承 継 問 題 平成18年5月25日 弁護士 第1 岡 正 人 過払金請求(訴訟)をした場合、貸金業者から「自分は営業譲渡 (ないし債権譲渡)を受けたので、譲渡前の過払金については支払 う義務がない」という反論が出される場合があります。このような 債務の承継が問題になるのは主に以下の3種類の場合です。 1 合併の場合 2 営業譲渡の場合 3 債権譲渡の場合 第2 合併 会社が合併した場合、債権債務のすべてが合併後の新会社に包括的 に 承 継 さ れ る の で 、合 併 前 の 貸 金 業 者 が 負 っ て い た 過 払 金 返 還 債 務 も 、 新会社に当然に承継され、新会社に支払義務があります(会社法75 0 条 )。 したがって、合併後の貸金業者に対して、過払金の返還請求ができ ます。 第3 1 営業譲渡 すでに譲渡人(旧会社)に過払金返還債務が発生している場合 (1)営業譲渡契約に過払金返還債務についての定めがない場合 営業譲渡をした場合、譲渡人(旧会社)と譲受人(新会社)の営 業譲渡契約の中に特別の定めがなければ、営業に属する一切の債権 及び債務などの財産が新会社に移転したと推定されます。これは、 貸金業者が営業譲渡により一体としての財産を譲り受ける実質的な 理由は、譲受人が譲渡人の有していた顧客全員を包括契約ごと一括 して譲り受けて確保し、その後の新たな借入れを期待できるという メリットがあるためです。 裁判例も「営業譲渡といっても合併ではないから、必ずしも営業 を構成する財産全部が譲渡されることが必要ではなく、その一部を 留保しても差支えなく、又、債務その他の不良資産は譲渡の対象か ら除外されることも実際上少なくないと講学上いわれているが、営 業上の債務は譲受人において一切承継するものと推定されるべきで 1 ある。けだしそう見るのが事物自然な現象であり、取引の信義のう えからも債権者の立場を軽々しく害する結果となることを避けるこ とができるからである」 (福岡地判昭和47年3月21日 昭和43 年(ワ)第1422号)として、営業譲渡に伴う債務引受を推定し た上で、譲受人の責任を認めています。 したがって、営業譲渡契約に特段の定めのない場合には、旧会社 で発生した過払金返還債務も新会社に移転するので、最後に返済し た貸金業者(新会社)に対して過払金の返還請求をすることができ ます。 (2)営業譲渡契約において過払金返還債務を引き継がないとの定めが ある場合 営業譲渡において、譲渡する営業の内容については、譲受人と譲 渡人との間の契約によって自由に決めることができるので、譲受人 と譲渡人が契約によって債務の移転をしない旨の特約を締結してい た場合には、当然に過払金返還債務が譲受人に移転することにはな りません。 そのため、貸金業者から「譲渡前の債務については営業譲渡契約 上、譲渡する営業の内容から除外しているので『過払金返還債務』 は引き継いでいない。営業譲渡後の取引部分について発生している 過払金についてのみ返還義務があるにすぎない」という主張がなさ れることがあります。 これに対する反論としては以下のようなものが考えられます。 (3)商号が続用されている場合(商法26条、現会社法22条) あ 譲受人が譲渡人の商号を続用している場合には、商法26条1 項 に よ り 、譲 受 人 が 債 務 を 引 き 受 け る こ と に な る 。こ の 場 合 に は 、 新会社も過払金返還債務を負う。 い しかし、商号を続用している場合であっても、商業登記簿への 免責登記を理由として、債務は引き継いでいないと主張すること が あ る ( 商 法 2 6 条 2 項 、 現 会 社 法 2 2 条 2 項 )。 う これについては後述するように営業譲渡・債権譲渡ではなく、 「 契 約 上 の 地 位 の 譲 渡 」に あ た る と し て こ の 立 証 を 行 っ て い く か 、 仮に債権のみの譲渡であったとしても、信義則上免責登記の主張 は許されないと反論するかという方法が考えられます。 え この点について、裁判例は「営業の譲受人が譲渡人の債務につ き責めに任じない旨の登記がされていても、営業譲受人が対外的 2 には訴外会社自体であるかのように振る舞い、実質的にも訴外会 社の債務を履行するかのように行動してきたなどの事情のもとに おいては、被告が商法26条2項(現会社法22条2項)の免責 を主張するのは信義則に反する」 (東京地判平成12年12月21 日、平成11年(ワ)18570号)として免責登記の抗弁を排 斥しています。他に同趣旨の裁判例として、東京地裁平成16年 3月31日判決、札幌地裁滝川支部平成16年4月28日判決、 神戸地裁平成16年10月13日判決等があります。 ( 4 )譲 受 人 が 債 務 引 受 広 告 を し た 場 合( 商 法 2 8 条 、現 会 社 法 2 3 条 ) 譲受人が譲渡人の営業によって生じた債務を引き受けたという広 告をしたときには、債権者は譲受人に請求できることになります。 広告には、たとえば合併や企業買収の記者会見・記者発表、ホーム ページ上や経済新聞紙上での告知記事などが挙げられます。それ以 外にも、個別に顧客に対して「当社は 会社の営業を譲り受けま し た 。今 後 も 変 わ ら ぬ ご 愛 顧 を よ ろ し く お 願 い し ま す 。」と い う 通 知 を発した場合にもこの広告に該当する場合がありえます。 要は、譲受人(新会社)が、顧客に対して新会社が旧会社の債務 を引き受けかのような広告を行い、債務引受がなされたとの顧客の 信頼を惹起した場合には、新会社は顧客に対して債務の引き受けを 行ったのと同じような責任を負うというものです。 2 譲渡人(旧会社)に債務が残っている場合 営業譲渡・債権譲渡時に債務が残っている場合、消費者は債権譲 渡について承諾書を差し入れていることから民法468条1項の異 議なき承諾が問題となります。 しかし、これについては以下の判決のとおり、利息制限法制限利 率により計算し、その残高を譲り受けたものとして、以後の譲受人 と消費者との取引履歴を利息制限法制限利率により計算し過払金額 を請求すれば問題がありません。 裁判例では「債務者が異議をとどめない承諾をしても、利息制限 法超過部分の支払いについては、譲受人の善意悪意いかんにかかわ らず、債務者は譲受人に超過部分の元本充当によって債権が消滅し ていることをもって、対抗することができると解するべきである。 けだし、そう解さないと、利息制限法の制限を超過する利息を受領 している債権者が、その債権を第三者に譲渡し本件を同様の法律関 係が形成された場合、債権者は同法違反の利益を合法的に確保する 3 こ と が で き 、 同 法 の 立 法 精 神 に 反 す る 結 果 を 招 く か ら で あ る 。」( 名 古屋地判昭和47年7月22日判例時報681号66頁)としてお り、たとえ異議をとどめず承諾しても引き直し計算を行うことはで きると解している。同趣旨の裁判例として、加古川簡裁平成14年 4月9日判決、最判昭和52年4月8日判決などがあります。 第4 1 債権譲渡 債権譲渡がなされた場合、譲受人は譲渡人から債権のみを譲り受 けるものであって、過払金返還債務などの債務については承継しな いのが原則です。 ただし、債権譲渡の形式をとっている場合にも、実質的には、契 約上の地位の移転と見られる場合には、債権のみならず債務のこの 契約上の地位に伴い移転するので、譲受人についても過払金返還請 求をすることができます。 債権譲渡なのかそれとも契約上の地位の移転に該当するのかにつ いては、貸金業規制法24条が規定する書面を検討すれば明白にな ります。 2 契約上の地位の移転 契約上の地位の移転とは、単に債権の移転をするものではなく、 債権を発生させた基本契約に基づいて派生するすべての債権・債務 関係(これを契約上の地位という)を一体として、譲渡人から譲受 人に移転し引き継ぐことをいいます。 たとえば、現在貸金業者のほとんどは借入限度額(極度額)の枠 内であれば債務者は自由に借入れ・返済ができるという包括契約を 締結していますが、この包括契約に基づき、貸金業者は顧客に対し て貸し付けた金銭の返還を求める権利を取得する一方、顧客から要 求があれば限度額までは金銭を貸し付けなければならないという義 務を負うことになります。この権利と義務が一体になった関係が契 約上の地位です。 したがって、このような契約上の地位の移転であるとの立証がで きれば、新会社に対して過払金の返還請求を行うことができます。 3 契約上の地位の立証方法 営業譲渡や債権譲渡が行われ、顧客に対する債権が新会社に譲渡 された場合には、顧客に対して貸金行規制法24条が規定する書面 を交付することが義務付けられています。この24条書面の内容を 検討すると「譲渡された債権の表示」として「基本契約」や「包括 4 契約」の文言が記載されていれば、形式的には譲受人と譲渡人の間 の営業譲渡契約や債権譲渡契約が締結されていたとしても、実質的 には契約上の地位の移転がされたことになります。 5
© Copyright 2024 Paperzz