日本のイノベーション・エコシステムに対する ベンチャー・ファイナンスの課題

平成 26 年度
調査研究事業報告書
日本のイノベーション・エコシステムに対する
ベンチャー・ファイナンスの課題
2015 年 3 月
一般財団法人商工総合研究所
主任研究員 藤野 洋
1
2
【要旨】
1.日本の起業に関する各種の指標は世界的に見て最低水準で推移している。これは、リターンとの兼ね
合いでみると、「起業」のリスクが高いとの認識が浸透しているためと思われる。しかし、日本の今後の経
済発展、競争力の維持・強化、雇用の創出の観点からは、起業活動を先導するイノベーティブなベン
チャー・ビジネス(VB)の輩出を促進する環境(イノベーション・エコシステム)の整備が急務である。
2.「イノベーション・エコシステム」は VB、ベンチャー・キャピタル(VC)、大企業、大学等で構成され、オ
ープン・イノベーションと起業家を連続的に再生産する「生態系」「システム」である。VB と VC に加え、
その他のプレーヤーも役割を果たさないとベンチャー・ファイナンスは円滑に機能せず、エコシステム
がイノベーションを生み出すことが困難になる。
3.有識者・実務家は、①日本でのイノベーション・エコシステムの萌芽と VB,VC のグローバル化、②エコ
システムの課題(産学連携のマネジメント・モデルへの転換、NIH 問題(R&D の自前主義)の克服、起
業家の教育とメンタリング)、③VC 投資の課題(シードまたはアーリー・ステージの VB への消極的姿勢、
ハンズ・オフで少額・単発の投資スタンス、新規株式公開(IPO)偏重のエグジット)、④VC がキャピタリ
ストを育成できるような人事・報酬制度への変更の必要性、等を指摘している。
4.日本の VC 投資を国際比較すると、総額と VB1 社当たりへの投資金額が少なく、年金基金から VC フ
ァンドへの出資比率は低い。エグジットとしての IPO の件数は、リーマンショック後の低迷から持ち直し
つつあるが、IPO までの年数は米国に比べて長い。日本の VC は収益率が低く、近年アジアへの投資
を増やしている。一方、海外に本社を設置した日本人経営の VB の資金調達が増えている。
5.米国では、投資契約に諸条項を盛り込んだ種類株式によって、VC は VB をハンズ・オンで指導・監督
しつつ、経営目標の達成を条件として適切な時期に必要額だけを VB に投資する段階的投資が一般
的で、VB・VC 間の情報の非対称性とエージェンシー問題が緩和されている。日本の VC では段階的
投資が漸く進み始めたところであるが、段階毎の平均投資金額が海外に比べて少ない。
6.近年、米国では、VB の普通株主(原告)と種類株式によって段階的投資を行った VC 及び VC から
VB に派遣された取締役等 (被告)の間で法的紛争が生じ、注目された。日本でも種類株式による VC
投資が増加し、ハンズ・オン投資の促進には、VC から VB への取締役の派遣が今後一層重要となるた
め、同種の法的紛争が生じた際の判断基準を明確化しておくことが必要であろう。
3
【目次】
緒言-本稿の問題意識と構成・特色 .................................................................................................. 5
第Ⅰ部 国際比較からみた日本の「起業」の停滞................................................................................ 6
〔1〕起業家精神に関する調査 ............................................................................................................ 6
〔2〕日本人の「起業」観とベンチャー・ビジネスの役割.......................................................................... 8
第Ⅱ部 「イノベーション・エコシステム」構築の必要性 ...................................................................... 10
〔1〕 オープン・イノベーションを産み出すイノベーション・エコシステム ................................................ 10
〔2〕本稿における「イノベーション・エコシステム」の理解 .................................................................... 15
第Ⅲ部 イノベーション・エコシステムに関連する有識者・実務家の見解 ............................................ 19
〔1〕ベンチャーキャピタリスト経験者からみた日本的 VC 投資と起業家の育成 .................................. 19
〔2〕日米の VB エコシステムと VC 投資の現状と課題 ...................................................................... 27
〔3〕産学連携による技術移転を通じた大学発 VB の創出とエコシステムの発展の課題 ..................... 35
〔4〕大学内技術の事業化に取り組む VC とエコシステム発展の課題 ................................................ 45
〔5〕有識者・実務家の見解からのイノベーション・エコシステム発展への含意 .................................... 49
第Ⅳ部 VC 投資の動向 .................................................................................................................. 56
〔1〕国際比較にみる日本の VC 投資の動向 ..................................................................................... 56
〔2〕日本の VC と VB のグローバル化 ............................................................................................. 65
第Ⅴ部 段階的投資とそのツールとしての種類株式 ......................................................................... 67
〔1〕ベンチャー・ファイナンスにおける段階的投資の重要性 ............................................................... 67
〔2〕段階的投資の国際比較 ............................................................................................................. 70
〔3〕段階的投資のツールとしての種類株式 ...................................................................................... 82
〔4〕種類株式による段階的投資が惹起する法的問題点についての米国判例の分析......................... 90
結語-日本のイノベーション・エコシステム発展に向けた対応 ........................................................... 99
〔1〕イノベーション・エコシステムの環境整備 ..................................................................................... 99
〔2〕ベンチャー・ファイナンスの方向性 ............................................................................................ 102
〔3〕今後の研究課題 ...................................................................................................................... 105
(補論)イノベーションとイノベーターの理論....................................................................................... 106
4
緒言-本稿の問題意識と構成・特色
筆者が平成 22 年度に行った研究1の後、日本のベンチャー・ファイナンスを巡る環境は激変している。
例えば、シリコンバレーを代表とする「イノベーションを引き起こすベンチャー・ビジネス(以下では、「VB」
と略す場合がある)を連続的に再生産するエコシステム(生態系)」、すなわち「イノベーション・エコシステ
ム」の構築につながる枠組みで、大学を母体とする VB のインキュベート機関が独立系のベンチャー・キャ
ピタル2(以下では、「VC」と略す場合がある)等と連携し成果が出始めている。また、特に IPO(新規株式
公開)を果たしたネットベンチャーや大手企業等によるコーポレート VC(CVC)等の取り組みが緒につい
ている。さらに、日本人が海外で経営する VB も増加している。本稿は、国内だけでなく、海外、特に「オ
ープン・イノベーション」の潮流を主導している米国の状況を概観する。これらによって、①当初中小企業
として起業家が創業する VB が行うイノベーションを起点として駆動する「イノベーション・エコシステム」と、
②その中の主要なプレーヤーである VC が行う「ベンチャー・ファイナンス」3という、相互に関連しているが、
日本では円滑な駆動・推進のために改善が必要である両者について含意を導出する。
本稿の構成は以下の通りである。
第Ⅰ部では各種の調査を基に日本での「起業」の停滞と VB(≒起業家)の経済的役割を論じ、第Ⅱ部
ではオープン・イノベーションの潮流の中での「イノベーション・エコシステム」と「起業家」の必要性につい
て理論的に論じる。第Ⅲ部では、有識者・実務家へのインタビュー等からイノベーション・エコシステムとベ
ンチャー・ファイナンスに関する課題を抽出する。第Ⅳ部では、第Ⅲ部で抽出した課題の内、VC 投資に
関する部分を統計調査等によって検証し、第Ⅴ部で VC 投資の手法として米国で一般的な種類株式によ
る段階的投資の意義と日米での実態の概観後、種類株式による VC 投資に関する米国での判例を検討
し、日本への含意を抽出する。結語では、上記の議論からの含意をまとめ、今後の研究課題を整理する。
本稿の特色は、①イノベーション・エコシステムと VC 投資に造詣の深い有識者・実務家へのインタビュ
... .
ーを詳細に行い、含意を抽出したこと、②日本の IPO 前の VB に対する「段階的投資」を分析し、国際比
較を行ったこと、③米国での VC 投資に関連する判例を分析し、日本への含意を抽出したことである。
本稿は学際的な理論の結合を意識しており、日本の VC 投資とイノベーション・エコシステムに関する理
解の深まりと、理論の発展に対して、多少とも寄与することができれば筆者としては幸いに思う。
拙稿(宍戸善一監修)
「日米のベンチャー・キャピタル投資の『法と経済学(law & economics)』
的側面からの考察」商工金融 61 巻 5 号(2011)22-57 頁。
なお、藤野(2011)は、多くの部分を宍戸善一一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の以下の 2
冊の著書・編著書に依拠している。
① 宍戸善一『動機付けの仕組としての企業:インセンティブ・システムの法制度論』有斐閣(2006)。
② 宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム(VLF)編『ベンチャー企業の法務・財務戦略』商事法
務(2010)。
2 「ベンチャー・キャピタル」は厳密には、ベンチャー・キャピタル運用会社、ベンチャー・キ
ャピタル・ファンド、ないし、ベンチャー・キャピタリストのいずれかをさす概念であるが、常
に、この 3 つを明確に区別することは難しく、本稿においては、特に区別して用いる必要がある
場合を除いて、これらの総称として、ベンチャー・キャピタルないし VC の語を用いる。
3 ベンチャー・ファイナンスの方法には、銀行等の間接金融や公的機関による公的資金、ある
いはビジネス・エンジェルもあるものの、本稿では、VC と CVC に議論の対象を集中する。
1
5
第Ⅰ部 国際比較からみた日本の「起業」の停滞
第Ⅰ部では、日本での起業あるいは起業家精神の状況について国際比較を基にレビューし、その後、
起業家が当初は中小企業として創業しイノベーションを産み出すベンチャー・ビジネスの役割について論
じる。
〔1〕起業家精神に関する調査
先ず、「起業家精神に関する調査(Global Entrepreneurship Monitor:以下、GEM)」4の 2013 年調
査の結果を基に、日本での「起業」に対する意識を概観する。
1.起業活動率
GEM で最も注目される調査項目は、起業活動率(Total early-stage Entrepreneurial Activity:以
下、TEA)、即ち、起業活動中の者(準備中または創業後 3 年半以内の者)の調査対象者に占める比率で
ある。日本は 2013 年には調査対象の 71 ヵ国の中で 2 番目に低い 3.7%であった。
また、2001 年から 2013 年までの 13 年間で、5 回が最下位(2001, 2002, 2004, 2009,2012 年)、ワ
ースト 3 入りが 10 回(最下位の年と 2003, 2005, 2006, 2010, 2013 年)となっている(図表Ⅰ-1)。
2.起業に関連する事項に対する意識
また、起業に関連する他の調査項目は以下のようになっている。
第一に、起業家という職業選択を望ましいと回答した比率は 2012 年まで 9 年連続で最下位を記録し、
2013 年はプエルトリコに次ぐワースト 2 位(31%)。したがって、OECD 加盟国の中では 10 年連続で最
下位であった。第二に、起業家の社会的地位が高いと回答した比率は、2013 年に全調査対象国の中で
ワースト 7 位(53%)。ただし、OECD 加盟国の中では、2006 年から 2012 年まで連続してワースト 2 位
以内に入っていた(2013 年はワースト 4 位)。 第三に、居住地域に良い起業の機会があると思うと回答し
た比率は 4 年連続で最下位(2013 年:8%)。2001 年以降の 13 年間で最下位が 9 回(OECD 加盟国
の中ではワースト 2 位以内が 12 回)であった。第四に、自分が経営能力を有しているとする比率も最下位
(2013 年:13 %)。2001 年以降の 13 年間で最下位が 12 回。2007 年はロシアが最下位、日本がワース
ト 2 位。したがって、OECD 加盟国の中では 13 年連続で最下位であった。
以上から、日本人の「起業」観が世界的にみても、あるいは先進国の中でみても低調・消極的なことが
分かり、低水準の TEA も不思議ではないと言わざるを得ない。
GEM は、起業活動の実態把握・国際比較等を目指す米英の大学の研究者達のプロジェクトチー
ムが実施する年次調査である。同一の起業活動の定義を採用し、1 ヵ国あたり約 2000 人の調査
対象を、18 歳から 64 歳の国民からサンプルリングしインタビュー調査などを実施しており、日
本はベンチャーエンタープライズセンター(VEC)が協力している。2013 年調査では 71 ヵ国が
参加した。
4
6
(図表Ⅰ-1)TEA ワースト 20 ヵ国
(%)
年
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
年
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
年
順位
2001
日本
ベルギー
イスラエル
フランス
スウェーデン
オランダ
シンガポール
ドイツ
スペイン
南アフリカ
英国
ポルトガル
デンマーク
ノルウェー
ポーランド
フィンランド
イタリア
アルゼンチン
カナダ
インド
2002
3.1
4.2
5.3
5.7
5.7
5.9
6.1
6.3
6.3
6.5
6.5
6.6
7.2
7.4
8.0
8.2
9.1
9.9
10.3
10.8
日本
ロシア
ベルギー
フランス
香港
クロアチア
スウェーデン
ポーランド
台湾
フィンランド
オランダ
スロベニア
スペイン
ドイツ
英国
イタリア
シンガポール
南アフリカ
デンマーク
ハンガリー
2.7
2.9
3.4
3.5
3.7
4.2
4.4
4.6
4.8
4.8
5.0
5.1
5.3
5.3
5.4
5.8
6.0
6.1
6.5
7.1
オーストリア
ロシア
ベルギー
プエルトリコ
フランス
ルーマニア
スウェーデン
日本
ラトビア
スロベニア
イタリア
オランダ
デンマーク
イスラエル
英国
トルコ
ギリシア
ノルウェー
スイス
フィンランド
2006
ベルギー
日本
スウェーデン
イタリア
アラブ首長国連邦
ドイツ
フランス
スロベニア
ロシア
シンガポール
フィンランド
南アフリカ
デンマーク
メキシコ
オランダ
英国
ハンガリー
トルコ
ラトビア
カナダ
2011
2003
1.7
2.5
3.0
3.1
3.4
3.6
3.9
4.0
4.3
4.6
4.6
4.6
4.6
5.2
5.4
5.7
5.9
6.3
6.5
6.5
フランス
クロアチア
日本
フィンランド
イタリア
香港
オランダ
ベルギー
スロベニア
スウェーデン
南アフリカ
シンガポール
ドイツ
デンマーク
英国
スペイン
ギリシア
スイス
ノルウェー
アイルランド
2.4
2.7
3.1
3.1
3.2
4.0
4.2
4.3
4.5
4.8
5.0
5.2
5.4
5.4
5.5
5.6
5.7
6.2
6.3
6.9
ベルギー
ロシア
ドイツ
デンマーク
ルーマニア
イタリア
オランダ
日本
フランス
英国
トルコ
イスラエル
スロベニア
ラトビア
ハンガリー
スペイン
フィンランド
クロアチア
アイルランド
セルビア
2007
2004
1.6
2.6
2.8
3.1
3.1
3.2
3.6
3.9
4.0
4.1
4.2
4.9
5.2
5.9
6.4
6.6
6.8
7.3
7.4
8.1
日本
スロベニア
香港
ベルギー
クロアチア
スウェーデン
ポルトガル
ハンガリー
イタリア
フィンランド
ドイツ
オランダ
スペイン
デンマーク
南アフリカ
シンガポール
ギリシア
フランス
英国
イスラエル
2.9
3.5
3.8
4.0
4.0
4.6
5.2
5.4
5.6
5.9
6.0
6.4
6.4
6.5
6.6
7.0
7.3
7.6
7.6
7.6
日本
ベルギー
デンマーク
香港
イタリア
ロシア
ドイツ
フランス
2008
2012
7
1.5
2.6
3.0
3.4
3.7
3.7
3.8
4.3
4.3
4.4
4.4
5.1
5.1
5.3
5.3
5.7
5.8
6.0
6.2
6.6
ハンガリー
日本
ベルギー
スウェーデン
オランダ
スロベニア
デンマーク
フィンランド
イタリア
ドイツ
南アフリカ
オーストリア
フランス
スペイン
メキシコ
スイス
クロアチア
英国
ギリシア
ラトビア
3.3
3.5
3.6
3.6
3.7
3.9
4.1
4.3
4.4
4.4
4.7
4.9
5.0
5.1
5.2
5.4
5.6
5.7
5.9
6.1
イタリア
日本
ベルギー
デンマーク
ロシア
ドイツ
ルーマニア
スペイン
ポルトガル
スロベニア
スウェーデン
イスラエル
マレーシア
スイス
クロアチア
ギリシア
フィンランド
フランス
チュニジア
英国
2009
2013
1
スロベニア
3.7 日本
4.0 イタリア
2
デンマーク
4.6 イタリア
4.3 日本
3
ロシア
4.6 ロシア
4.3 フランス
4
マレーシア
4.9 チュニジア
4.8 アルジェリア
5
日本
5.2 ベルギー
5.2 ベルギー
6
ドイツ
5.6 フランス
5.2 ドイツ
7
ベルギー
5.7 ドイツ
5.3 スリナム
8
フランス
5.7 デンマーク
5.4 スペイン
9
スペイン
5.8 スロベニア
5.4 フィンランド
10
スウェーデン
5.8 スペイン
5.7 ギリシア
アラブ首長国連邦
11
6.2 スイス
5.9 ロシア
12
フィンランド
6.3 フィンランド
6.0 ノルウェー
13
ハンガリー
6.3 アイルランド
6.2 スロベニア
14
シンガポール
6.6 スウェーデン
6.4 マケドニア
15
スイス
6.6 ギリシア
6.5 マレーシア
16
ノルウェー
6.9 イスラエル
6.5 韓国
17
アイルランド
7.2 韓国
6.6 英国
18
クロアチア
7.3 リトアニア
6.7 チェコ
19
英国
7.3 ノルウェー
6.8 ポルトガル
20
ポルトガル
7.5 マケドニア
7.0 スウェーデン
(資料)The Global Entrepreneurship Monitor (GEM)Web
(注)各年で調査に対して回答した国は異なる(例:2011年のイタリアは欠損)。
2005
3.4
3.7
4.6
4.9
4.9
5.0
5.1
5.2
5.3
5.5
5.8
6.3
6.5
6.6
6.6
6.9
7.1
7.3
8.2
8.2
ボスニア・ヘルツェ ゴビナ
マレーシア
サウジアラビア
セルビア
ルーマニア
スペイン
フィンランド
スロベニア
クロアチア
英国
南アフリカ
イスラエル
1.9
2.2
3.9
4.0
4.3
4.4
4.7
4.9
4.9
5.1
5.1
5.3
5.4
5.7
5.9
6.0
6.1
6.2
6.5
6.6
2010
2.4
3.3
3.7
3.8
3.9
4.2
4.3
4.3
4.4
4.7
4.9
5.0
5.0
5.0
5.5
5.5
5.7
5.8
6.1
6.4
〔2〕日本人の「起業」観とベンチャー・ビジネスの役割
1.日本人の「起業」観
日本では、1980 年代半ば以降廃業率が開業率を上回る開・廃業率の逆転が続いている(図表Ⅰ-
2)。廃業率が 2000 年代以降 6% 近傍で高止まりしていることは、高齢化が進む中で事業承継が円滑に
進んでいないことが一因と推測されるが、本稿の関心事としては、統計の連続性に問題があることには留
意が必要であるが、開業率が低下傾向を示していることが重要である。
逆転の要因としては、(a)人口減少予測による市場の縮小見込み、(b)近隣新興国からの輸入増による
競争激化、(c)上記(a) ,(b)により、売上げが伸びにくいこと(小売業に関しては、郊外型大規模小売店との
競争激化による中心市街地の空洞化も影響しているだろう)、(d)事業承継の不活発さなどが考えられる。
端的に言うと、市場の縮小と海外・大手との競争で売上が伸びないので、「起業の良い機会」を認識でき
ず、開業を躊躇する、あるいは後継者が見つからず廃業に追い込まれるということであり、TEA や GEM
の他の調査項目が世界最低レベルにとどまっていることとも概ね符合する。また、「起業家という職業選
択」、「起業家の社会的地位」、「経営能力」の結果は、経済・経営一般、あるいは「事業」の意義と実際に
ついての学習が教育機関で十分に制度化されず、国民に浸透していなかったことも一因とみられる。
(図表Ⅰ-2)日本の開業率と廃業率
開業率
(%)
廃業率
7
6
5
4
3
2
1
1975
~78
78
81
~81 ~86
86
~91
91
~96
96
99
01
~99 ~2001 ~04
04
~06
06
09
(年)
~09 ~12
(資料):総務省「事業所・企業統計調査」、「平成 21 年経済センサス‐基礎調査」、「平成 24 年経済センサス‐活動調査」
(出所)中小企業庁「中小企業白書」
(注)2006~09 年以降の開業率は、開業企業(事業所)の定義が異なるため、過去の数値と単純に比較できない。また、定義
の違いにより、開業率と廃業率を単純に比較できない。
こうしたこともあり、日本ではリターン(ここでは、金銭的収益だけでなく社会的地位・評判から得られる
満足も含める)との兼ね合いでみると、特に、大企業の従業員として働く場合と比べて「起業」のリスクが、
例えば高度成長期よりも高いとの認識が多くの国民に暗黙の内に浸透しているものと思われる。日米の
ベンチャー・ビジネスに精通した実務家の「戦後、…… 多くの日本企業がベンチャー・スピリットを発揮し
8
..........................
たことは間違いない。…現在のリスク回避的な性向は日本固有の文化によるものではなく 、個性を尊重し
........
ない教育等の環境の問題である」5 (傍点筆者)という指摘と考え併せると、日本人は元来リスク回避的な
のではなく、外部環境の変化への諸制度の適応不全によって高まったリスクに対して限定合理的に反応
していると言いうる。
2.ベンチャー・ビジネスの役割
日本の今後の経済発展、競争力の維持・強化の観点からは、このような起業の停滞を打開するために
は、起業のリスクを引き下げ、起業活動を先導するイノベーティブな VB の輩出を促進する環境の整備が
急務である。この環境が緒言で言及した「イノベーション・エコシステム」である。
経済産業省の「ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会」が 2008 年 4 月に公表した最終報告書
では、「ベンチャー企業」を「新しい技術、新しいビジネスモデルを中核とする新規事業により、急速な成
長を目指す新興企業」と定義し、「革新的な技術や独創的なビジネスモデルを生み出す原動力として、日
本経済全体のイノベーションの重要な源泉の一つ」であり、「雇用創出の源としても重要である」と指摘し
ている6。
日本が欧米先進諸国への経済面でのキャッチ・アップを終えたため、独力でイノベーションを起こし経済
成長のフロンティアを切り拓かなければならないと言われて久しい。日本経済の持続的な成長のためにも、
イノベーションの担い手としての VB の役割は従来以上に高まっていると言える。
なお、VB は創業初期には規模が小さいため、「中小企業」とみることができるが、その機能は社会・経
済の仕組みに変革をもたらす「イノベーション」の担い手であり、イノベーション・エコシステムの起点となる
(詳細は後述)。このため、VB はビジネスモデルや資金調達のあり方も「一般的な中小企業」7とは異なる
特質を有している。VB の資金調達、すなわち、「ベンチャー・ファイナンス」を理解するためには、①「起
業家」(≒VB)が起こす「イノベーション」の性質、と②「イノベーション・エコシステム」の内部での、VC を
始めとする多様なプレーヤーの役割と相互依存関係、を理解する必要がある。
このため、次の第Ⅱ部では「イノベーション」と「イノベーション・エコシステム」について、問題点も含め
て主要な理論をレビューした後、本稿における「イノベーション・エコシステム」の理解について明らかにす
る。これによって以降のベンチャー・ファイナンスに関する議論の基礎とする。
藤野・前掲注 1、55 頁。佐々木・ジョン・洋介氏(1991 年に米国カリフォルニア州弁護士、2003
年に外国法事務弁護士(東京第一弁護士会)としてそれぞれ登録しており、宍戸=VLF・前掲注 1
の共著者)
。
6 経済産業省ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会「最終報告書 ~ベンチャー企業の創
出・成長で日本経済のイノベーションを~』
(2008 年 4 月)
、10~11 頁。
7 ボーモル他・後掲注 12 では、一般的な中小企業を「複製的な起業家」と呼び、
「革新的な起業
家」即ち VB と区別しており、VB とは異なる存在意義を認めている(後掲注 136 参照)。
5
9
第Ⅱ部 「イノベーション・エコシステム」構築の必要性
ここでは、緒言において言及した第1の課題、すなわちベンチャー・ファイナンスが円滑に機能する環
境としての「イノベーション・エコシステム」について、〔1〕において、その背景・理論の概要を論じ、〔2〕に
おいて、本稿における理解を提示する。
〔1〕イノベーション・エコシステムによるオープン・イノベーション
1.イノベーション・エコシステムとオープン・イノベーションに対する世界的な認識
まず、2011 年 5 月の G8 ドーヴィル(フランス)・サミット首脳宣言「自由及び民主主義のための新たなコ
ミットメント」の「イノベーション及び知識経済」の節の中の以下の 2 つのパラグラフに注目する8。
「26.イノベーションは、知識経済における成長、繁栄及び雇用に極めて重要であり、…現代の重要な
世界的課題の多くに対処する上で中心的役割を果たしている。我々は、イノベーションの性質、根源及
び速度並びにイノベーションが成長を促進する方法及び範囲が、過去数十年の間、史上最高速度で変
...........................
化していることを認識する。イノベーションは、閉鎖的なものから開放的なものへと移行 …している…」(傍
.....
.....
.
.
..
点筆者。傍点部原文は“It has moved from closed to open innovation. ” )。
................
「28.我々は、官民、大小の多様な関係者間の協力 の重要性を強調する。また、我々は、中小企業
..............
(SME)が、持続可能なイノベーション・エコシステムにおいてイノベーションを拡大するための重要なてこ
の支点であると強く信じる。我々は、研究、教育及びイノベーションのような成長を促進するための政策を
................
優先することにコミットする。我々は、OECD に対し、…ベンチャー・キャピタル市場を含め、民間資金の
.....
ためのインセンティブに特別な焦点を当てながら、それらの成長に対する障害を特定しつつ、…SME の
世界的バリューチェーンへの統合をどのように促進し得るのかについて包括的な分析を推進するよう奨励
する」(傍点筆者)。
以上から「イノベーション・エコシステム」の構築とそれによる「オープン・イノベーション」の実現は、先進
各国の経済政策にも大きな影響を及ぼしている様子が窺われており、実質的には VB を意味する中小企
業が「イノベーション・エコシステム」の一員として経済発展に寄与することに対する期待を先進国政府は
表明している。同時に、イノベーション・エコシステムを発展させる上で、「VC 市場」に「障害」があることも
示唆している。
詳細は後述するが、イノベーション・エコシステムの起点は VB であり、その VB にリスク・マネーを供給
するのが VC である。つまり、VB と VC がイノベーション・エコシステムの両輪である。しかし、現代のイノ
ベーションには「官民、大小の多様な関係者間の協力」が必要であり、大企業が独自にイノベーションを
外務省 Web(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/deauville11
/g8_sk_sengen_ky.html)2015 年 2 月 10 日閲覧。
8
10
起こしにくくなっており、イノベーティブな VB の重要性が高まっている。一方、VB の洗練されていないイ
ノベーションの事業化を通じて「オープン・イノベーション」の実現を図る大企業の役割も重要である。大
企業のオープン・イノベーションへの対応・姿勢の違いが、イノベーションにおける米国の興隆と日本の停
滞の差につながっており、日本のベンチャー・ファイナンスが米国に比べると改善の余地を残す背景とな
っている。
そこで、次に、起業家(VB)と大企業の差異と役割分担を念頭に置いて、「イノベーション」の性格が
「オープン・イノベーション」へと移行してきた経路についての理論の概要を整理する9。これは、〔2〕にお
ける「イノベーション・エコシステム」の本稿での理解に必要となるものである。
2.「オープン・イノベーション」までの理論の進展の概要
2.1 「イノベーション」の理論の進展
シュムペーターは、資本主義経済の発展の原動力として企業者(起業家)が起こす「新結合」(イノベー
ション)を位置づけ、新技術や先端的な製品の開発だけでなく、独占的なビジネス・モデル等も含めた10。
また、シュムペーターは、企業者(起業家)のイノベーションによって創出された事業は最初のうちは、従
来の技術やビジネスモデル等と併存するものの、旧い企業者・企業を徐々に、あるいは突然駆逐する。こ
れが経済発展と景気循環の駆動力になって資本主義経済の発展のダイナミズムが機能すると論じた11が、
ただ、VB と大企業が「共生」するとの視点は見出しにくい。
シュムペーター(1962)の原著が米国で発刊(1950 年)された当時から 1960 年代までは、自動車に代
表される垂直統合型の米国の大規模製造業者が隆盛を極めていた。こうした会社は多数の研究者を擁
する社内の研究所で R&D を行い、イノベーションを先導していたため、起業家の重要性は後景に退い
たかに見えた。しかし、その後、機械工学だけではなく、著しく発展した電子工学やソフトウェア技術等も
組み合わせ、さらに適合的なビジネスモデルも構築しないとイノベーションを起こしにくくなった。この潮流
はバイオテクノロジー等の発展もあり複雑化の度を増しつつ続いている。加えて、様々な分野で新しいテ
クノロジーの開発と古いテクノロジーの陳腐化のスピードが増しているように思われる。こうした状況から、
「イノベーション」を持続的に起こすためには、多様なプレーヤーが協力する必要性が高まり、特に、イノ
ベーティブな起業家が起こす VB と大企業の「共生」が資本主義経済の発展にとって重要になっている。
シュムペーターにインスパイアされ、この点について論じたのがボーモルである。
9
概観する理論の詳細については、巻末の「(補論)イノベーションとイノベーターの理論」を参照された
い。
10 ジョセフ・A・シュムペーター(塩野谷祐一=中山伊知郎=東畑精一訳)
『経済発展の理論』岩波
書店(1980)改訳第1刷(原著:Joseph A. Schumpeter, THEORIE DER WIRTSCHAFTLICHEN
ENTWICKLUNG,Eine Untersuchung über Unternehmergewinn, Kapital,Kredit,Zins ud den
Konjunktuzyklus,2.neubearbeiten Auflage, München und Leipzig,1926)、152 頁。
11
ジョセフ・A・シュムペーター(中山伊知郎=東畑精一訳)『資本主義・社会主義・民主主義
(上)
』(第 3 版) 東洋経済新報社(1962)(原著:Joseph Alois Schumpeter, Capitalsim, Socialism
and Democracy, Third edition,1950,Harvard College)、150,151 頁。なお、力点を、起業家から
市場支配力を持つ大企業に移している。
11
ボーモルは、革新的な起業家(=VB)と大企業が共存するエコシステム(生態系)的な資本主義の形態
であり、米国が体現している「起業家資本主義」12が「革新的な技術開発にもっとも適したシステムである」
ものの、「起業家が得意とする革新的な技術の開発や導入のあと、これを洗練し、大量生産するためには
大企業が欠かせない」13と指摘した。また、日本と欧州の経済システムは、もっとも重要な企業活動が既存
の大企業によって行われる「大企業資本主義」であると論じ、「硬直化し、革新に背を向け、変化に抵抗
する」カルチャーや制度のために、「既存の大企業ができない新しい職の創造をしてくれる起業カルチャ
ーを、うまく作り出せない痛みを現在感じている」14と指摘している。
「『硬直化し、革新に背を向け、変化に抵抗する』カルチャー」の典型的な現象が、「NIH 問題」(Not
Invented Here syndrome:「NIH 症候群」とも呼ばれる)として実務家に認識されている。これは、
大企業が自社で開発された技術・サービスを社外のそれらよりも優先する「R&D の自前主義」の
問題である15。特に日本の場合、この背景には大企業が多数の技術者を終身雇用で採用しているこ
とがある。
クリステンセン16は、新しい「破壊的技術(disruptive technologies)」によるイノベーション、すなわち、
「破壊的イノベーション(disruptive innovation)」に対する大企業の適応不全を「イノベーションのジレン
マ」として理論化した17(NIH 問題は、イノベーションのジレンマの一因とみることができよう)。
ボーモル他(2014)からは、イノベーション・エコシステムの構築には VB と VC が存在するだけでは不
十分であり、VB の技術・サービスを改善・活用し、市場に供給する大企業が必須のプレーヤーであること
が示されている。しかし、クリステンセンの議論からは、特にレイオフが容易な米国の大企業においても破
壊的技術を採用することには困難を伴うことが示唆されている。このため、雇用を重視する日本の労働慣
行や法制の下では、多くの技術者を擁する大企業における NIH 問題が容易に解消できない問題である
ことが強く示唆される。
「イノベーションのジレンマ」 の回避策として、チェスブローは「オープン・イノベーション (Open
Innovation)」を提示しイノベーションを産み出すプロセスとして、本章冒頭でみたように注目を集めてい
ウィリアム J. ボーモル=ロバート E. ライタン=カール J. シュラム(原洋之介監訳、田中健彦訳)『良
い資本主義、悪い資本主義 成長と繁栄の経済学』書籍工房早山(2014)、86 頁(原著は、2007 年刊
行)。ボーモルは 1981 年にアメリカ経済学会の会長を務めた。主要な研究業績には、①ボーモル・オ
ーツ税、②ボーモル効果、③コンテスタビリティ理論等がある。
13 ボーモル他・前掲注 12、121,122 頁。
14 ボーモル他・前掲注 12、114 頁。
15 「NIH 問題」を「R&D の自前主義」であると認識することに疑問を示す論者もいるが、本稿
では、
「自前主義」として把握する。この点については、巻末補論の後掲・注 140 を参照されたい。
16 クレイトン・M・クリステンセンは世界的に著名なイノベーションの研究者でハーバード・ビジ
ネス・スクール教授。「最も影響力のある経営思想家」トップ 50 人を隔年で選出する、Thinkers50
という取り組みで 2011 年と 2013 年に連続して 1 位となった Thinkers50 Web
(http://www.thinkers50.com/t50-ranking/2013-2/)による。2015 年 2 月 9 日閲覧)。
17 ジョセフ・L・バウアー=クレイトン・M・クリステンセン「イノベーションのジレンマ
大企
業が陥る『破壊的技術』の罠」クリステンセン(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編
集部編訳)
『C.クリステンセン経営論』ダイヤモンド社(2013)1~30 頁。邦訳初出は 1995 年)。
12
12
る18。
チェスブローの定義によると、「オープン・イノベーションは、内部のイノベーションを加速し、イノベーシ
ョンの外部での活用を拡大するために、知識の流入と流出を目的にかなうように利用すること」であり、オ
ープン・イノベーションのパラダイムにおいては、「企業は、テクノロジーの発展を期待する際には、社内の
アイデアと同様に社外のアイデアを利用することができ、かつ利用すべきであり、市場に至る社内と社外
の経路を利用することができ、かつ利用すべきである」19と措定されており、結果的に NIH 問題への対応
を企業、特に大企業に迫る。
しかし、当然のことながら、社内のテクノロジーを何もかもオープン化することは、競争優位の源泉の喪
失を意味する。このため、現実の企業にとってのオープン・イノベーションの意義とは、競争優位の源泉で
ある中核的なテクノロジーを社内でクローズド化しつつ、他社の技術と結合・融合することが競争力の向
上に寄与する、オープン化に適した技術を識別して、クローズド化されたテクノロジーとオープン化したテ
クノロジーを自社のビジネスに適合させてイノベーションを促進することである。この意味で、オープン・イ
ノベーションは、製造業にとっても製品開発だけでなく、製品のデリバリーや R&D 投資の回収方法として
の課金方法といったビジネスモデル、あるいはビジネスのアーキテクチャの構築のために実現すべきもの
である。一方、規模の小さい VB は、大企業への革新的な技術等の提供を成長の機会とするのである。
2.2 オープン・イノベーションの担い手としての起業家
イノベーティブな起業家の特質について、クリステンセン他は、「関連づける力」、「質問力」、「観察力」、
ディスカバリー・スキル
「実験力」及び「人脈力」の 5 つから構成される『発 見 力 』を明らかにした20。この内、「人脈力」は、「『他者
の知恵』を活用する思考パターン」であり、オープン・イノベーションにとって非常に重要である。起業家に
とっては、「現状を変えたい」、「改革という使命」、「世界を変える」という情熱がリスク負担の動機の一つと
なっており、上記の特質は訓練によって習得可能とされている。ここから、イノベーション・エコシステムの
起点となる起業家(VB)の育成の重要性が浮かび上がる。
ここで注意を喚起しておきたい点は、大方の起業家は、自らのアイデアで「社会に存在している課題を
解決したい」という意思に基づいて事業を行っていることである。米国では「株主利益最大化原則」と「成
功者、すなわちアメリカン・ドリームを実現した者」に対する敬意・称賛が社会規範として確立している。こ
のことを背景・遠因として、しばしば、米国の起業家は「金儲けのため(だけ)に」VB を起こすと誤解されが
Henry Chesbrough, Open Innovation: The new imperative to creating and profiting from
technology,2003,Harvard Business school Publishing.
18
UCB の Garwood Center for Corporate Innovation の Open Innovation Research Web
(http://corporateinnovation.berkeley.edu/open-innovation-research/)。
この定義は、チェスブロー他の 2006 年の著書でチェスブローが示したものである(Henry
Chesbrough, Open Innovation: A New Paradigm for Understanding Industrial Innovation, in
Henry Chesbrough, Wim Vanhaverbeke and Joel West, eds. , Open Innovation: Researching a
New Paradigm, Oxford: Oxford University Press, 2006)。
20 ジェフリー・H・ダイアー=ハル・B・グレガーセン=クレイトン・M・クリステンセン(関美
和訳)「イノベーターの DNA」DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー、35 巻 4 号(2010)
36~47 頁。
19
13
ちである。もとより、金儲けのためだけに事業を起こす起業家が一部に存在する可能性は否定できない。
また、事業が成功した場合には株式を梃子とした報酬によって巨万の富を得る起業家が存在することも
事実であるが、その富は、社会的な課題を緩和・解決するために高いリスクを負担した代償として獲得し
たものであり、本来否定的に評価されるべき筋合いにはないということも、米国では社会規範として確立し
ている。この点に関しては、「成功報酬」に対する価値観についての差異が米国とその他の国の間に存在
することが問題となるが、起業家にイノベーションを促進するインセンティブとして成功報酬が重要である
ことを強調しておく21。
21
しばしば、日本では、企業だけでなく大学等も含めた「横並び志向」(「出る杭は打たれる」日
本人の精神性)が革新的なイノベーターの輩出にとって障害となっているのではないかとの論点
が提示されている(後述のインタビュー調査参照)
。成功報酬に対する価値観とともに、このよう
な志向も NIH 問題の遠因になっているように思われる。
14
〔2〕本稿における「イノベーション・エコシステム」の理解
1.典型としてのシリコンバレー・モデル
1.1 概要
2011 年の G8 ドーヴィル(フランス)・サミットの首脳宣言に記載されていたように、「イノベーション・エコ
システム」の重要性に対する認識が先進国では共有されている。その典型的な成功例が米国のシリコン
バレーであることは衆目の一致するところであろう。シリコンバレーのエコシステムは特に、「シリコンバレ
ー・モデル」あるいは「シリコンバレー・システム」とも呼ばれ、革新的な VB を持続的に輩出する生態系を
意味する「ベンチャー・ハビタット」としても研究の対象となってきた22。
シリコンバレーにおいては、ベンチャー・キャピタリストのネットワーク、起業家のネットワーク、大学を中
心としたネットワーク、大企業を中心としたネットワーク、そして弁護士のネットワークが存在し、さらに、これ
らの人的ネットワークが相互に接続し、ネットワーク内で評判の機能が働いている。シリコンバレー・システ
ムのプレーヤーにとって、自らの評判を高めることが最重要課題とされており、VB 間での競争は熾烈で
あるが、同時に、プレーヤー間の情報の共有も盛んに行われている。これによって、効率的な産業集積が
起き、IT 産業を始めとする革新的な企業の輩出が継続的に行われている。
成功した VB の起業家は、IPO や大企業への事業の売却(M&A)によって得た資金を基に、次の VB
を起業しシリアル・アントレプレナーとなる、あるいは、エンジェル投資家やシード・アクセラレータ(後述)と
して別の VB に投資を行うことが少なくない。このプロセスによって、イノベーティブな R&D を行う VB、イ
ノベーションの成果を事業化する大企業が連続的に再生産されるのである(ただし、全ての VB が生き残
り成長するとは限らない)。この「連続的な再生産」こそが「エコシステム」の本質的な意味合いである。
シリコンバレー・システムは、「シリコンバレーのベンチャー企業に参加する者同士の相互作用によって
構築されるものであり、誰もがその協調的なネットワークの一員として、関与している当該ベンチャー企業
の株式(エクイティ)を所有することによってリスクを分担し、そのベンチャー企業の成功のために寄与する
システム」 である。このため、株式を主とするベンチャー・ファイナンスの円滑化が重要である。
1.2 ベンチャー・ファイナンスが機能する環境としてのイノベーション・エコシステム
極論すると、イノベーション・エコシステムは、多様なプレーヤー間の共生と協力によってオープン・イノ
ベーションを実現するフレームワーク、あるいは「生態系」である。しかし、プレーヤー間の協力がないと、
情報と資金がこの生態系の中で円滑に循環しない。NIH 問題を背景として、イノベーションのジレンマに
苦しむ既存の大企業は、自社にない新しい技術等を VB から導入し事業化しなければ、即ち、オープン・
イノベーションを実現しなければ生存が困難になる。また、起業家が VB を起こす際に目指すイノベーショ
ンのシーズとなる技術を主に供給するのは大学である。加えて VB は、VC からリスク・マネーを調達しな
ければ、イノベーションのシーズを製品・サービスとして開発し、主に大企業に販売して成長できない。
VC をみると、VB だけでなく大学や大企業とも良好なコミュニケーションを取らなければ、VB に対して資
22
シリコンバレー・システムの全体像とベンチャー・ハビタットの特性については、藤野・前掲
注 1、38~40 頁を参照されたい。
15
金を供給するための情報を適切に得ることができない。さらに、例えば、VC 投資はもとより、技術移転、技
術提携等の契約において、プレーヤー間の関係を法律面で適切に調整するのが弁護士である。
つまり、現在のオープン・イノベーションの潮流に対応するためには、イノベーション・エコシステムを構
築することが効率的であり、エコシステムの両輪である VB と VC の間でファイナンスが円滑に成立するた
めには、イノベーション・エコシステム内で相互に依存するプレーヤー間の共生が不可欠なのである。
2.本稿における「イノベーション・エコシステム」の理解
2.1 イノベーション・エコシステムのプレーヤー
イノベーション・エコシステムには、多様なプレーヤーが必要である。主要なものは、①リスクを負担して
イノベーションを起こす VB の起業家、②VB の株式を引き受けてリスク・マネーを供給する VC、③産学連
携でイノベーションのシード技術をライセンシングや大学発 VB を通じて供給し、対価としてライセンス・フ
ィーを受け取る大学、④関係者間の利害を法的側面やその他の面で調整する弁護士・会計士等の実務
専門家、そして、⑤VB の販売先、あるいは VB そのものの買い手としての大企業である。
2.2
VB と VC を両輪とするエコシステム駆動のメカニズム
起点となるのは、当初中小企業として起業家が創業する VB である。VB が産み出すイノベーションを
起点としてイノベーション・エコシステムは駆動する。VB に対してリスク・マネーを投資する役割を担う主
要なプレーヤーが VC である。このため、VB と VC が両輪となる。しかし、両者だけでは、このシステムは
円滑には駆動しない。第一に、VB のイノベーション、あるいは起業家自体の苗床となる大学が必要であ
り、第二にボーモル他(2014)が論じたように、VB の技術・サービスを洗練して事業化する大企業の役割
も重要である(大企業自身にとっては、自社のオープン・イノベーションのためにも、VB からのイノベーシ
ョンの吸収が必要である)。さらに、VB と VB を取り巻く各種のプレーヤーの間の交渉を円滑に機能させ
るために弁護士が、あるいは VB の経営管理のために会計士等の実務専門家が不可欠の存在となって
いる。この VB が順調に成長し業容が拡大すると、新たに大企業になる。このように、生態系の循環がスパ
イラル的に続くのである。
なお、これらの内、近年、大企業の役割の変化に注目が集まっているため、この点について次に述べ
る。
2.3 大企業による VC 投資(CVC)
ボーモル他(2014)が「起業家資本主義」にとって不可欠のプレーヤーであると論じた大企業は VC 業
務に進出し、有望な VB への投資を行うこともある。この VC を CVC(Corporate Venture Capital)と言
い、特に米国では、オープン・イノベーションを持続的に行い、発展するための戦略を実現する手段とし
て、大企業が CVC 投資を活用し、VC 投資全体に対して一定の地位を占めている。
米国の状況をみると、CVC が関与した VC 投資取引の件数の全体に対する比率は、1999 年に 20%超
に上昇した後、2000 年代初頭の IT バブルの崩壊後とリーマンショック後の調整期(各 2003 年、2009~
16
2011 年)を除いて、15%超で推移している。また、同時期の VC 投資の総額に占める CVC 投資の比率を
みても、概ね 5~10%の範囲で推移している。なお、投資を実施した CVC の社数(開示分)は、1996 年
以降毎年 100 社を上回っている(図表Ⅱ-1)。
(図表Ⅱ-1)米国での CVC の動向
CVCが関与した
VC投資取引件数(100件)
①
全CVC投資(10億ドル)
②
全VC投資取引件数に占める
①の比率(%)
VC投資取引総額に占める
②の比率(%)
投資を実施したCVC社数(開示分)
(右目盛)
25
500
20
400
15
300
10
200
5
5.62
6.96
100
3.098
3.120
0
0
1995
96
97
98
99
2000
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
1-9月
(暦年)
(出所)NVCA,Corporate VC Stats Through Q3 2014(http://www.nvca.org/index.php?option=com_content&view=article&id=344&Itemid=103)
Source: PricewaterhouseCoopers/National Venture Capital Association MoneyTree™ Report, Data: Thomson Reuters
(注)1995年から2014年1-9月までで、投資を実施したCVCは929社。
1995 年から 2014 年 1-9 月までに投資を実施した CVC は 929 社である。また、2014 年 1-9 月期の
CVC の投資先の業種をみると、ソフトウェアが金額、件数ともに 4 割超に上昇している(図表Ⅱ-2)。
(図表Ⅱ-2)米国での CVC 投資に占める投資先業種としてのソフトウェアの比率(%)
2010-11 年
2012 年
2013 年 1-9 月
2014 年 1-9 月
投資金額
20.4
27.8
37.3
42.4
取引件数
27.5
34.5
42.1
45.7
(出所)図表Ⅱ-1に同じ。
つまり、オープン・イノベーションを中長期的な経営戦略とする大企業23が、VB によって開発されるソフ
トウェアを直ちに、あるいは将来的に利用するために、シード・ステージ、あるいはアーリー・ステージの多
くの VB に比較的少額を投資しているのである。CVC と通常の VC の重要な差異は、①将来 CVC は投
資先 VB の技術・サービス、あるいは VB 自体の購入者になる可能性がある、②そうした技術・サービスの
23
IT 関連が中心である(入山・後掲注 149、267~269 頁、277~280 頁)
。
17
価値を「直接」評価する能力が、基本的には通常の VC に比べると高い24、③CVC が投資先 VB を最終
的に M&A(購入)する場合、確実性の高い技術・サービスを低リスクで入手可能、という点である。
日本でも近年、CVC が緒についており(後述)、オープン・イノベーションの促進に寄与する可
能性が高いため、イノベーション・エコシステムのプレーヤーとしての大企業の役割として CVC
を含めることが妥当と思量される。
2.4 本稿における「イノベーション・エコシステム」の理解
本稿においても、基本的には、上記のシリコンバレー・システムを典型として「イノベーション・エコシステ
ム」を理解する。なお直前で述べたように、大企業の役割には CVC を含むものとする。
加えて、このようなプレーヤーを税制や補助金等によって「側面的に」支援する存在として、政府・自治
体もイノベーション・エコシステムの要素の一つとして認識する。その主たる理由は、以下の 2 点である。
① イノベーション・エコシステムは産業クラスター論においても研究課題となっており、政府・自治体は
メイン・プレーヤーではないものの、側面的な支援者として機能すると考えられている。
② 米国では、VB に対する投資を民間(VC やエンジェル)以外の部門が手掛けること、あるいは産業
クラスターに公的部門が過度に関与することについて消極的な感覚がある一方で、米国(シリコン
バレー)以外の国で成功しているイノベーション・エコシステムとして認識されているイスラエルにお
いては、VB の育成に政府及び公的機関が直接の投資を含めて手厚い支援をしている25。
ただ、イノベーション・エコシステムが十全に機能するためには、プレーヤーの存在だけでは十分では
ない。それは、プレーヤーによる「役割の遂行」やそのための「環境」も必須だからである。この点について
VC、CVC 投資に関するものも含めて日本にどのような課題が存在しているのかを、次の有識者・実務家
へのインタビューを基に抽出する。
しばしば、日本の VC、特に金融機関系列の VC が行う投資の問題点として、金融機関本体か
ら数年間のインターバルで出向してベンチャー・キャピタリストとしての業務を行う職員が VB
のテクノロジーの価値を「直接」評価する能力を十分には有していないことが指摘される。
25 もっとも、イスラエルのイノベーション・エコシステムの場合、米国の大企業(シリコンバレ
ーの著名な企業が含まれる)の R&D 部門が多数立地していることや、主たる VB と VC 投資の
エグジット(出口)の一つに米国の株式市場がなっていることなど、米国のイノベーション・エコシ
ステムと広域で「共生」しているという特殊な「生態系」となっている点には留意が必要である。
24
18
第Ⅲ部 イノベーション・エコシステムに関連する有識者・実務家の見解
ここでは、本稿の2つの課題であるイノベーション・エコシステム、あるいはベンチャー・ファイナンスに関
連の深い業務に携わっている日本国内有数の有識者・実務家 4 名の見解(〔1〕~〔4〕)を紹介し、その後
〔5〕で総括する。最初の 3 名の見解(〔1〕~〔3〕)は筆者が直接インタビューを行った内容であり、最後の
1 名の見解(〔4〕)は実務家の講演録からの抜粋である。いずれも深い経験と問題意識を基礎としており、
相互に共通、あるいは関連している。これらから筆者が抽出したキー・メッセージを先取りして端的にいうと、
「イノベーション・エコシステムの構築が日本でも緒についたものの、その一段の発展のためには克服す
べき課題が依然として残存している」ということである26。
〔1〕ベンチャーキャピタリスト経験者からみた日本的 VC 投資と起業家の育成
本章では、東京工業大学グローバルリーダー教育院(AGL:Academy for Global Leadership)の
「松木道場」の道場主である松木伸男特任教授へのインタビュー27を通じて、日本のベンチャー投資と起
業家の育成についての含意を得ることとする。
1.AGL と「松木道場」について
先ず、インタビューの内容に先立って東京工業大学と一橋大学の Web から AGL と松木道場の概要を
示す。
1.1 AGL の概要
「東京工業大学グローバルリーダー教育院(AGL)は、科学技術分野に強みを有する本学ならではの
持ち味を活かし、全学を挙げて設置した国際的リーダー人材を養成する学位プログラムを有する教育院
として平成 23 年 4 月に設置され、平成 24 年度には文部科学省『博士課程教育リーディングプログラム』
に採択」された。「全研究科より士気あふれる学生を募り、個々の専攻分野における深い専門知識をベー
スに、そのスキルを他分野の科学技術の発展に活かすことのできる素養、日本や世界における文化の理
解と国際性、技術経営に関する知識、コミュニケーション能力、俯瞰力や行動力を備えた、“真のグローバ
ルリーダー”を育成することを最大の目的として」いる。具体的には、「グローバルリーダー教育院では、通
..
常の専攻における教育課程のほか、道場教育やオフキャンパス教育など実践力を磨くプログラム、さらに
26
有識者・実務家のエコシステム構築に対する熱意と苦労、問題意識をできるだけ具体的かつリアルに
読者が理解することを企図しているため、〔1〕から〔4〕は「叙述的(narrative)」に記載している。
「叙述的(narrative)」なインタビュー調査・事例調査の意義については、拙稿「これからの中小企業研
究に関する一考察」商工金融 64 巻 11 号(2014)71,72 頁を参照されたい。また、VB が連続的に再生産
される環境・状況を「VB エコシステム」、あるいは単に「エコシステム」と呼んでいる有識者・実務家がいる
が、意味合いとしては、「イノベーション・エコシステム」とほぼ同義と考えて差し支えないと思われる。
27 インタビューは、2014 年 11 月 20 日、東京において実施した。
19
はメンタリングシステムなど、多面的かつ継続的に学生をサポート」している28 (傍点筆者)。
AGL では「一橋大学と連携して『文理共鳴29トップリーダー』の養成に全学を挙げて取り組んで」いる。
リーディングプログラムは、「人文社会分野に強みを有する一橋大学と、科学技術分野に強みを有する東
京工業大学による他に例のない共同プログラムで、一橋大学は人文社会系科目を提供」している30。
1.2 松木道場について
「道場には(筆者注:それぞれ2つの)『科学技術系道場』と『人文社会系道場』とがあり、ディベートやグ
ループワーク等を通じさまざまな専門を有する学生同士が切磋琢磨して議論を戦わせながら、実践で通
用する専門力や人間力を身に付け」る31。人文社会系道場の一つである「松木道場」は一橋大学大学院
国際企業戦略研究科の経営法務専攻と同じフロアに設置されており、両大学の大学院生(以下では、
「学生」と略す)に「グローバルリーダーに必要な実践的マネジメント戦略の習得」 32を可能ならしめるため
の活動を行っている(残りの 3 つの道場は東京工業大学内に設置されている)。
以上に示したように、AGL の直接のゴールは「グローバルリーダー」の育成である。しかし、AGL・道場
でのプログラムは VB の起業家に求められる資質の涵養に求められるものも多く含まれている。
以下では、松木教授の経歴と VC 投資、起業家の育成についてインタビューに基づき論じることとす
る。
2.松木教授の経歴
2.1 ハンズオン VC のパイオニアとして
自分は、1973 年、東京工業大学大学院社会工学科修士課程を修了し、同年トヨタ自動車販売株式会
社に入社し、1977 年に米国ノースウエスタン大学経営大学院に留学した。その後、1982 年に米国系の
VC に参画した。1985 年に英国 Schroder グループとの合弁会社を設立し、同年に第1号ファンド 34 億
円、1990 年に第 2 号ファンド 70 億円、1998 年に第 3 号ファンド 170 億円をそれぞれ組成した。2002
年に株式会社 MKS パートナーズを設立し、代表取締役 CEO に就任し、2004 年に第4号ファンド 600
億円を組成した。
26 年間でベンチャーキャピタリスト(以下では、単に「VC」という場合がある)、プライベートエクイティフ
ァンドマネジャー(以下では「PE」、あるいは「PE マネジャー」という場合がある)として投資した企業は 87
社にのぼる。そのほぼ全ての企業で社外取締役や会長、監査役などを務めてきた。経営者の一員として
東京工業大学 Web(http://www.agl.titech.ac.jp/about.html)(2014 年 11 月 21 日閲覧)
「文理共鳴」は、一橋大学の山内進学長(筆者注:当時)が提唱する「文と理の人材が自己のそ
れぞれの専門に磨きをかけ、その能力を徹底的に鍛えながら、互いに巧みに連携することによっ
て(筆者注:文理)融合以上に大きな成果をあげる」との概念(一橋大学国際企業戦略研究科 Web
(http://www.ics.hit-u.ac.jp/jp/bl/global/about-agl/index.html)(2014 年 11 月 21 日閲覧))
。
30 一橋大学国際企業戦略研究科 Web(http://www.ics.hit-u.ac.jp/jp/bl/global/about-agl
/index.html(2014 年 11 月 21 日閲覧)
31 前掲注 28 に同じ。
32 前掲注 30 に同じ。
28
29
20
会社に関わっており、役員会に出席した回数は 4,000 回を超える。なお、87 社に投資するには、1 社あた
りで平均 40 社ほど審査をする。つまり、約 3,500 社を審査したことになる。
VC 投資を始めた時は、日本では、ハンズオン投資はほとんどみられなかった。また、PE 投資(バイアウ
ト投資)も第 3 号ファンドから始めた。いろいろと試行錯誤をしたが、ファンドが良いパフォーマンスを遂げ
るためには、経営陣が成功せずにはあり得ないことに気づき、「社長を成功させる」ためにサポートすると
いうスタンスで投資を行ってきた。
2.2 AGL への転身の経緯
リーマンショックの前年に、米国でのサブプライムローン問題の表面化を契機として運用環境悪化の予
兆を感じて、パフォーマンスを上げられないと判断し、ファンドの継続を断念した。年齢的なこともあり引退
する準備をしていたところ、旧知の一橋大学大学院国際企業戦略研究科の宍戸善一教授から AGL の支
援の要請を受けた。最初は固辞していたが、友人知人のサポートもあり、しばらくの間だけでも時間を使っ
てみようとしているうちに「グローバルリーダー」を育成するためのサポートは、「社長を成功させる」ための
サポートとほとんど共通していることに気付いた。VB の起業家も含むリーダー層の育成は、今後の日本
にとって重要であると認識し、AGL に参加することを決意した。
3.日本文化の独自性
3.1 「日本」の独自性・強み
現在、自分は香港に住んでおり、必要に応じて日本で活動している。香港から日本をみると、日本国内
では当然視されていることが、文化的な独自性や強みであることに気づかされる。例えば、日本の食品や
レストランの信頼感・安全性は香港のそれとは比べものにならないほど高く認識されている。あるいは、さ
まざまな商品・サービスの作り込みも日本は群を抜いている。さらに、東日本大震災の時に、①大規模な
災害が発生しても略奪が発生しないこと、②救援物資の配給を受ける際に規律や秩序が保たれているこ
と、あるいは、③首都圏の交通機関がマヒしていた際に駅の階段に避難した人々が階段の一部を空けて
昇降路を確保すること、等に「集団的な繁栄・共存」、「他者の尊重」という美点を再認識した。
日本人にとっては、これらのことは「当たり前」であるが、欧米や他のアジア諸国ではとても考えられない。
つまり、日本の文化が欧米のみならず、アジアの他の国と比べても独自性が高いということである。
日本では企業の行動原理にもこのような独自性が埋め込まれている。例えば、他国には「専門商社」は
あるが、「総合商社」という業態は見られない。他国の専門商社は最終的には仲介の口銭を削減するため
に売買取引の仲介から外されることが多い。しかし、日本の総合商社では「Win-Win」の関係構築を通じ
てステークホルダー(この場合、取引先)との長期継続的な取引の維持ができている。同様の文脈で、日
本では「従業員」というステークホルダーを重視した経営が主流になっている。このようなステークホルダー
の重視は、ドライな米国流の資本の論理からは「ウェット」と評価されることもあるが、「長所」、「強み」として
認識すべきである(後述するようにハンズオン VC にとっても重要)。
3.2 独自性の歴史的源流についての私見
21
企業行動にもみられる日本のこのような独自性はいつ、どのように培われたのであろうか?
中国や狩猟民族である欧米では、中世期には領土と食料を争って隣国との戦争が長く続き、勝者は敗
者とその係累を殲滅することが珍しくなかった。日本も戦国時代には略奪や殺戮を繰り返しており、特に
織田信長などは反対勢力を根絶やしにすることを厭わなかった。ところが、特に江戸時代に日本では農
耕民族的な集団意識や規範が根付き、明治維新に至るまで大名同士の大規模な戦争は起きなかった。
このことを疑問に思い、東京大学の歴史学の研究者の意見を聞き、自分は以下のように理解している。
すなわち、豊臣秀吉や徳川家康は天下泰平を維持するために、国を平和裡に統治するための方法・
条件を考え抜いた。徳川幕府は、その理論的基盤として儒学の一学派である朱子学を官学とした。朱子
学は「士農工商」の身分制・階級制を正当化するための論理であったが、同時に、頂点の階級である
「士」、つまり武士階級の人徳・規範意識が高くなければ、国を治めることができないことも説いた(そのた
めの道徳観、規範意識が新渡戸稲造によって後に「武士道」として理論化された)。朱子学は親藩である
水戸徳川家で「水戸学」として、武士階級の道徳規範として幕末まで研究され続けた。これは、官僚機構
としての武士階級という「ミドル・クラス」のマネジメントが安定的な国家の統治の要諦であることを徳川家と
幕府が認識していたことを窺わせる33。
300 年近く江戸幕府が続いたため、明治期以降も、このような規範意識が国民各層に浸透し、現在も
日本の文化の独自性を規定していると思われる。その傍証として、台湾では、こうした規範意識を有して
いたであろう後藤新平や新渡戸稲造が、明治維新期の日本と同様の思想で開発と統治に携わったため、
台湾の住民が現在も親日的であることを挙げることができよう(同様のことは中国の大連にも言える)。
つまり、江戸時代の朱子学、水戸学派を源流とする「規範意識の高いミドル・クラス」が日本の社会・文
化の最大の特徴であり、この特徴は世界的にみても稀有であると自分は考えている。
4.日本的ベンチャー・ファイナンスと VB・VC に必要な資質
4.1 日本的ベンチャー・ファイナンス
自分のこれまでの VC、PE マネジャーとしての経験から、日本企業は多くの面で欧米や中国の会社と
は異なる特性を有していることを確信した。
VC 投資でも PE 投資でも投資先の会長等になることが多かったが、会長として上から目線で行動する
と上手くいかない。なぜならば、結局、現場の従業員のモチベーションが上がらないと、顧客等、他のステ
ークホルダーと良好な関係を構築することができないからである。つまり、既に述べた江戸時代を源流と
する「規範意識の高いミドル・クラス」からのボトムアップが重要である(逆に、欧米流の短期的な利益最大
化のためのトップダウンの経営は特に、従業員からは「押し付け」と受け取られ、反発とモチベーションの
低下を招くリスクが高い。)。従業員が自信を持ち、顧客との良好な関係ができると、継続的な取引と利益
につながり、会社が成功し、結果的に投資のリターンも上がる。このため、VC ファンドのマネジャーは「社
長を成功させること」を基本的な役割として行動することが、日本的ベンチャー・ファイナンスにとって重要
(筆者注)加えて、江戸時代末期の国民の識字率は世界的にみて高水準であったことが、各種資
料で明らかになっており、武士階級だけでなく、相当数の国民が寺子屋等で儒学の基本である
「論語」を学んでいたため、この規範意識は広範囲の国民にも浸透していたとみられる。
33
22
であると考えている。
4.2 起業家に必要な資質
日本と同様に、シリコンバレーでも、スタートアップ VB の育成は非常に手間がかかる。シリコンバレー
では、エンジェルやハンズオン VC がスタートアップ VB の起業家を物心両面と法務・財務等の経営資源
も含めて支援しており、社長の成長を促す仕組みが確立している(ただ、成功した富裕なエンジェルは社
会への恩返しのために VB を支援するという側面もあるものの、米国では「会社は株主のもの」(株主利益
最大化原則)という規範が浸透しているため、やはり自らの「利益」という側面も重視している)。
かつて、技術系 VB に投資した際には起業家が経営者として備えているべきスキルを有していないケ
ースが少なくなかったため、苦労した。しかし、iPS 細胞でノーベル賞を受賞した京都大学の山中教授は
コミュニケーション能力が高いことにみられるように、これからの研究者のリーダーには多様な能力も必要
になるだろう。すると、特に研究者出身が多い技術系 VB の起業家を始めとするグローバルリーダーにと
っても、多様な能力の習得が重要であると考えている。
しかし、日本では、このようなリーダーを育成する機関と方法論が十全には確立されていないように思
われる。後述するように、AGL ではこのような問題意識に基づいてリーダー層の育成に取り組んでいる。
4.3 ベンチャーキャピタリストに必要な資質
既に述べたように、スタートアップ VB は非常に手が掛かるが、日本では米国流の資本の論理ではなく、
「従業員」を中心とするステークホルダー重視の経営が社会・文化に埋め込まれている規範意識に適合
的である。これは日本の長所ととらえるべきであり、ハンズオン VC にとっても重要な視点である。
自分は、「社長を成功させる」ことを基本的スタンスとしたが、そのために VC には、多くの業種を洞察す
る「目利き」能力が必要である。これには多くの案件を審査して経験を蓄積することが重要である。自己評
価すると、アーリーステージ VB を売上高 200 億円程度まで成長させることついては、それなりに自信が
ある(200 億円の企業を 2000 億円まで成長させることについては確信を持てない。これについては、特
定の事業ドメインに特化してきた大企業での経営の経験者・OB がより相応しい。)。
ある会社の役員会で他者からは注目されにくいが経験上リスクを感じた論点について確認したところ、
出席していた旧知の別のファンドのマネジャーから、その論点に注目することができた理由を問われたこ
とがある。自分としては、奇をてらったことを質問したつもりもなく、経営者として当然認識すべきと思ったま
でで、過去の経験からの反応であった。この点からも経験値の重要性が窺われる34。
なお、VC に限らず、ファンドマネジャー一般に関して、(特に、短期的な)利益に拘りすぎると、良くない
と思う。日米ともに知り合いのファンドマネジャーの中には、十分すぎるほどの富を保有している者が少な
くないが、私生活や健康面では必ずしも上手くいっていないケースをこれまでにかなり見てきた。ここから、
ファンドマネジャーは投資先企業の長期的な発展を通じて、社会を良くするという気持ちを持っていること
(筆者注)ここからもベンチャー・キャピタリストには経験が重要であることが分かる。すると、
日本の VC 会社(特に、金融機関系列の VC)では、ジョブローテーションとしての数年単位での
出向ではなく、エキスパートとしての長期にわたる人材育成が必要であることが示唆される。
34
23
が重要であると、つくづく思う。
5. VB の成長の条件と起業家の育成
5.1 VB の成長の条件
5.1.1 日本の VB は世界を目指すことができるか?
日本の VB はグーグルやアップルのように世界市場を席巻するほど大きく成長することは難しいとしば
しば言われる。しかし、ファーストリテイリング、ソフトバンク、楽天などは世界市場に進出している。これら
の企業もかつては VB であった。したがって、日本の VB は世界的企業になれないと決めつけるのは適当
ではない。
5.1.2 VB の市場拡大のターゲットとしての大企業
米国では大企業が VB の製品・サービスを購入することに対して積極的であるのに対して、日本の大企
業は VB から購入することについて消極的であるということもしばしば言われる。確かに、米国では、一部
には自分の成功(出世)のために、それまで未取引の VB からリスクを取って購入する購買担当者もいる。
しかし、日本企業と似た慎重な姿勢の大企業も少なくないし、たとえ、自社からスピンオフした VB であっ
ても、特別に優遇する大企業は多くないように思う。
VB が大企業にいきなり販売するのは難しい。大企業は「安い」からといって買うことはない。供給体制
の確実性などが担保されないと、購買担当者は万一の場合の責任問題を恐れ、リスク回避的になるから
である35。米国でも日本でも大企業が未取引の VB から買うとすれば、「他にはない革新的な商品・サービ
スなので、必要に迫られて買う」という理由によるものであろう。VB は、むしろ、よりリスク中立的な中堅以
下の企業、例えば、大企業の 1 次サプライヤーや 2 次サプライヤーに食い込んで実績を上げてから、そ
の中堅の販売先などでの実績をアピールする方が、大企業との取引成立に結びつく可能性が高いと思
う。
5.2 起業家の育成
5.2.1 初等・中等教育
起業家の育成のために、初等・中等教育に特別なプログラムを設ける必要性はそれほど感じない(教
師が「ビジネス感覚」を欠いていること自体は問題だが、プログラムを教えられないだろう。)。この段階で
は、文化祭での模擬店等で資金繰りや「利益」に対する感覚が養われれば良いと思う。あるいは、VB を
仮想的に起こすサークルのようなものはあっても良いかもしれない36。
5.2.2 大学の役割と AGL 松木道場の取り組み
(筆者注)日本の大企業の購買担当者には VB との取引開始というリスクに見合うリターン(成
功報酬)がないことが通例であろう。すると、大企業の経営者がトップダウンで決定するか、一
定の VB の取引枠を制度化する等の環境整備が必要になる可能性があろう。
36 (筆者注)地域の商店主や企業経営者の協力を得ることは、初等・中等教育段階でのビジネス感
覚の涵養に寄与する可能性があると思量される。
35
24
結局、「社長を成功させる」ということは「リーダーを育てる」ということとほとんど同じであるということは、
既に述べたが、現在、AGL の道場では以下のようなスタンスでグローバルリーダーの育成を行っている。
道場では、財務分析等の座学によって、企業経営者を始めとするリーダーにとっては基本的なスキル
の習得を促進している。しかし、より重要なことは、マインドセットが異なる一橋大学と東京工業大学の学
生が一緒に議論することによって生まれるシナジー、挑戦心、「知らない」ことに対する恐怖心の除去、あ
るいはコミュニケーション能力である。これらの能力は、例えば、起業家ばかりでなく、外交官や政治家、
あるいは理系の研究者としてリーダーとなるためにも不可欠である。AGL 松木道場では、「文理共鳴」に
よるシナジー創出を梃子にして、このような能力を具備したグローバルリーダーの輩出を目指している。
道場を始める前は、大学院というと、「研究一筋」のような学生ばかりではないかと思っていたが、実際
には、英語の能力だけでなく、コミュニケーション能力、柔軟性もある学生が多いことに驚いている。また、
志の高い両校の学生の強みが異なっており、オフキャンパスでのプロジェクトなどで相互補完的なシナジ
ーが創出されている。このため、互いに切磋琢磨することによって、明治維新の頃のようにフロンティア・ス
ピリットを備えた人材を育成することができると手応えを感じている。これからの日本社会にとって、グロー
バルリーダーの輩出は非常に意義が高いので、やり甲斐、教え甲斐がある。
AGL の東京工業大学の 1 期生は 2015 年の春に卒業するが、研究者になる予定である。一橋大学の
在学生は一度社会に出た後に研究者を指向して入学した 20 歳代後半の者が多い。ただ、道場での膝
詰めの議論で、新しい発想・進路等に新鮮さを感じる学生も少なくないので、いずれは VB の起業を進路
とする卒業生も現れる可能性があると思う37。
6.日本文化の「弱み」の VB への影響
日本文化の独自性・長所を伸ばすことが日本的 VC 投資にとって重要であると論じてきたが、最後に日
本の「弱み」とその VB への影響についても指摘しておく。
第一に、「頑張りたくない」多数派の横並び志向、出ようとする「杭」を打つ精神性が根強いことがある。
この意識は社会人だけでなく、学生にも蔓延している。意欲のある一部のイノベーターの行動を阻害し、
VB の起業家を始めとするリーダー層の輩出にとって有害である。
第二に、「勝った後の行動が分からない」ことがある。具体的には、独自性の強い(ある意味「ガラパゴス
的」)技術・製品で一時的に市場を占拠した後に、成功体験に縛られてしまい、他国・他企業が新たなイノ
ベーションを武器として、再度挑んでくる可能性を考慮できないケースが少なくない(典型例は、現下の日
本の家電メーカー)。これは、VB が成長した後にも、起こり得る問題である。
第三に、システマティックな思考様式が根付いていないことがある。例えば、「おもてなし」の精神の本
質は、顧客やユーザーが感じる可能性のある不具合を予め徹底的に検証し解消することである。これは、
トヨタ生産方式の「カイゼン」と同じであると自分は考えている。つまり、「おもてなし」は非製造業、製造業
の両方、あるいは日本社会全体に通じる概念である。しかし、日本の企業では、「おもてなし」が「暗黙知」
にとどまっており、トヨタのように「形式知」化できている会社はそれほど多くない。特に、VB は組織と従業
員が若いため、基礎を固めてから「おもてなし」を応用として教える体制をシステム化する必要性が高い。
37
(筆者注)連続的な起業家の輩出にはロールモデルの確立が必要であると思量される。
25
AGL では VB の起業家のようなリーダー層の育成を目指しているので、このような点にも目配りしていきた
い。
26
〔2〕日米の VB エコシステムと VC 投資の現状と課題
ここでは、VB、VC、及び大企業とその CVC 等の最近の情勢について、株式会社ジャパンベンチャー
リサーチ(以下では、「JVR」と表記することがある)の代表取締役である北村彰氏に対して行ったインタビ
ューを基に、日本での VB エコシステムの発展のための課題と VC 投資のあり方に対する含意を得ること
とする38
39。
1.日米でのシード・アクセラレータの勃興と日本での VB エコシステムの萌芽
1.1 シード・アクセラレータの背景となったモバイル・コンピューティング
米国では 2010 年、日本では 2011 年以降、「シード・アクセラレータ(Seed Accelerator:以下では、
「SA」と言う場合がある)」が台頭し始めた。この時期、iPhone 等を代表とするモバイル機器が急速に普及
したことによって、IT やネットに関する個人の身近なニーズを満たすシーズやアイデアを学生等の多くの
起業家が思いつき、ゲーム、広告、SNS 等としてビジネス化する環境が生まれ一斉に拡大期に入った。
こうしたシーズを持つ若い起業家(新興企業での IPO、コンサルタント会社でのベンチャー支援、あるい
は別の会社の起業を経験したことのある若者等)を、携帯電話向けのアプリ等を事業化し、既に IPO を遂
げた新興企業ないしは、その子会社の VC がメンター兼投資家として支援し始めた(支援を受けた起業家
の年齢は 25 歳から 35 歳に分布しており、平均年齢は 30 歳)。こうしたメンター兼投資家が「シード・アク
セラレータ」と呼ばれている。
1.2 起業のコストの低下を促進したクラウド・コンピューティング
SA が拡大した要因としては、上記のようなシーズの事業化コストが大幅に低下したことを挙げることが
できる。2001 年頃、渋谷が「ビットバレー」と呼ばれた時期には、IT 関連のビジネスで起業するには、サ
ーバー等の設備、OS、セキュリティなどのミドルウエアに 8 千万円から 1 億円の資金がかかり、同時にプロ
グラムのスキル習得にも時間を必要とした。このため、起業してから会社が稼働するまでに半年から 1 年
かかった。
しかし、近年のクラウド・コンピューティングの普及により、Amazon 等を利用すれば月 5 千円程度で上
北村氏は、日立ソフトウェアエンジニアリング、日本 IBM を経て、日本オラクル、イーシス
テム、セールスフォース・ドットコムなどのベンチャー企業の立ち上げに携わった。その経験を
生かし、現在は、サンブリッジグローバルベンチャーズにおいて、数多くのベンチャー企業へ投
資や経営のサポートを行う一方、大手企業へのコンサルティングにも携わり、経営者向けのコー
チングや新規事業構築などの支援を行っている。また、NPO 法人 Japan Venture Research では、
代表理事を務め、ベンチャー企業の資本政策情報を日本で初めてデータベース化、起業家や投資
家へ適切で有効な情報を提供し、VC 投資に伴う適正な評価や資本政策の策定に資する活動を行
っている。2011 年に当社を設立し代表取締役として、ベンチャー企業のコンサルティング、調
査・研究、資本政策データベースの作成と、VB、VC 等、VB エコシステムのアクターの交流サ
イトである「entrepedia(アントレペディア)
」を運営している(当社 Web(http://jvr.jp/about-us)
/より)。
39 インタビューは 2014 年 12 月 3 日午後、東京において行った。
38
27
記のような開発環境を構築することができるようになった。プログラム言語も簡易化したため、極論すると
数時間でビジネスを開始可能になった。かつての VB であった新興企業群(日本では、楽天、グリー、
DeNA、サイバーエージェント、デジタルガレージ、オプト等、米国では Google、Facebook、twitter)、あ
るいはそれらの企業の周辺の OB が SA として起業家のメンタリング、インキュベートと投資をしている。
なお、かつては米国の IT 関連技術が日本に流入するのにテクノロジーギャップのため数年かかってい
たが、Web とモバイルのプラットフォームに関しては OS(iOS 等)が日米で共通であるため、時間差は無く
なっている。
1.3 日本での SA の動向と VB エコシステムの萌芽
日本では、当初ゲーム関連企業が SA として出現したが、その後、これらに刺激されて、通信(KDDI、
docomo、あるいはその周辺の企業)、広告(サイバーエージェント、電通、博報堂、オプト)、メディア(フジ
テレビ、日本テレビ)が SA として活動し始めている。敷衍すると、当初は新興企業が中心で、最近では大
手の広告・メディア関連企業が SA に進出しているのである。
具体的にはインキュベート施設を低賃料で提供するとともに起業家に助言をし、スタートアップに必要
な 50~100 万円程度の低額の投資を VC として行う。その際、エグジット(Exit) は IPO だけでなく M&A
も条件に投資をする。中には、大企業とのビジネスマッチングをする SA もある。多くの新興企業系の SA
は、それ自体が若い企業なので、メンタリングする起業家と年齢が近く、技術的なバックグラウンドも概ね
共有している。このため、相互のコミュニケーションがしやすいことも SA の拡大の要因となっている40。最
近では、新興企業系の SA では日常的に、その他の SA も毎週、あるいは毎月、投資先の発掘、またはビ
ジネスマッチングを目的として「ピッチ・コンテスト」41と呼ばれる会合を開催しており、その数も増加してい
る。この会合で、起業家はアイデアを数分で投資家にプレゼンテーションし、関心を持った投資家がその
後起業家と投資について交渉する。いわば、起業家と投資家のための投資仲介のプラットフォームとして
機能しているのである。
このように、日本でも VB を連続的に輩出するエコシステムができつつある。これは良い流れだと思う。
ただ、メンター的な新興企業と若い起業家だけでなく、より多様なアクターの参加が VB エコシステムの発
展には必要だと思う。
2.日米の VB エコシステムの成熟度の差異
2.1 米国の VB エコシステムの特徴
例えば、エコシステムとしてのシリコンバレー・モデル(SVM)の特徴としては、以下のようなことがある。
①大学の教員にも VC での投資、VB の起業、あるいは大企業での勤務といった「ビジネス」の経験を持
一般に大企業の R&D 部門は多くの人員を擁する大きな組織で自前主義で研究開発をしている
ため VB との共有が容易では無い。
41 「ピッチ(pitch)
」には「強引な売り込み」という意味がある。米国では、エレベーター内で
の僅かな時間で起業家が投資家にアイデアをプレゼンテーションし売り込むことを「エレベータ
ー・ピッチ(elevator pitch)
」と呼び、これが、ピッチ・コンテストの語源となった。
40
28
つ者が多いため、学生に「ビジネス」の勘所を教えることができる。また、②日本の大企業に比べれば、米
国の大企業は VB の製品・サービスを導入することについて積極的である。これは、将来的にその VB が
大きく成長した時に、「自分が第 1 号ユーザーである」ということにプライドを感じる調達担当者が存在する
ためである。VB の製品・サービスの β 版(試作バージョン)を自社の業務の一部に試験的に導入して使い
勝手の良し悪しを評価する。また、改良の提案をして、その後本格的に VB の製品・サービスを購入する
こともある。より重要な点は、大企業は長期的な戦略に基づいて将来必要になりそうな技術・サービスをシ
ードステージの VB からも購入することである。この背景には、経営トップが技術を理解し、CTO(Chief
Technology Officer)に強い権限を付与していることがある。このように、起業家を支援し育てようとする意
識と仕組みが SVM のアクター全体に浸透している。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスも起業初期の段
階では苦労しており、このような SVM 特有の支援がなければ、成功することは難しかったのではないか。
2.2 日本のエコシステムに欠けているもの
一方、日本に目を転じると、①大学には、VB・起業家に VB 経営、ビジネス開拓を教えることのできる
起業経験、あるいは起業の成功体験者が少ない。また、②大企業が VB の製品・サービスを購入するとす
れば、開発現場が取り組んでいる R&D に必要な技術を自社で開発できない時に、そのような技術を持っ
ている VB を見つけ、上層部に具申して購入するというパターンが主であり、長期的な経営戦略に基づい
た購入は少ないように思う。この背景には、経営トップが技術を理解できていないことがある。結果として、
経営上層部に戦略的な購入を具申すべきポジションも、たとえ対象が自社の業務の一部での試作品の
購入であるとしても、それによるリスクを回避しがちになり、VB の製品・サービスがなかなか大企業に導入
されないとみられる。
こうした状況の改善のために、大手広告代理店系の SA は VB と大企業との共同研究・共同開発のマッ
チングを行っているが、現状では、大企業側の担当者が「会社の方針」としてではなく「個人」としての資
格で参画しているケースが散見されるにとどまっている。端的に言うと、大企業が「本腰を入れていない」
ように見える。
3.日本の VB のグローバル化の課題
5,6 年前に比べるとネット環境のボーダーレス化が顕著となる中で、ネット関連の VB のアイデアは世界
各国で共通化しており、いち早く事業化して世界市場に展開することが重要である。
実際、当社(JVR)の調査では海外で起業している日本の VB が約 100 社に達している。加えて、拠点
の場所が国内と海外の VB を合わせて、VC 等からの日本の VB の資金調達額の合計をみると、2014 年
の 1-9 月では、その 1 割を海外に本店を登記している VB が占めている。2010 年には、この割合は 1%
未満であったため、日本の VB のボーン・グローバル化(Born Global)が進んだことが分かる。しかし、日
本の VB が世界的企業へと発展するためには、一段の努力が必要と思う。日本の VC が供給する金額の
ロットがなお小さいので、海外、特に米国の VC から資金を調達しないと世界展開に必要な大きな投資は
29
難しい。しかし、海外に立地している日本の VB の多くは、未だに日本の VC から資金を調達している状
況にある。海外に進出した VB は、開発した技術・サービスの営業活動を行う段階になると、市場の特徴
が分かり易い日本をターゲットとする場合が多い。日本の市場や製品・サービスの特殊性を反映したマー
ケティング戦略は海外の VC に説明しても理解されにくいが、日本の VC には理解されやすい。このため、
日本の VB は海外でも日本の VC から資金を調達しているのである。米国を始めとする海外の市場を開
拓する際には、社会・生活・土地の特性の理解が営業活動に必要となるが、日本人には難しい。このため、
米国人等、現地の優秀なセールスパーソンが必要になるが、これには数千万円単位での人件費が必要
になる。また、「日本企業」としての「カルチャー」、「こだわり」を捨て、「グローバル企業」として生きていくと
いう「決意」が必要であろう。例えば、セールスフォース・ドットコムは創業後の営業拡大期に 米国では
IBM の副社長(Vice President:VP)を全世界営業 VP として採用し、欧州では SAP の営業トップを欧
州営業 VP として採用した。同様のことを日本企業ができないわけではないだろう。
シリコンバレー在住の日本の VB が真にグローバル化する場合には、上場の場所も日本ではなく、米
国になるだろう。このようなモデルは既に存在している。イスラエルは軍事関連のIT技術(スパイウェアや
セキュリティ関連)が発展しており、その技術を基に起業した VB がシリコンバレーに移り、米国の
NASDAQ で IPO するケースが多い(国別の IPO の件数をみると、米国以外ではイスラエルが首位、中
国が 2 位)。これを、自分は「イスラエル・モデル」と呼んでいるが、同様のことが日本発の VB でも起きるよ
うになるだろう42。
4.日本の大企業と系列 CVC の現状と課題
4.1 日本の CVC 投資の現状と功罪
足元で日本の CVC 投資が活発化している。しかし現状では、日本の CVC の担当は予算の消化と管
理しかしていないように見える。既に述べた VB の技術・サービスの購入のスタンスと同様に、日本の大企
業の CVC 投資は長期的戦略に基づいているようには思えない。米国では長期的戦略に基づいて CVC
を行っており、近接した分野ではあるが一見すると事業との関連性が分かりにくい企業への投資を行うこ
(筆者注)イスラエルのイノベーション・エコシステムについては結語を参照のこと。なお、入
山(2012)は、
「超国家コミュニティ(Transnational Community)」と呼ぶ「ベンチャーキャピタ
リストや国際的な大企業の社員、エンジニア、あるいは大学の研究者をも巻き込んで、特定の国
と国…をつなぐインフォーマルなコミュニティ」が形成されつつあると論じている(入山・後掲
注 149、215,216 頁)
。この「超国家コミュニティの発展」が、「アントレプレナーシップの国際
化」
、即ち「ボーン・グローバル・ファーム(筆者注:ボーン・グローバル VB)が台頭したり、ベン
チャーキャピタリストが海外のスタートアップに投資したりするようになっている」ことの背景
にあり、
「日本にも超国家コミュニティの『芽』が最近になって出てきているように見える」と考
えている(入山・後掲注 149、221,222 頁)
。その『芽』の例として、Diamond online・後掲注
53 のコラムにインタビューが掲載されているハンズ・オン VC のサンブリッジ代表のアレン・マ
イナー氏等の日米で活動しているイノベーション・エコシステムのプレーヤーを紹介している(入
山・後掲注 149、222 頁)
。端的に言うと、現在米国の経営学界(国際起業論)で注目を浴びてい
る「アントレプレナーシップの国際化」
、
「超国家コミュニティの台頭」が国を跨いだイノベーシ
ョン・エコシステムの「共生」につながる可能性があり、日本にもその萌芽が見られるのである。
42
30
とがある。投資の受け入れ後も VB は比較的自由に活動しているため、利益相反の問題が起きにくい。し
かし、投資家である大企業は戦略的に必要だからこそ投資をしていることは間違いなく、数年後に、投資
先の技術が新事業に必要なものだったことが分かるケースが多い。つまり、技術を化体した従業員・技術
者を手っ取り早く雇う方法として戦略的に CVC を行っているのである。
CVC が VB に投資する場合のタイプは 2 つある。第一に、VB が自力で開拓することが難しいマーケッ
トを握っている大企業に技術を使ってもらうように売り込むというタイプである。こうした VB は CVC からの
投資を受け入れる際に、IPO を目指していることを CVC 側に伝え、利益相反による後日の紛争を予防す
るように投資契約を締結することによって、VB が IPO を実施することができる環境を確保している。第二
に、大企業からのリクエストで行われるタイプである。これは、大企業が投資先 VB の技術等を他社から囲
い込むことも目的としており、VB が大企業のいわば「下請」になるので、M&A が VB と VC のエグジット
の前提となる。米国では、大企業が自社の R&D やブランディング等の経営戦略上必要であれば、VB が
赤字企業でも M&A の買い手となる。例えば、ある VB が「多数のユーザー」を獲得していれば、大企業
は、「多数のユーザー」の存在に価値を見出し、VB の企業価値を算定し M&A を行うのである。このため、
M&A は、VB と VC にとっての貴重なエグジットの手段となっており、起業家は売却代金を基に、シリア
ル・アントレプレナーになる。このようなサイクルで VB エコシステムが機能しているのである。
これに対して、日本の大企業にとって赤字の VB を買うことは、100%ないとは言えないものの、一般的
には難しい。これには、単なるリスク回避的な性向だけではない問題が内包されている。
4.2 VB の製品・技術の購入と M&A を妨げる大企業の NIH 問題
日本の大企業について、しばしば「NIH(Not Invented Here.)」と呼ばれる問題が指摘されている。こ
れは、大企業が自社開発の技術に拘泥し、VB の技術・サービスを購入しないという問題である。その一
因として、日本の大企業製造業は多くの技術者を社内に抱えており、その雇用を維持しなければならな
ず、革新的な VB の技術を導入することについての足かせになっていることがあるように思う。大手の電機
機器、通信機器メーカーには軒並み 5 千人規模の技術者・研究者がいる。社外の VB からの技術等の導
入は自社開発の技術と結びついている技術者の雇用が余剰化するということを意味する。このため、雇用
の維持が優先され、VB からの技術・サービスの購入も VB の M&A も進まない。結果として、R&D 投資
の生産性・収益性が重視されず、イノベーションの停滞を招いているのである。
加えて、危機に陥っても国が助けてくれるとの感覚を大企業が根深く有していることがあるのかもしれな
い。こうした感覚が続く限り、ノンコア技術が社内に死蔵され、スピンオフ VB も生まれにくい。
ただ、NIH 問題への対処を大企業に促す動きも起きている。既に述べたように、シリコンバレーを始め
として海外に拠点を置く VB が増えている。また、ペプチドリームのように、国内よりも海外の製薬会社にい
ち早く注目され、研究開発の契約に至るバイオ VB も現れている。こうした伸び盛りの VB の技術を導入し
なければ、日本企業はオープン・イノベーションの世界的潮流に後れをとってしまいかねない。いずれか
の時点で、NIH に拘っていられなくなるだろう。
対応を加速させる対策としては、第一に雇用の流動化を進め、ノンコア技術とその技術者のスピンオフ
を許容するカルチャーを大企業に醸成する必要がある。第二に、韓国では政府自体がオープン化し VB
31
から優先的に調達していることにならって、日本も国が VB を優先すべきではないだろうか。ただし、中間
に大企業を介在させることを条件にすると状況は変わらないと思われる。
5.日本の VC の課題
5.1 日本のハンズオフ型 VC の功罪
金融機関の系列 VC をみると、以前は銀行系では概ね 3 千万~5 千万円、保険会社系では約 1,500
万円と投資金額に上限があった(2013 年頃から 1 億円以上、あるいは 1 億円規模の投資の事例も散見
され始めているが、従来と同様の上限での投資も一部に残っている)。また、シードステージには投資せ
ず、ハンズオフでリード VC にならない。さらに、キャピタリストが 3 年程度のスパンで異動してしまうので、
投資先 VB の経営を把握しないし、助言もできない。このため、株主総会を欠席するケースも多い。
ハンズオン VC はリスクをとってシードステージから「紙(ビジネスプラン)」に投資し、段階的投資43を行
っているので、ハンズオフ VC の投資は、その努力を部分的に減殺する可能性がある。また、金融機関系
の VC は相対的にリスクが低いレーター・ステージの VB に資金を出すので、資金が VB に集まりすぎ、
VB の経営の規律に悪影響を及ぼす44ケースもないわけではない。
ただ、銀行系を例にとると金融機関系列の VC にも一定の役割はある。そもそも銀行が伝統的に競争
力を有する業務は融資である。銀行系 VC の主たる機能は、投資先 VB の業容が拡大し、利益を安定的
に計上できるようになった段階で、増加運転資金や設備資金の需要に対して銀行本体が融資(debt)で
資金を供給するためのリレーションシップを VB の段階から構築しておくことである。この機能に対するニ
ーズは VB サイドにもある。ただ、銀行系 VC と VB とのリレーションシップ45の有効性を高めるためには、
VC 投資を VB の事業に現在よりも関与するようなスタイル、あるいはハンズオンに改善する必要がある。
5.2 ハンズオン VC 投資に必要な組織・人事・報酬体系
(筆者注)段階的投資については後述する。
(筆者注)資金を調達する企業に資金が過剰に集まることによってその企業の経営の規律が弛緩
することを企業金融論において「ソフトな予算制約問題(soft budget constraint problem)
」と言
う。
45 (筆者注)そもそも、全ての VB が IPO、ないしは黒字化できるわけではなく、その時期も計画
通りに進むとは限らない。加えて、結果的に廃業・破綻する VB も少なくない。つまり、VB へ
の投資は本来的に「リスク・マネー」なのである。このため、VC は、通常「負債(debt):有
期限」ではなく「資本(equity):無期限」によって資金を供給する。ところが、無期限の「資本」
を供給しているにも関わらず、VB の事業が計画通りに進まないと、普段はハンズオフで VB の
経営への助言等の関与をしないにも拘わらず、投資を回収しようとする VC が一部にみられる。
その根拠・ツールとして、投資契約に盛り込んだ株式公開努力義務と起業家個人への株式買戻し
義務の条項が利用されるが、このような条件での投資は、期限の利益喪失事由を定めて、起業家
を連帯保証人として行う融資、すなわち「負債(debt)」とほとんど変わりがない。このため、VB
サイドは不満を持ち、VC と VB のリレーションシップ、広義には、信頼関係の構築と維持に悪
影響を及ぼしているとしばしば指摘されている。
43
44
32
このためには、銀行系 VC ではキャピタリストの人事政策を変えることが必須の条件となる。キャピタリス
トが一人前になるには、ファンドの存続期間である 10 年程度の時間が必要である。したがって、VC 子会
社独自での長期的な人材育成が必要になる。銀行本体では数年ごとの人事異動が行われることが通例
であるが、VC 子会社に関しては例外を設ける必要がある。
また、人材がいないところから育成するには、外部から VC ファンドのゼネラル・パートナー(GP)の経験
のあるファンドマネジャーを採用して、社内でスキルを伝播することが必要であろう。通常、GP は成功報
酬と投資に関する決定権限を必要とする。したがって、それらの経験者と VC 子会社内で育成する人材
の報酬体系の整合性を確保するために、報酬政策を変更しなければならない。ただ、完全な成功報酬に
移行する必要はない。なぜならば、系列 VC のキャピタリストも本体の金融機関の職員と同様に、社宅や
年金、社会保険等の福利厚生を付随給与として支給されるからである。したがって、系列 VC の報酬制度
は以下のようにする ことが有効 と思われる 。す なわち、現在の固定 給を例 えば 10% 下回る水 準
(90%=100-10)に削減し、努力すれば達成できる目標を予め設定し、達成すれば、報酬が現在と同額
(100%)になるように成功報酬を支給し、目標を超過達成した場合にはさらに 10%までの成功報酬の上
乗せ(110%=100+10)も認めるのである。
なお、パーセンテージは経済・物価情勢その他の条件の変化に基づいて、調整する必要がある。また、
エグジットのタイミングはファンドを担当した時期によって異なるので、目標は利益だけでなく、投資をいか
に積極的に行ったかについても考慮すべきであり、担当者ごとに着任の時期や任期内の経済情勢等も
踏まえて、個別に設定することも必要である。
5.3 日米の種類株式の利用状況
米国では、VC 投資は種類株式による段階的投資(ラウンド投資)が前提である。これはシードステージ
からリスクを取ってハンズオン投資を行う先発の VC は希薄化防止条項(anti-dilution provision)等で
後発の投資家に対してガードを張る必要があるためである。ただ、近年は、リーマンショック後概ね経済が
回復傾向をたどっていることと、金融が緩和されていたこともあり、VB 側に有利な条件で種類株式が発行
されている。加えて、モバイル化とクラウド化が進展した影響で、特に IT 関連の VB の事業の成否が 2~
3 年で明らかになるため、VC が投資契約の条件交渉に時間をかけていられなくなっていることも、この流
れを促進している。このため、「相対的に」VB サイドに有利な投資契約が増えている。
一方、日本でも種類株式の利用が増えている。投資する金額は少ないが SA は「紙(ビジネスプラン)」
に投資するため、起業家を規律付けるために種類株式を利用する。SA が種類株式で投資を行う主たる
理由は、米国と同様にシードマネーの投資はリスクが高く、株価の設定(Valuation)も難しいため、一定
のシェアを保持するためには、次のラウンドでシェアが希薄化しないように条件を定めた契約がなされる
ためである。また、日本でもここ数年で普及してきた段階的投資は種類株式で行われることが前提になっ
てきた。おそらく、現時点で新規に行われる VC 投資の件数の内、7~8 割には種類株式が利用されてい
ると思われる。これは以下のような要因による。第一に、近年、VB が急成長し、創業 2 年目で数億円の調
達をするケースもあり、億円単位という巨額の投資を行うために、VC が種類株式によって希薄化等のリス
33
クを保全する傾向が強まっている。第二に、リード VC としての役割を主に担う独立系の VC や CVC の場
合、種類株式を用いることが一般的であるが、これらの VC のプレゼンスが高まっている。第三に、リード
VC が種類株式を利用すれば、必然的に銀行系や保険会社系の VC も種類株式を利用して投資すること
になる。
6.オープン・イノベーションによる日本の VB エコシステム発展のための課題
最後に、日本の VB エコシステムが一層の発展を遂げるためには、IT 関連産業だけではなく、電機、
自動車、化学などのモノづくり全般にわたる大企業の参加が必要であり、これらの伝統的産業が NIH を
克服し、オープン・イノベーションの創出に対してより前向きになることが望まれることを指摘しておく。既
に述べたが、日本企業が競争力を維持・向上していくためには、不可避的に世界的なオープン・イノベー
ションの潮流に対応しなければならないと思われる。換言すると、対応した企業だけが競争力を向上し、
生き残ることができるということである。
この点で、大学と伝統的産業が世界でも有数のシード技術を有していることは日本の強みである46。そ
れらの組織の研究者に対してビジネス感覚を醸成することができれば、大学発 VB や大企業からのスピン
オフ VB の拡大が加速し、現在萌芽期の日本の VB エコシステムの一層の発展につながるものと思われ
る。
(筆者注)近年、日本人科学者が頻繁にノーベル賞を受賞しており、その中には、大学の研究者
だけではなく、企業内の、あるいは企業出身の研究者が散見されることを想起されたい。
46
34
〔3〕産学連携による技術移転を通じた大学発 VB の創出とエコシステムの発展の課題
ここでは、株式会社東京大学 TLO の代表取締役社長である山本貴史氏へのインタビュー47から、産学
連携による大学発 VB の創出とベンチャー・エコシステムの発展の課題についての含意を得る。
1.産学連携による技術移転の必要性と現状
1.1 産学連携の日米の状況
米国では産学連携のインパクトは非常に大きい。大学の新規発明届出件数、特許出願件数、技術のラ
イセンスの件数・収入は日本を大きく上回っており、2011 年には、産学連携による新製品の数は 591 件、
大学発ベンチャーの起業数は 671 社に達している(日本には正確なデータがない)。
米国では、産学連携がイノベーションのエンジンであり、VB や中小企業が大学の技術を積極的に利
用して成長している。日本の産学連携と(大学発)VB を巡る環境は米国に比べるとまだ遅れているが、流
れは変わってきた(詳細は後述)。
1.2 米国大学の技術移転の端緒と経済効果
米国の大学からの技術移転は世界のモデルになっている。「技術移転の父」と呼ばれているのがニル
ス・ライマース(Niels Reimers)氏であり、1969 年にスタンフォード大学の OTL(Office of Technology
Licensing)を設立した。その後マサチューセッツ工科大学(MIT)、カリフォルニア大学のバークレー校
( UCB ) と サ ン フ ラ ン シ ス コ 校 ( UCSF ) 等 の 技 術 移 転 機 関 ( TLO : Technology Licensing
Organization)の起ち上げに携わり、現在はコンサルタントとして世界各国の大学等の技術移転機関の
設立や運営のアドバイスを行っている。
米国では、大学は知的財産の生産工場の役割を担っており、大学の技術移転は中小企業支援につな
がっている。大学の技術を用いた製品・サービスの売上高(グーグル等、大学発 VB を除く)は 10 兆円以
上に達し、大学の技術移転は 70 万人以上の雇用を創出するなど、経済の活性化に寄与している。
有名な例が、後にバイオ VB であるジェネンテック(Genentech)の誕生につながり、300 億円(2 億 5
千万ドル)のライセンス収入をスタンフォード大学にもたらしたコーエン・ボイヤー特許の技術移転である48。
Google の技術もスタンフォード大学の OTL から出願された。Bose、シスコシステムズ、Sun マイクロシス
47
2014 年 11 月 27 日午後、東京において実施した。
48
(筆者注)ジェネンテックは、スタンフォード大学のスタンリー・コーエン教授と UCSF のハーブ・ボイヤー
教授との特許である DNA 組み換え技術(ヒトのタンパク質を簡単に大量生産することを可能にする)を事
業化したバイオ VB である。同社はボイヤーと投資家であるボブ・スワンソンが共同で 1976 年に創立し、
この技術を用いて糖尿病の治療薬であるインスリンの作成に成功し、医学の発展に大きく貢献し、その後
日本の大手製薬会社を上回る規模に成長した(2009 年にロシュの完全子会社となった)。この特許はス
タンフォード大学の OTL によってライセンス供与が行われた。
35
テムズ49(Sun は Stanford University Network の略)等も大学発ベンチャーである。
大学には、社会問題の解決につながるような有望なシード技術が数多くあることが米国の経験から分
かる。日本でも、ヤマハのシンセサイザーの技術はスタンフォード大学からライセンスされたものであり、帝
人、TDK、味の素、荏原製作所等は大学発である。以下に述べる日米の大学生の起業に対する意識を
比べても、産学連携による大学発 VB の可能性が日本でも高まっている。
1.3 大学生の起業に対する意識の日米比較
1.3.1
米国
米国、特にシリコンバレーでは、経営のノウハウやスキルを持っていない「若者」もアイデアや技術(材
料)を事業化(料理)するために、製品化やターゲットとする市場に関して「大人」であるエンジェルが助言
する仕組みがあり、社会全体として起業家と VB の成長を促すエコシステム(生態系)が確立している。
このため、特に、米国の一流大学では、起業家を目指す学生がほとんどである。MIT のビジネススクー
ルのある教授は、複数の会社を起業したい学生がいるため、「『150%』の学生が起業家を目指している」
とまで表現している。
1.3.2 日本
東京大学でも起業を目指す学生が現れている。これは今までにない動きであるが、その理由は二つあ
る。
第一に、大手企業で働くことに夢を持てなくなっており、閉塞感を強く持っていることがある(これには、
さまざまな実例の報道から大手企業といえども必ずしも安泰ではないとの認識が広まっていることも影響
している)。第二に、Facebook を始めとする、米国の大学発企業の経営者が、ロールモデルとして、日本
の学生にとっても「Cool」であるとの意識が浸透していることである。
2.東京大学 TLO の取組み
2.1 産学連携の理念と実績
2.1.1 産学連携の理念とスタンス
東京大学 TLO は、1998 年に設立された。東京大学で生まれた知の社会への還元を目的に、東京大
学と産業界の橋渡し役となるべく、東京大学の技術(発明、ソフトウェア、試料等)のマーケティング活動、
ライセンス活動に力を入れている。
米国と同様にイノベーションの創出と VB、中小企業の支援につなげるために、産学連携を行っている。
自分は、ライマース氏とのコンサルティング契約に基づいて、産学連携に関するノウハウを学んだ。
当社の特徴は端的に言うと「マーケティングモデルの実践」である。目的は特許出願ではなく、技術の
「事業化」である。ベンチャー・中小企業への積極的なライセンス活動を行っており、海外へのライセンス
にも注力している。
49
(筆者注)2010 年にオラクルに買収された。
36
東京大学の関連機関(後述)と連携して、研究段階からシード技術の事業化に関与している。例えば、
東京大学の研究成果として開発された技術を基に起業するべきか否かについて、研究者や学生と一緒
に検討し、製品・サービスを売り込むところまで踏み込んで支援している。
2.1.2 技術移転の実績
東京大学 TLO では、他の大学にとって課題となっている「マーケティング」に重点を置いており、これま
での実績は以下の通りである。
①発明届出件数は概ね、毎年 600 件台を中心に推移
②出願件数は増加基調で推移し 2013 年は 1,055 件となった(海外へのライセンスにも注力しているこ
ともあり、出願場所の別にみると、2011 年以降、海外が国内を上回っている。)。
③契約件数も共同出願契約を中心に増加基調で推移しており、2013 年は 351 件となった。
④ロイヤリティ総額は、2005 年から 2012 年までは、2 億円前後で推移していたが、2013 年には 7 億
円近くにまで増加した。
産学連携は、当初特許の出願費用や人件費が嵩むため赤字が拡大し、その後ライセンシングが軌道
に乗り、利益を計上するまでに長い時間がかかる(赤字の拡大→赤字の縮小→収支の均衡→黒字の拡
大、という「ホッケースティックカーブ」と呼ばれる成長経路を辿る)。ライマース氏が手掛けたスタンフォー
ド大学では 18 年、MIT では 10 年を要した。当社もここ数年黒字基調を維持している。
2.2 大学の関連機関との連携・役割分担
産学連携を円滑に進めるために、東京大学の他の関連機関とは以下のように役割を分担し、競合しな
いようにしている。
大学の産学連携本部は共同研究契約、東京大学エッジキャピタル(以下、UTEC)は資金供給、当社
は技術のライセンシングである。国立大学が直接 VB に出資する制度が始まるが、既に設立されている民
間企業である UTEC の事業を圧迫することはできないので、現在、東大では民業圧迫にならない形での
出資のあり方について UTEC も交えて検討している。
2.3 学外組織との連携
大学発 VB の育成や大学内の技術の事業化のために、UTEC は他の大学とも連携している。当社でも
関西 TLO(京都大学)と情報交換しているほか、山形大学医学部とは 2013 年から連携している。国外に
ついては、英仏の大学と情報を交換しており、フィンランドの大学とも人的交流の実績がある。今後、大学
間の国際連携網を広げていきたいと考えている。
TLO 間の情報交換のネットワークは地域毎に拠点となる大学の TLO に、その地域の他の大学の情報
が集約され、拠点大学の TLO 間で交換されるスタイルが主流になるものと思われる。これは、有効性の
高い情報交換には、各 TLO 内の知識・経験が豊富なキーパーソンによる、いわば「口コミ」的な要素が存
37
在するからである。
3.支援先企業からみた日本の VB と中小企業の可能性
3.1 東大の技術を事業化した企業の事例
3.1.1 バイオ VB
ペプチドリーム㈱は、東京大学先端科学技術センターの菅裕明教授(現、理学部教授)により開発され
た RAPID システムを用いて、創薬プロセスで最も重要なステージである医薬候補化合物の探索に特化
した企業である。2006 年に設立され、2013 年に IPO を行った。
国内外の大手製薬会社と基礎研究(開発)あるいは共同研究の契約をしている(2009 年:アステラス製
薬、2010 年:ノバルティス(スイス)、ブリストル・マイヤー(英国)、アムジェン(米国最大のバイオ VB)、ファ
イザー(米国)、2011 年:田辺三菱、第一三共、アストラゼネカ(英国)、グラクソ・スミスクライン(英国)、
2013 年:イプセン(フランス)等)。
3.1.2 中小企業
1993 年に創業した㈱ワカイダエンジニアリング(東京都)は、活性炭フィルタを製造する、資本金 2,500
万円、従業員 17 名の企業である。東京大学アイソトープ研究所(野川憲夫元助教50)、東洋紡績㈱との
共同研究によって、2010 年に放射性物質除去フィルタ及びそれを用いるフィルタユニットで特許を取得
した。これは、当初は、研究施設等での安全装置として開発したものであったが、東日本大震災後、福島
第一原発に急きょ採択され、その後第二原発にも納入されている。この技術を用いて、世界初の放射性
物質を除去できる家庭用空気清浄機の販売も開始した(PM2.5 も除去することができる)51。
3.2 可能性のある業種・技術
バイオ系は有望である。また、材料系の研究者数の日米比は 1 対 1 なので、この分野の日本の潜在的
な競争力は高い。東京大学 TLO には、バイオ、材料系だけでなく、その他にも移転可能な多数のシード
技術やソフトウェア等があり、企業に活用してもらいたい。
4.日本の VB エコシステムの発展の条件
以下では、VB エコシステム内の主要なアクターの役割について述べる。
4.1 大企業
(筆者注)福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任教授(同センターWeb
(http://fure.net.fukushima-u.ac.jp/staff/)2015 年 1 月 13 日閲覧)。
51 (筆者注) 2014 年には、放射性物質除去と PM2.5 対策として、高性能空気清浄器と活性炭素繊維フ
ィルタの中国への輸出も開始した。
50
38
4.1.1 VB の契約先として
米国では CTO(Chief Technology Officer)あるいは CSO(Chief Science Officer)は、3 年の任期中
に業績をあげないと評価されない。つまり、何もしないことが自分にとってのリスクなのである。このため、
自社の発展のための戦略に寄与する可能性があれば、新しい技術を持つ企業への出資やその企業との
提携、購入についてアクティブであり、委譲されている権限を用いて迅速にその場で意思決定している。
新しい技術はポジティブな面よりもネガティブな面の方が目立つ場合が少なくないが、米国の CTO は多
くの企業に投資することによって、リスクを分散している(1 勝 9 敗でも、その 1 勝で利益を出せば良い)。
この点で、合議制を主とする日本の大企業のマネジメントシステムでは、ネガティブな面のある技術の
購入等についてリスクを取りにくい(負けは許されない)。このため、米国の企業に比べて意志決定のスピ
ードに難がある。世界的なオープン・イノベーションの流れの中において、NIH(Not Invented Here)問
題、すなわち社外で開発・発明された技術を導入することについての消極性や躊躇がなお根強いように
思われる。
例えば、前述のペプチドリームの大手製薬会社との基礎研究や共同研究の契約をみると、日本企業よ
りも海外の企業の方が積極的だったように思われる。これは、イノベーションにおいて日本企業が海外企
業に後れを取ることにつながりかねないため、改善すべきである。
4.1.2 CVC として
今 の と こ ろ 日 本 の CVC は 、 財 務 的 投 資 ( financial investment ) と 戦 略 的 投 資 ( strategic
investment)のどちらを指向しているのかはっきりしていないが、どちらかというと前者が優勢に見える。
財務的投資は財務部や企画部など経営トップに近い部署が担当すると思われ、これは本業と無関係
の業種でも投資先の株価が上がれば良い。一方、戦略的投資は研究開発部門や事業部門が担当する
ことが多く、経営トップとやや距離があるのではないだろうか。すると、株価が上がらない場合には、自社
の本業の売上高等の増加に寄与することを役員会で説明しなければならない。このため、どうしても失敗
のリスクを回避しようとのスタンスに傾きがちになるのではないだろうか。
結局、VB との取引にしても CVC にしても、大企業のリスク回避的な性格を変えるためには、米国と同
様に、何もしないことがリスクとなるように、人事評価のシステムを改革することが必要だと思う。
4.2 VC
VB は、シード・ステージやアーリー・ステージでは赤字であることが通例であるが、この時期にこそ資金
が必要である。これらのステージの VB へのリスクマネーの供給には、日本の VC はなお消極的である一
方で、相対的にリスクの低いレーター・ステージの VB にハンズオフで投資する VC が少なくないように思
う52。
また、日本の VC は技術に対する専門性と VB の経営を円滑に動かす指導力に課題があると思う。VB
の内、特に、大学発 VB の歴史は米国に比べて浅く、起業家も経験不足の若者が少なくない。このため、
(筆者注)このような投資スタイルが、後述する日本の VC の収益性(IRR)の低さにつながっ
ている可能性が高い。また、
「ソフトな予算制約問題」を惹起する可能性もあろう。
52
39
ハンズオン投資を行うとしても、投資先 VB の取締役会で助言をするだけでなく、製品・サービスの販売先
の開拓に一緒に汗を流すといった、よりパターナリスティックな支援が求められているのだと思う。
加えて、大学発 VB はシード・ステージから IPO に至るまで時間がかかるが、日本の VC の投資期間
は通常最長で 10 年である。このため、投資先 VB が公開基準に達すると、すぐに IPO を要求する VC
が少なくない。IPO によって VC はエグジットできるが、ビジネスモデルを確立していないと、その VB は
IPO 後に順調に成長することができず、株価も低下し以降のエクイティ・ファイナンスに苦労する。このよう
な事態に陥るのを防ぐために、日本の VC は投資先 VB のビジネスモデルや実状に応じて、IPO 後の発
展も見据えて、投資期間を設定すべきである53。
4.3 「材料」の「料理法」をメンタリングする「大人」
技術と資金という「材料」があれば、ベンチャー・エコシステムができるというわけではない。若い起業家
を支援する知識や経験の豊富な「大人」が「料理法」(事業化)を支援する必要がある。
4.3.1 起業前
日本でも「大人」による VB 支援のプラットフォームになりそうなものとして、シリコンバレー駐在経験のあ
るビジネスマンの任意の組織である「SVIT(Silicon Valley in Tokyo)」がある(自分は、シリコンバレーに
駐在してはいなかったが、当初から参加していた)。
当初は十数人規模で懇親会を時々開いていたが、勉強会も開催することになった(自分が発案者とい
うことになっている)。その勉強会に起業を志す者も参加するようになり、その起業家候補のビジネスプラ
ンを参加者が「揉む」、「ブラッシュアップ」するための助言・支援を行うようになっている。参加者は現在約
50 人に増加しているが、その属性は多様で、すでに大企業をリタイアした者や現役の者もおり、個人的に
参加している者が多いが、大阪大学や東北大学の大学発 VB に対する出資金事業の担当者もいる。
(筆者注) 日米でハンズ・オン投資を行う VC のサンブリッジのアレン・マイナー会長は以下の
ように述べている。
「日本で上場後に苦戦するベンチャーが多いのは、早すぎる段階で IPO をさせようとする金融業
者のせいでもある。IPO は土台が固まってからやればいい。」
「ベンチャー企業が IPO のタイミングを見計らうのは当然だが、投資する側の VC は市場のタイ
ミングをあまり意識するべきではない。どんな市場環境だろうと、ベンチャーが一人前になるに
は相応の期間を要するもの。短期間では将来を予測できない。
…将来性のある企業に投資していれば、たとえ IPO のタイミングがずれても、その間企業が成長
しているぶん、IPO 後はいい株価がつくはずだ。
逆に、…無理に上場を急げば、需給のミスマッチで異常な高値が付き、結局は破裂してしまう。
私たちにとって、エグジットまで 7~8 年を見るのはむしろ当たり前」
(DIAMOND online のコ
ラム「IT insight」の 2012 年 2 月 16 日付「
『IT ベンチャーよ、シリコンバレーを目指せ!』日本
発のグローバル企業はなぜ生まれないのか―アレン・マイナー サンブリッジ会長に聞く」
(http://diamond.jp/articles/print/16144)2015 年 2 月 23 日閲覧。
また、以上からも、特に金融機関は系列 VC で長期的にベンチャー・キャピタリストを育成す
ることが必要であることが示唆される。
53
40
4.3.2 起業後
優れた技術の研究者が、優れた経営者としてのスキルを有しているとは限らないことは日米に共通する。
シアトルのワシントン大学では、シード技術を事業化する際に IPO の実績のある企業経営者のチーム
(CEO、CTO など)を丸ごとヘッドハントしている54。
日本にも、大企業 OB 等には、VB を経営する経験やスキルを有した人材は多数いると思われる。こうし
た人材が VB の経営に成功する例がいくつか現れ、ロールモデルになれば、経営者を指向する人材が一
挙に増える可能性があるとみている。
4.4 大学・政府
産学連携には VB エコシステムの構築とも関わりの深い課題が多く、以下のようなものがある。
4.4.1 評価指標
産学連携の評価指標を下表のように、従来のものから新たなものへと変えることが必要であると議論さ
れている。これは、大学の産学連携をマーケティングモデルに転換させるためである 55。また、産学連携
による経済の活性化を促進するように公的研究費を大学に配分する政府にとっても必要であろう。なお、
評価指標を変えるためには、各大学の産学連携の実績の公表が不可欠である。
新たな評価指標
従来の評価指標
(「長期的」に評価する)
共同研究・受託研究・
共同出願件数・額
共同研究や受託研究から生まれた
公的研究費獲得
受託出願件数・額
製品・サービスの数と売上高
ライセンス、共同出願、
ライセンス件数・額
ライセンスや共同出願によって生ま
著作権、マネジメント
ロイヤルティ収入・額
れた製品・サービスの数と売上高
共同出願契約件数
ベンチャー支援
ベンチャー起業件数
ベンチャーが提供する製品・サービ
起業支援
IPO 件数
スの数と売上高
4.4.2 人材育成
TLO や大学の産学連携本部のような機関で産学連携に従事するには経験や人脈が必要である。した
がって、ノウハウは組織よりはむしろ個人に蓄積される。若い人材を長期的に育成するためには生活の安
定が必要であるため、現在の任期付の採用ではどうしても限界がある。
また、国際的に産学連携を推進するためには、技術移転実務の専門性を保証する国際的なステータ
スである RTTP(Registered Technology Transfer Professional)
56を有する人材の育成も課題である。
(筆者注)米国では、人材としての「経営者」の市場も機能しているとしばしば言われる。
大学間でのモデルの共有も必要である。
56 (筆者注)RTTP は、プロフェッショナル技術移転実務者の国際承認機関である ATTP
(Alliance
of Technology Transfer Professionals)が認定するステータス。
54
55
41
世界全体で 228 人いるが、日本は自分を含め 6 人だけである(アジアでは他にインドと中国に各 1 人)。
日本より人口・経済の規模の小さい南アフリカでも 6 人いることを踏まえると、日本では一層の人材の充実
が必要である(図表Ⅲ-1)。
(図表Ⅲ-1)国別の RTTP の人数
4.4.3 GAP ファンドの構築
企業が関心を持つことができるまで
にあと一歩という技術には日本の大学
では資金がつきにくい。このため、基
礎研究(資金が比較的つきやすい)と
事業化までの間に、必要となる資金の
ギャップができる。これを埋めるのが
GAP ファンドであり、例えば、大学の
知財本部、あるいは TLO がファンドを
設定して調達した資金を研究に充当し、
その成果を企業にライセンスし、ロイヤ
ルティ収入でファンドの資金供給者に
還元するのである。
欧米では GAP ファンドは既に一般
的であり、日本でも普及させる必要が
ある。
国
米国
英国
オーストラリア
ドイツ
デンマーク
ベルギー
カナダ
ノルウェー
オランダ
南アフリカ
日本
スイス
スペイン
オーストリア
ニュージーランド
イタリア
アイルランド
スウェーデン
ポルトガル
ポーランド
インド
中国
合計
人数
75
27
23
21
12
11
10
9
7
6
6
4
3
3
2
2
2
1
1
1
1
1
228
構成比(%)
32.9
11.8
10.1
9.2
5.3
4.8
4.4
3.9
3.1
2.6
2.6
1.8
1.3
1.3
0.9
0.9
0.9
0.4
0.4
0.4
0.4
0.4
100.0
(資料)ATTP Web(http://www.attp.info/registration/registered-professionals.asp)
(注)筆者作成(出所は、2014年12月1日閲覧)
4.4.4 海外ライセンスの自由度向上
海外への技術のライセンシングについてみると、大学の資金で研究した技術のライセンシングは自由
であるが、国の資金で研究した技術をライセンスする場合には国の許可が必要となる。既に述べたように、
海外の企業は社外からであろうと積極的に技術を導入し、オープン・イノベーションを実現している。大学、
あるいは研究者のためだけでなく、日本企業が本格的にオープン・イノベーションへと舵を切る端緒とす
るためにも、海外へのライセンスの自由度を上げるべきではないだろうか。
4.5 失敗を許容するマインドセットへの転換
米国では失敗に対して寛容であると言われる。極端な例をあげると、起業家への出資を審査する、米
国のあるエンジェルの集まりには、2 回以上失敗した起業家でないと参加できない。つまり、失敗経験が
出資の条件になっているのである。一方、日本では、依然として一度失敗すると失格の「烙印」を押される。
このため、優れた技術・アイデアを持っている者にとって起業を躊躇する要因となるため、失敗を許容する
マインドセットへの転換が必要である。
5.大学発 VB の展望と中小企業にとっての技術移転
42
5.1 大学発 VB の展望
産学連携によるイノベーションは起こりつつある。世界で評価される大学発 VB がこれから出てくる。特
に、バイオ VB ではペプチドリームは「日本版ジェネンテック」を指向している。2014 年に IPO を実施した
バイオ VB の㈱リボミックも視線を海外に向けている。
さらに大学発 VB を活性化するためには、既に述べたものに加えて、以下のようなことが必要と考えて
いる。
①現在、個人を対象としているエンジェル税制と同様の優遇措置を企業の投資にも適用すること
②START 事業57(文部科学省の「大学発新産業創出拠点プロジェクト」)の拡充
③大学発 VB の海外展開の支援
④特許法 73 条58の共同出願ルールの改定
5.2 中小企業にとっての技術移転
米国では大学の技術の約 3 分の 2 はスタートアップ VB と中小企業にライセンスされている(2010 年
度:スタートアップ VB17.2%、中小企業 47.4%、大企業 35.4%)。日本では、2012 年度にスタートアップ
VB0.3%、中小企業 37.3%、大企業 62.5%となっている。スタートアップ VB へのライセンスが少ないこと
自体は日本の課題であり、当社では VB へのライセンスにも力を入れているが、もちろん中小企業にも積
極的にライセンスする方針である。
(筆者注)「大学発ベンチャーの起業前段階から政府資金と民間の事業化ノウハウ等を組み合わ
せることにより、リスクは高いがポテンシャルの高いシーズに関して、事業戦略・知財戦略を構
築し、市場や出口を見据えて事業化を目指す」プロジェクト(文部科学省 Web:http:
//www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/chiiki/daigaku/1315195.htm)。
①国際市場を狙う次世代技術(特許)に特化した研究開発の実施、②ベンチャー立ち上げ前段
階で「事業化専門チーム」を結成、③リスクの高いシーズに挑戦するための「ポートフォリオ」
(技術シーズ群)の導入、④研究マネジメント・事業育成を行う人材(事業プロモーター)を「公
募」
、⑤事業プロモーターによる有望シーズの「発掘システム」を導入、⑥「民間の事業化ノウハ
ウ(ハンズオン)
」を大学等の研究段階に導入、⑦事業プロモーターを通じて民間資金を呼び込む
新日本版システム、という 7 つのコンセプトを導入している(http://www.mext.go.jp/component
/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2012/01/19/1315066_1.pdf)。
これは、GAP ファンドが対象とするような、事業化前の研究・技術への資金付けに寄与する
ものと思われる。
58 (筆者注)条文は以下の通りである。
(共有に係る特許権)
第七十三条 1 (略)
2 特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の
同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる。
3 特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その特許権につ
いて専用実施権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができない。
例えば、第3項は、大学と企業が共同研究した成果の特許が共有とされた場合に、共有者の一
方である企業が事業化を急いでいない時には、企業が同意しない限り大学がその技術を他の企業
にライセンシングできないという問題を惹起する。通常、大学及び研究者は何らかの社会的課題
の解決のために研究が活用されること望むが、共有者である企業は自らの想定しない用途で技術
が他社にライセンスされることを望まない可能性あり、利害が対立する。
57
43
技術的な課題を有しており、当社の Web で紹介した技術に解決のヒントがありそうだと考えたら、是非
相談してほしい。東京大学との共同研究や大学内の 10 年後を見据えた技術の活用方法というと、敷居が
高そうに思えるかもしれないがそのようなことはない59。当社は大学発 VB だけでなく、中小企業の技術導
入も支援することによって、イノベーションと経済の活性化に貢献したいと考えている。
59
ただし、大学とのつきあい方については以下のような留意点がある。
①論文として成果につがなりうる研究が歓迎される。
②イノベーションにつながる目標の設定が重要。
③従来の共同研究は、契約上は大学と企業の共同研究であっても、実質的には一研究室と企業
の共同研究であることが多かったが、企業の課題を解決するためには、関係する複数の研究
室と企業で共同研究を行った方が、企業のニーズに合致することが多く、そのための取組み
を大学としても行うことが望まれる。
④学生の発明の取扱いや秘密情報管理には、理解と協力が必要。
⑤大学にとって成果の発表は必須であることを前提とする。
⑥早い意思決定が必要。
44
〔4〕大学内技術の事業化に取り組む VC とエコシステム発展の課題
ここでは、東京大学 TLO とともに東大の産学連携とその事業化に密接な関係を有している UTEC の
郷冶友孝氏(株式会社東京大学エッジキャピタル代表取締役社長・マネージングパートナー)が、2014 年
10 月 2 日に独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の BBL セミナーで行った講演「UTEC(東京大学
エッジキャピタル)創設から 10 年間の取り組みについて」の議事録60から、UTEC の概要と取組み内容等
を抜粋することによって、大学発を中心とする技術の VB による事業化と、そのためのファイナンスについ
ての含意を考察する61。
1.UTEC の概要
「2004 年 4 月に設立した東京大学エッジキャピタル(UTEC)は、東京大学の承認する『技術移転関連事
業者』として、研究成果や研究人材を活用するベンチャー企業への投資を行うベンチャーキャピタルファ
ンド(投資事業有限責任組合)を 3 本(計約 290 億円)、設立運営しています。
2004 年 7 月に立ち上げたユーテック 1 号投資事業有限責任組合(83 億円規模)は、34 社の投資先
のうち約 30 社が Exit(卒業)済み…となっています。この中には、東京大学医科学研究所発のベンチャ
ーであるテラをはじめ、モルフォ、ペプチドリームといった上場企業や、グーグルに買収されたフィジオス
などが含まれます。
2009 年 7 月には、UTEC 2 号投資事業有限責任組合(71.5 億円規模)を立ち上げ、投資先 13 社の
うち 2 社が Exit 済みです。続いて 2013 年 10 月には、UTEC 3 号投資事業有限責任組合(135.7 億円
規模)を立ち上げました。現在までに 10 社のベンチャーへ投資していますが、2018 年までには 30 社程
度に広がる見通しです。
当社は投資だけでなく、大学研究段階の 6 プロジェクトを文科省 START 事業62によってインキュベーシ
ョンしています。また…シード、…アーリーから Exit まで、中長期間取り組むリード投資にも注力し、投資
先の成長段階に応じて投資家、金融機関、公的機関からの資金調達を組成する役割も担っています」。
2.技術シーズの事業化の可能性
各国の研究開発投資(対 GDP 比率)を比較すると、「日本…は…世界最高水準にあります…から、日
本には…それだけの研究成果があるはずだと考えています」(図表Ⅲ-2)。
しかし、VC 投資額(対 GDP 比率)をみると(図表Ⅲ-3)、「…日本は先進各国で最低水準といえます。
特に起業初期段階のベンチャーキャピタル投資が少ない状況ですが、逆にいえば、日本は先進国の中
で最もベンチャーキャピタルの伸びるポテンシャルが高いわけです」。
60
RIETI Web(http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/14100201.html?stylesheet=print)2015 年
1 月 13 日閲覧。RIETI 編集部の責任で取りまとめられたものである。
61 以下の部分の項目立ては、RIETI 編集部によるものも参考にしつつ筆者が行った。
62 前掲注 57 参照。
45
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
年
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
年
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
ドイツ
オランダ
デンマーク
英国
ベルギー
カナダ
オーストリア
シンガポール
アイルランド
スロベニア
中国
スウェーデン
エストニア
アイスランド
2.20
1.98
1.84
1.80
1.76
1.65
1.60
1.34
1.30
1.29
0.57
N.A.
N.A.
N.A.
2002
イスラエル
フィンランド
日本
アイスランド
米国
デンマーク
ドイツ
韓国
フランス
オーストリア
シンガポール
カナダ
ベルギー
オランダ
英国
スロベニア
アイルランド
中国
エストニア
スウェーデン
ドイツ
2.24 フランス
2.14 アイスランド
2.30 韓国
フランス
2.19 デンマーク
2.04 韓国
2.25 フランス
オランダ
1.99 アイスランド
2.00 デンマーク
2.18 ベルギー
デンマーク
1.92 オランダ
1.90 フランス
2.16 オランダ
アイスランド
1.83 ベルギー
1.86 オランダ
1.98 オーストリア
ベルギー
1.83 オーストリア
1.77 ベルギー
1.93 カナダ
英国
1.73 カナダ
1.76 オーストリア
1.89 シンガポール
オーストリア
1.69 シンガポール
1.75 シンガポール
1.85 英国
カナダ
1.66 英国
1.73 英国
1.80 スロベニア
シンガポール
1.43 スロベニア
1.33 カナダ
1.80 アイルランド
スロベニア
1.27 アイルランド
1.24 スロベニア
1.36 中国
アイルランド
1.27 中国
0.65 アイルランド
1.18 エストニア
中国
0.64 エストニア
中国 比率上位
0.76
(図表Ⅲ-2)R&D
支出の0.57
GDP
20スウェーデン
ヵ国
エストニア
N.A. スウェーデン N.A. エストニア
0.68 デンマーク
03
4.43
3.36
3.12
2.95
2.55
2.51
2.50
2.40
2.24
2.12
2.10
2.04
1.94
1.88
1.78
1.47
1.10
1.07
0.72
N.A.
2008
イスラエル
フィンランド
スウェーデン
日本
韓国
デンマーク
米国
ドイツ
オーストリア
アイスランド
シンガポール
フランス
ベルギー
カナダ
オランダ
英国
スロベニア
中国
アイルランド
エストニア
イスラエル
スウェーデン
フィンランド
日本
アイスランド
デンマーク
米国
ドイツ
韓国
オーストリア
フランス
シンガポール
カナダ
オランダ
ベルギー
英国
スロベニア
アイルランド
中国
エストニア
04
4.17
3.80
3.44
3.14
2.82
2.58
2.55
2.54
2.49
2.24
2.18
2.05
2.04
1.92
1.87
1.73
1.27
1.16
1.13
0.77
09
4.40
3.70
3.70
3.47
3.36
2.85
2.77
2.69
2.67
2.65
2.64
2.12
1.97
1.92
1.77
1.75
1.65
1.47
1.45
1.28
イスラエル
フィンランド
スウェーデン
韓国
日本
デンマーク
ドイツ
アイスランド
米国
オーストリア
フランス
シンガポール
ベルギー
カナダ
スロベニア
英国
オランダ
中国
アイルランド
エストニア
イスラエル
スウェーデン
フィンランド
日本
韓国
ドイツ
米国
デンマーク
オーストリア
フランス
シンガポール
カナダ
オランダ
ベルギー
英国
スロベニア
中国
アイルランド
エストニア
アイスランド
05
4.15
3.58
3.45
3.13
2.68
2.50
2.49
2.48
2.24
2.16
2.13
2.07
1.93
1.86
1.67
1.39
1.23
1.23
0.85
N.A.
10
4.17
3.94
3.62
3.56
3.36
3.16
2.82
2.82
2.82
2.71
2.27
2.20
2.03
1.97
1.86
1.82
1.82
1.70
1.69
1.41
イスラエル
フィンランド
韓国
スウェーデン
日本
デンマーク
ドイツ
オーストリア
米国
フランス
スロベニア
ベルギー
シンガポール
カナダ
オランダ
英国
中国
アイルランド
エストニア
アイスランド
イスラエル
スウェーデン
フィンランド
日本
韓国
アイスランド
ドイツ
米国
オーストリア
デンマーク
シンガポール
フランス
カナダ
オランダ
ベルギー
英国
スロベニア
中国
アイルランド
エストニア
06
4.31
3.56
3.48
3.31
2.79
2.77
2.51
2.51
2.46
2.46
2.19
2.11
2.04
1.90
1.83
1.70
1.44
1.32
1.25
0.93
11
3.97
3.90
3.74
3.39
3.25
3.00
2.80
2.80
2.74
2.24
2.11
2.10
2.05
1.86
1.86
1.77
1.76
1.69
1.62
N.A.
韓国
イスラエル
フィンランド
日本
スウェーデン
デンマーク
ドイツ
オーストリア
米国
アイスランド
スロベニア
エストニア
フランス
シンガポール
ベルギー
オランダ
中国
カナダ
英国
アイルランド
2.30
2.15
1.97
1.94
1.93
1.91
1.85
1.79
1.38
1.11
0.90
0.60
N.A.
N.A.
イスラエル
スウェーデン
フィンランド
日本
韓国
アイスランド
米国
ドイツ
デンマーク
オーストリア
シンガポール
フランス
カナダ
オランダ
ベルギー
英国
スロベニア
中国
アイルランド
エストニア
ドイツ
韓国
デンマーク
フランス
カナダ
ベルギー
シンガポール
オーストリア
オランダ
英国
スロベニア
アイルランド
中国
エストニア
2.47
2.47
2.39
2.20
2.09
2.07
2.06
2.05
1.93
1.77
1.49
1.09
0.95
0.70
(%)
07
4.22
3.68
3.48
3.41
3.01
2.99
2.55
2.54
2.48
2.44
2.16
2.11
2.00
1.88
1.86
1.72
1.56
1.39
1.25
1.13
イスラエル
フィンランド
日本
スウェーデン
韓国
アイスランド
米国
デンマーク
ドイツ
オーストリア
シンガポール
フランス
カナダ
ベルギー
オランダ
英国
スロベニア
中国
アイルランド
エストニア
4.52
3.47
3.46
3.43
3.21
2.68
2.63
2.58
2.53
2.51
2.36
2.08
1.96
1.89
1.81
1.75
1.45
1.40
1.28
1.08
12
4.04
3.97
3.80
3.39
3.39
2.98
2.89
2.77
2.76
2.60
2.47
2.37
2.25
2.23
2.21
2.03
1.84
1.79
1.78
1.66
イスラエル
フィンランド
スウェーデン
デンマーク
ドイツ
オーストリア
スロベニア
米国
フランス
ベルギー
エストニア
オランダ
シンガポール
中国
カナダ
アイルランド
英国
韓国
日本
アイスランド
3.93
3.55
3.41
2.98
2.92
2.84
2.80
2.79
2.26
2.24
2.18
2.16
2.10
1.98
1.73
1.72
1.72
N.A.
N.A.
N.A.
(資料)世界銀行 Web「Research and development expenditure (% of GDP)」(http://data.worldbank.org/indicator
/GB.XPD.RSDV.GD.ZS)
(注)・N.A.は 2014 年 11 月 13 日時点で入手不能の国。
・日本と韓国の 2012 年数値が入手不能であるため、2011 年の上位 20 ヵ国を基準にして 2002 年以降の順位の推移を示した。
・筆者作成
3.研究成果の事業化において日本企業が後塵を拝した事例
「…飲んで治る肺がん治療薬の例です。従来難しかった遺伝子のスクリーニング手法により、肺がん原
因遺伝子…を自治医科大学の間野博行教授(現東京大学)が発見し、2007 年に Nature 誌でその年の
重要な医学の発見の 1 つに選定されました。この研究は、JST(筆者注:科学技術振興機構)の…事業…
で推進されたものですが、Nature 掲載翌日にすぐ、米国 Pfizer 社の副社長から間野教授に電話がかか
ってきたといいます。
Pfizer 社は、この肺がん原因遺伝子…を攻撃対象とする肺がん治療分子標的薬『クリゾチニブ(ザーコ
リ)』の開発に着手し、間野教授の Nature 誌論文発表から 3 年の早さで、米国で薬事承認を取得し、
2011 年には市販されました。…クリゾチニブの特許権者は Pfizer 社のみです。
これについて厚生労働省は、『医薬品産業ビジョン(平成 25 年 6 月)』の中で、『…外国の巨大製薬企
46
業とは規模の違いがあり、リスクを許容できる経営資源に差はあるものの、国内製薬企業でも、思い切っ
た経営判断を行わなければ、外国の製薬企業の後塵を拝することになる』と指摘しています」。
(図表Ⅲ-3)VC 投資の GDP 比率(2013 年)
(%)
0.35
0.3
0.3072
レ ー ターステージVB
0.25
シ ー ド/スタートアップ/アーリーステージ
0.2
0.1748
合計
0.15
0.1
0.0527
0.05
0
0.0216
オ
ー
ス
ト
リ
ア
年
ニ
ュ
ー
ジ
ー
ラ
ン
ド
ル
ク
セ
ン
ブ
ル
グ
ス
ロ
ベ
ニ
ア
ス
ペ
イ
ン
ポ
ー
ラ
ン
ド
イ
タ
リ
ア
ギ
リ
シ
ア
チ
ェ
コ
共
和
国
(2012 )
(2012 )
年
(2012 )
オ 英 ド ベ ポ 日 南 オ ロ ノ ハ
ラ 国 イ ル ル 本 ア ー シ ル ン
ツ ギ ト
ン
フ ス ア ウ ガ
ダ
ー ガ
リ ト 連 ェ リ
ル 年 カ リ 邦 ー ー
ア
(2012 )
(2011 )
イ 米 カ ア フ ス 韓 ス エ フ デ
ス 国 ナ イ ィ ウ 国 イ ス ラ ン
ス ト ン マ
ラ
ダ ル ン ェ
ラ ラ ー
エ
ニ ス ー
ン ン デ
ル
ア
ク
年 ド ド ン
年
(資料)OECD,Entrepreneurship at a Glance 2014 at http://www.oecd-ilibrary.org/industry-and-services
/entrepreneurship-at-a-glance-2014_entrepreneur_aag-2014-en(Jul 2014)(2015年1月30日閲覧)
(注)使用したデータは、上記資料からリンクしているデータ・アーカイブに掲載されている2014年8月29日の改訂値
(リンクのURLはhttp://dx.doi.org/10.1787/888933064734)。
筆者作成
4.UTEC の技術系ベンチャー企業支援の取り組み
「起業を決断してから法人設立するまでには、POC(Proof of Concept)63、ビジネスプラン、チームビル
ディング、資金調達などを行う必要がありますが、…UTEC では…事業化の可能性がある革新的な発明
について、特許申請前の段階から開示を受け、関係研究室や東京大学 TLO(CASTI)などとの連携を
通じて事業化を支援するとともに、ベンチャー事業化後の投資育成を行ってきました。
また、研究者や卒業生とのネットワークを通じた投資活動も展開し、東京大学産学連携本部が運営す
るインキュベーション施設などを活用した支援活動も行っています。近年は、…国内外の他の大学・研究
機関などのシーズの事業化に取り組むケースも充実してきています」。
「…2012 年度 には文部科学省『大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)』の『事業プロモーター
ユニット』に選定され、全国の大学や公的研究機関のシーズがより活発に寄せられるようになりました。
…UTEC の実践経験やノウハウを、日本全体の研究機関の技術シーズの事業化のためにも活用いただ
.............
き、我が国のイノベーションエコシステムの発展に寄与したいと考えています」(傍点筆者)。
(筆者注)「商品開発における”Proof of Concept(POC)”とは、その商品開発過程において、
その開発コンセプトの妥当性を傍証することと定義づけられる」
(首都圏バイオネットワーク『創
薬開発において早期 POC 確保するための手引き 創薬系バイオベンチャーが早期に臨床試験を
開始するための解説書』 (2008)、8 頁、一般財団法人バイオインダストリー協会 Web( http:
//www.jba.or.jp/pc/archive/pdf/080411_POC_tebiki.pdf)2015 年 3 月 6 日閲覧。
63
47
5.UTEC の今後の投資活動の方向性
「UTEC では近年、…国際的に優れた科学技術に立脚して、相当額かつ中長期の回収期間を要する
ライフ・イノベーション、グリーン・イノベーション分野のディールソーシングが増加しています。また、ICT
(情報通信)分野でも、コンピュータサイエンスをベースに、…グローバル市場への展開を目指す案件が
増加しています。
…近年は 5~10 億円を投入しなければイノベーションを起こしていくのが難しい案件が増えています。
今後、我が国発の革新性ある研究開発成果のイノベーション投資を有効に進め、グローバルマーケットに
インパクトを与えていくために、…相当額の資金を投入していく考えです」。
「…今後の目標として、第 1 に、グローバル企業として世界でリーダーシップを取れるベンチャー企業を
日本から多く輩出していくため、幅広い科学技術分野での上場事例の創出に貢献していきたい、第 2 に、
日本の科学技術や研究成果をもとに海外で設立された企業の世界市場進出や日本上場も推進していき
たいと考えています」。
6.イノベーション・エコシステム発展のための課題
「米国、欧州に比べると、大企業がどれだけベンチャーを含めたイノベーション支援に乗り出してくれる
のかが日本の課題といえます。大企業は、海外のベンチャーを探しに行くより先に、まず国内のベンチャ
ーから見てほしいと思います…(以下、省略)」。
48
〔5〕有識者・実務家の見解からのイノベーション・エコシステム発展への含意
1.インタビューからのファクト・ファインディング
1.1 日本型イノベーション・エコシステムの萌芽
有識者・実務家の見解からは、日本でも IPO に成功したインターネット関連の新興企業や大手のメディ
ア関連企業を中心に、シード・アクセラレータとして CVC 投資やインキュベート施設の提供などを通じて、
シード技術を持つスタートアップ VB の支援を行い始めている。また、産学連携によって大学内の技術の
事業化に成功したバイオ VB が大手製薬会社と研究・開発活動等で連携するとともに IPO にも成功する
事例が現れている。大学内の産学連携を支援する TLO や大学内の技術の事業化のために VB に対し
てハンズ・オン投資を行う VC も成果を上げ始めている。これらの機関等の実務家は、研究者や起業家等
に対して肌理の細かいを支援を行っている。さらに、国内の大企業も CVC 投資に取り組み始めている。
こうした中、金融機関系列の VC においても、一部では VB のニーズに即した、やや大きい金額の投資を
行った実績が現れている。
シード・アクセラレータにしてもハンズ・オン投資を行う VC にしても、投資先 VB の起業家との間で信頼
関係を構築しつつ、VB の経営を規律付けるために種類株式を活用しており、金融機関系列の VC にも
種類株式による投資が浸透しつつある(種類株式は「段階的投資(staged financing)」を行うためのツー
ルであり、詳細は後述する)。また、「文理共鳴」でグローバル・リーダーを育成する大学も現れており、起
業家の苗床になることが期待される。
総じてみると、日本もイノベーション・エコシステムが萌芽期を迎えている様子が窺われている。
1.2
VB、VC のグローバル化
近年、日本人が本社を海外に置いて VB を経営し、現地で VC から資金を調達するケースが増えつつ
あり、日本の VB のグローバル化が徐々に進みつつある。この中には、設立の時点から海外に本社を設
置する VB もあり、これは生まれながらにしてグローバル化した VB、すなわち「ボーン・グローバル VB」で
ある。
また、VC についてみても、日本人が海外で経営する VB に投資するケースがあるとみられている64。
2.日本型イノベーション・エコシステムの発展に向けた課題
2.1 産学連携の重要性と隘路
日本が先進国として引き続き発展するためにはイノベーションを基に生産性を向上させる必要があるこ
とについては異論の余地はないであろう。イノベーションの方法は、シュムペーターの「新結合」やクリステ
ンセンの「イノベーション」の理論をみると、必ずしも革新的なテクノロジーを必要とするわけではなく、後
発に対して高い参入障壁となるビジネスモデルやビジネス・アーキテクチャの発見・開発も含まれる。しか
し、当然のことながら、革新的なテクノロジーを基にした製品・サービスの開発も生産性の向上に寄与する。
64
海外、特にアジアでの VC 投資が増えている(後述)。
49
このため、大学内での研究を産学連携によって事業化することの意義は大きい。
ただ、これまでは大学内の研究を事業化することについて、研究者、あるいは大学自体の意識が十分
には高くなかったため、大学内の技術の移転や事業化を行う際に、産学連携を「マネジメント・モデル」に
転換すること、および、そのために技術移転機関(TLO)の評価基準を変えることが必要であると、東京大
学 TLO の山本社長は指摘している。換言すると、大学、すなわち「学」の内部に産学連携にとっての精
神的な土壌として必要となる「ビジネス感覚」に対して、理解不足や忌避感が「隘路」となって残存しており、
この隘路を解消するための変化の必要性が窺われるのである。
2.2 大企業の役割(NIH 問題の克服)
2.2.1 VB の技術・製品・サービスのユーザーとしての役割
産学連携の隘路は「産」の側にも存在している。多数の技術者を擁する日本の大企業における NIH 問
題は、終身雇用を前提とする場合、なかなか解消しにくい問題である。かつては、技術者が属する研究所
を擁する垂直統合型の米国の大企業では、一部の天才的な研究者に権限や資金を集中すればイノベ
ーションが生み出されると考えられていた。この考え方では社外に存在する「有用な知識は、希少で見つ
けにくく、依存するには有害」とされ、「NIH 症候群の根本的な原因の一つ」であると Chesbrough(2006)
はみていた65。つまり NIH 問題は日本だけではなく、米国でも問題になっていたのである。これに対して、
Chesbrough(2006)は、「有用な知識は概して広範に分散しており、高い質を備えていると信じられてい
るため」、「高い技術を要する R&D 機関は、このような知識を有する外部の源泉と十分に結合される必要
がある」と論じ、この主張を具現化する方法がオープン・イノベーションであると考えた。ここから、オープ
ン・イノベーションを目指すと結果的に NIH 問題の解消を迫られることが示唆される。
実際、米国の大企業ではオープン・イノベーションをもたらす可能性のある技術を戦略的に社外から導
入することが、CTO にとって主要な任務・責任でありこの点で成果を上げないことが自らにとってのリスク
になっている。このため、積極的にオープン・イノベーションに取り組んでいる企業では NIH 問題が相当
程度緩和されている。なお、CTO には社外の技術の将来性を評価する能力と社外技術の導入に関する
意思決定の大きな権限も付与されている。すなわち、「任務・責任」に見合った「能力」と「権限」が必要と
考えられているのである。
少なくとも現時点では、テクノロジーが複雑化する一方の現代社会でイノベーションを起こすためには、
中核的な技術を社内にクローズド化しつつ、オープン・イノベーションを推進することが重要であると考え
られている。したがって、日本の大企業がトップ・マネジメントの意思決定方法として合議制を維持し、自
社内の技術を社外よりも優先する状況(すなわち、NIH 問題)を改善しないとすれば、オープン・イノベー
ションの連携相手の候補である VB との取引交渉において、意思決定スピードの速い欧米の企業に劣後
する恐れが高い(実際、日本の大学発のバイオ技術等の導入において欧米の企業に後れを取ってい
る)。
このため、オープン・イノベーションの潮流が、全面的ではないにしても日本の大企業に人事・報酬、あ
65
Chesbrough・supra note 19 at 13.
50
るいは意思決定の制度の変更を促し、間接的に、NIH 問題への対処を迫ることになるものと思われる66。
ただ、これは、特に研究者の雇用制度の変更も必要とするため、日本の大企業が内発的に行えるか否か
は不透明である。したがって、NIH 問題が緩和されたと大方が認識できる段階に至るまでには今暫くの
時間を要する可能性が高いと思われる。
2.2.2 CVC としての役割
日本の大企業が CVC 投資を積極化し始めていることは既に述べたが、本来、CVC 投資はオープン・
イノベーションを自社の発展に活かすための経営戦略の一環として実施されるべき性質の「戦略的投資」
である。しかし、少なくとも実務家へのインタビューからは、現段階では、日本の大企業が行う CVC 投資
は、「財務的投資」67として実施されているのではないかとの疑義が提示されている。この背景には、既に
述べた大企業のトップ・マネジメント層が、(この場合は投資先の)VB の技術・サービスの価値を評価する
という点で、欧米の大企業に劣後していることがあるとみられる。
2.3 起業家の教育とメンタリング
イノベーション・エコシステムは多様なプレーヤーが共生し、連続的にイノベーションが再生産される生
態系であるため、出発点として、イノベーティブな起業家が再生産されることが、このエコシステムの起点
となる。しかし、本論の冒頭で論じたように、日本における起業に関する意識や、起業活動の実態は国際
的に見ても極めて消極的なものである。これは、以前ほどではないにせよ、「起業」は大企業に就職するよ
りも、リスクが高い職業であるとの意識がなお国民一般に根深く浸透しており、このリスク感覚を基に限定
合理的に対応しているためであると考えられる。
この点を改善する対策の候補としては、起業に必要となる経済や経営に関する知識・スキルの教育を
現在以上に拡充することが考えられる。次の問題としては、初等教育から高等教育までのどの段階でそ
の教育を行うべきかということがある。インタビュー調査からは、この点について中等教育までの学校の教
師がビジネスの経験を欠いているケースがほとんどであるため、初等・中等教育段階で高度な教育を行う
ことは難しいことが示唆された。また、大学にもビジネスあるいは起業について実務経験に基づいて教え
ることのできる教員が依然として多くはないことも示唆された。
会社を経営するためには、法務、資金調達や会計を始めとして、多様で専門的な知識・スキルが必要
となるが、それらは実務家がサポートすることができる。このため、高等教育段階で実務経験の豊富な教
員を招聘して、挑戦心やコミュニケーション能力などのリーダーとしての資質を育てるためのトレーニング
を学生に対して実施することが有効であり、そのための取り組みが一部の大学で進んでいる。また、海外
で世界全体にインパクトをもたらす起業家が現われているため、大学生の「起業」に対する意識にも変化
の兆しがみられており、いわば、「起業家の卵」が増えつつある。
ただ、起業、あるいは会社の経営には、不測の事態への対処法や専門の知識が必要であるため、
66
ただし、トップ・マネジメントが技術を戦略的に評価する能力の涵養については、大学院等の高等教
育機関でのリカレント教育の拡大のような議論が別途必要であると思われる。
67 一般に財務的投資は、最終的にエグジットを前提としていると思われる。
51
「卵」を孵化させ、起業家として育成するためには、起業あるいは会社の経営についての経験が豊富な
「大人」が、そのような「起業家の卵」をメンタリングする必要がある。そのようなメンタリングを行う任意組織
も活動しており、このような機能はシード・アクセラレータにも期待されるところであり、実際 IT 系の新興企
業等はスタートアップ企業のインキュベーションを行っている。しかし、伝統的な製造業の大企業には、そ
のような活動に本腰を入れている様子は今のところ見られていない模様である。さらに、日本の大企業の
NIH 問題の緩和にはなお暫くの時間がかかると思われることを始めとして、イノベーション・エコシステム
がなお未成熟であることに鑑みると、メンター役の「大人」には、例えば、VB が製品・技術・サービスのユ
ーザーとして大企業を開拓する際には、非常にきめ細かく起業家を支援することが期待されていることも
インタビュー調査から示唆されている68。
なお、このようなメンター的存在の「大人」や大企業の OB は、VB の起業家を補佐する CTO 等、幹部
経営陣のプールとしても機能する可能性があるものと思われる。
3.日本の VC 投資の課題
有識者・実務家の見解からは、日本の VC 投資には課題があることが指摘されている。特に、金融機関
系列の VC の投資スタイルには、改善を要する点が少なくない。なぜならば、イノベーション・エコシステム
を駆動させる起点である VB がイノベーティブな技術・サービスを開発するためには、適切な時期に適切
な金額のリスク・マネーを必要とするにも拘わらず、VC が自らの固有の事情等に基づく投資スタイルを採
るために、VB との間で適切な信頼関係を構築する上で障害となっているとみられるからである。
ここでは、主に、金融機関の系列の VC を念頭において、主要な課題を提示する69。
3.1 ハンズ・オフの投資スタイル
3.1.1 シード・ステージ、アーリー・ステージへの消極的姿勢
VB は、世界に変革をもたらす可能性のあるイノベーティブな技術、あるいは製品・サービスの開発を目
指すが、全てが成功するとは限らない。このことは、とりもなおさず、従来の常識や知識しか持たない人間
には、VB の技術、製品・サービスの意義や事業としての実現性の評価が困難であることを意味する。特
に、シード・ステージやアーリー・ステージの VB の技術や製品・サービスは洗練されておらず、欠点が排
除されていないことが少なくないため、なおさら事業化の見通しを明らかにすることが難しい。
米国では、シリコンバレー・モデルを代表とするイノベーション・エコシステムのネットワークの中で、大企
大企業はトップ・マネジメントではなく、より下位の階層の担当部署が VB との取引の可否を
トップ・マネジメントに具申することが多いだろう。このため、リスクに見合った決定権限と成
果に対する報酬が保証されなければ、担当部署は必然的にリスク回避的に行動し、VB との取引
に対して抑制的になる(同様のことは、CVC が戦略的に行われていないのではないかとの疑義に
ついても該当する)
。この状況の改善には今暫く時間を要するとすれば、それまでの間は、大企業
よりもリスクテイクに中立的な中堅企業を取引のターゲットとして開拓し、その取引の実績を基
に大企業の担当部署に取引開始を交渉する方が成約に至る確率が高いとの指摘もなされた。
69 本節の 議論は、藤野・前掲注 1、49~53 頁と概ね共通している。また、さらに詳細な議論は、
宍戸=VLF・前掲注 1、第 2,3 章を参照されたい。
68
52
業や独立系の VC が情報生産機能を発揮して、シード、あるいはアーリー・ステージの VB にも投資を行
っている。VC は「リスク・マネー」を VB に供給するためには、原則的には「負債(debt)」よりも「資本
(equity)」の適合性が高いことを理解し、エクイティ投資に相応しいリスク・ヘッジの方法としてハンズ・オン
投資を行っている。具体的には種類株式を用いて資本多数決を修正するとともに、VB に取締役を派遣
し、VB の経営をモニタリングすることによって、相互のコミュニケーションを緊密に行う。資金の供給の方
法としては、「段階的投資(staged financing)」(後述)によって、VB が事業上のハードルをクリアすること
を条件として、事業を次の段階に進めるために必要かつ十分な資金を投資する。
一方、日本の金融機関系列の VC では金融機関本体からジョブ・ローテーションの一環として、出向す
る職員が例えば、3~4 年の間ベンチャー・キャピタリストとして VC 投資を担当することが多い。また、大方
の金融機関の職員と経営者は、文科系大学の出身であると見られる。すると、シード、あるいはアーリー・
ステージの VB の技術、製品・サービスを「自力で」評価する能力の面で、独立系の VC に劣後するのは
当然である(独立系の VC のキャピタリストは多くの案件を長期にわたって担当するすることと、担当業務
を通じた多様な技術者等との間に構築される信頼関係を基にした情報収集により、「評価」の能力が向上
する70)。
さらに、少なくとも現時点では、金融機関系列の VC では、リスクの高い、シード、あるいはアーリー・ス
テージに投資してもキャピタリスト個人に対して成功報酬を設定している VC は少ないであろう。なぜなら
ば、金融機関本体の人事・報酬体系との整合性を確保できなくなるためである。
加えて、特に、預金金融機関の企業向け融資の担当者は、金融機関にとっての確定債務である預金
を原資として融資を行うため、融資の返済の確実性を重視することを教育される。このため、融資先企業
に対して「売り上げ・利益計上の見込みの明確性」、「分割返済の能力」、「担保(となりうる資産)等の有
無」を重視して与信判断を行うことが「カルチャー」として浸透している。通常シード、あるいはアーリー・ス
テージの VB はこれらを保有していない。このようなマインドセットの者が系列の VC でキャピタリストとして
数年間だけ投資を行うとすれば、シード、あるいはアーリー・ステージの VB へのリスキーな投資に消極的
な姿勢を取るのも無理はない(金融機関系列の VC の投資ファンドの原資が金融機関本体からの出資で
あるとすれば、本源的な資金供給者は一般の預金者(確定債権者)と本体の出資者(株主等)であるため、
なおさらである)。
以上から、大方の金融機関系列の VC にとっては、例えばハンズ・オン投資を行う独立系の VC の情報
生産機能にフリーライドして、投資先 VB がエクスパンション・ステージ以降、特にレーター・ステージに達
し信用リスクが低下した時に投資を行うことが合理的になっている。
3.1.2 VB の経営への関与の回避(ハンズ・オフ)
上記のような投資のスタンスを前提とすると、ハンズ・オン VC に VB の経営のモニタリングを任せておけ
おそらく、金融機関系列の VC においても投資案件の審査をする際には、技術者や研究者、あ
るいは専業の VC から審査のための情報を収集していると思われるが、担当するキャピタリスト
が頻繁に交代しハンズ・オフで経営に関与しない VC に対して、それらの情報収集先が「真に」
重要な情報を提供するかどうかは疑問である。
70
53
ばよいので、取締役を派遣するといった形で、VB の経営に関与することは、金融機関系列の VC にとっ
ては非効率となるのである。さらに、仮に金融機関系列の VC が VB に取締役を派遣した場合、日本の法
制では、取締役の対第三者責任(会社法 429 条)や、当該取締役に対する金融機関本体の使用者責任
(民法 715 条)が追及されるリスクがあることも指摘されている71(このため、取締役会に「取締役」ではなく
「オブザーバー」を派遣することがある72)。
以上から、大方の金融機関系列の VC はハンズ・オフ投資を行っていると考えられる。
3.1.3 小さい金額の単発的投資
米国のハンズ・オン VC が段階的投資を行っていることは既に述べたが、VB の事業規模は、一般にシ
ードから、アーリー、エクパンションとステージが進むほど大きくなり、これにつれて資金需要も増加する。
このため、ハンズ・オン VC は段階的・追加的に投資する金額を拡大する。
一方、大方の日本の金融機関系列の VC は、レーター段階になって漸く VB への投資を開始すること
も少なくないため、投資が 1 回限りで、かつその金額も単独では VB の資金需要を充足するには小さすぎ
ると指摘されている73。あるいは、VB の育成に積極的に取り組んでいるとの印象を対外的に発信するた
めに、政策的にシード、アーリー・ステージの VB に投資するケースもあり得るが、VB からの追加投資の
要請に応じて段階的に投資金額を拡大するケースがどの程度あるのかは明らかではない。
3.1.4 IPO 偏重のエグジット
なお、日本の VC 一般に懸念されているのが、エグジットに対するスタンスである。後述するように、米
国では VB のエグジットとして M&A が IPO を遥かに上回っている一方で、日本では IPO が主流であり、
M&A は今のところそれほど多くない。これは、VC が投資ファンドの存続期間中に、全体の収益率
(Internal Rate of Revenue:IRR(内部収益率))の目標達成を優先事項としているためと推測される。
このため、東京大学 TLO の山本社長が懸念を表明しているように、VB が IPO 後のビジネスモデルを確
立していなくても、公開基準に達したら IPO を促し、IPO 後に VB の株価が低下し、その後のエクイティ・
ファイナンスに支障をきたす可能性がある。
仮に、投資先の VB が IPO 後も高い成長を続ける見込みがあるならば、VC は株式を売却せず投資を
継続し株価の一層の上昇を目指すという選択肢もあり得るはずである。この場合には、VC は VB が IPO
後も成長を継続できるように、支援するインセンティブを持つであろう。しかし、実際には、VC は投資ファ
ンドの本源的投資家に対して目標とする収益率をファンドの存続期間内に上げる義務を負っているため、
IPO を実施した VB の株式を売却してエグジットするケースが少なくないことが示唆される。
なお、この背景には、日本の VB の起業から IPO までの期間が相対的に長いこともあろう74。
宍戸=VLF・前掲注 1、405~413 頁。
ただし、VB と取締役を派遣するハンズ・オン VC はそのような「オブザーバー」に対して信頼感を持た
ず、真に重要な情報を開示することに消極的になる可能性があろう。
73 ある有識者は、大方は 1,000 万円であると指摘している。
74 後述するように、近年、米国でも VB が IPO に至るまでの期間が長期化している(これが、
M&A によるエグジットの増加の一因となっているものと思われる)
。
71
72
54
3.2 ベンチャー・キャピタリストの課題
3.2.1 求められる資質
東京工業大学 AGL の松木教授は「日本的ベンチャー・ファイナンス」を機能させるためには、投資家
である VC のファンド・マネジャーは、その立場から VB、特にその従業員に対して威圧的に接するべきで
はなく、「社長を成功させること」を基本的な役割として行動することと投資先企業の長期的な発展を通じ
て、社会を良くするという気持ちを持っていることが重要であると論じている。また、投資先の候補を審査し
たり、ハンズ・オン投資を行った VB の取締役会等に出席して経営状況をモニタリングしたり助言したりす
る際には、多くの業種を洞察する「目利き」能力を獲得する必要があり、そのためには、多くの案件を審査
して経験を蓄積することが必要であるとも指摘している。
3.2.2 育成の方法とツール
上記からもベンチャー・キャピタリストの育成には長期的に取り組む必要性が高いことが分かり、人事制
度の変更が必要となる。さらに金融機関系列の VC の場合はすでに述べた「融資(VB からみると負債)」
の審査と同様のリスク回避的なマインドセットからの転換も必要になる。そのためのツールとしては、報酬
体系の変更、具体的には成功報酬の導入が考えられる75。これらの点の対応策について、JVR の北村
社長は、①在任期間の長期化を通じたキャピタリストの戦略的な育成、②固定給と成功報酬の併用、③ロ
ールモデルとしての経験者の採用、を提案している。
75
日本の金融機関においても、市場で有価証券の取引を行うディーラーに対しては取引の規模の
上限を予め設けて成功報酬を採用するケースがある。これは、VC 投資と異なり、リスクの上限
がある程度明確であることと、短期間で収益(あるいは、損失)が確定するため、リスクと成果
の対応関係を把握・評価することが相対的に容易なためであると考えられる。一方、VC 投資は、
成果が確定するエグジットまでに長い時間がかかり、ファンドの存続期間(通常 10 年)内にキャ
ピタリストが交代することが少なくないため、リスクと成果の対応関係の明確化が難しい。この
ことが、成功報酬の導入を困難にする大きな要因になっているものと思われる。
55
第Ⅳ部 VC 投資の動向
ここからは、本稿の第 2 の課題であるベンチャー・ファイナンス、即ち VC 投資について論じる。
イノベーション・エコシステムにおいて VB が円滑に事業活動を行うには、資金の調達が死活的に重要
であるが、この資金は本来的にリスク・マネーである。このようなリスク・マネー供給の主たる担い手が VC
である。そこで、第Ⅳ部では、国内外の VC 投資に関連する調査・統計を基にして、第Ⅲ部での有識者・
実務家の見解を検証するとともに、その他の課題の論点を概観する。
〔1〕国際比較にみる日本の VC 投資の動向
1.VC 投資の規模
2013 年までの、日米欧の VC 投資をみると、米国・欧州ともに日本を大きく上回っている状況は、藤野
(2011)の時と大きく変わらない(図表Ⅳ-1)。
なお、日本では VC の投資先が内需型の非製造業の企業が相対的に多く、こうした業種に属する VB
では、世界中への事業展開を早い段階から構想すると言われるシリコンバレーのハイテク VB などと比べ
ると、必要とする資金の量が少ない。これが、欧米との VC 投資の規模の格差の一因となっている可能性
があると従来は考えられてきたが、有識者・実務家へのインタビューからは、潜在的には大きな資金需要
を持つ VB も少なくない模様である。
(図表Ⅳ-1)日米欧ベンチャー・キャピタルの年間投資金額
米国
(百億円)
欧州
日本
09
10
350
300
250
200
150
100
50
0
2005
06
07
08
11
12
13
(年)
(注)
・欧・米は暦年(1 月~12 月)、日本は4 月~翌年3 月
・日・米・欧ともVC 投資のみであり、再生・バイアウト投資は含まない。日本は融資を含む。米国は米国内への投資であり、日本・欧州は外国への投資
も含む。
(資料)米国は、NVCA Web, NVCA YEARBOOK 2014(1$=97.6円(2013年平均)換算)、欧州は、EVCA Web2014 EVCA Yearbook (1ユーロ=129.6円
(同)換算)、日本はVEC Web,「ベンチャーキャピタル等投資動向調査報告」各年版
2.VC ファンドへの出資者
国内外のファンドへの出資者を比較すると、日本では年金基金の比率が低く、今後年金資金の拡大の
成否が重要性を帯びると思われる(図表Ⅳ-2)。この状況も今のところ大きな変化はない。
3.投資先 VB のステージ
56
開始年別の VC ファンドの投資先企
(図表Ⅳ-2)日本と世界のベンチャー・キャピタル・
フアンドヘの出資者の比較
業の重点ステージをみると、2000 年以
降、アーリー・ステージに特化した VC
(構成比:%)
No.
ファンドが増加傾向を示したが、2006
出資者の類型
無限責任組合員及び
業務執行組合員
個人・親族、
個人的資産管理会社
①
年のライブドア、村上ファンド等による
②
新興市場や市場外取引を利用した不
日本
世界
16.1
2.3
1.7
16.7
4.6
16.6
③
他のVC、ファンドオブファンズ
④
事業法人
15.6
2.2
⑤
銀行等預金金融機関、
証券会社、投資顧問会社
33.2
3.8
ファンドは激減している。近年は、バラ
⑥
保険会社
12.4
6.3
ンス型のファンドが散見されている (図
⑦
年金基金
2.0
33.0
表Ⅳ-3)。
⑧
政府地方公共団体
(年金以外)
10.8
7.0
なお、別の統計によると、近年 VC 投
⑨
大学学術団体、基金・財団
0.5
9.6
資の件数はアーリー・ステージ以前が
⑩
その他
3.1
2.5
100.0
100.0
透明な行為の表面化等を契機に IPO
が低迷し、リーマンショックが追い討ち
をかけたこともあり、アーリー特化型の
比率を高めている模様である(後述)。
合計
(資料)VEC「2013年度ベンチャービジネスに関する年次報告」
(注)
・日本は1982年から2013年までに設立された、VCファンド516本が集計対象。世界との比
較のため一部の区分を統合
・日本の「⑩その他」は、100から①~⑨の合計を控除して算出。
・世界は2012年末の数値(出所:Dow Jones)。日本との比較のため、一部の区分を統合
ここから、バランス型の中にアーリー・ス
テージ以前が含まれている可能性があ
るものと思われる。
(図表Ⅳ-3)重点ステージ別ファンド数
70
特定しない
60
再生企業
バイアウト型
50
フ
ァ
ン
ド
数
バランス型
レーター
40
エクスパンション
30
アーリー
シード
20
10
0
1982 '83
'84
'85
'86
'87
'88
'89
'90
'91
'92
'93
'94
'95
'96
'97
'98
'99 2000 '01
'02
'03
'04
'05
'06
'07
'08
'09
'10
'11
設立年
(注)
シード:商業的事業がまだ完全に立ち上がっておらず、研究及び製品開発を継続している企業
アーリー:製品開発及び初期のマーケティング、製造及び販売活動に向けた企業
エクスパンション:生産及び出荷を始めており、その在庫または販売量が増加しつつある企業
レーター:持続的なキャッシュ・フローがあり、IPO直前の企業等
バランス型:様々な発展段階(シードからレーターまで)にある企業への投資を含むファンドの投資戦略
バイアウト型:バイアウトなどのベンチャー企業以外(再生企業投資を除く)
再生企業:法的再生企業等
〔資料〕 VEC「2013 年ファンド・ベンチマーク調査報告」2014 年 1 月。
57
'12
'13
一方、米国の VB のステージ別投資件数をみると、シード・ステージとアーリー・ステージの合計は IT
バブルの崩壊後に約1千件にまで減少した後に持ち直し、2013 年には 2 千件を超えた(図表Ⅳ-4)。
(図表Ⅳ-4)米国の VB のステージ別投資件数
(件)
9000
8000
レーター
7000
エクスパンション
6000
アーリー
5000
シード
4000
計
3000
2000
1000
0
1985 86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99 2000 01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
(暦年)
(資料)NVCA,YEAR BOOK 2014
シードとアーリー・ステージの合計の構成比をみると、2013 年には 50%台半ばに達している。特に、ア
ーリー・ステージだけでも 2013 年には約 5 割に達しており、米国の VC がスタートアップ段階、あるいはス
タートアップからそれほど時間の経過していない VB に対しても積極的に投資を行っていることが分かる。
4.エグジット
4.1 IPO 市場
日本では、ベンチャー・ファイナンスのための株式市場として、東証マザーズや NASDAQ JAPAN
(2002 年 12 月に大証ヘラクレスに名称変更され、2010 年 10 月に JASDAQ に統合された。)等、VB
が株式を公開しやすい新興市場が創設された。一時、これらの新興市場や JASDAQ 等での上場が増加
したが、ライブドア、村上ファンドによる不透明な行為の表面化等を契機に新興市場での株式公開はピー
クアウトし、2008 年の世界的金融危機の影響も加わり激減した。その後、IPO 社数は緩やかに回復し、
新興市場合計でみると、2013 年にようやく 2008 年並みの水準を回復したが、ピークである 2006 年の約
4 分の 1 となっている(図表Ⅳ-5)。
欧米の新規公開会社数をみても、やはりリーマンショックのあった 2008 年に激減している。しかし、欧
米では 2009 年までには下げ止まった。米国では総じて回復傾向が続き、300 社を超えた 2007 年には
及ばないものの、2013 年には 2004~2006 年並みの社数を回復した(2007 年の約 8 割)。一方、欧州
では 2011 年に 400 社を超え、ピーク(2006 年)の 2 分の1を超える水準までの公開会社数が回復したが、
その後域内で経済危機が深刻化したこともあり、2012,13 年と連続して減少し、300 社を下回った76(図表
76
資料の制約から欧米は新興市場だけではないことは割り引いて考える必要がある。
58
Ⅳ-6)。
ただ、投資金額と同様に、日本の IPO の社数は欧米に比べて少ない状態は歴然としており、リーマン
ショック前のピークと比べた相対的な件数をみても、日本(2013 年:約 8 分の 2)は、米国(同:8 分の 6 超)、
欧州(同:約 8 分の 3)よりも少なく、回復力の鈍さが窺われている。
(図表Ⅳ-5)日本の新興市場での新規公開会社数
160
新興市場合計
140
ジャスダック
120
東証マザーズ
その他
100
80
60
40
20
0
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
(資料)
・各証券取引所Web。
・NJI新興市場最新情報(新興市場専門の株式投資情報サイト)Web。
(注)
・新興市場合計はジャスダック、東証マザーズ、その他の合計。
2014年
(6月まで)
・ジャスダックには、旧NEOと旧ヘラクレス を含む(NEOとヘラクレス は2010年10月2日以降、ジャス ダックに統合されて いる)。
・その他は、①セントレックス、②アンビシャス、③Q-Board、④TOKYO PRO Market(2012年7月1日以降。それ以前は旧AIMを含む)の合計。
(図表Ⅳ-6)欧米の新規公開会社数
欧米の新規公開会社数
(米国)
450
(欧州)
900
400
800
350
700
300
600
250
500
200
400
150
300
100
50
200
米国
100
欧州
0
0
2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年
(資料)
・米国:PricewaterhouseCoopers: “US IPO watch ”
・欧州:PricewaterhouseCoopers: “IPO watch Europe”
(注)
・米国はNYSEとNASDAQの合計。非米国籍企業のIPOを含む。
・欧州は、①同一交換所内での市場間移動、②リバース・テークオーバー(未上場会社による上場会社の買収)、 ③greenshoe offerings(※1)等を
除く。
(※1)greenshoe offerings:グリーンシュー・オプション(※2)による売出
(※2)グリーンシュー・オプション:オーバー・アロットメント(※3)の実施に際して、引受会社が 発行会社等から、追加必要分を予め設定した行使
価格で買い受ける権利
(※3)オーバー・アロットメント:需要量が当初予定の売出数を超過する場合の株式の追加売出
59
4.2 エグジットの日米比較
2012 年度の日本の VC ファンドのエグジットの状況をみると、株式公開に至ったのは 138 件 147.2 億
円と 2008 年度(66 件、61.2 億円)に比べると、件数・金額ともに2倍以上増加している。実現損益も、約
131 億円で 2008 年度(約 47 億円)に比べて大幅に増加している。継続保有分の含み益は 83 百万円か
ら 5,264 百万円に増加しており、景気回復を受けて、エグジットの環境が改善した模様である。
また、2012 年度には、「その他第三者への売却」の金額が 147.0 億円で株式公開に肉迫し、実現損益
も 22.4 億円のプラスになっている。これは、概ね M&A に該当すると考えることができるが、VC にとって
は M&A によるエグジットでも利益を上げたとみることもできる。
上記以外の形態のエグジットの実現損益額をみると、2012 年度には「セカンダリーファンドへの売却」
が 27 百万円、「償却・清算」が▲7,548 百万円、「会社経営者等による買戻し」が▲3,067 百万円、「その
他」が 174 百万円であった。「株式公開」と「その他第三者への売却」を含めた合計金額は 4,908 百万円
であった。合計金額がプラスになったのは、2008 年度以降で初めてのことであり、ここからもエグジット環
境の全般的改善が分かる。ただ、エグジット件数が最多の方法が「会社経営者等による買戻し」であること
は 2008 年度以降変わっていない(図表Ⅳ-7)。
(図表Ⅳ-7)VC 本体及び投資事業組合による投資先企業の EXIT の状況
2008年度(2008年4月~2009年3月)
社数
(社)
2009年度(2009年4月~2010年3月)
金額
(百万円)
実現
損益額
(百万円)
含み損益
(百万円)
83
社数
(社)
金額
(百万円)
実現
含み損益
損益額
(百万円)
(百万円)
株式公開
66
6,116
4,682
106
2,478
1,178
セカンダリーファンドへの売却
26
254
60
13
58
26
77
2,718
222
149
3,475
-311
償却・清算
202
4,906
-5,382
197
3,555
-2,957
会社経営者等による買戻し
220
2,028
-1,485
304
4,641
-1,964
79
1,893
283
54
1,318
82
その他第三者への売却
その他
2010年度(2010年4月~2011年3月)
実現
金額
損益額
(百万円)
(百万円)
社数
(社)
含み損益
(百万円)
社数
(社)
金額
(百万円)
実現
含み損益
損益額
(百万円)
(百万円)
2,685
-5,591
99
4,290
2,397
4
30
11
5
256
-29
その他第三者への売却
171
7,696
809
122
2,984
129
償却・清算
120
1,224
-4,017
106
-2,036
-3,997
会社経営者等による買戻し
621
8,659
-3,165
314
3,176
-2,865
71
970
240
53
1,198
-643
セカンダリーファンドへの売却
その他
1,532
2011年度(2011年4月~2012年3月)
56
株式公開
2012年度(2012年4月~2013年3月)
金額
(百万円)
実現
損益額
(百万円)
含み損益
(百万円)
138
14,718
13,087
5,264
5
48
27
その他第三者への売却
149
14,696
2,235
償却・清算
112
7,577
-7,548
会社経営者等による買戻し
288
6,357
-3,067
社数
(社)
株式公開
セカンダリーファンドへの売却
45
1,092
174
その他
(資料)VEC「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」(各年版)
(注)・内訳に無回答があるため、内訳計、合計が一致しないことがある。
・「株式公開」の「含み損益」は、未売却分の年度末時点での時価評価による。
・「その他」は、社債の償還や融資の返済等。
・「その他」は、社債の償還や融資の返済等。
・資料出所には「社数」と表示されているが、複数の VC ファンド等から出資を受けた VB がエグジットすることを考慮して、本文中
では「件数」と標記している。
60
-401
3,202
一方、米国の VB の IPO と M&A の件数をみると、1999 年までは概ね IPO が M&A を上回っていた
が、2000 年以降は M&A が IPO を圧倒的に上回っている(図表Ⅳ-8)。
これを構成比でみると、2001 年以降は M&A が概ね 8 割から 9 割を占めており、米国での VC のエグ
ジットは M&A が大宗を占めていることが分かる。
これは、米国では CVC やシード・アクセラレータとなる大企業が M&A に際して、VC と VB の起業家
の両方にとって納得のいく適正な価格を提示していることが一因であろう。このため、VC は目標とする収
益率を達成する目途を立てやすくなり、起業家は、大企業の当該事業の CTO に就任するケースや、エグ
ジットによって得た資金を元手としてシリアル・アントレプレナーとなるケースが少なくない。
(図表Ⅳ-8)米国 VB(VC 支援企業)の IPO と M&A(件数)
(件)
600
IPO
500
M&A
400
300
200
100
0
1985 86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99 2000 01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
(暦年)
(資料)NVCA,YEAR BOOK 2014
5.IPO までの年数
2006 年から 2013 年までの日本の VB の IPO までの年数をみると、概ね 10 年前後で推移している。
同期間中の IPO 時の社長の年齢をみると、40 歳代後半から 50 歳代前半である。起業時の社長の年齢
を逆算すると、全期間で 35 歳以上である(図表Ⅳ-9)。
起業時には、それまでにある程度の実務経験を積むことが VB の経営にとっても重要と考えられる。し
かし、一応の成功の目安と考えることのできる IPO までに概ね 10 年かかるため、IPO 時の年齢は早くて
46 歳、遅くて 51 歳と言うことを示している。例えば、35 歳で VB を起業して 10 年近く経過した後に経営
が破たんすると、基本的には終身雇用を前提とする現在の日本の雇用慣行の下では、40 歳代後半以降
の収入(=生活費)の確保に苦慮することになるだろう。このような状況では、一部を除く国民一般の起業
に対するリスクへの忌避感が高いのも当然である77。
77
ただし、JVR の北村社長によると、シード・アクセラレータの支援を受ける起業家の平均年齢
は 30 歳であり、VB の起業家(及びその候補)がやや若返っている可能性がある。
61
(図表Ⅳ-9)IPO までの年数と社長の年齢(日本)
IPOまで年数
(中央値)
①
(年,歳)
起業時の社長の年齢
(=②-①)
IPO時の社長の年齢
(中央値)
②
60
50
47
50
51
50
46
46
41.83
40
35.67
37.50
37.33
35.50
35.17
30
20
14.50
11.33
12.67
9.17
10
10.83
8.50
0
2006年
2007年
2008
~10年
2011年
2012年
2013年
(n=115)
(n=77)
(n=53)
(n=22)
(n=30)
(n=34)
(資料)ジャパンベンチャーリサーチ「ジャパンベンチャーリサーチ レポート<IPO企業分析>」(各年版)
(注)調査対象企業は、各期間に新興市場にIPOし、かつVCが株主となっている企業。
(図表Ⅳ-10)米国の VB(VC 支援企業)の IPO 時点での社齢(年)
(年)
9
8
中央値
平均値
7
6
5
4
3
2
1
0
1985 86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99 2000 01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
(暦年)
(資料)NVCA,YEAR BOOK 2014
一方、米国の VB の IPO 時点での社齢をみると、2000 年代初頭までは概ね 3~5 年であり、起業家は
VB の経営が上手くいかないときには迅速に撤退の決断を下すことができた。この背景には、米国の雇用
の流動性が高く、シリコンバレーを代表としてイノベーション・エコシステム内のレピュテーションのネットワ
ークが機能しているため、事業に失敗した起業家も、その失敗が起業家個人の怠慢や致命的な過失によ
るものでなければ、才能や技術を活かしてエコシステム内の他の企業等に再就職することがそれほど難し
くないと言われていることがある。
62
その後、米国の IPO 時点での社齢は上昇傾向を辿り、2012,13 年はともに中央値で 7 年、平均値で 8
年となっているが、起業家は M&A によるエグジットという IPO と代替的な経路も利用して、シリアル・アン
トレプレナーを目指すといった選択肢も視野に入れて行動しているものと思われる(図表Ⅳ-10)。
6.VC 投資の収益率
日本の VC 投資の収益性を VC ファンドの内部収益率(IRR)でみると、2002 年開始のファンド(平均運
用期間:10 年)、2008 年開始のファンド(同:5.1 年)、2010 年開始のファンド(同:3 年)、2012 年開始のフ
ァンド(同:1.1 年)のいずれにおいてもマイナスになっている(図表Ⅳ-11)。
通常、VC ファンドは VB に投資を開始して 5 年から 10 年以内に投資を回収する。VB の黒字計上や
IPO にはある程度の時間がかかる。このため、運用期間が 1 年や 3 年のファンドの IRR がマイナスにな
るのはやむを得ないとも考えうるが、運用期間が 5 年や 10 年のファンドでもマイナスということは、VC 投
資が全般的には収益性が低いということを示している。
これは、日本で機関投資家、特に年金基金の VC 投資の比率が世界的にみると低いことが、リスクとの
兼合いで合理的な行動であることを示唆している。
(図表Ⅳ-11)日本のベンチャー・キャピタル・ファンドの内部収益率(IRR)
2002
2008
2010
2012
ファンド
ファンド
ファンド
ファンド
本数
本数
本数
本数
合計(%)
-8.63
26
-6.73
17
-8.88
9
-18.02
9
終了(%)
-12.16
12 NA
0 NA
0 NA
0
存続(%)
-6.2
14
-6.73
17
-8.88
9
-18.02
9
平均運用年数
10
5.1
3
1.1
(資料)VEC「2013年度ベンチャーキャピタル等投資動向調査」(2014年1月)
(注) ・IRRは出資額加重平均ベース。
・運用期間は、開始から解散日付または2013年6月末の早い方まで。
開始年
一方、米国の VC ファンドと株式市場(S&P500)の IRR をみると、インターネットの黎明期である 1990
年代の初頭から普及期の 90 年代後半にかけて組成された VC ファンドは S&P500 を大幅に上回ってい
る。IT バブルの崩壊期に組成されたファンドは S&P500 を下回ったが、近年は再び VC ファンドが
S&P500 を上回っている(図表Ⅳ-12)。
米国の機関投資家(年金基金、大学等)は多様な投資対象に資産を分散して投資することによってリス
クをヘッジしている。このため、上場株式のような伝統的な資産への投資とともに、VC ファンドへの投資は
オルタナティブ投資の対象として有力な候補になっている。VC 会社、あるいはファンド・マネジャーは、こ
うした機関投資家から受託した資金を基にファンドを設定し、ファンドの存続期間内に目標とする IRR を
達成する責任を負う。このために、投資先 VB の成功の確率を引き上げるためにハンズ・オン投資を実施
しているのである。
63
(図表Ⅳ-12)米国の VC ファンドと S&P500 の内部収益率(投資開始年別)
米国VCファンド
①
①-②
(%)
S&P 500
②(右目盛)
(%)
120
30
100
25
80
20
60
15
40
10
20
5
0
0
-20
-5
1981 82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99 2000 01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
(投資開始年)
(資料)Ca mbridge Associates LLC,U.S. Venture Capital Index a nd Selected Benchmark Statistics -Da ta as of June 30,2014(2014年10月)
Offi cial Performance Benchmark of the NVCA
(http://www.nvca.org/index.php?option=com_docman&task=cat_view&gid=59&Itemid=317)
(注)S&P500 の内部収益率は、各年とも同じ年に開始された VC ファンドと同じペースで投資を実施した場合の仮想的な収益率
64
〔2〕日本の VC と VB のグローバル化
1.VC の投資先の地域分布
日本の VC 投資の投資先の地域分布をみると(図表Ⅳ-13)、関東の社数の構成比が 40%近辺で推
移している。金額の構成比についても 2012 年 3 月末までは 40%弱で推移していたが、2013 年 3 月末
には 31.2%に低下した。関東の中では、特に東京都が大宗を占めており、大学発ベンチャーの成長等
による地域分散が課題となっている。
(図表Ⅳ-13)VC 本体及び投資事業組合における投融資残高の地域分布
2009年3月末
日本国内合計
内、関東地方
内、東京都
海外合計
内、アジア・太平洋地域
合計
集計サンプル数
2010年3月末
11,195
91.6
667,350
1杜当たり
金額
(百万円)
77.0
59.6
10,014
91.3
609,175
1杜当たり
金額
(百万円)
75.9
60.8
5,211
42.6
341,089
39.4
65.5
4,449
40.6
303,147
37.8
4,104
33.6
280,506
32.4
68.3
3,484
31.8
250,724
31.2
72.0
1,025
8.4
198,873
23.0
194.0
955
8.7
193,433
24.1
202.5
社数
(社)
構成比
金額
構成比
(%) (百万円) (%)
社数
(社)
構成比
金額
(%) (百万円)
415
3.4
97,740
11.3
235.5
408
3.7
101,974
12.7
249.9
100.0
866,228
100.0
70.9
10,969
77
100.0
802,612
75
100.0
73.2
2011年3月末
内、関東地方
内、東京都
海外合計
内、アジア・太平洋地域
合計
集計サンプル数
68.1
12,220
2012年3月末
8,899
86.6
550,626
1杜当たり
金額
(百万円)
74.1
61.9
7,756
86.2
472,398
1杜当たり
金額
(百万円)
70.4
60.9
4,283
41.7
281,649
37.9
65.8
3,648
40.5
248,927
37.1
3,294
32.0
217,918
29.3
66.2
2,764
30.7
198,211
29.5
71.7
823
8.0
175,466
23.6
213.2
804
8.9
183,815
27.4
228.6
社数
(社)
日本国内合計
構成比
(%)
構成比
金額
構成比
(%) (百万円) (%)
社数
(社)
構成比
金額
(%) (百万円)
構成比
(%)
68.2
459
4.5
96,447
13.0
210.1
443
4.9
100,748
15.0
227.4
10,280
100.0
743,073
100.0
72.3
9,001
74
100.0
671,324
72
100.0
74.6
2013年3月末
6,745
87.7
415,423
1杜当たり
金額
(百万円)
67.5
61.6
3,052
39.7
191,781
31.2
2,251
29.3
155,455
25.3
69.1
683
8.9
187,531
30.5
274.6
396
5.1
117,988
19.2
297.9
社数
(社)
日本国内合計
内、関東地方
内、東京都
海外合計
内、アジア・太平洋地域
構成比
金額
構成比
(%) (百万円) (%)
62.8
合計
7,695 100.0
615,468 100.0
80.0
集計サンプル数
74
72
(資料)VEC「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」(2011年1月、2013年1月、2014年1月)
(注)・社数または金額を回答している会社。
・四捨五入や内訳に無回答があるため、内訳計、合計が一致しないことがある。
一方、日本国内と海外を比較すると、社数の構成比は日本国内が 2009 年 3 月末から 2013 年 3 月末
まで 8 割超、海外が 2 割未満で推移している。しかし、金額の構成比をみると、海外は 2009 年 3 月末に
は 23.0%であったが、2013 年 3 月末には 30.5%に上昇した。特に、アジア・太平洋地域が 11.3%から
19.2%に上昇している。これは、海外での 1 社当たりの投資金額が急増していることによる。具体的には、
2009 年 3 月末には 194.0 百万円だったが、2013 年 3 月末には 274.6 百万円に増加している(アジア・
太平洋地域:235.5 百万円→297.9 百万円)。
ここから、日本の VC は急速にアジアを含む海外へのシフトを進めている様子が窺われる。
65
2.資金調達を行った日本発 VB
VC からの資金調達を行った日本の VB について、拠点の地域別に調達金額の割合をみると、国外に
本店を登記している VB が 2013 年に 1 割を占めた。2006 年から 12 年までは、0%ないしは 3%未満で
あったため、日本の VB のグローバル化が進みつつあることが分かる(図表Ⅳ-14)。
(図表Ⅳ-14)日本の VB の本店所在地別の VC からの資金調達金額(構成比)
0
0
100%
0
0
3
13
25
24
29
21
1
2
16
13
10
国外
10
80%
60%
40%
87
75
73
71
07
08
79
83
85
関東
以外の
国内
80
関東
20%
0%
2006
09
10
11
12
13
(年)
(資料)ジャパンベンチャーリサーチ「2013年 未公開ベンチャー企業資金調達の状況」
(2013年総括)」(2014年3月)
以上から、日本の VC と VB の両方がグローバル化を進めつつあることが分かる。このことは以下の 2
通りの評価ができるように思われる。
① イノベーション・エコシステムの国際的な連携の萌芽
例えば、イノベーション・エコシステムの成功例として、シリコンバレーを擁する米国以外で、最も代表的
な国はイスラエルであるが、イスラエルの VB は米国の西海岸の大企業との連携を深めており、同様の展
開を日本の VB も志向し始めている。
② 「日本国内での VC 投資の対象不足」と「VB からみた日本の VC の使い勝手の悪さ」
日本の VC は国内では特にレーター・ステージの VB に投資しようとすると、他の VC と競合が激しいた
め、アジアの VB への投資に力点を移す一方、日本での VC からの資金調達について使い勝手の悪さを
感じ海外での調達を志向する VB(特にシードあるいはアーリー・ステージ。事業活動の拠点自体も海外
に置いている)が増え始めている。
上記のどちらが優勢かは明らかではない。既に述べた有識者・実務家へのインタビュー調査からは両
面が影響しているように思われる。日本自体がイノベーション・エコシステムとして成熟していく必要がある
とすれば、②の状況は好ましくない。この状況を打開するためには、より多くの日本の VC、特に金融機関
系列の VC が、VB との信頼関係を適切に構築してハンズ・オン投資を行うことが理に適っている。そのた
めの手段とツールが、次に述べる米国で一般的な「段階的投資とそのツールとしての種類株式」である。
66
第Ⅴ部 段階的投資とそのツールとしての種類株式
〔1〕ベンチャー・ファイナンスにおける段階的投資の重要性
1.段階的投資の概要
米国では VB に投資する際、VC は、例えば取締役の過半数を取得して、経営者を解任できるようにし
ておくと同時に、「段階的投資(staged financing)によって実質的な支配を握る。具体的には、ベンチャ
ー・キャピタリストは、起業家が当面必要な資金だけを小出しに出資し、あらかじめ定められた目標をクリ
アできないと次の投資を行わない。このため、起業家は、怠けたり無駄遣いをしている余裕はない。また、
VC は取締役会に参加して起業家の仕事振りを監視し、最終的には、経営者を解任できる権限を握って
おく。起業家が退出する不安に対して、VC は、ストック・オプション等のベスティングによって対処している
(「ベスティング」は、将来の労務の出資を見返りに、ストック・オプション等の権利が、一年間在籍すること
で全体の 25 パーセントずつ確定していくという段階的な権利確定のプロセスのことである)。
段階的投資に関する契約条項での特色として、希薄化防止条項(anti-dilution protect)がある。これ
は、先行して投資した VC が、将来予想される増資において、白分たちの引受価額よりも低い価額で新株
が発行されても損害を受けないように、予め歯止めをかけておくものである。さらに、将来の増資における
先買権(right of first refusal)を定めておくことも多い。逆に、新規の資金調達に際して、新株引受権を
行使しないとペナルティとして既存投資家としての優先権を喪失させる条項(pay to play provision)が
用いられることもあり、これは VB への資金供給を促進する効果がある。
VC の退出権は VB との重要な交渉事項である。実際に行使されることはほとんどないが、VB・
VC 間の契約においては、償還権(redemption right)が名目的に規定される場合がある。これは、
VC 等の優先株主が VB に発行価額(の一定倍)で優先株式の買戻しを要求する権利である。なお、
VC にとっての究極の退出権は「追加投資の取り止め」である(このため、投資する時には、金
額を絞って「小出し」にすることが意味を持つ)
。
このように、段階的投資は VB と VC の間での支配や成果に対する権利を分配するために、ベンチャ
ー・ファイナンスにおいて重要な意味を持っているのである。
2.段階的投資の先行研究
2.1 米国
段階的投資の先駆的かつ代表的な研究が Gompers(1995)である78。
Gompers は、投資先 VB が VC の意向に沿わない、あるいは利益を損なう経営を行うという意味での
潜在的なエージェンシー費用を削減するために、VC が投資の金額を小出しにし、段階的に投資すること
と、情報の非対称性が高いためにエージェンシー問題(エージェンシー費用が発生するような状況)が発
Paul A. Gompers, Optimal Investment, Monitoring and the Staging of Venture Capital, J.
OF FINANCE, Vol. 50 No. 5 at 1461-1489(1995).
78
67
生するリスクを削減するために、リスクの高い業種(例:バイオ等、先端技術を必要とするなど、保有する資
産の特殊性が高い産業)に対しては、ある回の投資から次の回の投資までのインターバルを短くすること
を実証分析によって示した。つまり、段階的投資とそのインターバルの調節によって、VC は投資先 VB ご
とにモニタリングの頻度を調節していることを明らかにしたのである。
米国を始めとして海外では段階的投資に関する研究が断続的に実施されており、その蓄積は相当数
に上る79。
2.2 日本
筆者が調べた範囲においては、2001 年 3 月に公表された宍戸善一教授(現在は、一橋大学大学院国
際企業戦略研究科教授)の論考80が、日本で最も早い段階で、VC 投資における段階的投資の重要性を
論じた学術論文であると思われる。
その中には「『取締役会の構成などの形式的な支配はほとんど問題にならず、ベンチャー・キャピタリス
トによる実質的な支配は段階的投資によってもたらされる。』というベンチャー・キャピタリストもいる」 81こと
が指摘されており、米国の VC 投資において段階的投資の意義がいかに高いかということを示唆してい
る。
日本でのその他の学術的な先行研究として以下の2点の実証研究についてレビューする。
①長谷川博和82
(主たる結果)
VC 投資の IRR に対する説明変数の内、段階的投資の代理変数である追加増資回数は IRR に正の
相関を有する。一方、シンジケーション(協調投資)を示す同時期 VC 数には逆相関がみられた。また、VC
の系列別に IRR をみると、生損保系が最も低く、政府系が最も高いことから、「VC のパフォーマンスに公
的関与が寄与していることが示唆されていることは興味深い」(30 頁)と指摘している(筆者注:公的 VC が
効果を発揮しイノベーション・エコシステムが有効に機能している代表例がイスラエルである。イスラエル
のエコシステムについては本論では立ち入らないが、結語で若干言及する)。
②船岡健太83
79
米国では、近年以下のような研究がある(①,③は実証研究、②は数理モデルによる研究)。
① Xuan Tian ,The causes and consequences of venture capital stage financing,2010 available
at SSRN(http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=965803)
② Sandeep Dahiya & Korok Ray, Staged Investments in Entrepreneurial Financing ,2011
available at SSRN( http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1940694)
③ Yong Li ,Venture Capital Staging: Domestic VC-Led versus Foreign VC-Led Investments,
2012, available at SSRN (http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2051534)
80 宍戸善一「動機付けの仕組としての企業(二)」成蹊法学 53 巻(2001)91-174 頁。これは、宍戸・前掲注
1、すなわち宍戸(2006)の第Ⅱ編第 4、5 章の初出論文である。
81 宍戸・前掲注 1、119 頁注 82。Interview with Steve Domenik, Patner, Sevin Rosen Funds, in
Tokyo (Nov. 7, 2000)。
82 長谷川博和「日本ベンチャーキャピタルの IRR 向上の研究―IRR 向上に寄与する要因分析を
中心として―」Japan Venture Review,No.7, (2006)23-32 頁。
68
(主たる結果)
設立からあまり年数が経過しておらず、規模が小さい企業等、不確実性が高いと思われる企業に対し
て段階的投資が行われている。また、シンジケーションに関しては、出資金額の大きなディールにおいて
シンジケートの組成率が高いという結果が示され、リスク分散仮説(シンジケーションにより 1 社あたりの投
資金額を少なくし、ポートフォリオに組み入れる投資企業数を増加させることにより、ファンドのアンシステ
マティックリスクの低減を図るという仮説)の予測が成立している結果が示されたと指摘している。
全体的にみると、段階的投資に関する日本の研究は極めて少ない84。また、実証研究は IPO を実施し
た VB に関するものが中心である。これには、段階的投資に関する収集可能なデータが少ないことが大き
な制約要因となっていること等が背景にあるものと思われる85。
一方、海外、特に米国での研究の蓄積は相当数に上っている。これは、宍戸教授が指摘した段階的
投資の重要性に対する認識が米国の VC 投資の実務家と学界で共有されていることと、実証研究に必要
なデータ、特に、IPO 実施前の VB が VC から調達した資金等に関する情報の整備が日本に比べて格
段に進んでいることが影響している。
既に述べたように、VB の育成を起点としてイノベーション・エコシステムを駆動する方法の一つが段階
的投資であるため、日本においてもこの分野の研究が一層進むことが期待される。そこで以下では、近年
日本で整備が進んできた IPO 実施前の VB が VC から受け入れた投資に関するデータも利用して、段
階的投資の実態について、日本と米国を中心として国内外の比較を行うこととする。
船岡健太『新規公開時のベンチャーキャピタルの役割』中央経済社(2007)「第 1 章ベンチャーキャピ
タルの段階的投資とシンジケーション」(27-57 頁)。
84 網羅的ではないが以下の 3 点も発見した。
(a)文屋啓範「エージェンシー理論からみたベンチャー・キャピタル投資契約に関する実証研究」
(神戸大学大学院経営学研究科専門職学位論文)(2005) 神戸大学 Web( http://www.b.kobe-u.ac.jp
/~kutsuna/class/file/MBA1_bunya.pdf.)。
(b)辰巳憲一
「IPO 前における VC や BO ファンドなどの投資―日米での展開を中心とした考察―」
学習院大学経済論集 44 巻 2 号(2007)161-180 頁。
(c)柿内将也=土屋翔=Tsedensuren Munkhtugs「ベンチャーキャピタルの段階的投資を行う要因
とは」(ISFJ 政策フォーラム 2008 発表論文)(2008)ISFJ(日本政策学生会議)Web( http:
//www.isfj.net/ronbun_backup/2008/601.pdf.)
。
85 なお、米国では「段階的投資」とともに、「シンジケーション」が VC の情報生産能力の向上を促し投資
の効率性に好影響を及ぼす可能性があることについての研究も少なくない。ただ、日本の VC、特に金融
機関系列の VC では、リスク回避のために 1 回限りの少額の投資を行うことがなお少なくないとみられる状
況を背景として、上記の①で IRR とシンジケーションが逆相関になっている可能性が示唆されている(こ
れは、「ソフトな予算制約問題」が発生していることを意味していると考えられる)。
このため、本稿では、「段階的投資」に議論を集中し、「シンジケーション」については立ち入らない。
83
69
〔2〕段階的投資の国際比較
1.海外
1.1 VC からの新規投資と追加投資(米国)
先ず、米国での段階的投資の状況を概観する。
段階的投資は、当然のことながら初回は新規投資として行われ、その後に追加投資として複数回に分
けて行われる。それぞれの投資の段階は「ラウンド(round)」、ないしは「シリーズ(series)」と呼ばれ、回号
の順序はそれぞれ序数(第 1,2,…ラウンド)ないしはアルファベット(シリーズ A,B,…)で表される(なお、
エンジェル投資を含むシード・ラウンド、エクスパンション・ステージ以降を別個にラウンドとして分類してい
る調査もある)。
米国での一般的なケースでは、IPO までに段階的投資は概ね 3 回から 5 回のラウンドに分けて行われ
る。この間に、順調な VB はシード・ステージからアーリー、エクスパンション、レーターの各ステージに成
長していき、各時点での事業規模に応じた増資を各ラウンドで行い、資金を調達する(なお、ラウンドの回
号と VB の成長ステージは必ずしも一対一で対応しているわけではないことに留意されたい)。
1.1.1 金額
まず、VC 投資の金額をみると、2001 年以降は、概ね 200 億ドルから 400 億ドルの範囲で推移してい
るが、各年とも追加投資が新規投資を大きく上回っている(図表Ⅴ-1)。
(図表Ⅴ-1)米国 VC の新規投資と追加投資(金額)
(10億ドル)
120
100
追加投資
新規投資
80
合計
60
40
20
0
1985
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99 2000
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
(暦年)
(資料)NVCA,YEAR BOOK 2014
1.1.2 投資を受け入れた VB の社数
一方、投資を受けた VB の社数を「新規投資を受けた企業」、同じ年に「新規・追加両投資を受けた企
業」、過去に新規投資を受け当該年には「追加投資を受けた企業」の3つの類型に分けてみると以下のよ
70
うなことが見てとれる(図表Ⅴ-2)。
① 1990 年代半ばから 2000 年までは、「新規投資を受けた企業」の社数が 3 類型の中で最
も多い。
② 「新規・追加両投資を受けた企業」は、IT バブルの絶頂期であった 1999,2000 年に、そ
の前年と比べて増加幅が大きい。
③ 2001 年以降は、「追加投資を受けた企業」が 3 類型の中で最も多くなっている。
①は、IT バブルの膨張過程で、IT 関連を中心に VB が多数設立され、VC が新規投資に傾斜してい
たことを示していると思われる。
②は、新規投資と追加投資が同じ年に行われたことを意味しており、VC が新規に投資したばかりの
VB に対して、短いインターバルで追加投資を行ったことを示している。先行研究のいくつかが示している
ように、段階的投資のラウンド間に設定するインターバルは、VB の成長が順調か否かをモニタリングする
頻度を意味しており、VC はリスクの高い業種ではインターバルを短くする。しかし、同一年に新規・追加
の両投資が実施され、その後 IT バブルの崩壊が起きたということは、結果的にみると IT バブルの絶頂期
に VC が VB をモニターする際の規律がやや弛緩していた可能性があったとみることもできよう。
③は、①,②の状況が IT バブルの崩壊によって見直され、適切なインターバルで追加投資を行うとい
う投資慣行に VC が復帰していることを示唆している。
(図表Ⅴ-2)米国 VC から新規投資と追加投資を受けた VB(社数)
(社)
7000
追加投資を受けた企業
6000
新規・追加両投資を受けた企業
5000
新規投資を受けた企業
合計
4000
3000
2000
1000
0
1985
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99 2000
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
(暦年)
(資料)NVCA,YEAR BOOK 2014
1.2 シリーズ(ラウンド)別の投資件数
次に、シリコンバレー(周辺)に本社のある VB を対象として、投資シリーズ(ラウンド)別に VC との投資
契約の件数の構成比をみると以下のようなことが分かる(図表Ⅴ-3)。
71
①
「シリーズ A」は、2011 年までは概ね 2 割を下回っていたが、2012 年以降コンスタントに 2
割に達している。
②
また、「シリーズ A」と「シリーズ B」の合計は 2005 年末から 2007 年には概ね 5 割前後で
推移していたが、リーマンショック後の 2009 年には約 4 割に低下した。以降徐々に比率が
上昇し、2014 年第 2 四半期には 49%にまで回復した。
③
一方、「シリーズ E 以降」も 2012 年以降概ね 2 割前後で推移している(2003 年第 2 四半
期から 2011 年までは 2 割に達したことはなかった)。
④
「シリーズ C」は 2010 年後半に 3 割に達していたが直近では 2 割をやや下回っている。ま
た、「シリーズ D」も 2005 年には 2 割に達した局面もあったが、2014 年 4-6 月期では 13%
にとどまっている。
(図表Ⅴ-3)シリコンバレー(周辺)に本社のある VB の VC 投資契約件数の構成比(シリーズ別)
(後方 4 四半期移動平均)
100%
10%
10%
90%
21%
20%
21%
13%
80%
21%
20%
13%
シリーズE以降
18%
シリーズD
70%
60%
17%
30%
17%
50%
シリーズC
40%
35%
30%
35%
25%
21%
シリーズB
35%
20%
24%
24%
10%
シリーズA
24%
13%
0%
2003/2Q
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(暦年/四半期)
(資料)Fenwick & West LLP,trends in terms of venture financings in the San Francisco Bay Area,trends in terms of venture financings in silicon valley
(http://www.fenwick.com/Topics/pages/topicsdetail.aspx?topicname=VC Survey)
(注)以下について、出所担当者に電子メールで確認(2014年11月11日)。
・シリーズAにはシード・キャピタルとVCと協調するエンジェル投資を含む(未公開のエンジェル投資を含まない)。
・シリーズE以降は5回目以降のラウンドである。概念的にはエクスパンション・ステージに対応するケースが多いが、レーターステージも一部に含む
以上からは、近年の段階的投資について次のようなことを指摘でき、戦略的に投資を行っていることが
分かる。
①米国の VC が主に、シード、あるいはアーリー・ステージの VB への新規投資に対するスタンスをやや
積極化している。
②シリーズ B にもアーリー・ステージの VB が含まれるため、比較的若い段階の VB に対する VC の投
資意欲がリーマンショックの前のピーク近くまで回復している。
③米国の経済全般や IPO と M&A の市場の回復を受けて、エグジットが近い段階である「シリーズ E
72
以降」に対する投資が持ち直していることを示唆している。
④段階的投資の一環として、アーリー・ステージの後期やエクスパンション・ステージに達した VB が含
まれるとみられる「シリーズ C」や「シリーズ D」に対しても一定の比率で投資を行っている。
1.3 投資ラウンド別の平均取引金額(世界全体)
次に、2008 年以降の世界全体の投資ラウンド別の平均取引金額をみると(図表Ⅴ-4)、各年とも VC 投
資の平均の投資金額は、「エンジェル/シード」(2014 年 1-9 月:120 万ドル)、「第 1 ラウンド(シリーズ A)」
(同:860 万ドル)、「第 2 ラウンド(シリーズ B)」(同:1,700 万ドル)、「第 3 ラウンド(シリーズ C)」(同:2,990
万ドル)、「第 4 ラウンド以降(シリーズ D)」(同:5,860 万ドル)とラウンドが進むほど、金額が多くなっている。
時系列でみると、順調に成長している VB が多く含まれると思われる「第 3 ラウンド(シリーズ C)」と「第 4
ラウンド以降(シリーズ D)」の平均取引金額が上昇傾向で推移していることが特徴的である。これは、世界
全体でみると、VB にとっての資金調達環境が改善していることを意味している。
(図表Ⅴ-4)投資ラウンド別の VC 投資の平均取引金額(世界全体)
(100万ドル)
60
58.6
エンジェル/シード
50
40
第1ラウンド
(シリーズA)
30
第2ラウンド
(シリーズB)
29.9
17.1
20
17.0
12.9
8.6
10
1.2
0
2008年
2009年
2013年
1月調査
2010年
2011年
2012年
2014年
1月調査
2013年
2014年
1-9月
第3ラウンド
(シリーズC)
グロース・
エクスパンション
シリーズ不明
のラウンド
第4ラウンド以降
(シリーズD)
2014年
10月調査
(資料)preqin,Pri vate Equity-Backed Venture Ca pital Deals,Venture Ca pital Deals Fact Sheet.
(https ://www.preqin.com/listResearch.aspx)
2.日本
2.1 IPO までのラウンド数と VC 数
2006 年から 2013 年の間で日本の新興市場で IPO を行った VB を対象として、IPO までのラウ
ンド数(中央値)をみると(図表Ⅴ-5)、殆どの年で 2 回であり 2007 年に至っては 1 回である。こ
れは、米国での段階的投資が 3~5 回に分けて行われるのと比べて少ない。
米国では IPO 時点での社齢(中央値)が 2013 年に 8 年であったので(前掲図表Ⅳ-11)、平均
73
的なラウンド間のインターバルは概ね 2 年である86。その間に、投資先の VB に対して、経営の
モニタリングや助言を行う。なお、Gompers(1995)によると、研究開発型企業のようなリスクの
高い VB に対しては、頻繁にモニタリングとコミュニケーションを行う必要があるため、VC はラ
ウンド間のインターバルを短くする。
一方、日本では IPO までの年数は 2013 年に 10.83 年であったので(前掲図表Ⅳ-10)、インタ
ーバルは約 5 年である。2007 年に IPO を実施した VB に至っては、IPO までの年数が 14.50 年
であり、ラウンド数が 1 回である。これらからみて、過去においては、緊密なコミュニケーショ
ンがなされていたとは考えにくく、多くの VC が「ハンズ・オフ」、「無関与」の投資スタイルを
採っていたことが示唆される87。
(図表Ⅴ-5)IPO までのラウンド数と投資した VC 数
9
8
8
ラウンド数
(中央値)
7
6
5
5
4
4
3
VC数
(中央値)
4
3
3
2
2
2
2
2
2
1
1
0
2006年
2007年
2008
~10年
2011年
2012年
2013年
(n=113)
(n=76)
(n=53)
(n=22)
(n=30)
(n=34)
(資料)ジャパンベンチャーリサーチ「ジャパンベンチャーリサーチ レポート<IPO企業分析>」(各年版)
(注)調査対象企業は、各期間に新興市場にIPOし、かつVCが株主となっている企業(ただし、不明点の
多い企業、外国企業を除いている年が一部ある)。
ちなみに、IPO に至った VB に投資した VC 数(中央値)は 2011 年を除くと、3 から 5 である88。
2.2 日本の未公開 VB へのラウンド別の投資状況
VB が IPO を行った後に、VC が追加出資する可能性を捨象した試算である(後述する、日本
も同様)
。
87 船岡(2007)によると、2000 年から 2005 年までに新興 3 市場(ジャスダック、マザーズ、ヘラ
クレス(含、ナスダック・ジャパン))で株式を公開した「165 企業のうち 119 企業は 1 回のラウ
ンドのみ(非段階的投資)でベンチャーキャピタル投資が完結している」(船岡・前掲注 83、41 頁)。
88 VC 数は、シンジケート数(=シンジケーションに参加する VC の数)の近似値と考えることができる。船
岡(2007)は、前掲 87 の 165 の対象企業に対して投資を実施した VC の「シンジケート数の平均値(括弧
内は中央値)について…調達金額が…中央値以上のグループが 3.58(3.00)」であると指摘している(船
岡・前掲注 83、50 頁)。
86
74
次に、インタビューを実施した北村彰氏が代表取締役を務めるジャパンベンチャーリサーチ(JVR)の
調査に依拠して、株式公開をしていない VB へのラウンド別の投資状況を見ていく。
2.2.1 VC 投資のラウンド別の金額と件数
①金額
未公開の VB が受け入れた投資金額をラウンド別にみると(図表Ⅴ-6)、2013 年には「第 1 ラウンド」
が約 120 億円で最も多く、これに「第 2 ラウンド」、「コーポレート(筆者注:CVC)」等が続いている。これに
対して、「シード」(ラウンド)は 20 億円に達しなかった。
2014 年上半期についても「第 1 ラウンド」が最も多く、「シード」ラウンドが最も少なかった。2014 年上半
期は、「第 1」、「第 2」、「第 4」の各ラウンドと「コーポレート」は 2013 年通年の 5 割超に達しており、「第 3
ラウンド」は 2013 年を上回っている。
(図表Ⅴ-6)ラウンド別の金額と件数
2013年
金額(億円)
2014年
1-6月
金額(億円)
2013年
件数(右目盛)
2014年
1-6月
件数(右目盛)
金額(億円)
件数
140
70
120
60
100
50
80
40
60
30
40
20
20
10
0
0
シード
第1ラウンド
第2ラウンド
第3ラウンド
第4ラウンド
以降
コーポレート
その他の
アーリー
(資料)ジャパンベンチャーリサーチ「2014年 未公開ベンチャー企業資金調達の状況(2014年上半期)』(2014年8月)
(注)「コーポレート」は、事業会社との資本提携等、VC参加がないラウンド、「その他のアーリー」は、
引受先が不明なラウンドを指す。
ここから、金額については、2014 年は上半期の状況から見て、2013 年よりも VB の資金調達環境が良
かったとみることができる。ただ、「シード」は 2013 年の半分に達しておらず、調達環境は厳しさを残したも
のと思われる。
②件数
件数をみると(前掲図表Ⅴ-6)、2013 年には「コーポレート」と「第 1 ラウンド」が 60 件を上回っており、
これに「シード」が約 40 件で続いている。2014 年上半期も「第 1 ラウンド」、「コーポレート」、「シード」が上
75
位を占めている。また、「その他のアーリー(引受先が不明のラウンド)」以外のすべてのラウンドで 2014
年上半期は 2013 年の 5 割超に達している。
2013 年、2014 年上半期ともに、「第 1 ラウンド」から「第 2」、「第 3」、「第 4」ラウンドに進むほど件数が
少なくなっている。投資先 VB が順調に成長していないことによるものか、あるいは VC が段階的投資に
消極的な姿勢を取っていることによるものかは、一概には判断しにくい。
③平均調達額
次に、ラウンド別の平均調達額をみると(図表Ⅴ-7)、2013 年(通年)、2014 年上半期ともに、「シード」
から「第 1 ラウンド」~「第 4 ラウンド以降」とラウンドが進むほど、平均調達金額が多くなっており、近年 VC
が未公開の VB に対して行う投資は、段階的投資として行われているものと思われる。しかし、詳細は後
述するが、その平均金額は、どのラウンドにおいても世界との比較でみると圧倒的に少なく、資金を調達
する VB のニーズを充足しているかどうかは不明である。しかも、「シード」では 2014 年上半期は 2013 年
に比べて僅かではあるものの平均調達金額が低下している。ここからは、シード・ステージの VB に対する
VC の投資スタンスはなお慎重であり、「段階的投資は緒についたところ」とみるべきであると思われる。
一方、同じ時期に「コーポレート」の平均調達金額は上昇している。なお、「コーポレート」からの平均金
額は 2013 年、2014 年上半期ともに、「シード」とアーリー・ステージの VB が多いと思われる「第 1 ラウン
ド」の中間にある。JVR の北村社長の見解を考慮すると、CVC がシード・アクセラレータ的な役割を担っ
てシード、あるいはアーリー・ステージの中でもさらに初期段階の VB に投資を行っていることが示唆され
る。つまり、シード・ステージとアーリー・ステージの VB に対する VC の慎重なスタンスを CVC の積極的
姿勢がある程度補完しているとみることができる。もっとも、CVC の動機が戦略的投資と財務的投資のど
ちらを主としているかについては不明である。有識者・実務家へのインタビューからは、日本の CVC の戦
略性に対して疑義が表明されており、イノベーション・エコシステムの発展のためには、なお改善の余地
があることが示唆されている。
また、CVC だけでなく、専業の VC、特に金融機関系列の VC についても、段階的投資を戦略的に実施
するという姿勢を明確にすべきと考えられる。次にこの点について、段階的投資の状況を時系列でみるこ
とによって検討する(以下では、CVC 以外の VC を「専業の VC」と表現する場合がある)。
76
(図表Ⅴ-7)日本のラウンド別の平均調達額
2013年
(100万円)
2014年1-6月
1000
800
600
400
200
0
シード
第1ラウンド
第2ラウンド
第3ラウンド
第4ラウンド
以降
コーポレート
その他の
アーリー
(資料)ジャパンベンチャーリサーチ「2014年 未公開ベンチャー企業資金調達の状況(2014年上半期)」(2014年8月)
(注)「コーポレート」は、事業会社との資本提携等、VC参加がないラウンド、「その他のアーリー」は、
引受先が不明なラウンドを指す。
2.2.2 ラウンド別投資の推移
①件数(図表Ⅴ-8)
2007 年から 2014 年上半期にかけての VC 投資の件数の構成比をラウンド別にみると、以下のようなこ
とが見受けられる。
(a)「シード」の構成比は、2011 年以降継続的に 15%を超えており、2011,2012 年には 25%を上回っ
ていた。
(b)「シード」と「第 1 ラウンド」(アーリー・ステージが多いと思われる)の構成比の合計が 2010 年までは
3 割前後で推移していたが、2011 年以降は 5 割前後で推移している。
(c)「コーポレート」、すなわち CVC の件数は概ね 2 割を占めている。
以上からは、①全体として日本の VC が、シード、あるいはアーリー・ステージの VB に、投資の「件数」
の比重を高めていること、及び、②未公開 VB に対する投資件数において、戦略的投資と財務的投資の
どちらに軸足を置いているのかについて客観的に評価することは難しいが、CVC が一定の地位を占めて
いる様子が窺われる。
①については、有識者・実務家が指摘している日本の VC がシード、あるいはアーリー・ステージの VB
への投資よりもレーター・ステージの VB を重視しているという見解との関係でどのように評価すべきであ
ろうか?これを検討するために、次に VC 投資の「金額」の構成比をラウンド別にみてみる。
77
(図表Ⅴ-8)日本のラウンド別の VC 投資の件数(構成比)
100%
3
その他のアーリー
90%
26
80%
70%
3
7
60%
11
50%
コーポレート
第4ラウンド以降
第3ラウンド
40%
31
30%
第2ラウンド
第1ラウンド
20%
10%
18
シード
0%
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
1-6月
(資料)ジャパンベンチャーリサーチ「2014年 未公開ベンチャー企業資金調達の状況(2014年上半期)」(2014年8月)
(注)・「コーポレート」は、事業会社との資本提携等、VC参加がないラウンド、「その他のアーリー」は、
引受先が不明なラウンドを指す。
・四捨五入の関係上、構成比の積算は100にならない。
②金額(図表Ⅴ-9)
2007 年から 2014 年上半期にかけての VC 投資の金額の構成比をラウンド別にみると、以下のようなこ
とが見受けられる。
(a)「シード」の構成比は 5%未満で推移しており、上記①(a)の件数の構成比に比べて極端に低い。
(b)『第 1 ラウンド以前』(=「シード」+「第 1 ラウンド」)の構成比が 2009 年と 2012 年は 4 割を超えた
ものの、2008 年には 2 割を割り込み、2011 年には 1 割強にまで低下するなど、変動が大きい。
(c)『第 3 ラウンド以降』(=「第 3 ラウンド」+「第 4 ラウンド以降」)は 2007,2009 年を除くと、2 割を超
えており、特に、2011 年には 4 割を上回った。
(d) 2013 年を除くと、2008 年以降、『第 1 ラウンド以前』の構成比が前年よりも低下(上昇)する年には、
第 3 ラウンド以降の構成比が上昇(低下)している。
(e) 「コーポレート」、すなわち CVC の構成比は 2008 年以降 10%を超えている。
件数に関する特徴である①(a)から(c)と、以上の②(a)から(e)の金額に関する特徴を併せると、以下の
ようなことが推察される。
(ⅰ)「シード」で個々の VB が VC から調達する平均金額が極めて少額にとどまっている。また、『第 1 ラウ
ンド以前』の平均調達金額も極めて少ない。つまり、日本の VC は、アーリー・ステージを中心として、
多数の VB に少額の投資を『第 1 ラウンド以前』に実施している。
これは、日本の VC のシード・ステージ、あるいはアーリー・ステージの VB に対する平均投資金額
が少額にとどまるため、VB が目指す成長を実現するために必要とする総額の調達が困難になって
78
いることを示唆している。このため、『第 1 ラウンド以前』の投資の件数の構成比は近年 5 割前後に達
しているにも拘わらず、有識者・実務家はシード、あるいはアーリー・ステージの VB に対する VC の
投資スタンスが消極的と考えている可能性がある。
(ⅱ) 『第 3 ラウンド以降』の平均調達金額は『第 1 ラウンド以前』のそれに比べて大きい。また、資金を調
達した VB はそれまでに順調に成長した企業に限られるため、その数は少ない。
これは、有識者・実務家の見解の通り、日本の VC は、より若いステージの VB に比べてレーター・
ステージまで順調に成長した VB への資金供給を相対的に重視していることを示唆している。
(ⅲ)日本の VC は『第 1 ラウンド以前』(シード・ステージあるいは、アーリー・ステージの VB が中心)に対
する投資と、『第 3 ラウンド以降』(レーター・ステージの VB が中心)に対する投資を概ね代替的に扱
っている。
これは、日本の VC が、『第 1 ラウンド以前』の VB への投資のリスクの低下(上昇)、あるいは期待
収益率の上昇(低下)に伴い、全体のポートフォリオを睨んでそのラウンドへの投資のシェアの引き上
げ(引き下げ)を行っている可能性があることを示唆している(『第 3 ラウンド以降』のシェアは『第 1 ラ
ウンド以前』と逆方向に動く)。ただ、そのようなスタンスは、投資受け入れを希望する VB の資金調達
に対するニーズと合致しているとは限らない。
(ⅳ)「コーポレート」の平均的な投資金額は「シード」と「第 1 ラウンド」の中間にある。
これは、専業の VC89が消極的なスタンスを取っているシード・ステージ、あるいはアーリー・ステー
ジの VB の資金調達ニーズを CVC がある程度補完している可能性を示唆している。
(図表Ⅴ-9)日本のラウンド別の VC 投資の金額(構成比)
100%
9
90%
その他のアーリー
13
80%
コーポレート
11
70%
第4ラウンド以降
60%
18
50%
第3ラウンド
16
40%
第2ラウンド
30%
20%
31
第1ラウンド
10%
2
0%
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
シード
2014年
1-6月
(資料)ジャパンベンチャーリサーチ「2014年 未公開ベンチャー企業資金調達の状況(2014年上半期)」(2014年8月)
(注)「コーポレート」は、事業会社との資本提携等、VC参加がないラウンド、「その他のアーリー」は、
引受先が不明なラウンドを指す。
89
有識者・実務家の見解によると、金融機関系列の VC。
79
3.投資ラウンド別の VC 投資の平均金額の国際比較
世界と日本の投資ラウンド別の VC 投資の VB1 社当たりの平均金額をみると(図表Ⅴ-10)、2013 年、
2014 年(世界は 1-9 月、日本は上半期)ともに、「①シード」から、「⑤第 4 ラウンド以降」まで、世界も日本
もラウンドが進むほど金額が増えており、VB の成長段階に応じて増加する資金需要に対して VC が段階
的投資を行っている様子が窺われている。
(図表Ⅴ-10)投資ラウンド別 VC 投資の VB1 社当たりの平均金額(世界と日本の比較)
(億円)
70
①シード
60
②第1ラウンド
50
③第2ラウンド
40
④第3ラウンド
30
20
⑤第4ラウンド以降
10
⑥グロース・
エクスパンション
0
世界
日本
世界
(1-9月)
2013年
日本
(1-6月)
⑦不明のラウンド
2014年
(資料)日本:ジャパンベンチャーリサーチ「2014年 未公開ベンチャー企業資金調達の状況(2014年上半期)」(2014年8月)
世界:preqin,Venture Ca pital Deals Fact Sheet.(https://www.preqin.com/listResearch.aspx)
(注)・「世界」の①はエンジェル含む。
・世界の平均取引金額は、東京市場 ドル・円 スポット 中心相場/月中平均(2013年:97.627円/ドル、
2014年1-9月:102.950円/ドル)によって円に換算。
しかし、同じ年の各ラウンド別に世界と日本を比較すると、日本の平均金額はいずれのラウンドにおい
ても世界を下回っている。特に、世界は 2014 年に「②第 1 ラウンド」から「⑤第 4 ラウンド以降」までの平
均金額が 2013 年よりも増加しているのに対して、日本では 2014 年の「④第 3 ラウンド」までの各ラウンド
の平均金額は 2013 年と大差がなく、「⑤第 4 ラウンド以降」の平均金額は 2013 年を下回っている。
もとより、個々の VB の事業内容によって調達する金額が異なることは当然であるが、既に述べた日米
欧の VC 投資の総額(前掲図表Ⅳ-1)あるいは、VC 投資の GDP 比率(前掲図表Ⅲ-3)において、日
本が少ない、あるいは低いことは、有識者・実務家からも指摘されているところである。
有識者・実務家からは、R&D 支出の GDP 比率(前掲図表Ⅲ-2)に鑑みると、日本の VC 投資の金
額はもっと多くて然るべきであると指摘されていることも踏まえると、日本の VC 投資においても段階的投
資が実施されつつあるが、シードあるいはアーリー・ステージだけでなく、多様なステージの VB に対する
80
リスク・マネーの供給がなお不足していると考える方が自然である。具体的なデータで検証することはでき
ないが、投資金額の上限が 3,000 万円~5,000 万円にとどまっている金融機関系列の VC が残存してお
り、なおかつ、それらの VC では VB の経営への関与を回避するハンズ・オフ投資が主流であることを、有
識者・実務家は指摘している。
段階的投資は、イノベーション・エコシステムの起点である VB へのハンズ・オン投資を促進するツール
としてシリコンバレーでは当然のこととされているため、日本でも、特に金融機関系列の VC の投資慣行を
見直す必要性があるものと思われ、この点は結語で再論する。
以降では、段階的投資のツールとしての種類株式について、その概要と日米での使用状況、及び米
国において注目を集めた、種類株式による VC 投資に関連した訴訟とその日本への含意について論じ
る。
81
〔3〕段階的投資のツールとしての種類株式
1.種類株式の条項とその理論的意義
1.1 投資契約に基づいて種類株式に規定される条項
段階的投資を VC が行う際には、VB の経営者、すなわち起業家との間で適切な「成果の分配」の権限
と「モニタリング・支配」の権限の調整がなされる必要がある。しかし、VC が普通株式を引き受けるのでは、
そのような権限の調整をすることが難しい90。
「成果の分配」の方法としては「スウェット・エクイティ」が用いられる。これは、「将来の人的資本の拠出
....
に対して起業家グループに普通株式を与える一方、VC 等の投資家が起業家の普通株式よりも相対的に
高い単価で議決権付優先株式を引き受ける取引慣行のことである。両株式の拠出額の差が、起業家が
将来拠出する人的資本の現在価値に相当するため、スウェット・エクイティ(汗の取り分)と呼ばれる。この
優先株式には、①非累積的優先配当権、②発行価額と同額の残余財産優先分配権、③償還請求権、
④普通株式と同等の議決権、⑤普通株式1株への転換権、⑥希釈化防止条項、⑦一定数の取締役選任
権、⑧一定の重要事項に対する拒否権、および⑨一定以上の条件を満たす IPO 時における普通株式1
株への強制転換条項、などの条項が付されているため、起業家に対する VC のモニタリングを可能にする
とともに、IPO が達成された時には VC の各種の権限が消滅し、起業家への支配の分配が増加する」
91(傍点筆者)。
この「議決権付優先株式」は種類株式であり、段階的投資の実効性を担保するために VC に付与され
る適切な「モニタリング・支配」の権限(④,⑦,⑧)を規定する投資契約を具体化する法的なツールとして利
用される。普通株式による投資では VB の経営者が会社の経営権を保持するために過半数の議決権を
維持しようとすると企業価値の半分以下の資金調達しかできない。しかし、種類株式を用いて資本多数決
を修正すれば、VB は経営権を維持する一方、VC は投資先である VB の企業価値の半分を超える大き
な金額を供給しやすくなる。これが種類株式による投資の利点である。
以下では、議決権と取締役の支配権とその他の条項の理論的意義について先行研究を基に述べる。
1.2 先行研究にみる種類株式の意義
VC 投資に用いられる種類株式に含まれる契約条項の代表的な先行研究が Kaplan & Strömberg
(2002)である92。
シカゴ大学の Kaplan & Strömberg(2002)は、米国の 14 の VC 投資ファンドによって 1986 年 12 月
から 1999 年 4 月までに実行された 119 社の VB に対する 213 件の投資契約とその契約条項を基にし
この点についての詳細は、藤野・前掲注 1 を参照されたい。
藤野・前掲注 1、40 頁、注 62。広義には、ストック・オプションを含めてスウェット・エクイティとする論
者もいる。
92 Steven N. Kaplan & Per Strömberg, Financial Contracting Meets the Real World: An
Empirical Analysis of Venture Capital Contracts, 70 Rev. Econ. Studs. 281, 313 (2002)
90
91
82
た種類株式の実証分析を行い、以下のような結果を得た93。
①投資契約は、VC に(筆者注:残余)キャッシュフローに対する権利、取締役会への取締役の派遣の権
利、議決権、清算権(liquidation rights)、及びその他の支配権を個々の契約に応じて付与する94。
②略
③上記の権利は、もしも会社(筆者注:VB)の業績が悪ければ VC が完全な支配権を得るように配分され
ている。VB の業績が改善する時、起業家はより多くのキャッシュフローに対する権利を回復あるいは獲得
する。もしも VB の業績が非常に良ければ、VC は殆どの支配権と清算権を放棄する。
④起業家と投資家の間での潜在的なホールドアップ問題(hold-up problem)95を緩和することを目的とし
て競業避止条項(non-compete provisions)とベスティング条項を含めることは、VC にとって普通のこと
である。ホールドアップ問題がより深刻になりがちなアーリー・ステージの投資において、ベスティング条
項が(筆者注:他のステージの VB への投資)より一般的である。
⑤キャッシュフローに対する権利、支配権、及び追加投資(future financing)は、財務面と非財務面の
実績について観測可能な方法に依存して頻繁に執行される。VC の初回投資とアーリー・ステージの VB
への投資において、これらの状態依存的な権利はより一般的である。
その上で、VC 契約の条項の補完性と代替性に関する観測結果について以下のように分析した96。
①~④ 略
⑤VC の資金供給のコミットメントとファンドの資金提供額の大きさは支配権と関連付けられている。
⑥(筆者注:成果の)観測可能性と検証の可能性に関する問題が特に厳しいと予期される事業(筆者注:す
なわち、情報の非対称性が高い事業)において、不完備契約理論で(筆者注:VC からは事前に)検証不能
(non-verifiable)として表現される事象について最も詳細な契約が観測される。
ただし、実際には、第 1 ラウンドの時点でその後のラウンドでの資金供給の条件を事前に定める投資契
約においてさえも、規定される条件が必ず行使されるとは限らず、VC と VB の間で「再交渉」が行われる
ことも指摘している。このような動態的な変化があるとしても、段階的投資を実施することを前提として詳細
な条件を当初の投資契約で規定することは、将来のラウンドにわたる「再交渉」において交渉の出発点と
Kaplan & Strömberg,supra note 92 at 15.
残余キャッシュフローに対する権利(前項「1.1」では「非累積的優先配当権」が概ね該当する)
は VB が順調な場合の起業家と VC の間でのキャッシュフローの配分に関する権利を規定するの
に対し、清算権(前項「1.1」では、
「残余財産優先分配権」が概ね該当する)は事業が不調で会社を清
算する場合の配分を規定する。
95 この場合のホールドアップ問題は、VB の起業家が VC から投資を受けた後に、投資家の利益
に反する形で退社したり経営を怠けたりすることを、投資家である VC が事前に恐れて最適な金
額を投資しなくなることである(何らかの方策を事前に講じておかなければ、出資者は「お手上
げ(hold-up)」になる)
。
96 Kaplan & Strömberg,supra note 92 at 28-32.
93
94
83
して当初の契約になかったオプションとなる契約条件を決定するために重要である蓋然性が高いと論じ
た97。
以上のように、Kaplan & Strömberg(2002)は段階的投資を機能させるために、投資契約の条項を盛
り込んだ種類株式を利用することが重要であると論じた。
2.米国での種類株式の実態
2.1 種類株式の使用状況
米国では VC が VB に投資を行う際、種類株式、すなわち優先株式(preferred stock)を発行すること
が通例である。このことは実務家ばかりでなく、裁判所にも認識されている。具体的には、後述する米国で
下された判決文の中で、Kaplan & Strönberg(2002)を引用して「1987 年から 1999 年までの VC 投資
件数の 94%が優先株式を利用している」98と言及している。
以下では、シリコンバレー地域での種類株式の利用状況を、その中に含まれる主要な条項の時系列の
推移とともに確認する。
2.2 種類株式に規定される投資契約の主要な条項
2.2.1 希薄化防止条項
希薄化防止条項(anti-dilution protect)は、段階的投資を行う際に、今回のラウンドの株価が以前に
実施されたラウンドの株価よりも低い場合99に、既存の株主の出資金額対比でみた持株比率が今回のラ
ウンドで投資する株主に比べて不利にならないように調整する条項である。調整の方法にはラチェット方
式と加重平均方式がある。
ラチェット方式は、既存の種類株式の株主(種類株主)の株価を今回のラウンドの株価に置き換えて、
主に IPO 時に行われる普通株式への転換の際の交換比率を調整する条項であり、加重平均方式に比
較して既存の種類株主にとって有利である。一方、加重平均方式は、既存の株主の株式総額(=株価×
持株数)を今回のラウンドの分に含めて合計し、その全株式の加重平均価格に既存株主の株価を引き下
げて、普通株式への転換比率を調整する方式である。一般的には、ラチェット方式よりも加重平均方式が
利用される。その理由は、既存の株主と今回のラウンドで新しく参加する種類株主の間での公平感・納得
感を得やすいためである。
2003 年以降のシリコンバレー地域での利用状況をみると(図表Ⅴ-11)、加重平均方式とラチェット方
式の合計が 95%を超えている。ここから、殆どの VC 投資に種類株式が利用されている状況を確認するこ
とができる。また、2003 年にはラチェット方式が 1 割程度利用されていたが、その後利用率は低下傾向で
推移し、近年は加重平均方式がほとんどを占めている。これには、JVR の北村社長の見解の通り、金融
が緩和されていたため、VB に有利な条件で種類株式が発行されていることが背景にあると思われる。つ
Kaplan & Strömberg,supra note 92 at 33.
Del.Ch.2013, infra note 103 at 54, note 22.
なお、正確には、期間は 1986 年 12 月から 1999 年 4 月までである。
99 このような場合における今回のラウンドを「ダウンラウンド」という。
97
98
84
まり、新規参加の VC にとって、加重平均方式の方がラチェット方式よりも既存の種類株主との関係で公
平感が高いため、新規参加の VC との条件交渉を VB が有利に進めたいとの意向が反映されているもの
と思われる。
(図表Ⅴ-11)シリコンバレーでの VC 投資契約における希薄化防止条項の利用状況
(後方 4 四半期移動平均)
100%
90%
80%
なし
70%
加重平均
60%
ラチェット
50%
40%
30%
20%
10%
0%
2003/2Q
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(暦年/四半期)
(資料)Fenwick & West LLP,trends in terms of venture financings in the San Francisco Bay Area,trends in terms of venture financings in silicon valley
(http://www.fenwick.com/Topics/pages/topicsdetail.aspx?topicname=VC Survey)
2.2.2 残余財産優先分配条項(Senior liquidation preferences)
これは、VB が事業を清算する際には、種類株主が普通株主(VB の起業家等は普通株式を保有す
る)に優先して、清算後に残った財産から配当を受けることができるという条項である。この条項は 2003
年には 6 割程度の利用率であったが、2014 年央には 3 割を下回っている(図表Ⅴ-12)
なお、段階的投資との関連で言及すると、既にみたようにラウンドが進むほど VC が特定の VB に投資
する金額が大きくなるため、一般に、初期のラウンドよりも後期のラウンドで発行される種類株式の方が、こ
の条項の利用率が高いという傾向がある(この条項は次章〔4〕で分析する判例に大きく関係している)。
2.2.3
Pay-to-Play 条項
Pay-to-Play 条項は、新規の資金調達に際して、新株引受権を行使しないとペナルティとして既存投
資家としての各種の優先権を喪失させる条項であり、特に、ダウンラウンド(以前のラウンドよりも引受ける
株式の単価が低いラウンド)の際に、少額投資しかしていない既存の VC が VB に追加資金を投資するよ
うに促進する効果がある。これは、2000 年代初頭の IT バブルの崩壊後、利用率が高まった。
シリコンバレー地域での利用率をみると(図表Ⅴ-13)、2003 年には 2 割程度であったが、その後リー
マンショック直前までは低下傾向で推移した。リーマンショック後一時上昇したが、その後米国の株式市
況が回復傾向で推移したこともあり、再び利用率は低下傾向に転じ、2014 年央には 5%を下回っている。
85
おそらく、米国の金融が緩和傾向で推移していることを背景として、VB の資金調達環境が良いため、
Pay-to-Play 条項を必要とするケースが少なくなっていることが背景にあるものと思われる。
(図表Ⅴ-12) シリコンバレーでの VC 投資契約における残余財産優先分配条項の利用状況
80%
実数
70%
後方4四半期移動平均
60%
50%
40%
30%
28%
26%
20%
10%
2003/2Q
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
(暦年/四半期)
(資料)Fenwick & West LLP,trends in terms of venture financings in the San Francisco Bay Area,trends in terms of venture financings in silicon valley
(http://www.fenwick.com/Topics/pages/topicsdetail.aspx?topicname=VC Survey)
(図表Ⅴ-13) シリコンバレーでの VC 投資契約における Pay-to-Play 条項の利用状況
25%
実数
後方4四半期移動平均
20%
15%
10%
5%
4%
2%
0%
2003/2Q
04
05
06
07
08
09
14
(暦年/四半期)
(資料)Fenwick & West LLP,trends in terms of venture financings in the San Francisco Bay Area,trends in terms of venture financings in silicon valley
(http://www.fenwick.com/Topics/pages/topicsdetail.aspx?topicname=VC Survey)
86
10
11
12
13
2.2.4 償還権(Redemption right)
これは、VC 等の優先株主が、起業家個人にではなく会社としてのVBに対して発行価額(の一
定倍)で優先株式の買戻しを要求する権利である。名目的に規定されるとしても行使されることは
殆どなく、投資契約での利用率も低下傾向で推移している(図表Ⅴ-14)。
(図表Ⅴ-14) シリコンバレーでの VC 投資契約における償還権の利用状況
45%
40%
実数
後方4四半期移動平均
35%
30%
25%
20%
15%
12%
10%
8%
5%
0%
2003/2Q
04
05
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09
10
11
12
13
14
(暦年/四半期)
(資料)Fenwick & West LLP,trends in terms of venture financings in the San Francisco Bay Area,trends in terms of venture financings in silicon valley
(http://www.fenwick.com/Topics/pages/topicsdetail.aspx?topicname=VC Survey)
(注)「強制的償還あるいは VC によるオプション」による償還。
以上に見てきたように、米国では希薄化防止条項を中心として投資契約の様々な条項を具体化する
種類株式が発行されており、段階的投資の各局面に応じて、VB と VC の間での成果と支配の権利を調
整している。投資契約条件の当初の設定や再交渉のための情報収集には、緊密なコミュニケーションが
必要である。このため、投資収益率の引き上げを至上命題とする VC にとってハンズ・オンが合理的な投
資スタイルになり、そのスタイルに種類株式による段階的投資がフィットするのである。
3.日本での種類株式の普及状況
次に、日本での種類株式の普及状況を概観する。
先ず、ベンチャーエンタープライズセンター(VEC)が毎年 VC 等を対象として実施している調査を基に
して、2008 年度から 2012 年度にかけて VC が行った投資の金額に占める種類株式の構成比を試算す
る(ただし、形態別の投融資の状況を無回答の VC を除外して行った試算であることに留意されたい)。
新規投資については、2008~2010 年度までは概ね 15%前後で推移していた。その後、2011 年度に
22%前後、2012 年年度には 30%弱にまで比率が上昇している(図表Ⅴ-15)。また、追加投資について
87
も、2012 年度には 25%に達している(図表Ⅴ-16)。
(図表Ⅴ-15)ベンチャーキャピタル本体及び投資事業組合による年間投融資状況(構成比)
(新規投資)
融資 0.2
融資 0.8
100%
0.9
1.2
2.7
2.8
4.2
4.1
14.8
14.9
14.5
3.8
17.3
17.0
5.4
5.5
15.2
15.7
80%
4.1
6.9
6.9
21.7
22.2
67.6
66.7
その他投資
0.3
5.4
29.1
60%
40%
79.6
79.0
融資
80.4
62.1
61.7
65.2
20%
その他投資(注)
社債
種類株
0%
2008
年度
2009
年度
2009
年度
2010
年度調査
2010
年度
2011
年度調査
2010
年度
2011
年度
2012
年度調査
2011
年度
2012
年度
普通株
2013
年度調査
(資料)VEC「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」(各年版)
(注)・「その他投資」は他ファンドへの出資、メザニン融資等。
・分母は、「普通株+種類株+社債+その他投資+融資」(投資形態無回答のVCがあるため、
VEC調査の合計を使用しなかった)。
(図表Ⅴ-16)ベンチャーキャピタル本体及び投資事業組合による年間投融資状況(構成比)
(追加投資)
100%
5.2
7.4
80%
15.1
7.9
7.6
7.3
8.1
17.6
20.1
3.9
3.9
4.0
18.9
18.6
11.9
11.2
16.8
16.7
14.1
15.6
3.9
60%
40%
融資
0.1
13.5
18.0
25.5
融資
72.3
67.2
64.1
63.0
62.0
67.4
68.1
その他投資
42.9
20%
社債
種類株
0%
2008
年度
2009
年度
2010
年度調査
2009
年度
2010
年度
2011
年度調査
2010
年度
2011
年度
2012
年度調査
2011
年度
2012
年度
2013
年度調査
(資料)VEC「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」(各年版)
(注)・「その他投資」は他ファンドへの出資、メザニン融資等。
・分母は、「普通株+種類株+社債+その他投資+融資」(投資形態無回答のVCがあるため、
VEC調査の合計を使用しなかった)。
88
普通株
このように、日本でも種類株式が徐々に普及しつつある100。
また、日本ベンチャーキャピタル協会の会長は、2013 年 12 月 12 日の「金融審議会 新規・成長企業
へのリスクマネーの供給のあり方等に関するワーキング・グループ」の第 10 回会合において、種類株式で
ある「優先株の使用頻度が高まってきました。詳しくデータを持っておりませんが、私の肌感覚ではもう既
に 50%以上、過半を超えていると思います」と発言している101。
この発言からみて、試算による 2012 年度までの比率は、当時の実態、あるいは現状より低い可能性が
示唆されるが、種類株式の利用が傾向的に増加していることには間違いないであろう。つまり、日本にお
いても漸くハンズ・オン投資を促進するツールとしての種類株式の利用が普及しつつあると言える。種類
株式の普及は、起業家個人に対する「買戻し条項」を投資契約に盛り込む必要性を削減するため、前掲
注 45 に記載したような問題点を解消し、VB と VC の間の円滑なコミュニケーションと信頼関係の構築に
も資するものである。
ただ、日本においては VC 投資への種類株式の普及が緒についた段階であり、歴史と経験の豊富な
米国に学ぶべき点はなお残存していると思われる。その一例として、次章では、種類株式を用いた VC の
投資が惹起した法的問題点について、米国の判例を分析する。
100
この背景には、2011 年秋に経済産業省と国税庁がストックオプションの税制ルールを明確化
したこと等があると思われる。
101 金融庁 Web(www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/risk_money/.../20131212.html)。JVR の北村社
長は、
「現時点で新規に行われる VC 投資の件数の内、7~8 割には種類株式が利用されていると
思われる」とインタビューで述べており、普及率は、さらに高まっている可能性がある。
89
〔4〕種類株式による段階的投資が惹起する法的問題点についての米国判例の分析
ここでは、種類株式による VC 投資の法的問題点について、米国で注目された判例のレビューを通じ
て明らかにする。また、米国の裁判所がシリコンバレー・モデルを代表とするイノベーション・エコシステム
をどのように評価しているかについて述べ、さらに日本の VC 投資に対する含意についても論じる。
1.判例
ここで検討の素材とする判例は、2013 年 8 月にデラウェア州衡平法裁判所(THE COURT OF
CHANCERY OF THE STATE OF DELAWARE)102が下した判決である103。この判決を検索エ
ンジンで検索すると、アメリカ法律家協会(American Bar Association:ABA)のシンポジウム
の資料や多数の法律事務所の Web に VC 投資に対する含意が論評されており、このことから反響
が大きかった様子が窺われる。
1.1 事件の概要
1.1.1
当事者
① 被告(単純化のために一部を省略している)
A 社:1984 年設立の翻訳ソフトウェアを主力製品とする VB。2005 年に取締役会の承認と株主
の投票により訴外 C 社に売却される。
A1:A の創業者、CTO。後に取締役会から社長代行(Acting President)に任命される。
A2:A の取締役。投資銀行出身。A の売却の戦略を策定するべく、取締役兼 CEO に任命され
る。
VC1:VC ファンドαのパートナー
VC2:VC ファンドβのパートナー。A の取締役を兼務
VC3:VC ファンドγの非常勤の顧問。A の取締役を兼務
102
米国では、会社法は州ごとに制定されている。会社運営に対するフレンドリーさもあり、殆
どの大規模公開株式会社はデラウェア州を登記上の本社所在地としている。また、「衡平法
(equity)
」は英米法特有の法的概念であり、契約関係の違反の有無に還元しきれない、高度に道
徳的・倫理的な事件を判断するために、通常の裁判所(※1)とは別に設置されている衡平法裁判所
(Court of Chancery)において、裁判官である Chancellor(※2)が下した判決を基にして集積され
る判例法の体系である。衡平法においては、当事者間の「衡平(equity)
」と正義を実現するため
に裁判官が広範な裁量に基づいて、表面的に合法的な行為についても証拠・証言を慎重に審査し
た上で、しばしば外形的な合法性を超える判断を下す。
(※1)コモンローの裁判所。主に外形的な基準で契約違反、損害賠償や刑法犯を陪審制で裁く。
(※2)「大法官」と和訳される。米国では衡平法裁判所長も意味する。本事件の担当裁判官は副裁判所長(Vice Chancellor)だった。
In re Trados Inc. Shareholder Litigation, Consol. C.A. No. 1512-VCL, mem. op. (Del. Ch.
Aug. 16, 2013) at http://courts.delaware.gov/opinions/download.aspx?ID=193520.
宍戸善一「ベンチャー企業とベンチャー・キャピタル」江頭憲治郎編『株式会社法体系』有斐
閣(2013)、123 頁において本判決が言及されているものの、2015 年 3 月 20 日に Google と Google
Scholar でこの判例を検索したところ、日本語で言及している Web はなかった。また、本章で
Web を出所としている判例・先行研究は全て 2015 年 1 月 15 日から 1 月 23 日までに閲覧した。
103
90
(※)VC ファンド(α,β,γ)は全て残余財産優先分配条項付きの種類株式(以下では、「優先株式」と言う)によ
って A 社に投資していた。
② 原告
B:A 社の普通株主(普通株式の 5%を保有)
1.1.2
経緯
① A 社は 1984 年設立の翻訳ソフトウェアを主力製品とする VB であった。当初は、マイクロソフト等を主
要な販売先とし順調に成長していた。その時に、複数の VC から投資を受けた。VC は米国では一般
的な優先株式で投資をし、ファンドのパートナーや非常勤の顧問等の VC と何らかの関係がある複数
の人物が A 社の取締役に就任していた。
② その後、A 社は市場環境の変化等から成長スピードが鈍化した。先行きの IPO の見通しを厳しく見た
VC は目標としていた IRR の確保が難しくなりつつあったため、A 社に対する追加投資を拒絶した。
A 社の取締役会は今後の展望を描けなくなったため、他社への売却による事業の存続を検討し、もと
もと CTO であった A1 を社長代行に任命し、交渉を促した104(他社への売却が迅速であるほど、エグ
ジットが早まるため、VC は IRR の低下幅を小さくすることができる)。
③ しかし、売却交渉が順調に進まなかったため、投資銀行出身の A2 を取締役兼 CEO として 2004 年
8 月に採用し、売却の体制を強化した。A2 を採用するために、交渉の成功報酬である MIP
(Management Incentive Plan)を付与した(売却金額の 13%。他の付与対象者も含む)。なお、
MIP は前四半期の売上高の伸び率が予算上の伸び率を上回った場合にも当該四半期に支給され
る条件も含まれており、他の取締役と A1 に対しては 2004 年 7 月に既に付与されていた。
④ A2 が CEO に就任して以降、販売先と製品の見直しによって業績が回復し始め、2005 年第 1 四半
期(1-3 月)の売上高は A 社として最高を記録し、利益を計上した。2005 年上半期(1-6 月)の業績は
順調に推移した。ただし、VC が追加投資を許容できるほどではなかった。
⑤ A 社は訴外 C 社と 2005 年 4 月 5 日に大筋で売却に合意し、2005 年 6 月 11 日に A 社取締役会
は 6,000 万ドルでの売却を承認した。その後、2005 年 6 月 17 日に種類株主と普通株主も投票の結
果、賛成多数で売却を承認した105。ただし、大株主(普通株式の約 2 割を保有)の一人であるマイク
ロソフトは棄権した。売却代金は最初の 780 万ドル(=6,000 万ドル×13%)が MIP として取締役と
A1 に配分され、残りの 5,220 万ドルが優先株主である VC に配分されたが、VC の株式の優先権の
合計金額である 5,790 万ドルには達しなかった。この結果、普通株主への配分はされなかった106。
104
米国では、株式会社の機関としての取締役会は経営者(CEO や社長)の監督を担い、実際の
事業活動は経営者が行う(日本の委員会設置会社(2014 年の会社法改正で「指名委員会等設置会
社」と改称される)とほぼ同じ構造である)。
105 承認に必要な賛成率は①種類株式では 61.0%、②普通株式を含む全体では 50.0%であったが
投票結果は①が 79.9%、②が 55.4%であった(Del.Ch.2013, supra note 103 at 29.)。
106 マイクロソフトが棄権した理由は、普通株主への配分がゼロであることが議案から明らかで
あったためである(Del.Ch.2013, supra note 103 at 88.)。
91
1.1.3
原告の主張
① 原告 B は普通株主に対する売却代金の配分がなかったため、当初売却代金の妥当性に疑問を持ち、
自らの保有する普通株式の価値の算定方法の開示を求めて訴訟を提起した。
② その後、取締役会が A 社を C 社に売却することを承認したことは、以下の理由から普通株主に対す
る信任義務(fiduciary duty)(後述)に違反するとして、株主代表訴訟を提起した。
(a) A 社の経営は上向いており、普通株主の利益のために A 社の事業は継続されるべきであ
ったが、エグジットを急いでいた VC は普通株主を犠牲にして、C 社への売却を取締役会に
促した。
(b) 取締役会は、MIP によって個人的な利益を得た取締役と A 社の売却によって種類株式に
対する配分を受けた VC と関係のある取締役で構成されており、会社から独立していない
(米国における取締役の独立性の通常の基準は取締役を務める会社(本件の場合、A 社)
と過去に雇用関係がないことや、過去あるいは現在、取引関係がないことである。したがっ
て、原告の主張は通常の解釈とは異なるものである)。
(c) このため、「完全公正基準(entire fairness standard)」(後述)によって取締役の経営判
断を裁判所が審査すべきである(すなわち、経営判断原則(後述)を適用できない)。
1.2 原告の主張にみる法的問題点
1.2.1 信任義務の法理
信任義務は、米国と日本の通説では忠実義務(duty of loyalty)と注意義務(duty of care)を
併せたものと考えられている107。より本質的と考えられている忠実義務は、会社の取締役と経営
者は「会社」に対して忠実に行動する義務を負うというものであり、多数説では「会社」は「株
主」を指すと考えられている。換言すると、取締役と経営者は株主の利益に反する行為をするこ
とは許されないということである。株主は取締役と経営者の行為の一挙手一投足を契約によって
「事前に」指定することはできず、裁量権を付与しなければならず、情報面で取締役・経営者に
対して劣位に置かれる108。このため、取締役と経営者の暴走による株主の利益の毀損を裁判によ
って「事後的に」回復するために、中世以降、英国と米国で衡平法の一部として発展した「信任
義務の法理(principle of fiduciary duty)
」
、あるいは「信任関係の法理(principle of fiduciary
relationship)
」が受益者(beneficiary)である「会社」(≒株主)と受任者(fiduciary)である取締役・
経営者の間の関係にも適用されている。
しかし、会社の経営はさまざまな環境変化に伴うリスクに晒されるため、経営者の判断が常に
正しい結果をもたらすとは限らない。妥当なプロセスを経て、「善意で(in good faith)」、
「会社
の最善の利益に(in the best interests of the company)」合致すると判断したにも関わらず事業が
上手くいかず株主が損失を被る場合においても、事後的に、あるいは裁判所による「後講釈」で
107
英国では、特別な場合を除き注意義務は信任義務ではないと考えられている。
経済理論的には、情報の非対称性を主な原因として必然的に不完備契約(incomplete
contract)になるということである。
108
92
経営判断の誤りの責任を追及されるとすれば取締役と経営者にとって過酷であり、取締役と経営
者はリスク回避的になるか、極論すると、取締役・経営者のなり手がいなくなってしまいかねな
.
い。東インド会社以来、株式会社に期待される本質的な機能が「小口多数の資金を糾合して、リ
..
スクを伴う事業を行うための仕組み」
、いわば「資本主義経済のエンジン」であることに鑑みると、
リスク回避の蔓延や取締役・経営者のプールの枯渇は経済発展の見地からは望ましくない。この
ため、英米法では、取締役・経営者がリスク中立的に行動することができるように、株主による
責任追及の法律上のルールが確立している109。それが、
「経営判断原則(business judgment rule)」
である。これは、突き詰めると、以下の2つを満たしている場合には、損失を被った株主は取締
役・経営者の責任を追及することはできないというものである。
(a)取締役・経営者が会社に対して利益相反(conflict of interests)の立場にいない(忠実義務へ
の違反がない)。
(b)取締役・経営者が善良なる管理者としての注意を払い、善意で会社の最善の利益に合致する
と信じる方法で個々に独立した経営判断を行う(注意義務への違反がない)
。
これらによって、取締役会が妥当なプロセスを経て決定した事項、あるいは経営者に委任した
行為の結果、株主が損失を被ったとしても、取締役と経営者は信任義務違反を理由として責任を
追及されることはない。もしも、株主が原告として経営判断原則の成立条件を満たしていないと
主張するならば、その立証責任は株主が負うことになる。
このように、英米法では信任義務の法理を通じて、不完備契約による株主の情報劣位を補いつ
つ、経済発展のエンジンたるべき「会社」を経営する経営者と、経営者を監督する取締役の行動
をリスク中立的にするようにバランスを取っているのである110。
1.2.2 普通株主と種類株主が併存するケースでの信任義務
日本では、2005 年に制定された会社法によって種類株式の制度整備が格段に進んだが、種類株
式活用の歴史が長く経験が深い米国では、会社の中に、普通株主と種類株主が併存する場合には、
種類株式は規定が明確であり契約的側面が強いため、取締役は規定の範囲内の行為については普
通株主よりも種類株主を優先的に扱うことができると考えられている。一方、規定されていない
事項に関して取締役が裁量を行使する場合には、情報劣位の普通株主が種類株主よりも優先され
るべきとも考えられている。
109
米国では取締役・経営者が迅速にリスク中立的な意思決定を行えるように定款自治が重視さ
れ、会社法は授権的(enabling)であるべきと考えられている。定款は、会社の設立当初の株主間、
及び株主と取締役・経営者間の基本的な契約であるが、会社にとって最も効率的な事業活動を可
能ならしめるように、会社法で強行されている規定以外のルールを事前に定めることが一般的で
ある(日本の現行会社法も米国の影響を受け、定款自治の要素を大幅に導入している)。また、
標準的なファイナンス理論とそれを基にした「法と経済学(law & economics)」を分析ツールとし
て用いる研究者は、取締役・経営者がリスク中立的な経営判断を行う時に、企業価値が最大化す
ると考えている。
110 信任義務の法理、経営判断原則はともに衡平法裁判所での判例の蓄積を基に体系化されてき
た。
93
既に述べたように、米国では VC が VB に投資する際には、種類株式を用いることが殆どであ
り、VC が取締役を VB に派遣することが少なくない。また、シリコンバレー・モデルを代表とす
るイノベーション・エコシステムにおいては、取締役や経営者が相対的に狭い範囲の人的ネット
ワークから VC の推薦によって選出されることが多い。このため、VB(あるいは VC)との直接
的な雇用関係の有無に拘わらず、取締役の経営判断が普通株主を含む「会社」全体の最善の利益
のためになると善意で信じていると主張するために必要な「独立性」に疑義が生じやすくなる。
すなわち、VC から VB に派遣された、あるいは紹介された取締役は、普通株主との利益相反の問
題を内包するのである。
1.3 裁判所の判断
1.3.1 経営判断原則の否定と立証責任の転換
被告は、取締役の判断は独立したものであり経営判断原則が成立すると主張したが、裁判所は、
「シリコンバレーの VB コミュニティを特徴づける相互関係のネットワーク」111、すなわち「シ
リコンバレー・モデル」の特徴からみて、種類株主である VC からの推薦・派遣で選任された VB
の取締役等は、内在的に普通株主との間で利益が相反するため VC から独立しないと判示し、A
社の売却が利益相反取引であることについて原告が立証したと認定した。この認定に基づいて、
経営判断原則の成立を否定し、取引の妥当性について「完全公正基準」で立証する責任を被告に
課した。
1.3.2 完全公正基準での審査結果
「完全公正基準」は、経営判断原則が成立しない局面での会社売却(M&A)等のような、会社
が行う取引に対する取締役会の判断の妥当性を裁判で審査する基準である。これまでは、少数株
主の締め出し(スクイーズアウト)を目的として行われる株式の取引を承認した取締役、あるい
は取締役会を裁判所が審査する基準として使用されることが多かった。既に述べたように米国で
は 2000 年以降 2013 年まで連続して、エグジットの方法として M&A が IPO を大幅に上回って
いることもあり、原告の立証に基づいて完全公正基準が本事件での VB の取締役の行為の審査に
適用されたものと思われる。
具体的には、会社の取引にあたって、プロセスの公正性(fair dealing)と実現した価格の公正
性(fair price)の2つの構成要素について総合的に審査する112。
Del.Ch.2013, supra note 102 at 67.
大塚章男「スクイーズアウトにおける『事業目的基準』の有用性」筑波ロー・ジャーナル 2
号(2007)、32 頁の脚注 65 によると、「この 2 つの構成要素は別個に考察されるのではなく、
事案は全体として『完全公正』を判断するものとして見なければならない」
(審査の基準を完全公
正基準に一本化した 1983 年の Weinberger 判決からの引用)と考えられている。本事件の判決で
も、上記の部分を引用しているが、その直後に、裁判所は Weinberger 判決の脚注を引用して「し
かし、-完全性は可能ではない、あるいは期待しがたい(But-perfection is not possible, or
expected ….).」と論じている(Del.Ch.2013, supra note 102 at 70.)。
111
112
94
裁判所はプロセスの公正性について、①MIP は会社の売却代金以外に財源を求めるべきであっ
たということと、②独立した第三者委員会で売却の決定を判断すべきであったこと等から、不完
全であると認定した。しかも、普通株主が優先株主に優先することにまで言及していた。
しかし、価格の公正性については、VC のファンド・マネジャーが一定期間内に VB に対する投
資から収益を上げ、ファンドに出資した投資家に収益を還元するという通常のビジネスモデルに
照らして、売却を決定した時点において割引現在価値法によって算出された価格に不公正な点は
なかったと判断した(本件の場合、結果的に原告等の普通株主に配分できる余剰はなかった)
。そ
の理由は、VC が追加投資を拒絶していたため、会社をいち早く売却することが必要であったと
取締役会が判断したことにある。
結論として、裁判所は「プロセスの公正性」と「価格の公正性」は個々に審査され、ともに「不
公正」であるとは判断されないため、総合的にみると本件取引にかかる取締役の判断は「完全に
公正(entire fair)」であると認定し、原告敗訴とした。
2.評価113
2.1 実務への影響
本章の冒頭で述べたように、本事件は米国法曹界や VC 関係者の注目を集めた。その理由は、
2000 年代以降、M&A が VC のエグジットの主流となっていることを背景として、表面的には独
立した取締役であったとしても優先株主である VC に任命された取締役等が行った会社の売却取
引の承認について経営判断原則の成立を否定し、普通株主に対する信任義務違反に該当する可能
性が示されたことにあった(普通株主の主張は、売却ではなく事業の継続が普通株主にとって利
益になる可能性があったということにあった)。
...................................
結果としては、プロセスの公正性を欠いているにも拘わらず、価格が公正であることを主たる
.....................
理由として「完全公正」が認定された初の判決114となり、原告敗訴とされた (傍点筆者)。しかし、
実務家の間では、普通株主が利益を毀損されたと主張することに対抗できるように、①VC に利
害関係のない取締役による判断、②第三者による価格算定を踏まえた判断、あるいは③NVCA(全
113以下の文献を参考にしている。
①Noam Noked , Delaware Court of Chancery Upholds Trados Transaction as Entirely
Fair,2013, The Harvard Law School Forum on Corporate Governance and Financial
Regulation Web(http://blogs.law.harvard.edu/corpgov/2013/09/03
/delaware-court-of-chancery-upholds-trados-transaction-as-entirely-fair/)
②Gary V. Mauney , Director's Duties to Common versus Preferred Shareholders – The
Aftermath of the Delaware Chancery Court’s Decision on the In re Trados Inc. Shareholder
Litigation,2013 at http://www.lewis-roberts.com/Published-Works
/Directors-Duties-to-Common-versus-Preferred-Shareholders-The-Aftermath-of-the-Delawar
e-Chancery-Court-s-Decision-on-the-In-re-Trados-Inc-Shareholder-Litigation-By-Gary-V-Mau
ney.shtml
③Jacob Wimberly, Venture Capital and Private Equity and the “Entire Fairness” Test: In re
Trados, 33 REV. BANKING & FIN. L. Issue 2 ,418 (2014) at http://www.bu.edu/rbfl
/files/2014/03/RBFL-Vol-33.2_Markey.pdf.
114 Wimberly, supra note 113 at 424.
95
米ベンチャーキャピタル協会)のモデル投資契約の改訂、等のプロセスを構築する対策が必要で
あるとの議論が高まった115。
2.2 裁判所のイノベーション・エコシステムに対する理解116
イノベーション・エコシステムに関係する実務家の視点からは、上述のように種類株式によっ
て投資した VC が投資先企業に取締役を派遣した場合などに、M&A によるエグジットの局面で普
通株主から信任義務違反によって攻撃されるリスクを削減するための対策の強化の必要性が明ら
かになったことが重要であった。
しかし、本稿の関心事からは、完全公正基準で審査し、プロセスの公正性には瑕疵があると判
示したにもかかわらず、価格の公正性は満たされているとして、本件取引を「完全公正」である
と結論付けた裁判所の判断の背景に注目すべきである。少数株主の締め出しを完全公正基準で審
査する際には、プロセスと価格を総合的に検討することが求められていることとのアナロジーか
らは、普通株式の少数株主の利益が優先株主に比べて軽視されたように見えなくもない。
裁判所は、完全公正基準を確立した Weinberger 判決においても、プロセスの公正性と価格の
公正性について「完全性は可能ではない、あるいは期待しがたい」と評価されていたことに言及
しており、取締役の判断が完全無欠ではありえないことを前提として被告に有利な判決を下した。
その背景には、米国では、リスクをとって事業を行い経済を発展させることへの希求あるいは尊
重が、企業の経営者だけでなく国民全体(当然、裁判官も含まれる)に社会的な規範として根付
いていることがあると思われる。VC が VB に対して行う投資についてもイノベーションを通じた
経済発展に寄与するため、完全公正基準を厳格に適用して取締役や経営者をリスク回避に追い込
むことよりも、VB を育成するイノベーション・エコシステム(代表的なものが、シリコンバレ
ー・モデルである)の機能を著しく低下させないことが重要であると判断したものと思われる117。
実際、判決中には、シリコンバレーでの VC のビジネスモデルを詳細に分析し、その通常の慣
行について肯定的な見解を示している。このため、VC 投資の実務としての種類株式による段階
的投資への理解を示していると推察される118
119。
115
普通株主との利害対立を避ける対策の構築の必要性は、VC 関連の実務家・関係者だけでなく、
種類株式を用いてプライベート・エクイティ投資を行う投資家等にも認識された。
116 2013 年 12 月 4 日に一橋大学大学院国際企業戦略研究科が主催した公開セミナー
「ICS Global
Business & Law Seminar」における、カリフォルニア大学ヘイスティング校の Abraham Cable
教授の講演「Venture Capitalists on the Board:Recent Delaware Case」に部分的に依拠してい
る。
117 同様の見解を前掲注 116 のセミナーの際に講師の Cable 教授も示唆していた。
118 Del.Ch.2013, supra note 102 at 67.
119 この背景には、米国では学界だけでなく、裁判所においても「法と経済学」が分析のツールと
して重視されていることがある。本判決においても、VC 投資の実務において種類株式が重要な
地位を占めていることを、以下の先行研究に依拠して論じている(Del.Ch.2013, supra note 103
at 54 note 22.)。
①Kaplan & Strömberg,supra note 92.
②Ronald J. Gilson & David M. Schizer, Understanding Venture Capital Structure: A Tax
96
3.日本への含意
日本の会社法でも、株式会社と役員等(取締役、執行役、会計監査人、監査役)との関係は委
任の規定に従う(330 条)ため、民法 644 条で定められた委任を受けた者が負う「善良なる管理
者の注意義務」が取締役・経営者に課される。また、会社法 355 条は取締役に会社に対する忠実
義務を課しているが、これは米国の会社法をモデルとして、昭和 25 年に部分的に旧商法(会社法
編)に導入されたものを引き継いだものである。日本の忠実義務・注意義務は英米のような「衡
平法」
、あるいは「信任義務の法理」の法的な伝統・歴史に基づいたものではないが、M&A に関
連する訴訟において米国の経営判断原則に類似した判断を裁判所が下すケースが少なくない。
一方、既に述べたように VC が段階的投資を行うツールとして、近年、種類株式の使用が日本
でも増加しつつある。したがって、本事件のような紛争が今後日本で生じる可能性を否定するこ
とはできないように思われる。日本の忠実義務と注意義務は、米国の衡平法の中の信任義務の法
理の伝統を欠いているため、裁判所が、本件と類似したケースにおいて、米国のように表面的な
合法性を乗り越えて「衡平」に基づく判断をすることができるかどうかは現時点では不透明であ
る。
具体的に言うと、日本の会社法 109 条(株主の平等)120は、株主平等原則が種類の異なる株式
ごとに貫徹されれば足りるとする規定を置いているからである。つまり、異なる種類の株式を保
有する株主間の平等は議決権を割合的に扱うことを許容しているため、本件のケースを日本に当
てはめると、主たる判断根拠が議決権比率になるため多数派の種類株主が必然的に優先される。
また、会社法 356 条(競業及び利益相反取引の制限)に規定される直接取引にも間接取引にも該
当しないように思われる。
しかし、優先株主を兼ねる取締役に対抗するために、例えば公序良俗(民法第 90 条)に反する
として普通株主が「差止」や「取消」を求める訴訟を提起する可能性が将来的には「なきにしも
非ず」と思われる。近年種類株式を用いた段階的投資が普及しつつあるところ、シリコンバレー
型のイノベーション・エコシステムを成熟させるための次のステップとしては、金融機関系列の
VC から VB への取締役の派遣が課題になるものと思われる。現状では独立系の VC は取締役を派
遣するケースが珍しくないが、金融機関系列の VC は取締役の派遣に消極的である。しかし、金
融機関系列の VC が IRR を引き上げるためには、VB を適切にモニタリングする必要があり、従
Explanation for Convertible Preferred Stock, 116 Harv. L. Rev. 874, 875 (2003) .
③Joseph L. Lemon, Jr., Don’t Let Me Down (Round): Avoiding Illusory Terms in Venture
Capital Financing in the Post-Internet Bubble Era, 39 Tex. J. Bus. L. 1, 5-6 (2003).
120
条文は以下の通りである。
「1 株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければな
らない。
2 前項の規定にかかわらず、公開会社でない株式会社は、第 105 条第 1 項各号に掲げる権利(※)
に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる。
3 (略)」
(※)株主が有する、①剰余金の配当を受ける権利、②残余財産の分配を受ける権利、③株主総会における議決権。
97
来以上に取締役の派遣の重要性が増すものと思われる。これが実現した場合、取締役会のマジョ
リティは VC が派遣した取締役が占めることになるだろう。VB の創業者や創業当初からの従業員
は普通株式しか保有しない一方で、VC は資本多数決の修正を目的として種類株式を使用するた
め、本事件と類似した状況が生じる可能性がある。仮に、VC 派遣の取締役がマジョリティを占
める取締役会が普通株主である創業者・従業員に全く配分を行うことなく、会社の売却代金を種
類株主間で配分することを決定するとしたら、何が起こりうるであろうか?社会の風土は裁判官
の判断にも何がしかの影響を及ぼす可能性があると思われるが、このような風土や日本人の精神
的土壌・気質121からみて「公序良俗」122の適否が外形的な法的要件だけで判断されるかどうかは、
現状においては不透明であるように思われる。これは、日本ではシリコンバレー型の投資慣行や
イノベーション・エコシステムが社会の中で十分に成熟しているとは言い難いためである。
仮に、このような訴訟が長期化する、あるいは類似した事件ごとに裁判所の判断が異なるよう
なことがあれば、取引の法的安定性に対する予見可能性が低下し、当事者がリスク回避的になり、
イノベーション・エコシステムと経済全般の発展を阻害しかねないように思われる。したがって、
VC 投資に関連する本事件のような状況に関して、裁判における審査基準として、例えば完全公
正基準のような基準を米国よりも明確な形で導入することの是非に関してあらかじめ議論をする
ことに意味があるように思われる。
121
端的にいうと「判官贔屓」が想定される。
「公序良俗」、「信義則」、あるいは「優越的地位の濫用の禁止」は、価値・規範を内在して
いる継続的取引等の「関係的契約(relational contract)」を実定法化したものであると解釈されう
る(内田貴『契約の再生』
(弘文堂、1990)238-243 頁)。関係的契約の理論では、継続的取引を
いたずらに終了に導くよりも、継続することが有益である、あるいは規範的に正しいと判断する
法的根拠をもたらす。なお。「関係的契約」は米国の法社会学者マクニールが唱え、ノーベル経
済学賞を受賞したウィリアムソンが経済理論として定式化している。内田貴(1990)はマクニー
ルを援用して上記の理論を展開している。
122
98
結語-日本のイノベーション・エコシステム発展に向けた対応
ここでは、これまでの議論から日本のイノベーション・エコシステムの発展に向けた課題への対応の方
向性について論じる。具体的には、〔1〕で本稿の第 1 の課題であるイノベーション・エコシステムの環境整
備について、然る後に、〔2〕で第 2 の課題であるベンチャー・ファイナンスの方向性について論じる。これ
は、緒言で言及したように、イノベーション・エコシステムとベンチャー・ファイナンスは相互に関連している
が、その円滑な稼働・推進には、同時並行的な取り組みが必要となるからである。最後に〔3〕で今後の研
究課題を提示する。
〔1〕イノベーション・エコシステムの環境整備
1.起業家の教育とメンタリング
現在、日本の起業に関する意識は国際的にみて最低水準にある。しかし、日本経済の発展のためには、
イノベーティブな起業家が当初中小企業として創業する VB が連続的に再生産され、イノベーション・エコ
システムの起点となることが不可欠である(第Ⅰ部)。以下では起業家育成に必要な教育とメンタリングに
ついて述べる。
1.1 高等教育機関の重要性
先ず、起業家を育成する機関として、大学、あるいは大学院(以下では、「大学院等」と言う)の高等教
育機関の機能を向上させることが重要であると思われる。東京工業大学 AGL の松木教授へのインタビュ
ーからは、初等・中等教育の段階では、「ビジネス」に関する初歩的・基本的な知識について学ぶことはで
きるが、世界的に活躍する「グローバルリーダー」(VB の起業家も含まれる)に求められるリーダーシップ
やコミュニケーション能力は、例えば VB や VC のようなビジネス等の実務の経験者を教員とする大学院
等でなければ説得的に教授することが困難であることが示唆される123(第Ⅲ部〔1〕)。
したがって、産学連携の拠点としての大学院等において、実務家教員、あるいは実務経験のある教員
(以下では、「実務家教員等」と言う)、及びその候補者が、専任の教員と日常的に交流する環境を拡充す
るとともに、産学連携のシナジーを起業家の「卵」である大学生・大学院生に伝播する体制を構築・拡充
することが必要である。
1.2 起業家の「卵」をメンタリングする「大人」
ただ、大学院等で産学連携に直接的に関与している実務家教員等だけでは、人員数に限界があると
考えられる。このため、東京大学 TLO の山本社長がインタビューの際に言及した「SVIT」のような、大企
業の OB や社員も参加するような(任意の)フォーラムが東京だけでなく各地に立ち上がり、現地の起業家
123
ただし、JVR の北村社長は大学にも実務の裏打ちを得た起業家教育を実施可能な教員は少な
いとの見解を示している(第Ⅲ部〔2〕)。
99
の卵が VB として孵化するように、ビジネスモデルに対するメンタリング、すなわち指導・助言等を行うこと
が、地域での VB の成長を通じて地方創生にも寄与するものと思われる(第Ⅲ部〔3〕)。
シリコンバレーでは、VB の規模の拡大に伴い、一定の段階で VC が専門の経営者をヘッドハントしてく
ることが多い。VB の経営に求められる適性は、創業期、拡張期、あるいは IPO 直前の時期で異なるかも
しれず、シリコンバレーのような多様性に富む「人材のプール」を拡充する必要性も高い。これらのフォー
ラムの参加者は VB の幹部経営者としての資質を備えている可能性がある。「起業」に関する意識の低調
さを改善し、VB の経営者、あるいはベンチャー・キャピタリストを志向する人材を連続的に輩出するため
には、このようなロールモデルが求められていると思われる(第Ⅲ部〔3〕)。
加えて、特に IPO を果たした新興企業がシード・アクセラレータとして、マイクロサイズのスタートアップ
VB の起業家を支援することも重要であろう(第Ⅲ部〔2〕)。
これらのメンター的な存在が相互にネットワーク化され、アイデア段階から実際の VB のスタートアップ
へ、さらにその後の事業の展開へと切れ目なく起業家を支援することが望ましいように思われる。
2.VB の販売先としての大企業が克服すべき NIH 問題
NIH 問題は、終身雇用を前提とする限り多数の技術者・研究者を抱えている日本の大企業にとって根
の深い問題である。ただ、オープン・イノベーションの潮流は否応なく日本にも及んでおり、対応の巧拙が
業績に及んでいることは、日本の一部の家電製造業者の不振をみると明白であるように思われる。一方、
米国では、オープン・イノベーションに迅速に対応するために、イノベーション・エコシステムの中で VB か
らの製品・サービス、技術の購入を大企業が積極的に行っている(第Ⅱ部、第Ⅲ部〔2〕~〔4〕)。
2014 年の改訂日本再興戦略では、ベンチャー支援に協力的な大企業等から成る「ベンチャー創造協
議会(仮称)」の創設も施策として公表され(33 頁)、2014 年 9 月に「ベンチャー創造協議会」として正式
に設立された。これは、「ベンチャー企業と大企業との連携や大企業発ベンチャーを創出するため、大企
業内に眠る起業希望者の一時的な受皿となることも視野に入れつつ、ベンチャー企業と大企業のマッチ
ングやビジネスシーズの事業化を支援するプラットフォーム」であり、大企業が VB から製品・サービスを購
入しないという課題の解決に資することが期待できるだけでなく、大企業への M&A による VB と VC のエ
グジット戦略の拡大にも寄与するものと思われる。
しかし、結局は大企業のトップ・マネジメント層が能動的かつ迅速に判断できる体制を構築することが重
要である。そのためには、技術担当役員に広範な権限を付与するほか、VB と接触するセクション(購買
部門等)や R&D 部門の人事・報酬体系を、例えば社外の技術の導入や新しい技術分野への挑戦に報
いる形態に改革することが必要になるものと思われる。あるいは、大企業の経営者がトップダウンで決定
するか、一定の VB との取引枠を社内で制度化する等の環境整備が必要になる可能性があろう(第Ⅲ
部)。
3.産学連携のマネジメント・モデルへの転換
100
産学連携の一方の当事者である日本の大学院等には、未利用の有望なシード技術が多数ある(第Ⅲ
部〔3〕,〔4〕)。しかし、学内の研究者にビジネスに対する忌避感が残存しているとすれば、改善し「マネ
ジメント・モデル」への転換を進めることが重要であることが、東京大学 TLO の山本社長へのインタビュー
から示唆されている。そのためには、産学連携の評価方法を改善すべきであることも、山本社長は指摘し
ている(第Ⅲ部〔3〕)。必然的に、連携に関与する研究者の評価も改善すべきということになるが、これら
は、オープン・イノベーションへの対応としても重要であると考えられる。
なお、国立大学が直接 VB に出資する制度の構築がいくつかの大学で検討、あるいは具体化しつつ
ある。本稿の文脈からは、ベンチャー・ファイナンスにおいては、VB はシード・ステージからレーター・ステ
ージまで成長していくにあたって、VC との信頼関係とコミュニケーションを軸とした段階的投資を基本とす
ることが重要である。したがって、山本社長が述べていたように、民間の VC をクラウド・アウトしてしまうよう
な投資を行うことは望ましくない。換言すると、民間の VC を補完する、あるいは、民間の VC の資金の呼
び水となるようなスタンスで投資を行うべきである(第Ⅲ部〔3〕)。
101
〔2〕ベンチャー・ファイナンスの方向性
次に、ベンチャー・ファイナンスの方向性について論じる。日本でも、独立系の VC を中心に段階的投
資の導入が進みつつあるものと思われるが、日本の VC 全体としてはなお、緒についたところというのが実
情である(第Ⅴ部〔1〕,〔2〕)。これは、国際的にみて VC 投資の総額が少ないことや各種の指標が低調
なことからも窺われる(第Ⅳ部〔1〕)。特に、金融機関系列の VC で、単発的で少額かつ、ハンズ・オフと
いう投資慣行が一部を除いて根付いており、イノベーション・エコシステムの構築と発展にとって合理的で
ないことが実務家・有識者の見解から示唆されている(第Ⅲ部〔2〕)。そこで、以下では金融機関系列の
VC のベンチャー・ファイナンスの改革の方向性について論じる。
1.金融機関系列の VC に求められるハンズ・オン投資
1.1 ベンチャー・キャピタリストの育成
日本では低金利が長期化していることもあり、預金金融機関は融資業務、特に中小企業向け融資の利
鞘を確保しにくい状態が続いている。このため、系列の VC がベンチャー・ファイナンスを行うことには意
義があり、これまでも繰り返し積極化の意思表明がなされてきた。しかし、これまではあまり成功していなか
ったように思われる。その一因は、「出資」(equity)を基本とする VB への投資に、「融資」(debt)での与信
というマインドセットから脱しきれない職員を数年間のインターバルでベンチャー・キャピタリストとして出向
させ、ハンズ・オフ投資を行ってきたことであると思われる。
JVR の北村社長は、金融機関系列の VC もハンズ・オン投資を行うことが、ベンチャー・ファイナンスの
高度化、円滑化にとって有益であり、そのためには、成功報酬を部分的に組み込んだ賃金体系と長期に
わたって VC 投資を担当する人事制度への変更が必要と論じている(第Ⅲ部〔2〕)。
1.2 ハンズ・オン投資のための VB への取締役の派遣
また、米国では、ハンズ・オン投資を行うために VB に取締役を派遣することが VC の基本的な慣行と
なっている。これは、VC と VB の間の信頼関係の構築とコミュニケーションの円滑化、及びそれらを通じた
VB の事業の成長性の拡大を通じて、VC 投資のリスク削減に寄与する可能性が高い(第Ⅴ部〔1〕)。
日本でも独立系の VC は VB に取締役を派遣しており、一部では投資の成果が出始めている。したがっ
て、ハンズ・オン投資の有効性は、おそらく米国だけでなく日本にも当てはまるものと思われる。しかし、上
記の人事・賃金制度の変更とセットにしなければ、リスクの高い VB の取締役に就任するなどのハンズ・オ
ン投資をすることについて、金融機関系列の VC のキャピタリストは抑制的に対応するであろう。したがっ
て、この点については、金融機関本体のトップ・マネジメント層の決断が必要になる(第Ⅲ部〔2〕)124。
なお、VC ファンドのマネジャーは「社長を成功させること」を基本的な役割として行動することが、日本
取締役の対第三者責任や使用者責任の問題については、金融機関本体が D&O 保険の費用を支
払うなどの対策が考えられるが、基本的には、金融機関系列の VC、あるいは金融機関本体が、
取締役のスキル向上、あるいは VB 社内の内部統制や取締役会内部での相互牽制の強化を支援す
ることを通じて、派遣した取締役が責任を追及される可能性を削減することが重要と考えられる。
124
102
的なベンチャー・ファイナンスにとって重要であると AGL の松木教授は指摘している。VC が「社長の成
功」よりも短期的な利益に過度に拘泥すると、日本企業の特徴であるミドル・マネジメント層の高いモチベ
ーションに悪影響を与え、投資先 VB の経営にも何某か悪影響が及ぶ可能性がある(第Ⅲ部〔1〕)。こ
の意味で VC ファンドの存続期間にある程度の柔軟性をもたせる権限を VC ファンドのマネジャーに付与
することも検討に値するかもしれない(第Ⅲ部〔3〕)。ただしこの場合、IRR の一時的な低下を惹起する
可能性があるため、ファンド・マネジャーは機関投資家等の出資者に対するスチュワードシップ125が加重
されるべきである。
1.3 VB のグローバル化への対応
さらに、現在、日本の VB が事業の拠点を海外に据える動きが出始めている。したがって、金融機関
(本体)は、有望な VB に対する投資機会を失わないようにするため、あるいは、グローバルに展開する
VB のニーズにタイムリーに応えるためにも、系列 VC の体制をハンズ・オン投資に適したものに変更する
必要性が高いと思われる(第Ⅲ部〔2〕,〔4〕,第Ⅳ部〔2〕)。
このような体制を整備し、VB と金融機関系列の VC が相互の信頼関係を基礎として、緊密にコミュニケ
ートしながらハンズ・オン投資を行うことによって、日本の VC 投資の問題点を緩和・解消すべきである。例
えば、少額・単発の投資やソフトな予算制約問題は、ハンズ・オンで段階的投資を行うことによって VB に
必要な時期に必要な額が投資されるため、解消に向かうことが期待される。また、エグジットについても、
VB と VC の両者にとって最適なタイミングと方法が検討されるはずであり、IPO に偏重したエグジットから
M&A も検討の俎上に乗ることが期待される(ただし、M&A によるエグジットの拡大には、主たる購入者と
して期待される大企業の意思決定プロセスの改革も必要である)。あるいは IPO 後の VB のビジネスモデ
ルを踏まえた投資期間の設定にもつながりうると思われる(第Ⅲ部〔2〕,〔3〕,第Ⅳ部〔1〕)。
2.CVC としての大企業に求められる戦略的投資
一部の通信・放送等の企業を除くと、日本の大企業、特に伝統的な製造業の大企業はシード・アクセラ
レータとしてのスタートアップ段階の VB への投資を含む支援に対して、及び腰であると指摘されている。
また、現在の CVC 投資は企業の長期的な戦略に立脚しておらず、「財務的投資」としての色彩が濃いと
も指摘されている。この背景には、やはり NIH 問題の原因となっている技術者・研究者の雇用問題とトッ
プ・マネジメント層の意思決定方法がある(第Ⅲ部〔2〕,〔3〕)。
しかし、オープン・イノベーションを推進する重要なエンジンであるため(第Ⅱ部〔2〕,第Ⅲ部〔2〕)、
CVC 投資の戦略的な実施には、意思決定の迅速性の向上や投資の立案部署へのインセンティブの付
与を検討すべきであると思われる。おそらく、オープン・イノベーションに的確に対応しなければ海外の大
企業に伍していけず、より厳しい段階に追い込まれてから、より大きな痛みを伴う対応を余儀なくされる可
125
「スチュワードシップ」は、受益者である出資者から資金運用を委託された者が、受益者に対
して運用の方針や結果の適切な説明をしながら、資金を運用する責任である。2010 年に制定され
た英国の「スチュワードシップ・コード」(2012 年に改正)の理念に基づくと、①機関投資家は本
.........................
源的出資者に、②ファンド・マネジャーは機関投資家に対して責任を負う。
103
能性が高いだろう。
3.種類株式による段階的投資の法的問題点への対応
2014 年の改訂日本再興戦略では、ベンチャー支援の施策として、種類株式活用促進策の検討が表
明された(33 頁)。日本でも、VB に対して種類株式を用いた段階的投資を VC が行うことが緒についてい
る(第Ⅴ部〔2〕,〔3〕)。これを起点として、VC 投資に関わるプレーヤーのインセンティブ・メカニズムを
変えることによって、日本独自のイノベーション・エコシステムを成熟させることが日本経済の活性化にとっ
て重要であると考えられる。
ただ、米国では、近年、段階的投資のツールとして種類株式を利用した VC 等が普通株主から訴訟を
提起され、法曹界と実務家の注目を集めた。日本では、英米法のような信任義務の法的伝統がない中で、
近年の VC 投資の実務のフレームワークや M&A に関する会社法制の多くの部分を米国に範をとって構
築している。このため、VC 投資に種類株式の利用が一層普及した場合には、米国と類似した法的紛争
が起きる可能性を排除できないように思われる。このような法的紛争の解決に長い時間を要したり、事件
ごとに異なる司法判断が下されたりするならば、種類株式による VC 投資の法的安定性が予見しがたくな
り、イノベーション・エコシステムの高度化にいくばくか影響しないとも限らない。
したがって、米国の司法判断を参照するなどして、米国と類似した紛争が生じた場合に予め備えること
には意味があると思われる(第Ⅴ部〔3〕,〔4〕)。
以上のような点について対応することによって、イノベーション・エコシステムを高度化・拡充し、VB、
VC の成長をエンジンとして経済の活力の維持・向上を目指すことが、人口減少が不可避的に進行してい
る日本にとって重要であると思われる。
104
〔3〕今後の研究課題
筆者が今後の研究課題として特に重要と考えているのが、イスラエルのイノベーション・エコシステムの
考察である。米国のイノベーション・エコシステムは、基本的にはその所在地の「民間の」プレーヤーによ
って構築されてきたと言われ、政府は税制面でのスウェット・エクイティの許容等の環境整備を主とし、側
面的な支援を担ってきた。
世界的にみると、シリコンバレーを代表的なエコシステムとして有する米国に次いで、イノベーション・エ
コシステムの構築に成功していると評価されている国がイスラエルである。イスラエルは、R&D 投資と VC
投資の対 GDP 比率が世界的にトップクラスであり(前掲図表Ⅲ-2,3)、軍事・諜報関連技術を基にした
ソフトウェア産業の VB の輩出が盛んである。また、公的な VC や補助金等による VB に対する直接的な
支援に国が力を入れている。つまり、米国とは異なり、公的部門の支援がイノベーション・エコシステムの
構築に大きく寄与していると考えられているのである。ただし、イスラエルの VB の技術、サービスを事業
化し、世界に展開することができる大企業が自国内には殆どないため、先進国や新興国の大企業との提
携が必要不可欠である126。
日本では、大企業に NIH 問題やリスク回避が依然として蔓延している現状に鑑みると、技術、資金、
人材の前向きの循環を従来以上に促すためには、イノベーション・エコシステムの要素としての公的部門
の役割を明らかにすることが必要であるように思われる。したがって、米国とイスラエルのエコシステムの
異同と相互補完関係を明らかにすることも含めて、イスラエルのイノベーション・エコシステムについて研
究することには意義があるように思われる。
加えて、世界展開を目指す VB にとって、IPO は発展の第一歩に過ぎない。つまり、IPO 後の成長こ
そがより重要なのである。しかし、東京大学 TLO の山本社長が指摘していたように、日本の VC が自らの
エグジットを優先して、条件を満たすとすぐに VB に IPO を促すという問題はエコシステムのスパイラル的
な発展・拡大にとって足枷となる可能性があるものと思われる。したがって、IPO 後の VB の発展の状況に
ついて考察し、必要な改善策を提言することにも意義があろう。
このほかにも、VC 投資のシンジケーションの有効性の検証と改善の提案も、日本ではベンチャー・ファ
イナンスの研究課題として残っていると思われるが、これらについては他日を期すこととしたい。
最後に本研究の実施に当たって、ご多忙の中にも拘わらずインタビューとその報告書の校閲へのご協
力を賜った有識者・実務家の皆様に衷心から感謝の意を表して筆を置くこととする。
以上
2014 年 7 月 6 日、
「日本国経済産業省とイスラエル国経済省との間の協力覚書(MOC)
」が締
結され、
「日本及びイスラエルの企業の共同研究を促進するため、①プロジェクトの形成の促進、
②資金支援の枠組みの構築等を行うこと」が規定され、
、(独) 新エネルギー・産業技術総合開発機
構(NEDO)及びイスラエル産業技術研究開発センター(MATIMOP)の間で「両国企業の共同研
究開発、プロジェクトの公募、審査、助成など支援の実施方法」も具体的に取り決められた(経
済産業省 Web(http://www.meti.go.jp/press/2014/07/20140707003/20140707003.html)2015 年
1 月 29 日閲覧)
。
126
105
(補論)イノベーションとイノベーターの理論
〔1〕イノベーションの理論
1. 「新結合」と「創造的破壊」(シュムペーター)-「イノベーションのジレンマ」の予言
「イノベーション」の経済に対するインパクトを理論化した代表的な経済学者であるシュムペーターは、
イノベーションを当初、「新結合の遂行(Durchsetzung neuer Kombination)」と名付け、以下の 5 つの
場合に類型化した127。
1 新しい財貨、すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産。
2 新しい生産方法、すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。これはけっして科
学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商業的取扱いに関する新しい方法をも含んでいる。
3 新しい販路の開拓、すなわち当該産業部門が従来参加していなかった市場の開拓。ただし、この市
場が既存のものであるかどうかは問わない。
4 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この場合においても、この供給源が既存のものであるか
-単に見逃されていたのか、その獲得が不可能とみなされていたのかを問わず―あるいは始めてつくり
出されねばならないかは問わない。
5 新しい組織の実現、すなわち独占的地位(たとえばトラスト化による)の形成128あるいは独占の打破。
この「新結合」の担い手である「企業者」(Unternehmer:英語では entrepreneur(起業家))が「新
結合」を遂行すること、すなわち「イノベーション」が経済発展の根本的な原動力であると論じた129。
その上で、「新結合の遂行にともなう諸現象にとって、またその際に生ずる問題の理解にとって重要な
点」として、「…新結合、とくにそれを具現する企業や生産工場などは、その観念からいってもまた原則か
.....
...
らいっても、単に旧いものにとって代るのではなく、一応これと並んで現われるのである。なぜなら、旧いも
のは概して自分自身のなかから新しい大躍進をおこなう力を持たないからである」と指摘している 130。旧
来の企業、あるいは起業家は意識的にイノベーションに取り組まなければ、イノベーションに伴う経済発
展から取り残されることを示し、「NIH 問題」やクリステンセンの「イノベーションのジレンマ(破壊的イノベ
ーション)」を予言した。
....
さらに、「不断に古きものを破壊し新しきものを創造して、絶えず内部から経済構造を革命化する産業
上の突然変異」の過程を「『創造的破壊』(Creative Destruction)」と呼び、「『創造的破壊』…の過程こ
シュムペーター・前掲注 10、152 頁。
「独占的地位の形成」は製品・サービス、市場あるいはビジネスモデルが他者に模倣されないことによ
って可能となる。この点について、経営学では「ブルー・オーシャン戦略」として研究されている(後述)。
129 シュムペーター・前掲注 10、163,164 頁。「イノベーション」が「日本では技術革新という狭い意味
に用いられることもある」(新村出編『広辞苑』(第 6 版,2008)、193 頁)が、シュムペーターの解釈に照ら
すと、この狭義の解釈がミスリーディングであることに留意されたい。
130 シュムペーター・前掲注 10、152,153 頁。
127
128
106
そ資本主義についての本質的事実である。…すべての資本主義的企業がこのなかに生きねばならぬも
の」であると主張した131。「経済構造の革命」である「創造的破壊」の過程は、不連続的、あるいは断続的
に消長を繰り返し、「全体としての過程は不断に動いている」ため景気循環が起きると考えた132。
つまり、シュムペーターは、企業者(起業家)のイノベーションによって創出された事業は最初のうちは、
従来の技術やビジネスモデル等と併存するものの、旧い企業者・企業を徐々に、あるいは突然駆逐する。
これが経済発展と景気循環の駆動力になって資本主義経済の発展のダイナミズムが機能すると論じた。
2.起業家資本主義(ボーモル)-VB と大企業が共生する資本主義
ボーモルは、2 人の研究者と従来の資本主義経済に関する理論と一線を画す理論を提唱し、資本主
義経済を、以下の 4 つのタイプに分類した133。
(ⅰ)国家主導型資本主義。ここでは政府が市場を誘導しようとし、もっとも典型的には『勝利者』になって
ほしいと期待する特定の産業を支援する。
(ⅱ)オリガルヒ的資本主義。ここでは権力と富の大部分が少数の個人と家族によって独占される。
(ⅲ)大企業資本主義。もっとも重要な企業活動が既存の大企業によって行われる。
(ⅳ)起業家資本主義。重要な役割が、革新的な企業によって演じられる。
その上で、米国を典型とする「起業家資本主義は革新的な技術開発にもっとも適したシステムである。
だがいかなる先進経済でも、起業家だけでは生き残ることができない。…起業家が得意とする革新的な
技術の開発や導入のあと、これを洗練し、大量生産するためには大企業が欠かせない」134と論じた。
経済成長とイノベーションを起こす起業家の関係について、「最も成功する経済というのは、革新的な
起業家と大規模で安定した大企業の組合わせ」である(ⅳ)「起業家資本主義」であると結論付けた。なお、
...
「起業家」は「新しい製品やサービスを提供する、もしくは既存の商品やサービスを低コストで製造もしくは
...
供給する新しい手法を編み出したり使用したりする、新規もしくは既存の事業体」と定義されている135。
これはシュムペーターの「創造的破壊」、すなわちイノベーションにインスパイアされており、ボーモル他
..
(2014)は、「…経済成長が興味の対象であるなら、重要なのは改革的な起業家のみである」と論じる136。
「起業家資本主義」を最も高く評価する理由として、(ⅰ)~(ⅲ)の欠点を以下のように指摘している。
(ⅰ)国家主導型資本主義は、「過剰投資、急速な改革に追い付けない、腐敗を招きやすい、生産性の
シュムペーター・前掲注 11、150,151 頁。
シュムペーター・前掲注 11、151 頁注(2)。
133 ボーモル他・前掲注 12、86 頁(原著は、2007 年刊行)。ボーモルの主要な研究業績には、①ボー
モル・オーツ税、②ボーモル効果、③コンテスタビリティ理論等がある。
134 ボーモル他・前掲注 12、121,122 頁。
135 ボーモル他・前掲注 12、17~19 頁。
136 ボーモル他・前掲注 12、18 頁。なお、
「改革的な起業家」、あるいは「革新的な起業家」と
対になる概念が「複製的な起業家」、すなわち主に一般的な中小企業である。ボーモル他(2014)
は、複製的な起業家は、貧困からの脱出と多くの人たちが生計を立てるのに必要な手段であるた
め、「ほとんどの諸国で重要なもの」であるとして、全ての人々の生存の基盤としての経済にと
って、一般的な中小企業には存在意義があることを認めていることに留意されたい。
131
132
107
低い活動から資源を潜在的にもっと報いられる(効果のあがる)ベンチャーに移すのに抵抗がある」137。
(ⅱ) オリガルヒ的資本主義では、「経済は、成長の要請によって動かされるのではなく、…腐敗したリーダ
ーの温床であり、…恵まれた少数の人たちの所得と富を維持するように運営されている」138。
(ⅲ)大企業資本主義については、「硬直化し、革新に背を向け、変化に抵抗する」カルチャーや制度の
ために、「欧州も日本も、既存の大企業ができない新しい職の創造をしてくれる起業カルチャーを、うまく
作り出せない痛みを現在感じている」139と指摘しており、「NIH 問題」がその典型的症状である140。
ボーモル他(2014)は、特に、雇用の保護が強い日欧が大企業資本主義から起業家資本主義に移行
する方法として、ドラスティックな改革は政治的に実現性が低いため、少なくとも現存の大企業とその従業
員に対して直接的には不利益をもたらさない方法が必要であると論じる。
換言すると、「それほどラディカルではなく、もっと段階的な戦略、つまり採用のチャンスが大きいだけで
なく、持続していくチャンスも大きい方法によって、成長のスピードを加速すること」を目指すべきと論じて
いる。これは、「大企業とその社員に根本的な改革を迫るような、大胆な政治決断を必要とするものではな
い」ため、「…より現実的で、より持続的なものにできる」からである141。
具体的には、大企業とその従業員そのものではなく「周辺部への改革」として、「革新的で新しい会社
を創出して成長させていくこと」の実現性が高いとし、日本向けの方法の例として、以下を提唱している。
(ⅰ)「技術専門学校と大学で起業家精神の教育をさらに充実させる」142
ボーモル他・前掲注 12、97 頁。中国と東南アジア諸国を典型例としている。
ボーモル他・前掲注 12、106 頁。「ラテンアメリカの多く、旧ソ連の多くの国、アラビア系
中東、そしてアフリカに多く」広がっていると指摘している(98 頁)。
139 ボーモル他・前掲注 12、114 頁。
140 NIH 問題の実証研究を最初期に実施したのは、
米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の Katz
& Allen である(Ralph Katz & Thomas J. Allen,Investigating the Not Invented Here (NIH)
137
138
syndorome:A look at the performance,tenure, and communicaton patterns of 50 R & D Project
Groups, R&D Management, 1982, 12, 7-19 available at http://macro.media.mit.edu/share
/NotInventedHere.pdf.)
。
しかし、高橋伸夫=稲水伸行「NIH 症候群とは自前主義のことだったのか?―経営学輪講 Katz
and Allen (1982)―」赤門マネジメント・レビュー6 巻 7 号(2007)
、275-280 頁(http:
//www.gbrc.jp/journal/amr/AMR6-7.html)によれば、Katz & Allen(1982)は、NIH 問題を「安
定した構成(composition)のプロジェクト集団が、当該分野の知識を独占的に保有していると信
じる傾向」と定義しており、その結果として「そのことで外部者からの新しいアイデアに対して
はパフォーマンスを損ないそうだと棄却することにつながる」としている(高橋=稲水(2007)、274
頁)。したがって、
「この論文の NIH 症候群の定義が、今日用いられている NIH 症候群の意味『自
前主義』とは違うこと」を指摘している(実証分析の方法や結果の評価等にも疑義を呈している)
。
ただ、大企業が自社の同質的な研究者の中で長期にわたって共有された知識(これは、社外の
技術等より優れた排他的な価値を有すると社内で認識されることが多いだろう)を基に開発した
技術を、外部の革新的な技術(外部者からの新しいアイデア)よりも優先しがちであり、オープ
ン・イノベーションを実現する企業との競争で劣後している、との有識者・実務家の経験を基に
した認識を踏まえると、Katz & Allen(1982)の定義とその結果である「外部者の新しいアイデア
の棄却」は部分的には R&D の「自前主義」が弊害をもたらすとの文脈を含んでいるとみること
もできると思われる。このため、本稿では、NIH 問題を「自前主義」として把握している。
141 ボーモル他・前掲注 12、261~263 頁。
142 ボーモル他・前掲注 12、264 頁。欧州にも当てはまるとしている。
108
(ⅱ)民間の VC が供給するシードキャピタルの不足に対して、「政府のベンチャーファンドが民間分野と
釣り合うだけの投資しかしない」143
(ⅲ)「…社員がベンチャー起業することを許し、奨励するような優遇措置を企業に与える…」144。
(ⅳ)「…大学が起業家的な企業を起こすことにもっと大きな役割を負う」145ようにする。
ここからは、大企業だけではなく大学の役割が重要であることが分かる。一方、現時点では米国で機能
している起業家資本主義を維持、進化させることについても、以下の3つの課題があると指摘している
146。
(ⅰ)起業家に対する適切な報酬と、その報酬や獲得プロセスを適切に保証すること(筆者注:を)含む
「生産的」起業家への適切な優遇策が維持され、理想的には強化されること。
(ⅱ)「非生産的な」起業家への優遇策を削減し、理想的には全廃されること。
(ⅲ)大企業間の競争と、大企業からの革新を今後も確保すること。
課題の(ⅰ)については、VB への税制優遇、財務報告の負担の適正化、知的財産権の保護等、(ⅱ)に
ついては、独占禁止法の不正使用としての訴訟やその他の価値のない訴訟の抑制、(ⅲ)については、イ
ノベーションを阻害しない範囲での独占禁止法の合理的な運用、海外からの技術移転を容易にするため
の政策、技術革新を優遇する法人税制、大学発の研究の商品化の奨励、及びよく訓練された労動力の
維持等を具体的な課題として挙げている147。
ただ、(ⅲ)の「大企業からの革新を今後も確保すること」は、日本でも NIH 問題にみられるように、難し
い課題である。米国においては VB のエグジットとして IPO よりも、主に大企業への M&A による売却が
主流になっており、CVC 投資とも相俟って、大企業は自社のイノベーションの能力の刷新に積極的に取
り組んでいる。しかし、「イノベーションのジレンマ」に陥る大企業も問題となっている。
3.「イノベーションのジレンマ」(クリステンセン)-経営学での「創造的破壊」の現代的解釈
クリステンセンが提唱した「イノベーションのジレンマ」の理論によると、イノベーティブな技術である「破
...
壊的技術」が開発されても、その技術を基にした製品・サービスの性能が、「当初は」既存の技術に基づく
製品・サービスよりも低いため、後者を購入している既存の主要顧客・市場は前者に価値を認めない。こ
のため、破壊的技術は、主に規模の小さな別の新しい市場や用途に投入される。この別の市場で成功す
ると、その市場での学習を基に破壊的技術に基づく製品・サービスの性能は一気に改善されるため、既
存顧客・市場が侵食される。当初の段階で「破壊的技術」の将来性を評価せず、既存の技術に固執する
企業(A 社とする)は、破壊的技術を製品・サービスに採用した企業に敗れる。このプロセスにより新技術
が市場と社会に浸透することが、「破壊的イノベーション」である。そもそも A 社の既存技術も、当初は他
ボーモル他・前掲注 12、265 頁。ボーモル他(2014)は、一般に民間の VC やエンジェル投資
家が公的 VC よりも収益性が高いため、基本的には民間から資金調達できない分だけを公的 VC
が供給する必要があると考えている(イスラエルの VB 支援を例示している)。
144 ボーモル他・前掲注 12、268 頁。
145 ボーモル他・前掲注 12、270~271 頁。
146 ボーモル他・前掲注 12、282 頁。
147 ボーモル他・前掲注 12、285 頁。
143
109
社から市場を奪う「破壊的技術」であったとしても、その技術を放棄して新しい「破壊的技術」を導入するこ
とに失敗する148。これが「イノベーションのジレンマ」である149。正に、「創造的破壊」の現代的な解釈と言
える150。
クリステンセンは、「企業は、寿命のある事業部門が集まってできている。…たとえそれが主力事業を葬
ることになろうとも、破壊的イノベーションを担当するマネジャーに自由裁量を与え、その技術の可能性を
最大限に引き出さなければならない。…みずから決着をつけなくとも、ライバルがやるだろう」として、規模
が小さい、あるいは未開拓の市場でも利益が出る程度に固定費が低い組織によって、戦略的に重要な破
壊的技術を管理すること」が「イノベーションのジレンマ」から脱するためのカギになると論じた151。
4.「イノベーションのジレンマ」の回避策-経営学でのシュムペーター理論の系譜
イノベーションを研究する経営学者の理論には、直接的に、あるいは間接的にシュムペーターに影響
を受けた跡が見受けられる。破壊的イノベーションによる自社の市場の浸食から逃れるための方策として
は、自社が破壊的イノベーションから直接的な悪影響を受けないような経営戦略を採用・実行することも
ある。この戦略として、主に規模の大きな企業を念頭において「ブルー・オーシャン戦略」152を提唱したの
が、フランスのビジネススクールである INSEAD の教授であるキムとモボルニュ153である。
キム=モボルニュ(2013)は、血で血を洗う熾烈な競争が行われる結果、血で染まる「赤い海(レッドオー
シャン)」から、競争圧力のない「青い海(ブルーオーシャン)」に移り事業ができるように、製品、市場、経
営、組織の革新を行い、他者の模倣を防ぐべきと主張している。これは、少なくとも部分的には、シュムペ
ーターの「新結合」をミクロの企業レベルで実現する戦略を構築する理論とみることが可能である154。
148
既存の大企業が「破壊的技術を開発した子会社と主力部門を統合…する場合、…既存製品とカニバ
リゼーション(筆者注:共食い)を起こすのか、…など、双方を消耗させる論争が必ず起こる。HDD 業界の
歴史をひも解くと、…もれなく失敗している」(バウアー=クリステンセン(2013)・前掲注 17、28 頁)。
149 早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授によると、現在、米国の経営学界では、
「イノ
ベーションのジレンマ」と類似した概念である「コンピテンシー・トラップ(Competency Trap)」
(組織としての企業が、イノベーションのための「知の探索」(exploration:新しい知を求める活
動)よりも「知の深化」(exploitation:既存の知識の改良)に傾斜しがちになること)がイノベーシ
ョン研究の中心になっている (入山章栄『世界の経営学者はいま何を考えているのか 知られざ
るビジネスの知のフロンティア』英治出版(2012)、125~148 頁)。
150 一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木健教授も類似した見解を表明している(楠木健「イ
ノベーションは技術進歩ではない クリステンセンが再発見したイノベーションの本質」
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー38 巻 6 号(2013)、48-58 頁)
。
151 バウアー=クリステンセン(2013)・前掲注 17、28,29 頁。なお、この対応策の具体化の方法
は、クレイトン・M・クリステンセン=マイケル・オーバードルフ「
『イノベーションのジレンマ』
への挑戦 リーダー企業は『破壊的変化』にどう対処すべきか」クリステンセン(2013)65~95
頁で論じられている(邦訳初出は 2000 年)
。
152 W・チャン・キム=レネ・モボルニュ(有賀裕子訳)
『ブルー・オーシャン戦略―競争のない
世界を創造する』ダイヤモンド社(2013)。原著は 2005 年刊行。
153 キムとモボルニュは、Thinkers50 で 2011 年と 2013 年に連続して 2 位であった(Thinkers50
Web(http://www.thinkers50.com/t50-ranking/2013-2/)による。2015 年 2 月 9 日閲覧)。
154 キム=モボルニュ(2013)は、「ブルー・オーシャン戦略」はマーケット・インを目指すため、プロダクト・ア
ウトを主とするシュムペーターの「新結合」とは異なると論じている(キム=モボルニュ・前掲注 152、275~
110
米国では、GE のように主力製品分野を常に変更するとともに、有望な分野で「破壊的イノベーション
(=創造的破壊の現代的解釈)」と部分的に重なる「リバース・イノベーション」155、即ち、途上国
市場向けに開発した製品・サービスを先進国市場に導入して市場を創造・拡大するイノベーショ
ンを不断に起こすことで生き残っている大企業もある。しかし、世界的にみると、「イノベーションのジレン
マ」からの脱却に失敗し苦境に陥る企業も少なくない(日本の一部の家電メーカーの苦境が想起され
る)。
現在、米国を始めとして海外の大企業では、「イノベーションのジレンマ」につながる NIH 問題を回避
し、画期的あるいは破壊的な技術・サービスを活用するために、次に述べる「オープン・イノベーション」に
注力している(GE は、オープン・イノベーションに関するマニフェストも制定・公表している)。
5.NIH 問題への対処を促すオープン・イノベーション
チェスブローの定義によると、「オープン・イノベーションは、内部のイノベーションを加速し、イノベーシ
ョンの外部での活用を拡大するために、知識の流入と流出を目的にかなうように利用すること」であり、オ
ープン・イノベーションのパラダイムにおいては、「企業は、テクノロジーの発展を期待する際には、社内の
アイデアと同様に社外のアイデアを利用することができ、かつ利用すべきであり、市場に至る社内と社外
の経路を利用することができ、かつ利用すべきである」156と措定されている。
チェスブローは、当初「テクノロジーの発展」を期待する企業がオープン・イノベーションを指向すべきと
論じていた。これは、垂直統合によって研究・開発機能を社内に取り込んだ、20 世紀の米国の大規模製
造業(IBM、ゼロックス等)や通信会社(AT&T)が、オープン・イノベーションを実現した企業(インテル、
マイクロソフト、シスコシステムズ)の後塵を拝したことから、先端的なハードウェアやソフトウェアのための
テクノロジーの R&D を念頭に置いたものである157。
279 頁)。しかし、新結合は、未参入の新販路・新市場の開拓や新しい組織の実現など、ビジネスモデル
の革新も含んでおり、マーケット・インとプロダクト・アウトの両側面を有している。したがって、「ブルー・オ
ーシャン戦略」は新結合(イノベーション)実現の戦略とみることもできる。なお、「ブルー・オーシャン戦
略」では、きわめて大きな影響力を現場で持つ人や活動に働きかけるリーダーシップ(ティッピング・ポイン
ト・リーダーシップ)を経営陣が発揮する必要があると論じている(同、194~223 頁)。その後、より多くの
現場従業員の未利用で豊富な創意を引き出すためのリーダーシップである「ブルーオーシャン・リーダー
シップ(Blue Ocean Leadership)」構築の理論を 2014 年に発表した(W. Chan Kim & Renée
Mauborgne, Blue Ocean Leadership, Harvard Business Review, Vol. 92, No.5 , 2014.)。
155 ビジャイ・ゴビンダラジャン=クリス・トリンブル(渡部典子訳)『リバース・イノベーション
―新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき』ダイヤモンド社(2012)、360 頁。ゴビンダ
ラジャンは、ダートマス大学ビジネススクール教授で、Thinkers50 で 2011 年に 3 位、2013 年
に 5 位であった(Thinkers50 Web による。2015 年 2 月 10 日閲覧)。
156 UCB の Garwood Center for Corporate Innovation の Open Innovation Research Web
(http://corporateinnovation.berkeley.edu/open-innovation-research/)。
この定義は、チェスブロー他の 2006 年の著書でチェスブローが示したものである(Henry
Chesbrough, Open Innovation: A New Paradigm for Understanding Industrial Innovation, in
Henry Chesbrough, Wim Vanhaverbeke and Joel West, eds. , Open Innovation: Researching a
New Paradigm, Oxford: Oxford University Press, 2006)。
157 Chesbrough・supra note 19.
111
しかし、現在、オープン・イノベーションの研究は、必ずしもハイテクではない「サービス」のオープン・イ
ノベーション(Open Service Innovation)に領域が広がっている158。つまり、オープン・イノベーションは、
製造業・非製造業の別なく、先端技術だけでなく、ビジネスモデル、あるいはビジネスのアーキテクチャの
オープン化とクローズド化の最適なバランスで行うことによる競争優位の構築を目的としており、結果的に
NIH 問題への対応を促すものである159。
〔2〕イノベーターの理論
1.イノベーターの DNA(クリステンセン他)
オープン・イノベーションの担い手としての起業家には、どのような気質・思考パターンの共通点、すな
わち「イノベーターの DNA」があるのだろうか?
ここで、再び、クリステンセンが加わった研究に依拠する160。
クリステンセン他(2010)によると、「…最も創造性あふれるビジネス・リーダーの特徴として、次の五つの
ディスカバリー・スキル
『発 見 力 』が明らかになった…」161。
① 「関連づける力(associating)」とは「…それぞれ異分野から生じた、一見無関係に思える疑問や問題、
アイデアをうまく結びつける能力」である。これは、「イノベーター(筆者注:の)DNA の核心」であり、
「他の四つの発見力を利用することでいっそう強化できる」162。
② 「質問力(questioning)」は、「現状に常に疑問を投げかける態度である。…『もし私がこれをしたら(if)、
例えば、Henry Chesbrough, Bringing Open Innovation to Services, MIT Sloan
Management Review, Vol. 52 No.2, 2011, pp. 85-90 available at
http://sloanreview.mit.edu/files/2010/12
/a4daa5e156.pdf
159 オープン化とクローズド化のバランスがビジネスにとって重要であるとの論点について、①
米倉誠一郎「オープン・イノベーションの考え方」一橋ビジネスレビュー60 巻 2 号(2012)、6-15
頁、②武石彰「オープン・イノベーション 成功のメカニズムと課題」一橋ビジネスレビュー60
巻 2 号(2012)、16-26 頁、③清水洋=星野雄介「オープン・イノベーションのマネジメント」一橋
ビジネスレビュー60 巻 2 号(2012)、29-41 頁、④小川紘一『オープン&クローズ戦略―日本企業
再興の条件』翔泳社(2014)にも、概ね同様の趣旨が指摘されている(海外にも多数ある)。
入山(2012)は米国の先行研究を基に、「コンピテンシー・トラップ」の回避策としてのオープン・
イノベーションについて、「企業は自社が関連する提携の全容を『知のポートフォリオ』として正
確に把握し、探索と深化のバランスをとることが重要である」と指摘している(入山・後掲注 149、
143 頁)。なお、知の探索と深化のバランスを取ることを「両利きの経営」(Ambidexterity)と言う。
160 ジェフリー・H・ダイアー=ハル・B・グレガーセン=クレイトン・M・クリステンセン(関美
和訳)「イノベーターの DNA」DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー、35 巻 4 号(2010)
36~47 頁。この研究には基となった起業家精神に関する研究論文がある。その論文は、米国の著
名な企業の(創業)経営者へのインタビュー調査と起業家・経営幹部へのアンケート調査を基にし
た計量分析を行っている(入山章栄「起業家精神は分析できる 世界の起業家研究はいま何を語
るのか」DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー、38 巻 8 号(2013)88~98 頁、93~95 頁)。
161 クリステンセン他・前掲注 20、39 頁。
162 クリステンセン他・前掲注 20、41,42 頁。
158
112
世のなかはどうなるか(what)』を考え続けているのが、共通の思考パターンなのである」163。
③ 「観察力(observing)」は、「興味を持ったこと」を「徹底的にしつこく観察する思考パターンである」
164。
④ 「実験力(experimenting)」は、「…疑問・観察から『仮説を立てて実験する』思考パターンである」
165。
⑤ 「人脈力(networking)」は、「『他者の知恵』を活用する思考パターンである」 166。これは、オープン・
イノベーションにとって非常に重要である167。
クリステンセン他(2010)は以下のように論じている168。
「…イノベーション思考が生まれつき備わっている人もいるが、実践を通じて開発・強化することが可能」で
あり、「自然にできるようになるまで繰り返し実践することの重要性は、…言うまでもない」。「実践において
カギを握るのが質問力」であり、「問いかけることで、他の発見力も活性化される」。質問を行うにあたって
は、「問題やチャンスを異なる角度から見る一助」とする姿勢が重要である。観察力を磨くためには、「でき
る限り中立的な立場で観察する」態度が必要である。個人と組織の両方の実験力を強化するには、仕事
でも私生活でも『仮説と検証』のマインド・セットを忘れ」ないことと、「失敗を通じて学習することの価値を
公言すること」等が重要である。人脈力を向上させるためには、最も創造的な知り合いをメンターとするこ
とや、自らと異なる属性(職種、業界、国籍等)の人たちと定期的にアイデアを交換することが有効である。
最終的には、上記のような「発見力」を開発する取り組みを基に、多様で断片的なアイデアを「関連づけ
る力」も向上させることが、イノベーティブな起業家、すなわちイノベーターの DNA として重要であると結
論付けている。これは、シュムペーター理論の「新結合」を想起させるものである。
イノベーターが上記の 5 つの能力の向上に努める動機について、クリステンセン他(2010)は、以下の 2
つの共通点を発見した。
・彼ら彼女らは『現状を変えたい』と強くねがっている。
・このような変化を起こすために、たえずリスク・テイキングする。
入山・前掲注 160、94 頁。
入山・前掲注 160、94 頁。
165 入山・前掲注 160、95 頁。入山(2013)は、クリステンセン他・前掲注 20 の「実験力」を「仮
説検証力」と訳している。
166 入山・前掲注 160、95 頁。入山(2013)は、クリステンセン他・前掲注 20 の「人脈力」を「ネ
ットワーク思考力(idea networking)」として把握している(クリステンセン他(2010)の原論文での表記
であると思われる。)。
163
164
ク
167
レ
ド
セラミック素材メーカー、CPS テクノロジーズの「企業理念」は「…我々は、積極的に、そ
して胸を張って、自社以外で生み出された発見や進歩を自分たちの仕事にとりいれていかなけれ
ばならない」
(クリステンセン他・前掲注 20、46 頁)というものである。これは、「オープン・
イノベーション」のビジネスモデルへの埋め込み(embedding)に他ならない。
168 クリステンセン他・前掲注 20、46,47 頁。
113
つまり、「世界を変える」という合い言葉の下に、「改革という使命を抱くことで、リスクを負い、失敗を犯
すことへの抵抗もなくなる」。このため、「…失敗はビジネスにおける代償と考えられている」のである169。
2.米国経営学界でのコンセンサス
入山(2013)によると、米国の起業論の分野で起業家精神の研究で「最も確立されたコンセプトは、『ア
ントレプレナーシップ・オリエンテーション』(EO)(筆者注:Entrepreneurial Orientation)と呼ばれるも
の」であり、以下の「EO の 3 姿勢」(three postures of EO)の重要性について研究が進んでいる170。
① 「革新性(innovative)」:新しいアイデアを積極的に採り入れる姿勢
② 「積極性(proactive)」:前向きに事業を開拓する姿勢
③ 「リスク志向性(risk-taking)」:不確実性の高い事業に好んで投資する姿勢
海外では、「『EO の高い経営者の率いる企業は業績がよくなる』という傾向は、研究者の間でコンセン
サスとなりつつ」あり、最近の研究でも、「EO の高い経営者のいるベンチャーの方が業績はよいという結
果」が得られている171。 「EO の 3 姿勢」は、大成功を収めたイノベーターの DNA と整合的である。この
ため、クリステンセン他(2010)が主張したように、イノベーターの思考パターンの特徴である 5 つの「発見
力」は後天的に開発・向上させることが可能であると考えられる。したがって、起業家に対する教育、ある
いは能力開発がイノベーションにとって重要であることが示唆される。
169
170
171
クリステンセン他・前掲注 20、42 頁。
入山・前掲注 160、90 頁。
入山・前掲注 160、92 頁。
114
【参考・引用文献等】
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2.2 講演
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Seminar held at Hitotsbashi University Graduate School of International Corporate
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2.3 判例
In re Trados Inc. Shareholder Litigation, Consol. C.A. No. 1512-VCL, mem. op. (Del. Ch. Aug. 16, 2013) at
http://courts.delaware.gov/opinions/download.aspx?ID=193520.
(注)図表の資料出所は本一覧への記載を省略した(各図表を参照されたい)。
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平成 27 年 3 月
執筆者:主任研究員 藤野 洋
一般財団法人 商 工 総 合 研 究 所
東京都江東区木場5-11-17商工中金深川ビル
TEL:03-5620-1691
FAX:03-5620-1697
e-mail [email protected]
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