内視鏡室における感染対策および管理

最新病院感染対策
内視鏡室における感染対策および管理
北海道大学病院
光学医療診療部
臨床工学技士 岩崎 毅
経歴
平成10年3月 西野学園札幌医療科学専門学校
臨床工学技士科卒業
平成10年4月 東京女子医科大学附属病院
救命救急センター勤務
平成11年9月 北海道大学医学部附属病院
光学医療診療部勤務
平成16年1月 北海道大学病院
診療支援部兼務
北海道大学病院 光学医療診療部
〒060-8648
札幌市北区北14条西5丁目
TEL : 011-716-1161
(代表)
◆北海道大学病院
◆病床数 : 956床
◆診療科 : 8診療科、
16中央診療施設
はじめに
日本消化器内視鏡技師会認定第1種内視鏡技師
北海道内視鏡技師会 理事
けでなくわが国でも報告され注目されてきている
(図1)。
内視鏡室における感染対策において、
検査毎にグルタ
内視鏡は機器、処置具、
および技術の発展に伴い、
ラール製剤等による高度作用消毒剤での洗浄・消毒の
幅広い診療科で高頻度に用いられるようになった。
また
徹底が最も重要である。わが国は欧米諸国と比較して
高度な医療の進歩に伴って、救命しうる患者も増加し
1日に行う内視鏡検査・治療の件数が非常に多い傾向
ている一方で、
免疫力が減弱し感染が成立しやすい状
があり、
内視鏡機器の洗浄・消毒に時間をかけて行うこ
況も目立ってきている。
とが困難な実情もある。このような様々な問題点から内
これまで、
サルモネラ属、
H.pylori、
緑膿菌、
バチルス属、 視鏡検査や治療に伴う感染の危険性は未だ残されて
セラチア属、HBV等の内視鏡を介した感染が欧米だ
いる。
−6−
Disinfection and Antisepic
Vol.6
図1. 新聞記事による内視鏡感染報告
表1. 消化器内視鏡機器の洗浄・消毒ガイドライン
1994年 日本消化器内視鏡学会甲信越支部発表
1996年 日本消化器内視鏡技師学会発表
1998年 日本消化器内視鏡学会発表
1998年 世界消化器内視鏡学会(OMED)発表
内視鏡機器洗浄・消毒の位置づけ
ASGE(アメリカ消化器内視鏡学会)の集計報告では、明らかな感染事故
はほぼ180万件の内視鏡検査に1件の割合で発生している。
しかし、これは氷山の一角であるとも追記している。
消化器内視鏡消毒ガイドライン
欧米においてHIV、
HBV、
HCVに対して、
患者が陽
性であっても検査結果が陰性とでる時期(ウインドウ期)
があること、未知の病原体が存在すること等の感染対
策における問題点が指摘された。そのため1996年1月
に全ての血液、
体液、
分泌物(汗は除く)、
排泄物、
傷の
ある皮膚、粘膜を対象に患者に適応する標準予防策
がCDC(Centers for Disease Control and
Prevention:疾病管理予防センター)
より発表された。
欧米では、
このガイドラインを遵守した洗浄・消毒法が全
症例対象に行われている。日本においても、
1985年日本
消化器内視鏡学会消毒委員会により消化器内視鏡検
査とB型肝炎ウイルス
(HBV)感染との関連について調
査がなされた。内視鏡全般については、
1994年日本消
化器内視鏡学会甲信越支部による内視鏡消毒法ガイ
ドラインが報告され、1996年には日本消化器内視鏡技
師学会からも、
さらに1998年日本消化器内視鏡学会か
ら「消化器内視鏡機器洗浄・消毒法ガイドライン」が発
表された
(表1)。その後も新しい消毒剤などに対する学
会の見解が公表され、
このガイドラインを厳守した洗浄・
消毒法がほとんどの施設で行われている。
医療機器は滅菌・消毒カテゴリー分類によって、
皮膚
や粘膜を穿通、
もしくは生体内の無菌域に接する器具
類を対象としたクリティカル機器、
健全な粘膜と接触す
る器具類を対象としたセミクリティカル機器、
患者と接触
しないか、
損傷のない皮膚のみと接触する機器を対象
としたノンクリティカル機器に分類されている。このうち、
内視鏡スコープはセミクリティカル機器に属し、
滅菌もし
くは高度作用消毒が必要とされている。高度作用消毒
とは、
細菌芽胞を除いた全ての微生物を死滅させうるレ
ベルの消毒と定義づけられ、
同じ医療器具のなかでは
挿管チューブ等があげられる
(表2)。内視鏡スコープ
消毒にはグルタルアルデヒド
(以下GA)等の薬液による
高度作用消毒剤が使用されるのが一般的で、
1996年日
本内視鏡技師会消毒委員会が作成した「内視鏡機器
の洗浄・消毒に関するガイドライン」のなかでもGAが内
視鏡機器の消毒剤として推奨されている。
−7−
表2. 消毒剤の殺菌レベル・消毒剤分類
分類
方法
該当製品
滅菌
殺芽胞消毒長時間浸漬
(グルタルアルデヒド)
EOG
オートクレーブ
手術器具、留置カテ
ーテル、生検鉗子、外
科用硬・軟性鏡など
高度作用
消毒
殺芽胞消毒短時間浸漬
(グルタルアルデヒド)
人工呼吸器チューブ
消化器・気管支内視
鏡など
中等度作用
消毒
消毒用エタノール
イソプロパノール
ヨードホルムなど
機器の清拭カート
各種皮膚、電極など
低度作用
消毒
第四級アンモニウム塩
両性界面活性剤など
家庭用製品など
Disinfection and Antisepic
Vol.6
護対策を講じる必要がある
(図2)。また、
アレルギーを
高度作用消毒剤(グルタルアルデヒド)について
持つスタッフに関しては出入りを禁じるなどの対策が取
GAは、人に対して皮膚炎やアレルギー等の副作用
られている。当院においてもGAの蒸気濃度の測定を各
が問題になっているが、内視鏡スコープにとっては、金
内視鏡検査室で実施し、換気扇停止時では最も濃度
属腐食性が少なく、
一般細菌、
抗酸菌、
ウイルスなどにも
が高い箇所で0.
23ppmと欧米の基準限界(日本には汚
有効な高度作用消毒剤である。GAは内視鏡機器には
染濃度基準は存在しない)以上であったが、
換気扇稼
最適な消毒剤であるが、
一方では消毒業務スタッフに、
働時には最も濃度が高い箇所で0.
03ppmと基準限界
GA飛散による皮膚炎や鼻炎、
目への刺激、
アレルギー
以下で濃度基準を満たしていた。高度作用消毒剤を
などの問題が報告されている。実際に使用する際は、
使用するには、
このような環境チェックも重要である
(図3,
洗浄室の換気や手袋、
フェイスシールドマスクによる保
表3)。
図2. 当院での内視鏡洗浄員の服装
図3. 当院のグルタルアルデヒド蒸気濃度測定
空気清浄機
洗浄槽 EW20
洗浄槽
OER
GA浸漬槽
GA浸漬槽
A
B
D
送気口
検査室入口
吸気口
眼鏡(ゴーグル)
マスク
ゴム手袋
ガウン等
OER
C
検査室入口
吸気口
使用薬剤:グルタルアルデヒド(GA) 測定器械:グルタラールドメーター3 室温:26℃
測定個所:上記A、
B、
C、
Dの床上30、60、140cm(浸漬槽は蓋をした状態)
上記の環境にて空気中のGA濃度測定を行った。
表3. 当院でのグルタルアルデヒド蒸気濃度結果
1.空気清浄機・空調・換気扇停止(内視鏡自動洗浄器稼働中)
30cm
60cm
A
0.20
0.20
0.19
B
0.19
0.19
0.18
C
0.20
0.20
0.17
D
0.18
0.23
0.23
2.空気清浄機・空調・換気扇稼働(内視鏡自動洗浄器稼働中)
140cm
(単位:ppm)
臭いを感じる濃度:0.04ppm以上
刺激を感じる濃度:0.30ppm以上
30cm
60cm
140cm
A
0.01
0.02
0.02
B
0.01
0.01
0.02
C
0.03
0.01
0.02
D
0.03
0.03
0.02
(単位:ppm)
暴露限界濃度 アメリカ:短時間で0.2ppm
長時間で0.05ppm
イギリス:全て0.05ppm
300ml程度)
と送気・送水を10秒程度行った後、
同じく
内視鏡スコープ及び処置具の洗浄・消毒の実際
水道水で湿らせたガーゼ等でスコープ表面をぬぐうこと
実際の内視鏡スコープ洗浄・消毒について、
当院の
から始まる。次の工程では、内視鏡専用の管腔内ブラ
方法を紹介する。当院の内視鏡の洗浄・消毒は、
感染
シを用いて、
管腔内をブラッシングした後、
中性洗剤で表
患者、
非感染患者を問わず全患者において、
先に述べ
面を洗浄している
(用手前洗浄)。施設によっては、用
たガイドラインに準じて行っている。内視鏡スコープの洗
手前洗浄の前に蛋白除去酵素剤浸漬を行い高度作用
浄・消 毒は、検 査 後 、水 道 水による吸引( 水 道 水 約
消毒剤の効果を落とす蛋白残留物除去を行っている。
−8−
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図4. 当院での洗浄・消毒法
さらに次の工程では、
薬液による浸漬を行い(約15分∼
20分)内視鏡スコープの消毒を行う。その後、
薬液のす
すぎを充分に行い、
アルコールフラッシュ等で乾燥させ
た後、
次の検査へと使用している
(図4)。
内視鏡処置具は、検査使用後、最初に蛋白除去酵
素剤に5分間ほど浸漬し洗浄した後、
高度作用消毒剤
(GA)
に再び15分∼20分浸漬している。その後、
内視鏡スコ
ープ同様、充分なすすぎを行い乾燥させた後、
当院材
水
検
拭
査
終 き
了 ︵
→ 濡
れ
ガ
ー
ゼ
︶
料部にて滅菌を行っている。蛋白除去酵素剤の使用に
→
送
気
・
送
水
・
吸
引
ついて、
当院ではリユーザブル生検鉗子20本を対象に
ブ
蛋
消
水
乾
ラ
白
毒
洗
燥
除 ッ 剤 浄 ・ 浸 点 去 シ
ン
→ 検 →
酵 → グ → 漬 →
︵
素
・
ア
1 超 15
剤
ル
次 音 分
浸
コ
波 間
ー
洗 洗
漬
ル
︵
浄 浄 ︶
フ
5
ラ
分
ッ
シ
間
ュ
︶
検
査
開
始
洗浄工程において蛋白除去酵素剤使用の有無に分け
評価した。結果は使用後蛋白除去酵素剤未使用で洗浄・
所用時間:約30分
消毒を行った鉗子群が、
ミクロの蛋白付着物が原因で
機能的に劣化がみられ12∼20回で使用が困難となった。
一方、
直ちに蛋白除去酵素剤に浸漬したのち消毒、
滅
表4. リユース生検鉗子の洗浄・消毒(蛋白除去酵素剤使用)による耐久力の影響評価
菌した群は24∼48回まで使用可能であり耐久性が増し
た
(表4)。機器の大敵は検査後残存した蛋白物質であ
機能劣化
使用不能
α
19.
1
25.
7
β
11.
6
16.
4
り、
蛋白物質を除去せずに消毒を行うと耐久性が落ち、
使用回数が減少する。さらに蛋白物質に接している面
では消毒効果が無いに等しい。このようなことから洗浄・
(回)
消毒業務では感染物質からの予防の他に、
1次洗浄に
α:蛋白除去酵素剤使用群
β:蛋白除去酵素剤未使用群
おいて充分に蛋白物質を取り除く作業が重要である。
機能劣化:使用可能だが不具合を感じるもの
使用不能:採取カップの開口不能
最近では、
ディスポーザブルの処置具が数多く開発され
広く使用されてきている。コストの問題や医療廃棄物な
終わりに
ど数多くの問題はあるが、感染に対する安全性を考え
ると、今後急速に使用されていくことが予想される。前
述した内視鏡機器の洗浄・消毒方法は光学医療診療
部設立(1999年4月)から行っている。その間の当院で
の患者、
スタッフに対する内視鏡機器からの感染は全
上記で述べた洗浄・消毒のあらゆる重要性を全スタ
ッフで協力して再確認し、
継続した指導・教育・実践が
望まれる。
検査数38,785件中1件(内視鏡スタッフ1名の H.pylori
による急性胃炎)で、
約0.
00003%である。この結果は、
ガイドラインを遵守した洗浄・消毒を各スタッフに徹底で
きたことにあると考えられる。
さらに、
当院では光学医療
参考文献
診療部主催の内視鏡オリエンテーションを年に2度行い、
1)赤松泰次他:内視鏡室の感染管理-日本の現状と今後の課題.
消化器内視鏡、
15
(1)
:
11、
2003
医師にスコープ洗浄・消毒業務を実践して頂き、
内視鏡
機器の洗浄・消毒に対する関心と協力を依頼している。
2)
日本消化器内視鏡技師会消毒委員会(編)
:内視鏡の洗浄・
消毒に関するガイドライン. 日本消化器内視鏡技師会会報、
16
:
57−63、
1996
3)
日本消化器内視鏡学会消毒委員会(編)
:内視鏡の洗浄・消
毒に関するガイドライン.
Gastroenterol Endosc、
40:2022-2034、
1998
4)佐藤早和子他:消化器内視鏡の洗浄消毒に関する基礎的
および臨床的検討.
Gastroenterol Endosc、
40(3)、
543-549、
1998
−9−
2004年5月印刷【vol.6】