我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて

我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて
我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて
On the risks arising from financial transactions out of
funds entrusted at Japanese trust accounts
村 山 純*
MURAYAMA, Jun
〈論文要旨〉
現在の日本の法的枠組みにおいて、責任財産を限定する特約がない限り、ファンド
の取引相手はファンドの資産のみならず、ファンドの受託者である信託銀行や信託
会社の固有資産を見合い資産として取引することができる。これは、実質的に受託
者がファンドの取引に保証を与える効果を持つ。ファンドの取引に係るリスクが従
前よりも高まりつつあるため、ファンドの受託者は受託資産にかかわるリスクの管
理を強化する必要がある。
〈キーワード〉 信託勘定、責任財産限定、レバレッジ、オーバーレイ
Ⅰ. 信託勘定と責任財産
1. 信託勘定の推移
日本における信託業務は、かつて専業の信託銀行によってほぼ独占的に行われていた。そ
の後、自由化措置があいついでとられ、現在は普通銀行や信託会社も信託業務を行うことが
できるようになっている。
業界団体である一般社団法人信託協会の加盟者をみると、社員 4 社、準社員 48 社(2013
*
東京成徳大学経営学部 准教授
経営論集 第 3 号(2014)
1
我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて
年 7 月 18 日現在)であり、社員 4 社が信託銀行、準社員 48 社のうち信託銀行が 12 社、普
通銀行(含む農林系金融機関)が 24 社、信託会社が 11 社、その他 1 社(整理回収機構)と
いう構成である。
信託の残高は 2013 年 3 月末現在 796 兆円であり、主な構成要素としては包括信託 378 兆
円(構成比 47.6%)、金銭信託 158 兆円(19.9%)
、投資信託 111 兆円(14.0%)などとなっ
ている(図表1)。信託勘定の残高の推移をみると、1990 年度末 189 兆円が 2012 年度末に
は 796 兆円となり、ほぼ年率 7% 近い成長率である(図表2)。ただし、いわゆるマスター・
トラスト信託銀行が設立された 2000 年度以降、この統計残高には他の信託銀行に再信託さ
(1)
れた計数が含まれ、信託の残高が二重計上されている。
主要な信託銀行が再信託している
図表1 信託の種類別残高(平成 25 年 3 月末)
残高
(億円)
金銭の信託
構成比
(%)
金銭信託
1,580,263
19.9
年金信託
341,646
4.3
投資信託
1,114,390
14.0
その他
141,835
1.8
3,178,134
39.9
有価証券の信託
694,184
8.7
金銭債権の信託
289,823
3.6
3,784,208
47.6
10,390
0.1
小計
金銭以外の信託 包括信託
その他
小計
合 計
4,778,605
7,956,741
60.1
100.0
資料:信託協会
図表2 信託残高の推移(縦軸:億円)
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のは、マスター・トラスト銀行3行、すなわち、日本マスタートラスト信託銀行、日本トラ
スティ・サービス信託銀行、資産管理サービス信託銀行である。この 3 行の信託勘定の残高
を合計すると 2013 年 3 月末で 465 兆円であり、日本の信託勘定の実質的な総額は、ほぼこ
の水準にあるとみられる。
2. 信託勘定が行う金融取引の構造
信託勘定にあるファンドの大部分は、年金ファンドや投資信託にみられるように資金運用
を行っていると考えられる。運用者としては、信託銀行、投資顧問、投信委託会社などが代
表的なものであろう。この構造を図式化すると図表3のようになる。運用者はファンドから
運用を委託され、ファンドの代理人として金融取引を行うが、取引主体はあくまで資産の所
有者であるファンドである。
図表3 信託勘定が行う金融取引の構造
ところで、信託勘定にあるファンドは、ファンドひとつひとつが法人格を保有するわけで
はない。法人格を持つのは受託者である信託銀行もしくは信託会社である。ファンドと金融
取引を行う相手方からみると、自分の取引相手は法人格としての信託銀行もしくは信託会社
ということになる。
それでは、ファンドの取引相手は取引先である信託銀行や信託会社の資産状況をどのよう
にとらえればよいのか。一般的には、信託銀行や信託会社は、固有資産に係る勘定と信託勘
定を持つ。信託法によって、この二つの勘定は分別管理されねばならず、さらに、信託勘定
にある各ファンドの間でも分別管理が行われる。
したがって、ファンドの取引相手にとって、取引に係る見合い資産は、一義的には、自分
が取引するファンドの資産であり、信託勘定にあるその他のファンドの資産や固有勘定の資
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産は関係がない。
しかしここで注意すべきは、分別管理されていることは、責任財産(破綻の際に遡及でき
る資産)が特定のファンドの資産に限定されることを意味しないことである。現在の法的フ
レームワークにおいては、ファンドが行う取引について、責任財産を当該ファンドの資産に
限定する特約を締結しない限り、当該ファンドの資産のみならず信託銀行や信託会社の固有
資産も責任財産となる。一方、信託勘定にある当該ファンド以外のファンドの資産は、法律
(2)
上、当該ファンドの責任財産になることはない。
このように、責任財産を限定する特約がないことを前提とすると、信託勘定のファンドが
行う取引の取引相手は、実態的に、当該ファンドの資産のみならず、固有勘定の資産をも見
合資産として取引できることになる。いいかえれば、ファンドの信用力は受託者の固有資産
に裏付けられた信用力によって補完されることになる。
このような構造は、ある意味で信託の原初的な機能に即したものであるということができ
る。すなわち、受託者に資産を委託する人は、委託することによって自分の信用力を補い、
受託者の信用力を用いてその資産に係る取引を行うことができる。ファンドの取引相手から
みると、個々のファンドの信用力が評価しにくい場合であっても、受託者が一定の資産を保
有するなど信用力があるので、安心して取引関係に入ることができる。
3.責任財産の限定
信託勘定のファンドが金融取引を行う際に、取引相手と責任財産を当該ファンドの資産に
限定する特約を締結すると、当然のことながら、責任財産は当該ファンドの資産のみであり、
信託銀行や信託会社の信用力に依存することはできない。したがって、このような場合、金
融取引の相手方は当該ファンドの資産状況、運用方法、委託者の状況等様々な情報を得るこ
とによって当該ファンドの信用力を見極めないと取引に臨むことができない。
信託勘定が行う取引のうちどの程度が責任財産限定取引であるかは全く開示されていない
が、責任財産限定取引は、現状、ファンドの取引として例外的なケースであるとみられる。
筆者の実務経験では、いわゆる証券化業務、株券貸借取引、金利スワップ取引などで責任財
産限定特約を結ぶことが多かったが、圧倒的に取引件数の多い外国為替取引や株価指数先物
取引では、責任財産を限定するケースは非常に限られていた。
一方、目を海外に転ずると、ファンドに係る金融取引は、ほとんどすべての場合で、責任
財産がファンドの資産に限定されている。これは、そもそも制度や慣行が日本と異なり、わ
ざわざ責任財産を限定する特約を結ばなくても、ファンドとの契約が自動的に責任財産限定
になるという事情によるものとみられる。また、例えばヘッジファンドなどが利用すること
の多いケイマン籍の信託会社などの場合、そもそも固有資産がほとんどないペーパーカンパ
4
経営論集 第 3 号(2014)
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ニーであるため、仮に責任財産が限定されていなくても、受託者の固有資産に遡及する意味
がないということもある。
Ⅱ 責任財産が限定されないことに伴う論点
1. ファンドの信用力の代替
責任財産を限定しないことで、ファンドの取引にかかわる責任財産がファンド資産のみな
らず信託銀行や信託会社の固有資産が含まれることは、信託銀行や信託会社が実態的には
ファンドの対外取引に保証を与えているのと同じ効果を持つことになる。このため、ファン
ドの信用力が明確でないような状況であっても、信託銀行や信託会社の信用力が明確で大き
いものであれば、ファンドの取引相手は大きな問題なくファンドとの取引を行うことができ
る。
現在日本のファンドのほとんどを受託していると考えられるマスター・トラスト信託銀行
3行の信用力について、格付け会社は比較的高い評価(図表 4)を与えている。このことは、
ファンドに係る取引の大部分が責任財産を限定していないという状況で、ファンドの取引相
手に相応の安心を与え、取引機会を確保する効果をもたらしていると推定できる。
図表 4 マスター・トラスト信託銀行3行の長期格付け
日本マスタートラ
スト信託銀行
日本格付け研究所(JCR)
格付け投資情報センター(R&I)
スタンダードアンドプアーズ(S&P)
ムーディーズ(Moody's)
日本トラスティ・ 資産管理サービス
サービス信託銀行
信託銀行
AA+
AA+
-
-
-
A+
A+
A+
A+
-
A1
A1
資料:各行ディスクロージャー誌(2013)
2. ファンド開示の省略
また、信託銀行、信託会社にとってみると、責任財産を限定せず、自社の信用力をもとに
取引相手がファンドと取引してくれるのであれば、ファンドの内容について、いちいち取引
相手に開示する手間を省くことができる。ファンドの内容の開示は、定期的な純資産額の開
示、資産の具体的内容、運用方針その他さまざまな情報ということになるはずで、受託者に
とってこれらの情報を集め、取引関係者に開示しなければならないとすると、相当な事務負
担が発生すると考えられる。
一方、ファンドの取引相手にとってみると、開示の省略は、あくまで責任財産が限定され
ないことに伴い容認できるものである。一義的な取引相手の内容が不明なまま、受託者の信
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用力のみに依存して金融取引を行うのはあくまで便宜上のものであり、本来的には一義的な
取引の遡及先であるファンドの内容開示を得たいというニーズは大きいものと推察される。
3. 受託者に発生するリスク
責任財産を限定しないことは、受託者が実態的にファンドの対外取引を保証する役割を果
たすため、受託者は潜在的にファンドのリスクを負担することになるはずである。
ただし、この点について受託者の意識はやや異なっているようである。たとえば、日本ト
ラスティ・サービス信託銀行のディスクロージャー誌(2013 年)には信用リスクについて「当
社における主たる信用リスクは、資産管理業務に付随して発生する余資の運用取引に伴うも
のであり、必要最小限の規模・内容に留めることを「信用リスク管理方針」に定めています。」
とある。つまり、信用リスクは固有勘定の行う取引についてだけ発生すると考えられていて、
責任財産を限定しないことに伴うリスク、すなわち、ファンドのリスクを間接的に受託者が
引き受けていることについての認識は示されていない。実際、マスタートラスト3行のディ
スクロージャー誌の信用リスクの項目は、各行の固有勘定の範囲で記載されている。ファン
ドの行う金融取引に伴って発生するリスクは、各行の守備範囲の外にあるということである。
ファンドの対外取引がすべて責任財産限定特約の下に行われているのであればそのような認
識で問題ないが、実際はそうなっていない点はもっと留意する必要があろう。
Ⅲ . ファンドのリスク
1. 投信の破綻リスク
受託会社が、責任財産を限定しないことにより、実質的にファンドのリスクを負担して
いるにもかかわらず、そのことについて問題視しないで済むとすると、その理由としては、
ファンドのリスクそのものが限定的ととらえられている可能性がある。以下においてファン
ドの破綻のリスクを考えるが、この場合の「破綻」とはファンドが金融取引において対外的
な債務不履行をおこすことを意味する。単にファンドがその資産を喪失することを意味する
わけではない。
そこで、まず、受託資産の大きなウエイトを占める投資信託について考えてみる。投信協
会の統計によると、図表 5 のように投資信託の総額 116 兆円の 95.6%は株式投信、公社債投
信からなる証券投資信託である。これらの証券投資信託が破綻した例はほとんど知られてい
ない。なお、2008 年に不動産投資法人(J-REIT)のニューシティレジデンスが破綻したが、
不動産投資法人は信託を使わない仕組みであり、本稿の問題意識の外にある。
6
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図表5 投資信託純資産総額(2013年6月末)
(10億円)
金額
公募投信
ウエイト
4,545
61.8%
60,536
52.2%
4,322
58.8%
6,645
5.7%
108
1.5%
13,538
11.7%
169
2.3%
MMF
8,478
7.3%
13
0.2%
MRF
1,835
1.6%
14
0.2%
5,016
4.3%
39
0.5%
65
0.1%
15
0.2%
36,778
31.7%
2,804
38.2%
36,181
31.2%
2,721
37.0%
534
0.5%
80
1.1%
63
0.1%
3
0.0%
115,933
100.0%
7,349
ETF
公社債投信
不動産投資法人
その他
私募投信
株式投信
公社債投信
合計
本数
68.3%
株式投信
その他
ウエイト
79,155
100.0%
資料:投信協会
銀行預金と異なり、元本割れがありうる証券投資信託の破綻がほとんど聞かれない背景と
しては、各ファンドの投資方針が保守的で、資産の毀損をできるだけ少なくする運用方針が
あるものと想定できる。事実、投資信託協会「投資信託等の運用に関する規則」および「同
細則」によると、信用取引(売付)、株式の借入(売付を目的)、債券貸借取引、債券の借入、
債券の空売り、現先取引などの負債が発生する取引について純資産額の範囲を限度としてい
る。また、外国為替取引についても、ヘッジ目的の場合にはヘッジ対象資産の範囲内とする
ことが定められている。したがって、これらの金融取引に関しては、ファンドが純資産額以
上の負債を持つことはなく、いわゆるレバレッジ比率は 1 倍以内になる。
一方、デリバティブ取引に関しては、積極的にレバレッジを規制する規則はみあたらない
ようだ。ただし、ファンドの運用に係って合理的に予想されるリスク額が純資産総額を超え
る場合にはデリバティブ取引を行いまた継続することが禁じられている。
したがって、投信協会の規則が守られている限り、投信が金融取引に係るリスクで純資産
額以上の損失を発生させることはないように、規則が設計されている。しかし、このことは、
すべてのファンドが規則を順守することを保証するものではない。また、デリバティブ取引
に関しては、1 倍以上のレバレッジをかけることに特段の制限がない。ファンドが金融取引
に係るリスクを常に合理的に予想できるかどうかについても、不確実性はありうる。同規則
がデリバティブ取引をヘッジ目的以外で利用する投資信託について、約款でその旨の投資態
度を明確にすることを求めているのは、このようなデリバティブ取引にかかわるリスクを投
資家に認識してもらうことを意図しているものとみられる。
このようにみると、投信の場合、ファンドの運用について、原則としてレバレッジ運用に
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我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて
ならない、保守的な運用を担保する自主規制があるものの、それは完全なものではない。(3)
デリバティブを利用し、積極的にレバレッジをかける運用は決して排除されているわけでは
ないのである。実際、最近では、株価指数先物取引により株価指数の 3 倍の動きを実現する
ことを目的とした投信が広く宣伝されており、このような投信の実質的なレバレッジ比率は
(4)
3と考えられる。
2. 年金ファンドの破綻リスク
投信とならんで受託資産の大きな割合を占めるのが年金ファンドである。年金ファンドは
大きく分けて、国が管轄する公的年金と企業年金などの私的年金から構成される。私的年金
(5)
は、信託銀行、生命保険、投資顧問などによって運用されている。
公的年金は、具体的には国から委託を受けた「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)
が運用責任を負い、運用資金の残高は 121 兆円(2013 年 6 月末)に達する。GPIF の「管理
運用方針」をみると、運用は各種資産への分散投資を基本とし、資産ごとのベンチマーク収
益率を達成することを目標としている。より具体的に運用ガイドラインをみると、分散投資
を基本とすること、債券の場合は BBB 格以上とすること、などの規定がある。また、デリ
バティブの利用に関しては、ヘッジ目的を原則とし、ヘッジ対象資産の範囲内にすることを
定めている。しかし、但し書きにおいて、「管理運用法人が提示する個別の運用ガイドライ
ンで別の定めをした場合は、この限りではない」とあり、投機的なデリバティブの利用が完
全に排除されているわけではない。このような、但し書きに基づく運用が公的年金のどのく
らいの割合にあるか開示がないのでわからない。しかし、運用の基本方針を勘案すると、公
的年金のほとんどは資産を買持ちするだけで、したがって純資産以上の負債をもって破綻す
るリスクは限られているものと推測される。
次に私的年金であるが、その運用は、企業や企業グループ等ごとに設立された企業年金
基金や厚生年金基金などが行っている。また、私的年金の連合体である「企業年金連合会」
(PFA)が、短期間で脱退した加入者向けの給付等の事業を行っている。PFA の調査によると、
企業年金のうち確定給付年金の運用残高は 72 兆円(2011 年度末)である。企業年金のうち
確定給付の厚生年金基金と企業年金基金は確定給付企業年金法に基づき、また、確定拠出の
年金は、確定拠出年金法に基づいて運営されている。これらの法律は運用について、「政令
で定めるところにより安全かつ効率的に行わなければならない」(確定給付企業年金法)
「運
、
用の方法の選定を行うに際しては、資産の運用に関する専門的な知見に基づいて、これを行
わなければならない。」(確定拠出年金法)と定めているが、たとえばレバレッジ運用を禁止
するなどの具体的な運用の規制は特段みられない。実際、
「日本の企業年金の運用に関しては、
1997 年にいわゆる 5:3:3:2 規制が廃止された結果、実質的には何らの規制もなくなって
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経営論集 第 3 号(2014)
我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて
(6)
いると言って良いだろう。」との評価がなされている。
もちろん、規制がないからと言って、年金という性格上、私的年金が破綻リスクの大きい
運用方針をとっているわけではないだろう。そこで、企業年金基金等への影響力が大きいと
いわれる PFA が掲げる資産運用の方針をみると、分散投資による効率性の高い運用を追求
することとしている。また、PFA の「年金資産運用の実施戦略」(
「実施戦略」)によると、
内外債券と内外株式によるアセットミックスを基本とし、また、内外債券、内外株式それぞ
れについてベンチマークを設定したうえで個々の運用機関についてのガイドラインを定める
としている。また、「年金資産運用に関する実務ガイドライン」においてデリバティブの利
用にあたってアービトラージやスペキュレーション目的の利用を禁止し、ヘッジや資産代替
効果のために用いることを規定している。さらに、「いわゆるレバレッジ効果がきかないよ
う」、売立と買建の差引建玉の制限が設けられている。
一方で、PFA の「実施戦略」は、ポートフォリオ・オーバーレイや為替オーバーレイ戦
略を用いることも謳っている。これらのオーバーレイ戦略は、PFA の資産全体ではヘッジ
目的や資産代替目的に資すると考えられるが、オーバーレイ戦略で運用される個別ファンド
のみをとりあげると高いレバレッジが発生する可能性をもつものである。(オーバーレイの
(7)
構造については図表 6)
図表6 オーバーレイの構造
このように、年金ファンドについていうと、公的年金も私的年金も年金本来の趣旨から基
本的には安全で効率的な運用を行っており、総体として、破綻リスクの伴うレバレッジ運用
を行う考えはみられない。しかし、個別のファンドでみると、オーバーレイのようなレバレッ
ジ運用が一部で行われているようである。さらに、運用規制が実質的に撤廃されていること
から、個別の私的年金がレバレッジ運用を行うのは不可能でない点、留意が必要であろう。
経営論集 第 3 号(2014)
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我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて
Ⅳ . 受託者の課題
1. 責任財産限定特約の拡大
このように、信託勘定の受託資産の大きな割合を占めるとみられる投信や年金は、その大
部分が破綻リスクの少ない運用を行っているとみられ、その限りでは、受託者が責任財産を
限定しないことから負担することになるリスクは限定的であるとみられる。しかし、投信に
おいても年金においてもレバレッジに関する規制は必ずしも厳しくない。投信においては約
款で明示すれば、レバレッジをかけた積極的な運用をすることが可能で、そのような商品が
登場している。年金においても、オーバーレイ戦略の追求に伴い、一部のファンドでレバレッ
ジ運用が行われるようになってきたようだ。もし、受託者がこうしたリスクの高い運用を行
うファンドについて、責任財産を限定していないとすると、受託者によるリスク負担が高ま
る可能性がある。
もちろん、信託銀行や信託会社などの受託者が、従来の責任財産を限定しない取引を容認
しつつ、このようなレバレッジ運用を行うファンドについてのみ責任財産を限定するという
対応を行うことができるのであれば、受託者にとってのリスクの負担は限定される。しかし、
そのためには、受託者は受託資産の運用方針に関して詳細な審査を行う等の必要があろう。
また、受託資産の運用が従来とは異なり、徐々にリスクのあるものを含む傾向にあることを
勘案すれば、責任財産について従来とは反対に、限定することを原則にするような方策も必
要になってこよう。また、そのためには、ファンドの取引相手に対してファンドの内容開示
のための体制を整えていく必要もあろう。
2.責任財産を限定していないファンドに関する開示等
受託者にとって、より喫緊の課題は、責任財産を限定していないファンドがどの程度あり、
それらのリスクをどのように評価しているかについて開示することである。繰り返しになる
が、ファンドと受託者との間に保証契約があるわけではないものの、責任財産を限定しない
ということは、実質的に保証契約が存在するのと同様の効果がある。通常の企業財務では保
証契約の存在は開示条項に含まれており、信託勘定を持つ受託者もそれと同様の開示を行う
のが適切である。また、受託者の自己資本その他が、責任財産を限定していないファンドの
リスクを勘案しても適切な水準にあるかどうかについて検討する必要もあると考えられる。
注
(1)マスター・トラスト信託銀行が設立された背景には、信託銀行各行が、共同で事務作業をアウト
ソーシングすることで、コスト削減を図る等のねらいがあったものと考えられる。信託の種類別に
10
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我が国信託勘定におけるファンドの金融取引に係るリスクについて
残高推移をみると、2000 年度以降包括信託が急増しており、この部分がマスター・トラスト信託
銀行に再信託されたものと推測できる。
(2)責任財産限定については、次項で詳しく論じる。
(3)仮にすべての投信がレバレッジ運用を行っていないとしても、それらのファンドが無リスク資産
であるわけではない。
(4)たとえば、楽天投信投資顧問が運用する投信で「楽天日本株トリプル・ブル」
、
「同トリプル・ベア」
と称されるもの
(5)信託の種類別にみると「年金信託」の残高は 34 兆円で、信託総額の 4.3%にすぎない。しかし、
これは年金のうち信託銀行が運用も行っている商品のみを示しているものと推定される。年金でも
信託銀行以外の投資顧問などが運用しているものは金銭信託に含まれ、広義の年金ファンドの大き
さは「年金信託」の残高を大きく上回るものであろう。
(6)ニッセイ基礎研究所、年金ストラテジー Vol.200 におけるコメント
(7)通常、一つの年金委託者の資産は複数の運用者によって運用されるため、複数のファンドが構成
される。それらのファンドに共通した為替リスクや金利リスクをヘッジすることを目的とした取引
がオーバーレイである。複数のファンドに存在する外貨建て資産や金利商品を対象資産として為替
取引や金利スワップ取引を行うため、想定元本は大きな金額となるが、為替取引や金利スワップ取
引の決済は特定のファンドにて行う。(決済のためにだけ少額の流動資産のみによって特別のファ
ンドを作ることもある)このため、決済に使われるファンドのみに注目すると、大きなレバレッジ
のかかった金融取引が行われることがある。
参考文献
*
*
*
*
*
*
*
*
山田誠一(2002)
「責任財産限定特約」
『ジュリスト』No.1217、pp47-52
三菱 UFJ 信託銀行(2008)
『信託の法務と実務[5訂版]
』
一般社団法人投資信託協会(最終改訂 2012)「投資信託等の運用に関する規則」
一般社団法人投資信託協会(最終改訂 2011)「投資信託等の運用に関する規則に関する細則」
年金積立金管理運用独立行政法人 ( 最終改訂 2013)「管理運用方針」
企業年金連合会「2011 年度年次報告書」
企業年金連合会(最終改訂 2013)「年金資産運用の実施戦略」
企業年金連合会「年金資産運用に関する実務ガイドライン」
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