2009 年度東洋大学人間科学総合研究所シンポジウム「異文化コミュニケーションと初習外国語教育」 ドイツ語を書く・ドイツ語を読む ― ドイツからの手紙 田 中 雅 敏(東洋大学法学部) [email protected] 1. 対象言語(ドイツ語)について 1.1. 言語の使用環境 ◎言語別人口:1億人以上(世界第 10 位/欧州第 1 位) http://www.goethe.de/ins/ca/lp/prj/wlg/vrl/de1447026.htm ◎インターネット上で公開されているサイトの言語別ランキング:世界第 2 位 (ドイツ語を母語とする人の6割が母語・ドイツ語で情報を公開している) 2002 年. http://www.netz-tipp.de/sprachen.html ◎世界の出版物の言語別ランキング:世界第 3 位 2000 年. http://www.fask.uni-mainz.de/fbpubl/fax/Modul/zukunft.htm ◎学習者人口:世界で 2,000 万人以上 2000 年. 1.2. 東洋大学法学部でドイツ語を選択する学生数 1年生: 195 名/607 名(約 32%) 1.3. 東洋大学法学部でドイツ語を選択する学生の学習動機(2009 年 4 月調査) ◎ドイツにずっとあこがれていて,いつか行きたいと思っていたから。 ◎日本の民法の元となった法を作った国の言語だから。 ◎まったく知らなかったので,逆に興味がわいた。 ◎ドイツの哲学の本(ヘーゲルなど)を原文で読んでみたいから。 ◎友達にフランス語が堪能な人はいたけど,ドイツ語が堪能な人はいないので, 友達の間でドイツ語を習得した人第一号になりたいから。 ◎母も大学でドイツ語を選択していたから。 ◎ヨーロッパ圏の語学を学びたいとずっと思っていて,英語よりフランス語より, ドイツ語のほうが日本に関わりがあると思ったので。 ◎自分の好きなブランドを作っている国だから。精密な工業製品を見ていると, 日本人と似ている気がして,日本人のメンタリティや価値観と比較してみたい。 1.4. 1節のまとめ:日本の大学で初習外国語としてドイツ語を教授・学習する意義 ◎ドイツ語で書かれた専門書も多く,知識を増やすために書物や文献にあたる場合, 1 ドイツ語がわかるとより多くの情報・知識を得られる。 ◎ドイツ語でこちらから情報発信することで,世界の多くの人と交流できる。 ◎ドイツ語文化圏の社会・文化・歴史などを知る場合には,日本語や英語を介しての 情報収集よりも,その土地の母語であるドイツ語を使ったほうがはるかに幅広く, より深い知識を得られる。本来,英語も地域言語のひとつにすぎない。英語を介し て得られる知識とあわせることで,世界のより多くの地域の情報を得られる。 2. 異文化を理解するための取り組み(松山大学言語文化科目ドイツ語Ⅱ) 2.1. ドイツのクリスマスを紹介する ◎学生に, 「クリスマス」について知っていることを挙げさせる(学生アンケート): (1) 12 月 25 日がイエス・キリストの誕生日である。 (2) 12 月 24 日がクリスマスイヴで,25 日がクリスマスである。 (3) 家族や友達とパーティをする。 (4) ブーツや靴下を枕元においておけばプレゼントがもらえる。 ◎ドイツにおけるクリスマスの実情(授業における教員からの情報提供) : (1) については,諸説あるが,実情に即している。 (2) については,12 月 25 日のみならず 26 日までがクリスマス(祝日)である。 (12 月 26 日はキリスト教最初の殉職者シュテファヌスの記念日) 。 「イヴ」= evening (Æ Abend ; der heilige Abend) (3) については,友達や恋人とパーティなどをするのはどちらかというと大晦日で, クリスマスは家族で過ごすことが多い。 (日本の大晦日とドイツのクリスマス,日本のクリスマスとドイツの大晦日の 過ごしかたが似ている。 ) (4) については,ドイツではクリスマスではなく,聖ニコラウスの日の前夜。 ◎「聖ニコラウスの日(12 月 6 日) 」と「待降節」の紹介 2.2. ドイツ語を書く(ドイツ語による情報発信)― クリスマスカードを送る ◎ドイツの「クリスマスカード」は,日本の「年賀状」のような位置づけ(一年に 一度,大切な人に送るもの)。 ◎発表者(田中)の個人的な友人(ドイツ在住のドイツ人)5組に,学生からのクリ スマスカードに返信してもらうように依頼。 ◎全受講生を 5〜6 人一組のグループに分け,あて先を割り振る。ドイツ側は,一組 につき 8〜10 通のカードを受け取り,それぞれ送り主の学生グループ宛てに返答 カードを送ってくれる。 ◎学生には,送り先の人物・家族を紹介し,どのような人に自分たちのカードが届く のかイメージしてもらう。 2 ◎クリスマスや年末年始の過ごしかたを中心テーマにしつつ,自分たちの自己紹介, 大学紹介,故郷紹介,日本で流行っているものを紹介させる。同時に,ドイツのこ とをできる限りたくさん聞きだせる(返答がもらえる)ように質問を書かせる。 ◎ドイツ側にクリスマスまでに届くように,11 月中旬から作業をはじめ(=待降節 の紹介をきっかけとして),12 月の第一週をめどに郵送する。ドイツからは,年内 または年始に返事が届くようにしてもらい,年始の最初の授業では以下 2.3. の作 業をする。 ==>【付録1】 2.3. ドイツ語を読む(ドイツ語による情報受信)― 取り組みを通した文化理解・言語 理解 ◎グループごとに,自分たちの発信した内容と,それに対するドイツからの返信内容 を発表し,文化比較をする。 ◎「クリスマス」「大晦日」「新年」「流行」などをキーワードにした場合によく使う 重要単語・重要表現を発表する。また,「カード・手紙」という通信形式に特有の 便利な表現を確認する。 ==>【付録2】 ◎具体例(2009 年 01 月 14 日に実施した報告会(松山大学ドイツ語Ⅱ)より) : 3 ■発信内容 ①自分たちや日本のことについての紹介: ・自分たちは松山大学でドイツ語を学んでいる。 ・日本では,クリスマスイヴにパーティをするのが多い。 ・また,クリスマスは恋人同士で過ごすことも多い。 ・クリスマスの日の朝,目覚めると,サンタクロースからの贈り物が置かれ ている。 ②質問: ・ドイツではクリスマスを誰と過ごしますか? ・ドイツではどのようにクリスマスを過ごしますか? ③お願い: ・(自分自身やドイツの)写真を送ってほしい。 ■受信内容(自分たちの発信内容に対する回答部分) ①ドイツでは,クリスマスは家族で過ごすことが多い。 ②ドイツのクリスマスでは,ケーキ,焼いた肉,魚,お菓子,チョコレート などを食卓に並べる。 ③友達や恋人と過ごすのは,クリスマスよりもむしろ大晦日・新年のほうが 多い。バーやディスコに行ったり,パーティをして祝ったりする。あるいは, レストランでゆっくり食事をしたり,オペラを見たりもする。 ④写真を送ろうと思ってくれているようなので,ぜひ送ってください。 4 ■単語・表現 ①クリスマスの挨拶 Frohe Weihnachten! ②新年の挨拶 Frohes Neues Jahr! → 形容詞 froh はよく使う。 ③手紙の返信で冒頭に使うと便利:Vielen Dank für eure/deine Karte. ④祝いごと: feiern という動詞 ⑤主語を一般化するとき: es gibt の表現や,受動態もよく使う。 また,man や wir を主語としておく。 ⑥手紙の結語: Viele Grüße aus A an B (A: 発信地,B: 宛てた相手) ⑦その他:文がコンマで区切られて,けっこう長く続いたりする。 ■感想・コメント ・自分たちが書いたことに関連づけて返事をもらえてよかった。 ・書いていないことまで触れてくれていた。 ・日本人があまり書かない筆跡で,いかにもドイツ人らしい印象がある。 ・外国の人は筆記体が多いのかと思っていたら,そうではなくて意外に読みや すい。 ・写真を送ってくださいとお願いしたつもりが,こちらが写真を送りたいと いうふうに伝わって,どう間違って書いてしまったのか知りたい。 ・写真を送ってもらうことができず,残念だった。 2.4. 学生の反応 ◎授業アンケートより(一部抜粋) *自分たちの悪いドイツ語でも,返信が来て,自分たちが質問していたことに回答 があったので,ちゃんと通じたんだなと嬉しかった。 *クリスマスカードの返事が来たときは嬉しかった。でも返事が達筆すぎて読めま せん・・・(泣) *初めて海外の人と文通ができて,とても貴重な体験だった。 *正しいドイツ語を作文するということよりも,日本独自の文化をドイツ語に直し て説明するのがとてもたいへんだった。日本文化は日本語でないと表現できない ことも多いと思った。 *カードはグループで1枚だったので自分の手元になくて残念。 3. おわりに:この取り組みの学習効果 ◎文法・・・ドイツ語検定3級で扱われる語彙・語句・文法を理解できる(受動態, 動詞の命令形,現在完了,慣用句など)。 ◎言語運用・・・持てる文法知識を活かして,自分のドイツ語が相手に伝わる感動。 5 文通相手とその後も個人的な電子メールの交換ができる。 ◎異文化理解・・・自国の文化を再発見できる(自国の文化を外国語で発信してみる。 その難しさもわかる) 。 ドイツ語圏文化に出会うことをきっかけとして,世界がいかに文 化・歴史的背景の異なる人々の集まりであるかを再認識する。 【付録1】 (学生たちがドイツに送ったカード) 【付録2】 (学生たちに届いた返答カード) http://www.X-seminar.net/pub/ws10242009toyo.html にて公開(ご覧ください) 。 田中雅敏(TANAKA, Masatoshi) 東洋大学法学部専任講師・東洋大学人間科学総合研究所研究員 メールアドレス: [email protected] ウェブサイト: http://www.X-seminar.net (Seminar für Interkultur und Sprache) 6
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