中国における持続可能な 流域ガバナンスと国際協力

中国における持続可能な
流域ガバナンスと国際協力
ー日米中共同研究の成果からー
大塚健司
アジア経済研究所
滋賀大学環境総合研究所2006.3.25
1
水危機への対応に向けた協働
• 水問題への危機感が広く共有されつつあり、各
国政府、国際機関、NGOなどの取り組みを促し
ている
• 第3回世界水フォーラム以降、日本においても水
問題に関する国際協力事業が活発化しつつある
• 急速な経済成長を背景に、アジアの大国として
存在感を増しつつある隣国、中国においても、水
をめぐる諸問題を抱えており、内外・官民問わず、
水危機への対応を模索する動きが見られる
2
持続可能な流域ガバナンスに
関する日米中共同研究
• ウッドローウィルソン国際学術センターとアジア経済研究
所による2004年度共同研究“Crafting Japan-U.S. Water
Partnerships: Promoting Sustainable River Basin
Governance in China”
(国際交流基金日米センター助成事業)
• ①流域管理組織・制度、②資金調達・費用負担メカニズ
ム、③政策決定過程における公衆参加に焦点をあて、日
米中の専門家チームを結成
• アメリカ(ワシントンDC、チェサピーク湾)、中国(北京、天
津)、日本(首都圏、霞ヶ浦)においてスタディー・ツアーを
実施
• 2004年10月7日に東京にて公開国際ワークショップ開催
3
中国河川流域の持続可能性をめぐる問題
①水不足
z1997年、黄河は総延長700キロ、連続226日
間にわたって本流の流水が枯渇(断流)
¾中央政府が黄河水利委員会に上下流間の
流量調整権限を付与し、断流を防止
4
中国河川流域の持続可能性をめぐる問題
②自然生態環境の破壊
z 1998年、長江、嫩江、松花江で大洪水
¾ マスメディアや専門家らが上流域での天然林
乱伐や中流域での湿地の減少などを指摘
¾ 中央政府が森林乱伐停止の緊急通知を発令
¾ 森林・草地・湖沼の環境再生事業を開始
5
水資源の偏在
140
120
100
80
60
40
20
0
2003年対例年(%)
2002年対例年(%)
-20
-40
-60
-80
全国 松花江
遼河
海河
黄河
淮河
長江
降水の地域的、
季節的、時間
的な変動が大
きく、もともと干
ばつも洪水も
発生しやすい。
2002年対例年(%)
2003年対例年(%)
珠江
(出所)中華人民共和国水利部編『中国水資源公報2003』中
国水利水電出版社 2004年 表3より作成。
6
中国河川流域の持続可能性をめぐる問題
③水利事業をめぐる紛争
z環境破壊を伴うダム建設にジャーナリスト
やNGOが反対の声をあげつつある
¾2005年1月に国家環境保護総局がダム建
設を含む30の開発プロジェクトがEIA法など
に違反として工事の一時停止を求めた
7
中国河川流域の持続可能性をめぐる問題
④水汚染
z 2004年7月、淮河流域で汚水の帯が150キロにわ
たる大汚染事故が発生。同年8月にはCCTVが流
域村落における水汚染に起因すると疑われる癌の
多発を暴露。
¾ 中央政府は10年来強化してきたはずの流域水汚
染対策の見直しを余儀なくされている
z 2005年11月、吉林石油化学公司のベンゼン工場
が爆発し、ベンゼン類が松花江に流出。400万人規
模のハルビン市が4日間の断水を迫られた。
¾ 政府が事故情報を開示したのは発生から約10日
後。国家環境保護総局長が引責辞任を迫られた。
8
改善が進まない河川流域の水質
遼河
海河
淮河
松花江
珠江
黄河
長江
7大水系平均
0%
I類
II類
III類
IV類
V類
劣V類
50%
100%
(注)I類:水源または国家自然保護地域,II類:生活飲用水1級保護地域,III
類:生活飲用水2級保護地域,IV類:工業用水,V類:農業用水などに適用
(出所)2004年中国環境状況公報・淡水環境(http://www.zhb.gov.cn/)
9
淮河流域の水汚染問題
• 1994年に大規模な水汚染事故が中国で公開報道
• 淮河流域の水汚染対策が全国の環境汚染対策の
モデルとなっている
• マスメディアによる環境キャンペーンが活発化する
なかで淮河流域の水汚染問題が頻繁にとりあげら
れている
• 最近になって改めて深刻な汚染被害の実態が明る
みにされた
• 南水北調東線プロジェクトの問題点のひとつ→汚水
北調にならないか
10
中国水系流域図
(出所)中国水文信息網<流域及地方水文<流域水文(http://www.hydroinfo.gov.cn/lysw/lysw.asp)
11
中国主要河川流域の概況
流 域
流域面積①
(km2)
河川延長①
(km)
年間流量
②
人 口②
(万人)
(億m3)
耕地面積
②
(万ムー)
人 口
密 度
(人/km2)
一人当た
り耕
地
面
積
(ムー/人)
一人当たり
水量②
(m3/人)
一ムー当たり
水量②
(m3/ムー)
松花江
557,180
2,308
742
5,112
15,662
91.8
3.1
1,451
474
遼 河
228,960
1,390
148
3,400
6,643
148.5
2.0
435
223
海滦河
308,531
1,090
288
10,987
16,953
356.1
1.5
262
170
黄 河
752,443
5,464
661
9,233
18,244
122.7
2.0
716
362
淮 河
269,283
1,000
622
14,169
18,453
526.2
1.3
439
337
長 江
1,808,500
6,300
9513
37,972
35,171
210.0
0.9
2,505
2,705
珠 江
453,690
2,214
3360
8,202
7,032
180.8
0.9
4,097
4,778
(注)1ムーは約6.667アール。データは1980年代のもの。
(出所)①李健生主編『中国江河防洪叢書 総論巻』北京:中国水利水電出版社、1999年、15ページ表1-3、②銭正英 12
主編『中国水利』北京:水利電力出版社、1991年、33ページ表1-9、より作成。
淮河流域の概況
z
•
z
•
z
•
•
•
z
•
位置
黄河と長江の間。東経111度55分~120度45分、北緯31~36度。
地形
黄淮海平原に属する。平原・河川・湖沼など低地が3分の2。最高峰は伏牛山2153メートル。
流域の広がり・大きさ
東西約700キロメートル、南北約400キロメートル、面積約27万平方キロメートル。
人口1.5億人、耕地1200万ヘクタール。ともに全国の8分の1。
5省36市180県、主には河南、安徽、江蘇、山東の4省にまたがる。
水系
歴史:1194~1855年まで黄河の氾濫のため、淮河の水系はずたずたにされ、海への水路も
土砂でふさがれた。
• 本流:河南省桐柏山に水源を発し、河南、安徽を経て江蘇揚州の三江營に至り、長江に入
る。全長1000メートル、落差はたったの196メートル。
• 支流:1万平方キロメートル以上の流域面積をもつ支流が4本(最大4万平方キロメートル)、
2千平方キロメートル以上の支流16本、1千平方キロメートル以上の支流が21本。
• 湖沼:最大の洪沢湖は、水面2069平方キロメートル、水位12.5メートル、31.3億立方メートル。
南西湖(微山湖)666平方キロメートルが琵琶湖(673.9平方キロメートル)と同程度。
z 気候・災害
• 南北気候遷移地域に位置する。南部と北部には400から500ミリメートルの降雨量の差があ
る。多雨と小雨の年の差は5倍。冬春は小雨、夏秋は多雨。干ばつ、洪水・冠水ともに起き
やすい。
z 農作物
• 小麦を主としながら、水稲栽培地域もあり。綿花、搾油用作物の栽培も盛ん。
13
(出所)淮河水利委員会編『中国江河防洪叢書 淮河巻』北京:中国水利水電出版社、1995年など。
中国河川流域の水汚染問題の主な要因
• 工場廃水
• 生活排水
• 農地起源の水汚染
14
三河三湖郷鎮工業排水状況(1995年)
水域
淮河
海河
遼河
太湖
巣湖
滇池
汚 染 源 数 工 業 総 生 廃 水 排 出 COD 負 荷 工 業 生 産 額 工 業 生 産 額 単
(万企業) 産額 (億 量
量
単位当たり廃 位 当 た り COD
元)
(万トン)
(万トン)
水 排 出 量負
荷
量
(トン/万元) (トン/万元)
6.00
8.10
2.30
4.30
0.56
0.62
1342.2
2028.3
324.6
3099.5
58.0
62.2
66349.4
84068.8
7630.6
62992.8
619.9
979.9
105.4
118.7
9.5
29.7
0.4
0.9
49.4
41.4
23.5
20.3
10.7
15.8
0.08
0.06
0.03
0.01
0.01
0.01
(出所)『中国環境年鑑1998』p.205表2より作成。
15
淮河流域の郷鎮工業における
主要汚染産業の廃水排出状況
産業
製紙
化学
押し染め
澱粉・酒造
電気メッキ
皮革
廃水量
(万トン)
12,519
1,054
1,052
874
303
243
COD
(万トン)
18.6
0.7
0.9
2.6
−
0.9
懸濁物
(万トン)
11.6
0.2
−
1.5
−
0.4
六価クロム
(トン)
−
−
−
−
17.7
−
(出所)『中国環境年鑑1995』p.146より作成。
16
淮河流域の水汚染問題をめぐる
政策過程
  第I期1970年代:水汚染問題が地方から中央に報告され、
対策が模索。流域管理機構に水資源保護機能が創設。
全国的には環境政策の初動段階。
  第II期1980年代:水汚染事故が頻発。全国的な環境政策
の法・行政体制が整備。流域水資源保護体制が確立。
南水北調東線のFSで水質改善が課題に。
• 第III期1990年代:大規模な水汚染事故が頻発するように
なり、メディアにも注目され、中央政府を中心に水汚染対
策が強化された。一方で後期には流域水資源保護行政
が弱体化
• 第IV期2000年代:水汚染対策が強化されてきたはずで
あったが、実際には水質は悪化し、汚染被害が拡大して
17
いたことが明らかになった
淮河流域の水汚染防止処理
に関する5カ年計画事業
(億 元 )
九五計画
十五計画
44.9
17.3
9.9
24.0
下水処理場
57.5
148.9
流 域 総 合 整 備 ・モ デ ル 事 業
44.5
31.0
農 業 環 境 保 全 ・面 源 処 理
1.3
3.9
飲用水関連事業
7.0
2.8
モ ニ タ リ ン グ シ ス テ ム ・機 構 整 備 等
0.8
6.6
排水システム整備
-
12.5
都 市 ゴ ミ処 理 場
-
8.9
166.0
255.9
工業汚染源対策
産 業 構 造 調 整 クリー ナー プロダクション事 業
合計
(出所)淮河流域水汚染防止処理第9次5カ年計画及び第10次5カ年計画より作成。
18
淮河流域のCOD及びアンモニア
窒素の排出状況
COD
1993
1997
2000
計画目標(2000)
2000
2001
2002
2003
計画目標(2005)
188
92
94
36.8
81.2
106.8
133.4
141.1
46.6
(万トン)
アンモニア窒素
12.0
14.6
14.5
9.1
(出所)淮河流域水汚染防止処理第10次5カ年計画、淮河片水資源公報各年版より作成。 19
淮河流域の水汚染問題に取り
組む環境NGO-淮河衛士
・2003年10月に河南省周口市沈丘県に「民弁非企
業単位」としてNGO登録
・登録名称:淮河水系生態環境科学研究中心(研
究センター)
・代表:霍岱珊(フリーフォトジャーナリスト)
・所在地:河南省周口市沈丘県槐店回族鎮
・活動内容:淮河流域の水汚染被害の調査・記録、
写真展の開催、患者に医薬品・濾過器の頒布など
Photo by KF
20
調査地域の概要
• 河南省周口市:省の南西、安徽省と接す
• 淮河流域の最大の支流、沙穎河
• 水汚染に起因するとみられる消化器系癌
その他多くの疾病が流行。その範囲は沙
穎河流域の100以上の村落に及ぶと言わ
れている。
21
持続可能な流域ガバナンス
(流域のサステイナブル・ガバナンス)①
• 流域において生態環境の保全・再生を図
りながら
• 社会経済の発展を実現するために
• 政府各部門および社会各層の利害関係者
(ステークホルダー)が協力して行う
• 流域の管理・利用・保全のあり方
22
持続可能な流域ガバナンス
(流域のサステイナブル・ガバナンス)②
• 統合水資源管理(IWRM):①自然界を統合的に
考慮、②様々な水関連部門を統合的に考慮、③
様々な利害関係者の関与を図る。
• 流域:河川本流・支流、湿地、湖沼、灌漑用水、
その他自然・人工水系をサブシステムとする地
理的単位
• 持続可能な流域ガバナンスとは、IWRMの理念
にもとづき、流域レベルでの水・環境問題の解決
を探るための分析枠組
23
流域ガバナンスの構造
に関する3つの要因
①流域管理組織・制度
②資金調達・費用負担
③政策過程における公衆参加
24
流域ガバナンスの構造変化
に関する日本の事例
9 1997年の河川法改正により、環境保全が目的と
して明記され、整備計画に地域住民などの意見
を反映させることが求められている
9 2002年の自然再生推進法制定により、湿地保全
計画策定に多様な主体の参加が求められている
9 日本の地方自治体において独自課税として水源
環境税(森林環境税)の導入が議論、実施され
つつある
9 アサザ基金による市民主導型霞ヶ浦プロジェクト
などNPO・市民主導による流域管理の試みも始
められている
25
持続可能な流域ガバナンスの課題
①生態系的価値の内部化
• 生態系保全の重要性が、中国ではまだ多
くの水利事業において無視されがちである
• 生態系的価値の重要性の主張は、社会運
動による問題提起と社会的圧力にとどまる
→(例)怒江ダム建設反対運動
• 長年の汚染の蓄積と拡大が引き起こした
流域規模の生態系破壊と健康被害の解決
に向けて全体像の解明がまず必要
26
持続可能な流域ガバナンスの課題
②流域管理行政の組織化
• 水利部水利委員会→「委員なき委員会」
• 流域における水質管理の失敗←国家環境
保護総局と水利部の非協調
• 関係部門間で基礎となるデータの共有が
必要
27
持続可能な流域ガバナンスの課題
③費用負担メカニズムの創出
• 資金調達不足
9淮河流域水汚染防止処理第九次五カ年計画
では56億元の調達不足、59箇所の下水処
理場計画のうち完成したのは15箇所のみ
• 灌漑区における水管理と費用負担問題
9農家から徴収する水費では水管理の維持費
がカバーできない
28
持続可能な流域ガバナンスの課題
④ステークホルダーの参加
• ステークホルダーの参加の未成熟
• 流域管理組織:中央行政部門、地方政府
による包括的な調整・合意・意思決定の場
がない
• 政府と対立するようなイシューでの対話の
場からNGOは排除されがち
29
中国における流域ガバナンスの
構造変化①集権化
• 2002年の水法改正により、水利部の派出機
構である水利委員会の水資源保全、とりわ
け、上流域と下流域の間の水量配分に対す
る権限の強化を図ろうとしている。
30
中国における流域ガバナンスの
構造変化②分権化と参加
• 上下流の地方政府間で取水権の(非公式)売買
– 水不足で悩む義烏市がダムのある東陽市から
毎年5000万m3弱の水使用権を2億元で購入
• 受益農家が参加する灌漑管理組織
– 用水戸協会の試み
• ダム建設による流域への環境的・社会的影響を訴
えるジャーナリストやNGOのネットワーキング
– 中国河川ネットワークの設立(2004年)
• 環境影響評価報告書における公聴会の開催
31
国際協力の可能性
①法制度改革支援
• 流域管理委員会の創設・運営(小流域か
ら)
• 水利委員会と日米各流域委員会との交流
• 流域管理・水汚染防止に関する法制度改
革支援
32
国際協力の可能性
②資金調達メカニズム創出支援
z環境費用負担制度のパイロット事業
z用水戸協会の普及促進
z下水処理場建設における地方債権制度の創設・活用
z小規模な水取引の実験
z河川管理の生態的・社会的影響評価に関する研究
33
国際協力の可能性
③ステークホルダーの参加拡大
• 流域レベルのフォーラムの創設
• 流域・地域単位の企業の社会的責任(CSR)の
促進
• 流域間の国際交流
• 流域管理決定過程における公聴会の試行支援
• 汚染被害者への法律援助事業の支援
• NGOのトレーニング
• 流域資源の管理受託者(steward)としての市民
のエンパワーメント
34
国際協力の課題
• 個別事業の積み上げだけではなく、ガバナ
ンスという視点から系統的、包括的に流域
管理の諸問題を検討するようなケーススタ
ディが求められている。
35
参考文献
• 『アジ研ワールドトレンド』2005年11月号特集「中国に
おける持続可能な流域ガバナンスと国際協力」
• Turner, L. Jennifer & Kenji Otsuka eds. Promoting
Sustainable River Basin Governance: Crafting JapanU.S. Water Partnerships in China. IDE Spot Survey
No.28. IDE-JETRO. 2005.
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Spot/28.html
• Turner, L. Jennifer & Kenji Otsuka. Reaching Across
the Water: International Cooperation Promoting
Sustainable River Basin Governance in China.
Woodrow Wilson International Center for Scholars.
2006 (Forthcoming).
36
2006.3.25
「河川と湖沼の持続可能な流域ガバナンス」へのコメント
秋山道雄(滋賀県立大学)
1.
コメントの視点
①研究、 ②実態、
③政策、
という3つの側面からコメントする。
2.
研究面について
今日における研究上の課題
① 1980 年代以降とそれよりも前とでは、水研究の質と量に差がある
②今日の課題に則して既往の研究成果を生かすという視点の欠落
③水利研究と水環境研究の蓄積の跛行性
①について:水問題の性格が変化してきたことが大きく作用する
水の量をめぐる問題の変化と質をめぐる問題の顕在化、さらに水質をこえ
た環境的側面の顕在化
②について:
水利研究からみると、流域を対象としたマネジメントないしガバナンスとは、流水秩
序と内部水利秩序を統合して考察するということ
この点について、今日の問題は、かつて農業水利が支配的な水利秩序の担い手であっ
たときには両者の統合は農業水利という同じレベルで行なうことができたが、他種水
利が河川の水利秩序に参入し、これが一定のウエイトをもっているところでは、統合
を図る視点に工夫が必要となっている
↓
しかも、内部水利秩序とその変化については農業水利以外にはあまり研究がない
あわせて、今日では農業水利自体の変化も重要になっている
③について:人文・社会科学で水環境をどう捉えるかという点の考察が不十分
自然科学との接点をどうもつか、さらに自然科学の研究成果をどこでどの
ように受けとめるかという点の考察が不十分
こうした状況のなかで流域に注目することの積極的な意義をどこに求める
のか
3.
実態面について
①水の属性(水循環の自然特性)に関わる実態
②水の社会的存在形態に関わる実態
①について:流域をとりあげるということは、水の動き(水循環)を視野に入れざるを
えない
直接流出と基底流出のうちの河川流出分以外になにを対象として取り込む
のか
ミクロスケール(ex.工場)における循環とマクロスケールにおける循環
は捉えられてきたが、メソスケールにおける水循環の把握が不十分
循環速度について:降水から地下水までをカバーするというのであれば、
循環の速度が異なるものを包括的に対象にすることになる
②について:流域は実態概念か、方法概念かーこれを混乱させたまま「流域管理」とい
-1-
う言葉が一人歩きしている
水研究のなかでは、水と土地とを統合して捉えなければならないという次
元の研究において流域概念が登場する(Mitchell,B の分類に準拠)
水の所有と利用に関する理解の整理(水利権の位置づけ)
4.
政策面について
①水に関する法制度の変化
②計画と事業をめぐる枠組みの改変
③社会の変化(日本が高度な産業社会を形成したという点)がなげかける問題
①について:湖沼法(1984 年)の成立から 20 年が経過
新河川法(1964 年)の成立から湖沼法の成立までの 20 年間と、湖沼法成
立から今日までの 20 年間の差異
河川法改正(1997 年)、土地改良法改正(2002 年施行)、林業基本法
の改定(2001 年、名称も森林・林業基本法に変更)
②について:計画の成立時期と事業の実施時期の乖離
構想の枠組みを再検証するための制度設計がようやく緒についたところ
ex.戦略的環境アセスメントが本来目ざしている機能を発揮するためには
現行の構想をさらに工夫する必要がある
水に則して考えると、ここに水循環という視点を導入することで積極
的な意義はあるか
③について:現代の日本において環境にかかわる事象を捉える場合、現状認識を欠いた
議論が発生することがある
過去との差異がどこにあるか、どれほどの差異かという点に関する吟味が
不十分なまま、過去の事例を現状批判の手段に用いている場合がある
物的財貨の購入は、消費の場を通して廃棄物問題を引き起こす要因となっ
ていた→廃棄物として出てくる速度の違いが廃棄物問題を規定
財の一種である水も、こうした枠組みのなかで捉えることができる
水のもつさまざまな機能の消費は、水資源問題を惹起してきた
しかし、今日では機能の消費に変化が生じている
財の購入から、サービスの購入への移行
さらに機能の消費から意味の消費へと消費の形態が変化
水問題もこの傾向と無縁ではない
「文献」
秋山道雄(1988):水利研究の課題と展望、『人文地理』40-5、424 ∼ 448.
秋山道雄(1995):水環境研究の課題と展望ー資源管理との接点を中心にー(1994 年度人
文地理学会特別報告の要旨)、『人文地理』47-1、90 ∼ 94.
伊藤達也・在間正史・富樫幸一・宮野雄一(2003)『
: 水資源政策の失敗ー長良川河口堰ー』
成文堂、207.
『ジュリスト増刊綜合特集・現代の水問題 課題と展望』(1981)、364
仲上健一・仁連孝昭(2002):水環境・資源と開発、吉田文和・宮本憲一編『岩波講座
環境経済・政策学 第2巻 環境と開発』、181 ∼ 209.
農業問題研究会編(1961)『
: 農業水利秩序の研究』、御茶の水書房、677.
Mitchell,B.,ed., Integrated Water Management, Belhaven Press, London, 1990, 225.
-2-
「流域ガバナンス」という概念の成立背景
2006.3.25
近藤
(0)従来の管理(水資源管理)とはなにか
①経済活動の発展のための資源として水を捉え、土木工学的手法により流量を安定化させ、
取水を安定化させる(経済優先主義)
②中央集権的な官僚組織と、縦割り行政による規制的・排他的・閉鎖的管理方式(トップ
ダウン型、官僚主導主義)
③指令、通達、マニュアルによるインセンティブを軽視した管理方式(指令的・画一的管
理方式)
④生態系の限度や機能を無視、または軽視(ダム優先主義)
⑤財政的効率性の軽視、安易な国債管理による財政的危機の発生(積極財政主義)
これらを改善する必要性が認識されてきた。
(1)新しい管理概念の必要性
従来の管理に代って、新しい管理が必要とされている。その場合、アメリカでは
watershed planning、英国では river basin planning、ドイツなどでは landscape
planning、オーストラリアでは catchment planning(あるいは integrated catchment
planning)という用語が使われている。
ここではオーストラリアの catchment planning と流域ガバナンス basin governance
という概念を対比して見たい。ちなみに、catchment planning とは以下のようなもので
ある。
「集水域管理とは、ある集水域の一定の境界内領域における水と土地の共同管理であり、
社会的、環境的および経済的な諸問題を統合的に管理しようとするものである」この概
念中には一定の利害関係者の利害調整機能も含まれているが、深刻な場合には裁判など
の紛争解決手段が併用される。
*中村氏によるとガバナンスという言葉は 1995 年ごろに出てきた。様々な学問分野でも使
われだした。コーポレート・ガバナンス
(2)「流域」か「集水域」か
集水域(catchment、watershed)とは空間的には一点に集まろうとする水の範囲の全体の
こと。オーストラリアで使われている集水域概念には河川や湖沼を底点として、生態系概
念と土地利用の側面、地方自治体による行政的範囲も含まれるが、流域(basin)概念はさ
らに歴史風土や文化をも含むより総合的な概念だと思われる。更に、流域は小集水域 a と
小集水域bの単なる合算ではなく、幾つかの小集水域の集まりを基礎としてそれらを包括
する独自性(新たな質)を兼ね備えた概念として構築したい。その独自性の一根拠は流域
全体を管理する組織・機構が存在することである。数学的に表現するならば、小集水域 a+
小集水域b⊂流域。しかし、流域概念の包括性は強みでもあり、弱みでもある。より包括
的な概念であることは様々な問題を取り上げることを可能にするが、他方で問題の所在を
ぼかす危険性があるのではないか。
(3)「管理」か「ガバナンス」か
狭い意味の管理という概念は専門家による自然資源のコントロールというニュアンスが
ある。すなわちある種の数値目標に照らして所与の所有資源を効果的に動員し、最大の成
果を得る、というニュアンスがある。
これに対し、ガバナンスはそれをも含むが、個々の目標の達成のみでなく資源利用の結
果の評価・改善や目標設定そのものを問おうとする概念である。それは資源利用の結果、
被害を受ける住民、環境NGOなど利害関係者とのかかわり、さらには利害関係者とその
他の一般住民との調整をも含む概念である。あるいは個別的な管理−例えば水資源管理、
土地利用管理、農地管理、都市管理、生態系管理−を総合的に管理するという内容をガバ
ナンスはもっている。更に言えば、既存の統治システムや政治体制、市民社会のあり方を
さえ問おうとするニュアンスがある。すなわちガバナンスは管理よりもより包括的な概念
である。
(4)「流域ガバナンス」と「集水域管理」の関係
集水域管理はあくまでも水資源の開発と保全にこだわる専門的志向性がつよく学問的に
は土木工学的手法と生態学的な手法が有効であろう。これに対して、流域ガバナンスはそ
れを含むものの水以外の要因にも目を向けようとする概念であり、法学、政治学、社会学、
経済学などの手法が有効であろう。
集水域管理という概念はやや閉鎖的なニュアンスを持つのに対して、流域ガバナンスと
いう概念は開かれた、風通しの良さを感じる概念である。しかし、私は集水域管理を除外
した流域ガバナンスはあり得ないと考えている。集水域管理が発展して自然に流域ガバナ
ンスへとさらに高次な形態へと進化・発展してゆくことが望ましいと考える。
その意味で、流域ガバナンスの中心は集水域管理(catchment planning)であり、流域
ガバナンスは集水域管理のより高次の発展形態であると考えるべきである。
(5)中国の「流域ガバナンス」の評価
このように整理すると、残念ながら中国の現状は流域ガバナンスが問題になるレベルで
はなく、むしろ集水域管理の普及・定着が求められる段階と見るべきではないか。住民が
企業や行政の不作為に対し被害弁償を求める裁判を提起できない現状や中国政府が経済優
先主義を根本的に見直そうとしていない現状ではそう思わざるを得ない。
中国の管理に新しさが見えるのは確かであるが、それはありていに言えば世界銀行と中
国政府の思惑と利害が一致した限りでの新しさではないか。すなわち、世銀は融資の条件
として効率的に資金が活用され、経済的利益を生み出し、資金回収が行われることが望ま
しい。中国政府もインフラ資金の不足が解消されれば幸いである。その限りで両者の利害
が一致し、一定の範囲で合理的改革が他律的に行われていると見るべきであり、決して従
来の管理方式や社会システムを問い直すような自発的な動きと見ることは過大評価がある
のではないか。中国の場合には人権救済や裁判による損害賠償などの司法的救済制度が未
確立であることが大きな問題である。
(6)新しい管理・統治方式の要点
①経済発展に従属した資源としてのみ自然(水)を考えるのではなく、生態系の保全のた
めのキー・ファクターとして認め、その保全も含めた管理を行うこと。unilateral 型から
bilateral 型管理へ
②事後的管理から事前的・予防的管理へ、静態的な管理から状況に応じたダイナミックな
管理へ
③水と土の統合的管理へ
④利害関係者、とりわけ被害住民の声が反映し、生かされる管理(住民参加型管理)
⑤中央集権的、官僚的、指令的、規制的、上意下達型管理から分権的、インセンティブ的、
協働的、地方自治的管理へ
⑥取水と排水、地表水と地下水など水循環を考慮した統合的管理
⑦生態系の限界を考慮した管理
⑧流域管理のための独立した新たな管理組織、管理機構の改編
⑨インフラ重視政策からの脱却、財政危機の回避
⑩流域ガバナンスを実体化する市民社会の形成、住民の自治能力の啓発
⑪個別の集水域管理とさらに上位階層の集水域管理、さらに上層のグローバルなレベルで
の天然資源管理を組み合わせた、多層的グローバル・ネットワーク的管理方式の開発。ク
ラスタ−型管理方式
(7)新たな論点
① 河川のガバナンスと湖沼のガバナンスの異同について
河川は水管理の中心であり、湖の管理は新しい問題。河川に比べて湖のほうが利害関係者
は多様化し、利用の仕方も複雑化するのが一般的。(秋山)
② 流域という概念は実体概念か、方法概念か(秋山)
③ 湖沼法は河川法(国土交通省管轄)、農業用水の関する農水省の法などと対比して、法
的に不安定な位置にある。湖沼法は本来、湖沼環境を守る法であるべきなのに、水資源
は国土交通省(建設省)、陸域は経済産業省など縦割りの中で湖沼環境にまで手が出せ
ない。(秋山)
④ 小流域ではサステイナブルな生活が、メゾスケールの中では潰れてしまう。グローバル
化と地域の関わりがコミュニティに影響している。(中村)
⑤ 実態分析で止まるのではなく、実行可能な政策提言にまで持ってゆくこと(中西)
⑥ 琵琶湖に適用可能なモデルとアジアに適応可能なモデルを構築すべき(近藤)