パオラ・ナヴォーネ 「金沢との出会い」

パオラ・ナヴォーネ 「金沢との出会い」
その上にはフォークやナイフをぶら下げて、シャンデリ
アのような雰囲気にしました。また、自分がデザインし
たさまざまな製品を並べて、フリーマーケットのように
一つ一つ異なった製品が一つの場所に集合するというイ
金沢のアーティスト・イン・レジデンスで、これまで
様々なアーティストが招かれ、作品を制作してきたと思
メージで展示しました。
この空間には私がデザインした2つのソファーも置き
いますが、私はそのようなアーティストとしてではなく、
ました(図2)。通常は麻の白い布地を使いますが、それ
デザイナーとして仕事をさせていただくことになりまし
ではおもしろくないので、ここではアフリカの布地で覆
た。私はアーティストが作品をつくるのとは少し異なり、
いました。その周りに見えるのは、イギリスの若いデザ
日用品をデザインします。
イナーが作ってくれた、森をイメージした彫刻です。こ
前半では、私が今まで行ってきた仕事をご紹介します。
こで中心になっている色はブルーです。ブルーを基調に
まず、私の展覧会デザイン、会場ディスプレイに関する
して幻想的なおとぎばなしのような空間を作り上げ、そ
仕事についてお見せします。私が展示デザインを行うと
の中で私の製品群が登場人物のように存在するというコ
きのコンセプトとして、しばしば、舞台設計、舞台美術
ンセプトです。
のようなことを考えます。展示される品は、舞台の上で
次に、ドリアデ社のパーティのディスプレイを担当し
繰り広げられる物語の中で、それぞれ異なった性格を持
たときの様子をお見せします。ミラノのドリアデ社のシ
つ登場人物のように配置され、全体として生き生きとし
ョールーム内にある中庭を1つの空間に仕上げました
た風景を作ろうとします。次に、私がこれまでデザイン
(図3)。ここでのテーマは、アジア的な要素をミラノの
した数々の製品の中でも、特に工芸的要素の強い最近の
この中庭に集めるということです。私のような世界中を
事例をお見せしながら、伝統工芸についての私の考え方
走り回っているデザイナーの視点から見たアジアをテー
をご説明します。私は、デザインをしていく上で、人間
マとしました。例えば東南アジアの螺旋状のお香を庭の
の心のこもった工芸というものをデザインに転化してい
上からぶら下げ、また、中国の建物をイメージして、中
くことに大変興味を持っています。最後に、今回金沢で、
庭の柱は全部赤い布で巻きました。
地元の工芸作家や職人の方々と協力して作った作品をご
紹介いたします。
最初の中庭に続く2番目の中庭(図4)ですが、たくさ
んのランプをぶら下げて、灯りが樹木の間に漂っている
ような雰囲気を作っています。中庭を取り囲む周りの建
展覧会のデザイン
2000年に、私はドイツの『建築と女性』誌が毎年選ぶ
物からは赤い垂れ幕を垂らして、チベットの雰囲気を出
しました。
「今年のデザイナー」賞をもらいまして、ケルンで自分の
食べ物を置いている台は、赤と緑のリボンを結んでいま
展覧会をすることになりました。この展覧会は、その雑
すが、幸福を呼ぶというシンボル的な役割を持たせまし
誌が主催したのですが、産業デザインの分野における私
た(図5)。壁から飛び出る小さな容器をデザインし、タ
の仕事全体を見せるという内容でした。
イの銅鑼のバチをこの上にのせました。これは音を鳴ら
まず、家具・インテリア製品を扱うイタリアのドリア
デ社のためにデザインしたお皿を床に敷き詰めて、
“お皿
のじゅうたん”のようなイメージで展示しました(図1)。
1 『建築と女性』誌による「今年のデ 2 ソファーの展示
ザイナー賞」受賞記念展 皿の展示
すものですが、花に見立てて展示しました。
パーティーのお菓子は、オーストラリアの菓子職人が、
私が設計したお菓子の図面をもとにして作り上げてくれ
3 ドリアデ社主催のパーティー
会場デザイン(中庭)
4 ドリアデ社主催のパーティー
照明器具を吊り下げた中庭
パオラ・ナヴォーネ
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たものです。実際、とてもおいしいものです。タイの銅
ーブも中央に配置しました。
鑼のバチや、中国の柱、それからインドの香りというよ
これはダイニング・ルームの様子ですが、17世紀様式
うに、様々な文化をミックスしました。異なる要素が一
の陶製のシャンデリアが見えます(図8)。テーブルには、
つに集まり、非常に強力なイメージが出来上がったと思
各地方の特色あるお皿が並んでいます。魚のかたちをし
います。
ているものは珊瑚を彫って作った彫刻で、ヴェネチアで
次に、2002年9月にフィレンツェで私が行った、住居
に関する展示会「ピッティ・イマージネ・カーザ」の会
作られたものです。銀器は、フィレンツェで鍛金の技法
を用いて作られたものです。
場ディスプレイについてご紹介いたします。展示会場と
キッチンにあたる場所の流し台の部分は、イタリア南
なった場所は、フィレンツェのレオポルダ駅舎だったと
部のプリエーゼ地方に伝わる技術で作られました。置い
ころです。
てある果物は全部大理石でできています。バスルームに
ここでは、舞台装飾的な要素を意識しながら、ディス
あるこの大きな魚はアルビゾラの陶芸家が制作したオブ
プレイの基本的な仕様を私が考えました。展示物を並べ
ジェです(図9)。下に敷き詰められたタイルもアルビゾ
る以前の基本仕様の部分です(図6)。各スタンドを区切
ラのタイルです。上部には円錐状の水時計が吊り下げら
るのに壁を作るのではなく、広い空間をゆるやかに区切
れていて、三角形の先のところからポタポタと水が落ち
るものとして、金網とテープを使いました。この黄色の
てきます。水が全部落ちるには1時間かかります。なぜ
テープが一つのスタンドの空間を示します。四隅には網
シャワールームに魚がいるのかというと、魚も水を浴び
が立ち上がっているというかたちです。こうした工夫で、
たいのでないか、魚といっしょに水浴びをしたら楽しい
いわゆる見本市会場というよりは、1つの展覧会に近く
だろうという発想からきています。
なったと思います。この中に各スタンドが製品を並べて
いきました。私は、単なる商業的な展示場ではなく、一
つ一つが展覧会というような、水準の高いものにもって
いきたかったのです。
工芸的なデザイン
ここまでは自分が監修したりデザインした展覧会の内
容をお見せしましたが、ここからは、私自身の製品をご
次にお見せするのは、イタリアの若い工芸家たちの作
品を集めた展覧会です。2001年フィレンツェで行われた
紹介したいと思います。特に、工芸的要素が多く取り込
まれている作品を選んであります。
「ラ・カーザ・イタリアーナ(イタリアの家)」展では、
まず、イタリアのジェルヴァソーニという会社から販
イタリアの各地方の40人ぐらいの若い職人さんの作品を
売されている、
「編み」をテーマにした製品です(図10)。
私がセレクトしました。この展覧会のために作ってもら
自然素材を使ったもので、大体5年間ぐらいかかって製
った新作や、すでに製品化されているものが出品されま
品開発しました。編みの部分の素材は革ですが、革の中
した。ディスプレイのコンセプトは、家の中の各部屋を
でもどちらかというと太鼓に使うような種類の革を使っ
イメージして並べるというものでした。写真でお分かり
ています。椅子の枠部分はイタリアのくるみ材を使って
のように、鉄製の網が空間をさえぎり、各部屋の特色を
あります。
出すように構成してあります(図7)。
佐藤 少し付け加えさせてください。ジェルヴァソーニ
居間にあたる部分で使われている布は、すべて伝統的
は、伝統的な企業だったのですが、デザインが古くなっ
な手法で制作されたものです。ヴァレ・ダオスタという、
たのでしょう。だんだんと傾いてしまったところを、息
イタリア北部の地方で伝統的に使われている石製のスト
子の代で何とか立ち直らせたいということで、パオラに
5 ドリアデ社主催のパーティー
食べ物のディスプレイ
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6 「ピッティ・イマージネ・カーザ」 7 「ラ・カーザ・イタリアーナ(イタ
の会場ディスプレイ
リアの家)」展
8 ダイニング・ルーム
デザイン開発をお願いしました。それで、彼女がそこの
スは石です(図14)。
会社の製品をいろいろ見て、伝統的な編みのよい技術を
アルカデ社から販売されているヴェネチア製のガラス
持っているので、その要素を生かしつつ、新しい感覚の
花器です。22歳のガラス職人が制作しました。型吹きで
デザインを取り入れて、この企業を生き返らせたという
なく、宙吹きの製品です。ガラスの表面は、真珠のよう
例なのです。ここの経営者は、古いものを全部捨てたい
な光沢をもつ仕上げにしました。こちらの宙吹きによる
と思ったそうですが、彼女の考えはそうではなくて、こ
ガラス花器(図15)は、一本一本がこちらに傾いたりあ
こはいい伝統の技術を持っている。だから、新しくデザ
ちらに傾いたりしていますが、これは成形時に濡れた新
インするためには、まず編みの伝統的な技法を残すこと、
聞で押さえながら形を作っていきました。
それから自然の素材を使うという基本姿勢を彼らに提示
次に、日本で生まれた初めての私のデザインによる製
していったそうです。1つの企業がそれだけずっと守っ
品をご紹介いたします。これらはドリアデ社から販売さ
てきた歴史は大事にしなければいけないし、そのような
れていますが金沢の近くにあるニッコーという会社
企業の特色を生かしたもので生き残っていくべきではな
(註:石川県松任市にあるニッコー株式会社)で開発され
いかと彼女は考えたのです。
ました。一つ一つの製品が異なった個性を持っています
ナヴォーネ フィリピンで、アバカというバナナに非常
が、こうして3つ並べる(図16)と、一つの家族という
に近い素材を使って編んだソファーをご紹介します(図
か、ハーモニーが生まれるというコンセプトです。
11)。フィリピンでは第二次大戦までアバカをたくさん
皿には、たくさんのドットが描かれています。ニッコ
生産していました。アバカは船を引っ張る綱の素材だっ
ーの人たちが、一つ一つのドットをデザイン通り正確に
たそうです。しかし戦後、ナイロンが生まれたため、ア
描けないと、すごく心配なさった製品です。製作する側
バカは使われなくなりました。アバカで仕事をしていた
は完璧に作ろうと思うのでしょう。私は、正確に描かな
人たちは一体何をしたらいいか分からなくなってしまい、
くてよいのだと長い時間をかけて説明しましたが、理解
その結果、バナナの栽培にどんどん切り替わっていきま
を得るのに多くのディスカッションが必要でした。これ
した。アバカの木の繊維は大変強じんなので、私はこれ
は、ブルーの釉薬の上に透明の釉薬がかけられています。
を使って何かできないかと考えました。これらの家具は
佐藤 ニッコーの名前が出てきましたが、その背景につ
みなアバカの素材で作られています。
いて一言説明を加えさせていただきます。まず、ドリア
こちらの椅子は、アルミニウムという工業素材と革と
デというイタリアの会社があって、パオラ・ナヴォーネ
いう工芸素材をミックスして作った製品です(図12)。
さんにデザインを依頼しました。そして、それを製作・
基本的な構造部分はアルミニウムを使っていますが、そ
開発していったのはニッコーです。ニッコーは、彼女の
の上にかぶせている網の部分が革です。アルミニウムを
デザインをきちんと製品化していくことを請け負ったわ
使っているので、非常に軽い製品です。日本の黒竹を用
けです。しかし、実際は金沢郊外のニッコーで生産する
いた、部屋と部屋とを仕切るスクリーンもあります。
のではなく、コストの問題だと思いますが、ニッコーの
次に、アントナンジェリ社から出ているランプをお見
タイにある工場で生産されました。ですから、この製品
せします。包みのような形をしているランプですが、こ
が生まれるまでには3か国ぐらいが関わっているのです。
れは磁器でできています(図13)。磁土が重なり合った
製品としてはドリアデ社から出ていますが、開発したの
ところに影が出ます。同じようなシリーズで、テーブル
は金沢郊外のニッコーで、実際の生産は、ニッコーの人
の上に置くランプも作りました。支柱は黒い竹で、ベー
たちがタイで指導をしながら進めました。このように、
9 バスルーム
10 編んだ革とくるみ材の椅子(ジェ 11 アバカのソファー(ジェルヴァソ 12 アルミニウムと革の椅子(ジェル
ルヴァソーニ社)
ーニ社)
ヴァソーニ社)
パオラ・ナヴォーネ
97
1つの製品でも、いろいろな国の間で進められて、最終
的にドリアデ社のカタログに載って世界の市場で売られ
ているということです。
インではないかと感じました。
これが、私のデザインで作っていただいた水引カバー
の塩・こしょう入れです(図19)。今回の私のプロジェ
クトは、テーブルの上に並べられるいろいろなオブジェ
金沢との出会い
で構成されるわけですが、その中に幸せを呼ぶオブジェ
ナヴォーネ これまでは私の過去の仕事で、工芸要素を
をぜひ一つ加えたいと思い、これを考えました。「ノマ
重視したものをご紹介してきました。これから話します
ド・テーブル」すなわち「遊牧民のテーブル」というコ
のは、7月に初めて金沢に来て、伝統工芸品を見たり、
ンセプトを持ったプロジェクトなのですが、いろいろな
作家や職人の方々とお会いして構想したプロジェクト≪
民族の文化が交差する中、様々なものが集まって構成さ
ノマド・テーブル≫です。これは制作プランをまとめた
れるテーブルというのがテーマでしたので、そこに幸せ
図ですが、和紙、水引、木工、ガラス、磁器、ランプ、
を呼び込みたかったのです。
漆など、金沢の様々な素材と技術により、私がデザイン
石森木工の森金泉さんには、高級で特別な木ではなく、
した一連のテーブルウェアのイメージがお分かりいただ
どこにでも転がっているようなシンプルな木で製品を作
けるかと思います(図17)。
りたいとお願いしました。そして、8という数字の形を
斉藤博さんは、手漉きで和紙を制作する方です。今回
した木の容器を作っていただきました(図20)。お菓子
は、私のデザインでプレースマット(ランチョンマット)
や塩などを入れるためのもので、大きいものや小さいも
を作って頂きました。白い紙の上にグレーの紙をのせて
のがあります。テーブルの上を楽しませるデザインがい
このような模様が作られました(図18)。
いと思いまして、幸運を表す8という数字をモチーフに
津田千枝さんは水引の制作者ですが、私はこのような
しました。
素材でこのようなものを作っている方に初めてお会いし
西村健治さんは、すばらしい木箱を作っていらっしゃ
たので、最初は驚きました。私が惹かれたのは、一つは
います。今回は、この箱を制作していただきました。≪
水引の技術です。もう一つは、人の幸せを呼ぶような小
ノマド・テーブル≫の食器をほかの場所に運ぶと想定し
さいオブジェをこの方が作り続けているということです。
て、中に入れて持っていけるような箱をイメージしたの
水引には、人間の幸せを祈る意味があることに大変興味
ですが、すばらしいものができました(図21)。
を持ちました。水引は、精神的なものを形に表したデザ
13 吊りランプ(アントナンジ
ェリ社)
17 《ノマド・テーブル》イメージ図
98
中田明守さんには私のデザインで磁器を作っていただ
15 ガラス花器(アルカデ社)
16 皿(ドリアデ社)
19 水引カバー付塩・こしょう入れ
20 木皿
14 テーブル・ランプ(アント
ナンジェリ社)
18 ランチョンマット
きました。2枚の磁土の板を重ねて作った皿や、湯のみ
糖をすくうガラスのスプーンや、マドラーの制作をお願
やコーヒーカップなどいろいろなヴァリエーションがあ
いしました(図26)。
ります。これは台のある器で、これはコップです(図22)。
このように様々な形の磁器を作って頂きました。
浅田正さんは漆製品を作る方です。浅田さんが普段作
られるものを見て、表面のテクスチャーが大変おもしろ
松田弘さんは、世界中で最もすばらしい傘を作ってい
いと思いました。いろいろな肌合いのあるものを作られ
らっしゃる方です。竹と紙で作った和傘をテーブルの上
ています。これは私のデザインですが、今回は3つのア
にのせる訳にはいかないので、その技術を応用して、何
イテムを構想しました。一つは氷入れで、表面に光沢が
か新しいものができないのかというところから始まった
あるところとざらざらしたところ、両方の表情を組み合
のが、このランプでした(図23)。まず試作してみたの
わせました。二つ目はワインクーラーです(図27)。3
ですが、てっぺんのところの作りが問題となりました。
つ目がお菓子などを盛るトレーです。異なった風合いの
通常和傘の先に使うパーツを付けたらどうかということ
布を素地に貼ることで、漆の多様な表情がでることを実
で作ってもらいました。これがその先端部分です(図24)。
感し、大変驚きました。
これですと持ち上げるのにも便利ですし、吊るすことも
できます。
もう一つ、漆では、湯浅敦子さんという学生に依頼し
て、ひょうたんを割ったものに漆を塗る仕事をしていた
山本實さんは、このランプの突端の木のパーツを作っ
だきました。そうしたらどのようになるかということを
ていただいた方です。また、水引カバーの塩・こしょう
考えたかったのです。さらに、下田真理子さんは、先程
入れで、カバーの中に入る器も作っていただきました。
のひょうたんに漆を塗ったものをスプーンにしたらおも
吹きガラスを制作されている中川純一さんには、この
しろいのではないかということで、いくつか試作品を作
グラスを作っていただきました。底の真ん中に<目>が
って頂きました(図28)。こちらはかんぴょうを半分に
あります(図25)。中にワインを入れて、飲んでいると
割って、刳り抜き、それに漆を塗ったボールです(図29)。
きは気がつかなくても、飲み干すと下から<目>が現れ
非常に軽い上に、自然のテクスチャーが漆を通して感じ
て、こちらと視線が合うというデザインです。
られるのが非常に魅力的だと思いました。
中川さんの奥様の奈々子さんも、やはりガラスの制作
これは木の皿です(図30)。木をスライスしたままの
をなさっています。同じガラスでも、彼女は装飾品の方
ものですと、徐々に乾燥して亀裂が入ってくるのです。
を作っていらっしゃいます。ですから、彼女には塩や砂
それがかえっておもしろいので活かそうと思い、下田さ
24 ランプ(部分)
22 カップ
21 木箱
25 グラス
23 ランプ
26 マドラー、スプーン
28 ひょうたんさじ
27 ワインクーラー
パオラ・ナヴォーネ
99
んに漆を塗ってもらいました。お茶碗受けなどに使える
ら、金沢のすばらしい技術が世界的に動き出すための力
のではないでしょうか。実験的に作ってみたのですが、
添えになればいいと思っています。
おもしろい効果が出て満足しています。
福嶋則夫さんは、すばらしい木工品を作っていらっし
質疑応答
ゃる方です。私がデザインしたしゃもじとスプーンの試
Q1
作品を作っていただきました。そして、坂本峰雄さんも
職人さんたちのスタンスは、いわゆるアシスタント的な
やはり木工をなさる方ですが、同じしゃもじとスプーン
立場だったのでしょうか。ここまでは譲れるが、ここは
を、もっと薄くして作っていただきました(図31)。
譲れないといった、職人さんたちの職人魂とのせめぎあ
このようにいろいろな方のご協力によって、今お見せ
したようなものが出来上がってきたのです。
いろいろな職人さんたちが関わられたわけですが、
いはあったのでしょうか。
A1
いわゆる対立はありません。私が職人さんや作家さ
金沢でのプロジェクトのこれまでの経過は大体お分か
んと出会って、その人の持っている技術や作風をまず知
りいただけたと思います。今お見せしたものは7月から
り、「すごいな」と思う好奇心から始まります。自分が固
始まって、11月に第1回の試作品を確認し、ようやくか
りきったアイディアを持っていって「これを作ってくれ」
たちになったところです。ほとんど完成品に近いものと、
というのではなく、ある種の玉の投げ合いのようなとこ
まだもう一度ぐらい試作品を作らなければならないもの
ろがあります。必要に応じて話しあい、修正をして進め
がありますが、短い間にこれだけの実験ができたことを
ていきました。私はほかの国で職人さんとコラボレーシ
非常に喜んでいます。今後どのように商品化に向けて動
ョンをしながら仕事をすることが多かったのですが、私
いていったらいいかという課題がありますが、とにかく
が提案する新しいものに対して皆さん非常に興味を持っ
ここまで進んできたということをご報告いたしました。
てくれましたし、私自身も発見をします。その意味で今
佐藤 このプロジェクト一番の特徴は、金沢から生まれ
回はとても楽しかったのです。
たものだということで、これを皆さんに認識していただ
今回に限らずそのようなプロジェクトにおいては、最
けたらうれしく思います。金沢の工芸の伝統や、そこで
初に自分が持っていったアイディアが、制作者に会い、
作られているものを見て、もちろんまだまだリサーチは
その方の持っている特徴を把握し、議論を重ねた上で、
浅いのですが、それをもとに彼女が考えて、皆さんとい
最終的には全く違ったものに変わることがあります。プ
っしょに練りながらここまで来ました。ですから、これ
ロセスにおいて、新しいアイデアやおもしろさが生まれ
こそほかのどこでもない金沢独自のプロジェクトだとい
たりしながら進んでいきます。ですから私は、作り手の
うことですので、大事にしたいと思います。この金沢の
方に出会う前にあまりに細かいところまで決めた図面は
プロジェクトが世界のマーケットに出て行ったらいいな
出さないことにしています。
と、夢が広がっています。まだ出発したばかりで、よう
Q2
やく芽が出たところです。これから、ここで途切れるこ
が、金沢や、日本の伝統工芸のどういうところに新鮮味
となく、もっといろいろなものが生まれていけばいいと
を感じたのでしょうか。他の国との違いはありましたで
思っています。ナヴォーネさんは、いろいろな国の地場
しょうか。
産業を見ながら、それを絶やさないためにも、その良さ
A2
を引き出しながら製品化し、その国の産業を育てていく
る人間です。例えば今回、漆については、大きな発見が
ところに関わってこられた方ですから、そういう視点か
ありました。漆という素材を全然知らなかったわけでは
29 ボウル
100
30 ソーサー
今回、金沢のいろいろな素材でデザインされました
私は常に好奇心の塊で、発見することに喜びを感じ
31 しゃもじ、スプーン
なく、表面的にしか知らなかったという意味で、知れば
というか、より現代感覚の入ったデザインを考えていく
知るほどおもしろいと思ったのが今回の発見の1つでし
必要があると思っています。これは大学などの教育方針
た。金沢では、ひょうたんなど植物をそのまま使ったり、
とも関係あるのかもしれませんが、伝統を若い世代に引
種類の違う布を貼ったり、木目を生かしたりすることで、
き継ぐだけでなく、若い人たちが現代性を取込めるよう
多様な表情が出てくる漆という素材・技術にすごく惹か
な教育も大事だと思います。例えばある22歳の男の子が
れました。これは自分の知らなかった漆の一面でした。
いたとして、その人が伝統の良さをきちんと分かった上
様々な伝統の技術や素材を用いる中、当然ながら、わり
で、自分自身が使いたい、自分の家に持って帰って置き
あい容易に実現できたものと、すごく難しかったものと
たいと思うようなものを作っていくことが大事なのです。
がありましたが、どれも私にとっては大きな発見だった
と思っています。
日本には、一方で工業製品と、他方ですばらしい伝統
技術による作品の両方が存在します。今この2つはそれ
他の国との違いという点では、自然環境からして違い
ぞれが別々のところに離れて存在しているように思われ
ますし、テクニックも違うということで、作られるもの
ますが、なにもそんなに離れる必要はない、もっと近づ
も国によって違っています。でも一般的に工芸の世界と
いてもいいと思うのです。伝統が現代的なものとうまく
いうのは、昔からあるものを繰り返し作ることで技術的
接近している国もあります。それは、日本ほど技術が進
に高めていきながら、その中にパーフェクトな部分を追
んでいる国ではないからこそ、そのような様相を呈して
い求める世界であるというように感じています。また、
いるのかもしれません。私が興味をもつのは、過去と未
例えば、東南アジアの国などでは、100人以上の大きな
来が互いに浸食し合うような製品です。
工房で作られている場合が多いですが、日本はどちらか
Q3
というと、個人の工房で、その個人が1つの世界をもっ
ナーです」とおっしゃっていましたが、デザイナーとア
て仕事をするという印象を受けました。ですから、大勢
ーティストの違いはどういうところにあると思われます
が集まって共同作業で作るところと、1人の方が個人で
か。
完璧な仕事を追求しているところとでは、コラボレーシ
A3
ョンする際にも、やはり人間関係が違ってくるのではな
性を展開していくときに、作品に自分の内面や思考を表
いかと思っています。
現していきます。製造や生産とは関係なく、作品を作り
話のはじめに「私はアーティストではなく、デザイ
非常に大きな違いがあります。芸術家は自分の創造
また、日本の工芸品は技術的な完成度が高い作品が非
ます。デザイナーの場合、出発点はアーティストと同じ
常に多いと思います。これは、世界の工芸品と比べてみ
創造性にあるかもしれません。しかしデザイナーは、作
て、私が好きなところです。問題点だと思うのは、やは
る過程において、これから多くの人がそれを使っていく
りコストの点でしょう。世界市場に出て行った場合には、
ということ、そして生産のことを考えなければなりませ
コストの問題が出てきます。たぶんシステムを変えてい
ん。芸術家の場合は、使う人の気持ちや機能性をデザイ
く必要があるでしょう。伝統は絶やしてはいけませんが、
ナーのように考える必要がない点で、随分と違った方法
それが世界市場に出ていくには、システムを変えていく
論になると思います。
必要があると思います。
伝統工芸品がオリジナリティを失ってはいけないのは
大事なことですが、デザインの観点からすると、流行を
追えとは言いませんが、日本の工芸品はもう少し現代性
パオラ・ナヴォーネ 101