチ)
時価と比較する過程がない手法であり、流動性の有無を前提にしないため、非
流動性ディスカウントを考慮すべきでない。
と解釈せざるを得ない。
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収益還元法(インカム・アプローチ)は、対象会社の将来の収益(フリー・キャッシュ・
フロー)の現在価値をもって株主価値とするものである。収益還元法(インカム・アプロ
ーチ)は、将来の収益(フリー・キャッシュ・フロー)が全額株主に還元されることを前
提にしているのであり、完全な流動性が確保されていることを前提にした評価手法である。
収益還元法(インカム・アプローチ)は、非流動性ディスカウントが自動的に織り込まれ
るものではないことから、類似会社比準法(マーケット・アプローチ)と同様に、基本的
に上場株式に比べて流動性が低いことを理由とした減価(非流動性ディスカウント)の検
討を要する。
したがって、「裁判において、収益還元法を採用する場合は、非流動性ディスカウント
を考慮すべきでない。」とする収益還元法に限定した解釈は適切でないと考えられる。
評価手法の選択如何に関わらず、「非上場会社において会社法 785 条 1 項(吸収合併等)
に基づく株式買取請求がされ、裁判所が株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディ
スカウントを行うことはできないと解するのが相当である。」とすべきであり、合併等の
組織再編における買取価格は、非流動性ディスカウントをすべきでないと整理すべきであ
る。
また、自らの意思で株式を売却したい場合の裁判(譲渡制限株式の譲渡承認を得られな
かった場合の買取価格決定を求める場合)においては、株式売却を意図していない少数株
主が会社から離脱することを余儀なくされた場合と異なり、通常の株式売買と同様の取引
と考えられることから、非流動性ディスカウントを考慮する余地があるとの理解が妥当で
あると考えられる。
このように整理しないと、現在の評価実務と整合性がとれなくなるだけではなく、評価
理論の観点からも理論的に説明できないのである。本稿の意見について、皆様から広くコ
メントをいただければ幸いである。
以上
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