2005年8月11日∼16日 ラスベガスの夜(ホテル「ベラッジオ」前) 8.11 11:55 17:00 小松から羽田へ。 成田からロスアンゼルスへと飛び立つ。海の彼方ではロスア ンゼルス校外のクレアモント大学でMBA留学中の娘夫婦が 待っている。当方からは、私と妻と次女が緊張して国際線に 乗り込んだ。 (彼女ら二人は、初海外旅行である) 11:30 ロスアンゼルス到着。入国手続きの指紋が、なかなか採れな い。 2年前のニューヨークではなかった手続きである。テ ロに対する警戒心が年々増していることをまさに肌で実感す る。 入国の指紋採取に長き列テロ警戒のロスアンゼルス空港 出迎えの笑顔で手を振る娘を見つけ足どり軽くトランク引きぬ 14:00 空港から車でサンタモニカへ。日本車が多い。いわゆる「ア メ車」は殆ど見かけない。左ハンドルと右 側通行、車線の多さを除けば、日本と間違 うほどだ。 爽やかな風が心地よい。海に面したお洒 落なカフェレストランで軽い食事を取る。 バドワイザーを注文する。運転をする婿殿 には申し訳ないが、長旅の後のビールが身 体全体にしみ込んで美味い。 娘たちは、お目当てのTシャツの店に飛び 込んでいった。 吹く風に誘われ歩む白き砂サンタモニカに花の香満ちて 16:00 ウエストサイド「ロデオドライブ」 ヨーロッパ調の建物と石畳がロマンテ ィックな、高級ショッピング街である。 ニューヨークの5番街を思わせ、歩いて いるだけで満足感がある。 私は、 「サックス・フィフス・アベニュ ー」でベルトを買った。トラベラーズ・ チェックの扱いに慣れていないお年を召 した女性店員の冗談で少々時間が掛かっ てしまった。 18:00 ビバリーヒルズ・ハリウッド 娘夫婦の愛車スズキ・レノに乗り、ビバリ ーヒルズをめぐり、ハリウッドへ。街頭では 多くのパフォーマンスが人々の拍手を浴び ている。 チャイニーズシアター前の敷石には、ハリ ウッドを彩ったスターたちの手形・足形・サ インが残されている。私は、ジョーン・ウエ インの拳の跡に自分のそれを合わせてみた。 20:00 ハリウッドにて夕食。 ロスアンゼルスの夜は長い。夕食は、ビールとビザ・イカリン グ・サラダ。それで十分である。 帰りに、オスカー像のレプリカをお土産に買った。賞の名は「B EST 22:00 HUSBAND」だれも呉れないから、自分で買った。 クリアモント、インデアンヒルズ着。娘夫婦のアパートであ る。我ら3人は、シャワーを浴びて、時差ぼけも何のその、 泥のように眠ったのである。 8.12 5:00 5時に目が覚めてしまった。6時まで我慢して、アパートの 周囲を散歩した。人なつこい猫が寄ってきた。朝食は、妻が 作ったお握り。 11:00 レンタカー「フォード・エクスプローラ」に乗り換えて、ラ スベガスへ向かう。 スモッグに霞むロスアンゼルスを抜ける とすぐに、今まで経験したことのない光景が 展開する。地平線まで続くハイウエー・周囲 は荒涼とした大地と赤茶けた山々。 フォードはラスベガスへ向けてひた走る。 婿殿は、慣れたハンドルさばきで快調に運 転している。私は、日本で取った国際免許証 を胸に、すきあらば替わろうと虎視眈々であ るが、家族のお許しは出ない。婿殿の疲れを 待つしかないと今日は諦める。 13:00 昼食のためドライブインに立ち寄ったが、車を降りると熱風 である。華氏100度を超えているという。灼熱の砂漠のド ライブインである。 原色の貨物列車は蛇のごと砂漠をうねる大陸横断鉄道 17:00 サーカス ラスベガス着(ホテル サーカス) 左の写真は、念願かなった帰路のドライ ブ。地平線への道が果てしなく続く。 22:30 ショー「オー O」鑑賞。 ホテル ベラッジオで 上演されている「オー」 を鑑賞した。最もチケッ トが購入しにくいショー であるらしい。舞台上に 設けられた巨大なプール で幻想的な水上サーカス が展開される。息をつか せぬ演出に魅了される。 ドレスアップした観客 の美しさにも圧倒される。 8.13 8:00 グランドキャニオンへ コンドルの急降下するキャニオンに神の怒りの雷雨迫り来 ラスベガス空港からセスナ機に乗り、グランドキャニオン へ向かう。約1時間の飛行。 眼下には巨大なフーバーダム・青く澄んだミード湖が現れる。 と、直ぐにこの世のものとは思われない光景が出現する。まさ に、人知を越えた営々たる地球の神秘と神の領域に至る大自然 の歴史である。 コロラド川(赤い色の川という名)が数億年の時間をかけて 地球の大地を削ってできたという大峡谷グランドキャニオン。 峡谷の底には緑の草原がある。そこから見上げる景色を体感 したいと思った。 帰路、遙か彼方から雷鳴が響いたかと思ったら、突然の 豪雨となった。ここに住んだ人々は、この気候の変化を、 神々の怒りと感じ、畏怖したのではないかとふと思った。 悠然と、大峡谷の上空をほしいままに飛翔していたコン ドルも、どこかへ行ってしまった。 約2時間遅れで出発。私と次女はほぼ同じ時間に機内で 体調の異常を感じて、嘔吐用の袋に30分ほど顔を突っ込 んで苦しんだ。しかし、高度が下がるとともに、まるで嘘 のように治った。原因は未だによく分からない。 19:00 カジノ体験。 食事前、スロットマシンに挑戦した。25 セントを入れて、ボタンを押す。 それがなんと、2回目に777と並んだの である。始めてほんの数十秒、婿殿もなにや ら絵が並んでいる。 二人合わせて100ドル。直ぐ止めさせら れて、シャンパンと、ステーキに替わったの である。食後、再挑戦したときは惨憺たるも のであったことは言うまでもない。 8.14 11:00 ラスベガス発 18:00 クレアモント・アパートにて日本食。 近くにある日本食専用のスーパーマーケット に立ち寄り、アメリカ最後の晩餐をする。私は、 焼きそばを作り、ラッキョウ・みそ汁・豚キムチ・ こんにゃくのピリ辛が主な料理である。 フロリダ産の麒麟一番搾りを飲み、帰り支度で ある。 8.15 11:00 ロスアンゼルス空港発 かくして、我が家の嵐のようなロスアンゼルスの旅は終わ りを告げる。空港カウンターで、一万円上積みでビジネスシ ートをサーヴィスと聞いて大喜びしたが、売り切れた後であ ると直ぐに判明したのも、今ではご愛敬である。
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