4-1 4.すべり変形 4-1.結晶のすべり変形 単結晶を引張試験すると、図4-1に示すようにある特定の原子面に沿ってすべりが生 じる。このようなすべりが起こる原子面のことをすべり面(slip plane)という。また、 すべりの方向をすべり方向(slip direction)といい、すべり面とすべり方向の組み合わせ をすべり系(slip system)という。図4-1からわかるように、単結晶を引張変形した際 の伸びは、原子のせん断変位によるものである。また、図4-1からわかるように、変形 が進むと、すべり面の法線は引張軸から遠ざかり、すべり方向は引張軸に近づいていく。 lo l 図4-1.単結晶のすべり変形 4-2.分解せん断応力(resolved shear stress) 4ー1節に述べたように、結晶のすべり変形は、すべり面上ですべり方向に原子がせん 断変位することによって生じる。従って、外力をすべり面上ですべり方向に分解してせん 断応力に直す必要がある。今、図4-2に示すように引張軸(tensile axis)に垂直な断面 の面積をAとすると、この面に作用する法線応力は、 4-2 P A φ λ slip direction F A' P slip plane 図4-2.引張応力の分解 σ= P A である。引張軸とすべり面の法線が角φをなすものとすると、すべり面の面積A'は、 A' = A cosφ で与えられる。一方、すべり方向のせん断力Fは、荷重Pをすべり方向に射影することに よって得られ、 F = P cosλ である。従って、すべり面上のすべり方向への分解したせん断応力は、 τ = F = P cosφcosλ = σcosφcosλ A' A 4-3 となる。cosφcosλのことをシュミット因子(Schmidt factor)という。上式から明らか なように、cosφ=0、すなわちすべり面が引張軸に平行な場合には外部付加荷重による せん断応力が生じない。また、cosλ=0、すなわちすべり方向が引張軸に平行な場合に もせん断応力は生じない。 すべり変形を生じるせん断応力がある定まった一定値τcであれば、法線応力で表す降 伏応力は以下のようになり、 σy = τc cosφcosλ 試験片の幾何学のみによって降伏応力が決定されることになる。これをシュミットの法則 (Schmidt's law )という。また、τc のことを臨界分解せん断応力(critical resolved shear stress)という。 4-3.せん断歪 伸び歪もすべりが起ったすべり系でのせん断歪に直すことができる。図4-3に示すよ うに、変形前に長さ loであった試験片OAは、すべり変形により長さlのOBとなる。い ずれもすべり面法線上に射影した長さは同じであり、 OC = l o cos φ o = l cos φ となる。せん断歪は γ = AB OC であり、 AB = l cosλ - l o cosλo であることから、せん断歪は以下で与えられる。 γ = cosλ - cosλo cosφ cosφ o 4-4 normal to slip plane C B A φo φ lo l λo λ slip direction O 図4-3.単結晶のすべり変形 4-4.理想せん断強度(ideal shear strength) 結晶のすべり変形を、原子面を境にして上下の原子が一様にせん断変位して生じるもの と考える(図4-4)。せん断応力をτとし、これによる原子のせん断変位をxとする と、Hookの法則より、x<<bのとき、 τ=G γ=G x d である。原子はx方向に周期bで並んでいるから、原子の変位が生じるときの抵抗力は周 期bを持つ周期関数でなければならない。今、この周期関数を正弦波と仮定し、 τ = τmax sin 2πx b と書けるものとする。x<<bのときには、 4-5 τ = τmax 2πx b と近似してよいから、Hookの法則を代入してxを消去すると、 τmax = Gb 2πd となり、これが外から付加されなければならない最大のせん断応力である。これを、理想 せん断強度という。bとdはあまり大きな差がないので、理想せん断強度は、 τideal = G 6 程度になる。より正確な原子間ポテンシャルに基づいた計算でも、 τideal = G 30 である。 x τ d τ b 図4-4.原子のせん断変位によるすべり変形 実際の金属材料では、理想せん断強度よりはるかに小さな応力ですべり変形が生じる。 これは後述するように塑性変形の担い手として線状の格子欠陥である転位が結晶中で増殖 され、運動するからである。しかし、このような転位を全く含まない結晶(例えばひげ結 晶)では、上記の理想せん断強度を示すことが知られている。また、転位の運動が著しく 4-6 困難なセラミックス材料においては、すべり変形が生じずに破壊するが、これは破壊強度 よりも高いせん断強度がすべり変形に必要と理解されている。 4-5.転位(dislocation) 結晶の理想せん断強度は実際に測定される強度より遥かに大きい。このような差を説明 するために、1934年にTaylorとOrowanがそれぞれ独立に結晶転位の概念を発表した。同 様の考え方は、それ以前にもPrandtl (1928)、 Dehlinger(1929)、Polanyi(1934)ならび にSmenkel(1929)によってもなされていたが、転位論の本格的な発展はTaylor と Orowanの論文から出発した。 4-5-1.刃状転位(edge dislocation) 図4-5に示すように、結晶に切り込みを入れ、一枚の余分な原子面(extra half plane)を結晶中に挿入する。余分な原子面の導入により、図4-5に示されるように、そ の線状の境界で原子配列は乱れ、周期的配列を満たしていない。このような線状の格子欠 陥を転位(dislocation)、あるいは転位線(dislocation line)という。図4-5に示した 転位は刃状転位(edge dislocation)である。この図からわかるように、余分な原子面の 下では原子間距離が広く引張の応力場が形成され、上では原子間隔が狭くなって圧縮の応 力場が形成されていることがわかる。転位の回りの応力場は、5章で述べるように弾性論 で導くことができ、転位からの距離の逆数に比例することが示される。しかし、転位芯 (dislocation)では原子の周期的配列がもはや乱れているので弾性論が用いることはでき ない。 extra half plane 図4-5.転位のモデル(刃状転位 edge dislocation) τ τ τ 4-7 τ (b) (a) b (c) 図4-6.刃状転位の運動による塑性変形 転位を含む結晶に外部せん断応力が付加されると、図4-6に示すように転位がすべり 面上を運動していき、塑性変形が起こることになる。図4-6(c)で明らかなように刃 状転位が表面に抜け出すと、すべり方向に高さbのステップ(すべり線 slip line)ができ る。 転位の性質は、すべり方向への大きさbを持つベクトルbによって定義づけられる。こ のベクトルのことをバーガースベクトル(Burgers vector)という。以下にバーガースベ クトルの定義について述べる。図4-7(a)に示す刃状転位を含む実際の結晶を考え る。まず、転位線の向きを決めるために、転位線と平行に単位ベクトルξを定義する。次 に、結晶格子の任意の原子(S)から、時計回りに転位線の回りを回って同じ位置(F) に戻る閉じた回路を作る。これをバーガース回路という。図4-7(b)は、格子欠陥を 全く含まない理想結晶である。この理想結晶内で、図4-7(a)のようにして作成した 実際の結晶のバーガース回路と対応する回路を作ってみると、始点Sと終点Fが一致しな い。転位のバーガースベクトルは、FとSを結ぶベクトルで定義される。である。このよ うに理想結晶にバーガース回路を作って得られたベクトルを、真のバーガースベクトルと いう。 4-8 ξ S S F b F (a) (b) 図4-7.(a)実際の結晶のバーガース回路と(b)理想結晶の対応回路 図4-7に描いたバーガース回路を転位線にそって移動させても、どの位置でも同じb が得られる。このことはバーガースベクトルが転位線に沿って保存されることを意味して おり、転位が結晶内でとぎれることはない。これをバーガースベクトルの保存則という。 実際によく使うbの定義としては、図4-8に示すように理想結晶上の閉じた回路を、 実際の結晶中にとりSからFに結ぶやり方である。これは、局所バーガースベクトルと呼 ばれ、実際の結晶で定義されているから、原子の熱振動や弾性歪も含んだものとなるが、 その影響は小さいので、無視してもかまわない。 F S F S b 図4-8.局所バーガースベクトルの決め方 図4-7ならびに図4-8より、刃状転位では、バーガースベクトルと転位線は F 4-9 b ⊥ ξ , or b⋅ ξ = 0 で直角であり、刃状転位はバーガースベクトルと転位線を同時に含む面上をすべる。すな わち、刃状転位のすべり面はbとξを同時に含む面である。 転位が結晶中を運動していくときに感じる地の抵抗は、PeierlsとNabarroによる理論計 算では、 2πd τ = 2G e - Kb K で与えられ、これをパイエルス力と言う。ここで刃状転位のときK=1-ν、後述するらせ ん転位ではK=1である。この式から、d/bが大きいほどτの値が小さいことがわかる。す なわち、すべり面の間隔dが大きければ大きいほど、またすべり方向への隣接原子間距離 が小さければ小さいほど、パイエルス力は小さいことになる。金属のポアソン比は大体ν =0.3であり、面心立方晶金属の場合、すべり面は{111}面、すべり方向は<110>方向で あるから、パイエルス力は τ≈ G 500 となり、理論せん断強度より小さい(実際には面心立方晶金属の降伏応力はこれよりも遥 かに小さい)ことからも、転位が塑性変形の担い手であることがわかる。 4-5-2.らせん転位(screw dislocation) 図4-9に示すように結晶に切り込みを入れ、それらの切り込み面をz方向にbだけ相 対変位させて再び張り合わせると、z軸と同じ方向にバーガースベクトルbをもつ転位を 作ることができる。これをらせん転位(screw dislocation)という。この図からもわか るように、斜線を施した原子面を境にして上下の原子が、z軸の正の向きにまわりに右回 りにbだけせん断変位している。図中斜線を施した面がすべり面であり、バーガースベク トルの方向がすべり方向である。らせん転位は、転位線とバーガースベクトルが平行であ るから、z軸に転位線の向きを表す単位ベクトルξをとると、 b // ξ である。 4-10 z F S b 図4-9.らせん転位(screw dislocation) 図4-9で示されるような右巻きらせん転位の場合、 b⋅ ξ > 0 である。左巻きらせん転位の場合は、 b⋅ ξ < 0 となる。 4-11 τ τ b (a) (b) (c) 図4-10.らせん転位の運動によるすべり変形 せん断応力τが作用している結晶において、らせん転位の運動によるすべり変形の様子 を図4-10に示す。せん断応力はバーガースベクトルの方向と一致するが、らせん転位 の運動する方向はこれに垂直である。5章で詳述するように、転位がすべる原子面は転位 線とバーガースベクトルを同時に含む面であるが、らせん転位の場合、転位線とバーガー スベクトルが平行なのですべり面を一義的に決定できない。このため、図4-11に示す ように、すでに運動してきたすべり面から他のすべり面にらせん転位の運動が移る交差す べり(cross slip)という現象が起こる。 ξ b 図4-11.らせん転位の交差すべり 4-12 4-5-3.混合転位(mixed dislocation) 実際に結晶中の転位がすべる際には、転位は図4-12に示すように湾曲している。45-1ならびに4-5-2節で述べたように、転位線とバーガースベクトルが直角をなすと きは刃状転位であり、平行なときはらせん転位である。しかし、転位線とバーガースベク トルが0<α<90゜の間の角度をなすときは、刃状転位とらせん転位の両方の性質をも つ。このような転位を混合転位(mixed dislocation)という。混合転位のすべり面は、 刃状転位と同じく、バーガースベクトルと転位線を同時に含む面である。 edge mixed b α ξ ξ b ξ screw 図4-12.混合転位(mixed dislocation)
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