b - 「科学技術振興調整費」等 データベース

科学技術振興調整費
第Ⅱ期成果報告書
生活・社会基盤研究
スギ花粉症克服に向けた総合研究
研究期間:平成12年度~14年度
平成 15 年 6 月
文部科学省
スギ花粉症克服に向けた総合研究
研究計画の概要
p.1
研究成果の概要
p.8
研究成果の詳細報告
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.1. T 細胞エピト-プを用いたペプチド療法の研究
1.1.1. 動物におけるペプチド療法の研究
p.17
1.1.2. ペプチド療法の臨床応用の研究
p.27
1.1.3. T 細胞エピトープに関連する HLA タイプの研究
p.40
1.2. 実験動物における DNA ワクチンの研究
p.55
1.3. ヘルパー細胞のサイトカイン産生是正による治療法に関する研究
p.65
1.4. スギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
1.4.1. ニホンザルにおけるスギ花粉症の自然発症モデルの検討
p.76
1.4.2. イヌにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
p.85
1.5. スギ花粉症におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与度に関する研究
p.91
2. スギ花粉症の予防に関する研究
2.1. 患者対照研究による予防、治療費効果に関する研究
p.100
2.2. メタアナリシスと質的評価法を併用したスギ花粉症予防対策の評価に関する研究
p.111
2.3. 集団疫学研究による新たな地域保健施策の確立に関する研究
p.125
2.4. スギ花粉症患者における精神および心身医学的因子の関与に関する研究
p.134
2.5. 花粉症グッズの検証と開発に関する研究
p.140
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.1. ダーラム法による観測値と空中スギ花粉濃度の関係に関する研究
p.154
3.2. 空中スギ花粉濃度と花粉症症状の関係に関する研究
p.169
3.3. スギ花粉飛散モデルの精度向上と総合的予報に関する研究
p.184
3.4. 都市への花粉飛散をおこすスギ林の同定に関する研究
p.197
3.5.
p.207
薬剤による花芽形成の抑制の実施検討
3.6. 遺伝子工学によるアレルゲン生産量の抑制に関する研究
p.218
3.7. 森林管理による花粉生産制御に関する研究
p.227
スギ花粉症克服に向けた総合研究
研究計画の概要
■ 研究の趣旨
近年、わが国ではアレルギー疾患の罹病率が急増している。小児の 3 割がアレルギー疾患に苦しんでいる現状にある。
一方、成人には花粉症患者が多いが、そのうちの 8 割以上がスギ(およびヒノキ)花粉症患者であり、その数は国民の 10 人
に 1 人が発症するほど増加し、さらに小学生にも多くの発症が認められるように発症年齢の低年齢化が進み、国民健康上
の重要な問題の 1 つとなっている。スギ花粉飛散期間中の仕事、勉学に及ぼす影響は計り知れない。しかるに、この疾患
の根本的治療法はなく、その有効な対策の確立は急務となっている。
スギ花粉症の発症にはさまざまな要因が関与しているため、その対策は多面的に行わなくてはならない。本研究におい
ては、第I期研究の成果を踏まえて、近い将来実現可能となりうる方策の研究に目的を絞って、各分野の研究者間の密な
連携を図りながら総合的研究を行う。主な分野は①治療法の開発、②適正な予防法の確立、③花粉暴露回避のための有
効な方策の研究である。
最近のアレルギー学の研究の進歩は著しく、アレルギー疾患の基礎的研究が国内外で広く行われている。しかし、スギ
花粉症はわが国だけの疾患であるため、アレルギー学の研究成果をスギ花粉症の治療法に応用するための基礎的研究
が遅れている。本研究では、最新のアレルギー・免疫学の研究を取り入れた次世代のスギ花粉症の根治的な予防・治療法
の開発を行う。すなわち、根治的治療法として重要な減感作療法を、より有効にしたペプチド療法や DNA ワクチン、アレル
ギーの発症に関与する細胞に対しての活性化物質であるサイトカインの療法など、有効性が高いと考えられる新しい世代
の治療法の開発研究を行う。また、患者対照研究や効果費用分析によってスギ花粉症に対する地域保健医療計画上にお
ける、より的確なストラテジーを確立する。
さらにスギ花粉飛散予報改善の研究を行う。現在の飛散モデルの精度を向上させてスギ花粉飛散予測システムを完成さ
せる。実際の空中スギ花粉濃度の測定を行い、そのスギ花粉濃度と患者の症状の程度について検討し、患者に、より具体
的な花粉飛散情報を早く正確に提供するシステムを確立する。また、スギ林において実際に行えるスギ花粉生産量の抑制
対策を行い、その効果を検討し、実用化を図る。また、将来の植林のために遺伝子操作によるアレルゲンの少ないスギの
開発研究も行い、短期および長期にわたるスギ花粉発生源対策の研究を行う。
このように本研究においてはスギ花粉症に関する予防・治療・予報・発生源対策等を総合的に講じるための研究を行い、
スギ花粉症克服に向けた総合的研究を実施し、科学技術の成果をスギ花粉症の患者に還元しようとするものである。
■ 研究の概要
1. スギ花粉症の治療に関する研究
スギ花粉症の新しい治療法として抗原特異的治療法である T 細胞エピトープを用いたペプチド療法とスギ花粉アレルゲ
ン遺伝子を組み込んだ DNA ワクチン療法の研究および非抗原特異的治療法としてのサイトカイン療法の研究を行う。これ
らの治療法の効果および安全性はスギ花粉症自然発症モデルのニホンザルとイヌを用いて行う。
1.1 T 細胞エピトープを用いたペプチド療法に関する研究
1.1.1 動物におけるペプチド療法に関する研究
副反応やその効果に問題のある従来の減感作療法に代わりうる、副反応の少ない T 細胞エピトープを用いたペプチド療
法の基礎的研究をマウおよびスギ花粉症の自然発症モデルとしてのニホンザルとイヌにおいて行う。特に自然発症モデル
のイヌを用いてペプチド投与経路、投与量について基礎的検討を行い、さらにサルで検証する。
1.1.2. ペプチド療法の臨床応用に関する研究
T 細胞エピトープは動物ごとにより異なるため、実際のヒトにおいてペプチド療法の臨床応用に向けた研究も必要と考えら
1
スギ花粉症克服に向けた総合研究
れる。そのため、ヒトの T 細胞エピトープの解析し、動物実験で得られた情報を元にヒトにおけるペプチド療法の開発を行う。
1.1.3. T 細胞エピトープに関連する HLA タイプに関する研究
T 細胞エピトープは HLA のクラス II 分子によって規定されることから、個々のスギ花粉症患者の T 細胞エピトープと HLA
を調べることにより、発症に関与する HLA の遺伝的因子をより直接的に解析できる。これにより、患者の HLA タイプによっ
て投与すべきペプチドを選ぶことも可能になる。
1.2. 実験動物におけるDNAワクチンの研究
より安全性の高い DNA ワクチンの開発を目指す。すなわち、スギ花粉アレルゲン遺伝子の代わりに T 細胞エピトープ遺
伝子を組み込んだ DNA ワクチンを作成し、その効果と安全性をマウス,サル,イヌで評価する。アレルゲン性のない T 細胞
エピトープが生体内で発現するため、アレルゲンによる副反応が起こらず、より安全性の高い DNA ワクチンが開発されると
考えられる。
1.3. T ヘルパー細胞のサイトカイン産生是正による治療法に関する研究
T ヘルパー(Th)細胞はそのサイトカインの産生様式から Th1 型(IL-2,IFN-γ を産生)と Th2 型(IL-4,IL-5 を産生)に分
類される。Th2 型細胞は IgE 産生を誘導し、花粉症の誘発と悪化に働く。Th1 型細胞は Th2 型細胞のサイトカイン産生を抑
制し、花粉症の沈静化に働く。花粉症モデル動物の局所への遺伝子導入により Th1 型細胞を選択的に誘導・活性化し、
Th2 型細胞の機能と IgE 産生を抑制して、T ヘルパー細胞のサイトカイン産生是正療法によるヒト花粉症の治療を現実のも
のとする。
1.4. スギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
1.4.1. ニホンザルにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
二ホンザルのスギ花粉症状は、くしゃみ、鼻水、目のかゆみと、人のそれとほとんど同じであった。また、花粉アレルゲンに
対する免疫学的な反応性も人とよく似ていた。本研究に用いるスギ花粉症のサルの免疫学的反応性を調べ、本研究で開
発された各治療法の有効性および安全性をこれらのサルで検討する。
1.4.2.イヌにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
最近、自然発病のスギ花粉症イヌも発見された。症状は主にアレルギー性皮膚炎で呼吸器系症状は比較的少なかった。
アトピー性皮膚炎のイヌの10%がスギ花粉特異 IgE 抗体を保有していることが明らかになり、かなりのイヌがスギ花粉に感
作されていることが分かった。このスギ花粉症イヌにおける花粉アレルゲンの反応性を解析するとともに、本研究で開発され
た各治療法の有効性および安全性をイヌで検討する。
1.5. スギ花粉症におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与度に関する研究
スギとヒノキのアレルゲンは免疫学的に近縁であり、両花粉症を厳密に区別することは難しかった。両者のアレルゲン抗原
性の差、患者の免疫応答性の差を解析することにより、ヒノキ花粉症の抗原特異療法における最も有効な抗原を決定する。
2. スギ花粉症の予防に関する研究
患者対照研究や効果費用分析によってスギ花粉症に対する地域保健医療計画上における、より的確なストラテジーを確
立する。また、花粉症予防のためのマスク、メガネ等の様々な製品を科学的に検証し、その効果を評価する。
2.1. 患者対照研究による予防、治療費と効果に関する研究
フィールドを対照に、重症度分類に基づき、重度、中等度、軽度に分け、個別に予防法と、治療内容、予防と治療に関す
る抵抗性とレセプトなどを調査し、花粉症患者の重症度別に費用効果分析を実施する。ブロックダイアグラムなどを作成す
ることで、様々な状況でのシミュレーションを行うことで、医療経済的指標を確立する。同時に費用対効果を踏まえた適正な
2
スギ花粉症克服に向けた総合研究
治療法、予防法、花粉情報の活用法の組み合わせを提言する。更に、分子疫学を実施することでデータ・ベースの作成を
も目標とする。
2.2. メタアナライシスと質的評価を併用したスギ花粉症予防対策の評価に関する研究
スギ花粉症についての研究は多岐に渡るが、特に疫学的研究や、予防法、治療法ごとに発展させた研究について集大
成する。遺伝子亜型によって花粉症の分子疫学の知見をもまとめ、更に(1)の患者対照研究の成果をも併せて、遺伝子診
断的アプローチによって予防法、治療法を特定する将来の新しい花粉症治療についての可能性をさぐる。
2.3.集団疫学研究による新たな地域保健施策の確立に関する研究
集団(地域)比較及びケース・コントロール研究によってスギ花粉症に対する環境因子の関与を明らかにし、個人の予防ま
たは地域の保健施設展開に資することを目標とする。
2.4.スギ花粉症患者における精神および心身医学的因子の関与に関する研究
スギ花粉症の発症や増悪には、様々な精神的あるいは心身的因子の関与も明らかになっているが、その体系的な疫学
的知見は少ない。そこでフィールドについて花粉症における様々な精神および心身的因子についての疫学を実施する。ま
た、精神心身的医療によっての介入研究をも行うことで、花粉症に関する精神・心身医学的指標を提唱し、適切な治療法、
予防法の確立をも目標とする。
2.5.花粉症グッズの検証と開発に関する研究
最近、花粉症予防のためのマスク、メガネ等の様々な製品が市販されている。これらの製品を科学的に検証し、その効果
を評価する。さらにそれら製品の改良や新しい製品の開発を行う。
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
スギ花粉の暴露を回避することは重要な花粉症対策の1つである。本研究ではスギ花粉飛散予報とスギ林におけるスギ
花粉産生の抑制によって花粉暴露の回避を行う。スギ花粉飛散予報としてダーラム法による花粉測定値と実際の空中スギ
花粉濃度の関係を解明し、そのスギ花粉濃度と患者の症状の程度について検討する。さらに飛散モデルの精度を向上さ
せて、地域ごと、時刻ごとのスギ花粉飛散予測システムを完成させる。次に、スギ花粉抑制技術に関する研究として薬剤に
よる花芽形成の抑制の実施効率の良い作業方法、枝打ち・間伐による花粉生産量の抑制効果の検証や遺伝子操作によ
るアレルゲンの少ないスギの開発研究を行なう。
3.1.ダーラム法による観測値と空中スギ花粉濃度の関係に関する研究
現在、日本で最も普及している重力法(ダーラム法)による花粉測定値(1日当たりの落下数)と体積法による実際の空中
スギ花粉濃度(時間当たりの吸入数に直接関係)の関係を解明し、花粉飛散モデルへの応用を図る。
3.2. 空中スギ花粉量と花粉症症状の関係に関する研究
観測されるスギ花粉濃度と患者の症状の程度、特に飛散初期に発症するスギ花粉患者と花粉数および他の因子につい
て解明する。
3.3. スギ花粉飛散モデルの精度向上と総合予報に関する研究
飛散モデルの精度を向上させ、雄花の開花予想式、スギ林の雄花着生量の予想と合わせて総合的な飛散予測システム
を完成させる。このシステムは体積法測定により検証する。
3.4. 都市への花粉飛散をおこすスギ林の同定に関する研究
3
スギ花粉症克服に向けた総合研究
花粉症患者の多い都市へ向かって、周辺のどのスギ林から花粉が多く飛散されるかを解明し、影響度の大小をメッシュ・
データーシートとして作成する。これにより、都市への影響の大きいスギ林に対して林業的な対策(下記の 5,6,7 の対策)を
集中して行うことができる。
3.5. 薬剤による花芽形成の抑制に関する研究
薬剤によるスギの花芽形成抑制技術の実用化を目指す。そのため、試験地を設定し、空中散布、葉面散布、樹幹注入、
土中潅入等の処理法により、スギの花芽形成及び開花の抑制効果について調べる。そして、効率の良い作業方法を検索
し、薬剤による花芽形成抑制技術を確立する。
3.6. 遺伝子工学によるアレルゲン生産量の抑制に関する研究
効率の良いスギ不定胚を経由したスギ個体再生技術を開発し、スギ形質転換体の作出技術を確立する。そして、アレル
ゲン遺伝子や雄花の形態形成を支配する遺伝子を利用して、遺伝子工学によるアレルゲン生産量の抑制を図る。その結
果、将来のスギ林の造成に必要な花粉のない品種を提供する。
3.7. 森林管理による花粉生産制御に関する研究
現存のスギ林に対し、枝打ち・間伐による花粉生産量の抑制効果について実験的な検証とともに、樹種転換・混交林等
による森林管理によって期待される花粉量の抑制効果についても調べる。
4
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 年次計画および所用経費
(単位:百万円)
所要経費
研 究 項 目
12 年度
13 年度
14 年度
合計
① 動物におけるペプチド療法に関する研究
13.0
14.9
10.7
38.6
② ペプチド療法の臨床応用に関する研究
9.8
11.5
8.9
30.2
③ T 細胞エピトープに関連する HLA タイプに関する研究
10.2
22.5
17.6
50.3
(2) 実験動物におけるDNAワクチンの研究
17.3
19.5
14.1
50.9
(3) T ヘルパー細胞のサイトカイン産生是正による治療法に関
12.0
8.9
7.0
27.9
7.5
9.1
8.2
24.8
②イヌにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
12.1
16.1
19.2
47.4
(5) スギ花粉症におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与度に関す
7.4
8.4
6.1
21.9
(1)患者対照研究による予防、治療費と効果に関する研究
21.9
21.3
16.1
59.3
(2) メタアナライシスと質的評価を併用したスギ花粉症予防対策
6.2
5.8
4.6
16.6
18.7
18.1
13.7
50.5
6.4
8.5
6.9
21.8
6.2
7.5
5.8
19.5
(1) ダーラム法による観測値と空中スギ花粉濃度の関係に関する研究
11.0
17.8
34.3
63.1
(2) 空中スギ花粉量と花粉症症状の関係に関する研究
8.4
7.9
7.3
23.6
(3) スギ花粉飛散モデルの精度向上と総合予報に関する研究
19.4
20.1
12.2
51.7
(4) 都市への花粉飛散をおこすスギ林の同定に関する研究
7.1
10.7
8.4
26.2
(5) 薬剤による花芽形成の抑制に関する研究
5.5
6.0
4.8
16.3
(6) 遺伝子工学によるアレルゲン生産量の抑制に関する研究
10.2
10.0
8.0
28.2
(7) 森林管理による花粉生産制御に関する研究
5.1
6.1
5.0
16.2
0.9
0.9
0.9
2.7
216.3
251.6
219.7
687.6
1.
スギ花粉症の治療に関する研究
(1) T 細胞エピトープを用いたペプチド療法に関する研究
する研究
(4) スギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
①ニホンザルにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する
研究
る研究
2. スギ花粉症の予防に関する研究
の評価に関する研究
(3) 集団疫学研究による新たな地域保健施策の確立に関する
研究
(4) スギ花粉症患者における精神および心身医学的因子の関
与に関する研究
(5) 花粉症グッズの検証と開発に関する研究
3. ス ギ花粉暴露回避に関する研究
4.研究推進
所 要 経 費
(合 計)
5
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 実施体制
研 究 項 目
1.
担当機関等
研究担当者
スギ花粉症の治療に関する研究
(1) T 細胞エピトープを用いたペプチド療法に関する研究
①
動物におけるペプチド療法に関する研究
東京慈恵会医科大学医学部
斉藤三郎(助教授)
②
ペプチド療法の臨床応用に関する研究
獨協医科大学医学部
馬場廣太郎(教授)
国立感染症研究所
井上 栄(名誉所
③ T 細胞エピトープに関連する HLA タイプに関する研
究
員)
(2) 実験動物におけるDNAワクチンの研究
国立感染症研究所
阪口雅弘(主任研
究官)
(3) T ヘルパー細胞のサイトカイン産生是正による治療
聖マリアンナ医科大学医学部
鈴木 登(教授)
広島国際大学社会環境学部
和 秀雄(教授)
② イヌにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する
東京大学大学院
辻本 元(教授)
研究
農学生命科学研究科
(5)スギ花粉症におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与度
国立相模原病院
に関する研究
臨床研究センター
法に関する研究
(4) スギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
①ニホンザルにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに
関する研究
2.
安枝 浩(室長)
スギ花粉症の予防に関する研究
(1) 患者対照研究による予防、治療費と効果に関する研
高知医科大学医学部
中村裕之(教授)
秋田大学医学部
本橋 豊(教授)
広島大学医学部
烏帽子田彰(教授)
筑波大学医学
松崎一葉(助教授)
奈良県立医科大学医学部
井手 武(助手)
日本気象協会
村山貢司(主任技
究
(2) メタアナライシスと質的評価を併用したスギ花粉
症予防対策の評価に関する研究
(3) 集団疫学研究による新たな地域保健施策の確立に
関する研究
(4) スギ花粉症患者における精神および心身医学的因
子の関与に関する研究
(5) 花粉症グッズの検証と開発に関する研究
3.
スギ花粉暴露回避に関する研究
(1) ダーラム法による観測値と空中スギ花粉濃度の関
係に関する研究
師)
(2) 空中スギ花粉量と花粉症症状の関係に関する研究
東京慈恵会医科大学医学
遠藤 朝彦(講師)
(3) スギ花粉飛散モデルの精度向上と総合予報に関す
日本気象協会
鈴木基雄(主任技
る研究
師)
(4) 都市への花粉飛散をおこすスギ林の同定に関する
森林総合研究所
研究
金指達郎(グループ
長)
(5) 薬剤による花芽形成の抑制に関する研究
鳥取大学 農学部
山本福壽(教授)
(6) 遺伝子工学によるアレルゲン生産量の抑制に関す
森林総合研究所
篠原健司(研究領
る研究
域長)
(7) 森林管理による花粉生産制御に関する研究
森林総合研究所
清野嘉之(研究領
域長)
6
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 総合推進委員会
氏
名
◎宮本昭正
所
属
日本臨床アレルギー研究所 所長
西間 三馨
国立療養所南福岡病院 院長
川口 毅
昭和大学 教授
栗原和幸
神奈川県立こども医療センター病院 部長
加倉井 弘
日本放送協会 解説委員
○井上 栄
国立感染症研究所 名誉所員
○烏帽子田彰
広島大学 教授
○中村裕之
高知医科大学 教授
○村山貢司
日本気象協会 主任技師
○遠藤 朝彦
東京慈恵会医科大学 講師
○篠原健司
森林総合研究所 研究領域長
◎ 推進委員長
○ 研究実施担当者
7
スギ花粉症克服に向けた総合研究
研究成果の概要
■総 括
本研究においては 以下の研究目的のために研究班を形成してスギ花粉症克服に向けた研究を実施した。1)スギ花粉
症の新しい免疫療法として抗原特異的および非抗原特異的治療法を研究する。2)スギ花粉症の疫学調査や花粉症グッ
ズの評価を行い、スギ花粉症の予防研究を行う。3)スギ花粉飛散予報とスギ林におけるスギ花粉産生の抑制によって花粉
暴露の回避を行う。
スギ花粉の主要抗原である Cry j 1 から 3 箇所、Cry j 2 から 4 箇所、合わせて 7 箇所の主要なT細胞エピトープを同定
し、それぞれを連結させたペプチド・ワクチンを作成した。これは人のスギ花粉症治療用ペプチドワクチンで、今後の臨床
応用が期待できる。他の人での研究として、スギ花粉と水飴を混合したスギ花粉抗原の口中錠を用いた人での舌下・嚥下
免疫療法のパイロット試験では、投与前に比べ、くしゃみ、鼻汁の各症状が軽減された。スギ花粉症ニホンザルにおいても
スギ花粉アレルゲンの主要なT細胞エピトープを投与し、その安全性と効果が期待される結果が示された。イヌの実験的ス
ギ花粉症モデルを用いて研究も行った。Cry j 1 プラスミド DNA ワクチンを日本スギ花粉に感作したビーグル犬 14 頭に投
与した。その結果、治療群においては皮内反応および抗原気道暴露試験において過敏性の低下が認められ、肺組織に
浸潤する肥満細胞の数の減少が認められた。マウスにおける抗原特異的治療法の研究もいくつか行われた。T 細胞エピト
ープ遺伝子を組み込んだ DNA ワクチンでスギ花粉アレルゲンに対する IgE 抗体抑制効果が認められた。また、Cry j 1 発現
組換え米を作製し、マウスに 2 週間自由に経口摂取させ、Cry j 1 に対する免疫応答性を解析した結果、組換え米の経口摂
取により T 細胞、IgE レベルにおいて免疫応答能が抑制されることが判明した。非抗原特異的治療法としてマウスへの txk 遺
伝子投与の効果を検討し、txk 遺伝子投与は Th1 型優位の免疫応答を誘導し花粉抗原特異的 IgE 抗体産生を抑制すること
が明らかになった。治療法以外の研究として T 細胞エピトープに関連する HLA タイプに関する研究を行い、Cry j1 の主要 T
細胞エピトープの p22(21-230)と HLA タイプは DPB1*0501 が強い関係にあることが判った。 スギ花粉症ニホンザルの基礎
的な研究としてニホンザルにおいてスギ花粉アレルゲン特異的 IgE 抗体の季節変動が認められることが明らかになった。
東京都品川地区および山梨県牧丘町地区において地域住民を対象に、客観的診断基準による疫学調査を実施した。
その結果、「畳を使わない住居環境」と「野菜摂取不足」が、スギ花粉症発症との関係がわかり、都市化がスギ花粉症発症
の一因であることが示され、日本人の伝統的な生活環境がスギ花粉症を予防することが示唆された。また、花粉症は抑うつ
傾向をもたらし、この結果、QOL 低下をもたらすことがみいだされたため、予防的な服用も含め抗アレルギー薬を服用する
ことの重要性が指摘できた。マスクの効果について鼻腔侵入花粉計測の機能をもった多機能花粉暴露チャンバーを開発
し、科学的検証によって検討した結果、フィット性および装着の仕方に問題があることが示唆され、当てガーゼによって、個
人の装着の仕方の問題点を補うことができることが立証できた。またマスクの効果は、費用対効果研究からも大いに支持さ
れた。スギ花粉症の感受性遺伝子として Eosinophil peroxidase の遺伝子が初めて発見され、さらに Interleukin 受容体 A の
多型、Ile50 を有する人は、マスクの徹底によって将来の花粉症発症を予防できることを示し、スギ花粉症における遺伝と環
境と相互作用からの将来のテーラーメードの予防法を可能にすると考えられた。本研究結果を含めた花粉症データベース
を作成し、国民に有用な情報を提供できる体制が整った。
スギ花粉暴露回避に関する研究では、花粉飛散量の実況情報、花粉症患者情報および数値予報を組み合わせ、花粉
症患者が花粉暴露を回避するために有効な時間単位の花粉情報提供を可能にした。そのために、自動花粉計測器につ
いて従来のダーラム法との検証をおこなうとともに、これを用いたモニタリングネットワークを設計、展開した。また、この実況
情報に基づいて、花粉飛散量数値予報システムを構築し、時間単位の花粉濃度の予報が可能にした。このような時間単
位の花粉濃度が花粉症患者の症状と非常に良い相関を示すことから、このような情報の有効性を明らかにした。一方でより
長期的ではあるが、抜本的な対策として、スギ林における発生源対策についても検討した。既に林野庁において実施して
いる施策も含めた森林管理のあり方や薬剤散布によるスギ雄花の花芽抑制技術について、費用対効果を考慮した検討を
加えるとともに、アレルゲンフリーのスギの作出技術に関する開発をおこなった。さらに、これらの対策技術の有効性を高め
るため、人口密集地である都市部への影響する花粉源の同定に成功した。
8
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ サブテーマ毎、個別課題毎の概要
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.1 T 細胞エピトープを用いたペプチド療法に関する研究
1.1.1. 動物におけるペプチド療法に関する研究
スギ花粉アレルゲン実験感作犬についてスギ花粉アレルゲンの T 細胞エピトープを解析した。次に、自然発症のスギ花
粉症ニホンザル6頭について、ペプチド投与群2頭、対照群4頭で解析を行なった。ペプチド投与群でアナフィラキシーショ
ックなどの副作用は認められず、投与したペプチドに対してトレランスが誘導されていた。 連結ペプチドのトレランス誘導
能を検討するために、マウスで Cry j 1 と Cry j 2 の主要エピトープを 3 個連結したペプチドを用いて検討したところ、Cry j
1 と Cry j 2 に対する免疫寛容が誘導されることが判明した。スギ花粉症患者末梢血からスギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞
に CpG を含むオリゴ DNA 存在下で培養すると、スギ花粉特異的 Th2 細胞数の減少および IFN-γ産生の増強が認められ
た。Cry j 1 発現組換え米を作製し食べるワクチンの効果について検討した。マウスに 2 週間自由に経口摂取させ、Cry j 1
に対する免疫応答性を解析した結果、組換え米の経口摂取により T 細胞、IgE レベルにおいて免疫応答能が抑制されるこ
とが判明した。
1.1.2. ペプチド療法の臨床応用に関する研究
スギ花粉の主要抗原である Cry j1 から 3 箇所、Cry j2 から 4 箇所、合わせて 7 箇所のT細胞エピトープを連結させたハ
イブリッドペプチドを合成した。ハイブリッドペプチドには、Cry j1, Cry j2 と同等の細胞増殖能およびサイトカインの産生能
があることが判明した。スギ花粉と水飴を混合したスギ花粉抗原の口中錠を用いた舌下・嚥下免疫療法のパイロット試験で
は、投与前に比べ、くしゃみ、鼻汁の各症状が軽減された。また、スギ花粉口中錠を用いた野外曝露比較試験では、スギ
花粉口中錠の内服群では、非内服群に比べくしゃみ、鼻汁については有意に抑制されていた。ペプチドを用いた舌下・嚥
下法による免疫療法は、今後、スギ花粉症に対する有望な根治的治療法となる可能性を秘めている。
1.1.3. T 細胞エピトープに関連する HLA タイプに関する研究
スギ花粉症患者 82 人と健常者 57 人の HLA DNA タイプを決定し、血清中総 IgE 濃度、特異 IgE,IgG 濃度を測定し、患
者・対照両群とで比較した。Cry j1 の主要 T 細胞エピトープはペプチド p22(21-230)であったが、このペプチドと結合する
HLA タイプは DPB1*0501 であると考えられた。総 IgE 濃度は患者群で有意に高かった。しかし、Cry j1+Cry j2 IgE 抗体陽
性者のみを比較すると、両群で有意差は無かった。Cry j1 および Cry j2 に対する IgE および IgG 抗体濃度の分布を両群で
比較したところ、IgE 抗体濃度では両群で大差があるが、IgG 抗体濃度の差は小さかった。個人ごとの Cry j1 抗体濃度と
Cry j 2 抗体濃度(IgE および IgG)との相関を調べたところ、患者群では IgE 抗体濃度は相関していたが、IgG 抗体濃度の
相関は小さかった。サイトカイン関連遺伝子の 3 種の一塩基多型(SNP)頻度を両群間で比較した。IL-4 プロモーター
C590T、IL-4 受容体α遺伝子 Ile50Val、IL-13 Glu110Arg のいずれも両群で有意差が無かった。末梢 B 細胞の培養液に
IL-4 、IL-13 を添加して CD23 の発現を調べたが、両群で差は無かった。
1.2. 実験動物におけるDNAワクチンの研究
インバリアント(Ii)鎖の CLIP 領域を、スギ花粉アレルゲンである Cry j 2 上の T 細胞エピトープに相当するペプチド
(p247-258)遺伝子を(Ii)鎖の CLIP 領域で置換した DNA ワクチン(pCPCJ2)と C 末側に融合した DNA ワクチン(pIiCJ2)を
作製し、マウスに投与したところ、スギ花粉特異 IgE 産生抑制活性認められた。また、スギ花粉の主要アレルゲンである Cry
j 1 に CpG を結合させたアジュバント・ワクチンを作成し、マウスに投与した。このとき、Cry j 1 に CpG を結合させたワクチン
は、Cry j 1 特異的 IgE 抗体の産生を抑制することが確認された。ワクチン投与群は Cry j 1 特異的 Th1 細胞の応答を誘導
していたことが確認された。
1.3. T ヘルパー細胞のサイトカイン産生是正による治療法に関する研究
花粉症はインターロイキン(IL)-4、IL-5 を産生する Th2 細胞が B リンパ球による花粉特異的 IgE 産生を補助しアレルギ
9
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ー炎症を引き起こす。この反応はインターフェロンーγ などの Th1 型サイトカインにより抑制される。従って花粉抗原特異
的 Th2 型細胞のサイトカイン産生を Th1型に是正することが花粉症の有力な治療戦略となる.第 1 期の検討で txk は Th1
型細胞特異的な転写因子であることを示した。第 2 期ではマウス個体への txk 遺伝子投与の効果を検討し、txk 遺伝子投
与は Th1 型優位の免疫応答を誘導し花粉抗原特異的 IgE 抗体産生を抑制することが明らかになった。
1.4. スギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
1.4.1. ニホンザルにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
スギ花粉症ニホンザルにおけるスギ花粉アレルゲン特異的 IgE 抗体の季節変動を調べた。ニホンザルにおいてスギ花
粉アレルゲン特異的 IgE 抗体の季節変動が認められた。スギ花粉特異的 IgG 抗体およびT細胞反応性についても検討し
たところ、明らかな季節変動が認められ、これらの免疫反応に関して人と同様の季節変動があることが明らかになった。また、
スギ花粉症ニホンザルもヒノキ花粉アレルゲン特異 IgE 抗体を保有していることが明らかになり、ヒノキアレルゲンに対する
反応性もヒトとよく一致していることが判った。さらにスギ・ヒノキ花粉以外のイネ科、ブタクサ、ヨモギ花粉に対する IgE 抗体
の保有がニホンザルにも認められた。
1.4.2. イヌにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
イヌの実験的スギ花粉症モデルを用いて Cry j 1 プラスミド DNA ワクチン(pCACJ1,pCAGGS-Cryj1)の有効性を解析し
た。日本スギ花粉に感作したビーグル犬 14 頭に、pCACJ1 および pCAGGS-Cryj1を 6 ヶ月間にわたり合計 5 回筋肉注
射した。その結果、治療群においては皮内反応および抗原気道暴露試験において過敏性の低下が認められ、肺組織に
浸潤する肥満細胞の数が減少した。一方、抗原特異的 IgE 値およびサイトカインプロファイルに変化は認められなかった。
よって、プラスミド DNA ワクチンは免疫学的な変化よりも肥満細胞によるアレルギー反応の感受性低下をもたらすことがわ
かった。
1.5. スギ花粉症におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与度に関する研究
スギ,ヒノキ科花粉グループ1,グループ2アレルゲンに対するスギ花粉症患者の反応性を解析した。スギ花粉症患者は
スギ,ヒノキのみならず,わが国ではほとんど飛散のみられないヒノキ科花粉アレルゲンにも反応した。スギ,ヒノキ科花粉グ
ループ1,グループ2アレルゲンはスギ花粉症患者の B 細胞レベル,T 細胞レベルのいずれにおいても強い交差反応性を
示した。患者ごとでのヒノキ花粉アレルゲンの関与度の割合は,in vitro のパラメーターで表示できる可能性が示された。ま
た,スギ花粉エキスによる減感作治療により,スギのみならずヒノキ花粉アレルゲンに対する免疫応答も連動して修飾を受
けた。このことから,スギ花粉症の抗原特異的免疫療法にはヒノキの抗原を併用する必要性のないことが示唆された。
2. スギ花粉症の予防に関する研究
2.1. 患者対照研究による予防、治療費効果に関する研究
スギ花粉症の費用対効果研究を実施するため、スギ花粉症特異的 QOL の質問票を開発した。諸予防・治療効果の評価
法として、このスギ花粉症 QOL の増加を指標にしたとき、花粉症グッズの効果が極めて大きいことが認められたことから、少
なくとも症状が軽いうちはグッズを積極的に用いることが有用であり、重症度が増しても、市販薬あるいは医療機関による治
療を受けても、グッズと併用することが効果的であると提言できた。また、スギ花粉症における分子疫学を実施し、スギ花粉
症の感受性遺伝子として Eosinophil peroxidase (EPO)の遺伝子を初めて発見した。また、Interleukin 4 receptor A(IL4RA)
との多型である Ile50 を有する人は、スギ花粉の暴露の蓄積によってのみスギ花粉症を発症することを証明した。IL4RA の
Ile50 を有する人は、花粉暴露に対して防御、例えば、マスクの徹底によって、将来の花粉症発症を予防できることを示した。
このように、遺伝と環境の相互作用を示す疫学モデルにより、今後、スギ花粉症における遺伝と環境と相互作用についての
研究はテーラーメードの予防法を可能にすると考えられた。
10
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2.2. メタアナリシスと質的評価法を併用したスギ花粉症予防対策の評価に関する研究
スギ花粉症予防データベースを作成するために、医学中央雑誌及び Medline にてスギ花粉症予防等のキーワードを用い
て文献検索を行い、1566 件の文献を収集した。研究デザインの質を考慮して最終的に採択された文献は 294 件であり、こ
れをもとにデータベースを構築した。高い研究の質をもつ 18 件の文献に基づくメタアナリシスの結果、統合されたスギ花粉
特異的抗体保有率は 28.3%であり、年齢が低いほど保有率が高く年代が新しいほど保有率は高い傾向を認めた。また、ス
ギ花粉症対策としての予防グッズの質的評価を行うために生活者ニーズに対応した質問票を開発し、これを山梨県のフィ
ールド調査で使用し、予防グッズは花粉症患者のニーズに応えた保健行動として認知されていることを明らかにした。
2.3. 集団疫学研究による新たな地域保健施策の確立に関する研究
東京都品川地区および山梨県牧丘町地区において地域住民を対象に、客観的診断基準による疫学調査を実施した。そ
の結果、スギ花粉症の有症率は、都市部(東京都品川区)で 33.8%、地方(山梨県牧丘町)で 26.7%と都市部で有症率が高
かった。生活環境因子と花粉症の発症について、花粉症検診受診者だけでなく、調査票による症例対照研究においても
検討した結果、「寝床の床がフローリングである」、「果物をよく食べる」において花粉症の発症との関連が有意に認められ
た。したがって、日本人の伝統的な生活環境がスギ花粉症を予防することが示唆された。また、鼻アレルギー日記の解析
から、花粉飛散量と花粉症症状はスギ IgE 抗体量が多いほどよく相関することが認められたが、内服薬の服用とマスクの着
用の効果を検討すると、処方薬の内服により花粉飛散量が多くても症状は抑制されていることがわかった。飛散量が大きい
ときには、マスク以外の予防法、例えば内服薬の服用の併用が有効であると考えられた。
2.4. スギ花粉症患者における精神および心身医学的因子の関与に関する研究
東京都品川地区および山梨県牧丘町地区において地域住民を対象とした疫学の一環として、心身医学的諸指標に関し
て詳細な調査を実施した。スギ花粉症は抑うつ傾向をもたらし、この結果、QOL 低下をもたらすことを精神心理的疫学によ
ってみいだした。この花粉症における抑うつには、花粉症の症状以外に、花粉症による認知機能の低下が影響しているこ
ともわかった。また、抑うつを規定する性格因子として、Health locus of control (健康に関する統制の座), Sense of
coherence(首尾一貫感覚)の人格変数の関与が示唆され、花粉症への対処行動の取り方が抑うつに関与すると考えられ
た。予防的な服用も含め抗アレルギー薬を服用している人では認知機能が高く維持されていたため、予防的に服用するこ
との重要性が示唆された。
2.5. 花粉症グッズの検証と開発に関する研究
スギ花粉暴露からの回避を目的とした市販グッズ(マスクを中心に)について、その防除効果という面から有効性を検討す
るために、5 タイプ(ガーゼのみ、ガーゼ+フィト加工、ガーゼ+フィルター+フィト加工、ガーゼ+フィルター+フィト加工、不繊布
+フィト加工)にマスクを大別し、1)ボランティアによる花粉飛散期屋外での鼻腔内侵入花粉測定による実情に即した検証、
2)マスク素材検証装置を用いた素材別花粉排除効果、呼吸抵抗の検証、3)花粉暴露、花粉計測、鼻腔侵入花粉計測の機
能をもった多機能花粉暴露チャンバーを用いた科学的検証によって評価した。実情に即した花粉防護効果は商品間によ
り大きな差が認められ、また、同一商品間であっても個人差があった。この結果および 2)、3)からの結果から、フィット性およ
び装着の仕方に問題があることが示唆された。そのため、当てガーゼの効果を検証した結果、当てガーゼによって、個人
の装着の仕方の問題点を補うことができることが立証できた。
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3-1 ダーラム法による観測値と空中スギ花粉濃度の関係に関する研究
本研究は平成 13 年度までに花粉の自動計測器の評価をほぼ終了し、概ね実用化の目処がついているが、平成 14 年
度は実用化のためのさらなる精度向上を目指して、平成 15 年春の花粉飛散シーズン中に計測器の精度試験と改良をおこ
なった。関東地区をモデルとした花粉の自動計測器の配置やデータ集配信システム、予測システムの設計をおこない、平
成 15 年春より、研究班の自動計測器 10 台と環境省が設置した 20 地点の自動計測器と合わせて、関東地方の計 30 地点
11
スギ花粉症克服に向けた総合研究
において、花粉の計測を開始し、試験的な花粉情報の配信をおこなった。さらに、従来のダーラム法との関係から花粉に
関する総飛散量の予測や飛散開始日の定義について検討をおこなった。
3-2 空中スギ花粉濃度と花粉症症状の関係に関する研究
本研究は花粉飛散量と花粉症患者の症状の関連性について検討をおこなった。本邦においては、飛散花粉の観測は
ダーラム法による 1 日単位での測定が最も普及し、主流である。ところが、これまでダーラム法による 1 日当たりの測定値と
患者の訴えとの間には解離が見られることも少なくなかった。そこで、最近開発された花粉自動計測器を用いて、より高度
かつ実用的な花粉症、花粉情報を構築するために、自動計測器の測定値と本研究のために新たに開発した時間単位アレ
ルギー日記による患者の症状の一致率を検討した。その結果、患者の行動や服薬の影響を修正した上で、花粉測定値と
時間単位の症状の関係を検討した結果、比較的相関することが判明した。今後、時間単位アレルギー日記に患者の行動
に関する項目を加えるなどの改良が必要と考えられた。このことから、これまで用いてきた指標は、一部手直しすれば実際
臨床で有用であることが判明した。手直しした指標と自動モニターを用いた情報が提供されれば、より高度かつ実用的な
花粉症、花粉情報となると考えられる。
3-3 スギ花粉飛散モデルの精度向上と総合的予報に関する研究
花粉飛散量数値予報モデルの実用化のため、予報精度のさらなる向上を目指して、客観解析手法の高度化と花粉発生
量推計方法および実況値補正方法について検討を加えた。その結果、スギ雄花の開花時期と花粉発生量の把握が予報精
度に大きく影響することがわかった。これらの花粉予報について実況情報提供を含めて、Web を利用したスギ花粉予報シス
テムとして 1 時間レベル、10km 空間レベルの 2 日先までの空中花粉濃度ないしは花粉飛散量指数予報の実用化試験運用
をおこなったところ、スギ林における開花情報と花粉放出状況の把握がなされた場合、十分な予報精度が確保された。
3-4 都市への花粉飛散をおこすスギ林の同定
スギおよびヒノキ林の面積を推計するとともに、雄花生産量の把握、開花予測モデルの確立と東京等の大都市部への飛
来する花粉の発生源を推計した。スギおよびヒノキ花粉発生源面積の推計では,将来の伐採動向に関して3種の仮説を設
けて推計をおこない、花粉発生源面積の予測分布図を作成した。1980 年ころの伐採動向が継続すると仮定した場合,20
年後のスギ花粉発生源は初期(1995 年)に比べて微減し,ヒノキは約 1.3 倍に増加すると推定された。また、衛星の超高解
像度画像におけるスギ林冠の色調の特性について解析した結果,3月の画像でスギと他の林冠(ヒノキ等)とを色相判読で
きることが明らかになり、スギ林の分布を把握する手法の手がかりを見いだした。雄花生産量については、2002 年に生産さ
れたスギ林の雄花量は全調査林の平均で 7,700 個/m2 で,前年とほぼ同じであり,4年連続して花粉生産量が「多い」レベ
ルにあると推定された。開花予測モデルについては、平成 13 年度のパラメータを改良し,関東地方における予測精度を向
上させた。また,このモデルを用いて試みに関東以外の地域に適用した結果,より寒冷な地域では実際の花粉飛散より開
花を遅く予測する傾向が見られた。これらの知見を総合して、花粉飛散量数値予報モデルを運用した結果、2002 年の花
粉飛散シーズンの最盛期(3月3日~10日)に東京都区部に飛来した花粉は,埼玉県から神奈川県にかけての関東西部
地域と並んで静岡県西部から移流してきた割合が顕著であったと推定された。この結果は,スギ花粉を多量に供給する範
囲が,これまで想定されていた以上に広域にわたることを示している。
3-5 薬剤による花芽形成の抑制の実施検討
薬剤処理によりスギ雄花の花芽形成が抑制されることを利用して、スギ花粉飛散を低減させることを目的とした研究であ
る。スギの雄花はホルモンの一種のジベレリン(GAs)により分化・形成が促進されることが明らかにされている。このことは、
GAs の生合成を阻害することで雄花の分化・形成が抑制される可能性が考えられる。そこで、スギ雄花の分化・形成の抑制を
目的として植物ホルモンならびに植物ホルモン生合成阻害剤等の処理効果を検討した。その結果、GAs の生合成阻害剤で
あるウニコナゾール-p の濃度 25ppm 以上の処理およびトリネキサパックエチルの濃度 50ppm 以上の処理で雄花の分化・形
成が著しく抑制された。これらの処理は、ヘリコプターによる空中散布処理でも再現よく雄花の分化・形成を抑制した。
12
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3-6 遺伝子工学によるアレルゲン生産量の抑制に関する研究
遺伝子工学の技術を応用することでアレルゲンフリーのスギの開発を目指した。スギ花粉の主要アレルゲン遺伝子(Cry j
1、Cry j 2)に加え、ビャクシンのアレルゲン遺伝子(Jun a 3)に相同性を示すスギの遺伝子(Cry j 3)を 6 種類単離した。このう
ち、Cry j 3.5 は花粉での発現レベルが高く、コードするタンパク質がアレルゲン活性を保持する可能性が高い。また、アレ
ルゲン生産量を抑制した遺伝子組換えスギの作出に必須な、安定で効率の良い不定胚経由の個体再生技術や遺伝子導
入技術を開発した。アレルゲンフリー組換えスギの作出に取り組み、選抜薬剤存在下で増殖する不定胚形成細胞を得た。
今後、アレルゲンフリーの組換えスギを作出する予定である。
3-7 森林管理による花粉生産制御に関する研究
間伐、枝打ちを花粉抑制目的に行ったときの効果を調べた。通常強度の間伐は有効であるが、数年に一度しか実行で
きないので、年平均の抑制効果は 2%ほどである。より強い間伐は多くの雄花を除去するが、2 年目以降にそれ以上の雄
花が着くので、トータルでは逆効果になる恐れがある。枝打ちで効果を上げるには樹冠上部の枝まで落とす必要があるが、
そのような枝打ちは幹の成長を抑制し、材の変色による材質劣化、枯死をまねく。枝打ちは補助的な抑制手段と見るべき
である。樹種転換は永続的効果を期待できる最も確実な方法である。同じ面積を樹種転換するなら、小さい転換地をたくさ
んつくるより、大きな転換地を少数つくる方が効果は大きい。
■ 波及効果、発展方向、改善点等
本研究においてスギ花粉症患者におけるスギ花粉アレルゲンの主要なT細胞エピトープを同定し、それぞれを連結させ
たペプチド・ワクチンを作製した。これは人のスギ花粉症治療用ペプチドワクチンで、現在、製薬メーカーにより、人でのス
ギ花粉症の治療効果を調べるための治験の申請中である。現在、第1世代の根治治療としてのスギ花粉粗抗原エキスを注
射する減感作療法が行われている。ペプチド・ワクチンがスギ花粉症の治療において安全で効果があることが判れば、この
減感作療法以外にも第2世代のペプチド・ワクチン治療法が選択でき、スギ花粉症の根治的治療に役立つと考えられる。こ
のペプチド・ワクチン治療法は最初の計画では、この研究班の第 II 期で評価を行う予定であったが、治験申請の遅れのた
め、人での実際の評価を行うことができなかった。また、第 I 期において第3世代の根治治療法としての DNA ワクチンがスギ
花粉症の犬に効果があることが示唆され、第 II 期では実験感作犬でも効果があることが判った。さらに細胞エピトープ遺伝
子を組み込んだ DNA ワクチンも開発し、より安全な DNA ワクチンが開発できることが判った。しかし、現在、遺伝子治療に
分類される DNA ワクチンはアレルギーの治療には認められていない。そのため、人での治療評価が行えなかった。今後は
犬のスギ花粉症治療ワクチンとして開発し、その安全性と効果を十分に確認した上で、人への応用を検討する。
本研究における予防研究は、生活ニーズに対応することを最も主眼においてきた。まずは、スギ花粉症の要因調査であ
る。日本人の伝統的な文化である畳生活がスギ花粉症の予防になることを示した。また、グッズの効果についての科学的
検証を行ったため、装着性などの現在のグッズ使用の問題点を指摘できた。予防的な服用も含め抗アレルギー薬を服用
することで、花粉症による QOL の低下を予防することも明らかにした。これらの知見の国民への還元は今後の花粉症増加
に歯止めがかかるものと思われる。さらには、グッズの使用は QOL からみた医療費を抑制することもわかり、今後、ますます
多様化するグッズに対して一定の評価法を開発することで、QOL の低下を防ぎ、さらには医療費の削減につながると考え
られる。本予防研究では、スギ花粉症感受性遺伝子の発見にも努めた。スギ花粉症が遺伝と環境との相互作用で症状が
出現する遺伝子が発見できたことは、将来のテーラーメードの予防法につなげることが可能となった。この予防は従来の画
一的な予防法からみれば、画期的であり、本研究での予防法を組み合わせれば、罹患率の大幅な減少が期待できる。そ
のためにも、今後も分子疫学の研究を継続することが重要であり、同時に国民に対して十分な説明のもと、遺伝子に関する
倫理事項を克服する努力を始めなければならない。
スギ花粉曝露回避に関する研究では短期的および長期的な視野でのスギ花粉症対策についての研究をおこなった。
短期的な対策としてはスギ花粉飛散に関する実況情報や予報について、花粉症患者がスギ花粉の曝露を回避するための
情報の充実を目指した。本研究成果に基づいて、平成 14 年度以降、環境省が関東地区から順次、近畿地区、東海地区
13
スギ花粉症克服に向けた総合研究
に花粉モニタリングネットワークを構築し、予報体制を整備する計画となっている。さらに上記3地区に止まらず、全国的な
展開にまで発展することが望まれるとともに、より精度の高い予報情報を確保するために、スギ花粉測定地点数の充実と花
粉発生源であるスギ林における雄花開花と花粉放出状況の監視のためのカメラや気象測器の設置をも含めた花粉モニタ
リングネットワークへと改良されることが期待される。長期的な対策として掲げた研究については、既に林野庁でおこなわれ
ているスギ花粉抑制策としての間伐も含まれている。本研究成果から、人口の密集する都市への花粉飛散を及ぼすスギ林
に対して、より効果的な森林管理がなされることが重要である。また、薬剤によるスギ雄花の花芽形成の抑制については、
今後、薬剤の環境負荷についての検討が必要となるが、実用化まではそれほど遠くないレベルにまで達することができたと
考える。さらに、安定で効率の良い不定胚経由の個体再生技術や遺伝子導入技術を開発し、遺伝子工学によるアレルゲ
ンフリーのスギの作出も可能となった。長期間に及ぶ対策ではあるが、これらの発生源対策技術が適切に組み合わされる
ことで、抜本的なスギ花粉飛散の削減が可能になるものと判断される。
14
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究成果の発表状況
(1) 研究発表件数
国 内
国 際
合 計
原著論文による発表
左記以外の誌上発表
口頭発表
第Ⅰ期 82 件
第Ⅰ期 141 件
第Ⅰ期 225 件
第Ⅰ期 448 件
第Ⅱ期 35 件
第Ⅱ期 123 件
第Ⅱ期 256 件
第Ⅱ期 414 件
第Ⅰ期 145 件
第Ⅰ期 2 件
第Ⅰ期 26 件
第Ⅰ期 173 件
第Ⅱ期 85 件
第Ⅱ期 10 件
第Ⅱ期 31 件
第Ⅱ期 126 件
第Ⅰ期 224 件
第Ⅰ期 143 件
第Ⅰ期 251 件
第Ⅰ期 621 件
第Ⅱ期 120 件
第Ⅱ期 133 件
第Ⅱ期 225 件
第Ⅱ期 540 件
(2) 特許等出願件数
第Ⅰ期
0 件 (うち国内 0 件、国外 0 件)
第Ⅱ期
0 件 (うち国内 0 件、国外 0 件)
合計
0 件 (うち国内 0 件、国外 0 件)
(3) 受賞等
第Ⅰ期
0 件 (うち国内 0 件、国外 0 件)
第Ⅱ期
0 件 (うち国内 0 件、国外 0 件)
合計
0 件 (うち国内 0 件、国外 0 件)
15
合
計
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(4)主要雑誌への研究成果発表
Impact
サブテーマ 1
サブテーマ 2
サブテーマ 3
合計
29.0
1
0
0
1
7.1
1
0
0
1
J Allergy Clin Immunol
5.5
1
0
0
1
Eur J Immunol
5.0
1
0
0
1
Clin Exp Allergy
3.8
3
0
0
3
Plan Cell Environ
3.3
0
0
1
1
Immunology
2.7
4
0
0
4
Clin Exp Immunol
2.7
1
0
0
1
Cell Immunol
2.6
1
0
0
1
Plant cell Physiol
2.4
0
0
3
3
Atmosheric Environment
2.3
0
0
2
2
Int Arch Allergy Appl Immunol
2.2
3
0
0
3
Cell Transplant
2.2
1
0
0
1
Plant Cell Res
1.4
0
0
2
2
Vet Imunopathol Immunol
1.4
6
0
0
6
J Med Primat
1.2
1
0
0
1
Exp Hematol
1.1
1
0
0
1
Biosci Biotechnol Biochem
1.0
1
0
2
3
J Plant Physiol
1.0
0
0
1
1
Cell Biol Int
0.9
1
0
0
1
Vet Dermatol
0.9
1
0
0
1
Biol Pharm Bull
0.9
1
0
0
1
Journal
N Eng J Med
J Immunol
Factor
16
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.1. T細胞エピトープを用いたペプチド療法の研究
1.1.1. 動物におけるペプチド療法の研究
東京慈恵会医科大学 DNA 医学研究所
斉藤 三郎
大阪大学人間科学部
和 秀雄
国立感染症研究所
阪口 雅弘、井上 栄
■要 約
1)スギ花粉症に対するペプチド療法の効果を大型哺乳類の自然発症スギ花粉症ニホンザルで検討した。ペプチド投与群
でアナフィラキシーショックなどの副作用は認められず、投与したペプチドに対してトレランスが誘導されていた。
2)連結ペプチドのトレランス誘導能を検討した。3 連結ペプチドは、T 細胞増殖活性から抗原性を保持していること、さらに
経口投与により Cry j 1 と Cry j 2 に対する免疫寛容が誘導されることが判明した。
3)スギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞の動態を Th2 細胞の表面マーカーである CRTH2 と細胞内 Th2サイトカインを指標
にして、CpG を含むオリゴ DNA 存在下で培養すると、スギ花粉特異的 Th2 細胞数の減少および IFN-γ産生の増強が認
められた。
4)マウスに Cry j 1 発現組換え米を経口摂取させ、Cry j 1 に対する免疫応答能を解析した。組換え米の経口摂取により
T 細胞、IgE レベルにおいて免疫応答能が抑制されることが判明した。
■目 的
スギ花粉症に対するペプチド療法の効果は、モデルマウスを用いた解析から有効な治療法であることが示唆された。そ
こで、スギ花粉症の自然発症ニホンザルにおいてもペプチド療法が副作用のない有効な治療となるのか検討する。さらに、
ペプチドの剤型や投与経路についても検討する。
■ 研究方法
1.スギ花粉症ニホンザルに対するペプチド療法の試み
自然発症のスギ花粉症ニホンザル6頭について、ペプチド投与群2頭、対照群4頭で解析を行なった。投与するペプチ
ドは、Cry j 1 で4種類と Cry j 2 で7種類の混合物である。1回の投与量は、各ペプチド濃度 100μg で計 1.1 mg/サルで
ある。月 1 回の割合で計 5 回皮下投与した。ペプチド療法の効果判定は、副作用の有無、症状、血清中の IgE 抗体価およ
び T 細胞のアレルゲンに対する増殖反応性から下記のように判定した。
17
スギ花粉症克服に向けた総合研究
方法
1.ペプチド: Cry j 1 のT細胞エピトープ 4 種類
Cry j 2 のT細胞エピトープ 7 種類
2.投与方法: 皮下投与、11種類の混合液 (各ペプチド100μg, )
3.自然発症ニホンザル: ペプチド投与群3匹、コントロール群4匹
4.投与期間:
11月
12月
1月
2月
3月
5.評価方法: 症状; 泪、くしゃみ、腫れ目、鼻水を5段階で評価
IgE抗体価; 毎月採血
T細胞の反応性; 3月と6月
2.連結ペプチドの免疫寛容誘導
ペプチド療法を実施するにあたり、個々の T 細胞エピトープを含むペプチドを投与することは、それぞれのペプチドを製
品規格する上で困難を伴う。そこで、T 細胞エピトープを連結したハイブリッドペプチドを合成し、免疫原性およびマウスに経
口投与して T 細胞に対する免疫寛容誘導能について検討した。用いた連結ペプチドは、BALB/c マウスの主要 T 細胞エピ
トープである Cry j 1(p277-290)、Cry j 2(p70-83)および Cry j 2(p246-259)を連結した 4 合成 2 アミノ酸残基である。
3.スギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞の動態
免疫療法の効果をより直接的に評価するためには、抗原特異的T細胞の動態を解析するのがよいと思われる。しかし、
スギ花粉アレルゲン特異的T細胞の割合は少ないので、解析を困難にしている。Th2 細胞の表面マーカーである CRTH2
と細胞内 Th2サイトカインを指標にしてスギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞株をフローサイトメトリーより捉えることが可能か検
討した。さらに、これらを指標にすることで CpG-ODN あるいは IL-12 の存在下でスギ花粉特異的 Th2 細胞の動態を検
討した。
4.食べるワクチンの開発
ペプチド療法の今後の展開として、食べるワクチンの開発を試みている。経口摂取した蛋白に関しては、経口トレランス
が強く誘導されることは衆知の事実である。東北大の鳥山および奈良医大の井手らとの共同研究により部分 Cry j 1 発現
組換え米をマウスに経口摂取させ、スギ花粉アレルゲンに対する免疫応答が抑制できるか検討した。
■成 果
1.スギ花粉症ニホンザルに対するペプチド療法の試み
ペプチド投与群において、アナフィラキシーショックなどの副作用はまったく認められなかった。投与したペプチドに対す
るトレランスは強く誘導されていたが、投与したペプチド以外の T 細胞エピトープに対する反応性は保持されていた。投与
した T 細胞エピトープを含むペプチドが不十分であるために、蛋白アレルゲンに対する T 細胞の反応性および IgE 抗体産
生が抑制できなかったと推測された。
18
スギ花粉症克服に向けた総合研究
T細胞の反応性
(cpm)
30000
無投与群
ペプチド投与群
20000
10000
0
ペプチド混合液
図1-1スギ花粉症ニホンザルに対するペプチド療法
-ペプチド混合液に対する反応性-
投与したペプチド部分
7
T
6
細
5
胞
の
4
反
3
応
2
1
0
12345678910
112
13
14
15
16
17
18
19
20
21
223
24
25
26
27
28
29
30
31
32
334
35
36
37
38
図1-2ペプチド療法後の部分合成ペプチド療法に対する T 細胞の反応性
2.連結ペプチドの免疫寛容誘導能
3 連結ペプチドの経口投与により、個々のペプチドに対する T 細胞の反応性および Cry j 1 および Cry j 2 に対する T
細胞の反応性も対照群に比べ強く抑制されていた。これに対し、非特異的な Con A 刺激では抑制が認められなかった。
19
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図2 3 連結ペプチドの免疫寛容誘導能
3.スギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞の動態
スギ花粉症患者末梢血から極少数のスギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞の動態を Th2 細胞の表面マーカーである
CRTH2 と細胞内 Th2サイトカインを標的にして明確に捉えることを可能にした(図3-1)。CpG-ODN あるいは IL-12 の存
在下では、スギ花粉特異的 Th2 細胞数の減少および IFN-γ産生の増強が認められることから、CpG-ODN のアジュバン
ト療法によりスギ花粉特異的 Th2 細胞は Th1 に変換される可能性が示唆された(図3-2)。
なお、この研究は BML の永田博士らとの共同研究で行われた。
抗原刺激
IL- 4 + IL-13 ( PE )
0.01%
0.01%
0.01%
<0.01%
健常者
3.34%
3.23%
4
Normal
10
0.01%
<0.01%
0.03%
0.03%
0.36%
花粉症
患者
10
0
4.31%
10
0
4
4.45%
0
10 10
10
4
CRTH2 ( RED670 )
図3-1
花粉症患者末梢血単核球をスギ花粉アレルゲンで刺激した後に、CRTH2 陽性、Th2 サイトカイン陽性 T 細胞が認められた。
20
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図3-2 CpG-ODN の CRTH2 およびサイトカイン産生に及ぼす効果
コントロールに比較して、CRTH2 陽性 Th2 サイトカイン陽性のスギ花粉特異的 T 細胞の減少が認められる。さらに、IFN-g
陽性 CRTH2 陰性細胞の増加が認められる。
4.食べるワクチンの開発
スギ花粉アレルゲン発現組み換え米をマウスに経口摂取させ、免疫応答に及ぼす効果について検討した(図4-1)。ス
ギ花粉アレルゲンの部分 Cry j 1 発現組み換え米は、熱処理後も T 細胞の反応性は保たれていた(図4-2)。スギ花粉ア
レルゲン発現組み換え米を経口摂取させた群では、wild type の米を摂取させた群に比較して T 細胞の増殖反応(図4-
3)および IgE 抗体産生(図4-4)が強く抑制されていた。
21
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図4-1 方法
1W
1W
`.
、
、
米の経口摂取
花粉点鼻感作
免疫応答は
アレルゲン量として
223 µg/mouse/day
for 2 weeks
週3回 3週間
T、B細胞レベル
図4-2 イネ種子に発現した部分Cry j タンパク質の抗原性
ーT細胞レベルー
Stimulation Index
7.5
熱処理
5
Cry j 1 前半
Cry j 1 後半
5.0
Heated Cry j 1 後半
4
3
2.5
2
1
0.0
0
0
2.5
5.0
10.0
Antigen (µg/ml)
0
2.5
5.0
10.0
Antigen (µg/ml)
Heated:
100℃ 90min
Proliferative response of LNC from BALB/c mice immunized with Cry j 1
図4-3 スギ花粉アレルゲンCry j 1 を発現した組換え米
摂取による経口免疫寛容ーT細胞レベルー
15000
投与群(N=3)
増殖反応( cpm )
Wild type
FhCry j 1
10000
5000
0
-
0.2
1.0
2.5
Cry j 1 (µg/ml)
40 200 500
p211-230 (ng/ml)
Antigen
頚部リンパ節T細胞のCry j 1 およびペプチドに対する増殖反応を解析した。
22
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図4-4 スギ花粉アレルゲンCry j 1 を発現した組換え米
摂取による経口免疫寛容 ーB細胞レベルー
投与群(N=3)
IgE (ng/ml)
1500
Wild
Recombinant
1000
500
0
Wild
Recombinant
Mice
■考 察
スギ花粉症の発症機構がヒトと類似している大型哺乳類のニホンザルにおいて、初めてペプチド療法を実施しその治療
効果を判定した。T 細胞エピトープを含むペプチド部分は、
Cry j 1 で 4 ヶ所、Cry j 2 で 7 ヶ所の計 11 種類である。毎回の皮下投与量はそれぞれのペプチドあたり 100 μg で合
計 1.1mgと高濃度であったが、アナフィラキシーショックはまったく認められなかった。これは、ペプチドが IgE と結合しない
ために大量投与が可能なことを示唆している。さらに、投与したペプチドに対する T 細胞の反応性が完全に抑制されてい
たことから、ペプチド療法はスギ花粉症の有効な治療法になると考えている。しかしながら、投与する前の T 細胞エピトープ
部分の詳細な解析が不十分であったために、用いたペプチドにはすべての T 細胞エピトープ部分が含まれていなかった。
そのために、ペプチド投与群のサルは、他にも強く反応する T 細胞エピトープ部位に T 細胞が反応し、結果として IgE 抗体
産生を抑制できなかったと考えられる。この結果から、ペプチド療法の臨床応用に際しては、詳細な T 細胞エピトープの解
析は不可欠と思われる。今後、これらのニホンザルに残りのエピトープ部位を含むペプチドを投与することにより、免疫応答
の抑制ばかりでなく、症状の軽減化など認められるか確認したい。
ヒトの主要な T 細胞エピトープについてはすでに詳細に解析しているが、複数存在することが判明している。臨床応用す
るにあたり、それぞれのペプチドを製品規格することは困難を伴うために、個々の T 細胞エピトープを連結したハイブリッド
ペプチドを作製した。ヒト連結ペプチドは、個々のペプチドよりも優れた T 細胞刺激活性を保持しているが、IgE とは結合し
ないことが in vitro の解析で判明している。今回初めて連結ペプチドの免疫寛容誘導能を in vivo で検討した。その結果、T
細胞レベルで強いトレランスが誘導されることが判明し、連結ペプチドが有用な剤型になることが示唆された。
スギ花粉症患者末梢血単核球からスギ花粉アレルゲンに反応するヘルパーT 細胞を、Th2 細胞の表面マーカーである
CRTH2 と細胞内 Th2 サイトカインを指標にすることで、スギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞の数は非常に少ないにもかかわ
らず、初めて捉えることが可能になった。そこで、CpG 配列をもったオリゴ DNA(CpG-ODN)存在下にスギ花粉アレルゲン
で刺激すると、CpG 配列をもたない GC-ODN に比較してスギ花粉特異的 Th2 細胞はIFN-γを産生する Th1 細胞に優
位にシフトすることが判明した。これは、抗原提示細胞に作用して IL-12 を介した反応であることは衆知のことである。将来、
CpG-ODN を用いた免疫療法も有効な治療法となることが示唆される。さらに、T 細胞エピトープに CpG-ODN を結合さ
せることにより、スギ花粉特異的 Th2 細胞をより効果的に Th1 細胞にシフトできるかもしれない。
近年、植物を食糧としてではなく抗体や抗原、ホルモン、検査試薬等の医療用蛋白などの有用な生理活性物質を生産
する場として捉える分子農業が注目されている。スギ花粉アレルゲン発現組み換え米もスギ花粉症に対する免疫応答を T、
B 細胞レベルで抑制することから、有用な経口治療薬と考えられる。組み換え米を用いた経口免疫寛容は、生体の仕組み
を巧みに利用した免疫療法であり、今後の解析で治療効果が得られるなら最も臨床応用可能な免疫療法となりうる。現在、
連結ペプチドを発現させた組み換え米についても予防、治療効果を検討している。最近、イネのゲノムが解明されたが、こ
の研究では遺伝子組み換えによる新奇物質の発現や生態系への影響などに注意しなければならない。
23
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 引用文献
1.
Kinya Nagata et al.: Selective Expression of a Novel Surface Molecule by Human Th2 Cells In Vivo. J. Immunol. 162:
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■ 成果の発表
原著論文による発表
国外誌(英文)
1.
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Japanese cedar (Cryptomeria joponica) pollen and Japanese cypress (Chamaecyparis obtusa) pollen. I. H-2
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2.
Ohno, N., Ide, T., Sakaguchi, M., Inouye, S., and Saito, S. Common antigenicity between Japanese cedar
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cross-reacting T cell epitope of Cry j 1 and Cha o 1 in mice. Immunology 99, 630-634,2000.
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4.
Toda, M., Sato, H., Takebe, Y., Taniguchi, Y., Saito, S., Inouye, S., Takemori, T., Sakaguchi, M.: Inhibition of
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Kenichi Masuda, Masahiro Sakaguchi, Saburo Saito, Douglas J. DeBoer, Shunsuke Fujiwara, Keigo Kurata,
Atsuhiko Hasegawa, Koichi Ohno, Hajime Tsujimoto : In vivo and in vitro tests showing sensitization to
Japanese cedar (Cryptomeria japonica) pollen allergen in atopic dogs. J.Vet.Med.Sci.62:995-1000, 2000.
6.
Saito, S., Hirahara, K., Kawaguchi, J., Serizawa, N., Hino, K., Taniguchi, Y., Kurimoto M., Sakaguchi, M.,
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peptide immunotherapy against Japanese cedar pollinosis. Ann Rep Sankyo Res Lab. 52: 49-58. 2000.
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Sakaguchi, M., Yamada,T., Hirahara, K., Shiraishi, A., Saito, S., Miyazawa, H., Taniguchi, Y., Inouye, S.,
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pollen allergens in Japanese monkeys (Macaca fuscata) with pollinosis. Journal of Medical Primatology 30,
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8.
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24
スギ花粉症克服に向けた総合研究
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linked peptide. Immunol. 107(4): 517-22, 2002.
12.
Masuda K, Sakaguchi M, Saito S, DeBoer DJ, et al. Seasonal atopic dermatitis in dogs sensitive to a major
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原著論文以外による発表
国内誌(和文)
1.
平原一樹、龍田 融、齋藤三郎、白石明郎. T 細胞エピトープを利用したスギ花粉症治療薬の開発.医学のあ
ゆみ.2000; 192(10):995-999.
2.
斎藤三郎.スギ花粉感作のメカニズム.Medicine and Drug Journal.2001; 37(1):106-109.
3.
斎藤三郎.春の花粉症治療の将来-特に免疫療法について.Allergology & Immunology. 2001; 8(2):
202-206.
4.
斎藤三郎.花粉症の DNA ワクチン療法の展望.JOHNS.18(1):108-12,2002.
5.
斎藤三郎.免疫療法の将来.内科.91(2):322-25,2003.
口頭発表
国内学会
1.
阪口雅弘、小林 千鶴、井上栄、斉藤三郎、川口淳子、芹澤伸記、平原一樹、白石明郎、谷口美文、和秀雄:
ニホンザルにおけるスギ花粉主要アレルゲン(Cry j 1、Cry j 2)の T 細 胞エピトープの解析.第 130 回日本獣
医学会、大阪, 2000.
2.
斉藤三郎、高松正視、桜田純次、阪口雅弘、井上栄:スギ花粉症ニホンザルと患者に共通したT細胞エピトー
プに関連するMHCクラスII 分子.第 30 回日本免疫学会、仙台、2000.
3.
斉藤三郎、高松正視、桜田純次、阪口雅弘、井上栄:スギ花粉症ニホンザルと患者に共通したT細胞エピトー
プに関連するMHCクラスII 分子.第 30 回日本免疫学会、仙台、2000.
4.
斎藤三郎:免疫疾患における T 細胞:抗原認識と免疫制御の可能性:スギ花粉症に対するペプチド療法.第2
8回日本臨床免疫学会総会.東京. 2000.
5.
茂呂八千代,野原 修,森山 寛,津田真由美,斎藤三郎.スギ花粉飛散前後におけるスギ花粉症患者T細
胞の反応性と IgE 抗体価の推移.第 51 回日本アレルギー学会総会.福岡.10 月.
6.
野原 修,稲葉岳也,宇井直也,茂呂八千代,大森剛哉,その他.スギ花粉症の全国的疫学調査(第 11 報).
第 51 回日本アレルギー学会総会.福岡.10 月.
7.
斎藤三郎,大野裕治,茂呂八千代,名竹洋子,津田真由美,その他.スギ花粉症患者末梢血 Th2 の動態.第
51 回日本アレルギー学会総会.福岡.10 月.
8.
茂呂八千代,大野裕治,津田真由美,名竹洋子,伊藤玲司,その他.室内塵の免疫応答に対する影響.第 51
回日本アレルギー学会総会.福岡.10 月.
9.
斎藤三郎,岩崎匡洋,永田欽也,井上栄.スギ花粉アレルゲン特異的 T 細胞の動態. 第 31 回日本免疫学会
総会.大阪.12 月.
10.
葉山貴司,稲葉岳也,宇井直也,茂呂八千代,その他. 東京都におけるスギ花粉症疫学調査からみた感
作・発症の現況.第 14 回日本アレルギー学会春季臨床大会.幕張. 3 月.
11.
斎藤三郎.シンポジウム「スギ花粉症 予防および治療研究の最前線」 T 細胞エピトープを用いたペプチド療
法とワクチンの開発.第 52 回日本アレルギー学会総会.横浜. 11月.
12.
斎藤三郎,大野裕治,池島宏子,鳥山欽哉,岡田杏,井手武.スギ花粉アレルゲンを発現した組換えイネを用
いた免疫療法.第 32回日本免疫学会総会.東京.12 月.
25
スギ花粉症克服に向けた総合研究
国際学会
1.
Saito S, Imai T, Sakaguchi M, Inouye S.: Existence of cross-reactiong T cell epitope between the pollen of
Taxodiaceae and Cupressaceae families. 17th International Congress of Allergology and Clinical Immunology
Sidony, Australia, 2000.
26
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.1. T細胞エピトープを用いたペプチド療法の研究
1.1.2. ペプチド療法の臨床応用の研究
獨協医科大学耳鼻咽喉科気管食道科
馬場 廣太郎
■要 約
ペプチド療法は、現行の減感作療法と比較して、よりスギ花粉抗原に特異的な免疫療法である。Cry j1 の 3 箇所、Cry j2
の 4 箇所、合わせて 7 箇所のT細胞エピトープを連結させたハイブリッドペプチドを合成した。ハイブリッドペプチドには、ス
ギ花粉主要抗原である Cry j1, Cry j2 と同等の細胞増殖能およびサイトカインの産生能があることが判明した。安全性につ
いては、試験管内実験で確認された。スギ花粉と水飴を混合したスギ花粉抗原の口中錠を用いた舌下・嚥下免疫療法の
パイロット試験では、投与前に比べ、くしゃみ、鼻汁の各症状が軽減された。また、スギ花粉口中錠を用いた野外曝露比較
試験では、スギ花粉口中錠の内服群では、非内服群に比べくしゃみ、鼻汁については有意に抑制されていた。舌下・嚥下
法による免疫療法は、従来から行われている皮下注射法に比べ、注射によらないため患者の抵抗感が少ない、医療機関
を訪れる頻度が少なくて済むなどのメリットがある。WHO の position paper においても舌下・嚥下法による免疫療法は、花粉
症などのアレルギー疾患に対して、有効とされている。今後、スギ花粉症に対する有望な根治的治療法となる可能性を秘
めている。
■目 的
スギ花粉症アレルゲンの T 細胞エピト-プを連結させたハイブリッドペプチドを用いた効果的で、かつ副作用のない新し
いスギ花粉症に対する治療法の開発や、効果的な投与ルートの検討を行う。
■ 研究方法
1.T 細胞エピト-プの同定およびハイブリッドペプチドの作成
スギ花粉の主要抗原としては Cry j1, Cry j2 の 2 種のタンパク質がすでに同定されており、そのアミノ酸配列も決定され
ている[1,2]。スギ花粉アレルゲンのアミノ酸配列に従って作成した部分合成ペプチドをスギ花粉症患者の末梢血単核球と
共に培養し、T 細胞が認識し増殖するペプチド部分を T 細胞エピト-プとして同定した。これらT細胞エピトープを連結させ
たハイブリッドペプチドを合成した。
2.ペプチド療法のヒトにおける有効性と安全性
ペプチド療法の安全性の確認のため、ペプチド投与予定者の血清中のハイブリッドペプチドに対する IgE 抗体を測定し
た。次にペプチド療法の有効性の確認のため、スギ花粉症患者の全血より末梢血単核球を分離し、ハイブリッドペプチドに
対する末梢血単核球の細胞増殖能、サイトカイン産生能について検討した。また、培養上清中のペプチドに対する IgE 抗
体を測定した。
3.スギ花粉抗原の舌下・嚥下免疫療法の有効性
スギ花粉抗原の口中錠を用いた舌下・嚥下免疫療法の有効性について、スギ花粉症患者を対象としたパイロット試験に
27
スギ花粉症克服に向けた総合研究
より検討した。スギ花粉症患者では、飛散するスギ花粉数により症状の強さが影響されるため、平成 14 年度の 1 月下旬から
ダーラム法にて飛散花粉数を毎日計測した。スギ花粉症患者に 2 月 14 日よりスギ花粉口中錠を 1 日 2 回、1回1粒を服用さ
せ、アレルギー日記を記載してもらった。スギ花粉症の3大症状であるくしゃみ、鼻水、鼻閉についてそれぞれスコアー化し、
スギ花粉口中錠の服用によりスギ花粉症の症状が抑制されるか否かを検討した。鼻症状のスコアーについては、鼻アレルギ
ーのガイドラインに沿い、点数化した。スギ花粉口中錠を服用した症例のうち、スギ花粉口中錠投与前より medication score が
低下した、もしくは鼻症状のスコアーが低下した症例を有効症例とし、有効症例の全症例中に占める割合を算出した。
また、スギ花粉口中錠を無作為に4個抽出し、スギ花粉口中錠1個に含まれる Cry j1、Cry j2 の量を計測し、投与される
総抗原量を算出した。
4.スギ花粉口中錠を用いた野外曝露比較試験
スギ花粉症有症者 9 名を対象にした。9 名の内訳は、スギ花粉口中錠内服 5 名、非内服4名である。事前に問診、血液
検査を行い、内服群、非内服群において、性別、年齢、症状の程度、CAP-RAST 値に大きな相違がないように調整した。
試験当日朝8時に公園に集合し、9時から1時間くしゃみ、鼻汁、鼻閉の各症状をスコアーカードに記載させ、野外比較試
験(single blind)を開始した。野外比較試験の原則として室内には入らず、激しい運動は行わないように指示した。また、花
粉曝露の妨げにならないようにマスク、花粉対策用メガネの装着は禁止した。16 時に公園内でのスギ花粉曝露野外比較
試験は終了として、帰宅後は症状スコアーを記載させた。記載されたスコアーをもとに、症状抑制の有無を検討した。
■ 研究成果
1.T 細胞エピトープの同定およびハイブリッドペプチドの作成
Cry j1 は 353 個のアミノ酸、Cry j2 は 388 個のアミノ酸配列からなる。このうちT細胞が認識するペプチド領域(T細胞エ
ピトープ)は、Cry j1 については 3 箇所、Cry j2 については 4 箇所、合わせて少なくとも 7 箇所あることが判明した。これら 7
個のT細胞エピトープを連結させたハイブリッドペプチドを合成した(図 1)。
2.ぺプチド療法のヒトにおける有効性と安全性
全例で血清中にはハイブリッドペプチドに対する IgE 抗体は検出されなかった。細胞増殖能実験では、7 例全例で Cry j1,
Cry j2 と同等の細胞増殖能を示した(図 2)。さらに、7 個のT細胞エピトープ各々についても、細胞増殖能を計測したが、個
人間で若干のばらつきが認められた(図 3)。また、培養上清中の IL-5, IFN-γの産生量は、スギ花粉の主要抗原である Cry
j1, Cry j2 と同等の産生量を示した。培養上清中のペプチドに対する IgE 抗体は全例で検出されなかった(図 4a、b)。このこと
からハイブリッドペプチドは従来用いられてきたアレルゲンよりも有効かつ安全な免疫療法剤となりうる可能性が示された。
3.スギ花粉抗原口中錠を用いた舌下・嚥下免疫療法のパイロット試験
平成 14 年度の獨協医科大学におけるスギ花粉の飛散状況を示す(図 5)。スギ花粉口中錠の服用を開始した2月上旬
には、既に少量のスギ花粉の飛散が認められたが、2月下旬、3月上旬に飛散スギ花粉数に大きなピークを認めた。スギ花
粉口中錠を服用した全症例についてスギ花粉口中錠服用中の鼻症状のスコアーを算出した。スギ花粉口中錠投与前より
medication score が低下した、もしくは鼻症状のスコアーが低下した有効症例は、37 症例中 22 例(59.5%)であった。スギ
花粉口中錠により舌下・嚥下免疫療法を行った全症例について、くしゃみ、鼻水、鼻閉の各症状のスギ花粉症シーズン中
の推移について検討した。くしゃみ、鼻水、鼻閉の各症状は、2月下旬には一時的にスコアーの上昇が認められた。しかし、
その後の花粉大量飛散時には各症状ともスコアーの上昇は認められず、症状の増悪は抑制された(図 6、7、8)。
副作用については、1 例でじんま疹が認められたが、抗アレルギー薬の内服にて症状は消失した。その他、アナフィラキ
シーショックなどの重篤な副作用は認めなかった。
スギ花粉口中錠1個に含まれる Cry j1 量の平均値は 37.0ngで、Cry j2 は全例で測定感度以下であった。したがって、生
体内に投与された抗原量としては、Cry j1 が 6.2μgであった。
28
スギ花粉症克服に向けた総合研究
4.スギ花粉抗原口中錠を用いた舌下・嚥下免疫療法の野外曝露比較試験
野外試験時の公園内の天候は快晴であった。野外曝露実験時の公園内の 9 時から 16 時までの総飛散数は、ダーラム
法で 82.7 個/cm2 であった(図 9)。
くしゃみ発作回数は、スギ花粉口中錠内服群では、野外曝露試験中を通じて抑制されていたが、非内服群では飛散花
粉数が増加した 13 時以降、くしゃみ発作回数が増加した(図 10)。鼻かみ回数は、スギ花粉口中錠内服群では、野外曝露
試験中を通じて抑制されていたが、非内服群では飛散花粉数が増加した 13 時以降急激にくしゃみ発作回数が増加した
(図 11)。鼻閉については、スギ花粉口中錠内服群では、非内服群に比べスコアーは野外曝露試験中を通じて低い傾向に
あったが、花粉数の増加と共に両者で鼻閉スコアーは増悪し、いずれの時点でも有意差は認められなかった(図 12)。以上
の結果をまとめると、スギ花粉口中錠の内服群では、くしゃみ、鼻汁についてはよく抑制されていたが、鼻閉についてはあ
まり改善が認められなかった。
■考 察
1.ペプチド療法
スギ花粉症は、我々が行った全国調査では、国民の 17.6%が罹患していると考えられ、本邦においては社会問題化しつ
つある[3]。スギ花粉症に対する治療として一般的に行われているのは、抗ヒスタミン薬や抗アレルギー薬を用いた薬物療
法である。これに対して、スギ花粉症に対する根治的治療としては古くから免疫療法として減感作療法が行われてきた。
スギ花粉抗原特異的免疫療法(減感作療法)は、現在のところ、アレルギー疾患に対する唯一の根本的治療法である。
アンケート調査による治療効果の判定では、減感作療法を受けたスギ花粉症患者のうち約 60%に症状の軽快が認められ
たと報告されている[4]。スギ花粉症の減感作療法では、これまでスギ花粉より抽出した粗抗原が使用されてきた。最近にな
り標準化されたスギ花粉抗原エキスも発売され、その治療成績の向上が期待されている[5]。しかしながら、アナフィラキシ
ー反応などの副作用や粗抗原を用いるためその投与量に制限があるなどの問題点があり、よりスギ花粉抗原に特異的な
減感作療法(ワクチン療法)の開発が期待されている。減感作療法の詳細な作用機序は解明されていないが、抗原特異的
なT細胞の機能抑制が関与していると考えられている。現在、スギ花粉症に対する減感作療法で使用されている粗抗原に
は、T細胞が認識するペプチド領域(T細胞エピトープ)とB細胞が認識するペプチド領域(B細胞エピトープ)が含まれてい
る。抗原からT細胞エピトープのみを抽出し、これを免疫療法剤として使用すれば、アナフィラキシー反応を回避し、より効
果的な免疫療法を行うことが可能と考えられる。すなわち、ペプチド療法とは、T細胞エピトープのみを、免疫療法剤として
用いるためこれまで行われてきた減感作療法に比べ、よりスギ花粉抗原に特異的な減感作療法といえる。
ペプチド療法のヒトへの臨床応用はこれまで欧米を中心に既に行われている。臨床報告がなされたⅠ型アレルギーに対
するペプチド療法としてはネコアレルゲン Fel d1[6-8]、ハチ毒アレルゲンホスフォリパーゼ A2[9]がある。
1.1.ネコアレルゲン Fel d1 を用いたペプチド療法[6-8] 。
ネコアレルギー患者 24 人に対して Fel d1 の T cell エピトープである ICP 1, 2 を 750μg を計 8 回皮下投与し、投与開
始後 8 週目に治療効果の判定を行った。プラセボ投与群と比較し、ペプチド投与群では FEV1.0 の改善および symptom
medication score の改善が認められたと報告されている[6]。同様に、ネコアレルギー患者 25 人についての検討でも Fel d1
の T cell エピトープである ICP 1, 2 を 750μg を週 1 回、計 6 回皮下投与し、ペプチド投与終了後 6 週目に治療効果の判
定を行った。誘発試験においてペプチド投与群では、プラセボ群と比較し、有意に FEV1.0 のベースラインからの改善が認
められ、さらにペプチド投与群では、末梢血単核球から産生される IL-4 がプラセボ群と比較し有意に減少したと報告されて
いる[7]。その一方で、ネコアレルギー患者 42 人に対して fel d1 の T cell エピトープである ICP 1, 2 を 750μg 週 1 回、計
4回投与し、投与後 2,6,24 週目に皮内反応を施行し、さらにペプチド投与前後の末梢血単核球から産生される IL-4/IFNγをプラセボ群と比較した検討では、皮内反応および IL-4/IFN-γはプラセボ群と有意差がなく、ペプチド療法は有効で
かったとする報告もある[8]。
1.2.ハチ毒アレルゲンホスフォリパーゼ A2 を用いたペプチド療法
29
スギ花粉症克服に向けた総合研究
5 人のハチ毒によるアナフィラキシーショックの既往歴をもつ患者にホスフォリパーゼ A2 の 3 つの T cell エピトープを 2
ヶ月かけて計 397μg を皮下投与し、投与後 1 週間目にハチ毒を皮下投与したが、2 例で軽度の皮膚反応を認めるのみで
アナフィラキシーショックは認められなかったと報告されている[9]。
これまでのヒトに対するペプチド療法の臨床応用では、Ⅰ型アレルギーに対するペプチド療法は有効とする意見と有効
でないという意見があり一定の見解は得られていない。しかしながら、今回合成したスギ花粉抗原ハイブリッドペプチドは、
試験管内実験の結果からは、主要スギ花粉抗原である Cry j1, Cry j2 と同等の細胞増殖能やサイトカイン産生能を示した。
また、アナフィラキシー反応の原因となるペプチドに対する IgE 抗体は検出されなかったことから、有効でかつ安全性の高
い免疫療法剤となる可能性がある。
2.スギ花粉抗原の舌下・嚥下免疫療法
スギ花粉口中錠のパイロット試験では、スギ花粉口中錠投与前より medication score が低下した、もしくは鼻症状のスコア
ーが低下した有効症例は、37 症例中 22 例(59.5%)であった。有効症例においては、くしゃみ、鼻水、鼻閉いずれの症状
も花粉飛散期間中抑制されていた。特に、くしゃみ及び鼻汁は、スギ花粉大量飛散時にもスコアーの上昇が抑制されてお
り、何らかの免疫反応が修飾され、症状の発現を抑制したものと考えられた。WHO の position paper によれば、ダニ、ネコ、
ブタクサアレルギーに対する皮下注射による免疫療法における投与アレルゲンの維持量は、5~20μgと報告されている。
今回の検討では、Cry j1 の総投与量は、6.2μg であった。スギ花粉口中錠の製造過程において、100℃近い高熱を加えた
ことにより、スギ花粉中の主要抗原は熱変性を受け、断片化されたオリゴペプチドとしてスギ花粉口中錠中に存在している
と考えられる。このオリゴペプチドが、アレルゲンとして作用していると考えられる。
さらに、スギ花粉口中錠を用いた野外曝露比較試験では、くしゃみ発作回数は、スギ花粉口中錠内服群では、野外曝露
試験中を通じて抑制されていたが、非内服群では飛散花粉数が増加した 13 時以降、くしゃみ発作回数が増加した。鼻か
み回数は、スギ花粉口中錠内服群では、野外曝露試験中を通じて抑制されていたが、非内服群では飛散花粉数が増加し
た 13 時以降急激にくしゃみ発作回数が増加した。鼻閉については、明らかな抑制効果は認められなかった。今回は、既に
スギ花粉の飛散が始まってから内服を開始したために、アレルギー反応の遅発相反応に起因する鼻閉については十分な
効果が得られなかった可能性がある。今後の検討が望まれる。しかしながらスギ花粉口中錠内服群において、非内服群に
比べくしゃみ、鼻汁が有意に抑制されたことはスギ花粉抗原の舌下・嚥下免疫療法が、有効な治療法となりえる可能性を
示している。
今後は、さらにスギ花粉抗原の舌下・嚥下免疫療法の有効性を確認する為に、プラセボコントロールを設定した二重盲
試験を平成15年度の花粉症シーズンに行う予定である。
3.免疫療法の投与経路について
免疫療法において、最も一般的なアレルゲンの投与経路は、皮下注射法である。新しい投与経路としては、①経口法、
②気管内、③経鼻法、④舌下・嚥下法などがあるが、①経口法、②気管内についてはその効果については、疑問が持た
れている[10]。その一方で、舌下・嚥下法による免疫療法は、WHO の position paper では、有効と報告されている[10]。ダニ
[11-14]、草本類[15-17]、Parietaria[18,19]、brich pollen[20]、olive pollen[21]を用いた舌下・嚥下法による免疫療法が施行
され、有効性と報告されている。これら 14 ケースの double blind placebo controlled 試験での患者数は 421 人に達する。421
人のうち、アレルゲンを投与された小児は 30 例である。アレルゲンの投与形式は、いずれの試験でも寛解導入相において
は、毎日あるいは 1 日おきにアレルゲンが投与され、寛解維持相においては 1 週間に 1~3 回アレルゲンが投与されてい
る。投与されたアレルゲン量は、各々のアレルゲンが皮下注射法による場合の 500-100 倍であった。高濃度のアレルゲン
を生体内に投与する場合、問題となるのは、副作用である。これらの試験では、成人においては全身的な副作用は認めら
れず、局所的な副作用として、口腔内、咽頭、鼻腔内に掻痒感が認められたと報告されている[11-21]。一方、小児例にお
いては、全身的な副作用として数例にじんま疹、下痢、嘔気が認められたと報告されている[11-21]。その一方で、472 人の
成人例、218 人の小児例における舌下・嚥下法による免疫療法では、小児例、成人例共に、局所的な軽い副作用が認めら
れたのみとする報告もある[22]。舌下・嚥下法による免疫療法の作用機序については、不明な点が多いが、アレルゲン特
30
スギ花粉症克服に向けた総合研究
異的な IgG4 抗体が有意に上昇したとする報告も散見される[11,16,18,19]。皮下注射法による免疫療法の作用機序として
は、IgG4 抗体をはじめとする中和抗体説の他に、アナジー説、Th2/Th1 balance 説等が考えられている[23]。舌下・嚥下法
による免疫療法においても同様な機序が働いていると考えられるが、今後の詳細な検討が必要である。舌下・嚥下法によ
る免疫療法は、WHO の working group が鼻アレルギー診療におけるガイドラインとして作成した ARIA (Allergic Rhinitis and
its Impact on Asthma) において、治療の信頼性のランク付けでは、最高ランクの A と記載されている[24]。
舌下・嚥下法による免疫療法は、従来から行われている皮下注射法に比べ、注射によらないため患者の抵抗感が少な
い、医療機関を訪れる頻度が少なくて済むなどのメリットがあり、医療の質を向上させる可能性がある。将来的には、舌下・
嚥下法の正確な有効性の評価には、皮下注射法との比較が必要だが、ペプチドをアレルゲンとした舌下・嚥下免疫療法は
有効な根治的治療法になる可能性がある。
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原著論文以外による発表
国内誌
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スギ花粉症克服に向けた総合研究
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スギ花粉症克服に向けた総合研究
3.
盛川宏:「鼻アレルギーにおける costimulatory molecules の役割について」,第5回「那須ティーチイン」学術集
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34
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1 Gly lle lle Ala Ala Tyr Gln Asn Pro Ala Ser Trp Lys Ser Met Lys Val Thr Val Ala
P2-77-89
P1-212-224
21 Phe Asn Gln Phe Gly Pro Asp lle Phe Ala Ser Lys Asn Phe His Leu Gln Lys Asn Lys
P2-192-204
41 Leu Thr Ser Gly Lys lle Ala Ser Cys Leu Asn Try Gly Leu Val His Val Ala Asn Asn
P1-235-247
P2-356-367
61 Asn Tyr Asp Pro
Ser Gly Lys Tyr Glu Gly Gly Asn lle Tyr Thr Lys Lys Glu Ala Phe
P1-312-330
81 Asn Val Glu Gln Phe Ala Lys Leu Thr Gly Phe Thr Leu Met Gly Arg
P2-96-107
図 1 ハイブリッドペプチドの構造
hybrid peptide
cry j 2
cry j 1
1
1.5
2
2.5
3
Stimulation index
図2 スギ花粉症患者末梢血単核球のハイブリッドペプチドに対する反応性
p2-356-367
p2-96-107
p1-332-339
p1-212-224
cry j 1
0
0.5
1
1.5
2
2.5
Stimulation index
図3 スギ花粉症患者末梢血単核球の各エピトープに対する反応性
35
3
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(pg/ml)
(pg/ml)
100
400
350
80
284
276
71.4
245
250
60
47
200
40
150
100
33.3
20
50
0
0
cry j 1
cry j 2
図4a
hybrid peptide
cry j 1
IL- 5 産生量
cry j 2
図4b
hybrid peptide
IFN-γ産生量
花粉数
(count/cm2)
5000
4500
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
20
02
/
20 2/1
02 4
/
20 2/2
02 1
/2
20 /28
02
20 /3/
02 7
/
20 3/1
02 4
/
20 3/2
02 1
/3
20 /28
02
20 /4/
02 4
/
20 4/1
02 1
/
20 4/1
02 8
/4
/2
5
花粉数
図 5 平成14年度飛散花粉数(獨協医科大学)
3
(count/cm2)
5000
4000
1
3000
2000
1000
0
図 6 舌下・嚥下免疫療法中の症状の推移(鼻水)
36
4月25日
4月18日
4月4日
3月28日
3月21日
3月14日
3月7日
2月28日
2月21日
0
2月14日
スコアー
2
4月11日
300
37
図 8 舌下・嚥下免疫療法中の症状の推移(鼻閉)
02/4/25
02/4/18
02/4/11
02/4/4
02/3/28
02/3/21
02/3/14
02/3/7
02/2/28
02/2/21
02/2/14
スコアー
02/4/25
02/4/18
02/4/11
02/4/4
02/3/28
02/3/21
02/3/14
02/3/7
02/2/28
02/2/21
02/2/14
スコアー
スギ花粉症克服に向けた総合研究
くしゃみ(全例)
3
2
(count/cm2)
5000
4000
1
3000
2000
1000
0
0
図 7 舌下・嚥下免疫療法中の症状の推移(くしゃみ)
鼻閉(全例)
6
4
(count/cm2)
5000
4000
2
3000
2000
1000
0
0
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(個/cm2)
16
14
花粉数
12
10
8
6
4
2
0
9:00
10:00 11:00 12:00 13:00 14:00 15:00 16:00
図 9 野外曝露試験時の飛散花粉数
(回)
7
*
6
*
5
4
*p<0.05
*
*
非内服群
内服群
3
2
1
8:00
21:00
20:00
18:00
17:00
16:00
15:00
14:00
13:00
12:00
11:00
10:00
9:00
0
図 10 野外曝露試験(くしゃみ回数)
(回)
20
18
16
*
*
14
* p<0.05
12
*
10
8
*
非内服群
内服群
*
6
4
図 11 野外曝露試験(鼻かみ回数)
38
8 :00
21 : 00
2 0: 00
18 :00
17 :00
16 :00
15 :0 0
14 : 00
13 :00
12 :00
11 :00
10 :00
0
9 :00
2
0
39
図 12 野外曝露試験(鼻閉)
8:00
21:00
20:00
18:00
17:00
16:00
15:00
14:00
13:00
12:00
11:00
10:00
9:00
スギ花粉症克服に向けた総合研究
4
3.5
3
2.5
2
非内服群
内服群
1.5
1
.5
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.1. T細胞エピトープを用いたペプチド療法の研究
1.1.3. T 細胞エピトープに関連する HLA タイプの研究
国立感染症研究所 感染症情報センター
井上 栄
■要 約
スギ花粉症患者 82 人と健常者 57 人の HLA DNA タイプを決定し、血清中総 IgE 濃度、特異 IgE,IgG 濃度を測定し、患
者・対照両群とで比較した。
1.
Cry j 1 の主要 T 細胞エピトープはペプチド p22(21-230)であったが、このペプチドと結合する HLA タイプは
DPB1*0501 であると考えられた。
2.
総 IgE 濃度は患者群で有意に高かった。しかし、Cry j 1+Cry j 2 IgE 抗体陽性者のみを比較すると、両群で有意差は
無かった。
3.
Cry j 1 および Cry j 2 に対する IgE および IgG 抗体濃度の分布を両群で比較したところ、IgE 抗体濃度では両群で大
差があるが、IgG 抗体濃度の差は小さかった。
4.
個人ごとの Cry j 1 抗体濃度と Cry j 2 抗体濃度(IgE および IgG)との相関を調べたところ、患者群では IgE 抗体濃度
は相関していたが、IgG 抗体濃度の相関は小さかった。
5.
末梢 B 細胞の培養液に IL-4 、IL-13 を添加して CD23 の発現を調べたが、両群で差は無かった。
6.
サイトカイン関連遺伝子の 3 種の一塩基多型(SNP)頻度を両群間で比較した。IL-4 プロモーターC-590T、IL-4 受容
体α遺伝子 Ile50Val、IL-13 Glu110Arg のいずれも両群で有意差が無かった。
■ 研究目的
スギ花粉症は日本人の多数が罹患する国民病とも言われる病気なので、その発症に個人の体質・疾患感受性がどのよ
うに関わっているかを DNA レベルで解明することを目的とした。1)花粉症患者群と健常者群とで、クラス2主要組織適合性
抗原(HLA‐D)DNA 型の頻度の差をしらべ、スギ花粉主要アレルゲン Cry j 1 の主要 T 細胞エピトープと結合する HLA-D
型の決定。2)両群間でのスギ花粉特異 IgE および IgG 抗体濃度の差を調べる。3)IgE 抗体産生に関係するサイトカイン遺
伝子の三種の一塩基多型(SNP)の頻度が両群で差があるか、IgE 抗体濃度と関連するかを調べる。
■ 研究方法
1.被験者
慈恵医大関係の職員および学生から合意を得て血液を採取し、抗体の測定、遺伝子 DNA の検査を行った。スギ
花粉症と自覚している人を花粉症群、自覚していない人を健常者群として分類した。
2.T 細胞刺激試験
ヒト末梢血からフィコールにて分離した単核球を、スギ花粉アレルゲン Cry j 1 および Cry j 2 アレルゲンで刺
激した。なお、花粉症群においては、それぞれのアレルゲンの部分合成ペプチドを抗原として刺激した。抗原に
対するT細胞の増殖反応は、3H-thymidine の取り込みによるDNA合成能で測定した。
40
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3.HLA DNA タイピング
文献(1,2)の方法に従った。
4.抗体測定
IgE 抗体の測定
Cry j 1 または Cry j 2 を 1µg/ml に希釈し、マイクロプレートに 4℃一夜、固相化した。洗浄後、検体血清(1:5
~1:625)または参照血清希釈液を室温 3 時間反応させ、ついで抗ヒト IgE-β-ガラクトシダーゼ標識抗体(1:25、
ファルマシアキャップ RAST FEIA)を 4℃一夜反応させた。洗浄後、0.3mM 4MUG を 37℃、90 分間反応させ後、
反応を停止し、FU を測定した。参照血清(任意単位)の検量線に各検体の FU を内挿し、抗体価を求めた。
逆サンドイッチ(reverse sandwich) ELISA ( RS ELISA)による IgG(1、2、3)抗体の測定
1)IgE の吸収処理
抗 IgE 抗体(KPL)固相化アガロース(60%)5 容に対し検体血清1容を混合し、室温2時間撹拌、6000rpm、
5 分間遠心した。上清(約 5 倍希釈血清)を抗体測定に用いた。
2)RS ELISA
逆サンドイッチ法と間接法との原理を図1に示す(3)。
前者では後者に比べて非特異反応が無く、微量の特異 IgG(1,
2,3)抗体を測定できる。ただし、本法では機能的に抗原結合部位が一価とされる IgG4 抗体を測定できない。
方法の概略は次の通り。BSA(20μg/ml)を含む 0.5 M NaCl 加 0.05M 炭酸重炭酸緩衝液(pH9.6)で、Cry j
1 または Cry j 2(林原生物化学研究所)を 0.5μg/ml に調製し、96 穴平底マイクロプレート(Maxisorp)に分注
し、37℃、3 時間固相化した。洗浄後、検体血清希(1:5,1:25)または参照血清の希釈液を各 100μlずつ分
注し、4℃で一夜反応させた。洗浄後、ビオチン標識 Cry j 1 または Cry j 2(それぞれ 0.1μg/ml)を室温で 1 時
間反応させた後、ストレプトアビジン-β-D-ガラクトシダーゼ(1:20000、ロッシュ社)を室温 1 時間反応させ
た。洗浄後、0.3mM 4-メチルウンベリフェリル-β-D-ガラクトピラノシド(4MUG)を加え、37℃の恒温槽中で 90
分間反応させた。反応を停止後、蛍光光度測定器(Fluoroskan II;Flow)で蛍光単位(FU)を測定した.参照
血清の抗体濃度(任意)と FU をもとに検量線を描き、各検体の FU 単位を内挿し、抗体価を求めた。
逆サンドイッチ法ELISA
間接法ELISA
(Reverse sandwich ELISA, RS-ELISA)
S
(Indirect ELISA)
P
SA-Enzyme
E
S
P
E
Biotin-Antigen
Anti IgG-Enzyme
Antibody
Antigen
Specific
S
Antibody
(High affinity)
P
E
Antigen
nonspecific
Specific
nonspecific
図 1 逆サンドイッチ法 ELISA と間接法 ELISA との比較
逆サンドイッチ法では IgG 抗体の 2 つの抗原結合部位に同じ抗原エピトープが結合したときにのみ陽性結果となる。
一方間接法では、非特異的に固層に吸着した IgG があると偽の陽性反応が出る。
41
スギ花粉症克服に向けた総合研究
IgG4 抗体の測定
Cry j 1 または Cry j 2 を 2μg/ml に希釈し、マイクロプレートに 4℃一夜、固相化した。1%BSA PBS(-)を
加え、室温 60 分間ポストコーティングを行った後、検体血清(1:10,1:100)または参照血清の希釈液を各 100
μlずつ分注し、室温 2 時間反応させた。洗浄後、抗ヒト IgG4-HRPO (1:500, Yamasa)を加え、室温 2 時間反応
させた。最後に基質(H2O2-OPD)を加え、室温 30 分反応させ、2M 硫酸で反応停止後、492nm で吸光度を測
定した。各検体の抗体価は、参照血清(任意単位)の検量線に検体吸光度を内挿、算出した。
総 IgE 濃度の測定
抗ヒト IgE 抗体(ケミコン社)を 1μg/ml に希釈、4℃一夜プレートに固相化した。標準 IgE または希釈血清
(1:10、1:1000、1:1000)を室温 60 分間反応させた後、1:25 の抗ヒト IgE-β-ガラクトシダーゼ標識抗体
を室温 2 時間反応させた。最後に 4MUG を加え、37℃、90 分間反応させた後、反応を停止し、FU を測定した。
標準 IgE の検量線に各検体の FU を当てはめ、希釈倍数を乗じ、総 IgE 濃度を求めた。
5.B 細胞での CD23 発現試験
末梢血 PBMC を1x106細胞/ml の細胞密度で、AIM-V 培地(インビトロジェン)中で、種々の濃度の IL-4
あるいは IL-13 の存在下に、37度 C、5%CO2 下に41時間培養した。
41時間後、細胞を回収し、PE 標識抗 CD19抗体および FITC 標識抗 CD23抗体(BD)で染色した。フロ
ーサイトメーターで解析し、各サンプルについて、CD19陽性の B 細胞における CD23の発現レベル(平均蛍
光強度)を求めた。
6.SNP
IL-4 プロモーターの多型は Noguchi らの方法(4)で、IL-4 受容体α遺伝子の多型は Mitsuyasu らの方法(5)
で調べた。IL-13 遺伝子の多型(6)は、PCR 増幅産物を直接シーケンシングすることによって決めた。
■ 研究成果
1.HLA-D タイプの頻度
スギ花粉症患者群59名、健常群57名について、HLA-D タイプの頻度を HLA-DRB1、DQB1、DPB1 のアリルを DNA
タイピングにて解析した。患者群と健常群においてアリルの出現頻度に有意な差異は認められなかった(表1)。さらに、
DRB1、DQB1と DPB1*0501 に連鎖するハプロタイプ頻度は、患者群で有意に高いことが判明した(表2)。
2.Cry j 1 の主要 T 細胞エピトープと結合する HLA タイプ
Cry j 1 の主要な T 細胞エピトープ部位を解析した結果、スギ花粉症患者において p22(211-230)のペプチド部分が最
も頻度が高い T 細胞エピトープ部位であった。興味あることに、このペプチド部分のアミノ酸配列は、ヒノキ花粉アレルゲン
Cha o 1 にも共通する配列があり、T 細胞はこのエピトープ部位で交差反応することが以前の解析で確認されている。そこで、
p22を T 細胞エピトープにもつ患者群の HLA-D タイプについて解析した結果、21 人中 20 人が DPB1*0501 のハプロタイ
プをもっていた(表 3)。
さらに、p22 に対する T 細胞の増殖反応は抗 DP 抗体によって抑制されることから、スギ花粉アレルゲン Cry j 1 とヒノキ花
粉アレルゲン Cha o 1 の交差する T 細胞エピトープ部位は、HLA-DPB1*0501 によって提示されることが示唆された(図 2)。
3.IgE および IgG(1,2,3)抗体
Cry j 1 に対する IgE および IgG(1,2,3)抗体濃度別の頻度分布を患者群および健常者群とで比較したのが図 3,4 である。
Cry j 2 に対する抗体濃度別頻度分布は図 5,6 に示す。図からわかるように、IgE 抗体濃度は両群で大きな差があるが、IgG
42
スギ花粉症克服に向けた総合研究
抗体濃度の両群間での差は小さかった。このことは健常者の方が相対的に IgG(1,2,3)抗体量が多い傾向にあることを示唆
している。
次に個人ごとの Cry j 1 IgE 抗体濃度と IgG4 抗体濃度との比(Cry j 1-IgE/IgG4)の頻度分布を見ると、図 7 のように患者群
では健常者群に比較して約 10 倍高かった。IgG(1,2,3)抗体と異なり、IgG4 抗体では健常者で高い傾向は認められなかった。
表1
DRB1
101
301
302
401
403
404
405
406
407
408
健常群とスギ花粉症患者群の遺伝子頻度
健常群
5.88
0
0
0
5.88
0
14.71
1.96
0.98
0
患者群
8.47
0
0
0.85
5.93
0.85
11
3.4
0.85
0
DQB1
201
301
302
303
401
402
501
502
503
504
健常群
0.98
9.8
10.78
14.71
14.71
3.92
8.82
2.94
2.94
410
701
802
803
804
1.96
0.98
3.92
12.75
3.4
0
5.08
10.17
0
601
602
603
604
605
20.59
2.94
901
11.76
16.95
1001
2.94
0
1101
1.96
3.4
1102
1103
1201
1202
1301
1302
1304
1307
1401
1402
1403
1405
1406
1407
1501
1502
1601
1602
BL
5.88
2.94
6.86
1.96
0.98
1.96
3.92
7.84
1.96
6.86
患者群
0
7.63
12.71
18.64
10.17
7.63
8.47
0.85
3.38
0
17.8
3.4
0
9.32
0
BL
0
0
0
2.54
0.85
0
9.32
0
0
1.69
0
0
DPB1
101
201
202
301
401
402
501
601
801
901
2.54
1.69
0
3.4
7.63
0
0
1001
1101
1301
1401
1601
1701
1901
0
4701
0
BL
0
43
健常群
29.82
2.63
2.63
3.5
8.77
37.72
0.88
7.02
0.88
0.88
患者群
0
20.33
5.08
7.63
5.93
12.71
42.37
0
0
5.93
0
0
0
0
0
0
0
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表2
DRB1、DQB1と DPB1*0501 に連鎖するハプロタイプ頻度
DRB1
0405
DQB1
0401
DPB1
0501
健常群
7.02%
患者群
8.47
0901
0303
0501
4.39%
11.02
0803
0601
0501
3.51%
5.93
表3 T 細胞エピトープ p22 に反応する患者のクラスⅡHLA DNA タイプ
DNA typing of HLA class II loci in patients
with a p22 T cell epitope of Cry j 1
Pt. No.
DRB1
DQB1
DPB1
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
0405 / 0802
0803 / 0803
0901 / 0901
0901 / 0901
0405 / 0803
0406 / 1405
0803 / 0901
0403 / 0405
0101 / 0405
0405 / 0803
0405 / 0803
0405 / 0901
0803 / 1201
0403 / 1201
0803 / 1101
0101 / 0406
0405 / 1405
1502 / 0901
0403 / 0406
1406 / 0901
0802 / 0901
0401 / 0303
0601 / 0601
0303 / 0303
0303 / 0303
0401 / 0601
0302 / 05031
0601 / 0303
0302 / 0401
0501 / 0401
0401 /0601
0401 / 0601
0401 / 0303
0601 / 0301
0302 / 0303
0601 / 0301
0501 / 0302
0401 / 05031
0601 / 0303
0302 / 0302
0301 / 0303
0302 / 0303
0201 / 0501
0202 / 0501
0402 / 0501
0501 / 0501
0201 / 0501
0201 / 0201
0301 / 0501
0201 / 0501
0402 / 0501
0501 / 0901
0501 / 0501
0501 / 0501
0201 / 0501
0201 / 0501
0202 / 0501
0402 / 0501
0201 / 0501
0201 / 0501
0402 / 0501
0201 / 0501
0501 / 0501
21
Proliferative response of PBMC to a T cell epitope of
Cry j 1 in the presence of anti-HLA class II mAbs
Pt. KT
7500
5000
5000
CPM
CPM
Pt. KK
7500
2500
2500
0
Ag
Ab
0
a
-
b
c
d
e
p22
p22
p22
p22
Stimulation
- DR DQ DP
Ag
Ab
a
-
b
c
d
e
p22
p22
p22
p22
Stimulation
- DR DQ DP
図 2 主要 T 細胞エピトープ p22 に対する末梢血リンパ球増殖反応への抗クラスⅡHLA 抗体の阻止効果
2 人の患者(KK と KT)の末梢血リンパ球を抗 HLA 抗体存在下で p22 抗原と反応させたところ、
抗 DP 抗体のみが増殖反応を抑制した。
44
スギ花粉症克服に向けた総合研究
Cry j 1 IgE抗体価分布
スギ花粉症患者
IgE抗体価
(log10)
健常者
<5 U/ml
(n)
(n)
図 3 花粉症患者群と健常者群での Cryj1 に対する IgE 抗体濃度の頻度分布
Cry j 1 IgG (1・2・3) 抗体価分布
スギ花粉症患者
IgG抗体価
(log10)
健常者
< 10U/ml
(n)
(n)
図 4 花粉症患者群と健常者群での Cryj1 に対する IgG 抗体濃度の頻度分布
45
スギ花粉症克服に向けた総合研究
Cry j 2 IgE抗体価分布
IgE抗体価
スギ花粉症患者
健常者
(log 10)
5
4
3
2
1
<5 U/ml
14
12
10
8
6
4
2
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
(n)
(n)
図 5 花粉症患者群と健常者群での Cryj2 に対する IgE 抗体濃度の頻度分布
スギ花粉症患者
IgG抗体価
健常者
(log10)
5
4
3
2
1
<10 U/ml
20
15
10
5
0
0
5
10
15
(n)
20
25
30
(n)
図 6 花粉症患者群と健常者群での Cryj2 に対する IgG 抗体濃度の頻度分布
46
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1000
Anti Cry j 1 IgE/IgG4 Ratio
100
10.3
10
0.94
1
0.1
0.01
患者 健常者
図 7 花粉症患者群と健常者群での IgE/IgG 比の分布
次に、個人ごとの Cry j 1 および Cry j 2 に対する抗体濃度(IgE および IgG)の相関を調べたところ、図 8,9 に示すよう
に、患者群で IgE 抗体濃度は相関係数が 0.6 と高かったが、IgG 抗体濃度の相関は低かった。また健常者群では、IgE、IgG
抗体濃度とも相関は低かった。
100000
100000
10000
10000
Cry j 2 IgG(1,2,3) (U/ml)
Cry j 2 IgE (U/ml)
R=0.19
R=0.60
1000
100
10
1000
100
10
1
1
10
100
1000
10000
100000
10
Cry j 1 IgE (U/ml)
100
1000
Cry j 1 IgG(1,2,3) (U/ml)
図8 スギ花粉症患者における Cry j 1 と Cry j 2 抗体価の関係
47
10000
100000
スギ花粉症克服に向けた総合研究
100000
100000
R=0.36
R=0.31
10000
Cry j 2 IgG(1,2,3) (U/ml)
Cry j 2 IgE (U/ml)
10000
1000
100
1000
100
10
10
1
1
10
100
1000
10000
100000
10
Cry j 1 IgE (U/ml)
100
1000
10000
100000
Cry j 1 IgG(1,2,3) (U/ml)
図 9 健常者における Cry j 1 と Cry j 2 の抗体価の関係
また、個人ごとの総 IgE 濃度と Cry j 1+2 IgE 抗体濃度との相関を見たところ、図 10 のように花粉症患者では総 IgE 濃度
と特異 IgE 濃度とは相関していたが、健常者では相関は低かった。総 IgE 濃度を患者群と健常者群(全例)とで比較すると、
前者で有意に高かった。
100000
スギ花粉症患者 R=0.60
R=0.31
健常者
Cry j 1+2 IgE(U/ml)
10000
1000
100
10
1
1
10
100
1000
10000
Total IgE (IU/ml)
図 10 総 IgE 濃度と Cry j 1+2 抗体濃度の関係
相関係数はスギ花粉特異 IgE 抗体陽性者について計算
4.B 細胞の CD23 発現能
花粉症患者 5 人および健常者 5 人からの末梢リンパ球を種々の濃度の IL-4 および IL‐13 存在下で培養し、CD23(低
親和性 IgE 受容体)の発現を両群で比較したが(図 11)、差は認められなかった。
48
スギ花粉症克服に向けた総合研究
U p-regulation of C D 23 expression by IL-4 or IL-13 in B cells from norm al and
pollinosis subjects
CD23 expression (mean fluorescenc
intensity)
120
100
80
N orm al
P ollinosis
60
40
20
0
0
0.03
0.3
3
0.2
2
C oncentration of IL-4 or IL-13 (ng/m l)
20
図 11 B 細胞の CD23 発現への IL-4 および IL-13 の影響。
花粉症患者 5 例と健常者 5 例からの末梢血培養細胞に種々の濃度の IL-4,IL-13 を加えて培養し、
CD23 の発現を FACS で調べた。
4.IgE 産生に関係するサイトカイン関連遺伝子の一塩基多型(SNP)
IgE 産生に関係すると報告されている 3 種の SNPs(IL-4 受容体α遺伝子 Ile50Val、IL-4 プロモーターC-590T、 IL-13
Glu110Arg)について、患者群と健常者群とでの頻度の差、および SNP 別の IgE 抗体濃度の差を調べた。図 12 および表 4
‐9 に示すように、両群での SNP 頻度の差、および SNP 別の IgE 抗体濃度に差は認められなかった。
100000
スギ花粉症患者
Cry j 1 IgE (U/ml)
10000
健常者
1000
100
10
Cut off (5 U/ml)
1
II
IV
VV
IL-4 receptor α (Ile50Val)多型
図 12 IL4 レセプターα鎖 SNP 別の Cry j 1 IgE 抗体濃度分布
49
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表4
IL-4 receptor α(Ile 50 Val)の SNP 別の出現頻度
SNP
スギ花粉症患者
健常者
II
IV
VV
Total
n
11
20
28
59
%
19
34
47
(100)
n
9
24
24
57
%
16
42
42
(100)
表 5 IL-4 プロモーターC-590T の SNP 別の出現頻度
SNP
スギ花粉症患者
健常者
C/C
T/C
TT
Total
n
2
27
31
60
%
3
45
52
(100)
n
5
27
25
57
%
9
47
44
(100)
表 6 IL-13 の SNP 別の出現頻度
SNP
スギ花粉症患者
健常者
QQ
QR
RR
Total
n
5
29
25
59
%
8
48
42
(100)
n
3
29
25
57
%
5
51
44
(100)
表 7 Cry j 1 および Cry j 2-IgE 陽性者における IL-13 の SNP 別の出現頻度
SNP
QQ+QR vs RR
QQ
QR
RR
Total
Odds
(95% CI)
p
スギ花粉症患者
5
29
25
59
1. 55
(0.61~4.37)
0.4
健常者
1
9
12
22
50
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表 8 健常者における Cry j 1 および Cry j 2-IgE 陽性別の IL-13 の SNP 別の出現頻度
SNP
QQ+QR vs RR
QQ
QR
RR
Total
Odds
(95% CI)
p
IgE(+)
1
9
12
22
111
(0.38~3.25)
0.85
IgE(-)
2
13
20
35
表9
IL-4 プロモーターC-590T の SNP 別の平均抗体価(log10)
スギ花粉症患者
Cry j 1
IgG(RS)
(U/ml)
T/T
T/C
C/C
Cry j 1
IgE
(U/ml)
健常者
Cry j 1
IgG4
(U/ml)
Cry j 2
IgE
(U/ml)
Cry j 1
IgG(RS)
(U/ml)
Cry j 1
IgE
(U/ml)
Cry j 1
IgG4
(U/ml)
Cry j 2
IgE
(U/ml)
GMT
3.163
2.998
2.122
3.053
2.661
1.825
1.977
1.986
SD
0.386
0.448
0.513
0.664
0.517
0.628
0.471
0.571
n
31
31
30
29
20
15
14
9
GMT
3.200
3.008
2.109
3.244
2.569
1.532
2.036
1.844
SD
0.594
0.793
0.397
0.676
0.552
0.758
0.484
0.963
n
27
27
26
24
18
15
11
6
GMT
3.205
3.822
2.037
3.87
2.251
2.038
1.601
1.587
SD
0.299
0.263
0.006
0.217
0.631
1.015
0.046
0.778
n
2
2
2
2
5
3
2
3
■考 察
スギ花粉症患者群と健常者群で HLA-D タイプに差異が認められるか検討した。明確な有意差は個々のハプロタイプの
頻度では認められなかったが、DPB1*0501 と連鎖する DRB1,DQB1においては両群に
差異が認められた。これは、スギ花粉アレルゲンに対するT細胞の反応性は、HLA クラス II 分子によって提示される T 細
胞エピトープが複数存在し、その総和として T 細胞が活性化され B 細胞からのスギ花粉アレルゲン特異的 IgE 抗体産生が
促進されていることを示唆している。これは、T 細胞エピトープを用いたペプチド療法を施行するにあたり、すべての T 細胞
エピトープを含むペプチドを投与しないと、B 細胞からの IgE 抗体産生が抑制できない可能性を示唆する。Cry j 2 の T 細
胞エピトープ部位に関しても、いくつかのクラス II 分子が1つの T 細胞エピトープを提示している可能性も示唆されており、
今後の詳細な解析が必要と思われた。健常者は、自己申告により症状が無いことで判断したが追跡調査の結果、翌年に
発症した健常者が 3 名存在していた。当然ながら今回協力していただいた健常群と患者群の T 細胞の反応性には有意な
差異はあるが、T 細胞の反応性、IgE 抗体産生の観点から厳しく選択することも重要であったと思われる。この研究で、スギ
花粉症患者の多くがヒノキ花粉飛散時期に症状が増悪するのは、ヒノキ花粉アレルゲンと交差する T 細胞エピトープとこれ
を提示するクラス II 分子が高い頻度でスギ花粉症患者に認められるためであることが明らかになった。
スギアレルゲン特異抗体について、スギ花粉症患者群と健常者群とを比較すると、IgE 抗体濃度の両群間の差は大きか
ったが、IgG 抗体濃度の差は小さかった。また、総 IgE 濃度も患者群は健常者群よりも高かった。
これらのことは、患者には IgG 抗体より IgE 抗体産生を促進させる要因が存在していることを示す。そこで、IgE 産生に関
51
スギ花粉症克服に向けた総合研究
係するサイトカイン関連遺伝子の 3 種の SNP について患者と健常者で出現頻度に差があるかどうかを検討したが、差は認
められなかった。もし花粉症患者になる要因に遺伝子が関与しているならば、それは上記 3 種の SNP である可能性は低い
だろう。現在多数の SNPsが疾患に関連するかもしれないと調べられている。花粉症は多因子疾患であるため、多数の SNP
sと多種の環境要因とが複雑に関係していると考えられる。本研究ではスギ花粉症発病に関係する遺伝子はわからなかっ
たが、IgG 抗体よりも IgE 抗体の産生が患者で促進されることは確認された。その促進の因子に関する研究を今後進める必
要があろう。
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■ 成果の発表
原著論文による発表
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Ohno, N., Ide, T., Sakaguchi, M., Inouye, S. and Saito, S. : Common antigenicity between Japanese cedar
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cross-reacting T cell epitope of Cry j 1 and Cha o 1 in mice. Immunology 99, 630-634,2000.
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Tamura, Y., Sasaki, R., Inouye, S., Kawaguchi, J., Serizawa, N., Toda, M., Takemori, T. and Sakaguchi, M.:
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Saito, S., Hirahara, K., Kawaguchi, J., Serizawa, N., Hino, K., Taniguchi, Y., Kurimoto M., Sakaguchi, M.,
52
スギ花粉症克服に向けた総合研究
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Hirahara, K., Tatuta T., Takatori, T., Ohtsuki, M., Kirinaka, H., Kawaguchi J., Serizawa, N., Taniguchi, Y.,
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Toda, M., Kasai, M., Hosokawa, H., Nakano, N., Taniguchi, Y., Inouye, S., Kaminogawa, S., Takemori, T. and
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Tamura, Y., Kawaguchi, J., Serizawa, N., Hirahara, K., Shiraishi, A., Nigi, H., Taniguchiu, Y., Toda, M.,
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原著論文以外による発表(レビュー等)
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1.
阪口雅弘、戸田雅子、平原一樹、白石明郎、井上 栄:花粉症克服への道:ペプチドおよび DNA ワクチンによ
るスギ花粉症の治療法の開発。Progress in Medicine 20, 2489-2492, 2000.
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阪口雅弘、戸田雅子、平原一樹、白石明郎、井上 栄:スギ花粉症の抗原特異的免疫療法。アレルギー科
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阪口雅弘、井上栄:スギ花粉症における自然発症動物. 医学のあゆみ 200, 397-400, 2002.
口頭発表
国内学会
1.
井上 栄、阪口雅弘:スギ花粉症ワクチン療法の開発. 第 12 回日本アレルギー学会春季大会、2000.
2.
阪口雅弘、小林千鶴、井上 栄、斉藤三郎、川口淳子、芹澤伸記、平原一樹、白石明郎、谷口美文、和秀雄:
53
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ニホンザルにおけるスギ花粉主要アレルゲン(Cry j 1、Cry j 2)の T 細胞エピトープの解析. 第 130 回日本獣医
学会、2000.
3.
戸田雅子、細川裕之、中野直子、井上 栄、竹森利忠、阪口雅弘:スギ花粉アレルゲン特異的T細胞を選択的
に誘導する DNA ワクチンの開発. 第30回日本免疫学会、2000.
4.
斉藤三郎、高松正視、桜田純次、阪口雅弘、井上 栄:スギ花粉症ニホンザルと患者に共通したT細胞エピト
ープに関連するMHCクラス II 分子. 第30回日本免疫学会、2000.
国際学会
1.
Sakaguchi, M., Masuda, K., Toda, M., Inouye, S., Yasueda, H., Taniguchi, Y., Nagoya,T., DeBoer, D.J. and
Tsujimoto, H.: Analysis of canine IgE-binding epitope on major allergen (Cry j 1) of Japanese cedar pollen with
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17th International Congress of Allergology and Clinical Immunology,
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2.
Saito, S., Imai, T., Sakaguchi, M. and Inouye, S.: Existence of cross-reacting T cell epitope between the pollen
of Taxodiaceae and Cupressaceae families. 17th International Congress of Allergology and Clinical Immunology,
Sydney, Australia, 2000.
54
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.2. 実験動物における DNA ワクチンの研究
国立感染症研究所免疫部
阪口 雅弘
■要 約
スギ花粉アレルゲンである Cry j 2 上の T 細胞エピトープに相当するペプチド(p247-258)遺伝子をインバリアント(Ii)鎖の
CLIP 領域で置換した DNA ワクチン(pCPCJ2)と C 末側に融合した DNA ワクチン(pIiCJ2)は、マウスにおいてスギ花粉特異
的 IgE 産生抑制活性が認められた。また、スギ花粉の主要アレルゲンである Cry j 1 に CpG を結合させたアジュバント・ワク
チンを作成し、マウスに投与した。このとき、CpG 結合 Cry j1 ワクチンは、Cry j 1 特異的 IgE 抗体の産生を抑制することが
判った。ワクチン投与群は Cry j 1 特異的 Th1 細胞の応答を誘導していたことが確認された。
■目 的
第 I 期においてスギ花粉アレルゲン遺伝子を組み込んだ DNA ワクチンがマウスや自然発症のイヌに有効であることが示
唆された。より安全性の高い DNA ワクチンの開発を目的として、スギ花粉アレルゲン遺伝子の代わりに T 細胞エピトープ遺
伝子を組み込んだ DNA ワクチンを作成し、その安全性を実験動物で評価する。これにより、アレルゲン性のないT細胞エ
ピトープが発現するため、より安全性の高い DNA ワクチンが開発されると考えられる。次に CpG をアジュバントとしてアレル
ゲンタンパクに結合させたアジュバント・ワクチンが最近開発され、米国でブタクサ花粉症の治療に臨床応用されようとして
いる。本研究においてもスギ花粉症治療への応用のため、同様のアジュバント・ワクチンの開発を目的とした。
■ 研究方法
1)T 細胞エピトープ遺伝子を組み込んだ DNA ワクチンの構築
インバリアント(Ii)鎖の CLIP 領域をスギ花粉アレルゲンである Cry j 2 上の T 細胞エピトープに相当するペプチド
(p238-249)で置換した cDNA をサイトメガロウイルスのエンハンサーおよびチキンβアクチンのプロモーターを有する発現
ベクターpCAGGS プラスミド[1]に組み込んだ DNA ワクチン(pCPCJ2)を作製した。また、同様の T 細胞エピトープ遺伝子を
Ii 鎖の C 末端に挿入した cDNA を pCAGGS プラスミドに組み込んだ DNA ワクチン(pliCJ2)[1]も作製した。
2)DNA ワクチン接種マウスにおける IgE 産生予防実験
BALB/c マウスの後脚大腿筋に、7日毎に計 5 回、DNA ワクチン 50 μg を筋肉内接種した。DNA ワクチン接種から 4 週
間後、Cry j 2 (5 μg)とアラム 2 mg で感作した。さらに 3 週間後、Cry j 2(1μg)とアラム 2 mg で追加免疫を行い、マウス血
中のアレルゲン特異的 IgE を蛍光 ELISA 法[2]により測定した。
3)CpG 結合 Cryj 1 アジュバント・ワクチン作製
スギ主要アレルゲン Cryj 1 と CpG 単鎖 CpG-オリゴデオキシヌクレオチド(ODN)の結合させたアジュバント・ワクチン(Cry
j 1-ODN)は、Tighe らの方法で行った[3]。陰性対照として CpG の配列を GpC に変えた MODN も Cry j 1 (Cry j 1-MODN)
に結合させた。
55
スギ花粉症克服に向けた総合研究
4)CpG 結合 Cryj 1 ワクチン接種マウスにおける IgE 産生予防実験
BALB/c マウスの7日毎に計 3 回、CpG 結合 Cry j 1 を 15μg を皮下接種した。アジュバント・ワクチン接種から 3 週間後、
Cry j 1 (5 μg)とアラム 2 mg で感作した。さらに 3 週間後、Cry j 1(1μg)とアラム 2 mg で追加免疫を行った。
5)アジュバント・ワクチン接種マウスにおける IgE 産生予防実験
ワクチン接種から 3 週間後、Cry j 1 (5 μg)とアラム 1 mg で感作した。さらに 3 週間後、Cry j 1 (1μg)とアラム 1 mg で追
加免疫を行い、マウス血中のアレルゲン特異的 IgE を蛍光 ELISA 法[2]により測定した。
6)サイトカイン測定
ワクチンを接種したマウスから脾臓細胞を調製して、in vitro の条件下でアレルゲン Cry j 1 で刺激した。刺激から 72 時
間後の培養上清中のサイトカインの量を ELISA 法により測定した。
■ 研究成果
1)T細胞エピトープ遺伝子を組み込んだ遺伝子免疫療法
スギ花粉アレルゲンである Cry j 2 上の T 細胞エピトープに相当するペプチド(p247-258)遺伝子を Ii 鎖の CLIP 領域で
置換した DNA ワクチン(pCPCJ2)と C 末側に融合した DNA ワクチン(pIiCJ2)を作製した(図1A)。これらの DNA ワクチンは
293-T 細胞にトランスフェクトして、産生した li 鎖を調べたところ、予想されたサイズのところにバンドが見られた(図1B)。
DNA ワクチンを筋注投与した BALB/c マウス由来の脾臓 CD4 陽性 T 細胞は、in vitro の条件下でこのペプチドに対し
て増殖応答および IFN-γ産生応答を示した(data not shown)。あらかじめ DNA ワクチンを筋注投与して Cry j 2 とアラムで
感作したマウスでは 、Cry j 2 に対する IgE 抗体反応の抑制が認められた(図 2A)。T 細胞エピトープ(p247-258)を C 末
側に融合した Ii 変異体を発現する DNA ワクチン(pIiCJ2)(図 2A)も同様の IgE 産生抑制活性認められた。スギ花粉特異的
IgG1 の産生に関しては差が認められなかったが(図2B)、IgG2a では DNA ワクチン接種群において有意に産生が高かっ
た(図2C)。
2)CpG 結合 Cry j 1 アジュバント免疫療法
スギ花粉の主要アレルゲンである Cry j 1 に CpG を結合させたアジュバント・ワクチンを作成し、マウスに投与した。このと
き、Cry j 1-CpG 結合ワクチン投与群は、対照群に比較して Cry j 1 特異的 IgE 抗体の産生を抑制することが確認された(図
3)。スギ花粉特異的 IgG 抗体産生においても IgG1 の産生に関しては差が認められなかった(data not shown)。しかしなが
ら陰性対照群である Cryj 1 接種群や Cry j 1-MODN 接種群に比べ、Cry j 1-ODN 接種群においては有意に IgG2a 抗体
産生が高かった(図4)。また、Cry j 1-ODN 接種群において他の群に比べ、高いスギ花粉アレルゲン特異的 IFN-γ産生
応答を示した(図5)。
■考 察
アレルゲン遺伝子そのものをプラスミド DNA に組み込むよりも、アレルゲン性のないアレルゲンのT細胞エピトープをプラ
スミド DNA に組み込んだ DNA ワクチンの方がより安全性が高いと考えられる。本研究においてスギ花粉アレルゲンである
Cry j 2 上の T 細胞エピトープに相当するペプチド(p247-258)遺伝子を Ii 鎖の CLIP 領域で置換した DNA ワクチン
(pCPCJ2)と C 末側に融合した DNA ワクチン(pIiCJ2)を作製した。Ii 鎖はエンドソーム系への移行シグナルを有し、T 細胞
抗原ペプチドの MHC クラス II 分子への付加に関与している。アレルギー副反応を誘導せずにアレルゲンに対する Th1 細
胞の応答を特異的に誘導する DNA ワクチンを構築するために、Ii 鎖遺伝子の利用を試みた。
本研究における li 鎖に T 細胞エピトープ(p247-258)遺伝子を組込んだ DNA ワクチンは、スギ花粉特異的 IgE 産生抑
制活性が認められ、さらに Th1 型のサイトカインである IFN-γの産生も認められたことから DNA ワクチン投与により、アレル
56
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ゲン特異的 T 細胞、特に Th1 細胞が誘導され、Th2 型免疫反応の抑制が認められたと考えられた。アレルゲン遺伝子その
ものをプラスミド DNA 比べ、アレルゲン性のないアレルゲンのT細胞エピトープをプラスミド DNA に組み込んだ DNA ワクチ
ンは、より安全性の優れたワクチンであると考えられる。
微生物由来 DNA に存在するメチル化されていない AACGTT などのプリン-プリン-CpG-ピリミジン-ピリミジンの配列には、
Th1 型免疫誘導の強いアジュバント能があり、immunostimulatory DNA sequence(ISS)と呼ばれている[4,5]。この CpG モチー
フ は、NK 細胞やマクロファージ、樹状細胞、B 細胞、T 細胞を活性化し、IFN-α、β、γや IL-12 の産生を促すことができる。
これらのサイトカインにより、アレルゲン特異的 Th1 型反応が誘導されると考えられる。本研究において CpG モチーフをアジ
ュバントとしてアレルゲンに結合させて、これを投与するアジュバント免疫療法をマウスに行い、その効果を検討した。
本研究においてスギ花粉主要アレルゲン Cry j 1 に CpG モチーフを含む DNA を結合させたアジュバント・ワクチンを作
製した。マウスにおけるこのワクチンの投与実験を行い、強いスギ花粉アレルゲン特異 IgE 抗体の抑制効果が認められ、さ
らに Th1 型のサイトカインの産生も有意に認められた。米国でも CpG をアジュバントとしてアレルゲンタンパクに結合させた
アジュバント免疫療法が最近開発されている。Raz らは、ブタクサ花粉の主要アレルゲンである Amb a 1 に CpG を結合させ
たワクチンを作成し、マウスに投与し、Amb a 1 特異的 Th1 細胞の応答を誘導を確認している[6]。さらに、同じグループで
人用の Amb a 1 に CpG が付加された DNA ワクチンも作製され[7]、現在、ブタクサ花粉症での治療用の DNA ワクチンの臨
床試験も開始している。このように CpG をアジュバントとしてアレルゲンタンパクに結合させたアジュバント・ワクチンは今後、
花粉症における有力な根治療法として期待される。
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60
スギ花粉症克服に向けた総合研究
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高橋裕一、武田久子、三浦直美、伊藤聡、阪口雅弘、新田裕史、名古屋隆生:山形県内の林業従事者のスギ
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9.
横浜、第 50 回日本アレルギー学会、2000.11.30.
高橋裕一、川島茂人、深谷修司、阪口雅弘:花粉情報提供のための測定機器の検討:リアルタイム花粉モニタ
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10.
増田健一、阪口雅弘、蔵田圭吾、安枝浩、大野耕一、辻本元:アトピー性皮膚炎のイヌにおける感作抗原に関
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11.
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横浜、
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Kurata, K., Masuda, K., Sakaguchi, M., Ohno, K., Tsujimoto, H.: Reactivity to common allergens in
spontaneous feline asthma. New York, USA, 58th Annual meeting of American Academy of Allergy Asthma &
Immunology, 2002.3.4.
A.
CLIP-substituted li expression vector (pCPCJ2)
invariant chain
epitope peptide
NH2 -
-COOH
CLIP
86
1
86
216
104
104
CLIP
- - PVSQMRMATPLLMRPMSM- - - - AEVSYVHVNGAK - - -
C-terminal fused liexpression vecteor (pliCJ2)
invariant chain
NH2-
QVTL
1
- - GVTREE
FLEEKKSG
FLEEKKSG
cathepsin site
li
epitope peptide
AEVSYVHVNGAK
p247-258
-COOH
216
QVTL
li
B.
MW size (kDa)
47.5
32.0
25.0
pliNC pCPCJ2 pliCJ2
Plasmid DNA
図1 DNA ワクチンの作製 A, T 細胞エピトープを組み込んだ DNA ワクチン
B,DNA ワクチンのインバリアント鎖の発現
62
スギ花粉症克服に向けた総合研究
A
IgE
PBS
pliNC
pCPCJ2
*
pliCJ2
*
pCACJ2
*
0
B
1000
2000
IgG1
PBS
pliNC
pCPCJ2
pliCJ2
pCACJ2
10
C
5
10
6
10
7
IgG2a
PBS
pliNC
pCPCJ2
**
pliCJ2
**
pCACJ2
**
103
4
5
10
10
Anti-Cryj 2 antibody production (ng/ml)
10
6
図2 スギ花粉アレルゲン特異的抗体産生*p<0.01, **p<0.05
Cry j 1+Alum
10000
1000
PBS
Cry j 1
100
ODN
MODN
*
10
* p<0.05
1
0
1
2
3 4 5
Weeks
6
7
図3Anti-Cryj 1IgE 抗体産生の経時変化
63
8
スギ花粉症克服に向けた総合研究
Cry j 1+Alum
6
10
PBS
Cry j 1
*
105
ODN
4
10
MODN
103
* p< 0.01
2
10
1
0.1
0
1
2
3
4
5
6
7
8
Weeks
図4Anti-Cryj 1IgG2a 抗体産生の経時変化
pg/ml
10 5
10
4
3
10
10
2
PBS Cry j 1 Cry j 1 Cry j 1
ODN MODN
図5Cryj 1 特異的 IFN- γの産生
64
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.3. ヘルパー細胞のサイトカイン産生是正による治療法に関する研究
聖マリアンナ医科大学免疫学・病害動物学
鈴木 登
■要 約
花粉症はインターロイキン(IL)-4、IL-5 を産生する Th2 細胞が B リンパ球による花粉特異的 IgE 産生を補助しアレルギ
ー炎症を引き起こす。この反応はインターフェロンγなどの Th1 型サイトカインにより抑制される。従って花粉抗原特異的
Th2 型細胞のサイトカイン産生を Th1型に是正することが花粉症の有力な治療戦略となる。第 1 期の検討で txk は Th1型
細胞特異的な転写因子であることを示した。第 2 期ではマウス個体への txk 遺伝子投与の効果を検討し、txk 遺伝子投与
は Th1 型優位の免疫応答を誘導し花粉抗原特異的 IgE 抗体産生を抑制することが明らかになった。
■目 的
T ヘルパー(T helper;Th)細胞にはインターフェロン(interferon;IFN)-γ、インターロイキン(interleukin;IL)-2 を産生する
Th1 型細胞と、IL-4、IL-5 を産生する Th2 型細胞が存在する 1)。スギ花粉症は Th2 型細胞が B リンパ球によるスギ花粉に
特異的な IgE 産生を補助し、鼻粘膜、眼球結膜局所でアレルギー炎症を引き起こし症状が発現する 2)。このアレルギー炎
症は Th1 型サイトカインにより抑制される 3),4)。したがって、スギ花粉抗原特異的ヘルパーTh2 型細胞のサイトカイン産生
パターンを Th1型に是正することが花粉症の有力な治療戦略となる。
我々は、第 1 期本研究において Tec ファミリーに属するチロシンリン酸化蛋白、Txk が Th1 型細胞に選択的に発現し、
IFN-γの転写因子として機能することを見出し、花粉症患者では末梢血 CD4+T 細胞における Txk 発現細胞の減少が Th2
型細胞への偏倚の要因であることを指摘した。さらに、txk 遺伝子導入が Jurkat 細胞株の IFN-γ産生能を選択的に増強さ
せることを証明した 5),6)。本研究では花粉症モデルマウスを樹立しこれを用いて、txk 発現ベクターを投与することにより、
人為的に抗原非依存性の様式で Th2 型細胞を Th1 型細胞に転換することがモデル動物でも可能であるかを検討する。さ
らに Txk 発現ベクター投与が抗原特異的 IgE 抗体産生を抑制できるかを検討する。
■ 研究方法
1) 卵白アルブミン(OVA)で免疫した正常マウスに txk 遺伝子を投与し、脾臓細胞を回収した。脾臓細胞をマイトゲンまたは
抗原刺激し産生されるサイトカインを測定する。血清中の各クラス、サブクラス免疫グロブリンを測定した(国立感染症研究
所阪口先生との共同研究)7)。
2) スギ花粉抗原(Cry J1;国立相模原病院安枝先生との共同研究)7)で免疫した花粉症モデル動物に txk 遺伝子投与を行
い、脾臓細胞を回収した。サイトカインを測定し Th2 型細胞から Th1 型細胞への転換が認められるのかを検討した。IgE 型
抗スギ花粉抗体産生やさらにその後の症状、病理組織所見に与える影響を観察した。一部の実験では遺伝子投与にセン
ダイウイルスの膜エンベロープの持つ細胞融合能に着目して作成された HVJ envelope ベクターを使用した 8)。
65
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究成果
花粉症モデル動物に対する txk 遺伝子導入療法
正常モデルマウスに txk 発現ベクターを HVJ envelope ベクターと共に経静脈的に投与した。マウス脾細胞において投与
した txk 遺伝子が発現することを RT-PCR 法とウエスタン法で確認した(図-1)。
図-1. ウエスタン法を用いた txk 発現ベクター投与マウス脾細胞の txk 発現の検討.
pcDNA-txk では c 末端に c-myc エピトープが付加させるので、c-myc に対する抗体で 64kDa の Txk を検出した。
免疫細胞染色法でも 24 時間後には脾細胞でベクター由来 Txk 蛋白の発現が確認され、Txk 発現細胞頻度も 48 時間
後をピークに有意に増加した。ピーク時では約 20%程度の脾細胞が txk を発現した。
次にこの txk 遺伝子発現ベクター投与マウス脾細胞のサイトカイン産生を評価した(図-2)。予め OVA+CFA で免疫したマウ
ス脾細胞の OVA 刺激に対する IFN-γ産生は選択的に増強した。一方、IL-2 産生と IL-4 産生では有意な影響を受けな
かった。同様に花粉抗原である Cry J-1 刺激を行った場合にも IFN-γ産生は選択的に増強するが IL-2 産生と IL-4 産生
は影響を受けないことが示された。
即ち txk の遺伝子投与によりマウス体内でのサイトカイン産生が Th2 型優位から Th1 型優位に変換できることが示された。
そこでこの体内での Th2 型優位から Th1 型優位に変換が血中の免疫グロブリンレベルに影響するのかを検討した。マウス
より採血し、総 IgG と Th1/Th2 比を反映する IgG1、IgG2a を測定した。さらに OVA 特異的免疫グロブリンを測定した(図 3)。
血中総 IgG は txk 発現ベクター投与により優位な影響を受けなかった。一方、txk 発現ベクター投与マウスでは血中の
IgG1/IgG2a 比は明らかに低下して Th1 優位となったことが示された。血中総 IgE は txk 発現ベクター投与により明らかに
低下した。特記すべきは txk 発現ベクター投与マウスでは血中の OVA 抗原特異的な IgE も明らかに低下したことである。
txk 遺伝子発現ベクター投与が脾細胞における T、B 各リンパ球サブセットに影響を与えるのかを検討する目的で各リンパ
球サブセットの比率をフローサイトメーターを用いて検討したが、リンパ球比率には影響を与えなかった。同様に txk 遺伝子
発現ベクター投与が血中の IL-12 レベルの変動を介して Th1 細胞優位の反応を引き起こさせたのかを検討した。マウス血
中の IL-12 を ELISA 法で測定したが、いずれのマウスグループでも IL-12 は全く産生されなかった。
66
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-2. txk 遺伝子発現ベクター投与マウス脾細胞のサイトカイン産生.
予め Balb/c マウスを OVA で 2 回免疫した。脾細胞を回収後、ConA または OVA で刺激し産生されるサイトカインを
ELISA 法で評価した。ConA 刺激においても同様の成績が得られた。
図-3. txk 遺伝子発現ベクター投与マウス血中免疫グロブリン量の検討.
予め Balb/c マウスを OVA で 2 回免疫した。免疫開始より 1 カ月後に txk 遺伝子発現ベクター投与マウスとコントロール
ベクター投与マウスの血清を回収し免疫グロブリン量を測定した。
67
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図 4. txk 発現ベクター投与における治療効果と予防効果.
今回の検討から txk 遺伝子投与が治療的な効果を持つことが示された。今後は txk 遺伝子投与が花粉症の予防にも応
用可能であるのかを検討する必要がある。
■考 察
花粉症モデルマウスに直接、txk 発現ベクターを投与して、花粉抗原に対する免疫応答を検討した。マウス脾細胞にお
いて投与した txk 遺伝子が発現することをウエスタン法と免疫細胞染色法で確認した。更にここでは示さなかったが txk 遺
伝子プラスミド投与 48 時間後には脾細胞以外にも鼻粘膜、肺組織、でプラスミド由来の txk 遺伝子が発現していることが明
らかになった。
このマウスの脾細胞を抗原刺激すると、IFN-γの産生が選択的に増強した。txk 遺伝子投与はマウス血清中の総 IgG 濃
度には影響を与えなかった。しかし、体内の Th1/Th2 バランスを反映する血清 IgG1/IgG2a 比率は是正された。即ち txk
遺伝子投与はマウスの体内で Th1 優位な免疫応答を誘導しその結果血清 IgG1/IgG2a 比率の是正をもたらすと考えられ
た。更に特筆するべきは txk 遺伝子投与により血中抗原特異的 IgE 値の選択的な減少が観察されたことである。これまでに
は減感作療法のみが抗原特異的な IgE 反応を抑制できる方法で、ステロイド剤をはじめ臨床的に多用されている薬剤の多
くは抗原非特異的に作用しそのための副作用には無視できないものがあった。今回の成績は、txk 遺伝子投与を応用する
ことで抗原特異的 IgE 反応を抑制することが可能なことを示している。
花粉症モデルマウスに txk 発現ベクターを投与した後、花粉抗原を噴霧する事で暴露しマウス鼻を回収した。花粉抗原
暴露後に鼻粘膜の切片を作成し滲出細胞を病理学的に検討した。予備的ではあるが txk 投与マウスの一部では鼻腔に出
現する炎症細胞浸潤が減少していた。この点は更に多数例で検討を行う必要がある。
今後はヒト花粉症により近いモデルとしてより大型モデル動物を用いて txk の遺伝子投与治療法を検討する必要があるが、
本年度までには行うことはできなかった。今回の検討は txk 遺伝子投与の治療的効果を中心に検討したが更に今後は予
68
スギ花粉症克服に向けた総合研究
防的効果についても検討する必要がある(図 4)。
以上より今回の成績は、txk 遺伝子投与が抗原非特異的な免疫抑制を引き起こすことなく、Th1/Th2 細胞のアンバランス
を是正し、さらにスギ花粉症 IgE 産生を特異的に抑制出来ることを示し、近い将来スギ花粉症に対する副作用のない新規
の治療戦略になると考えられる。
■ 引用文献
1.
Mosmann, T. R., R. L. Coffman:「TH1 and TH2 cells: different patterns of lymphokine secretion lead to different
functional properties」Annu Rev Immunol, 7, 145-173, (1989)
2.
Masamoto T, Ohashi Y, Nakai Y:「Specific immunoglobulin E, interleukin-4, and soluble vascular cell adhesion
molecule-1 in sera in patients with seasonal allergic rhinitis」, Ann Otol Rhinol Laryngol, 108, 169-76, (1999)
3.
Abbas, A. K., K. M. Murphy, A. Sher.: 「Functional diversity of helper T lymphocytes」, Nature, 383, 787-793,
(1996)
4.
O'Garra, A., and N. Arai.:「The molecular basis of T helper 1 and T helper 2 cell differentiation」, Trends Cell Biol,
10, 542-550, (2000)
5.
Takeba, Y., H. Nagafuchi, M. Takeno, J. Kashiwakura, and N. Suzuki.: 「Txk, a member of non-receptor tyrosine
kinase of Tec family, acts as a Th1 cell specific transcription factor and regulates IFN-γ gene transcription」, J
Immunol,
6.
168, 2365-70, (2002)
Kashiwakura J, N Suzuki, H. Nagafuchi, M. Takeno, Y. Takeba, Y. Shimoyama, and T. Sakane.: 「Txk, a nonreceptor
tyrosine kinase of the Tec family, is expressed in T helper type 1 cells and regulates interferon γ production in
human T lymphocytes」 J Exp Med, 190, 1147-1154, (1999)
7.
Masuda K, Tsujimoto H, Fujiwara S, Kurata K, Hasegawa A, Taniguchi Y, Yamashita K, Yasueda H, DeBoer DJ, de
Weck AL, Sakaguchi M.: 「IgE-reactivity to major Japanese cedar (Cryptomeria japonica) pollen allergens (Cry j 1
and Cry j 2) by ELISA in dogs with atopic dermatitis」, Vet Immunol Immunopathol, 74, 263-70, (2000)
8.
Sakaguchi, M., S. Inouye, H. Miyazawa, and S. Tamura.: 「Measurement of antigen-specific mouse IgE by a
fluorometric reverse (IgE-capture) ELISA」 J Immunol Methods, 116, 181-187, (1989)
9.
Kaneda Y, Nakajima T, Nishikawa T, Yamamoto S, Ikegami H, Suzuki N, Nakamura H, Morishita R, Kotani H.:
「Hemagglutinating virus of Japan (HVJ) envelope vector as a versatile gene delivery system」, Mol Ther, 6, 219-26,
(2002)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
千葉俊明、関野宏明、鈴木登:「レチノイン酸を用いたマウス胚性幹細胞における神経上皮型幹細胞への分化
誘導」, 炎症・再生, 22(6), 543-549, (2002)
2.
宮城司、千葉俊明、鈴木登:「再生医学」, 聖マリアンナ医科大学雑誌, 30, 121-129, (2002)
3.
千葉俊明, 鈴木登: 「脳梗塞慢性期における移植治療」, 救急医学, 26(9), 1094-1098, (2002)
4.
本間龍介、鈴木登: 「再生医療」, Helth Science, 19(1), 78-79, (2002)
5.
Suzuki N, Takeno M, Takeba Y, MiyagiT, Ye JM, Nagafuchi H, Sakane T:「Induction of differentiation of mouse
embryonic stem (ES) cells in culture. I. Treatment with BMP-2 and BMP-4 induces chondrocyte
differentiation.」, St.Marianna Med J , 29, 25-31, (2001)
69
スギ花粉症克服に向けた総合研究
国外誌
1.
Nagafuchi H, Shimoyama Y, Kashiwakura J, Takeno M, Sakane T, Suzuki N: 「Preferential expression of B7.2
(CD86), but not B7.1(CD80), on B cells induced by CD40/CD40L interaction is essential for the Anti-DNA
autoantibody production in patients with systemic lupus erythematosu」, Clin Exp Rheumatol, in press, 2003.
2.
Suzuki N, Takeno M, Inaba. G: 「Bilateral subdural effusion in a patient with neuro-Behcet's disease」, Ann
Rheum Dis, in press, (2003)
3.
Chiba S, Iwasaki Y, Sekino H, Suzuki N: 「Motoneuron enriched neural cells derived from mouse ES cells
reconstitute neural network to improve motor function of hemiplegic mice, a model of cerebral vascular
diseases」,
4.
Cell Transplant, in press, (2003)
Takeba Y, Nagafuti H, Takeno M, Kasiwakura J, Suzuki N: 「Txk, a member of non-receptor tyrosine kinase of
Tec family, acts as a Th1 cell specific transcription factor and regulates IFN-gamma gene transcription」, J
Immunol , 168(5),
5.
2365-2370, (2002)
Kasiwakura J, Suzuki N, Takeno M, Itoh S, Oku T, Sakane T, Nakajin S, Toyosima S:「Evidence of aut
ophosphoryl-ationin Txk : Y91 is autophosphorylation site」, Biol Pharm Bull, 25(6), 718-721, (2002)
6.
Mihara S, Suzuki N, Takeba Y, Soejima K, Yamamoto Y: 「Combination of molecular mimicry and aberrant
autoantigen expression is important for development of anti-Fas ligand autoantibodies in patients with SLE」,
Clin
7.
Exp Immuol, 129, 359-369, (2002)
Nagafuchi N, Takeno M, Takeba Y, Miyagi T, Chiba S, Sakane T, Suzuki N: 「Aberrant expression of Fas ligand
on anti-DNA autoantibody secreting B lymphocytes in patients with systemic lupus erythematosus; "immune
privilege" like state of
8.
the autoreactive B cells」, Clin Exp Rheumatol, 20, 625-631, (2002)
Wakisaka S, Takeba Y, Miahara S, Yamamoto S, Suzuki N: 「Aberrant fas ligand expression in lymphocytes in
patients with Behcet's disease」, Int Arch Allergy Immunol , 129(2), 79-84, (2002)
9.
Miyagi T, Takeno M, Nagafuchi H, Takahashi, Suzuki N: 「Flk1 positive cells derived from mouse embryonic
stem (ES) cells reconstitutes hematopoiesis in vivo in SCID Mice」, Exp Hematol , 30(12), 1444-1453, (2002)
10. Yokoe T, Suzuki N, Minoguchi K, Adachi M , Sakane T: 「Analysis of IL-12 receptor β2 chain expression of
circulating T lymphocytes in patients with atopic asthma」, Cell Immunol , 208, 34-42, (2002)
11. Suzuki N, Takeno M, Takeba Y, MiyagiT, Ye JM, Nagafuchi H, Sakane T: 「Induction of differentiation of mouse
embryonic stem (ES) cells in culture. I. Treatment with BMP-2 and BMP-4 induces chondrocyte
differentiation.」, St.Marianna Med J , 29, 25-31, (2001)
12. Takeba Y, Suzuki N, Kaneko A, Asai A, Sakane T: 「Endorphin and enkephalin ameliorate excessive synovial
cell functions in patients with rheumatoid arthritis」, J Rheumatol , 28, 10,2176-2183, (2001)
13. Takeba Y, Wakisaka S, Suzuki N, Kaneko A, Asai T, Sakane T, Wakisaka S, Takeno M, Kaneko A, Asai T,
Sakane T: 「 Involvement of cAMP responsive element binding protein
(CREB) in the synovial cell
hyperfunction in patients with rheumatoid arthritis」, Clin Exp Rheumatol , 18, 47-55, (2001)
14. Wakisaka S, Suzuki N, Kaneko A, Asai T, Sakane T: 「Characterization of tissue outgrowth developed in vitro
in patients with rheumatoid arthritis; involvement of T cells for the development of tissue outgrowth」, Int Arch
Allergy Immunol , 121, 68-79, (2001)
15. Sakane T, Suzuki N: 「Possible correction of abnormal rheumatoid arthritis synovial cell function by jun D
transfection in vitro」, Arthritis Rheum, 43, 945-946, (2000)
16. Sakane T, Takeno M, Suzuki N: 「Behcet's disease」, N Engl J Med, 342, 588-589, (2000)
Sakane T, Suzuki N: 「Neuro-endocrine-immune axis in human rheumatoid arthritis」, Archivum Immunologiae
et Therapiae Experimentalis, 48, 417-427, (2000)
70
スギ花粉症克服に向けた総合研究
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
宮城 司, 本間龍介, 鈴木登: 「呼吸器系の生物学 1 胚性幹細胞(ES 細胞)と実験医学」, Annual Review 呼吸器,
1-9, (2003)
2.
鈴木登、宮城司: 「膠原病類縁疾患に伴う関節炎(Behcet 病など)「骨・関節疾患」, 朝倉書店, 印刷中, (2003)
3.
鈴木登: 「全身性エリテマトーデス 全身性エリテマトーデス 病因 インフォームドコンセントのための図説シリー
ズ 膠原病」, 医薬ジャーナル社, 印刷中, (2003)
4.
千葉俊明, 鈴木登: 「脳梗塞慢性期における移植治療 救急医学」, 26(9), 1094-1098, (2002)
5.
本間龍介、鈴木登: 「再生医療」, Helth Science, 19(1), 78-79, (2002)
国外誌
1.
Suzuki N, Takeno M, Takeba Y, Nagafuchi H, Sakane T:「Autoimmunity in Behcet's disease」, Immunnology of
Behcet's disease(Ed by M Zierhut, S Ohno)pp.81-86, Swets & Zeitlinger, Lisse, The Netherlands, 2003.
2.
Sakane T, Suzuki N:「Neuro-endocrine-immune axis in human rheumatoid arthritis」, Autoimmunity Kluwer
Academic Publishers, Wroclaw, Poland, in press, (2003)
3.
Takeno M, Simoyama Y, Nagafuchi H, Suzuki N, Sakane T:「Neurophil hyperfinction on Behcet's disease」,
Immunnology of Behcet's disease(Ed by M Zierhut, S Ohno)pp.97-101, Swets & Zeitlinger, Lisse, The
Netherlands, (2003)
4.
Suzuki N:「The pathogenic role of prolactin in patients with rheumatoid arthritis」, Neuroimmune Biology, vol.3:
Growth and lactogenic hormones(Ed by R Rapaport and L Matera)pp.297-304, Elsevier, Amsterdam, The
Neitherlands, (2002)
5.
Sakane T, Suzuki N:「Behcet's syndrome」, The Molecular Pathology of Autoimmunity, Second Edition(Ed by A
N Theofilopoulos and C A Bona), pp.828-840, Gordon and Breach Science Publishers, Pensylvania, USA,
(2002)
6.
Sakane T, Suzuki N, Takeno M:「Innate and acquired immunity in Behcet's disease」, Behcet's Disease ( Ed by
D Bang, E-S Lee, and S Lee )pp.673, Design Mecca Publishing Co., Seoul, Korea, (2001)
口頭発表
招待講演
1.
鈴木登: 「シンポジウム. 自己免疫疾患における Txk の機能解析」, 第 52 回日本アレルギー学会総会,
2002.11.
2.
鈴木登, 岳野光洋, 武半優子: 「シンポジウム. リウマチ性疾患における Th1/Th2 バランスとその制御(txk 遺
伝子発現制御)」, 第45回日本リウマチ学会総会, 2001.5.
3.
鈴木登: 「シンポジウム.ステムセルからのティッシューエンジニアリング」, 再生医療公開シンポジウム.
人工角膜の設計とベンチャー化.東京歯科大学市川総合病院, 2001.
4.
鈴木登, 武半優子, 太田伸男, 青柳優: 「シンポジウム.血管炎症候群における cANCA 対応抗原エピトープ
の解析」, 第45回日本リウマチ学会総会, 2001.5.
5.
Suzuki N: 「Symposium. Regulation by Txk, a member of Tec family tyrosine kinase, of Th1 immune responses
in vitro and in vivo」, MESS symposium, Advance in immunology and allergy research in skin. 日本皮膚科学
学会第 108 回広島地方大会, 2001.
6.
鈴木登: 「シンポジウム. 自己抗体産生Bリンパ球における RAG 発現異常」, 第 7 回 自己抗体と自己免疫シ
ンポジウム, 2000.9.
7.
鈴木登: 「シンポジウム リウマチ性疾患と神経・内分泌・免疫系について. 慢性関節リウマチ滑膜細胞機能調
71
スギ花粉症克服に向けた総合研究
節における神経ペプチド・内分泌ホルモンの役割」, 第 44 回日本リウマチ学会総会・学術集会, 2000.5.
8.
Suzuki N, Sakane T: 「Concurrent symposia. Neuro - endocrine-immune axis in rheumatoid arthritis」, Beijing,
China, 9th Asia Pacific League of Associations for Rheumatology Congress, 2000.5.
9.
鈴木登: 「教育講演.
ループス腎炎発症関連遺伝子とレセプターエディティング」, 第 21回日本炎症学会,
2000.7.
10.
坂根剛,鈴木登: 「教育講演.
全身性エリテマトーデスにおける自己抗体産生の分子免疫学的機序」, 第28
回日本臨床免疫学会, 2000.9.
11.
Suzuki N, Takeno M, Takeba Y, Nagafuchi H, Sakane T:「Workshop. Autoimmunity in Behcet's disease」,
Ettal, Germany, Immunology of Behcet's disease, 2000.10.
12.
Takeno M, Shimoyama Y, Nagafuchi H, Suzuki N, Sakane T:「Workshop. Neutrophil hyperfunction in Behcet's
disease」, Ettal, Germany, Immunology of Behcet's disease, 2000.10.
応募・主催講演等
1.
本間龍介、上野聡樹、鈴木登:「マウス胚性幹細胞(ES)の上皮細胞への分化誘導とその角膜移植への応用」,
第 2 回日本再生医療学会総会、2003.3.
2.
宮城司、葉俊明、岳野光洋、永渕裕子、鈴木登:「ES 細胞の造血系細胞への分化誘導と骨髄移植への応用」
第 23 回日本炎症・再生医学会、2002.7.
3.
千葉俊明、鈴木登、関野宏明:「ES 細胞における神経分化と神経再生治療」, 第 43 回聖マリアンナ医科大学医
学会・学術集会、2002.7.
4.
鈴木登、武半優子、脇坂秀繁、中辻憲夫、仁藤新治:「霊長類(カニクイザル)胚性幹細胞(ES 細胞)からの軟
骨細胞分化誘導」, 第 23 回日本炎症・再生医学会、2002.7.
5.
鈴木登、宮城司、岳野光洋、高橋正知:「マウス ES 細胞由来の hemangioblast の移植による SCID マウスの骨髄
再建能の検討」, 第 23 回日本炎症・再生医学会、2002.7.
6.
武半優子、金子敦史、浅井富明、鈴木登:「慢性関節リウマチ(RA)におけるニコチンが神経ペプチドの産生に
与える影響」, 第 23 回日本炎症・再生医学会、2002.7.
7.
千葉俊明、岳野光洋、関野宏明、鈴木登:「ES 細胞における神経管形成の模倣と morphogen による位置制御
機構」, 第 23 回日本炎症・再生医学会、2002.7.
8.
千葉俊明、岳野光洋、鈴木登、関野宏明:「ES 細胞由来神経細胞の脳内移植による神経網修復と機能改善」,
第 1 回日本再生医療学会総会、2002.4.
9.
千葉俊明、岳野光洋、鈴木登、関野宏明:「ES 細胞における神経管形成と液性因子による位置制御」, 第 1 回
日本再生医療学会総会、2002.4.
10.
鈴木登、岳野光洋:「マウス胚性幹細胞・軟骨細胞を用いた関節炎モデルの治療」, 第 46 回リウマチ学会学術集
会 2002.4.
11.
岳野光洋、武半優子、鈴木登:「Txk 遺伝子治療による Th1 型免疫応答の誘導」, 第 46 回リウマチ学会学術集
会, 2002.4.
12.
千葉俊明、岳野光洋、鈴木登、関野宏明:「ES 細胞由来神経幹細胞・血管内皮細胞の同時移植による虚血型
脳損傷モデルの修復・機能改善」, 第 27 回日本脳卒中学会総会、2002.4.
13.
千葉俊明、岳野光洋、鈴木登:「関野宏明:虚血型脳外傷モデルマウスにおける ES 細胞由来神経幹細胞の神
経再生・保護効果」, 第 25 回日本神経外傷学会、2002.3.
14.
岳野光洋、永渕裕子、鈴木登:「ベーチェット病患者における疾患活動性とIL-12 受容体発現」, 第 31 回日本
免疫学会総会・学術集会, 2001.12.
15.
武半優子、岳野光洋、鈴木登:「Tec family チロシンキナーゼ蛋白、Txk の機能解析」, 第 31 回日本免疫学会
総会・学術集会, 2001.12.
72
スギ花粉症克服に向けた総合研究
16.
武半優子、脇坂秀繁、岳野光洋、金子敦史、浅井富明、鈴木登:「慢性関節リウマチ(RA)患者関節滑膜細胞の
アポトーシス抗原の作用), 第 29 回日本臨床免疫学会, 2001. 12.
17.
坂根剛, 永渕裕子, 鈴木登:「新規の Th1 型特異的転写因子 Txk による IFNγ遺伝子活性化機構」, 第 30 回
日本免疫学会総会・学術集会, 2000.11.
18.
横江琢也,
鈴木登, 美濃口健治, 足立満, 坂根剛:「気管支喘息(BA)患者及びアトピー性皮膚炎(AD)患者
CD4 陽性 T リンパ球における IL-12 receptor β2 chain(IL-12Rβ2)発現の検討」, 第 50 回日本アレルギー学
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19.
武半優子, 岳野光洋, 鈴木登:「ヒト Th1 細胞特異的 Tec family チロシンキナーゼ蛋白、Txk の機能解析と各
種免疫疾患における発現」, 第 22 回日本炎症・再生医学会, 2001.7.
20.
宮城司、葉俊明、岳野光洋、永渕裕子、鈴木登:「ES細胞の造血系細胞への分化誘導と骨髄移植への応用」,
第 22 回日本炎症・再生医学会, 2001.7.
21.
鈴木登、岳野光洋、永渕裕子、武半優子、宮城司、葉俊明:「マウス胚性幹細胞(embryonic stem cell)より誘導
した軟骨細胞を用いた関節炎モデルの治療.I-軟骨細胞の分化誘導」, 第 22 回日本炎症・再生医学会,
2001.7.
22.
岳野光洋, 鈴木登, 永渕裕子, 松田隆秀, 坂根剛:「ベーチェット病患者 T 細胞における IL-12 受容体の発現
と疾患活動性との関連」, 第 22 回日本炎症・再生医学会, 2001.7.
23.
鈴木登, 岳野光洋, 武半優子:「シンポジウム. リウマチ性疾患における Th1/Th2 バランスとその制御(txk 遺伝
子発現制御)」, 第 45 回日本リウマチ学会総会, 2001.5.
24.
鈴木登, 武半優子, 太田伸男, 青柳優:「シンポジウム.血管炎症候群における cANCA 対応抗原エピトープの
解析」, 第 45 回日本リウマチ学会総会, 2001.5.
25.
武半優子, 鈴木登, 永渕裕子, 岳野光洋, 金子敦史, 浅井富明:「ワークショップ. ヒト Th1 細胞特異的 Tec
family チロシンキナーゼ蛋白、Txk の機能解析と各種免疫疾患における発現」, 第 45 回日本リウマチ学会総会,
2001.5.
26.
鈴木登, 武半優子, 岳野光洋, 永渕裕子:「マウス胚性幹細胞(embryonic stem cell;ES)より誘導した軟骨細胞
を用いた関節炎モデルの治療.I.軟骨細胞の分化誘導」, 第 45 回日本リウマチ学会総会, 2001.5.
27.
岳野光洋、鈴木登、永渕裕子、松田隆秀、坂根剛:「ベーチェット病患者 T リンパ球における IL-12 受容体の発
現と Th1 型免疫応答」, 第 45 回日本リウマチ学会総会, 2001.5.
28.
横江琢也, 美濃口健司, 小田成人, 田中明彦, 鈴木登, 足立満:「急速減感作療法 RIT 前後での気管支喘息
患者 CD4陽性 T リンパ球における IL-12 receptor β2 chain 発現の検討」, 第 13 回日本アレルギー学会春季
臨床大会, 2001.4.
29.
小林茂人, 矢野哲郎, 吉田雅治, 居石克夫, 中林公正, 津坂憲政, 松岡康夫, 鈴木登, 尾崎承一, 大野良
之:「抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎症候群の予後に関わる因子の検討 1998 年度全国調査より」,
第 41 回日本脈管学会総会, 2000.11.
30.
永渕裕子, 三浦浩平, 鈴木登, 坂根剛:「SLE 患者末梢血抗 DNA 抗体産生 B 細胞における自己寛容の破綻」,
第 30 回日本免疫学会総会・学術総会, 2000.11.
31.
鈴木登, 武半優子, 太田伸男, 青柳優, 坂根剛:「プロテネース(PR)3/好中球エラスターゼ(HLE)キメラ蛋白を
用いた c-ANCA 抗体の解析」, 第 28 回日本臨床免疫学会, 2000.9.
32.
永渕裕子, 鈴木登, 坂根剛:「ベーチェット(BD)病の Th1 型炎症における Txk の役割, 第 28 回日本臨床免疫
学会, 2000.9.
33.
永渕裕子, 鈴木登, 坂根剛:「Txk のインターフェロン(IFN)γ遺伝子発現機構」, 第 65 回日本インターフェロ
ン・サイトカイン学会, 2000.7.
34.
武半優子, 鈴木登, 金子敦史, 浅井富明, 坂根剛:「オピオイドペプチドによる慢性関節リウマチ(RA)の病態形
成の修飾」, 第 21 回日本炎症学会, 2000.7.
73
スギ花粉症克服に向けた総合研究
35.
三本木千秋, 武半優子, 鈴木登, 坂根剛:「チョコレートに含まれる抗酸化物質の抗腫瘍作用に関する検討」,
第 21 回日本炎症学会, 2000.7.
36.
永渕裕子, 鈴木登, 坂根剛:「SLE 患者 B 細胞における Recombination activating gene(RAG)の発現異常と抗
DNA 抗体産生」, 第 21 回日本炎症学会, 2000.7.
37.
松下知彦, 吉田薫, 吉池美紀, 岩本晃明, 鈴木登, 坂根剛:「ヒト精子運動抑制因子(SPMI)の免疫抑制作用
(in vitro での検討)」, 第 21 回日本炎症学会, 2000.7.
38.
永渕裕子, 鈴木登, 坂根剛:「ベーチェット(BD)病患者の Th1 型炎症の維持における Txk の重要性」, 第 21
回日本炎症学会, 2000.7.
39.
永渕裕子, 鈴木登, 坂根剛, 金子敦史, 浅井富明:「慢性関節リウマチ(RA)患者におけるブロモクリプチン
(BMR)治療の妥当性」, 第 97 回日本内科学会雑誌, 2000.4.
40.
鈴木登, 武半優子, 金子敦史, 浅井富明, 坂根剛:「慢性関節リウマチ(RA)の病態形成におけるオピオイドペ
プチドの役割」, 第 97 回日本内科学会雑誌, 2000.4.
41.
永渕裕子, 鈴木登, 岳野光洋, 坂根剛:「Tec ファミリー非受容体チロシンリン酸化蛋白質,Txk の IFNγ遺伝子
発現機序」, 第 62 回日本血液学会, 2000.3.
42.
永渕裕子, 鈴木登, 坂根剛:「全身性エリテマトーデス(SLE)患者抗 DNA 抗体産生 B 細胞における
Recombination activating gene(RAG)発現異常」, 第 44 回日本リウマチ学会総会, 2000.5.
43.
岳野光洋, 永渕裕子, 鈴木登, 坂根剛:「新規抗リウマチ薬 KE298 の T 細胞機能抑制効果」, 第 44 回日本リ
ウマチ学会総会, 2000.5.
44.
Sakane T, Nagafuchi H, Suzuki N:「The role of Txk, a member of Tec family non-receptor tyrosine kinase, in
TH1 cell development and interferon-gamma production by human T lymphocytes」, Seattle, USA, Immunology
2000 , The American association of immunologists and the clinical immunology society joint meeting, 2000.5.
45.
Nagafuchi H, Suzuki N, Sakane T:「Defective recombination activating gene (RAG) expression on anti-DNA
antibody secreting cells of human systemic lupus erythematosus (SLE)」, Seattle, USA, Immunology 2000 , The
American association of immunologists and the clinical immunology society joint meeting, 2000.5.
46.
Takeba Y, Suzuki N, Kaneko A, Asai T, Sakane T:「Neuro-endocrine-immune interactions observed in the
affected inflammatory joints in patients with rheumatoid arthritis (RA)」, Philadelphia, USA, American College
of Rheumatology, 64th Annual Scientific Meeting, 2000.10.
47.
Miyagi T, Nagafuchi H, Ye JM, Suzuki N, Sakane T:「Novel therapeutic target, txk, a member of Tec family
non-receptor type tyrosine kinase, of T helper 1 cell associated autoimmune disease, Philadelphia, USA,
American College of Rheumatology, 64th Annual Scientific Meeting, 2000.10.
48.
Takeno M, Nagafuchi H, Takeba Y, Suzuki N, Sakane T:「The pathogenic role of autoreactive T cells specific
for the human heat shock protein 60 KD-derived peptides in Behcet's disease」, Philadelphia, USA, American
College of Rheumatology, 64th Annual Scientific Meeting, 2000.10.
49.
Nagafuchi H, Suzuki N, Miyagi T, Yamamoto S, Sakane T:「Excessive Txk expression leads to the skewed T
helper 1 cell response in patients with Behcet's disease 」 , Philadelphia, USA, American College of
Rheumatology, 64th Annual Scientific Meeting, 2000.10.
50.
Miyagi T, Suzuki N, Ye JM, Takeno M, Nagafuchi H, Takahashi M:「Successful induction of CD45+ leukocytes
in the SCID mice engrafted with embryonic stem (ES) cell derived hematopoietic stem cells」, Tokyo, Japan,
The 30th annual meeting of the international society for experimental hematology, 2001.11.
51.
Takeno M, Nagafuchi H, Suzuki N, Ye JM, Matsuda H, Sakane T:「Frequency of IL-12 receptor bearing T cell
is a simple marker to monitor the disease activity in Behcet's disease」, San FranCisco, USA, American
College of Rheumatology, 65th Annual Scientific Meeting, 2001.11.
52.
Ciba S, Miyagi T, Nagafuchi H, Takeno M, Suzuki N:「Development of cartilage tissue from mouse Emryonic
74
スギ花粉症克服に向けた総合研究
stem cell: possible therapeutic applicationfor degenerative and inflamatory articular diseases」, San FranCisco,
USA, American College of Rheumatology, 65th Annual Scientific Meeting, 2001.11.
53.
永渕裕子, 三浦浩平, 鈴木登, 坂根剛:「SLE 患者末梢血抗 DNA 抗体産生 B 細胞における自己寛容の破綻」,
第 30 回日本免疫学会総会・学術総会, 2000.11.
75
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.4. スギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
1.4.1. ニホンザルにおけるスギ花粉症の自然発症モデルの検討
広島国際大学社会環境科学部
和 秀雄
■要 約
スギ花粉症ニホンザルにおけるスギ花粉アレルゲン特異的 IgE 抗体の季節変動を調べた。ニホンザルにおいてスギ花粉
アレルゲン特異的 IgE 抗体の季節変動が認められた。さらにスギ花粉特異的 IgG 抗体およびT細胞反応性についても検討
したところ、明らかな季節変動が認められ、これらの免疫反応に関して人と同様の季節変動があることが明らかになった。ま
た、スギ花粉症ニホンザルもヒノキ花粉アレルゲン特異 IgE 抗体を保有していることが明らかになり、ヒノキアレルゲンに対す
る反応性も人とよく一致していることが判った。さらにスギ・ヒノキ花粉以外のイネ科、ブタクサ、ヨモギ花粉に対する IgE 抗体
の保有がニホンザルにも認められた。
■ 研究目的
スギ花粉症ニホンザルにおけるスギ花粉アレルゲンに対する反応性は、まだ十分には解析されていない。スギ花粉症ニ
ホンザルにおいて抗原特異的免疫療法を評価する時に、サルのスギ花粉アレルゲンに対する免疫反応の情報が必要とさ
れている。本研究ではニホンザルのスギ花粉アレルゲンに対する反応性を解析し、サルで治療研究を評価する時に必要
な免疫学的情報を提供することを目的としている。また、ニホンザルは他の花粉症に関しては、ほとんど研究されていない。
他の花粉アレルギーとスギ花粉症との関係を調べるために、スギ花粉以外の花粉アレルゲンとの反応性も解析を行った。
■ 研究方法
1)スギ花粉アレルゲンの精製
スギ主要アレルゲン Cry j 1 の分離、精製は安枝らの方法 を用いて行った[1]。さらに Cry j 2 を分離するため、スギ花
粉より塩基性タンパクだけを部分精製した後、さらに Mono-Sカラムを用いて精製をおこなった[2] 。
2)ニホンザル
淡路島モンキーセンター内に生息するニホンザルでスギ花粉飛散シーズン中にスギ花粉症を発症しているサルを研究
に用いた。
3)アレルゲン特異的 IgE 抗体価測定
スギ、ヒノキ、イネ科、ブタクサ、ヨモギ花粉粗抗原に対する特異的 IgE 抗体価は、 CAP 法にて測定した[3]。
4)スギ花粉主要アレルゲン( Cry j 1, Cry j 2, Cha o 1)に対する特異的 IgE 抗体価は、蛍光 ELISA 法によって測定した
[4]。スギ花粉アレルゲン(1 µg/ml) をそれぞれマイクロプレート(Immulon 2, ダイナテック社)に固相化する。洗浄後、マイク
ロプレートの穴に血清を加え、室温、3時間、振とうする。洗浄後、β-D-ガラクトシダーゼ標識抗ヒト IgE 抗体(ファルマシア
社)を加え、4℃、一晩反応させる。最後に洗浄後、蛍光基質として4-メチルウンベリフェリル- β-D- ガラクトシド(シグマ
76
スギ花粉症克服に向けた総合研究
社)を加え、37℃、2時間反応後、 0.1M Glycine-NaOH (pH 10.2)で反応を停止させた。反応産物4-メチルウンベリフェ
ロンの蛍光強度(FU)は、自動蛍光測定器(フルオロスキャン、フロー社)で測定した。
5)抗原特異的末梢血リンパ球増殖反応
スギ花粉症ニホンザルにおける抗原特異的末梢血リンパ球増殖反応は以前報告した方法で行った[5]。簡単に説明する
とスギ花粉症ニホンザルについて末梢血リンパ球(PBMC)を分離し、抗原と共に培養した。次に H3-thymidine を加え、細胞
内に取り込まれた H3-thymidine の量を測定し、cpm として表わした。陰性対照としてスギ花粉アレルゲン特異抗体陰性で
花粉症を発症していないニホンザルを用いた。
■ 研究成果
1)主要アレルゲンに対する反応性の季節変動
スギ花粉症ニホンザルにおけるスギ花粉粗抗原特異的 IgE 抗体の季節変動を調べた(図1)。スギ花粉飛散シーズン直
後の5月において、6頭すべてはスギ花粉粗抗原に対する IgE 抗体を保有していた。12月になるとスギ花粉粗抗原特異的
IgE 抗体は全例で低下した。さらに翌年の5月のスギ花粉飛散シーズン直後においては、スギ花粉粗抗原特異的 IgE 抗体
は全例で上昇した。このようにスギ花粉症ニホンザルにおいてスギ花粉粗抗原特異的 IgE 抗体の明らかな季節変動が認め
られた。
IgE 抗体の季節変動をスギ花粉主要アレルゲンである Cry j 1, Cry j 2 に対する IgE 抗体で調べた(図2)。粗抗原に対す
る IgE 抗体と同様にスギ花粉飛散シーズン直後の5月では、抗体価が高く、約半年後の12月では抗体価が低下することが
明らかになった。次に同様の季節変動を Cry j 1, Cry j 2 に対する IgG 抗体で調べた(図3)。スギ花粉アレルゲン特異的
IgG は IgE と同様な季節変動を示すことが判った。
また、スギ花粉特異的T細胞の反応性の季節変動も調べた(図4)。スギ花粉症ニホンザルにおけるスギ花粉アレルゲン
特異的T細胞の反応性は、スギ花粉飛散シーズン直後の5月において、6頭すべてはスギ花粉アレルゲン Cry j 1,Cry j 2
に対する反応性が認められた。しかしながら12月になると特異的T細胞の反応性は低下し、さらに翌年の5月のスギ花粉
飛散シーズン直後においては、再び特異的T細胞の反応性は上昇した。このようにスギ花粉症ニホンザルにおいて特異的
T細胞反応性の季節変動が認められた。
2)スギ花粉以外の花粉アレルゲンに対する反応性
40頭のスギ花粉症ニホンザルにおけるヒノキ花粉アレルゲンの反応性を調べた(図5a)。40例全例でスギおよびヒノキ花
粉アレルゲン特異的 IgE 抗体が認められ、スギ花粉アレルゲン特異的 IgE 抗体の方がヒノキ花粉アレルゲン特異的 IgE 抗
体に比べ、有意に高いことが判った。さらにヒノキ花粉主要アレルゲン(Cha o 1)に対する反応性を調べたところ、40例全例
で Cry j 1 および Chao 1 特異的 IgE 抗体が認められ、これらの抗体価は相関が認められた(相関係数 0.59)。
また、周辺に自生する植物の中でスギ、イネ科、ブタクサ、ヨモギ花粉に対する IgE 抗体の保有を無作為に選んだ 47 頭
のニホンザルにおいて調べたところ、13 頭(27%)、15 頭(32%)、5 頭(10%)、3 頭(6%)がそれぞれの抗原に対して IgE 抗体
が陽性であった(表1)。また、スギ花粉症ニホンザル 10 頭におけるこれら花粉アレルゲンに対する IgE 抗体保有を調べたと
ころ、10頭中6頭がイネ科花粉アレルゲンに対して反応していた(表2)。
■考 察
人のスギ花粉症の患者は、Cry j 1 か Cry j 2 のどちらかのスギ花粉主要アレルゲンに対する IgE 抗体を保有している[6]。
以前の研究でスギ花粉アレルゲンに感作されている 45 頭のサルにおいてスギ花粉主要アレルゲンに対する反応性を調べ
たところ人の場合と同様に少なくともどちらか1つの主要アレルゲンに対する特異 IgE 抗体を持っていた [3.4]。これらのこと
から主要アレルゲンに対する IgE 抗体産生は人とサルはよく似ているものと思われる。人においては、スギ花粉アレルゲン
に対する IgE 抗体の季節変動が報告されている [7,8]。本研究でスギ花粉症のニホンザルにおいても同様のスギ花粉特異
77
スギ花粉症克服に向けた総合研究
的 IgE 抗体の季節変動の有無を調べたところ、IgE 抗体レベルは花粉飛散シーズンになると上昇し、花粉シーズン後は減少
し、IgE 抗体価の季節変動が認められた。また、スギ花粉特異的 IgG 抗体およびT細胞反応性についても検討したところ、明
らかな季節変動が認められ、ニホンザルでもこれらの免疫反応に関して人と同様の季節変動があることが明らかになった。
人のスギ花粉症患者の多くはヒノキ花粉アレルゲンに対しても反応性を持つことが知られている。本研究においてスギ花
粉症ニホンザルもヒノキ花粉アレルゲン特異 IgE 抗体を保有していることが明らかになった。さらにヒノキ花粉主要アレルゲ
ン(Cha o 1)に対する反応性を調べたところ、ヒノキ主要アレルゲンに対する IgE 抗体も認められた。さらにスギ花粉症ニホン
ザルにおいてヒノキ花粉アレルゲンに対する皮内反応および好塩基球からのヒスタミン遊離において人の場合と同様の所
見が得られた(data not shown)。これらの結果からヒノキアレルゲンに対する反応性も人とよく似ていることが判った。
この淡路島モンキーセンター周辺には、人において花粉症を引き起こす植物が自生していることが判っている。本研究
では、実際に自生する植物の中でスギ、イネ科、ブタクサ、ヨモギ花粉に対する IgE 抗体の保有をニホンザルにおいて調べ
た。スギ以外のイネ科、ブタクサ、ヨモギ花粉アレルゲンに対する IgE 抗体を保有していることが判った。ニホンザルは周辺
に存在する様々な花粉に対しても感作されていることが判った。
■ 引用文献
1.
Yasueda, H., Yui, Y.,, Shimizu, T. and, Shida T. Isolation and partial characterization of the major allergen from
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Hashimoto, M., Sakaguchi, M., Inouye, S., et al. Prevalence of IgE antibody to crude and purified allergens of Japanese
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Hashimoto M, Kobayashi T, Nigi H, et al: Responses of pollinosis monkeys to two major allergens of Japanese cedar
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Imaoka K, Miyazawa H, Nishihata S, et al.: Effect of pollen exposure on serum IgE and IgG antibody responses in
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■ 成果の発表
原著論文による発表
国外誌
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Sakaguchi, M., Yamada, T., Hirahara, K., Shiraishi, A., Saito, S., Miyazawa, H., Taniguchi, Y., Inouye, S. and
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78
スギ花粉症克服に向けた総合研究
原著論文以外による発表
国内誌
1.
阪口雅弘、増田健一、辻本 元、和 秀雄:スギ花粉症における自然発症動物モデル. J Otolaryngol Head
Neck Sugery, 18, 65-68, 2002.
口頭発表
国内学会
1.
阪口雅弘、小林千鶴、井上 栄、斉藤三郎、川口淳子、芹澤伸記、平原一樹、白石明郎、谷口美文、
和秀雄:ニホンザルにおけるスギ花粉主要アレルゲン (Cry j 1、Cry j 2)の T 細胞エピトープの解析. 第 130 回
日本獣医学会、2000.10.7
P<0.01
P<0.005
30
No.1
No.2
No.3
No.4
No.5
No.6
20
10
0
May
Dec
May
図1 スギ花粉粗抗原特異的 IgE 抗体の季節変動
79
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(a)
100000
P<0.001
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No.1
No.2
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May
(b)
100000
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図 2 スギ花粉粗抗原特異的 IgE 抗体の季節変動
a) Cry j 1 特異的 IgE 抗体、b) Cry j 2 特異的 IgE 抗体
80
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(a)
P<0.005
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10000
No.1
No.2
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1000
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May
(b)
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Dec
P<0.05
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No.1
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1000
100
10
May
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May
図 3 スギ花粉アレルゲン IgG 抗体の季節変動
a) Cry j 1 特異的 IgG 抗体、b) Cry j 2 特異的 IgG 抗体
81
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(a)
P<0.005
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No.1
No.2
No.3
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May
(b)
May
Dec
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No.1
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15
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5
0
May
Dec
May
図 4 スギ花粉アレルゲン特異的T細胞反応性の I 季節変動
a) Cry j 1 特異的T細胞反応性、b) Cry j 2 特異的T細胞反応性
82
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(a)
IgE to cypress pollen (Ua/ml)
100
10
1
<0.35
.1
.1
<0.35
1
10
100
IgE to cedar pollen (Ua/ml)
(b)
100000
IgE to Cha o 1 (U/ml)
10000
1000
100
10
<5
1
1
< 5 10
100
1000
10000
100000
IgE to Cry j 1 (U/ml)
図 5 スギ・ヒノキ花粉アレルゲン特異的 IgE 抗体の反応性
a) スギ・ヒノキ粗抗原特異 IgE、b) Cry j 1および Cha o 1 特異的 IgE
83
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表1 47頭のニホンザルにおける花粉アレルゲンに対する特異 IgE 抗体の反応性
_____________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
Specific IgE to pollen allergens
____________________________________________________________________________________________________________________________
Monkey no.
Cedar
Grass
Ragweed
Mugwort
_____________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
47
13(28%)
15(32%)
5(11%)
3(6%)
Mean value±SD*
4.5±6.0
1.3±1.5
2.1±1.6
0.5±0.1
______________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
*Specific IgE level (Ua/ml)
表2 スギ花粉症ニホンザルにおける花粉アレルゲンに対する特異 IgE 抗体の反応性
_______________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
Specific IgE to pollen allergens
______________________________________________________________________________________________________________________________
Monkey
No.
Cedar
Grass
Ragweed
Mugwort
_______________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
1
16.6
2.08
2.03
0.46
2
21.5
0.96
0.58
<0.35
3
12.4
1.08
0.47
<0.35
4
0.68
0.76
0.73
<0.35
5
15.5
2.83
<0.35
0.42
6
5.1
0.46
<0.35
<0.35
7
24.3
<0.35
<0.35
<0.35
8
12.9
<0.35
<0.35
<0.35
9
12.5
<0.35
<0.35
<0.35
10
4.9
<0.35
<0.35
<0.35
Mean value±SD*
12.6±7.4
1.4±0.9
1.0±0.7
0.4±0.03
__________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
*Specific IgE level (Ua/ml)
84
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.4. スギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
1.4.2. イヌにおけるスギ花粉症の自然発症モデルに関する研究
東京大学大学院農学生命科学研究科獣医内科学教室
辻本 元
■要 約
イヌの実験的スギ花粉症モデルを用いて Cry j 1 プラスミド DNA ワクチン(pCACJ1,pCAGGS-Cryj1)の有効性を解析し
た。日本スギ花粉に感作したビーグル犬に、pCACJ1 および pCAGGS-Cryj1を 7 ヶ月間にわたり合計 5 回筋肉注射した。
その結果、治療群においては皮内反応および抗原気道暴露試験において過敏性の低下が認められ、肺組織に浸潤する
肥満細胞の数が減少した。一方、抗原特異的 IgE 値およびサイトカインプロファイルに変化は認められなかった。よって、プ
ラスミド DNA ワクチンは免疫学的な変化よりも肥満細胞によるアレルギー反応の感受性低下をもたらすことがわかった。
■目 的
アレルギー性疾患のモデル動物としてこれまではマウスを中心とした実験的感作モデルが使用されてきた。しかし、これ
ら実験的感作モデル動物はアレルギー反応を惹起することはできても、その臨床症状を発症することは困難であった。イヌ
においては、アレルギー性疾患としてアトピー性皮膚炎がよく解析されており、これまでの我々の研究によって、症例の約
20%は日本スギ花粉抗原に感作されていることがわかってきた。そこで、これらを日本スギ花粉症の自然発症動物モデル
として利用することを考え、今研究においては、日本スギ花粉症に対する DNA ワクチン療法の有効性について実験的に過
ぎ花粉感作を誘導したイヌを用いて検討した。
■ 研究方法
1.
イヌにおける実験的スギ花粉感作の誘導
①
健常なビーグル犬20頭(メス、6 ヶ月齢)に対して、1 頭あたり日本スギ花粉粗抗原 100μg およびアラム 20
mg を 2 週間間隔で2回皮下注射する。
②
2.
感作成立は、日本スギ花粉抗原に対する皮内反応およびスギ花粉特異的 IgE 検査によって判定する。
Cry j 1 プラスミド DNA ワクチンによる治療効果の検討
①
Cry j 1 遺伝子を含むプラスミドの作成
動物細胞における高発現プラスミドの一つである pCAGGSに日本スギ花粉主要アレルゲン cDNAを組
み込んだ。Cry j 1 cDNAは 2 種類の日本スギ株から採取した(pCACJ1, pCAGGS-Cryj1)。
②
③
実験的感作が成立したイヌを以下のように群わけした。
1.
A 群: pCACJ1 高用量 0.5 mg/dog
2.
B 群: pCAGGS-Cryj1 高用量 0.5 mg/dog
3.
C 群: pCAGGS-Cryj1 低用量 0.005 mg/dog
4.
D 群: pCAGGS 高用量 0.5 mg/dog
5.
E 群: 無処置群
プラスミドは 1.5 ヶ月に1回、大腿筋に注射する。同時にスギ花粉感作の程度を維持するために日本スギ
85
スギ花粉症克服に向けた総合研究
花粉粗抗原 500μg/dog を 1.5 ヶ月に1回、皮下注射した。
3.
効果判定
①
日本スギ花粉特異的 IgE 測定:ELISA を用いて 1.5 ヶ月毎に血清中 IgE 測定を行った。
②
皮内反応:治療試験終了時に日本スギ花粉粗抗原濃度 2, 20, 200 ng/ml で行った。
③
末梢血リンパ球芽球化反応:1.5 ヶ月毎にスギ花粉抗原に対する反応を検討した。
④
末梢血リンパ球サイトカインプロファイル:治療終了後に各種サイトカイン(IL-2, IL-4, IL-5, IL-10, IFN-g,
TGF-b)のmRNA発現量を TaqMan system を用いて定量的に測定した。
⑤
スギ花粉抗原気道暴露試験:治療終了時に全身麻酔下においてスギ花粉をネブライザーによって暴露し、
呼吸数の増加を検討した。
⑥
肺病理組織学的検査:スギ花粉暴露後 24 時間目に安楽殺して肺組織を採取し、トルイジンブルー染色、
KIT の免疫染色を行い、浸潤肥満細胞の数を測定した。
■ 研究成果
1. イヌにおける実験的スギ花粉感作の誘導
実験に供与したすべてのビーグルにおいて、日本スギ花粉抗原に対するIgEの上昇、皮内反応の陽性結果が得ら
れた。これら上昇した日本スギ花粉に対するIgEはすべてがCry j 1を認識することがわかった。一方、Cry j 2は
おおよそ 30%の症例において認識されることがわかった。また、これらのイヌの末梢血単核球を日本スギ花粉抗原で
刺激するとIL-4mRNAの発現が増強することがわかった。臨床症状の発現を検討するため、全身麻酔下において
ネブライザーによりメサコリンおよび日本スギ花粉抗原を暴露すると、メサコリンに対して気道内圧の上昇が見られ、そ
れは用量依存性に増加した。日本スギ花粉抗原の暴露においても、暴露後数分で気道内圧の上昇が認められ、そ
の上昇は 1 時間程度継続して、徐々に正常値へ戻った。これらのことから、本研究で使用した実験的感作方法は日
本スギ花粉感作誘導に効果的であると同時に、感作成立時には日本スギ花粉抗原に対するアレルギー性気管支炎
を起こしていることがわかった。
2. 実験的日本スギ花粉感作犬におけるCry j 1プラスミドDNAワクチンの治療効果の検討
①
日本スギ花粉に対するIgEの変化
治療前と治療終了後の日本スギ花粉粗抗原に対するIgE値については、全頭で低下する傾向は見られるもの
の、治療群とコントロール群の間に差は認められなかった。Cry j 1特異的IgE値についても同様の結果が得
られた。プラスミドDNAワクチンは本実験期間の7ヶ月間においてはIgE産生に大きな変化をもたらさないことが
わかった。
②
皮内反応における日本スギ花粉粗抗原に対する感受性の変化
高用量治療群(A群およびB群)においては皮内反応の感受性の低下が認められた。これら群においては、コ
ントロール群であるD群およびE群において陽性反応が認められた抗原濃度 20 ng/ml において陽性反応は認
められなかった。一方、C群の 2 頭においては皮内反応陽性の感受性が亢進しており、抗原濃度 2 ng/ml にお
いても陽性反応が認められた。
③
リンパ球芽球化反応
末梢血リンパ球の芽球化反応は、治療後に全体的に低下する傾向が認められたが、全頭において治療前と治
療後において明らかに一定した傾向は認められなかった。また、群間における一定の傾向も認められず、リンパ
球芽球化反応を測定することによってはDNAワクチンの有効性を判定するには至らなかった。
④
サイトカインプロファイル
治療群およびコントロール群の間に明らかな傾向は認められなかった。
⑤
スギ花粉抗原暴露試験
86
スギ花粉症克服に向けた総合研究
コントロール群においては暴露後 6 分後に呼吸数の増加が認められた。増加した呼吸数は 40 回/分を超えた。
しかし、DNAワクチン高用量治療群においては 1 頭を除いてその他のイヌにおいて異常値を超えた呼吸数の
増加は認められなかった(図1)。このようなことから、DNAワクチンによる気道の抗原感受性の低下が起こると
考えられた。
times/min
160
140
120
100
異常値
80
曝露前
60
曝露後
40
20
正常値上限 0
22 23 31 100
A group
pCACJ1
27 29 32 95 101
C group
pCAGGS
-Cryj1
Low dose
B group
pCAGGS
-Cryj1
High dose
図1
⑥
25 26 28 97
20 24 30 102 110 103 108
D group
pCAGGS
No treat
スギ花粉抗原の気道粘膜曝露試験
- 曝露前後における呼吸数 -
肺組織中肥満細胞数
スギ花粉抗原暴露後 24 時間後に採取した肺組織を用いて病理組織学的に検討をおこなった。肺組織全域に
治療群、コントロール群に関わらず単核円形細胞の浸潤が軽度から中等度で認められた。これら肺組織にはカ
ルノア固定後トルイジンブルー染色においてメタクロマジーを示す肥満細胞の浸潤が確認された。浸潤肥満細胞
の数はコントロール群と比較すると治療群(A, B, C)において少ないことがわかった(表1)。これらは組織を抗KI
T抗体による免疫染色においても肥満細胞を確認したところ、肥満細胞の数においてはトルイジンブルー染色に
おいて認められたものと同様の傾向があることがわかった(図2)。
表 1.
肺組織中の肥満細胞数(400 倍観察で5視野の平均値)
A群 pCACJ1
12
B群 pCAGGS-Cryj1 0.5mg/dog
26
C群 pCAGGS-Cryj1 0.005 mg/dog
D群 pCAGGS
4
60.3
87
スギ花粉症克服に向けた総合研究
TB
KIT
図2.肺の組織学的所見。トルイジンブルー染色(上段)および
抗 KIT 抗体を用いた免疫染色(下段)
■考 察
以上の結果から、日本スギ花粉感作に対するDNAワクチン療法はスギ花粉の感受性を低下させると考えられた。皮内
反応および気道粘膜暴露試験の結果から、プラスミド DNA ワクチン高用量群においてはその感受性低下は顕著であり、本
治療プロトコールによって成功率の高い日本スギ花粉感受性低下が得られると考えられた。このような肥満細胞数の低下
はアレルギー性疾患のヒトにおける減感作療法の有効症例に認められる所見に類似している[1]。このような効果発現の機
序については本研究においては明らかとならなかった。しかし、第 I 期において我々は Cry j 1 に対してアトピー性皮膚炎を
呈したイヌを用いて Cry j 1 プラスミド DNA ワクチンの治療試験を行ったが、その作用機序においては、リンパ球の芽球化
反応の低下が認められたこと、また、プラスミド DNA ワクチンによって Th1 型のサイトカイン産生が誘導されてアレルギー反
応が減弱することがわかっていることから[2]、Cry j 1 プラスミド DNA ワクチンは T 細胞トレランスを誘導し、Th1 型サイトカイ
ンを誘導することによって、最終的には肥満細胞の数を減少させ、その効果発現をもたらすことが予想された。肥満細胞の
増殖には、線維芽細胞などが産生する SCF などのサイトカインが作用すると考えられている[3]。末梢血単核球における各
種サイトカインの発現パターンには、治療群とコントロール群で差は認められず、これらのことが肺における肥満細胞の浸
潤に関わっているかどうかについては不明であった。よって、さらに検討をするためには、肺組織における in situ のサイトカ
インの発現パターンを検討する必要性があると考えられた。
プラスミドDNAワクチンによっては血清中のスギ花粉特異的IgE値の低下はその有効性として認められなかった。アレル
ギー性疾患のヒトにおける減感作療法においては、その効果発現に血清中のIgE値の低下が上げられている[4]。スギ花
粉アレルギー反応を実験的に誘導したマウスにおいては、Cry j 1DNA ワクチン治療後にスギ花粉抗原に対する IgE 値の低
下が認められたが[5]、本研究の観察期間が 7 ヶ月であることを考慮すると、血清中のIgE値を低下させるには不十分であ
ったことが予想される。今後、この点については長期的な観察、あるいは自然発症スギ花粉アレルギー犬に治療試験を行
い、観察する必要性があると考えられる。
また、本研究においては、日本スギ花粉に対するアレルギー反応を実験的に誘導し、かつスギ花粉抗原暴露によって気
道過敏性が誘導されるにもかかわらず、体内で Cry j 1 を産生するプラスミドDNAワクチンに対する副作用は、全身的にも
局所的にも認められなかった。このことは、プラスミド DNA ワクチンによる治療法は比較的安全であることを示すものと考え
られた。従来からの薬物を使用する対症療法や粗抗原液を用いる減感作療法においては、その副作用の発現が問題とな
ってきたが、プラスミド DNA ワクチンにおいて副作用が認められなかった点は、プラスミド DNA ワクチンは従来の治療法の
欠点を克服した新規の治療法であると言える。
88
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 引用文献
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■ 成果の発表
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89
スギ花粉症克服に向けた総合研究
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口頭発表
招待講演
1. 増田 健一 「イヌのアトピー性皮膚炎」 横浜、第 15 回日本アレルギー学会春季大会、2003.5.12.)
応募・主催講演等
1. Masuda K, Sakaguchi M, Saito S, DeBoer DJ, Kuratra K, Tsukui T, Ohno K, Tsujimoto H. Identification of
T-cell epitopes of Cry j 1 in dogs sensitive to Japanese cedar (Cryptomeria japonica) pollen. 58th Annual
Meeting AAAAI, New York 2002. 3. 6
2. Kurata K, Masuda K, Ohno K, Tsujimoto H. Reactivity to common allergens in spontaneous feline asthma. 58th
Annual Meeting AAAAI, New York 2002. 3. 6.
3. Maeda S, Fujiwara S, Ohmori K, Nakashima K, Kurata K, Yamashita K, Masuda K, Ohno K, Tsujimoto H.
Lesional expression of Thymus and Activation-Regulated Chemokine (TARC) in atopic dogs. 58th Annual
Meeting AAAAI, New York 2002. 3. 6.
4. 蔵田 圭吾、増田 健一、阪口 雅弘、大野 耕一、辻本 元 アレルギー性鼻炎と診断したイヌにおける感作
抗原の同定および末梢血単核球のサイトカイン発現に関する研究、第 14 回日本アレルギー学会春季大会、幕
張、2002. 3.23.
5. 大森 啓太郎、阪口 雅弘、増田 健一、大野 耕一、辻本 元 イヌにおけるワクチン接種後副反応に関する
調査、第 134 回日本獣医学会学術集会、岐阜、2002.9.21.
6. 前田 貞俊、岡山 太郎、大森 啓太郎、増田 健一、大野 耕一、辻本 元 ネコの TARCcDNAのクローニン
グと好酸球性プラークにおける発現、第 134 回日本獣医学会学術集会、岐阜、2002.9.21.
7. 石田 琳瑛、増田 健一、阪口 雅弘、蔵田 圭吾、大野 耕一、辻本 元 犬における食物アレルギーに関す
る検討、第51回日本アレルギー学会、福岡、2001.10.30.
8. 蔵田 圭吾、安永 翔、増田 健一、大野 耕一、辻本 元 アレルギー性鼻炎と診断したイヌにおける感作抗
原の同定および末梢血単核球におけるサイトカイン産生に関する研究、第132回日本獣医学会学術集会、岩
手、2001.10.6.
9. Masuda K, Sakaguchi M, Saito S, Hasegawa A, Ohno K, Tsujimoto H. Clinical trial of Cry j 1 DNA vaccination
to induce hyposensitization in atopic dogs sensitized to Japanese cedar pollen. 57th Annual Meeting AAAAI,
San Diego 2001.3.20.
90
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1. スギ花粉症の治療に関する研究
1.5. スギ花粉症におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与度に関する研究
国立相模原病院臨床研究センター
安枝 浩
■要 約
スギ,ヒノキ科花粉グループ1,グループ2アレルゲンに対するスギ花粉症患者の反応性を解析した。スギ花粉症患者は
スギ,ヒノキのみならず,わが国ではほとんど飛散のみられないヒノキ科花粉アレルゲンにも反応した。スギ,ヒノキ科花粉グ
ループ1,グループ2アレルゲンはスギ花粉症患者の B 細胞レベル,T 細胞レベルのいずれにおいても強い交差反応性を
示した。患者ごとでのヒノキ花粉アレルゲンの関与度の割合は,in vitro のパラメーターで表示できる可能性が示された。ま
た,スギ花粉エキスによる減感作治療により,スギのみならずヒノキ花粉アレルゲンに対する免疫応答も連動して修飾を受
けた。このことから,スギ花粉症の抗原特異的免疫療法にはヒノキの抗原を併用する必要性のないことが示唆された。
■目 的
スギ (Cryptomeria japonica) とヒノキ (Chamaecyparis obtusa)の花粉アレルゲンの間には強い免疫学的交差反応性の
あることが知られている。スギ花粉アレルゲンとヒノキ花粉アレルゲンの異同,および両者に対するスギ花粉症患者の免疫
応答性を定量的に解析することにより,スギ花粉症におけるヒノキ花粉アレルゲンの意義を明らかにする。これまでにB細胞
レベルでのヒノキ花粉アレルゲンの関与,すなわち,花粉症症状を惹起するという面からの関与については比較的明らか
にされている。しかしT細胞レベルでの関与,すなわち,感作という局面におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与については
不明な点が多い。本研究ではB細胞レベルでのヒノキ花粉アレルゲンの関与についてさらに詳細に解析するのとともに,T
細胞レベルでの関与についても解析して,感作という局面におけるヒノキ花粉アレルゲンの意義を明らかにする。さらに,こ
のような解析結果をもとにして,個々の患者レベルにおけるヒノキ花粉の関与の程度を反映するパラメーターの開発を試み
る。また,減感作治療を施行中の患者における交差反応性の解析から,本研究班で開発が進められているペプチド療法
や DNA ワクチン療法などのスギ花粉症の新規治療法に,これまでに用いられてきたスギ花粉アレルゲン由来のペプチドや
遺伝子だけでなく,適切なヒノキ花粉アレルゲン由来のペプチドや遺伝子を併用することに意味があるのかどうかについて
も考察する。
■ 研究方法
1)スギ,ヒノキ科花粉からのアレルゲン精製標品の調製
スギ花粉の Cry j 1, Cry j 2,ヒノキ花粉の Cha o 1, Cha o 2 の精製標品は,第 I 期に開発した精製方法によって調製し
た。ビャクシン (Juniperus ashai) 花粉の Jun a 1,ホソイトスギ (Cupressus sempervirens) 花粉の Cup s 1 の精製標品も Cry
j 1 の精製方法にならって調製した。
2)IgE 抗体の測定
各精製アレルゲンを常法にしたがって CNBr-活性化ペーパーディスクに結合させてアレルゲンディスクを作製した。アレ
ルゲンディスクを 50μl の患者血清と3時間,次いで 50μl のβ-ガラクトシダーゼ結合抗ヒト IgE 抗体と一晩インキューベー
トした後,基質を加えて酵素反応を行い,反応停止後 415nm の吸光度を測定した。同時に作成した標準曲線から患者血
91
スギ花粉症克服に向けた総合研究
清中の IgE 抗体価 (PRU/ml) を算出した。抗体価が 17.5 PRU/ml を超える場合には患者血清をウマ血清で希釈後再測定
を行った。
3)末梢血白血球からのヒスタミン遊離試験
スギ花粉症患者のヘパリン血から Dextran sedimentation 法で白血球分画をとり,洗浄後,0.03% (W/V)のヒト血清アル
ブミンと 2mM CaCl2, 2mM MgCl2 を含む PIPES buffer, pH7.4 に浮遊させた。37℃に加温後,段階希釈した抗原溶液を加
え,37℃で 45 分間インキュベートしてヒスタミン遊離反応を行った。上清中に遊離したヒスタミン量を自動分析機による蛍光
法で測定した。ヒスタミンの遊離率(%HR)は次式により計算した。
%HR = {(Ag) - (S)} / {(T) - (S)} x 100
(T):細胞中の総ヒスタミン量,(S):自然遊離量,(Ag):抗原を加えたときの遊離量
各抗原濃度におけるヒスタミンの遊離率から片対数のグラフ上にヒスタミン遊離曲線を描き,その遊離曲線からヒスタミン
25%遊離に要する抗原濃度を算出して,これを当該アレルゲンに対する細胞の感受性 (cell sensitivity) とした。
4)抗原特異的 T 細胞増殖反応,およびサイトカイン産生能の測定
スギ花粉症患者のヘパリン血から Ficoll-Paque 法で末梢血単核球を分離し,アレルゲン精製標品(10μg/ml) の存在下
で4日間培養した。培養上清を分離後,BrdU を加えてさらに4時間培養し,細胞に取り込まれた BrdU を Cell Proliferation
ELISA, BrdU (Chemiluminescence) キット(ロシュ)で測定した。細胞の増殖能はアレルゲン非存在下での取り込みとの比
(stimulation index)で表した。4日間培養後の上清中の IL-4, IL-5 は Human IL-4 ELISA キット,Human IL-5 ELISA キット
(バイオソース)で測定した。
採血に際しては被験者に本研究の趣旨を十分に説明し書面で同意を得た上で協力をいただいた。本研究は国立相模
原病院倫理委員会の承認を受けている。
■ 研究成果
1)日本では飛散していないヒノキ科花粉アレルゲンに対するスギ花粉症患者の反応性
スギ花粉とヒノキ花粉の対応する主要アレルゲン間(Cry j 1 と Cha o 1,Cry j 2 と Cha o 2)での B 細胞レベルにおける交
差反応性については第Ⅰ期に詳しく解析し,両者の間には非常に強い交差反応性があり,しかもスギ花粉症患者はヒノキ
よりもスギに対して,すなわち Cha o 1 よりも Cry j 1,Cha o 2 よりも Cry j 2 に対して,全例がより強く反応することを明らか
にした。それでは,構造的にはヒノキの Cha o 1 ときわめて類似しているが,わが国ではほとんど飛散していないヒノキ科花
粉のアレルゲン,すなわち,ビャクシンの Jun a 1,ホソイトスギの Cup s 1 に対してはスギ花粉症患者はどのように反応する
のかということを明らかにするために,4種類のスギ,ヒノキ科花粉グループ1アレルゲン(Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1, Cup s 1)
に対する B 細胞レベルの反応性を比較,解析した。スギ花粉症患者 20 例の Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1 の3者に対する IgE
抗体価の関係を図1に,ヒスタミン遊離試験における感受性の関係を図2に示した。なお,グラフが複雑になるので Cup s 1
は省略したが,図1,図2における Jun a 1 を Cup s 1 に置き換えてもほぼ同じ関係が得られた。IgE 抗体価,感受性ともに,
Cry j 1 と Cha o 1 の関係と同様に,Cry j 1 と Jun a 1(あるいは Cup s 1)の関係においても有意な相関がみられ,Cha o 1
と Jun a 1 との間にはさらに強い相関がみられた。しかし,Jun a 1 に対する抗体価,あるいは感受性は Cha o 1 に対するそ
れよりもさらに低く,全例の抗体価,あるいは感受性は Cry j 1 > Cha o 1 >Jun a 1 の順になった。すなわち,わが国のスギ
花粉症患者は全例が Jun a 1 あるいは Cup s 1 よりも Cha o 1 に対してより強く反応した。一方,フランスのホソイトスギ花粉
症患者の血清(Dr. R. Panzani より恵与)中の Cha o 1 と Cup s 1 に対する IgE 抗体を測定したところ,わが国の患者とは完
全に逆転して,全例が Cha o 1 よりも Cup s 1 に対して高値を示した(図3)。
92
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図1 スギ花粉症患者 20 例の Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1 の3者に対する IgE 抗体価の関係
図2 スギ花粉症患者 20 例の Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1 の3者に対する感受性の関係
図3 スギ花粉症患者 20 例の Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1 の3者に対する IgE 抗体価の関係
2)スギ,ヒノキ科花粉グループ1アレルゲンに対する T 細胞レベルの反応性
スギ花粉症患者が3種類のスギ,ヒノキ科花粉グループ1アレルゲン(Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1)に対してどのような T 細
胞レベルの反応性を示すのかを比較,解析した。図4に各アレルゲンで刺激したときの T 細胞の proliferative response に
おける stimulation index の関係を,図5に IL-5 産生量の関係を示した。なお,IL-4 は産生量が IL-5 に比べて少ないため
に,データがばらつく傾向があったが,基本的には3者の間に IL-5 の場合と同じ関係がみられた。図4,図5ともにいずれも
Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1 の3者の間に有意な正の相関がみられ,スギ,ヒノキ科花粉グループ1アレルゲンは B 細胞レベル
のみならず T 細胞レベルにおいても強く交差反応することが強く示唆された。しかし,T 細胞レベルの反応性には B 細胞レ
ベルの反応性でみられた Cry j 1 > Cha o 1 >Jun a 1 という明確な反応性の順位というものは認められなかった。
93
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図4 スギ花粉症患者 27 例の Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1 に対する proliferative response
図5 スギ花粉症患者 27 例の Cry j 1, Cha o 1, Jun a 1 刺激による IL-5 産生量
3)個々の患者におけるヒノキ花粉アレルゲンの関与の程度を反映するパラメーターの開発とその臨床的有用性の検証
過去3年間にスギの Cry j 1 とヒノキの Cha o 1 に対する B 細胞レベルの反応性を解析した 86 例を,IgE 抗体価とヒスタミ
ン遊離試験における感受性の成績から,ヒノキ high responder とヒノキ low responder に区分けした。すなわち,IgE 抗体に
おいては Cry j 1 と Cha o 1 に対する抗体価の比が1:1から4:1の症例をヒノキ high responder,4:1以下の症例をヒノキ low
responder とし,ヒスタミン遊離試験においては感受性の比が1:1から 10:1の症例をヒノキ high responder,10:1以下の症
例をヒノキ low responder とした(図6)。なお,図6のグラフには 86 例全例ではなく,2000 年に解析した 20 症例だけを示し
た。IgE 抗体価における high responder の 87 % (48/55),low responder の 68 % (21/31) は感受性においてもそれぞれ high
responder,low responder であった。すなわち,全体の 80 % (69/86 ) は両方法での high / low が一致していた。
図6 ヒノキ花粉アレルゲンに対する high responder と low responder
94
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2001 年の飛散シーズンの鼻アレルギー日誌を集計して,high responder 9例と low responder 11 例の1週間単位の
symptom medication score の推移を比較した。もし,両群のヒノキに対する臨床的反応性に違いがあるのであれば,シーズ
ン前半のスギ花粉飛散期には両群の症状に差はなく,後半のヒノキ花粉の飛散期の症状に差の生じることが期待される。
しかし,両群の score には,シーズン前半のみならず,後半のヒノキ花粉飛散期においても有意な差は認められなかった。
相模原における 2001 年のスギ花粉とヒノキ花粉の飛散数は,それぞれ 10,097 個,1,736 個/cm2 で ,ヒノキの飛散が最大
の週でもその飛散数はスギの半分しかなく,このような花粉飛散状況ではヒノキ花粉の関与を定量的に評価することは困難
であった。2002 年,2003 年においてもスギとヒノキの花粉飛散パターンは 2001 年と同じであった。
4)スギ花粉症の抗原特異的治療にヒノキ由来の抗原を併用する必要性の有無の解析
スギ花粉エキスによる減感作療法を施行中の 26 例と未治療の 16 例のスギ花粉症患者を対象にして,両群間における
Cry j 1 と Cha o 1 に対する B 細胞レベル,T 細胞レベルの反応性を比較,解析した。Cry j 1 と Cha o 1 に対する IgE 抗体
価,感受性には治療群と未治療群の間に有意な差は見いだせなかったが,IgG, IgG4 抗体は,Cry j 1 に対する抗体価とと
もに Cha o 1 に対する抗体価も治療群の方が未治療群に比べて有意に高値であった(図7)。また,Cry j 1 に対する T 細
胞の proliferative response は,有意差はないが治療群の方が低下傾向にあり,Cha o 1 に対する T 細胞の proliferative
response は,治療群の方が有意に低値であった(図8左)。さらに,Cry j 1 と Cha o 1 に対する T 細胞の proliferative
response には未治療群と同様に治療群においても有意な正の相関がみられ,しかも,治療によって Cry j 1 と Cha o 1 に対
する response は連動して低下していた(図8右)。すなわち,スギ花粉エキスを投与することにより,Cry j 1 に対する免疫応
答のみならず,ヒノキの Cha o 1 に対する免疫応答も連動して修飾を受けた。
図 7 スギ花粉エキスによる減感作治療施行群と未施行群の Cry j 1 と Cha o 1 に対する IgG 抗体と IgG4 抗体
図8 スギ花粉エキスによる減感作治療施行群と未施行群の Cry j 1 と Cha o 1 に対する proliferative response
95
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■考 察
スギとヒノキ花粉からはグループ1,グループ2の2種類の主要アレルゲンが同定されている[1-8]。すなわちスギの Cry j
1, Cry j 2,ヒノキの Cha o 1, Cha o 2 である。また,ヒノキ以外のヒノキ科花粉からも Cry j 1, Cha o 1 に対応するグループ1
アレルゲンが同定されている[9-11]。これらのスギ花粉とヒノキ科花粉のグループ1アレルゲン,グループ2アレルゲンはい
ずれも B 細胞レベルのみならず T 細胞レベルにおいても非常に強く交差反応することが明らかになった。
B 細胞レベルの反応性において,わが国のスギ花粉症患者は全例がヒノキよりスギのアレルゲンに対してより強く反応す
ることは I 期の研究ですでに明らかにしたが,II 期においては,ヒノキ花粉の Cha o 1 とわが国ではほとんど飛散のみられな
いヒノキ科植物(ビャクシン,ホソイトスギ)花粉のグループ1アレルゲン,Jun a 1, Cup s 1 に対するスギ花粉症患者の反応性
を比較することにより,B 細胞レベルにおけるヒノキ花粉曝露の影響を検討した。その結果,Jun a 1, Cup s 1 に対する IgE
抗体価,感受性は全例において Cha o 1 に対するそれよりも低かった(図1,図2)。一方,フランスのホソイトスギ花粉症患
者の IgE 抗体は全例が Cha o 1 よりも Cup s 1 に対して高値であった(図3)。このことは,きわめて構造的類似性が高いタ
ンパク質アレルゲン(Cha o 1 と Cup s 1 のアミノ酸配列の一致率は 84 %)の間においても,曝露を受けたものに対してより
反応性が亢進しているということを示している。すなわち,スギ花粉症患者はヒノキ花粉アレルゲンに対して単にスギとの交
差性で反応しているだけでなく,ヒノキ花粉への曝露にともなう免疫応答の変化がヒノキ花粉への反応性に影響を及ぼして
いるものと考えられた。
Cry j 1 と Cha o 1 はヒトの IgE 抗体のレベルで非常に強く交差反応するが,Cha o 1 に対するスギ花粉症患者の反応性
は一様ではなく,Cry j 1 に匹敵する例からほとんど反応しない例まで,ヒノキ花粉の関与の程度はさまざまである。症例ごと
に異なるヒノキ花粉の関与の程度を in vitro のパラメーターで数値化できないかどうかを検討した。図6に示したように,抗体
価の比,感受性の比でそれぞれ high responder, low responder に区分けすると,両方法での区分けはよく一致していた。こ
のような in vitro のパラメーターが臨床症状におけるヒノキの関与の程度を反映するかどうかは,臨床症状とスギ,ヒノキ花粉
の飛散の推移との関係を解析して検証する必要がある。しかし,ヒノキの飛散がスギの 1/5 以下というここ7~8年の相模原
における飛散状況では,それを臨床症状の推移から評価することは不可能である。このような評価はシーズン後半にスギよ
りもヒノキの飛散が圧倒的に多い地域の症例を対象にして実施する必要がある。
スギ花粉症にヒノキ花粉が密接に関与しているのであれば,現行の減感作治療,あるいは将来のペプチド免疫療法も含
めて,抗原特異的な治療にヒノキの抗原も併用する必要があるのかということが問題となる。図7,図8の結果は,スギ花粉
エキス,すなわち Cry j 1 の投与により,Cry j 1 に対する免疫応答のみならず,ヒノキの Cha o 1 に対する免疫応答も連動し
て修飾を受けるということ,すなわち治療においてもスギとヒノキは交差反応するということを明確に示している。減感作治療
の作用メカニズムは必ずしも明らかになっていないが,治療効果が抗原特異的な刺激にともなう何らかの免疫応答の修飾
によってもたらされていると考えるならば,今回得られたデータは,減感作治療にスギに加えてヒノキ由来の抗原をあえて併
用する必要はないということを示唆している。さらに,ペプチドワクチン[12, 13] や DNA ワクチン[14] など将来の免疫療法
においてもその効果発現に係わる基本的な作用メカニズムが減感作治療と変わりがないとすれば,それらの治療において
もヒノキ由来の抗原の併用を考慮する必要はないと考えられる。
■ 引用文献
1.
Yasueda H, Yui Y, Shimizu T, Shida T: Isolation and partial characterization of the major allergen from Japanese cedar
(Cryptomeria japonica) pollen. J Allergy Clin Immunol 1983; 71: 77-86.
2.
Sone T, Komiyama N, Shimizu K, Kusakabe T, Morikubo K, Kino K: Cloning and sequencing of cDNA coding for Cry j
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Sakaguchi M, Inouye S, Taniai M, Ando S, Usui M, Matuhasi T: Identification of the second major allergen of Japanese
cedar pollen. Allergy 1990; 45: 309-312.
4.
Namba M, Kurose M, Torigoe K, Hino K, Taniguchi Y, Fukuda S, Usui M, Kurimoto M: Molecular cloning of the
second major allergen, Cry j II, from Japanese cedar pollen. FEBS Letters 1994; 353: 124-128.
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スギ花粉症克服に向けた総合研究
5.
Komiyama N, Sone T, Shimizu K, Morikubo K, Kino K: cDNA cloning and expression of Cry j II, the second major
allergen of Japanese cedar pollen. Bioche Biophys Res Commun 1994; 201: 1021-1028.
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Suzuki M, Komiyama N, Itoh M, Itoh H, Sone T, Kino K, Takagi I, Ohta N: Purification, characterization and molecular
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7.
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8.
Yasueda H, Saito A, Sakaguchi M, Ide T, Saito S, Taniguchi Y, Akiyama K, Inouye S: Identification and
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Cryptomeria japonica. Clin Exp Allergy 2000; 30: 546-550.
9.
Midoro-Horiuti T, Goldblum RM, Kurosky A, Goetz DW, Brooks EG: Isolation and characterization of the mountain
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10. Midoro-Horiuti T, Goldblum RM, Kurosky A, Wood TG, Schein CH, Brooks EG: Molecular cloning of mountain cedar
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11. Aceituno E, Del Pozo V, Minguez A, Arrieta I, Cortegano I, Cardaba B, Gallardo S, Rojo M, Palomino P, Lahoz C:
Molecular cloning of major allergen from Cupressus arizonica pollen: Cup a 1. Clin Exp Allergy 2000; 30: 1750-1758.
12. Sone T, Morikubo K, Miyahara M, Komiyama N, Shimizu K, Tsunoo H, Kino K. T cell epitopes in Japanese cedar
(Cryptomeria japonica) pollen allergen: choice of major T-cell epitopes in Cry J 1 and Cry J 2 towards design of the
peptide-based immunotherapeutics for the management of Japanese cedar pollinosis. J Immunol 1998; 161: 448-57.
13. Yoshitomi T, Hirahara K, Kawaguchi J, Serizawa N, Taniguchi Y, Saito S, Sakaguchi M, Inouye S, Shiraishi A: Three
T-cell determinants of Cry j 1 and Cry j 2, the major Japanese cedar pollen antigens, retain their immunogenicity and
tolerogenicity in a linked peptide. Immunology 2002; 107: 517-522.
14. Toda M, Sato H, Takebe Y, Taniguchi Y, Saito S, Inouye S, Takemori T, Sakaguchi M: Inhibition of immunoglobulin E
response to Japanese cedar pollen allergen (Cry j 1) in mice by DNA immunization: different outcomes dependent on
the plasmid DNA inoculation method. Immunology 2000; 99: 179-186.
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
榎本雅夫,大西成雄,安枝浩,嶽良博,硲田猛真,齋藤優子,十河英世,藤村聡,藤木嘉明,瀬野悟史,井
手武:「高感度 Cry j 1 測定法について」,日本花粉学会会誌 46: 9-16, 2000
2.
寺西秀豊,劔田幸子,加藤輝隆,加須屋実,内田満夫,矢田豊,安枝浩:「メタセコイア花粉とスギ花粉の共通
抗原性の検討」,花粉症研究会会報 12: 20-23, 2000
3.
後藤陽子,近藤禎二,安枝浩:「スギ精英樹における花粉中のアレルゲン含量のクローン間変異」,林木の育
種 特別号:19-21, 2001
国外誌
1.
Yasueda H, Saito A, Sakaguchi M, Ide S, Saito S, Taniguchi Y, Akiyama K, Inouye S: Identification and
characterization of a group 2 conifer pollen allergen from Chamaecyparis obtusa, a homologue of Cry j 2 from
Cryptomeria japonica. Clin Exp Allergy 30: 546-550, 2000.
2.
Masuda K, Tsujimoto H, Fujiwara S, Kurata, K, Hasegawa A, Taniguchi Y, Yamashita K, Yasueda H, DeBoer
DJ, de Weck AL, Sakaguchi M: IgE-reactivity to major Japanese cedar (Cryptomeria japonica) pollen allergens
97
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(Cry j 1 and Cry j 2) by ELISA in dogs with atopic dermatitis. Vet Immunol Immunopathol 74: 263-270 2000.
3.
Sakaguchi M, Masuda K, Toda M, Inouye S, Yasueda H, Taniguchi Y, Nagoya T, DeBoer DJ, Tsujimoto H:
Analysis of the canine IgE-binding epitope on the major allergen (Cry j 1) of Japanese cedar pollen with
anti-Cry j 1 monoclonal antibodies. Vet Immunol Immunopathol 78: 35-43, 2001.
4.
Sakaguchi M, Masuda K, Yasueda H, Saito S, DeBoer DJ, Tsujimoto H: IgE reactivity and cross-reactivity to
Japanese cedar (Cryptomeria japonica) and cypress (Chamaecyparis obtuse) pollen allergens in dogs with atopic
dermatitis. Vet Immunol Immunopathol 83: 69-77, 2001.
5.
Takahashi Y, Ohashi T, Nagoya T, Sakaguchi M, Yasueda H, Nitta H: Possibility of real-time measurement of
an airbornei Cryptomeria japonica pollen allergen based on the principle of surface plasmon resonance.
Aerobiologica 17: 313-318, 2001.
6.
Futamura N, Mukai Y, Sakaguchi M, Yasueda H, Inouye S, Midro-Horiuti T, Goldblum RM, Shinohara K:
Isolation and characterization of cDNAs that encode homologs of a pathogenesis-related protein allergen from
Cryptomeria japonica. Biosci Biotechnol Biochem 66: 2495-2500, 2002.
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
安枝浩:「スギ花粉症とスギ・ヒノキ科花粉のアレルゲン」,日本花粉学会会誌 46: 29-38, 2000
2.
安枝浩:「アレルゲンの標準化と新しい標準化スギ花粉アレルゲンエキス」,アレルギー科 9: 124-130, 2000
3.
安枝浩:「スギ花粉」,アレルギーナビゲーター(編集:森田寛,永倉俊和,宮地良樹,岡本美孝) pp254-255,
メディカルレビュー社,東京,2001
4.
安枝浩:「花粉アレルゲンの交差反応性」,花粉症研究会会報 12: 2-9, 2001
5.
安枝浩:「標準化スギ花粉エキス」,Allergy Update 13 (2): 7, 2001
6.
安枝浩:「スギ花粉アレルゲン」,医学のあゆみ 200: 358-362, 2002
7.
安枝浩:「スギ花粉症におけるヒノキ花粉の関与」,JOHNS 18: 47-51, 2002
8.
安枝浩:「花粉アレルゲン」,生物工学会誌 80: 139-156, 2002.
9.
安枝浩:「スギ花粉アレルゲンとその標準化」,メディカル・ビューポイント 23 (2). 2002
口頭発表
招待講演
1.
安枝浩:「花粉アレルゲンの交差反応性 -スギとヒノキ花粉を中心に-」,富山,第 12 回花粉症研究会学術集
会,2000.6.4
2.
安枝浩:「スギ花粉症とスギ・ヒノキ科花粉のアレルゲン」,大阪,第 48 回大阪耳鼻咽喉科アレルギー同好会,
2003.3.15.
応募・主催講演等
1.
Takahashi Y, Ohashi T, Nagoya T, Sakaguchi M, Yasueda H, Nitta H: 「Real-time measurement of airborne
Cryptomeria japonica pollen antigen based on the principle of surface plasmon resonance」,Nanjing, 10th
International Palynological Congress, 2000.6.14
2.
後藤陽子,近藤禎二,安枝浩:「スギ花粉中の Cry j 1 含量の品種内変異とジベレリン処理の影響」,札幌,日
本花粉学会第 41 回大会,2000.10.7
3.
寺西秀豊,劔田幸子,内田満夫,加須谷実,矢田豊,安枝浩:「ウサギ抗血清を用いたメタセコイア花粉の抗
原性に関する研究」,札幌,日本花粉学会第 41 回大会,2000.10.7
4.
齋藤明美,轡田和子,高鳥美奈子,安枝浩,秋山一男,深谷修司:「相模原市のスギ花粉飛散期におけるリア
98
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ルタイム花粉モニターの検討」,横浜,第 50 回日本アレルギー学会総会,2000.11.30
5.
寺西秀豊,劔田幸子,加須谷実,平英彰,藤崎洋子,岸川禮子,安枝浩:「スギ花粉飛散開始に影響する気
候温暖化の地域差」,横浜,第 50 回日本アレルギー学会総会,2000.11.30
6.
稲葉岳也,今井透,遠藤朝彦,野原修,安枝浩,横山敏孝:「リアルタイムモニターを用いた都心でのスギ・ヒノ
キ花粉観測」,横浜,第 50 回日本アレルギー学会総会,2000.11.30
7.
高橋裕一,大橋武,名古屋隆生,安枝浩,阪口雅弘,新田裕史:「表面プラズモン共鳴 (SPR) を利用した空
中花粉アレルゲン量のリアルタイム測定の可能性」,横浜,第 50 回日本アレルギー学会総会,2000.11.30
8.
増田健一,阪口雅弘,藤田圭吾,安枝浩,大野耕一,辻本元:「アトピー性皮膚炎のイヌにおける感作抗原に
関する検討」,横浜,第 50 回日本アレルギー学会総会,2000.11.30
9.
齋藤明美,安枝浩,石井豊太,秋山一男,井手武:「ヒノキ科花粉グループ1アレルゲンに対するスギ花粉症患
者の反応性の比較」,横浜,第 13 回日本アレルギー学会春季臨床大会,2001.5.12
10.
佐藤圭,安枝浩,岸川禮子:「気管支喘息の春季増悪と血清スギ花粉抗体価」,福岡,第 51 回日本アレルギ
ー学会総会,2001.10.29
11.
今井透,深谷修司,横山敏孝,安枝浩,斎藤央嗣:「都内と神奈川県でのスギ・ヒノキ花粉自動計測」,大阪,
日本花粉学会第 42 回大会,2001.11.3
12.
後藤陽子,近藤禎二,安枝浩:「植裁場所の違いがスギ花粉中の Cry j 1 含量に及ぼす影響」,大阪,日本花
粉学会第 42 回大会,2001.11.3
13.
Sakaguchi M, Masuda K, Yasueda H, Saito S, DeBoer DJ, Tsujimoto H: 「IgE reactivity and cross-reactivity to
Japanese cedar (Cryptomeria japonica) and cypress (Chamaecyparis obtusa) pollen allergens in dogs with atopic
dermatitis」, New York, American Academy of Allergy, Asthma and Immunology 58th Annual Meeting, 2002.3.1
14.
Teranishi H, Kenda Y, Kasuya M, Yasueda H: 「Atmospheric pollen survey of Cryptomeria japonica in Toyama,
Japan: A comparative study on the relationship between pollen count and allergen concentration」, Montebello,
The 7th International Congress of Aerobiology, 2002.8.5
15.
齋藤明美,浅古佳子,安枝浩,石井豊太,秋山一男:「スギ花粉症患者のヒノキ花粉アレルゲンに対する T 細
胞レベルの反応性」,幕張,第 14 回日本アレルギー学会春季臨床大会, 2002.3.21
16.
十字文子,安枝浩,菅原由人,小林祥子,金保侏,小林茂俊,伊東繁,狩野博嗣,岩田力:「アトピー性皮膚
炎におけるスギ減感作治療の有用性」,幕張,第 14 回日本アレルギー学会春季臨床大会, 2002.3.21
17.
齋藤央嗣,横山敏孝,安枝浩,高梨征雄:「ヒノキ雄花生産数と花粉飛散」,新潟,第 113 回日本林学会大会,
2002.4.20
18.
後藤陽子,近藤禎二,井出武,山本恵三,稲岡心,安枝浩:「Cry j 1 アイソフォームの cDNA シークエンスとモ
ノクローナル抗体との反応性」,新潟,第 113 回日本林学会大会, 2002.4.20
19.
後藤陽子,近藤禎二,安枝浩,齋藤明美:「花粉中に含まれる Cry j 2 の定量法」,高知,日本花粉学会第 43
回大会, 2002.10.11
20.
今井透,遠藤朝彦,横山敏孝,安枝浩,斎藤央嗣,芦川勝,深谷修司:「IT を用いたスギ・ヒノキ花粉情報によ
る花粉症患者自己管理の指導」,高知,日本花粉学会第 43 回大会, 2002.10.11
21.
安枝浩,齋藤明美,石井豊太,秋山一男,後藤陽子,近藤禎二:「スギ花粉主要アレルゲン Cry j 1 の新しいア
イソフォーム」,横浜,第 52 回日本アレルギー学会総会, 2002.11.28
22.
齋藤明美,竹内保雄,安枝浩,石井豊太,秋山一男:「減感作治療実施中のスギ花粉症患者のヒノキ花粉アレ
ルゲンに対する B 細胞レベル T 細胞レベルの反応性」,横浜,第 52 回日本アレルギー学会総会, 2002.11.28
23.
今井透,石井彩子,遠藤朝彦,野原修,安枝浩,横山敏孝,斎藤央嗣,深谷修司:「スギ・ヒノキ花粉自動計測
のリアルタイム情報提供の試み」,横浜,第 52 回日本アレルギー学会総会, 2002.11.28
99
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2. スギ花粉症の予防に関する研究
2.1. 患者対照研究による予防、治療費効果に関する研究
高知医科大学医学部
中村 裕之
■要 約
1) スギ花粉症の費用対効果研究
スギ花粉症による 1 年間の医療費と医療関連費からなる直接費は、それぞれ 2,006 億と 253 億であり、直接費について
の国民 1 人あたりの負担は、約 1,890 円と算出されていたため、さらにミクロの医療経済疫学を実施する必要があった。その
ため、まずはスギ花粉症特異的 QOL の質問票を開発し、その内部構造の特性から一貫性が認められ、さらに、他の心理
指標とは独立していることから、諸予防・治療効果の評価法として有用性が示唆された。このスギ花粉症 QOL の増加を予
防・治療法の費用対効果の指標にしたとき、花粉症グッズの効果が極めて大きいことが認められたことから、少なくとも症状
が軽いうちはグッズを積極的に用いることが有用であり、重症度が増しても、市販薬あるいは医療機関による治療を受けて
も、グッズと併用することが効果的であると提言できた。
2) スギ花粉症における分子疫学
スギ花粉症は、その発症を遺伝と環境の両方に依存するアレルギー性疾患であり、感受性の個体差が明白な疾患である
にも関わらず、交絡因子の多い環境要因のため、個体差を規定する遺伝子の多型についての情報がほとんどなかった。
東京都品川地区と山梨県牧丘町地区をフィールドにし、環境と遺伝に関する疫学調査を実施し、相関解析の結果、スギ花
粉症の感受性遺伝子として Eosinophil peroxidase (EPO)の遺伝子を初めて発見した。伝達不均衡テストや、スギ花粉症発
症時期との検討などから、Interleukin 4 receptor A(IL4RA)との多型である Ile50 を有する人は、スギ花粉の暴露の蓄積によ
ってのみスギ花粉症を発症することを、分子疫学的手法を用いて証明した。このように、IL4RA などの感受性遺伝子の多型
と花粉症発症の関係がスギ花粉暴露量を混絡因子として存在するとする疫学モデルを提唱できた。このモデルでは、
IL4RA の Ile50 を有する人は、花粉暴露に対して防御、例えば、マスクの徹底によって、将来の花粉症発症を予防できるこ
とを示した。この遺伝と環境の相互作用を示す疫学モデルにより、今後、スギ花粉症における遺伝と環境と相互作用につ
いての研究はテーラー・メードの予防法を可能にすると考えられる。
■目 的
1) スギ花粉症の費用対効果研究
花粉症に対する対策の中で暴露予防に重きを置くための根拠の1つとして、治療・予防に関する費用対効果分析を徹底
的に行う必要がある。このように予防法の評価も含めた包括的な医療経済疫学によって健康施策の決定が可能となる。こ
れまでスギ花粉症に特異的に有効な QOL 調査票はほとんど開発されていない。本研究では、スギ花粉症における症状の
重症度の評価にとどまらず、予防あるいは治療効果の指標にも用いることが可能となるスギ花粉症特異的 QOL を開発し、
その妥当性を内部構造と他の指標との関連で検討した。さらに諸予防・治療法による効果を、実際の医療費と比べることで
費用対効果を評価し、これをもとに最も適切な予防・治療法を提言した。
2) スギ花粉症における分子疫学
スギ花粉症を含めたアレルギー性疾患を予防する際には、遺伝と環境の相互作用を解明することは極めて重要である。
100
スギ花粉症克服に向けた総合研究
遺伝子の関与については、気管支喘息やアトピー性皮膚炎におけるアレルギー疾患において分子疫学が実施され、これ
まで一定の成果が得られている。しかしながら、スギ花粉症では、花粉暴露という環境因子の関わり方が前二者とは異なる
ことや、その診断や評価が容易ではなかったことから、様々な環境因子を含めた分子疫学は花粉症全般を含め、実施され
ていない。本研究では、スギ花粉症における分子疫学を実施することで、個別に対応できる予防の可能性を明らかにする。
■ 研究方法
1) スギ花粉症の費用対効果研究
アレルギー性鼻炎・結膜炎の疾患特異的 QOL の測定方法としては、Juniper によるもの 「引用文献 1」がある。これは、睡眠、
非鼻眼症状、行動的障害、鼻症状、眼症状、感情的障害の各面について 28 項目の質問を 7 段階のリッカート尺度で回答する
ものである。本研究では、これを参考とするだけでなく、さらに一般にスギ花粉症患者が「困ること」として訴えることが社会活動
的側面に多いことにも注目して、症状 5 項目(鼻づまり、鼻水、くしゃみ、目のかゆみ、涙)、症状のための障害 9 項目(不便感、
疲労感、いらいら感、不眠、家事・勉学・外出・友人対話・会合出席への障害)に加え、日常生活全般への障害の計 15 項目から
なる質問票を作成した。各質問について、2 つの条件(今シーズンで最も症状のひどかった日と予防・治療の結果)について、
各 4-5 段階の選択肢を設定した。さらに日常生活全般への障害を 0-10 の段階を設け、これを点数化した。北陸地区における
サービス業系企業に従事する 402 人(男 85 人、女 317 人、年齢 45.2±8.45 歳「引用文献平均±標準偏差」)を対象に上記のア
ンケートなどとともに採血によって特異的 IgE 抗体値を測定した。また、何らかの予防・治療を行っている 84 人に対して、医療費
についての詳細な聞き取り調査を実施した。スギ花粉症の診断については問診と特異的 IgE 抗体値によって決定した。
2) スギ花粉症における分子疫学
平成 13 年に東京都品川区五反田地区におけるアレルギー検診を実施し、受診者のうち、203 人の正常者と 131 人の花
粉症患者の Eosinophil peroxidase (EPO)の exon 7 と IL4RA の exon 3 と exon 9 ならびに IL4RA の 5' promoter 領域の 2
箇所について、計 11 箇所の遺伝子多型を解析し、相関解析を行った。
また、平成 14 年に山梨県牧丘町におけるアレルギー検診を実施し、花粉症患者の子 60 人と、その父母の CCR1, CCR2,
CCR3, CC5 および CCXCR1 の遺伝子を解析した。
■ 研究成果
1) スギ花粉症の費用対効果研究
表1
花粉症特異的 QOL 質問項目を用いたときの因子分析による因子負荷量
質問項目
/因子
1. 鼻がつまりますか?
2. 鼻水が出ますか?
3. くしゃみが出ますか?
4. 目がかゆいですか
5. なみだが出ますか?
6. 目や鼻の症状のために、ティッシュペーパーやハンカチを
持たなければなりませんか?
7. 目や鼻の症状のために、日中に疲労や倦怠感を感じますか?
8. 目や鼻の症状のために、夜、眠りにくいですか?
9. 目や鼻の症状のために、家事をすることが、全くさしつかえない
10. 目や鼻の症状のために、勉強をすることが、全くさしつかえない
11. 目や鼻の症状のために、外出することが、全くさしつかえない
12. 家族や親しい友人と一緒にいるときに、目や鼻の症状で、困ることはない
13. 集会や会合に出席したり、人つき合いで集まる機会に、
目や鼻の症状で、困ることはない
14. 目や鼻の症状が原因で、いらいらしますか?
15. あなたの日常生活全体に対して、目や鼻の症状が原因で、
どのくらい困りますか?
固有値
寄与率 (%)
101
1
.635
.716
.721
.567
.570
2
.405
-.137
.087
.589
.460
3
-.259
.530
.408
.190
-.017
4
-.485
-.203
-.192
.142
.518
-.019
.864
.754
.778
.736
.877
.845
.352
-.050
.251
-.261
-.221
-.073
-.296
-.014
.044
-.292
-.234
.009
-.096
-.140
.851
.018
-.239
-.109
.070
.181
.135
-.337
.877
-.036
.040
.115
-.143
.833
.069
-.002
.916
6.1
.871
.745
5.0
-.026
-.221
8.973
1.141
59.8
7.6
スギ花粉症克服に向けた総合研究
スギ花粉症 105 人の今シーズンで最も症状のひどかった日における QOL の 27.9±10.5 点はスギ花粉症を有さない 297
人の 17.7±5.09 点に比べ、有意に多く(p<0.001)、また、治療や予防によって、9.73 点の低下を認めた(p<0.001)。患者
についての 15 項目における因子分析の結果、第 1 因子の固有値は、8.97 と極めて大きく、各項目に対する因子負荷量は、
0.567-0.877 に及び、すべてが大きい値を呈した。患者における QOL と他の指標との相関係数は、日常生活全般障害得
点に対して、-0.695(p<0.001)と有意に高かったが、WHO の QOL に対しては 0.036、Zung 自己評価不安尺度(SAS)に対し
ては-0.096、Zung 自己評価抑鬱尺度(SDS)に対しては-0.101、年齢に対して 0.120 と低い値を示した。
スギ花粉症 105 人のうち、いかなる予防・治療も行わなかった 46 人の QOL は、予防・治療を行った 59 人に比べ、有意に
高かった。スギ花粉症ではないもののアレルギー性鼻炎のために耳鼻科的な予防・治療を行っている 25 人の QOL 得点お
よび医療費の平均は、それぞれ、25.3 点と 4,306 円であり、これに対してスギ花粉症の 59 人のそれらは、33.7 点と 9,524
円であり、スギ花粉症の重症度と医療費がともに有意に高かった。予防・治療法を花粉症グッズ、市販薬、医療機関に分け、
単独(3 種類)、2 つの併用(3 種類)、3 つの併用(1 種類)に分類したとき、概して併用して予防・治療を行っている人の
QOL は低いことが認められた。対費用あたり最も QOL の増加が認められたのは、花粉症グッズ単独(34.0 点)であり、次ぎ
に市販薬単独(20.2 点)、グッズ+市販薬の併用(19.5 点)であった。単独での医療機関(7.8 点)あるいは医療機関の併用
時の効果は対費用あたりで見る限り低いことが認められた。
表 2 スギ花粉症患者における予防・治療に対する QOL の評価
花粉症
(-)
(+)
防御
人数
QOL 得点
防御 防御
なし
あり
16.9
-
-
目鼻得点
防御 防御
なし
あり
96.1
-
4.6
84.0
87.3
-
86.1
-
-
Δ
(-)
272
(+)
25
25.3
20.9
(-)
46
20.6
-
5
30.6
27.0
3.6
62.0
72.0
市販薬
17
30.1
25.7
4.4
71.2
医療機関
11
32.5
19.6 12.8
グッズ+市販薬
6
36.0
26.7
グッズ+医療機関
9
Δ
-
合計
-
ΔQOL
/費用
-
224
1222
2860
4306
-
-
-
-
10.0
1060
-
-
1060
34.0
78.2
7.1
-
2179
-
2179
20.2
56.4
79.1
22.7
-
- 16359
16359
7.8
9.3
55.0
71.7
16.7
1550
-
4767
19.5
41.7
21.6 20.1
60.0
88.9
28.9
3116
- 14956
18071
11.1
市販薬+医療機関 5
29.4
25.2
4.2
64.0
74.0
10.0
-
1460
7200
8660
4.8
グッズ+市販薬
+医療機関
37.5
23.8 13.7
61.7
85
23.3
2733
4950
9833
17517
7.8
花粉症グッズ
6
5.5
予防・治療費(円)
グッズ 市販
医療
薬
機関
-
3217
10.7
-
2) スギ花粉症における分子疫学
EPO の exon 7 における Pro358Leu、IL4RA の exon 3 における Ile50Val、exon 9 における Glu375Ala、promoter 領域の
C-3223T がスギ花粉症に対して有意な関係が認められた(図 1、図 2)。IL4RA については、連鎖不均衡を調べるために、
連鎖不均衡係数と伝達不均衡試験を行い、疾患と連鎖していた遺伝子座位は、Ile50Val と C-3223T の 2 箇所であることが
明らかにされた。
また、スギ花粉症特異的 IgE 値と遺伝子多型頻度との関係を調べたところ、IgE 高値を示しながら、花粉症を発症していな
い人の Ile50(IL4RA)の多型頻度は、72 %と、正常の 57 %に比べ、有意に高く、一方、花粉症患者における 358Leu(EPO)の
頻度 4.83 %は、IgE 高値を示しながら、花粉症を発症していない人の 0.67 %に比べ、有意に高かった(表 3)。発症時期との
関係をみると、早期発症(小学校まで)の花粉症患者における Ile50(IL4RA)の頻度 8.77 %は、晩期発症の 1.72 %に比べ、
有意に高く、さらに、晩期発症(中学以降)の花粉症患者における 358Leu(EPO)の頻度の 81.9 %は、早期発症の 69.4 %に
比べ、有意に高かった(表 4)。
102
スギ花粉症克服に向けた総合研究
子において花粉症が認められた 60 人と、その両親の CCR1, CCR2, CCR3, CC5 および CCXCR1 の遺伝子多型を解析
した結果、多型が認められたのは、図 1 に示す 8 つであり、中でも、遺伝子多型頻度が高かったのは、CCR2 の Val64Ile、
Asn260Asn、CCR3 の Arg223Gln であった。その伝達不均衡試験の結果を表 5 に示すが、すべて有意な関係であると認め
られた。
3’UTR
EPO (17q23.1)
1
2 3
4 5 6
7
Ile40Met
IL4RA (16p11.2-12.1 )
2
T-890C
T-1914C
C-3223T
9
10
11
Asn303Asn
Arg326His
Pro358Leu
Arg220Arg
Gln122His
1
8
3
4
12
Asp572Tyr
5
6
7
8
9
Glu375Ala
Cys406Arg
Ser411Leu
Ser478Pro
Ile50Val
Ala71Thr
Gln551Arg
Ser727Ala
Ser761Pro
CCR, CCXCR (3p21.3)
CCR9
CCXCR1
Leu37Leu
Arg127Cys
Arg252Gln
CCR1
Cys295Cys
CCR3
CCR2
CCR5
Tyr17Tyr
Arg223Gln
Val64Ile
Asn260Asn
図1 IL4RA, EPO, CCR, CCXCRの遺伝子多型とスギ花粉症との関係. 数字はexon
の番号. 下線はスギ花粉症との有意な関係が認められた遺伝子多型
*p<0.05, ***p<0.001
31
***
*
*
*
3.1
1
Leu358
(EPO)
Ile50
(IL4RA)
Glu375
(IL4RA)
C-3223T
(IL4RA)
図2 相関分析によるEPOとIL4RAの遺伝子多型における
スギ花粉症有症に対するオッズ比
103
Odds 比
(95 %信頼区間)
10
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表3 遺伝子多型とIgEとの関係
花粉症
正常
花粉症
*p <0.05
特異的
IgE値
正常
高値
高値
人数
遺伝子多型頻度
Leu358
(EPO)
0.76
0.67
*
4.83
131
75
145
Ile50
(IL4RA)
57.3
72.0
73.1
Glu375Ala
(IL4RA)
87.8
96.0
96.6
*
*
表4 遺伝子多型と発症時期との関係
発症時期
学童期まで
学童期以降
*p <0.05
人数
遺伝子多型頻度
Leu358
(EPO)
8.77
*
1.72
57
58
表5
遺伝子多型
Tyr17 (CCR3)
64Ile (CCR2)
260Asn (CCR2)
*p <0.05
Ile50
(IL4RA)
69.4
81.9
*
Glu375Ala
(IL4RA)
93.0
98.3
伝達不均衡試験
アレル
伝達
23
14
16
非伝達
10
4
5
■考 察
1) スギ花粉症の費用対効果研究
川口 「引用文献 2」の医療機関でのレセプト調査によると、1 年間の医療費と医療関連費(マスクと市販薬)からなる直接
費は、それぞれ 2,006 億と 253 億であり、直接費についての国民 1 人あたりの負担は、約 1,890 円と推計されている。この
集団 402 人の 1 人あたりの負担は、スギ花粉症に対して、約 1,400 円であり、アレルギー性鼻炎を含めると 1,670 円であっ
た。このように、本調査による予防・医療費の算出は、川口 「引用文献 2」の調査とそれほど大きな差は認められないことか
ら、本調査の聞き取り法によって、予防・医療費の聞き漏らしはそれほど大きくないと考えられる。
本研究で開発された特異的 QOL の質問票は、内部構造の特性から一貫性が認められ、さらに、他の心理指標とは独立
していることから、諸予防・治療効果の評価法として有用性が示唆された。このスギ花粉症 QOL の増加を予防・治療法の
費用対効果の指標にしたとき、花粉症グッズの効果が極めて大きいことが認められたことから、少なくとも症状が軽いうちは
グッズを積極的に用いることが有用であり、重症度が増しても、市販薬あるいは医療機関による治療を受けても、グッズと併
用することが効果的であると提言できた。
2) スギ花粉症における分子疫学
1998 年、Deichmann ら 「引用文献 3」は、罹患同胞対解析によって、IL4RA が存在する 16p12 領域のマイクロサテライト
マーカーとアトピーとの連鎖を証明した。その後、Mitsuyasu ら 「引用文献 4」は、SNP を用いた相関解析によって、IL4RA
の 50 番目(成熟蛋白質からのアミノ酸番号)のアミノ酸がバリン(Val)からイソロイシン(Ile)に置換されているとき(Ile50Val、
Ile が Wild 型)に血中 IgE 値が高いことを証明し、機能解析においてもこのことを裏付けた。この多型以外に、Ser478Pro
「引用文献 5」や Gln551Arg 「引用文献 6」とアレルギー性疾患との関係が指摘されている。現在では、IL4RA の exon 3 と
exon 9 には、アミノ酸の置換を伴う 10 つの多型が知られている 「引用文献 7」が、Ober 「引用文献 8」らは、血が保たれて
いるために、遺伝子座位と疾患座位の関係についての検出力が高くなることから、遺伝統計学の対象に適している集団と
してヨーロッパの伝統的民族である Hutterites について、当時、知られていた Ser478Pro や Gln551Arg を含む 6 つの IL4RA
の SNP を調べ、ハプロタイプ解析、伝達不均衡試験、連鎖不均衡解析を行った。その結果、Hutterites においては、この 6
104
スギ花粉症克服に向けた総合研究
つの遺伝子座位において、連鎖不均衡を形成し、疾患座位との関連も大きかったことを認めている。以上の諸家の研究結
果には異論も多い 「引用文献 9」が、この矛盾に対しては、人種間の違いが理由に挙げられている 「引用文献 8,10」。
また、IL4RA 遺伝子の exon 8 における mRNA のスプライシングによって可溶性 IL4RA(sIL4RA)が生じることも知られるよ
うになったが、その存在は、IL4 と IL4RA との結合を阻害するために、アレルギー疾患との関連も指摘されている 「引用文
献 11」。
スギ花粉症においても、従来から家族集積性が認められることや、一卵性双生児における発症率が二卵性双生児に比
較して高いことが注目され、アレルギー疾患の発症に遺伝性要因が大きく関与することが推定されていた。最近、Yokouchi
らの筑波大グループ 「引用文献 12」による家系調査は、カモガヤ花粉症ではあるが注目される。48 家系 188 人(67 罹患同
胞対数)に対する全ゲノム解析の結果、1p36.2, 4q13.3 と 9q34.3 領域とカモガヤ花粉症との連鎖不均衡を認め、血清総 IgE
値との間には、3p24.1, 5q33.1, 12p13.1 と 12q24.2 との関連が示され、カモガヤ特異的 RASTIgE 値との関連は、4p16.1,
11q14.3 と 16p12.3 の領域で認められたという。9q34.3 以外は、喘息やアトピー性皮膚炎などの他のアレルギー性疾患と共
通であることから、カモガヤ花粉症に特異的に関連がある遺伝子は考えがたいと推察している。また、同じ筑波グループの
Noguchi ら 「引用文献 13」は、ほぼ同じ対象を用いて、5q31-q33 に位置し、気管支喘息症との強い連鎖が示唆されていた
IL12B との関係を解析しているが、有意な関係を認めていない。Nakai ら 「引用文献 14」は、スギ花粉症の患者の末梢血に
おける IL-4 と IL-5 の mRNA を評価した結果、IL-4 がスギに対する感作に関係し、IL-5 はスギ花粉症の症状に関与するこ
とを示している。SNP 解析では、Nagata ら 「引用文献 15」は、スギ花粉特異的抗原に陽性で花粉症を呈する 187 人につい
て、IgE 抗体に対する高親和性受容体のβ鎖である FcεRIβ遺伝子の多型の1つである Glu237Gly を対照群と比較した
相関解析によって、有意な関連を認めている。
本研究により、スギ花粉症と連鎖していた遺伝子座位は、Ile50Val と C-3223T の 2 箇所であることが明らかにされた。
IL4RA は、膜貫通型蛋白質であり、細胞外領域に Ile50Val が存在している。その上流の C-3223T の多型は sIL4RA を減
少させることが知られている 「引用文献 11」ことから、細胞外領域を規定する Ile50Val の遺伝子が、一方では promoter 領
域の機能亢進により、結果として受容体の機能亢進をもたらし、他方では sIL4RA の減少を通して、さらに機能亢進が生じ
るというスギ花粉症における病理機序の存在が推察された。ただし、細胞外領域を規定する遺伝子だけの連鎖不均衡は、
IL4RA の全体の連鎖不均衡によって機能異常が生じるとしている Ober ら「引用文献 8」の Hutterites についての研究結果
と異なることから、機能解析による検討を十分に加える必要があると思われる。
本研究では、Ile50(IL4RA)の多型頻度は、IgE 高値との関係で、また 358Leu(EPO)のそれは、花粉症の発症と関係して
いた。このように Ile50(IL4RA)の多型は、スギ花粉に対する感作と関係しており、また、358Leu(EPO)は症状そのものに関
与していると推察された。また、発症時期との関係をみると、Ile50(IL4RA)の多型を有する人は、晩期発症であることから、
暴露量などの環境要因との関係で発症するとする交絡遺伝子であると想定された。したがって、IL4RA の遺伝子によってス
ギ花粉症を発症している人に対しては、暴露を避けるなどの予防の効果が期待できるため、新しい Tailor-made の予防法と
して提示できると考えられる。スギ花粉症における遺伝と環境(スギ花粉暴露)との相互作用のモデルを、Ile50(IL4RA)と
358Leu(EPO)について示した(図 3)。358Leu(EPO)の多型を有する人は、通常の暴露で発症し、Ile50(IL4RA)の多型を
有する人では、暴露量が大きくなると発症することを意味している。
好酸球の活性化により放出される顆粒蛋白の 1 つが、EPO であり、炎症や寄生虫での感染に際して、活性酸素種を発生
させることなどにより効力を呈するが、一方では、気管支喘息などのアレルギー反応に際して気管支上皮を傷害することも
知られている 「引用文献 16」。今日まで、EPO の多型として、アミノ酸の置換を伴い、peroxidase の生理的活性との関係を
示す遺伝子変異が知られている 「引用文献 17-19」が、本研究でのスギ花粉症との関連が認められた 358Leu の多型とア
レルギー症との関係は未知であった。ヒト EPO は、ヘム含有の糖タンパクで、好中球 peroxidase や、lactoperoxidase あるい
は甲状腺 peroxidase などとともに peroxidase ファミリーに属する 「引用文献 20,21」。EPO が、他の真核細胞の peroxidase
と共通の遺伝子配列である部位 「引用文献 20,21」は、種を越えて保存されている。本研究で認められた多型部位は、そ
の中心近傍にあたることから、その多型は peroxidase の機能に影響があると推察される。EPO がスギ花粉症の症状との関
係に深く関わるとした本研究結果を基に考えれば、EPO についての機能研究によって、スギ花粉症における新しい治療法
を開発につながることも期待できる。
105
スギ花粉症克服に向けた総合研究
Pro358Leu (EPO)
Leu
花粉暴露
Pro
Ile50Val (IL4RA)
Ile
花粉暴露
ス
ギ
花
粉
症
Ile
Val
図3 スギ花粉症発症における遺伝と環境の相互作用モデル. 黒矢印の太さは
花粉症暴露の大きさを表し、白抜き矢印は遺伝子の感受性よりも暴露の大きさ
が小さいため、発症しないことを意味する。
特異的な好酸球遊走活性を示すCCケモカインEotaxinやその特異的受容体CCR3は、アレルギー性炎症への関与が注
目されている 「引用文献22」。CCR3は、CCR1、CCR2、CCR5、CCXCR1とともにその遺伝子を染色体3p21.3に有し、相互
が極めて近接するCCRケモカインファミリーを形成している 「引用文献23」(図1)。CCR3は主に好酸球,好塩基球に発現
するとともにTh2 リンパ球にも発現しており、CCR3をはじめとするCCケモカインのアレルギーにおける更なる病態生理学的
役割解明が期待されている。
CCR1, CCR2, CCR3, CC5およびCCXCR1の遺伝子多型のうち、CCR2のVal64Ile、Asn260Asn、CCR3のArg223Glnが、
スギ花粉症との連鎖不均衡にあると考えられた。これまで、CCR3におけるT51Cと喘息との相関が報告されている 「引用文
献24」が、本研究では、この部位における多型はなかったため、この遺伝子座位そのものがスギ花粉症の感受性遺伝子の
責任部位とは考えがたい。しかしながら、CCR2におけるサイレント変異であるAsn260Asnを中心に連鎖が認められているこ
とから、CCR2とCCR3が感受性遺伝子の1つであると推定された。
謝辞:本研究は、スギ花粉症総合研究「スギ花粉症の予防に関する研究」実施者の本橋豊教授(秋田大学)、烏帽子田彰
教授(広島大学)、松崎一葉助教授(筑波大学)、井手武助手(奈良県立医科大学)はもとより、荻野景規教授(金沢大学)、
宮川清教授(広島大学)、遠藤朝彦講師(東京慈恵会医科大学)、今井透部長(聖路加国際病院)、小笹晃太郎助教授
(京都府立医科大学)、八田耕太郎講師(順天堂大学)、本田靖助教授(筑波大学)、大久保一郎教授(筑波大学)、東川
史子助手(広島大学)、笹原信一朗博士(筑波大学)との共同研究によって行われた。東京都品川区五反田地区検診、山
梨県牧丘町検診の実施に際しては、多くの関係者のご尽力を頂きました。関係各位に深謝申し上げます。
106
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 引用文献
1. Juniper EF: Health-related quality of life in asthma, Curr Opin Pulm Med, 5, 105-10, (1999)
2. 川口毅: 1. スギ花粉症の発症・増悪メカニズムの解明に関する研究 1.3. 医療経済に関する研究. スギ花粉症克服
に向けた総合研究(第Ⅰ期、平成9~11年度)成果報告書. 東京, 科学技術庁研究開発局, 136-50, (2000)
3. Deichmann KA, Heinzmann A, Forster J, Dischinger S, Mehl C, Brueggenolte E, Hildebrandt F, Moseler M, Kuehr J:
Linkage and allelic association of atopy and markers flanking the IL4-receptor gene, Clin Exp Allergy, 28, 151-5,
(1998)
4. Mitsuyasu H, Izuhara K, Mao XQ, Gao PS, Arinobu Y, Enomoto T, Kawai M, Sasaki S, Dake Y, Hamasaki N, Shirakawa
T, Hopkin JM: Ile50Val variant of IL4R alpha upregulates IgE synthesis and associates with atopic asthma, Nat Genet,
19, 119-20, (1998)
5. Kruse S, Japha T, Tedner M, Sparholt SH, Forster J, Kuehr J, Deichmann KA: The polymorphisms S503P and Q576R in
the interleukin-4 receptor alpha gene are associated with atopy and influence the signal transduction, Immunology, 96,
365-71, (1999)
6. Shirakawa I, Deichmann KA, Izuhara I, Mao I, Adra CN, Hopkin JM: Atopy and asthma: genetic variants of IL-4 and
IL-13 signalling, Immunol Today, 21, 60-4, (2000)
7. Wu X, Di Rienzo A, Ober C: A population genetics study of single nucleotide polymorphisms in the interleukin 4
receptor alpha (IL4RA) gene, Genes Immun, 2, 128-34, (2001)
8. Ober C, Leavitt SA, Tsalenko A, Howard TD, Hoki DM, Daniel R, Newman DL, Wu X, Parry R, Lester LA, Solway J,
Blumenthal M, King RA, Xu J, Meyers DA, Bleecker ER, Cox NJ: Variation in the interleukin 4-receptor alpha gene
confers susceptibility to asthma and atopy in ethnically diverse populations, Am J Hum Genet, 66, 517-26, (2000)
9. Noguchi E, Shibasaki M, Arinami T, Takeda K, Yokouchi Y, Kobayashi K, Imoto N, Nakahara S, Matsui A, Hamaguchi
H: Lack of association of atopy/asthma and the interleukin-4 receptor alpha gene in Japanese, Clin Exp Allergy, 29,
228-33, (1999)
10. Caggana M, Walker K, Reilly AA, Conroy JM, Duva S, Walsh AC: Population-based studies reveal differences in the
allelic frequencies of two functionally significant human interleukin-4 receptor polymorphisms in several ethnic groups,
Genet Med, 1, 267-71, (1999)
11. Hackstein H, Hecker M, Kruse S, Bohnert A, Ober C, Deichmann KA, Bein G: A novel polymorphism in the 5'
promoter region of the human interleukin-4 receptor alpha-chain gene is associated with decreased soluble
interleukin-4 receptor protein levels, Immunogenetics, 53, 264-9, (2001)
12. Yokouchi Y, Shibasaki M, Noguchi E, Nakayama J, Ohtsuki T, Kamioka M, Yamakawa-Kobayashi K, Ito S, Takeda K,
Ichikawa K, Nukaga Y, Matsui A, Hamaguchi H, Arinami T: A genome-wide linkage analysis of orchard grass-sensitive
childhood seasonal allergic rhinitis in Japanese families, Genes Immun, 3, 9-13, (2002)
13. Noguchi E, Yokouchi Y, Shibasaki M, Kamioka M, Yamakawa-Kobayashi K, Matsui A, Arinami T: Identification of
missense mutation in the IL12B gene: lack of association between IL12B polymorphisms and asthma and allergic rhinitis
in the Japanese population, Genes Immun, 2, 401-3, (2001)
14. Nakai Y, Ohashi Y, Kakinoki Y, Tanaka A, Washio Y, Nasako Y, Masamoto T, Sakamoto H, Ohmoto Y:
Allergen-induced mRNA expression of IL-5, but not of IL-4 and IFN-gamma, in peripheral blood mononuclear cells is a
key feature of clinical manifestation of seasonal allergic rhinitis, Arch Otolaryngol Head Neck Surg, 126, 992-6, (2000)
15. Nagata H, Mutoh H, Kumahara K, Arimoto Y, Tomemori T, Sakurai D, Arase K, Ohno K, Yamakoshi T, Nakano K,
Okawa T, Numata T, Konno A: Association between nasal allergy and a coding variant of the Fc epsilon RI beta gene
Glu237Gly in a Japanese population, Hum Genet, 109, 262-6, (2001)
16. Duguet A, Iijima H, Eum SY, Hamid Q, Eidelman DH: Eosinophil peroxidase mediates protein nitration in allergic airway
inflammation in mice, Am J Respir Crit Care Med, 164, 1119-26, (2001)
107
スギ花粉症克服に向けた総合研究
17. Romano M, Patriarca P, Melo C, Baralle FE, Dri P: Hereditary eosinophil peroxidase deficiency: immunochemical and
spectroscopic studies and evidence for a compound heterozygosity of the defect, Proc Natl Acad Sci U S A, 91,
12496-500, (1994)
18. Romano M, Baralle FE, Patriarca P: Expression and characterization of recombinant human eosinophil peroxidase.
Impact of the R286H substitution on the biosynthesis and activity of the enzyme, Eur J Biochem, 267, 3704-11, (2000)
19. Nakagawa T, Ikemoto T, Takeuchi T, Tanaka K, Tanigawa N, Yamamoto D, Shimizu A: Eosinophilic peroxidase
deficiency: Identification of a point mutation (D648N) and prediction of structural changes, Hum Mutat, 17, 235-6,
(2001)
20. Sakamaki K, Tomonaga M, Tsukui K, Nagata S: Molecular cloning and characterization of a chromosomal gene for
human eosinophil peroxidase, J Biol Chem, 264, 16828-36, (1989)
21. Yamaguchi Y, Zhang DE, Sun Z, Albee EA, Nagata S, Tenen DG, Ackerman SJ: Functional characterization of the
promoter for the gene encoding human eosinophil peroxidase, J Biol Chem, 269, 19410-9, (1994)
22. Romagnani S: Cytokines and chemoattractants in allergic inflammation, Mol Immunol, 38, 881-5, (2002)
23. Maho A, Bensimon A, Vassart G, Parmentier M: Mapping of the CCXCR1, CX3CR1, CCBP2 and CCR9 genes to the
CCR cluster within the 3p21.3 region of the human genome, Cytogenet Cell Genet, 87, 265-8, (1999)
24. Fukunaga K, Asano K, Mao XQ, Gao PS, Roberts MH, Oguma T, Shiomi T, Kanazawa M, Adra CN, Shirakawa T,
Hopkin JM, Yamaguchi K: Genetic polymorphisms of CC chemokine receptor 3 in Japanese and British asthmatics, Eur
Respir J, 17, 59-63, (2001)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
小笹晃太郎、藤田麻里、奈倉淳子、林恭平、渡邊能行、出島健司、竹中洋、中村裕之、烏帽子田彰: スギ花
粉症 QOL 指標作成の試み、厚生の指標、(印刷中)
2.
本橋豊、烏帽子田彰、遠藤朝彦、井手武、木村統治、中村裕之:スギ花粉症予防グッズの有用性評価に関す
る研究、日本生理人類学会誌、6(2)、114-115、2001.
国外誌
1.
Sasahara S, Matsuzaki I, Nakamura H, Ozasa K, Endo T, Imai T, Honda Y, Hatta K, Ide T, Motohashi Y,
Eboshida A: Environmental factors and lifestyles as risk factors for Japanese cedar pollinosis in recent urban
areas. Arch Environ Complex Studies, (in print)
2.
Sasahara S, Matsuzaki I, Nakamura H, Ozasa K, Endo T, Imai T, Honda Y, Hatta K, Ide T, Motohashi Y,
Eboshida A: Epidemiological evidence for the involvements of urbanized house/residential environments and
eating behavior in Japanese cedar pollinosis, (in submission)
3.
Nakamura H, Matsuzaki I, Sasahara, S, Hatta K, Endo T, Imai T, Ozasa, K, Motohashi Y, Ogino K, Eboshida
A: Higher sense of coherence as a psychological factor responsible for elevated natural killer cell activity in
patients with cedar pollinosis (in submission)
4.
Nakamura H, Miyagawa M, Ogino K, Nakajima M, Endo T, Ozasa K, Motohashi Y, Matsuzaki I, Hatta K,
Honda Y, Sasahara S, Imai T, Okubo I, Eboshida A: High contrast of contribution between genes of eosinophil
peroxidase and interleukin 4 receptor α chain to Japanese cedar pollinosis (in submission)
108
スギ花粉症克服に向けた総合研究
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
中村裕之: アレルギー性疾患診療の社会的側面、アレルギー性鼻炎. 「総合アレルギー学」、福田 健編、南
山堂、(印刷中)
2.
中村裕之:「スギ花粉症の遺伝子」、アレルギー科,(印刷中)
口頭発表
招待講演
1.
中村裕之:スギ花粉症遺伝子の発見と新しい予防への道、東京、スギ花粉症予防に向けた総合研究公開シン
ポジウム、2003 年 3 月
2.
中村裕之: 「花粉症感受性遺伝子の同定」、シンポジウム:スギ花粉症 予防および治療研究の最前線、横浜、
第 52 回アレルギー学会、2002 年 11 月
3.
井手武、榎本雅夫、吉村史郎、榎本雅夫、芦田恒雄、遠藤朝彦、本橋豊、烏帽子田彰、中村裕之:花粉症予
防のための花粉症グッズの評価:スギ花粉症 予防および治療研究の最前線、横浜、第 52 回アレルギー学会、
2002 年 11 月
応募・主催講演等
4.
Sasahara S, Matsuzaki I, Nakamura H, Ozasa K, Endo T, Imai T, Honda Y, Hatta K, Ide T, Motohashi Y,
Eboshida A: Environmental factors and lifestyles as risk factors for Japanese cedar pollinosis in recent urban
areas, Takatsuki, 10th International Conference on the Combined Effects of Environmental Factors, Japan,
2002 年 8 月
5.
福富友馬、松崎一葉、笹原信一朗、中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、八田耕太郎、本橋豊、烏帽
子田彰: マスク着用行動による花粉症症状の防止効果が認知機能に与える影響, 横浜, 第 15 回日本アレル
ギー学会春期臨床大会、2003 年 5 月
6.
本橋豊、中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、笹原信一朗、八田耕太郎、松崎一葉、井手武、
金子良善博、烏帽子田彰:スギ花粉症有病率のメタアナリシス、横浜、第52回日本アレルギー総会、2002 年
11 月
7.
松崎一葉、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、笹原信一朗、井手武、本橋豊、中村裕之、
烏帽子田彰:スギ花粉症検診受診者の精神・心身医学的危険因子に関する検討-その2-、横浜、第52回日
本アレルギー総会、2002 年 11 月
8.
井手武、近藤秀明、井上和久、畠中通弘、大石豊、中村篤宏、芦田恒雄、吉村史郎、榎本雅夫、遠藤朝彦、
本間環、本橋豊、烏帽子田彰、中村裕之:花粉症グッズ検証のための花粉曝露装置の開発、高知、第43回日
本花粉学会、2002 年 10 月
9.
中村裕之、荻野景規、信国好俊、神林康弘、松崎一葉、笹原信一朗、八田耕太郎、小笹晃太郎、遠藤朝彦、
今井透、本橋豊、井手武、烏帽子田彰: スギ花粉症における Natural killer 細胞活性と精神心理因子、特に
Sense of coherence、 長崎、第 12 回体力・栄養・免疫学会大会、2002 年 8 月
10.
笹原信一朗、松崎一葉、服部訓典、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、井手武、本橋豊、
中村裕之、烏帽子田彰: スギ花粉症における発症要因と交絡因子に関する地域差, 長崎, 第 12 回体力・栄
養・免疫学会大会、2002 年 8 月
11.
中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、松崎一葉、笹原信一朗、八田耕太郎、井手武、本橋豊、
荻野景規、烏帽子田彰: スギ花粉症特異的 QOL 質問票の開発とその妥当性についての見当、 幕張、第 14
回日本アレルギー学会春季臨床大会、2002 年 3 月
12.
小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、松崎一葉、八田耕太郎、笹原信一朗、井手武、本橋豊、中村裕之、
109
スギ花粉症克服に向けた総合研究
烏帽子田彰: スギ花粉症健診受診者のアレルギー日記症状の分析、幕張、第 14 回日本アレルギー学会春季
臨床大会、2002 年 3 月
13.
葉山貴司、稲葉岳也、宇井直也、茂呂八千世、大森剛哉、実吉健策、野原修、永倉仁史、小澤仁、小野幹夫、
今井透、遠藤朝彦、森山寛、斉藤三郎、烏帽子田彰、中村裕之: 東京都におけるスギ花粉症疫学調査からみ
た感作・発症の現況, 幕張, 第 14 回日本アレルギー学会春季臨床大会、2002 年 3 月
14.
笹原信一朗、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、松崎一葉、井手武、中村裕之、烏帽子
田彰: スギ花粉症健診受信者の発症と生活環境因子に関する研究, 幕張、第 14 回日本アレルギー学会春季
臨床大会、2002 年 3 月
15.
本橋豊、烏帽子田彰、遠藤朝彦、井手武、木村統治、中村裕之:スギ花粉症予防グッズの有用性評価に関す
る研究、日本生理人類学会、2001 年 10 月
110
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2. スギ花粉症の予防に関する研究
2.2. メタアナリシスと質的評価法を併用したスギ花粉症予防対策の評価に関する研究
秋田大学医学部公衆衛生学講座
本橋 豊
■要 約
スギ花粉症予防データベースを作成するために、医学中央雑誌及び Medline にてスギ花粉症予防等のキーワードを用
いて文献検索を行い、1566 件の文献を収集した。研究デザインの質を考慮して最終的に採択された文献は 294 件であり、
これをもとにデータベースを構築した。高い研究の質をもつ 18 件の文献に基づくメタアナリシスの結果、統合されたスギ花
粉特異的抗体保有率は 28.3%であり、年齢が低いほど保有率が高く年代が新しいほど保有率は高い傾向を認めた。また、
スギ花粉症対策としての予防グッズの質的評価を行うために生活者ニーズに対応した質問票を開発し、これを山梨県のフ
ィールド調査で使用し、予防グッズは花粉症患者のニーズに応えた保健行動として認知されていることを明らかにした。
■目 的
本研究の目的はスギ花粉症の適切な予防対策および治療法の効果について既存文献のシステムレビューにもとづくメ
タアナリシスと質的評価法を併用することにより、総合的にその科学的根拠の評価を行うことである。そのために、国内外の
文献検索を行い重要文献の科学的根拠の質をメタアナリシスにより評価した。またスギ花粉症予防のための花粉症予防グ
ッズの効果を評価するために、主観的評価にもとづく評価方法を開発し地域住民を対象として質問紙調査を実施し、その
予防効果を評価した。
■ 研究方法
(1)スギ花粉症予防データベースの構築
我が国および諸外国のスギ花粉症の疫学、有病率、予防対策に関する文献検索を実施し、重要文献についてその疫
学的研究の証拠の質を評価した。そのために、まずスギ花粉症予防データベースの構築を行った。データベースの構築の
ために、最初にスギ花粉症に関連するキーワードによる感度を優先した検索式により書誌文献データベースを検索した。
次に、検索された文献を対象として、文献種別、研究デザイン、研究の目的により分類し、スギ花粉症予防に関する疫学研
究を選択した。最後に、選択された文献について、研究内容の構造化抄録を作成し、データベース化した。以上により、秋田
大学医学部公衆衛生学講座内のサーバーにスギ花粉症データベースを構築し、インターネット上で供覧可能なものとした。
(2)文部科学省及び厚生労働省の研究費補助金を得て行われたスギ花粉症に関連する研究成果報告集の CD-ROM 版
の作成
平成9年~11年度の第Ⅰ期の「スギ花粉症克服に向けた総合研究」報告書、および平成4年度から平成13年度に公表
された厚生労働省のスギ花粉症予防関連事業報告書を入手し、CD-ROM 版を作成した。作成した報告書は次のとおりで
ある。
1.
スギ花粉症克服に向けた総合研究(第Ⅰ期平成9年度~11年度)
2.
平成4年度厚生省アレルギー総合研究事業研究抄録集
3.
平成5年度厚生省アレルギー総合研究事業研究抄録集
111
スギ花粉症克服に向けた総合研究
4.
平成6年度厚生省アレルギー総合研究事業研究抄録集
5.
平成5年度厚生省アレルギー総合研究事業研究報告書
6.
平成6年度厚生省アレルギー総合研究事業研究報告書
7.
平成7年度厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー総合研究抄録集
8.
平成8年度厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー総合研究抄録集
9.
平成7年度厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー総合研究報告書
10.
平成8年度厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー総合研究報告書
11.
平成11年度厚生科学研究費補助金免疫・アレルギー等研究事業研究報告書
12.
平成12年度厚生科学研究費補助金免疫・アレルギー等研究事業研究報告書
13.
平成11年度感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業研究抄録集
14.
平成12年度感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業研究抄録集
15.
平成13年度感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業研究抄録集
16.
厚生省アレルギー総合研究事業報告書
(3)我が国におけるスギ花粉症有病率およびスギ花粉特異的抗体保有率のメタアナリシス
(1)で作成したスギ花粉症予防データベースを用いて、clinical question の種類(頻度、大気汚染、リスク、予防・治療効
果、社会的取り組み、生物学的・薬理学的機序、その他)、研究デザインの種類(系統的総説、地域研究、横断研究、症例
報告・ケースシリーズ、症例対象研究、コホート研究、前向き比較研究、その他)、臨床症状、検査所見、キーワードなどの
情報を個別文献ごとに検討した。検索された文献数は医学中央雑誌データベース 1543 件、Medline23 件であった。そのう
ち、採択された文献数 294 件 (日本語 291、英語 3)であり、抽出された研究数は 353 件であった。1 つの文献中に、花粉
飛散数の調査と患者対象の横断研究など複数の研究が報告されているものを重複してカウントした。このスギ花粉症デー
タベースをもとに、スギ花粉症有病率に関するデータの検討を行った。
(3-1) 研究デザインの質を考慮しないで選択された疫学研究データにもとづくスギ花粉症有病率
入力した 1543 件のデータベースのうち、有病率の記載のあった文献 123 件について、スギ花粉症有病率を要約した。こ
の要約では花粉症の診断根拠は臨床症状のみによるものを含んでいた。また、年齢、地域の偏り、対象者の背景の記述の
有無などは考慮していない。大学生以上の成人と高校生以下の若年者の2群に分けて、スギ花粉症有病率の分布と平均
値を求めた。
(3-2) 選択基準を用いて研究デザインの質を考慮して選択した疫学研究データにもとづくスギ花粉特異的抗体保有率
のメタアナリシス
次に、作成されたスギ花粉症予防データベースから、以下の選択基準で文献を選択し、スギ花粉特異的抗体保有率の
メタアナリシスを行った。
1) 横断研究もしくはコホート研究である、2) 地域住民もしくは一般集団を対象とした研究
(希望者のみの参加は除
外)である、3)対象数とその背景が明示されている、4) 血清学的検査(スクラッチテストを含む)を行っている、5) 結果が
定量的に示されている。
最終的にメタアナリシスの対象となった文献は18件であった。調査数は39件であり、調査年次は 1973~1997 年であっ
た。文献中に含まれる対象集団は全部で 75 であった。 選択された文献をもとに統合されたスギ花粉特異的抗体保有率を
求めた。さらに、スギ花粉特異抗体陽性率への調査年次、調査対象の年代、地域差の影響を分析するために分散分析を行
った。地域差の指標として地域区分と年間平均気温の区分を用いた。調査年代は 1984 年以前、1985 年から 1989 年、1990
年から 1994 年、1995 年以降の 4 区分とした。調査対象年代は 20 歳未満、20-39 歳、40 歳以上、不明の 4 区分とした。地域
区分は都市部(東京圏・名古屋圏・大阪圏)、周辺地域(その他の地域)、不定の 3 区分とした。年間平均気温は気象庁発表
のデータに基づき調査地域にもっとも近い観測点の数値を用いた。調査地域が県単位でしか判断できなかった調査では、
県庁所在地の数値を用いた。区分は 14.5℃未満、14.5℃以上 16℃未満、16℃以上、不定の 4 区分とした。分析モデルでは、
地域差の指標である地域区分と年間平均気温の区分を交互作用因子として扱った。対象者数による重み付けを行った。
112
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(4)スギ花粉症対策としての予防グッズの効果の質的評価法の開発に関する研究
スギ花粉症予防グッズの評価のための質問紙を開発するため、 「スギ花粉症に向けた総合研究」(文部科学省)疫学班
の班会議において、公衆衛生学者、疫学者、花粉症アレルギー専門の臨床医、化学者、医薬マーケットアナリストが会合
を開き、花粉症予防グッズ評価のための質問紙の質問項目についてブレインストーミングを行い、8項目の質問項目を決
定した。開発された質問紙を用いて、花粉症予防マスク1種と花粉症予防メガネ3種について質的評価を行った。マスクは
静電フィルター付きの三次元構造のマスクであった。メガネはデザインの異なる3種類のメガネであり、いずれもプラスティッ
ク製であった。被験者は健康で花粉症症状を持たない男性5名、女性3名(36.4±5.8 歳)であった。マスクについては、被
験者は1日5時間連続3日間装着するようにして、装着終了直後に質問紙の記入を行った。メガネについては、1日3時間
装着を行い、装着終了後に質問紙の記入を行った。3種類のメガネ装着の順番は無作為化した。
(5)地域住民を対象としたアレルギー検診受診者を対象とした質的評価法を用いたグッズの予防効果の検討
平成 15 年 3 月に実施した山梨県M町の地域住民を対象とした疫学調査において、スギ花粉症予防グッズの使用状況と
予防効果について、開発された質問紙を用いて質的評価を行った。回答のあった 429 名の結果を集計し、解析を行った。
スギ花粉症と診断された住民がどのような予防グッズを使用していたか、予防グッズは花粉症症状の予防に役立ったと思う
か、予防グッズは安全衛生面で問題がなかったどうか等について、単純集計とクロス集計にて分析を行った。
■ 研究成果
(1)スギ花粉症予防データベースの構築
文献数検索された文献数は医学中央雑誌データベース 1543 件、Medline23 件であった。そのうち、採択された文献数
は 294 件(日本語 291 件、英語 3 件)であった。抽出された研究数は 353 件であった。(1 つの文献中に、花粉飛散数の
調査と患者対象の横断研究など複数の研究が報告されているものを重複してカウントした)
研究の詳細を検討すると、文献種別では、原著 285 (80.7%)、抄録 62 (17.6%)、総説 7 (2.0%)であった。研究デザインで
は、地域研究 116 (32.9%)、横断研究 194 (55.0%)、コホート研究 5 (1.4%)、その他 38 (10.8%)であった。 研究目的では、
頻度 79 (22.4%)、リスク 144 (40.8%)、飛散状況 107 (30.3%) (うち大気汚染に焦点を当てたもの 13 (3.7%))、グッズ 4
(1.1%)、その他 19 (5.4%)であった。研究対象では、地域 229 (64.9%)、医療機関 124 (35.1%)であった。
図 1 にデータベース入力画面を示した。
図1.スギ花粉症予防データベースの入力画面
113
スギ花粉症克服に向けた総合研究
スギ花粉症予防データベースはWeb上で閲覧可能である。アドレスは次のとおりである。
http://www.pahsm.med.akita-u.ac.jp
(2)文部科学省及び厚生労働省の研究費補助金を得て行われたスギ花粉症に関連する研究成果報告集の CD-ROM 版
の作成
作成された CD-ROM には報告書の内容すべてが含まれており、Acrobat reader にて閲覧することができる。CD-ROM の
原版は国立感染症研究所に送付し、保管を依頼した。(CD-ROM の頒布を希望する方は国立感染症研究所免疫部に連
絡を取っていただきたい)
(3)スギ花粉症有病率のメタアナリシス
(3-1) 研究デザインの質を考慮しないで選択された疫学研究データにもとづくスギ花粉症有病率
図 2 に、大学生以上の年齢の者を対象にした疫学研究にもとづくスギ花粉症有病率を示した。
スギ花粉症有病率は 1.5%から 42.8%の範囲に分布し、平均値は 16.1±8.1%であった。
調査対象者数が大きい研究ほど有病率は平均値に回帰する傾向を示した。
図2. 大学生以上の年齢群(成人群)でのスギ花粉症有病率(%)。縦軸は調査対象数を示す
つぎに、図 3 に高校生以下の若年齢群を対象にした疫学研究データにもとづくスギ花粉症有病率を示した。
保育園児から高校生までの対象者のスギ花粉症有病率は2%から40%の範囲に分布し、平均値は 13.9 ±9.2%であった。
図3. 保育園児から高校生までの年齢群(若年齢群)でのスギ花粉症有病率(%)。縦軸は調査対象数を示す
114
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(3-2) 選択基準を用いて研究デザインの質を考慮して選択した疫学研究データにもとづくスギ花粉特異的抗体保有率
のメタアナリシス
表 1 に文献から集積されメタアナリシスの対象となった調査のそのスギ花粉抗体陽性率を発表年順に示した。1986 年か
ら 1999 年までに発行された 18 件の報告から 75 の調査集団のスギ花粉特異抗体陽性率が同定できた。
表 2 に分散分析の結果を示した。調査年次、調査対象年代、地域差とも有意であった。補正した各変量のスギ花粉特
異抗体陽性率推定値は、調査年次は新しくなるほど、対象年代は若いほど高かった(表 3、表 4)。地域差は、都市部のス
ギ花粉特異抗体陽性率推定値が高く、周辺地域では年間平均気温が低いほどスギ花粉特異抗体陽性率推定値は高かっ
た(表 5)。各因子による修正後のモデル全体の推定値は 25.9%、標準誤差 1.4%であった。
また、調査年次が特に早かった井上らの 1973 年(1973 年に収集された保存血清を用いて後年分析したもの)のデータを
除いて行った分析でも同様の結果が得られた。
表 1. 1986 年以降に発行された地域住民を対象としたスギ花粉特異抗体陽性率の調査から得られた 75 集団の特徴
発行年
1986
著者
井上 栄など
1986
井上 栄など
1986
榎本雅夫など
1988
井上 栄など
調査年
1973
1984
1985
1984
1983-84
1985
1981-85
1987
1985-86
1987
1987
九嶋 敦など
1986-87
1985-86
1985
1986
1985
1989
小川 保など
1988
1989
1991
高橋裕一など
榎本雅夫など
1988
1990
1992
小川 保など
1991
1993
小川 保など
1995
1995
1996
森 朗子
小笹晃太郎など
中村 晋
1989
1990
1992
1994
1988
1989
対象者数
277
147
172
492
588
561
175
379
322
280
241
94
428
131
400
245
400
317
1,055
264
195
510
219
1,172
768
211
350
257
313
181
35
465
32
323
373
361
194
34
1,458
1,360
1,274
1,251
1,905
397
514
387
391
年齢区分
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
不明
不明
20 歳未満
20-39 歳
20-39 歳
40 歳以上
40 歳以上
40 歳以上
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
20-39 歳
不明
不明
不明
不明
20 歳未満
20-39 歳
20-39 歳
40 歳以上
40 歳以上
40 歳以上
不明
20 歳未満
20-39 歳
20-39 歳
40 歳以上
40 歳以上
40 歳以上
不明
不明
不明
不明
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
115
地域区分
周辺地域
周辺地域
周辺地域
都市部
周辺地域
都市部
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
都市部
都市部
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
都市部
都市部
都市部
都市部
都市部
都市部
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
都市部
周辺地域
都市部
都市部
周辺地域
周辺地域
周辺地域
不定
周辺地域
気温区分
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃~16℃
14.5℃未満
14.5℃~16℃
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃未満
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃未満
14.5℃~16℃
16℃以上
不定
16℃以上
陽性率
8.7%
39.5%
34.3%
35.6%
22.4%
18.0%
17.7%
21.6%
14.6%
11.4%
6.2%
5.3%
16.8%
18.3%
30.0%
21.2%
27.3%
23.7%
12.8%
19.7%
14.9%
21.4%
24.2%
19.2%
29.2%
31.8%
38.6%
35.4%
25.9%
12.2%
5.7%
24.1%
50.0%
20.4%
20.4%
18.3%
10.3%
8.8%
34.7%
34.7%
24.3%
28.2%
45.8%
25.2%
27.6%
26.4%
38.9%
スギ花粉症克服に向けた総合研究
370
421
396
391
434
448
459
451
476
422
428
126
103
125
143
108
115
75
102
233
97
160
54
302
318
324
255
67
1990
1991
1992
1993
1994
1996
加藤廣人など
1992
1993
1994
1996
1998
横山尚樹など
鱒渕優子
1995
1992
1999
茂呂八千代など
1998
1999
榎本雅夫など
1995
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
20 歳未満
不明
20 歳未満
20 歳未満
40 歳以上
40 歳以上
20 歳未満
20-39 歳
20-39 歳
40 歳以上
40 歳以上
40 歳以上
不定
周辺地域
不定
周辺地域
不定
周辺地域
不定
周辺地域
不定
周辺地域
不定
周辺地域
周辺地域
都市部
都市部
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
周辺地域
不定
16℃以上
不定
16℃以上
不定
16℃以上
不定
16℃以上
不定
16℃以上
不定
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃~16℃
14.5℃未満
14.5℃未満
14.5℃未満
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
16℃以上
表 2. 分散分析の結果
定数項
調査年区
対象年代
地域区分*気温区分
自由度
1
3
3
4
平均平方
580.76
15.96
22.60
8.92
対象者数による重み付き最小 2 乗法回帰
表3. 調査年次の区分ごとのスギ花粉特異抗体陽性率推定値
(対象年代と地域区分・気温区分により修正した推定値)
調査年次区分
1984 年以前
1985 年から 1989 年
1990 年から 1994 年
1995 年以降
平均値
16.5%
21.9%
28.2%
37.1%
標準誤差
3.3%
1.6%
1.6%
3.7%
表4. 対象年代の区分ごとのスギ花粉特異抗体陽性率推定値
(調査年次と地域区分・気温区分により修正した推定値)
対象年代区分
20歳未満
20-39歳
40歳以上
不明
平均値
35.9%
27.1%
16.0%
24.7%
標準誤差
2.3%
2.1%
3.0%
1.9%
表5. 地域区分・気温区分ごとのスギ花粉特異抗体陽性率推定値
(調査年次と対象年代により修正した推定値)
地域区分
周辺地域
周辺地域
都市部
周辺地域
不定
気温区分
14.5℃未満
14.5℃~16℃
16℃以上
不定
平均値
29.5%
26.8%
31.7%
22.2%
19.4%
標準誤差
1.9%
3.6%
2.1%
1.7%
3.0%
116
F 値
26.53
8.87
12.56
4.96
有意確率
0.001
0.001>
0.001>
0.002
32.4%
34.2%
32.8%
40.4%
27.4%
33.9%
30.1%
41.7%
34.7%
32.7%
25.9%
57.1%
45.6%
45.6%
46.2%
33.3%
11.3%
38.7%
16.7%
24.0%
29.9%
20.0%
33.3%
39.7%
36.5%
29.6%
11.0%
16.4%
スギ花粉症克服に向けた総合研究
調査年次および対象集団別のスギ花粉特異的抗体陽性率を図 4 に示した。この図は年代を追って、各調査で示された
有病率を図でプロットしたものである。縦軸には調査年が年代の古い順に示されている。横軸には血清学的検査にもとづく
有病率が示されている。丸の大きさは対象集団数を示している。丸の面積が大きいほど、対象集団の数が大きいことを示し
ている。年代が新しくなるにつれて有病率が大きくなる傾向を示しており、また若い年代ほど有病率が大きくなる傾向がある
ことを示しており、前述の分散分析の結果と一致していた。
図 4. 調査年次および対象集団別のスギ花粉特異的抗体陽性率
以上より、選択基準を用いて研究デザインの質を考慮して選択した疫学研究データにもとづくスギ花粉特異的抗体保有
率(RAST もしくは ELISA による特異 IgE 測定)を統合すると、総対象者数は 22,850 人、総陽性者数は 6,841 人となり、統
合陽性率は 28.3%となった。 なお、一様性のカイ自乗検定値は 910.7(自由度 68)で、高度に有意であり、対象集団間の
差は大きかった。また、年齢の低下によるスギ花粉特異抗体陽性率の上昇が示唆されるとともに、1980 年代から 90 年代に
かけて、スギ花粉特異抗体陽性率の上昇が示された。
(4)スギ花粉症対策としての予防グッズの効果の質的評価法の開発に関する研究
スギ花粉症対策としての予防グッズの効果の質的評価法として、開発した質問票を表 1 に示した。
表1.スギ花粉症対策としての予防グッズの効果の質的評価法としての質問票
(1) このグッズを使用することで、使用者の花粉への曝露が減少すると思いますか?
1. 明らかに減少する 2.減少する 3.あまり減少しない 4.明らかに減少しない
(2) このグッズを使用することで、使用者に安全面や衛生面で問題を起こすことがあると思いますか?
1. 全く問題はない 2.あまり問題はない 3.問題がある 4.大きな問題がある
(3) このグッズを使用したときに、日常生活を送る上で違和感を感じますか?
1. 全く感じない 2.あまり感じない 3.感じる 4.とても感じる
(4) このグッズを使用することで、日常生活がより快適になると思いますか?
1. とても快適になる 2.快適になる 3.あまり快適にならない 4.全く快適にならない
(5) このグッズのデザインや外観は良いと思いますか?
1. 大変良い 2.良い 3.悪い 4.大変悪い
(6) このグッズは使用者(消費者)のニーズにこたえていると思いますか?
1. 大変こたえている 2.こたえている 3.あまりこたえていない 4.全くこたえていない
(7) このグッズの価格は期待される効用(花粉症が予防され快適な生活が送れる)の度合と比較して適切なも
のだと思いますか?
1. 非常に安い 2.安い 3.高い 4.高すぎる
(8) このグッズに対するあなたの総合的評価を教えて下さい
1.とても良い 2.良い 3.悪い 4.とても悪い
117
スギ花粉症克服に向けた総合研究
この質問票を用いて、質問票の信頼性を検証するために、花粉症症状を有していない成人男女を対象に、花粉症予防
マスクについて実施した評価結果を図 6 に示した。また、同様に花粉症予防メガネの評価結果を図7に示した。花粉症メガ
ネについては、3種類のうち、A、Bのメガネが総合的評価で最も評価が高かった。CはBと値段が同じであったが、総合評
価で両者には差が認められた。
花粉症予防マスクの評価
総合評価
価格
曝露
4
3
2
1
0
安全・衛生
違和感
ニーズ
快適性
外観
図6.花粉症予防マスクの質的評価法を用いた評価結果(商品名 New クリーンメイト、高性能静電フィルター使用)。
快適性の評価がやや劣るが、総合的にみて、大きな問題はないと考えられる。
花粉症予防メガネの評価
総合評価
価格
曝露
4
3
2
1
0
安全・衛生
違和感
ニーズ
A
B
C
快適性
外観
図7.花粉症予防メガネの質的評価法を用いた評価結果。 A:New クリーンメイト、B:花粉カットグラス、C:SP88
因子分析の結果、三因子が抽出され、第一因子は総合的評価、第二因子は安全性とデザイン、第三因子は価格と解釈
された。安全性、デザイン、価格は花粉症予防メガネの総合的評価に対して影響していないように思われた。質問紙の信
頼性係数は 0.7 であった。
(5)地域におけるアレルギー検診受診者を対象とした質的評価法を用いた花粉症予防グッズの効果の検討
山梨県M町において実施されたアレルギー検診受診者 429 名のうち、花粉症と診断された人は187 名(43.6%)、花粉症
疑いの人 187 名(15.9%)、抗体陽性の人 38 人(8.9%)、花粉症なしの人 136 人(31.7%)であった。受診者のうち、花粉症予
防グッズを使用している人は 116 人(27.0%)であった。そのうち、113 人がマスク、2 人がメガネ、1 人が鼻洗浄器を使用して
いた。最も多かったのはマスクであるが、マスク使用者の 71.7%が花粉症と診断された人であった。すなわち、マスク使用を
するのは花粉症の症状があり、花粉曝露を予防するためにマスクを使用しているものと推測された。
花粉症の症状がある人の中での予防グッズの使用状況は次のとおりであった。すなわち、常時くしゃみが出ると応えた人
のうち 62.3%はマスクをしており、くしゃみをしていない人の 95%はマスクをしていなかった。また、鼻水が常時出ると応えた人
の 53.1%はマスクを使用しており、鼻水が出ないと応えた人の 94.9%はマスクをしていなかった。
118
スギ花粉症克服に向けた総合研究
花粉症予防グッズ使用者の予防グッズの質的評価の結果は次のとおりであった。
花粉の曝露については 69.3%の人が減少したと回答した(図 8)。日常生活の快適性については、58.8%の人が快適になっ
たと回答した(図9)。予防グッズが消費者のニーズに応えていたかについては、72.9%の人が消費者のニーズに応えている
と回答した。価格については、77.9%の人が安かったと回答したが(図 10)、これはマスク使用者がほとんどだったためと考え
られた。総合的評価については、86.8%の人が良かったと回答した(図 11)。
1.グッズ使用により花粉曝露は減少したか?
70
60
50
40
人
数
30
20
10
0
明らかに減少
あまり減少せず
減少
明らかに減少せず
図9. 「グッズにより花粉曝露は減少したか」に対する回答分布
4.日常生活が快適になったか?
70
60
50
人
数
40
30
20
10
0
とても快適
あまり快適でない
快適
全く快適でない
図10.「日常生活が快適になったか」に対する回答分布
119
スギ花粉症克服に向けた総合研究
7.価格と期待される効用は?
100
80
60
人
数
40
20
0
非常に安かった
安かった
高かった
高すぎた
図11.「価格と期待される効用は」に対する回答分布
8.総合的評価
100
80
60
人
数
40
20
0
とても良かった
良かった
悪かった
とても悪かった
図12.「総合的評価」に対する回答分布
■考 察
本研究により、本邦ではじめてスギ花粉症およびアレルギー疾患に関するデータベースが構築された。データベースは
web 上で閲覧可能であり、キーワード検索にて探したい文献をただちに検索できるようになっている。本データベースは医
学中央雑誌および Medline にて収集した合計 1566 件の文献のうち、研究デザインの面から質の高い文献を取捨選択して
294 件の文献をデータベースの中に採択した。その結果、研究者は自分が知りたいスギ花粉症予防に関する文献のうち、
精選された質の保証された文献にアクセスすることができるようになり、研究上も有用なものとなった。また、このように精選
された文献データベースが構築されたため、スギ花粉症有病率(スギ花粉特異的抗体保有率)の正確なメタアナリシスが可
能となった。
120
スギ花粉症克服に向けた総合研究
本研究でデータベース構築と平行して作成したスギ花粉症に関連する研究成果報告集(文部科学省、厚生労働省)の
CD-ROM 版は、研究者がパソコン上で簡単に閲覧できるデジタルデータとして活用可能である。書籍では高さが 50cm近
くになるこれらの報告書が2枚の CD-ROM にまとめられ、簡便な形で研究者に配布可能になったことは、本研究の大きな
成果であり、広く我が国の研究者の活用を望むものである。
本研究の大きな目的であった、スギ花粉症有病率のメタアナリシスについては、科学的根拠の質の高いスギ花粉症予防
データベースが構築されたことで、正確に行うことができた。
スギ花粉症有病率はこれまでの成書などでは 10%から17%前後という報告が多く〔1,2,3〕、本研究でも研究デザインの質
を考慮しないで選択された疫学研究データにもとづく場合には成人で 16.1%、若年者で 13.9%となり、おおよそこれまでの報
告と一致した結果となった。しかし、偏差をみると成人では 1.5%から 42.8%、若年者では 2%から 40%、とそのばらつきは大きく、
研究デザイン、対象者数、地域、年代により大きな偏りがあることが判明した。そこで、本研究では、さらに文献を研究の質
から精選し、39 件の疫学研究を選び出し、スギ花粉特異的抗体陽性率のメタアナリシスを行った〔4〕。その結果、統合抗体
陽性率は 28.3%となることが明らかにされた。この統合陽性率は現時点での我が国におけるスギ花粉特異的抗体陽性率の
最も信頼のおける数値であると考えられ、本研究の最大の成果のひとつと考えられる。
今回の分析では、地域集団におけるスギ花粉特異抗体陽性率の経年的増加、世代による違い、地域差があることが示
唆された。スギ花粉特異抗体陽性者はスギ花粉症もしくは潜在的スギ花粉症の有病者であり、スギ花粉症の有病率は
1980 年代以降増加していたことが示唆された。
地域差に関しては、調査実施地域は各研究者・調査者が行った地域に依存しており、地域的な偏りがある可能性を除
外できない。しかしながら、都市部での修正したスギ花粉特異抗体陽性率の推定値が高かったことは、従来より指摘されて
いる都市環境の影響と一致していた〔2〕。各調査実施年次の花粉曝露量は分析モデルに考慮しなかった。同一集団であ
っても血清スギ花粉特異 IgE 量と有病率は花粉曝露量に依存することが Ozasa ら(2002)によって指摘されている〔5〕。一方、
スギ花粉特異抗体の発現にはスギ花粉への曝露の累積的な影響があることが指摘されている。スギ花粉特異抗体陽性率
の全国的経年的分析には、地域における累積的なスギ花粉曝露量を考慮する必要があるかもしれないが、今回の分析で
は累積的なスギ花粉曝露量は入手できなかった。各調査年次に関して、1995 年以降に地域集団を対象とした報告数が減
っていた。本分析は 2000 年までに発行された報告を対象としているが、地域集団を対象とした報告の減少傾向はその後も
変わらないと考えられる。今後のスギ花粉飛散量の増加予測を考慮すると、スギ花粉症有病率の正確な把握のためには、
地域、対象年代を考慮した系統的な疫学調査と分析が継続的に必要であると考えられる。
本研究では、選択基準を用いて研究デザインの質を考慮して選択した疫学研究データにもとづくスギ花粉特異的抗体
保有率のメタアナリシスを行ったが、その結果スギ花粉特異的抗体保有率でみた場合には、若年齢層の方が抗体保有率
が高い傾向にあること、調査年が最近になるほど抗体保有率は高くなる傾向になることが明らかとなった。これまでにも、ス
ギ花粉症有病率は、30 歳前後をピークにして高齢者ほど低いと言われていたが〔6〕、本研究の結はこれを裏付けるものと
なっている。また、スギ花粉症有病率は昔に比べて最近では高くなっているのではないかと言われてきたが〔2〕、研究デザ
インの質の高い文献をもとにしたメタアナリシスによって、このような傾向が確認された。
観察疫学研究へのメタ分析の適用は各種のバイアスの影響を受けやすいため慎重であるべきとの見解が強い。我々の
研究も様々な要因によって影響を受けている可能性がある。しかしながら、多くの社会的資源を必要とする地域での疫学
研究の結果は、系統的に分析される必要がある。今回の分析の結果は、観察疫学研究へメタ分析が適用可能であるよい
事例であると考えられる。
今回の文献的調査に基づいたメタ分析によるスギ花粉特異抗体陽性者は 4 人に 1 人以上と推定されたが、メタ回帰分析
の結果、その陽性率は経年的に増加していたことが示唆された。本研究で明らかにされたスギ花粉症有病率およびスギ花
粉特異的抗体陽性率は、本邦のスギ花粉症患者の有病率の推計に役立てることができる。これらの数値をもとに、スギ花
粉症予防に関わる医療経済学的効果の推計が可能になるものと考えられ、その有用性は大きいものになるであろう。第Ⅰ
期の「スギ花粉症克服に向けた総合的研究」の報告書で報告されたスギ花粉症の医療経済学的研究では、本研究の結果
と比べて低めの有病率(10.4%)が使われ、スギ花粉症に関わる年間医療費は 2,860 億円と推計されている〔7,8〕。本研究の
結果を踏まえて、今後はさらに高い有病率での医療経済学的検討をすることも必要かもしれない。
121
スギ花粉症克服に向けた総合研究
スギ花粉症対策としての予防グッズの効果の質的評価法の開発に関する研究では、フィールド調査で利用可能な簡便
な予防グッズの評価法を開発した。記入には1分程度あればできるものであり、生活者のニーズに対応したスギ花粉症対
策の評価も短時間で行うことができた。この評価法を山梨県M町のアレルギー検診の際に用いて、地域住民のスギ花粉症
予防対策の実情と予防グッズの質的評価を行うことができた。
スギ花粉症対策としての予防グッズの使用は調査対象となった住民の 27%が使用したが、そのほとんどが低価格のマスク
の使用であった。また、くしゃみや鼻水などのスギ花粉症の臨床症状との関連でマスクの使用状況を検討したところ、症状
が常時あると回答した人の半数以上でマスクを使用していることが判明した。すなわち、花粉症症状を有する人の半数以
上は、予防行動としてのグッズ使用を行っており、高い頻度で予防グッズが浸透していることが明らかになった。セルフケア
としての予防グッズは花粉症患者の約7割が使用していると報告されており〔9〕、その効果の検証が必要である〔10〕。本研
究の質的評価法はあくまでも記入者の主観的申告をもとにしており、医学的な予防効果を評価するものではない。あくまで
も、生活者のニーズにもとづく質的評価である。我が国のように多くの健康情報とスギ花粉情報が提供されている社会にお
いては、スギ花粉症患者およびその家族はスギ花粉症に関するある程度正確な知識(高いヘルスリテラシー)を得ているも
のと推測される。対象となった住民のスギ花粉症のヘルスリテラシーに関するデータはないが、我が国の平均的な住民の
健康知識があると仮定することは妥当であると考えられる。アレルギー検診受診者は、住民の中でもスギ花粉症に対する関
心が高い集団であるとも考えられ、スギ花粉症に関する健康知識が欠如していると特段考えるべき根拠もないように思われ
る。ここでは、そのような前提を念頭において、予防グッズの質的評価について考察してみる。
花粉曝露については、69.3%の人が減少したと回答したが、これは回答者がグッズ使用と臨床症状の時間的前後性を考
慮して回答しているのではないかと考えられる。マスク使用者の 71.7%は医学的に花粉症であると確定診断されており、花
粉飛散期である調査時期には花粉症状を有しているものが多かったのではないかと推測される。従って、花粉曝露が減少
したとの回答者は、回答者自身の症状の推移との関連でこのような回答を行ったと推察される。このことは、グッズの使用に
よって快適になったと回答した者が 58.8%であったことによっても、ある程度裏付けられているように思われる。総合的評価
では、グッズ使用者の 86.8%が良かったと回答しており、予防グッズとくにマスクは生活者の健康ニーズに対応したものとい
うことができる。すなわち、本研究の結果、花粉症予防グッズの使用は花粉症患者のニーズに応えた保健行動として、生活
者に認知されていることを明らかになった。
本研究で実施した山梨県M町のスギ花粉症患者のアレルギー日記を用いた臨床症状と花粉症グッズの研究によれば、
平成14年3月11日から3月17日までの毎日の花粉飛散量と花粉症患者の症状は極めて強い相関(r=0.816)を示したが、
マスク着用患者では花粉飛散量と臨床症状は有意な相関を示さなかったことが判明している。この事実は、M町の花粉症
患者の花粉症症状はマスク着用による抑制された可能性を示唆するものであり、医学的にマスク着用が花粉症予防に効
果がある可能性を示すものである。質的評価により得られたマスクの予防効果の可能性と医学的根拠にもとづくマスクの予
防効果が一致していることは、主観的申告にもとづく質的評価法の信頼性を補強するものと考えられる。
■ 引用文献
1.
奥田稔:花粉症、宮本昭正監修、臨床アレルギー学(改訂第2版)、南江堂(東京)、353-356、1998.
2.
斎藤洋三・井手武:花粉症の科学―話題のアレルギー病を探る―、化学同人(東京)、7-15、1994
3.
榎本雅夫・福井次矢・藤村聡:花粉症診療の質を高める・内科医への20の診療ナビゲーション、医学書院(東京)、
6-8、2000.
4.
丹後俊郎:メタ・アナリシス入門・エビデンスの統合をめざす統計手法、朝倉書店(東京)、43-60、2002.
5.
Ozasa K et al.: Prevalence of Japanese cedar pollinosis among school children in Japan.
Int Arch Allergy Immunology,
128、 165-167、 2002.
6.
本田靖:花粉症の疫学と患者動向、アレルギーの臨床、21(3)、17-21、2001.
7.
川口毅:スギ花粉症の発症・増悪メカニズムの解明に関する研究―医療経済に関する研究、スギ花粉症克服に向けた
総合研究(第Ⅰ期 平成9年度~11年度)成果報告書、143-157、2000.
122
スギ花粉症克服に向けた総合研究
8.
川口毅・星山佳治・渡辺由美:スギ花粉症の費用について、アレルギーの臨床、21(3)、22-26、2001.
9.
井手武・榎本雅夫・木村統治:花粉症治療の EBM 抗原の回避―花粉症グッズの検証から、内科、91(2)、279-283、
2003.
10. 木村統治:一般用医薬品および花粉症グッズの動向、アレルギーの臨床、21(3)、27-32、2001.
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
本橋 豊、烏帽子田彰、遠藤朝彦、井手武、木村統治、中村裕之:スギ花粉症予防グッズの有用性評価に関
する研究、日本生理人類学会誌、6(2)、114-115、2001.
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
本橋 豊:生体リズムと疾患、小川暢也編・時間薬理学、朝倉書店(東京)、5-13、2001.
2.
本橋 豊:アレルギー疾患の時間治療、小川暢也編・時間薬理学、朝倉書店(東京)、160-165、2001.
3.
本橋 豊:アレルギー疾患と生体リズム、本橋 豊著・夜型人間の健康学、山海堂(東京)、150-155、2002.
口頭発表
招待講演
1.
本橋 豊:生体リズムと疾患、シンポジウム「時間薬理学」、第74回日本薬理学会総会(横浜)、2002 年 3 月
2.
本橋 豊:グッズを用いた効果的な花粉症予防、スギ花粉症予防に向けた総合研究公開シンポジウム(東京)、
2003 年 3 月.
応募・主催講演等
1.
本橋 豊、烏帽子田彰、遠藤朝彦、井手武、木村統治、中村裕之:スギ花粉症予防グッズの有用性評価に関
する研究、日本生理人類学会、2001 年 10 月.
2.
本橋 豊、中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、笹原信一朗、八田耕太郎、松崎一葉、井手
武。金子良善博、烏帽子田彰:スギ花粉症有病率のメタアナリシス、第52回日本アレルギー総会(横浜)、2002
年 11 月.
3.
中村裕之、荻野景規、信国好俊、神林康弘、松崎一葉、笹原信一朗、八田耕太郎、小笹晃太郎、遠藤朝彦、
今井透、本橋 豊、井手武、烏帽子田彰:スギ花粉症における Natural killer 細胞活性と精神心理因子、特に
Sense of coherence、第12回体力・栄養・免疫学会大会、長崎、2002 年 8 月.
4.
笹原信一朗、松崎一葉、服部訓典、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、井手武、本橋
豊、中村裕之、烏帽子田彰:スギ花粉症における発症要因と交絡因子に関する地域差、第12回体力・栄養・
免疫学会大会、長崎、2002 年 8 月.
5.
中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、松崎一葉、笹原信一朗、八田耕太郎、井手武、本橋
豊、荻野景規、烏帽子田彰:スギ花粉症特異的 QOL 質問票の開発とその妥当性についての検討、第14j回
日本アレルギー学会春季臨時大会、幕張、2002 年 3 月.
6.
小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、松崎一葉、八田耕太郎、笹原信一朗、井手武、本橋 豊、烏帽子
田彰:第14回スギ花粉症アレルギー学会春季臨時大会、幕張、2002 年 3 月.
7.
福富友馬、松崎一葉、笹原信一朗、中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、八田耕太郎、本橋 豊、烏
帽子田彰:マスク着用行動による花粉症症状の防止効果が認知機能に与える影響、第15回スギ花粉症アレ
123
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ルギー学会春季臨時大会、横浜、2002 年 3 月.
8.
井手武、近藤秀明、井上和久、畠中通弘、大石豊、中村篤宏、芦田恒雄、吉村史郎、榎本雅夫、遠藤朝彦、
本間環、本橋 豊、烏帽子田彰、中村裕之:花粉症グッズ検証のための花粉曝露装置の開発、第43回日本花
粉学会、高知、2002 年 10 月.
9.
井手武、榎本雅夫、吉村史郎、榎本雅夫、芦田恒雄、遠藤朝彦、本橋 豊、烏帽子田彰、中村裕之:花粉症
予防のための花粉症グッズの評価、第52回日本アレルギー学会、横浜、2002 年 11 月.
10.
松崎一葉、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、笹原信一朗、井手武、本橋 豊、中村裕
之、烏帽子田彰:スギ花粉症検診受診者の精神・心身医学的危険因子に関する検討―その2―、第52回日
本アレルギー学会、横浜、2002 年 11 月.
124
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2. スギ花粉症の予防に関する研究
2.3. 集団疫学研究による新たな地域保健施策の確立に関する研究
広島大学大学院医歯薬学総合研究科健康政策科学・公衆衛生学講座
烏帽子田 彰
■要 約
従来、多くの研究がスギ花粉症発症要因あるいは増悪因子の解明を試みたが、地域住民を対象とした疫学研究によって、
生活環境因子の関与を明らかにした研究は少ない。そこで、東京都品川地区および山梨県牧丘町地区において地域住
民を対象に、客観的診断基準による疫学調査を実施した。その結果、スギ花粉症の有症率は、都市部(東京都品川区)で
33.8%、地方(山梨県牧丘町)で 26.7%と都市部で有症率が高かった。生活環境因子と花粉症の発症について、花粉症検
診受診者だけでなく、調査票による症例対照研究においても検討した結果、「寝床の床がフローリングである」、「果物をよ
く食べる」において花粉症の発症との関連が有意に認められた。したがって、日本人の伝統的な生活環境がスギ花粉症を
予防することが示唆された。また、鼻アレルギー日記の解析から、花粉飛散量と花粉症症状はスギ IgE 抗体量が多いほどよ
く相関することが認められたが、内服薬の服用とマスクの着用の効果を検討すると、処方薬の内服により花粉飛散量が多く
ても症状は抑制されていることがわかった。しかし、マスク着用による症状予防効果は今回の解析からは明らかではなく、飛
散量が大きいときには、マスク以外の予防法、例えば内服薬の服用の併用が有効であると考えられた。
■目 的
花粉症の発症には、個人の持つ素因の他に、大気汚染、食生活などの生活環境因子の関与が指摘されている。スギ花
粉症における医療機関での患者を対象とした臨床疫学は多々、行われているが、実際のスギ花粉症の患者の多くは、医
療機関に罹ることなく過ごしているため、地域住民に対する疫学が必要である。その地域住民に対する疫学は、Ⅰ期での
遠藤班によるアプローチによってなされたばかりである。その結果、その発症には様々な増悪因子が想定されたが、確証
には至っていない。本研究では、地域住民を対象とした疫学によって、スギ花粉症に対する様々な環境因子、とくに、都市
に伴う生活様式とスギ花粉症の発症との関係を明らかにする。さらには、マスクや内服薬の効果について検証することで、
今後のスギ花粉症予防のための新たな地域保健施策の確立を目指す。
■ 研究方法
1) 花粉症発症要因の解明に関する研究
平成 13 年に東京都品川区地区、平成 14 年に山梨県牧丘町地区において花粉症検診を実施した。両集団の特性を表 1
に示した。花粉症検診においては耳鼻科医師による鼻誘発試験、皮内反応試験などの特異的アレルギー反応をもとにし
たスギ花粉症の診断を行った。その診断基準は、表 2 に示す通りである。
表1 対象属性
花粉症調査票
花粉症検診
地域
品川
牧丘
品川
牧丘
有効回答数および受診者数
1265 (回収率, 60.2%)
3587 (回収率, 89.7%)
408 (受診率, 32.3%)
432 (受診率, 12.0%)
125
男:女
1:1.3
1:1.1
1:1.5
1:1.4
年齢 (平均±標準偏差)
男, 46.1±21.0; 女, 46.4±20.3
男, 44.4±23.8; 女, 47.2±23.4
男, 41.7±21.2; 女, 42.2±20.5
男, 33.8±22.6; 女, 38.9±18.9
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表2
診断
スギ花粉症
スギ花粉症疑い
皮内反応
+
+
+
+
+
+
+
鼻内誘発
+
+
+
+
―
―
―
スギ花粉症診断基準
鼻内所見
+
+
―
+
+
+
―
症状
+
―
+
―
+
―
+
鼻汁好酸球
+~―
+
+
―
+~―
+
+
2) 内服薬、マスクの効果に関する研究
調査の対象は平成 14 年 3 月、山梨県牧丘町地区の花粉症検診を受診した 432 名である。対象者は、平成 14 年 3 月
11 日から 17 日の 1 週間、いわゆる鼻アレルギー日記を記入した。また、一方、スギ花粉およびヒノキ花粉飛散量をダーラム
法で測定した。
■ 研究成果
1) 花粉症発症要因の解明に関する研究
表 1 に示す通り、花粉症検診来場者とアンケート調査票の対象者には年齢分布に差を認め、さらには、花粉症の主要症
状である鼻づまり、鼻水、くしゃみ症状、および家族のアレルギー疾患の既往歴に差を認めた(表 3)。症状アンケート調査
票の各項目と診断との感度、特異度を検証したところ、「鼻水が春のみでる・鼻水がでない」が花粉症診断に対して感度
93.5%、特異度 71.7%と比較的高値を示した(表 4)。「鼻水が春のみでる・鼻水がでない」を基に、品川地区と牧丘地区の年
齢別有症率を図 1 に示した。また、受診者における性別の有症率と診断別の平均年齢については、男性の有症率が女性
に比べて高く、平均年齢では花粉症群は健常群に比べて有意に低かった(表 5)。
花粉症群と健常群の性別と年齢をマッチアップさせるため、標本を女性のうちで花粉症群と健常群で年齢に有意差のな
かった 10 歳~59 歳を対象に、症状スクリーニングである「鼻水が春のみでる・鼻水がでない」に対する各生活環境因子に
ついての症例対照研究を行った。その結果、各生活環境因子を「鼻水が春のみでる・鼻水がでない」を基に花粉症群と健
常群の 2 群で各項目回答率の平均値を t 検定で有意水準 0.1 以上の因子をまず抽出した。抽出された生活環境因子を説
明変数に、症状スクリーニングの結果を目的変数として住民全体と、検診受診者について判別分析を行い、標準判別係数
を表 6 に示した。標準判別係数がどちらの標本分析でも安定した高値を示した「寝室の床が畳でなく、フローリングである」
という因子と「果物をよく食べる」という因子であった。
表2 花粉症検診来場者のバイアス
地域
検診に来場した人
品川
検診に来場しなかった人 品川
検診に来場した人
牧丘
検診に来場しなかった人 牧丘
**p<0.01
鼻づまり (+) 鼻水 (+)
50.8%
68.8%
37.9%
48.4%
59.9%
73.6%
28.9%
36.9%
くしゃみ (+)
72.3%
53.2%
76.6%
41.8%
家族にアレルギー疾患の既往(+)
44.6%
26.8%
**
52.8%
**
27.2%
表3 症状アンケート調査からの花粉症診断スクリーニング方法の検討
鼻水
診断
花粉症群
健常群
合計
感度, 93.5%; 特異度, 71.7%
春のみ
101
49
150
なし
7
124
131
126
合計
108
173
281
スギ花粉症克服に向けた総合研究
100%
品川
牧丘
80%
有
60%
症
率
40%
20%
0%
0~9
10~19
20~29
30~39
40~49
50~59
60~
図1 症状アンケート調査票による地域・年齢別花粉症有症率.
花粉症検診(有効解析数2954人)による平均有症率:品川、33.8%; 牧丘:26.7%、平均、28.4%
(歳)
表4 受診者における性別有症率と診断別平均年齢
性別
男性
(有症率36.4%)
女性
(有症率33.4%)
診断
花粉症群
健常群
花粉症群
健常群
年齢(平均±標準偏差)
31.4±18.4
39.4±23.0
38.6±16.4
41.6±20.8
表5 症状スクリーニングにおける生活環境因子の判別分析
項目
木造一戸建て アルミサッシ
寝室の床がフローリング
(畳でない)
果物をよくたべる
魚をあまりたべない
年齢
近所に草地あり
鉄筋集合住宅
喫煙
固有値
正準相関
有意確率
全体
0.647
検診受診者
-0.185
0.496
-0.365
0.383
0.262
-0.052
0.350
-0.363
0.0273
0.1631
0.0179
0.523
-0.487
0.074
0.358
0.033
-0.378
-0.234
0.0841
0.2785
0.0179
2) 内服薬、マスクの効果に関する研究
図 2 は鼻アレルギー日記の結果より、花粉飛散量と昼のくしゃみ回数の平均値との関係を示す。スギ花粉飛散量とヒノキ
花粉飛散量の合計値と、くしゃみ回数はよく相関して変動していた。症状パラメータには、症状の偏差をとり、くしゃみ回数
偏差を算出した。健常人をも含めた花粉飛散量と花粉症症状との関係を図 3 に示した。回帰分析の結果、傾き 0.34 の有意
な相関が認められた。
次に、スギ特異的 IgE RAST スコアにより層別化した花粉飛散量と花粉症症状との関係を図 4 に示した。赤い線で示した
のが、スギ IgE 抗体スコア 5-6 であった患者群の回帰直線である。その傾きの有意水準は 0.01 以下であり、飛散量と症状
の有意な相関を認めた。青、緑で示した直線は、それぞれスギ IgE スコア 2-4、0-1 の患者群の回帰直線であるが、ともに傾
きが小さく有意な相関を示さなかった。
スギ IgE RAST スコアが 2 以上の例に限定して、処方薬内服の効果を検討したところ、処方薬内服がない群では有意な相
関が認められたが、処方薬を内服している群では有意な相関を認めなかった。さらに、両者の回帰係数の間に有意な差を
認めた(図 5)。同様にスギ IgE 抗体スコアが 2 以上の例に限定して、マスク着用の効果を検討すると、マスク着用がない群
では有意な相関が認められたが、マスクを着用している群では有意な相関を認めなかった。両者の回帰係数はほぼ等しく
有意な差を認めなかった(図 6)
127
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2.05
昼くしゃみ回数
スギ花粉飛散量
総花粉飛散量
ヒノキ花粉飛散量
160
2
140
1.9
120
1.85
100
1.8
80
1.75
1.7
60
1.65
40
花粉飛散量(個/cm2)
昼くしゃみ回数の平均値(回)
1.95
1.6
20
1.55
1.5
0
3/11
3/12
3/13
3/14
3/15
3/16
3/17
図 2 花粉症症状と花粉飛散量の関係 (N=389)
特異的IgEスコア
† P<0.05 † † P<0.01
スギIgE 0-1・・・昼くしゃみ回数偏差 = -0.22 + 0.12 * log花粉飛散量(N=122)
スギIgE 2-4・・・昼くしゃみ回数偏差 = -0.24 + 0.13 * log花粉飛散量(N=163)
††
スギIgE 5-6・・・昼くしゃみ回数偏差 = -1.77 + 0.96 † † * log花粉飛散量(N=89)
0.50
平均値± 95.0% 信頼区間。
]
0.25
] ]
]
]
]
0.00
]
] ]
]
]
]
]
]
]
(
昼
く
し
ゃ
み
回
数
偏
差
の
平
均
値
回
]
]
]
]
)
]
-0.25
]
-0.50
101.6
101.7
101.8
log(総花粉飛散量(個/cm2)
101.9
図 3 スギ花粉特異的抗体スコアにより層別化した花粉飛散量と花粉症症状の関係
128
102。0
スギ花粉症克服に向けた総合研究
0.20
平均値± 95.0% 信頼区間。
]
]
]
]
0.00
]
]
]
(
昼
く
し
ゃ
み
回
数
偏
差
の
平
均
値
回
)
-0.20
101.6
101.7
101.8
101.9
102.0
log(総花粉飛散量(個/cm2))
図 4 花粉飛散量と花粉症症状の関係.
昼くしゃみ回数偏差 = -0.63 + 0.34 * log 花粉飛散量、切片、傾きともに有意水準 5%で有意。
平均値± 95.0% 信頼区間。
毎日(6日以上)処方薬内服(N=61)
処方内服薬なし(N=163)
0.50
昼
く
し 0.25
ゃ
み
回
数 0.00
偏
差
の
平 -0.25
均
値
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
(
)
回
-0.50
101.60
101.70
101.80
101.90
102.00
log(総花粉飛散量(個/cm2))
101.60
101.70
101.80
101.90
102.00
log(総花粉飛散量(個/cm2))
図 5 処方内服の有無による花粉飛散量と症状との関係.
処方内服薬なし(N=163)の場合の昼くしゃみ回数偏差 = -1.22 + 0.66 * log 花粉飛散量、毎日(6 日以上)処方薬内服(N=61)昼くしゃみ回数
偏差 = 0.56 - 0.30 * log 花粉飛散量. 両者の回帰直線の傾きの差は有意水準 5%で有意。
129
スギ花粉症克服に向けた総合研究
マスクなし(N=159)
毎日(6日以上)マスク着用(N=52)
1.00
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
(
昼
く
し 0.50
ゃ
み
回
数
偏 0.00
差
の
平
均
値 -0.50
回
)
-1.00
101.60
101.70
101.80
101.90
102.00
2
log(総花粉飛散量(個/cm ))
101.60
101.70
101.80
101.90
log(総花粉飛散量(個/cm2))
102.00
図 6 マスク着用の有無による花粉飛散量と症状との関係.
マスク着用なしの場合の昼くしゃみ回数偏差 = -0.87 + 0.47 * log 花粉飛散量、
マスク着用ありの昼くしゃみ回数偏差 = -0.81 + 0.44 * log 花粉飛散量. 両者の回帰直線の傾きには有意な差はない
■考 察
1) 花粉症発症要因の解明に関する研究
花粉症検診においても検診バイアスの存在が指摘されている。本研究においても、スギ花粉症の主要症状と家族の既往
歴に差があった。したがって、バイアスの少ないと考えられる症状アンケート調査における鼻水をスクリーニングの指標とし
たところ、「鼻水が春のみでる・鼻水がでない」が花粉症診断に対して比較的高い感度と特異度を認めた。したがって、「鼻
水が春のみでる・鼻水がでない」を基に、有症率を推定したところ、品川地区では 33.8%、牧丘町地区では 26.7%と推定でき
た。これまでの疫学調査からは、年度と花粉飛散量、地域差などあるが、おおよそ 20-30%の間で報告されている 「引用文
献 1-3」。それらの報告と比較すると、品川地区の有症率はやや高い。また、品川地区に比べ、牧丘町地区では若年者の
有症率が高くなっていた。品川地区での有症率が牧丘地区より高いことは大いに注目される。これまで、都市化に伴う諸環
境因子がスギ花粉症の増悪因子であることは指摘されてきたが 「引用文献 1」、地域集団において具体的に比較された研
究はない。本結果によって、都市のスギ花粉症有症率は郡部に対して高いことが証明された。
受診者を基に、各生活環境因子の関与を明らかにするためには、花粉症群と健常群の性別と年齢をマッチアップさせる
必要があった。そのため、花粉症群と健常群で年齢に有意差のなかった 10 歳~59 歳の女性に対して症状スクリーニング
である「鼻水が春のみでる・鼻水がでない」に対する各生活環境因子についての症例対照研究を行った。その結果、住民
全体と、検診受診者のどちらの標本分析でも安定した高値を示したのは、「寝室の床が畳でなく、フローリングである」という
因子と「果物をよく食べる」という因子であった。各種バイアスを考慮した今回の疫学調査の結果から、花粉症発症に関連
する生活環境因子としては、従来指摘されていた畳によるダニ抗原の感作が花粉症発症と重なるという結果とは逆のもの
であった 「引用文献 1-6」。すなわち、日本人の伝統的な生活環境がスギ花粉症を予防することが示唆された。
2) 内服薬、マスクの効果に関する研究
花粉の飛散量の増加とともにくしゃみ回数が増加するのが認められた。さらに、スギ抗体量が多いほうが飛散量―症状の
相関が強くなっていることが示された。また、毎日処方薬を内服している群では飛散量と症状の相関がなかったという結果
は、処方薬による花粉症症状の改善効果を表していると考えられる。マスク着用群と非着用群では飛散量-症状の相関度
130
スギ花粉症克服に向けた総合研究
合いを比較しても差はなく、この原因としては、マスクは適切に使用されなければその効果があまり期待できないことが指摘
されており、マスク着用群のマスク着用方法がひとりひとりで違っていることが考えられる。さらには、飛散量の大きいときに
はマスクの効果が小さくなったためとも考えられ、この場合、マスク以外の予防法、例えば内服薬の服用の併用が有効であ
ると想定された。
謝辞:本研究は、スギ花粉症総合研究「スギ花粉症の予防に関する研究」実施者の中村裕之教授(高知医科大学)、本橋
豊教授(秋田大学)、松崎一葉助教授(筑波大学)、井手武助手(奈良県立医科大学)はもとより、遠藤朝彦講師(東京慈恵
会医科大学)、今井透部長(聖路加国際病院)、小笹晃太郎助教授(京都府立医科大学)、八田耕太郎講師(順天堂大
学)、本田靖助教授(筑波大学)、大久保一郎教授(筑波大学)、笹原信一朗博士(筑波大学)、福冨友馬氏(広島大学)と
の共同研究によって行われた。東京都品川区五反田地区検診、山梨県牧丘町検診の実施に際しては、多くの関係者のご
尽力を頂きました。関係各位に深謝申し上げます。
■ 引用文献
1. Lee MH, Kim YK, Min KU, Lee BJ, Bahn JW, Son JW, Cho SH, Park HS, Koh YY, Kim YY: Differences in sensitization
rates to outdoor aeroallergens, especially citrus red mite (Panonychus citri), between urban and rural children, Ann
Allergy Asthma Immunol, 86, 691-5, (2001)
2. Mori A: Sensitization and onset of Japanese cedar pollinosis in children, Arerugi, 44, 7-15, (1995)
3. Ishizaki T, Koizumi K, Ikemori R, Ishiyama Y, Kushibiki E: Studies of prevalence of Japanese cedar pollinosis among the
residents in a densely cultivated area, Ann Allergy, 58, 265-70, (1987)
4. Sakurai Y, Nakamura K, Teruya K, Shimada N, Umeda T, Tanaka H, Yoshizawa N: Prevalence and risk factors of
allergic rhinitis and cedar pollinosis among Japanese men, Prev Med, 27, 617-22, (1998)
5. Yamaguchi H: Evaluation of the relationship between immediate hypersensitivity and environmental factors by
intracutaneous skin tests and specific IgE antibodies in allergic children. Part 2. The age distribution of immediate
hypersensitivity by intracutaneous s, Arerugi, 42, 830-9, (1993)
6. Yamaguchi H: Evaluation of immediate hypersensitivity and environmental factors by intracutaneous skin tests and
specific IgE antibodies in allergic children. Part 1. The annual change of immediate hypersensitivity measured by
intracutaneous skin tests and radio, Arerugi, 42, 571-81, (1993)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
小笹晃太郎、藤田麻里、奈倉淳子、林恭平、渡邊能行、出島健司、竹中洋、中村裕之、烏帽子田彰: スギ花
粉症 QOL 指標作成の試み、厚生の指標、(印刷中)
2.
本橋豊、烏帽子田彰、遠藤朝彦、井手武、木村統治、中村裕之:スギ花粉症予防グッズの有用性評価に関す
る研究、日本生理人類学会誌、6(2)、114-115、2001.
国外誌
1.
Sasahara S, Matsuzaki I, Nakamura H, Ozasa K, Endo T, Imai T, Honda Y, Hatta K, Ide T, Motohashi Y,
Eboshida A: Environmental factors and lifestyles as risk factors for Japanese cedar pollinosis in recent urban
areas. Arch Environ Complex Studies, (in print)
2.
Sasahara S, Matsuzaki I, Nakamura H, Ozasa K, Endo T, Imai T, Honda Y, Hatta K, Ide T, Motohashi Y,
131
スギ花粉症克服に向けた総合研究
Eboshida A: Epidemiological evidence for the involvements of urbanized house/residential environments and
eating behavior in Japanese cedar pollinosis, (in submission)
3.
Nakamura H, Matsuzaki I, Sasahara, S, Hatta K, Endo T, Imai T, Ozasa, K, Motohashi Y, Ogino K, Eboshida
A: Higher sense of coherence as a psychological factor responsible for elevated natural killer cell activity in
patients with cedar pollinosis (in submission)
4.
Nakamura H, Miyagawa M, Ogino K, Nakajima M, Endo T, Ozasa K, Motohashi Y, Matsuzaki I, Hatta K,
Honda Y, Sasahara S, Imai T, Okubo I, Eboshida A: High contrast of contribution between genes of eosinophil
peroxidase and interleukin 4 receptor α chain to Japanese cedar pollinosis (in submission)
口頭発表
招待講演
1.
烏帽子田彰:スギ花粉症危険因子の疫学-都市化に伴う諸要因、東京、スギ花粉症予防に向けた総合研究公
開シンポジウム、2003 年 3 月
2.
井手武、榎本雅夫、吉村史郎、榎本雅夫、芦田恒雄、遠藤朝彦、本橋豊、烏帽子田彰、中村裕之:花粉症予
防のための花粉症グッズの評価:スギ花粉症 予防および治療研究の最前線、横浜、第 52 回アレルギー学会、
2002 年 11 月
応募・主催講演等
1.
Sasahara S, Matsuzaki I, Nakamura H, Ozasa K, Endo T, Imai T, Honda Y, Hatta K, Ide T, Motohashi Y,
Eboshida A: Environmental factors and lifestyles as risk factors for Japanese cedar pollinosis in recent urban
areas, Takatsuki, 10th International Conference on the Combined Effects of Environmental Factors, Japan,
2002 年 8 月
2.
福富友馬、松崎一葉、笹原信一朗、中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、八田耕太郎、本橋豊、烏帽
子田彰: マスク着用行動による花粉症症状の防止効果が認知機能に与える影響, 横浜, 第 15 回日本アレル
ギー学会春期臨床大会、2003 年 5 月
3.
本橋豊、中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、笹原信一朗、八田耕太郎、松崎一葉、井手武、
金子良善博、烏帽子田彰:スギ花粉症有病率のメタアナリシス、横浜、第52回日本アレルギー総会、2002 年
11 月
4.
松崎一葉、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、笹原信一朗、井手武、本橋豊、中村裕之、
烏帽子田彰:スギ花粉症検診受診者の精神・心身医学的危険因子に関する検討-その2-、横浜、第52回日
本アレルギー総会、2002 年 11 月
5.
井手武、近藤秀明、井上和久、畠中通弘、大石豊、中村篤宏、芦田恒雄、吉村史郎、榎本雅夫、遠藤朝彦、
本間環、本橋豊、烏帽子田彰、中村裕之:花粉症グッズ検証のための花粉曝露装置の開発、高知、第43回日
本花粉学会、2002 年 10 月
6.
中村裕之、荻野景規、信国好俊、神林康弘、松崎一葉、笹原信一朗、八田耕太郎、小笹晃太郎、遠藤朝彦、
今井透、本橋豊、井手武、烏帽子田彰: スギ花粉症における Natural killer 細胞活性と精神心理因子、特に
Sense of coherence、 長崎、第 12 回体力・栄養・免疫学会大会、2002 年 8 月
7.
笹原信一朗、松崎一葉、服部訓典、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、井手武、本橋豊、
中村裕之、烏帽子田彰: スギ花粉症における発症要因と交絡因子に関する地域差, 長崎, 第 12 回体力・栄
養・免疫学会大会、2002 年 8 月
8.
中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、松崎一葉、笹原信一朗、八田耕太郎、井手武、本橋豊、
荻野景規、烏帽子田彰: スギ花粉症特異的 QOL 質問票の開発とその妥当性についての見当、 幕張、第 14
回日本アレルギー学会春季臨床大会、2002 年 3 月
132
スギ花粉症克服に向けた総合研究
9.
小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、松崎一葉、八田耕太郎、笹原信一朗、井手武、本橋豊、中村裕之、
烏帽子田彰: スギ花粉症健診受診者のアレルギー日記症状の分析、幕張、第 14 回日本アレルギー学会春季
臨床大会、2002 年 3 月
10.
葉山貴司、稲葉岳也、宇井直也、茂呂八千世、大森剛哉、実吉健策、野原修、永倉仁史、小澤仁、小野幹夫、
今井透、遠藤朝彦、森山寛、斉藤三郎、烏帽子田彰、中村裕之: 東京都におけるスギ花粉症疫学調査からみ
た感作・発症の現況, 幕張, 第 14 回日本アレルギー学会春季臨床大会、2002 年 3 月
11.
笹原信一朗、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井透、本田靖、八田耕太郎、松崎一葉、井手武、中村裕之、烏帽子
田彰: スギ花粉症健診受信者の発症と生活環境因子に関する研究, 幕張、第 14 回日本アレルギー学会春季
臨床大会、2002 年 3 月
12.
本橋豊、烏帽子田彰、遠藤朝彦、井手武、木村統治、中村裕之:スギ花粉症予防グッズの有用性評価に関す
る研究、日本生理人類学会、2001 年 10 月
133
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2. スギ花粉症の予防に関する研究
2.4. スギ花粉症患者における精神および心身医学的因子の関与に関する研究
筑波大学社会医学系環境保健グループ
松崎 一葉
■要 約
東京都品川地区および山梨県牧丘町地区において地域住民を対象とした疫学の一環として、心身医学的諸指標に関
して詳細な調査を実施した。スギ花粉症は抑うつ傾向をもたらし、この結果、QOL 低下をもたらすことを精神心理的疫学に
よってみいだした。この花粉症における抑うつには、花粉症の症状以外に、花粉症による認知機能の低下が影響している
こ と も わ か っ た 。 ま た 、 抑 う つ を 規 定 す る 性 格 因 子 と し て 、 Health locus of control ( 健 康 に 関 す る 統 制 の 座 ) 、
Sense of coherence (首尾一貫感覚) の人格変数の関与が示唆され、花粉症への対処行動の取り方が抑うつに関与す
ると考えられた。予防的な服用も含め抗アレルギー薬を服用している人では認知機能が高く維持されていたため、予防的
に服用することの重要性が示唆された。
■目 的
スギ花粉症は、近年罹患率が増加していることもあり、国民にとって非常に重要な疾患の一つとなってきた。その罹患年
齢は、子供から高齢者まで幅広く、近年は特に発症の低年齢化が指摘されている。しかし、身近な疾患であるにも関わら
ず、治療・コントロールが難しいことから、その QOL の向上には非常に高い社会的関心が寄せられている。
QOL を構成する要素として精神・心身医学的因子は大きなウェイトを占めると考えられている。過去の研究においても、
アレルギーにより注意集中力が低下して作業能率が下がる場合、それは健康に関する QOL の4つの因子である身体的な
状態や機能、心理的な状態や機能、社会的な機能、健康状態への認識のいずれにも関わってくるため、QOL の低下につ
ながると言われており「引用文献 1.」、実際、111 名の通年性アレルギー性鼻炎患者を Medical Outcomes Study 36-Item
Short Form Health Survey (SF-36)「引用文献 2.」で QOL 評価した研究「引用文献 3.」では、身体的および社会的機能、
身体的および感情的問題に起因する役割の制限、精神的健康、易疲労、疼痛、健康に対する認識のいずれの項目でも
健常人と比較してアレルギー性鼻炎患者が有意に障害されていたという。
しかしながら、今まで国内において、スギ花粉症の精神・心身医学的影響や危険因子についての研究はなされていない。
そこで、本研究においては、スギ花粉症の発症または増悪にかかわる精神および心身医学的危険因子を特定し、これを早
期予防に役立てることにより患者の QOL の向上を図ることを目的とした。
■ 研究方法
下記の日程でスギ花粉症の集団検診を実施した。
・平成 13 年 3 月 25 日…東京都品川区
・平成 14 年 3 月 24 日…山梨県牧丘町
この集団検診において、耳鼻科専門医によるスギ花粉症の確定診断に基づく有病率調査を行い、検診受診者を対象に
インフォームドコンセントが得られた場合に下記を実施した。
・構造化された精神心身医学的問診(一対一面接)
・認知機能検査(時間再生法 / フリッカー検査)
134
スギ花粉症克服に向けた総合研究
対象は表 1 の通りであった。
品川
花粉症検診
有効回答数
男性:女性
年齢(平均±S.D.)
408
1:1.5
男性 41.7±21.2
-受診率-
女性 42.2±20.5
(32.3%)
構造化面接
352
1:1.6
男性 46.6±18.1
-問診率-
女性 44.5±17.5
(86.3%)
牧丘
花粉症検診
432
1:1.4
男性 33.8±22.6
-受診率-
女性 38.9±18.9
(12.1%)
構造化面接
認知機能検査
347
1:1.6
男性 43.5±17.7
-実施率-
女性 44.4±15.4
(80.3%)
以上の患者対象研究は横断調査であり、解析に限界があるため、
平成 14 年度には高齢者対象の講習にて1月21日(非飛散期)と3月5日(飛散期)に縦断調査を行い解析した。対象者
数 49 人、追跡者数 24 人、男女比 2.4:1、平均年齢 66.3±5.9 歳であった。
■ 研究成果
花粉症患者の QOL を大きく左右する要因として抑うつ度を想定し、花粉症群と健常群で比較したところ、花粉症患者に
て抑うつ度(SDS 得点:自記式抑うつ尺度得点)が有意に高値を示した。(図 1)
また、花粉症の有無にかかわらず、自分が花粉症であると自覚している群で抑うつ度が有意に高かった。(図 2)
抑うつ度に有意な影響を及ぼす因子として、花粉症症状のうち「鼻づまり」、「目のかゆみ」が、個体特性を規定する因子
のうち HLOC(健康自己統制感)、SOC(首尾一貫感覚)といった人格変数の関与が示唆された。(図 3)
認知機能検査の中では、フリッカー検査において花粉症による影響が認められた。特に、40~50 代女性において、花粉
症群のほうが有意にフリッカー値の低下を示した。(図 4)
抗アレルギー薬については、服用者で主観的気分がよい傾向にあった。(図 5)
縦断調査においては、花粉症飛散期には非飛散期に比べ抑うつ度が高く、フリッカー値は低値を示した。(図 6)
■考 察
先行研究では、Gauci M によると、アレルギーに関する質問票と皮内反応あるいは RAST を用いて診断した経年性のアレ
ルギー性鼻炎で精神障害ではない女性 22 名を対象に Minnesota Multiphasic Personality Inventory(MMPI)による性格検
査を試行し、18 名の対照との比較においてその特徴を報告している。それによると、アレルギー性鼻炎患者は、心気症尺
135
スギ花粉症克服に向けた総合研究
度および社会的内向性尺度の得点が有意に高く、K 尺度および自我強度尺度の得点が有意に低いことから、アレルギー
性鼻炎患者は心理学的機能が非アレルギー群より低いことが示唆されるという。また、罹患しているアレルギー疾患の数が、
心気症尺度、抑うつ尺度、ヒステリー尺度、精神衰弱尺度、精神分裂病尺度、社会的内向性尺度、不安尺度の各 T 得点と
正の相関を示し、K 尺度および自我強度尺度の T 得点と負の相関を示したことも報告されている。さらに、ハウスダストと花
粉に対する皮内反応陽性群は社会的内向性尺度と正の相関を、花粉に対する皮内反応陽性群は抑うつ尺度と精神衰弱
尺度に正の相関を、花粉とカビに対する皮内テスト陽性群は精神病質的偏倚尺度と精神分裂病尺度に正の相関を示した
という。「引用文献 4.」
今回の我々の研究においても、患者対照研究による抑うつ度の比較においては、健常群に比べ花粉症群で抑うつ度が
高かったことより、花粉症が抑うつ度に影響を与えている可能性が示唆された。
また、花粉症患者を対象とした縦断調査においても飛散期には非飛散期に比べ抑うつ度が高く、花粉症の患者に与え
る影響がさらにはっきりとした。
抑うつ度に特に大きな影響を与える症状として「鼻づまり」「目のかゆみ」が考えられ、これらの症状を重点的に抑えること
により、花粉症患者の QOL を改善する可能性が示唆された。
花粉症の有無にかかわらず、自分が花粉症であると自覚している群で抑うつ度が高かったことより、本当は花粉症でな
いのに自分は花粉症であるという誤った認識が QOL に影響を与えている可能性が示唆された。
40~50 代女性において、花粉症群のほうが有意にフリッカー値の低下を示したことより、更年期女性における花粉症と
認知障害の関連が示唆された。
抗アレルギー薬については、服用者で主観的気分がよい傾向にあったことより、抗アレルギー薬服用による気分の改善、
さらには QOL が改善する可能性が示唆された。
これらの結果を更に検証するには大規模な介入研究が必要となってくるが、花粉症大規模検診より 1 年かけて準備した
パイロット研究においても追跡率が低かったため、大規模追跡調査となると低追跡率よるバイアスをさけるには、更に多くの
準備期間が必要であり、第Ⅱ期では当初予定した介入研究までは残念ながら至らなかった。
■ 引用文献
1.
Blaiss MS: Quality of life in allergic rhinitis. Ann Allergy Asthma Immunol, (1999)
2.
Ware JE, Sherbourne CD: The MOS 36-item short-form health survey (SF-36): I. Conceptual framework and item
selection. Med Care, (1992)
3.
Bousquet J, Bullinger M, Fayol C et al: Assessment of quality of life in patients with perennial allergic rhinitis with the
French version of the SF-36 health status questionnaire. J Allergy Clin Immunol, (1994)
4.
Gauci M, King MG, Saxarra H, Tulloch BJ, Husband AJ: A Minnesota Multiphasic Personality Inventory profile of
women with allergic rhinitis. Psychosom Med, (1993)
■ 成果の発表
口頭発表
招待講演
1.
松崎一葉:「スギ花粉症の心理・精神的因子に関する疫学」,第 52 回アレルギー学会(2002)
2.
松崎一葉:「スギ花粉症の精神・心理的負担とその予防」,スギ花粉症予防に向けた総合研究公開シンポジウム
(2003)
応募・主催講演等
1.
松崎一葉, 小笹晃太郎, 遠藤朝彦, 今井透, 本田靖, 八田耕太郎, 笹原信一朗, 井手武, 本橋豊,烏帽子田
136
スギ花粉症克服に向けた総合研究
彰:「スギ花粉症健診受診者の精神・心身医学的危険因子に関する検討」,第 14 回日本アレルギー学会(2002)
2.
松崎一葉, 小笹晃太郎, 遠藤朝彦, 今井透, 本田靖, 八田耕太郎, 笹原信一朗, 井手武, 本橋豊,中村裕之,
烏帽子田彰:「スギ花粉症検診受診者の精神・心身医学的危険因子に関する検討-その 2-」,第 52 回日本アレ
ルギー学会総会(2002)
***
*
***p<0.01
31
*p<0.05
30
S
D
S
得
点
29
28
27
26
n=116
n=141
n=195
品川:花粉症(-)
牧丘:花粉症(+)
牧丘:花粉症(-)
n=97
25
品川:花粉症(+)
牧丘
品川
図 1:花粉症と抑うつ度
**
** p <0.01
**
S
D
S
得
点
32
31
30
29
28
27
26
25
24
23
22
21
20
*
* p <0.05
29.8
±0.92
28.4
±1.20
27.1
±0.73
23.7
±1.24
n=87
花粉症(+)
自覚(+)
n=28
n=10
花粉症(+)
自覚(-)
花粉症(-)
自覚(+)
図 2:花粉症の自覚と抑うつ度
137
n=87
花粉症(-)
自覚(-)
スギ花粉症克服に向けた総合研究
SOC
-0.180
鼻づまり
0.186
精神心身医学的影響
目のかゆみ
0.238
SDS(抑うつ)
くしゃみ
0.202
鼻水
HLC
QOLの低下
R=0.43
p<0.01
注:図中の数字は標準偏回帰係数
図 3:SDS を説明変数としたステップワイズ回帰分析の結果
(Hz)
40
*
*
39
38
*
37
36
35
34
20・30代
40・50代
20・30代
40・50代
女性
男性
花粉症群
健常群
図 4:性別・年代別・診断別のフリッカー検査値の比較
138
*P<0.05
スギ花粉症克服に向けた総合研究
80
気
分
は
良
い
で
す
か
75
70
65
60
55
50
男性
女性
抗アレルギー薬(+)
抗アレルギー薬(-)
図 5:花粉症群における気分の良さに対する抗アレルギー薬服用の効果
45
40
35
30
25
非飛散期
飛散期
20
15
10
5
0
フリッカー値(Hz)
SDS得点(点)
図 6:花粉症患者の飛散期・非飛散期におけるフリッカー値・SDS 得点の比較
139
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2. スギ花粉症の予防に関する研究
2.5. 花粉症グッズの検証と開発に関する研究
奈良県立医科大学 医学部 化学教室
井手 武
■要 約
花粉症グッズの市場は 1990 年以降より年々拡大し、花粉防止マスク、花粉防止メガネ、家庭用温熱吸入器、空気清浄
機のカテゴリーの市場は、2002 年で約 275 億円であった。それぞれについて1)商品特性と市場状況,2)今後の方向性に
ついて調査検討した。
花粉症グッズの検証のために以下の方法および装置を開発した。1)マスク素材の吸気抵抗および通気抵抗測定,2)マ
スク素材の花粉阻止効果検証方法及び装置の開発,3)鼻腔内侵入花粉数測定法の開発である。市販の花粉症マスクに
ついて検証し,理想的な花粉阻止マスクについて検討した。現在の市販マスクは形体上,上下左右からの洩れがあり,素
材持つ花粉阻止効果を減少していることを示した。解決策として当てガーゼが有効であることを検証した。また,季節外で
も室内にスギ花粉アレルゲンが存在することを示し,エアコンディショナーの効果について示した。
■目 的
現在おこなわれている花粉症の治療法は、出るであろう症状、または出てしまった症状を薬で抑える対症薬療法が主流
となっており、根治療法としての減感作療法は以前の市販アレルゲンエキスで効果があまり認められなかったこともあり一般
化していない。このような花粉症の予防と治療の現状を考慮するとき、花粉症患者の花粉シーズン中の当面の対策は、薬
で症状を抑えるメディカルケア(薬物療法)と、花粉を避けるセルフケア(生活療法)との足並みがそろって効果をあげること
ができる。セルフケアの的確な指針が占める役割は大きく、そのために花粉症グッズが多数市販されているにもかかわらず、
その効果の評価基準はない。また、より効果的な花粉症グッズが要望されている。
花粉症グッズにはマスク、メガネ、衣服、鼻洗浄器、眼洗浄器、空気清浄機、家庭用温熱吸入器など多種多様のものが
市販されている。これらを検証しながら、評価方法の標準化を検討し、効果的な花粉症グッズの改良、開発を当面の目的と
し、花粉症患者のセルフケアによる QOL(quality of life)の改善に寄与することを目標として研究をおこなった。
■ 研究方法
1.花粉症グッズの市場動向に関する研究(木村統治を中心に担当)
調査ポイントしては花粉症グッズの種類別動向の把握、製品の特徴とマーケットトレンドの把握に主眼を置き、(1)主要
参入製品(商品名、商品特性、価格)、(2)市場の沿革、(3)市場構造の特性の調査を行い、出来る限り今後の開発方向
について検証を行なった。
グッズの調査対象種類としては,その他の興味ある個別のグッズを含め以下の5分野とした。
(1)粉防止マスク(2)花粉防止メガネ, (3)家庭用温熱吸入器, (4)空気清浄機, (5)その他の特異なグッズ
2.家屋内スギ花粉抗原量,およびエアコンディショナーの影響に関する研究(大西成雄を中心に担当)
平成 14 年5月と7月に、非アレルギー6家庭の居間において、室内の高さによる抗原濃度分布、エアコンの影響につい
て検討した。スギ花粉アレルゲン Cry j 1 量は以下の方法により測定した。
140
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1.対象:非アレルギー6家庭の居間、掃除機かけは週に1回のみする。
2.床から 25cm 毎に 175cm まで、直経 25cm のシャーレ8枚を設置する。
3.24 時間設置後、緩衝液(PBS)に浸した濾紙(1cm2)6 枚でふき取る。
4.濾紙をチューブに入れ,2mlの緩衝液にて 12 時間抽出後、遠心分離する。
5.上清をスギ花粉 Cry j 1 テスト(LCD アレルギー研究所)にて,定法により測定した。
3.花粉症グッズ、特にマスクの検証・改良と開発に関する研究
3.1.構成素材を中心とした花粉対策マスクの花粉阻止効果に関する研究(榎本雅夫、大西成雄を中心に担当)
3.1.1.構成素材の検証装置を用いた市販マスクの花粉阻止効果と呼吸抵抗の検証
マスク素材の花粉阻止効果を測定し,しかも吸気抵抗値を測定できる装置を開発する。これを使用して市販されている
マスクの検証をする。
3.1.2.構成素材の検証装置を用いた市販マスクのスギ花粉アレルゲン Cry j 1 阻止効果の検証
マスク素材の吸気抵抗を測定し,さらに素材を通過した花粉とアレルゲンを捕集出来る装置を開発する。これを使用して
市販マスク素材を通過した花粉と花粉表面から離脱した微顆粒(ユービッシュボディ)を捕集し,スギ花粉アレルゲン Cry j 1
量を測定することにより素材の検証をする。
3.2.マスク装着時の花粉阻止効果に関する研究(井手武、芦田恒雄を中心に担当)
自然環境下と人工環境下でのマスクの効果を検討し,検証の標準化をはかる。現在市販されているマスクについて具体
的に検証する。
3.2.1.ボランティアによる花粉飛散期屋外での鼻腔内侵入花粉測定による実状に即した検証
鼻腔へ侵入した花粉数を測定する方法を開発し,実状に即した状況下でマスクをした例と,しなかった例の鼻腔内花粉
数からマスクの効果を検証する。
3.2.2.花粉暴露、花粉計測、鼻腔侵入花粉計測の機能をもった多機能花粉暴露チャンバーを用いた科学的検証
花粉飛散期でなくとも,花粉さえあれば検証が可能な装置を開発し,患者がマスクを装着した時に近い状況でマスクの
効果を検証する。
3.2.2.1.花粉症グッズ検証のための花粉曝露装置の開発
3.2.2.2.本装置を用いて、マスク装着時の花粉阻止効果と素材の通気抵抗を検討
■ 研究成果
1.花粉症グッズの市場動向に関する研究
花粉症グッズの調査対象領域を花粉防止マスク、花粉防止メガネ、家庭用温熱吸入器、空気清浄機とし、その他のグッ
ズも加えて市場動向を検討した。1990 年までの花粉グッズ市場は一部を除くと、殆ど花粉防止マスクの市場であり、全体と
しても 66 億円/年の規模であった。その後温熱吸入器、空気清浄機などの機器も参入し、飛躍的に拡大して 2002 年で約
275 億円の市場となっている。その概要を表 1 に示した。
市場的には空気清浄機が約 70%を占め、最大のものとなっているが、消費者の期待は簡便さ、経済性、携帯性等からマ
スクへの期待が大きく、また、製造メーカーも製品の機能、材質については年々工夫が図られ各種の製品を上市している。
今後の展開を含めて各カテゴリー毎の状況をまとめた。
141
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-1 主な花粉グッズの売上推移
合
年次
計
花粉防止メガネ
花粉防止マスク
家庭用温熱吸入器
空気清浄機
販売高
対前年比
販売高 対前年比 販売高 対前年比 販売高 対前年比 販売高 対前年比
百万円
%
百万円
%
百万円
%
百万円
%
百万円
%
1985
4,730
ー
0
ー
530
ー
200
ー
4,000
ー
1990
6,610
139.7
110
ー
1,000
188.7
800
400.0
4,700
117.5
1995
21,030
318.2
230
209.1
4,000
400.0
2,400
300.0
14,400
306.4
1999
25,870
123.0
220
95.7
5,100
127.5
2,550
106.3
18,000
125.0
2000
26,770
103.5
270
122.7
5,500
107.8
2,500
98.0
18,500
102.8
2001
26,020
97.2
270
100.0
5,200
94.5
2,250
90.0
18,300
98.9
2002
25,725
98.9
275
101.9
5,300
101.9
2,150
95.6
18,000
98.4
1.1.花粉防止マスク
1.1.1.商品特性と市場状況
2001 年では「クリーンラインコーワ」がトップであり、市場の 7.7%を占める。続いて「アルガードかぜ・花粉Wマスク」7.3%、
「かぜ花粉専科」5.0%以上の占有率となっている。「クリーンラインコーワクール」は、付け替えができる芳香剤が付属して
おり、女性を中心に需要が高いものとなっている。また、これらの製品は防塵、抗菌、防臭機能を擁するのみだけでなく横
漏れ防止パッドによるサイドガードやフィットゾーンズレ防止機能、ノーズワイヤー入りプリーツ式、特殊アルミ板を入れること
によって、顔にピッタリフィットさせる機能を擁した密着型製品として広く用いられてきた。また、天然素材(カテキン、キトサ
ン)を利用した抗菌作用のある「かぜ花粉専科」、「キトサンガーゼマスク 4 ガード」も汎用されてきた。
2002 年の動向としては従来のガーゼマスクから通気性、使い捨て感覚で使える不織布タイプへと需要が増大してきてお
り、かつ、顔にぴったりフィットするものが汎用されるようになっている。
表2.主な花粉防止マスク
1.1.2.今後の方向性
各社毎のマスクの機能上の効果については、防塵面ではセラミックスフィルター/静電フィルター/活性炭素繊維など特
殊なフィルターを設置して花粉、ハウスダスト、ウィルス、NOx(窒素酸化物)の侵入を吸着して防いでいる他は、決定的な
違いは認められていない。但し、抗菌/防臭面では生活者に抗菌、防臭意識が高まっており、天然素材を利用した抗菌作
用のある製品やマスクに芳香剤を差し込むタイプなどは一つのポイントとなっている。
形状的に花粉防止マスクは、通常の高級ガーゼマスクと同じ平型と、ガーゼの内側に立体のカバーを設けた立体タイプ
が発売されている。立体タイプは鼻から口に掛けて広く覆うため花粉の侵入を防御しやすく、口紅が付着しないといった面
142
スギ花粉症克服に向けた総合研究
を訴求しているが、見た目にあまりよくない、着け心地が良くないといったことから平型の需要が圧倒的である。
又、平型マスクには横漏れ防止パッドによるサイドガードやフィットゾーンズレ防止機能、特殊アルミ板を入れることによって、
顔にピッタリフィットさせる機能を擁した密着型製品が登場していることからも今後も平型へ進むものとかんがえられる。さら
に、不織布タイプの通気性を良くし、かつ使い捨てタイプが求められている。
その他に密着型のノーズフィット構造によってめがねを曇らせない、通気抵抗が少なく会話を楽に行える、耳かけの部分
を付け心地の良いウーリーゴムにして長時間の使用を快適にする等、使いやすい物も求められている。
1.2.花粉防止メガネ
1.2.1.商品特性と市場状況
2001 年では「NIKKO SS-26」が 24.1%、「NIKKO 727」が 13.0%、「YK-2」が 9.3%の市場占有率となっている。特に
「NIKKO SS-26」は、手頃な価格帯で紫外線カット、粉塵防護率60%以上と機能的にもバランスが取れており、又デザイン
的にもファッション性に優れている。
「YK-2」は、高めの価格設定であるが、カラフルかつテンプルの角度が上下 9 段階に調節可能など高機能であることなどを
訴求している。この分野の高価格帯の商品は、テンプルの角度調整など高機能であることに加え、色を数種類取り揃えた
スタンダードタイプが主流である。
表3.主な花粉防止メガネ
1.2.2.今後の方向性
顔面を広域に覆うゴーグルタイプや度付き対応タイプのものは、スポーツやコンタクト不具合などの場面に限定されたセ
グメンテーションでの展開であることから、伸長性がほとんどない状況となっている。全体に花粉防止メガネは通常の眼鏡、
サングラスに比べるとボリューム感があり、フレーム色を透明感のあるものに仕上げているものが多いが、サングラスに比べ
デザイン性、ファッション性に欠けており、機能性だけでは一般の消費者にとって装着には距離感、抵抗感が残るものとな
っている。
一方、ゴーグルタイプでかつ低価格帯の商品も出されており、機能とデザインが価格的に適合しているシンプルなもので
あり、今後の拡大が期待されている。
1.3.家庭用温熱吸入器
1.3.1商品特性と市場状況
「スチームサワー」が 37.8%、「EW637-W」21.8%、エーザイ「スカイナースチーム」10.7%の市場占有率となっている。
製品としては、「鼻/のど両用型」のものが、「鼻専用型」、「のど専用型」に比べ機能的に勝り、比較的低価格のものが消費
者に人気を博している。
製品は40℃~43℃の蒸気を直接鼻孔やのどから吸入させて患部の不快感を除去する温熱スチーム療法によるものが
主流である。機能的には、「鼻/のど両用型」ののど/鼻の使用が容易に切り替えられる、吸入時間を短縮しているもの、角
度調整ができるもの、30秒から1分の短時間で吸入できるものなど総合的にバランスのとれたものが上位を占めている。
143
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表 4.主な家庭用温熱吸入
1.3.2.今後の方向性
家庭用温熱器は、スギ花粉症に代表されるアレルギー性鼻炎患者の増加に伴い薬剤の服用を避け、自然回復力を利
用するという健康志向に合致した製品であるが、ここ数年来、斬新な訴求ポイントの不在、高額イメージのために振るわな
い状況にある。但し、通常の通院による薬物治療が適さないような人にとっては、個人のQOLに合わせて自宅で気軽に症
状の改善が図れる温熱吸入器は便利であり、医療用具であることからも定着した需要層が存在している。最近ではイオンス
チマーからマイナスイオンを肌に付着させるなどマイナスイオンの新たな効果を狙ったものも出てきている。
1.4.空気清浄機
1.4.1.商品特性と市場状況
この分野は 2002 年 193 億万円の最も大きな市場であり、2001 年の市場占有率は松下電工「EH-3550」及び
「EH-3720」が各 7.1%、5.7%、「MS-R950」が 6.0%となっている。
商品特性としては、2000 年年に「エアブリーズ」の登場により薄型化が促進されている。「エアブリーズ」シリーズで、「LSI
脱臭フィルター」によりフィルターの大きさは従来と同じでありながら、活性炭の有効表面積を 95000 ㎡にすることが可能と
なりこれにより、脱臭のフィルター寿命を大幅に伸ばすこと、更なる薄型が可能となった。
その他に、特徴的な機能として、集塵/脱臭機能の向上が図られるとともに、抗菌作用なども付加された製品も登場してい
る。
「EH-3550」、「MS-R950」などホコリ、花粉、ウィルスなどをとる高い集塵力以外にもカビやウィルスに対する抗菌機能や
ペット,科学物質などの脱臭機能とそのスピードそして汚れの種類を見分けるセンサーが付加されている。
2001 年から 2002 年にかけてマイナスイオンに関する関心が高まり、イオンを放出して空気中の汚れに直接働きかける
「プラズマクラスタ-」等のマイナスイオン機能を付加した製品が出されてきた。
表 5.主な空気清浄機
1.4.2.今後の方向性
今後市場全体としても薄型、小型化が進行していくものと見られる。また、「FU-M21CX-S」の「プラズマクラスター」は、空
気の汚れをファンによって本体に取り込んで除去する従来フィルター方式に加え、プラスとマイナスのイオンを放出させ、そ
の働きによってカビ菌、臭い、有害物質等を素早く脱臭・分解する画期的技術により製品化されている。「マイナスイオン」
のニーズが高まっているがを放出して汚れに直接働きかけ空気中で分解・脱臭する新しいコンセプトであることから今後の
動向が、単にマイナスイオンを放出するだけではなく、空気中のプラズマイオンとマイナスイオンとのバランスを図った機能
などが注目されている。
144
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1.5.その他の花粉グッズ
1.5.1.商品特性と市場状況
その他の花粉症関連グッズとして数多くのものがあるが、大別すると鼻を洗浄する製品、吸引による鼻の不快感除去する製品、眼
を洗浄する製品、マスクに機能を付加させる製品、香りの効能によって症状を緩和させる製品、室内空間での花粉除去製品、に大
別される。基本的に鼻への不快感除去を訴求した製品が大半を占めている。以下にその主な製品の内容と特長を示した。
①小林製薬「鼻スースークール」、「鼻スースースティック」は医薬品の鼻に直接吹きかける鼻炎スプレーとは違い、吸引
タイプであることから、鼻炎スプレーが苦手な人を対象としていると考えられる。
②オムロン「ビューサワー」に代表される眼洗浄器は、水が噴出すタイプとピップフジモト「アイフレッシュ」に代表される振
動タイプに分かれる。
③マスクに機能を付加させる製品も、除菌・消臭だけでなく、吸湿・保湿目的の製品やライオンの「マスクにつけるウェット
フィルター」などマスクに重ねて捕捉力を高めるタイプが見られる。
④「ブリーズライト肌色ラージ」は鼻腔を広げ、鼻のつまりを改善するとされる。
⑤ 眼洗浄器、香りの効能によって症状を緩和させる製品は好調であり、また衣類に貼るだけの芳香製品も注目されている。
1.5.2.今後の方向性
消費者のニーズは多岐にわたり、それに応えるべく多種多様なその他のグッズが開発されている。現在では眼、鼻、香り、
衣類の素材による花粉持ち込み防止等の領域ごとに数多くの製品が提供されてきている。今後もこうした方向性は変わら
ず、さらに素材、簡便性、アイディアを生かした商品が開発されると考えられる。その具体的事例を示した。
①花粉症対策としてのグッズはさらに広がり、東レが 2002 年 1 月に「花粉がつきにくく、落ちやすいウエア」をコンセプト
にした婦人用のブルゾン、帽子を提供するなど、衣類を中心として洗濯物カバーや布団カバーなど屋内に花粉を持ち込ま
ないようにするための対策が重要になってくるものと見られる。
②鼻洗浄剤市場は、2002 年に新規参入ラッシュが起こり、洗眼薬市場に続く領域として大きく浸透してきた。今後も花粉
対策としてのみならずハウスダスト等の対策として通年での利用が期待されている。
2.家屋内スギ花粉抗原量,およびエアコンディショナーの影響に関する研究
家屋内に侵入,または持ち込まれたスギ花粉抗原量の動態をエアコンの影響も含めて検討した。平成 14 年5月(エアコン不使
用)と7月(エアコン使用)に、非アレルギー6家庭の居間において、室内の高さによる抗原濃度分布、およびエアコンの影響につ
いて検討した。スギ花粉のみではなく,スギ花粉表面から離脱したアレルゲンも含め Cry j 1 量として測定して図-1に示した。
1
2
10
3
4
5
10
10
10
0cm
6
10
10
25cm
C r y j 1 (n g ) / シ ャ ー レ
50cm
75cm
1
1
1
100cm
1
1
1
125cm
150cm
175cm
0.1
0 1.
0 1.
0.1
0 1.
0 1.
5月:エアコン不使用
7月:エアコン使用
0.01
0 0. 1
7月
5月
7月
0.01
0 0. 1
0 0. 1
5月
5月
7月
5月
7月
0 0. 1
5月
図-1.スギ花粉飛散期後の家庭室内における浮游 Cry j 1 量
145
7月
5月
7月
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1) スギ花粉飛散期を過ぎた5月,7月でも,週1回の掃除機をかける家庭の居間にスギ花粉アレルゲン Cry j 1 が残って
いることを示した。スギ花粉のみならず,アレルゲンとして室内に存在することを指摘した意義は大きい。
2) 5月よりエアコンを使用した7月の方が量的にも多く、高さの上でもより高く浮遊していることが示された。
3) 7月までアレルゲンは室内に残っており,エアコンによる空気の撹拌で、より高い位置まで浮遊したものと思われる。
壁の高所に取り付けたエアコンではフィルターによるアレルゲンの除去効果はあまり期待できないのではないか。
4) アレルゲン量はタタミの部屋(図-1 の 5,6)の方が、カーペットの部屋(図-1 の 1~4)より少なかった。
5) 75cm 高までにアレルゲン濃度が高かった。床に近い高さほどアレルゲン濃度は高い。
これらの結果は,大人に比べ背丈が低い小児では曝露量も多いと考えられる。若年齢層におけるスギ特異的 IgE 抗体保
有率の上昇傾向の一端を担っているかもしれない。花粉症児いる家庭の居間について,さらに検討する必要があろう。
3.花粉症グッズ,特にマスクの検証と改良・開発に関する研究
3.1.構成素材を中心とした花粉対策マスクの花粉阻止効果に関する研究
3.1.1.構成素材の検証装置を用いた素材別花粉阻止効果と呼吸抵抗の検証
マスク性能測定装置を開発し,吸
気抵抗と花粉阻止効果について、平
A:装置上のマスクの重量
B:落下する花粉の重量
C:花粉落下後のマスクの重量
D:マスク表面の花粉重量
マスク性能測定装置
成 14 年春、市販されたマスク 18 種を
検証した。図-2 に装置の模式図と測
定法を示した。一定重量のスギ花粉
を上に添加,吸引して,マスク素材に
捕捉された花粉重量から阻止率を求
めるものである。
スギ花粉
100mg
薬包紙
1.マスク表面でのに阻止率:D/Bx100
2.マスク内での阻止率: (C-A)/Bx100
3.通過率: B-[(C-A)+D]/Bx100
マスク
(径44mm)
マスク通過花粉
吸気抵抗測定
ここでは ①高機能ガーゼマスク
吸気圧調節
4L/min 20℃
2分間
(鼻フィット構造で各種フィルター入
り), ②プリーツ構造不織布マスク
(鼻フィット構造), ③立体型不織布
マスク, ④汎用ガーゼマスクの4群
に大別して検証した。
花粉阻止効果を図-3 に示した。
ガーゼマスク1種以外は 90%以上
の花粉阻止効果があり,特に 97%
以上のものが高機能ガーゼマスクと
プリーツ不織布マスクにそれぞれ1
種と立体型不織布マスクに 2 種あっ
た。最低値を示した汎用ガーゼマス
クでも 80%以上の花粉阻止率を示
した。
つぎに,マスクに求められる息の
し易さの基準としての吸気抵抗と花
粉阻止率,それに市販価格とを併せ
て検討した結果を図-4 に示した。
マノメーター
流量計
図-2.マスク素材の花粉阻止効果を検証するための「マスク性能測定装置」
80
85
90
95
高機能ガーゼ
No.1
2
3
13
14
15
不織布ブリーツ
No.4
5
6
7
図-2.マスク素材の花粉阻止効果を検証するための「マスク性能測定装置」
8
9
10
16
立体型17
立体型18
汎用ガーゼ
No.11
12
100%
97%以上:4種
図-4 グラフ中の数字は図-3にお
けるマスク No.と対応している。花粉
吸引ポンプ
図-3.マスク素材別にみた市販マスクのスギ花粉阻止率
阻止率は 93%以上あるが,吸気抵
146
スギ花粉症克服に向けた総合研究
抗 4mmH2O 以上のマスクが11種あり,
吸気抵抗
mm/H2O
10.0
これらのマスクは装着時の呼吸のし
16〜50 円
51〜100
198
298〜450
未定
にくさが示唆された。また,高価で高
機能のマスクが必ずしも花粉阻止率
8
77
10
10
3
9
9
14
2
が高く,快適性が工夫されたマスク
4
素材だとは言えないことも示唆され
5
5.0
6
13
た。不織布を素材としたマスク 3 種に
17
12
花粉阻止率 97%以上,吸気抵抗
15
18
1
16
11
4mmH2O 以下という理想的素材を使
用したマスクがあった。
0
3.1.2.マスク性能測定装置を用い
80
85
たスギ花粉アレルゲン Cry j 1 の素
90
スギ花粉阻止率
95
97%
100%
図-4.市販マスクを価格別にみた吸気抵抗と花粉除去率
材別阻止効果の検証
薬包紙
吸気抵抗とスギ花粉アレルゲン Cry j 1
スギ花粉
100mg
マスク性能測定装置(2)
の阻止効果について検証するために,前
マスク
記のマスク性能測定装置の一部を改変し
て図-5 に示す装置を開発した。この装置を
マスク通過花粉
吸気抵抗測定
用いてマスク素材で阻止できなかったスギ
吸気圧調節
4L/min 20℃
花粉アレルゲン(スギ花粉とアレルゲンを
含む微粒子)を緩衝液中に捕集・抽出して,
Cry j 1 量を測定した。
マノメーター
花粉抽出液(50ml)
吸引ポンプ
流量計
平成 14 年春、市販されたマスク 18 種に
ついて検討し,呼吸抵抗と通過 Cry j 1 量と
の関係を示したのが図-6 である。スギ花粉
アレルゲン Cry j 1 の阻止効果は図-5 に示
した装置で得られた花粉抽出液中の Cry j
マスク通過スギ花粉の定量 : 吸気圧1L/minに下げ2分間作動、抽出液 0.01MPBS(0.2%BSA) 50ml
図-5.マスク素材のアレルゲン阻止効果を検証するための「マスク性能測定装置」
吸気抵抗
mm/H2O
10
1 量(ng/50ml)として求めた。吸気抵抗5
●7
mmH2O 以下、通過 Cry j 1 値 1.0ng/50ml
▲:汎用ガーゼ
●10
×:高機能ガーゼ
●:不織布
×2 ×14
●4
5
ク(3種)であった。
●17(立体型)
呼吸抵抗,花粉阻止率,通過 Cry j 1 値
●18(立体型)
●16
とマスク素材の関係をまとめたのが表-6 で
ある。この表からも不織布を素材としたマス
●6
●9
以下,つまり息がし易く,アレルゲン阻止
効率の高いマスクはいずれも不織布マス
3
×
●8
●5
×12
▲13
×15
×1
▲11
0
クが花粉症対策マスクとして有用であるこ
1.0
とを示唆している。
10
通過花粉のCry j1値(ng/50ml)
図-6.市販マスク素材の吸気抵抗と通過 Cry j 1 値
3.2.マスク装着時の花粉阻止効果に関
する研究(井手武、芦田恒雄を中心に担
当)
表-6. マスク素材別呼吸抵抗,花粉阻止率,通過 Cry j 1 値
マスクの材質
吸気抵抗
花粉阻止率
通過 Cry j 1 値
ここでは実際に装着したときの効果を検討
汎用ガーゼ
高性能ガーゼ
低
低~高
約 81~92%
約 94~97%
>10.0ng
1.5~4.0ng
した。
不織布
低~高
約 93~97%
0.06~3.0ng
前項ではマスクを構成素材から検討した。
147
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3.2.1.ボランティアによる花粉飛散期屋外での鼻腔内侵入花粉測定による実情に即した検証
実際に装着したときの効果をびくうないに侵入した花粉数によって検証するために,その測定方法を確立した。つぎにこ
の方法を用いて,ボランティアによる市販マスクの花粉阻止効果を検討した。
3.2.1.1.鼻腔内侵入花粉数の測定法を開発した。
[ 方法 ]
①被験者の鼻腔を鼻腔洗浄器を用い、生理食塩水で洗浄する。
②屋外にて一定時間、マスクを装着(コントロールとして非装着)する。
③定時間後、再度鼻洗浄して、左右の鼻孔と口から洗浄液を採取する。
④採取した洗浄液を遠心分離する。
⑤沈渣を 10%KOH、50℃、10min 処理後、遠心分離する。
⑥沈渣を中性緩衝液、蒸留水の順に洗浄、⑦膜(8.0um,13mm)上に移して、染色後、顕鏡カウントする。
困難であった水性、および膿性鼻汁と混ざった鼻洗浄液中の花粉捕集が,アルカリ処理することで,簡便かつ容易に花
粉を膜上に濾集することが出来る方法である。その詳細は現在投稿執筆中である。
3.2.1.2.花粉飛散期屋外での市販マスクの有効性について検討した
市販マスクを素材と機能から4タイプに分類し,スギ花粉飛散期に戸外でボランティア 45 名による検証を試みた。
1) 不織布+フィルター+プリーツ加工+鼻フィット構造のもの(①)
2) ガーゼ+フィルターのもの(②)
3) ガーゼ+フィルター+鼻フィット構造のもの(③、④、⑤)
4) ガーゼ+フィルター+鼻フィット構造+立体構造のもの(⑥)
方法は、今回開発した前記の方法を用いた。つまり,鼻腔内をあらかじめ生理食塩水で洗浄後、42 名はマスク(各タイプ
n=7)をして、3 名はマスクなし(コントロール)で,軽く運動をしてもらい、2 時間後に再度鼻腔内を洗浄、全洗浄液中の花粉
数を顕微鏡下で計測した。コントロールの鼻腔内花粉数(平均 402 個/2 時間)を 100 として、各タイプ個別マスクについて
花粉阻止率を求めた結果を図-7 に示し
た。
100
(1) 同一マスク(7 名)における装着者間
90
80
記すると,①>③>⑥>⑤>②>④
70
となり、①,③,⑥,⑤のマスクは
60%以上のバラツキがあった。原因
は明らかに装着者自身のマスク装着
の仕方からくる密着度の違いによるこ
とが想定された。しかし,このように無
作為に装着しても比較的個人差が
少ないマスク(④)もあることから、メー
カーサイドの工夫改良とともに、使用
花粉阻止率(%)
の阻止率の差が大きかった順に列
━
━
━
━
60
50
━
40
━
30
20
10
0
不織布(プリーツ)
不織布(プリーツ)
フィルター
フィルター
ガーゼ
ガーゼ
フィルター
フィルター
鼻フィット
鼻フィット
①
②
ガーゼ
ガーゼ
フィルター
フィルター
鼻フィット
鼻フィット
③
ガーゼ
ガーゼ
フィルター
フィルター
鼻フィット
鼻フィット
④
ガーゼ
ガーゼ
フィルター
フィルター
鼻フィット
鼻フィット
⑤
立体(ガーゼ)
立体(ガーゼ)
フィルター
フィルター
鼻フィット
鼻フィット
⑥
図-7.ボランティアによる戸外でのタイプ別花粉阻止効果
者への装着方法の徹底が必要と考
えられた。
(2) 同一マスクについて上位 2 者の平均阻止率から、各マスクの有効性をみると①93.1%>⑤92.3%>⑥82.5%>④77.4%
>③67.0%>②64.9%の順であった。これはそれぞれのマスクがほぼ理想的に使用されたときの花粉阻止効果を示し
ていると推測された。
(3) 日をあらためておこなった同様の検証結果では,全てのマスクタイプの花粉阻止効果の平均値は 18~74%と幅があ
った。タイプ間のみならず、同じタイプのマスク間でも同じ傾向がみられた。
148
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(4) マスク素材の花粉阻止効果と,ヒトが装着したときの花粉阻止効果には,10~70%のずれが見られた。現在市販され
ている見慣れたマスクの形体・構造では避けられぬのが肌との隙間と思われた。
3.2.2.花粉曝露装置を用いたマスクの花粉阻止効果と通気抵抗の検証
3.2.2.1.花粉曝露装置の開発
花粉症グッズの有効性の検証をすべて花粉シーズンに自然環境下で施行するには限界がある。そこで人工的環境下で、
花粉飛散濃度を調節出来て、しかも顕微鏡下での計測の手間を省ける多目的検証装置を開発した(図-8)。
本装置は花粉を垂直層流とした落下方式である。つまり、常に一定濃度に花粉を含む空気を、一定流速でチャンバー
内へ供給して、花粉飛散濃度を一定に維持し、チャンバー内花粉濃度はリアルタイム花粉モニター(KH-3000、大和製作
所)で計測するものである。
3.2.2.1.1.装置の概要・説明
図-8 に示した装置の模式図の順を追って説明する。
1) ①エアコンプレッサー(日立)を
用いると大気中の水分が凝縮す
るので、除水滴、除湿に②エア
ドライヤー(CDK 社)を使用して
乾燥空気とし、③フローコントロ
ーラーで 25l/min として④花粉フ
ィーダーへ送気した。
2) ④花粉フィーダーでは、まず花
粉微量落下容器からアクリル円
盤の断面上に落下した過剰の
花粉は円盤の回転に伴い更に
落下し、アクリル板に付着した微
量の花粉のみが空気エジェクタ
ーから吸引され、空気と共に曝
図.-8 花粉曝露装置の模式図
露室へ移送される。吸引花粉量
は円盤の回転速度を変えること
により、コントロールすることが出来る。
3) 送気に分散した花粉は⑤花粉分散器で渦巻き状に⑥花粉曝露室に飛散する。曝露室は体積約 1.3m3で、柱、壁面
等すべて解体出来、多目的の実験に対応して、試作・改造できるように設計した。実際、試作途中では段ボールを
壁面として種々検討できた。床面は細工して、⑭のように被検者がイスに座り、上半身のみ入ることができる。
4) ⑦、⑧は市販マスクを装着できるように耳を含むヒト頭部顔面で、鼻腔又は口が通気出来るようにしてある。
5) ⑨、⑩は吸気中の花粉を水中捕集する装置である。水中捕集した花粉は 10μm ポアサイズのメンブレン上に濾過捕
集して顕微鏡で花粉数をカウントすることができる。また、アレルゲン抽出液中に捕集することにより、溶出アレルゲ
ン量を sandwich-ELISA を用いて測定できる。
6) ⑪⑫はパーティクルカウンターをスギ花粉計測用にしたリアルタイム花粉モニター(大和製作所)である。⑪はヒトの
呼吸に模して、間歇吸引(500ml/回の1秒吸引とし、15 回/分)計測型(A)に改造した。⑫は連続吸引(4.1L/分)計
測型(B)でコントロールのモニターとした。
7) 曝露室内に送り込まれたスギ花粉の大方は床面に堆積するので、回収し再利用している。また、空気は⑬HEPA フィ
ルターを通過しクリーンエアーとして放出される。
3.2.2.1.2.曝露室内花粉濃度分布
室内9ケ所の床面にワセリンを塗ったスライドグラスを配置して、花粉飛散開始 15 分後、各スライド1cm2当たりの花粉数を
149
スギ花粉症克服に向けた総合研究
測定(3回測定の平均)した。中央奥(やや多い)と右手前(やや少ない)に分布の偏りがあったが、他はほぼ均一であった。ま
た、左右に配置したヒト頭部顔面での同様の花粉分布濃度測定を3回行った結果、左右間の誤差は2~5%であった。
3.2.2.1.3.花粉濃度の経時安定性
マスクの検証には 10 分間の測定を 21 回、3時
間半測定しているが、この間変動は5%以内に維
コントロール(n=90,マスクなし)
持できる。ただし、大気の湿度が影響し、湿度が
2000
間歇吸引花粉数/10分
高いときは変動が大きい。また、花粉の粒子サイ
ズを揃えると変動は小さくなる。
3.2.2.1.4.コントロール
本装置でマスクの検証をするにあたり、マスク
着用する側は間歇吸引しているので,マスクをし
なかった場合の花粉数(コントロール値)を求める
1500
1000
y = 0.5219x + 46.485
R2 = 0.951
500
0
0
500
1000
1500
2000
2500
3000
連続吸引花粉数/10分
のに,図-9 を作成,連続吸引花粉数とマスク非着
用時の間歇吸引花粉数から求めた近似式 y =
0.5219x + 46.48 (R2=0.9875) を用いてコントロー
図-9. 連続吸引花粉数と間歇吸引花粉数から求めた近似
ル値とした。両者の相関は 0.9752 であった。
3.2.2.2.本装置を用いた装着マスクの花粉阻
止効果と素材の通気抵抗を検討
3.2.2.2.1.マスク素材の通気抵抗の測定
ここでは,呼吸のし易さの検証は,通気部直径
5cm の測定用ホールダーをハンドヘルド呼吸モニ
ター「METEOR」(ベルモント社)に接続して測定
した。具体的には,マスクを切り取り,測定ホール
ダーに装着して,除湿エアー30L/min の流量で
の加圧通気抵抗(cmH2O)を測定した。図-10 は
測定装置,図-11 はマスクの通気抵抗を示した。
通気抵抗の平均値はマスクのタイプ間に差違
はないようにみえるが、タイプ内で個別にみると大
差があり、息のしやすさという点ではまだまだ改良
図-10 通気抵抗測定装置
の余地があることを示唆した。
花粉症マ ス クの通気抵抗
2
通気抵抗(cmH2O/19.625cm )
2.5
2
1.5
1
0.5
n=14
n=11
n=2
0
1
平面型
2
平面型・ディスポ型
3
立体型
(綿ガーゼ+フィルター)
(不織布+フィルター)
(綿ガーゼ+フィルター)
図-11 素材別マスク通気抵抗
150
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3.2.2.2.2.本装置を用いた装着マスクの花
2.5
粉阻止効果の検討
図-12 は本装置を用いたマスク装着時の花粉
との関係をみたものである。通気抵抗は思ってい
たより花粉防除率と相関していない。この装着時
花粉防除率は前記の素材別阻止率(90%以上)
より低値であった。
原因はマスクの顔面への密着性の問題であり、
通気抵抗(cmH2O)
防除効果と別に測定したマスク素材の通気抵抗
2.0
1.5
ガーゼ
不織布
立体
1.0
0.5
0
0
20
40
60
80
100
花粉阻止率(%)
花粉粒子は通さないフィルター等が使われてい
るにもかかわらず、マスクの上下左右の隙間から
図-12 マスクのタイプ別通気抵抗と装着時花粉阻止率
花粉が侵入していることが、マスクを装着して周り
をガムテープでシールした実験で確かめられた。
実際にどの程度隙間があるのかを不織布マスク(図-13),平型のガーゼマスク鼻フィット構造無しと有り(図-14),立体ガ
ーゼマスク(図-15)で観察した。また、図-16 はマスク上部の密着性を比較してみた。ここで見られるように隙間だらけである。
いかに花粉粒子が通過しないフィルターを用いてもマスク面に垂直に空気が通過するのでなければ,素材の持つ花粉阻止
機能は生かされないことがわかる。実際に空気はちょっとでも隙間が有れば,通気抵抗の少ない所を選んで通過していた。
図-13 代表的不織布マスク装着写真
図-14 平型ガーゼマスク装着写真
(左:鼻フィット構造なし、右:鼻フィット 構造あり)
図-15 立体ガーゼマスク装着写真
図-16 マスク上部の密着性
1ー3: 不織布マスク、鼻フィット構造あり
4ー6: ガーゼマスク、鼻フィット構造あり
7: ガーゼマスク、鼻フィット構造なし
151
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-17 当てガーゼの効果(1)
花粉曝露装置で間歇吸引、2 時間後のマスクの内面写真。写真 1.は自然光下、
写真 2-4.は紫外線下で撮影。紫外線下ではスギ花粉は黒ずんで観察される。
写真 3.は写真 2.の当てガーゼを取り除いたマスク写真である。マスクの鼻腔部には花粉の付着は見られず、
隙間から漏れ侵入した花粉が当てガーゼで保留したことがわかる。
1
2
当てガーゼの重ね効果
100
90
90
80
80
70
70
花粉防除率(%)
花粉除去率(%)
当てガーゼの効果
100
60
50
40
30
60
50
40
30
20
No.5 No.51
No.7
No.27
No.81 No.9 ○: ガーゼマスク
□: 不織布マスク
10
0
0.5
無 1.5
有
20
10
0
2.5
0
o
1
21
32
3
4
枚5
図-18 当てガーゼの花粉阻止効果
また、図-17 は花粉曝露装置で間歇吸引して2時間後のマスク内側を写真撮影したものである。図-17-1 は自然光で,図
-17-2 は紫外線下で撮影したものである。図-17-2 ではモレた花粉が当てガーゼ鼻腔前部で効果的に捕捉されている様
子がわかる。図-17-3、-4 は紫外線下で更に感度を上げて撮影した。当てガーゼ下のマスク内面にはほとんど花粉は見ら
れなかった(図-17-3)。また、当てガーゼの周辺部にも花粉の付着がみられた(図-17-4)。
図-18 に、当てガーゼの効果について花粉曝露装置を用いて検討した花粉阻止効果の結果を示した。当てガーゼを使
用しない場合より使用した場合の方が、不織布マスクでは約 10%、平型ガーゼマスクでは 15~30%花粉阻止効果が上昇
した(図-18-1)。比較的に花粉阻止効果の悪かった不織布マスクで当てガーゼの重ね使用による花粉阻止効果をみると、
当てガーゼ数に比例して阻止効果の上昇がみられた(図-18-1)。不織布マスクには当てガーゼが付けて市販されているも
のは希である。自前で当てガーゼを購入して使用すれば,洩れてマスクの内側へ侵入した花粉もかなり保持され鼻腔へは
入らないことが示唆された。
同じマスクでのボランティアによる花粉阻止率のバラツキの原因は装着の仕方、つまり隙間ができないようにすることで解消
できることが検証できた。
152
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■考 察
花粉グッズの市場は、花粉飛散量の増大、花粉症患者の増加に伴って、1990 年前後を境に年々急増し、花粉防止マス
ク、メガネ、温熱吸入器、空気清浄機の合計は、2000 年には2680億円に達した。その後は横這い状態にあるが、消費者
の関心、期待は薄れることなくさらに膨らみ、そのニーズは多岐多様化していることから、製品も実に多種多様なものが作ら
れている。製造会社も医薬品メ-カ-、医療用具メ-カ-、衛生材料メ-カ-、家電メ-カ-、工業用防塵用具メ-カ-、
眼鏡メ-カ-、カメラメ-カ-、衣料メ-カ-と多彩である。販路の上からも薬局・薬店は勿論のこと、家電販売店、大型量
販店、大型ス-パ-マ-ケット、コンビニ、キオスク等が扱い、デパ-ト等では専門コ-ナ-を設けている。
これらの実態を正確に把握することは困難な状況であるが、花粉対策の共通目的の上からは何らかの連携の必要を感
じる。又、各製品の有効性の点からは、データ-に基づいてを客観的に示している製品少なく、この点の対応も必要である。
現在進められている研究に期待したい。
花粉症グッズの有効性の検証をすべて自然環境下、スギ花粉飛散シーズンに屋外で施行するには限界がある。そこで人工
的環境下、実験装置を設置でき、ヒトや動物での検証が可能な広さのチャンバーで、飛散花粉濃度を調節出来て、しかも顕微
鏡下での計測等の手間を省ける多目的検証装置を開発した。この装置でなければ検証出来なかった多くの知見はあたらしい
マスクの研究へ発展している。また、ここでは花粉症マスク検証のための評価基準となるデータを提示したと確信している。
ここで理想的なマスクの要件をあげると, 1)素材としての要件:花粉,ユービッシュボディの通過を阻止できる, 2)息の
し易い素材, 3)形体:マスクの上下左右に隙間がない。密着性の高い形体。 4)マスクの内側へ洩れないようにする工夫,
5)マスクの内側へ洩れ,侵入した花粉を鼻腔に入れない工夫。 6)あまり違和感なく,着用してもらえる, ということである。
現状の市販マスクは素材としてはメーカーの努力により 90%以上の花粉阻止率をもっているが、装着時の肌への密着性
と息のし易さいう点に問題がある。特に、装着時に花粉阻止率が 10~40%低下しているという点は、装着の仕方の徹底もさ
ることながら、改良、開発が待たれる。
現状の市販マスクをより効果的に活用するには、当てガーゼの替えを用意しておき、できるだけマスク脱着の度に新しい
ものと交換することである。当てガーゼは洗濯して再利用できる。
花粉を回避し、日常生活の中で予防し Quality of life を確保する観点からは、花粉グッズに対する消費者の関心は強く、
期待は大きい。今後、さらに客観的データによる有効性評価を確立して、評価基準を設定することが要望されると共に、技
術革新に基づいた新製品の創出が待望される。
研究協力者:
芦田恒雄(芦田耳鼻咽喉科医院)、今井 透(聖路加病院耳鼻咽喉科)、榎本雅夫(日赤和歌山医療センター耳鼻咽喉
科)、烏帽子田 彰(広島大学医学部公衆衛生学)、遠藤朝彦(慈恵会医科大学耳鼻咽喉科)、大久保公裕(日本医科大
学耳鼻咽喉科)、大久保一郎(筑波大学社会医学系)、大西成雄(LCD アレルギー研究所)、木村統治(ブラッコ・エーザ
イ)、雑賀寿和(雑賀眼科クリニック)、高岡正敏(埼玉県衛生研究所生物環境)、中村裕之(金沢大学医学部環境生態医
学)、本間 環(鳥取大学農学部林学)、本橋 豊(秋田大学医学部公衆衛生学)、安枝 浩(国立相模原病院臨床検査セ
ンター)、吉村史郎(市立芦屋病院耳鼻咽喉科)
■ 引用文献
0.
Xiao SF,Okuda M,Tanimoto H:Inhibitory effect of half face masks on inhalation of particles of carbon power and
Japanese cedar pollen.Am J Rhinol,5(2):57-60,1991.
1.
榎本雅夫:防具器具の有効性の検証.医学のあゆみ、200(5):429-432、2002.
2.
大久保公裕、奥田稔:花粉防御器具の有用性.医薬ジャーナル、37(1):117-121、2001.
3.
井手武、近藤秀明、井上和久 他:花粉症グッズ検証のための花粉暴露装置の開発。日本花粉学会第 43 回大会、高
知、2002.10.
4.
榎本雅夫:花粉症グッズの利用法、有用性とその将来.Progress in Medicine20(12)、2449-2452、2000.
153
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 成果の発表
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
井手 武:「医療研究のためのスギ花粉飛散装置の開発」,環境技術,32(3),201-205,(2003)
2.
井手 武、榎本雅夫:「花粉マスクの性能と効果」,レシピ, 2(1),26-27,(2003)
3.
木村統治:「花粉症グッズの種類と使用状況」、レシピ、12(1)、23-25、(2003)
4.
井手 武、榎本雅夫、木村統治:「抗原の回避―花粉症グッズの検証から」内科,91(2),279-283,(2003)
5.
井手 武、芦田恒雄:「アレルゲンを識る ヒノキ」,鼻アレルギーフロンティア,3(1),44-53,(2003)
6.
榎本雅夫、井手 武:「治療法としての抗原回避の効果」,医薬ジャーナル,38(12),77-80,(2002)
7.
榎本雅夫:「防護器具の有効性の検証」,医学のあゆみ,200(05),429-432,(2002)
8.
木村統治:「一般用医薬品および花粉症グッズの動向」、アレルギ-の臨床 21(3)、183-188、(2001)
9.
木村統治:「花粉症グッズの動向」,臨床と薬物治療,18(12)、1126-1130,(1999)
10.
木村統治:「花粉症グッズ」,Progress in Medicine,18(12)、2800,(1998)
口頭発表
招待講演
1.
井手 武、吉村史郎:「花粉症と食物アレルギー」,招待講演,第 114 回日本穀物科学研究会(大阪市)
2003.5.30
2.
井手 武、榎本雅夫、吉村史郎、芦田恒雄、遠藤朝彦、本橋 豊、烏帽子田 彰、中村裕之:「花粉症予防の
ための花粉症グッズの評価」,シンポジウム,第 52 回日本アレルギー学会(横浜市),2002.11.28-30
3.
井手 武,大久保公裕,榎本雅夫:「花粉症マスクの有効性」,ワークショップ,第 14 回日本アレルギー学会春
季臨床大会(千葉市)2002.3.23
4.
井手 武:「中国花粉症検診報告とヤナギスギ花粉アレルゲン」,招待講演,第 88 回京都花粉談話会(京都
市),2000.9.2
応募・主催講演等
1.
楠本雅章、井手 武、萱島道徳、野口 幸:「ハンドヘルド呼吸モニターを利用した花粉症マスク素材の通気抵
抗測定法」、第 13 回日本臨床工学会(大阪市),2003.5.24
2.
榎本雅夫、大西成雄、嶽 良博、斎藤優子、池田浩己、井手 武:「スギ花粉症に対するマスクの選 択」,第
52 回日本アレルギー学会(横浜市),2002.11.28-30
3.
松崎一葉、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井 透、本田 靖、八田耕太郎、笹原信一朗、井手 武、本 橋 豊、中
村裕之、烏帽子田 彰:「スギ花粉症検診受診者の精神・心身医学的危険因子に関する検討―その 2―」,第
52 回日本アレルギー学会(横浜市),2002.11.28-30
4.
本橋 豊、中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井 透、本田 靖、笹原信一朗、松崎一葉、八田耕太郎、井
手 武、金子善博、烏帽子田 彰:「スギ花粉症のメタアナリシス」,第 52 回日本アレルギー学会(横浜市),
2002.11.28-30
5.
井手 武、近藤秀明、井上和久、畠中利英、鳥塚通弘、大石 豊、中村篤宏、芦田恒雄、吉村史郎、榎本雅夫、
遠藤朝彦、本間 環、本橋 豊、烏帽子田 彰、中村裕之:「花粉症グッズ検証のための花粉曝露装置の開
発」,第 43 回日本花粉学会(高知市)2002.10.12-13
6.
中村裕之、荻野景規、信国好俊,神林康弘,松崎一葉、笹原信一朗、八田耕太郎、小笹晃太郎、遠藤朝彦、
今井 透、本橋 豊、井手 武、烏帽子田 彰:「スギ花粉症における Natural killer 細胞活性と精神心理因子,
特に Sense of coherence」, 第 12 回体力・栄養・免疫学会(長崎市),2002.8
7.
笹原信一朗、松崎一葉、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井 透、本田 靖、八田耕太郎、井手 武、本橋 豊、中
154
スギ花粉症克服に向けた総合研究
村裕之、烏帽子田 彰:「スギ花粉症における発症要因と交絡因子に関する地域差」,第 12 回体力・栄養・免
疫学会(長崎市),2002.8
8.
中村裕之、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井 透、本田 靖、松崎一葉、八田耕太郎、笹原信一朗、井手 武、本
橋 豊、荻野景規、烏帽子田 彰:「スギ花粉症特異的 QOL 質問票の開発とその妥当性についての検討」,第
14 回日本アレルギー学会春季臨床大会(千葉市),2002.3.23
9.
松崎一葉、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井 透、本田 靖、八田耕太郎、笹原信一朗、井手 武、本橋 豊、中
村裕之、烏帽子田 彰:「スギ花粉症健診受診者の精神・心身医学的危険因子に関する検討」,第 14 回日本
アレルギー学会春季臨床大会(千葉市),2002.3.23
10.
笹原信一朗、小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井 透、本田 靖、八田耕太郎、松崎一葉、井手 武、本橋 豊、中
村裕之、烏帽子田 彰:「スギ花粉症健診受診者の発症と生活環境因子に関する検討」,第 14 回日本アレル
ギー学会春季臨床大会(千葉市),2002.3.23
11.
小笹晃太郎、遠藤朝彦、今井 透、本田 靖、松崎一葉、八田耕太郎、笹原信一朗、井手 武、本橋 豊、中
村裕之、烏帽子田 彰:「スギ花粉症健診受診者のアレルギー日記症状の分析」,第 14 回日本アレルギー学
会春季臨床大会(千葉市),2002.3.23
12.
中村篤宏、井手 武、山本恵三、稲岡 心、大﨑茂芳、大久保公裕、吉村史郎、芦田恒雄、榎本雅夫、遠藤朝
彦:「鼻腔内スギ花粉数の簡易測定法」,第 42 回日本花粉学会(大阪市),2001.11.3-4
13.
木村統治、井手 武、遠藤朝彦、中村裕之、烏帽子田 彰、本橋 豊:「花粉症グッズの動向と開発に関する研
究(1)」,第 42 回日本花粉学会(大阪市),2001.11.3-4
14.
井手 武、芦田恒雄、吉村史郎、大久保公裕:「市販マスクの花粉防除効果について」,第 51 回日本アレルギ
ー学会(福岡市),2001.10.29-31
15.
野原 修、稲葉岳也、宇井直也、茂呂八千世、大森剛哉、実吉健策、永倉仁史、小澤 仁、小野幹夫、今井
透、遠藤朝彦、森山 寛、斎藤三郎、井手 武、小笹晃太郎、本田 靖、烏帽子田 彰、中村裕之:「スギ花粉
症の全国調査(第 11 報)」,第 51 回日本アレルギー学会(福岡市),2001.10.29-31
16.
本橋 豊、烏帽子田 彰、遠藤朝彦、井手 武、木村統治、中村裕之:「質問紙法によるスギ花粉予防グッズの
評価に関する研究」,日本生理人類学会(大阪市),2001.10.19-20
17.
岩崎 杏、井手 武、高岩文雄、鳥山欽哉:「形質転換イネ胚乳におけるスギ花粉アレルゲン Cry j 1 の生産」,
第 100 回日本育種学会(福岡市),2001.10.4-5
18.
井手 武、芦田恒雄、国松幹和、衛藤幸男、吉川恒男:「農林業における栽培従事者を対象とした 2 例の職業
性アレルギー検診について」,第 9 回日本職業アレルギー学会(浜松市),2001.7.15
19.
斎藤明美、安枝 浩、石井豊太、秋山一男、井手 武:「ヒノキ科花粉グループ1アレルゲンに対するスギ花粉
症患者の反応性の比較」,第 13 回日本アレルギー学会春季臨床大会(横浜市),2001.5.12
20.
宇井直也、永倉仁史、野原 修、今井 透、遠藤朝彦、森山 寛、井手 武、国松幹和、瀧口俊一、本田 靖:
「スギ花粉症の全国調査(第 10 報)健診受診者と非健診受診者との相違」,第 13 回日本アレルギー学会春季
臨床大会(横浜市),2001.5.11
21.
実吉健策、今井 透、遠藤朝彦、野原 修、渡辺直煕、名和行文、出島健司、小笹晃太郎、竹中 洋、高木一
平、黒野祐一、井手 武、本田 靖、北条 誠、国松幹和、岸川禮子、榎本雅夫、斉藤優子、伊藤英子、瀧口俊
一、新田裕史:スギ花粉症の全国調査(第6報)感作陽性者の花粉症発症者について.第 12 回日本アレルギ
ー学会春季臨床大会(福岡市)2000.4.21
22.
井手 武、山本恵三、稲岡 心、大崎茂芳:「ヤナギスギ花粉アレルゲン、Cry f 1 と Cry f 2 の cDNA のクローニ
ング」,第41回日本花粉学会(札幌市),2000.10.7
155
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.1. ダーラム法による観測値と空中スギ花粉濃度の関係に関する研究
財団法人 日本気象協会首都圏支社気象情報部
村山 貢司
■要 約
平成 13 年度までに花粉の自動計測器の評価をほぼ終了し、概ね実用化の目処がついているが、平成 14 年度は実用
化のためのさらなる精度向上を目指して、平成 15 年春の花粉飛散シーズン中に計測器の精度試験と改良をおこなった。
関東地区をモデルとした花粉の自動計測器の配置やデータ集配信システム、予測システムの設計をおこない、平成 15 年
春より、研究班の自動計測器 10 台と環境省が設置した 20 地点の自動計測器と合わせて、関東地方の計 30 地点において、
花粉の計測を開始し、試験的な花粉情報の配信をおこなった。さらに、従来のダーラム法との関係から花粉に関する総飛
散量の予測や飛散開始日の定義について検討をおこなった。
■目 的
本研究は第Ⅰ期の研究成果である花粉の飛散モデルを運用するために必要な空中のスギ花粉濃度の連続的な観測と、
同時に従来のダーラム法による花粉観測を同時に行い、局地的気象条件との関係からダーラム法による花粉測定データ
を空中花粉濃度に翻訳手法を確立するものである。現在、日本においては 400 ヶ所以上の地点でダーラム法による花粉観
測が行われているが、このデータは 24 時間前のものであり、しかも 24 時間の積算値であるため、これを用いて時間レベル
の花粉飛散量数値予報モデルを運用することは不可能である。一方で新たな花粉情報網には空中花粉濃度の連続的な
観測が必要になるが、過去のダーラムのデータを捨てることは花粉の総飛散量の予測や飛散開始時期の予測が困難にな
る。このため、局地的気象条件を加味し、両者の関係を明らかにする。同時に空中花粉濃度の測定をどの程度の密度で行
えばよいかを明らかにし、花粉の効率的な測定を目指すとともに、新たな花粉情報網の基本設計を行い、さらには、スギ雄
花着花量、開花予測、総飛散量予測、日々の花粉飛散量数値予報モデル運用も含めた、総合的な花粉情報網について
実運用レベルの詳細設計をおこなうことを目的とした。
■ 研究方法
1. ダーラム法による花粉飛散量およびバーカード型と自動花粉計測器による空中花粉濃度の測定
スギ花粉の測定方法には大別すると2種類の方法がある。空気単位体積当たりの花粉個数を計測する体積法と単位面積当
たりの花粉落下数を計測する重力法である。前者は、国際的な花粉計測法の標準とされているが、日本では計測の簡易さから
重力法がほとんどである。体積法による測定機材の代表として、英国バーカード社の花粉捕集装置がある。これは捕集装置に
矢羽根があり、試料空気の吸引口が常に風上を向くように設計されている。本体下部にあるポンプで吸引口から試料空気を吸
引し、本体の時間経過に同期して回転するドラムに装着されたワセリンを塗布したフィルムに、試料空気を吹き付けて花粉を捕
集する装置である。捕集された花粉はフィルムに刻まれた時間目盛り間隔に従って、その区画毎の花粉数を計数するものであ
る。一方で、日本で普及している重力法の代表としてダーラム型花粉捕集装置がある。ダーラム型は2枚の円盤に挟まれた空
間にワセリンを塗布したプレパラートを装着して、プレパラート上に落下した花粉-沈着という-を計数するものである。いずれ
も、花粉が捕集された試料フィルムおよびプレパラートは、染色等の前処理を施された後に、顕微鏡を用いた人手による計数
作業によって、空中花粉濃度および花粉沈着量が求められる。図-1 にバーカード社製花粉捕集装置の写真を示す。
154
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-1 バーカード社製花粉捕集装置
近年になって、実用、試作を含めて4機種の自動花粉測定器が発表されている。基本的に自動花粉測定器は体積法に
よっており、空気単位体積当たりの花粉個数を計測することを目的としている。
以下にこれら4機種の外観とその特徴を図-2 に示した。
さらに、重力法と体積法の相互の換算方法を見いだすために、ダーラム法による測定値と最も普及している大和製作所
製のリアルタイム花粉モニタ測定値との比率について、気象条件との関連性を解析することとした。すなわち、両者の関係
が風速や乱れと関係すると考えられることから、その比率と3次元超音波風速計による風速および乱流統計量との相関性
について検討した。
155
スギ花粉症克服に向けた総合研究
リアルタイム花粉モニタ(大和製作所)
花粉センサー(NTT、KANOMAX)
・前方および側方光散乱(半導体レーザ)
・フロー制御による分級
・測定範囲:28~35μm
・光散乱方式
・吸引流量 4.1 ㍑/分
花粉計数器(興和株式会社)
花粉センサー(明星電気)
・バーチャルインパクターによる濃縮
・流路分岐方式によるサンプル空気の濃縮
・散乱、2 波長蛍光測定方式(Xe 光源)
・散乱光パルスによる粒子径の識別
・吸引流量 4 ㍑/分
・レーザーを光源とした蛍光スペクトル測定
による花粉識別
・吸引流量 4 ㍑/分
図-2 自動花粉測定器の外観と特徴
2. 花粉情報システムの設計
時間単位の実況および予報情報の提供に向けた花粉情報システムの設計をおこなった。図-3 および図-4 に基本的な
花粉情報システムのスキーム、花粉モニタリングネットワークの構成図を示した。
156
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-3 花粉情報システムの基本スキーム
自動観測機器
ISD
N6
4k
通信WS
集
信
サ
ー
バ
1
広
域
L
A
N
サ
ー
ビ
ス
ISD
N6
4k
集
信
サ
ー
バ
8
Web
サーバ
データサーバ
フ
ァ
イ
ヤ
ウ
ォ
ー
ル
Web
サー
バ
フ
ァ
イ
ヤ
ウ
ォ
ー
ル
サブシステム
実況値解析
花粉飛散量数値予報
スーパーコンピュータ
図-4 花粉モニタリングネットワークの構成図
157
イ
ン
タ
ー
ネ
ッ
ト
スギ花粉症克服に向けた総合研究
基本的に発生源域であるスギ林地において花粉発生量および発生量を支配する気象のモニタリングをおこなうとともに、
都市部を中心として花粉濃度のモニタリングをおこなう必要がある。スギ林地における情報は予報精度を確保する上で、非
常に重要であり、花粉濃度測定のみならず、雄花の開花予測、放出量予測を確実に予測するためには当該林地周辺の特
殊な気象情報-特に湿度や乱流等の気象庁 AMeDAS では入手できない情報-が必須となる。これらの情報はリアルタイ
ムで入手する必要から、電話回線を利用したデータ収集通信系を利用することとなる。また、一般への情報提供は基本的
には Web を利用する事とし、その他、テレホンサービスや FAX サービス、マスコミへの情報提供等、従来通りのスキームも
利便性や公共性を確保する上で対応する必要がある。
■ 研究成果
1. ダーラム法による花粉飛散量およびバーカード型と自動花粉計測器による空中花粉濃度の測定
ダーラム法とバーカード型の花粉捕集装置を利用した計測結果と相関図を図-5 および図-6 に示す。ダーラム法とバー
カード型の計測値にはあまり高い相関性が見られないことがわかった。これまでの研究から体積法である大和製作所製の
自動花粉計測器等はダーラム法と高い相関を示すことが知られている。この原因はバーカードのサンプル空気の吸引形態
にあると考えられる。一方で、IS-ロータリー(ダーラム法の改良型で矢羽根がついていて、風向方向へと試料プレパラート
を向ける機構を有している)のも首振りであるが、ダーラムとの相関性が高い。そこで、一番の違いがダーラム、IS-ロータリ
ーともに自然通風による捕集であるが、バーカードは強制通風でテープへ吹き付ける形式となっているという違いがこの原
因になっていると推測される。また、バーカードの流量制御についても、流量が風向・風速によらず一定に保たれる構造に
なっているかどうかについても検証が必要となると考えられる。
ダーラムとIS-ロータリー、バーカードの比較(D,R,B)
140.0
500.0
450.0
120.0
60.0
300.0
250.0
200.0
2
80.0
350.0
個/cm (R)
3
100.0
2
150.0
40.0
100.0
20.0
50.0
0.0
1日
3
9日
2
5日
3日
7日
2
2
2
1日
2
9日
1
5日
3日
7日
1
1
1
1日
1
9
日
7
日
5
日
1
日
0.0
3
日
個/cm ・個/m (D、B)
400.0
図-5 ダーラム法とバーカード型の花粉捕集装置による測定結果の比較
158
D:ダーラム
B:バーカード
R:IS-ロータリー
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ダーラムとバーカード
y = 0.1425x + 30.605
R2 = 0.0129
600.0
140.0
500.0
120.0
バーカード(個/m3)
IS-ロータリー(個/cm 2)
ダーラムとIS-ロータリー
y = 4.262x + 17.896
R2 = 0.8158
400.0
300.0
200.0
100.0
100.0
80.0
60.0
40.0
20.0
0.0
0.0
0.0
50.0
100.0
150.0
0.0
ダーラム(個/cm2)
50.0
100.0
150.0
ダーラム(個/cm2)
図-6 ダーラム法とバーカード型の花粉捕集装置による測定値の相関
同様にして、自動花粉測定器についてもダーラム法との相互比較をおこなった。青梅の多摩川保健所、神田の千代田
保健所、東邦大学習志野キャンパスの3地点において、上記4社の花粉自動測定器による測定結果の相互比較をおこな
った。従来より用いられているダーラム法による計測結果と比較して評価をおこなった。各機材の花粉濃度測定結果を図
-7 に、ダーラム法との相関図を図-8 に示す。
①
リアルタイム花粉モニタ(大和製作所)
既に実用化、商品化された機種で、安定した性能と長期間メンテナンスフリーが特徴である。花粉の選別は粒径と形状
(球形かいびつか)であるため、花粉以外の粒子状物質も測定にかかっている可能性がある。全般的に本製品による測定
値の傾向はダーラム法によるものとほぼ同様である。出力の個数レベルもバーカード型と同レベルであることから、概ね実
用的な機材に仕上がっていると判定される。
②
花粉センサー(NTT、KANOMAX)
最もシンプルな構造を持つ、単一種花粉測定対応機である。基本的に粒径による選別のみであるため、花粉以外の粒
子状物質も測定されているものと考える。他の機種に比較してデータのばらつきがかなり大きいが、花粉の増減は表現され
ている。このばらつきは系統的なものである可能性が高く、このために大和製作所よりも相関が高いという結果となった。本
製品については、試料空気の吸引にポンプではなくファンを用いており、その点で一定流量の吸引が為されているかどう
かについての検証が必要であると考える。
③
花粉計数器(興和株式会社)
多種花粉対応機測定対応機器であり、「スギ花粉症克服に向けた総合研究、第Ⅰ期」において実験機が開発された経
緯を持っている。花粉の蛍光色比による花粉の選別をおこなっている。本製品の傾向もダーラム法によるものとほぼ同様で
あり、平均的に花粉の増減を良く表現しているが、花粉の少ない時期にやや多めに出る傾向が見られる。なお、現段階で
は出力の個数レベルが低く、バーカード型に比較すると 1/10 程度となっている。今後、この特性-濃縮部のゲインについ
て調整する必要があると考えられる。
④
花粉センサー(明星電気)
③と同様、多種花粉対応機測定対応機器であるが、今回の比較実験では、本製品による測定値の傾向がダーラム法に
よるものと似てはいるが、あまり大きな変動が追従していない。特に東邦大における 3 月末の濃度出力が欠測のため十分な
検証を加えられないが、千代田保健所や多摩川保健所の本機材の傾向から考えると、花粉の高濃度を十分に捉えられて
いない可能性がある。なお、出力の個数レベルはバーカード型による結果の数分の 1 程度である。
159
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3機種の比較
450
450
400
400
350
350
300
300
250
250
200
200
150
150
100
100
50
50
0
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22
2月19日~3月29日(週末、欠側を除く)
ダーラムと興和
y = 0.7777x + 46.338
R2 = 0.6105
500
450
300
400
大和(個/m3)
250
200
150
100
350
300
250
200
150
100
50
50
0
0
0
100
200
300
400
0
ダーラム(個/cm2)
100
y = 0.5202x + 93.834
R2 = 0.3669
350
300
250
200
150
100
50
0
0
200
300
ダーラム(個/cm2)
ダーラムとNTT
NTT(個/m3)
興和(個/m3)
興和
大和
NTT
ダーラム
y = 1.266x + 30.359
R2 = 0.898
ダーラムと大和
350
2
500
花粉飛散量(個/cm )
500
3
花粉濃度(個/m )
東京千代田区
100
200
300
400
ダーラム(個/cm2)
図-7 2001 年度における自動花粉計測器の比較結果
160
400
スギ花粉症克服に向けた総合研究
1200.0
160.00
900.0
120.00
600.0
80.00
300.0
40.00
2
3
個/m (興和)
3
個/cm (ダーラム)、個/m (明星)
ダーラムと大和、興和、明星の各自動花粉計測器の比較
31
日
29
日
3月
27
日
3月
25
日
3月
23
日
3月
21
日
y = 0.1006x + 10.373
R2 = 0.797
3月
19
日
3月
17
日
3月
15
日
3月
13
日
3月
11
日
3月
9日
3月
7日
3月
5日
3月
3日
ダーラムと興和
3月
3月
3月
ダーラム
明星
興和
0.00
1日
0.0
ダーラムと明星
140.00
y = 0.0391x + 27.637
R2 = 0.1383
90.00
80.00
120.00
70.00
60.00
3
興和(個/m )
3
興和(個/m )
100.00
80.00
60.00
40.00
50.00
40.00
30.00
20.00
20.00
10.00
0.00
0.00
0.0
200.0 400.0 600.0 800.0 1000. 1200.
0
0
0.0
ダーラム(個/cm2)
200.0 400.0 600.0 800.0 1000.0 1200.0
ダーラム(個/cm2)
図-8(1) 2002 年度における自動花粉計測器の比較結果(多摩川保健所)
161
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ダーラムと大和、興和、明星の各自動花粉計測器の比較(2003年3月)
140
個/cm 2(ダーラム)、個/m3(大和、明星)
120
100
80
60
40
20
ダーラム
大和
明星
1
日
3
日
5
日
7
日
9
日
11
日
13
日
15
日
17
日
19
日
21
日
23
日
25
日
27
日
29
日
31
日
0
ダーラムと大和
y = 0.6066x + 13.09
R2 = 0.5109
y = 0.2476x + 4.3945
R2 = 0.2891
ダーラムと明星
120
40.00
35.00
100
興和(個/m3)
大和(個/m3)
30.00
80
60
40
25.00
20.00
15.00
10.00
20
0
0.0
5.00
0.00
50.0
100.0
150.0
0.0
ダーラム(個/cm2)
50.0
100.0
150.0
ダーラム(個/cm2)
図-8(2) 2002 年度における自動花粉計測器の比較結果(東邦大学)
次に、重力法および体積法による測定値の比率と超音波風速計による風速や乱流等の統計量との関連解析をおこなっ
た。青梅の多摩川保健所と神田の千代田保健所におけるデータで各風速および乱流量と相関をとったところ、表-1 に示
すとおりであった。青梅では温度や乱流量との相関が高くなっており、一方、神田では粗度との相関が高くなっている。い
ずれにしてもこれら乱流統計量とは明らかな正の相関性が見られ、乱れが大きいほどダーラム型による捕集効率が増加す
ることを示している。
162
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-1 重力法および体積法による計測値の比率と風速および乱流量との相関係数
温度
青梅
神田
0.909
0.330
風速 乱れ(x) 乱れ(y) 乱れ(z) 乱れ(気温)
0.586
0.272
0.719
0.294
0.704
0.304
0.755
0.294
0.502
0.393
縦の乱流 横の乱流 摩擦速度 摩擦温度
青梅
神田
0.826
0.395
0.882
0.384
0.225
0.278
0.386
0.413
粗度
0.181
0.573
2. 花粉情報システムの設計
現在の花粉観測点 406 箇所、()内は内自治体等機関担当地点数は下記のとおりである。
北海道
近畿
3(0)、 東北
67(13)、 中国
30(8)、
関東
53(15)、 四国
72(21)、 北陸甲信越 53(10)、 東海
24(11)、 九州
52(0)、 沖縄
55(11)、
0
自治体等公的機関による観測地点は 89、その他 317 地点になる。
また、現在の花粉観測法はダーラム法による落下花粉数の計測がほとんどである。基本的には、毎日朝9時にスライドを
交換、その後染色して、光学顕微鏡で1個ずつ計測する。計測に要する時間は1~3時間で、計測される花粉数は前24時
間の合計花粉数になる。
花粉観測データと現在の予測については、各地で観測された花粉データは午前中に FAX で日本気象協会に送信され
る。日本気象協会では全国の花粉データを集計し、データ一覧を返送する。また、必要な機関には気象データを送信する
とともに、日本気象協会は集められた花粉データおよび予想される気象データから翌日の花粉飛散数を推定し、各機関に
送信する。予測される花粉数は 24 時間の花粉の合計値である。
花粉計測に関る費用はボランティアが負担し、データの集配信、予測に関る費用は日本気象協会が負担している。ボランティアが観測
に関る経費や時間の負担は非常に大きく、ボランティアの高齢化などにより各地で花粉観測が中断されるケースが近年増加している。
一方、花粉症に関る医療費および花粉数と患者数の関係については、花粉症に関する医療経費が平成10年度でおよ
そ2860億円と推定されている。医療機関にかかる花粉症患者数は飛散する花粉数の平方根と比例することが知られてい
るために、花粉数の多い年にはさらに医療費が増大する。逆に、このことは患者が暴露される花粉数が減少すれば症状の
軽減、医療費の減少が期待されることになる。
スギ花粉数の長期的な将来予測としては、花粉数を減少させるためには森林側の施行によるスギ林の伐採、花粉生産
の少ないスギへの転換、薬剤散布などによる花粉数の減少などがあるが、いずれも時間のかかるものであり、早急な効果は
期待できない。現状はスギ林の樹齢が増大することによる花粉生産量の増加の方が顕著になっている。さらに、地球の温
暖化による花粉量の増加も懸念されている。
従って、今回の計画と期待される効果をまとめると以下の通りである。
①全国の花粉計測を自動計測器にし、花粉の計測に関るボランティアの負担を軽減する。
②花粉計測を時間単位に行うことにより、リアルタイムに花粉の飛散状況を患者や医療機関に伝達する。このことにより、
飛散花粉数と症状の関係がより明確になり、医療機関の患者指導、患者の自己コントロールが容易になる。
③花粉計測が時間単位になることにより、花粉の予測も現在の日単位の予測から時間単位の予測にすることにより、患
者は花粉の少ない時間帯を選択することにより、花粉の暴露量を減少させることができ、症状の軽減、医療費の削減
につながることが期待される。
このことから、ネットワークシステムの原則的な条件として、予報精度を確保するため、原則的に予報しようとする解像度
にあわせた測定をおこなう必要がある。すなわち、10km 四方に1つの予報値を得ようとすれば、10km 四方に1つの実測値
が必要となる。ちなみに気象庁の AMeDAS はおよそ 20km 四方に1測定局を設置しており、これを目安として勘案し、30km
四方に1測定局が望ましいと考える。この場合、関東地方を対象とした場合には 60 測定局、中部で 40 測定局、近畿で 40
測定局程度の地点数となる。表-2 に上記を基準とした測定局数をまとめた。
163
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-2 AMeDAS 等を基準とした適正測定局数
地域
面積
1 局/20km
1 局/30km
スギ林局F
一般局A
一般局B
AMeDAS
関東地域
32,419
85
40
9
12
19
80
茨城
6,094
16
7
1
2
4
14
栃木
6,408
17
8
2
2
4
14
群馬
6,363
16
8
2
2
4
13
埼玉
3,797
10
5
1
2
2
8
千葉
5,156
13
6
1
2
3
14
東京
2,187
6
3
1
1
1
12
神奈川
2,414
7
3
1
1
1
5
中部地域
29,301
75
34
6
11
17
63
静岡
7,779
20
9
2
3
4
17
岐阜
10,598
27
12
2
4
6
23
愛知
5,150
13
6
1
2
3
11
三重
5,774
15
7
1
2
4
12
近畿地域
27,323
71
35
7
12
16
59
滋賀
4,017
11
5
1
2
2
8
京都
4,612
12
6
1
2
3
8
奈良
3,691
10
5
1
2
2
6
和歌山
4,724
12
6
1
2
3
11
大阪
1,892
5
3
1
1
1
7
兵庫
8,387
21
10
2
3
5
19
全国
360,911
903
403
80
164
159
842
北海道
77,979
195
87
17
70
本州
227,916
570
254
51
76
127
四国
18,295
46
21
4
6
11
九州
36,721
92
41
8
12
21
測定局の配置は、環境省関連では大気汚染常時監視測定局、厚生労働省関連では病院および保健所等の医療機関、
文部科学省関連では学校、林野庁関連では林業試験場や営林署近くの整備された国有林、気象庁関連では AMeDAS が
候補となる。このうち、最も考慮すべき事柄は、既存のボランティアによる花粉計測地点については、従来手法から自動計
測器への移行を踏まえ、並行観測をする必要性から、優先的に配置することとなる。
測定局の種類は大別して3種類とした。
①スギ林監視局
スギ林の開花状況や花粉放出状況を把握するための測定局で、多種花粉対応型の花粉自動測定器と開花や放出の予
測をおこなうために必要な気象情報を得るために気象測器を設置する。
・花粉自動測定器(多種花粉対応型もしくはスギ花粉対応型)
・3次元超音波風速計(風向風速と乱流統計量)
・温湿度計、雨量計、日射計
・データロガーと通信モデム
②一般監視局(多種花粉対応型)
都市部を中心とした一般環境中の花粉濃度を把握するための測定局で、医療機関等において、種々の花粉測定をおこ
164
スギ花粉症克服に向けた総合研究
ない医療情報と併せて、花粉症治療に役立てる。
・花粉自動測定器(多種花粉対応型)
・データロガーと通信モデム
③一般監視局(スギ花粉対応型)
都市部を中心とした一般環境中の花粉濃度を把握するための測定局で、広範に設置することで、スギ花粉予報の精度
を向上させることに資する。
・花粉自動測定器(スギ花粉対応型)
・データロガーと通信モデム
当初計画では①が全体の 20%、②が 30%、③が 50%としたが、設置場所等の関係もあり、全体に占めるそれぞれの比率は
多少変わるものと考えられる。
花粉自動測定器は毎時の花粉濃度を計測し、その他の気象測器による観測結果と併せて、電話回線を通じて、花粉情
報センター(仮称)に送信される。送信されたデータはデータベースに蓄積される。1日に1回および 2 回の予報サイクルで
蓄積されたデータが解析され、数値予報計算の入力として利用される。予報結果は当日予報と翌日予報として、毎朝、発
表されるとともに、予報 Web 画面が更新される。この予報結果は新たに時〃更新される実測値と比較、解析され、翌日の予
報資料として保存される。
本設計に基づいて、2002 年度以降、環境省により関東地区、近畿地区そして東海地区への花粉モニタリングネットワー
クが展開されることとなった。2002 年度に関東地区で展開された花粉モニタリングネットワークを表-3 と図-9 に示す。
表-3 花粉モニタリングネットワーク測定局地点一覧(関東地区)
地域
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
都県
茨城
埼玉
埼玉
東京
東京
東京
千葉
千葉
千葉
神奈川
東京
神奈川
神奈川
千葉
茨城
東京
千葉
埼玉
群馬
栃木
茨城
栃木
栃木
群馬
埼玉
埼玉
千葉
千葉
東京
神奈川
地点名称
森林総合研究所多摩森林科学園
城西大学
熊谷地方気象台
多摩川保健所
品川:遠藤耳鼻咽喉科
東京都林業試験場
館山測候所
茂原市立西小学校
気象大学校
藤沢:雑賀眼科
千代田保健所
神奈川県庁(分庁舎)
川崎市衛生研究所
千葉県環境研究センター
茨城県公害技術センター
多摩小平保健所
東邦大学
埼玉県衛生研究所
群馬県衛生環境研究所
宇都宮市中央生涯学習センター
笠間市役所
栃木県林業センター
日光特別地域気象観測所
群馬県林木育種場
埼玉県農林総合研究センター・森林支
埼玉県立小川高等学校
千葉県森林研究センター
君津市小糸公民館
森林総合研究所多摩森林科学園
神奈川県自然環境保全センター
所在地
茨城県稲敷郡茎崎町
埼玉県坂戸市けやき台
埼玉県熊谷市桜町
青梅市東青梅
品川区西五反田
西多摩郡日の出町大字平井
千葉県館山市長須賀
千葉県茂原市茂原
千葉県柏市旭町
神奈川県藤沢市大庭
千代田区神田錦町3-10
横浜市中区日本大通1
川崎市川崎区大島5-13-10
市原市岩崎西1-8-8
水戸市石川1-4043-8
小平市花小金井1-31-24
船橋市三山2-2-1
さいたま市上大久保639
前橋市上沖町378
宇都宮市中央1-1-13
笠間市石井717
宇都宮市下小池町280
宇都宮市中宮祠2478-12
北群馬郡子持村大字横堀1566
大里郡寄居町鉢形2609
比企郡小川町大塚1105
山武郡山武町埴谷1887-1
君津市糠田55
八王子市廿里町1833-81
厚木市七沢657
注 1 測定期間 :平成 15 年 2 月 1 日~3 月 31 日
注 2 スギ林監視局:花粉自動測定器と気象測器によるスギ雄花開花監視局
注 3 並行観測局 :ダーラム型およびバーカード型、花粉自動測定器他の測定器比較
165
文部科学
文部科学
文部科学
文部科学
文部科学
文部科学
文部科学
文部科学
文部科学
文部科学
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
環境省
属性
一般局
一般局
一般局
並行観測局
一般局
スギ林監視局
一般局
一般局
一般局
一般局
都市部、並行観測局
都市部
都市部
都市部
都市部
都市部
都市部、並行観測局
都市部
都市部
都市部
都市部
山間部
都市部
山間部、スギ林監視局
山間部
山間部
山間部
山間部
山間部
山間部、スギ林監視局
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-9 花粉モニタリングネットワーク測定局地点配置図(関東地区)
■考 察
第Ⅱ期においては時間単位のきめ細かな花粉の実況と予報情報を提供するための花粉モニタリングネットワークの設計
と実用化を目指した。従来の花粉飛散情報としてボランティアにより展開されているダーラム法による計測から自動花粉計
測器へ徐々に移行するものと考えるが、これらの集積されたデータとの繋がりを保持しつつのおこなう必要がある。しかも、新
たな手法はようやく実用化の目途がたったという段階であり、今後は実用化をしつつ、さらなる改良を加えてゆく必要もある。
本研究においてダーラム法と花粉落下量とバーカード花粉捕集装置による空中花粉濃度の比較をおこなったが、測定
結果にかなりの違いがあり、バーカードと同様な体積法である自動花粉測定器はむしろダーラム法と測定値が良く一致す
ることが見いだされた。このことは、花粉計測に当たっては、バーカード花粉捕集装置を使用した計測が国際標準となって
いるにもかかわらず、本邦において広く普及したダーラム法による測定と整合が取れないことを示しており、どちらかの手法
がスギ花粉の計測に適していないことを示唆する結果となっている。この点についても今後、さらなる測定手法に関する調
査研究を継続しておこなう必要があると考える。
また、花粉モニタリングネットワークは 2002 年度において、本研究班によるネットワークと環境省が構築したネットワークを
併せて、多種花粉対応型 11 台、スギ花粉対応型 19 台の自動花粉測定器が関東地方に展開された。しかしながら、環境省
が展開した機材は一般環境中のスギ花粉濃度測定に主眼をおいており、スギ林における開花予測の精度を高めるための
監視局の位置付けがなされた測定地点が不足しているとともに、開花に大きく影響する林内の気象要素に関する測定もな
されていない等、今後の課題とすべき問題が存在する。
166
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 引用文献
1.
佐橋紀男、高橋裕一、村山貢司:スギ花粉のすべて、メディカルジャーナル社、(1995)
2.
平英彰、寺西秀豊、剣田幸子:平均気温、全天日射量及び着花指数を用いたスギ空中花粉総飛散数の予測方法に
関する比較検討-富山県における事例、アレルギー、Vol.146、(1997)
3.
村山貢司:「スギ花粉の飛散予測をめぐって」、アレルギーの臨床、Vol.16、(1996)
4.
高橋裕一:雄花着生量の観察に基づく来シーズンの空中スギ花粉総飛散数の推定、日本花粉学会会誌、Vol.138、
(1992)
5.
村山貢司:花粉の飛散状況、臨床と薬物治療、Vol.18 No.12、(1999)
6.
東京都衛生局:花粉症対策総合報告書、(1998)
7.
村山貢司:関東の花粉飛散状況、アレルギーの領域、Vol.4 No.4、(1997)
8.
村山貢司:スギ花粉症修飾因子としての地域気象、アレルギーの臨床、Vol.18 No.3、(1998)
9.
村山貢司:異常気象、KKベストセラーズ、(1999)
10. 佐橋紀男:1999 年のスギ花粉前線、日本花粉学会誌、Vol.45 No.1、(1999)
11. 村山貢司:スギ花粉飛散量、飛散開始時期の予測、アレルギー科、Vol.1 No.3、(1996)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
なし
国外誌
1.
M. Suzuki, K. Murayama, M. Tonouchi, and J. Xu:Development of a numerical forecasting model for
Japanese cedar pollen, Atmospheric Environment (submitted).
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌
1.
村山貢司:花粉飛散予測、アレルギー・免疫 Vol8、No2、(2001)
2.
村山貢司:21世紀の花粉情報、アレルギーの領域、2 月号、(2001)
3.
村山貢司:花粉情報の現状と将来、東海花粉症研究会会誌、(2001)
4.
村山貢司:花粉飛散予報の現状と将来、アレルギーの臨床、23 巻、(2002)
5.
村山貢司:花粉の観測・予測システムとその報道、JOHNS Vol.18(1)、(2002)
6.
村山貢司:花粉情報の現状と将来、アレルギーの臨床、20 巻、(2002)
7.
村山貢司:花粉の自動計測、医療のあゆみ、16 巻、(2002)
8.
「スギ花粉症克服に向けた総合研究」研究第3班:振興調整ニュース、(2002)
国外誌
なし
口頭発表
招待講演
多数
167
スギ花粉症克服に向けた総合研究
応募・主催講演等
1.
村山貢司:都市における花粉の再飛散、日本アレルギー学会、(2000)
2.
佐橋紀男、村山貢司、鈴木基雄、藤田敏男:自動捕集器と従来の花粉捕集器によるスギ・ヒノキ科花粉捕集数
の相関、日本花粉学会 42 回大会、(2001)
3.
鈴木基雄、村山貢司、佐橋紀男、家原敏郎、金指達郎、横山敏孝:新しい花粉飛散量予測法について、日本
花粉学会第 42 回大会、(2001)
4.
鈴木基雄、村山貢司、佐橋紀男、家原敏郎、金指達郎、横山敏孝:東京都市部に飛来するスギ花粉の発生
源、日本花粉学会、(2002)
5.
村山貢司:花粉情報の現状と将来、日本アレルギー学会、(2002)
6.
村山貢司:花粉情報の現状と将来、日本生気象学会、(2002)
7.
鈴木基雄、村山貢司、佐橋紀男、家原敏郎、金指達郎、横山敏孝:東京都市部に飛来するスギ花粉の発生
源、日本花粉学会第 43 回大会、(2002)
8.
M. Suzuki, K. Murayama, M. Tonouchi, J. Xu:Development of numerical forecasting model for Japanese
cedar pollen,
8th International Conference on Atmospheric Sciences and Applications to Air Quality,
(2003)
168
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.2. 空中スギ花粉濃度と花粉症症状の関係に関する研究
東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室
遠藤 朝彦
■要 約
今日、飛散花粉の観測は、本邦ではダーラム法によって一日単位で観測する方法が最も普及し、主流である。ところが、
これまでダーラム法による一日当たりの測定値と患者の訴えとの間には解離が見られることも少なくなかった。そこで患者か
ら求めたアレルギー日記(一日を朝、昼、夕の3分割)の記載内容から得た症状とダーラム法の測定値すなわち花粉飛散
量の関係を検討した所、花粉症集団のシーズンを通じた症状の推移と一日当たりの花粉飛散量の推移はある程度相関し
たが、個々の患者の一日の症状と一日の飛散量は必ずしも一致しなかった。このことが「花粉飛散予報や飛散情報が今日
十分に機能していない」という指摘にもなっていると考えられた。 そこで、最近開発された自動モニターを用いて、より高度
かつ実用的な花粉症、花粉情報を構築するために、ダーラム法と自動モニターの測定値および自動モニターの測定値と
本研究のために新たに開発した時間単位アレルギー日記による患者の症状の一致率を検討した。その結果、ダーラム法と
自動モニターの測定値は良く一致したが、自動モニターの測定値と時間単位アレルギー日記による患者の症状は、平成1
3年度の検討では必ずしも一致しなかった。その後患者の行動や服薬の影響を修正して、花粉測定値と時間単位の症状
の関係を再検討した結果、比較的相関することが判明した。今後、時間単位アレルギー日記に患者の行動に関する項目
を加えるなどの改良が必要と考えられた。
一方、時間単位の花粉測定値と症状の関係を検討した結果から花粉飛散量と症状は相関すること、これまで用いてきた
指標は、一部手直しすれば実際臨床で有用であることが判明した。手直しした指標と自動モニターを用いた情報が提供さ
れれば、より高度かつ実用的な花粉症、花粉情報となると考えられた。
■目 的
本 研 究 では、観 測 される空 中 スギ花 粉 濃 度 と患者 の症状 の程度 との間 の関係 を明らかにする。すなわち、花 粉
飛 散 状 況 (飛散 数 、個 人 被曝 量 )とスギ花 粉 症 患者の症状および他の因子との関係について解明 し、空中スギ花
粉濃度と症状の間の指標を作成することから、花粉飛散予報の高度化をはかることを目的とする。
■ 研究方法
本研究計画は当初、次のように計画された。
1. 花粉測定器機の特性を検討する。
2. ダーラム法、自動計測による飛散花粉量とアレルギー日記から求めた症状の関係を検討する。
3. 個人被曝量測定装置の開発・個人吸入量測定装置を開発する。
4. 時間単位の患者の症状、行動、環境調査を行うための日記を考案する。
5. ダーラム法、自動計測による測定値と時間単位の患者の症状の関係を検討する。
6. 花粉情報における指標を設定する。
7. 予防、治療の効果判定への応用について検討し、指標を作成する。
本研究の期間は三年であったので、三年間に1~7の課題を順に解きあかしていくことにした。
169
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究成果
1. 花粉測定器機の特性に関する検討
リアルタイム花粉飛散予報に適した観測器機を選択するため、東京都品川区において、飛散花粉を観測した。観測には、
従来型のダーラム型花粉捕集器、バーカード型花粉捕集器および3機種の自動モニターを用いて、平成12年1月1日から
4月30日の間、午前0時から24時まで毎日観測した。
ダーラム型花粉捕集器とバーカード型花粉捕集器は自動測定装置ではなく、ダーラム型花粉捕集器は24時間毎に器機
上に設置したプレパラートを人が交換して染色、鏡検も人が行う方法であり、バーカード型花粉捕集器はゼンマイによって回
転するドラムに接着テープを張ってテープを回転させることでプレパラートを交換する手間が省け、かつテープに接着した花
粉を順にカウントすることで単位時間当たりの飛散花粉数を観測することができる。ダーラム型花粉捕集器による花粉観測は
手間は掛かるが経済的負担はほとんどなく、バーカード型花粉捕集器はプレパラート交換の手間はないものの、花粉観測に
若干手間が掛かり、装置の価格もやや高価である。その点では、ダーラム型花粉捕集器の方が実用的と考えられた。
自動モニターは3機種について、検討した。仮にこれらを A(大和製作所製)、B(興和株式会社製)、C(NTT 製)とすると、
A は単独の花粉しか観測できないものの、既に市販されており、価格は比較的安価で故障も少なかった。B は数種(3種)
の花粉を同時に観測できるが、やや高価で維持も複雑で維持費もやや高額であった。C は、試作の段階で観測期間中、し
ばしば停止したため、今回評価できる段階になかった。ダーラム型花粉捕集器による測定値と最も結果が一致したのは A
の自動モニターであり、A の測定値は、飛散前と初期ならびに飛散終了時期にダーラム型花粉捕集器による測定値と若干
解離がみられたが、スギ花粉シーズンにはほぼ一致した(図-1)。
そこで、観測システムを構築する場合は、A と B の自動モニターを組み合わせれば良いと考えられた。とはいえ、いずれ
の機種も故障の可能性は残されており、動力が電気なので停電による停止の可能性もあるため、ダーラム法による測定を
全く中止はできないと考えられた。
2. 飛散花粉観測と花粉症患者の症状把握
東京都品川区において、飛散花粉を観測した。観測には、従来型のダーラム型花粉捕集器および A および B の自動モ
ニターを用いて、平成13年1月1日から4月30日の間、午前0時から24時まで毎日観測した。同期間、1日を朝、昼、夕に
分けた従来臨床に用いている鼻アレルギー日記によって花粉症患者の症状を把握した。対象患者は、東京慈恵会医科大
学付属病院耳鼻咽喉科および関連の品川区内の診療所に通院中の患者とした。日記は、前年12月末までに配布し、記
入を依頼した。配布数は各年約600部であり、観測年の5月に300部を目標に回収した。その上で花粉観測値と花粉症患
者の症状の関連性について検討した。
最終的に200例分すなわち200部のアレルギー日記が回収された。記載された症状について検討したところ、花粉症の
症状の内、「くしゃみ」と「はなみず」は、ほぼ飛散花粉数の多少と症状の強さは相関した。しかし、「はなづまり」と「重症度」
は飛散花粉の累積数に相関する傾向を示した(図-2、3、4、5)。
花粉症症状の把握は、アレルギー日記を用いれば可能であることが明らかとなった。また、シーズン中は飛散花粉数と
良く相関することが判明した。
3. 個人被曝量測定装置の開発・個人吸入量測定装置を開発
3.1. 個人被曝量測定装置の開発
安価で誰もが使用可能な装置の開発を心掛けた。鼻に吸入される吸入量を可能な限り的確に反映するように設計した
上で、花粉バッジを試作した。すなわち、空中に浮遊する花粉は吸気とともに鼻腔に侵入し、鼻粘膜に付着する。したがって
花粉バッジは単なる平板でなく管腔内を空気が流れ、管腔を構成する壁に接着する花粉を計測できるように設計する必要が
ある。そこで、立体的な形状にしながらコンパクトでかつ被験者が装着して不快感を持たない形状とした。花粉を補足する部
分には接着剤が必要であるが、花粉が接着した後に脱落しない接着力を保有する接着剤を用いなければならない。とりわけ、
市販の接着剤では思うように花粉を捕らえられないことが平成14年春の花粉飛散期の実験で判明した。また、雨の影響を受
けない形状にする必要があり、空気を取り入れるための開孔部は被験者の年齢を考慮して3サイズを作成した。
170
スギ花粉症克服に向けた総合研究
平成15年春に検討した所では、空気取り入れ用の孔の径は10mm で良く、接着剤はダーラムと同様に白色ワセリンで十
分花粉を補足できることが判明した。今後、形状および接着剤を工夫して、実用的な花粉バッジに仕上げていく予定である
(図-6)。
3.2. 個人吸入量測定装置の開発
吸入量を実験的に求めるために、空中に飛散する花粉の動態を自然なものと同じに作り出す必要がある。精巧な鼻腔
モデルが必要であり、呼吸時と同じ気流を作り出す装置も必要である。当初、我々が考案した計画以上に経費も実験に要
する花粉も大量に必要なことが、その後判明した。そこで、平成12年度に用意したレスピピレーター、鼻腔モデル、スギ花
粉は吸入量の実験が必要な井出グループに提供し、その後の遂行を委ねた。
4. 時間単位の症状把握のための日記の考案
従来、飛散花粉の測定は一日単位で行われていた。従って、患者の症状を把握するためのアレルギー日記も一日を朝、
昼、夕のおおまかに3分割した日記で対応してきた(図-7)。
ところが、自動モニターを用いると最短10分単位で連続した観測値が得られる。今回は1時間単位で連続して観測した。
患者の症状も1時間単位で連続して把握する必要があるので、24時間の間連続して時間単位で症状を把握可能かつ詳
細なものとするため、アレルギー日記を新たに作成した(図-8)。その上で、患者に協力を求めた。特に、飛散開始時期に
これを配布して、7~10日間の記入を求めた。2医療器間で50部配布してほぼ100%回収できた。
5. ダーラム法、自動計測による測定値と時間単位の患者の症状の関係を検討
記載内容を検討したところ、この時間単位アレルギー日記は実用的と考えられた(図-9)。しかし、数日継続して記録を
依頼すると得られた時間単位の花粉飛散数と症状は必ずしも一致しなくなった(図-10)。そこで、患者の行動のチェックな
らびに被曝量の把握および治療薬やマスクの使用状況について再調査を実施し、日記に現れた症状に修正を加えたとこ
ろ、時間単位の花粉飛散量と時間単位の症状は良く一致することが判明した(図-11)。すなわち、自動モニターは目的に
よって機種を選択する必要はあるものの、目的に応じて用いるならば、実用性があると考えられた。
6. 花粉情報における指標の作成
指標の作成が本研究の最終目標であった。
これまでの調査によれば、患者の行動や花粉に対する吸入防止、薬物等治療状況が一定条件であれば、1日単位でも1
時間単位でも症状の強さは、モーニングアタックを除いて花粉飛散量に比例することが判明した。花粉飛散量が増せば症状
も強くなるが、一定数以下であれば飛散が見られても症状は起こらず、ある数を超えれば症状はそれ以上強くならなかった。
過去20年間の年間花粉飛散数の推移をみると一日の飛散数が100個/cm2 を超える日が少なくなく、最近はむしろ増
える傾向にある(図-12)。
そこで、花粉飛散情報における指標は、現在用いている指標に、ランクを2ランク加えれば良いと考えられた。すなわち、
現行は「少ない」が1~9個/cm2・日、「やや多い」が10~29個/cm2・日、「多い」が30~49個/cm2・日、「非常に多い」
が50個/cm2・日以上となっているが、これにランク0(0~1個/cm2)及びランク5(100個/cm2~)を加えて6段階とするこ
とでほぼ人の感覚と一致すると考えられた(図-13)。
ランク0を0~1個/cm2 とすることに異義がでる可能性があるとおもわれるが、この指標はダーラム法の測定値で示され
ているので、今後自動モニターの測定値に換算する必要がある。
7.予防、治療の効果判定への応用について
当初の目的である予防、治療の効果判定の指標の作成には至らなかったが、小規模のリアルタイムの花粉測定システム
(図-14)を構築して、リアルタイムに花粉を測定して、その結果を同時に表示する(図-15)と花粉が産地から飛散して来る
様子が読み取れることが判明した。このシステムを用いて昨年からインターネット(ppnet.weathereye.net/)を通じて、情報
171
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(図-16)を提供したところ、100万件を超えるアクセスがあった。また、慈恵医大耳鼻科花粉症のページ
(www.tky.3web.ne.jp/~imaitoru/)でも最近の2年間は50万件を超えるアクセスを記録した。
また、多くの人からこの情報が吸入防止対策に役立つとの賛辞が寄せられた。いずれ、広い地域での情報が提供されれ
ば、大いに臨床に役立つと考えられた。
■考 察
花粉症とりわけスギ花粉症が巷に溢れ、医療機関の外来は、春ともなるとスギ花粉症患者の対応に追われる光景がここ10
年以上続いている。われわれの調査によれば本邦における鼻アレルギー患者の増加は既に戦後の復興期に始まり、昭和30
年代にはアレルギー性鼻炎の増加が窺われ、昭和40年代に急激に増加した(図-17)。やや遅れて昭和50年代には花粉
症の増加が見られるようになった。最近15年では、本学耳鼻咽喉科外来では受診患者数は横ばい状態にあるが、スギ花粉
の飛散数に応じてアレルギー外来の受診患者数も増減している(図-18)。とはいえ、毎年春の外来の混雑が解消されたわ
けではなく、最近は、花粉症対策は社会問題化する傾向にあり、マスコミに取り上げられる機会も一段と増えている。
スギ花粉症は1963年に斉藤によって発見され1964年に報告された。本邦で最初の花粉観測は Hara によって1935年
になされているが、継続して観測されるようになったのは1965年からの国立相模原病院における観測が最初である。予防
的効果が期待できる DSCG が市販されたのは1971年であるが、いわゆる予防効果を期待して抗アレルギー薬を花粉飛散
前から投与する薬物療法が最初に試されたのは1983年であり、現在初期療法と呼ばれるような治療が試されるようになっ
たのは1986年頃である。東京都が花粉飛散情報の提供を開始したのは1987年であった。1990年代になるとスギ花粉症
に対する初期療法が広く普及し始め、そのために花粉飛散予報や花粉情報に興味が持たれるようになり、かつより高度な
花粉情報が求められるようになった1)。同時に、生活環境調整や抗原回避の重要性が強調されるようになり、花粉情報がま
すます重宝されるようになった。1993年にはアレルギー学会からアレルギー疾患治療ガイドラインが示され、その後毎年
改変されている。今日ではこのガイドラインにも抗原回避に関する記述が明確に記されている 2)。自動モニターの開発は1
994年から始められ、実用化に向けて改良が重ねられ、2000年からシステムとしての検討が開始された3)。抗アレルギー
薬の出現により初期療法が普及し、花粉飛散情報の重要性がましたこと、自動モニターの開発が進んだことからより高度な
花粉情報システム作りの可能性が高まったこと、インターネットをはじめとして情報伝達を容易にする器機が開発され、普及
したことなどから「空中スギ花粉濃度と花粉症症状の関係に関する研究」なるテーマが私どもに与えられたと理解される。
自動モニターがコンパクトになりかつ軽量化され、しかも安価になれば、その応用として個人の被曝量をリアルタイムに計
測することも可能となり、薬剤の効果を定量的に判定することも可能となると考えられる。
私どもが検証した限りでは、自動花粉モニターとインターネット、携帯電話を用いたリアルタイムの花粉情報は患者にとっ
ても医療提供者にとっても極めて有用性が高い4)と評価できた。
■ 引用文献
1.
遠藤朝彦:「スギ花粉症の初期量法」第6回日本鼻科学会レリーフ(1997)
2.
アレルギー疾患治療ガイドライン.ライフサイエンス・メディカ(1993)
3.
深谷修司:「リアルタイム花粉計数器の開発」アレルギーの臨床 237(2001)
4.
今井透:「花粉情報・花粉症情報の活用の仕方」アレルギーの臨床 237(2001)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌
なし
172
スギ花粉症克服に向けた総合研究
国外誌
なし
原著論文以外による発表
国内誌
1.
遠藤朝彦:「花粉観測よもやま話」治療学 35.5(2001)
2.
遠藤朝彦:「抗体陽性者におけるスギ花粉症発症の修飾因子」アレルギー科 13、2(2002)
3.
遠藤朝彦:「花粉症有病率に与える環境汚染の影響」内科 91、2(2003)
4.
遠藤朝彦:「ケーススタディー-花粉症」レシピ 12、1(2003)
5.
遠藤朝彦:「花粉症診断・対策のコツと治療のポイント」レシピ 12、1(2003)
6.
遠藤朝彦:「花粉症の病態生理と臨床検査」レシピ 12、1(2003)
7.
遠藤朝彦:「児童の耳鼻の今昔」研究集録ほけん26、品川区学校保健会(2003)
口頭発表
1.
本田 靖他:「スギ花粉症の全国調査(第 10 報)」第13回日本アレルギー学会春期臨床大会(2001)
2.
今井 透他:「インターネット Web サイト・・・」第13回日本アレルギー学会春期臨床大会(2001)
3.
遠藤朝彦:「鼻アレルギーの臨床と大気汚染」第15回日本アレルギー学会春季臨床大会(2003)
特許出願等
なし
173
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-1 自動計測と落下法(平成 12 年)
図2 平成13年 花粉飛散数と症状
(くしゃみ )
スギ
ヒノキ
症状
300
10.0
240
8.0
花
粉 180
飛
散
数
症
6.0 状
120
4.0
60
2.0
0
1月1日
0.0
1月15日
1月29日
2月12日
2月26日
3月12日
3月26日
図 -2 平成 13 年 花 粉 飛 散数 と症 状 (くしゃみ)
174
4月9日
4月23日
スギ花粉症克服に向けた総合研究
スギ
ヒノキ
症状
300
15.0
240
12.0
症
9.0 花
粉 180
飛
散
数
状
120
6.0
60
3.0
0.0
0
1月1日
1月15日
1月29日
2月12日
2月26日
3月12日
3月26日
4月9日
4月23日
図 -3 平成 13 年 花 粉 飛 散数 と症 状 (鼻 汁)
図4 平成13年 花粉飛散数と症状
(鼻閉 )
スギ
ヒノキ
症状
300
5.0
240
4.0
症
3.0 状
花
粉 180
飛
散
数
120
2.0
60
1.0
0
1月1日
0.0
1月15日
1月29日
2月12日
2月26日
3月12日
3月26日
図-4 平 成 13 年 花 粉 飛 散数 と症 状 (鼻 閉)
175
4月9日
4月23日
スギ花粉症克服に向けた総合研究
スギ
ヒノキ
症状
300
5.0
240
4.0
花
粉 180
飛
散
数
症
3.0 状
120
2.0
60
1.0
0
1月1日
0.0
1月15日
1月29日
2月12日
2月26日
3月12日
3月26日
図 -5 平成 13 年 花 粉 飛散 数と症 状(重 症度 )
図 -6 花 粉 バッジ
176
4月9日
4月23日
スギ花粉症克服に向けた総合研究
書き方は下記の例を参考にして下さい。 NO.
日付 天候
晴、曇、雨、風など大体を書いて下さい。
朝
昼
夜
朝昼夜の区別はおよそで結構です。
くしゃみ
4
1
3
くしゃみの発作の回数です。一回に三つ続いても一回に数えます。
鼻みず
3
0
3
鼻をかんだ回数を書いて下さい。
鼻づまり
+
-
鼻がつまってまったく鼻でいきができないときは( )、鼻でいきがしにくい(
少し鼻がつまる(+)、つまらないときは(-)です。
嗅覚異常
-
-
まったくにおわないときは(
日常生活
の支障度
+
-
仕事が手につかないほど苦しいときは(
支障がないときは(-)です。
+
眼がかゆくてたまらないときは(
時 刻
症
状
3日 晴
眼 かゆみ
症
状
涙
+
治 療
〇
治
療
そ
の
他
+
+
)、におうが弱い(
)
)、少し弱くにおう(+)、ふつうににおうときは(-)です。
)、苦しい(
)、かなりかゆい(
)、少し苦しいが仕事にあまりさしつかえない(+)、
)、少しかゆい(+)、気にならないときは(-)です。
涙がでて仕事が手につかないときは( )、涙がかなりでるときは(
ときは(+)、支障がないときは(-)です。
)、涙はでるが仕事にあまりさしつかえない
医療機関で治療を受けたとき〇印を記入してください。
そ の 他
鼻 洗 浄
自宅で行った場合、具体的に書いて下さい。
そのほか
に気づい
たこと
喘 息
じんましん
そのほか、ふだんとかわったことがあったら書いて下さい。
今 週 の
ぐ あ い
◯をつける
非常に良かった 良かった 少し良かった 変わらなかった 悪かった
記入欄
日付 天候
時 刻
9日 8日 朝
昼
夜
朝
昼
10日
夜
朝
昼
夜
11日
朝
昼
夜
12日
朝
昼
夜
13日
朝
昼
夜
14日
朝
昼
夜
くしゃみ
鼻みず
症
状
鼻づまり
嗅覚異常
日常生活
の支障度
眼 かゆみ
症
状
涙
治 療
治
療
そ
の
他
そ の 他
そのほか
に気づい
たこと
今 週 の
ぐ あ い
非常に良かった 良かった 少し良かった 変わらなかった 悪かった
この日記は、症状のない人も是非書いてください。記入していただくのは、3月8日から14日までです。
お名前(イニシャル): 年齢: 歳 性別: 男性 ・ 女性
図 -7 鼻 アレルギー日 記
177
スギ花粉症克服に向けた総合研究
書き方は下記の例を参考にして下さい。 NO.
時 刻
症
状
1
2
3
時間はおよそで結構です。
くしゃみ
4
1
3
くしゃみの発作の回数です。一回に三つ続いても一回に数えます。
鼻みず
3
0
3
鼻をかんだ回数を書いて下さい。
鼻づまり
+
-
+
苦痛の程度
治
療
鼻がつまってまったく鼻でいきができないときは( )、鼻でいきがしにくい(
少し鼻がつまる(+)、つまらないときは(-)です。
-
仕事が手につかないほど苦しいときは(
支障がないときは(-)です。
)、苦しい(
くすり
1
1
薬を飲んだとき錠数を記入して下さい。
点鼻薬
1
1
点鼻薬を使用したとき、回数を記入して下さい。
その他
◯
)
)、少し苦しいが仕事にあまりさしつかえない(+)、
医療機関で治療を受けたとき〇印を 記入して下さい。
行
動
その時間帯に居た所に◯印を記入して下さい。
予
マスク
◯
防
眼 鏡
◯
1 日 の具合
マスクを使用したとき、その時間帯に◯印を記入して下さい。
◯
眼鏡を使用したとき、その時間帯に◯印を記入して下さい。
◯をつける
非常に良かった 良かった 少し良かった 変わらなかった 悪かった
記入欄( 年 月 日)
時 刻
症
状
前
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
後
12
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
くしゃみ
はなみず
鼻づまり
苦 痛
治
療
行
動
と
場
所
予
防
く す り
点 鼻 薬
そ の他
屋 外
屋 内
就 寝
マスク
眼 鏡
一日の具合
非常に良かった 良かった 少し良かった 変わらなかった 悪かった
この日記は、症状のない人も是非書いてください。
お名前(イニシャル): 年齢: 歳
図 -8 鼻 アレルギー日 記
178
性別: 男性 ・ 女性
スギ花粉症克服に向けた総合研究
5
250
花粉数
系列2
症 状
系列1
4
200
花 150
粉
数
3症
状
100
2
50
1
0
0
2/23
AM 3
AM 6
AM 9
PM12
PM 3
PM 6
PM 9
2/24
時 刻
AM 3
AM 6
AM 9
PM12
PM 3
PM 6
PM 9
図 -9 時 間花 粉数 と症 状(はなみず)
(平成 13 年 2 月 23~24 日:品川 ・診療 所)
時間花粉数と症状(はなみず)
(平成13年3月5~6日:品川・診療所)
6
600
花粉数
系列2
症 状
系列1
500
5
4
400
花
粉
数 300
症
3 状
200
2
100
1
0
0
3/5
AM 3
AM 6
AM 9
PM12
PM 3
PM 6
PM 9
3/6
時 刻
AM 3
AM 6
図 -10 時間 花粉 数 と症状 (はなみず)
(平成 13 年 3 月 5~6 日 :品 川・診 療所 )
179
AM 9
PM12
PM 3
PM 6
PM 9
スギ花粉症克服に向けた総合研究
600
6
花粉数
系列2
症 状
系列1
500
5
400
4
花
粉
数 300
症
3 状
PM
12
PM
2
PM
4
PM
6
PM
8
PM
10
6
4
2
8
AM
10
AM
AM
AM
3/
6
AM
AM
AM
AM
AM
PM
12
PM
2
PM
4
PM
6
PM
8
PM
10
0
8
AM
10
0
6
1
4
100
2
2
3/
5
200
時 刻
図 -11 時間 花粉 数 と修正 後 症状 (はなみず)
(平成 13 年 3 月 5~6 日 :品 川・診 療所 )
スギ・ヒノキ花粉飛散数(2月~4月)(東京都品川区)
8000
7000
スギ
ヒノキ
6000
花
5000
粉
4000
数
3000
2000
1000
0
S59 S60 S61 S62 S63 H1 H2 H3 H4 H5 H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15
測 定 年
図 -12 スギ・ヒノキ花 粉 飛散 数(2 月 ~4 月 )(東京 都 品 川区 )
180
スギ花粉症克服に向けた総合研究
現行
ランク0(飛散なし)
ランク1(少ない)
ランク2(やや多い)
ランク3(多い)
ランク4(非常に多い)
ランク5(極めて多い)
改正案
1~ 9
10~29
30~49
50~
0~ 1
2~ 9
10~29
30~49
50~99
100~
注:ランク1を変更、ランク0、ランク5を新設する。
図 -13 花粉 予報 改 正 案
風
気象(運搬)
個人被曝量測定装置
発生源
ダ-ハム型
モニター
モニター
図 -14 飛散 花粉 の自 動 測定
181
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図 -15 4 地 点 での花 粉 観 測 の比較 (2000.3.24-26)
東京都八王子市(多摩森林学園)
神奈川県厚木市(神奈川県自然環境保全センター)
神奈川県相模原市(国立相模原病院)
東京都中央区(聖路加国際病院 )
図 -16 自動 モニターによる測 定結 果 (2003.3.28)
182
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図 -17 アレルギー検 査 件数 の年次 推 移
スギ・ヒノキ花粉飛散数とアレルギー検査件数
(品川診療所:昭和59年~平成14年)
8000
個/・
花粉数
件数
件数
200
180
7000
160
6000
140
5000
花
粉
数 4000
120 件
100 数
80
3000
60
2000
40
1000
20
0
0
S59 S60 S61 S62 S63 H1 H2 H3 H4 H5 H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14
年 度
図 -18 スギ・ヒノキ飛 散 数 とアレルギー検 査 件 数
(品 川診 療 所:昭 和 59 年 ~平成 14 年 )
183
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.3. スギ花粉飛散モデルの精度向上と総合的予報に関する研究
財団法人 日本気象協会首都圏支社調査部
鈴木 基雄
■要 約
第Ⅰ期研究において開発された花粉飛散量数値予報モデルの実用化のため、予報精度のさらなる向上を目指して、花粉発
生量推計方法および客観解析手法の導入による実況値補正方法について検討を加えた。さらに、移流拡散モデルに対流境
界層における上昇流下降流の特性を反映させるとともに、スギ雄花の開花過程のモデルを「都市への花粉飛散をおこすスギ林
の同定」において得られた改良モデルに更新した。その結果、スギ雄花の開花時期と花粉発生量の把握が予報精度に大きく
影響することがわかった。これらの花粉予報について実況情報提供を含めて、Web を利用したスギ花粉飛散量数値予報システ
ムとして 1 時間レベル、10km 空間レベルの 2 日先までの空中花粉濃度ないしは花粉飛散量指数予報の実用化試験運用をおこ
なったところ、スギ林における開花情報と花粉放出状況の把握がなされた場合、十分な予報精度が確保された。
■目 的
現行のスギ花粉予報は、気温や風等を入力とした統計モデルを基にしており、日々の総飛散量を予測する程度で、時
系列的な空中花粉濃度を予測することは不可能である。また、空間的にも粗い情報であるため、実際に花粉症患者が花粉
暴露を回避するための情報としては不十分である。また、第Ⅰ期研究成果である数値予報モデルを運用するためには、初
期値としての花粉濃度の空間分布等を実測値から解析するとともに、モデルに実測値を反映する手法を導入することが予
報精度確保のため必須である。そのためには気象庁のアメダスのように、リアルタイムで測定結果が配信され、解析も自動
化する必要がある。そこで、本研究では小規模ながらスギ花粉常時監視システムを構築し、一般環境中のスギ花粉濃度や
スギ林開花状況監視に関するリアルタイムの情報集信系を構築し、実測値による客観解析やデータ同化等と花粉飛散量
数値予報モデルと組み合わせたスギ花粉予報システムを確立する。第Ⅱ期研究の最終年度におけるスギ花粉シーズンに
はスギ花粉飛散量数値予報システムを用いた空中花粉濃度ないしは花粉飛散量指数予報の試験的運用をおこない、花
粉症患者が暴露を回避するために必要な、スギ花粉飛散量の量的予報を実用化することを目的とする。
■ 研究方法
1. 日本全国への拡張と一般化
全国版への拡張と一般化による予報精度について、考察を加え、スギ花粉の放出プロセスに湿度を考慮するよう、さらに改良を加
える。これにより、雨天後の予報精度が向上するものと考えられる。また、スギ雄花開花予報手法については、「都市への花粉飛散を
おこすスギ林の同定」における森林総合研究所グループによる改良植物生理プロセスを導入し、開花予報モデルを更新する。
2. スギ花粉濃度の鉛直分布測定と拡散モデルの改良
第Ⅰ期研究において示唆された対流境界層内における上昇流と下降流の分布が花粉の長距離輸送に関与しているこ
とを確認する目的で、花粉飛散シーズン中に千葉県野田市周辺空域において、図-1 に示すようなハンググライダーを利用
したパーソナルサンプラーによる花粉濃度の立体分布測定をおこなった。この資料から数値予報モデルに採用されている
ラグランジュ型拡散モデルのパラメータ調整をおこなった。
184
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-1 ハンググライダーによる花粉濃度の鉛直分布測定
3. 客観解析手法の導入と実況値の反映
花粉飛散量数値予報モデルの実用化のため、予報精度のさらなる向上を目指して、客観解析手法の高度化と花粉発生
量推計方法および実況値補正方法について検討を加えた。客観解析手法としては最適内挿法を導入し、予報に必要な
花粉濃度の初期値および境界値設定を実測値と過去の予報値から推計する機能を設けた。
一般に数値予報モデルには計算初期の濃度場-初期値を入力する必要がある。通常、気象データ等の場合、気象官
署や高層気象観測結果、「ひまわり」の雲解析結果等のデータを用い、不規則に分布するこれら観測データから格子点上
の値を求めることがおこなわれている。客観解析は時間的・空間的に不規則に分布し、様々な誤差特性を有する観測デー
タから、3次元的に規則正しく配置された格子点上の気象要素の値を求める方法である。客観解析は数値予報モデルと組
み合わされ、観測データを数値予報モデルに取り込むための予報解析サイクルを形成している。
本研究では、花粉飛散量数値予報モデルの精度向上をはかるため、客観解析手法のうち比較的取扱が容易で、精度
向上の効果が期待できる最適内挿法(OI:Optimum Interpolation)をスギ花粉の濃度場に対して適用し、数値予報モデル
の初期値および境界値を作成して用いることとした。
4. 花粉濃度予報の試験的な運用
上記の花粉濃度予報について実況情報提供を含めて、Web を利用したスギ花粉飛散量数値予報システムとして運用可
能な状況を構築する。構築された花粉情報データベースからリアルタイムに得られた最新情報を数値予報へと反映させつ
つ、2003 年のスギ花粉シーズンには関東地方を対象として 1 時間レベル、10km 空間レベルの 2 日先までの空中花粉濃度
ないしは花粉飛散量指数予報の実用化試験運用をおこなうこととした。
185
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究成果
1. 日本全国への拡張と一般化
「都市への花粉飛散をおこすスギ林の同定」における森林総合研究所グループによる改良植物生理プロセスを導入する
とともに、放出過程に相対湿度の影響を考慮した放出モデルを採用し、スギ雄花の開花予測とスギ林内の花粉濃度予測を
おこなった。
スギからの花粉放出量は、当初、スギの枝葉が風で揺れる度合いに依存すると考え、枝揺れ関数として
p を定義し、以
下のように風速の 2 乗に比例すると仮定した。
p = λU 2
T
P = ∫ p (t )dt
0
ここで、 P は積算枝揺れ関数であり、t = 0 は開花時期を示している。花粉の放出量 q は下式のように積算枝揺れ関
数 P の関数で表現される。
q = q(P )
P
Q = ∫ q ( P)dP
0
ここで、 Q は開花時期からの積算花粉放出量を示している。花粉放出量 q がスギ雄花中の残存花粉量に比例するとす
れば、 q および Q は以下のように記述される。
dQ
= k (Qo − Q)
dP
Q = Qo {1 − exp(− kP)}
q = kQo exp(− kP)
q=
ここで、 Qo は一つのスギ雄花が持つ花粉総量を示す。
次に、花粉放出は雨天よりも乾燥した晴天時に多いことから、相対湿度を枝揺れ関数
p に付加して、以下のように修正した。
q = kQo exp(−kP)
T
P = ∫ λU 2 (1 − RH )dt
0
ここで、 k および λ は実験定数である。これまでの解析結果から花粉放出のための風速にはスレッショルドレベルが存
在し、その風速値は U TH =1.5 m/s と推計された。この U TH =1.5 m/s はまた、スギの葉の空力抵抗と重力のバランスを表
す下式によっても導出される値である。
Fd = mg
1
Fd = ρcd nU 2
2
1
mg = ρ nπd n2 g
4
ここで、 ρ は空気密度(1.224 kg/m3)、 c はスギの葉の抵抗係数(1.0, column)、 d n はスギの葉の幅(1 mm)、そして ρ n
はスギの葉の密度(500 kg/m3)である。この結果は、C.E.Main ら(2000)のマウンテンシーダーの花粉飛散条件に関する研
究結果である 4mph とほぼ同程度の値であった。
従って、枝揺れ関数は以下のように表現される。
2
p = λ ⋅ {max(U 2 ,U TH
) − a}⋅ (1 − RH )
ここで、 a はスレッショルド風速のパラメータで、 a , k および λ は実験的に 2.0, 0.0002 および 0.002 と決定された。
スギ林単位面積からの花粉放出量は以下の式で推計される。
Q f = q( P) ⋅ m ⋅ n p
ここで、 m はスギ林内の 1 m2 当たりの雄花数で、 n p は 1 雄花当たりの花粉総数である (約 400,000 個)。一方、スギ林
内における花粉の沈着は次のように推計される。
186
スギ花粉症克服に向けた総合研究
R f = C f ⋅ ρ l ⋅ vd
ここで、 C f は林内の花粉濃度(個/m3)を示し、 ρ l は葉面積密度(m-1)、 v d は沈着速度(m/s)である。 ρ l は以下のように
スギの樹高と葉面積指数、樹木分布指数の関数で表される。
ρ l = S p ⋅ LAI ( z ) ⋅ z d2 ⋅ exp(−a ⋅ z d ) a
zd =
zc − z
zc − z g
zc
a n = ∫ z d ⋅ exp(−a ⋅ z d )dz
zg
ここで、 z c は樹木キャノピー頂部の高さ、 z g は樹木キャノピーの底部高さ、 LAI は葉面積指数、 a は樹種や樹齢に
関係して定まる葉面積分布指数、 S p は樹木間隔指数である。
大気安定度が中立である場合は、スギ林内の風速の鉛直分布は下記のように表現される。

z 
U X ( z ) = U ⋅ exp− a o ( LAI ⋅ z1 )1 / 4 ⋅ (1 − )
z1 

a o = 0.37
z1 = z c − z g
この風速分布を用いることで、以下の3つの過程における沈着速度が計算できる。
fd
f d はペクレ数 Pe の関数として、以下のように表現される。
f d = a ⋅ U X ⋅ Pe− b
①拡散過程:
a = 3.0、b = 0.5
②慣性衝突: f i
f i はストークス数 S i の関数として、以下のように表現される。
St
) bi
fi = U X ⋅ (
S t + ai
ai = 3.0、bi = 1.0
③重力沈降: f s
f s は移動度 B の関数として、以下のように表現される。
fs = B ⋅ mp ⋅ g ⋅ w
ここで、 m p は花粉の質量、 g は重力加速度、 w は修正係数(0.5)である。
従って、スギ林内における花粉の沈着は上記の3つの合計沈着速度から推計される。.
vd = f d + f i + f s
スギ林内の花粉濃度は花粉放出量と沈着量のバランスから以下の式によって推計され、あらかじめ計算された鉛直拡散
係数により、より上層へ輸送されるとして与えた。
Cf =
Qf
ρ l vd
図-2 に 2002 年および 2003 年における各地の開花率の変化を示した。また、推計されたスギ林内花粉濃度と自動花粉
計測器によるスギ林内の花粉濃度実測値の比較を図-3 に示した。
187
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図 -2 スギ雄 花の開 花 率 の推移
(a)
(b)
図 -3 スギ林 内におけるスギ花粉 濃 度 の計算 値と実 測 値 の比 較
(a):東 京都 林 業試 験 場(日 の出町 )、(b):神奈 川県 自 然 環境 研究 センター(厚 木市 七 沢)
林内のスギ花粉濃度の変動傾向については、概ね良好に再現されており、これらの改良によって花粉放出プロセスの予
報モデルとしては十分な精度が確保されたと判断できる。
2. スギ花粉濃度の鉛直分布測定と拡散モデルの改良
ラグランジュ型ランダムウォーク拡散モデルは、気流モデルから出力される気流の拡散係数および乱流エネルギー情報
等を用いて、発生源から多数の粒子を放出・追跡し、その粒子密度から濃度を求める方法である。この手法では移流推計
には気流の平均分布を用い、拡散推計には拡散係数と乱流エネルギーから設定される各成分風速の標準偏差、速度変
動のラグランジュ時間スケールおよび随時発生させる正規乱数によって表現される粒子の遷移確率分布の方程式を逐次
解くことで、粒子密度すなわち濃度を推計する。このモデルの拡散過程にはランダム変動場における粒子の軌跡を表す
Langevin 方程式を離散化し、粒子の遷移確率を与える以下の方程式系を用いる。
u (t + ∆t ) = Ru u (t ) + 1 − Ru2 σ u Γ
v(t + ∆t ) = Rv v(t ) + 1 − Rv2 σ v Γ
1 ∂w′ 2
∆t
⋅
2 ∂z
ここで、 u , v, w はスギ花粉を表現する粒子の時間 t および t + ∆t における 3 次元速度で、 Ru , Rv , R w
ンジュ自己相関関数、 Γ は正規乱数である。
w(t + ∆t ) = Rw w(t ) + 1 − Rw2 σ w Γ +
はラグラ
上記方程式の右辺第1項目は、前ステップの速度変動が次ステップに及ぼす度合いを示すものであり、第2項目は生成
された乱数によって与えられるランダム変動を表している。各成分風速の標準偏差は、局地気象モデルから出力される拡
188
スギ花粉症克服に向けた総合研究
散係数および乱流エネルギー情報から以下のようにして導かれる。
q2
∂u
− 2 Kx
3
∂x
2
q
∂v
=
− 2 Ky
3
∂y
σ u2 =
σ v2
σ w2 =
q2
∂w
− 2 Kz
3
∂z
u, v, w:水平、鉛直風速 、 q:乱流エネルギーの2倍
ここで、速度変動のラグランジュ時間スケールは、テーラーの理論から拡散係数と各成分風速の標準偏差を用いた関係
式、
K x = σ u TLx {1 − exp( − t / TLx )}
2
{
}
K y = σ v TLy 1 − exp( − t / TLy )
2
K z = σ w TLz {1 − exp( − t / TLz )}
2
において、追跡時間 t を TLx 、 TLy ないしは TLz よりもはるかに大きくとると、下式のように表現される。
TLx = Kx / σu , TLy = Ky / σv , TLz = Kz / σ w
2
2
2
さらに、対流境界層における上昇流と下降流の分布特性を反映するため、常識で与えられた鉛直速度を上昇流域は確
率 40%で 1.5 倍、下降流域は確率 60%で 0.67 倍として再定義した。
グライダーを用いたスギ花粉濃度の鉛直分布と対流境界層における上昇流と下降流の分布を考慮したスギ花粉濃度の
鉛直分布推計値を図-4 に示す。
図 -4 スギ花 粉濃 度 の鉛 直分 布の実 測 値 と予 測値 (千葉 県 関宿付 近 、2002 年 3 月 14 日 11 時)
189
スギ花粉症克服に向けた総合研究
実測値、予測値ともに花粉濃度のピークは、高度 600m 当たりとなっており、拡散モデルに対流境界層の特性を考慮した
効果が明瞭に現れている。予測値の濃度レベルも、概ね実測値と同程度となっており、空間的なスギ花粉濃度分布を本モ
デルが十分に表現していることを示している。
3. 客観解析手法の導入と実況値の反映
客観解析手法として導入した最適内挿法では、解析値は推定値(予報値を使う)を近くの観測値で修正して求められる。
O
P
P
格子点上の推定値Z を、近くの観測点iでの観測値Z i とその点での推定値 Z i との差(予報誤差)で修正し、格子点上
A
にある物理量Z の解析値を求めるのが最適内挿法であり、これはN個の観測点に対して下式でのようである。
N
Z A =Z P + Σ wi(Z Oi -Z iP )
i =1
wi は重みで、近傍の信頼できる観測値の場合には1に近い値をとり、信頼性の低い観測値ならば0に近い値をとる。上
の添え字のAは解析値(Analysis)を、Pは推定値(予報値:Prediction)、Oは観測値(Observation)を表す。下の添え字のi
は観測点の番号を、下に添え字のないのは格子点上の値を示す。(Σwi =1とは限らないので、重み付平均とは異なる。)
T
ここで、重みwi は格子点での真の値をZ とすると、解析値と真の値との平均二乗誤差Iは下式で表される。
A 2
2
I=<(ε ) >=<(Z A -Z T ) >
このIを最小にするため、最小二乗法を用いて重みwi を決定する。ここで< >はアンサンブル平均である。平均的誤差
(バイアス)はないと仮定すると、次のようなN元連立一次方程式が得られる。
N
P
P
O
Σ (σ ij +σ ij )wj = σ i
j =1
i=1~N
P
σ ij : 観測点iとjでの予報誤差の共分散
P
P
e
P
j
>
e =Z -Z
O
e
O
j
>
e =Z -Z
σ ij = <e i
P
P
T
O
O
T
O
σ ij : 観測点iとjでの観測誤差の共分散
O
σ ij = <e i
P
σi
: 観測点iと格子点での予報誤差の共分散
ここで、点iと点jとの間の相関係数μ ij は分散、共分散を使ってμ ij =σ ij / σii σjj のように書き表せる。最終的に
P
O
P
はσ ij 、σ ij 、σ i などの共分散(まとめてσと書く)を求めることである。σがわかればwi が求まり、解析値を求めることが
T
できる。ここではZ は未知であるが、σを統計的に求めることができる。
P
P
予報誤差の相関を表現するσ ij 、σ i などの量は、実際の観測点の組について求めた統計量を用い、2点間の距離の
O
関数でモデル化される。σ ij はデータ間の観測誤差の相関を表現する。一般に観測はお互いを参照することなく独立に
行われるので、異なる観測データ間の観測誤差には相関がない。
σにより、観測点と格子点の距離、観測誤差、観測点の不均質な分布等が重みの決定に関係してくる。即ち、格子点か
ら遠くのデータの重み、信頼性の少ない観測データの重み、観測点がお互いに近い場合の重みはいずれも小さくなる。重
みwi が小さくなるとiの観測による修正量は小さくなる。
P
観測点と格子点の距離はσ i によって重みに反映される。例えばただ一つだけの観測iがあった場合、重みを求めるた
めの方程式は次のようになる。
(σ iiP +σ Oii )wi =σ iP
P
格子点と遠くの地点iとの間では予報誤差の相関が小さいのでσ i が小さく、重みwi は小さい。格子点の周囲に観測デ
ータが全く無ければ、推定値がそのまま解析値になる。
客観解析手法を導入したスギ花粉飛散量数値予報モデルを用いて、2002 年の花粉飛散シーズンを通じた花粉飛散予
測をおこなった。図-5 に関東地方各地の局地気象モデルによる風向風速の予測値と実測値の変化を示した。また、図-6
には同様にスギ花粉飛散量数値予報モデルによるスギ花粉濃度の予測値と実測値の推移を示した。
190
スギ花粉症克服に向けた総合研究
局地気象モデルによる風の予測値については、風向、風速ともに概ね良好に再現されているが、3 月 5 日~6日と 13 日
は完全に予報がはずれたケースとなっている。一方で、スギ花粉濃度についても、3 月 5 日~6日と 13 日はやや食い違い
が目立つが、それを除けば多少のばらつきは認められるが、変動傾向等については概ね良好な再現性が得られており、
予報モデルとして十分に実用に耐え得ることが実証された。
(a)
(b)
図 -5 風 向風 速の予 測 値 と実 測値 の変 化
(a):佐 倉 、(b):浦和
191
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(a)
(b)
図 -6 スギ花粉濃度の予測値と実測値の推移
(a):佐倉、(b):浦和
4. 花粉濃度予報の試験的な運用
図-7 に示すような、関東地方に展開したスギ花粉モニタリングネットワークとスギ花粉飛散量数値予報モデルから構築し
たシステムを利用して、2002 年および 2003 年の花粉シーズンに試験的に予報システムを運用した。図-8 に 2002 年と 2003
年の花粉飛散予報の代表事例を示す。本予報システムを運用することにより、前日 21 時を初期値として、51 時間先まで毎
時の 10km 格子の花粉濃度情報が提供可能となった。
192
スギ花粉症克服に向けた総合研究
① X日 21 時初期の予報をおこなう時点で、X 日の実測値と
X-1 日 21 時初期とした X 日の予報値について統計解析
② 実測値と予報値の差異の傾向を抽出し、X日の予報値を修正
③ その関係を用いて X 日 21 時初期とした X+1 日の予報に用いる初期値、境界値を推計
④ 以降、繰り返し
図-7 スギ花粉飛散量数値予報システムの概要図
193
スギ花粉症克服に向けた総合研究
(a)
(b)
図-8 花粉飛散予報の代表事例
(a):2002 年 3 月 10 日 12 時、(b):2003 年 3 月 10 日 12 時
■考 察
第Ⅱ期においては花粉飛散量数値予報モデルの精度向上とその実用化を計るために、花粉モニタリングネットワークを
構築し、実測値を予報に反映する客観解析の導入と種々のプロセスを表現するモデルの改良をおこなった。
その結果、開花プロセスの改良については、より精度良く開花時期を予測することが可能となったが、一方で、気象庁の
AMeDAS データのみから、スギ林における気象場を精度良く推計することは困難であることが判明した。特に、開花プロセ
スの精度は非常に大きく予報結果を左右させる主要因であるため、花粉飛散量数値予報システムの運用に当たっては、花
粉モニタリングネットワークにおいて、林地における花粉濃度測定や気象測定、Webカメラを用いた開花状況監視等が必
須である。一方、放出プロセスに相対湿度を考慮したことによって、第Ⅰ期研究において数値予報モデルの不備であった
雨天への対応が改善され、日々の林内濃度変化を十分表現することが可能となった。
第Ⅰ期研究において対流境界層中部で花粉濃度が高くなることが示唆されていた。これに対して、従来のモデルでは
花粉が重力落下することから、下層ほど濃度が高く計算される。このため、第Ⅱ期研究ではハンググライダーをプラットフォ
ームとして、対流境界層内の花粉濃度の鉛直分布を測定するとともに、上昇流と下降流の確率的な分布を考慮することで、
従来のモデルでは表現が不可能であった混合層中部付近の花粉濃度ピークを良好に再現するモデルに仕上がった。
花粉モニタリングネットワークの構築により、時間値レベルの花粉濃度データをリアルタイムで収集する事が可能になった
ことにより、客観解析手法を導入して、数値予報モデルの初期値や境界値をダイナミックに設定することが可能となった。こ
れによって、数値予報モデルに実測値を反映させることが可能となり、予報精度が大幅に向上した。
なお、本研究により花粉飛散量数値予報システムは、精度や実用性の観点から概ね完成されたと判断されるが、一方で
本システムの検証は関東地方においてのみなされており、客観解析や開花プロセス等を全国的規模で運用するという実績
が皆無である。従って、今後、十分な検証と地域によるパラメータの見直しが必要となる。
194
スギ花粉症克服に向けた総合研究
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18. 金指達郎,横山敏孝: スギ雄花の休眠打破と開花に要する温度条件、日本花粉学会誌 48 , 95-102 (2002)
19. 気象庁予報部:数値予報の実際、数値予報課報告 別冊 41 号 (1994)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
なし
195
スギ花粉症克服に向けた総合研究
国外誌
1.
M. Suzuki, K. Murayama, M. Tonouchi, and J. Xu:Development of a numerical forecasting model for Japanese
cedar pollen, Atmospheric Environment (submitted).
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌
1.
鈴木基雄:新しい花粉予報、機械学会誌、Vol.105, No.1009:773-775 (2002)
国外誌
なし
口頭発表
招待講演
なし
応募・主催講演等
1.
鈴木基雄、村山貢司、佐橋紀男、家原敏郎、金指達郎、横山敏孝:新しい花粉飛散量予測法について、日本
花粉学会第 42 回大会、(2001)
2.
鈴木基雄、村山貢司、佐橋紀男、家原敏郎、金指達郎、横山敏孝:東京都市部に飛来するスギ花粉の発生源、
日本花粉学会第 43 回大会、(2002)
3.
M. Suzuki, K. Murayama, M. Tonouchi, J. Xu:Development of numerical forecasting model for Japanese
cedar pollen,
8th International Conference on Atmospheric Sciences and Applications to Air Quality,
(2003)
196
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.4. 都市への花粉飛散をおこすスギ林の同定に関する研究
独立行政法人 森林総合研究所東北支所森林生態研究グループ
金指 達郎
■要 約
花粉発生源対策を効率的に実施する目的で,花粉飛散量数値予報モデルを用いて都市域への影響度の高い花粉発
生源の推定を試みた。推定に当たっては,花粉発生源に関する情報の高度化,すなわち発生源分布の把握とその将来予
測,各地域の発生源における雄花生産量の推定,雄花開花予測モデルの開発等をとおして,予報モデルの精度の向上を
目指した。2002 年シーズンを対象に首都圏への影響の大きい発生源を推定した結果,従来考えられていたより広範な地
域のスギ林が首都圏へ多量の花粉を飛散させていたと推定された。
■目 的
スギ花粉症に関連した抜本的な対策のひとつとして,花粉発生源対策,すなわちスギ花粉の発生そのものを減少させる
ための対策が強く求められている。そのため,当プロジェクト研究の第Ⅰ期,第Ⅱ期を通じて,発生源対策につながるさま
ざまなアプローチの研究が行われてきた。しかし,広大なスギ林を対象にこれらの成果に基づく発生源対策を行うには莫大
な労力と費用が必要で,漠然と対処しても明確な効果は期待しにくい。したがって,人口が密集する都市域へ多量の花粉
を飛散させる発生源に対して集中的に対策を講じることが効率的であると考えられる。そのためには,各地域の花粉発生
源の都市域への影響度を定量的に把握することが不可欠となる。
一方,当プロジェクト研究の第Ⅰ期において,「花粉飛散量数値予報モデル」のプロトタイプが完成した。このモデルの主目
的は,関東地方をモデルエリアとした詳細な花粉飛散予報を目指すものである。しかし,このモデルは,首都圏に飛来する花
粉の流れをモデル上でさかのぼることによって,首都圏への影響度が高い発生源地域の推定にも応用することが可能である。
しかしながら,この予報モデルのプロトタイプは,かならずしも予測精度が十分に高かったとはいえない。その主要な原因
のひとつとして,初期値やパラメータとしてモデルに適用される,花粉発生源における種々の情報の精度が低かった可能
性が挙げられる。予報モデルの予測精度が低ければ,これによって推定される「首都圏への影響度の高い発生源地域」の
信頼度も低いといわざるをえず,これをもとに花粉発生源対策を実施したとしても高い効果は得られないであろう。
この課題では,どの地域の発生源から多くの花粉が首都圏に向かって飛来するのかを推定することを目的とする。
Step1. 花粉飛散数値予報システムの精度を向上させるために,どの地域の花粉発生源(スギ林)から,どれだけの量の花
粉が,いつごろ放出されるのかについての予測精度を高める。
Step2. 予報モデルを用いて,各地域の花粉発生源ごとの首都圏への影響度を評価する。
また,この予報モデルによる花粉飛散予報を全国展開するための基礎として,全国版の花粉発生源分布図(すでに第
Ⅰ期で作成されている関東地方分布図の拡張版)の作製とその将来予測を行う。
■ 研究方法
1. 花粉発生源分布図の作製とその推移予測
花粉発生源分布図の作製には,第Ⅰ期における関東地方の分布図作製と同様の手法を用いた。まず,1990 年農林業
センサスの市町村別の樹種・齢級別面積統計資料より花粉生産量の少ない 25 年生以下のスギ,ヒノキ林分を除外した。次
197
スギ花粉症克服に向けた総合研究
に国土数値情報の土地利用データと標高データを利用して森林以外の土地やスギ,ヒノキの植林が困難な高標高地を除
外した。これらを除外した 5km メッシュごとの森林面積で市町村別の 26 年生以上のスギ,ヒノキ林面積を比例配分し,花粉
発生源分布図を作製した。さらに,この分布図を基礎として,将来の伐採傾向についての3つのケース,すなわち,①林業
が停滞し伐採がまったく行われない場合,②標準伐期例に達した林分はすべて伐採される場合,③齢級別の伐採確率が
1970 年代と同じ場合,のもとで,20 年後の発生源分布がどのように変化するかを予測した。
また,超高解像度衛星画像(IKONOS,解像度 1m)による花粉発生源のモニタリングの可能性を検討する目的で,スギ
林冠の識別に適した時期(3月中旬)にヘリコプターによる低高度(150m)からの空中写真を撮影し,空中写真を対象にス
ギ林冠の色調の特性について解析を行った。衛星画像より若干高い解像度で取り込み色調変換を行って色相値を計測し
た。空中写真を解析に用いたのは,林冠識別に適した時期の衛星画像が入手できなかったためである。
2. 各地域の花粉発生源における雄花生産量の予測
花粉飛散量数値予報モデルの運用に不可欠なデータであり,第Ⅰ期と同様の手法で各地のスギ雄花生産量を推定し
た。まず,南関東を主体とした 20 あまりの地域の計約 70 カ所の定点観測林分で雄花着生状況を目視によって毎年観測し,
各林分の雄花着花指数を算出した。雄花着花指数とは,観察木ごとの雄花着生状況を4段階に区分し,それぞれに評点
を与え,1林分あたり 40 個体の評点を合計したものである。一方,11 カ所のスギ林において雄花生産量をトラップ法により
測定した。雄花生産量と着花指数の関係式を求め,これにより各スギ林における雄花生産量を推定した。各地点の雄花生
産量推定値の年変動に関する解析と,変動の同調性による地域区分についての検討を行った。
3. 雄花開花予測モデルの開発
各地の花粉発生源において,いつ,どのくらいの雄花が開花するかを予測するモデルを,第Ⅰ期で明らかになったスギ
雄花の開花特性に基づいて開発した。
スギ雄花の開花特性は以下のとおりである(金指・横山 2002,金指 未発表)。11 月上旬にはスギ雄花は休眠状態にあ
る。その後寒冷な条件下に置かれると休眠は徐々に弱まり,ある時点で完全に打破される。休眠が完全に打破されるため
の低温条件は,「日平均気温 10℃未満,最高気温 13℃未満の日を約 35 日経験する」と推定された。また,この効果は途
中に 1 日程度高温の日があってもうち消されない。休眠が完全には打破されていなくとも,低温日を 20 日程度経過してい
れば,成長能力は低いが少しは成長できるようになる。休眠打破後は温度条件に応じて生育し,ある時点で開花に至る。
温度条件への反応のしかたはほぼ直線的,すなわち有効積算温度におおむね比例すると見なせる。その場合の発育限
界温度は約 0℃,また開花に至るまでの積算温度は 170~260℃程度で個体間に比較的大きな変異が認められた。
以上のような休眠から開花に至る過程を以下のような3つのサブモデルで記述した。
①休眠状態サブモデル(Sr:State of rest):低温の日の経過とともに休眠が徐々に弱まっていく過程を記述するモデル。
②成長能力サブモデル(Cg:Growth competence):その時点での休眠状態にある雄花の成長能力を記述するモデル。
③発育状態サブモデル(So:State of ontogenetic development):その時点での成長能力と温度条件に応じて(内的な)
成長を日々重ねていき,開花に至る過程を記述するモデル。
このモデルの予測精度を確認するために,子持試験地(群馬県)と上総試験地(千葉県)の2カ所でスギ雄花開花調査と
気象観測を行った。子持試験地では 72 個体 4 調査枝ずつの計 288 調査枝,上総試験地では 36 個体 4 調査枝,計 144
調査枝を対象に観察した。開花(満開)の判定は,雄花が着生している枝を軽く叩いて花粉放出を確認することで行った。
4. 首都圏への影響度の高い花粉発生源地域の推定
花粉飛散量数値予報モデルを用いて,東京都心部に飛来する花粉に対する各地域の発生源の影響度を推定した。
2002 年シーズンの飛散最盛期である 3 月 4~11 日と 3 月 19~26 日を対象期間とした。
このモデルについては他の課題「スギ花粉飛散モデルの精度向上と総合予報に関する研究」に詳細に記載されている。
モデルの運用にあたっては,この課題で作成,開発された成果,すなわち 3 次地域メッシュ単位の花粉発生源面積,発生
源単位面積あたりの花粉生産量,開花予測モデルによる地域メッシュ単位,日単位の雄花開花率を適用した。
198
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究成果
1. 花粉発生源分布とその推移予測
1995 年における全国のスギおよびヒノキの花粉発生源分布を推定した結果(5km メッシュに含まれた 26 年生以上のスギ
林面積)を図-1 に示す。
スギ花粉発生源は,関東平野や甲信地方および瀬戸内海沿岸を除いて,東北地方から九州まで広く相当の密度で分
布していた。分布密度がとくに高いのは,宮崎県南部,熊本・大分県北部~福岡県南部,四国中央部~東部山地,紀伊
半島北部,静岡県西部で,これらの地域ではメッシュ面積の 50%以上を占めているメッシュもあった。ついで,兵庫県北部
~鳥取県東部,埼玉県西部,栃木県西部,茨城県と福島県の県境付近,秋田県の密度が高かった。
ヒノキ花粉発生源の分布密度はスギより低いが,鹿児島県北部,紀伊半島,岐阜~愛知県,富士山周辺などに分布密
度の高いメッシュがあった。一方,日本海側,関東以北では分布密度は低かった。
スギ林面積(ha)/5kmメッシュ
ヒノキ花粉発生源面積(ha)/5kmメッシ
<
10
<
50
<
100
<
200
<
400
<
600
<
800
< 1000
< 1200
>=1200
<
10
<
50
<
100
<
200
<
400
<
600
<
800
< 1000
< 1200
>=1200
N
500
0
N
500 km
500
スギ林面積分布(5kmメッシュ)
0
500 km
ヒノキ花粉発生源面積分布(5kmメッシュ)
図-1 全国のスギ及びヒノキの花粉発生源分布図(左:スギ,右:ヒノキ)
表 -1 日 本全 国の花 粉 発 生源 面積 の将 来 予測
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
スギ(千ha)
ヒノキ(千ha)
1995
2015
1995
2015
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ケース1:主伐が完全に停止した場合
3,072
4,508
1,297
2,396
ケース2:標準伐期齢ですべて伐採さ
されるとした場合
3,072
1,450
1,297
1,353
ケース3:1970-1980年の齢級別伐採
確率で伐採されるとした場合
3,072
2,995
1,297
1,743
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次に,将来の伐採傾向が異なる3つのケースについて,20 年後のスギ,ヒノキ花粉発生源分布を予測した(表-1)。林業
が低迷しスギ,ヒノキ人工林の主伐が停止した状況では,1995 年を基準年として,20 年後にはスギ発生源面積は 1.5 倍に,
ヒノキは2倍弱に増えると推定された。これは現在幼齢のスギ人工林が次々に繁殖適齢期(26 年生以上)に到達するため
である。一方,40~50 年の標準伐期齢を過ぎたら全て伐採され植え替えられるという仮定では,20 年後にスギ花粉発生源
199
スギ花粉症克服に向けた総合研究
は約半分に減少し,ヒノキは微増にとどまると推定された。また,1970 年から 1980 年の間のような伐採動向であった場合,
20 年後にスギ花粉発生源は微減し,ヒノキは約 1.3 倍に増加すると推定された。
超高解像度衛星画像(IKONOS,1m解像度)によるスギ林抽出の可能性を検討するため,ヘリコプターで低高度
(150m)から撮影した空中写真を対象に,スギ樹冠とヒノキ等他樹種の樹冠の色相値を比較した。その結果,冬季赤変して
いるスギ樹冠部の色相値は,これまでの地上観測値にほぼ匹敵する約 33 であったのに対し,スギ以外の樹冠では 70~80
程度で,色相判読には両者間に十分な色相差があることが認められた。また,林分内に単木で位置するスギ樹木も明確に
抽出できるため,本方式がスギ林の林冠を効果的に抽出する手法として活用できる可能性が開けた。
2. 各地域の花粉発生源における雄花生産量
観測地域ごとの雄花生産量推定値とその全地域平均値の年変動(2000 年以降)を図-2に示す。なお,各観測地域の値
は,1~6 観察林分における値の平均値である。
全地域の平均値は,大飛散年だった 2000 年で約 12600 個/m2 であったのに対し,それ以降は毎年約 7500 個/m2 で,
関東地域では 4 年連続花粉飛散の多い年が連続したのに対応している。
観測地域ごとに見るとそれぞれ独自の変動パターンを示した。大飛散年の 2000 年の雄花生産量が多かった地域では翌
年生産量は低下し,その後隔年で緩い豊凶を示す地域が多かったが,2000 年の生産量が比較的少なかった地域ではそ
の逆の傾向が認められた。また,一部では 2000 年だけ多くその後はほとんど変動しない地域,2000 年を含めて変動の小さ
い地域なども見られた。また,図には示していないが,地域内の林分間(数 km 以内)では,生産量推定値の絶対値には差
がある場合があったが,年変動のパターンは類似していた。一方,比較的近距離にある地域同士で年変動の傾向が類似
しているとは限らなかった。
第Ⅰ期分も通してみると生産量が極端に多い年,極端に少ない年では,100km 近く離れた地域間も含めてほとんどの地
域で同調するのに対し,それ以外の年では地域によって異なる変動を示す場合があることが明らかになった。このことは,
精度の高い花粉飛散予報を行ううえで,地域ごとの花粉生産量の推定が欠かせないことを意味している。
雄花生産量推定値(/m2)
20,000
15,000
10,000
5,000
0
2000
2001
2002
2003
赤太線:全体平均,黒細線:各地域の雄花生産量
図-2 各観測地域における雄花生産量推定値
3. 雄花開花予測モデルの開発と予測精度の検証
雄花の開花時期を予測するために,これまでの実験(金指・横山 2002,金指 未発表)から明らかになった雄花の休眠
から開花に至る過程を3つのサブモデルで記述した。
①休眠状態サブモデル(Sr):低温が経過することによって雄花の休眠が徐々に弱まっていく過程をモデル化した。まず,
1日の温度が休眠を浅くさせる効果を MrT とする。これまでの実験結果から,日平均気温が 0~10℃,かつ日中気温
が 13℃未満の日は MrT=1.0CU (Chill unit,最高値)とし,その他の条件の日は MrT=0.0CU とした。ただし,平均気温
15℃以上の高温の日が2日以上連続した場合には2日目から MrT=-0.5CU とした。ある時点の休眠状態はそれまで
200
スギ花粉症克服に向けた総合研究
の MrT の累積値で表される。休眠が完全に打破されるときの MrT の累積値(実験から 35.0CU)で基準化したものを
Sr とした。すなわち,Sr=1.0 に達した時点で休眠は完全に打破されることになる。
②成長能力サブモデル(Cg):ある休眠状態にある雄花の成長能力(Cg)は,実験結果から判断すると,0≦Sr<0.4 では
Cg(t)=0.0,それ以上になるとその値は上昇し,休眠が完全にさめた時点以降は最大値,Cg=1.0 となる。
③発育状態サブモデル(So):Cg とその日の温度条件に応じて雄花は少しずつ成長すると仮定する。温度の発育への
影響のしかた(Mo)は,最も単純に「発育限界温度以上の温度」に比例すると仮定した(HU,heat unit)。実験から発育
限界温度は 0℃とした。ただし,平均気温が-2~2℃では有効温度を考慮した調整を行った。そして Cg・Mo の積算値
を基準化した値(So)が 1.0 に達したときに開花するとした。実験結果からの推定では,So=1.0 になるときの Cg・Mo の
累積値は 170~260HU の範囲であった。
なお,以上の表記法は,おおむね Hanninen(1990,1995)に従った。
この開花予測モデルの精度を確認するために,子持試験地,上総試験地の温度測定データを用いて開花予測を行い,
現地の開花調査データと比較した。結果の一例(子持試験地 2001 年シーズン)を図-3 に示した。雄花の発育の早い個体
を想定してSo=1.0 に到達するときの Cg・Mo=190HU,遅い個体に対して Cg・Mo=250HU として推定した。野外データは,
調査枝ごとの開花(満開)到達日の 10,90 パーセンタイルの範囲を図中に示した。
20
10
A
0
-10
1.0
B
0.8
0.6
Sr
Cg
So(10%)
So(90%)
0.4
0.2
2.21
3.07
3.21
4.04
1.10
1.24
2.07
11.15
11.29
12.13
12.27
11.01
0.0
図-3 子持村試験地における気温(A)と雄花発育状況の予測結果(B)
A:ピンク色は日平均気温の7日間移動平均
B:右上部の緑色のバーは開花が始まった日の範囲
Sr,Cg,So は,それぞれ雄花の休眠打破状態,成長能力,生育段
階の指標,So=1 に達したときに開花しはじめる(詳細は本文参照)。
So(10%):雄花の成長が早い個体の So の推定値
So(90%):雄花の成長が遅い個体の So の推定値
この事例では,平年より低温の冬だったが3月中旬に急に暖かくなり,多くの木(枝)が短いタイムラグ(7日程度)で一斉
に開花(満開)に至った。モデルによる予測結果はこの状況を良く表現しており,ほぼ正確に開花日を予測できたとみなせ
る。他の事例についても,おおむね良い精度で開花日を予測することができた(表-2)。この結果から,現地の気温の推移
を正確に把握,予測することができれば,このモデルで花粉発生源におけるスギ雄花の開花を予測することが可能であると
考えられる。
201
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-2 子持村試験地・上総試験地におけるスギ雄花開花予測日と開花観測日
子持試験地
1998
1999
2000
2001
2002
上総試験地
1998
1999
2000
2001
2002
開花予測日
10%
90%
3.10
3.26
3.05
3.17
3.22
4.03
3.15
3.23
3.09
3.17
2.27
- 3.08
3.05
2.20
開花観測日
10%
90%
3.04
3.22
3.09
3.18
3.22
4.02
3.18
3.24
3.05
3.14
3.11
- 3.20
3.16
3.01
3.01
2.27
3.06
3.02
2.22
予測のズレ(日)
10%
90%
6
4
-4
-1
0
1
-3
-1
4
3
3.15
3.07
3.21
3.17
3.06
-2
-4
2
3
-2
-1
-1
-5
10%,90%は,それぞれ10%あるいは90%の調査枝が満開に到達した日を示す。
4. 首都圏への影響度の高い花粉発生源地域の推定
花粉飛散量数値予報モデルを用いて,東京都心部に飛来する花粉にどの地域の花粉発生源が高く寄与しているかを推
定した。対象時期は,2002 年シーズンの飛散最盛期である 3 月 4~11 日と 3 月 19~26 日とした。その結果を図-4 に示す。
図-4 都心部に飛来する花粉に対する各地域の花粉発生源の影響度の推定結果
3 月 4~11 日の期間についてみると,都心部への寄与の高い地域は,愛知県東部~伊豆半島を含む静岡県のほぼ全
域,神奈川県,東京都,埼玉県の西部~群馬県南西部,群馬県と栃木県の県境の南部であったと推定された。なかでも,
この時期では静岡県西部の寄与率が高かった。3 月 19~26 日の期間についてもほぼ同様であったが,愛知県東部,静岡
県全域,房総半島南部の寄与率が低下した一方,群馬・長野・新潟県境付近の花粉発生源の寄与率が3月上旬に比べて
増加した。時期によって各地域の花粉発生源の寄与率が異なるのは,雄花の開花時期が地域によって異なることを反映し
ていることが影響していると考えられる。
202
スギ花粉症克服に向けた総合研究
以上のように,首都圏に飛来するスギ花粉は,これまで想定されていたよりも非常に広範囲の花粉発生源から飛来する
可能性があることが明らかになった。
■考 察
ここでは,雄花開花予測モデルの問題点と,スギ花粉の飛散が非常に広範囲にわたるメカニズムについて検討する。
1. 雄花開花予測モデルの問題点
今回開発されたスギ雄花開花予測モデルで2カ所の調査地における雄花の開花時期を数日程度の誤差で予測すること
ができた。しかし,このモデルには以下の2つの問題が残されている。気温以外の環境条件の影響についてと,スギの開花
特性の地域変異についてである。
今回のモデルの開発にあたっては,雄花の成長,開花等に影響する環境条件として気温のみを取り上げた。これは,花
粉発生源における環境条件のデータはアメダス観測値による補完データであり,比較的信頼できる推定値および予測値が
得られるのは気温のみであるためである。
しかし,現実には他の環境条件も直接的,間接的に雄花の発育に影響している可能性がある。今回のモデルに用いて
いるパラメータを推定するための切枝栽培実験はインキュベータを用いて行ったため,温度以外の環境条件は光条件をは
じめとして比較的均質である。一方,野外では日射の影響が大きいことが予想される。すなわち,日射を受けることで雄花
そのものの温度や雄花の発育に間接的に影響する樹体の温度が上昇することが想定される。また,風雨や着雪によって雄
花の温度が低下する可能性もある。しかし,これらの影響は時間的にも空間的にも変動がきわめて大きいため,その影響を
正確に評価することは難しい。また,実験では水分供給を十分に行っているが,野外の個体では雄花の着生している枝に
よって水分条件が大きく異なり,雄花の発育に影響を及ぼすことも考えられる。
それにも関わらず,今回のモデルは野外調査地の開花状況を比較的良い精度で推定することができた。これは,野外に
おける調査個体(枝)内で,上記のような諸条件が比較的良好で早めに開花に至った雄花に対応していた可能性がある。
野外の個体では,おそらく条件の良否に対応して,雄花の着生している小枝間で開花に至る時期に差が生じ,全体として
満開状態の期間が長くなる場合が多い。野外の調査では,その手法上,例えば 10%程度の雄花が開葯していれば「満
開」と判定されるであろう。いずれにしても,気温以外の条件の影響の程度については,今後,検討する必要がある。
次に,今回のモデルのパラメータは,関東地方のスギ人工林由来の材料を用いた実験から推定したものである。そのた
め,このモデルを他地域に適用する場合に,スギの開花特性に関するパラメータが地方によって異なる可能性があることが
問題となる。こころみにこのモデルに岩手県盛岡市の気象データを適用したところ,実際の花粉飛散(私信,インターネット
上で公開されている飛散データ)よりも遅く開花を予測した。本課題の結果で示したように,この例でも,飛散初期には遠方
から多量の花粉が飛来した可能性も否定はできない。しかし,他地方でより正確な開花時期の予測を行うためには,現地
での開花時期と予測結果を比較してパラメータを調整することが必要であろう。
2. スギ花粉の長距離拡散のメカニズム
首都圏に飛来する花粉の発生源は,これまで想定されていたよりも大幅に広範囲に及ぶ可能性があると推定された。こ
こではスギ花粉の長距離拡散のメカニズムについて検討する。
検討の対象は,静岡県方面からの花粉移流が顕著であったと推定された 2002 年3月 10 日とした。この日正午の風系図
とスギ花粉飛散状況を図-5 に示す。
203
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図-5 2002 年3月 10 日正午の関東地方周辺の風系図(左)とスギ花粉飛散状況(右)
この日は静岡県西部では西風で,関東地方南部では西南西~南西風となっていた。このときの花粉飛散密度は静岡県
と神奈川県西部,関東地方西部から北部に至る地域で高かったと推定された。都心部への影響の程度は関東地方西部お
よび静岡県西部が高かったと推定されたが,その影響の程度は静岡県西部方面の方がより顕著であったと推定された(図
は省略)。すなわち,この日においては,静岡県から神奈川県を経由して南西から東京都へと回り込む風によるスギ花粉の
輸送が,都心部への花粉輸送に密接に関与していることが明らかになった。
以上のように,スギ花粉は非常に広域にわたって飛散すると推定された。したがって,精度の高いスギ花粉飛散量数値
予報を期待するためには,これまで以上に広域の花粉発生源における情報,とくに雄花生産量と雄花の開花期を把握す
ることが重要になる。また,この推定結果は,首都圏に飛来する花粉に高く寄与する花粉発生源の地域を特定し,そこに集
中して林業的な施策を実施するということが難しいことを示唆している。この点については,さらに検討事例を積み上げてい
く必要があると考える。
■ 引用文献
1.
Hanninen, H.:Modeling bud dormancy release in trees from cool temperate regions, Acta. Forest. Fenn. 213, 1-47,
(1990)
2.
Hanninen, H.:Effects of climatic change on trees from cool and temperate regions: an ecophysiological approach to
modelling of bud burst phenology, Canadian Journal of Botany 73, 183-199,(1995)
3.
金指達郎・横山敏孝:スギ雄花の休眠打破と開花に要する温度条件,日本花粉学会誌 48(2),95-102,(2002)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
家原敏郎・宮本麻子・高橋正義:「関東地方におけるスギ・ヒノキ花粉飛散予測高度化のための花粉発生源分
布データセットの作製」,日本林学会関東支部論文集,51,63-66,(2000)
2.
横山敏孝・金指達郎:「花粉飛散予測のためのスギ林の雄花生産量推定法」,日本林学会関東支部論文集,
52,137-138,(2001)
3.
金指達郎:「スギ雄花の休眠打破と開花に要する温度条件」,日本花粉学会誌,42(2),95-102,(2002)
4.
中北理・斉藤英樹・古家直行:「スギ林抽出のための連続日画像の色特性」,日本林学会関東支部大会論文
集,54,69-70,(2003)
204
スギ花粉症克服に向けた総合研究
国外誌
なし
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
金指達郎:「スギ雄花が開花するための温度条件」,森林総研東北支所たより,463,1-4,(2000)
2.
家原敏郎・宮本麻子・高橋正義:「関東地方におけるスギ・ヒノキ花粉発生源分布の把握とその推移予測」,森
林総合研究所所報,146,4-,(2000)
3.
金指達郎:「スギ花粉飛散予報についてのひとつの問題点・なぜ雄花生産量の予測はときどきはずれるの
か?」,森林総研東北支所年報,42,34-36,(2002)
4.
金指達郎・横山敏孝:「スギ雄花の開花時期を予測する」,森林総合研究所平成 13 年度研究成果選集,
26-27,(2002)
5.
横山敏孝:「スギ花粉症を巡る最近の状況」,林業技術,727,28-31,(2002)
6.
横山敏孝:「スギ花粉を考える」,林業と薬剤,160,1-5,(2002)
国外誌
なし
口頭発表
招待講演
1.
横山敏孝:「スギの木と花粉症問題」,京都市,森林総合研究所関西支所研究成果発表会,2000.10.26
2.
横山敏孝:「花粉源の現状と対策」,東邦大学薬学部公開講座,2000.12.9
3.
金指達郎:「スギ花粉予報最前線・どれだけ正確に予報できる?」,岩手県民会館,H12 年度森林総研東北支
所発表会,2001.3.7
4.
横山敏孝:「環境問題講座・スギ花粉を考える」,立川市中央公民館, 環境問題講座,2002.1.
5.
横山敏孝:「スギ雄花着花状況からの予測」,横浜,NPO花粉情報協会主催「2002 年のスギ花粉飛散予測セ
ミナー」,2002.11.27
6.
横山敏孝:「スギ花粉症をめぐる最近の状況」,紙パルプ会館,「世界の森林をもっと知ろう」研究会,2002.1.17
7.
太田敬之:「東北地方のスギ球果生産の年次変動とその予測」,盛岡サザンパレス,寒冷地果樹研究会,
2003.2.4
応募・主催講演等
1.
宮本麻子・家原敏郎・高橋正義:「関東地方におけるスギ・ヒノキ花粉発生源分布の把握とその推移予測」,日
本大学,第 111 回日本林学会大会,2000.4.
2.
横山敏孝・金指達郎・斉藤央嗣:「江川ヒノキ(150 年生人工林)の雄花生産量」,日本大学,第 111 回日本林
学会大会,2000.4.
3.
横山敏孝:「スギ花粉源域における 2000 年春の空中花粉密度の日内変動」,日本アレルギー学会第 50 回総
会,2000.9.
4.
横山敏孝・金指達郎・深谷修司:「スギ花粉生産量指数と空中花粉密度の日内変動」,北海道大学,第 41 回
日本花粉学会大会,2000.10.
5.
斉藤央嗣・中嶋伸行・横山敏孝・深谷修司:「スギ花粉発生源におけるリアルタイム花粉計測」,北海道大学,
第 41 回日本花粉学会大会,2000.10.
6.
O. Nakakita et al.:「The seasonal change of forest by the automatic video system」,熱帯林変動国際 Workshop,
205
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2001.1.
7.
横山敏孝・金指達郎・深谷修司:「スギ林の花粉生産量と自動計測器測定による空中花粉密度」, 大阪市立自
然史博物館,第 42 回日本花粉学会大会,2001.10.
8.
今井透・深谷修司・横山敏孝・安枝浩・斉藤央嗣:「都内と神奈川県でのスギ・ヒノキ花粉自動計測」,大阪市立
自然史博物館,第 42 回日本花粉学会大会,2001.10.
9.
中北理:「自動遠隔記録装置による生物季節情報の収集と解析」,第 49 回日本生態学会大会,東北大学,
2002.3.
10.
家原敏郎・宮本麻子:「全国のスギ・ヒノキ花粉発生源分布図の作成」,新潟大学,第 113 回日本林学会大会,
2002.4.
11.
金指達郎・中山寛之・遠藤良太・横山敏孝:「スギ雄花開花モデルの構築と野外開花データによる検証」,高知
大学,第 43 回日本花粉学会大会,2002.10.
12.
鈴木基雄・村山貢司・佐橋紀男・家原敏郎・金指達郎・横山敏孝:「東京都に飛来するスギ花粉の発生源」,高
知大学,第 43 回日本花粉学会大会,2002.10.
13.
金指達郎・横山敏孝:「休眠打破過程を考慮したスギ雄花開花予測モデルの開発」,岩手大学,第 114 回日本
林学会大会,2003.3.
特許等出願等
なし
受賞等
なし
206
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.5. 薬剤による花芽形成の抑制の実施検討
鳥取大学農学部造林学研究室
山本 福寿、本間 環
■要 約
スギ(Cryptomeria japonica D.DON)の雄花はホルモンの一種のジベレリン(GAs)により分化・形成が促進されることが明
らかにされている。このことは、GAs の生合成を阻害することで雄花の分化・形成が抑制される可能性が考えられる。そこで、
スギ雄花の分化・形成の抑制を目的として植物ホルモンならびに植物ホルモン生合成阻害剤等の処理効果を検討した。そ
の結果、GAs の生合成阻害剤であるウニコナゾール-p(Unic-p)の濃度 25ppm 以上の処理およびトリネキサパックエチル
(TNE)の濃度 50ppm 以上の処理で雄花の分化・形成が著しく抑制*された。これらの処理は、ヘリコプターによる空中散布
処理でも再現よく雄花の分化・形成を抑制した。
*
この抑制に関しては模式図(図-1)で示した。
■目 的
現在、スギ花粉症は国民的アレルギー疾患とされ国民の約3人に1人がスギ花粉症であると言われている。その原因は
荒廃林地の復旧造林とその後の拡大造林であり。1950 年から 1970 年代前半にかけてスギの造林面積は増大した。これら
の造林のために日本各地のスギは着果年齢に達し、花粉症の原因である雄花を大量に形成する状況である。
スギは建築材や家具材として優良な材を生産するために、大規模な造林のため種子の確保や育種的立場から、花芽形
成促進技術の研究が盛んに行われた[1]。多くの高等植物では GAs やその他の植物ホルモンや植物成長調節物質が、
花芽形成や開花を制御していることを示唆する報告がみられる[2]。これらのことから、植物ホルモンや植物成長調節物質
はスギの花芽形成や開花も制御している可能性のあることが考えられる。スギにおいても増殖を目的とした GAs 処理の時
期、方法等の実用的研究[1]や花芽形成過程における器官形成の形態学的研究[3、4、5]が盛んに行わてきた。これらの
研究から、GAs がスギの花芽形成の主たる要因であることは予測されていた。しかし、これらの背景があったにもかかわらず、
スギ花芽形成と内生 GAs の関連、GAs 以外植物成長調節物質処理や内生植物ホルモンはほとんど研究されなかった。
一方、スギ花粉症が問題にされて以来、花芽抑制技術の開発を目的として、植物ホルモンのアブシジン酸((+)-ABA)
[6]やマレイン酸ヒドラジド-コリン塩[7、8、9]などの処理効果の研究は行われた。しかし、花芽形成および開花の抑制のメ
カニズムに関する研究や抑制技術の開発は未だ行われていない。
「スギ花粉症克服に向けた総合研究」の第Ⅰ期ではスギ花芽形成には内生ジベレリン A3(GA3)が関与し、開花にはアブ
シジン酸とエチレンが関与していることを明らかにした。そこで、花芽形成および開花抑制を目的として植物成長調節物質
ならびに植物ホルモン処理を行った。その結果、ウニコナゾール-p、マレインサンヒドラジド-コリン塩、ならびにアブシジン
酸処理で著しい花芽形成の抑制効果が認められた。また、開花の抑制はリノレン酸とサイトカイニンに抑制効果が認められ
た。そこで、第Ⅱ期では第Ⅰ期の研究で花芽形成抑制効果の認められた薬剤を用い、薬剤による花芽形成抑制の実施を
目的として 1)花芽形成の抑制薬剤の検討 2)実用技術を目的とした薬剤処理の効果および環境におよぼす影響の検討を
行う。そして、最適な薬剤の農薬登録と花芽形成抑制の実施の実用化を目指す。
207
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究方法
1. 花芽形成の抑制技術の検討
ア)スギ雄花形成抑制に最適な薬剤の検討
植物ホルモンはオーキシンとして IAA、ジベレリンとして GA3 と GA4、サイトカイニンとしてイソペンエニルアデニン(I6Ade)
とトランス-ゼアチン(t-Z)、アブシジン酸として(+)-ABA、エチレンとしてエチレン発生剤であるエスレルを用いた。また、成
長調節物質としては、GAs の生合成阻害剤であウニコナゾール-p(Unic-p)トリネキサパックエチル(TNE)を用いた。2000
年 4 月に東京大学農学部附属千葉演習林に植栽されている、さし木を行うと花芽が形成される品種東大千演23号より採
穂を行い、さし穂の長さを 16cm に調整して鹿沼土に植え付けた。そして、植物ホルモン等の物質の処理は 2000 年 5 月に
60%アセトン溶液(v/v)に溶解し、手押し噴霧器を用いてスギ当年生さし木苗に葉面散布を行った。そして、それぞれの処
理した薬剤の効果について検討した。
イ)TNE 処理の処理濃度の検討
4 月に東京大学農学部附属千葉演習林に植栽されている、さし木を行うと花芽が形成される品種東大千演23号より採
穂を行い、さし穂の長さを 16cm に調整して鹿沼土に植え付けた。そして、表-1 のような濃度の TNE (プリモマックス)を
2001 年 5 月に水に溶解し、手押し噴霧器を用いてスギ当年生さし木苗に葉面散布を行った。
ウ)TNE 処理が GA3 の同定および内生植物ホルモンの動態におよぼす効果
2001 年 4 月から9月(6月以降は TNE 処理を行った針葉)にスギ雄花の形成される針葉を採取し、液体窒素で処理した
後、分析までの間-85℃のフリーザーで保存した。そして、定法に従い[10]、アセトン抽出、溶媒分画による分離、カラムク
ロマトグラフィーによる精製後、リニアグラジエントによる ODS-高速液体クロマトグラフ(ODS-HPLC)により1分ごとの分画を
集めた。GA3 を短銀坊主イネ苗テストとエンザイムイムノアッセイ(ELISA)よりその存在を確認した。そして、質量分析計
(GC/MS)により GA3 の同定を行った。
花芽の形成される位置の針葉は 2001 年4月より成長休止期の9月(6月以降は TNE 処理を行った針葉)まで、雄花およ
び雌花は器官形成後から成長休止期の11月まで1週ごとに試料を採種した。これらの試料は分析までの間-85℃のフリー
ザーで保存した。そして、GA3 の含有量を ELISA により分析を行いその動態を検討した。
2. 実用技術を目的とした薬剤処理の効果および環境におよぼす影響の検討
ア)TNE および Unic-p の空中散布処理がスギの雄花の形成におよぼす効果
2002 年年5月に鳥取大学農学部附属演習林に植栽されている 28 年生のスギに花芽形成を促進させるために環状剥皮
処理を行った。その後、2002 年5月に 2.5ppm ならびに 25ppm 濃度に希釈した Unic-p(スミセブン-p)ならびに TNE(プリモ
マックス)をヘリコプターを用いて 10a あたり 3.2Lづつ空中散布処理を行った。そして、こらかの処理を行ったスギ林に対し
てスギの雄花形成ならびに伸長成長について調査を行った。
イ)TNE 処理が環境におよぼす影響
TNE 処理が環境におよぼす影響調査として、木本植物ならびに草本植物それぞれ 28 種類に対する処理の効果につい
て検討を行った。この際、TNE を 2 濃度 100ppm に調整して 2002 年 5 月に水(v/v)に溶解し、手押し噴霧器を用いてスギ
当年生さし木苗に葉面散布を行った。そして、伸長成長の抑制ならびに葉の変色などの薬害等が生じないかを 2002 年 5
月から 9 月まで観察して評価を行った。
■ 研究成果
1. 花芽形成の抑制技術の検討
ア)スギ雄花形成抑制に最適な薬剤の検討
208
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-2 に薬剤処理によるスギ花芽形成抑制の効果を示す。植物ホルモンでは(+)-ABA が、植物ホルモン生合成阻害剤で
は Unico-p と TNE が、その他のものではマレイン酸ヒドラジド・コリン塩が雄花の形成抑制に著しく効果のみられることが明ら
かとなった。図-2 にこれまでのスギ花芽分化・形成抑制に効果のある薬剤の問題点と薬剤に必要な条件を示す。薬剤処理
を行う場合、安全でスギの花芽形成抑制効果の大きい薬剤の検討が必要である。そのためには、1)生物に対する毒性の
危険が少ない化合物、2)自然状態で分解が早く残留性が少ない化合物、3)スギ以外の植物に対する被害の少ない化合
物という条件を満たすことが必要と考えられる。これらのことから、図-3 に新規に示すようなプロヘキサジオン系化合物であ
るトリネキサパックエチル(TNE)をスギの雄花の分化・形成の抑制に使用する薬剤として選定した。
イ)TNE 処理の処理濃度の検討
図-4 に TNE 処理がスギさし木の雄花の着生数におよぼす効果を示す。0.05ppm 濃度では花芽形成を促進するが、
50ppm 以上の濃度でスギ雄花の形成は著しく抑制されることが明らかとなった。図-5 に TNE 処理がスギさし木の針葉の成
長量におよぼす効果を示す。さし木を行っているためにすすべての区において伸長成長量が少ない結果となった。しかし、
対照区と TNE 処理区のすべての区における針葉の成長はほぼ同様の値となった。このことから、5 月以降の TNE 処理はス
ギの伸長成長量に影響を与えないことが明らかとなった。
ウ)TNE 処理が GA3 の同定および内生植物ホルモンの動態におよぼす効果
図-6 に TNE 処理後における内生 GA3 含有量の動態を示す。無処理区では内生 GA3 は雄花の分化・形成時期の 6 月
に著しい含有量の増加がみられる。そして、その後は内生 GA3 の急激な減少がみられる。しかし、TNE を処理したものは、
雄花の分化・形成期にもかかわらず内生 GA3 含有量の急激な変化はみられなかった。
2. 実用技術を目的とした薬剤処理の効果および環境におよぼす影響の検討
ア)TNE および Unic-p の空中散布処理がスギの雄花の形成におよぼす効果
図-7 に Unic-p およびに TNE の空中散布処理がスギ 28年生木の花芽着花数におよぼす効果を示す。Unic-p 処理で
は 25ppm 濃度で急激に著しい雄花の形成抑制効果がみられた。TNE 処理では 2.5ppm 濃度より雄花の形成抑制効果が
みられ、25ppm 濃度で著しい抑制効果がみられた。これらのことから、Unico-p ならびに TNE のヘリコプターの空中散布処
理は十分な雄花の形成抑制効果のあることが明らかとなった。図-8 に Unic-p およびに TNE の空中散布処理がスギ 28年
生木の伸長生長量におよぼす効果を示す。Unico-p ならびに TNE 処理は無処理のものとほぼ同様の値を示した。これらの
ことから、5月以降に行う Unico-p ならびに TNE のヘリコプターの空中散布処理はスギの伸長成長に影響を与えないことが
明らかとなった。
イ)TNE 処理が環境におよぼす影響
表-3 に TNE 処理が植物におよぼす効果を示す。28 種の木本植物ならびに 28 種の草本植物には伸長成長の抑イネ科
以外の植物ではほとんど伸長成長の抑制はみられなかった。また、薬害等による葉の変色は全く認められなかった。このこ
とから、TNE 処理はイネ科以外の植物への影響は少ないことが明らかとなった。
■考 察
1. 花芽形成の抑制技術の検討
植物ホルモンでは(+)-ABA が、植物ホルモン生合成阻害剤では Unico-p と TNE が、その他のものではマレイン酸ヒドラ
ジド・コリン塩が著しく効果のみられることが明らかとなった。これらのことは、「スギ花粉症克服に向けた総合研究」の第 l 期
で明らかにした内容のスギの雄花の分化・形成は内生 GAs が主要な要因であることからも推察できる。また、1)生物に対
する毒性の危険が少ない化合物、2)自然状態で分解が早く残留性が少ない化合物、3)スギ以外の植物に対する被害の
少ない化合物という条件を満たすことが必要ある。これらのことは、安全で効果の大きい薬剤を選抜する上で環境問題等
209
スギ花粉症克服に向けた総合研究
への配慮から重要な条件と考えられる。以上のことからまものとこれらのことからプロヘキサジオン系化合物であるトリネキサ
パックエチル(TNE)は1)土壌における分解は1日足らずで半減期を迎えること、2)分解しにくいハロゲン元素を含まない、
3)スギ以外の植物の生育に影響が少ないこ、4)動物に対する毒性が低い、ことからスギの雄花形成抑制に用いる薬剤とし
て最適な化合物であると考えられる。
また、処理の効果は 50ppm という比較的に処理濃度が低くても雄花の形成抑制効果は著しく抑制される。さらに、5 月以
降の TNE 処理はスギの伸長成長量に影響を与えない。これらのことから、TNE は十分にスギの雄花の抑制に効果があるも
のと思われる。
さらに、無処理区では内生 GA3 は雄花の分化・形成時期の 6 月に著しい含有量の増加がみられる。そして、その後は内
生 GA3 の急激な減少がみられる。しかし、TNE を処理したものは、雄花の分化・形成期にもかかわらず内生 GA3 含有量の
急激な変化はみられなかった。このことから、TNE はこれまでの植物と同様[11]にスギにおいても3β水酸化酵素の活性を
阻害することで、内生 GA3 の生合成を阻害しているものと考えられる。
2. 実用技術を目的とした薬剤処理の効果および環境におよぼす影響の検討
Unic-p 処理では 25ppm 濃度で急激に著しい雄花の形成抑制効果がみられた。TNE 処理では 2.5ppm 濃度より雄花の
形成抑制効果がみられ、25ppm 濃度で著しい抑制効果がみられた。また、Unico-p ならびに TNE 処理の伸長成長は無処
理のものとほぼ同様の値を示した。これらのことはスギさし木の結果と同様の結果となった。
また、28 種の木本植物ならびに 28 種の草本植物には伸長成長の抑イネ科以外の植物ではほとんど伸長成長の抑制は
みられなかった。また、薬害等による葉の変色は全く認められなかった。
以上のことから Unico-p ならびに TNE のヘリコプターの空中散布処理は十分に実用的な技術として雄花の形成抑制に
利用できるものと考えられる。
■ 引用文献
1.
小沢準二郎:「スギ苗木の養成法」,(坂口勝美 監),スギのすべて, 96-102, 全林協,(1969)
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9.
橋詰隼人:エルノー(マレイン酸ヒドラジドコリン塩)によるスギ雄花の着花抑制, 第 104 回日本林学会大会講演論文
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11.
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Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol, 51,501-531, (2000)
210
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 成果の発表
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
脇川宏太,本間 環,山本福壽:「スギ花粉症克服を目的とした薬剤処理によるスギ花芽形成の抑制」,第 112 回
日本林学会大会学術講演集,648,(2001)
2.
川端 牧,本間 環,山本福壽:「ジベレリン処理ガスギ矮性突然変異体の成長におよぼす効果」, 第 112 回日
本林学会大会学術講演集,342,(2001)
3.
脇川宏太,本間 環,山本福壽:「プロヘキサジオン系ジベレリン生合成阻害剤処理がスギの成長に及ぼす効
果」,第 113 回日本林学会大会学術講演集,73,(2002)
4.
瀬下美和:「花粉症」,AERA,2003.1.20,72-73,(2003)
国外誌
1.
Hiroko Tani, Tamaki Honma, Yuzo Fujii, Koichi Yoneyama and Hiromitsu Nakajima:「A plant growth
retardant related to chlamydocin and its proposed mechanism of action, Phytochemstry」 ,62(7) , 1133-1140,
(2003)
口頭発表
招待講演
1.
本間 環:「薬剤処理によるスギ花芽形成・開花の制御」,岐阜大学,樹木生理懇話会,(2001.4.5)
2.
本間 環:「植物の成長調節を用いたスギ花粉症克服に向けたアプローチ」,近畿大学,植物生理学会第 43 回
シンポジウム,(2003.3.28)
応募・主催講演等
1.
本間 環:「スギ花粉症克服を目的とした森林管理」,岐阜大学,樹木生理懇話会,(2001.4. 5)
2.
本間 環:「樹木の形成層細胞の生理学的解析」,岩手大学,樹木生理懇話会,(2003.3. 30)
211
スギ花粉症克服に向けた総合研究
雄 花
ジベレリンA 3 (GA 3 )
針 葉
花芽分化・形成の促進
花芽分化・形成の抑制
ジベレリン生合成阻害剤処理
花芽形成
メバロン酸
エントカウレン
着花樹齢に 達し た ス ギ
カウレン酸化酵素の阻害
C
l
H
HO
カウレン酸
H
N
N
GA 12 -アルデヒド
N
ウニコナゾールー-p
GA 53
O
O
GAs生合成経路
OH
C
OC 2 H5 CO
GA 20 3β水酸化酵素の阻害
O
トリネキサパックエチル
GA 5
伸長成長の顕著な差異なし
GA 3 花芽分化・形成の抑制効果
図-1 薬剤処理によるスギの花芽分化・形成抑制機構
212
スギ花粉症克服に向けた総合研究
スギ花芽分化・形成抑制に
効果のある 薬剤
ウニコナゾール-p
構造に Cl を含むため残留性が高い。
マレイン酸ヒドラジド
・コリン塩
不飽和脂肪酸
問 題 点
スギの針葉を枯死させる(成長の抑制)。
発ガン性を有する可能性がある。
イネ科植物の葉が変色。
油脂のためべとつく。
安全でスギ花芽形成抑制効果
の大きい 薬剤の検討が必要
1)生物に対する毒性等の危険が少ない化合物
2)自然状態で分解が早く残留性が少ない化合物
3)スギ以外の植物に対する被害の少ない化合物
図-2 これまでのスギ花芽分化・形成抑制に効果のある薬剤の問題点と薬剤の選定に必要な条件
O
O
OH
C
OC 2 H5 CO
O
トリネキサパックエチル(TNE)
図-3 新規にスギ花芽分化・形成の抑制に用いた GAs 生合成阻害剤
213
列2
スギ花粉症克服に向けた総合研究
データ #1
列2
250
200
150
100
50
0
対照区
0.05ppm
0.5ppm
5ppm
50ppm
500ppm
列1
図-4 TNE 処理がスギさし木の雄花の着生数におよぼす効果
30
25
20
15
10
5
0
対照区
0.05ppm
0.5ppm
5ppm
50ppm
500ppm
図-5 TNE 処理がスギさし木の針葉の成長量におよぼす効果
100
無処理区
データ #1
TNE処理区
75
TNE処理
列1
無処理区
50
25
0
4月
5月
6月
7月
8月
図-6 TNE 処理後における内生 GA3 含有量の動態
214
9月
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2000
花芽着花数(房)
1500
1000
500
0
0
2.5
25
処理濃度(ppm)
Unic-P
TNE
列8
Unic-p
図-7 Unic-p および TNE の空中散布処理がスギ 28年生木の花芽着花数におよぼす効果
スギ林分への処理
伸長成長量(cm)
80
60
40
20
0
0
Unic-p
2.5
TNE
25
列9
図-8 Unic-p および TNE の空中散布処理がスギ 28年生木の伸長生長量におよぼす効果
215
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-1 スギさし木の処理に用いたウニコナゾール-p(Unic-p)ならびに
トリネキサパックエチル(TNE)の処理濃度
処理に用いた薬剤
処理濃度(ppm)
0
0.05
0.5
5
50
500
0
0.05
0.5
5
50
500
Unic-p
Unic-p
表-2 薬剤処理によるスギ花芽形成抑制の効果
植物ホルモン
オーキシン
ジベレリン GA3
GA4
アブシジン酸
サイトカイニン
エチレン
GAs 生合成阻害剤
ウニコナゾールーp(Unic-p)
AMO1618
トリネキサパックエチル(TNE)
その他
マレインサ酸ヒドラジド
-コリン塩
花芽形成
+/-
+
+
-
+/-
+/-
--
+/-
--
--
+:促進効果、+/-、:変化なし、-:抑制効果、--:著しい効果
216
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-3 TNE 処理が植物におよぼす効果
科目
木本植物
スギ
ヒノキ
種名
スギ
ヒノキ
サワラ
カイズカイブキ
マツ
アカマツ
クロマツ
ブナ
ウバメカシ
シラカシ
モクレン
コブシ
モクレン
ユキノシタ
アジサイ
バラ
バラ
ソメイヨシノ
ウメ
ツゲ
マメツゲ
カエデ
イロハモミジ
ウリハダカエデ
ツバキ
ツバキ
ミジキ
アオキ
ツツジ
ドウダンツツジ
オオムラサキ
カキノキ
カキ
モクセイ
キンモクセイ
クスノキ
クスノキ
タブノキ
キョウチクトウ キョウチクトウ
マメ
ニセアカシア
フジ
+: 症状有り、-: 症状無し
症状
科目
草本植物
イネ
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
アブラナ
ナス
キク
マメ
ラン
ユリ
スミレ
217
種名
症状
イネ
エノコログサ
スズメノカタビラ
ススキ
アブラナ
ハクサイ
キャベツ
ナス
キク
ヨモギ
ヒメジオン
ハルシオン
ヒマワリ
インゲン
ダイズ
アズキ
ソラマメ
アカマメ
カラスノエンドウ
エビネ
キンラン
シュンラン
シュスラン
シラン
チゴユリ
ハラン
スカシユリ
スミレ
+伸長
+伸長
+伸長
+伸長
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.6. 遺伝子工学によるアレルゲン生産量の抑制に関する研究
独立行政法人 森林総合研究所生物工学研究領域
篠原 健司、伊ヶ崎 知弘、二村 典宏、毛利 武
■要 約
スギ花粉の主要アレルゲン遺伝子(Cry j 1、Cry j 2)に加え、ビャクシンのアレルゲン遺伝子(Jun a 3)に相同性を示すス
ギの遺伝子(Cry j 3)を 6 種類単離した。このうち、Cry j 3.5 は花粉での発現レベルが高く、コードするタンパク質がアレルゲ
ン活性を保持する可能性が高い。また、アレルゲン生産量を抑制した遺伝子組換えスギの作出に必須な、安定で効率の
良い不定胚経由の個体再生技術や遺伝子導入技術を開発した。アレルゲンフリー組換えスギの作出に取り組み、選抜薬
剤存在下で増殖する不定胚形成細胞を得た。今後、アレルゲンフリーの組換えスギを作出する予定である。
■目 的
スギ花粉症は日本 の大きな社会問題 の一つである。医学や薬学の分野ではスギ花粉症の予防や治療に関する
研究が推進されているが、森林 科学 の分 野では次世代林の育成など多くの難題が残されている。スギ次世代林 の
育 成 にはこれまでのスギの持 つ有 用 形 質 をそのまま活かし、アレルゲン生産 や雄花形成のみが抑制 された系 統 が
必要となる。しかし、林木 は永年性 であり、生殖活動を開始するまでの期間が極めて長いため、従来の交雑育種で
は人 間 の望 む新 たな品 種 を作 出 することが非 常 に困 難 である。そこで、スギの新 品 種 の開 発 には望 ましい形 質 を
保 持 させたまま、単 一 の形 質 のみを選 択 的 に改 変 できる遺 伝子組 換え技 術 が必要 である。これまで、針葉樹 の遺
伝子組換えの成功例として虫害抵抗性トウヒの作出[1]が知られているが、国産樹種での成功例は全くない。また、
ブタクサ[2]やイネ[3]では遺伝子組換えによりアレルゲン含量の抑制に成功した報告例がある。
遺 伝 子 組 換 えによる形 質 の改 良 には、目 的 の形 質 を支配 する遺 伝 子 、効 率 の良 い遺 伝 子 導 入 技 術 や個 体 再
生 技 術 が必 要 である。本 研 究 では効 率 の良 い不 定 胚 を経 由 した個 体 再 生 技 術 を開 発 し、ルシフェラーゼ遺 伝 子
をレポーターとしてスギ形 質 転 換 体 の作 出 技 術 を確 立 する。そして、単 離 したアレルゲン遺 伝 子 を利 用 して、遺 伝
子工学によるアレルゲン生産量の少ない組換えスギの作出に挑戦することを目的とする。
■ 研究方法
1. 新たなアレルゲン遺伝子の単離とそれら遺伝子の発現特性の解明
スギ花粉由来の cDNA ライブラリーを作製し、主要アレルゲン遺伝子(Cry j 1, Cry j 2)の塩基配列情報[4, 5]に基づき、
新たなアレルゲン遺伝子の単離を進めた。また、ビャクシンのアレルゲン遺伝子(Jun a 3) [6]に相同性を示す遺伝子(Cry j
3)を単離した[7]。単離した遺伝子をプローブとして、ゲノム内の遺伝子の配置特性、遺伝子発現の器官特異性、裸子植
物内での遺伝子配列の類似性、個体間の発現レベルの差異について解析した。
2. 効率の良い不定胚を経由した個体再生技術の開発
スギの不定胚分化能を持つカルス(embryogenic callus)を誘導するため、前年の夏季にジベレリン処理[8]により発達さ
せた球果から未成熟種子胚を摘出し、カルス誘導培地に置床した。また、誘導されたカルスを液体培地に移し、不定胚形
成細胞を増殖させた。増殖した不定胚形成細胞からの不定胚の誘導条件や不定胚の発芽条件を検討した。また、細 胞
増殖因子ファイトスルフォカイン[9](図1)の不定胚誘導効率に及ぼす影響について調べた。
218
スギ花粉症克服に向けた総合研究
図 -1 ファイトスルフォカインの構造
3. 不定胚形成細胞への外来遺伝子導入技術の開発
バイナリーベクター(pBI221, Clonetech)のβ-グルクロニダーゼ遺伝子をホタルのルシフェラーゼ遺伝子に置換し、パー
ティクルガン(PDS-1000/He, Bio-Rad)を用い、増殖させた不定胚形成細胞へ導入した(図2)。ルシフェラーゼ遺伝子の発
現は、発光画像解析装置(Argus-50, 浜松フォトニクス)で解析した[10]。
図 -2 不 定胚 形成 細 胞 への遺伝子 導 入
4. アレルゲンフリーの組換えスギ作出への試み
アレルゲン遺伝子(Cry j 1, Cry j 2)をバイナリーベクターにセンス方向及びアンチセンス方向へ組込み(図3)、パーティ
クルガン法やアグロバクテリウム法により、不定胚形成細胞へ遺伝子を導入した。選抜薬剤(カナマイシン、ハイグロマイシ
ン)存在下で増殖する不定胚形成細胞の増殖を調べた。
図 -3 アンチセンス方向に組込んだアレルゲン遺伝子
219
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究成果
1. 新たなアレルゲン遺伝子の単離とそれら遺伝子の発現特性の解明
アレルゲン遺伝子のうち、Cry j 1 では 2 種類、Cry j 2 では 3 種類の新たな塩基配列を持つ遺伝子を単離した。Cry j 1
と Cry j 2 はそれぞれゲノムあたり 2 コピーと1コピー存在した。また、感染特異的タンパク質(pathogenesis-related
protein, PR-5)をコードする新規アレルゲン遺伝子と想定される Cry j 3 を 6 種類(Cry j 3.1~Cry j 3.6)単離した。塩基配
列から推定されるアミノ酸配列は Jun a 3[6]のものと約 42%~57%一致した。Cry j 3.1~Cry j 3.4 はゲノム内で多重遺伝
子族を構成し、Cry j 3.5 と Cry j 3.6 はゲノムあたり1コピーか少ないコピー存在した。各遺伝子の発現の器官特異性を調
べると、Cry j 1 と Cry j 2 は成熟花粉での発現量が多かった(図4)。 Cry j 3.1~Cry j 3.4 は雌花、成熟した雄花及び
根での発現量が多く、Cry j 3.6 は成熟した雄花で高い発現が認められた。一方、Cry j 3.5 だけは花粉と発達中の雄花で
の発現量が多かった。したがって、花粉での発現レベルの最も高い Cry j 3.5 がコードするタンパク質はアレルゲン活性を
保持する可能性が高い。単離したアレルゲン遺伝子の配列はスギ科やヒノキ科内の樹種では良く保存されており、マツ科
のものとはかなり異なることも明らかにした。さらに、花粉での Cry j 1 と Cry j 2 の発現レベルが個体間でどの程度異 な
るか調べたところ、10 倍以上の差異が認められた。この結果は、スギ林の中でもアレルゲン遺伝子の発現量の低い、
つまりアレルゲン含量の低い個体を選抜できる可能性を示すものである。
図 -4 アレルゲン遺 伝 子 の発 現の器 官 特 異性
2. 効率の良い不定胚を経由した個体再生技術の開発
不定胚を経由した個体再生技術を確立させるため、不定胚分化能を持つ embryogenic カルスを誘導させた(図5)。数
多くの誘導培地を検討したが、最も効果的であったのは改変 MS 培地[11]であった。このカルスの誘導効率に及ぼす至適
220
スギ花粉症克服に向けた総合研究
の植物ホルモン濃度(ベンジルアデニンと 2,4-ジクロロフェノキシ酢酸の組合せ)も決定した。この誘導効率は球果を採集し
た時期や母樹ごとで異なり、出発材料となる未成熟種子胚の発達段階の差に依存すると考えられる。embryogenic カルス
を約 4 週間培養し、同一の条件下で液体培地に移したところ、効率良く不定胚形成細胞が増殖した。不定胚形成細胞をメ
ッシュを用い回収し、ポリエチレングリコール、アブシジン酸や活性炭を含む改変 EMM 固形培地[12]で約 4 週間培養する
と、不定胚が誘導した。不定胚誘導には改変 EMM 培地[12]が最も効果的であり、細胞密度や培養温度の至適条件も決
定した。誘導した不定胚をジベレリンを含む改変 EMM 固形培地[12]へ移植すると、約6割が発芽した。発芽した個体をジ
ベレリンを含まない改変 EMM 固形培地[12]に移植すると、通常の形態を示す幼植物体へ成長した。また、不定胚誘導培
地に細胞増殖因子ファイトスルフォカイン[9]を添加すると、不定胚形成の効率が顕著に上昇することを発見した。安定で
効率の良い個体再生系は組換えスギの作出に必須のシステムである。
図 -5 不 定胚 誘導 と個 体再 生
A:Embryogenic カルス B:成熟した不定胚 C:発芽直後の再生個体 D:幼植物体
3. 不定胚形成細胞への外来遺伝子導入技術の開発
不定胚形成細胞へのルシフェラーゼ遺伝子の導入は、1.6μm の金粒子を用いた場合に効率良く達成できた(図6)。図
中の白い点はルシフェラーゼの発光を示しており、ルシフェラーゼ遺伝子を発現する不定胚形成細胞起源のものである。
遺伝子導入における至適な細胞密度を決定し、効率の良い遺伝子導入技術を開発した。
図 -6 不 定胚 形成 細 胞 へ導入 したルシフェラーゼ遺 伝 子 の発現
4. アレルゲンフリーの組換えスギ作出の試み
アレルゲン遺伝子(Cry j 1, Cry j 2)をアンチセンス方向に組込んだバイナリーベクターを用い、パーティクルガン法やア
グロバクテリウム法により、アレルゲンフリーの組換えスギの作出を試みた。その結果、選抜薬剤存在下で増殖する不定胚
形成細胞を得た。今後、不定胚形成、不定胚の発芽を経て、目的の組換えスギを作出する予定である。
221
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■考 察
遺伝子組換え技術は、もとの植物の望ましい形質を全て保持させたまま、目的とする単一の形質のみを選択的に改変す
る手段である。この技術を利用すれば、従来の交雑育種では不可能な他の生物種由来の遺伝形質をも導入することがで
き、人間が望む有用な新品種を正確にかつ容易に短期間で作出することが可能である。樹木は永年性であり、生殖活動を
開始するまでの期間が極めて長い。そのため、樹木でも遺伝子組換えによる新品種の開発が期待されている[13]。
我々は、アグロバクテリウム法を用い、セイヨウハコヤナギ[14]、シラカンバ[15]やニセアカシア[16]等の組換え広葉樹
の作出技術を確立してきた。最近では、形態形成を支配するホメオボックス遺伝子を過剰発現し、セイヨウハコヤナギの形
態形成を制御することにも成功している[17]。また、早期の花芽形成の誘導[18]や低リグニン含量の誘導[19]なども可能
である。組換え樹木の作出技術が確立されると、遺伝形質の改良だけでなく、未知の遺伝子やプロモーターの機能解析に
も利用することができる。これまでに、遺伝子操作による形質の改良は広葉樹を中心に進められてきた[13]。しかし、針葉
樹での成功例は虫害耐性をトウヒへ付与した一例しかない[1]。
遺伝子組換えには、目的の形質を支配する遺伝子、安定な遺伝子導入技術、遺伝子導入した後の効率の良い個体再
生技術が必要である。スギ花粉症対策のため利用可能な遺伝子としては、ジベレリンの生合成系酵素遺伝子[20]、花芽
分化を支配する遺伝子[21]、雄花の形態形成を支配する遺伝子[22]、アレルゲン遺伝子[4, 5, 6]が考えられる。本研究
では、アレルゲン遺伝子を単離し、それら遺伝子の発現特性を解析した。また、新規アレルゲン遺伝子の候補として、花粉
で発現レベルの高い Cry j 3.5 を単離した。現在、この遺伝子の組換えタンパク質を作製し、アレルゲン活性を保持するの
か解析している。さらに、アレルゲン生産量を抑制した遺伝子組換えスギの作出に必須な、安定で効率の良い不定胚経由
の個体再生技術や遺伝子導入技術を開発した。そして、アレルゲンフリー組換えスギの作出に取り組み、選抜薬剤存在下
で増殖する不定胚形成細胞を得た。今後、不定胚形成、不定胚の発芽を経て、アレルゲンフリーの組換えスギを作出する
予定である。目標としていたアレルゲンフリーの組換えスギの作出に至らなかった理由は、効率の良い不定胚を経由した個
体再生技術の開発が最難関であったためである。しかし、不定胚誘導培地に細胞増殖因子ファイトスルフォカイン[9]を添
加すると、不定胚形成の効率が顕著に上昇することを発見した。安定で効率の良い個体再生系は組換えスギの作出に必
須のシステムである。このように効率の良い個体再生技術が開発され、遺伝子工学によるアレルゲンや雄花の生産量の抑
制が可能となった。
我々がスギの遺伝子組換えを開始した頃には、利用できるスギの遺伝子情報も限定されていた。しかし、植物ゲノム研
究の進展により利用可能な有用遺伝子の情報も増加している。本研究の推進により、効率の良い不定胚を経由した個体
再生技術が確立でき、スギ花粉対策だけでなく、遺伝子組換えによるスギ改良の道も開けたと言える。
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5.
Namba M, Kurose M, Torigoe K, Hino K, Taniguchi Y, Fukuda S, Usui M, Kurimoto M: Molecular cloning of the
second major allergen, Cry j II, from Japanese cedar pollen. FEBS Lett. 353: 124-128, (1994)
6.
Midro-Horiuchi T, Goldblum RM, Kurosky A, Wood TG, Brooks EG: Variable expression of pathogenesis-related
protein allergen in mountain cedar (Juniperus ashei) pollen. J. Immunol. 164: 2188-2192, (2000)
7.
Futamura N, Mukai Y, Sakaguchi M, Yasueda H, Inouye S, Midoro-Horiuti T, Goldblum RM, Shinohara K: Isolation
222
スギ花粉症克服に向けた総合研究
and characterization of cDNAs that encode homologs of a pathogenesis-related protein allergen from Cryptomeria
japonica. Biosci. Biotechnol. Biochem. 66: 2495-2500 (2002)
8.
Nagao A, Sasaki S, Pharis RP: Cryptomeria japonica. In CRC handbook of flowering. Vol. VI. Halevy, A.H.(ed.), p.
247-269, CRC Press, Boca Raton, FL, (1989)
9.
Matsubayashi Y, Sakagami Y: Pytosulfokine, sulfated peptides that induce the proliferation of single mesophyll cells
of Asparagus officinalis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93: 7623-7627, (1996)
10. Mohri T, Igasaki T, Sato T, Shinohara K: Expression of genes for β-glucuronidase and luciferase in three species of
Japanese conifer after transfer of DNA by microprojectile bombardment. Plant Biotechnology 17: 49-54 (2000)
11. Becwar MR, Nagmani R, Wann SR: Initiation of embryogenic cultures and somatic embryo development in loblolly
pine (Pinus taeda). Can. J. For. Res. 20: 810-817, (1990)
12. Smith DR: US patent 5,565,355 (1996)
13. 篠原健司・伊ヶ崎知弘・毛利 武:林木の遺伝子操作:21 世紀に向けた展望。林業技術 706: 13-18 (2001)
14. Mohri T, Yamamoto N, Shinohara K: Agrobacterium-mediated transformation of lombardy poplar (Populus nigra L.
var. italica Koehne) using stem segemnts. J. For. Res.1: 13-16, (1996)
15. Mohri T, Mukai Y, Shinohara K: Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation of Japanese white birch
(Betula platyphylla var. japonica). Plant Science 127: 53-60, (1997)
16. Igasaki T, Mohri T, Ichikawa H, Shinohara K: Agrobacterium-mediated transformation of Robinia psudoacacia.
Plant Cell Rep. 19: 448-453,(2000)
17. Mohri T, Igasaki T, Futamura N, Shinohara K: Morphological changes in transgenic poplar induced by expression of
the rice homeobox gene OSH1. Plant Cell Rep. 18: 816-819, (1999)
18. Weigel D, Nilsson O: A development switch sufficient for flower initiation in diverse plants. Nature 377: 495-500,
(1995)
19. Hu W-J, Harding SA, Lung J, Popko JL, Ralph J, Stokke DD, Tsai C-J, Chiang VL: Repression of lignin
biosynthesis promotes cellulose accumulation and growth in transgenic trees. Nature Biotech. 17: 808-812, (1999)
20. Hedden P, Kamiya Y: Gibberellin biosysnthesis : enzymes, genes and their regulation. Annu. Rev. Plant Physiol.
Plant Mol. Biol. 48: 431-460, (1997)
21. Yanofsky MF: Floral meristems to floral organs : genes controlling early events in Arabidopsis flower development.
Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Bio. 46: 167-188, (1996)
22. Fukui M, Futamura N, Mukai Y, Wang Y, Nagao A, Shinohara K: Ancestral MADS box genes in sugi, Cryptomeria
japonica D. Don (Taxodiaceae), homologous to the B function genes in angiosperms. Plant Cell Physiol. 42: 566-75
(2001)
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
Futamura N, Mori H, Kouchi H, Shinohara K: Male flower-specific expression of genes for polygalacturonase,
pectin methylesterase and β-1,3-glucanase in a dioecious willow (Salix gilgiana Seemen). Plant Cell Physiol.
41:16-26 (2000)
2.
Mohri T, Igasaki T, Sato T, Shinohara K: Expression of genes for β-glucuronidase and luciferase in three
species of Japanese conifer after transfer of DNA by microprojectile bombardment. Plant Biotechnology 17:
49-54 (2000)
3.
Futamura N, Kouchi H, Shinohara K: Sites of expression of DnaJ homologs and Hsp70 in male and female
223
スギ花粉症克服に向けた総合研究
flowers of the Japanese willow Salix gilgiana Seemen. Biosci. Biotechnol. Biochem. 64: 2230-2234 (2000)
4.
Fukui M, Futamura N, Mukai Y, Wang Y, Nagao A, Shinohara K: Ancestral MADS box genes in sugi,
Cryptomeria japonica D. Don (Taxodiaceae), homologous to the B function genes in angiosperms. Plant Cell
Physiol. 42: 566-75 (2001)
5.
Muramatsu S, Kojima K, Igasaki T, Azumi Y, Shinohara K: Inhibition of the light-independent synthesis of
chlorophyll in pine cotyledons at low temperature. Plant Cell Physiol 42: 868-872 (2001)
6.
Futamura N, Mukai Y, Sakaguchi M, Yasueda H, Inouye S, Midoro-Horiuti T, Goldblum RM, Shinohara K:
Isolation and characterization of cDNAs that encode homologs of a pathogenesis-related protein allergen
from Cryptomeria japonica. Biosci. Biotechnol. Biochem. 66: 2495-2500 (2002)
7.
Igasaki T, Ishida Y, Mohri T, Ichikawa H, Shinohara K: Transformation of Populus alba and direct selection of
transformants with the herbicide bialaphos. Bulletin of the Forestry and Forest Products Research Insititute
1: 237-241 (2002)
8.
Mohri T, Igasaki T, Shinohara K: Agrobacterium-mediated transformation of paulownia (Paulownia fortunei).
Plant Biotechnology 20: 87-91 (2003)
9.
Igasaki T, Akashi N, Matsubayashi Y, Sakagami Y, Shinohara K: Phytosulfokine increases the frequency of
somatic embryogenesis of Cryptomeria japonica D. Don. (submitted)
国外誌
1.
Igasaki T, Mohri T, Ichikawa H, Shinohara K : Agrobacterium-mediated transformation of Robinia
pseudoacacia. pseudoacacia. Plant Cell Rep. 19: 448-453 (2000)
2.
Futamura N, Kouchi H, Shinohara K: A gene for pectate lyase expressed in elongating and differentiating
tissues of a Japanese willow (Salix gilgiana). J. Plant Physiol. 159: 1123-1130
3.
Han Q, Shinohara K, Kakubari Y, Mukai Y:Photoprotective role of rhodoxanthin during cold acclimation in
Cryptomeria japonica. Plant Cell Environ. 26: 715-723 (2003)
4.
Igasaki T, Sato T, Akashi N, Mohri T, Maruyama E, Kinoshita I, Walter C, Shinohara K: Somatic
embryogenesis and plant regeneration from immature zygotic embryos of Cryptomeria japonica D. Don. Plant
Cell Rep. (submitted)
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌
1.
Mohri T, Shinohara K: Genetic transformation of Japanese white birch by Agrobacterium tumefaciens. In Tree
Sap II. (ed. M Terazawa) Hokkaido University Press, 105-110 (2000)
2.
篠原健司・伊ヶ崎知弘・毛利 武・丸山エミリオ・佐藤 亨:樹木分子生物学への組織培養技術の応用。林木の
育種 196: 27-28 (2000)
3.
篠原健司・伊ヶ崎知弘:遺伝子操作によるスギのアレルゲン生産量の抑制に向けて。バイオインダストリー 17:
5-11 (2000)
4.
篠原健司:スギ花粉症克服に向けて。遺伝子操作によるスギのアレルゲン生産量の抑制の可能性。技術予測
レポート, 21 世紀に期待される技術-その将来展望、バイオテクノロジー編、p. 207-215 日本ビジネスレポー
ト株式会社 (2000)
5.
伊ヶ崎知弘・篠原健司:林木の遺伝子操作:環境問題への新たな取り組み。APAST 37: 5-9 (2000)
6.
篠原健司・伊ヶ崎知弘・毛利 武:林木の遺伝子操作:21 世紀に向けた展望。林業技術 706: 13-18 (2001)
7.
篠原健司・伊ヶ崎知弘・長尾精文・清野嘉之:スギの花粉発生源の抑制技術。アレルギーの臨床 21: 215-219
(2001)
224
スギ花粉症克服に向けた総合研究
8.
篠原健司・伊ヶ崎知弘・毛利 武・丸山エミリオ・佐藤 亨:樹木分子生物学への組織培養技術の応用。「明日
の組織培養」(斎藤 明編) p. 181-196 林木育種協会 (2001)
9.
遠藤朝彦 ・阪 口雅弘・ 清野 嘉之・村 山貢司・篠原健司: スギ花粉症の軽減方策 を探 る。技術座談 会。
TechnoInnovation 44: 8-20 (2001)
10.
伊ヶ崎知弘・篠原健司:樹木の遺伝子組換え技術―スギのアレルゲン生産量の抑制に向けて―。技術論文。
TechnoInnovation 44: 31-35 (2001)
11.
清野嘉之・長尾精文・篠原健司:林学からみたスギ花粉症問題。医学のあゆみ 200: 447-451 (2002)
12.
二村典宏:性の決定―動物と植物、樹木の研究の展開―。林木の育種 204: 25-30 (2002)
13.
篠原健司・伊ヶ崎知弘・長尾精文・清野嘉之:スギ花粉生産量の抑制。内科 91: 318-321 (2003)
国外誌
1.
Mukai Y, Han Q, Muramatsu S., Katoh M., Kakubari Y, Shinohara K : Photoprotective functions of the
rhodoxanthin accumulated in sun-exposed needles of Cryptomeria japonica in the winter. PS2001
Proceedings.
2.
S3-056: 1-4, CSIRO PUBLISHING (2001)
Shinohara K, Muramatsu S, Kojima K, Igasaki T, Azumi Y: Expression of genes for chloroplast proteins in
pine yellow cotyledons grown at low temperature. PS2001 Proceedings. S4-012: 1-4, CSIRO PUBLISHING
(2001)
口頭発表
招待講演
1.
Shinohara K, Fukui M, Futamura N, Igasaki T, Mohri T, Maruyama E, Sato T, Nagao A, Mukai Y: From tree
physiology to plant molecular biology: applications to policies against sugi pollinosis. Plant Cell Physiol.
Supplement 41: s5, 2000.3.27
2.
篠原健司:樹木の遺伝子操作:スギのアレルゲン生産量の抑制の可能性。樹木生理懇話会、2001.4.3
3.
伊ヶ崎知弘:樹木の生物工学的研究の現状と展望。Plant Science Center Seminar (理研), 2001.12
4.
篠原健司:樹木の環境適応機構解明のための分子生物学的アプローチ。北大農学部セミナー, 2002.1
5.
篠原健司:スギ花粉症克服のための遺伝子組換え技術。森林総研北海道支所セミナー, 2002.1
6.
伊ヶ崎知弘:樹木生理における分子生物学的手法を用いたアプローチ. 樹木生理懇話会, 2002.4
7.
篠原健司:アレルゲン生産量を抑制した樹種の開発。「スギ花粉症克服に向けた総合研究」公開シンポジウム,
2003.3.5
応募・主催講演等
1.
伊ヶ崎知弘・佐藤 亨・丸山エミリオ・毛利 武・篠原健司:不定胚を経由したスギの個体再生技術の開発。第
111 回日林講要, p.427, 2000.4.2
2.
Futamura N, Shinohara K: Male flower-specific expression of genes for polygalacturonase, pectin
metylesterase and β-1, 3-glucanase in a dioecious willow. 6th International Congress of Plant Molecular
Biology, Abstract No.S26-8, Quebec, Canada, 2000.7
3.
伊ヶ崎知弘・毛利武・篠原健司:林木に応用可能なバイナリーベクターの開発。第 112 回日林講要、p. 487,
2001.4.2
4.
毛利武・伊ヶ崎知弘・篠原健司(2001)針葉樹における形質転換体作出のための諸条件の検討。第 112 回日林
講要、p. 488, 2001.4.2
5.
Igasaki T., Nagao N., Kajita S., Nishikubo N., Honma T., Yamamoto F., Shinohara K.: Gibberellin A3 has a
positive effect on the growth of lombardy poplar. 17th International Conference on Plant Growth Substances,
225
スギ花粉症克服に向けた総合研究
Abst. p170, Brno, Czech, 2001.7
6.
Mukai Y., Han Q., Muramatsu S., Katoh M., Shinohara K., Kakubari Y.: Photoprotective functions of the
rhodoxanthin accumulated in sun-exposed needles of Cryptomeria japonica in the winter. 12th International
Congress on Photosynthesis, Abst. S3-056, Australia, 2001.8
7.
Shinohara K., Muramatsu S., Kojima K., Igasaki T., Azumi Y.: Expression of genes for chloroplast proteins in
pine yellow cotyledons grown at low temperature. 12th International Congress on Photosynthesis, Abst.
S4-012, Australia, 2001.8
8.
伊ヶ崎知弘・佐藤 亨・毛利 武・篠原健司:スギ未熟種子胚からの不定胚誘導。日本植物学会第 65 回大会研
究発表記録 p.134, 2001.9
9.
二村典宏・向井 譲・篠原健司:スギのアレルゲン遺伝子の構造と発現特性。日本植物生理学 2002 年度年会
講演要旨集, p.87, 2002.3.28
10.
二村典宏・長尾精文・篠原健司:日長変化によるカワヤナギの休眠誘導。第 113 回日林講要, p.298, 2002.4.2
11.
伊ヶ崎知弘・長尾精文・梶田真也・本間環・篠原健司:ジベレリン処理によるセイヨウハコヤナギの成長過程.
第 113 回日林講要, p.308, 2002.4.2
12.
毛利 武・伊ヶ崎知弘・篠原健司(2003)アグロバクテリウムによるキリ形質転換体作出における諸条件の検討。
第 113 回日林講要, p.309, 2002.4.2
13.
伊ヶ崎知弘・松林嘉克・坂神洋次・篠原健司:ファイトスルフォカインによるスギ不定胚形成の促進。日本植物
生理学会 2003 年度年会講演要旨集, p.160, 2003.3.27
14.
楠城時彦・篠崎一雄・篠原健司:樹木の環境ストレス応答にかかわる遺伝子群の網羅的解析手法. 第 114 回
日林講要, p.358, 2002.3.29
15.
毛利 武・伊ヶ崎知弘・西口 満・篠原健司:ハコヤナギ属(Populus)遺伝子組換え技術の改良。第 114 回日本
林講要, p.359, 2003.3.29
16.
二村典宏・篠原健司:感染特異的タンパク質アレルゲンに相同性のあるスギ cDNA の単離と発現特性の解析。
第 114 回日林講要, p.360, 2002.3.29
17.
伊ヶ崎知弘・毛利 武・篠原健司:不定胚を経由したスギ個体再生系の確立. 第 114 回日林講要, p.361,
2003.3.29
226
スギ花粉症克服に向けた総合研究
3. スギ花粉暴露回避に関する研究
3.7. 森林管理による花粉生産制御に関する研究
独立行政法人 森林総合研究所 森林植生研究領域
清野 嘉之
■要 約
間伐、枝打ちを花粉抑制目的に行ったときの効果を調べた。通常強度の間伐は有効であるが、数年に一度しか実行で
きないので、年平均の抑制効果は 2%ほどである。より強い間伐は多くの雄花を除去するが、2 年目以降にそれ以上の雄
花が着くので、トータルでは逆効果になる恐れがある。枝打ちで効果を上げるには樹冠上部の枝まで落とす必要があるが、
そのような枝打ちは幹の成長を抑制し、材の変色による材質劣化、枯死をまねく。枝打ちは補助的な抑制手段と見るべき
である。樹種転換は永続的効果を期待できる最も確実な方法である。同じ面積を樹種転換するなら、小さい転換地をたくさ
んつくるより、大きな転換地を少数つくる方が効果は大きい。
■目 的
花粉症によって日本で発生する社会的費用は年間約 2,860 億円に達する(川口,2000)という。ディーゼル車が排出す
る微粒子(DPE)など大気汚染物質の関与も注目されているが、強いアレルギー反応を起こす物質(アレルゲン)を含むス
ギ・ヒノキ花粉の大気中の飛散量が増加したことが、スギ花粉症患者の増加の一因といわれている。この空中花粉量の増
加には花粉を生産するスギ、ヒノキの植林地面積の拡大(家原,2000)が関係している。また、温暖化傾向(気象庁,1999)
の影響による着花量の増加も心配されている(村山,2002)。発症予防や症状軽減の医療とともに、現存する森林における
スギ・ヒノキ花粉の生産を抑制する適切な管理が望まれている。
スギはスギ科スギ属の常緑高木で、自生地には不明な点が多いが古くからの造林樹種で、日本の全ての都道府県に植
林地がある。ヒノキはヒノキ科ヒノキ属の常緑高木で福島県以南、屋久島までの温帯に自生する。乾燥に強く、材価が高い
のでスギについで広く植栽されている。いずれの樹種も夏に花芽が分化し、翌春に花が咲く。風媒花で花粉は風に運ばれ
やすい。スギ、ヒノキそれぞれに 2 つの主要なアレルゲン(スギは Cry j 1、Cry j 2、ヒノキは Cha o 1、Cha o 2)が見いだされ
ており、スギ花粉にアレルギー反応を起こす人の多くはヒノキ花粉に対しても感受性がある(井出,2000)。スギ、ヒノキの開
花樹齢は一般には 20 年以上といわれているが、スギはしばしば幼齢時から花をつける。スギ林の面積が急増したのは
1950 年代以降のことで、戦後の木材需要に備え、天然広葉樹林や採草地などから針葉樹用材林への転換が国策で進め
られた(1964 年林業基本法)。緑の羽根募金や全国植樹祭など緑化運動の支えもあった。現在のスギ林は日本の森林面
積(約 2,500 万 ha)の 19%、ヒノキ林は同じく約 10%を占めている。
林野庁はこのスギ林に対する花粉生産抑制の方策ともなる間伐や枝打ちを推進している(林野庁,2001a;b)。また、雄
花の着生量の多い個体に留意した間伐にも取り組んでいる(読売新聞 2001 年 9 月 21 日夕刊)。しかし、スギ林の環境や
スギの遺伝的特性(勝田,2001)は多様であり、野外においてスギの雄花生産に及ぼす間伐や枝打ちの効果を把握するこ
とは容易ではない。
そこで間伐と枝打ちの効果について、モデルによる予測(清野,2000; 2002)と現地試験による検証を行った。また、スギ
林、ヒノキ林を伐採し、アレルゲン量の少ない品種やほかの樹種の林に替える樹種転換は、花粉抑制対策として本格的に
は行われていないが、永続的な花粉抑制効果が期待できる最も確実な方法であることから、その効果的な方法をモデルで
検討するとともに、費用の見積もりを行った。
227
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 研究方法
1. クローンによる雄花生産の違い
雄花生産の年次変化をクローンのレベルで明らかにするため、多数のスギクローンが列植えされた森林総合研究所関
西支所(京都市)構内の 33 年生(1998 年)林分(上層木の平均胸高直径 18cm、平均樹高 14.2m、平均樹冠長 5.9m、樹冠
長に占める陰樹冠長の割合 43%)で 20 クローンを選び、各クローン林縁木を含む 2 個体について 1998 年 1 月と 12 月、
1999 年 11 月、2000 年 11 月、2001 年 11 月、2002 年 12 月に林野庁花粉動態調査事業(林野庁,2000)の基準に準じて
雄花着生状況を調べた。雄花着生状況はA~Dのランクに判別した。Aは日当たりの良い一次枝(幹から直接派生する枝。
ただし、後生枝は除く)の全てに雄花が密に着生するもの、Bは日当たりの良い一次枝の全てに雄花が着生するが密では
ないもの、Cは日当たりの良い一次枝の一部に雄花が着生するもの、Dは雄花が認められないものである。
2. 枝打ちによる雄花除去、枝打ち後の雄花着生
枝打ちの雄花除去効果を把握するため、埼玉県旧赤沼町の 13 年生スギ林 3 林分(成立本数密度 2,861、5,004、8,092
本/ha)で得た、高さ 1m の階層ごとの枝数、枝当たりの当年葉、葉量のデータ(清野ら,未発表)に、枝当たりの当年葉重と
雄花重の関係式(清野,2000)を当てはめ、着生可能な雄花重と当年葉量の垂直分布を求め、枝打ち強度と除去される雄
花量、葉量の関係を推定した。また、枝打ちで除去される葉量の割合と枝打ち後の幹成長量との関係について文献データ
を集めた。
枝打ち後の雄花着生状況を調べるため、関西支所構内 33 年生林分(前記)の 3 クローン(リョウワ、ボカリョウワ、エンドウ
スギ)について、それぞれ 1 個体を 1998 年 6 月に枝打ちし、2 個体の無処理木と合わせて、雄花着生状況を 1998 年 12
月と 1999 年 11 月、2000 年 11 月、2001 年 11 月、2002 年 12 月に調べた。各クローン個体の枝打ちによる樹冠長除去率
はリョウワが 68%、ボカリョウワが 51%、エンドウスギが 47%で、およそ 7~8 割の葉量が一度の枝打ちで除去されている。こ
の枝打ちの強度は、無節材生産のための通常の枝打ちに比べて著しく強い。
3. 樹冠疎開と雄花生産
樹冠疎開が雄花生産に及ぼす影響の年次変化を明らかにするため、関西支所構内の 16 年生スギ林で一部を 1998 年 6
月に皆伐し、林縁木となった 22 個体、林内木 77 個体について立木位置、胸高直径、樹高、枝下高、陽樹冠高、雄花着生
状況を 12 月に調べ(清野,2000)、以降、雄花着生状況等を 1999 年 11 月、2000 年 11 月、2001 年 11 月、2002 年 12 月
に調べた。
4. 間伐と雄花生産
間伐が雄花生産に及ぼす影響を明らかにするため、2000 年 9~11 月に間伐試験地を茨城県笠間市(茨城森林管理署
224 林班と小班)、京都府宇治市(京都大阪森林管理事務所 30 林班は小班)、熊本県玉東町(熊本森林管理署 155 林班
い 1 小班)の 26~29 年生スギ林(表 1)に設定した。茨城では超強度間伐(本数間伐率 69%、以下同じ)、強度間伐(52%)、
通常間伐(13%)、無間伐(0%)の 4 つの処理区を設けた。京都でも同様の 4 処理区(68、50、26、0%)を設けた。熊本では
間伐は強度間伐(39%)と無間伐(0%)の 2 処理区とした。茨城の林は実生苗の植栽林である。京都の林は挿し木苗の植
栽林で、品種は分からないが針葉形態の異なる複数の系統が混生している。熊本の林も挿し木林(品種不明)である。
間伐前に処理区内の個体について胸高直径を直径巻尺で毎木調査した。間伐は下層間伐とし、処理区ごとに胸高直
径の頻度分布にあわせ、また、立木位置が片寄らないように間伐木を選び、2000 年 11 月~2001 年 2 月の間に間伐を実
行した。胸高直径の頻度分布に合わせて処理区ごとに 10 個体のサンプル木を選び、雄花の有無を双眼鏡で確かめた。ま
た、樹高をレーザー距離計で測った。林分の相対的な込み具合を表す収量比数 Ry(日本林業技術協会,1999)を間伐前、
後について求めた。
間伐から約 1 年が経過した 2001 年 12 月に胸高直径を毎木調査した。茨城と京都では全個体、熊本では各測定区 10
個体について着生する雄花の有無を観察した。着生が認められた場合は、林野庁花粉動態調査事業(林野庁,2000)の
基準に準じ、日当たりの良い一次枝の全てに雄花が密に着生するか、日当たりの良い全ての一次枝に着生するが疎らで
あるか、日当たりの良い一次枝の一部に着生するかのいずれかに判別した。
228
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2002 年 1~3 月に受口面積 0.1288 ㎡の雄花トラップを各処理区に 20 個設置し、落下してくる雄花を夏までに 2、3 回に
分けて収集した。収集した雄花は実験室で調整したのち、熱風乾燥機を用いて 85℃で数日間乾燥させ、重量を測った(こ
れを絶乾重とした)。花粉が飛散した後の雄花重は飛散した花粉重にほぼ等しい(齋藤,1987)と見られるので、落下雄花
重を 2 倍した値を雄花生産量とした。
5. 樹種転換方法の検討
群馬県のスギ林に広葉樹導入試験地を設定した。また、同じ面積だけ広葉樹を植栽する場合に、小さい疎開地をたくさ
ん作るのと、大きな疎開地を少数作るのとで、どちらがトータルの花粉生産量を減らすのか、モデルを用いて推定した。
6. 樹種転換費用の見積もり
スギ林を他樹種の林に転換するための主要な経費には、スギを伐り出す費用、跡地植林費用、作業のための道路の整
備費用がある。行政資料等を収集し、総費用が一番少なくなる条件を求めた。
■ 研究成果
1. クローンによる雄花生産の違い
スギは 7 月に雨が少なく高温乾燥であると雄花量が増える。今回の調査でも 20 クローン全体で見ると、雄花着生クローン
数比は 7 月の月平均気温と正比例の関係にあった(表-2)。しかし、クローンによって気温に対する反応は一様でなく、高
温乾燥年でなくても高温乾燥年と変わらないくらいに密に雄花を着生するクローン(ネコヤマスギ)がある一方、全く着生し
ないクローン(ミネヤマ、シルシスギなど)、年によって着生状況が大きく変化するクローン(リョウワ耐せき 1 号など)もあった。
気象条件に対する雄花着生の反応がスギの遺伝的な違いによって異なることが確かめられた。
2. 枝打ちによる雄花除去、枝打ち後の雄花着生
枝打ちの強度を樹冠長除去率で表わし、雄花除去率、枝打ち後の幹成長抑制率の関係を示した(図-1)。それによると、
樹冠の下方 30%程度までの下枝しか切り落とさない枝打ちは雄花を殆ど除去できない。また、樹冠のより上方の枝まで切
り落とす強度枝打ちでは、除去できる雄花は増えるが、葉が大量に失われるため枝打ち後の幹の成長が強く抑制されるこ
とが分かった。
エンドウスギの枝打ち木は枝打ち翌年に雄花がやや多かったが、その後は無処理木と変わらなかった(表-3)。リョウワと
ボカリョウワでは枝打ちの影響が認められなかった。これらのことから枝打ちは枝打ち後の樹冠の雄花着生状況に殆ど影響
を及ぼさないと考えられる。
3. 樹冠疎開と雄花生産
樹冠疎開程度(清野,2000)と雄花着生状況の関係を 5 シーズン調べたところ、雄花の多い年は同じ樹冠疎開程度のと
きの雄花着生量が多く、雄花着生する樹冠疎開の閾値が小さいことが分かった(図-2)。また、樹冠が疎開された個体が雄
花をよく着生する傾向はどの年も変わらなかった。
4. 間伐と雄花生産
下層間伐で主として劣勢木が間伐された結果、いずれの間伐区も間伐前と比べて間伐後は平均胸高直径が大きくなり、
平均樹高もやや高くなった(表-4)。茨城のスギ林の 4 処理区は、Ry では間伐前は 0.90~0.77 の狭い範囲にあったが、間
伐直後は無間伐区の 0.89 から超強度間伐区の 0.42 まで差が広がった。間伐直後の Ry は京都の 4 処理区でも 0.80~0.39
と差がある。熊本は 0.92 と 0.71 である。本数密度は Ry にほぼ正比例して減少した。
雄花は年にもよるが 2~3 月頃に花粉を飛散し、大半は春のうちに落下する。京都と茨城でそれぞれ 7 月 30 日、8 月 20
日までに落下した雄花のうち 9 割以上は 5 月末までに落下していた。花粉を飛散した雄花で夏以降も落下せず樹上にとど
229
スギ花粉症克服に向けた総合研究
まるものの量はわずかであろう。林分当たりの雄花生産量は無処理区や通常間伐区では少なく、強度や超強度間伐区で
は多かった(図-3)。データのある範囲全体で見ると、林分雄花生産量は Ry とおおむね負の比例関係にあるが、通常間伐
の場合は無処理と比べて茨城の林ではやや増加、京都の林ではやや減少しており、Ry が高い範囲(およそ 0.7 以上)では、
Ry が変化しても林分雄花生産量はあまり変わらなかった。
雄花着生個体数の比は、強く間伐された林分ほど高い傾向が茨城と京都で認められた(図-3)。雄花着生個体数比の
範囲は両者で大きく異なり、茨城では 68~100%と比較的高かったが、京都では 21~57%と低かった。また、熊本は 0%で
あった。
雄花着生個体当たり雄花生産量(林分当たり雄花生産量を雄花着生個体数密度で除した値)は間伐が強度な区ほど増
加した。この値は、京都では無間伐区と通常間伐区では比較的小さく、強度間伐区はその約 2 倍、超強度間伐区では約 4
倍であった(図-3)。茨城も同様で、強度間伐区は約 2 倍、超強度間伐区では約 5 倍であった。
樹冠の全周囲を疎開された個体(茨城では強度と超強度間伐区の 7 個体、京都では同じく 4 個体)について間伐 1 年後
に最下一次枝(間伐直前は日当たりが悪く、雄花を着生していなかった枝である)の雄花着生の有無を観察した結果、京
都では最下一次枝に雄花を着生する個体はなかったが、茨城では 7 個体中 5 個体が雄花を着生していることが確認され
た。これは、茨城では間伐によって日当たりが良くなった樹冠に雄花が着生したことを示している。
5. 樹種転換方法の検討
スギ林に円形の疎開地を作ってシイノキを植えた後、シイノキの樹高がスギに追いつき、穴を埋めるまでの経過を推定し
た。同じ面積だけ植栽するとして、小さい疎開地をたくさんつくるのと、大きな疎開地を少数つくるのとで、どちらがトータル
の花粉生産量を減らすのに効果的かモデルで推定した(図-4)。
スギの雄花生産量は関西支所の 16 年生スギ林で得た樹冠疎開程度と雄花生産量との関係式(図-2 の 1998/99 年の
式)を用いた。疎開地に面するスギは日当たりが良くなり、穴が埋まるまで雄花をたくさん着けるので、疎開穴に面する個体
と林内個体を別々に計算して合計する方法で林分の雄花量を推定した。疎開地の地表面の相対照度は Nakashizuka
(1985)の方法、シイノキが受ける相対照度の経年的変化は小島・石塚(1999)の方法にならって推定した。ただし、スギの
樹高成長は紀州地方スギ林(地位 2 等)と同じであるとした。また、シイノキの樹高成長は清野ら(2000)の方法にならい、京
都東山で得たシイノキの特性値(清野、未発表)を用いて推定した。
それによると、スギ樹高の 2 倍直径(25m)の円形疎開地を作る場合、疎開地に面する木は雄花量が増え、20 年たって広
葉樹で疎開地が埋まると雄花量はもとのレベルに下がった。樹高の 4 倍、直径 50m の疎開地では日当たりがより良く、雄花
が増えた。8 倍、100m ではこの傾向がさらに強まった。しかし、疎開穴が広いと広葉樹の成長が速いので穴は早く埋まる。
この結果、同じ面積だけ広葉樹林に転換する場合、小さい疎開地をたくさんつくると、始めは雄花量が増え、やがて樹種転
換前より減って、その状態が永続する(図-4)。また、疎開地がより大きいと始めの増加が少なくて済み、さらに大きいと雄花
は始めから減少することが分かった。
このように同じ面積だけ樹種転換をするなら、小さい造成地を多数設けるより、大きい造成地を少数設ける方が抑制効果
は大きかった。立地、樹種にもよるが、抑制の都合だけで言えば造成地のサイズは大きいほうが良いと考えられる。
6. 樹種転換費用の見積もり
スギの伐出費、後継樹の造林費、林道整備費から総費用を算定するフローチャートを作成した。スギの伐出費と、後継
樹の造林費用は道が多い方が安くて済むが、道を増やせば道の整備費用がかさむので、樹種転換のための総費用を最
少にする道の密度が存在する。利用できる情報が限られているため、樹種転換費用の正確な算定はできなかったが、文献、
諸試料にもとづいて樹種転換費用を見積もると、日本の山林には平均して ha 当たり 12、3m の道があり、このような状態に
ある日本の標準的な山林を想定した場合、ha 当たり 35m ほどの道をつけて樹種転換を進めるのが安上がりであるという結
果が得られた。
230
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■考 察
1. 間伐による花粉生産抑制
清野(2000)はスギ林の一部皆伐で新たに林縁木となった個体と林内木とを比較し、林縁木は林内木より雄花を着生す
る個体の割合が 4.7 倍多く、雄花着生個体当たりの雄花生産量が 2.3 倍多く、日当たりが良くなった林縁木の陰樹冠の大
半が疎開の 6 ヵ月後にも雄花を着生することを認めている。樹冠疎開にともなう、このような雄花着生状態の変化が、今回
の間伐林分でも見られた。これは、皆伐地の隣接林分で起きたのと同様の雄花着生の反応が、強い間伐を行った林分でも
生じたことを示している。林分雄花生産量はデータのある範囲内ではおおむね Ry と負の比例関係にあった(図-3)。これは、
間伐が強度であると間伐で直接除去される雄花量は多くても、林冠が再閉鎖するまでの長い間、林分雄花生産量の多い
状態が続くので、雄花生産量の抑制効果は期待できず、逆効果となる可能性が高いことを示している。ただ、図-3 によれ
ば、Ry が高い範囲(およそ 0.7 以上)では Ry が変化しても林分雄花生産量はあまり変わらない。これは間伐強度が弱いと
きは、間伐後に分化する雄花がそれほど増えず、個体数の減少と相殺されるからであると考えられる。なお、林野庁(2000)
の花粉抑制調査では Ry を 0.1 程度減少させる間伐でも林分雄花生産量が増加している事例があるので、一般的な傾向を
得るにはさらに事例数を増やす必要がある。一般に、一回の間伐の強度は Ry の減少量で 0.15 以下とするのが良い(竹内,
1998)とされている。したがって、閉鎖林を対象とする通常強度の間伐には、間伐後の林分雄花生産を抑制する効果は認
められないと考えられる。
Ry が 0 に近くなると立木が著しく疎らになるので、林分雄花生産量は 0 に近くなる。Ry の値がとり得る全域(0~1)を通し
て見れば、林分雄花生産量は Ry がある値(茨城では 0.6 未満、京都では 0.4 未満)のときに最大値を持つと考えられる。こ
の結果は清野(2000)のモデルによる推定結果や、林野庁の花粉抑制調査(2000)の関東、中部地方における多点調査の
結果、広島県の 50 年生スギ林での観察(清野,2002)とおおむね一致している。また、芯を止めるなど通常林分とは異なる
管理を受けてはいるが、採種園における土地面積当たりの個体数と、雄花数(あるいは球果数)の個体当たりの量、土地面
積当たりの量の 3 者間にも類似の関係がある(浅川,1994)。
間伐に対する雄花着生の反応は試験林によって異なった。雄花分化は 7 月の梅雨明け頃の気象に強く影響され、高温、
乾燥などがあると促進されるが、個体の遺伝的性質(植月ら,1997)や栄養条件(浅川・長尾,1966)なども関係する。今回
調査した雄花の生産量に大きな影響を及ぼした 2001 年 7 月の月平均気温は、どの試験地でも平年値より高く(表-1)、雄
花が着生しやすい気象条件にあったと考えられる。したがって、試験地によって雄花着生個体の割合が異なったのはスギ
の遺伝的性質の違いなどのためであると思われる。なお、熊本でも観察木 20 個体のうち 2 個体は間伐前年に雄花を着生
しており、熊本の試験地のスギも雄花を着生できると考えられる。本試験の、熊本のスギ林のように樹冠を疎開されても雄
花を殆ど着生しない林では、間伐は花粉生産抑制の効果を殆どもたない。京都のスギ林では無間伐林に雄花を着生する
個体が少なく(21%)、超強度間伐区では雄花を着生する個体の割合が高く(57%)、その結果、両者の林分雄花生産量の比
は大きかった(約 3.3 倍)。一方、茨城のスギ林では無間伐林でも雄花を着生する個体が多く(68%)、超強度間伐区では全
個体が雄花を着生したが、比をとれば両者の違いは京都ほどではなく、林分雄花生産量の比(約 1.6 倍)も京都ほど大きく
ならなかった。京都のスギ林のような林では、間伐による直接の雄花量除去効果が少ないわりに、間伐後に雄花着生を促
進させる影響が大きく、間伐は雄花生産抑制を目的としては好ましくない結果をもたらす可能性が大きい。現存するスギ林
について、間伐されたときの雄花着生のしやすさ(疎開に対する反応)を予察することは今のところ困難であるが、品種や地
域ごとにその性質を明らかにすることが、間伐が花粉生産に及ぼす影響を把握するうえで重要であると考えられる。自然条
件における雄花の着きやすさについては雄花生産の少ないスギ品種の作出を目的に、ジベレリン処理による強制着花と自
然着花の関係が検討されている(植月ら,1997)。精英樹クローンではジベレリン処理による雄花着生は自然着生と必ずし
も傾向が一致しないなどの傾向が得られている。疎開に対する雄花着生の反応についても知見を集め、有効な雄花生産
抑制対策の開発に結びつけていく必要がある。
なお、京都のスギ林において、材積で 6 割あまりを除去する超強度間伐を行っても残存木の 43%が雄花を着生しなかった(図
-3)のは示唆に富んだ事実である。スギには多くの品種や系統があり、雄花着生のしやすさが異なる(河室ら,2003)。遺伝的に異
なる個体が混生する林では、疎開に対する雄花着生の反応が個体によって異なる可能性が高く、そのような林では、無差別に一
律に間伐するより、雄花着生量の多い個体を優先的に間伐した方が、間伐後の林分雄花生産量は少なくなると考えられる。
231
スギ花粉症克服に向けた総合研究
2. 枝打ちによる花粉生産抑制
雄花生産は雄花形成が始まる 7 月頃の環境条件の影響を強く受け、高温乾燥で日照時間が長いと生産量が増大するこ
とが多い。一つの林の中でも、樹冠の上部(陽樹冠)は樹冠下部(陰樹冠)に比べて日射量が多く、昼夜を通して気温がよ
り高く、雄花が着きやすい環境にある(清野,2000)。枝打ちは、枯枝や成長の悪い下枝を切り落として節や節穴の少ない
木を育てる林業の技術である。これを花粉抑制対策として用いる場合、雄花は日当たりの良い樹冠上部の枝に主に着生し
ているので、下枝だけ切っても除去効果は少ない。樹冠上部の雄花を枝打ちで除去するには、無節材生産などを目的と
する通常の枝打ちよりも強度の枝打ちを行う必要がある。林分条件によって多少は異なるが、樹冠長の 30%までを除去す
る枝打ちには殆ど効果はなく、閉鎖林で樹冠長の 50%を打ち上げて雄花の 20~30%をようやく除去できる(図-1)。
観察によれば、33 年生のスギ林で樹冠長の 47~68%、葉量の 7~8 割を除去する強度枝打ちを行っても次年度以降に
雄花が着きやすくなるような傾向は認められないので、強度の枝打ちには次年度以降も雄花生産を抑制する効果があると
言える。枝打ち後、何年くらい抑制効果が続くのかは、樹高成長や本数密度にもよるが、ha当たり本数が数千本の閉鎖林
で樹冠長の 50%を打ち上げる枝打ちを行った場合は、数年間は雄花生産を抑制できるものと考えられる。
しかし、強度枝打ちでは幹成長量の減少も大きい(図-1)。また、太い枝の枝打ちは傷口からの変色菌の侵入で材の変
色が起こりやすく、材質劣化をまねく恐れがある。枯死もあり得る。強い枝打ちが花粉抑制に効果があっても、実施に際して
林業家の同意はなかなか得られないであろう。
3. 樹種転換による花粉生産抑制
スギには多くの林業品種や系統があり、その着花特性は異なる。クローンごとに観察すると、ほぼ毎年多量の雄花を着け
るクローンもあれば、観察期間中まったく雄花を着けないクローンもあり、また、年によって雄花の着生量が大きく変わるクロ
ーンもある(表-1)。花粉中のアレルゲン含量にも変異がある(近藤,2000)。雄性不稔個体も見出されている(平,1993)。ま
た、成長や気象害抵抗性を保持する観点から選抜されたスギ精英樹のなかにも、雄花やアレルゲンの少ない系統が存在
する。ヒノキは実生で殖やされることが多いため遺伝的に多様で、在来品種の中には遺伝的特性の明確でないものがある。
林木育種センターと都県は、雄花の着生が全く認められないか、きわめてわずかである(一般のスギと比べて約 1%以下)
スギ 57 品種(関東育種基本区の 13 都県に適用される)を選抜し、2001 年春から原種(選抜した品種そのものの特性を維
持しつつ増殖したもの)を希望する県に配布している(林野庁,2001a)。これらの品種が各県の採種園や採穂園で育成さ
れ、種子や穂木を採取するようにすれば、やがて造林に用いられることになるであろう。
スギ花粉情報が高度化すれば、花粉症が問題となっている地域に飛来する花粉の発生源のスギ林がどの地域にあるの
かが分かる。樹種転換の費用は安価ではない。スギ花粉情報にもとづいて樹種転換効果の大きい地域を選び、対策の効
率をあげることが重要である。また、同じコストでより大きな効果をもたらす方法を選ぶことが重要である。今回、樹種転換の
費用計算を試みたが、詳細な検討にはスギ林の位置や齢級、路網などの詳細な情報が必要であり、これらが得られるよう
な情報の整備(データベース化、データベースの国家一元的な管理)も必要である。先述のように、主伐が行われない場合、
花粉発生源となるスギ林は関東では 20 年後までに約 25%増加するが、1970 年代並みの伐採率でスギ林が伐採されるな
らば、スギ林は 20 年後までに約 20%減少する(家原,2000)という。
樹種転換は水土保全や生物保全など森林の他の機能をできるだけ損なわないよう、徐々に行わなければならない。将来
の価値観の変化も考え、極端な恣意は排しなければならない。近年、スギ林、ヒノキ林を皆伐、収穫した跡地に再植林を行わ
ない事例が増えている。農林水産省が 1997 年に行ったアンケート調査によると、伐採跡地に植林を行わないと答えた林家が
全体の 4 分の 3 を占めている(林野庁,2001b)。植えては採算が合わないからであるが、再植林が行われないスギ林、ヒノキ
林の皆伐跡地に成立する森林(これを天然生林という)はアカメガシワやカラズザンショウなどの雑木や蔓、ササ類の多い森
林で、スギやヒノキの林が自然再生することはまずない。こうしたスギ、ヒノキ林の皆伐跡地を必要に応じ適切に管理し、森林
機能を維持しつつ、スギ林、ヒノキ林の面積を減らしていくのは、花粉抑制対策の現実的な一法と考えられる。
232
スギ花粉症克服に向けた総合研究
■ 引用文献
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233
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表 -1 間伐試 験林 の位置と立地環境条件(清野ら,2003)
試験林
標高
気候帯 土壌母材 土壌型 年平均気温*
*
茨城
京都
熊本
m
240-260
260-280
500-510
暖帯
暖帯
暖帯
古生層
古生層
安山岩
BD
BD
BD
℃
12.2
14.3
13.9
年降水量*
7月の月平均気温
平年値 2000年
℃
℃
23.2
25.2
26.7
28.3
27.0
28.1
**
2001年
℃
26.3
28.8
28.2
**
mm
1326.0
1545.4
1992.7
*
1971~2000年の平年値(気象庁,2002)。気温は逓減率を0.55℃/100mとし最寄りの気象台の値で推定。
降水量は気象台の値をそのまま用いた。 ** 気象庁(2002)。
表 -2 スギクローンの雄 花 着生 状況 の年 次 変化 (河 室 ら,2003 に加 筆 )
スギクローン名
ネコヤマスギ
アシウスギ
エンドウスギNo.1
桃山一号
リョウワ耐せき1号
ボカリョウワNo.2
リョウワNo.3
クニヤマスギ
オキノヤマ普通苗
ホクセイスギ
ホンジロ
イタスギ
松下一号
オキノヤマ
カナメダニ
エンドウ
ミネヤマ
シルシスギ
ミョウケン
クロコスギ
雄花着生クローン数比
7月平均気温(℃)**
年次別の雄花着生状況のランク*
1997/98 1998/99 1999/00 2000/01 2001/02 2002/03
A
A
A
A
A
A
B
A
A
A
A
A
A
B
A
A
A
A
C
B
B
A
A
B
C
B
B
A
B
A
C
C
B
C
C
C
D
C
C
C
C
B
D
C
C
B
C
C
D
D
C
B
C
C
D
D
C
C
C
B
D
D
D
B
C
C
D
D
D
C
C
C
D
D
D
C
C
C
D
D
D
C
D
C
D
D
D
D
D
C
D
D
D
C
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
D
枯死
0.30
0.40
0.50
0.79
0.68
0.79
26.4
27.4
26.4
28.3
28.8
28.6
A:雄花が日当たりの良い樹冠の全ての一次枝に密に着生、B:同様であるが着生は
密でない、C:日当たりの良い樹冠の一部の一次枝に着生、D:雄花が認められない。
**
京都気象台(気象庁)
*
表 -3 枝 打 ちが雄 花 着 生状 況 に及 ぼす影 響(清野 ,2000 に加筆)
クローン名
リョウワ
ボカリョウワ
エンドウスギ
処理(個体数)
無処理(2)
枝打ち(1)
無処理(2)
枝打ち(1)
無処理(2)
枝打ち(1)
年次別の雄花着生状況のランク
1998/99 1999/00 2000/01 2001/02 2002/03
C, C
C, C
C, C
D, D
C, D
C
C
C
D
C
C, C
B, B
C, C
C, C
C, C
C
B
C
C
C
A, B
A, A
A, A
A, A
A, A
A
A
A
A
A
234
スギ花粉症克服に向けた総合研究
表-4 間伐試験林の諸計測値(清野ら,2003)
試験林
林齢
間伐
処理
測定区
面積
Ry
茨城
26年
なし
通常
強度
超強度
なし
通常
強度
超強度
なし
強度
㎡
213
321
221
202
297
406
452
381
273
237
0.89
0.78
0.90
0.77
0.80
0.75
0.77
0.77
0.92
0.84
京都
27年
雄花除去率、幹成長抑制率
(%)
熊本
29年
間伐直前
個体数 平均
密度 直径
trees/ha cm
2965 16.0
2552 15.6
2897 16.3
1933 17.3
2123 18.8
1725 20.4
1857 20.0
1917 19.5
2307 19.3
1943 18.3
平均
樹高
m
14.0
12.0
14.3
14.0
14.3
15.0
14.8
14.3
6.9
13.9
Ry
0.89
0.73
0.68
0.42
0.80
0.68
0.57
0.39
0.92
0.71
間伐直後
個体数 平均
密度 直径
trees/ha cm
2965 16.0
2210 15.7
1403 16.7
595 18.6
2123 18.8
1281 22.6
928 22.5
604 21.2
2307 19.3
1183 18.4
平均
樹高
m
14.0
12.1
14.4
14.5
14.3
15.9
16.0
14.5
15.8
14.0
100
幹成長抑制率
80
60
40
雄花除去率
20
0
0
10
20
30
40
50
樹冠長除去率(%)
図 -1 枝 打 ち強度と雄 花 除 去律、幹 成 長 抑制 律の関 係 (清 野 ,2002)
雄花除去率は成立本数密度の異なる(2861、5004、8092 本/ha)スギ 3 林分で推定した
もの(清野,2000)。幹成長抑制率は枝打ち後 2 年間の材積成長で竹内(2002)による。
235
60
80
雄花着生状況ランク係数
(2001/02)
100
y = 11.6Ln(x) + 12.851
60
40
20
10
100
80 y = 10.663Ln(x) + 11.225
60
40
20
0
0.1
1
10
樹冠疎開程度(m/m)
100
y = 25.642Ln(x) + 30.288
80
60
40
20
0
0.1
1
10
樹冠疎開程度(m/m)
雄花着生状況ランク係数
(2002/03)
1
樹冠疎開程度(m/m)
雄花着生状況ランク係数
(1999/00)
0
0.1
雄花着生状況ランク係数
(2000/01)
雄花着生状況ランク係数
(1998/99)
スギ花粉症克服に向けた総合研究
100
80
60
y = 15.539Ln(x) + 23.477
40
20
0
0.1
1
樹冠疎開程度(m/m)
10
100
y = 15.69Ln(x) + 15.097
80
60
40
20
0
0.1
1
10
樹冠疎開程度(m/m)
図-2 樹冠疎開程度と雄花着生状況の年次変化(清野,2000 に加筆)
10000
茨城,2001-02年
スギ林分及び個体の諸計測値
スギ林分及び個体の諸計測値
10000
1000
100
10
京都,2001-02年
1000
100
10
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Ry
0.0
0.2
0.4
0.6
Ry
図-3 収量比数(Ry)とスギ林分及び個体の諸計測値との関係(清野ら,2003)
□個体数密度(trees/ha),◇雄花着生個体当たり雄花生産量(g/tree),
▲林分当たり雄花生産量(kg/ha),×雄花着生個体数比(%)
236
0.8
1.0
林分当たり雄花生産量(指数)
スギ花粉症克服に向けた総合研究
8
樹高の2倍直径円で導入
6
4倍
4
8倍
2
0
0
10
20
広葉樹導入後の年数
30
図-4 広葉樹導入後のスギ雄花生産量の年次変化(推定例)
スギ林の樹高成長は紀州地方スギ林(地位 2 等)(早尾、1971)と同じとし、25 年生時に広葉樹
を導入。広葉樹はシイノキとしその樹高生長は京都東山における値(清野、未発表)を用いた。
25 年生時の成立本数密度は、スギは 1,111 本/ha、シイノキも同じ密度で植栽するものとした。
■ 成果の発表
原著論文による発表
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
清野嘉之・九島宏道・五十嵐哲也・伊藤武治・奥田史郎・竹内郁雄:「ヒノキ下木の樹高成長を樹高と相対照度、
土壌条件で予測する」,日林関東支論,53,(2000)
2.
竹内郁雄・伊東宏樹・清野嘉之:「スギ林の間伐による開空度の変化」,森林応用研究,11,(2002)
3.
清野嘉之・奥田史郎・竹内郁雄・石田 清・野田 厳・近藤洋史:「強い間伐はスギ人工林の雄花生産を増加さ
せる」,日本林学会誌,85(3),(2003)
原著論文以外による発表(レビュー等)
国内誌(国内英文誌を含む)
1.
篠原健司・伊ヶ崎知弘・長尾精文・清野嘉之:「スギの花粉発生源の抑制技術」,アレルギーの臨床,21,
(2001)
2.
遠藤朝彦・阪口雅弘・清野嘉之・村山貢司・篠原健司:「技術座談会 スギ花粉症の軽減方策を探る」,STAFF,
44,(2001)
3.
清野嘉之・長尾精文・篠原健司:「林学から見たスギ花粉症問題」,医学のあゆみ,200(5),(2002)
4.
河室公康・伊東宏樹・清野嘉之:ラジコンヘリ低空空撮によるスギ林の雄花着生状況の判別」,森林航測,199,
(2002)
5.
清野嘉之:「スギ花粉症と森林管理」,山林,1420,(2002)
6.
清野嘉之、五十嵐哲也、伊藤武治、竹内郁雄、奥田史郎、酒井敦、石塚森吉、宇津木玄、佐藤明:下木の樹
高成長を期首樹高と相対照度で予測する」,森林総合研究所所報,19,(2002)
7.
清野嘉之・阿部和時・遠藤日雄・大住克博・柴田順一・外崎真理雄:「早わかり 循環型社会の森林と林業」,
日本林業技術協会,(2002)
8.
篠原健司・伊ヶ崎知弘・長尾精文・清野嘉之:「スギ花粉生産量の抑制」,林床雑誌内科 91(2),(2003)
237
スギ花粉症克服に向けた総合研究
口頭発表
招待講演
1.
清野嘉之:「スギ林の保育と花粉生産」,樹木生理懇話会,2001.4.5
応募・主催講演等
2.
竹内郁雄:「ヒノキ若齢林での生育にともなう樹冠長の変化」,111 回日本林学会大会,2000.4
3.
清野嘉之・井鷺裕司・伊東宏樹:「樹冠量調節による花粉生産の抑制」,48 回日本生態学会,2001.3
4.
清野嘉之:「複層林施業技術の開発」,林野庁東京分局技術開発委員会,2001.9
5.
河室公康・伊東宏樹・清野嘉之:「空撮によるスギ林の雄花着生状況の判別」,113 回日本林学会大会,
2002.4
6.
清野嘉之・奥田史郎・竹内郁雄・野田 巌・近藤洋史・堀 靖人:「スギ林の間伐と間伐 1 年目の花粉生産量」,
49 回日本生態学会大会,2002.3
7.
長尾精文・清野嘉之・奥田史郎・九島宏道:「異なる温度条件におけるスギの花芽形成と成長」,49 回日本生
態学会大会,2002.3
8.
清野嘉之・九島宏道・伊東宏樹:スギ林分の幹断面積成長に及ぼす気象因子の影響,114 回日本林学会大会,
2003.3
9.
宇津木玄・清野嘉之:「間伐後の林冠葉群における生産量の推定」,114 回日本林学会大会,2003.3
238