久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 米国中小企業の政治的活性化 ――クリントン政権下での NFIB の活動を中心に―― 小出 壮一 序章 ――――― 米国中小企業の政治的活性化 第1章 米国の中小企業 第1節 中小企業とは 第2節 中小企業の経営者と経営者団体 第2章 NFIB と共和党 第1節 NFIB について 第2節 共和党連合の中の NFIB 第3節 NFIB と共和党の利権構造 第3章 NFIB の政治的活性化 第1節 ワシントンへの不信感 第2節 ジャック・ファーレスの会長就任 第3節 クリントンの医療保険制度改革と NFIB 第4章 メイン・ストリートからワシントンへ 第1節 出馬するビジネス・パーソン 第2節 ワシントンに起きた変化 終章 序章 ―― 米国中小企業の政治的活性化 アメリカの保守主義と聞くと、最近は「ネオ・コン」という言葉を容易に想起するだろう。しかし彼らは「ネオ」 であって、保守本流とは異なると考えるべきであろう。では、アメリカにおける保守本流とは、どのように捉え ることができるのであろうか。 アメリカの保守主義の研究としては、佐々木毅の『現代アメリカの保守主義』1 と『アメリカの保守とリベラ ル』2が体系的であり、内容としても申し分ない。また副島隆彦の『現代アメリカ政治思想の大研究』3は、アメ リカの政治思想を網羅してあり、多くの情報を得ることができる。佐々木によると、アメリカでは個人主義的で 自由放任主義に傾斜する古いタイプの自由主義が保守主義と呼ばれるようになり、この考えは個人の自由 と競争を徹底的に強調する。資本主義と市場メカニズムに対する楽観主義を持ち、ダイナミックに変化する 社会に対して基本的に好意的である。個人の独立独歩を強調し、誰にも頼らない点で、いわゆる起業家や 西部劇の世界が保守主義のアナロジーとして用いられる4。これはまさしくオールドライトと呼ばれるメイン・ス トリート保守派のイメージであり、さらに現代のアメリカ人の中にも残る自立した個人への憧憬の源泉となっ ている。 この論文では、こうしたメイン・ストリート保守派につながる社会集団として中小企業経営者を捉え、1990 年代に米国のクリントン政権下で起こった彼らの政治態度の変化を考察する。中でも今日の米国政治にお 236 米国中小企業の政治的活性化 いて最大の利益集団の一つとされる、全米自営業者連合(National Federation of Independent Business: NFIB)の活動を中心に分析していく。そこから 1990 年代以前から州レベルで活動を続けてき ていた NFIB が 1990 年代に入って連邦政府の政治過程に参入していく過程を検討する。 具体的には 1990 年代前半において共和党との関係、つまりグローバー・ノーキストが作った保守連合の 中で、NFIB が持つ影響力とその行使から獲得している利益を考察し、それが共和党に与えた影響を明ら かにしたい。NFIBのような利益団体の圧力活動は、政党内における個別の政治家のスタンスを左右し、ひ いては政党のスタンスに影響を及ぼす。NFIB がワシントンでの存在感を増し、連邦レベルで影響力を行 使するのは 1990 年代に入ってからだが、この NFIBの変化が個別の政治家に対してどのように影響し、ま た政党に対してどのような影響を及ぼし、さらには議会においてどのような変化を生み出したかについて検 討する。具体的には、連邦議会において法曹界ではなく経済界、とりわけ中小企業をバックグラウンドとす る議員が 1990 年代に入って増加したことと、NFIB が連邦レベルでの政治力を増したこととの関係を明ら かにできると考えている。 さらに NFIB が連邦政府に対して求める中小企業政策を概観した上で、その根底に流れる NFIB の政 治的態度を明らかにしていきたい。具体的には、アメリカのメイン・ストリート保守派に通ずる自由放任と独立 独歩の精神、「小さな政府」を志向する政治的態度を明らかにしたい。 最も代表的な先行研究は、ロナルド・G・シャイコ(Ronald G. Shaiko)とマーク・A・ウォーレス(Marc A. Wallace)による「ウォール・ストリートからメイン・ストリートへ―NFIB と新しい共和党多数派―」5である。こ の研究では 1992 年から 1996 年までの 5 年間において、NFIB がワシントンで利益団体としてどのように 台頭してきたのかを、議会の共和党指導部にとって重要な協力者でありアドバイザーへと成長する過程とし て検証する。 シャイコは利益団体の影響力を図る指標として、NFIB によるグラスルーツの運動への動員力と、政治活 動委員会(Political Action Committee: PAC)を通じて行われる政治献金額、それから NFIBの主要メン バーの経歴に見られる政党、および政治家との個人的な関係を採用する。以下この分析枠組みに沿って 論文の内容を概観する。まず動員力としては 1990 年代初頭には既に 60 万の自営業者を会員としており、 会員の中には活動家として「NFIB の利益を守る活動評議会」(Guardian Action Councils)に所属して いる者も多い。また NFIB は「アメリカの自由な企業活動を守る信託」(Save America’s Free Enterprise Trust: SAFE Trust)というPACを通じて政治献金を行っている。献金額としては、1994 年から 1996 年に かけて 100 万ドルまで急増している。さらに、人的な共和党とのつながりという点では、1992 年に新会長に 就任したジャック・ファーリス(S. Jackson “Jack” Faris)、主席ロビイストのジョン・モトレー(John Motley) など、多くの人が共和党とのコネクションを持っている。ジャック・ファーリスの会長就任以降様々な組織改 革を実行してきた NFIB は、これらの資源を有効活用しながらクリントン大統領の医療保険制度改革に反 対し、議会共和党指導部に対し影響力を増してきた。しかも共和党のみならず、わずかながらであるが民主 党にも構築した関係を維持し政治的影響力を確保している6。シャイコは、1992 年以降の変化を新会長ジ ャック・ファーリスのパーソナリティに結び付けている。確かに組織の変化は人材やマネージメントの仕組み といった形の変化と捉えるのがわかりやすい。しかし、そもそもジャック・ファーリスを新会長に迎え入れる素 地が、NFIB の中に、あるいはその会員である自営業者の中に形成されていたと捉え、そこに NFIB の変 化の出発点を見出すことも可能ではないだろうか。あるいは NFIB が連邦政府へ訴える政策の中にこれを 見出すことも可能であると思われる。本論文では、NFIB がアドヴォケートしている医療保険制度改革を調 237 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 べることにより、この点を明確にしていく。 こうした NFIB の変化は、先にも述べたアメリカにおける保守主義の系譜とどのような位置関係に立つで あろうか。アメリカの保守主義は、多種多様なグループの分離と融合を繰り返しによる連合体である。その中 でもコアとなっているのが、ウォール・ストリート保守派とメイン・ストリート保守派の二つである。前者は東北 部の有力な経済団体によって代表される比較的穏健なグループであり、後者は反東部、反ヨーロッパという 意識が強く、自由放任と独立独歩、「小さな政府」など、アメリカの保守主義のメンタリティーを典型的に代 表するグループである7。これらの経済的保守主義のグループに加えて、ニューライト、宗教右派と呼ばれる 社会的保守主義、リベラリズムの行き過ぎを批判する反共左翼グループのネオ・コンが台頭する。こういう保 守主義の中では、宗教右派やネオ・コンなどの過激な言動を伴うグループと国際協調を主張するウォール・ ストリート保守派がイメージしやすい。それにひきかえ中西部の中小企業、自営業者の団体として、あまり目 立つことも無くイメージを持つことも難しいメイン・ストリート保守派の動向を捉えた研究として、存在理由を 主張できるのではないかと期待できる。また NFIB による医療保険改革への取り組みを具体的に扱うという 点でも、オリジナリティを主張できると思う。 第1章 第1節 第1項 米国の中小企業 中小企業とは 中小企業の定義 アメリカの中小規模の企業と聞いて、IT 産業におけるベンチャー企業をイメージするかもしれない。確か にそれらも含まれるが、それはアメリカにおける中小企業の全体像を表してはいない。したがって、ここでま ず「中小企業」について理解しておく必要がある。 本論文において先程から何気なく使っている「中小企業」とは、英語に訳す際には“small and medium(-size) Enterprise: SME”とするのが通例であるが、アメリカでは”small business”とするのが一 般的である。さてこの”small”が表す具体的な範囲についての一般化された理解というものは存在していな い。連邦政府レベルで中小企業政策を実施する中小企業庁(Small Business Administration: SBA) は、1950 年代末に「従業員数が 250 人未満、かつ法人取引が年間 500 万ドル未満、かつ個人取引やサ ービス収入が年間 100 万ドル未満」という基準を採用した。1980 年代には、アメリカの産業規模の拡大を 受けて、SBA は、産業によって若干の異なりはあるが、「従業員数 500 人未満」という基準に改めた。現在 でも SBA による、政府の全般的な施策方針やマクロ的な統計においては、この基準を用いることが多い。 多くの学者がこの SBA の基準に賛同したが、一部に絶対的な規模よりも企業統治形態や所有権と経営権 の分離・未分離、地域市場への依存度などの質的な側面を重視するグループも存在した8。また、民間の調 査機関が行う調査では「従業員数が 50 人以下である企業」と定義する場合がある。 ミクロな中小企業支援政策や政府統計などにおいて用いられる定義は、「中小企業法」(Small Business Act of 1958, as amended)によるものである。この法律によれば、「中小企業とは、独立自営の 企業であり、かつ、当該企業の事業分野で支配的でない企業とする。中小企業には食料および繊維の生 産、家畜の飼育および繁殖、水耕およびその他のあらゆる農業関連産業に従事する企業等を含めるものと する。上記の基準に加え、SBA 長官は、詳細な定義を定めるに当たっては、一連の基準、とりわけ、従業 員数および企業の販売額を基準とすることができる。」(同法 3(a)条)と定められている9。実際には従業員 数や販売額などによって、例えば卸売業であれば一律従業員数が 100 人以下などというように、その片方 238 米国中小企業の政治的活性化 を用いたり両方を組み合わせたりすることにより産業、業種ごとにさらに細かく定められている10。 このように中小企業は時と場合に応じて様々な基準で判断されている。それを理解した上で、この論文 では「従業員が 500 人未満」という最も一般的な基準を取りつつ、異なる基準を用いる際には、逐次指摘し ていきたい。 第2項 中小企業の実態 次に、商務省統計局の経済統計(1997 年)によると、従業員数 50 人以下の企業は、アメリカの企業の 96%を占めている。(図1)また SBA のウェブサイト11には、アメリカ経済において中小企業が果たしている 役割について指摘しているいくつかのデータが掲載されている。それをここで紹介しておく。 ・ 2002 年には全米で中小企業の総数は、およそ 2290 万である。 ・ 2002 年には推定 55 万人の新規起業家が現われたが、これは前年比 0.9%の増加であった。 ・ 中小企業が雇用している労働者は、大部分が若年労働者、老年労働者、パートタイム労働者であ る。 ・ 2002 年の破産件数は、38,155 件にのぼり、1980 年代末の半分の水準となっている。 ・ 中小企業は、新規雇用(実質ベース)のおよそ 75%を生み出している。 ・ 経営者全体の 99.7%が、中小企業の経営者である。 ・ 中小企業は民間セクターにおける労働力の 50.1%を雇用している。 ・ 中小企業は国内の民間需要の 40.9%を生み出している。 ・ 2001 年で、中小企業はハイテク産業従事者の 39.1%を担っていた。 ・ 1999 年で、中小企業は民間セクターにおける生産高の 52%を占めていた。 ・ 中小企業は全米の輸出業者の 97%を占める。 こうしてみると、かなり多くの中小企業が存在しており、特に雇用と輸出における中小企業の重要性はき わめて大きいことがわかる。このような中小企業が、アメリカの政治過程において大きな影響力を持つこと は、いわば当然のことである。 第3項 従業員別企業数 100∼499人 1.5% 50∼99人 2.1% 500人以上 0.3% ここでは、少し歴史をさかのぼり、中小企業がど のように変化、成長を遂げてきたかという点につい 従業員なし 11.7% て、マンセル・G・ブラックフォードによる『アメリカの 中小企業の歴史』12を参考に考察する。 20∼49人 6.8% マンセルは、中小企業の変化、成長の過程を、 10∼19人 10.8% 5∼9人 18.3% 中小企業の歴史 ―1920 年まで― 1880 年、1920 年、1945 年、1971 年で区切って 考える。まず 1880 年代からアメリカの工業化が始 1∼4人 48.5% まり、大企業と中小企業という規模による企業の差 異が実体化する。これを契機に産業資本から金融 (図 1) 出典:商務省統計局、経済統計(1997 年) 資本への移行が始まり、鉄鋼業や石油産業などの分 239 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 野で大企業は企業連合(カルテル)や企業合同(トラスト)を形成し、拡大を続ける。一方で、それに圧迫さ れた多くの中小企業が吸収されて消えていった。とはいえ、農業、販売業、銀行業では、中小企業が圧倒 的であった。また既にこの時期から、大企業は中流、上流階層出身のアメリカ人が独占し、女性、マイノリテ ィー、移民にとっては参入しにくかった。またマイノリティーは自分達のコミュニティーで飲食店や小売店を 開き中小企業に就く傾向が見られた。 マンセルは、中小企業の変化、成長の過程を、1880 年、1920 年、1945 年、1971 年で区切って考える。 まず 1880 年代からアメリカの工業化が始まり、大企業と中小企業という規模による企業の差異が実体化す る。これを契機に産業資本から金融資本への移行が始まり、鉄鋼業や石油産業などの分野で大企業は企 業連合(カルテル)や企業合同(トラスト)を形成し、拡大を続ける。一方で、それに圧迫された多くの中小企 業が吸収されて消えていった。とはいえ、農業、販売業、銀行業では、中小企業が圧倒的であった。また既 にこの時期から、大企業は中流、上流階層出身のアメリカ人が独占し、女性、マイノリティー、移民にとって は参入しにくかった。またマイノリティーは自分達のコミュニティーで飲食店や小売店を開き中小企業に就く 傾向が見られた。 第4項 中小企業の歴史 ―1920 年から 45 年― 1920 年から45 年は景気変動が激しく、大企業はリスク分散を目的にトラストを形成する。また政府と経済 界の協力体制は、経済政策を概ね大企業寄りにした。そのため中小企業はいよいよ経営が苦しくなる。し かしこの頃の中小企業は、地域・産業・中小企業内部での規模の差異によってそれぞれ異なる政策課題を 持ち、従って一致団結することは難しく、ワシントンの政治過程に利益を表出することは困難であったため、 経済的にも政治的にも力を失っていく。しかしながら、企業数という点では中小企業が大恐慌にも負けず、 1929 年から 33 年を除いて、企業数を伸ばしていく(表1)。これは、もはや大企業が職の安定を担保しない ことを悟った失業者の選択によるものであった。 (表 1) 中小企業総数の推移 年 中小企業総数* 設立件数 倒産件数 1900 1,174 272 248 1910 1,515 358 348 1920 1,824 459 353 1925 2,113 496 451 1930 2,183 423 481 1932 2,077 338 454 1935 1,983 392 385 1938 2,102 388 365 出 典:U.S. Temporary National Economic Committee, “Problem of Small Business,” Monograph No.17 (Washington, D. C.: U. S. Government Printing Office, 1941), 66. *これには、7月に出版されたダン&ブラッドストリート年鑑に掲載されている全産業、商 業のことを意味している。ただし多くの銀行、鉄道、専門職業、農業を含んでいない。 1942 年の上院委員会での報告は、第二次世界大戦中の政府調達における中小企業の不利を明らかに した。全米で 18 万 4 千ある製造業者のうちわずか 56 社が、陸軍、海軍による政府調達の 75%を占めて いたのである。こうした状況は、「中小企業とは、ワシントンにその利益を代表するスタッフを置けない企業の 240 米国中小企業の政治的活性化 ことである」といったジョークを生み出していた。こうした状況下の 1943 年に、中小企業の声を政府の政策 決定に届けようとして、ウィルソン・ハーダー(Wilson Harder)が NFIB を設立したのは、非常に意義深 い。 第5項 中小企業の歴史 ―1946 年から 71 年― この時期には、大企業の業界団体が政治活動を一層活性化する。これに対し中小企業は相変わらず苦 しい思いをしていたが、精神面では注目を集めた。冷戦期には全体主義や共産主義への忌避から、多くの アメリカ人が個人主義や民主主義を信奉する者として中小企業の経営者への憧憬を強くした。ジョン・バン ゼルによると、中小企業とはアメリカのメイン・ストリートの素朴な美徳と結び付けられた、愛国心や国旗ほど の神聖さを帯びていないまでも不滅のものであり、特に 1950 年代から 60 年代の冷戦の雰囲気において、 中小企業はアメリカの民主主義の基礎であり、アメリカ的なものの一部分であると考えられている。つまり、 一方で大企業がもたらす生活水準の向上を期待しながら、他方では中小企業を経済的に自立した個人の 象徴と捉え、そうした生き方に憧れるという、矛盾した考えが一般的なアメリカ人の中に存在していた。 第6項 中小企業の歴史 ―1972 年から現在― その後の 30 年間は、中小企業復活の時期である。企業数、就業人口ともに、中小企業の占める割合が 増えた。これにはいくつか理由がある。ブレトン・ウッズ体制の崩壊が、世界経済が不安定化したこと。世界 規模でのリセッション。原油価格の高騰。また日本や西ドイツなどの経済復興により、それらの国から多国籍 企業が現われ、情報伝達と輸送手段の発達が国際競争を加速化し、米国の大企業がこうした企業との競 争の中で弱体化したこと。こうした状況の中で、多くの人が中小企業に米国経済再生の希望を託すようにな った。さらに複合的な要因もある。1970 年代初頭と 1980 年代初頭におきたリセッションは、大企業に大打 撃を与え、とりわけ貿易に依存する企業の被害は甚大であった。このような社会状態は、大企業が生み出し た失業者を中小企業へと向かわせた。これは 1930 年代に起きた現象と同じである。こうした変化がもたら すのは、大企業中心の製造業から、中小企業中心のサービス業へという、産業構造の変化である。 しかし、中小企業がアメリカ経済の復活をもたらさないこともわかってきた。そもそも成功した中小企業は、 規模を拡大する。労働人口のシェアにおいても 70 年代、80 年代には中小企業が増えたが、90 年代には 割合を減らした。連邦政府による中小企業政策も重要さを失っている。中小企業に必要なのは、大企業と の競争において明らかに不利となる政府規制の廃止であって、SBA が行っているような資金援助ローンや 経営相談プログラムではない。 第2節 第1項 中小企業経営者と経営者団体 中小企業経営者 このような中小企業の経営者の実像は、どのようなものであったかというと、彼らは自分の会社と一体的で あり、お金を稼ぎ、大企業との安定した関係、あるいはその隙間産業に快適な居場所を見つけることに関心 があった。彼らは大企業の経営者と比較して、一般的に若く、教育水準が低い傾向があった。またマイノリ ティーや女性の比率も高かった。しかしここで最も注目したいのは、彼らの地域密着型の生き方である。独 立を重んじる中小企業経営者は、ライオンズ・クラブやロータリー・クラブといった地域型の社会組織には積 極的に加盟していても、全国規模の組織を作ることには全く関心が無かった。 241 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 また政治的態度も、それほど明確ではないかった。戦後まもなくは、中小企業経営者は大企業に勤める 中間管理職と同様に共和党的、保守的ではなかった。1964 年の大統領選挙では、共和党の大統領候補 バリー・ゴールドウォーター(Barry Goldwater)と民主党のリンドン・ジョンソン(Lyndon Johnson)が争っ たが、中小企業経営者の多くが民主党に投票している。政府の補助金や福祉プログラムに反対することも 無かった。それに、彼らの会社が脅かされない限り、反労働者的でもなかった13。すなわち、この頃の中小 企業経営者はメイン・ストリート保守派の思想とされる「小さな政府」や経済的に自立した個人、独立独歩の 精神などを必ずしも信奉していたというわけではなかった。さらに、少なくとも 1960 年代までの政府からの 干渉が存在していない政治的状況下では、中小企業というくくりで共有されうる特殊利益に基づいて結束 する必要が存在していなかったと考えられる。 第2項 中小企業経営者団体 1900 年以前から地域レベルか州レベルのものとして、ペンシルバニアのモントゴメリー製造業者協会や カリフォルニア銀行協会などといった中小企業経営者による団体が作られ始める。全国レベルでの団体は、 中西部の中小企業団体として全国製造業者協会(the National Association of Manufacturers: NAM) が設立されている14。これらはどれも業種ごとの団体であった。全業種の中小企業を巻き込んだ組織として は、1938 年にフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領によって作られた独立中小企業全国顧問評議会(the National Advisory Council of Independent Small Business)が最初である15。そしてこの論文で扱う 予定の NFIB は 1943 年に設立された。NFIB については、次章で詳しく扱うこととする。 現在のアメリカにおいては、全米中小企業連合(National Small Business United: NSBU)があり、 過去 60 年にわたり中小企業を支援してきた、超党派の中小企業アドヴォカシー団体である。大工、製造業 者、小売業者、食料雑貨商、デザイナーなどを含む 6 万 5 千以上の会員を抱えている。中小企業に対する 法規制や、資本へのアクセス、公正競争、ペーパーワークの削減、遺産税の廃止と個人所得税の削減、税 制改革、健康保線制度改革、年金改革などに関心を持っている。他にも、中小企業サバイバル委員会 (Small Business Survival Committee: SBSC)は、7 万以上の会員を持つ超党派・非営利の中小企業 政策のロビー団体として、減税と法規制、遺産税の廃止、キャピタルゲイン税の軽減、海外市場への参入、 健康保険制度改革などの中小企業関連法案への投票活動から連邦議会議員に対する採点評価や、法人 所得税、個人所得税、キャピタルゲイン税、売上税、電気料金、犯罪率、官僚数などから中小企業や起業 家にとっての環境を全米各州について検証して州に対する採点評価を行っている16。また 1975 年に発足 した全米女性経営者協会(National Association of Women Business Owner)は、ワシントン DC を拠 点に活躍する女性事業家を中心とし、女性経営者の経済的発展の促進、戦略的アライアンスの提携などを 目的としている。全米各地に七五の支部を持っている17。1992 年に設置されたカウフマン起業家リーダー・ センター(Kauffman Center for Entrepreneurial Leadership)は、起業家の支援に特化した米国で最 大の財団であり、各種教育プログラムを提供している18。 つまり、現在は組織化を進め政治的影響力を確保している中小企業団体であるが、以前はデービッド・ト ルーマンが『政府のプロセス』の中で指摘した「潜在的集団」であった。潜在的集団とは、政府が実施する 政策の影響により被害を受けたとしても、利益集団として弱いため、あるいは組織化されていないために、 政策過程で直接的に利益を代表されていない団体のことである。当然のことながら組織化することのコスト と政治過程で意見を代表することにより得られる利益が見合わなければ、組織化は起こらない。しかしそも 242 米国中小企業の政治的活性化 そも政府はある程度それらの集団の利益を考慮に入れているはずである。なぜなら政治過程におけるシス テムが開放的であるならば、もし潜在的集団があまりにもはなはだしく無視されるならば、彼らは刺激を受け て積極的な反撃に転ずるために組織化されることになるからである19。では、連邦レベルにおいては潜在的 集団であった中小企業経営者が、なぜ利益団体として組織化されたかということが疑問になる。この論文で は NFIBを取り上げ、1990年代に入って NFIBが連邦レベルでの政治過程に参入してきた動機をもとに、 中小企業の組織化の要因を探っていきたい。ただしその点は 3 章にまわすこととして、次章では中小企業 経営者の組織化の中心であり、ワシントンにおいて政治的影響力を揺るぎないものとしている NFIB とはど のような組織であり、共和党および共和党系の保守は団体との関係について紹介する。 第2章 NFIB と共和党 第1節 NFIB について 第1項 組織規模 全米自営業者連合(National Federation of Independent Business: NFIB)は、米国最大の中小企 業に関する業界団体である。ワシントンにおける中小企業の政治的発言力がなかった 1943 年に、ワシント ンにおいて中小企業の利益を代表する団体として、ウィルソン・ハーダー(Wilson Harder)により設立され た。フォーチュン誌はワシントンにおける影響力のあるロビーイング団体として、全米ライフル協会(NRA)、 米国退職者協会(AARP)に次ぐ第 3 位にランキングしている。NFIB は、州レベル、連邦レベルでの公共 政策に影響力を行使し、アメリカの中小企業に資する活動を行うことを目的としている。また NFIB はコア・ バリューとして中小企業の重要性や、政府による干渉の排除を掲げている20。会員は 60 万を超え、サービ ス業と小売業が多いが、卸売業、建設業、製造業、農業、ハイテク産業などあらゆる分野にわたっている。 (図 2)また会員の多く従業員数 5 人以下であり、立ち上げて 10 年以内の小企業である。(図 3)NFIB の 会員の典型は、従業員5 人で年商 25 万ドルの中小企業である21。会員の83%がコンピューターを所有し、 62%がインターネットを利用している。会員は政治に対する強い関心を持ち、95%の会員が選挙で投票し ている。1 章 2 節 1 項で見たとおり、会員は地元コミュニティーでの活動に積極的で、地元にオフィスを持ち、 地域の学校や教会やボーイ・スカウト、野球チームや芸術活動を支援している。また株式会社、政府機関、 非営利組織の利益は代表しない22。 業種別に見たNFI B会員の構成 農業 7.0% 運輸/公益事業 金融業 0.9% 3.5% 鉱業 0.5% サービス業 30.5% 卸売業 7.8% 製造業 11.3% 建設業 15.9% (図 2) 小売業 22.6% 出典:中小企業総合事業団ニューヨーク事務所「ブッシュ政権の中小企業政策」(2002 年 5 月) 243 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 NFI B会員の従業員サイズ 41∼100人 100人以上 3% 1% 20∼40人 9% 15∼19人 5% 10∼14人 10% 1人 12% 2人 13% 6∼9人 17% 3∼5人 30% (図 3)出典:中小企業総合事業団ニューヨーク事務所「ブッシュ政権の中小企業政策」(2002 年 5 月) 第2項 会員向けサービス 近年では NFIB 法律財団(NFIB Legal Foundation)を設立して司法制度における中小企業の利益を 代表するとともに、中小企業経営者に法的視座を与えることを目的としている。また NFIB リサーチ財団 (NFIB Research Foundation)は中小企業に関係する政策上の問題を研究し、その成果を利用して政 策過程に影響を与えることを目的としている。また NFIB 教育財団(NFIB Education Foundation)は、 若年層に企業の独立性の重要性と起業家精神を教育している。これらの財団はすべて、内国歳入庁規則 501 条(c)3 項に該当する団体である。これに該当する団体は、所得税が免除になり、さらにこれらの団体 に寄付ないし献金をした者も、その金額が税控除の対象になる23。こうした機関を通じて、NFIB は実態的 なサービスを提供している。 さらに、“Member Ballot”という年3 回の会員投票、” My Business Magazine”という年6 回の情報誌、 “Capitol Coverage”という連邦議会における NFIB の活動報告、“Member Benefits Resource Guide” という NFIB の会員向サービス情報誌、“How Congress Voted”という各議会の中間と終わりに中小企業 関連法案における議員の投票行動を観測したパンフレット、“State Report”という各州の事務所が作る州 レベルでの中小企業関連政策や法律の報告書、さらにE-mail によるニューズレター、“NFIB Grassroots Power Manual”という選挙キャンペーンでの活動、中小企業候補者の支援、政治過程への参加に関する マニュアル本、“NFIB.com”というホームページ、“Small Business Focus”というマスコミ向けのニューズレ ターなどを通じて、NFIB は会員、非会員に対して情報提供活動、啓蒙啓発活動を行っている24。 第3項 役員 会長は 1991 年に死去したジョン・E・スローン(John E. Sloan, Jr.)の後を受け継いで、1992 年に就任 したジャック・ファーリス(S. Jackson “Jack” Faris)である。彼はテネシー出身で、1978 年にテネシー州知 事のラマー・アレクサンダー(Lamar Alexander)のもとで選挙財務担当となり、その後1981 年まで共和党 全国財政委員会(Republican National Finance Committee)の委員長を務めた。また彼はマーケティ ングとマネージメントに関するコンサルティング・ファームを経営していた。他にも、全国青少年育成会委員 会議(National Board of Directors of Junior Achievement)のメンバーや、国際中小企業会議実行運 営委員会(Executive and Steering Committee of the International Small Business Congress)の アメリカ代表、ナッシュビル・ロータリー・クラブの前会長、市の委員、アメリカガン協会、キリスト教徒運動選 244 米国中小企業の政治的活性化 手フェローシップ、ナッシュビル・シンフォニーなどの役員を歴任している。 ワシントン事務所のトップのメアリー・ブレジンスキー(Mary Blasinsky)は、1994 年に NFIB に来るが、 その前は 3 年間マルコム・ワロップ(Malcom Wallop)上院議員(共和党、ワイオミング)のスタッフであった。 さらにその前は連邦コミュニケーションズ・バー協会(Federal CommunicationSBAr Association)の実 行委員会の委員長であり、通信衛星会社の社長兼 CEO のアシスタントであった。連邦政策担当上級副会 長のダン・ダナー(Donald “Dan” Danner)は、1993 年に NFIB の教育財団の副代表に就任し、1995 年 より現職。1993 年以前はジョージ・メイソン大学の連邦関係副学長を務めていた。それ以前は米国商務長 官の主席スタッフであったし、彼はホワイトハウスに勤めていた経歴もある。また製鉄業界ロビーとして働い ていたこともある。政策担当副会長のスーザン・エカリー(Susan Eckerly)は、1996 年に上院ロビーイン グ・チームのトップとして NFIB にきた。それまでは健全な経済を求める市民の会(Citizens for a Sound Economy: CSE)で規制政策について担当していた。その前はヘリテージ財団(Heritage Foundation) で規制政策を担当していた。彼女は上院中小企業委員会を始めとする様々な議会委員会のスタッフであ った25。 第2節 共和党連合の中の NFIB 共和党連合は 1994 年の選挙で「保守革命」を巻き起こし、共和党に上下両院で勝利をもたらしたパワー の源泉である。ノーキストはこの共和党勝利の要因として、(1)共和党が保守主義的性格を前面に打ち出し、 選挙戦を「アメリカとの契約」(Contract with America)をもって全国的規模で展開したこと、(2)現職議員 が党として選挙戦に望むことに協力し、新人委員の選挙を積極的に支援したこと、(3)中小企業、納税者団 体、議員任期制限運動、銃所有者団体、宗教右派などといった保守系団体が大同団結したこと、(4)クリン トンの増税に対し、共和党が団結して反対したこと、(5)1993 年以後連邦議会補欠選挙やニューヨーク市 など地方首長選挙で共和党が勝利してきた勢いとそれに伴う不正投票の是正、(6)共和党の勢いに後押 しされてより強力な新人候補者が集められたこと、(7)現職民主党議員で引退する人が多かったこと、以上 の点をあげている26。 具体的にどのような団体があったかというと NFIB の他には、銃所有者団体としては全米ライフル協会 (NRA)、宗教右派としてはクリスチャン・コアリションがあげられる。そしてこれらの保守系団体の連合を形 成する上で、最も重要な役割を果たしたのが「水曜会」と呼ばれる集会である。これは毎週水曜日の午前 10 時から 12 時まで、ワシントンの全米税制改革協議会(Americans for Tax Reform: ATR)の事務所で 開かれる情報交換、意見交換の場である。司会はATRの会長グローバー・G・ノーキストが努め、共和党系 の連合に友好的であると主催者であるノーキストに認められたものでないと出席できない。この会合は、メデ ィアには非公開であり、会議は全てオフレコで行われ、議事録や公式の主席者リストは存在しない。 この会の始まりは 1994 年 1 月で、1992 年選挙の敗北の中で方向性を失っていた共和党保守派を結集 して、クリントン政権と対抗することを目的に開始された。当初ノーキストが協力関係を形成していた相手に は、ニュート・ギングリッチ、ジョン・ベーナー、下院共和党指導部などがあり、クリントン政権の健康保険制 度改革案を廃案に持ち込むことを模索していた。 参加者は NFIB、合衆国商工会議所、クリスチャン・コアリション、全国卸・流通業者協会、全国レストラン 協会、全国住宅建設業者協会、健全な経済を求める市民の会、NAM、食料流通インターナショナル、建 設・請負業者連合、全国小売り連合、ケイトー研究所、ヘリテージ財団、NRA、SBSC、US ターム・リミッツ 245 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 (U. S. Term Limits)、ウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・タイムズ、イーグル・フォーラムなどであ り、現職の共和党政治家やそのスタッフ、あるいは共和党の議会委員会スタッフなどが数多く出席する。こう した出席団体のリストは、共和党の支持母体の広がりを知る上で有益である。経済的保守主義グループか ら社会的保守主義グループまで幅広い団体を抱える水曜会は、共和党政治家とグラスルーツの団体活動 家の重要な接点であり、それと同時に保守派のネットワークの結節点でもある。ただし、こうした連合の中心 はATRであり、増税反対や小さな政府を求める経済的保守主義グループであることは明らかである。そし て、ノーキストはこの連合を政府非干渉連合(Leave Us Alone Coalition)と呼んでいる27。 第3節 NFIB と共和党連合の利権構造 NFIB を構成する中小企業経営者は、顧問弁護士や顧問税理士を抱える大企業であれば対応できるよ うな政府による規制や税金に反対している。つまり NFIB の会員は、この点で「小さな政府」を志向するメイ ン・ストリート保守派に通じるメンタリティーを有している。そしてこれが増税反対を主張するATRを筆頭に、 経済的保守派団体を中心とした政府非干渉連合の政治的態度と協調を可能にしたところである。 1992 年以降 NFIB に加わった役員の経歴の中に、水曜会に参加していた団体名が散見される。会長 のジャック・ファーリスは共和党全国財政委員会の委員長を努めていた。メアリー・ブレジンスキーは、共和 党上院議員のスタッフとして働いていた。スーザン・エカリーは、ヘリテージ財団、CSEを経て NFIBに勤め ていた。さらに主席ロビイストのジョン・モトレー(John Motley)は、「木曜グループ」で NFIB を代表し、議 会共和党指導部の中枢とコネクションを持っていた。1993 年に NFIB に迎えられたロビイストのマーク・ナ タル(Marc Nuttle)は、1989 年から 1991 年まで全国共和党議会委員会( National Republican Congress Committee)で実行委員長を務め、J・C・ワッツ(J.C.Watts)を1994 年の選挙で議会へ送り込 んでいる。1995 年にNIFBに迎えられたロビイストのジェフ・バッキ(Jeff Butzke)は共和党候補者の選挙 コンサルタントであった28。 共和党連合の内部において政策スタッフの交流があるということは、政策レベルでの交流が存在すること を意味する。これは NFIB が共和党連合の中で他の団体と足並みをそろえるために必要な素地を形成す る。ただしこうしてみると、経済的保守派団体とのつながりが強化されている一方で、社会的保守派団体と のつながりはそれほどでもないことがわかる。1995 年に下院共和党議員総会の会長を務めるジョン・ベー ナー議員によって作られた「木曜グループ」は、この傾向を顕著に表している。木曜グループは「共和党革 命のブースターとして、またその理事会として機能した」といわれる29。この会に当初から参加していたのは、 NFIB、合衆国商工会議所、クリスチャン・コアリション、全国卸・流通業者協会、全国レストラン協会、全国 住宅建設業者協会、CSE、ATR であり、後で加わったものには NAM、食料流通インターナショナル、建 設・請負業者連合、全国小売り連合などである30。一目瞭然であるが、クリスチャン・コアリション以外は全て 経済的保守派の団体である。また図 2 と見比べればわかるように、ここで名前が挙がっている団体が代表 する業界は、NFIB の会員企業においても多数を占める業界である。先に見たような人的交流は、共和党 連合の結束力強化につながったことは言うまでもない。またこのような経済的保守派グループを中心とする 支持団体の結束は、共和党内部において経済的保守派の発言力を高めることにもつながったと考えられ る。 246 米国中小企業の政治的活性化 第3章 NFIB の政治的活性化 1 章で見たとおり、連邦レベルにおいては潜在的集団であった中小企業経営者が、なぜ利益団体として 組織化されたかのであろうか。それはいつどのように起こったのであろうか。この章では、NFIB を取り上げ、 1990 年代に入って NFIB が連邦レベルでの政治過程に参入してきた過程と動機を探っていきたい。 第1節 ジャック・ファーリスの会長就任 最初にあげられるべき点は、ジャック・ファーリスの会長就任である。彼自身の経歴については既に 2 章 1 節 3 項で述べたので、ここでは繰り返しを避け、彼が就任後に行った組織改革について述べたい。彼は会 長に就任すると NFIB が膨大な未開発の資源を持っていることを認識した。各州にフルタイムで働くスタッ フを持ち、「NFIBの利益を守る活動評議会」(Guardian Action Councils)を構成する熱心な活動家を有 していた31。これを連邦レベルの政治過程で有効に機能させるために、ファーリスは、第一に全国本部を彼 の本拠地であるテネシー州ナシュビルに移した。第二に、ワシントン事務所を刷新した。第三に、議会共和 党の中での地位を向上させるために、政策スタッフを雇用した。第四に増加しつづける NFIB 会員の政治 的活性化を企図した。そして最後に、彼は自身の個人的な共和党とのつながりを NFIB の強みとしていっ たのである32。 二番目と三番目の改革については、2 章 1 節 3 項で見たとおりで、彼は外部から有能な人材を集めるこ とで組織の人的リソースの大幅な強化を行った。しかしより一層困難なことは、四番目の点である。しかしこ の改革はおそらく彼自身が予想していたよりも容易に進んだと思われる。NFIB の PAC である SAFE Trust には、1990 年までは 30 万ドルが集まる程度であったのが、1993 年には 37 万ドルに増加し、1994 年には 100 万ドルが集まっている。選挙キャンペーンの盛り上がりも一因ではあるが、それだけではない。 この背景には、ナタルを中心とした NFIB 会員への啓発活動があった。 しかし彼が会長に就任したときにあった膨大な未開発の資源は、彼によって連邦レベルに導かれる以前 は州レベルでの活動においてある程度有効に機能していたのではないだろうか。ではなぜNFIBがその力 を連邦レベルに向けなかったのか。この原因は 1 章 2 節 1 項で見たような、地域コミュニティーに最も強い 関心を抱き、連邦レベルにはあまり強い関心を抱かないという、中小企業経営者のメンタリティーにある。し かしこのメンタリティーのために、連邦レベルで中小企業経営者が政治活動を行っていなかったからといっ て、政治的不満をもっていなかったと考えるのは間違いである。次節では、彼らの政治的不満について探 っていきたい。 第2節 ワシントンへの不信感 1990 年代のアメリカの政治的不満について考える際に、一番に名前が出てくるのが、ロス・ペローである。 「ペロー現象」とも呼ばれたワシントンに対する不満は、第三政党的候補をもたらした。ペローは 1992 年の 選挙戦に私財を投じて無所属で立候補し、当時深まりつつあった政治不信にのってワシントン政界全体と 財政赤字の放置を厳しく攻撃した33。結局彼は得票率 19%という、第三政党としては驚くべき成果を出す。 彼の主張の根幹は、既成政党に対する不信感と累積する財政赤字を解消による財政均衡の実現であった。 そして経済再建のために、中小企業の育成による雇用の創出と用地産業の保護をとなえた。 久保文明は、「現職政治家不信の風土―連邦議会議員再選制限運動の考察」『アメリカ議会の変化と展 望』(平成 5 年度外務省委託研究報告書)の中で、現職政治家不信の雰囲気のなかで急速に勢いを増し 247 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 ている連邦議会議員の再選回数制限運動を中心に考察している。この現職政治家への不信の背景として、 経済不振が長引き、失業率が高い状態が続いたが、これに対し行政部(共和党)と立法部(民主党多数)の 間では責任のなすりあいばかりが行われ、何ら有効な対策が打ち出されなかったことが大きいと指摘する。 次に下院の私設銀行における大量の超過小切手振り出し事件と下院郵便局におけるスキャンダルなどを 取り上げ、これらの連邦議会に起きたスキャンダルが、国民の間に現職の議員に対する不信感を募らせ、 現職議員は庶民感覚を失った特権集団であるというイメージをもたらし、これらの不信感は現職再選支持 率を押し下げ、根本的なところで議会選挙における投票率を押し下げていると考察している34。 この不信感を定数的に把握するために、いくつかの世論調査を紹介する。ルイス・ハリス世論調査による と、行政府に「多くの」信頼を表明したのは、1966 年の 41%から、1981 年の 24%、1994 年の 12%へと減 少し、議会への信頼は、1966 年の 42%から、1981 年の 16%、1994 年の 8%へと減少したと報告している。 ダニエル・ヤンケロビッチによると、「政府が正しいことをするとどれほど信用しているか」との質問に対して 「いつも」あるいは「大抵」とする回答が、1964 年の 76%から、1984 年には 44%へ、さらに 1994 年には 19%にまで落ち込んだと報告している。1994 年に実施されたタイムズ・ミラー社のために実施されたギャラ ップの全国調査では、66%の人々が「政府はほとんど常に、無駄で、非効率である」と答え、同じ割合の 人々が「選挙で選ばれたほとんどの公職者は、自分のような人々が考えるようなことは気にかけない」と回答 している35。 このようなアメリカ全体に蔓延したワシントンへの不信感は、そのまま現職政治家への不満となっていた。 この不満を適切にセグメント化し、集団という枠組みを与えることができれば、極めて大きな政治勢力と化す ことは容易に想像できる。つまり不満を抱える大衆という漠然としたものの中から、中小業経営者という枠で もって不満を持った人々を切り出すことができれば、NFIB は強力な利益集団になることは明らかであった。 政治過程におけるシステムが開放的であるならば、あまりにもはなはだしく無視された潜在的集団は、積極 的な反撃に転ずるために組織化するというトルーマンの潜在的集団の概念に基づいて述べれば、ファーリ スが行ったことは、単に政治過程の中で潜在的集団として存在していた中小企業経営者に、NFIB という 組織を用いて集団の枠組みを与えたに過ぎない。これが可能だったのは、保守対リベラルという既存の政 党構造に依拠して NFIBを組織化したのではないからである。彼は NFIBが NFIBとして連邦政府に何を 求めるべきかについて冷静に考え、さらに時機をうかがっていたのである。この点については次節で述べる こととする。 現代アメリカ政治の特徴として、政治に対する不信感が存在し、それは政治的無関心を生み出している。 ディオンの『なぜアメリカ人は政治を憎むのか』は、アメリカ民主制は衰退しているが、各政党は党派的なシ ンボルを動員して、イデオロギー対立を続けたために、自己矛盾に陥っていると指摘し、それに対し一般民 衆がシニカルになっているという36。この結果、無党派層が増加していると考えることができる。しかし無党派 層はどのような人々かと考えたとき、既存の政党によって自己の利益が代表されていない人々と定義するこ とができる。すなわち、無党派層というのは一つの集団でもないし、政治によって自己の利益が増えることも 減ることもないと考えるために関心が低い人たちなのである。そして、こうした無党派層を新たにセグメント化 する動きが、ファーリスによる中小企業経営者の政治的活性化であり、他の例を持ち出せばクリントンによる サッカー・ママというミドル・クラスの女性のくくりだしであった。また保守対リベラルというイデオロギー対立の 構造から抜け出すという意味で、クリントンが、冷戦構造の中で疲弊したアメリカの再生を掲げ、保守でもリ ベラルでもない第三の道として「ニュー・デモクラット」の旗の下に結集をと呼びかけたことは、非常に意義深 248 米国中小企業の政治的活性化 い。 アメリカにおけるワシントンへの不信感について考える上で、無党派とともにあげておきたいもう一つの点 は、「小さな政府」というイデオロギーの復活である。当然のことであるが、普通選挙民は政府がきちんとガヴ ァナビリティーを持ち、効果的であること、換言すれば有権者が追及する政策を執行する能力を備えている ことを前提に、その権限を付与するために投票する。翻って 1990 年代のアメリカがそうではなかったことは、 さきほどの世論調査の結果から明らかである。人々は政府に不信感を抱き、政治家は有権者の利益を代 表しないと考える。もしこのように有権者が信じる場合、彼らが取りうる有効な対策は、政府を非効率なもの にすることである。1955 年から 1992 年までの間の 38 年間のうち 26 年間、政府は分割されており、1969 年から 1992 年までの 24 年間のうち 20 年間、分割政府が支配していた37。しかし非効率な政府は資源の 浪費を伴うため、放置することは望ましくない。ここから「小さな政府」というイデオロギーが再び脚光を浴び、 政府による規制や税制度の縮小を求める考えが高まることは、ごく自然なことである。そして、NFIBもまさし くこの思潮に乗って、肥大化した連邦政府による干渉の排除を要求して立ち上がったのであるといえる。 第3節 クリントンの医療保険制度改革と NFIB NFIBがワシントンでの政治過程に具体的な利益を初めて表出させるのは、クリントンの医療保険制度改 革に関する議論においてである。この時 NFIB の会員の実に 95%の会員がクリントンの案に反対していた 38。そこでこの節では NFIB が医療保険制度に対してどのように考えていたのか見ていく。 アメリカで医療保険制度改革が必要とされるのは、次の 3 点からである。第一に、社会保障関係連邦財 政支出の負担の増加である。社会保障に関する費用のうち医療関係について、メディケアにおける連邦政 府の財政支出部分と、メディケイドにおける連邦政府から州政府への補助金を合算すると、1992 年度には 1,065 億ドルにも達する。しかも、医療費の高騰、受給者・要扶養者の増加により、今後ますます一般財政 に対する負担が著しく増加していく見込みである(表 2)。これは言うまでもなく政府の肥大化をもたらし、前 節で見た小さな政府というイデオロギーに明らかに反するものである。 (表 2) 医療関係連邦財政支出計の推移 会計年度(年) 医療関係連邦財政支出計(億ドル) 対 GDP 比(%) 1980 209 0.8 1983 332 1.0 1987 477 1.1 1990 743 1.3 1992 1065 1.8 1998(P) 2200 2.8 注) 医療関係連邦財政支出については会計年度ベース、GDP については暦年ベース 出所:行政管理予算局(Office of Management of Budget: OMB), Budget of the United States Government, FY 1994; FY1992, および, Economic Report of the President, January 1993 第二に、国民医療費の高騰・膨張である。アメリカの国民医療費は、1992 年で8,390 億ドルと推定され、 対 GNP 比 14%である。日本が 5%であることと比較すれば、この負担規模の大きさがわかるだろう。このよ うな医療費の高騰・膨張は、資源の最適配分を歪め、国民貯蓄率の低下をもたらし、経済成長に対する阻 害要因となりうる。また、医療保険料の高騰を通じて、事業主の負担が増し、製造業分野などにおいては国 際競争力の低下などが懸念され、一般的には企業収益の圧迫につながる恐れがある。 また、高額の医療費を払えずに破産に追い込まれる個人も増えているとの指摘もある。NFIB が懸念す るのはまさにこの点である。クリントンの改革案では医療保険料を、賃金支払い総額の 3.5%から 7.9%を従 249 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 業員の医療保険料として被雇用者に支払うことを求めている。しかし、中小企業経営者にとっては、これは 増税以外の何物でもない39。そしてこれは中小企業の競争力を落とすだけでなく、中小企業の雇用創造力 をも衰えさせる。なぜならば、中小企業経営者にとって医療保険料の負担を理由に従業員の賃金を減らす ことは難しく、1993 年にギャラップによって行われた調査によると、3.5%の雇用者負担が求められた場合、 中小企業経営者の 31%が従業員を減らすと答えている40。 第三に、多数の無保険者の存在である。アメリカの医療制度では、総人口の約 65%が民間医療保険に よる医療費保障を受けており、また国民医療費の面から見ると、その約 33%が民間医療保険からの給付で まかなわれている。ただし、民間医療保険の場合、事業主が従業員に対する福利厚生の一環として、事業 主の負担により職域単位で加入することが多いとされ、中小企業の従業員、失業者などは、これらの保障を 受けられないケースが多くなっている。HIAA による 1989 年の調査によると、NFIBの会員に多い 9 人から 5 人の企業では 54%、従業員 5 人未満の企業では 26%しか、従業員に医療保険制度を用意していない (表 3)。 (表 3) 健康保険を用意している企業の割合(HIAA 1989) 企業規模(従業員数) 用意している 5 人未満 26% 5 人から 9 人 54% 10 人から 24 人 72% 25 人から 49 人 90% 50 人から 99 人 97% 100 人以上 99% 全体 42%(*) *1992 年の HIAA の研究により、この数値は 40%に修正された。 用意していない 74% 46% 28% 10% 3% 1% 58% また自営業者も医療保険に加入していない割合が高い。彼らは法人企業ではないだけの理由で、通常 認められる保険料が控除されず、民間保険会社の保健に加入しようとすると非常に高額な保険料の支払い を求められる。そのため保険に入りたくても現実的に入ることができないのである41。 クリントンの改革案は、5,000 人以上の企業に社員の保険料の八割負担を義務付け、5,000 人未満の企 業の社員と自営業者は、企業が政府からの補助金を受け取りつつ保険料の一部を負担することにより、新 設の地域医療保険組合を通して保険に加入するというものであった。しかし従業員の保険料の一部を中小 企業経営者が負担することを義務付けるという点で、強い反発が起きた42。NFIB では 95%の会員が反対 し、その反対運動は全国規模でのグラスルーツ運動として展開し、これはクリントン案を廃案に追い込んだ 原因のうち欠くことができないものとなった。 では、より具体的に NFIB はどのようなことを主張していたのか、議会公聴会での証言から検証したい。 まず、1995 年 3 月 10 日の下院の経済および教育における機会に関する委員会の労使関係小委員会に おけるジャック・ファーリスの証言を検討する。この証言の中で彼は NFIB が 1986 年から既に医療保険制 度について関心をもっていたことを明らかにする。NFIB 教育財団が同年に出したレポートにより、中小企 業経営者にとって健康保険料の問題は法人所得に対する連邦税などよりはるかに大きな問題であることが 初めて認識され、その後も保険料はインフレ率より高い割合で伸びつづけ、問題はますます大きくなってい ったのである。その上でファーリスは、(1)保険業界の体質改善、(2)共同出資の奨励による中小企業の購 買力の向上、(3)自営業者にも法人企業経営者と同じだけの控除を認めさせる、(4)保険に関する命令に 250 米国中小企業の政治的活性化 おける連邦の州に対する優越、(5)高額な損害賠償訴訟の費用などの統制、(6)行政書類手続きの簡略 化によるコスト削減、(7)管理されたケアに反する法律における連邦の州に対する優越、(8)政府のヘルス・ ケア・プログラム(メディケアやメディケイド)から中小企業への莫大なコスト移転の阻止、以上 8 点を訴える43。 この中で、(1)から(3)までは保険業界、保険ビジネスへの改善提案、(4)から(8)は政府への要望、なか でも(4)と(7)は連邦政府による州政府への統制を提案している。そもそも 1986 年から医療保険制度の問 題に取り組んできた NFIB が 1992 年に連邦政府へのかかわりを強くする以前から、NFIB は各州レベル でこの問題に取り組んできていた。しかし州議会では NFIB に不利な法案が多数成立してしまい、さらに各 州で個別にアドヴォカシー活動を行うよりも連邦政府に対して州政府の行き過ぎた保険行政の是正を求め ることのほうに重点が移されたと考えられる。そしてこれを契機に NFIB は共和党からも一目置かれる存在 となっていったのである44。 第4章 第1節 メイン・ストリートからワシントンへ 出馬するビジネス・パーソン これまで見てきたような、NFIB による中小企業経営者の政治的活性化により、ワシントンにも少なからず 変化がおきた。103 議会以降現職議員に対する不信感から、多数の新人議員が当選している。104 議会 では、新人議員の約半数がビジネス界出身で、それも大企業ではなく中小企業であった。こうした傾向は、 104 議会全体についても同様であった。この 104 議会の新人議員のうち 73 名が共和党議員であり、そのう ち 60 名が 1996 年の下院議会選挙でも再選されている。 1994 年に NFIB は PAC を通じて 232 名の連邦議会議員候補に政治献金を行ったが、その 89%は共 和党候補であった。また政治献金の 60%が挑戦者か現職が立候補していない選挙区の議席への候補者 に渡っていた。共和党全国委員会のハリー・バーバー委員長は、1994 年の中間選挙の夜に「共和党は中 小企業のための政党であって、大企業のための政党ではない。またメイン・ストリートを代表する政党であっ て、ウォール・ストリートを代表する政党ではない。」と述べた。また共和党の J・C・ワッツ下院議員は 1997 年の大統領一般教書演説を受けて「アメリカの強さは、ウォール・ストリートではなくメイン・ストリートにある。 また大企業ではなくて、地域の企業経営者と従業員を抱えた中小企業にある。」と述べている45。 1994 年の中間選挙で共和党が擁立した下院議会選挙候補者たちの特徴は、それまでに政治的経験を 持っていない「素人」が多いことであった。彼らが候補者に対して最も期待した点は、誠実さと信頼性であっ た。「健全なビジネス感覚」で、政治のプロには治せなかった「アメリカ病」に立ち向かおうとした政治の素人 に大きな期待が集まったのであった。94 年の中間選挙で当選した共和党の 73 名の新人議員についてい えば、彼らの中で政治経験者はほとんど存在せず、中小企業関係に携わっていた者たちであった46。その 結果、104 議会では上院の 4 分の 1 が、下院の 3 分の 1 が、議会経験が 2 年以内の議員である。そもそも 下院で共和党が多数党になるのは 40 年ぶりなので、下院共和党議員 231 名のうち議会での多数党経験 者はいなかった47。 第2節 ワシントンにおきた変化 こうして数多くの新人議員が当選したことで、「未熟な議会」が誕生し、そこではかえって少数の共和党古 参議員の力が強大化することとなった。ニュート・ギングリッチ下院議長は特に有名であるが、その他にもジ ェシー・ヘルムズ上院外交委員長、パックウッド上院財政委員長兼通信省委員長、ブレッサー上院商業委 251 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 員長、フランク・マコウスキー上院エネルギー委員長兼外交委員会アジア太平洋小委員長、ダマト上院銀 行委員長、ビル・アーミー下院歳入委員長、リビングストン下院支出委員長などがあげられる。アメリカの議 会政治は「委員会政治」といってよいほど、委員会と委員長を中心に進むが、「未熟な議会」においてこれら の各委員長の権限が一層強大化したと考えられる。また 104 議会ではギングリッチ議長のもと行われた議 会改革の一環として委員会の再編も行われており、彼を中心としたインナー・サークルと呼ばれる少数の議 員による議会執行体制が形作られていた。このような状況下で新人議員がギングリッチ・チルドレンとして力 をもてないでいたことは、容易に理解できよう。 これと同じ理屈であるが、政治力の弱い新人議員が増えると力を強めるものがもう一つある。それは利益 集団である。新人議員は政策面で利益集団の影響に大きく受け、政治資金面でも人材面でも利益集団の 恩恵を好んで受けた。とくに NFIB は「ミニチュア政党」と呼ばれるほど若手議員に影響力を持っていた。 1994 年の選挙の後、多くの議員が当選を NFIBのおかげだと感じていたし、実際有権者である多くの会員 と、全国規模のグラスルーツ組織、豊富な資金、投票率の高さ、候補者への支持の表明による選挙結果の 決定力、さらに名声、この全てを NFIB は持っていたし、その意味で NFIB はまさしく政党であった。1996 年の選挙でも 1994 年の選挙で初当選を果たした議員への支援をしっかりと行ったこと、また全体のわずか 5%ではあるが 20 人ほどの民主党の候補者へも献金を行っていることは、NFIBが自分達の利益を明確に 認識しながら、それに基づいて政治活動を行っていることを示している。大企業が PAC を通じて共和党と 民主党の両方に対して、院内総務や委員長などの政策形成過程において重要となる要職に就いている議 員に的を絞って重点的に献金を行っているのとは、考え方が根本的に異なるものであるといえる。 終章 1990 年代に起こった中小企業経営者の政治態度の変化は、1992 年にジャック・ファーリスが会長に就 任した時から始まった。それまで主に州レベルでの活動に従事していた NFIB をワシントンの政治過程へ 参入させたのは、疑う余地なく彼の功績である。しかしその前提として、NFIB の会員および潜在的会員で ある中小企業経営者が、それを可能とする要素をそろえていたということも無視できない。その要素とは、 NFIB が州レベルで築き上げていた組織体制であり、またワシントンへの不信感というかたちで漠然とした イメージのまま共有されていた政府の干渉に反対する考えであった。前者は、NFIB が連邦レベルでグラス ルーツの政治活動を展開する際に極めて有効に機能したし、ファーリスやナタルはそれを企図していた。ま た、後者は、NFIB が保守系の他団体と共和党連合を形成する際のよりしろとして、非常に重要であったと いえる。 また、こうした NFIB の政治的活性化とは、潜在的会員を顕在化し、中小企業経営者という社会集団とし て自己認識させることによって政治に関する意識を高め、そこから共通する利害を見つけ出しでは、それを 政治過程に表出させるということへの取り組みであった。NFIB は共和党との関係を強く持ち、また経済的 保守派の他団体とも連合を組んでいるという点で、多数派工作に長けた組織である。さらに忘れてならない のは、1994 年のビジネス界出身の新人議員を次の選挙以降も応援しつづける態度と、中小企業政策の面 で意見を同じくする政治家であれば民主党議員でも献金を行う超党派的態度である。前者は、このことが 突き進めばただでさえ政党帰属意識が弱いアメリカ政治の中で、利益集団に対する帰属意識を生みだす ことになる。選挙戦において、票田と選挙資金と選挙運動員を提供してくれる NFIB が、政党と同じ機能を 果たしているという意見は納得できるものであり、実際にNFIB に支援された政治家もそういっている。後者 252 米国中小企業の政治的活性化 は NFIB が政党機能を備えた利益団体として「ミニチュア政党」になっているのではなく、1960 年代のイデ オロギーにしがみついてきたためにねじれてしまった既存政党の対立の枠組みを破壊していることを意味 する。つまり、アメリカ社会をゼロベースで再検討したときに見えてくる中小企業経営者という社会集団の利 益について検討するところから、NFIB は自分達が、誰のために、何を、いつ、どこで、どのように実行すれ ばよいのかということを、極めて冷静に分析し、合理的に判断しているのである。 1 佐々木毅『現代アメリカの保守主義』岩波書店、1984 年 佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』講談社学術文庫、講談社、1993 年 3 副島隆彦『現代アメリカ政治思想の研究―<世界覇権国>を動かす政治家と知識人たち―』筑摩書房、1995 年 4 佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』p.14 5 Ronald G. Shaiko and Marc A. Wallace, "From Wall Street To Main Street: The National Federation of Independent Business and the New Republican Majority," in Robert Biersack, Paul S. Herrnson, and Clyde Wilcox eds., After the Revolution: PACs, Lobbies, and the Republican Congress (Allyn & Bacon, Needham Heights, MA: 1999) 6 Ibid., pp19-26, 32-34. 7 佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』pp.23-25 8 寺岡寛『アメリカ中小企業論』大学図書、1994 年、p.3 9 この法律は 2001 年に改正されている。訳については、寺岡寛『アメリカの中小企業政策』大学図書、1990 年、p.10 10 細かい基準については、1997 年から経済統計では北米産業区分システム(the North American Industry Classification System: NAICS)に基づく区分が採用されている。したがってそれ以前に用いられていた標準産業区 分システム(the Standard Industrial Classification: SIC)とは単純比較できない。 11 http://www.SBA.gov/ 12 Mansel G. Blackford, A History of Small Business in America 2 nd ed. (The Luther Hartwell Hodges Series on Business, Society, and the State.) (Chapel Hill and London: the University of North Carolina Press, 2003) 13 Ibid., pp.148-152 14 Ibid., p.75 15 Ibid., p.151 16 中小企業総合事業団ニューヨーク事務所「ブッシュ政権の中小企業政策」2002 年 5 月、pp.41-43 17中小企業総合事業団ニューヨーク事務所「米国の州における中小企業施策」2000 年 3 月、p.9 18 中小企業総合事業団ニューヨーク事務所「ブッシュ政権の中小企業政策」p.44 19 David Truman, The Governmental Process (New York: Knopf, 1951), p.114 20 http://www.nfib.com/ 21 Jack Faris, Prepared Testimony of Jack Faris, President and CEO National Federation of Independent Business (NFIB) Before the Subcommittee on Employer-Employee Relations House Committee on Economic and Educational Opportunities, H.R.995, the ERISA Targeted Health Insurance Reform Act, March 10,1995. 22 http://www.nfib.com/ 23 久保文明『現代アメリカ政治と公共利益―環境保護政策をめぐる政治過程―』東京大学出版、1997 年、p.105 24 http://www.nfib.com/ 25 http://www.nfib.com/ 26 グローバー・G・ノーキスト『「保守革命」がアメリカを変える』中央公論社、1996 年、pp.11-28 27 久保文明「近年の米国共和党の保守化をめぐって―支持団体の連合との関係で―」『法学研究』75 巻 1 号 2002 年 1 月、pp.115-119 28 Shaiko and Wallace, “From Wall Street To Main Street,” p.25 29 久保文明「近年の米国共和党の保守化をめぐって―支持団体の連合との関係で―」p.114 30 Shaiko and Wallace, “From Wall Street To Main Street,” pp.25-27, p.35 31 Michael Weisskoph, ”Small Business Lobby Becomes a Big Player in Campaigns,” The Washington Post, August 9, 1996 32 Shaiko and Wallace, “From Wall Street To Main Street,” p.25 33 阿部齊他『北アメリカ』国際情勢ベーシックシリーズ 8、自由国民社、1999 年、p.358 2 253 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 久保文明「現職政治家不信の風土―連邦議会議員再選制限運動の考察」『アメリカ議会の変化と展望』平成 5 年度 外務省委託研究報告書、1994 年 3 月 35 シーモア・マーティン・リプセット『アメリカ例外論―日欧とも異質な超大国の論理とは―』明石ライブラリー9、明石書 籍、1999 年、pp.419-420 36 Dionne E. J. Jr., Why Americans Hate Politics, (Simon & Schuster, 1992) 37 Sundquist, James L., Constitutional Reform and Effective Government, revised edition, (Washington, DC: The Brookings Institute, 1992) p.93 38 Shaiko and Wallace, “From Wall Street To Main Street,” p.24 39 John Motley III, Hearing of the House Ways andMwans Committee: the Employer Mandate in the Health Security Act, Impact on Small Business, February 3, 1994. 40 Ann Blakeley, Testimony March 17, 1994 Aann Blakeley National Federation of Independent Business Senate Finance Health Care Premiums and Subsidies, Employer Mandate: Impact on Small Business, March 17, 1994. 41 Jack Faris, Prepared Testimony of Jack Faris, President and CEO National Federation of Independent Business (NFIB) Before the Subcommittee on Employer-Employee Relations House Committee on Economic and Educational Opportunities, H.R.995, the ERISA Targeted Health Insurance Reform Act, March 10,1995. 42 阿部齊他『北アメリカ』p.362 43 Jack Faris, Prepared Testimony of Jack Faris, President and CEO National Federation of Independent Business (NFIB) Before the Subcommittee on Employer-Employee Relations House Committee on Economic and Educational Opportunities, H.R.995, the ERISA Targeted Health Insurance Reform Act, March 10,1995. 44 Shaiko and Wallace, “From Wall Street To Main Street,” p.19 45 Shaiko and Wallace, “From Wall Street To Main Street,” p.18 46 吉原欽一『現代アメリカの政治権力構造』(政策研究シリーズ)(日本評論社、2000 年)p.87、pp.119-120 47 ケント・カルダー「新米国議会で注目すべき人々」『日経ビジネス』1995 年 1 月 2 日、p.117 34 【参考文献】 * 阿部齊他『北アメリカ』国際情勢ベーシックシリーズ 8、自由国民社、1999 年 * 久保文明「近年の米国共和党の保守化をめぐって―支持団体の連合との関係で―」『法学研究』75 巻 1 号 2002 年1月 * 久保文明「現職政治家不信の風土―連邦議会議員再選制限運動の考察」『アメリカ議会の変化と展望』平成 5 年 度外務省委託研究報告書、1994 年 3 月 * グローバー・G・ノーキスト『「保守革命」がアメリカを変える』中央公論社、1996 年 * ケント・カルダー「新米国議会で注目すべき人々」『日経ビジネス』1995 年 1 月 2 日 * 佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』講談社学術文庫、講談社、1993 年 * 佐々木毅『現代アメリカの保守主義』岩波書店、1984 年 * 副島隆彦『現代アメリカ政治思想の研究―<世界覇権国>を動かす政治家と知識人たち―』筑摩書房、1995 年 * 中小企業総合事業団ニューヨーク事務所「ブッシュ政権の中小企業政策」2002 年 5 月 * 中小企業総合事業団ニューヨーク事務所「米国の州における中小企業施策」2000 年 3 月 * 寺岡寛『アメリカの中小企業政策』大学図書、1990 年 * 寺岡寛『アメリカ中小企業論』大学図書、1994 年、p.3 * 吉原欽一『現代アメリカの政治権力構造』政策研究シリーズ、日本評論社、2000 年 * David Truman, The Governmental Process, (New York: Knopf, 1951) * Dionne E. J. Jr., Why Americans Hate Politics, (Simon & Schuster, 1992) * Mansel G. Blackford, A History of Small Business in America 2nd ed. (The Luther Hartwell Hodges Series on Business, Society, and the State.) (Chapel Hill and London: the University of North 254 米国中小企業の政治的活性化 Carolina Press, 2003) * Michael Weisskoph, "Small Business Lobby Becomes a Big Player in Campaigns," The Washington Post, August 9, 1996. * Ronald G. Shaiko and Marc A. Wallace, "From Wall Street To Main Street: The National Federation of Independent Business and the New Republican Majority," in Robert Biersack, Paul S. Herrnson, and Clyde Wilcox eds., After the Revolution: PACs, Lobbies, and the Republican Congress (Allyn & Bacon, Needham Heights, MA: 1999) * Sundquist, James L., Constitutional Reform and Effective Government, revised edition, (Washington, DC: The Brookings Institute, 1992) * http://www.SBA.gov/ 中小企業全般に関しては、監督官庁である SBA の website から多くの情報を得た * http://www.nfib.com/ 役員等の人物に関しては、NFIB の website から情報を得た * http://www.jasmec.go.jp/ck/kokusai/report/r_rptny.htm 米国の中小企業政策に関する調査は、中小企業 総合事業団ニューヨーク事務所が発行している報告書から多くの情報を得た * https://web.lexis-nexis.com/congcomp 議会証言等の資料は LexisNexis Congressional から入手した 255 久保文明研究会 2003 年度卒業論文集 あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小出壮一 書き上げて、なお不満が多いのはいつものことである。あと 3 日もすれば、恥ずかしくて誰にも見せたくなるかもしれ ないが、とりあえず書き上げられたことに喜びを感じている。いろいろとご指導いただいた久保先生、僕の卒論にコメント を書いてくれた佐藤さん、飯田さん、杉森さん、いつも何かと相談に乗ってくれた友達、先輩、ありがとうございました。 とりあえず、NFIB という組織の情報を十分に集めることができたとは思うので、その点は満足している。「メイン・ストリ ート保守派」や「中小企業団体」に対する漠然とした理解を具体的かつ詳細にする上で少しは読んだ人にとってメリット を与えうるものができたと思っている。また NFIB が持っているイデオロギーと NFIB が掲げる政策との関係について、 その一端をうかがい知ることができたのではないかとは思う。州政府から連邦政府へと活動を展開してきた過程と動機 に関しては、論証がまだまだ不十分であることを感じているが、反面今の僕の能力ではここらへんが相応だとも思う。医 療保険制度改革にかんする話にもっと焦点を絞って深く調べることができたのではないかと思い、その辺反省点を挙げ るときりがない。4 月から社会人として働き出すとなかなか難しいとは思うが、今後に活かす機会があればいいと思って いる。 精一杯やったかといわれれば答えに窮してしまうが、何より卒業論文を無事書き上げられたことということで、当面は 満足感を感じていることができるだろう。なにより政治学研究に寄稿した段階とまた少し違うところが出てきたので、校正 のときに恥ずかしくなってしまったが、それはそれ、これはこれで、いい思い出である。きっと政治学研究を見るたびに、 この恥ずかしさを思い出さなければならないと思うと苦痛であるが、苦労して書き上げた達成感がいくらかそれを緩和し てくれることを切に願う。既に知り合いの方々から書き上げたら読ませてくれといわれている。嬉しいことだ。研究者にな るということはこういう一つ一つの文章で評価されていくことだと、ある研究者が教えてくれた。学者というのは本当に大 変な職業だということが良くわかった。 これから先、アメリカ政治の研究をするような機会はないと思う。アメリカに関する本を読む量も減るだろう。このような 長い文章をじっくり書く機会は、会社で働いている中ではないだろうと思う。ただ、大学生活を思い出し最後にこれだけ じっくりと時間をかけて取り組んだこの卒業論文は、最高の思い出になると思う。 小出壮一君の論文を読んで 【飯田遥】 本論文では、メイン・ストリート保守派につながる社会集団として中小企業経営者を捉え、クリントン大統領政権下で 起こった彼らの政治態度の変化を詳細に研究している。特に、米国政治において最大の影響力を有する利益団体とも いえる全米自営業者連合(NFIB)を分析しており、その点で時事的な問題であるとともにアメリカ政治の研究として大き な意義を有すると感じる。 この論文では、序章においてこれから論文の中で検証していくべき論点、問題となる項目を説明し、さらにどのような 経緯から自己の研究結果に達するのかが非常に分かりやすく示されている。従って序章に目を通した時点で本論文の 目的とオリジナリティーが明確となり、本論文のテーマに関する読者の意見と論文作者の意見とを比較させる時間を与え てくれるように思う。 さらに素晴らしいことに、論文の中には要所要所で先行研究との違いや先行研究における作者の考え方の違いが述 べられており、先行研究と比較して自己の研究がどのように違うのか、本論文がどのような存在意義を有しているのかが 非常に分かりやすく記載されている。 論文後半に示されたデータや文章内に提示されているデータも非常に正確で論文の中で検証している事項につい ての裏付けとなっており、抽象論ではないことが伺える。その点から、本論文には説得力がある。 問題提起も具体的で的を射ていると思う。一つの問題に焦点を当てることで検証事項が狭く深くなっており、結論と 序論との齟齬も生じていない。いかに本論文が深い検証のもとに記載されたものであるのかがわかる。 ただ、本論文の結論部分で、現在のアメリカの状況が果たして真に民主主義的であるかという疑問を呈している。 私個人の意見ではあるが、私は、NFIB のような利益団体がアメリカ政治に大きな影響を与えているという事実を評 価する。利益団体はその団体に特化された利益を要求しているとはいえ、政治を動かすものの意見というよりは国民の 意見に近いからである。彼らがロビーングを行うことでその意見が政治に反映されればそれはやはり民主主義的といえ るのではないだろうか。こうした利益集団の力が弱く、その意見が直接には政治に影響されないような国が数多くある中 では、現在のアメリカの政治状況は民主主義的であるといえるようにも思う。 【佐藤尚慶】 小出君の論文はデータが詳細であり、非常にわかりやすい論文だった。また、その詳細なデータをいくつかグラフ化 してくれたため、視覚的にも理解できて非常によかったと思う。 また、NFIB を調べるに当たってその話題の中心となる、中小企業の定義、その実態、歴史を調べ、それに関する団 体などについて 1 章でまとめてあるところは今後の章を読む上でも理解の助けになるため、非常によかったと思う。 そんな丁寧かつ完成度の高い論文であったが、読んでいていくつか疑問もわいた。ここからは、個人的な興味で聞 いているので論文の手直しとはあまり関係がない気がするが、ご了承いただきたい。まず、非常に疑問に思ったことな 256 米国中小企業の政治的活性化 のだが、なぜ NFIB は共和党寄りなのだろうか。というよりは、なぜ民主党寄りではないのだろうか。1 章でも述べられて いるとおり、中小企業は雇用と輸出においての割合が高い。また、破産件数も減ったとはいえどもまだ多いと思うし、 NFIB が活動を活発かしている 90 年代前半のアメリカ経済を考えると、中小企業にとっては非常に厳しい環境であっ たと思われる。そんな中では、いくら共和党が自由な起業風土や自由な競争を後押しするといえども、保護貿易や社会 保障などによる雇用の安定を重要視する民主党を支持してもいいのではないのかと思った。実際、製造業の団体は民 主党寄りであると思われる。このように、従来の(僕が勝手に当たり前だと思い込んでいるだけかもしれないが)考え方を するならば民主党を支持しそうな NFIB が、なぜ民主党と組まなかったのかというのを明らかにしてほしいと思った。こ の論文の中では共和党を支持した経緯については載っているが、民主党を支持しなかった経緯についてはなにも語ら れていない。できればその視点からも、なぜ共和党と結びついたかを明らかにしてほしいと思った。 ただ、このような疑問を抱きつつも、論文の出来としては非常によかったと思う。もう少し言うと、最後の結論で小出君 の民主主義に関する意見が述べられているが、はっきり言ってこれは論文の内容とあまり関係ない、というか検証すべ きテーマとは全く関係ないので、省いたほうがいいと思った。最終稿が楽しみな論文である。 【杉森蘭】 小出君の論文は NFIB の活動に焦点を当ててどのように利益集団が政治的に活性化したのかを明らかにすることで アメリカ政治における保守本流について分析をしたものである。小出君の論文の良い点はまずテーマが興味深いところ である。保守派の中ではネオ・コンや経済保守主義、宗教保守主義により焦点が当たりがちな今、あえてメイン・ストリー ト保守派に焦点を当てているところがオリジナリティーもあり良いと思う。また、序章で述べたように中小企業経営者の変 化とその要因を丁寧に分析した結果、小出君なりの結論として、アメリカの政治システムは真に民主主義的ではないと いう主張をするところまで至っているという点も論文として質の高いものに仕上がっていると感じた。また、とくに 3 章 2 節 がよく出来ており、NFIB が政治的に活性化した要因について非常にわかりやすく分析されていると感じた。 ただ、この論文をより良くするためにいくつか修正できる部分があると思う。まず、全体的な印象として感じたのが、か なり情報量は多いものの実際に小出君が分析を行うのには必要のない情報が多いと思った。言い換えると分析部分が 少ないために節ごとの結びが論理の飛躍に感じる。具体的には、2 章 1 節の結びである最後の文章、2 章 2 節の最後 の NFIB はかなり大きなプレゼンスを発揮しているという部分である。 次に 2 章 3 節において NFIB が共和党連合の中で経済的保守は団体とつながりを強めたものの社会的保守は団体 とはそれほどでもないという分析がそのまま放置されており適切な結びにつながっていない点が修正できると思った。ま た、同じ部分でこの節の結論である最後の文章はあくまでも共和党の内部の話なのでこの節の結びとしては(NFIB か ら少し論点が離れたという意味で)妥当でないと感じた。 また、3 章 3 節ではクリントンが医療保険制度改革に挑んだ背景について詳しく述べられているがこの部分はこの論 文にはそれほど必要でないと思う。また、小出君はこの説明の後でアメリカの医療保険制度改革は必要なものであると 主張しているがこの部分も論文の趣旨から逸れてしまっている感じがするのでなくてもよいのではないかと思う。 以上いくつか修正できるのではないかと思う点を挙げたが、全体として小出君の論文ではオリジナリティーのあるテー マについて多くの情報を元に分析を重ね、その結果小出君独自の結論に達しており非常に質の高い論文であると思っ た。さらに、今のアメリカ政治学において保守本流の動きを知るためにもとても意義のある論文に仕上がっていると思っ た。 【小久保峰花】 構成もしっかりしているし内容にも読み応えがあった。保守派に関してや、アメリカの中小企業、NFIB に関しても細 かに解説が付いていたのでそういう意味でも読みやすくて良かった。それぞれ立証のために具体的なデータに関して もちゃんと触れられていたのでさすが小出さんだと思った。アメリカの中小企業がどのような性格であり、NFIB がどの様 な活動をおこなっているのか、またその変遷、とをちゃんと筋道たてて追ってあったので、中小企業団体は私にとってな じみのない団体だったが理解することが出来たと思う。たくさんある資料も細部にわたり読み込まれており、説得力を持 って読むことができた。小出さんの論文を読んで、アメリカ議会での動き、いかに中小企業団体がワシントン政治の中で 力を持っているかがみえてきたので勉強になった。背景も詳しく説明してくれているので非常に分かりやすいと思う。共 和党支持のなかでも中小企業団体に注目したのも興味深く読むことが出来た。 他の章に比べて 4 章が結構あっさり書かれている印象を受けたのでもう少し 4 章を付け加えると他の章ともバランスが とれるのではないか。論文の内容的にはこちらを膨らませた方が良いと思った。気になったのはこのくらいであとは特に なかった。 私なんぞがアドバイスするのもおこがましいのでここまで。とにかく読んでいて非常に参考になった。論文書く上での 参考にさせて貰います。 257
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