医療紛争解決のためのADRについて(Vol.62)

医療紛争解決のための
ADRについて
∼和田仁孝先生(早稲田大学大学院法務研究科・教授)に聞く∼
今年4月より、裁判外紛争解決をはかるADR法が施行され、医療の分野でもADRに対する関心が高まっ
ています。早稲田大学大学院法務研究科教授の和田仁孝先生は、訴訟は医療紛争の解決に適していない
のではないかと考え、患者側と医療側の双方のニーズを満たす適切な医療ADRを提案されています。
和田先生は、院内での初期紛争対応を担う院内メディエーター(調停役)を養成しているほか、院外の紛
争解決機関としてNPO法人の設立準備を進めています。そこで、和田先生から、裁判外での医療紛争解
決に求められる対応の考え方や方法などについて伺いました。
争解決方法のことを指します。裁判所
の民事調停のほか、行政機関、弁護
はじめにADRについてご説明く
種の紛争解決手続きがあります。医
医療訴訟の場合、裁判で解決
ださい。
療紛争解決でいえば、医師賠償責任
をはかる場合の問題点をあげていた
和田 ADRとは、Alternative Dis-
保 険 での 医 師 会による審 査なども
だけますか?
pute Resolutionの略で直訳すると代
ADRに含まれます。わが国では、弁護
和田 裁判は法的解決はできても、
替的な紛争解決となりますが、仲裁、
士が介在する、
しないにかかわらず多
紛争全体を解決できるとはいえません。
調停、
あっせんなど裁判によらない紛
様な機関による、様々な形態のADR
裁判自体が、
ボクシングのリングのよう
がありますが、裁判と比べて迅速な解
な対決型の構造を有しているので、患
決をはかり、柔軟な対応が望めるとい
者側も医療者側も疲弊してしまい、当
う特徴があります。
事者にとっても社会的にみてもデメリッ
士会、
その他民間団体などが行う各
今年4月から施行されたADR法
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患者側と医療側の
ニーズをつなぐ医療ADR
ADRで、裁判と比べて迅速、
柔軟な解決が望める
トが多いといえます。判決や和解にな
とはどんな法律ですか?
っても両者の対立が解けないことが多
和田 ADR法では、裁判外紛争手
く、
当事者には感情的なしこりも残って、
続きを行おうとする民間事業者に一
医療不信につながる恐れも生じます。
定の要件を定め、適合していれば法
ある非営利市民団体(医療事故市
務大臣が認証する仕組みを作ってい
民オンブズマン・メディオ)が平成12年
ます。認証を受けない事業者も、引き
に実施した弁護士満足度調査によると、
続きこれまでと同様に裁判外紛争解
医療訴訟を依頼した弁護士に対する
決手続を行うことができますが、認証
評価は、
「不満」
と
「やや不満」を合わ
を受ければ、認証紛争解決事業者で
せて66%となっていました。
これは、
個々
早稲田大学大学院法務研究科・教授
あることを公表でき、利用者への説明
の弁護士の対応の悪さというよりも、法
和田 仁孝 先生
などが義務づけられます。
的解決手段の手続きが患者側のニー
患者側と医療側のニーズ
患者側のニーズ
ADRに求められる機能
研修では、医療コンフリクト・マネジ
医療側のニーズ
メントの基礎知識や医療メディエーシ
向き合って誠意ある
対応をしてほしい
ョン
(調停)のスキルなどを学んでもら
医学的にきちんと
説明したい
対話ケア
います。受講者は年々急増しているこ
真相を知りたい
事実評価
臨床経過中の出来事の
原因を知りたい
2度と起こらないように
してほしい
柔軟な解決
(再発抑制への契機)
再発抑制に役立てたい
適正な金銭賠償
適正な賠償金額の提示
適正な金銭賠償
ともあって、研修で使用するテキストは
「医療コンフリクト・マネジメント」
(シー
ニュ社刊、和田仁孝・中西淑美著)
と
して市販しています。
院内で解決ができなかった場合
はやはり訴訟ということになりますか?
提供:早稲田大学大学院法務研究科教授 和田仁孝
和田 訴訟になることを避けるために、
ズに合っていない証左だといえます。
話を進めるメディエーター
(調停役)が
その受け皿として現在、第三者機関
とくに民事の医療訴訟についていえば、
必要になります。メディエーターは、中
を設立準備中です。
「医療紛争処理
裁判外での紛争解決が望まれます。
立の立場を維持して、両者がいって
機構」というNPO法人(非営利活動
いることを分析し、
解決へのパス
(道筋)
法人)で、活動できるのは来年になる
決方法があるのでしょうか?
を見つけていきます。メディエーターは、
予定です。メディエーション技法を習
和田 医療ADRの理念として、
“裁
あくまでも対話による合意形成の援助
得した弁護士などが、
メディエーター
判準拠型ADR”
と
“対話自律型ADR”
に徹し、
自分で過失、因果関係、賠償
を務める予定です。まず、いくつかの
があげられます。
“裁判準拠型ADR”
額などは評価したり解決案を提示し
病院と連携して、
は、裁判や法的解決こそが適正な解
たりしません。それは別途、
手続の中で、
医 療 紛 争を受
決方法であり、手続きを簡略化するこ
審査パネルを設けて対応します。
付 けて、
“対話
医療ADRとしてはどのような解
とでより広く普及・浸透させようという
考えによって作られるADRです。限定
自律 型 A D R ”
院内初期対応人材を
養成
による解決モデ
ルを 社 会 に 提
された争点のみが議論される点は、
裁判と変わりありません。
院内で紛争発生時に対応する
一方“対話自律型ADR”は、患者
人材の養成も重要ですね。
側と医療側のニーズに対応したもの
和田 そうです。院内対応の人材に
です。表に両者のニーズを示しました。
ついては、
日本医療機能
医療事故が起こった際、患者側は向
評価機構の認定病院患
き合って誠意ある対応を望み、医療者
者安全推進協議会で認
側も医学的にきちんとした説明をした
定病院の希望者を対象
いと思っているように、両者のニーズは
に研修(医療コンフリクト・
つながっていることが多いのです。
“対
マネジメントセミナー:詳
話自律型ADR”では、両者が対話す
細は日本医療機能評価
る場を作り、患者さんの納得を得て合
機構ホームページ参照)
意形成をしていく方法をとります。
を行っています。主に医
“ 対話自律型ADR”の進め方
療事故やトラブルを院内
を教えてください。
で解決してもらうことを目
和田 仲介して患者側と医療側の対
的としています。
起していきたい、
と考えています。
「医療コンフリクト・マネジメント」
(シーニュ社刊、和田仁孝・中西淑美著)
初期対応での謝罪について
和田先生のアドバイス
医療事故が発生した場合に一番大事なことは、院内での
適切な初期対応です。その時、まず患者さんやご家族に謝っ
た方がいいかどうかという議論がありますのでお答えします。
謝罪といっても2種類あります。一つは自己の責任を認め
る「責任承認」で、もう一つは不利益を被った人に対する自
然な共感的感情からくる「共感表明」です。医療事故発生時
に謝罪すべきでないという意見は「責任承認」を念頭にお
いたものですが、過失の有無にかかわらず、
「共感表明」と
しての謝罪はしてもかまいません。判例を分析しても、共感
表明としての謝罪を過失認定の素材としたものはありませ
んから、いい方は大事です。ある被害者の方は、
「私の力が
及びませんでした」という医師の言葉で、先生自身もつらい
のだと受容できたといわれています。
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