食事摂取基準におけるビタミン必要量の求め方 ―ビタミンB12の必要量を

3 号(3 月)2015〕
トピックス
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トピックス
食事摂取基準におけるビタミン必要量の求め方
―ビタミンB12の必要量をどのように決めるのか?―
How is vitamin B12UHTXLUHPHQWGHFLGHGLQ'LHWDU\5HIHUHQFH,QWDNHV'5,V"
日本人の食事摂取基準(2015 年版)1)において,表 1
ここで策定の根拠として用いられているのは Darby
に示すように,ビタミン B12 の必要量は悪性貧血患者の
らの論文 2)であり,これはアメリカ・カナダの DRIs
データに基づくという,非常に特殊な方法により算定
(Dietary Reference Intakes)でも引用されている 4).し
されている.ここで引用されている文献は,悪性貧血
かし,この論文を詳細に検討すると,いくつか検討す
患者に種々の量のビタミン B12 を筋肉注射し,どの量で
べき点があるように思われる.
貧血の改善を認めるのか検討したものである 2).このよ
うな特殊な方法を採用した理由の一つは,ビタミン B12
1.悪性貧血の診断
が腸肝循環することである 3).食事摂取基準の記述を
この Darby らの論文 2)において,悪性貧血の診断は,
引用すると,
『内因子を介した特異な吸収機構や多量の
病歴,大球性貧血,骨髄における巨赤芽球の過形成,
ビタミン B12 が腸肝循環しているため,健康な成人で推
ヒスタミン抵抗性無酸症および消化管 X 線検査にて異
定平均必要量の評価はできない.そこで,ビタミン B12
常なしという基準に基づいて行われている.しかし,
欠乏症(悪性貧血)患者の研究データを用いた.ビタミ
当時最も確実な診断法とされていたシリングテストで
ン B12 の必要量は,悪性貧血患者に様々な量のビタミン
の診断はされていない.
B12 を筋肉内注射し,血液学的正常(平均赤血球容積が
101 À 未満)および血清ビタミン B12 濃度(100 pmol/L 以
上)を適正に維持するために必要な量を基にして算定し
2.対象例数が極めて少ない
ビタミン B12 の投与量が 0.5μg/ 日未満では,赤血球
た.悪性貧血患者を対象としてビタミン B12 投与量を 0.1
産生能が最大となった患者は存在しなかった.ビタミ
∼ 10μg/ 日まで変化させた研究によると,赤血球産生
ン B12 の投与量が 1.4μg/ 日において,約半数の患者で
能は 0.1μg/ 日で応答し,
0.5 ∼ 1.0μg/ 日で最大を示した.
効果が見られたとされているが,実際のデータは表 2
また,7 人の悪性貧血患者に 0.5 ∼ 4.0μg/ 日のビタミン
に示す通り,約半数の患者といっても,7 例中 4 例であ
B12 を投与した結果,1.4μg/ 日で半数の患者の平均赤血
る 4).もしも 1.4μg/ 日で改善した患者のうち,1μg/ 日
球容積が改善された.これらの研究結果から,1.5μg/
で有効であった患者があと 1 人多ければ,この量で約
』とされて
日程度がビタミン B12 の必要量と考えられる.
半数の対象者において貧血が改善したことになり,推
いる.
定平均必要量は 1μg/ 日,推奨量は 1.2μg/ 日となる.
表 1 摂取基準におけるビタミン B12 策定の方法
文献 1)より引用
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〔ビタミン 89 巻
表 2 悪性貧血患者に対するビタミン B12 筋肉注射の効果
文献 2)より引用
逆に 1.4μg/ 日で改善した患者のうち,この量では改善
ン B12 栄養状態を示す指標とされている血清(血漿)ビ
せず,2μg/ 日が必要であった患者があと 1 人多ければ,
タミン B12 やホロトランスコバラミン濃度,ビタミン
推定平均必要量は 3μg/ 日,推奨量は 3.6μg/ 日となる.
B12 欠乏(不足)の指標であるホモシステインやメチル
すなわち,対象例数があまりに少ないため,母集団の
マロン酸の測定はされていない.以上が Darby らの論
推定には大きな推定誤差が存在し,わずか 1 人の患者
文 2)における問題点である.
結果が異なるだけで,推定平均必要量と推奨量に 3 倍
近年,ビタミン B12 摂取量と血中ビタミン B12 濃度や
もの違いを生じる.
ビタミン B12 欠乏(不足)の指標との関係を検討したシ
ステマティックレビューが報告されている 7).その中に
3.悪性貧血患者の結果を外挿することの妥当性
den Elzen らは,高齢者における貧血に関して Leiden
含まれている Bor らの論文 8)において,ビタミン B12 欠
乏(不足)の指標を正常範囲に保つための摂取量が 4 ∼
+85 Study を行っており,彼ら自身のデータおよびシ
7μg/ 日であったと示されている.また,大規模・長期
ステマティックレビューより,造血におけるビタミン
のコホート研究である Framingham Offspring Study にお
B12 の役割は確立されたものではあるが,重症のビタ
いて,ビタミン B12 摂取量と血液中濃度の関係が検討さ
ミン B12 欠乏症患者から得られた結果を,軽 ~ 中等度
れている(図 1)9).この検討において,6.2±0.2μg/ 日
のビタミン B12 不足の一般人に外挿すべきではないと
のビタミン B12 摂取にも関わらず,血中ビタミン B12 濃
述べている 5)6).
度が 185 pmol/L 未満の例が 19.7%,148 pmol/L 未満の
例が 10.4%に見られたと報告されており,ビタミン B12
4.貧血改善のみが指標とされている
ビタミン B12 欠乏の結果,必ず初期に貧血が起こり,
重症患者において神経障害が起こるというものではな
く,貧血が顕在化しないうちに,神経障害が発症する
例もある.Bor らは,Darby らの論文 2)の問題点として,
ビタミン B12 欠乏症患者の多くは,神経症状のみを発
症することが考慮されていないと述べている 7).
5.50 年近く前の論文であり,アウトカムと
される生体指標の種類が不十分である
ビタミン B12 欠乏症により起こるのは大球性貧血で
あるが,どの種類の貧血であるかを判定する際に用い
る簡便な指標として平均赤血球容積(mean corpuscular
volume;MCV)がある.Darby らの論文 2)で貧血改善
の指標として用いられているのは,血液中に占める血
球の体積の割合を示すヘマトクリット値と MCV のみ
図 1 コホート研究におけるビタミン B12 摂取と血中濃度の関係
である.当然のことではあるが,現代においてビタミ
文献 9)より引用
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の摂取量が推奨量である 2.4μg/ 日を上回っていても,
文 献
ビタミン B12 栄養状態が充足レベルに到達していない対
象者が少なくないことが示されている.Bor ら 8)はさら
1)第一出版編集部編(2014)厚生労働省「日本人の食事摂取基
に推奨量のあり方にも言及しており,アメリカ・カナ
準(2015 年版)」策定検討会報告書(菱田明,佐々木敏 監
ダにおけるビタミン B12 の DRIs(1998)のように,悪性
貧血のような明らかな疾患の予防・治療をめざすのか,
それともこのような欠乏より軽度の不足による血清
(血漿)ホモシステイン濃度上昇による心血管イベント
のリスク低下を考えるのかといった問題であるとも述
修).第一出版,東京
2)Darby WJ, Bridgeforth EB, le Brocquy J, Clark SL Jr, De Oliveira
JD, Kevany J, McGanity WJ, Perez C (1958) Vitamin B12 requirement of adult man. Am J Med 25, 726-732
3)Stabler SP (2013) Vitamin B12 de¿ciency. N Engl J Med 368, 149160
べている.この他,ビタミン B12 の喪失や吸収率など
4)Institute of Medicine (1998) Dietary Reference Intakes for Thia-
に関してシステマティックレビューを行い,摂取基準
min, RiboÀavin, Niacin, Vitamin B6, Folate, Vitamin B12, Panto-
においてカルシウムの策定に対して用いられている要
thenic Acid, Biotin, and Choline. The National Academies Press.,
因加算法を,ビタミン B12 にも応用する可能性を示唆
する論文もある
10)
.
このトピックスでは,一例としてビタミン B12 を取
Washington, D.C, USA
5)den Elzen WP, Gussekloo J (2011) Anaemia in older persons.
Neth J Med 69, 260-267
6)den Elzen WP, Westendorp RG, Frölich M, de Ruijter W, Assend-
り上げたが,摂取基準全体を通じて,何をアウトカム
elft WJ, Gussekloo J (2008) Vitamin B12 and folate and the risk of
として摂取基準を算定するのか,また算定の根拠とな
anemia in old age: the Leiden 85-Plus Study. Arch Intern Med 68,
る科学的根拠が発展していることを踏まえて随時見直
しを図る必要がある.今後,2020 年版の食事摂取基準
2238-2244
7)Dullemeijer C, Souverein OW, Doets EL, van der Voet H, van Wi-
の策定に向けて,これらの点についても十分な議論が
jngaarden JP, de Boer WJ, Plada M, Dhonukshe-Rutten RA, In 't
必要かと思われる.
Veld PH, Cavelaars AE, de Groot LC, van 't Veer P (2013) Systematic review with dose-response meta-analyses between vitamin
Key Words:Dietary Reference Intakes (DRI), Vitamin B12,
Pernicious anemia, Methylmalonic acid (MMA),
Holotranscobalamin
B-12 intake and European Micronutrient Recommendations
Aligned's prioritized biomarkers of vitamin B-12 including randomized controlled trials and observational studies in adults and
elderly persons. Am J Clin Nutr 97, 390-402
8)Bor MV, von Castel-Roberts KM, Kauwell GP, Stabler SP, Allen
1
2
Department of Health and Nutrition, Osaka Shoin Women’s
RH, Maneval DR, Bailey LB, Nexo E (2010) Daily intake of 4 to
University
7 microg dietary vitamin B-12 is associated with steady concen-
Department of Food and Nutrition, Kyoto Women’s
trations of vitamin B-12-related biomarkers in a healthy young
University
Akiko Kuwabara1, Misora Ao2, Kiyoshi Tanaka2
1
大阪樟蔭女子大学学芸学部健康栄養学科
2
京都女子大学家政学部食物栄養学科
桒原 晶子 1,青 未空 2,田中 清 2
population. Am J Clin Nutr 91, 571-577
9)Tucker KL, Rich S, Rosenberg I, Jacques P, Dallal G, Wilson PW,
Selhub J (2000) Plasma vitamin B-12 concentrations relate to intake source in the Framingham Offspring Study. Am J Clin Nutr
71, 514-522
10)Doets EL1, In 't Veld PH, SzczeciĔska A, Dhonukshe-Rutten RA,
Cavelaars AE, van 't Veer P, Brzozowska A, de Groot LC (2013)
Systematic review on daily vitamin B12 losses and bioavailability
for delivering recommendations on vitamin B12 intake with the
factorial approach. Ann Nutr Metab 62, 311-322