社労士便り (2007 年 2 月) (Vol.011) 『 ● 競業避止義務 』 有能社員の競合他社への転職を制限できるか? 今回のテーマは、競業避止義務です。競業避止義務とは、機密情報の漏洩などを防 止する目的で、退社する社員が競合他社への転職や競合関係に立つ事業を起業しない 義務を意味します。一般的には、義務違反者に対して損害賠償の請求や退職金の不支 給・返還の旨を定めた誓約書を社員が退職するとき、あるいは入社時に交わします。 今や終身雇用が崩壊し、転職は当たり前の時代です。この場合、単に会社が嫌にな ったから退職するようなケースならともかく、同業他社からヘッドハンティングされ て有能社員が退職するようなケースでは、その会社のノウハウや機密情報の漏洩、あ るいはその他の社員の引き抜きも懸念されますので、会社としては黙って放置するわ けにはいかない深刻な問題です。 しかしながら、現行法では競合避止義務に関する詳細な定めはありません。そのた め会社ごとに独自の工夫が必要になるのですが、その点については過去の判例を参考 に注意すべき点がいくつかございますので解説致します。 ● 在職中の競合避止義務 在職中は、一般的に個別の特約や就業規則上の規定がなくても、労働者は競業避止 義務を負うと解されています。 ● 退職後における競合避止義務 在職中の競業避止義務は社員が当然に負うべきであるものの、その間に習得した知 識・経験・技術はもはや本人の人格的財産の一部をなすものであり、これを退職後に どのように活用するかは各人の自由ですので、義務を課すに際して、競合避止に関す る社内規定が何もないのは論外であり、また、包括的な同意を得たに過ぎない就業規 則に規定する程度では、義務を課す根拠としては弱いと考えられます。 そこで、退職後の競業避止義務を課すには、特約を締結して対象社員の「特別なそ の旨の合意」が求められるのです。 ただし、特約さえ結べば当然に競業避止義務が有効になるかというと、そう単純な ものではありません。仮に競業避止義務の有効性について裁判になった場合、会社が 強い立場を悪用して、自己の利益追求のみを図って強引に競合への転職禁止を約束さ せたのではないかという観点から、特約の内容を厳しくチェックされます。また、退 職する社員には職業選択の自由が保障されておりますので、この特約による競業避止 義務が有効として判断されるためには、 “合理的な範囲内にあること”が求められま す。合理的な範囲にあるかどうかの判断は、次の要件を総合的に考慮して判断される とされています。 1. 退職する労働者の会社における地位 2. 労働者に競業避止義務を課す目的 3. 競業が制限される職種・期間・地域、代償措置の有無およびその内容 例えば、1 の場合は「研究や営業等の秘密の中枢に携わる者か?」などで、2 の場 合は、 「顧客の確保」や「機密情報の保護」など、3 の場合、制限職種は「会社の全種 目」のような広いものではなく、「研究職」など限定すべきであり、制限期間につい ても「無制限」ではなく「1年」などの期限を設けること、そして裁判になった場合 に特に重要視されると言われるのが代償措置で、主なものとして在職中の「転職禁止 手当等の支給」や「割増退職金の支給」などが挙げられます。ただし、何らかの代償 措置を行えば安心というわけでもなく、過去の判例では、月額 4 千円の転職禁止手当 が支払われていたものの、退職金その他の代償措置はなく、会社の利益に対して社員 の不利益が大き過ぎるとして、公序良俗に反して無効と判断された例もありますので、 代償措置の程度にも配慮する必要があります。 これらを踏まえた競業避止義務の誓約文は例えば、『貴社を退職後、理由のいかん にかかわらず 2 年間は在職中に担当した事のある○県並びに○県に所在する同業他社 に就職し、あるいは同地区にて同業を起業して、貴社の顧客に対して営業活動を行い ません。』のようなものとなります。そして、これに社員が受ける不利益に相当な代 償措置を加えることで完成となります。 有効な特約に基づく競合避止義務違反を犯した社員に対しては、損害賠償の請求や 退職金の不支給・返還が認められる場合があります。 損害賠償が認められた例としては、旧会社の複数の取締役が、一斉に退職して競合 する新会社を設立して、旧会社の類所商品を旧会社の顧客に販売したことについて、 「退社した取締役らが旧会社と競合する会社を設立すること自体は自由であるとい ってもその設立については旧会社に必要以上の損害を与えないように退職の時期を 考えるとか、相当期間をおいてその旨を予告するとか、取り扱う製品の選定やその販 売先などにつき十分配慮するなどのことが当然に要請されるのであって、いたずらに 自らの利益のみを求めて他を顧みないという態度は許されない」と判断され、旧会社 の損害賠償が認められました。 逆に場所や期間の制限をいっさい設けずに、競業義務違反者に対する退職金の不支 給を定めた退職金規程は無効であるとされた判例もあります。 このように、競業避止義務を実行するには特約があることが必至ですが、特約につ いても、期間や場所を設けないような単純なものではなく、前述した合理性判断要件 を十分に考慮した内容のものにすることをおすすめ致します。 ● プロフィール 社会保険労務士 佐藤 敦 平成 2 年:明治大学商学部 卒業 同年:ライオン株式会社 入社 平成 16 年:全国社会保険労務士連合会・神奈川県社会保険労務士会登録 ● 著書 ① 『60 代社員の手取りを下げずに人件費を下げる方法教えます!』 (九天社) ② 『改正高年齢者雇用安定法対応実務マニュアル』 (アーバンプロデュース) ③ 『人事担当者が知っておくべき年金ガイド』(九天社) ● ホームページ: 『中小企業の労務改革提案』 高齢者の雇用延長を通じた最適賃金設計や労使トラブルに負けない就業規則の定 め方などの情報が充実しています。よろしければ一度ご覧下さい URL : http://www5f.biglobe.ne.jp/~asato/
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