ダウンロード - 特定領域研究「タンパク質の社会

分子シャペロン研究の今をお届けする最新情報紙
2000 No.
特定領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」領域ニュース
CHAPERONE
NEWSLETTER
CONTENTS
発行日 :2000年9月
7
最終年度を迎えるにあたって
―2つのシンポジウムから―
領域代表 永田 和宏
(京都大学再生医科学研究所)
最終年度を迎えるにあたって
永田和宏
…………………………………………………………………… 1
…………………………………………………………………… 3
「Cold Spring Harbor
Laboratory Meeting」
久保田広志/槇尾 匡/西川周一
「Macromolecular Transport
across Cellular Membranes」
森 博幸
「矢原一郎先生
退官記念シンポジウム」
小安重夫
…………………………………………………………………… 3
「フォールディング病」
河田康志
「UPR」
森 和俊
「膜タンパク質の分解」
伊藤維昭/秋山芳展
「タンパク質の逆向き膜透過反応」
西川周一
「細胞のタンパク質フラックスと
その制御」
吉田賢右
「あいまいな認識」
吉田賢右
よいよ本特定領域研究(A)
「分子シャペロンによる細胞機
い 能制御」も最終年度に入りました。当初の計画通り,最終
年度は公募研究は置かず,すべて計画研究のみで研究の遂行を
期すことになります。従来公募研究として本研究班に加わって
いただいていた方々の中から,何人かに計画研究にまわってい
ただきました。まとめの年でもあり,また次なる研究班を模索
する年でもあります。その意味でも,それぞれのグループにお
いて大きな成果のでることを願っております。
今年に入って,二つの大きなシンポジウムがありました。一
つは2年ごとに開催されている Cold Spring Harbor Laboratory に
おけるシンポジウムであり,いま一つは東京において開催され
た「Molecular Chaperone2
00
0」と称する国際シンポジウムであり
…………………………………………………………………… 14
ます。それぞれの報告は,本ニュースレターで別に載せられる
ものと思いますが,その二つのシンポジウムは私には個人的に
尿素サイクル・ミ
トコンドリア形成・
分子シャペロン
きわめて思い入れの深いものでありました。
森 正敬
CSHL におけるシンポジウムの前に2日間にわたって,CSHL
…………………………………………………………………… 20
…………………………………………………………………… 25
…………………………………………………………………… 26
の保有する別荘(?)Bunbery House において由良隆先生の退任
を記念する小人数のミーティングが開催されました。由良先生
は,わが国においてのみならず,世界的にも熱ショック応答の
草分け的存在であり,また,その間一貫してこの分野,特に熱
ショック応答の転写制御の分野を引っ張ってこられたことは,
ことですが,矢原先生との個人的な友情だけでなく,日本のこ
改めて繰り返すまでもないことでしょう。由良先生が,HSP 研
の分野の研究に対する評価の高さも,これだけのスピーカーを
究所の閉鎖に伴って研究所長を退任されたことを記念して,シ
集めるのに大きな力になっていたことと思います。
ンポジウムをやろうという案が持ち上がったのは,去年の Cop-
特に矢原先生とは HSP90を介して共同研究を行い,Human
per Mountain で行われた Keystone Symposia の時でした。
スキー場
Frontier Science Program のグラントも一緒だった S. Lindquist は,
のロッジに R. Morimoto と,C. Gross, E. Craig と私が集まって,
概要を決めました。研究内容および研究環境から,由良先生ゆ
家庭の事情から普通ならまず来てくれることはないのですが,
「他ならない Ichiro のため」ということで珍しく来てくれたのも
かりの人間を集めて,家庭的な雰囲気の中で各自が発表をしよ
うれしいことでした。ここでもやはり,サイエンスを通じて,
うということになったのでした。まるで森のなかのロッジに泊
信頼と友情がゆるぎなく存在していることに印象の深いものが
まり,ひとつのテーブルで食事をして,アームチェアーで発表
ありました。
を聞く,そんな楽しい会を持つことができました。
中野明彦さんが,Susan の講演は鳥肌が立つくらい素晴らしい
由良先生は RpoH mRNA の構造を中心とした最近の成果につ
講演だったとメールをくれましたが,
私も CSHL の今年のシンポ
いて話されました。常に現在を大切にして,安易に過去へ回帰
ジウムで彼女の講演を聞いたときは,同じ思いにとらわれたも
することを潔しとしない由良先生の姿勢がくっきりと現われた
のでした。東京での講演では時間の関係もあり,質問は矢原先
トークでありました。一方,Carol Gross は,そもそもの熱ショッ
生だけになってしまいましたが,CSHL では延々と質問が続き,
ク応答の始まりの時代から振り返り,主に由良先生と彼女とが,
講演時間以上だったかと思わせるほどで,そのインパクトの強
どのように調節機構の解明へ共に進んだか,その軌跡をたどる
さを思ったことでした。
もので,
それぞれがどのように互いに相手に影響を与え,
競合し,
勝ったり負けたりしたか。淡々と,公平に,しかもきわめて暖
わが国の熱ショック応答,ストレス蛋白質,分子シャペロン
みの感じられる素晴らしい講演でした。一つの時代を生きてき
という分野の草分け,そしてリーダーとしてみんなを引っ張っ
た研究者が,このように相手の研究の軌跡をたどれることに羨
てこられた二人の先輩が,同時に退任されることに思いの深い
ましい思いさえ抱かせるに十分なものでした。研究面だけでな
ものがあります。本特定領域研究の前に,
「ストレス応答の分子
く,研究を通じて,精神的にも深い連帯感と信頼感に裏打ちさ
機構」という重点領域研究がありましたが,その立ち上げも,
れた関係をもつというのは,なかなか希有なことでこれも羨ま
矢原,由良両先生に私がくっついて実現したものでありました。
しいことでした。Carol は以前から尊敬していた研究者ではあり
3人でヒアリングに行ったときのことをよく覚えています。わ
ましたが,今回の発表を聞いて,いっそうファンになってしま
が国の分子シャペロン研究者の層の厚さとレベルの高さは,国
いました。
際的にも米欧と肩を並べうるものであると思っておりますが,
その底上げに果たした重点領域,特定領域研究の役割はきわめ
本特定領域総括班の主催として7月に東京ガーデンパレスで
て大きく,その点から言っても,お二人の役割は大きいものが
開催しましたシンポジウムは,矢原一郎先生の東京都臨床研副
あったと思わざるを得ません。
所長を退任されることを記念する会でもありました。こちらの
もちろん矢原先生は MBL 伊那研究所長としてシャペロン分野
方は,本研究班の班員の方々もずいぶん多く参加いただきまし
の研究も続けられますし,由良先生も International Cell Stress So-
たが,まずスピーカーの豪華さが特筆に値するものであったと
ciety の会長,雑誌 Cell Stress and Chaperone の副編集長として活
思われます。こちらは,吉田,森両計画研究代表と,矢原研出
動を続けられますが,本特定領域研究も最終年度を迎え,さら
身者代表として慶応大学の小安重夫さん,矢原研の後任として
に時期特定領域研究の立ち上げを考えようとしている現在,日
臨床研の瀬原淳子さんの5人で組織委員会を作り,計画をしま
本の分子シャペロン研究も新しい局面を迎えつつあるのだろう
したが,当初,とてもこれだけすべては来てくれないだろうと
という実感をもつものです。研究組織としても基礎作りの段階
思って依頼した人たちが,すべて講演を受諾してくれたのには
から,いよいよ発展の段階へと飛躍すべき季であるのかも知れ
正直驚きました。U. Hartl, A. Horwich, S. Lindquist, R. Morimoto と
ません。さらに分野そのものとしても,基礎と応用という両面
いう文字通りトップランナーが一堂に会する機会は,少なくと
から考えるべき時期に来ているのかも知れません。本特定領域
も日本ではなかなかないことでしょう。シャペロンの分野では
研究の最終年度を迎えるにあたり,最初にも述べましたように,
この4人に矢原先生が加わりましたが,さらに矢原先生の個人
ぜひ次につながるような成果と発展のでる一年でありますよう
的な長い友人である J. Schlessinger までが加わり,願ってもない
に願っております。
豪華メンバーとなった次第です。
Opening Remark の際にも述べた
2
特定領域研究
「分子シャペロン」
本年度班会議について
本特定領域研究の班会議は,1
1月3
0∼1
2月2日まで下呂で行
います。詳細な情報はあらためてお知らせいたしますが,最新
の情報はホームページに随時掲載していきますので,ときどき
チェックしていただければ幸いです。
4 伊野部智由(東京大学大学院理学系研究科)
「シャペロニン GroEL のヌクレオチドによる協同的構造転
移のメカニズム」
5 小亀浩市(国立循環器病センター研)
「小胞体ストレス応答性膜蛋白質 Herp に関する研究」
6 久保田広志(京都大学再生医科学研)
「細胞質シャペロニン CCT 複合体のサブユニット種特異的
発現変化による機能制御」
日 時:11月30日(木) 1
4時頃開始∼
7 鈴木 厚(横浜市立大学医学部)
12月2日(土) 朝食後解散
「BAG によって結び付けられる,筋特異的 sHSP/HSP70シャ
場 所:下呂温泉 山形屋
ペロン系ネットワーク」
〒509-22
07 岐阜県益田郡下呂町湯之島2
6
0−1
TEL:0576−25−26
0
1
FAX:05
76−25−2
1
4
3
名古屋より特急で1時間4
0分
8 吉田尊雄(海洋バイオテクノロジー研究所)
「超好熱性古細菌由来グループ2型シャペロニンの構造及
び反応機構」
9 友安俊文(千葉大学薬学部)
「大腸菌の凝集蛋白除去機構の解析」
班会議特別企画
「若手研究者ワークショップ」
本特定領域研究のホームページについて
本年度の特定領域研究班会議(於下呂温泉)では二日目(12
本特定領域研究は公式ホームページを開設しています。URL
月1日
(金))に,若手企画のワークショップを行います。
は以下の通りです。
オーガナイザー:
http://biochem.chem.nagoya-u.ac.jp/chaperone/index.html
木俣行雄(奈良先端科学技術大学院大学)
田口英樹(東京工業大学)
1 萩原義久(大阪大学蛋白研)
「細胞の『品質管理機構』による巻き戻り可能配列の検索」
2 木村洋子(東京都臨床研)
このサイトには,本特定領域研究の活動記録,代表からのメッ
セージ,班会議のお知らせなどのほか,ワークショップ,関連
シンポジウム,国際学会などの最新情報,わが国のシャペロン
研究者の名簿,関係サイトへのリンク集など,有用な情報が満
「ポリグルタミンの凝集体形成における分子シャぺロンの
載されています。アクセス件数は97年6月から通算94
00件以上
役割」
に上っています。アップデートも頻繁に行っておりますので,
3 菊地真吾(大阪大学蛋白研)
ぜひブラウザのブックマークに登録しておいて下さい。
「アラビドプシス Toc3
4イソ蛋白質の分子遺伝学的解析」
Cold Spring Harbor Laboratory Meeting
「Molecular Chaperones & The Heat
Shock Response」
に参加して
Part 1
ら時代の流れを感じるのは私一人だけではないと思う。今回は,
由良隆先生の退官を記念して,この直前に同所で開催された
Closed Meeting「Regulation and Function of Heat Shock Proteins」
にも出席したため,
9 日間という長旅となった。Cold Spring Harbor 研究所は,ニューヨーク JFK 空港から車で一時間ほど行った
久保田広志
海辺に位置している。日本人にとっては,いつもゴールデンウ
(京都大学再生医科学研究所・CREST/JST)
イークと重なる日程が不評な面もあるのだが,この学会が開か
れる5月初旬は沢山の草木が花を咲かせるので,当地が最も美
0
0年 5 月 3 日 か ら 7 日 に か け て 開 催 さ れ た Cold Spring
2
0Harbor Laboratory Meeting「Molecular Chaperones & The Heat
しい景観を見せる季節の一つであろうと思われる。また,近く
Shock Response」に参加した。6年ぶりにこの学会に参加したの
ければ産卵にくるカブトガニの姿をみることもできる。した
だが,6年前は「Biology of Heat Shock Proteins & Molecular Chap-
がって,研究所のすぐ近くには,海や丘しかないので,学会中
erones」というタイトルだった(同所で同様の学会が2年ごとに
参加者は,研究所の宿泊所に泊まり食事も研究所で食べること
開催されている)。一見同じように見えるタイトルだが,ここか
になり,否応なしに学会に集中できることとなる。いつもなが
の海岸にはムール貝の仲間がびっしりと生育しており,運がよ
3
ら世界中からたくさんの研究者が参加し,全部で2
8
7題の演題が
(Q9
2)とで同様にポリユビキチン化されるものの,分解速度は
あった。また,日本からの参加者も多く,この分野の研究が日
変異型の方が3倍遅いことを報告した。
また,
細胞を用いた系で,
本においても盛んであることがよくわかる。
プロテアソーム阻害剤であるラクタシスチンにより凝集塊の形
今 回 の 学 会 で 特 に 私 が 感 じ た こ と は,タ ン パ ク 質 の ミ ス
成が促進された。SCA1を発症するトランスジェニックマウスを,
フォールディングあるいは凝集によって起こされる病気とそこ
ユビキチン結合酵素 Ube3a 遺伝子を発現できないマウスと掛け
に関連する分子シャペロンや蛋白質分解系の演題が増てきてい
合わせると,SCA1単独の変異に比べて脳の形態変化から判断さ
るということであった。それ以外にもたくさんの興味深い発表
れる症状の悪化が認められたが,核内凝集塊の発生頻度は逆に
があったが,これらについては他の執筆者の方々の手にゆだね
低下していた。よって,
ユビキチン−プロテアソーム系には SCA
ることとし,私はここでは,蛋白凝集を介して引き起こされる
1の進行を防ぐ働きがあり,また,核内凝集塊の発生頻度と SCA
病気と分子シャペロンや蛋白質分解系との関連についての発表
1による神経変性度は直接相関しないことが示唆された。
さらに,
を中心に紹介してみたい。蛋白凝集を介して引き起こされると
HSP7
0を overexpress するマウスと掛け合わせると SCA1の症状が
考えられている病気には,アルツハイマー病,パーキンソン病,
改善されることから,分子シャペロンにも SCA1の進行を防ぐ働
プリオン病,ポリグルタミン病などがあげられるが,その中で
きがあることを示唆した。Botas らは,ショウジョウバエを使っ
もポリグルタミン病は最近になって特に注目を集めていると思
て,ポリグルタミン病のモデル系を作り,その解析結果を発表
われる。ポリグルタミン病においては,神経細胞で発現してい
した。具体的には,まず,ポリグルタミンをもつ ataxin-1遺伝子
る遺伝子の翻訳領域に対して CAG の繰り返し配列が挿入される
をショウジョウバエの目に特異的なプロモーターの制御下で発
ことによって長いグルタミンの鎖が蛋白質中にでき,これに
現するコンストラクトをショウジョウバエに導入した。これに
よってその蛋白質の凝集塊が長い時間をかけて核中に形成され
より,これらのハエでは目の変性はおこる。このハエと P −エ
る。これに伴い神経細胞は徐々に機能が低下しやがて死んでゆ
レメントを挿入されたハエのライブラリーと交配し目の変性症
く。また,この凝集塊中の蛋白はポリユビキチン化されている
状が改善されるものや悪化するものを選び出す。その結果,
ことが知られている。現在までに知られているポリグルタミン
HSP7
0の欠損で症状が悪化することや,DnaJ ホモローグの高発
病(とその原因蛋白質)としては,ハンチントン病(huntingtin),
現により症状が改善されることが報告された。よってここでも,
spinocerebellar ataxia type1
(SCA1と略す , 原因蛋白質は ataxin-1), 分子シャペロンがポリグルタミン病の進行を抑える働きがある
SCA2
(ataxin-2),SCA3
(ataxin-3)
,dentatorubralpallidoluysian atropy
ことが示唆されたと言ってよいと思われる。この他には同じ
(atropin-1)
,spinobulbar muscular atrophy(androgen receptor) な
セッションにおいて,哺乳類のプリオンに関する話題が2つと
どある。最近,テトラサイクリン誘導体存在下でその発現をコ
酵母のプリオンに関する話題が2つあり後者のうちで Masison
ントロールできるプロモーターの下流に,lacZ と huntingtin 遺伝
らはプリオンの凝集体形成に Hsp7
0が重要である可能性を示唆
子中の長い CAG リピートとを導入したトランスジェニックマウ
した。また,免疫グロブリンの短鎖が凝集して起こる light chain
スが作製され,その解析により,この遺伝子の発現を途中で止
amyloidosis において,Davis らは,インビトロの実験の結果から,
めるとそれまであった凝集塊が消失し,症状も改善する傾向が
Bip
(Grp7
8)に凝集塊の形成を抑える働きがあることを示唆した。
見られることが論文発表された。これまでの知見と考え合わせ
この他には,
リーシュマニア原虫の病原性と HSP1
00との関連や,
て,ユビキチン−プロテアソーム系による蛋白質分解や分子
結核菌 HSP6
5と自己免疫性関節炎との関連に関する話題があっ
シャペロンによる凝集阻止がポリグルタミン病の改善に役立つ
た。
のではないかという考えが高まりつつあった。
様々な生物
(酵母, 3 日 目 の 朝 に は「Chaperone Function in Diseases and Develop線虫,ショウジョウバエ,マウス)や培養細胞を用いたモデル
ment」というセッションがあった。
アルツハイマー病においては,
系で,これらの関連について調べる研究が盛んに行われるよう
アミロイド前駆体蛋白質から,アミロイド 蛋白質(A)が になっている。
位と 位の切断(それぞれを行なう酵素活性を セクレターゼ
本学会の口頭発表では,初日の夜に
「Diseases of Protein Misfold-
および セクレターゼと呼ぶ)
によって切り出されて凝集するこ
ing」というセッションがあった。ポリグルタミン病関連の演題
とが,その発症において重要な役割を演じると考えられている。
からはじめに紹介すると,Zoghbi らは,SCA-1に関連して,まず,
本セッションでは,セクレターゼによるる Aへの切断に重要
インビトロの系において野生型 ataxin-1
(Q2)と変異型のそれ
と言われてきたプレセニリンに関する演題が3つあった。Selkoe
らにより,アミロイド前駆体蛋白質とプレセニリン1が免疫沈
降によって共沈することや,プレセニリン1の膜貫通領域にあ
る2ヶ所のよく保存されたアスパラギン酸残基がアミロイド前
駆体蛋白質から Aへの セクレターゼ切断に重要であること
が報告された。Yu らもプレセニリン中の2ヶ所の保存されたア
スパラギン酸残基がアミロイド前駆体蛋白質から Aへの切断
に重要であること,さらにこれらの残基の置換がプレセニリン
自身の成熟を妨げる構造変化をも引き起こすことを報告した。
また,プレセニリンの本来の生物学的機能を考える上で,発生
過程などにおける Notch シグナル系への関与が言れているが,
Fortini らは,ショウジョウバエの系を用いて,プレセニリンの
リムジンの前で(左から岡本(Neupert 研),久保田,今井,細川,永田)
4
ミュータントにおける Notch プロセッシングの異常とこれに関
Cold Spring Harbor Laboratory Meeting
「Molecular Chaperones & The Heat
Shock Response」
に参加して
Part 2
槇尾 匡
(東京大学大学院・理学研究科)
0
0年5月3日から7日まで New York 州にある Cold Spring
2
0Harbor Laboratory に て 行 な わ れ た Molecular Chaperones &
CSHL の近くの風景
the Heat Shock Response の meeting に参加した。今回 meeting の
連しておこる現象などについて報告した。この学会から約1カ
開催期間中はおおむね天気も良く(ニュースレター No.
3の石川
月後,位の切断を行なう セクレターゼはプレセニリンそれ
先生の文章によれば,この時期天気が良い日が続くのは珍しい
自身であり,プレセニリンは新しいタイプのアスパラギン酸プ
ことのようだ)
,外のきれいに整備された芝生の上で昼食を楽し
ロテアーゼであることが,そのインヒビターを用いた実験によ
むことができた。
り論文発表された。今後はインヒビターなどを用いた臨床応用
講演の中で強く印象に残っているのは Chaperones and Prote-
が期待される。この他に同セッションにおいて,Carper らは,
olysis のセッションにおける大腸菌等の ATP-dependent protease
HSP27がチトクローム c と結合することによって肺癌細胞のア
に関する発表の数々である。生化学的な研究の対象としては講
ポトーシスを阻害すること,Rohde らは,HSP7
0のアンチセンス
演の最も多かった分野であった(1種類の蛋白質ということで
ベクターの導入により肺癌細胞のアポトーシス様の細胞死が起
あれば GroEL に関する発表がトップになるが)
。Horwich も昨年
こることを報告した。また,永田らは Hsp47のノックアウトマウ
01, 90-93(1999))あ
ClpAP に関する論文を出している(Nature4
スでは,コラーゲンの成熟の異常により,基底膜の形成不全を
たりからすると,シャペロニンに代わり ATP-dependent protease
伴う胚性致死が起こることを報告し,これに関連して,Miller ら
がこれからはホットな分野になってゆくのだろうか。
は HSP4
7の3量体がコラーゲンの三量体形成を助けるモデルを
セッションの最初には Gottesman
(NIH)による general introduc-
提唱した。
tion があり,大腸菌の ATP-dependent protease(Lon, FtsH, ClpAP,
2, 3, 4日目の2時からは,ポスターセッションがあり,そ
ClpXP, HslUV)について,ATP-binding domain(もしくはサブユ
れぞれに熱い議論が闘わされていた。また,2日目の夕方には,
ニット)と protease domain が独立に存在しており,基質の認識
ワイン&チーズパーティーが研究所敷地内の芝の庭で開かれ,4
は ATP-binding domain によって行なわれていること,
ATP のエネ
日目の夕方にはクラシックのコンサートに続いてバンケットが
ルギーは degradation site に peptide を送るのに使われている等の
あった。ここでは,
恒例になっているロブスターがふるまわれた。
共通的な特徴に触れた。
5日目は口頭発表だけで,午前中だけで終了し,各々帰途に就
引き続き Huber(Max Plank 研)が HslV-HslU の構造について
いた。
の発表を行なった。
HslV は20S proteasome -subunit と配列の相同
今回の学会を終えて,分子シャペロンが様々な疾患と関連し
性を持ち,モノマーとしての構造や活性部位も保存している。
ており,その臨床的応用も遠い夢ではないことを改めて認識す
しかしその複合体は proteasome と異なり,HslV,HslU ともに6
るとともに,分子シャペロンが対応しきれない場合にはユビキ
つのモノマーでリングを構成していた。またいくつか得られた
チン−プロテアソームなどの蛋白質分解系が重要であることも
結晶構造について比較を行うことにより,HslU はヌクレオチド
再認識した。小胞体のクオリティーコントロールの場でも,分
を結合することで構成する2つのドメインの位置関係を変化さ
子シャペロンと蛋白質分解系が表裏一体であることが最近言わ
せていることが分かった。
れてきており,これらのバランスがどのように制御されている
Baker(MIT)は ClpP の活性部位に変異(I2
68A/E, F270W)を
のかも蛋白質凝集を介する疾患を理解する上で重要であると感
導入することにより ClpXP が基質蛋白質(GFP-SsrA fusion)を
じた。私自身は,ポスター発表での参加であったが,私の研究
している真核生物の細胞質シャペロニンの世界中の主な研究者
と意見を交換をすることができ,非常に有意義な学会であった。
ワイン&チーズパーティ(左から中井,森,寺田,浦野(Ron 研)
,坂平(長田研))
5
食堂で(左から槇尾,伊野部,西川)
unfold さ せ た ま ま
-lytic protease については変性させたものを可逆的に再生させ
保持することを報
ることができるものの,
mature なもので同様の実験を行なうと中
告 し た。ま た,こ
間体から先に巻き戻らない。この蛋白質において天然構造は生
の状態で別の基質
理条件下においても熱力学的に最も安定な状態ではなく,大き
を 加 え る と GFP-
なエネルギーバリアに囲まれた準安定状態である(kinetically
SsrA が遊離してく
stable)
。実際,3つのプロテアーゼ(trypsin, chymotrypsin そして
ることから基質は
-lytic protease)を混合して「生き残り」実験を行なうと,通常
ClpXP と結合,
解離
の熱力学的安定性で支えられている蛋白質は生理条件下でも確
を繰り返している
率論的に unfold するために別の protease により分解されてしまう
ことを述べた。
が,-lytic protease だけは「生き残る」のだった。
Hoskins は ClpA
Gierasch は DnaK の ATP binding domain と polypeptide binding
に よ る GFP の un-
domain 間のコンタクトについての研究を報告した。変異体を作
folding について報
成しヌクレオチドの結合等に伴う基質タンパク質との親和性変
告 し た。ClpA は
化を調べることにより両 domain のコンタクトに関わる部位を特
ATP の存在下で基
定していた。ATP binding domain に関しては,ATP binding site の
質蛋白質(GFP-RepA fusion)を unfold させるが,しばらくする
近傍がコンタクトに関わっているということだった。
と Native GFP へと蛍光を回復する。この時に ATPS を加えると
Moarefi(Max-Planck 研)は Hsp7
0/Hsp9
0の橋渡しとなる蛋白
そのような蛍光の回復は見られなくなった。基質蛋白質を unfold
質 Hop についての報告を行なった。Hop には3つの TPR domain
する時だけでなく,基質を release して ClpP の方に送るためにも
があり,TPR1にて Hsp7
0と,TPR2A にて Hsp90と特異的に相互
ATP の加水分解は使われていると考えられる。
作用する。これらの TPR domain とペプチドの複合体の結晶構造
伊藤先生(京都大)は FtsH の基質認識についての報告を行なっ
を解いたところ,TPR domain の2つの helix が Hsp の C 末端の
た。FtsH の基質となる膜蛋白質から cytoplasm 側の末端のアミノ
EEVD motif を取り囲むようにつかんでいた。
酸を削って行くと FtsH の基質でなくなること,逆に FtsH の基質
Frutak と Farr(Yale 大)は一本のポリペプチド鎖で GroEL の
でない膜蛋白質(SecE)の N 末端に HA tag を付加したものは FtsH
一つのリングがその機能をほぼ保った状態で形成できること,
によって認識されるようになったことから,FtsH の基質認識に
そしてリングを構成する複数のサブユニットが基質タンパク質
は cytoplasm 側の末端にある程度の長さのアミノ酸が必要である
との結合に同時に関わっていることについて報告した。筆者は
とのことであった。また,FtsH の膜貫通領域(TM)を様々なも
00, 561-573)に掲載された時,
「ま
この内容の論文が Cell 誌(Cell1
のに(leucine zipper, LacY の TM)置き換える実験から,プロテ
さかこのようなタンパク質がきちんと形成されるなんて」と驚
アーゼの活性にはオリゴマー形成が必須であること,そして膜
いたことを覚えている。Banquet の際たまたま彼らのそばに座る
蛋白質の分解には FtsH が膜上に存在することが必須であるとの
ことになったのでこのことについて尋ねてみたところ,彼ら自
ことだった。
身もうまく形成できたことに驚いたとのことだ。まず2つタン
Langer(Munich 大)は酵母ミトコンドリアの内膜に存在する
デムにつなげたものを作ってみてうまく行ったので,どんどん
2種類の AAA プロテアーゼ,m-AAA protease(Yta1
0p, Yta1
2p;
伸ばしていったということである。しかも2つ,
3つもしくは7
matrix 側に活性領域がある)
,i-AAAprotease(Yme1p;intermem-
つタンデムにつなげたものは chromosome の GroEL を欠失した大
brane space 側に活性領域がある)の報告を行なった。それぞれ
腸菌をきちんと成育させることができるということだ(ちなみ
は単独で膜蛋白質の分解を行なうことができるが,その場合,
に4,5,
6ではダメらしい)
。3つのタンデムの場合モノマーが
活性領域の反対側にある domain を分解するためにペプチド鎖を
どうしても一つ余ってしまうが,これについては,彼ら自身も
膜透過させる必要がある。その際ある程度の(2
8残基程度)ペ
なぜそれでうまく行くのか分からないと言っていた。
プチドが必要であることを示した。
その他印象に残った発表についても触れておくと,Saibil(Birkbeck 大)はクライオ電顕を用いて sHsp(crystallin)や GroEL
の構造変化についての報告を行なった。sHsp と基質である citrate synthetase との複合体を形成させた後に得られた電顕像は,
元の sHsp と異なるクラスター構造を示していた。sHsp は基質の
Cold Spring Harbor Laboratory Meeting
「Molecular Chaperones & The Heat
Shock Response」
に参加して
Part 3
結合に際して一度複合体を解消し組み直していると考えられる
とのことであった。また,GroEL の変異体 E4
6
1K において構成
西川 周一
する2つのリングの結合の様子が Wild type と異なっていること
(名古屋大学大学院・理学研究科)
が紹介された。Wild type では2つのリングがサブユニット半分
だけねじれた形で結合しているが,興味深いことに E461K にお
月3日から7日まで行なわれた Cold Spring Harbor Meeting
いてはそのねじれがなくなっており,それと同時にリング間の
5 on Molecular Chaperones & the Heat Shock Responce の 参 加
負の協同性が失われたという。
報告について,先の2人の執筆者の報告と重複しないように書
Jaswall は mature な -lytic protease が天然構造を通常と異なる
いていきたいと思う。
安定化によって保っているという話をした。propeptide を残した
2日目朝の「Quality control and protein trafficking」では,その
6
タイトル通り小胞体におけるタンパク質の品質管理についての
(UCSF)
は正常な UPR が ERAD に必要であることを報告したが,
話題が中心であった。misfold したタンパク質の小胞体内での
01, 249-258)を既に読まれた
これについては彼らの論文(Cell 1
folding には,BiP や calnexin/calreticulin のような小胞体内の分子
方も多いであろう。ERAD において,分解基質は小胞体膜上の
シャペロンが関与している。calnexin/calreticulin による認識には, 膜透過装置である Sec61p 複合体を通ってサイトゾルに送り出さ
misfold したタンパク質が N 結合型糖鎖を持っており,
それに glu-
れる。Zhou(UC Berkeley)は,この逆向き輸送の過程にのみ欠
cose が 付 加 さ れ て い る こ と が 必 要 で あ る。UDP-glu-
1-R 変異株を分離しているが,この株において
損を持つ酵母 sec6
cose:glycoprotein glucosyl transferase(GT)は小胞体内において,
IRE1遺伝子を破壊すると酵母の増殖が温度感受性となることを
高次構造を形成していないタンパク質を認識し,その N 結合型
報告した。この温度感受性を抑圧するマルチコピーサプレッ
糖鎖に glucose を再付加することによって,小胞体内での品質管
サーを分離したところ,
PDI および PDI ファミリーに属する EUG
理機構におけるセンサーとして機能している。Helenius(ETHZ) 1遺伝子が分離された。また,これらタンパク質の活性に必須な
は,GT による基質認識機構について,RNase B を基質として用
システイン残基は ERAD に必要であるとも報告していた。これ
いた in vitro の解析結果について報告した。すでに論文として報
らシャペロンがどのようにして ERAD に関与しているのかは不
7
8-2
8
0)ため実験の詳細に
告されている(Nature Struct. Biol. 7, 2
明であるが,興味深いことに BiP の過剰生産によっては sec61-R
ついては省略するが,N 結合型糖鎖への glucose の再付加は,糖
変異株の ERAD 欠損が抑圧されなかった。
鎖が misfold したポリペプチド上に結合していることが必要であ
UPR の 最 初 の ス テ ッ プ は,小 胞 体 ス ト レ ス に よ る IRE1や
ると報告していた。また,部分的に高次構造を形成しているタ
PERK と い っ た 膜 貫 通 型 キ ナ ー ゼ の 活 性 化 で あ る。Kaufman
ンパク質の場合,N 結合型糖鎖は mobile な領域に存在しなくても
(Michigan 大)は,これらキナーゼの活性化は内腔側ドメインの
glucose の再付加を受けるとも報告していた。misfold したタンパ
dimerization によって引き起こされることを報告していた。では,
ク質は,正しく folding する場合もあるが,小胞体タンパク質分
通常の場合ではどのようなメカニズムで内腔側ドメインの di-
解機構によって分解される場合もある。これはどのようなメカ
merization が抑圧されているのであろうか。
Ron
(New York 大)は,
ニズムで決定されているのであろうか。Sifers(Baylor College)
IRE1や PERK の内腔側ドメインに通常の条件では BiP が結合し
は,
N 結合型糖鎖が小胞体の mannosidase I によってトリミングを
ているが,小胞体ストレスがかかると BiP が解離すること,す
受けるかどうかによって,分解されるのかそれとも folding する
なわち,
BiP が内腔側ドメインの dimerization を抑圧しているので
のかが決まるのだろうと報告していた。Williams(Toronto 大)
あろうと報告した。また,小胞体ストレスによって翻訳開始因
は,calnexin の小胞体内腔側ドメイン(S-CNX)が糖鎖を持たな
子である eIF-2がリン酸化され,翻訳が抑制されるが,PERK
いタンパク質の熱凝集を小胞体内腔の hsp7
0である BiP と同程度
はこの eIF-2のリン酸化を行なっているキナーゼの1つである。
の効率で抑圧することを報告した。その一方で,glucose が付加
Kaufman はリン酸化されない eIF-2変異マウスが出生直後に低
した N 結合型糖鎖を持つタンパク質については,S-CNX の方が
血糖症によって死ぬことを見いだし,
eIF-2のリン酸化が血糖値
BiP よりも効率良く熱凝集を抑圧した。また,S-CNX 存在下で
調節に必要であることを報告した。一方 Ron は,PERK 欠失細
の熱処理によって変成したタンパク質は,室温に戻してから BiP
胞がタンパク質合成の調節に欠損をもち,小胞体ストレスに高
と Sec63p の J ドメインを加えることによって巻き戻ることも示
感受性となることを示した。
さらに彼らは PERK のノックアウト
した。Hendershot(St. Jude Children' s Research hospital)は,pre-
マウスを作製し,これが insulin 産生細胞を失って高血糖症とな
B 細胞において,BiP が Ig heavy chain と stable な複合体を形成し
ることを報告した。彼らが発表した内容の多くは現時点で既に
ており,light chain がそこに加わると BiP が ATP の加水分解を
論文となっている。哺乳類の IRE1ホモログについては,
2年前の
伴って heavy chain から解離することを報告した。また,
Lindquist
ミーティングで初めて報告されたことを考えると,この分野の
(Cambridge 大)は,MHC Class I の assembly の際に ER6
0が heavy
進展のスピードには驚くばかりである。また,UPR における転
chain と S-S 結合によって2量体を形成していることを報告した。 写制御機構については,京都大の森さんが,小胞体ストレスに
小胞体関連では,小胞体タンパク質分解(ERAD)と小胞体ス
よる膜結合型転写因子 ATF6のプロセシングについての報告をさ
トレス応答(UPR)に関する話題が,このセッションの他に2日
れた。
目夜の「Cellular function of chaperones」と3日目夜の「Regulation
久保田さんのレポートにもあるように,今回のミーティング
of the stress responce」の セ ッ シ ョ ン で も 報 告 さ れ た。Travers
では,タンパク質の凝集と病気に関する発表が多いのが印象的
だった。2日目朝のセッションでは,Kopito(Stanford 大)は,
aggresome という,misfold したタンパク質によって形成されるサ
イトゾル中の封入体についての話をした。家族性筋萎縮性側策
硬化症(FALS)では変異型 SOD が aggresome を形成する。彼ら
はヒトの変異型 SOD を発現するマウスを作製し,このマウスの
脊髄中で SOD が不溶性の凝集体を形成することを報告した。ま
た,
2日目夜のセッションでは Hartl(Max-Planck 研)が,huntingtin
の poly Q repeat による SDS 不溶性繊維形成に対する hsp7
0および
hsp4
0の効果について in vitro の実験結果について報告した。彼ら
によると,hsp7
0/4
0は繊維の形成を抑えるが,poly Q repeat の凝
集自体は抑えられないとのことであった。また,poly Q repeat を
おなじみの顔触れ(左から永田,Craig,Gross)
酵母細胞内で発現すると大きな凝集体を形成すること,これは
7
酵母サイトゾルの hsp70のひとつである Ssa1p や hsp4
0である Ydj
1p を過剰生産した場合には,いくつかの小さな凝集体にわかれ
ていることを報告した。このような凝集体の分断は,別のサイ
トゾル hsp70である Ssb1p の過剰生産によってはおこらないとの
ASM シンポジウム報告記
ASM Conference on Macromolecular
Transport across Cellular Membranes
ことであった。
3日目夜のセッションでは熱ショック応答に関する話題がい
くつかあった。Sarge(Kentucky 大)は,protein phosphatase2A の
森 博幸
サブユニットである PR6
5と HSF2との相互作用についての報告
(京大 ウイルス研)
をした。また京都大の中井さんは,HSF1の活性型変異体を発現
するとマウスが雄性不稔となることを報告した。このマウスは
メリカ東南部ジョージア州サ
精 巣 が 小 さ く,精 子 形 成 に 欠 損 を 持 つ と の こ と で あ っ た。
ア バンナ(Savannah)において,
Winklhofer(Max-Planck 研)と Guo(Miami 大)は,hsp90が HSF
5月3
0日から6月4日にかけて,ア
1の活性調節に関与していることを報告した。
メリカ微生物学会(ASM)主催の
hsp9
0に 関 す る 話 題 と し て は,臨 床 研 の 今 井 さ ん が, 「Macromolecular Transport across CelHac82/Hsp8
2が calcineurin の活性サブユニットの活性や安定性を
lular Membranes」が開催された。サ
制御することによって,酵母の塩ストレス耐性機構に関与して
バンナは,
17
30 年代に入植が始まっ
いることを報告した。驚いたのは,Whitesell(Arizona 大)の発
た南部では歴史のある町であり,
「古
表であった。彼によると,C. elegans の hsp9
0には geldanamycin
き良きアメリカ」の面影が随所に
が結合せず,geldanamycin によってその活性が阻害されないとの
残っている。
と同時に,
ベストセラー
ことである。また,Lindquist(Chicago 大)は進化における hsp90
小 説「Midnight in the garden of good
のキャパシターとしての機能について(詳細はニュースレター
and evil」によって,アメリカ国内で
4号の矢原先生の解説をご覧ください)の話をしたが,presenta-
も近年注目を集め,リゾート地とし
tion のうまさには感心するばかりであった。
ての賑わいを見せているようだ。古
Cold Spring Harbor 研究所は,その名のとおり内湾に面してい
い街並みと多数の公園に代表される落ち着いた佇まいと,観光
るのであるが,内湾を挟んで対岸には Cold Spring Harbor のダウ
地としての世俗的な雰囲気が共存した町であった。
ンタウンがある。ダウンタウンには DNA Learning Center(Life
会議は,サバンナ川に面した Hyatt Regency Savannah ホテルで
Science 専門の小さな科学館)や捕鯨博物館
(Cold Spring Harbor は
行われた。総勢1
00名程のこぢんまりとした学会ではあったが,
ベストセラー小説「Midnight In The
Garden of Good And Evil」
(邦題「真夜中のサバンナ」)
19世紀中頃には捕鯨基地であった)
,1
9世紀(?)の古い家々の
「膜透過」という極めて限定したテーマに絞り込んでの会議であ
町並みがある。私はミーティングの前日に研究所に到着したの
り,この分野に身を置く筆者としては,非常に中身の濃いもの
で,同じく前日に到着した臨床研の今井さんたちと,ミーティ
であった。参加者は約7割がアメリカから,残りがヨーロッパ
ング初日の午前中(ミーティングは夜から始まるので)にダウ
からであり,日本からは招待講演者として遠藤先生(名大),伊
ンタウンに行ってきた。ぶらりと散策してくるにはなかなかよ
藤先生(京大)のお二人と,一般参加の筆者の3人であった。
いところであった。われわれはタクシーを使って行ったのだが, (この参加メンバーから半ば予想されたことではあったが,遠藤
宿と研究所の間のシャトルバスの運転手に言うと,宿にいく途
先生よりこの記事を書くよう仰せつかった次第である。
)筆者と
中ダウンタウンで降ろしてくれる(研究所から5分くらい)。
極めて名前の相同性の高い Hiroki Mori(もりひろき)さん(フ
ミーティングの最中は,ほとんどの間研究所内にカンヅメ状態
ロリダ大)も参加されており,学会関係者の中にも混乱があっ
になってしまうので,気分転換に Cold Spring Harbor のダウンタ
たようである。
(実際に,私の書類が誤ってフロリダ大の方に送
ウンに行ってみるのも良いかもしれない。
付されていた等の手違いもあり,森さんにはご迷惑をおかけし
た形になりました。
)大学院生も多数参加していたようで,多く
の人が筆者のポスターを見物しに来て色々と気軽にアドバイス
してくれるのは大変嬉しいものであった。
(単に,説明に時間が
かかるので,一人当たりにかかる時間が長かっただけかも知れ
ないが…。
)
プログラムは,テーマを持った8つの session から構成されて
いた。バクテリア細胞質膜の膜透過,小胞体内への膜透過,葉
緑体,ミトコンドリア,ペルオキソームへの import,核からの
import, export と研究対象は多岐に渡っているが,各 session 中に,
これらのテーマが混在するような形式を取っていた。学会報告
記としては,全ての研究者の発表を均等に報告するべきなのか
ワイン&チーズパーティ(左から由良,和田,伊藤)
もしれないが,筆者の英語能力の問題などもあって,会議中で,
私が面白いと感じた
(理解できた)
話を中心に紹介したいと思う。
それ以外に関しては,簡単な記載(論文として既に報告されて
いる場合には,それを併記してある)でご勘弁いただきたい。
8
会議は,初日の夕方,オーガナイザーである Jensen の開催の
挨拶により始まり,最初の session「How are Macromolecules Selected and Targeted for Translocation?」 が ス タ ー ト し た。Gould
(Johns Hopkins Univ.) は ペルオキシソームの局在に関わる Pex
5 内の保存性の高い4つの Asn 残基が,
局在化シグナル PST-1 と
5, 241-246(2000), J.
の相互作用に重要であること等(Proteins1
8, 931-944(2000))を報告した。Romisch(Univ. of
Cell. Biol. 14
Cambridge) は,glycopeptide の ER から細胞質への export にも
0
9Sec6
1p が関わっていること(Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 97, 46
4
614
(2
0
00)),PDI
(protein disulfide-isomerase)が,
misfolded protein
サバンナの代表的風景,昼下がりのスクエア
の export に関与することを示した
(但し活性中心は不要らしい。
)
72-5
982 (1
9
9
9)
)
。もう1人のオーガナイザー
(EMBO J. 18, 59
Koch(Univ. Freiburg,Germany)は,大腸菌細胞質膜タンパク質
である Art Johnson(Texas A&M Univ.) は,signal sequence 部位
SecY の膜組み込みの機構を,反転膜小胞を用いた in vitro 解析の
に蛍光プローブを導入した nascent chain を用いて,SRP(signal
結果を基に報告した。我々が以前 SecA 挿入不全を示すことを報
recognition particle)の中心因子である SRP54 と signal peptide の
告した secY20
5変異株より調製した反転膜では,
分泌型タンパク
解離定数を蛍光強度の変化を指標に測定した。また,GTP 蛍光
質の膜透過活性は極めて低下しているが,膜タンパク質の組み
アナログを組み合わせての FRET(fluorescence resonance energy
込み活性には影響が見られない。また,SecA の膜内挿入を自ら
transfer) 測定より,SRP5
4 は signal peptide, nucleotide に対して
が反転することにより手助けしていると考えられている SecG タ
独立の結合部位を持つことを報告した。基本的な仕事ではある
ンパク質の欠失株より調製した膜を用いても,SecY の膜内組み
が,結合の強さを数字として評価する系を確立したことで,今
込み能は低下しない。in vitro 合成した SecY が膜に組み込まれて
後の進展が楽しみである。
機能を発揮することを用いた assay も行い,これらの結果から,
Session Ⅱは,Ⅰの続編であった。Schenll(Rutgers Univ.)は,
SecY の膜内への組み込みには SecA の機能は不要であり,SRP
欠失植物体を用いた解析により,葉緑体への import に関与する
系にのみ依存すると結論していた。
(我々の変異株を使って重要
Toc15
9 が葉緑体の biogenesis に必須であることを見事に示した。
な結論が導かれるのは嬉しいことだが,変異機能を oversimplifi-
03, 203-207(2000))に掲載されて
この仕事は,既に Nature(4
cation されるとちょっと困るのだが…。)Kopito(Stanford Univ.)
いる。Bernstein(NIH)は,大腸菌の前駆体タンパク質の signal
は,T-cell receptor subunit の ER か ら の dislocation-degradation
sequence を膜タンパク質の膜貫通領域に置換させることにより,
が,proteasome に依存し,ユビキチン化が必要であることを報告
膜透過装置への targeting が SecB から SRP homologue である Ffh
した。しかし,
基質中のユビキチン化部位を全て除去しても dislo-
に変わることを示し,シグナルペプチド領域の疎水性の程度が
caton の速度に影響はなかったことから,付加されたユビキチン
SecB, SRP の使い分けを決定している可能性を提起した。また,
が,ラチェットとして機能しているのではないこと等を報告し
大腸菌 Ffh の発現量の低下は,
heat shock response を引き起こすこ
た。
と,rpoH との2重変異により合成致死になることを示した。こ
先を急ごう。Session Ⅲ「What components comprise the translo-
の合成致死性は,GroEL, DnaK などのシャペロン活性の低下によ
cating sites or translocons? How are proteins arranged in translocating
るものではなく,heat inducible な細胞質 protease 活性の低下が原
sites? How does the translocon interact with macromolecules in
因のようである。SRP 系の機能不全によって組み込みに失敗した
transit?」 である。Jensen(Johns Hopkins School of Medicine) は,
膜タンパク質が細胞質に蓄積し,毒性を発揮すると解釈された。 Tim2
3 の N 末 端 領 域,C 末 端 領 域 が,Tim8/Tim13 Tim9/Tim1
0
に各々認識されることを架橋実験の結果より示した。また,
Tim54-1のマルチコピーサプレッサーとして分離した Tim18 が,
Tim22 複合体の新因子であることも報告した(Mol. Biol. Cell 11,
10
3-1
16(20
0
0))。Scotti(Biocentrum Amsterdam)は,大腸菌の
2-5
49
Sec translocase の新因子 YidC の報告をした
(EMBO J.19,54
(2
0
00))
。(注:今年の Gordon Research Conference「Bacterial cell
surfaces」 において,YidC は大腸菌の生育に必須の因子であり,
膜タンパク質の組み込みに関わることが in vivo の実験からも示
された。Nature(2
00
0)in press)Ullman(Univ. Utah)は,核か
らの mRNA export に関わる Nup1
5
3 の役割を,抗体の microinjection を用いた解析結果結果を基に報告した(Mol. Biol. Cell 10,
64
9-6
64(19
9
9))。Jung(Univ. Saarlandes, Germany)は,酵 母 に
おいて post-translational translocation 系への関与が示されている
Sec62p, Sec6
3p のホモログが,高等生物中にも存在し,Sec61P と
複合体を形成していることを示した。これらの因子の膜透過に
Cell,Nature Structual Biology にも採り上げられた
おける役割(高等生物にも post の系が存在しているのか?,そ
9
れとも,これらの因子は他の機能を持っているのか?)に関し
る。Neupert(Ludwig-Maximillians-Univ. Germany)は,Tim23 の
て興味が持たれる。Wente(Washington Univ.)は,mRNA の核外
N 末端が,ミトコンドリアの外膜を貫通し,膜表面に露出し,
輸送に関わる Gle1p 変異体を用いた遺伝学的解析から,
mRNA の
ミトコンドリアのコンタクトサイトの形成に関与していること
輸送にはイノシトール6リン酸の生成が必須であることを示し
01, 401-412
(20
0
0))。Collinson
(Harvard Medical
を報告した
(Cell 1
5, 96-100(1999))。また,イノシトールリン酸の
た(Science 28
School)は,大腸菌の SecYEG 複合体を精製し,界面活性剤中で
生合成を触媒するキナーゼの1つが,転写調節因子複合体の1
は,やはり monomeric SecYEG と tetrameric SecYEG が混在して
サブユニットである Arg8
2 と同一であることも示した(Science
いることを示した。
複数分子の会合によって SecYEG チャンネル
287, 2026-2029(2000))。
Session Ⅳ「How are translocating sites assembled?」に 進 も う。
Pfanner(Univ. Freiburg)は,先の Tom4
0 の場合と同様に,Tim2
3,
Tim2
2 を発現・精製後,平面膜に再構成し,共に,cation-selective
で voltage-activated な チ ャ ン ネ ル で あ る こ と を 示 し た。ま た,
4
00Kda からなる GIP のアセンブリに関する報告も行った。Bogdanov(Univ. Texas Medical School)は,大腸菌 LacY タンパク質
の膜内での正しい配向の保持のためには,リン脂質 PE が重要で
あることを報告した。Andrews(McMaster Univ.)は,大腸菌の
SRP receptor のホモログである FtsY が,
アミノ末端ドメインを介
して細胞質膜に結合すること,大腸菌膜上でアミノ末端ドメイ
ンと GTPase ドメインの間がプロテアーゼにより特異的に切断を
受けることなどを示した。彼は,切断により形成されるドメイ
ンが特別な機能を持つ可能性にも触れた。
Traxler(Univ. Washington)は,大腸菌 maltose transport complex の挿入変異体を用いて
74, 6259-6264
得られた結果について報告した(J. Biol. Chem. 2
(1
99
9))
。Mori(Univ. Florida)は,クロロプラスト pH pathway
の構成因子の1つと考えられる TatC ホモログをエンドウマメよ
りクローニングし,その抗体を用いた実験より,実際にこの経
路の輸送に関わる因子であることを示した。この経路は,少な
くとも,TatC, Hcf106 を含む7
0
0KDa からなる複合体と,Tha4を
含む 100KDa からなる複合体の両者が必要であり,これらのアセ
ンブリーによってチャンネルが形成されるものと考えられる。
Driessen(Groningen)は,大腸菌 SecYEG 複合体の膜透過条件依
9, 852-861 (2000))
存的なアセンブリに関する話(EMBO J. 1
と,signal peptide の変異により生じる分泌欠損を相補する変異
prlA 表現系は,その変異に伴い SecYEG-SecA 相互作用が強く
なった結果,前駆体と膜透過装置間の結合解離の平衡が,結合
側にシフトしたことによりもたらされることを報告した
31-3
639(19
98)
)。更に,prlA4変異体が持つ2
(EMBO J. 17, 36
つの変異のうち一方(I4
0
8N) だけを持つ
変異型 SecYEG の精製・再構成実験より,
変異型チャンネルが,SecA に対する親和性,
SecA ATPase 活性のどちらも昂進している
super suppressor であることも紹介した。こ
の変異型チャンネルは,SecYEG 複合体の
dimer と tetramer 間での平衡が tetramer 側
にシフトしているようである。SecYEG 複
合体のアセンブリーの平衡が secY の変異
により変化するというこの報告は,多数の
変異体を持つ我々としては,非常に興味深
いものであった。
Session Ⅴ「What are the shapes and structural features of translocating sites? What is
known about other mechanisms for transporting macromolecules across membranes? 」
であ
が形成されていることを示すデーターが徐々に蓄積されてきて
10
いる。更に,
monomeric SecYEG サンプルの二次元結晶を作製し,
cryo-EM を用いた解析から,9 オングストローム分解能での projection 構造を報告した。現在の解像度では,構造の詳細に関し
ての議論は難しいが,SecYEG 複合体の構造も,論文に掲載され
る日が近づいて来ているのかもしれない。
(同様の計画を進めて
いる我々にとっては非常な脅威を感じた。
)Thomas(Univ. Texas
Southwestern Medical Center) は ABC transporter family に属する
Liv 複合体の X 線結晶解析の結果について報告したが,残念なこ
とに詳細は記憶にない。Elmquist(Univ. Stockholm) は,エネル
ギー非依存的に膜に自発的に挿入される peptide が親水性分子の
膜透過に利用できることを報告した。Endo(Nagoya Univ.) は,
例の Cell の話と,signal peptide-DHFR 融合タンパク質を用いた
Tom complex trans site への結合に関しての報告を行った。
(詳細は
日本の学会でまたお聞き下さい。
)
Session Ⅵ "What powers macromolecular movement? Must macromolecules be unfolded?" で あ る。Robinson(Univ. Warwick) は,
チラコイド膜内での pH 経路に関する報告を行ったが,あまり
目新しさは感じなかった。Hajduk(Univ. Alabama) は,トリパ
ノゾーマの tRNA が,前駆体の形でミトコンドリア内に輸送され
ること,その輸送に必要な配列情報,必要な因子に関する研究
の報告を行った。Matouschek(Northwestern Univ) は,ミトコン
ドリアに輸送されるタンパク質基質の unfolding は,そのタンパ
ク質が溶液中で本来持つ unfolding の経路とは異なり,signal peptide に続くアミノ末端領域より順次進行することを示した(Na13
2-1
1
38
(19
99)
)
。また,
このような undolding
ture Struct. Biol.6,1
の機構は,膜透過反応においてのみ見られる現象ではなく,ATPdependent protease の unfolding-degradation 経路においても観察さ
れることを報告した。Theg(Univ. California,Davis)は,チラコ
イド pH 経路の energetics に関して報告した。膜透過される基質
サバンナ川を背に(左から森,伊藤)
の大きさにより,必要とされる pH 勾配に差があるという内容で
(Mount Sinai School of Medicine)は,Low density lipoprotein 中の
あったが,筆者にはその詳細は理解不能であった。同業者であ
主要なタンパク性因子である ApoB の分解に関する報告をした。
るフロリダ大の森さんも,
「基質が二つだけではまだ何とも言え
ApoB タンパク質のアセンブリのステップは,極めて厳密に制御
ないのでは。」と筆者との雑談中にコメントされていた。
されており,
リン脂質合成が不全の際には速やかに proteasome に
Session Ⅶ「How do translocon components interact with each
より分解を受けることが知られているが,この分解は,細胞質
other? How are translocating sites regulated? How do translocons af-
中で起こるのではなく,膜透過チャンネル上でリボソームに結
fect integration of proteins into membrane?」に 移 ろ う。Nicchitta
合した ApoB タンパク質に proteasome が結合し,その場で分解
(Duke Univ. Medical Center)は,リボソーム大サブユニットは,
が開始するという,特徴的な経路で進むようである。
膜透過終了後も安定に膜に結合しており,この膜結合型のリボ
ソームは細胞質タンパク質の合成を行う際には膜から遊離する
最後に全体を振り返れば,ASM 主催の会議とあってか,バク
こと,膜結合型リボソームによる膜透過基質タンパク質の合成・
テリア関係の発表が多かったように感じた。
(筆者にとっては大
膜透過には,SRP は必要では無いことなどを報告した。膜透過
歓迎であったが。
)ここ数年のホットなテーマである,Tat pathway
終了後のリボソームのリサイクルに関する視点での研究はこれ
関係の報告も幾つかなされたが,殆どが,高等植物 pH の話だっ
まであまり行われておらず興味深い。Ito(Kyoto Univ.)は,SecY
たのも特徴的であった。
(オーガナイザーの趣味はこういったあ
分子の各領域の機能と,他の Sec 因子との相互作用などに関する
たりに反映されるのであろうか?)
最近の知見を報告したが,詳細は省かせて頂く。
(生化学会,分
長かったような短かったような5日間ではあったが,筆者に
子生物学会で発表を予定していますので,興味のある方は是非
とっては,日本の学会では味わえないような貴重な体験となっ
聞きに来て下さい。)ただ,複数の SecE 分子 が,
1つのチャンネ
た。
ル中に存在することを遺伝学的解析から示した話だけはここで
紹介しておきたい。SecYEG が,多量体で機能しているというモ
デルは,これまで電子顕微鏡による解析,生化学的解析の研究
結果に基づいていたが,ここに遺伝学的な証拠が加わることで,
「SecYEG multimer による膜透過チャンネルの形成」はかなり市
民権を得たように思われる。(注:米国 Wickner のグループが,
この SecYEG multimer に対して反論する論文を EMBO J. に近々
Molecular Chaperone 2
0
0
0
:
A Symposium Dedicated to
Ichiro Yahara
発表するようである。)Goder(Univ. Basel)は,protein kinase-de-
小安重夫
pendent なリン酸化部位を導入した stop transfer 型膜タンパク質
(慶応大学医学部)
基質を用いた解析により,
膜への targeting に要する時間を推定し,
これが極めて早いことを示した。Gilmore(Univ. Massachusettes
Medical School)は,前駆体タンパク質の SRP から translocan へ
の移行が,SRP, SRP receptor が持つ合計三つの GTPase により制
る6月2
1日午後,東京湯島のガーデンパレスで本特定領域
去
研究班主催の上記シンポジウムが開催された。なかなか一
御されていることを報告をしたようだが(タイトルからの推論
堂に会することがないと思われる演者が集まったこともあり,
である)
,筆者は,深い眠りの中にいたために何のメモも残って
当日の聴衆は2
50人を越え,
大盛況であった。お気づきのように,
いない。
このシンポジウムの副題は「A symposium dedicated to Ichiro Ya-
い よ い よ,最 後 の Session Ⅷ「How do translocating sites work
hara」である。すなわち,このシンポジウムは
(財)東京都臨床医
in reverse(retrotranslocation)?」である。Brodsky(Univ. Pittsburgh)
学総合研究所の副所長である矢原一郎博士の退官記念シンポジ
は,酵母の ERAD(ER associated degradation) に,必要とされる
ウムでもあった。このニュースレターをご覧になっている多く
シャペロンが,基質の種類によって異なる
ことを示した。可溶性のタンパク質の場合
には,BiP(lumenal hsp7
0) が,膜タンパ
ク質の場合には Ssa1
(cytosolic Hsp70)を必
74, 3453要 と す る よ う だ(J. Cell Biol. 2
34
60(1
9
99)
)。Bassam(Imperial College of
Science, UK)は,glycopeptide の ER からの
export に必要とされる細胞質因子を精製・
同定し,
Guanylate kinase(細胞内の GTP pool
の調整因子)であることを報告した。glycopeptide の export は,GTP/GDP の 添 加 で
代替できるようである。Simon(Rockefeller
Univ.) は,phage f1がコードする pIV タン
パク質が,親水性のチャンネルを形成する
ことを電気化学的な測定等を用いて示した
4, 1516-1519(1999))。Fisher
(Science 28
素晴らしい顔触れが揃ったシンポジウム
11
これ以降は実は矢原先生も世話人の一人のようになった。始め
は外国から2,
3人呼んで後は日本人でという計画だったのが,
だんだん欲がでて,Ulrich Hartl,Arthur Horwich,Susan Lindquist,
Richard Morimoto,そして分野は異なるが矢原先生の古くからの
友人であり,知日家の Joseph Schlessinger の5人を招待し,それ
に矢原先生を加えた6人でいいのではないかという案がでた。
もちろん,このような豪華メンバーが一堂に会すれば最高であ
り,誰も文句はないのだが,一方で超多忙の彼らが1日のシン
ポジウムのために来てくれるだろうかというのが,当然のこと
ながら大きな悩みの種であった。
全員の都合をきいてから日程を調整していたのでは間に合わ
Susan と矢原先生のやりとりに盛り上がる(下は Horwich)
ないので,6月21日に行うと決め,いちかばちかで招待してみる
の方々はシンポジウムに参加されたと思われるので,ここでは
ことにした。ただし,少々作戦を練り,まずは矢原先生御自身
世話人の一人として,内容よりもむしろこのシンポジウムの裏
から内々に都合をきいていただくことにした。すると驚いたこ
話などを披露したい。
とに,奇跡的に全員がこのシンポジウムのためだけに来日して
矢原先生の退官を前に,何か記念行事をやりたいという話が
くれるというではないか。有り難くて涙が出そうになった。矢
弟子や関係者(こう書くと何だか怪しいのですが…)持ち上がっ
原先生のお人柄であるとは思うが,御本人にお願いしたことが
たのは昨年の秋である。何かをやるといっても,
ただパーティー
良かったのだろう,とほくそ笑んだのも事実である。そうそう,
をやるなどといったら怒られるのは目に見えている。そこで不
もう一人忘れてはならないのが,矢原研に滞在して共同研究を
肖 小 安 が 恐 る 恐 る 矢 原 先 生 に 伺 っ た と こ ろ,サ イ エ ン テ ィ
したことのある,ハンガリーの Peter Csermely である。彼にも声
フィックなシンポジウムのような行事ならよろしい,というお
をかけたところ,その頃はアメリカに滞在中の予定であるにも
言葉をいただいた。シンポジウムといっても色々なものが考え
かかわらず,
日本まで足を伸ばしてくれることになった。
彼には,
られる。矢原研究室の歴史をたどれるような,矢原先生に縁の
特に懇親会で腕を発揮してもらうようにお願いした。ともあれ,
ある研究者を集める,などの企画も考えられたが,やはり矢原
これで役者が決まり,万万歳である。
先生がこの1
0年間集中してこられた,シャペロン関係のシンポ
いよいよ明日がシンポジウムという前日。皆このシンポジウ
ジウムがいいのではないかということになった。そこで早速,
ムのためだけに来日するので,この日に初めて集まることにな
本特定領域研究班の代表の永田和宏先生に御相談したところ,
る。実は全員が到着するまで気が気ではなかった。飛行機がキャ
ちょうど永田先生も同様なことを考えていらしたということで
ンセルになったり極端に遅れたりして間に合わなくなる可能性
文句なくシャペロン関係のシンポジウムを開催しようというこ
もゼロではなかったからである。また,我々が外国に行っても
とになった。矢原先生にお話ししたところ,一も二もなく賛成
空港まで出迎えてくれるなどということはまずないのだから,
していただいた。
こちらも空港まで行くことはない,というのが事務局の(少な
そこで永田先生と相談し,森正敬先生,吉田賢右先生にも世
くとも私の)考えだったので,各演者には自分でスカイライナー
話人をお願いし,矢原先生の後に臨床研の細胞生物学研究部門
に乗って上野からタクシーで来てくれ,と依頼してあったので,
を引き継いだ瀬原淳子先生と私が共同で事務局をやることと
この点も若干心配な要素であった。予定より遅れること3
0分で
なった。実は事務局といってもシンポジウムの申込は慶應で受
最後の Morimoto 先生が現われたときにはほっとした。このメン
け付けたが,裏方の仕事のほとんどは臨床研の瀬原先生のとこ
バーが全員集まればもうシンポジウムは成功したも同然である。
ろを煩らわせたというのが実情である。
(瀬原先生にとっては研
いよいよ当日である。実は参加者は2
0
0人ぐらいのつもりで会
究室を引き継いだといっても学問上はそれほどつながりがあっ
場の用意をしていたのであるが,どうももっと多そうだという
た訳でもなく,申し訳ないことをしたと思っております。
)さて,
ことになり,当日急きょ机の数やイスの配置を変更したりした。
世話人が決まれば次は内容である。世話人で色々議論をしたが,
結果的には前述のように2
50人を越える参加者があり,満員御礼
やはり矢原先生の意見がもっとも大事だろうということになり,
であった。永田領域代表の挨拶の後,Hartl 先生の講演でシンポ
ジウムが幕を開けた。アクチンやチューブリンの生合成におい
て,新生ポリペプチド鎖がまず HSP7
0と NAC によって安定化さ
れ,さらに GimC/prefoldin と TRiC/CCT によってフォールディン
グが進行するモデルを説明した後,好熱菌由来の2種類のサブ
ユニットしかもたない GimC の結晶構造をもとにその機能を解
析した結果を示したのが印象的であった。
2
4のサブユニット
構造をとる GimC が各サブユニットの シートを介して coiledcoil 構造がぶら下がるような3次元構造を持ち,特に サブユ
ニットがその機能に重要であることをきれいに示していた。続
いて登壇したのがこれまたシャペロニンの大家の Horwich 先生
である。彼は GroEL の各リングをリンカーを用いてタンデムに
パーティの MC を務めた Csermery(左,お見事でした)と瀬原さん(右)
12
つないだユニークなアプローチで変異解析を行い,7個のうちの
演後には待ち構えていたように(事実,待ち構えていたと思わ
れる)矢原先生が質問に立たれたが,時間があまりなく残念で
あった。Capacitor の概念はシカゴの遺伝学者の間では評判が良
くないらしいが,日本から太田朋子先生がシカゴに来られた際
に,Lindquist 先生にだけ面会に来られたそうであり,Lindquist
先生もそれがかなりうれしかったようである。
最後の演者が本日の主役,矢原先生である。これまでの臨床
研における研究をまとめられて,
中でも cofilin と HSP90に関する
講演をされた。cofilin はもともと西田栄介先生(現京大)が単離
したアクチン結合タンパク質であるが,熱ショックなどによっ
て形成されるアクチンロッドの成分であることが明らかになっ
ユーモアあふれるスピーチ
て以来,矢原研究室のテーマとなり,その cDNA クローニング,
少なくとも連続した3個のリングが完全でないと機能を持たな
類似タンパク質の3次元構造決定,など多くの仕事が進んでき
いことを示した。3月号の Cell に発表されていたとはいえ,や
た。酵母においては cofilin は生存に必須の遺伝子である。そし
はり1本につないでも機能する点は驚きである。
て周知のごとく,HSP9
0は矢原研究室のここ1
0年来の主要テーマ
次の演者の Schlessinger 先生は矢原先生のニューヨーク時代の
であり,最近のカルシニューリンとの相互作用に関するデータ
旧友である。シャペロンの世界からはやや離れるが,彼は増殖
が紹介された。実はここで少々ハプニングが起きる。矢原先生
因子受容体を介したシグナル伝達系の大御所であり FGF 受容体
の講演は予定より5分ほど遅れて始まり,時間通りにシンポジ
を材料にしたシグナル伝達系のアダプタータンパク質の研究成
ウムを終わらせるために,講演が始まる際に矢原先生から「5
果を披露した。中でも最近明らかにされた FRS2ファミリーは N
時40分になったらベルを鳴らすように」という指令を受けてい
端にミリスチン酸を持ち,細胞質内に PTB ドメインや Grb2結合
た。ところが,途中で「40分たったらベルを鳴らすように」と
部位などを持つ膜タンパク質であり,
FGF 受容体下流のシグナル
誤って伝わり,質問時間がなくなってしまった。結局,主役だ
伝達に重要であることをノックアウトマウスの作製も含めて紹
からいいのではないかとそのまま終わってしまったが,少々冷
介した。さらに,リガンドや受容体の結晶構造をもとにした構
汗ものであった。
造機能相関のデータも示していただいたが,この話は実に迫力
シンポジウムの後は瀬原先生とハンガリーの民族衣装を着た
があり,Hartl 先生の時もそう思ったが,欧米では構造生物学が
Csermely 先生の司会で懇親会が,これまた予想以上の1
50人余り
実に手軽に使われているのに対して日本はまだまだであるとい
という多数の参加者を得て行われた。ここでは矢原先生の唯一
う印象を強くした。実は彼の話に関連していちばん面白かった
の上司といえる臨床研の宇井理生所長を始めとした楽しいス
のは,講演後の Schlessinger 先生と Morimoto 先生の会話だった。 ピーチが行われ,矢原先生の負けず嫌いな性格を紹介するエピ
Schlessinger 先生が開発した Fluorescence Energy Transfer を用いて
ソードがいくつも紹介された。そしてまた,それにいちいち反
Schlessinger 先生と矢原先生は四半世紀前にニューヨーク共同研
論するという,やはり予想通りの矢原先生の反応が皆を喜ばせ
究をしたことがあり,その懐かしいスライドが紹介されたのだ
た。昼間はサイエンティフィックに興奮し,夜は楽しく懇親し,
が,
Morimoto 先生が,講演後に隣の席の Schlessinger 先生に
「Fluo-
実に有意義な一日であった。最後に,シンポジウムを盛り上げ
rescence Energy Transfer はあなたが開発したのか?」と驚いたよ
て下さった多くの参加者の皆様に感謝するとともに,外国から
うに尋ね,Schlessinger 先生が「何だ,知らずにお前は人の方法
来られた先生方には,このシンポジウムだけのために駆け付け
を使っていたのか?」と答えていた場面だった。
て下さったことと未発表のデータを沢山紹介して下さったこと
続く Morimoto 先生の講演は前回の班会議の時の特別講演と同
に心からお礼を申し上げたい。
様,ポリグルタミン酸をもつタンパク質の挙動に関する,線虫
を使ったきれいな仕事であった。GFP や YFP にポリグルタミン
酸を結合して線虫に発現させ,aggregate を作る polyQ8
2と作らな
い polyQ1
9を共存させると後者まで一緒に aggregate することや,
さらにそれに結合する HSP70がダイナミックに動いていること
などをきれいに可視化していた。さらに RNAi などを用いて heat
shock response を制御するなど様々な方法を駆使しており,今後
も色々興味深いデータがでてくると思われ,楽しみである。そ
の次に講演したのが,当日の演者の中でも皆が楽しみにしてい
た Lindquist 先生である。HSP9
0と進化の話に関しては矢原先生が
ニュースレターの4号に詳しく解説されてる。今回はさらに
Arabidopsis など他の生物種にまでその実験を広げて紹介した。
講
夏子さんからの花束贈呈
13
分子レベルでわかりつつある
フォールディング病
(Conformational Disease)
河田康志
(鳥取大学工学部生物応用工学科)
【はじめに】
生
化学的実験研究の中でも特にタンパク質や酵素に関する
研究のほとんどは,水溶液中で行われるのが通常で,研究
手段も多くの場合,水溶液を対象としている。タンパク質や酵
素の構造形成や安定性の研究を行っていて,つくづく思うこと
に,途中でタンパク質がアグリゲーションを起こしてしまって
沈殿したりすると,まったくお手上げになってしまうことであ
図1.アミロイド形成
る。このような経験をしたことのある人はかなり大勢いるので
はないかと思われる。
まで行ってきて思うことに,不溶性アグリゲーション中の ヘ
試験管内でタンパク質が沈殿してしまうと実験者が困るよう
リックスやランダムコイルなどの構造がアミロイド構造の 構
に,細胞内であるタンパク質が分解されず不溶性のタンパク質
造に変化するためにはどうしても一度,可溶化して構造を解き
凝集体ができると,その細胞は正しく機能できないようになり,
ほぐす必要があるように思われる。
またそれがアミロイド線維であれば,やがて個体の病気へと進
可溶性のタンパク質のアミロイド構造形成では,いったん高
展していくことがある。これがいわゆるコンフォメーション病
度に変性した構造,または部分的に二次構造をもった中間体が
である。1
99
6年にイギリスで社会的問題になった狂牛病(プリ
高濃度で相互作用するうちに,構造に富んだアミロイド構造
オン病)を始め,アルツハイマー病やパーキンソン病,ハンチ
を形成していくと考えられている(図1)
。我々もごく最近,分
ントン病など,脳神経細胞内でのタンパク質のアミロイド化が
子シャペロンの一種の大腸菌シャペロニン GroES の構造変性を
一因として考えられている病気は多く,タンパク質の不溶化,
調べているうちに,このタンパク質がアミロイド線維を形成す
ひいてはアミロイド線維形成の分子レベルでの研究が注目され
ることを発見した3。この場合も,GroES の三次元構造が壊れて
始めた。すなわち,これまで避けてきたタンパク質の不溶化現
はいるものの何らかの二次構造が残っている状態がもっともア
象が避けてとおれない問題(研究)となってきたのである。
ミロイド構造を形成しやすいことが示された。この他にも4−6,
病気に関わっていないタンパク質でもアミロイド線維構造を形
【アミロイド線維化の分子メカニズム】
アミロイド線維の構造はまだ不明な点が多いが,多数の逆平
成することから,アミロイド構造は一般的に,タンパク質のあ
る取りやすい構造の一種ではないかと考えられる。中でも,
我々
行型 ストランドからなる2枚の シートがよじれながら数本, が発見した GroES では,オリゴマー構造の解離や変性の詳細が
アミロイド線維軸に沿って形成されているようである1。この構
分子論的に明らかになっているので,今後さらにコンフォメー
造は非常に安定で不溶化していることもあいまって,プロテ
ション病のタンパク質科学的な詳細な研究のよいモデル系にな
アーゼ消化に耐性である。
アミノ酸配列に関係なく共通の 構造
をとったアミロイド線維が形成される分子メカニズムの詳細は
ると期待している。
【分子シャペロンとのかかわり】
まだ不明であるが,次第にわかりつつあることは確かである。
もともと構造をとっていないペプチドの場合はともかく,プ
ヒト膵臓アミロイド形成ポリペプチド(hIAPP)のアミロイド
リオンタンパク質のように,ある一定の構造を持ったタンパク
化は,一旦不溶な非特異的凝集体(アグリゲーション)が形成
質が シート構造をとり,
アミロイド化するには平衡論的な考え
され,それが時間が経つにつれて次第にアミロイド線維になっ
方だけではなく,何らかの因子がそこに働いている可能性も考
2
ていくと最近報告された 。これがアミロイド化の共通メカニズ
えられる。タンパク質の構造変化に直接関わっているものは,
ムならば,先に述べたようなタンパク質のアグリゲーションの
生体内ではやはり分子シャペロンであろう。事実,最近我々の
研究は重要な意味合いを持つことになる。外来タンパク質など
研究からも,ある大量発現系でインクルージョンボディ形成を
を大腸菌で大量発現させたとき,しばしば細胞内で不溶性の凝
抑制し,可溶性の正しい構造を取らせることに GroEL/GroES,
集塊(インクルージョンボディ)が形成されることがある。こ
DnaK/DnaJ/GrpE が大変重要であることが示された7。さらに,
のインクルージョンボディの構造は試験管内で生じるアグリ
ハンチントン病に関わっているポリグルタミンの細胞内でのア
ゲーションと同じ範疇に入ると考えられているが,もしそうな
0/Hsp409が有効
グリゲーションの抑制に酵母の Hsp1
0
48や Hsp7
らば時間が経つにつれてこのようなアグリゲーションはアミロ
であることも明らかになっている。
イド化するのであろうか。タンパク質の構造変化の研究をこれ
正しい構造を取らせたり,アグリゲーションを分解したりす
14
る分子シャペロン類は当然コンフォメーション病とは密接な関
思われます。UPR に分解まで含めるかどうかは議論の余地があ
係があることは予想できる。しかしながら,それをいかに有効
ります。
に病気の予防として利用できるかというためには,コンフォ
今年4月 Cell に掲載された論文で,
マイクロアレイ技術を使っ
メーション病そのもののタンパク質科学的な分子メカニズムの
て出芽酵母の UPR の標的遺伝子を網羅的に探索した結果,全
解明が今後の鍵となることは間違いないであろう。
6,
0
0
0の遺伝子の内,
実に40
0個近くの遺伝子が UPR により制御
されていることが示されました2。これらの中で小胞体での
【おわりに】
フォールディングに直接関わっているものは少数派で,多くは
タンパク質のアミロイド線維形成がただちに病気に結びつく
分泌過程の様々な局面で働いていることから,UPR の活性化と
かどうかはまだ議論の余地がある。しかしながら,タンパク質
は分泌過程のリモデリングであると提唱されています。最新の
のアミロイド構造形成という現象が何らかの引き金を引くきっ
技術を応用した確かな研究成果ではありますが,ここで一つ注
かけになっていることは確かである。高齢化社会に向かう現代
意しなければならないことは,
後述する PERK が存在しないため
では,いかに健康に年をとるかは大事なことである。そのため
に 出 芽 酵 母 で は 翻 訳 抑 制 が お こ ら な い 点 で す。そ の た め リ
にも,分子レベルでのタンパク質のアミロイド形成メカニズム
フォールディングと分解だけでは追いつかず,分泌過程まで巻
の解明は今後大変重要な問題であると考えられる。
き込んで対処しているのかもしれません。翻訳抑制のかかる細
胞で UPR 標的遺伝子の数と種類がどうなっているか解析する必
【文献】
1.Jimenez, J. L. et al.,(2
00
0)EMBO J. 1
8, 8
15-8
21.
2.Higham, C. E. et al.,(2
00
0)FEBS Letters 4
7
0, 5
5-6
0.
51st Forum for Protein Structure(Joint
3.Higurashi, T. et al.,(20
0
0)
Protein Meeting), Abstracts, pp. 1
5
3-1
5
6.
4.Chiti, F., et al.,(20
0
0)EMBO J. 1
9, 1
4
4
1-1
4
4
9.
5.Yutani, K. et al.,(200
0)Biochemistry 3
9, 2
7
6
9-2
7
77.
6.Konno, T. et al.,(20
00)FEBS Letters 4
5
4, 1
2
2-1
2
6.
7.Mizobata, T. et al.(20
0
0)Eur. J. Biochem. 2
6
7, 4
26
4-42
7
1.
8.Satyal, S. H. et al. (20
0
0)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 57
5
05
755.
9.Muchowski, P. J. et al.
(2
0
0
0)
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 78
4
17
846.
要があります。それでは,哺乳動物 UPR の鍵を握る三つの小胞
体膜貫通型タンパク質に焦点を当て,最新の知見並びに今後の
課題を論じてみたいと思います。
【IRE1】
出芽酵母の転写誘導で必須の役割を果たしている Ire1p(小胞
体に存在するⅠ型の膜貫通型タンパク質で2つの酵素[プロテ
インキナーゼ+エンドリボヌクレアーゼ]活性を細胞質側領域
に持つ)のホモログが哺乳動物小胞体に2種類見つかり,IRE1,
これらの過剰発現は UPR を構成
IRE1と名付けられています1。
的に活性化し,エフェクタードメインを欠く変異体(IRE1C)
はドミナントネガティブ効果を示すことから,IRE1
/ を介す
る誘導機構が哺乳動物でも働いていると考えられてきました。
UPR
ところが最近,IRE1/のダブルノックアウト細胞が樹立されま
森 和俊
ことがわかりました3。つまり,IRE1/は UPR に必要ないの
(京都大学大学院生命科学研究科)
です。では何故,IRE1C がドミナントネガティブ効果を示すの
したが,この細胞の UPR 活性は野生型細胞と比べて変化がない
でしょうか?これが今後の大きな課題です。第3の IRE1 分子
PR(unfolded protein response)とは小胞体から核への細胞
U 内情報伝達を伴う小胞体シャペロンの転写誘導機構であ
(IRE1) が存在するのかもしれません。また,IRE1,IRE1
とも Ire1p と同様に酵母の UPR 特異的転写因子 Hac1p をコードす
るという位置付けでこれまでお話させていただいてきました。
る mRNA をスプライシングする活性を示しますが,このような
しかし最近の研究の進展から UPR の奥は深く,もっと総合的か
制御を受ける転写因子が哺乳動物ではまだ見つかっていません。
つダイナミックな細胞応答として捉え直すべき
ときが来たようです。筆者の最近のレビュー1
のタイトル通り,小胞体内での unfolded protein
の蓄積に対し真核細胞は3つの方法で対処しま
す。転写誘導(分子シャペロン等を増やして小
胞体内のフォールディング容量を増加させる応
答)
,翻訳抑制(タンパク質合成を全般的に抑
制して小胞体内の負荷を軽減させる応答)
,
分解
(文字通り unfolded protein を分解する応答,
その
最近の理解は西川先生の章に譲る)の三つです
が,これらは密接に絡み合って unfolded protein
を処理しています。例えば,分解機構が効率よ
く行われるためには転写誘導機構が正常に働い
ていなければならないことが酵母の系で示され
ました2。今後は,少なくとも転写誘導と翻訳
抑制の両方を UPR として捉えていくべきだと
図1.動物細胞における UPR
15
IRE1 の下流は依然謎に包まれています。なお,IRE1
が小胞
体ストレス依存的にプロテオリシスを受け,
生じた C 末端側断片
が核移行した後にスプライシング反応を行うというモデルが提
唱されています4が,他のグループによる追試が成功せず,この
説は Cell に掲載されてはいても眉唾ものと考えた方がよさそう
です。
【PERK】
Ron, D. (2
00
0) Nature Cell Biol. 2, 32
6-33
2
7.Yoshida, H., Okada, T., Haze, K., Yanagi, H., Yura, T., and Mori,
K.(20
00)Mol. Cell. Biol., in press
8.Nakagawa, T., Zhu, H., Morishima, N., Li, E., Xu, J., Yankner, B.
A., and Yuan, J.(2
00
0)Nature 4
03, 98-103
9.Katayama, T., Imaizumi, K., Sato, N., Miyoshi, K., Kudo, T., Hitomi, J., Morihara, T., Yoneda, T., Gomi, F., Mori, Y., Nakano, Y.,
Takeda, J., Tsuda, T., Itoyama, Y., Murayama, O., Takashima, A.,
St George-Hyslop, P., Takeda, M., and Tohyama, M.(199
9)Nature
Cell Biol. 1, 47
9-48
5
小胞体内に unfolded protein が蓄積すると,
PERK と名付けられ
ているⅠ型の膜貫通型タンパク質リン酸化酵素が活性化され,
翻訳開始因子 eIF2のリン酸化を介して翻訳が全般的に抑制さ
れます1。最近 PERK をノックアウトした細胞が樹立され,この
細胞内では小胞体ストレスに応答した翻訳抑制がおこらないこ
膜タンパク質の分解
とから,PERK がこの機構に必須の役割を果たすことが確定して
います5。PERK の内腔ドメインは IRE1の内腔ドメインとホモロ
伊藤維昭・秋山芳展
ジーを示し,実際最近の論文で,通常の条件下では IRE1と PERK
(京都大学ウィルス研)
の内腔ドメインに小胞体シャペロンである BiP が結合していて
これらを不活性な単量体に保っているが,unfolded protein が蓄積
白質の分解は細胞機能の調節や,恒常性の維持,細胞内コ
すると BiP がとられるため,IRE1と PERK が2量体化して活性
蛋 ンパートメントの品質 管理などに重要である。膜蛋白質に
化されることを示す結果が報告されました6。BiP と IRE1あるい
関してはその分解がどのようにしてどのような装 置によって行
は PERK は実験的には界面活性剤を用いても離れないほど強く
われるのか,わからない点が多い。本稿では,膜蛋白質の分解
結合しているようですので,IRE1あるいは PERK からの BiP の
に特有の 問題点を考え,筆者らが研究してきた大腸菌の FtsH に
解離と unfolded protein への結合がどのような仕組みで調節され
関する最近の結果をまとめる。 今年になって,“regulated in-
ていて情報伝達のオンオフが決まるのか,その機構解明が今後
tramembrane proteolysis”
に関する総説が Cell に発表 された1。pre-
の重要な課題です。
senilin などの膜内在性のプロテアーゼ(まだ実体解明は進んでい
な い)が,膜蛋白基質を切断する。切断された断片が重要な細
【ATF6】
胞制御機能を発揮すると 言った現象である。このような場合,
ATF6は哺乳動物の UPR に特異的な転写因子の候補として単
プロテアーゼ活性中心は膜内部近くに存在して,内在性膜蛋白
離されたベーシック・ロイシンジッパー型タンパク質で,転写
質を膜貫通部位近傍で切断するらしい。ところで,proteolysis は
因子でありながら,通常は小胞体に局在するⅡ型の膜貫通型タ
加水分解反応である。水分子を要求する反応が膜内の脂質環境
ンパク質として合成されています1。unfolded protein が蓄積する
で効率よく起こり得る のかと言った根本的な問題点は,従来余
とプロテオリシスを受け,小胞体膜から遊離した N 末端側断片
り取りあげられていなかったと思われる。我 々は上記の preseni-
が核移行し,標的遺伝子の転写を活性化します7。今後の課題と
lin 等の反応は1カ所切断らしいことから,ペプチド結合一つの
して(1)ATF6 pathway が UPR 全体においてどの程度の重要性
加水分解程度なら膜環境でも起こり得るのであろうと解釈する。
を持つのか?(2)ATF6を切断するプロテアーゼの実体は何か?
一方,我々は SecY, F0 subunit と言った膜の輸送・チャネルに
(3)ATF6をプロテオリシスに導くシグナルは何か?やはりシャ
関わる膜蛋白質は単独サブユニット状態で安定に存在できず,
ペロンが関与しているのか?(4)ATF6のプロテオリシスは IRE1
直ちに分解除去されること,FtsH がこのような蛋白分解を司 る
や PERK により制御されているか? などが挙げられます。
ことを見出してきた。このような proteolysis では膜貫通部位の完
全除去が必要で あろうと考えられ,より多くの加水分解反応が
その他にも,小胞体ストレスとアポトーシスとの関係(小胞
8
速やかに起こらなければならないもの と考えられる。
,小胞体ストレスと疾
体に局在するカスパーゼが発見された )
大腸菌 FtsH は N 末端側の2つの膜貫通部位で膜に結合してい
患との関係(presenilin-1に家族性アルツハイマー病にリンクした
るが,その活性ドメイン(AAA ATPase, Zn2+ protease の2種類の
変異が入ると,UPR 機能が低下し細胞が脆弱になることが報告
酵素活性を持つ)は細胞質に配向してい る。AAA ATPase は一
された9)など着手されたばかりの課題もあり,まだまだ当分の
般にリング状の6量体構造をとっているが,FtsH もホモオリゴ
間 UPR から目を離せない状況です。
マ ーを形成している。我々は,
「FtsH 自体が基質の細胞質領域
のみではなく膜貫通部位 やペリプラズム領域と言ったトポロ
01, 451-454
1.Mori, K.(2
00
0)Cell 1
2.
Travers, K. J., Patil, C. K., Wodicka, L., Lockhart, D. J., Weissman,
J. S., and Walter, P.(20
0
0)Cell 1
01, 249-258
3.Urano, F. and Ron, D., personal communication
4.Niwa, M., Sidrauski, C., Kaufman, R. J., and Walter, P.(199
9)
Cell 9
9, 691-702
5.Harding, H. P., Zhang, Y., Bertolotti, A., Zeng, H., and Ron, D.
7-9
0
4
(20
0
0)Mol. Cell 5, 89
6.Bertolotti, A., Zhang, Y., Hendershot, L. M., Harding, H. P., and
16
ジー上活性中心から隔絶された部位をも分解する のか」と言う
問題を取りあげた。ペリプラズム側に目印蛋白質(PhoA)を融
合させた モデル基質の in vivo 分解過程を解析した結果から,上
記の設問に Yes の解答を得た2。これが正しいとすれば,膜を越
えた基質(酵素も理論的にはあり得るのだが) の移動がなけれ
ばならず,我々は FtsH はその ATPase 活性を用いて基質を膜か
ら引きず り出しつつ分解するとのモデル(dislocation model)を
olocation を伴う processive な分解過程は,蛋白質における膜結合
領域の 加水分解を速やかに達成するための戦略の一つと見なす
ことができる。
00, 391-398.
1. Brown, M. S., et al (20
00)Cell 1
2. Kihara, K. et al. (1
99
9)EMBO J. 1
9, 2970-2981.
3. Akiyama, Y., and Ito, K. (2
00
0)EMBO J. 1
9, 3888-3895.
4. Chiba, S. et al. (20
00)EMBO Rep. 1, 47-5
2.
5. Kihara, A., et al. (1
99
6)EMBO J. 1
5, 6122-6131.
6. Leonhard, K. et al (20
0
0)Mol. Cell 5, 62
9-63
8.
7. Nijtmans, L. G. J. et al. (20
00)EMBO J. 1
9, 2444-2451.
図1.FtsH による膜タンパク質の dislocation
提唱した2。もともと ATP 依存蛋白分解において,ATPase の役
割は基質の unfolding, protease 活性中心への translocation, presenta-
タンパク質の逆向き膜透過反応
―順方向の膜透過の単なる
逆反応ではない
tion にあると考えられている。膜蛋白質を基質とする FtsH の場合
西川 周一
dislocation もそれほど突飛な考えではないかもしれない。また,
(名古屋大学大学院理学研究科)
これは ER degradation における問題点とも重なっている。
我々は,FtsH の細胞質ドメインはオリゴマー構造をとること
ができれば,可溶性蛋 白質基質には働くこと,しかし膜蛋白質
基質に働くためには膜貫通領域(必ずしも FtsH 由来でなくても
【はじめに】
ンパク質のオルガネラ膜透過については,これまで,サイ
よい)を持つことが必要であることを示した3。FtsH は上記の
タ
モデル基質の分解を N 末端領域から開始し,一旦開始すると全
内腔への輸送のみがおこると考えられてきた。しかし最近,こ
域にわたる processive な分解を行う。ただし,
PhoA 部分が folding
の逆反応,いわゆる逆向き輸送(retro-translocation)が存在し,
を起こしていると分解はその 手前で停止する(dislocation ができ
これが細胞の機能にとって重要な役割をはたしていることが明
ないためと解釈している)
。
分解開始には N 末 端細胞質領域が2
0
らかとなってきた。例えば,小胞体タンパク質分解における小
4
トゾル側から小胞体やミトコンドリアなどのオルガネラ
残基以上の長さを持つことが必要である 。本来 FtsH による速
胞体内腔からサイトゾルへの分解基質の輸送や,アポトーシス
い 分解を受けていない蛋白質でも N 末端細胞質領域を2
0残基以
のシグナルとして機能するシトクロム c のミトコンドリア膜間
上に延ばすことにより FtsH による速やかな分解を受けるように
部からサイトゾルへの輸送がこれにあたる。本稿では小胞体内
改変可能なこともある。この分解開始に必要 とされる細胞質領
腔からサイトゾルへの輸送のメカニズムについて,現在までに
域は,dislocation のとっかかりとなっていることが想像される。
何が明らかとなっているのかについて紹介したい。
配列自体は重要でなく unfold した状態であればよいと考えてい
る。また,蛋白質によ ってはそのような領域が C 末端や内部領
【小胞体タンパク質分解とは】
域に存在することも充分考えられる。
新規に合成された分泌タンパク質や形質膜のタンパク質は,
FtsH は HflKC というペリプラズム側に配向した膜蛋白質複合
小胞体膜を透過後,小胞体内において糖鎖付加などの様々な修
5
体とさらに複合体を形 成している 。真核細胞のミトコンドリア
飾を受け,正しく高次構造を形成した後に輸送小胞によってゴ
に は マ ト リ ッ ク ス 側 に 配 向 し た Yta1
0/Yta12(m-AAA プ ロ テ
ルジ体へと輸送される。もし,高次構造を正しく形成しなかっ
アーゼ)
と膜間スペース側に配向した Yme1(i-AAA プロテ アー
たタンパク質が分泌経路に乗って細胞表層まで輸送されてし
ゼ)の二種類の FtsH 類似体が存在する6。HflKC に相当する蛋
まったら,異常タンパク質が細胞間の相互作用に悪影響を及ぼ
白 質 は ミ ト コ ン ド リ ア に も 広 く 存 在 し prohibitin と 呼 ば れ,
すなどの不都合が生じることは容易に想像できるであろう。そ
Yta1
0/12との複合体形成が示されている。HflKC/prohibitin の役割
こで小胞体には,高次構造を正しく形成できなかったタンパク
は蛋白分解活性に対する抑制的制御にあると考えられる が,詳
質を小胞体から先には送り出さないという,
「品質管理」の機構
細は明らかではない。Prohibitin を“membrane chaperone”と呼ん
が存在する1。小胞体に残留した異常タンパク質は,最終的に小
7
だ仕事も発表 されている 。
胞体タンパク質分解機構(ERAD)によって分解される。この異
今後,dislocation に伴う基質蛋白質の膜外への移行そのものを
常タンパク質の小胞体分解がサイトゾルのプロテアソームでお
直接的に示す in vitro 実験が必要であるし,
dislocation のチャネル
こるという結果が報告され,小胞体内腔からサイトゾルへとタ
は何が形成しているのかも重要な 未解決の問題である。FtsH は
ンパク質を送り出す経路が存在することが明らかになった2,3。
プロテアソ−ムなど他の ATP 依存性プロテアーゼと同 様,中空
のリング状構造を持ち,基質をその内部で分解すると思われる。 【タンパク質が通る「穴」は?】
一端が膜に 結合した「非対称」なリングが可溶性蛋白質・膜蛋
では,この異常タンパク質は小胞体膜のどこを通ってサイト
白質の両者を分解する際の基質の 移動機構,産物の排出機構は, ゾルへと送り出されるのであろうか?分泌タンパク質の小胞体
基質認識機構と同時に興味深い研究対象である。FtsH による di-
内腔への膜透過は,小胞体膜上に存在する Sec61p 複合体という
17
膜透過装置によって行なわれることが明らかとなっている。こ
例えばわれわれは,
向き輸送に関与していることが考えられる10。
の Sec61p 複合体は,分解基質をサイトゾルへと送り出す逆向き
BiP は逆向き輸送の基質と相互作用することによって基質タン
輸送の場合でも膜透過チャネルとして機能することがわかって
パク質の凝集を防ぎ,基質タンパク質を膜透過可能な状態に保
4
1p と免疫共沈すること
きた 。すなわち,まず分解基質が Sec6
5
1変異株が
から Sec6
1p の関与が指摘され ,その後,酵母の sec6
小胞体タンパク質分解に欠損を示すことが明らかになり
6,
7
,広
く支持されるようになった。つまり,順方向の膜透過も逆向き
つことを支持する結果を得ている11。順方向の輸送にはサイトゾ
ルの hsp7
0も関与する場合があるが,逆向き輸送にはサイトゾル
の hsp70は関与していないと考えられている。すなわち,Ssa タ
ンパク質は酵母のサイトゾルに存在する主要な hsp7
0であるが,
の膜透過も同じチャネルを通っていると考えられているのであ
可溶性タンパク質の小胞体分解は ssa1温度感受性変異株におい
る(図)
。
ても正常に行なわれる10。
では,逆向きの膜透過は順方向の膜透過の単なる逆反応であ
タンパク質の小胞体分解には,BiP の他にも protein disulfide
ろうか。酵母では,Sec6
1p 複合体と共に(順方向の)タンパク
isomerase(PDI)や calnexin といった小胞体内の分子シャペロン
質の小胞体膜透過にあずかる分子装置として Sec6
2p や Sec63p 複
が関与することが報告されている2,4。分解基質となるタンパク
合体が同定されている。しかし,これらタンパク質の変異株の
質は,これらの分子シャペロンによって認識され,逆向き輸送
中には逆向き輸送に欠損を示さないものが存在する6,7。一方,
チャネルに引き渡されるのであろうと考えられる。しかし,こ
1変異株が分離され
逆方向の膜透過にのみ欠損を示す酵母 sec6
れら分子シャペロンの役割の違いについてはまだ不明である。
ている8。これらの結果は,逆向きの膜透過反応の機構が順方向
分子シャペロンは分解基質中のどのような構造を認識して分解
の膜透過のそれとは異なるものであることを示している。また, 経路に引き渡すのかなどについても明らかになっていない。
小胞体タンパク質分解に欠損を持つ酵母変異株
(der 変異株や hrd
変異株)の解析により,このうちのいくつかは,小胞体膜の内
在性膜タンパク質(例えば Der1p や Der3p/Hrd1p)に変異が生じ
2,3
たものであることが明らかとなった
。これらのタンパク質を
【おわりに】
逆向き輸送の研究は,この数年間で急激に進展し,輸送に関
与する分子装置が明らかにされてきている。しかし,逆向き輸
欠失しても,順方向の膜透過反応は影響を受けないことから,
送における分子装置の具体的な機能については,まだまだ不明
これらは逆向き輸送のみを制御しているタンパク質ではないか
な点が多い。さらに,基質タンパク質は小胞体内腔に入ってく
と考えられている。
る時と同様に N 末端側からサイトゾルに送り出されるのかどう
かなど,基本的なメカニズムさえ分かっていない。今後は,分
【分子シャペロンは逆向き輸送にどのように関与するのか】
タンパク質の小胞体膜透過には,小胞体内腔の hsp7
0である
解基質の認識機構や,サイトゾルへの送り出しの driving force な
どに焦点をあてた研究が進んで行くのではないかと予想される。
BiP が必要であることが知られている。タンパク質の小胞体膜透
過における BiP の機能として,
膜透過中のタンパク質に結合する
ことによってサイトゾル側へのタンパク質の逆戻りを抑え,タ
ンパク質の小胞体内腔への一方向の輸送を促進するという,ラ
チェットとしての機能モデルが提出されている9。最近,このよ
うな順方向の輸送だけでなく,
逆向き輸送にも BiP が必要である
ことが明らかになってきた。しかし,
(順方向の)膜透過には欠
損を示さないが,逆向き輸送に欠損を示す酵母 BiP の変異体が存
在することから,BiP は順方向の場合とは異なるメカニズムで逆
図1.小胞体膜透過と逆向き膜透過
18
【参考文献】
6,
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74, 3453-3460
1
1.Nishikawa, S., Fewell, S.W., Kato, Y. Brodsky, J.L., and Endo, T.
投稿中
になりつつある。これは,生命の百科辞典的,網羅的記述のひ
細胞のタンパク質フラックスと
その制御
とつの大きな到達点である。それならばタンパク質も,という
わけで,今度はその生物の全タンパク質をすべて網羅的に記述
することが次の目標にあげられている。これをプロテオームと
言う
(らしい)
。ゲノムは細胞の一生の間で変化しない。しかし,
吉田 賢右
(東京工業大学資源化学研究所)
細胞の中のタンパク質の全体像は刻々と遷移してゆく。それだ
けでも,プロテオームはゲノムより次元が一つ上の話となる。
ポリペプチドとしての消長は,転写,翻訳,分解の制御にした
学的に言えば,リボソームでポリペプチドが出来上がった
化 瞬間に,高分子重合体としてのタンパク質はすでに完成し
がう。この消長を記録するのもプロテオームの範疇だろう。と
ている。しかし,知っての通り,タンパク質のタンパク質たる
ペプチドの運命を個別的に,ひいては一般的に明らかにするこ
ゆえん,あるいはその全能性は,高次構造にある。高次構造の
と,それを支配する論理の構造を見いだすこと,これはプロテ
ないポリペプチドは完成品どころか役に立たないただのヒモで
オームの研究とは少し異なる。いわば,プロテオームを構造的
ある。私たちは,タンパク質というと,自動的に高次構造を持っ
論理的に理解すること,これが「細胞のタンパク質フラックス
たタンパク質を考えてしまう。そして,Anfinsen のドグマを細胞
制御」の目標となる。
内にあてはめて,細胞内の全てのポリペプチドは高次構造を
持ったタンパク質である,と考えてしまう。
しかしここ何年かのうちにあきらかになったのは,
「細胞のな
かでは,しかるべき高次構造を持ったタンパク質は,ポリペプ
チドの(圧倒的に優勢ではあるが)一つの存在形態にすぎない」
りあえず,それはここでは,主たる話題にしない。できたポリ
注1)
ヒトの培養細胞で,新しくリボソームで出来たポリペプ
チドのうち,なんと,30%は Native 構造に折りたたむことが
できない,という報告がでた(U. schubelt et al.(2
000)Nature
404, 770-774)。ほんとか,と思わず疑ってしまうが,出来た
ポリペプチドはすべてちゃんと折りたたむ,と今まで根拠も
なく思いこんでいたことにも気づく。
ということである。ボーボワール女史の「女は,女に生まれる
のではない,女になるのである」
(娘を育ててみると,そうでも
ないなと感じるが)をもじって言えば,
「タンパク質は,タンパ
ク質として生まれるのではない,タンパク質になるのである」。
ポリペプチドは,細胞の中で,自力で,あるいは分子シャペロ
ンなどに助けられて,なんとか高次構造を獲得してタンパク質
になる。このあたりで脱落するポリペプチドもだいぶあるらし
い(注1)。その後,移動して細胞の中のコンパートメントに入
り込む段になると,また,ほどけたりする。そして,あらかじ
注2) Hartl らは,
大腸菌から注意深く単離した GroEL にどんな
タンパク質が結合しているか,調べた。大腸菌の可溶性タン
パク質約2,
5
00のうち,約3
0
0のタンパク質が確認され,その
うち5
2個を同定した(W.A. Houry et al.(1
9
99)Nature 40
2, 14715
4)
。しかし,GroES なしで単離された GroEL に結合してい
るのは,単に分離過程で変性したタンパク質ではなかろうか,
との疑問が残る。一方,Bukau らは,大腸菌で DnaK によって
凝集を免れるタンパク質のリストを作成した(A. Mogk et.al.
(199
9)EMBO J. 1
8, 6934-6949)。それによると,少なくとも
1
50−2
00個のタンパク質が DnaK によって守られている。
め予定された場所にたどりついてそこに定着して求められる機
能を発揮するわけだが,時に障害が生じ,高次構造は損傷を受
あいまいな認識
ける。それは,時に回復し,あるいは分解されて消滅する。こ
ういう全てのタンパク質の運命を知ることは,細胞の生存と変
遷そのものを知ったことに近い,と言ってもいいだろう。エン
ゲルスの「生命はタンパク質の運動形態である」
(あのころは核
吉田 賢右
酸は知られていなかった)をもじって言うと,
「細胞はポリペプ
(東京工業大学資源化学研究所)
チドの運動形態である」
(核酸はあえて無視している)となる。
こういうタンパク質の変遷過程あるいは動態をタンパク質フ
ャペロニンは変性タンパク質を認識して結合する。しかし,
言った方が適切なのだが,既存の語法から,
それでは誤解される。
シ
細胞の中での,タンパク質フラックスを支え,支配し,制御
用機構の謎のひとつである。アミノ酸配列も,できあがったと
しているのは,いったいどんな仕組みあるいは分子なのだろう。
きの 高次構造も,どちらも共通性のない多くのタンパク質につ
明らかに,分子シャペロンとその周辺分子は,その過程のプロ
いて,
それが変性状態にあ れば分子シャペロンは結合する。やっ
デューサー(の少なくとも主役)である(注2)。プロデュー
ぱり,変性状態に特有な構造(いや特徴という べきか,構造が
サーの演出意図をはっきりと理解できれば,目の前に進行して
ないのが変性なのだから)があってこれを分子シャペロンは見
いることを,なぜそれがそのように進行するのか,合理的に理
分けて 結合するのだろう。 だいぶ前だが,私は,変性したタン
解し,うまくすれば予言すること,誘導することができる。舞
パク質は主鎖を露出する機会が多いので,それ を目印に分子
台の裏から,演出や稽古,舞台装置などをずっと見ていれば,
シャペロンは変性タンパク質を結合する,と考えたことがあっ
芝居の成り立ちや意図がもっとよくわかるのと同じである。こ
た。主鎖 をつかまえて分子間で結合できる結合方式は,ベータ
の「細胞のタンパク質フラックス制御」というべきものをよく
シートである。つまり,シャペ ロンは分子間ベータシートで変
知ることが,拡大された分子シャペロン研究の次の戦略的な目
性タンパク質を結合するのであって,通説の「疎水相互作用で
標だろう。
結合する」というのは,それを見落としているのではないか,
ヒトをはじめ,いろいろな生物の全ゲノムが続々とあきらか
と考えた。そ のきっかけは,細菌の pili 線毛の構造形成に必要
ラックス(protein flux)と呼ぼう。ポリペプチドのフラックスと
天然構造の(native structure)タンパク質には結合しない。
どうやって両者を見分けているのか,これは シャペロニンの作
19
なシャペロン PapD とその基質の PapG タンパク質(の C 末ペプ
1
えられる厳密なる特異性が生命現象の要であることに異論はな
チド)の複合体の X 線結晶解析の結果であった 。両者は きれ
いが,シャペロンのように幅広くいろんな相手と付き合うには,
いに分子間ベータシートで結合していた。それに,私たちの熱
ある意味での「いい加減さ」も必要なのであろうか。いや,我々
測定による変性ペ プシンとシャペロニンの結合の解析結果も,
がうまく特徴を抽出できないからあいまいに見えるだけで,
疎水相互作用の寄与は大きくない,とい うことを示していた2。
シャペロンタンパク質の目から見れば「あいまいさなんてない
なんにせよシャペロンの構造が知りたかったので,シャペロ
よ」,ということなのだろう。まあ,例えば(へんな例えだが)
ニンの結晶解析にむけて努力したが,時利あらず,GroEL の構
我々の基準の美人というのも細菌やタンパク質から見れば,ず
3
造は Sigler と Horwich らによって解かれた 。それを見ると,ポ
いぶんあいまいな認識で,なにが美人の特徴ですかと問われて
リペプチドの結合する部位は,ヘリックスで挟まれていて,分
も,うまく答えられないだろう。我々は,えらく細かな点の寄
子間ベータシートなど出来そうもない。そこで,今度は,抗原
せ集めの総合点で美人という認識をしている。シャペロンの認
呈示の MHC の結晶構造からのヒントで,ポリペプチドの主鎖の
識は,タンパク質の美人を定義するようなものなのか?だとす
CONH とシャペロニンの(主鎖ではなく) 側鎖が水素結合で結
ると,これはかなり難しい問題だ…。
4
合していると考えた。その後,GroEL-GroES 複合体の構造 ,
および GroEL のポリペプチド結合ドメイン(ミニシャペロニン) 【補足】
とペプチドの結合構造 が解かれた5。原著論文では疎水結合を強
最近,
Steitz らによってリボソーム5
0s 粒子の全構造が決められ
調して,あまり重視していないが,そ の構造をよく見ると3本
89, 905-920;Nissen,
てしまった(Ban, N., et al.(200
0)Science 2
くらいの水素結合がペプチドあるいは GroES と GroEL の親水性
89, 920-930)。新生ポリペプチドのヒモ
P., et al.(20
0
0)Science 2
残基の間にかかっている。それだ,と思って GroEL の重要そう
はリボソームの中の1
0の長い穴を通って外へ出るが,その穴
な親水残基をアラニンな どに変えた6。しかし,変性タンパク質
はテフロン樹脂のようにツルツルで,いかなる新生ポリペプチ
の結合はその変異によってほとんど影響 をうけなかった(が,
ドも結合してはならない,
はずである。穴の内壁は大部分は RNA
GroES の結合は大きく影響を受けた)
。がっくりきて,主鎖捕捉
でできていて,概して親水的で,疎水性表面は小さい。穴の内
説を最終的に放棄した。
径は1.
5なので内部には水分子がたくさんあると思われる。
では,現状はどうかというと,疎水結合はたしかに主要な結
Steitz らは,穴の小さな疎水性表面に新生ポリペプチドが結合し
合力であるらしいが,それだけでもないらしい。けっこう親水
ても,結合にともなう系のエントロピーの減少を上まわるエン
的な組成のペプチドも結合するからである。のびきった形で結
タルピーをかせぐことができないのですぐ解離してしまう,と
合するときもあれば,ヘリックスでも OK という場合もある。こ
考えている。親水性あるいは荷電性の基もポリペプチドが結合
れでは,一般のタンパク質−タンパク質の相互作用と似たよう
しにくい配置なのだろう,と推定している。
なもので,なぜ変性タンパク質だけ?という問いの答えにはな
らない。ただ,結合する分子シャペロンと結合(ポリ)ペプチ
ドは,どちらもかなりブラブラした構造だが,いったん出会う
と安定な結合をとるらしい7。ちなみに結合した構造自体はあい
まいではなくかっちりしている。こういうあいまいな認識によ
る相互作用の例は結構多い。MHC は早くから知られた例である
し,分泌あるいは輸送されるタンパク質のプレ配列もあいまい
のように見えるが間違えることはない。基質特異性の広いプロ
【文献】
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テアーゼもそのたぐいと言えるかもしれない。
「鍵と鍵穴」に例
尿素サイクル・ミトコンドリア形成・
分子シャペロン
森 正敬
(熊本大学医学部分子遺伝学教室)
では困る)
,年輩の特権である。ミトコンドリア形成の研究を
やっている過程で分子シャペロンにかかわったので,シャペロ
ン以前の話が長くなるが我慢して読んで下さい。
ピリミジン合成から尿素サイクルへ
197
0年代中頃,私は千葉大学の橘研究室で哺乳類におけるピ
リミジンヌクレオチド合成の研究に従事していた。そのしばら
はじめに
藤さんからニュースレターに「読み物」を書くように依頼
遠 された。分子シャペロンの総説はたくさん出ているし,分
く前に橘教授が発見したピリミジン合成専用の carbamylphosphate synthetase Ⅱ(CPS Ⅱ)の精製が私の仕事であった。この
酵素は4,30分で完全に失活し,極めて不安定であったが,
子シャペロンについて読み物的に面白く書く自信もないので, 30% DMSO と5%グリセロール混液により安定化できた。従っ
回想みたいなものを書くことにした。考えてみれば,回想とい
て精製はすべてこの混液中で行ったが(しかも不純物を除くた
うのはバリバリやっている若い人は書かないし(また書くよう
め DMSO,グリセロールは蒸留して使用!)
,クロマトの分離は
20
Cohen 教授は退官間近で研究員は小生を入れて3名と少な
く,設備も研究費も実に poor であったが,全く自由に研究
できたのは幸いであった。カエルの CPS Ⅰを精製,結晶化
したり10,酵素誘導の仕事11,12をしたりしていたが,その頃
初めて Blobel と Dobberstein の signal hypothesis の論文13,14を
知り,ショックを受けた。今から思えばアンテナが悪くて
恥ずかしい話である。そこで早速変態を誘導したオタマ
ジャクシの肝から RNA を調製し,in vitro 合成を試みたが,
オタマジャクシ肝は RNAase 活性がすごく,無傷の RNA が
とれず,この系は不首尾に終わった。
前駆体タンパク質の発見
帰国後カエルをラットに変えて再挑戦した。酵素を精製
[図1]尿素サイクル。前半の2酵素(CPS Ⅰと OTC)はミトコンドリアマトリックスに,後半の3
酵素(AS, AL と arginase)はサイトソルに存在する。CPS Ⅰは16
0,
0
0
0kDa のサブユニットの
1∼2量体。OTC は36,
0
00kDa のサブユニットの3量体
して抗体を作成し,ウサギ網状赤血球ライセートを調製し
(市販品はあったがタンパク合成活性が低く,また購入す
悪く,口の中は一日中 DMSO のいやな味がして(手につくとす
る研究費もなかった)
,RNA 調製法を改良し,S. aureus 菌(病原
ぐ味がする)大変であった。その途中で,CPS Ⅱがピリミジン
菌)をこわごわ培養した(まだ市販されていなかった)
。最初は
合成系の2段目の aspartate transcarbamylase(ATC) と3段目の
1人でスタートしたが,しばらくして大学院生の三浦 恵(現・
dihydroorotase と大きな酵素複合体を形成していることを見出し, 横浜市立大)が加わってくれた。1年数ヶ月の悪戦苦闘の後,
CPS Ⅱ複合体と名付けた1。単一に精製して(ラット腹水肝癌細
ついに CPS Ⅰと OTC の cell-free 合成に成功した。そして,両酵
胞1
77から精製標品0.
5
5,約1
3
0
0倍精製)SDS-PAGE を行う
素が分子量の大きい前駆体の形で合成されることを明らかにし
と2
10kDa の一本のバンドが得られ,三つの酵素が同一ポリペプ
た15,16。しかし,フルオログラフィーで前駆体のバンドが出現し
2,3
チド上に存在することがわかった
。ところがその頃 Stanford
大学のグループが CHO 細胞を ATC の強力な阻害剤で処理する
て三浦君と祝杯を上げていたとき,Schatz 研の酵母 F1-ATPase 前
我々の発表は数ヶ月遅れることになった。
駆体の論文17がだされ,
4
ことにより,CPS Ⅱ複合体の過剰発現株を作ることに成功した 。 我々の発表とほぼ同時に Montreal 大の Shore らが CPS I 前駆体に
この変異株の CPS Ⅱ複合体の含量は全タンパク質の実に10%で
ついて18,また Yale 大の Rosenberg(人類遺伝学のビッグボス)
あり,10倍の精製できれいになる。彼らはこの複合体を三つの
グループが OTC 前駆体について19我々と同様の報告を行い,これ
酵素の頭文字をとって CAD 複合体と命名し(ネーミングで負け
らが動物における前駆体タンパク質発見の最初の報告となった。
た),その後この名前で通っている。いずれにしてもこれでは勝
そのころ Neupert 研は Neurospora を用いて同様の研究を行ってい
負にならないのでこの仕事に見切りをつけ,副業に始めていた
たが,主として ATP/ADP carrier を材料にしていたため前駆体発
尿素サイクルに専念することにした。
見には加わらなかった。
尿素サイクルは有毒なアンモニアを無毒な尿素に転換して解
さらにミトコンドリアタンパク質が遊離リボソーム上で合成
毒する代謝系で5種の酵素反応より成る(図1)
。5つの酵素の
されること20,前駆体がサイトソルに放出され,1∼2分の半減
うち最初の二つ(CPS Ⅰと OTC)はミトコンドリアマトリック
期でミトコンドリア内に移行してプロセシングを受けること21
スに存在し,後半の三つ(AS, AL とアルギナーゼ)はサイトソ
が明らかとなり,分泌タンパクの co-translational transport とは異
ルに存在する。これら5つの酵素の発現は肝細胞にほとんど特
なる post-translational transport の仕組みが働いていることが明ら
異的であり,胎児期に共調的に誘導され,またホルモンによっ
かとなった。
ても共調的に誘導されるなど興味深い特徴がある。さらに,5つ
の酵素全てについて酵素欠損症が存在する。これらの遺伝子発
輸送の再構成
現や遺伝病の問題はずっと興味を持っており,その後遺伝子を
輸送とプロセシングのしくみを明らかにするために in vitro で
単離し,これらの遺伝子群の肝細胞特異的で共調的な発現のし
合成した OTC 前駆体を単離ミトコンドリアに取り込ませる in vi-
くみを明らかにしている(興味のある人は文献5の総説を見て
tro 輸送系を開発した22,23。この系を用いることにより(1)輸送,
下さい)
。さらに最近では,アルギニン代謝から一酸化窒素(NO)
プロセシングに細胞特異性がないこと,
(2)動物間でよく保存
合成の調節へと研究を進め,結構面白くなっている6−9。
(3)輸送にミトコンドリア内膜の膜電位が必
されていること24,
(4)ローダミンが輸送を阻害して前駆体を蓄積
要であること22,
ミトコンドリア事始
(5)網状赤血球ライセートに含まれるタンパク性
させること25,
しかし,当時の私の最大の関心は,CPS Ⅰと OTC がどのよう
因子が輸送を促進すること26などが明らかになった。さらにマト
に合成されミトコンドリアへ運ばれるのかという問題であった。
リックスにプロセシングペプチダーゼを発見し27,精製してその
この問題に挑戦するには,これらの酵素の発現がさかんな組織
性質の一部を明らかにした28。これらの仕事には大学院生の森田
や細胞を用いることが肝要と思われた。オタマジャクシからカ
哲生(現・福山大)と滝口正樹(現・千葉大)が参加した。1
9
82
エルへの変態時に尿素サイクル酵素が著しく誘導されることが
年の総説29で我々が描いたモデルを図2で示す。比較のため最近
知られているので,この系を使いたいと考え,1
9
7
7年ウイスコ
のモデル29a を図3に示す。前駆体の遺伝子がクローニングされ
ンシン大学の P. Cohen 研究室に research associate として加わった。 る前に輸送の大枠が明らかに出来たのは感慨深いし,このモデ
21
体と無傷の RNA およびポリソームを調製する手技とやる気のみ
で あ っ た。し か し 滝 口 が ポ リ ソ ー ム の 免 疫 沈 降 法 を 用 い て
mRNA を精製することでこの困難を見事に克服し,1984年に
ラット OTC cDNA のクローニングに成功し,プレ配列の構造が
明らかになった31。ポリソーム免疫沈降法というのはポリソーム
で合成途上のポリペプチドを抗体と S. aureus 菌体(protein A-Sepharose はまだ市販されていない)を用いて沈降させ mRNA を精
製する方法で,
ポリソームと抗体と S. aureus 菌体のドロドロの混
合液から mRNA が分解もせずに数1
0
0倍精製できたのは今でも
信じられない(但し,手が良くないと出来ない)
。もう一つの困
難は研究費が乏しいことであったが,組換え DNA 試薬は新しい
試薬を買わずに,業者に頼み込んでもらった試供品と期限切れ
の試薬だけでクローニングしてしまった! 組換え DNA 手技に
ついては中西重忠博士(京大)と長田重一,上代淑人両博士(当
時東大医科研)に助けて貰ったのは嬉しかった。ついでにどれ
くらい貧乏だったかというと,CO2インキュベーターを購入する
予算がなく,デシケーターを CO2 /air で置換したものをふ卵器
(インキュベーターではない)に入れて細胞培養を行ったり,
ローダミン1
23(当時最小単位で6万円位?)が買えなくて,こ
れを使っている外国の研究室(日本にはなかった)に手紙を書
いて少し分けて貰ったりといった具合であった。
JBC の投稿料も
よくタダにしてもらった。この頃,大村恒雄先生や加藤敬太郎
[図2]1982年に提出した OTC のミトコンドリア輸送のモデル2
9
先生の研究班に加えて頂き,配分額は5
0万円か10
0万円ほどで
ルが正しかったことはうれしい。ついでにもう一つ嬉しかった
あったが,これがどれほど有難かったことか この頃の我々の
のは,198
4年に初めてミトコンドリアタンパク質輸送に関する
cost-performance 比はダントツであったと思う。
3
0
本格的な総説 が Basel 大グループによって出されたが,合計12
1
OTC のミトコンドリア輸送については数年の間,
Yale 大の Ro-
編の引用文献のうち我々の論文が1
2編引用され,詳しく解説さ
senberg グループと抜きつ抜かれつのバトルを展開したが(我々
れていた。
我々の仕事が注目されているのに驚き,
かつ感激した。
の方が少しリードしていたと思う)
,1
98
5年に私が熊本大学へ赴
任して研究が一時ストップしたのに加え,Rosenberg 研にすごく
BC(before cloning)から AC(after cloning)へ
できるポスドクが加わって研究が飛躍的に進んだので,我々は
次の関心事は当然シグナル(プレ配列)の構造決定であった。
しばらくの間後陣を拝することになった。彼は我々より数ヶ月
ちょうど cDNA クローニングが可能になってきた頃とはいえ,
早くヒト OTC をクローニングし32,シグナルの構造−機能解析33
oligo mixture を合成できるのは日本で1∼2ヶ所のみ,発現プラ
を見事にやり遂げた。この男が現在シャペロニンで有名な Art
スミドライブラリーをスクリーニングする方法も開発される前
Horwich である。
のことで,容易ではなかった。我々の持っていたものは良い抗
次に我々は非切断性のシグナルに注目した。信州大の橋本研
との共同研究で,
脂肪酸 酸化系酵素の一つで
ある3-oxoacyl-CoA thiolase がプレ配列を持た
ないことを知っていた34ので,大学院生(後に
助手)の天谷吉宏(現・新潟大)が中心となっ
て cDNA クローニングを行い,
シグナルが成熟
タンパク質の N 端16アミノ酸残基にあること
を示した35,36。この酵素にはペルオキソームに
アイソザイムがあるが,最初ミトコンドリア
酵素にプレ配列がなく,ペルオキシソーム酵
素にプレ配列がある37という結果が出たとき
抗体を取り間違えたに違いないと思った。し
かし実験は正しく,thiolase が両アイソザイム
共に例外的であることが分かった。
サイトソル因子から分子シャペロンへ
シグナルの解析が一段落すると,次の興味
の中心はサイトソル因子とミトコンドリア外
[図3]タンパク質のミトコンドリアマトリックスへの輸送の現在のモデル。
文献 (2
9a)より改変。
22
膜上の受容体であった。しかし受容体につい
ンドとして,ラット肝サイトソルから MSF(mitochondrial import
00
0と34,
00
0
stimulation factor)を精製した47。MSF は分子量32,
のサブユニットからなるヘテロダイマーであり,前駆体タンパ
ク質をミトコンドリアの受容体へ運ぶ標的化機能と,タンパク
質の凝集を ATP 依存的に防いだりほぐしたりするシャペロン機
能を併せ持つ極めてユニークなサイトソル因子である48。
ミトコンドリアタンパク質輸送にサイトソルの Hsp70が関与
することが先ず酵母の遺伝学的研究で示された。研究室の寺田
和豊は動物の系で分子シャペロンの機能を解析すべく,網状赤
血球ライセートから Hsc7
0を除去・再添加する系を開発した。こ
の系を用いて,Hsc7
0が前駆体タンパク質の合成途中に必要であ
0の要求性が前駆体により異なること50などを明ら
ること49,Hsc7
1
983年のミトコンドリアグループ。このチームで Schatz 研,Neupert 研と互角(?)に戦っ
ていた。左から筆者,短期滞在中のパリ大学 Pascale Briand,三浦 恵,滝口正樹
かにするとともに,前駆体タンパク質と Hsc7
0の結合を証明し
た50。ついで Hsp70ファミリーのパートナーシャペロンである
ては遺伝学が使えない動物細胞を用いて研究するのは困難で
DnaJ ファミリーの解析に移った。哺乳類のサイトソルには dj1
あった。事実,受容体を含むミトコンドリア外内膜の輸送装置
(Hsp4
0/HDJ-1) と dj2
(HSDJ/HDJ-2)の2つが存在する。このう
については酵母とアカパンカビで研究が進み,最近ようやく動
ち dj2は zinc finger ドメインを持ちファネルネシル化されるが51,
物での解析が始っている。我々の研究室では矢野正人を中心に
dj1では zinc finger ドメインもファルネシル化部位も持たない。ち
38−40
Tom 複合体の解析を進めている
。
なみに,ヒトの遺伝子(産物)に H とか h を付けるのははなは
サイトソルにタンパク質のミトコンドリア輸送を促進するタ
26
ンパク質が存在するのに気付いたのは19
7
3年であった 。Shore
4
1
だ 迷 惑 で,rat HDJ-1と い う の は 変 で,正 確 に は rat homolog
(ortholog)of HDJ-1ということになるし,ラットを RDJ-1とする
らも同じことを見付け ,奇しくも二つの論文が JBC の同じ号に
とウサギの場合はどうするか,
CHO cell や COS-7cell は?と途方
並んで掲載された。我々はこの因子の精製を試みたが,フルオ
に暮れる。そこで我々は dj1(例えば rat dj1)
,dj2,etc. と呼ぶこ
ログラフィーで前駆体や成熟タンパク質のバンドを出すのが
とにしている。
やっとという状態で,精製は困難であった。ちなみに当時のアッ
話をミトコンドリアに戻すと,dj2がタンパク質のミトコンド
セイ系は肝全 RNA の翻訳(OTC 前駆体はこの中のわずか0.
1%)
リア輸送を促進し,dj1は無効であることが分かった52。一方 dj1
→ミトコンドリアへの取り込み実験→免疫沈降→ SDS-PAGE →
は Hsc7
0と共にタンパク質の折り畳みに働くと考えられていた
フルオログラフィー→定量化(フルオロのバンドを切り出して
ので,dj1は折り畳み専用,dj2は輸送専用ということで一件落着
放射能を測定)である。同じ頃 in vitro で合成した CPS Ⅰ前駆体
かに見えた。しかし luciferase の refolding 活性で調べると,dj1に
や OTC 前駆体が分子量の大きい複合体を形成していることを観
比べ dj2がはるかに有効であった52。そこで我々はサイトソルで
察していた42。今から考えると,プレ配列に特異的な因子または
働く主要なシャペロン系は Hsc7
0-dj2系であり,dj1は主として核
分子シャペロンを見ていたのであろう。サイトソル因子の解析
内に存在する53ことより,核内で未知の役割を果たしているので
は前駆体クローニングを待つこととなった。
はないかと考えている。なお最近第三の DnaJ ホモログ dj3(cpr
前駆体の cDNA がとれると,
前駆体の性状解析をするためにも
3/DNJ3/HIRIP4/rdj2)が同定されたが,機能的には dj2とほとんど
サイトソル因子や受容体を検索するにも組み換え前駆体が欲し
同じであることを明らかにしている53。一方抗アポトーシス活性
くなる。大学院生の村上薫がこの仕事を担当し,OTC 前駆体の
を持つことで知られる Hsp70cochaperone である bag-1が negative
大量発現に成功し(但し,封入体),変性条件下で精製し,組換
に働くとの報告があるが,Hsc7
0-dj2の系では positive に働き53,
43
え前駆体を用いる in vitro 輸送系を作った 。当時,プレ配列そ
GrpE の機能的 counterpart ではないかと考えている。
のものが他の因子を必要とせずに前駆体を輸送に適したほどけ
た状態に保つ可能性が考えられた。しかし,変性させた前駆体
おわりに
と成熟酵素の活性化(折り畳み)実験を行ってみると,タンパ
長い間 science をやっていると,時々予期せぬ出来事に出くわ
ク質濃度の極めて低い条件下で,部分的ではあるが両者共活性
してびっくりすることがある。尿素サイクルの方の話であるが,
化され,プレ配列単独では折り畳みを抑制しないことが分かっ
1
986∼1
9
88年頃 Baylor 大グループと我々はそれぞれヒトとラッ
た44。事実,組換え OTC 前駆体のミトコンドリア輸送は,網状
トのアルギニノコハク酸リアーゼ(AL)の cDNA クローニング
赤血球ライセートの添加を必要とした。そこで彼女は OTC 前駆
を行った53−54。ところが,そのアミノ酸配列がニワトリの d −ク
体をリガンドにしてアフィニティークロマトを行い,網状赤血
リスタンと実に6
4%の相同性を示したのである。d −クリスタン
球ライセートから分子量5
0,
0
0
0のプレ配列に結合する因子を精
は鳥類や爬虫類の水晶体で最も重要なクリスタンで,代謝酵素
45
製し PBF(presequence binding factor)と名付けた 。しかし彼女
と水晶体の主要構造タンパク質とがこんなに似ているとはにわ
が去って選手が交代すると PBF の仕事はなかなかうまくいかず, かに信じられないことであった。
ニワトリの d −クリスタン遺伝
そのままになっている。斧ら46は ornithine aminotransferase 前駆体
子のすぐ隣にそっくりで機能不明な d2−クリスタン遺伝子があ
の合成プレ配列を用いて,これに結合する分子量2
80
,0
0の因子を
ることが知られていたが,その遺伝子から推定されるアミノ酸
精製し,targeting factor と名付けているが,詳細は不明である。
配列は AL とさらに高い相同性(6
9%)を示した。AL 遺伝子を
一方の八谷らは cytochrome oxidase subunit Ⅳのプレ配列をリガ
クローニングしてみると,
3つの遺伝子の構成は極めてよく似
23
75)J. Cell Biol. 67, 835-8
ていた55。さらに近藤寿人博士(名古屋大,現・阪大)と共同で, 13.Blobel, G. and Dobberstein, B.(19
51
6
7
,
8
5
2
8
62
1
4
.Blobel,
G.
and
Dobberstein,
B.
(
1
9
7
5
)
J.
Cell
Biol.
56
d2−クリスタンが AL そのものであることを証明した 。すなわ
15.Mori, M., Miura, S., Tatibana, M. and Cohen, P. P.(19
79)Proc.
ち,両生類から爬虫類,鳥類へ進化する頃に AL 遺伝子の重複が
Natl. Acad. Sci. USA 7
6, 5071-5075
6.Mori, M., Miura, S., Tatibana, M. and Cohen, P. P. (1
980)J.
起こって2つになり,その片方が水晶体で強く発現する能力を 1
Biochem. 8
8, 1829-1836
獲得して水晶体構造タンパク質専用の遺伝子になったことがわ
1
7.Maccecchini, M. L., Rudin, Y., Blobel, G. and Schatz, G.(19
79)
かった。つまり,d −クリスタン遺伝子はすでにあった酵素遺伝
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 7
6, 343-347
8.Shore, G. C., Carignan, P. and Raymond, Y.(19
7
9)J. Biol. Chem.
子を盗用または流用して作られたのである。このような分子進 1
2
5
4
,
3
1
4
1
3
1
4
4
化は当時まだだれも考えていなかったことで,遺伝子の進化が
1
9.Conboy, J. G., Kalousek, F. and Rosenberg, L. E.(1
979)Proc.
予想以上に融通無碍であることに驚いたものである57。
Natl. Acad. Sci. USA 7
6, 5724-5727
0.Morita, T., Mori, M., Tatibana, M. and Cohen, P. P.(1
981)Bio 我々のこの仕事は故・木村資生先生の目に止まり,遺伝研に 2
chem.
Biophys.
Res.
Commun.
9
9
,
6
2
3
6
2
9
呼ばれてセミナーをさせて頂いたところ,気に入って頂いたよ
2
1.Mori, M., Morita, T., Ikeda, F., Amaya, Y., Tatibana, M. and Coうで,その夜はフランス料理と上等のワインをご馳走になった
hen, P. P. (19
81)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 7
8, 6056-6060
981)J. Biol.
(大変めずらしいとのことである)。そして丁度その頃木村先生 22.Mori, M., Morita, T., Miura, S. and Tatibana, M.(1
56, 8263-8266
Chem. 2
が代表をされていた重点領域研究
「分子集団進化」
に加えて頂き,
23.
Morita, T., Miura, S., Mori, M. and Tatibana, M.
(198
2)Eur. J. Bio木村先生と親しく接することができたのは予期せぬ幸運であっ
chem. 1
22, 501-509
4.Takiguchi, M., Miura, S., Mori, M. and Tatibana, M. (1
983)
た。文献55の PNAS の論文は,めったに communicate されないと 2
7
5
,
2
2
7
2
3
1
Comp.
Biochem.
Physiol.
[B]
いわれていた木村先生に communicate して頂いた記念すべき論
2
5.Morita, T., Mori, M., Ikeda, F. and Tatibana, M.(1
982)J. Biol.
文である。
57, 10547-10550
Chem. 2
98
3)J. Biol. Chem. 25
8,
思い出すままに書いていたら退官時の思い出話みたいになっ 26.Miura, S., Mori, M. and Tatibana, M.(1
6
67
1-6
6
74
てしまったが,まだまだやりたいことは沢山あるし,現役(の
27.Mori, M., Miura, S., Tatibana, M. and Cohen, P. P.(19
80)Proc.
つもり)である。本来の好みのせいか最初のトレーニングのせ
Natl. Acad. Sci. USA 7
7, 7044-7048
8.Miura, S., Mori, M., Amaya, Y. and Tatibana, M.(19
82)Eur. J.
いか分からないが,詳細な分子機構よりはむしろ調節とか in vivo 2
Biochem. 1
22, 641-647
とか,ドロドロしたところから何かを掘り出すような仕事が好
29. Mori M, Miura. S., Morita T, Takiguchi M, Tatibana M. (1982)
きである。ミトコンドリア形成のしくみは下等真核生物からヒ
Mol. Cell. Biochem. 4
9, 97-111 (Review)
9
8)Biochim. Biophys. Acta 14
03,
トまでよく保存されている一方で,異なる部分もあることが分 29a.Mori, M. and Terada, K.(19
1
2
2
7
(Review)
かってきた。このことと関係するかもしれないが,タンパク質
30.Hay, R., Bohni, P. and Gasser, S.(1
98
4)Biochim. Biophys. Acta
のミトコンドリア輸送の段階にも調節があり,前駆体タンパク
779, 65-87 (Review)
質の quality control があり,ここに分子シャペロンがからむに違 31.Takiguchi, M., Miura, S., Mori, M., Tatibana, M., Nagata, S. and
Kaziro, Y.(1
98
4)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 8
1, 7412-7416
いないなどと考えている。
3
2.Horwich, A. L., Fenton, W. A., Williams, K. R., Kalousek, F.,
最後に,最近じつに安直かつ poor な発想ではじめた仕事が結
Kraus, J. P., Doolittle, R. F., Konigsberg, W. and Rosenberg, L. E.
(1
9
84)Science 2
24, 1068-1074
構面白くなりそうである。我々の研究室ではシャペロンの他に,
3
3
.Horwich,
A.
L.,
Kalousek, F., Fenton, W. A., Pollock, R. A. and
後藤知己を中心に NO によるアポトーシスの仕事をはじめてい
Rosenberg, L. E.(1
98
6)Cell 4
4, 451-459
るが,二つの仕事をくっつけようというわけである。サイトソ 34.Ozasa, H., Furuta, S., Miyazawa, S., Osumi, T., Hashimoto, T.,
Mori, M., Miura, S. and Tatibana, M.(19
84)Eur. J. Biochem. 14
4,
ルシャペロンの組み合わせにより NO によるアポトーシスが抑
4
5
3
4
5
8
制されることが明らかになりつつあり,そのしくみや生理的,
35.Arakawa, H., Takiguchi, M., Amaya, Y., Nagata, S., Hayashi, H.
病理的意義を明らかにしたいと考えている。
and Mori, M.(198
7)EMBO. J. 6, 13
61-1
36
6
3
6.Amaya, Y., Arakawa, H., Takiguchi, M., Ebina, Y., Yokota, S. and
4,
1.Mori, M., Ishida, H. and Tatibana, M.(1
9
7
5)Biochemistry 1
63, 14463-14470
Mori, M.(1
9
88)J. Biol. Chem. 2
262
2-263
0
3
7.Miura, S., Mori, M., Takiguchi, M., Tatibana, M., Furuta, S., Mi8, 239-242
2.Mori, M. and Tatibana, M.(1
9
7
5)J. Biochem. 7
yazawa, S. and Hashimoto, T.(19
84)
J. Biol. Chem.2
59,6397-6402
3.Mori, M. and Tatibana, M.(1
97
8)Eur. J. Biochem. 8
6, 381-388 38. Yano, M., Kanazawa, M., Terada, K., Namchai, C., Yamaizumi,
4.Coleman, P. F., Suttle, D. P. and Stark, G. R.(1
9
7
7)J. Biol. Chem.
M., Hanson, B., Hoogenraad, N. and Mori, M.
(19
9
7)J. Biol. Chem.
252, 6379-6385
272, 8459-5765
12, 649-659 39.Yano, M., Kanazawa, M., Terada, K., Takeya, M., Hoogenraad, N.
5.Takiguchi, M. and Mori, M.(19
9
5)Biochem. J. 3
(Review)
73, 26844-26851
and Mori, M.(19
98)J. Biol. Chem. 2
6.Nagasaki, A., Gotoh, T., Takeya, M., Yu, Y., Takiguchi, M., Matsu- 4
0.Yano, M., Hoogenraad, N., Terada, K. and Mori, M.(2000)Mol.
zaki, H., Takatsuki, K. and Mori, M.(1
99
6)J. Biol. Chem. 2
71,
Cell. Biol., in press
265
8-266
2
4
1.Argan, C., Lusty, C. J. and Shore, G. C.(19
83)J. Biol. Chem.
7.Sonoki, T., Nagasaki, A., Gotoh, T., Takiguchi, M., Takeya, M.,
258, 6667-6670
Matsuzaki, H. and Mori, M.(1
9
9
7)J. Biol. Chem. 2
72, 3689-3693 42.Miura, S., Mori, M., Amaya, Y.,Tatibana, M. and Cohen, P. P.
8.Gotoh, T. and Mori, M.(1
9
9
9)J. Cell Biol. 1
44, 427-434
(1
98
1)Biochem. Int. 2, 30
5-31
2
9.Mori, M. and Gotoh, T.(2
0
0
0)Biochem. Biophys. Res. Commun., 4
3.Murakami, K., Amaya, Y., Takiguchi, M., Ebina, Y. and Mori, M.
in press (Review)
(1
98
8)J. Biol. Chem. 2
63, 18437-18442
10.Mori, M. and Cohen, P. P.(19
78)J. Biol. Chem. 2
53, 8337-8339 44.Murakami, K., Tokunaga, F., Iwanaga, S. and Mori, M.(1990)
11.Mori, M. and Cohen, P. P.(1
9
78)Proc. Natl. Acad. Sci. USA
08, 207-214
J. Biochem. 1
75, 5339-5343
4
5.Murakami, K., Tanase, S., Morino, Y. and Mori, M.(1
992)J. Biol.
1
2.Mori, M., Morris, S. M., Jr. and Cohen, P. P.(1
9
7
9)Proc. Natl.
Chem. 2
67, 13119-13122
79-3
1
8
3
Acad. Sci. USA 76, 31
0, 29946.Ono, H. and Tuboi, S.(19
90)Arch. Biochem. Biophys. 28
24
3
04
4
7.Hachiya, N., Alam, R., Sakasegawa, Y., Sakaguchi, M., Mihara,
K. and Omura, T.(199
3)EMBO. J 1
2, 1579-1586
48.小宮 徹 , 三原勝芳(1
9
9
8)細胞工学 1
7, 1104-1111
49.Terada, K., Ohtsuka, K., Imamoto, N., Yoneda, Y. and Mori, M.
5, 3708-3713
(1
995)Mol. Cell Biol. 1
5
0.Terada, K., Ueda, I., Ohtsuka, K., Oda, T., Ichiyama, A. and Mori,
M.(19
96)Mol. Cell Biol. 1
6, 6103-6109
51.Kanazawa, M., Terada, K., Kato, S. and Mori, M.(1
9
97)J. Biochem. 1
21, 890-895
5
2.Terada, K., Kanazawa, M., Bukau, B. and Mori, M.(19
97)J.
Cell Biol. 13
9, 1089-1095
5
3.O' Brien, W. E., McInnes, R., Kalumuck, K. and Adcock, M.
(19
86)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 8
3, 7211-7215
54.Amaya, Y., Matsubasa, T., Takiguchi, M., Kobayashi, K., Saheki,
T., Kawamoto, S. and Mori, M.(19
88)J. Biochem. 10
3, 177-181
5
5.Matsubasa, T., Takiguchi, M., Amaya, Y., Matsuda, I. and Mori,
M.(1
98
9)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 8
6, 592-596
5
6. Kondoh, H., Araki, I., Yasuda, K., Matsubasa, T. and Mori, M.
(19
91)Gene 9
9, 267-271
5
7. 森 正敬 現代化学 , 19
8
8年6月号 , pp. 6
0−65. この総説は
現代化学の1
9
88年度の人気投票 No.
1に選ばれた。
2
000.
10.
13 9:15−11:45
2000.
11.6−8
第7
3回日本生化学会大会シンポジウム
「プロテイン・フラックスと分子シャペロン」
International Symposium on Heat Shock
Proteins in Biology and Medicine
場 所:パシフィコ横浜
場 所:Woods Hole, MA, USA
オーガナイザー:永田和宏,吉田賢右
オーガナイザー:Stuart K. Calderwood
予定講演者:B. Bukau,吉田賢右,徳田 元,細川暢子,
予定講演者:詳細はインターネットで公開
蓬田健太郎
申し込み締め切り:2
00
0年8月1日
www サイト:http://www.bcasj.or.jp/jbs2
0
0
0/
www サイト:http://dfciwww.dfci.harvard.edu/hsp2
0
00
問い合わせ先:[email protected]
2
000.
10.
13 13:40−16:10
第73回日本生化学会大会シンポジウム
「タンパク質のリモデリングにおける,
分子シャペロン
とプロテアーゼの接点」
2001.7.7−12
場 所:パシフィコ横浜
場 所:Connecticut College, New London, Connecticut, USA
オーガナイザー:木戸 博,伊藤維昭
主 催:The GRC Organization
予定講演者:木戸 博,南 康文,森 和俊,西川周一,
オーガナイザー:Richard Morimoto
千葉志信
Gordon Conference on Stress-Induced Gene
Expression
予定講演者:未定
www サイト:http://www.bcasj.or.jp/jbs2
0
0
0/
申し込み締め切り:未定
www サイト:http://www.grc.uri.edu
問い合わせ先:[email protected]
シャペロンニュースレター6号の秋田充博士の所属に誤りがありました。
「ミシガン州立大学 MSU-DOE 植物研究所」が正しい
所属でした。ご迷惑をおかけしましたことをお詫びいたします。
25
領域ニュース「シャペロン・ニュースレター」の第7号をお
と思います。
届けします。最近は,シャペロンや周辺分野の国際学会がたく
それにしても,Steitz らのリボソーム大サブユニットの X 線構
さんありますが,森博幸さんがレポートしてくださった,米国
造の決定,すごいですね。シトクロム酸化酵素やシャペロニン
サバンナのミーティングは,なかなか良かったと思います。学
の構造が出たときも驚きましたが,リボソームはそれらよりさ
会の場所,カバーする分野,サイズ,いずれも適切。そしても
らに大きく複雑な構造だけに,インパクトがあります。活性部
うひとつ感心したのが,Cell や Nature から,編集者を招待して
位が RNA だけで構築されているのが一目瞭然だし,新生ポリペ
いたことです。これらの雑誌にこの学会の内容に通じているス
プチド鎖が通る穴が,シャペロンの場合と違ってほどけた鎖に
タッフがいたことも幸いしたのでしょうが,ほどなく非常に好
くっつかないようになっているというのも,面白い。
意的なレビューが載りました。日本からいかに情報発信をする
次号は2
0
01年。ついに最終号です。関連学会に関する情報,
かが盛んに議論される昨今ですが,こうしたやり方も参考にな
関連図書,雑誌に関する情報,その他,本通信に掲載ご希望の
るかと思います。
情報などをお持ちの方は,事務局までご連絡下さい。また,班
今回は,永田代表の巻頭言が長かったので,
「シャペロンの散
員の方で本通信を複数部ほしい方,班員以外で本通信の購読(無
歩道」はお休みです。また,最近この分野で熱い議論を巻き起
料)をご希望の方は事務局までご連絡下さい。
こしている話題をいくつか,
「ミニレビュー」のかたちで採り上
(遠藤) げてみました。今後のシャペロン研究の流れのヒントになるか
(シャペロン・ニュースレター)
編 集 人 遠藤斗志也
第 7 号(2000 年 9 月発行)
発 行 人 永田 和宏
「分子シャペロンによる細胞機能制御」研究連絡調整係
発 行 所 特定領域研究
〒 464 − 8602 名古屋市千種区不老町
名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻,遠藤斗志也 / 新田美子
Tel:052 − 789 − 2490 Fax:052 − 789 − 2947
ホームページ:http://biochem. chem. nagoya-u. ac. jp/chaperone/index. html
e-mail:endo@biochem. chem. nagoya-u. ac. jp
印刷 ㈱荒川印刷