1 重度の高齢者の「頻便」と「頻尿」 Ⅰ.メカニズム

重度の高齢者の「頻便」と「頻尿」
わたしたちのやりたいケア 介護の知識 50
重度の高齢者の「頻便」と「頻尿」
高齢者の一般的な症状として「頻尿」がありますが、重度の高齢者
になると「頻便」状態になることも少なくありません。
また、オムツ内で不潔な状態が続いてしまうと「尿路感染症」のリ
スクも高まります。
そこで、今回は「頻尿」と「頻便」のメカニズムと「尿路感染症」
について説明します。
Ⅰ.メカニズム
A) 頻便のメカニズム
ア) 座った状態での排便の仕組み
排便するときには、主に
3つの力が働きます。
① 直腸の収縮
② 腹圧
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③ 重力
これら3つの力は、座った姿勢が最も働きます。座った姿勢
では、内臓が「重力」で下がるので「腹圧」がかかります。ま
た、足の踏ん張りがきくので、腹筋に力を入れやすくなります。
足で踏ん張り、腹筋に力を入れ、内臓が下がることで腹圧が
強まり、直腸の収縮力が助けられます。
全国高齢者ケア研究会
重度の高齢者の「頻便」と「頻尿」
イ) 寝た状態での排便の仕組み
寝た状態では、重力によって内臓(緑色の部分)は、背骨の湾曲
により胸郭に押し上げられます。これでは排便に重要な力=「腹
圧」がかかりづらくなってしまいます。
(1)「臥床姿勢のまま
また便が直腸をすぎ、肛門から排出されるとき、直腸と肛門の
角度(直腸肛門角)が鋭角になります。(下図左側)
ちょうど、肛門の前に山ができるような感じになり、便はその
での排便は難しい」
>>>ペットボトルに例え
ると、
「山」を乗り越えなければ排泄されません。
座った状態ですと、直腸の肛門の角度(直腸肛門角)は鈍角なり
ます。(下図右側)
座位(前座位)
背臥位
水平に置くと、中身は出
にくいが・・・
さらに、仰臥位(あおむけ)では、足の踏ん張りがきかないため、
お腹に力を入れるのも困難です。
以上のような理由から、臥床姿勢のままでの排便は難しい(1)
直角にすればスムーズ
に排出される
ことがわかります。
また、1日のほとんどをベッド上で過ごしているような人の多
(2)「直腸の水分の再
くは、身体の活性が低く、次のようなことが起こっています。
吸収」
・直腸に便が溜まり、便秘となる(宿便)
>>>胃から送り込まれる
・直腸の便の量が増加する
栄養、水分を再び吸収す
・直腸の水分の再吸収(2)が減り、柔らかいドロドロの便になる
ること。小腸で 95%(こ
・直腸の内圧が上がり、便が漏れるように押し出される
の時点でまだドロドロ
便)、大腸~直腸で4%
の水分を吸収し、固形の
便となる。
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重度の高齢者の「頻便」と「頻尿」
1日のほとんどをベッド上で過ごす方のオムツを開けるたび
に、柔らかい便があり、拭き取っても拭き取っても止まらないと
いう経験は、介護施設で働くなら誰もが経験していると思いま
す。そのような状態を「頻便」と呼びます。
以上が頻便のメカニズムです。頻便は肛門周囲のただれや不潔
な状態が続くことで、褥瘡や感染症の原因にもなります。
また、認知症の方が便を触ってしまったり、不穏になったりす
ることと排便は関連があります。スッキリ出ない不快感で、便を
さわってしまったり、気持ちが悪くて不穏になっている方も多い
のです。
トイレに座っていただき、自然排便を促すようなケアをするこ
とは、認知症ケアの視点からも重要です。
≪ 対 応 法 ≫
この場合の「自然な排便」には、2つのポイントがあります。
1) 下剤を減らしていく
食事内容を見直すことで可能になる場合があります。
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(玄米おかゆ、食物繊維食、水分量等)
2) 座位が可能であれば、できる限りトイレで座って排便する
座位姿勢をとることにより、腹圧、重力を使います。
≪ 実 践 例 ≫
頻便だったAさんの排便のタイミングを総合記録シートで1ヶ月
ほどモニタリングしました。おおよその時間が推測できたので、その
時間にトイレ誘導したところ、1回では流せきれないほどの大量の便
が出ました。
その後も、総合記録シートで排便がありそうな時刻を推測し、毎回
トイレに座って頂きました。しばらくするとパット内での排便がなく
なりました。
この頃のAさんの排便のタイミングは4日に1度です。
そこで、水分量の見直しと食物繊維の多い食事を提供することにし
ました。
それらの効果により、現在は2日に1度、トイレにて立派な便が出
るまでになりました。
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B) 頻尿のメカニズム
① 膀胱の委縮により、尿をたくさん溜められなくなります。
② 腎機能の低下により尿量が増えます。
③ 括約筋の低下により、我慢できなくなります。
④ 高齢者は、尿意を若者より早く感じ、我慢できる量にも違い
があります。(下図参照)
若い人
限界
膀胱の容量
600cc
500cc
我慢できる
400cc
高齢者
300cc
限界250~300cc
200cc
我慢200~250cc
100cc
尿意100~200cc
尿意を感じる
また、尿道括約筋の低下が腹圧性尿失禁や切迫性尿失禁(3)の
原因にもなります。
(3)「腹圧性尿失禁や
切迫性尿失禁」
>>>テキスト5参照
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Ⅱ.尿路感染症
A) 尿路感染症とは
ア) 原因
腎臓から尿道までの尿路におこる感染症で、ほとんどが細菌に
よっておこります。
細菌が外尿道口から入り込んで発症することが多く、尿道が短
い女性や高齢者に多いのも特徴です。
病名は、
「膀胱炎」
「腎盂腎炎」
「尿道炎」などです。
今まで元気であった方が、急に熱が出た場合、風邪や脱水を疑
うことが多いですが、尿路感染も熱の要因となっていることがあ
ります。
イ) 症状
① 尿が濁っている
② 尿を出すときに痛む(排尿痛)
③ 何度もトイレに行く頻尿や残尿感、失禁
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④ 尿が赤い血尿
⑤ 腰痛、背部痛で左右の腰のあたりを叩くと鈍い痛みがある
⑥ 37 度前後の微熱
⑦ 38 度以上の高熱が出たり、その高熱が続く
⑧ 吐き気や嘔吐、体重が増えない、食欲がない
≪ 予 防 法 ≫
① 陰部洗浄の支援など、陰部を清潔に保つ。排便時の清拭は前
から後ろに拭く。
② 尿漏れパットは定期的に交換する。
③ 水分をしっかり摂取する。
④ バルーンカテーテルを留置している方は、尿の逆流を防ぐた
めバックを膀胱により上にしない。ルートキャップの洗浄を
毎日行う。
⑤ 下半身を冷やさない。
⑥ 体調に合わせて適度に運動する。
⑦ トイレを我慢しない
⑧ バランスのとれた食事で便通を整える
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≪ 実 践 法 ≫
1) 陰部洗浄の方法
① 腰から下の部分に大きめのフラットタイプを敷きます。または
使用していたオムツを広げ、水に濡れないようにします。
② 湿らせたガーゼやタオルに、必要に応じて石鹸をつけ、丁寧に
陰部を洗います。その後、横向きにして肛門も洗います。
※ 必ず、前から後ろに向けて洗います。大腸菌が尿道に入り
込んで尿路感染症になってしまいます。
③ ボトルなどに入れた、ぬるま湯をかけて石鹸を洗い流します。
④ 乾いたタオルで肌の水分を拭き取ります。
【陰部洗浄用シャワーボトル】
食器洗剤の容器やイソジン
ガーグルの空の入れ物では
水の勢いやシャワーになっ
ていないため、綺麗に流せ
ません。
専用のものを使用すること
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をお勧めします。
2) 頻度
入浴日以外は毎日行います。1日1回と排便時に行うことで、皮
膚トラブルを防ぎます。
3) 注意点
高齢者は皮脂の分泌が低下しているので、乾皮症になりやすい傾
向にあります。よって、石鹸のつけ過ぎに注意します。
トイレで排泄しているからといって、陰部洗浄が不必要というわ
けではありません。場合によっては、トイレやポータブルトイレで
の陰部洗浄を行ってください。(パット使用者は特に必要)
羞恥心に配慮して、素早く丁寧にすることが大切です。
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重度の高齢者の「頻便」と「頻尿」
脱水と尿路感染症の知識や予防方法は、介護スタッフにとって必要
不可欠です。きちんとした予防的ケアをしていれば、脱水になったり、
尿路感染になったりする利用者数を減らすことができます。
介護スタッフは、排泄ケアにたずさわり、利用者の一番近くにいま
す。尿の濁りや匂いの変化にいち早く気づくことこそ、介護スタッフ
の重要な役割です。
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