万博とテクノロジー<第2回>1900年パリ万博

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エキシマレーザアニールによる多結晶シリコン薄膜形成のシミュレーション技術
■参考文献
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Symp. Proc. 617, J1.6(2000).
万博とテクノロジー
<第2回> 1900年パリ万博
久島 伸昭
第1回の1851年ロンドン万博から半世紀を経た西暦1900年、この19世紀最後の記念すべき年、パリ
で世紀最大の万博が開催された。この2つの万博を挟んだ50年の間に、万博はその規模、その意味合
いに於て多大な進化をとげた。1851年には約600万人に過ぎなかった入場者は、1900年には5000万人
を超えた。また、参加国数も25から58へと倍増、会場面積も19エーカーから453エーカーへと桁違い
の大きさとなった。
1900年には、万博は、もはや単なる新規技術の展示の場所ではなかった。
1900年パリ万博は、科学技術はもとより、最新建築や都市計画、アール・ヌーボーという芸術運動、
第2回近代オリンピックといったスポーツイベント等を包含する巨大な複雑系へと進化したのである。
実は、パリでは19世紀後半だけで、5回の万博が開催されている。開催年は、1855年、1867年、
1878年、1889年、そして1900年である。19世紀後半のパリはまさに「万博都市」の名にふさわしい都市
であった。
最初の2回は、ナポレオン3世の強力な推進力のもとに開催され、モールスの電信装置、レセップ
スのスエズ運河、新金属アルミニウム、クルップの50トンのスチール砲等の展示が評判になった。会
場への交通として、今もセーヌ川を往き来する「バトー・ムーシュ」が開業したのも67年万博であった。
78年万博は、第3共和制のもとで行われ、エジソンの蓄音機やメガホン、また、製氷機、炭酸ガス
飲料製造機、アメリカに贈られる前の「自由の女神」の頭部等が出品された。
1889年万博は、フランス革命100周年を記念して開かれ、今もそびえるエッフェル塔が建てられた
万博。世界初のガソリン・エンジン車がベンツによって展示され、エジソンが新式蓄音機や電球等を
出品し、「電気の王様」と称された等多くのエピソードを残した。
1900年パリ万博はこういった流れを受けて開催された。
この万博では、エッフェル塔のたもとのシャン・ド・マルスを始めとして、アンバリッド、トロカ
デロ、その周辺河岸、シャンゼリゼ、コンコルド広場等広大な敷地が会場として使用された。また、
パリ郊外のヴァンセンヌ付属会場では、クーベルタン男爵が1896年に創始した近代オリンピックの第
2回大会が開かれていた。金、銀、銅メダル等、万博のシステムを取り入れ、肉体を「エクスポゼ
(展覧)」することをその目的として始まったオリンピックも、当時はまだ万博の一部として開催され、
優勝者には、タイピンとペンシル、自分でメダルを買うための100フランが与えられただけであった
という。
(実際に買った人は殆どいなかったらしい)
因みに、第3回オリンピックは1904年セントルイス万博、第4回オリンピックは1908年ロンドン万博
の機会に併催された。第5回以降は独立の道を歩むことになる。
(P34へ続く)
Vol.6, No.3 2001
(29)
342
チュートリアル
4 おわりに
以上、具体的な例をもとに実際の格子生成手順を示
した。格子生成の対象となる形状は人間が決めたもの
で、自然現象と異なり法則性があるわけではなく、当
然ここで紹介した考え方が全ての状況で通用すること
はない。しかし、トポロジーを選ぶ際の考え方や領域
分割時の判断基準などは他の形状でも共通する面があ
り、そういった点でこのチュートリアルが多少なりと
も貢献できれば幸いである。
図22
入口領域の格子
謝辞
ソーラーカーの車体形状データを用意していただい
た成蹊大学工学部機械工学科弓削康平教授をはじめと
する計算力学研究室、およびリニアモーターカーの車
体形状データを提供していただいたJR東海(株)リニア
開発本部、および三菱重工業(株)名古屋航空宇宙シス
テム製作所の海田武司氏に謝意を表します。
■参考文献
[1]
図23
小川隆申、「数値流体解析における格子生成法(その1)」、
計算工学、Vol.6, No.2, 2001.
できあがった格子系
(P29より続く)
さて、この第2回オリンピックの開かれたヴァンセンヌ会場とパリ中心部とを繋ぐために建設され
たのが、パリ初の地下鉄、メトロ1号線である。メトロ1号線はポルト・ド・ヴァンセンヌとポルト・
マイヨー間に開通し、その駅舎のデザインは、エクトル・ギマールが担当した。ギマールのアールヌ
ーボー様式の駅舎入り口は、各駅毎に異なったデザインで、現在も数カ所で見ることができる。
その他、今も美術館として使用されているグラン・パレ、プティ・パレ、また、ダルーの彫刻で装
飾されたアレクサンドル3世橋、1986年にオルセー美術館となった「オルセー駅」
(当時は「オルレアン
新駅」と呼ばれた)等は、この万博の際につくられたものである。
会場には、1893年シカゴ万博にならって「動く歩道」が作られ、エッフェル塔と人気を二分するアト
ラクションとなった。1970年大阪万博でも「動く歩道」は近未来的なものとして評判になったが、実は、
19世紀に既に実現していたのだ。移動手段としては他にエレベーターが多用され、エスカレーターも
登場した。
その他新しい科学技術としては、リュミエール兄弟の映写機、レントゲン撮影機、実験段階の飛行
機、無線電信等が出展され人々の注目を集めた。
1900年パリ万博は19世紀を、そして19世紀の万博の歴史を総括するにふさわしい規模と新規性、多
様性を持ち合わせていた。
(P39へ続く)
(34)
計算工学
NEC Webスーパーコンピューティング・ソフトウェア
347
なお、製品情報、お試し版ダウンロードサービスにつ
いては、製品ホームページ[8]を参照いただきたい。
の大規模科学技術計算サイトへの適用と運用が開始さ
れている。
4 Webスーパーコンピューティングの支援基盤
■参考文献
[1]
NECでは、様々なアプリケーションソフトウェアや
ツールに対するWebSuperComputing基盤として、WSCE
(WebSuperComputing Environment)と呼ぶソフトウェア
システムを開発しており、ユーザ固有の研究開発・利用
環境に対して適用するためのベースとしている(図10)。
[2]
[3]
[4]
[5]
図10 WebSuperComputing環境(WSCE)の操作画面例
(分散ファイル階層に対するビューと操作画面)
[6]
WSCEでは、分散リソースに対して、以下を実現す
る。
・アプリケーションやデータに対する透過的なビュー
・目的のシステム、アプリケーションの容易な選択
・ネットワーク上のアプリケーションの実行
・複数プログラム間のデータフローの定義、連携
・容易なファイル/データ転送
・分散している情報へのアクセス など
[7]
[8]
WSCEはエンドユーザ、システム管理者双方にとっ
て、分散アプリケーションの簡便な利用・管理を可能
にすると同時に、システム導入・運用・維持に関する
総コスト(TCO:Total Cost of Ownership)の削減をもた
らし、経営面での効果も期待される。現在、WSCEは、
ユーザ環境特化のアプリケーション基盤として、複数
H. Takahara, et al., "WebSuperComputing and Its
Application", NEC Res. & Develop., Vol.39(4), pp. 453459, 1998
S. Doi et al., "A Real-Time Visualization System for
Computational Fluid Dynamics," NEC Res. & Develop.,
Vol.37(1), 114-123, 1996
南多善、白山晋、高原浩志、中野英一、宮地英生
「Chapter 3 可視化が開く世界」
、別冊日経サイエンス130
(シミュレーション科学への招待)、 pp.48-57、日経サイ
エンス社、2000年3月 T. Takei, et al., "Parallel Vector Performance of Concurrent
Visualization System RVSLIB on SX-4", the 3rd Pacific
Symposium on Flow Visualization and Image Processing
(Proceedings), 2001
RVSLIBホームページ
http://www.sw.nec.co.jp/APSOFT/SX/rvslib/index.html
杉原光太ほか「大規模シミュレーション向けのリアルタ
イム可視化システム RVSLIB」
、第13 回数値流体シンポ
ジウム講演論文集、1999
K. Nakahashi, "Progress in Unstructured-Grid CFD",
Proceedings of the First International Conference on
Computational Fluid Dynamics(as a Joint Conference of the
17th International Conference on Numerical Method in Fluid
Dynamics and the 9th International Symposium on
Computational Fluid Dynamics), Kyoto, JAPAN, July 2000
MolStudioホームページ
http://www.sw.nec.co.jp/APSOFT/SX/molstudio/
<商標>
MolStudioは日本電気株式会社の登録商標
Gaussianは、Gaussian,Inc.の登録商標
Windows、WindowsNTは米国Microsoft Corporationの米国およ
びその他の国における登録商標
UNIXはThe Open Groupの登録商標
(P34より続く)
この華々しい巨大イベントは、当時の日本人の眼にはどう映ったのだろう。
それは、ロンドン留学へ向かう旅の途中、10月21日にパリ万博に立ち寄った、一人の日本人の次の
言葉に代表されるであろう。
「今日は博覧会を見物致候が大仕掛にて何が何やら一項方向さへ分りかね候 名高き『エッフェル』
塔の上に登りて四方を見渡し候これは三百メートルの高さにて人間を箱に入れて綱條にてつるし上げ
つるし下す仕掛に候
博覧会は十日や十五日見にも大勢を知るが積
筆者紹介
の山かと存じ候」
きゅうしま のぶあき
(夏目漱石 明治33年10月23日の自宅宛ての書簡
1982年 東京大学卒、1988年 スタンフォード大学大学院修了
(MS)、
より)
現在、株式会社電通 2005年日本国際博覧会室 企画開発部長
Vol.6, No.3 2001
(39)